この作品のレビュー
平均 4.1 (54件のレビュー)
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『蛇になる女はそれほど珍しくない… 異形になった女たちは、夜が明ける前のまだ動きの鈍い男たちのところへ向かい、愛する者を捕らえて頭からばりばりと食べてしまう』
(*˙ᵕ˙*)え?
この…世には”むかしむかし”から始まる数多の物語があります。そんな物語もよくよく考えてみるとなんだかとっても奇妙です。罠にかかった鶴を助けた翁、助けられた鶴は人間の女に姿を変え、翁に恩返しをします。なんと動物が人間に姿を変えるという摩訶不思議な物語がそこにあります。翁から見ると、その女は人間であってその行動はあくまで人間の行動です。しかし、障子の向こうでは鶴が機を織っていたというオチがついた瞬間、そこには違和感が付き纏います。そこには、動物が機を織るようなことはないという前提があるからだと思います。
一方で、意地悪な猿が蟹に柿をぶつけて殺してしまうというお話がありました。殺された蟹の子供は蜂、栗、そして臼を味方に猿に仕返しをします。親の仇を討つ痛快劇ですが、そこにはそもそも人が登場する余地はありません。人が鶴になって、あくまで人間世界を描くかに見せる前者の物語に対して、最初から最後まで”非”人間、しかも”臼”という無生物まで登場させる大胆さを見せる物語。古の世から伝えられてきた昔話を創作された昔の人たちの想像力の豊かさに驚きます。そしてまた、人にあらざる者に人の姿を垣間見る中に、そこに恩返しや仇討ちといった人と同じ感情を持つ”非”人間の存在を感じることにもなります。改めて考えると昔話というものもよくできたものだと思います。何百年もの間、人々を魅了し、後世に伝わってきた理由を感じもします。
さてここに、『蛇になる女はそれほど珍しくない』、『三回の産卵を果たした女は大抵力尽きて死んでしまう』、そして『女は硬い殻を何度も脱ぎ捨てることで大きくなる』といった摩訶不思議な世界を描く物語があります。人のようでいて、人ではない主人公たちを描くこの作品。七つの短編それぞれに異なる不思議世界が顔を見せるこの作品。そしてそれは、彩瀬まるさんが描く、日常から少しずれた異世界の不思議を見る物語です。
『もうだめなんだ、とアツタさんに言われ』、『両目からだらしなく涙をあふれ』させるのは主人公のユマ。『どうしても?』と訊くユマに『うん、妻がね』と返すアツタは、『ユマちゃんには悪いけど、暮らしは困らないようにするから』と答えます。『奥さんとお子さんのことをとても愛している』アツタからは『離婚はしないともう何年も前に言われて』いたユマ。『初めて会ったとき、私は芸能事務所に所属する女優志望の十八歳』だったと十年前を振り返るユマは、『数あるスポンサー企業の一社の社長だった』アツタと連絡先を交換したことから関係が始まりました。そして、『私より一回りは年上の、四十代半ばに差しかかる』アツタから『とにかくなにか贈らせてくれよ。なんでもいいから』と言われ、『じゃあ、腕がいい』と返すユマ。『腕?俺の?』と訊くアツタに『うん。寝るときに撫でてもらうの好きだった』と返すユマ。それに『いい。いいよ。もちろん』と返すアツタは、『じゃあ、左腕な。うん、義手もいいのが出てるし、そんなに仕事で困ることもないだろう。いいよあげる。十年だもんな。ずいぶん世話になったし』と言うと、『右手を左肩へ当て』ると『くっ、くっ』と操作し、『慎重にちぎり取ってい』きます。『はい、どうぞ。大事にしてね』と『渡された温かい腕を素肌の太腿に乗せ』たユマは、『嬉しい』と喜びます。それに、『そりゃよかった。幸せになるんだよ。俺も、ユマちゃんと一緒にいて楽しかったよ』と続け、『ぎこちなく片腕だけで服を着たアツタさんはホテルの部屋から出て行』きました。残されたユマは『チェックアウトの時間ぎりぎりにホテルを出』、『帰りにデパートで人体パーツ用の点滴セットを買』うと、『電車でも町中でも、私は自分の腰に巻き付かせた腕とコートの内側でずっと手をつないで』帰ります。