硝子の葦(新潮文庫)
桜木紫乃(著)
/新潮文庫
作品情報
道東・釧路で『ホテルローヤル』を営む幸田喜一郎が交通事故で意識不明の重体となった。年の離れた夫を看病する妻・節子の平穏な日常にも亀裂が入り、闇が溢れ出す――。彼女が愛人関係にある澤木とともに、家出した夫の一人娘を探し始めると、次々と謎に直面する。短歌仲間の家庭に潜む秘密、その娘の誘拐事件、長らく夫の愛人だった母の失踪……。驚愕の結末を迎える傑作ミステリー。(解説・池上冬樹)
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商品情報
- シリーズ
- 硝子の葦(新潮文庫)
- 著者
- 桜木紫乃
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2014.06.01
- Reader Store発売日
- 2022.05.30
- ファイルサイズ
- 0.7MB
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この作品のレビュー
平均 3.6 (61件のレビュー)
-
あなたはプロポーズの台詞を覚えていますか?
その機会がまだなら、どんな台詞を言いたい、言われたいですか?
一生に一度の決め台詞。それは一生に一度だからこそ、大切な、重みのあるものだと思います。そんな…プロポーズにもいろんな台詞があります。”僕と幸せな家庭を作りませんか?”、”世界中の誰よりもあなたのことを愛してます”、そして、”これからもずっと僕の隣にいてください”と、それはカップルの数だけ答えがあります。一生に一度の決め台詞だからこそ、一生忘れられない言葉で思いを伝える、それがプロポーズです。そんなプロポーズの言葉として、こんな台詞を語った男性がいたそうです。
『僕の妻になれば生活に汲々とすることもないし、させない。おおっぴらに金を渡せるし、それを自由に使える。歌集も出してあげられるし、朝寝坊もできる。与えられた時間は節ちゃんが自由に使っていい。断ってもいいけど、断らせない自信もある』
なんとも大胆なその台詞。一方で正直すぎるが故に逆に素直な可愛い気持ちの表現とも言えるその台詞。でも、そんな台詞を語るその男性との結婚にはひとつ問題があります。
『節子の母が長く幸田喜一郎の愛人だった』というその事実
自分の夫となる人物が、長らく実母の愛人だったという驚愕の事実を知ったとしたら、あなたならどうするでしょうか?
しかも、そんな母は娘からプロポーズのことを聞かされてこんな風に答えたのだそうです。
『あら、そうなの。いいじゃない。パパさんなら金持ちだし、私も知らない仲じゃないし。こっちの生活の面倒も考えてくれるなら、何の文句もないけど』
母というより、なんともしたたかな女を感じるこの台詞。しかし、それを分かった上で、それでも結婚に踏み切る娘のしたたかさにはさらに驚愕させられます。
この作品は、そんな母と娘と、彼女たちに関わる女性たちが活躍する物語。女性のしたたかさと生命力の強さを感じる物語です。
『「すずらん銀座」と書かれ』た通りの『幅の狭いカウンターに丸椅子が五席という一杯飲み屋』。女将の差し出した『茹でたジャガいもの皿』を受け取る男。『二十五年前の厚岸にあった賑わいは町のどこを探しても見つけられない』と感じる男。『二度目の赴任で再び通い始めることになった「たけなか」で、老いた女将と酒を注ぎあいながらする昔話も悪くな』いと感じる男。その時でした。『入り口のガラス戸が地鳴りのような振動に震え』、『棚に並んだ焼酎のボトルを両手で押さえながら「地震だ」と叫んだ』女将。『席から立ち上がり店の外に出た』男、その後に続く女将。『「すずらん銀座」の中ほどにあるスナックから、鮮やかなオレンジ色の火柱があがっていた』という目の前の光景。『星を焦がさんばかりに黒い煙を押し上げ』る炎へと『男が走り寄ると、「バビアナ」と書かれた看板が熱と煙によってかたちを失』います。『消防車、と叫ん』で店に引き返す女将。そんな炎に向かって一人の男が突き進んでいきます。『中に、人がいるんだ』と声を裏返しに叫ぶその男を羽交い締めにし『中に、誰がいるんですか。あなたはこの店の関係者ですか。私は厚岸署の都築と言います』と説明する『たけなか』で飲んでいた男。『呆然とする男の腕を掴んだまま胸ポケットから警察手帳を取り出した』都築。相変わらず『何度も「人がいる」と訴え』る男。そうしているうちに『瞬く間に両隣の二店舗が火に包まれる』という展開。『失礼ですが、あなたのお名前とお仕事、住所をお聞かせ願えますか』と訊ねる都築に『澤木昌弘 四十歳 税理士 釧路市にて会計事務所を経営』と答えるその男。そんな翌日、現場から発見された遺体は『昨夜最後まで彼女と行動を共にしていた澤木昌弘』の証言で『行方不明になっていた「幸田節子 三十歳」である』という発表がなされました。『自らガソリンをかぶって火を点けたと思われ』る遺体の状況。事情聴取に『彼女が置かれていた状況を理解していましたから、これから先は僕が支えるつもりでした』と答えた澤木。そして四か月後、『幸田喜一郎が死んだ』という連絡を受けた澤木。『直接の死因は肺炎だった』という喜一郎は『ホテルローヤル』の社長でした。そして、その財務を預かっていた澤木。火葬場から戻り『データの整理をしていると、事務所の電話が鳴』ります。『厚岸署の都築さんとおっしゃる方です』と事務の木田から電話を取り継がれた澤木。『四か月前「バビアナ」の火災で事情聴取をされた私服警官の顔が浮かんだ』という澤木。『これからそちらに伺ってよろしいでしょうかね』と訊く都築は、『あなたが、幸田節子に最も近い人間だからです』と訪問する理由を説明します。『「始まり」の予感が螺旋を描きながらせり上がってくる』という澤木。『何かに急かされている気はするのだが、それが何なのかが分からない』と感じる澤木と、幸田節子の過去からこの日までの物語が綴られていきます。
