この世界で君に逢いたい
藤岡陽子(著)
/光文社文庫
作品情報
恋人の松川夏美と与那国島へ旅行に来た須藤周二は、民宿の手伝いをしている久遠花と出会った。花は本人にも分からない何かを探しているのだという。周二は彼女を10歳の時に亡くなった同い年の従妹・美羽と重ねていた。京都に戻って2ヵ月、花のことが気になって仕方ない周二に、彼女が姿を消したという連絡が――。本当に大切なものに気付かされる感動作!!
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商品情報
- シリーズ
- この世界で君に逢いたい
- 著者
- 藤岡陽子
- 出版社
- 光文社
- 掲載誌・レーベル
- 光文社文庫
- 書籍発売日
- 2021.08.20
- Reader Store発売日
- 2021.08.06
- ファイルサイズ
- 0.3MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (16件のレビュー)
-
『もし本当に死後の世界があるとしたら、死者たちは生きていた頃の記憶を持ってそこに在るのだろうか』。
私たちはこの世に八十余年の平均寿命を生きています。喜怒哀楽という言葉がある通り、長い人生の中では、…誰もがさまざまな感情を経験します。残念ながら楽しいだけが人生ではありません。
そんな私たちもやがて等しくこの世を後にする時がきます。それは私たちが生物である限り避けることはできません。では、この世を後にした私たちはその先、どこにいくのでしょうか?、どうなってしまうのでしょうか?、それは誰にもわかりません。しかし、もし、そんな先にも生きていた時の喜怒哀楽の感情が消えないままだとしたら…う〜ん、うらめしやーの世界があながち嘘だとも言えなくなってきますね。ゾゾゾゾゾ(冷汗)
さてここに、『十歳でこの世を去った』一人の少女のことを思い続ける男性が主人公となる物語があります。何かが起こりそうな雰囲気感漂う『日本最西端の島』を舞台にしたこの作品。スピリチュアルな世界をそこに見るこの作品。そしてそれは、そんな物語のその先に書名が意味するまさかの結末を見る物語です。
『やっぱり日本最西端の島は遠いねぇ』と『弾んだ声を出す夏美の横で眼下の海面を眺めるのは主人公の須藤周二(すどう しゅうじ)。そんな周二に『この島では亡くなった人は風葬にされる』、『島の人の体内には、死後の世界が当たり前のように存在している』とこれから訪れる島のことを語る夏美。『本当に死後の世界があるとしたら、死者たちは生きていた頃の記憶を持ってそこに在るのだろうか』、『だとしたらやるせないな』と、周二は『十歳でこの世を去った美羽』のことを思います。そして、『与那国空港』へと降り立った二人はレンタカーで宿泊先へと向かうと『入り口に「民宿すうやふがらさ」と書かれた』建物で女将に迎えられました。そんな女将は周二を見た途端、『「あらあら、あなた」と一瞬真顔になり』『「島に呼ばれたねー」と笑みを浮かべ』ます。その後部屋で少し休んだ二人は『久部良バリっていう景勝地』へと向かうことにします。そして、海に着いて『足に波しぶきがかかる辺りまで海に近づいた時』、『落ちるぞ』と後方から『麦わら帽子を被った男』に咎められ『すみません』と謝る周二。夏美は『いまの人感じ悪かったよね。注意するにしてもあんなにきつく言わなくても』と言います。一方、男はいなくなっていました。
場面は変わり、『自社の製糖工場に顔を出した後』『事務所に戻ってきた』のは榮門武司(えいもん たけし)。そんな榮門は『民宿すうやふがらさ』の手伝いから戻った花(はな)の姿を見ます。『東京からの観光客』対応のために急きょ手伝いに行った花は、お客さんからもらったチップを几帳面に書きつけています。そんな花がいる場所を後にすると榮門は過去を振り返ります。『家庭環境に問題のある未成年者』を受け入れてきた榮門は、『父親の再婚』で居場所を失い、『幼い頃から』『頭の中で誰かの声が聞こえる』と、『奇妙なことを繰り返し言う』とされる久遠花(くおん はな)を二年前に受け入れました。それ以来、この島で暮らす花。しばらくして、『お父さん大変よっ』と娘の笑里がやってきました。『民宿に泊まってるテレビ局の人が、花ちゃんをテレビに出演させたいって言ってる』という話を聞く榮門は、『自分には探さなくてはいけないものがある』と言っていた花にとってテレビに出ることは知り合いが見る可能性があるので良いことではないかと言う笑里を咎めると場所を確認し向かいます。
