赤と青とエスキース
青山美智子(著)
/PHP研究所
作品情報
2021年本屋大賞2位『お探し物は図書室まで』の著者、新境地にして勝負作! メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画(エスキース)」。日本へ渡って30数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく――。2度読み必至! 仕掛けに満ちた傑作連作短篇。 ●プロローグ ●一章 金魚とカワセミ メルボルンに留学中の女子大生・レイは、現地に住む日系人・ブーと恋に落ちる。彼らは「期間限定の恋人」として付き合い始めるが・・・・・・。 ●二章 東京タワーとアーツ・センター 30歳の額職人・空知は、淡々と仕事をこなす毎日に迷いを感じていた。そんなとき、「エスキース」というタイトルの絵画に出会い・・・・・・。 ●三章 トマトジュースとバタフライピー 漫画家タカシマの、かつてのアシスタント・砂川が、「ウルトラ・マンガ大賞」を受賞した。雑誌の対談企画のため、二人は久しぶりに顔を合わせるが・・・・・・。 ●四章 赤鬼と青鬼 パニック障害が発症し休暇をとることになった51歳の茜。そんなとき、元恋人の蒼から連絡がきて・・・・・・。 ●エピローグ 水彩画の大家であるジャック・ジャクソンの元に、20代の頃に描き、手放したある絵画が戻ってきて・・・・・・。
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商品情報
- シリーズ
- 赤と青とエスキース
- 著者
- 青山美智子
- 出版社
- PHP研究所
- 書籍発売日
- 2021.11.09
- Reader Store発売日
- 2021.11.19
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 248ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (1179件のレビュー)
-
あなたは、『エスキース』という言葉を知っているでしょうか?
世の中のたいていのものはいきなりそのものが作り上げられるわけではありません。建物なら設計図が必要です。いきなり、柱を建て始めて家ができるわ…けではありません。また、漫画の場合にはネームというものの存在があります。そこから作品の魅力が垣間見えるというネーム。完成したものだけしか目にすることのない私たちには存在すら知ることのできないものたちが多数あることがわかります。
では、絵画を描くのにその元になるようなものはあるのでしょうか?それこそが、質問の答え=『エスキース』です。『いったんイメージを落とし込んで、それを元にあらためて新しく本番を描く』という『エスキース』。やはり、この存在も普通には私たちが目にすることはないと思います。では、そんな『エスキース』を見ることはできないのでしょうか?
さてここに、絵画の『下絵』にすぎないはずの『エスキース』に光を当てた物語があります。『髪の長い女の肖像画』というその絵画は『赤と青の絵の具だけを使って描かれているようで、髪の陰が紫色のグラデーションになって』います。この作品は、四つの物語がそれぞれの世界観を形作る物語。そんな物語を『エスキース』という『一枚の絵』が繋いでいく物語。そしてそれは、”ああ、いい本だ”という幸福感に満たされた読後があなたを待つ、人のあたたかさを感じる物語です。
『絵のモデルをやってくれないか』、『俺の友達に画家の卵がいるんだけど、レイの写真を見せたら描きたいって』と彼から言われて驚くのは主人公のレイ。『みんなから「ブー」と呼ばれ』、『その愛称を気に入っている』彼は『モデルなんて、やったことない』と躊躇するレイに『ただ座ってればいいんだよ。来週の半ばに、一日だけどうかな…もう日にちがないし』と話します。『交換留学生としてメルボルンに降り立ったのは、去年の一月下旬』というレイは『まるっと一年間、ここで過ごし』、『来週末、日本に帰る』ことが決まっています。『一日だけ頼むよ。エスキースだけでいいって言ってるから』という『聞きなれない言葉』について尋ねると『下絵のこと。本番を描く前に、構図を取るデッサンみたいなものだよ』と『屈託のない、朗らかな声』で続けるブー。やむなく了承したレイに、『ジャック・ジャクソンっていうんだ』と絵描きのことを説明するブーの顔を見て『私はあと何度、この顔を見ることができるのだろう』と思うレイ。『ブーと知り合ったのは、去年の三月のはじめ』だったと過去を振り返るレイは『免税店でアルバイトをして』いました。