原たるみさんのレビュー
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火花
又吉直樹 / 文春文庫
中央線文化の香り高き純文学
3
Reader Storeで試し読みをしたところ、作者が純文学に興味を抱いたきっかけとなった芥川龍之介の「トロッコ」にインスパアされたと思われる心情描写に着目。
純文学らしい表現でありつつも、優美な言…葉の羅列に頼っているのではなく、シンプルで登場人物の核心をついた描写は、作者が長年純文学に親しみながら、自らの表現力に磨きをかけてきた賜物と感じ、早速購入。
その後、普段純文学はほとんど読まない私でも、最後まで飽きずに一気に読んでしまった。作品中に、高円寺や吉祥寺など、昔から慣れ親しんだ地名が頻繁に出てきて、作品の場面が思い浮かびやすいというのも、大きく影響してかもしれない。
試し読みの範囲以降については、作者がこよなく愛する太宰治の影響を受けたと思われる表現が垣間みえたが、そんな場面でも作者独自の文体と表現を確立しているところは、とても小説デビュー作とは思えないほどの秀作。
もっとも最後の部分は、自分の好みとは合わず、極上の会席料理のコースの締めに出されたデザートが、自分の口に合わなかったような後味の悪さを感じた。
しかし、そのマイナス要素を考慮しても、「やはり1冊購入してよかった」と思えた充実感を与えてくれたこの1冊は、デビュー作にして「芥川賞」というビックタイトルを受賞するに値する作品だと思った。
続きを読む投稿日:2015.07.19
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孤独と不安のレッスン
鴻上尚史 / だいわ文庫
孤独や不安に悩むときにもたらす心休まるひととき
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私は、この本を読むまでまで、
「日本では、大人になっても孤独と不安に怯えている人はごく少数派」だと思っていた。
しかし、この本が発売されたことで、現代の日本では、
「大半の人は、日々孤独と不安に怯え…ており、かつその対策に悩んでいる」という状況に、はじめて気づかされた。
人間は、思春期に孤独に怯えたり、何らかの不安を抱えたりするものの、大人になるについて、こうした悩みをおもむろに口に出さなくなる。
それは孤独や不安に対する悩みを、自分自身で解決しているから、と私は思っていた。
ところがこの本を読むと、日本では「孤独=みじめ」という考えを抱く人が大多数で、多くの人が「自分がいかにしてみじめにならないようにするか」と、意識を集中していることに気づいた。
そして自分が孤独にならないために、本当は付合いたくない人と人間関係を続けた結果、人間関係に歪み(=人間関係のトラブル)が発生してしまうのだと思う。
この本には、そんな悩みを抱えている人へのアドバイスが記されている。
「人生は0点と100点だけではない」とか「30人いれば本当の味方はひとり見つかる」などというアドバイスは、認知療法では基本的なセオリーであるが、この本は、日本人の心情やライフスタイルに合わせ、具体的にわかりやすく書かれているので、普段、心理学の本を読まない人でも、読みやすい文章になっていると思う。
人間は生きている間「孤独」や「不安」と付き合わざるを得ないのかもしれない。また、この世には一瞬で「孤独」や「不安」を打ち消してくれる特効薬がないのも現実だ。
この一冊は、「孤独」や「不安」を解消する特効薬にはならないと思うが、
この本を手にすれば、少しは心休まるひとときを過ごせるようになる気がする。 続きを読む投稿日:2015.07.25
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「空気」と「世間」
鴻上尚史 / 講談社現代新書
不安なご時世を何とか生き延びるためのお助けアイテム
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現在は死語となりつつある「世間」という言葉。
そして日常会話でも頻繁に使われている「空気」という言葉。
ほとんどの日本人の成人は、どちらの言葉も使ったことがあるだろうが、
両方の言葉の定義を理解して…いる人は少ないはずだ。