さらに場面は変わり、『天然の展望台ともいわれるティンダバナ』の遊歩道を歩き出した周二は、夏美に『死んだ人間の手はつかむんじゃないぞ』とさっきの男が言っていたことを告げられます。そんな夏美は、『あの人たちこんな所でなにやってるんだろ』と指さします。そこには、『男が三人』、一人の少女を囲んでいました。心配する夏美が声をかけ、少女に道を聞く体で三人の男から少女を離そうとします。そんな時、少女の視線が周二の目に絡みます。『僕はこの子を知っている』と思う周二は『いやそんなことあるわけがない。でも知っている』と、『軽い眩暈を感じながら』『遠い日の記憶を辿』ります。『死後の世界が当たり前のように存在している』とされる島での運命の出会いの先にスピリチュアルな物語が始まりました。
“恋人の松川夏美と与那国島へ旅行に来た須藤周二は、民宿の手伝いをしている久遠花と出会った。花は本人にも分からない何かを探しているのだという。周二は彼女を10歳の時に亡くなった同い年の従妹・美羽と重ねていた。京都に戻って2ヵ月、花のことが気になって仕方ない周二に、彼女が姿を消したという連絡が ー。本当に大切なものに気付かされる感動作!!”と内容紹介にうたわれるこの作品。「この世界で君に逢いたい」という書名がどことなくファンタジーを思わせるそのまんまにスピリチュアルな物語が展開していきます。
そんな物語の舞台は『サツマイモの形をした島の外周はおよそ二十七キロ。自転車で四時間ほどで回れる』と形容され『日本最西端の島』でもある与那国島が舞台となります。沖縄本島よりも台湾に近いというその島は国境の島として、昨今自衛隊の配備で報道されることも多い島ですが、一方でパワースポットに代表されるスピリチュアルな話題にも事欠かない島でもあります。一度は訪れてみたいという思いは私にもありますが、そう簡単に訪れられる地でもない分、余計に神秘性を感じもします。この作品では、京都の大学院に通う主人公の須藤周二が、彼女の夏美と与那国島を訪れる場面からスタートします。
では、まずは、舞台となる与那国島を描写した箇所を見てみましょう。
・『空港を出ると、密林を切り開いて造られたような景色が広がっていた。これまで暮らしてきた場所とはまるで違う、別世界の入り口に立った気持ちになる。鬱蒼と茂る樹木の向こうには小高い山が見え、道を行く人の姿はほとんどない』。
→ なかなかに訪れることも難しい与那国島の景色を初めて見た周二の新鮮な心持ちが伝わってきます。物語では、空港を出て『じゃあ歩くか。急ぐ旅でもないし』と歩き始めた二人の様子が描かれていきます。この辺り、実にのんびりとした物語の幕開けです。
・『角を曲がるたびに魔除けの石敢當に出くわし、石造りの門扉や屋根の上からはシーサーに見張られていた』
→ これは、いかにも沖縄という描写です。同じように沖縄の建物のこんなものも取り上げます。『花ブロック』です。
・『光や風を通すためにブロックを切り絵のように型抜きしてあります。沖縄の家は台風に備えてコンクリートでできた味気のないものが多いから、ちょっとした遊び心で使われ始めたんですよ』。
→ そんな風に紹介される『花ブロック』は、『自宅の敷地を囲む石垣の土台には琉球石灰岩を使い、その上に積んである』ものだそうです。沖縄を舞台にする小説には、こういった風景を巧みに描写するところが一番の魅力ですが、この作品の舞台が与那国島であることから、より都会の喧騒から離れた沖縄の魅力を垣間見ることができるように思いました。
・『右手に小高い岩山が見えてきた。周二はどこか既視感のある山の形に、思わずブレーキを踏む。側面にびっしりと植物が繁茂し、頂上の部分だけ岩肌が剝き出しになっている』。
→ 『十六世紀に島を統括していた女傑、サンアイ・イソバが住んでいた場所』とされる『ティンダバナ』が登場します。『島のシンボル的な岩山』とされるその山を見て周二は、『ティンダバナは、美羽の遺体が埋められていた山によく似ていた』と感じます。少しずつ物語の核心へ向けて色々なことが匂わされていきます。
