夏の体温
瀬尾まいこ(著)
/双葉社
作品情報
「出会い」がもたらす「奇跡」を描いた全3篇 ■「夏の体温」 2002年刊行、瀬尾さんのデビュー作『卵の緒』で描かれたのは、小学生男子の視点で綴った「親子の絆」。それから、およそ20年を経て生み出されたのは、同じく小学生男子の瑞々しい「友情」物語です。瀬尾さんご自身も「久しぶりに小学生の物語を書きました。子どもがいる空間は生き生きしていて、書いている間、とても楽しかったです」とコメントしている思い入れのある表題作です。 <あらすじ> 夏休み、小学3年生の瑛介は血小板数値の経過観察で1ヶ月以上入院している。退屈な毎日に、どうしたっていらいらはつのる。そんなある日、「俺、田波壮太。3年。チビだけど、9歳」と陽気にあいさつする同学年の男子が病院にやって来た。低身長のための検査入院らしい。遊びの天才でもある壮太と一緒に過ごすのは、とても楽しい。でも2人でいられるのは、あと少しだ──。 ■ 「魅惑の極悪人ファイル」 「物語に悪い人がほとんど出てこない」ことがよく知られている瀬尾さんの作品に、どんな悪人が、どのように登場するのでしょうか。瀬尾さんならではの「極悪人」をお楽しみください。 <あらすじ> 容姿にコンプレックスを抱く、内向的な大学生の早智。だが大学1年生の時に発表した小説が文学賞を受賞し、にわかに注目を集める。そして3作目。執筆に苦戦し、それまでの作風とは異なった「悪人」を主人公にした小説に挑む。そのモデルに選んだのが、腹黒いと周りから言われている男子学生、倉橋だった。早智が取材を進めてゆくと……。 ■ 「花曇りの向こう」 中学1年生の国語教科書に掲載された掌編。 この度、単行本初収録作品となります。 装画を手がけた人気漫画家・イラストレーター、カシワイさんの描き下ろし挿絵付きです。 まるで教科書のように、文章と挿絵をあわせて堪能していただけるかと思います。
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この作品のレビュー
平均 3.7 (156件のレビュー)
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あなたは、『長期入院』したことがあるでしょうか?
人生とはわからないものです。昨日までなんのことはない平々凡々とした日常を過ごしていたはずが、突然に入院を余儀なくされる、残念ながらそんな未来は誰にだ…って訪れる可能性があります。そしてそれは、子どもにだって言えることです。そんな中に、『低身長』と呼ばれる病気も存在します。成長ホルモンなどの身長を伸ばすホルモンが出ていない場合や、染色体や骨の病気によって身長が伸びない場合に起こるとされる『低身長』は、『二泊三日入院し、MRIをとり、薬を飲んで数十分おきに採血をする…』といった『検査入院』が必要です。しかし、その入院期間は『二泊三日』と短いものです。一方で、もっと長期にわたり入院を余儀なくされる子どもたちがいるのも現実です。
さてここに、『血小板っていうのが少ない病気』を患い『長期入院』を余儀なくされた小学校三年生が主人公となる物語があります。そんな主人公が『三日で帰れる』『検査入院』で出入りする子どもたちの姿を見るこの作品。そんな中に同い年の男の子が入院してくることになった先を描くこの作品。そしてそれは、そんな作品を含む三つの物語の中に瀬尾まいこさんのあたたかい眼差しを見る物語です。
『今日だけで三人目。夏休みになると、ライトなユーザーがどっと増える』と『プレイルームに』『不安そうな母親と』入ってきた『見た目は二歳くらいの女の子』を見るのは主人公の高倉瑛介(たかくら えいすけ)。『実年齢はそれに二年プラスして四、五歳』だろうと見る瑛介は『お前らがここで過ごす日々なんて、たかが知れてる』、『午前中だけ薬飲んで点滴して、何度か採血。午後は遊んで過ごせるし、何より三日で帰れる』、『手術や長期入院なんていう深刻な事態にはならない』と思います。とは言え、『初めての入院は緊張するよな』とも思い直した瑛介は『どうぞ』と『ままごとのリンゴを手渡し』『レジスターのおもちゃ』で遊ばせてあげます。『お兄ちゃんありがとう』と母親に言われ、『いいえ』と椅子に座る瑛介は、『時間はまだ九時過ぎ。また、長い長い終わりの見えない一日が始まる』と思います。瑛介が入院している『県立病院』には『重病患者は西棟に、ここ東棟にはぼくのような経過観察をしている患者や、検査入院の子どもたちが滞在してい』ます。そんな病院に『入院して一ヶ月と七日が経った』という瑛介は、『小学校三年生』になって『なぜか足にあざができるようにな』りました。