そんな「わかっているつもりでもうまく説明できない言葉」について著者は具体的な事例をあげてわかりやすく説明している。
かつては終身雇用制が当たり前だった会社や世間などが精神的な大黒柱とされていた。しかし、現在はいずれも絶対的な存在という価値観は大きく揺らぎ、「この世に自分の人生を100%保障してくれるものはない」と思っている人も少なくないだろう。
私はこの本を読んで、「空気」という言葉が持つあいまいな存在感と
精神的な大黒柱を失ったと感じる日本人が抱いている喪失感や絶望感は、妙に似ているという印象を受けた。
「空気」という言葉は、流動的で不安定な現在を象徴している言葉だ。
そんな不安なご時世をなんとか生き延びるためのお助けアイテムとして、「この本をバイブルに」とは言わないが、この本を枕元に置いておけば、枕を高くして寝られるようになるかもしれない。 続きを読む投稿日:2015.07.25
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八月の犬は二度吠える
鴻上尚史 / 講談社文庫
作者のもうひとつのバーチャル青春物語
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作者にとって第一の青春は「第三舞台」。2番目の青春は、「虚構の劇団」。
そして、この2つでも表現できない(または「できなかった」)第三の青春を書いたのが、この小説だと思う。
この小説は、作者自身がモ…デルであると想像する主人公が京都で過ごした過去と現在がシンクロしながら物語が展開されていく。
その様子は、作者本人が京都時代の仲間に対して「たった1年間だったけど、本当に濃密で楽しかった」という感謝の気持ちと「俺が東京にいる間に、おまえらそんな楽しいことしてたのか」という若干の羨望が複雑に混じり合っているという印象を受けた。
作者は、今まで何作か青春小説(のようなもの)を書いているが、
正直、私は、彼の過去の小説を読んでもどうもピンとこなかった。
言いたいことは何となくわかるが、なぜか共感できなかったのである。
それは、今までの彼の小説では、それなりの完成度があるのだが、
「彼自身が納得できる青春を小説の中で疑似体験することができなかったのでは?」と思う。
しかし、今回の小説を通して、彼は「自分が演劇という道を選ばなかったら、どんな青春を過ごしたか」という疑似体験を、ようやく実現することができたと同時に、作者本人が、小説の中で納得のできる人生を書き記すことができたのだと思う。
作者は、この小説を書くことで、憧れていたけど実現できなかった(かもしれない)「普通の青春」にようやく決別をすることができたのかもしれない。
そして、この小説は、作者本人が「演劇をしていなかったら、普通の人生を歩んでいたもう一人の自分」に対してのレクイエムのような気がするのである。 続きを読む投稿日:2015.07.25
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ニシノユキヒコの恋と冒険
川上弘美 / 新潮文庫
読み終わった後も想像が膨らんで止まらない
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この小説はニシノユキヒコが主人公だが、直接的には登場しない。
年齢、職業などが異なる女性たちが、
ニシノさんについて1人称で語るオムニバス形式の小説である。
登場人物の女性がニシノさんについて語る度…に
実際には登場しないのにニシノさんのイメージが次々に浮かんでくる。
「いい男だと思うけど、私はたぶん付き合わないな」など、
本当はどこかに実在しているんじゃないか、とさえ思えてくる。
話を読むうちに、友人の恋愛トークを聞いているような気分になって、
「それで?次はどうなるの?」と続きが気になってしょうがない。
読み終わった後も「あの女性たちは、どこかで出会ったらどんな話しをするんだろ?」と気になってしょうがない。
あの女性たちが全員知り合いになったら、ものすごく仲良くなりそう。
仲良くなった証に「ニシノ会」なんてオフ会が行われたりして。
「ニシノ会」が開催されたら、私もぜひ参加したいな。
読んでいる最中はもちろん、読んだ後も想像が膨らむ楽しい1冊である。
川上弘美さんの作品はほとんど読んだが、その中でも1、2を争うほど好きな話だ 続きを読む投稿日:2015.08.22