ペンギンの憂鬱
アンドレイ・クルコフ(著)
,沼野恭子(著)
/新潮クレスト・ブックス
作品情報
恋人に去られ孤独なヴィクトルは売れない短篇小説家。ソ連崩壊後、経営困難に陥った動物園から憂鬱症のペンギンを貰い受け、ミーシャと名づけて一緒に暮らしている。生活のために新聞の死亡記事を書く仕事を始めたヴィクトルだが、身辺に不穏な影がちらつく。他人の死が自分自身に迫ってくる。ウクライナはキーウ在住のロシア語作家による傑作長編小説。
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商品情報
- シリーズ
- ペンギンの憂鬱
- 著者
- アンドレイ・クルコフ, 沼野恭子
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮クレスト・ブックス
- 書籍発売日
- 2004.09.30
- Reader Store発売日
- 2022.06.24
- ファイルサイズ
- 0.7MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (164件のレビュー)
-
読書会に参加するために読みました。
作者のことと、小説の舞台の1996年前後のウクライナの状況を検索してみました。
作者アンドレイ・クルコフ:
ソビエト連邦のレニングラード(現在はサンクトペテルブル…ク)に生まれ、3歳のときにウクライナのキーフに移住した。作家としての執筆はロシア語で行っている(ウクライナの公用語はウクライナ語。キーウではロシア語もウクライナ語も通じる)。
しかしロシアではクルコフの小説は数年前から発禁扱いらしい。
そして今回の戦争に際して「ロシア語の使用制限を支持」(https://www.jiji.com/jc/article?k=20220216042633a&g=afp
2022年02月16日付の記事)という立場を表明している。
ウクライナ:
1921年:ポーランド・ソビエト戦争終結し、西ウクライナはポーランド領、その他はソビエト領となる。ポーランド側では、ポーランド政府によるウクライナ人への弾圧が行われた。
1922年:ソビエト連邦が結成される。ウクライナ社会主義ソビエト共和国はその一員となる。当初ロシアはウクライナの自治を認めたが次第に統制を強めた。
1934年:ソビエトのウクライナの首都がキエフになる。(2022年現在日本では”キーウ”表記になった)
1954年:クリミア半島がロシアからウクライナへ移管される。(⇒2014年にロシアがクリミアに派兵してクリミアを併合する)
1986年4月26日:チェルノブイリ原発事故発生。
1991年8月24日:ソビエト連邦崩壊に伴い、ウクライナは独立宣言して、新たな国家ウクライナとなる。
※この小説の舞台は1996年
2004年:大統領選挙不正を巡る「オレンジ革命」始まる。
2022年2月24日:ロシアが「特別軍事作戦」と称するウクライナへの侵攻開始。(ロシアはウクライナに宣戦布告していないので公式には「戦争」ではなく「特別軍事作戦」。工エエェェ(´д`)ェェエエ工ー)
ではレビューに入ります。
なお、小説では首都を「キエフ」表記していますが、2022年現在呼び名が「キーウ」に変更になったため、こちらのレビューでもキーウと書きます。
===
キエフに住むヴィクトルは、小説家志望だが書き上げたことはない。
もうすぐ40歳、彼女はその時時でいたが、どうも長続きしない。最近の彼女も一年前に出ていった。その頃家にペンギンが来た。
そう、現在のヴィクトルの同居人は、動物園で餌代が無くなったので動物たちを放出したときにもらいうけた、ペンギンのミーシャなのだ!
小説としてはペンギンのミーシャがアパートの一室で生活していることが当たり前に書かれているので読んでいる方もそのまま受け入れる。ミーシャは感情は見えない。後に元動物園の飼育員の老人ピドパールィに聞いたところでは、ミーシャは南極からウクライナに連れてこられて憂鬱性を患っているらしい。
ヴィクトルはとくにペットというわけでもお友だちというわけでもなく当たり前に一室で生活を共にし、外出のときは外に連れ出す。ミーシャも呼べば来るくらいには慣れているが、二人(一人と一匹)の関係はじつにクールな感じ。
そんな日々を過ごすヴィクトルは、新しい新聞を刊行した新聞社に小説を持ち込んだ。
数日後、新聞社編集長イーゴリから連絡がきた。もらった仕事は「まだ死んでいない人の追悼記事を書くこと」。よくわからないが「追悼記事」という新たなジャンルのショートストーリーを書けば良いんだね。記事の名前は<十字架>と呼ぶことにした。ヴィクトルは編集長イーゴリから渡された人物ファイルを元に追悼記事を書く。
この<十字架>の文章も、人物ファイルを元にしたり取材に行ったり、他の人間や秘密の事件との関係を仄めかし、美辞と皮肉を混ぜた文体でなかなかの力作揃いだが、書かれた人が死なないと表には出ない。ヴィクトルは少しの不満を感じる。
ヴィクトルは仕事を介して知り合いが増えていった。
新聞社から紹介されたというミーシャ(<ペンギンじゃないほうのミーシャ>と書かれる)と、その4歳の娘のソーニャ。そしてヴィクトルが地方都市ハリコフに取材出張したときにミーシャの餌やりを依頼した地区担当警官のセルゲイ。