そして、『うちになじんでくれるか心配だったけれど、始めてしまえば腕との暮らしはとても快適だった』と始まった日々の中で、『男の腕』を『日中は、窓辺に置いたクッションの上で日光浴をさせ』、帰宅すると『抱き上げて一緒に風呂に入り、指の一本一本、手の甲のしわ、爪の間まで丁寧に洗い上げ』ます。『清潔で温かく、いい匂いのする男の腕を抱きしめているだけで、一日の疲れが抜けていくのを感じた』というユマは、『アツタさんの腕』が『充分に私を褒め、いたわり、甘やかしてくれ』ると感じます。そんなある休日、『呼び鈴が鳴』ります。『扉を開ける』と、『アツタです』と切り出す女の姿がありました。『こんにちは、とよく響く声で返』すユマに、口をつぐむ妻は、『主人の腕を返してください』、『腕を返して。そうしたらすぐにいなくなるから』と詰め寄る妻に『返してもなにも、あれは私がもらったものです』と返すユマ。ともに一歩も引かない二人のやり取りの中で、ユマはこう告げます。『じゃあ、代わりにあなたの腕をちょうだい…』。それに『いいわ』と答える妻は…。分かるようで意味不明な状況の中に、緊迫していく不思議感あふれる物語が描かれていきます…という最初の短編〈くちなし〉。一筋縄ではいかないこの作品の有り様を示してくれる好編でした。
“別れた男の片腕と暮らす女。幻想的な愛の世界を繊細かつリアルに描き絶賛を受けた、直木賞候補作にして第五回高校生直木賞受賞作”と内容紹介にうたわれるこの作品。「別冊文藝春秋」に掲載された作品六つと、書き下ろし一つの七つの短編から構成された短編集です。それぞれの短編間に関連はありませんが、なんとも摩訶不思議な世界がそこには広がっています。では、七つの短編の中から私が気に入った三つの短編をご紹介しましょう。
・〈けだものたち〉: 『私はたくさんの男、というものを見たことがない』というのは主人公の『私』。『一人となかなか関係を続けられず、大抵は三ヶ月もしないうちに大喧嘩をして別れてしまう』という『独り身』のスグリと話す『私』は、『二人の娘に恵まれ』ています。そんな『私』に『他の女と関係をもっ』た恋人のことを話すスグリは、やがて『胴回りが一抱えほどもある巨大な白蛇に』姿を変えます。そして、座敷から出て行ったスグリを見て『きっと、恋人を食べに行ったのだ』と思う『私』は、『蛇になる女はそれほど珍しくない…愛する者を捕らえて頭からばりばりと食べてしまう』とこの世界のことを思います。そして…。
・〈薄布〉: 『白壁の』ホテルへと入り、『香辛料を受け取りに来ました』、『シナモンで』と受付で申し出るのは主人公のアザミ。カードキーを受け取り『三階へ上る』アザミが、『三〇五号室』へと入ると、そこには『ハーブの匂いが立ちこめてい』ます。そして、『部屋の中央に鎮座する』『大きな寝台』には、『白いシャツに黒い半ズボンを合わせた少年がうつむきがちに座ってい』ます。『少年、なのだろうか。青年、とも言えない』と思うアザミは『人形、とこの遊びを勧めてくれた友人の言葉を思い出し』ます。『北の子と一緒に遊べる場所があるの…時間内だったらなにしてもいいの…』。そして、アザミは『そうだ、抱きしめてみよう』と彼の肩に触れます…。
・〈山の同窓会〉: 『クラスでまだ一回も卵を作ってないのは、ニウラを入れて三人だって』と連絡をくれたコトちゃんに言われ、前日になっても『同窓会』の『出欠の連絡を入れられずにい』るのは主人公のニウラ。そんなニウラは『居心地の悪い会になること』はわかってはいるものの、一方で『クラスの半数近くの女の子たちがもう三回目の妊娠を果たし、お腹に卵を抱えていた』という現況を思い『三回の産卵を果たした女は大抵力尽きて死んでしまう』こともあって『これが、彼女らにお別れを言える最後の機会になるかもしれない』と戸惑いの中にいました。そして『迷った末』、会へ赴いたニウラは『お腹の卵は順調?』『うん、はちきれそう…』と挨拶を交わします。
