とわの庭(新潮文庫)
小川糸(著)
/新潮文庫
作品情報
盲目の女の子とわは、大好きな母と二人暮らし。母が言葉を、庭の植物が四季を、鳥の合唱団が朝の訪れを教えてくれた。でもある日、母がいなくなり・・・・・・それから何年経っただろう。壮絶な孤独の闇を抜け、とわは自分の人生を歩き出す。おいしいご飯、沢山の本、大切な友人、一夏の恋、そしてあの家の庭。盲導犬ジョイと切り拓いた世界は眩い光と愛に満ちていた。涙と生きる力が溢れ出す感動長編。(解説・平松洋子)
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商品情報
- シリーズ
- とわの庭(新潮文庫)
- 著者
- 小川糸
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2023.06.26
- Reader Store発売日
- 2023.06.26
- ファイルサイズ
- 1.1MB
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この作品のレビュー
平均 3.7 (111件のレビュー)
-
あなたは、『目が見えないことを不便だと』思うでしょうか?
目覚ましの音で目を覚ます私たちの一日は、目を開けるという行為から始まります。自分の部屋の天井を見ることから始まる日常。寝ぼけ眼の中に動き出す…中には、いちいちそんな事を考えることもないと思いますが、冷静に行動を追っていけばそうなると思います。
しかし、目を開けるという行動を取ってもそこに何も見えないという方もこの世界には数多くいらっしゃいます。生まれながらにして、もしくは人生のいずれかの段階で視力を失ったという人たちの存在です。『見える』ことを当たり前に思う人たちには、『見えない』という状況は簡単には想像ができません。それは、他の感覚と連動する場合もあります。例えば何か音がして驚いたという状況があったとしても目が見えればその原因を瞬時に特定することができる場合もあります。一方で、『見えない』という場合には原因が特定できないからこその怖さが存在します。『目が見えていたら嫌なことや怖いことに遭遇する確率は減る』のだと思います。でもそれは、こんな風に考えることもできるかも知れません。
『見えるからこそ、嫌なことや怖いことが増えることだってありえるのだ』。
さてここに、『目が見えない』一人の女性が主人公となる物語があります。母親と「とわの庭」がある家で暮らす主人公が描かれるこの作品。そんな主人公の暮らしが大きく変容していく様を見るこの作品。そしてそれは、『確かにわたしは目が見えないけれど、世界が美しいと感じることはできる』とこの世界を生きていく主人公の生き様を見る物語です。
『あなたが、おしえてくれた。泉があると、おしえてくれた…いつだって、あなたのそばにいたい』という詩を『わたしが眠りにつく時、母さんはいつも』『聞かせてくれた』と『いずみ』という詩のことを思い出すのは主人公の とわ。『わたしは、目が見えない』という とわは、『目が見えないことはわたしにとって日常であり、逆に明日からすべての物が見えるようになったら』『あまりの彩りの多さに腰を抜かし、取り乱してしまうかもしれない』と思います。そんな とわに母親は『季節の巡りがわかるようにと、庭に香りのする木を植えてくれ』ます。『沈丁花や金木犀…』。『母さんはその庭を、「とわの庭」と呼』びました。『「どうして期」が訪れていた』とわが『とわは、どうしてとわなの?』と訊くと『とわは、お母さんにとってえいえんの愛だから』と言うと『左の手のひらを広げ』、『「永」「遠」』と書くも理解できない とわに、『「と」と「わ」』と平仮名で記してくれます。そんな とわは『二階建ての小さな家で』母親と二人で暮らしています。『わたしの暮らしには、母さんの愛があふれている』という日常を送る二人の元には、週に一度、オットさんが『生活必需品を届けてくれ』ます。『水曜日のオットさん』と『心の中でそう呼』ぶ とわ。そんなある日、『今日から、お勉強をしましょう』と母親は『言葉のお勉強』をはじめます。『これをゆっくりと、優しく握ってみて』と言われ、『少しずつ指先に力を入れて、そのかたまりを手のひらで包みこ』む とわに、『ふわふわ。ね?とわ、わかる?これが、ふわふわ』と言う母親を真似て『ふわ、ふわ』と話す とわ。そして、『ぬめぬめ』、『ぬるぬる』、そして『すべすべ』と言葉を覚えていく とわ。しかし、『赤と言われても、赤とオレンジがどう違うのかわからない』と、『色についての表現を理解する』難しさを感じる とわ。しばらくして、『そろそろお母さんも働かなきゃ』と話し出した母親は、『とわとふたりで生きていくために』は、働く必要があると告げます。『いや。絶対に、いや』という とわでしたが『ネムリヒメグスリ』を渡され、また『オムツ』をされてベッドに横になると眠りに誘われ、『目を覚ますと』母親はもう帰ってきていました。