昭和16年12月の開戦から約1年9か月、苦しい戦争がつづいていたが、ここまで大きな被害を受けたことはなかった。アメリカは圧力を強めて日本を国際的孤立に追い込む一方で、貿易を断ちきって経済環境も悪化するように策を講じていた。そんな中、昭和18年9月、日本は短い戦いの結果、日本はパラオ諸島を喪失。政府も軍部も、この時が来ることを想定しており、南方の資源地帯から断ち切られることも想定していた。日本は開戦後の最初の三年間を捨て、政府、軍部、さらには民間団体と協議して、反攻作戦の準備を整えることを決定。一・・・
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昭和19年10月、「興号計画」を実行していた日本は、帝国戦艦部隊の行動により、マリアナ沖で米太平洋艦隊と衝突。期せずして米国との短期決戦へと突入してしまった。幸いにも、この戦いで米空母部隊を撃破し、勝利を収めた日本海軍ではあったが、もはや最終決戦までの時間は残されていなかった。そんな中、昭和20年2月、日本海軍は国の命運を決める最大にして、最後の大作戦「烈号作戦」を計画。マーシャル諸島の奪還を目的とし、米基地部隊を撃退して環礁を制圧する作戦だった。そして、ついに戦艦大和を擁する大水上艦部隊が、米太平洋艦隊が待ち構えるマーシャルへと出撃する――!
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昭和16年12月の開戦から約1年9か月、苦しい戦争がつづいていたが、ここまで大きな被害を受けたことはなかった。
アメリカは圧力を強めて日本を国際的孤立に追い込む一方で、貿易を断ちきって経済環境も悪化するように策を講じていた。
そんな中、昭和18年9月、日本は短い戦いの結果、日本はパラオ諸島を喪失。政府も軍部も、この時が来ることを想定しており、南方の資源地帯から断ち切られることも想定していた。
日本は開戦後の最初の三年間を捨て、政府、軍部、さらには民間団体と協議して、反攻作戦の準備を整えることを決定。
一年間は燃料、武器、弾薬を気にすることなく戦争ができる状況を目指した。
そして昭和19年10月、超短期決戦でしか勝ち目がないと考える帝国軍は、米艦隊群との最終決戦に突入するのであった――。
圧倒的なアメリカ陸海軍に対して、己の存亡を賭けて日本海軍が挑む姿を描く戦略シミュレーション。 -
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