この作品のレビュー
平均 3.4 (8件のレビュー)
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韓国人作家によるSF短編集。
どの短編も、韓国人作家と知らなければ韓国らしさがないという感じです。どの短編も「今はない技術」を使っていますが、内容は人間の苦悩だったり生きるうえでの矛盾や盲点というよう…な、いつでも、どこでも、人間が感じてきたことです。そのためおそらく韓国だと限定しないような書き方をしているんだろうなあ。
ポットキャスト「翻訳文学試食会」でこちらに収録の「データの時代の愛(サラン)」が取り上げられています。
https://open.spotify.com/episode/4JMBBRlgmbWdZ6NbYs3QvH
『定時に服用してください』
恋愛感情を定着させ持続させる薬を服用することが当たり前な時代。
さて、薬で感じる気持ちは本当の自分なんだろうか?いや、今愛を感じているならそれが本心か薬による偽物かなんてどうでもいいでしょ。
まあ、薬による偽の感情だとしても、薬により楽になるなら、頼るよね。
…「僕」とか「彼女」という書き方をしているので、作者が韓国人だと知らなければわからないよなあと思った。きっと「いつでも、誰でもわかる話」にしているんだろう。
『アラスカのアイヒマン』
人間の「共感」を元ナチス裁判被告のアイヒマンを題材にして語っている。
自分が味わない他者の体験や苦しみへの共感は、所管小説により広まったという。本を読むことにより疑似体験するのだ。
この時代は、人間の脳波を記録し、別の人に体験させる「体験機械」というものができている。
ナチス裁判の被告のアイヒマンは見るからに凡庸な人物で、ユダヤ人殺戮や収容所での大量殺害をまったく反省していない。そんな人物にただ「死刑」だけ求刑してもそれは本人への罰則に、被害者やその家族への贖罪になるのか?
そこで、戦争を生き延びたユダヤ人の代表者と、アイヒマンを「体験機械」に入れることにした。
ユダヤ人の経験を受け付けられたアイヒマンは、苦しみ、崩れ、ユダヤ人代表者に這いつくばって許しを請う。体験機械の実験は成功したといえるだろう。
だがアイヒマンの記憶を受け付けられたユダヤ人代表も、なんともいえない反応をする。
この結果を見た人々は、アイヒマンの苦しみに大喜びし、ユダヤ人代表の反応には怒りすら向ける。
「共感させる」ことには成功したが、それを見る人々は、アイヒマンの苦しみ、そしてユダヤ人代表が何を感じているのかにはまったく共感しない。
さらに、アイヒマンとユダヤ人代表がテレビの前で見せた反応に疑いの声も上がる。アイヒマンは罪を軽くするために苦悩した振りをしたのではないか?ユダヤ人代表はある目的のためアイヒマンから得た記憶とそれによって生じた感情を人々に説明しなかったのではないか?
共感機械に入ったとしても、本当に共感したのかどうかは結局わからない。それに相手があまりに人道を外れた人物なら、その人物に共感する必要があるのだろうか?
<往々にして他人は地獄である。P76>
『極めて私的な超能力』
これはSF短編集に入っていなければ、ちょっと洒落た恋愛小品として読んでいたかもしれない。
彼女は別れる時に、自分には超能力があると打ち明けた。「未来のある時点の出来事が分かる予知能力」なのだそうだ。そして僕にいくつかの予言を告げた。それは僕と別れるための口実かと思ったけれど、その後数年かけて彼女の言ったことが本当になることを体験した。
でも僕にも実は超能力があるんだ。頭の中にふっと映像が浮かんでくる。それは自分が思いもかけない人のその瞬間の様子だった。だからこの数年、頭では忘れていたはずの彼女の姿を見ることがあったのだ。
その話を仕事仲間のAD女性に語ってみたら、彼女も「私にも超能力があるのよ」という。忘れたい記憶のある相手にキスすると記憶を除去できるというのだ。「彼女の記憶を消したい?」
僕がこの数年彼女の姿を見たのは、彼女のことを忘れてはいなかったのだろうか?そして僕はもう本当に彼女を忘れたいのだろうか?答えが出せないでいる僕にADはいう。「キスして」
そのまま読めば超能力の話。もしかしたら彼女の予知能力は本物かもしれない。でも僕の映像とADの記憶除去は?