そして、『週に一回ほどだった「お留守番」が、二回、三回と少しずつ増え』ていきます。そんな暮らしの中で、『眠れない不安を口にするようになった』母親は『喜怒哀楽』が激しくなっていきます。やがて、『うっかり床に水をこぼして』しまうと、母親の手が飛んでくるようになりました。『嵐が、いつかはおさまること』を思い『透明人間になって』やり過ごす とわ。『十歳の誕生日』を過ぎ、部屋が『散らかり放題になって』きていることに気づく とわ。そして、母親は家に帰ってこなくなります。『いちにち。ふつか。みっか。よっか』と、母親の帰りを待つも、『母さんがこの家に戻ってくることは』ありませんでした。『この場所から動けない』、『ここから出ることができない』と思う とわは、『わたしにできるのは、ひたすら待つことだけ』と母親の帰りを待ちます。そんな とわが新たな人生を歩み出していく物語が描かれていきます。
“盲目の女の子 とわは、大好きな母と二人暮らし。母が言葉や物語を、香り豊かな庭の植物たちが四季の移ろいを、黒歌鳥の合唱団が朝の訪れを教えてくれた。でもある日、母がいなくなり…”と内容紹介にうたわれるこの作品。2020年の本屋大賞第2位に輝いた「ライオンのおやつ」に続いて2020年10月に刊行された作品です。
そんなこの作品の特徴はなんと言っても物語の主人公が”盲目の女の子”であるという点だと思います。全体として平仮名が多い文体で書かれた作品は、『いずみ』と名付けられた詩の記述から始まります。『あなたが、おしえてくれた。泉があると、おしえてくれた』とはじまる詩は、『あなたのやすらぎは、わたしのやすらぎ。あなたのくうふくは、わたしのくうふく』とやわらかい表現が続きます。そして、『いつだって、あなたのそばにいたい』と結ばれます。これは、どう言った物語なんだろう、と思う読者の前に記されるのが、次の表現です。
『わたしに光を与えてくれたのは、母さんだ。わたしは、目が見えない。生まれた時は、かすかに見えていたのかもしれないけれど、この目でちゃんとした光を感じた記憶はない』。
そうです。この作品は『目が見えないことはわたしにとって日常』という とわが主人公となり、母親と二人で暮らす様子が描かれていきます。そんな中で、『目が見えない』とわに『お勉強をしましょう』と言う母親が言葉を教えていく様子が描かれます。『手のひらの真ん中に、綿のかたまりをのせ』る母親は、『とわ、これをゆっくりと、優しく握ってみて』と指示します。『言われた通りに、少しずつ指先に力を入れて、そのかたまりを手のひらで包みこ』む とわに、『ふわふわ。ね?とわ、わかる?これが、ふわふわ』と、その感覚が指す言葉を教える母親。『ふわ、ふわ』と反復する とわに『そう、ふわふわ。だって、ふわふわ、しているでしょう』と語る母親に、『それ以外の言葉は似合わない』と思う とわ。『「ぬめぬめ」も、簡単』、『「すべすべ」もすぐにわかった』と言葉を覚えていく とわが描かれるシーンは感動的です。一方で、母親の『腕に抱っこされる形で家を出た』際には、『得体の知れない音』に困惑する様子も描かれます。
『車のクラクション、バイクのエンジン音、犬の声、すべてがわたしを名指しで攻撃する。わたしは、怖くて怖くて、最大限の力を込めて母さんの胸にしがみついた』。
『外の世界』に出たことがほぼない とわの困惑に大きな衝撃を次の音が与えます。
『きわめつきは、ヘリコプターの音だった。そんな大きな音を、わたしはそれまでに聞いたことがなかったのだ』。
『ヘリコプター』の音を聞いて『もしかして、これが物語で読んだ戦争のことかもしれない、それだったら早く逃げなくてはと思』う とわ。『目が見えないことはわたしにとって日常』という とわの苦悩の日々が描かれていく物語前半は読む手を止められない読書が進んでいきます。『目が見えない』とわを一人残して家に帰ってこなくなった母親。とわ視点で描かれる物語は、当然に見えない者視点であるが故に全体像がはっきりしません。一体、これはどのような状況なのだろう?というなんとも言えない鬱屈とした物語は、”帰らぬ母を待ち、壮絶な孤独の闇に耐え”る とわの苦悩の日々を描いていきます。
そんな物語の転換点の詳細はネタバレになると思いますので伏せます。しかし、転換点のあと、物語は違う方向へと一気に動き出します。それこそが内容紹介に次のように説明される展開です。
“初めて家の扉を開けて新たな人生を歩き出す。清潔な生活、おいしいご飯、沢山の本、大切な友人、一夏の恋、そしてあの家の庭の植物や鳥たち”
そんな中にご紹介しておきたいのは、内容紹介に” 盲導犬ジョイと切り拓いた新たな世界”とうたわれる部分です。そうです。この作品には『盲導犬』と出会い『盲導犬』と生活していく とわの姿が描かれていくのです。『盲導犬』についてイメージとして知っていてもその実際のところをあなたはご存知でしょうか?
