ブラックウェルに憧れて~四人の女性医師~
南杏子(著)
/光文社文庫
作品情報
20年前、中央医科大学の解剖学実習で組まれた女性だけの班――長谷川仁美、坂東早紀、椎名涼子、安蘭恵子の4人は、城之内泰子教授の指導のもと優秀な成績で卒業しそれぞれの道を歩んできた。順調に見えるキャリアの裏には、女性ゆえの苦労もある。人生の転機を迎えた彼女たちに、退官する泰子が告げる驚きの事実とは? 今こそ読まれるべき珠玉の人間ドラマ!
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商品情報
- シリーズ
- ブラックウェルに憧れて~四人の女性医師~
- 著者
- 南杏子
- 出版社
- 光文社
- 掲載誌・レーベル
- 光文社文庫
- 書籍発売日
- 2023.01.20
- Reader Store発売日
- 2023.01.11
- ファイルサイズ
- 0.3MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (13件のレビュー)
-
『心身に障害のない、日本人の、男性医師 ー それこそが医局員の標準であって、初めから女性医師は規格外の存在なのか。自分たちは、女というだけで欠陥を抱えているのだろうか』。
山崎豊子さん「白い…巨塔」。医学界の権力争いの極みを見る傑作小説は、女性作家さんの小説をコンプリートすると誓って読書を続ける私には、どこかで踏破すべき作品だと思っています。テレビドラマで先に見たその作品は原作が1960年代ということもあり、男と男のドロドロの闘いが描かれています。まさしく医学界が男性社会であることを象徴もした作品だと思います。しかし、そんな作品が2019年にドラマ化された時に原作とは異なる変化がありました。登場人物の一人である野坂教授が市川実日子さん主演により女性に設定が変えられていたのです。
1960年代の医学界が実際どのような感じだったのかは私には知る由はありません。しかし、今の世にあって、病院には男性医師しかいないという方が無理があり、2019年のドラマ化において、不自然さの除去ということもあって女性医師を登場させたのだと思います。しかし、この国の人口は女性の方が多いという現実を当てはめれば、それでもこの国には女性医師が少なすぎるようにも思います。
そんな疑問をある意味納得させる裏事情が2018年に明らかになりました。
『今月はじめに発覚した医学部の不正入試問題は、女子学生を一律減点する措置を続けてきた東都医科大学にとどまらず、全国各地の大学へ飛び火する勢いです』。
この国の医学の世界に、『学生の側も大学当局も、それを当たり前のことだと放置してきた節がある』という『男女差別』の実態が明らかになりました。入り口がそうであるならば、その先にも連綿と『男女差別』が存在するのはある意味自然なこととさえ思えてしまいます。
さてここに、『命に直結する医療の分野だけ、どうしてそんな不公平と不公正がまかり通って来たのでしょう』という医療の現場のあちらこちらに今も横たわる『男女差別』を当たり前のこととする現実に光を当てた作品があります。『性格的には共通項の少ない四人』の女性たちが主人公となるこの作品。そんな女性たちが、『男女差別』が厳然と残る医療の世界で必死に生きていく姿を見るこの作品。そしてそれは、そんな女性たちの生き様の中に、今から170年前に女性として初めて医師として認められたイギリス人・ブラックウェルの苦悩の人生を思う物語です。
『そういうわけで城之内先生、今月はじめに発覚した医学部の不正入試問題は、女子学生を一律減点する措置を続けてきた東都医科大学にとどまらず、全国各地の大学へ飛び火する勢いです』と大日新聞の記者・原口に取材を受けるのは中央医科大学で解剖学教室の教授を務める城之内泰子。『私は入試委員会のメンバーではありませんが』と『慎重に言葉を選ぶ』泰子に『入試に関する話では』ないという原口。そんな原口は『長年にわたる女子差別が露見する中で、医学部に入学し、卒業して医師となった女子学生たち』がいるのも現実であり、『城之内先生ご自身のキャリアに関するお話も含めて、何人か卒業生を』紹介して欲しいと続けます。『約二十年前の記憶がまざまざとよみがえる』泰子は、『一九九六年に四十一歳で教授に』なり『さまざまな学生たちと出会い、指導してきた』と過去を振り返り自身がかつて執筆した文章を元に語り始めます。『当教室は医学部二年生を対象に解剖学実習を行う』、『実習終了後に主任教授が行う口頭試問等で優秀な成績をおさめた学生四人に、「白菊会優等賞」を贈呈しています。本年度は、長谷川仁美、坂東早紀、椎名涼子、安蘭恵子の四名の女子学生が選ばれました。白菊会優等賞の受賞者が全員女子だったのは、本年が初めてです…』という『白菊会の皆様へ』というその内容。
