新版 漱石論集成
柄谷行人(著)
/岩波現代文庫
この作品のレビュー
平均 4.3 (5件のレビュー)
-
「意識と夢とジャンルの往還-苦悶する人間・漱石-」
夏目漱石は、言わずと知れた世界に誇る日本の作家である。漱石の作品や思想は、日本文学の中でも、先行研究が最も膨大になされてきた作家だ。「文学研究」…というと、一般的には作中を丹念に分析しながら作品世界を深く追究する作品論や、作家の生育環境・心理状態など様々な要因から作品へと迫る作家論、原稿の変更・改訂などから作品の本文そのものがどのような変遷を遂げてきたのかを追跡する書誌論などが主流であった。しかし、こうした漱石文学研究とは一線を画すアプローチを展開する思想家が現れた。それが、今回取り上げる柄谷行人『漱石論集成』である。
具体的にどのような点が従来のアプローチとは異なっており、画期的かというと、漱石の思想を超えた「意識」への接近を試み、漱石自身が抱いていた「夢」や「恐怖」が作品にどのように反映されているかを、つぶさに論じているということが挙げられる。漱石の作品群は『吾輩は猫である』から始まり『明暗』(未完)で終結するのだが、一般には作品を執筆するごとに内省が深化してゆくところに、漱石の作家としての成長を見ることができると論じられる傾向にある。しかしながら柄谷は、例えば『行人』や『明暗』などの後期作品群にも、初期作品(この呼称も柄谷は否定するのだが)の『夢十夜』における「正体の知れない」「不安感」や「夢」心地で世界を徘徊するという要素が見られると指摘する。すなわち、作品は『明暗』を「到達」点として徐々にディベロップしていったのではなく、漱石の文学体系の集大成である『文学論』構想・執筆の段階からすでに彼自身で文学・小説の在り方が定まっており、それを多様な「ジャンル」を描くことで表現したのだということを、柄谷は強く主張する。
上述のことを象徴的に表す「『こゝろ』は人間のエゴイズムとエゴイズムの確執などというテーマとは実は無縁である」(三〇-三一)という一文は、私にとっても衝撃であった。『こゝろ』は、高等学校国語科の中で長らく代表的な教科書教材として君臨し、近代知識人の苦悩とエゴイズム、それらが「自殺」という行為へと収斂されてゆく先生の罪業の深さがテーマであるという教訓じみたものが、『こゝろ』の単元の終結であった。少なくとも、私は自身の体験を振り返りそう記憶している。しかしそれは早計であり、漱石は人間の心理が過剰に見えていた「ゆえに見えない何ものか」つまり「心理や意識をこえた現実」に「畏怖」し見つめていたのだという柄谷の指摘は、今後の国語科教育の中でも見過ごすことができないものとなるだろう。
一方、本著は画期的である反面、漱石について初めて学術的に触れようとする読者にとっては、少々理解することが困難な構造となっている点は、現段階では私にとっては唯一の欠点である。漱石の作品群を「小説の観点で読んではならない」(一九四頁)という部分は、読者側にある程度の知識が備わっていなければ、解読することすら相当の時間を要すると思われる。
とはいえ、柄谷の各種の論点は非常に鋭利であり、緊張感と共に再度漱石の世界を味わうための、格好の導入書であると断言できる。続きを読む投稿日:2020.10.25
今回読み返してみて、どうやら柄谷のレトリックにも慣れてきたようで(まだ難解に思いはしたけれど)楽しむことができた。「意識」「内面」といった自分自身に属する(?)ことがらと、「他者」「外部」「物自体」と…いったこの世界に広がることがら。双方の関係の中で、ほかでもないこのぼく自身もまたその自明性を揺るがされてしまう……これはもちろん「私見」「邪推」の域を出ない読みになるが、ぼくにとって柄谷を読むことはそのようにしてテクストの中で「自分探し」を行うことである。ウィトゲンシュタインや安吾にも似た「哲学的」な書に映る続きを読む
投稿日:2023.09.10
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。