moja_readerさんのレビュー
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土漠の花
月村了衛 / 幻冬舎文庫
今、そこにあるのは希望か、絶望か
5
土漠とは、土や岩石がどこまでも続く平原。そんな風景が広がる東アフリカのソマリアという国を舞台に、米軍と共に海賊の対処任務に就いていた自衛隊の活動拠点に、墜落したヘリの救助要請が入る。
陸上自衛隊の編成…隊が捜索救助に向かうが、そこに部族紛争に巻き込まれたという現地の若い女性が助けを求めてくる。
保護しようとした矢先に突如、武装集団に襲撃されるーーという冒頭から物語は始まる。
“いまだかつて戦ったことのない軍隊”である自衛隊が、なりゆきで戦闘に巻き込まれるという衝撃的な設定で、隊員たちに次々と迫りくる脅威にどう立ち向かうのか、という緊迫感に一気に引き込まれる。
仲間同士の確執や意見の違いを乗り越え、チームとしてまとまっていく姿と、必死で状況を打開しようとする隊員たちの自衛官としての矜持と、人間として成長していく姿がとても印象的に描かれている。
自衛官である前に普通の日本人である彼らの、様々なわだかまりや葛藤と、家族のような絆がまるで自分のことのように感じられて、アフリカの現実に打ちのめされる彼らの苦悩に思わず感情移入してしまう。
スリルと臨場感に満ちた軍事小説としても十分に楽しめるが、むしろ壮大な自然の美しさに感動したり、災害の恐ろしさを体感したり、際限のない欲望のために殺しあうことの愚かさ、そして生命や、愛と平和の貴さを描いた人間ドラマとしての側面に強く心を打たれる。
もちろんフィクションなので、都合よく展開する部分もあるが、極限状態においての隊員たちの心理描写がリアルで、実際の自衛隊が交戦状態に陥ってしまうとどうなるのか、ということ想像するきっかけになるのではないか。
作中で何度も登場するソマリアの格言で『土漠では夜明けを待つ勇気のある者だけが、明日を迎えることができる』という言葉があり、私は“どんな困難も乗り越える勇気がある者こそ、明日を生きることができる”と解釈した。この作品のテーマを最も象徴する言葉だと思う。
戦後70年の今夏、国の集団的自衛権と安全保障について国会で議論されている。日々変わりゆく国際情勢の中で、海外での自衛隊の活動が拡大されると、日本人が戦闘に巻き込まれるリスクも高くなると懸念されている。
安倍首相は戦後70年談話で「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と発言した。
この言葉の持つ意味を、首相自身も含めて、私たちも真摯に考えるべきときなのかも知れない。
絶望的な土漠に咲く一輪の花は、果たして希望のオアシスなのか、それとも儚い蜃気楼なのか。解釈は読者自身に委ねられている。 続きを読む投稿日:2015.08.15
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ニッポンの裁判
瀬木比呂志 / 講談社現代新書
司法崩壊のリアル
3
日本の司法制度における様々な問題点を、元裁判官の視点から炙りだし、各メディア大反響の前作『絶望の裁判所』の姉妹編。
本書はさらに、日本の裁判そのものの病理を暴きだす衝撃的な著書となっている。
ごく一…般的な人たちの、司法に対してのイメージはどのようなものだろうか?
「清廉潔白」「公平中立」「正義の実現」「権力の監視」。私も、漠然とこのような印象を持っていた。
例えば、国家による犯罪であり殺人である冤罪の章では、袴田事件や恵庭OL殺人事件の真相に迫り、裁判官が自らの心証によって、いくらでも恣意的に事実をねじ曲げ、冤罪判決に至る過程を詳細に分析している。
先頃、話題になった福井地裁による高浜原発の運転差し止めの仮処分は記憶に新しいが、こうした判決は極めて稀有な判例に過ぎず、ほとんどの原発訴訟は棄却または敗訴となっている。
全国的なこの傾向は、最高裁事務総局からの圧力があることを、協議会の実態も交えて記している。
各級裁判官を独善的にコントロールし、国家権力に寄り添う全体主義的な司法の体質は、行政訴訟や国家賠償請求訴訟などでも見られ、“司法ムラ”にとっては、いかにも不都合な真実が次々とつまびらかにされるもののの、本書はそれだけではない。
官僚的なキャリアシステムを変え、法曹一元化による司法制度改革の必要性と、マスコミの報道の在り方、そして私たち国民による司法の監視など、絶望的な危機感から発せられた提言は、痛々しいほどの説得力がある。
これまで抱いていたイメージがいとも簡単に裏切られ、覆されるのは、人々がいかに司法への関心、および公正な批判を怠ってきたかという、ひとつの証左かも知れない。
本書のような批判に対して黙して語らず、自浄作用も働かないようでは、日本の裁判は深い闇に閉ざされていると言わざるを得ない。
最後に、あとがきに引用されていたボブ・ディランの言葉を引いて、書評の末尾としたい。
「つまり我々の誰からも声が上がらなかったら、何も起こらず、(人々の)期待を裏切る結果になってしまう。特に問題なのは、権力を持った者の沈黙による『裏切り』。彼らは、何が実際起きているかを見ることさえ拒否している」 続きを読む投稿日:2015.08.15
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原発労働者
寺尾紗穂 / 講談社現代新書
過酷な原発労働のリアル
2
すでに飽和状態の原発関連本の中、今作は3.11前後、特に“平時の”原発労働の実態に焦点を当てたルポ。
状況も条件も様々な人物の証言を通して、労働者たちの犠牲で成り立つ原発の功罪を知る。賛否を超えた現場…の声を「わがこと」として想像するとき、誰もが無関係ではないと気づく。
無知と無関心から脱却し、加害も被害も呑み込んだその先に自分なりの答えを出すことの意義を、本書は教えてくれる。 続きを読む投稿日:2015.10.02
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下り坂をそろそろと下る
平田オリザ / 講談社現代新書
寂しさに耐えられないあなたへ
2
高齢化・人口減少に伴い経済成長が頭打ちになり、まもなく衰退期を迎えるこの小さな国に生きる私たちは、これからどう振る舞うべきだろうか。
劇作家である氏の、様々な地域における芸術・教育活動を通して、中央…・グローバル資本に収奪されない自己決定能力(文化的センス)を磨き、地方ならではの特色を活かした活性化を促し、「ここでいいのだ」という自信を生み、育てることの大切さを訴える。
“坂の上の雲”をがむしゃらに目指す時代は終わった。
これからは成長しない痛みや寂しさと向き合い、“下り坂をそろそろと下る”現実を受け入れ、それでも希望を持って、多様性豊かに生きるためのヒントを提言する。 続きを読む投稿日:2016.06.12
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火花
又吉直樹 / 文春文庫
儚くも美しい“火花”散る傑作
1
文学的な文体で、芸人の世界の師匠と弟子という関係を通し、人間の孤独感と信頼感をシュールに描きだす印象的な小説だった。著者の笑いに対する矜持や哲学、弱き者に寄り添う温かな眼差しが行間に散りばめられ、日々…の感情を笑いで表現する愚直さに心を打たれる。
内省的な主人公と、とことん“あほんだら”な先輩、温度差のある相方、疎外感のある世間との対比がもどかしく、幸せとは、人生とは何かを問いかける。
ラストのオチのインパクトもさることながら、儚くも美しい火花がまぶしくスパークするその瞬間の輝きをとらえた、芸人の処女作としてはこれ以上ない傑作。 続きを読む投稿日:2015.10.02