『ホテルローヤル』というラブホテルの名前が全編に渡って登場するこの作品。直近に「ホテルローヤル」を読んだこともあって、これは続編なのか?と一瞬思いましたが、刊行されたのはこの作品が先であり、読み進めると社長の名前もホテルの規模感も微妙に異なり、同名の全く異なるホテルが描かれた作品だということがわかりました。しかし、『釧路湿原を見下ろす高台に建つ「ホテルローヤル」』という表現や、喜一郎が『それまで経営していた看板会社をたたみ、ゼロから始めた商売』という表現を読むと、どうしても”あの”『ホテルローヤル』に意識が引っ張られてしまいます。そんなこの作品はホテルそのものを舞台にしたものではありませんが、ラブホテルの経営に関するこんな表現が登場します。『経営者が目を光らせていないとどんなことが行われるか分からない商売』、『三十分百円というテレビ収入も、喜一郎以外に本当の稼働率を知っている者はいない』、そして『「ローヤル」は売り上げ自体は芳しくないものの、返済と経費と人件費のバランスは悪くはなかった。宇都木とし子はホテル経営を「立地条件がすべて」と言い切る』というその表現。そんな業界に関わらない限り意識することのない、経営から見るラブホテルの裏側を垣間見ることのできるその表現は、家業として、その裏側を見てきた桜木さんならではの説得力を感じさせてくれます。そしてまた、おそらく、この作品でそんなラブホテル自体を物語の中心に置くことの可能性を感じ、結果として三年後の「ホテルローヤル」執筆へと繋がっていったのではないか、そんな風にも感じました。
そんなこの作品の魅力は、次の二つだと思います。まずは、ミステリー作品という側面です。上述したように冒頭場面で派手な火災が発生し、税理士・澤木の証言により遺体が幸田節子のものであること、それに続く場面で彼女の旦那であった喜一郎が四か月後に病死するという結果論から物語はスタートします。物語の中では、これらの事象は〈序章〉に位置づけられており、本編に入ると、亡くなったはずの幸田節子、そして喜一郎の日常生活がまず描かれます。展開の先の結果をまず提示してそこに行き着くまでの物語を後から綴っていくというそのスタイル。どうしてその結果に至ったのか、その結果の先にさらにどんな結末が待つかを読む物語はまさしくミステリーの作りです。そんなミステリーを、重厚な本編と、桜木さんの巧みな文章表現によってぐいぐいと読み進んでいける、そんな面白さを感じました。
そして、それ以上に読者が感じることになるのが、女性の生命力の強さ、したたかさを見る物語だと思います。この作品には幸田節子、そして母親の律子、継子の梢、そして友人の佐野倫子、子供の まゆみというストーリーの中軸を支える女性たちが様々な顔を見せながら登場します。また、彼女たち以外にも、『ホテルローヤル』の管理人・宇都木とし子、そして会計事務所の木田聡子と数多くの女性が登場します。そのそれぞれが、それぞれの舞台でなんとも力強い生き方をしていることに読者は圧倒されます。『人の使い方を知っている女は人に使われる方法も心得ている』、『感情や気持ちより、他人からどう見えるかを優先させてしまう。狭い町で客商売をする女の処世術だ』、そして『娘は母を真似て育つのかもしれない。同じ生き物をこの世に生み落とした女に、いくばくかの後悔をさせるために』というように彼女たちのしたたかさがこれでもかと描かれるその物語。その一方で男性の生命力の弱さが逆に際立っていきます。『ホテルローヤル』の社長として、母と娘の双方と関係を持つなど豪快な印象を抱かせる喜一郎も『お互いに一度でもいい思いをした女には幸せでいて欲しい』という思いが行動の基盤になっているところなどは、したたかな女性たちの前では可愛くさえ感じてしまいます。しかし一方で、そんな彼女たちは極めて危うい一面を抱えながら生きています。この強さと弱さの両面の顔が絶妙に描かれていくこの作品。そんなこの作品は「硝子の葦」というなんとも不思議な書名を冠しています。『葦』とは日本の神話に”葦原中国”という国の名前で登場するように古代より存在し、また生命力のとても強い、どんな場所にも適応していく力強さを持った植物です。そんな『葦』の前に、脆さの象徴とも言える『硝子』という対照的な言葉を置く「硝子の葦」というこの作品。それは、脆さ、危うさと隣り合わせに生きる女性主人公たちの生き様をまさしく象徴しているのだと思いました。
主人公・節子をはじめとする女性たちがしたたかに、力強く生きていく様を見るこの作品。厚岸という今は寂れた北国の町のなんとも言えない寂しさが物語に絶妙な空気感を醸し出すこの作品。そして、ドロドロとした人の影の側面をこれでもかと炙り出す物語が、北の国の包容力に包まれて、不思議とさらっとした読後を迎えるこの作品。
与えられた境遇の中で、必死に、たくましく、それでいてしたたかに生きる女性たちの力強い生き様を感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.02.03
暗くてひんやりしていて怖い。
でも引き込まれてしまった。
登場人物の不気味さとリアリティがすごくて、特にまゆみちゃんが怖かった。
自分の周りに現れてほしくないなと思ってしまった。投稿日:2023.08.15
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