僕は、無作為に映像が浮かぶというが、それは深層心理で考えているだけかもしれない。この場合はまだ彼女のことを考えているから、彼女の映像を見る。
ADは、それなら僕のその気持ち向き合い、別の女性に(恋愛ではないとしても)目を向けることで気持ちが変わるんじゃないかと思って、「超能力」と告げたのかもしれない。
超能力にしろそうでないにしろ、非常に短くスルッと読めるお洒落な短編だ。
『あなたは灼熱の星に』
惑星への移動やが当たり前になっている時代なんだけど、惑星に送り込むにあたって「頭だけを切ってコンピューターに繋ぎ、身体は母星(地球など)で保存しておけば、コストダウンにもなるし、管理もできるし、その人の感情を読み取ることもできるし、その人の感情を操ることもできるよね」と考えた企業があった。
そんなふうにして惑星に送り込まれた女性が、なんとかその状態から抜け出そうとするために、娘に暗号を送る。
娘は、身勝手な母親に振り回されていたが、母親とともに企業を翻弄する計画を立てる。
人間の頭脳だけ切り離すというのは「攻殻機動隊」をイメージした。脳と脊髄だけ取り出して(他の身体は洋服を着替えるようにして替えられる)脳の神経ネットに直接電脳アクセスするというもの。
そんな社会で、人間を操ろうとする企業やらテレビ局がいて、それに抵抗しようとする人たちがいる。しかしそんな科学が発展する時代でも、身勝手な母親(の脳みそ)と、独立しようとしつつ母親の影響を受けている娘という実に人間臭い感情がある。遠く遠く離れて脳みそだけになってやっと親子の繋がりを感じることもある。
『センサス・コムニス』
今回出てくるSF機械は「なにかを見たり聞いたりした瞬間の感情を察する機械」。
人間は、自分で考えをまとめたり、相手に伝えようとした時には、もう本当の感情にバイアスがかかったものになる。
本当に、一番最初に、瞬時に浮かんだ、言葉になる前の感情。
それを知ることができたら、言葉の対話より確かな対話ができるし、その機械を利用して人々の喜ぶことを言ってみせたら指示を集めるだろう。そして権力者が手に入れたら、国民一人一人の意志を読み取り、その中で重なる部分を推し進めれば本物の民主主義国家が作れるんじゃないのか?
そんな馬鹿な。
馬鹿とも言い切れないでしょ?
『アスタチン』
超知能を持った人間が元素名のアスタチンを名乗った。彼は神であり政治指導者だった。人間は死んでも再生される技術ができている。アスタチンを中心とした委員が承認すれば死んでもまた生きられる。
そんなアスタチンも人間としての寿命が来る。そこで自分と同じ遺伝子の人間の身体を15体作り記憶を分配する。そしてその中の誰かを次代のアスタチンに選ぶまで、自分の頭脳を移したコンピューターを代理としていた。
だがある出来事により、元素の名前を持つ15人の次代アスタチン候補たちがお互いを殺し合い、自らアスタチンを勝ちる競争が始まる。
ものすごっく簡単に言うと「複製人間は自分の意志を持ち自立するのか?」
アスタチンの複製たちは、複製の自覚を持たされて、半分人間半分まだ生まれていない者という立場。根本の性格としては全員独裁者で神のアスタチンを継いでいる。頭が良く機転が効き好戦的で人を騙す能力にも長けている。だが見かけや染色体は少しずつ違って創られているし、環境も違う。ので少しの個性はある。
ではいくら同じ遺伝子を持つといっても、別人なんだから、それは「アスタチン」じゃないよね、といえるのではないか?という疑問も挙がるが、「それを言ったら手術で内蔵を移植したら身体は別だから本人ではない、というのか?」という反論で抑える。
15人の殺し合い果たし合いは宇宙を駆け巡って、周りに甚大な犠牲を出しまくっている。(このあたりの殺し合いと、周りの街を壊しまくる場面は深刻なのにコミカルに描かれている)しかしTVショーとして大人気となり、それだけ大迷惑かけているのに15人それぞれにファンが付いて「あの人こそ次のアスタチン」と大盛りあがり。どんなに大迷惑で身勝手だとしても、人々は神で独裁者を望んでいる。
この15人が殺し合っても問題ないのは、「まだ人間として復活していない者が、人を殺しても、それは殺人者といえるのだろうか?」という盲点がある。
この盲点を付けば犯罪を犯しても犯罪「者」にはならない。
この短編集はSFではありますがかなり哲学的ですね。
物語としては、そんな複製としての自覚がある複製人間が「自分らしさ」を身につけるのか?自分の大元の人間から離れられるのか?ってところです。
『女神を愛するということ』
創造主は神々の遊び場としてこの世界を創った。神々はこの世界で、自分の世界ではできない戦争を楽しんでいる。人間は神々を楽しませるために、神々が体験できないことに現実味を与えるために苦しんだり戦ったりするのだ。
そんな世界で僕は女神と恋人になった。喧嘩すると荒れ狂う女神だが、人間の僕だって脅かされてばかりでもない。
今日も僕のライブを女神の彼女が聴きに来た。恋の苦しみの歌を聞いて女神は泣いた。永遠に忘れられないと泣いた。彼女を抱きしめながら、これは本物の世界だって考える。
…この世界を神様が創ったのならそれはなんのため、というテーマで世界を超えた共感を書いたのかと思ったら、「ゲームプレイヤーと、ゲームキャラクターの恋」なんだそうだ。
確かにプレイヤーは世界を動かす神でありながらゲームキャラクターに夢中になる。それも「本物」なんでしょう。
『アルゴル』
同じ日の同じ時間に突然三人の人間が超人の能力を覚醒させた。彼らは覚醒と同時に多大な厄災を巻き起こす。三人一緒にいると力の加減が抑えられるというので三連戦のアルゴス、それぞれアルゴスA、アルゴスB、アルゴスÇ、またの名を魔術師のプロスペロー、マーリン、メディアと呼ばれることになった。彼らはある惑星で監視されている。
作家の僕は研究のために彼らの元へ訪れた。アルゴスたちはこのまま大人しくしているのか?この惑星から出て自由に生きようとは思わない?