消えないあざに『いくつか小児科をめぐって、最終的にこの病院にたどり着いた』瑛介。そんな瑛介の入院する東棟には『低身長検査の子ども』が多数入院してきます。『二泊三日入院し、MRIをとり…』という検査の手順にも詳しくなった瑛介ですが、『たいそうな顔つきでやってくる』彼らを『うっとうし』いと感じます。彼らを見て『「うわ、小せえ」と驚いたふりしてつぶや』くも『飽き飽きし』、『「早く退院したいな」などとささや」くも』それは長続きしませんでした。そして、『ここ最近、ぼくは小児科東棟のスーパーバイザーとして動くことにしている』という瑛介。そんな『病院には保育士の三園さんが』『朝の九時から五時まではプレイルームや保育室』で働いています。『五十歳は過ぎている』という三園は、採血のとき『あーすぐ終わるよ。たぶん大丈夫ー』と言い、『検査結果を聞きにいく前も、「ま、たぶん大丈夫なんじゃないかなー」と言』います。『たぶんって、なんだ』と思うも『ぽっちゃりした三園さんの丸い声で「大丈夫」と言われると、ほんの少し安心する』瑛介は、『三園さんの大丈夫は「たぶん」付きでも、本物の気がする』と感じます。そんな一方で、『外の空気に触れたい。歩ける足が、伸ばせる手があるのだから、今吹いている風に触れてみたい』と思う瑛介。そんなある日、『そうそう、大ニュースがあるよ』と三園さんが近づいてきました。『今日の夕方から小学三年生の男の子が検査入院するんだって。瑛介君と同じ学年だよね』と言う三園に『小学三年生。しかも男子』と思う瑛介は『「やったー」と叫びそうにな』ります。『これはビッグプレゼントだ』と思う瑛介は、『低身長』で『検査入院してくるのは幼稚園児がほとんど』であり『まるで話が合わな』かった今までを思います。『早く会いたいのに、夕方まで待たないといけないなんて』と思う瑛介に『瑛介君、仲良くなれるといいねー』と言う三園。『少ししか一緒にいられないんだ…二泊三日。あまりにも短い、ぼくの夏休みがようやく始まる』と思う瑛介が『俺、田波壮太』と入院してきた壮太と過ごす二泊三日の大切な時間が描かれていきます…という中編〈夏の体温〉。極めて瀬尾さんらしい優しさに満ち溢れた好編でした。
“きみと過ごした夏。ぼくの退屈な日々は、いっぺんに変わった”という帯の記述と、それが瀬尾まいこさんの作品であるというこの二点だけでそこには胸を打つような素晴らしい物語が描かれているだろうという予感に満ち溢れるこの作品。そんな帯の記述そのままに展開する中編〈夏の体温〉の他に中編〈魅惑の極悪人ファイル〉、そして掌編〈花曇りの向こう〉という三編から構成されています。作品間に関係性は全くなくそれぞれ独立した作品であり、中編二つは「小説推理」に掲載されたもの、そして驚きなのは、掌編〈花曇りの向こう〉が、光村図書出版の「国語I」、なんと中学校一年生向けの教科書に収録されている作品だという事実です。瀬尾まいこさんは2011年まで中学校で国語の先生をされていらした経歴をお持ちです。そんな瀬尾さんが書かれた国語の教科書に掲載された作品が読めるという、もうそれだけでこの作品はとても贅沢な気がします。
では、そんな三つの作品についてそれぞれの内容に触れてみたいと思います。
・〈夏の体温〉: 『血小板っていうのが少ない病気』を患い、『県立病院』に長期に入院を続ける主人公の高倉瑛介は、『小児科東棟のスーパーバイザーとして』、主に『低身長の検査』で入院してくる『幼稚園児』の相手をしてあげる日々を送っています。『外の空気に触れたい。歩ける足が、伸ばせる手があるのだから、今吹いている風に触れてみたい』と願う瑛介。ある日、そんな病棟に瑛介と同じ『小学三年生の男の子が検査入院』してきました。『俺、田波壮太』と挨拶する壮太と『紙飛行機飛ばし競争』をするなどすっかり打ち解けていく瑛介の『あまりにも短い、ぼくの夏休み』が描かれいきます。
・〈魅惑の極悪人ファイル〉: 『ストブラ。皆がそう呼ぶその男は、無機質な部屋を見まわした… 知人のものを窃盗し、それを迷いなく部屋に置く…』と『スマホのボイスメモに吹き込む』のは主人公の大原早智。『ストブラって何?俺の名前、倉橋ゆずるだけど』と反論され『大学の人がストブラって呼んでるんですよ』と説明する早智は『収集しているものとかありますか?』と『調査を進め』ます。『小学生の時から何かしら文章を書いていた』早智は『大学一年生の四月に、県が主催している文学賞を』受賞、出版された事で小説家となり、三作目執筆のために『腹黒』と呼ばれる同級生の倉橋を紹介され取材を進めます。