そんなある日、『ユリさんという日本人の先輩とシフトが一緒になった』レイは『公園でバーベキューやるんだ』と誘われます。『メルボルンに来てから一ヵ月が過ぎ』たものの『友達のひとりもできなかった』レイは『大学の授業で』『週末の出来事をスピーチするという』課題があったことを思い出し参加を決めます。『明るい色の服で来なよ』と言われ、経済的に余裕はないながらも『十ドルの赤い半袖のコットンブラウス』を買って出かけたレイ。しかし、『早口でオーストラリア訛りの英語は聞き取れ』ない中に、結局、『ひとりになってしまった』レイ。そんなところに『のんびりした日本語』で話しかけられたレイが振り返ると『長い前髪』、『耳にはピアスの輪』、『だぶだぶのオーバーオールの肩紐を片方だけ外し』たブーという愛称の男性がいました。『一歳のとき』に永住権を取った両親に連れられてきたというブーは『グラフィックの勉強をしている』と話します。そんなところに『ポニーテールの女の子が通りかかり』、『なにナンパしてんの』とブーに声をかけます。そして、『この人、手が早いから気を付けたほうがいいよ』とレイに忠告するとその場を離れていきました。一方で、『いいとき連絡して』と『電話番号を書きつけ』たメモをブーから手渡されたレイ。しばらくしてそんなメモのことを忘れてしまっていたレイでしたが、『学校でビクトリア国立美術館の割引券』をもらったことでブーのことを思い出します。そして、ブーを誘い一緒の時間を過ごしたレイは、『その日の帰り、次に会う約束をし』、『次に会った帰りには、またその次の』約束をするなど関係が深まっていきます。そんな『三度目に会った帰り道』、『俺、レイのこと好きだよ。一緒にいたい』と言われたレイ。『私は一年もしないうちに帰らなくてはいけない』という未来を思い『どう返そうか』戸惑うレイに、『期限つきっていうのは、どう?』、『レイが日本に帰る日までの期間限定で…』と明るく言うブー。それに、『いいよ。期間限定なら』と返したレイ。『エンドマークの位置が決まっている関係。上映終了時刻がわかっている映画』のようなイメージに、『それがちょうどいい温度のような気がした』というレイ。そして、始まった二人の関係の先に、『絵のモデル』としてアトリエにやってきたレイに、『きれいな色の服だね』とジャックが声をかけます。『私があの日もこのブラウスを着ていたことを、ブーは覚えているだろうか』と思うレイ。メルボルンで出会ったレイとブーの一年が描かれていきます…という最初の短編〈一章 金魚とカワセミ〉。連作短編の冒頭を飾る唯一メルボルンを舞台にした印象深い好編でした。
“メルボルンの若手画家が描いた一枚の「絵画(エスキース)」。日本へ渡って三十数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく ー。 二度読み必至!仕掛けに満ちた傑作連作短篇”と内容紹介にうたわれるこの作品。本屋大賞2022で第二位を獲得した青山美智子さんの代表作の一つです。私が青山美智子さんの作品に初めて出会ったのは2020年に読んだ「お探し物は図書室まで」です。短編と短編の間に張り巡らされた伏線の数々が五つの短編を一つに編み上げていく絶妙な構成が光るその作品は、前を向いていく主人公たちの姿に、熱いものが何度もこみ上げてきました。それ以降、青山さんの大ファンになった私でしたが、三冊ワンセットでしか読むことができない自分自身の制約からこの作品を読みたくても読めない状況が続いてきました。ようやく今月刊行の新作のお陰でこの作品も手にすることができた私。そこには、期待に違わない青山さんの感動世界が広がっていました。
そんなこの作品は青山さんが編集者さんから”モノが斜めに動くような小説を書きませんか?”と提案されたことが起点になって生まれたようです。その”モノ”を『絵』にして、”一枚の絵が、いろんな時代といろんな人々をめぐっていく物語にしましょう”とアイデアを固められた青山さん。そんな先に出来上がったこの作品には『一枚の絵』をさまざまな方向から見る場面が全編に散りばめられています。『絵』が好きです、という方は多々いらっしゃると思いますが、絵が好きな人だけでなく、『絵』の裏側にあるさまざまな点に光を当てていくところ、これがこの作品の大きな見どころを作っていきます。まずは、書名にもなっている『エスキース』です。本文中にはその言葉がこんな風に説明されています。
『エスキースって、下絵のことです。いったんイメージを落とし込んで、それを元にあらためて新しく本番を描くんです』。
なるほど、『下絵』をそんな風に言うんだということがこの説明だけでもよく分かりますが、この作品には、作品全体の中でも重要な位置付けになるレイを描いた『エスキース』について、それを描いたジャック本人が説明する場面があります。