三つの短編をご紹介させていただきましたがいかがでしょうか?『巨大な白蛇に』姿を変える?、ホテルの部屋へ『人形』『遊び』に少年を訪ねる主人公?、そして『お腹に卵を抱えていた』?と、全くもって意味不明な内容がそこに描かれていることがわかります。冒頭をご紹介した表題作〈くちなし〉もそれは同じです。『腕を返して』、『あなたの腕をちょうだい』といったやりとりも全くもって意味不明です。このような意味不明な世界が展開するとはよもや思わない中、冒頭の〈くちなし〉は、一瞬、身体に障害がある方を描いているのかと感じさせます。冒頭の抜粋だけではそのような理解をされたとしても決しておかしくはないと思います。しかし、そうではないのです。短編ですので、その先まで書いてしまうのは避けますが、さらに困惑するような物語がそこには描かれています。そして、それは他の短編も同様です。七つの短編はこの摩訶不思議な雰囲気感を共通としていますが、その設定はそれぞれに異なります。そのため、それぞれの作品世界の設定を理解するのにまず時間がかかります。そして、理解できても拭えない違和感が漂い続けます。それこそが、これは、なんだろう?という強烈な違和感です。そんな困惑の中から抜け出せない読者に手を差し伸べてくださるのが、〈解説〉の千早茜さんです。千早さんは、こんな一言をもって読者のモヤモヤを一気に晴らしてくださいます。
“人のかたちをしている。人だ、と思うとぞくっとする”
なるほど、そういうことか!というくらいにこの説明は説得力を持っています。
“愛人に片腕をねだったり、くるぶしに花を咲かせたり、大蛇になって愛する男を吞み込んだり、命がけで卵を産んだりと、人の習性にはないことをする”
それぞれの短編に登場する一見”人のかたち”をした”人ではない”主人公たち。私たちが小説を読む時、そこに感情移入先としての主人公の存在を期待します。そして、そんな存在は当然に人間であることが求められます。しかし、小説は想像力の無限の飛翔力の先の世界を見せてくれるものでもあります。そんな不思議世界を見せてくるこの作品に描かれるのは、そんな”人のようで人ではない”存在たちが愛を求める姿を描く物語です。”人だ、と思うとぞくっとする”存在にとっての愛のかたちとはどんなものか、なかなかにかっ飛んだ物語の中にさまざまな感情が渦巻くのを見せていただきました。
“描かれる感情は覚えのあるものばかり”
それぞれの主人公たちの内面を見る物語の中に、それでいて、人ではない存在が登場する物語がここには描かれていました。次から次へと展開する不思議な世界に感覚が麻痺しそうにもなるこの作品。人ではないという割り切り感の先に、違う世界が見えてもくるこの作品。
現実から少しだけずれた不思議世界が展開する物語の中に、誰かを愛するという感情は変わらないことを確認もした、そんな摩訶不思議な作品でした。続きを読む投稿日:2023.10.09
良くも悪くも好き嫌いが分かれそうな作品。
多忙な時期でも、読書がしたいと思います買った短編集。
特殊な世界線というか、独特な設定が含まれているにも関わらず、すらすら読め、何故かその設定を受け入れられ…るのが不思議な感じがしました。
ただ、話によっては此処で終わる?というお話もありました。話の内容が面白かった分、少し終わり方が残念な印象。
短編集の中でも、1編が短い印象があるので時間がない人にはおすすめできます。
逆に長編が好きな方にしたら内容が薄く感じる可能性が捨てきれない印象も。
個人的には、「花虫」が1番好きでした。タイトルとおなじ「くちなし」は内容が薄く感じられました。凄く好きな世界観ですがスピード感が早すぎて、残念に感じました。この内容なら、もっと長く書いて欲しい感じの話。
ダラダラ書きましたが、時間がなく特殊設定ありの恋愛が好きな方にはおすすめできます。ただ、例外としてハッピーエンドやラブラブな話が好き方にはおすすめできません。
続きを読む投稿日:2024.05.25
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