彼らと出会って僕の力もましているようだ。そう、僕も覚醒して、多大な厄災を引き起こしたことがあったのだ。
さあ、超人たち、これからどうする?
『あなた、その川を渡らないで』
森に男とその妻が住んでいた。妻は森と話をする。夫は最近夢を見る。夢のほうが本当のようだ。
夫は川に向かう。川の向こうに夢でみる本当の世界があるのだろう。引き止める妻の声も眼差しも響かない。
夫が消えた川に向かう妻に森が語りかける。
「人間はみんな死んだ。だが今、人間に似せて造られたお前が本当の人間になったのだ」
だが本当の人間になったのなら、愛する夫を失って一人で生きる意味があるだろうか。
『データの時代の愛(さらん)』
ちょこちょことガルシア・マルケスへオマージュが見られる。
映画館で出会ったイ・ユジン(女性)とソン・ユジン(男性)は、恋愛を始めることになった。イ・ユジンは年下でハンサムでいくらでも女性が寄ってくるソン・ユジンとの将来が不安だった。
この頃人間ライフサイクルのために、データを分析してこの先起こることを予測分析するシステムができ始めていた。それによるとイ・ユジンとソン・ユジンは5年以内に別れるでしょう。
二人は結婚して、5年を待たずに離婚した。
人間関係に苦労しないからこそデータに振り回されてしまう男性、自分の不安がデータに寄って裏書きされてしまった女性。
月日を経て、今や全人類がデータにより付き合う相手を決め、データにより買うものを決めるようになる。「映画館で出会って付き合った」など、あまりに恥ずかしい過去の遺物だった。
だが「相手が誰か、自分と合うか、まともに知らないままに付き合ったの?それって無責任ですよね?」という侮蔑を含んだ眼差しにイ・ユジンは「どうせ長く付き合っったって相手のことなんてわからないでしょ。相手がどんな人がわからないからこそ付き合えるんじゃない?」と聞きたい気持ちもあった。そう、人間が生きる条件の中には「不果実性」があったっていいじゃない。
何年も経ち、イ・ユジンもソン・ユジンも次の恋愛や仕事のやり方も変わっていった。そんな二人がまた出会った。
データもなく、素顔を合わせた二人は問う。さあ、どうする?
…便利さを求めてデータやマニュアル社会になったからこその不便さ。データに基づかない自分自身の失敗は許されないのか?
家同士の繋がりや、紹介されての結婚が当たり前だった頃、紹介者が信頼できれば結婚相手の最低限は保証されたものだろう。時代を経て自分の意志が大事となり、結婚相手やそもそも結婚するかしないかを自分で選ぶようになった。
そして現在、コスパタイパという考えが重くなってきて、最初から最低限「合う」ことが保証されている相手を求めて紹介システムがまた盛んになっている。
完全な自分の意志か、他者の保証を参考にするか、行ったり来たりですね。続きを読む投稿日:2024.04.25
恋物語から壮大なバトルものまで幅広い設定の話を盛り込んだ韓国SF短編集。全体的に等身大の人間を描いている感じがして、大袈裟なではないけど丁寧な展開に好感が持てた。読みやすさも丁度良く、何か気軽に本を読…みたいなという人にオススメ続きを読む
投稿日:2023.07.16
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