そして、次にご紹介するのは物語のスピリチュアルな魅力です。○章から構成されたこの作品では、第四章に『イヌガン伝説』というものが紹介されます。『昔々、この島に貢納船が漂着した』と始まる物語は、
・『船には何人かの男たちと女がひとり、そして一匹の雄犬が乗っていた』。
↓
・『流れ着いた男のひとりが、朝になると忽然と姿を消していた』。
↓
・『次の朝には、また別の男の姿が消える。そうして男たちは、ひとり、ふたりと消えていった』。
↓
・『最後に残ったのは、女ただひとりだった。女は犬を伴ってティンダバナで暮らし始めた』。
…と展開していきます。そしてまさかの結末を迎えるその伝説、『与那国の言葉で犬神』という意味を持つ『イヌガン』に関する伝説こそが、上記した『ティンダバナ』に由来するものでもあります。この話を読んで、私には、えっ?という思いが湧き上がりました。何故か私はこの話を知っている…!どうして?記憶を辿った先に行き着いたのが千早茜さんの作品「眠りの庭」でした。主人公の耀が幼い時に母親から聞かされたという『イヌガン伝説』が語られる千早さんの作品はそんな伝説を最大限に活かして展開します。この伝説は架空のものではなく与那国島に実際に伝わる有名なものであり、千早さん、そして藤岡さんという現代作家が取り上げる伝説はインパクト大に読者に伝わってきます。この作品が気にいられた方は是非、千早さんの作品も手にしていただければと思います。同じ伝説を小説に落とし込んでも全く異なる世界がそこに広がっていくことに驚きます。
さて、そんな物語は、『十歳でこの世を去った美羽が、いまも辛く寂しい思いをしているのだとしたら』と死んだ後も従姉妹の美羽のことを思い続ける主人公の周二が与那国島で、美羽の気配を纏う久遠花に出会ったことから動き始めます。
『どうして自分は、この少女のことがこれほど気になるのだろう』。
初めて逢ったはずなのに花の存在が気になって仕方がない周二。
『この少女を見ていると、遠い記憶が呼び起こされるような感覚に陥るのだ』。
一方の花は謎めいた過去を秘めていることも匂わされていきます。
『自分には探さなくてはいけないものがある』
そんな思いを口にする花。そして、舞台となる与那国島のスピリチュアルな雰囲気感が物語を巧みに演出していきます。『イヌガンの伝説』をはじめ島には神秘的な言い伝えがあります。
『この島で暮らす者にとって、あの世は遠い場所ではない。島のあちこちにこの世とあの世の境界があ』る
物語全編に渡る細かな描写の工夫によって、そんな一見突拍子もない台詞がスーっと入り込んでくる不思議感。物語は、内容紹介にある通り、主人公の周二が気に病む存在となった花が行方不明となる先に大きく動き出していきます。
『前世でやり残したことを現世でやり遂げるために、人は転生する』。
まさかのキーワードも登場するスピリチュアルな物語はある意味予想通りの展開の先に、恐らく読者の誰もが予想できない書名の意味するところを見る中に終わりを告げます。「この世界で君に逢いたい」、スピリチュアルな世界など興味ないという方にも、とても納得感のある物語がそこには描かれていたと思います。
『止まってた時間が、動き始めたんだよ』。
そんな言葉がさまざまな意味を感じさせるこの作品。そこには、与那国島で運命の出会いを果たした主人公の周二にとって、そしてそんな島で暮らしていた花にとって、前に進むために必要だった出会いの先の物語が描かれていました。沖縄を感じさせる描写の数々に魅せられるこの作品。藤岡さんの丁寧な描写によってスピリチュアルな物語が自然に落とし込まれていくこの作品。
この世に、今、生きることの意味をも感じさせてくれる、独特な雰囲気感に包まれた作品でした。続きを読む投稿日:2023.07.26
今まで読んできた一連の藤岡作品とは趣きが異なる作品でした。
こういう物語も描けるんだという著者の新しい可能性を垣間見た感じです。
作風が今までと異なるとはいえ、物語の中に引き込む展開や文章力は相変わら…ず非凡な限りで著者の懐の深さを改めて感じさせられました。
後半残り50ページ、それまで抑えてたものが物凄いスピードでペットを飼ってる私の涙腺を一閃突きしてきました。
さすがです。続きを読む投稿日:2024.04.27
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