場面は変わり、『思ったより元気そうでよかった』、『わざわざ来てくれてありがとう』と会話を交わすのは、『職場で倒れ』た椎名涼子を見舞いに訪れた長谷川仁美、坂東早紀、安蘭恵子という面々。『こうして集まるのは半年ぶり』という四人は『もともと中央医科大学の同級生で、二年次の解剖学実習で同じ班』でした。『今年で、全員が四十歳の大台に乗った』という四人。『自分が勤めている病院に入院するって、ホント、落ち着かない』という涼子は、『シフト要員として当てにされているってことね。でも、それを言えば恵子の方がすごいよ。新生児科の副部長になったって聞いた。おめでとう』と語ります。それに『毎日何かに追われている気分』と返す恵子に『つらいなら、フリーになれば?』と『今はフリーで健康診断医』をしている早紀が語ります。そんな早紀は、『仁美はどうなの?中央医科大学の「女神の手」って呼ばれているらしいけど』と語りかけると『白内障のオペは、超うまいよ』と仁美が返します。『一九九六年二月の一般入試不合格、翌九七年に合格』という共通点を持つ四人は『性格的には共通項の少ない四人』でした。『医学部卒業後は異なる分野に進んだ』四人。『医学部二年の解剖学実習で同じ班になるというきっかけがなかったら、ほとんど話もしなかっただろうという四人は、『ここでしか言えないことがある。ううん、ここでなら言わなくても分かってもらえる気がする』と四人の関係を思います。そんな四人の過去と今、そして泰子の過去と今が順に描かれていきます。
“20年前、中央医科大学の解剖学実習で組まれた女性だけの班の4人は、城之内泰子教授の指導のもと優秀な成績で卒業しそれぞれの道を歩んできた。順調に見えるキャリアの裏には、女性ゆえの苦労もある。人生の転機を迎えた彼女たちに、退官する泰子が告げる驚きの事実とは?”。そんな内容紹介が医師でもある作者の南杏子さんらしい医師の世界を舞台にした物語であることを浮かび上がらせます。では、まずはこの物語に登場する五人の人物についてご紹介したいと思います。
・城之内泰子: 『一九九六年に四十一歳で』中央医科大学解剖学教室の教授となる。中央医科大学で初めての女性教授。一九九八年度の『解剖学実習』で『成績順でメンバーを割り振った結果』として『女子だけの班』ができてしまったことを教務部長からの反発を振り切って死守した。
→ 『長時間の手術に耐える体力的な点で劣ると自覚したことに加えて、「患者が男性の医師を希望する」という動かしがたい現実にぶち当た』り、脳外科から解剖学へと専門を変更した。
・長谷川仁美: 中央医科大学の眼科『内最大のグループである白内障の外科手術班に所属』。『白内障の手術は、おいしいごちそうのようなもの』と認識するように、その腕は高い評価を得ている。『出産どころか結婚もしていない』。次期『オペリーダー』になることに強い意欲を持つ。
→ 『何事にも一生懸命で少しムキになる仁美』。
・坂東早紀: 『大学二年の夏休みに出産』するも相手とは『二年後には別れ』る。『大学病院でも循環器内科医としてバリバリ仕事して』おり、父親が子育てをサポート。しかし、その父親が『アルツハイマー型認知症と診断された』ことを機に病院を辞め、『フリーで健康診断医』となり、介護をしながら働いている。
→ 『マイペースで頭のいい早紀』。
・椎名涼子: 蒲田記念病院の救急科で『救命救急医』として働いていたが、『診療科の大胆な見直しと人員削減』の余波を受ける。海外で幼少期を過ごしたことから備わった語学力を買われて『エスコート・ドクター』として『医療搬送』に携わることになる。麻酔科に勤める夫とは、『不妊治療』から溝が生まれ別居中。
→ 『おしゃべりだけど気の利く涼子』。
・安蘭恵子: 『渋谷にある日星医療センター新生児科』で『副部長でNICUのチーフの任にある』。夫は『商社』を退職し、『東京郊外にある自然派農場の経営パートナー』になるも不安定な経営が続いている。『三歳の一人娘』は『いわゆる「隠れ待機児童」』状態にある。そんな中、両手ともに手の力がなくなる症状に気づく。
→ 『ふんわりとした雰囲気で少し要領の悪い恵子』。