『わたしは当初、盲導犬のハーネスさえ握れば、盲導犬が率先してわたしを目的地までタクシーのように連れて行ってくれるものだと勘違いしていた』。
これはどうでしょうか?『目が見えない』という中に外出し、目的地へと連れて行ってくれる優秀な存在、それが『盲導犬』だと私も認識していました。しかし、
『盲導犬との歩行は、ユーザーであるわたしと盲導犬であるジョイとの共同作業だ。責任は、五十パーセントずつある』。
というのが実際のところのようです。そこには、
『指示を出すのはあくまでわたしであり、わたしが指示を間違えれば、ジョイもまた間違った行動に出てしまう』。
『盲導犬』と『共同作業』をするユーザーでもある とわは、少しずつ『盲導犬』への理解を深めていきます。
『シット、ダウン、ウェイト、アップ、ゴー。適切なタイミングでジョイに指示を出し、それが上手にできた時は、グッドという声で褒めてやる。ユーザーに褒められることが、盲導犬にとっては何よりも一番のご褒美なのだ』。
そして、『出会うべくして出会った』というジョイとの日常が描かれていく『盲導犬』との交流を描く物語は、この作品の五里霧中のような前半部分から大きな変化を見せていきます。物語は、そんな とわのそれからの物語が描かれていきます。
『わたしの新しい人生は、この時すでに始まっていた』。
そんな起点の先にジョイと出会い、人としての人生を歩み始めた とわは、自身の境遇を『多くの人は、目が見えないことを不便だと感じるのかもしれない』と思っています。しかし、『わたしにはこれが当たり前なのだ』という先に『見えない』ことをこんな風に捉えていきます。
『わたしの場合は見えないからこそ自由に、際限なく想像することが許される。象もキリンもライオンも、わたしは本当の姿を見たことはない。それらのイメージはすべて、わたしの中の想像上の生き物だ』。
そう、『見えない』という中には『象やキリンもライオンも』実際の姿かたちと同じイメージを思い浮かべることはできないはずです。これは、どんなに巧みな形容を用いても恐らくは無理な話なのだと思います。しかし、とわはそのことをこんな風に捉えます。
『わたしは聴覚や嗅覚、触覚など他の感覚を駆使して、視覚からの情報不足を補うことができる。粘土で何かの立体を生みだすように、透明な手で、わたしだけの象やキリンやライオンを形作ることが許されているのだ』。
『見えない』ということを、それによって本来の姿かたちがわからないことをハンデと考えるのではなく、『見えない』からこそ、その存在を自由に想像できると極めて前向きに捉えます。この作品では、とわの置かれている状況が全くわからない、まさしく『見えない』視点で描かれる前半の息苦しさを感じる物語が、後半になって一気に希望に満ち溢れた物語に変容していきます。しかし、とわが『見えない』状況に変化はありません。それは、『目が見えないけれど、世界が美しいと感じることはできる』という とわの生きることを喜ぶ物語、生への賛歌がそこに歌われていくからこそ、物語は極めて前向きに輝いたものに変容していったのだと思います。「とわの庭」というこの作品、そこには、『見えない』ということを超えて、とわがこの世に生きる喜びを見る物語が描かれていたのだと思いました。
『目が見えないことはわたしにとって日常であり、逆に明日からすべての物が見えるようになったら、それこそわたしはあまりの彩りの多さに腰を抜かし、取り乱してしまうかもしれない』。
『目が見えない』という主人公のとわ。そんな とわが母親と暮らした「とわの庭」のある家から『新しい人生』へと歩み出していく先が描かれたこの作品。そこには、『見えない』という日常をプラスに捉えていく とわの姿が描かれていました。『聴覚や嗅覚、触覚など他の感覚を駆使』していくリアルな感覚が描かれたこの作品。衝撃の前提設定がそんな とわの前向きな姿勢に衝撃でなくなっていくこの作品。
闇の中を彷徨うような前半の物語と、眩い光が指すあたたかい後半の物語の展開の落差を感じる物語の中に、『目が見えない』とわの日常を丁寧に描き出した小川さんの上手さを見る作品でした。続きを読む投稿日:2023.11.06
盲目の少女のお話。
前半はもう辛くてどうしようかと。
救いはないのかと思いながら読み進めた。
とわが決心して、自分で踏み出した一歩で人生が変わる。
目が見えないっていうのはどれほどの恐怖なんだろう・・…・
ジョイと出会ってからのとわが輝いていて、本当に良かったと思う。続きを読む投稿日:2024.06.17
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