『エスキースは、そのとっかかりでね。何をどんなふうに表現したいのか、自分の中にある漠然としたものを描きとめて、少し具体的にするんだ。本番じゃないから、誰に見せるわけでもないし何度描き直したっていい。自由なところがすごくいい』。
画家本人が語る『エスキース』はさらに具体性を帯びます。本人がそれをどのように捉えているのか、どのように位置付けているのかがよく伝わってきます。そして、ジャックが『エスキース』を描き始める瞬間の貴重な場面がレイ視点で描写されてもいます。
・『ジャックは画用紙と私を交互に見ながら、イーゼルの前で指をすべらすような所作をした。そして鉛筆よりもうんと細い真っ黒なスティックを、私に向けて縦にしたり横にしたりしている』というジャックに『いろんなことするのね』と訊くレイ
↓
・『構図を考えてるんだ。君をどれくらいの大きさに、どんなふうに紙にのせようかって。実際に描く前に、イメージの中で遊ぶのが好きなんだ』と返すジャックはこんな一言を付け加えます。
↓
・『たぶん、このときが一番、頭の中で完璧な傑作が出来上がってる』、『でもね、描いているうちに、自分でも予想できないことが起きるんだ。筆が勝手に動いたり、偶発的な芸術が生まれたり…』。
物語では、そんな先に絵を描いていくジャックの姿だけでなく、アトリエに付き添うブーの姿も描かれていきます。そこには『期間限定』で付き合い始めた二人に迫り来る終わりの瞬間へのカウントダウンが始まってもいます。そんな独特な空気感の中に描かれていく『エスキース』。物語全体に重要な意味を持つレイを描いた『エスキース』が読者の中に強く印象付けられていくとても素敵な場面だと思いました。
そして、この作品では、『一枚の絵』というものについて、『絵』そのもの以外にも目を向けていくのも特徴の一つです。そのひとつが『額縁』です。美術館に掲げられた有名な絵画には立派な『額縁』が必ず付けられています。
『ルノワール、ピカソ、モディリアーニ…。巨匠たちの作品によっては、描かれたときから今もなお、ずっと同じ額縁が使われているものもあるという』。
『百年近い時を越え、たくさんの国を越え、もしかしたらこれから先もずっと、はるかな長い旅を共にする絵と額』を見て『とてつもないロマンだ』と感じる主人公視点の物語もこの作品には収録されています。『その絵にぴったり合う最高の額縁を自分の手で生み出すことができるのだ』という『額職人』の”お仕事”を垣間見ることもできるこの作品。他にも『画商って、野蛮なんですか』と『画商』という絵画を取り扱う”お仕事”を見る視点など、とにかくこの作品には『一枚の絵』というものの背景にあるさまざまな人たちの存在をも浮かび上がらせます。『一枚の絵』を取り上げたこの作品、そこに込められた青山さんの細やかな、それでいてどこまでもあたたかい眼差しを感じられるこの作品、もうこれだけでもこの作品の虜になりそうです。
そんなこの作品は〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた四つの短編が連作短編を構成しています。青山さんと言えば連作短編の名手と言って良いほどに連作短編という器を巧みに用いた作品展開をされる方です。上記した通り、この作品は『一枚の絵』が四つの短編を鮮やかに繋いでいきます。そして、その結末には、えっ!と驚く他ない仕掛けが施されてもいます。しかし、その一方で、それぞれの短編自体でも十分成り立つほどに物語は上手く組み立てられています。では、そんな四つの短編を簡単にご紹介しておきましょう。
・〈一章 金魚とカワセミ〉: 『交換留学生としてメルボルンに降り立』つも『友達のひとりもできな』いと、一人の時間を送る主人公のレイ。そんなレイはバイト先のユリの誘いでバーベキューの集まりに参加したことで、ブーという一歳から現地で暮らす男性と知り合います。そして、『期間限定』で付き合い始めた二人でしたが、レイの帰国が近づいてきたある日、ブーから絵のモデルを依頼されます。そして、ジャックという『画家の卵』のアトリエに立つレイには、さまざまな想いが去来します。
・〈二章 東京タワーとアート・センター〉: 『主に画商や画家向けに額縁の製造や販売を行っている』という『アルブル工房』で働き始めて八年になるのは主人公の空知(そらち)。『決まりきった既製品』の発注が大半の中、『絵や画家と一緒に最初から最後までじっくり額作りに向き合うなんて経験はぜんぜんできな』いという中に工房を構える村崎の下で経験を積んでいく空知。そんなある日、付き合いのある『円城寺画廊』から『秋口に開催される展示イベントのため』に五点の『額装』の依頼が入ります。