一九九七年入学の同期生だった四人は、上記の通り『興味の対象』がまったく異なることがよく分かります。そんな四人を結びつけたのが『約二十年前』、『医学部の解剖学実習で同じ班にな』ったことでした。物語は、〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた六つの章から構成されています。〈第一章 四人の再会〉で、四人の仲の良さを演出した後に、仁美、早紀、涼子、恵子と順に四人それぞれが医師として、一人の人間としての今が描かれていきます。そんな各章に共通するのが、『二〇一八年』の今が描かれたあとに、『一九九八年』の過去が描かれるという構成をとっているところです。四人それぞれの今のパートでは、それぞれに全く異なる『結婚、出産、子育て、介護、それにあまたの家事・雑事』に苦悩する姿が描かれていきます。医師でもある南さんが描かれる医療の現場はリアルさに満ち溢れているのが何よりもの魅力です。
では、ここで少し脱線して、四人のうちの二人が生きる医療の現場が描かれた場面を抜き出してみましょう。まずは、〈第二章 アイ・スペシャリスト ー 仁美〉から『白内障』の手術の場面です。
『三木さん、こんにちは。ご気分悪くないですか』と『オペ台に横たわり、右目の部分だけが開いた手術シートをかぶせられた』患者に語りかける仁美。『麻酔の点眼をすると、眼球を二十秒ほど凝視する』仁美は、『では、はじめます』と言うと『まずは黒目と白目の境目に、細いメスを差し込』みます。『角膜を二・五ミリ程度、切開』したあと、『続いて超音波を発する細い探針を術野に差し込み、白濁化した水晶体を細かく砕』いていく仁美は『神経を尖らせ』ます。『やたらに砕いてはいけない。周辺組織に影響しないよう、水晶体の軟らかそうな部分、つまり超音波で砕けそうな場所を瞬時に見分け、そこから一気に崩す』とていねいに進める仁美は、『三木さん、とっても順調ですよ。安心してくださいね』と再び声をかけます。『声をかけられた患者は緊張がほぐれるのか、肩に入っている力が緩むのが分かる』という中に『は、はい。よろしくお願いします』と返す患者の三木。
そして…と続いていく手術のシーンですが、目の手術というものに全く知識のなかった私は強い衝撃を受けました。
・『手術は局所麻酔、つまり患者の意識がある状態で行うのが一般的』だということ。
・『使用するのは点眼麻酔という、目薬による麻酔のみ』であること。
ということから、上記した手術の場面に描かれる通り手術中に医師と患者が会話をするという場面が存在することになります。さらに言えば目の手術だから瞼を開いていることになります。そして、そんな手術のシーンには、当然ながら『黒目と白目の境目に、細いメスを差し込』むという行為が存在します。はい、そんなシーンを思い浮かべるだけで意識が飛びそうです。80歳以上で100%が罹患するとされる『白内障』。当然ながらそんな手術をする医師も人間であり上手い下手は当たり前に存在します。『どれだけオペを失敗し、仁美が尻拭いしてきたことか』と語られる物語。万が一の時には仁美先生を指名したくもなるシーンでした。
もう一箇所は、〈第三章 フリーランス ー 早紀〉から『健康診断』の場に派遣される早紀です。
『未熟な医師でも働けるという点から、臨床医にとって最底辺の職場に位置づけられている』『健康診断医』として働く早紀。『約六百人の工場従業員を』『医師三人』で担当する様が描かれます。『たいていは挨拶もなく、「胸を出して深呼吸」「後ろを向いて」「はい、いいですよ」という三つのセンテンスで終わる』という『ベルトコンベア』の作業で得られる『この日のペイは、時給七千円』。しかし、『税金と交通費も込み』、『夏と冬に健診の仕事が少ないことも不安材料』というフリーの仕事の不安定さ。
そんな中に早紀は、こんな現実が一方にあることを思います。
『健康診断で正常だった人が、半年後に癌の終末期で入院したと知らされたことがある。健康診断の翌日に、突然死した患者もいる』。
そんな思いは早紀に迷いを生じさせてもいきます。
『こんなささやかな検査で異常が見つからないからといって、本当に「異常なし」と言い切っていいのだろうか、何かを見落としているのではないか』。
私も毎年会社の『健康診断』を欠かさずに受けています。確かにそこではさまざまな検査の最後に医師の問診を受けておしまいというのは定番の流れです。そんな医師の思い、その背景事情、今まで考えたこともなかったことであり、これにもかなり衝撃を受けました。医師の世界もさまざまである、改めてそう思いました。
