あいにくあんたのためじゃない
柚木麻子(著)
/新潮社
作品情報
過去のブログ記事が炎上中のラーメン評論家、夢を語るだけで行動には移せないフリーター、もどり悪阻とコロナ禍で孤独に苦しむ妊婦、番組の降板がささやかれている落ち目の元アイドル・・・・・・いまは手詰まりに思えても、自分を取り戻した先につながる道はきっとある。この世を生き抜く勇気がむくむくと湧いてくる、全6篇。
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この作品のレビュー
平均 3.3 (50件のレビュー)
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あなたは、『入店拒否』をされたことがあるでしょうか?
ヽ(; ゚д゚)ノ ビクッ!!
なんて失礼な質問から始まるレビューでしょうか?もし、そんな過去があっても他人に触れられたくなどないでしょ…うし、思い出したくもない記憶だと思います。『入店拒否』自体は民法第521条に規定された「契約の自由」に基づいて、お店の営業にとってふさわしくないと考えられる客に対して、店側の裁量が許されるというのが一般的な考え方とされています。
しかし、そんな一般論が自分に適用され『入店拒否』にあったとしたらなんとも複雑な思いに駆られることになりそうです。ましてや『理由はわからなかった』となると、悶々とした思いはいつまでも尾を引きそうです。今の時代、そんな思いをそのままSNSに書き込んでしまう、そんな展開もありえそうです。
さてここに、『「お引き取りください」とすごい目で追い返された』という先に理由不明の『入店拒否』をされた一人の男性が主人公となる物語があります。『入店拒否』をされた『仲間』と繋がりを持っていく男性の行動が描かれるこの作品。そんな先にまさかの背景が鋭く描かれていくこの作品。そしてそれは、”強炭酸”で提供される六つの”手詰まり”な主人公たちの胸の内を見る物語です。
『仏ミシュラン二つ星を獲得した二年前から行列は絶えず、それはランチタイムから閉店二十一時まで途切れることがない』という『今年で創業五十年「中華そば のぞみ」』。『私どもの願いは、一人でも多くのお客様に、ああ、美味しかった、ああ、いい時間が過ごせた、と感じていただくことにあります』と語るのは『業界では珍しい二代に亘る女性店主、柄本希』。そんな柄本は『「ラーメン評論家の入店おことわり」の噂』について問われ、『ごく一部の、周りのお客様の迷惑になる方にのみ、退店をお願いしています…他のお客様を勝手に撮影しネットにあげること、不必要な声がけ、店員へのセクシャルハラスメント』といった行為を行った『方々が、たまたま、著名なラーメン愛好家や評論家であったことが多い、というだけ』と語ります。そんな店主が語る『某ラーメン情報誌の紹介記事が某ニュースサイトに転載されてから』『ここで批判されてるの佐橋ラー油のことしゃね?というコメントが跡を絶たず』、『プチ炎上し、再び「のぞみ」に向き合わざるを得なくなった』のは主人公の佐橋ラー油。かつて、『地上波でレギュラー番組を持ち、街でサインを求められることも多かった』という佐橋ですが、『ラーメンの仕事が激減』し、『四十五歳になる今、新しく始められる仕事もない』という日々を送っています。そのきっかけが『「のぞみ」が頻繁にメディアで取り上げられるようになってからだ』と思う佐橋は、『ミシュランの星獲得の報を聞き』、『久しぶりに「のぞみ」を訪れ』たところ、『うでっぷしの強そうなアスリート風の店員に「お引き取りください」とすごい目で追い返され』てしまいます。『理由はわからなかった』と思うも、他の仲間たちも同様という状況を知り、『「のぞみ」批判を盛大に繰り広げ』る佐橋。しかし、『佐橋と仲間たちの過去ブログ』が発掘されていく中、その『毒が強めのブログ』への反発から『佐橋らは入店拒否されて当たり前という風向きに変わって』いきます。そんな中、仲間たちが『過去の「迷惑行為」を認める形で、謝罪』し始めます。そして、そんな彼らは『入店を許されるようになり、今ではすっかり「のぞみ」絶賛側に』回っています。一方で、佐橋は、自身が非難される時に『必ず引き合いに出して褒め称え』られる『替え玉太郎』という人物のことを思います。『何を食べても「うまいッス!」』という『表現手段』しか持たない『彼を軽蔑している』佐橋は、『うまいものを食べて「うまい」としか言えないような評論家は評論家とは呼べない』と思います。『言語化できない複雑な旨味や素人には気づかない美点をキャッチして文章にすることが、評論家の役目ではないか』と思う佐橋は、『しばらくの間、さめざめと泣』きます。そして、『ラーメン店の店員さんやお客さんの写真を、本人に許可なく撮影し、コメント付きで勝手にアップしてしまったことを、この場を借りて、謝罪します』と『noteを更新した旨をTwitterに投稿し』ました。『本当に、本当に、ごめんなさい』と締めくくる佐橋。しかし、そんなnoteは『またもや炎上』します。『認めなければよかった、と目の前から光が消えていく』佐橋。そんな日の真夜中、『替え玉太郎です。初めてDMします』と『あの男から初めての連絡が届』きます。『謝罪note素晴らしかったです…よければ、ご店主にこのnoteのこと伝えておきましょうか?』というDMを読み『たった一人の味方が、本当にありがたかった』と思う佐橋。そんな『替え玉太郎』の言葉の先にまさかの真実が隠されていました…という最初の短編〈めんや 評論家おことわり〉。この一編だけでも長編同様の価値がある!読みごたえ十分な傑作でした!
