この作品のレビュー
平均 3.6 (8件のレビュー)
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このレビューはネタバレを含みます
夢野久作(1889-1936)の小品集。猟奇歌(抄録)、掌編、童話、エッセイ、ルポルタージュなど、他の作品集で選ばれることの稀なものが多い。
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記者として勤めていたことのある『九州日報』に連載されたルポルタージュ「東京人の堕落時代」「街頭から見た新東京の裏面」が貴重でありかつ興味深い。記者杉山萌圓の視る大震災後の東京と作家夢野久作が描く作品世界とは、まるで断絶していない、ぞっとするほど地続きであることが、読めばすぐに感じられる。都市彷徨者としての夢野久作。都市も人物もどこか透明で実体が欠落しているよう。非人称的。
自己を自己たらしめている何かが実はただの虚無でしかなかった、という感覚。彼の描く人物は、みなどこか空っぽの印象を受ける。その内面の空虚に、自分の外のどこからかやって来る、誰のものとも云えない想念。空っぽゆえに却って世界そのものをも軽々と乗っ取って一緒に空っぽにしてしまう図々しさ。自己も世界も喪失して、ついに喪失し得る一切を喪失してしまった、その喪失の果てのいまここに、ぽつんと浮かんでいる。そんなものが顔をもたげてくる奇譚。能に関する評論「定型の根本義」に、このあたりの彼の美意識の一端が表れているように思う。
「人間の世界は有意味の世界である。大自然の無意味に対して、人間はする事なす事有意味でなければ承知しない。芸術でも、宗教でも、道徳でも、スポーツでも、遊戯でも、戦争でも、犯罪でも何でも……。/能はこの有意味ずくめの世界から人間を誘い出して、無意味の舞と、謡と、囃子との世界の陶酔へ導くべく一切が出来上っている。そうしてその一曲の中でも一番無意味な笛の舞というものが、いつも最高の意味を持つ事になっている。[略]。/かようにして舞台面の気持ちはやがて散文も詩も通り越し、劇も身ぶりも、当て振りも、情緒や風趣をあらわす舞も、グングンと超越して、全然無意味な、気分も情緒も何もない、ただ、能としての最高潮の美をあらわす笛の舞に入る。そのときに謡が美しく行き詰まりつつ消えて行く」(p87ー88)。
それでもアイロニーの強迫だけは、最後まで憑いて離れない。
「そうしてもうじきおしまいになるのよ」(p23)。
□
その他の感想。
「月蝕」「髪切虫」美は喪失の裡に美となるのであり、そうした様式それ自体に美を見出すのが耽美か。「青ネクタイ」理性と狂気、真と偽、その決定不可能性。「虫の生命」ボルヘス幻想譚的円環。似たような話をどこかのアンソロジーに編んでいた。「硝子世界」奇想そのもの。何者でもない世界の美しさ。「縊死体」主体と客体の逆転という恐怖。
「工場」生を冷笑しそれを喰らう機械、死を創造する無機的な運動。機械に人間性を否定する死のイメージを視る、そしてそこに美的な何かを見出す感覚。「……人間……狂人……超人……野獣……猛獣……怪獣……巨獣……それらの一切の力を物ともせぬ鉄の怒号……如何なる偉大なる精神をも一瞬の内に恐怖と死の錯覚の中に誘い込まねば措かぬ真黒な、残忍冷酷な呻吟が、到る処に転がりまわる。[略]。すべての生命を冷眼視し、度外視して、鉄と火との激闘に熱中させる地獄の騒音……」(p229)。「しかも、それ等[工場の機械]の一切を支配して、鉄も、血も、肉も、霊魂も、残らず蔑視して、木ッ端の如く相闘わせ、相呪わせる……そうして更に新しく、偉大な鉄の冷笑を創造させる……」(p230)。
「ビルディング」「空中」「病院」ドッペルゲンガー。自己と他者とは、論理的階層が異なる、形而上学的境位が異なる。自己が他者に向ける眼差しと、自己が自己に向ける眼差しとは、区別される。超越的/超越論的の区別。同一であるはずの自己が、他者として自己から分離して自己の眼前に現れ、他者として当の自己自身と対向関係に入りこちらへと向かってくる、という恐怖。自己に対して自己関係的機制の裡にあるはずの自己が、その捉えがたい円環構造を一気に脱け出て、全き他者として直線的に対向してくる、という恐怖。「空中」の、極限まで切り詰められた、名指し得ぬ純粋な恐怖そのものを形象化した美しさは、本書の白眉。
「線路」自殺の可能性としての、自然を超越する可能性としての、実存の絶対的自由という逆説、嘗て自分も似たようなことを考えたことがあった。「……自分で自分の運命を作り出し得べき最簡単な、且つ完全な機会は今を措いてほかに無い。あらゆる人類生活の条件と因縁とを離れて、自分自身の運命を絶対の自由さに支配し得る、唯一無常の快い刹那は、今しも眼前数秒の裡に迫っている。此快い刹那を捕えるのは、私が持っている最後の権利である」(p281)。「こうして私の死は永久に無意義に葬られるであろう」(p284)。投稿日:2019.12.31
執筆年1917(大正6)年から1936(昭和11)年ころのアンソロジー。
ほんの2,3ページ程度の掌編小説や連作短歌(!)がたくさん収められている。私は主に角川文庫で夢野久作をいくらか読んできたが…、本書で重複しているのは「瓶詰地獄」くらいであり、相当めずらしい作品が集まっている。
やはり夢野久作はカルトの、B級作家であるとしか言いようがない。文体もストーリーもテーマの選び方も妙に「へにょへにょした」感じの変態作家と思い、その作品は最高の芸術品とは言えないものの、メインストリームの文学群にちょっと疲れてきたとき、なんとなく「ほのかに」面白がらせてくれるような、変わり種の口直しのような文学世界を覗かせてくれる。こういう作家の作品をありがたがる人はたぶんカルトっぽいと思うし、そう言いつつ、私もたまに読みたくなるのである。
幾つかの掌編は印象的で面白いと思ったが、つまらないものもそこそこあった。
へにょへにょした作家の、へにょへにょしたアンソロジー。続きを読む投稿日:2024.02.12
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