・〈花曇りの向こう〉: 『なんや、また気が重そうな顔して』とおばあちゃんに言われ『「胃が痛いんだ」とおなかを押さえ』るのは主人公の宮下明生。『小学校卒業と同時に、ぼくはばあちゃんの家に引っ越してきた』という明生に、『転校なんて、明生、慣れたもんやろ…ちょちょいのちょいや』と言われ『中学入学って言ったって、だいたいみんな小学校からの仲間なんだ。簡単にいくわけないだろ』と返す明生は、『小学校で二回、それに今回』と『通算三回も引っ越しをしている』今を思います。そして、登校し、教室へと『おはよ』とつぶやきながら入る明生が席に着くと、『となりの川口君が声をかけてき』ました。
三つの作品は小学生男子、大学生女子、そして中学生男子がそれぞれの物語で主人公を務めていますが、その内容は見事にバラバラです。『長期入院』を余儀なくされた瑛介、大学生作家として取材を進める早智、そして転校生として新しい環境に対峙する明生というそれぞれの舞台。そんなそれぞれの舞台で同級生と接していく中で主人公の心の中に現れる感情の変化、心の機微が、瀬尾まいこさんの筆で繊細に描かれていきます。いずれの作品も何か大きなことが起こるわけではありません。それぞれの作品の最初と最後で主人公が置かれた環境が大きく変化することもありません。しかし、そこに確実に変化する主人公の心模様の違いを感じられること、これがこれら三つの作品に共通することであり、瀬尾まいこさんの作品の一番の魅力をそこに感じることができるものでもあります。いずれも瀬尾さんらしさを堪能させていただける魅力に満ち溢れていると思いますが、掌編〈花曇りの向こう〉が国語の教科書掲載作だと思うと、こんな教材を元に学習できる中学生はとても贅沢だと思います。本来読めないはずのそんな作品を収録いただいた双葉社のご配慮に感謝したいと思います。
そんなこの作品ですが、全体としての読み味としてはやはり表題作でもある中編〈夏の体温〉に間違いなく引っ張られます。『血小板っていうのが少ない病気』で長期入院を余儀なくされる小学校三年生の瑛介視点で描かれていく物語は、彼の他に入院してくる子どもたちの大半が『低身長の検査』で二泊三日という短期間で入院してきてはすぐに退院していく状況を見る中に複雑な感情を抱く瑛介の心持ちが描かれていきます。『たかが検査で重々しい空気出すなよ』と彼らを見下したり、『同情を集める作戦に出』たりと彼らに接していく瑛介は、やがて『スーパーバイザーとして』主に幼稚園児の彼らを優しく迎えていきます。あまりに健気としか言いようのない瑛介の姿が描かれていく物語は、瑛介視点だからこそ、そこに感情移入しながら読み進める読者の心にストレートに響いてきます。保育士の三園、そして母親との関係性など、物語は、小学校三年生という瑛介の姿、気持ちを読者に赤裸々に見せていきます。だからこそ、そこに瑛介と同じ『小学三年生の男の子が検査入院』してくるとわかった時の喜びは読者にも強く伝わってきます。とは言え、入院してくる壮太との時間は二泊三日しかありません。あまりに短いその時間を瑛介はどのように過ごしていくのか、どのように感じていくのか、そしてそこに何が生まれるのか。この作品の中では一番長いとは言え、あくまで中編という位置づけのこの作品ですが、そこには読者の心を打つ瑞々しいまでの”友情”が描かれていました。この中編だけでも読む価値のあるこの作品。”子どもがいる空間は生き生きしていて、書いている間、とても楽しかったです”と語られる瀬尾さんの魅力がこれでもかと味わえる”瀬尾まいこワールド”全開な物語がそこには描かれていました。
『外に出て遊びたい。早く学校に行きたい…どうしてぼくがこんな目にあうんだ…』
そんな思いの中に『長期入院』の日々を送る小学校三年生の瑛介が主人公となる表題作〈夏の体温〉など三つの作品が収められたこの作品。そこには、瀬尾まいこさんならではの”友情”の有り様が描かれていました。人と人が接する中に浮かび上がる心の機微を感じるこの作品。それぞれに読み応えのある物語世界を堪能できるこの作品。
ここまで優しさに満ち溢れた世界が描けるものだろうか?と、瀬尾まいこさんの作り上げる物語世界に改めて感服する他ない傑作だと思いました。続きを読む投稿日:2023.08.02
瀬尾まいこさんの優しい世界。なんだかほっとする。
三編の中でいちばん長いのもあってかな、「夏の体温」が好き。
小学三年生の少年が、突然の、そして見通しのはっきりしない長期入院と、折り合いをつけてい…く。
短期入院の子たちに意地悪することもあったけど、結局は他の子どもや親たちに優しいいい子で。でもときどき爆発するような気持ちも抱えていて。
退院してまた一緒に遊べる日が来るのを期待してしまう、そんな結末。続きを読む投稿日:2024.04.23
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