“2024年3月21日に刊行された柚木麻子さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2023年11月に小川糸さん「椿ノ恋文」、一穂ミチさん「ツミデミック」、年明け1月には恩田陸さん「夜明けの花園」…と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを積極的に行ってきました。そんな中に、”アッコちゃんシリーズ”でもお馴染み、圧倒的な推進力で読者をぐいぐい引っ張っていく力強い筆致に定評のある柚木さんの新作が出ることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。
そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。
“いまは手詰まりに思えても、自分を取り戻した先につながる道はきっとある。この世を生き抜く勇気がむくむくと湧いてくる、全6篇”
また、本の帯にはこんな言葉も記されています。
“柚木麻子が贈る最高最強のエンパワーメント小説!!”
この言葉だけでなんだか元気が出てくるような気もしますが、そもそも何とも気づまりな今の世の中を生み出した悪の枢軸とも言えるのが『コロナ禍』です。『コロナ禍』を描写した作品もたくさん発表されており、この作品の舞台も『コロナ禍』です。そんなこの作品は『コロナ禍』が過去のものとなった2024年3月に新刊として刊行されてはいますが、収録されている短編は以下の通り『コロナ禍』に執筆されたものとなっています。
・「小説新潮」: 2019年7月号〜2023年7月号
・「文藝」: 2020年秋季号
『コロナ禍』に執筆されても敢えてそれをないものとして扱う作家さんも多々いらっしゃいますが、柚木さんはそんな『コロナ禍』に正面から向き合い、『コロナ禍』における人の心の有り様を上手く作品に落とし込んでいかれます。少し見てみましょう。
『妊婦にウイルスを運んではならないからと、訪ねてくる人は皆無だった』。
妊婦の升麻梨子が主人公となる〈トリアージ2020〉の一節ですが、『コロナ禍』ではこのような感覚で日々を過ごしていたように思います。
『九州に住む両親は高齢で、娘の体調や一人きりの出産を心配してはいるが、県をまたいでの移動は控えざるをえない』。
都道府県をまたがった移動に白い目が向けられた日々。この短編の主人公のようにそんな中に妊婦としての日々を送られた方はとても不安な毎日だったのだろうと思います。
何とも気づまりな話から入ってしまいましたが、この作品は”最高最強のエンパワーメント”と言われる通り柚木さんの圧倒的な筆の力によって読者がぐいぐい引っ張られていく、そんな魅力に溢れてもいます。また、作品の魅力は多方面に渡ります。ここでは、最初の短編〈めんや 評論家おことわり〉に登場する『ミシュラン二つ星を獲得した』『中華そば のぞみ』のこだわりの食の描写をご紹介しましょう。『行列は絶えず、それはランチタイムから閉店二十一時まで途切れることがない』というお店の『人気の秘密』です。
・『数種類の地鶏によるボディにカツオベースの魚介を合わせた無化調の超クリアスープ』
・『淡麗なスープに絡みやすい、ウェーブの細かな自家製中細ちぢれたまご麵はコシ、喉をすべっていく滑らかさ』
目の前に美味しそうなラーメンのイメージが浮かび上がってきます!そして、その表現はどんどん飛び抜けていきます。
・『天界の迷路に迷いこんだような、複雑な旨味と凄みのあるコク』
・『淡麗系の味わいでありながら、中毒性が高く、必ずもう一度食べたい、と思わせるスープ』
いやあ、これはたまりませんね。『中華そば のぞみ』どこにあるんだ、行ってみたい!食べてみたい!と強烈に思わせるこの記述。柚木さんは”アッコちゃんシリーズ”でも魅惑的な食の描写で魅せてくださいましたが、同様の食の魅力がここにあります。
では、次に六つの短編の中から三編をご紹介しましょう。
・〈パティオ8〉: 『よくよく考えてみれば、最初から101号室の言い分はめちゃくちゃだった』と思うのは主人公の三穂。『七世帯の住居が』『中庭をロの字の形で取り巻いている』という『パティオ6』では、『コロナ禍』の中、中庭で『子どもたちを遊ばせ』ることが、『女たちにとっては生命線となって』います。そんな中、『メルボルンのCEOと重要な取り引き』があり、『商談に支障が』でるため『お子さんに中庭を使わせないで』と主張する『101号室の男』。『私たち、一体どこで子どもを遊ばせればいいんですか?』と反論するも『協力してください』と譲らない『101号室の男』。そんな中、団結する『女たち』は…。