さて、脱線から戻りましょう。上記の通り『二〇一八年』の今が描かれた四人それぞれの物語の後半パートは、『一九九八年』に四人が『解剖学の実習』で同じ班になった時のことが順に描かれていきます。医学の世界は『基礎系、臨床系』に分かれていますが、『臨床』の現場が描かれる『二〇一八年』の四十歳の四人が描かれる物語と、『基礎系』の中でも大基本とも言える『解剖学の実習』の見事な対比が物語に奥行きをもたらしていきます。そして、そんな『一九九八年』の物語に確かな存在感を持って登場するのが解剖学教室の教授である泰子であり、その流れの先に〈第六章 解剖学教室教授 ー 城之内泰子〉の物語が描かれていきます。
そんなこの作品の通しのテーマと言えるものが、『女というだけで、なぜ排除されるのか』という『男女差別』の存在です。『医療の世界にも男女差別がある』という厳然とした事実が、数年前に社会を賑わした医学部の入試における差別の存在によって明らかになりました。
『首都圏のとある大学の医学部では、入試における男女の人数調整は一九五〇年代から脈々と引き継がれてきた』
もしや?と思われてきたことが白日の元に晒された衝撃がこの国を激震させたことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。そして、そんな差別の先にある医師の世界の現実を南さんは仁美の科白をもって読者に問いかけます。
『心身に障害のない、日本人の、男性医師 ー それこそが医局員の標準であって、初めから女性医師は規格外の存在なのか。自分たちは、女というだけで欠陥を抱えているのだろうか』。
この衝撃的な問いかけにあなたは何を思うでしょうか?また、あなたが属されている世界にも似たようなことはないでしょうか?世界経済フォーラムが発表した2022年のジェンダー・ギャップ指数でこの国が146か国中116位となったことを裏書きするかのようなこの問いかけは、この国に潜在する『男女差別』の根深さを象徴するかのようです。そして、この作品の書名「ブラックウェルに憧れて」の『ブラックウェル』について、作品冒頭にこんな風に紹介がなされます。
『世界で初めて医師として認められた女性… 1849年にジェニーバ医学校で、女性として初めて医学学位を取得した… 現代に続く女性医師の未来を切り開いた』。
そう、そんなブラックウェルの苦難の人生。女性として初めて医師として認められるまでには想像を絶する苦労があったのだろうと思います。しかし、そんなブラックウェルが医師として認められて170年という長い年月が経過しても、なお存在する『男女差別』の実態。この作品では、四人の女性たちが医師としてそれぞれに苦難の日々を送ってきた姿が描かれていました。そこには、まるで男性社会を守るという目的のためにあからさまになされていく女性への仕打ちの数々がリアルな医療現場を舞台に描かれてもいます。女性として、そして、医師として、医療の現場を真近に見る南さんだからこその強い説得力が深い感銘を与えるこの作品。そこに描かれた問いかけに、これ以上私たちは聞き流すようなことがあってはいけない、非常に重い問いかけを読者も真剣に受け止める必要がある、そんな風に思いました。
『もし社会が女性の自由な成長を認めないのなら、社会の方が変わるべきです』 - エリザベス・ブラックウェル -
『一九九八年』と『二〇一八年』という二つの時代にそれぞれの人生を生きた五人の主人公たちの生き様が描かれたこの作品。そこには、二十年という時代を経ても大きく変わることのない医療の世界の『男女差別』の存在が女性医師たちの生き様の中に描かれていました。医師である南さんらしい、リアルな医療の現場の描かれ方に本物感を強く感じるこの作品。さりげなく行われていく『男女差別』の実態に怒りを抑えられなくなるこの作品。
『どうしてそんな不公平と不公正がまかり通って来たのでしょう』と問う主人公・泰子の叫びに心打たれた素晴らしい作品だと思いました。続きを読む投稿日:2023.09.06
自分なら手にしなかったかもしれない本をお借りしました。
状況は違うけれど家事育児介護に関する気持ちなど共感できる部分もありました。
現実逃避に夢物語のようなものばかり選んで読んできましたが、異なる状況…でありながら迷い・困っていた登場人物が先に進めると、自分もがんばれる気がすることもあるのだなと思いました。続きを読む投稿日:2024.03.10
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