・〈三章 トマトジュースとバタフライピー〉: 『ウルトラ・マンガ大賞、おめでとう!』、『愛弟子のご活躍、おめでとうございます』と『各方面から届く祝福のメール』にお礼を返す主人公のタカシマ剣。『アシスタントをしていた砂川凌』が『漫画界ではかなり注目されている』『ウルトラ・マンガ大賞を受賞した』ことで、師匠との対談企画が組まれ指定された喫茶店へと向かうタカシマは自身が店員に気づかれないことに『そこそこ売れてるシリーズの作者なんですけど』と複雑な思いに囚われます。そこに現れた砂川は…。
・〈四章 赤鬼と青鬼〉: 『都内の輸入雑貨店「リリアル」で働き始めて一年半』というのは『五十歳での転職』を果たした主人公の茜。『仕入れも少し任せてもらえるようになった』という茜は、『イギリスに買い付けに行ってみない?』とオーナーから言われます。そんな中、『パスポートを置いてきてしまった』と一年前に出た『彼と暮らしていたふたりの部屋』を思い出します。取りに行かねばと思う茜は、一方で『バクッと大きく振動する心臓。激しい動悸』に苦しめられる日々を送っています。そんな中に彼に再会する茜は…。
四つの物語は、〈一章 金魚とカワセミ〉のみメルボルンが舞台、他は日本国内が舞台となっています。ワーキング・ホリデーのあと新聞記者としてオーストラリアに滞在された経験をお持ちの青山さんは、「木曜日はココアを」、「月曜日の抹茶カフェ」でも作品中にオーストラリアを登場させていらっしゃいます。このあたりご自身のアイデンティティの一部と捉えていらっしゃるのかなとも感じますが、流石に単なる旅行でなく滞在されていらした目による現地の描写はとてもリアルです。一方で、上記した四つの短編は主人公の年齢や境遇、そして背景となる舞台も全く異なります。上記した概要だけではこれらの物語が連作短編としてどのように結びついていくのか想像だに出来ません。これを、鮮やかに一つの物語に繋いでいくのが青山さんの魔法です。その一つには、この作品の構想段階にある通り『一枚の絵』が全ての作品に登場するということがあります。それは”一枚の絵が、いろんな時代といろんな人々をめぐっていく物語にしましょう”という青山さんの意図通りとも言えます。ここまでなら緩やかに繋がる連作短編というレベルです。しかし、この作品の作者は青山美智子さんなのです。こんな一見バラバラな物語が、えっ!ええっ!えええーっ!と一つに繋がっていく物語に隠されていたまさかの真実が〈四章 赤鬼と青鬼〉の最後の四行から「エピローグ〉にわたって明かされていきます。これはもう、鳥肌ものの展開です。そして、そこに無理やり繋いだ感が全くないのが青山さんの凄いところ。これ以上触れることはこれから読まれるみなさんの楽しみを奪いかねないのでこの辺りにしたいと思いますが、連作短編の仕上がりの凄さとともに、読んで良かった!というあたたかい、とてもあたたかい感情に包まれるのも青山さんの作品ならではです。何度もこみ上げてくるあたたかい感情に胸がいっぱいになっていく、安心の青山印に保証された素晴らしい物語がここには紡がれていました。
『彼と一緒に過ごすようになってから、見える景色がどんどん変わっていくのを私は不思議な想いで眺めていた』。
バーベキューの場での偶然の出会いから始まったブーとの『期間限定』の恋。そんな恋の結末にレイを描いた『一枚の絵』=『エスキース』が四つの物語を鮮やかに繋いでいくこの作品。そこには、青山さんならではの連作短編の妙に魅せられる物語がありました。『赤』と『青』という二つの色にこだわった物語作りに魅せられるこの作品。『言葉にならない想いが、涙に混じってあふれてくる』という物語にこみ上げてくるものを抑えられなくなるこの作品。
なんてあたたかい物語なんだろう、青山美智子さんという作家さんの紡ぎ出される作品世界に心満たされる絶品だと思いました。続きを読む投稿日:2023.09.25
「エスキース」(下絵)という絵画にまつわる連作短編。
レイとブーの物語でもある。
美術界隈についての話だからか、なんとなく気高く美しい雰囲気を感じる。これまで読んだ青山さんと少し違うなという印象。
…
そしてエピローグまで読んで、全部つながってたのか!という驚き。最後の種明かし、楽しいなぁ。これもかぁ。
しかもジャックが語り手というのも、二人を見守ってきた人物として、いい人選。
落ち着いた男女の関係が、なんだか心地いいな。そして友情も。続きを読む投稿日:2024.06.25
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