・〈商店街マダムショップは何故潰れないのか?〉: 『なんで、あのお店、潰れないんだろうね?』と琴美に尋ねられたのは主人公の『私』。『ごちゃごちゃっと並んだ総スワロフスキーのチャームやキーホルダー』が陳列される『婦人雑貨店「ドゥリヤン」』のことを話題にする琴美は『シャッター通りと化し、開いているのはごく一部のみ』という商店街の中、『何一つ変わっていない』『ドゥリヤン』の不思議を語ります。『誰かがあの店に入っているのを見たことある?私、高校三年間でいっぺんもないんだけど?』と続ける琴美。そんな中『決めた!私、あそこで何か買ってみる…』と決意を固めた琴美、そして…。
・〈スター誕生〉: 『スターにとってもっとも大切なのは、言葉だ』と『なにげない瞬間に、咄嗟に口から出たフレーズ』の大切さを思うのは主人公の真木信介。『九〇年代初頭にデビューした美少年アイドルグループで一番目立たないポジションに留ま』り、『四十代半ばにしてワイドショーのキャスターになんとか収ま』るも『打ち切りがささやかれる』という今を思う信介は『もう何十回となく再生した「MCワンオペ」の動画』を見ます。『四十代くらいの面長な女が』『ファミレスで』『まくしたて』る動画は、『この人めっちゃ、韻踏んでない?』と拡散されます。『小さな炎上事件』がきっかけというその動画は…。
三つの短編を取り上げましたが、冒頭の短編含めいずれも何らか”手詰まり”な状況にある主人公が登場することが共通しています。特にそれが顕著なのは冒頭の短編〈めんや 評論家おことわり〉の主人公・佐橋ラー油でしょうか。『地上波でレギュラー番組を持ち、街でサインを求められることも多かった』という佐橋ですが、理由分からず『入店拒否』にあったことで『「のぞみ」批判を盛大に繰り広げ』、いっ時は優勢になりますが、『過去ブログやTwitterでのやりとりが槍玉にあがるようにな』ったことで一気に炎上していきます。昨今の社会を見ているとこういったことは決して珍しくはありません。SNSが力を持ち情報があっという間に広範囲に拡大、たった一言の発言が全てを無に帰させるかのごとくその主の命運を握っていくような状況は往々にして見られます。そして、そのような状況が繰り返され続けてもいます。この短編では、そんな中に一発逆転を狙って『本当に、本当に、ごめんなさい』と過去への謝罪に活路を見出そうとした佐橋のそれからが描かれていきます。そして、そこに展開するのは誰もが予想だにできなかった衝撃的な展開です。そこには、過去の発言が身を滅ぼすというような次元でない、鋭い切り口からの深いドラマが展開していきます。
そう、この作品は、本の帯にもう一つ記されている”強炭酸エナドリ短編集”という言葉が伊達でなく圧倒的パワーで記された短編の集合体なのです。それは間違いありません。ただ”強炭酸”は、体調によっては拷問のように効いてくるものでもあります。いきなり斜め45度から切り込んでくる一方で、言葉のウラのウラにまで深い意味が込められているという短編にしては深すぎるくらいに深い物語は、ぼうっと読んでいるとどうしてそういう展開になっているのか理解できなくなることも非常に多く、実のところ、柚木さんの作品にしてはもうありえないくらいに読みづらさを感じました。柚木さんの作品でこんな自分の不甲斐なさを味わう読書に、柚木さんにあまりに申し訳なく読みながら泣きそうにもなりました…。そうです。残念ながら今の私の気分はこの作品を受け止められる気力がありませんでした。そういう意味では読む人、読む時期をかなり選ぶ作品である…これは言えると思います。今の私は読む時じゃなかった…という残念な結果論。しかし、そんな中にあっても〈めんや 評論家おことわり〉は多くの人の共感を存分に得る内容だと思います。6編の中でもこの作品だけ読むだけでもこの作品を読む意味があると思います。そんな短編含め、この作品では、”最高最強のエンパワーメント”が、誰に”エンパワーメント”するのか、これから読まれる方には、この視点には是非注目してお読みいただければと思います。
“差別、偏見、思い込み ー 他人に貼られたラベルはもういらない、自分で自分を取り返せ!!”
本の帯に記されたそんな言葉にそれだけでどこか力づけられもするこの作品。そこには、”手詰まり”な状況に置かれた主人公たちが前に進むための行動を起こしていく先の物語が描かれていました。柚木さんならではの圧倒的な推進力でぐいぐい読ませるこの作品。”強炭酸”すぎて、読む人と読む時期を選ぶであろうこの作品。
ぐいぐい読ませる柚木さんの圧倒的なパワーを再認識させられた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.03.23
うーん。一編読み終わる度に、もっとリアリティがあると、やな奴をやっつけた時の溜飲の下がり方も半端なくて面白くなりそうなのになあ、と思った。
その分スピード感があってテンション高めなので、そういう解決が…好きな人にはいいのかな。
やな奴を炙り出す、その人たちがのさばる社会を見る視点は共感するところ多かったんだけど、私はもう少しリアリティのある話が好みなんだな、と再認識。
続きを読む投稿日:2024.06.17
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