セルゲイは、純粋スラブ系人種なのになんとなくユダヤ人風の名前にしているというちょっと変わったところもある好青年。少尉の地位を持っているので、このころの警官は軍人なのですね。ヴィクトルとセルゲイはプライベートでもお友達になり、ミーシャを含めてお出かけするようになる。
ある日イーゴリから電話がかかってくる。「デビューおめでとう!」
ヴィクトルが書いた追悼記事の政治家が事故死したのだ。
この後も、ヴィクトルの<十字架>の人物の死が続くようになる。
中には、自分が先に書いた記事の後追いのような状況が起こることも。
そして<ペンギンじゃない方のミーシャ>は、「しばらく身を隠さなければいけなくなったから、娘を預かって欲しい」と言って姿をくらます。
それでもヴィクトルは、ペンギンのミーシャ、ソーニャと暮らしながら<十字架>を書き続ける。
ウクライナでは、通りで銃声が響くことは日常的だし、田舎の別荘地では泥棒避けに地雷を埋めているし、道に死体が転がっていることもあるし、アパートの一室で火事を起こしても大騒ぎにもならない。テレビが白黒だったり、サンタがくるのが12/31だったりという、地域習慣の違いも見られる。新聞の社説では「戦争は終わっていない」という記事が載り、どうやら怪しげな組織は人物の気配もする。しかし人々はフレンドリーで、初対面でもすぐに親しくなったり、欲しいものやしてほしいことを遠慮なく相手に告げたりする。
自分が関わった人が危なくなることは嫌な気持ちにもなるが、それでも生活しなければならない。
だが危険はヴィクトル、そして編集長イーゴリにも及ぶ。
新聞社を訪れたヴィクトルは、自分が書いた<十字架>に未来の日付で決済されていることを知る。
自分の追悼記事により死ぬ人が選ばれているのか?
ヴィクトルに聞かれた編集長イーゴリの答えは、自分たちは新聞社といっても実態は”国をほんのちょっと良くしようとしている数人”なんだ、ということ。そしてヴィクトルに「仕事の意味を知ったら最後、お陀仏だ 知りすぎてお陀仏になるんじゃない逆だよ。君の仕事も、ついでに君の命ももう必要ないって段になったら、そのときすべてわかる」と告げる。
警官の友人セルゲイはモスクワへの出向に旅立った(ロシアから独立した今でもモスクワ勤務は出世街道らしい)。
代わりにやってきたのは、セルゲイの姪で20歳のニーナ。ヴィクトルがソーニャへのベビーシッターのために雇った。やがてヴィクトルとニーナは関係を持つ。ヴィクトル、ニーナ、ソーニャ、ペンギンのミーシャは、疑似家族のようになる。本当に家族になるのか?と想像しないこともないが、あくまでも”疑似”の関係だ。
ヴィクトルはついに、仕事の意味と「自分の命が必要なくなった」と知ることになる。新聞社で自分の<十字架>を見つけたのだった。
どうやら、ヴィクトルは、自分が組織の殺し屋で、考えに反する相手を始末して回っていると思われていることを知るのだった。
===
ウクライナでごく普通の日常を送る人々の背後になんとも不穏な社会情勢が伺い知れる。
まだ死んでいない人間の追悼記事を書くということも、新しいジャンルの小説を書いたら好評を得たという感覚もそのまま受け止めてしまう。
不穏な社会であっても、人々は初対面の相手でもすぐに親しくなったり、お互い要求しあったりという案外近い距離感がある。そしていよいよここにいられないとなったら、あっさりとそこから去る身軽さもある社会情勢を感じる。
ペンギンのミーシャも、慣れるわけでもなく冷たいわけでもなく、ただただそこにいる。
小説の展開で心配だったのが、このペンギンミーシャが終盤諸事情によりヴィクトルの住居から離れてそれっきりということ。ヴィクトルが確認すると「元気だよ」という返事なのだが、ペンギンミーシャは殺し屋ヴィクトルの象徴と思われて消されちゃったんじゃないでしょうね。
私が読んだ感覚では、ペンギンミーシャがいなくなったからこそ、ラストでヴィクトルがミーシャに成り代わるというような流れなんだろうかと思ったんですが…。
※サンタが12/31に来るの?の件を読書会で教えていただきました。
ロシア正教(ウクライナ聖教)の場合1/7がクリスマスで、12/31におじいさんと雪娘がプレゼントを渡しに来るのだそうです。続きを読む投稿日:2022.04.28
ウクライナのキエフ(キーウ)でペンギンのミーシャと暮らす売れない小説家のヴィクトルは、ある日、出版社から「十字架」を書く仕事を依頼される。
不穏な空気+ペンギンの物語→
1990年代、ソ連崩壊後のウ…クライナが舞台。戦後の日本にしか住んだことのない私には最初、とても不思議な気持ちになった。
家の外の世界はとても殺伐としているのに、ヴィクトルのキャラとペンギンのミーシャがその世界から少し浮いていて、それがとても絶妙。一気に読みやすくなる。→
でも、ペンギンのミーシャは動物園が閉園するタイミングでヴィクトルが貰い受けているわけだし、この時点で今の日本にはない感覚なんだよね。
終始この「感覚はわからないけど、何となくわかる」みたいな感じが魅力的なお話(語彙力なさすぎなんだけど伝わってー!)
読んでよかった(語彙力喪失)続きを読む投稿日:2024.04.11
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