手のひらの京(新潮文庫)
綿矢りさ(著)
/新潮文庫
作品情報
京都に生まれ育った奥沢家の三姉妹。長女の綾香はのんびり屋だが、結婚に焦りを感じるお年頃。負けず嫌いの次女、羽依は、入社したばかりの会社で恋愛ざたといけず撃退に忙しい。そして大学院に通う三女の凜は、家族には内緒で新天地を夢見ていた。春の柔らかな空、祇園祭の宵、大文字焼きの経の声、紅葉の山々、夜の嵐山に降る雪。三姉妹の揺れる思いを、京の四季が包みこむ、愛おしい物語。(解説・佐久間文子)
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商品情報
- シリーズ
- 手のひらの京(新潮文庫)
- 著者
- 綿矢りさ
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2019.04.01
- Reader Store発売日
- 2019.09.20
- ファイルサイズ
- 1MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (115件のレビュー)
-
あなたは、『京都』にどんなイメージを持っているでしょうか?
“古都”、”世界遺産”、そして”伝統文化”と、『京都』という都市が持つイメージは他の都道府県以上に集約されてくるようなところがあるように…思います。このレビューを読んでくださっている皆さんの中にはもちろん『京都』で生まれ育ってという方もいらっしゃるでしょう。しかし、多くの方は修学旅行で行った、旅行でよく行く、といったようにいっ時の滞在場所という位置付けの方が多いのではないかと思います。
しかし、旅でいっ時滞在するのと、長くその街に暮らすということではそこに見えるものも違ってくると思います。『一つ通りが変わるだけでがらりと変わる町の雰囲気、きっと他の都道府県にはない複雑な京の歴史が絡んだ、なんともいえない閉塞感』、そんな感覚が、そこで生まれ育った者には感じられるという『京都』。それは、『確かに京都は、よく言えば守られてるし、悪く言えば囲まれてる土地』という感覚にも繋がってくるのだと思います。
この作品は、そんな『京都』で生まれ育ち、今も一つ屋根の下に暮らす三人姉妹の物語。そんな三人姉妹を通して『京都』という街の魅力に触れることのできる物語。そして一方で、『旅行でなら他の土地に行けても、いざ完全に出て行くって決めたときは、簡単にはここから出られへん』という『京都』の街を三人姉妹の姿の向こうに垣間見る物語です。
『京都の空はどうも柔らかい。頭上に広がる淡い水色に、綿菓子をちぎった雲の一片がふわふわと浮いている』という空を鴨川から見上げるのは主人公の奥沢凛。『春の花の季節が終わったいま、鴨川からすぐ近くの京都府立植物園では』何が見られるのだろうと思い、携帯で『薔薇だ!洋風庭園には約三百種類の薔薇が咲く』と調べて『姉たちを誘って植物園へ行こう』と計画する凛は、『腰の重い綾香姉』と『すぐ忙しぶる羽依ちゃん』のことを思います。そんな時『ハヤシライスの材料、買ってくれた?』とメールが届き、買い物をして帰ると姉の綾香が調理を始めていました。『夕食番は三姉妹で交替制』という奥沢家。『私も主婦として定年を迎えます』と、『父の定年のタイミングでおごそかに切り出した』のが『二度と食事は作らないという母の宣言』でした。そして、『自宅での手料理が当たり前の家庭で育った凜は、外食に憧れて』いたものの、『半年も経たないうちに外食の濃い味に辟易した』という凛と同様に姉たちも同じに考え『当番制の夕食作りがスタートし』ました。しかし、結局長女の綾香に一回三百円の『夕食税』を払って『晩ご飯の用意を代わって』もらうことの多い羽依と凛。そんな凛が自室へと入ると『凜、ちょっと聞いてよ』と、羽依が入ってきました。『ありえなくない?』と付き合っている前原のメールを見せる羽依。『入社式後の新人研修でさっそく彼氏ができた』と喜んで話をしてきたのは『まだ凜の記憶にも新しい三週間前』のこと。相手はなんと『上司の前原智也』で、彼からは『付き合っていることを絶対に社内の人間にもらさないでね』と念を押されたという羽依。『情が無いならさっさと別れたら』と言う凛に『このまま別れたら羽依の名前がすたるわ』と返す羽依。そんな時『凜、羽依、ご飯よぉ』と綾香の声がし、父も一緒の夕食が始まりました。『祇園の歌舞練場に都をどりを観に行ってる』と今日も夕食に不在の母。そんな中、『姉やん、羽依ちゃん、植物園に薔薇を見に行かへん?』と誘う凛に『よろしくない反応』を見せる姉たち。『父さんはさそってくれへんのか?』といきなり訊いてきた父も結局予定が合わず『一人で見てきたらええやないの』と言われた凛は、『みんなに断られて色を失ってしまった』薔薇園ツアーのことを思います。そんな凛は自室に戻って寝転びました。『ここにずっと住み続けたら、私は三十を過ぎても、四十を過ぎても”子ども部屋”にいることになる』と思う凛。『飛び出すきっかけは、自分で作るしかない』と思う凛。そんな凛は大学院を間もなく修了し進路をどうするかに思い悩んでいました。しかし、姉の綾香も羽依もそれぞれの人生でそれぞれの悩みを抱えています。そんな三人姉妹の一年が京都の街の季節感溢れる描写とともに活き活きと描かれていきます。
『「手のひらの京」は、「細雪」を読んで感動して、その影響を受けて書き始めた作品です』とおっしゃる綿矢りささん。そのお話を伺って私の頭にピン!ときたのは少し前に読んだ三浦しをんさん「あの家に暮らす四人の女」でした。”ざんねんな女たちの、現代版「細雪」”と帯に書かれたその作品。それは、谷崎さんはこんなコミカルな作品は絶対に書かないでしょう!と突っ込みを入れたくなる三浦さんのエッセイの世界と一体化したような独特な世界観の物語でした。一方でこの綿矢さんの作品は、『”姉妹もの”で大阪や東京といった色々な都市を振り返るという手法が素敵』という点から、ご自身の出身地でもある京都を舞台とした三人姉妹の物語が綿矢さんらしさに溢れる比喩の表現を背景に描かれていきます。
ということで、上記で触れた観点の中から三つを取り上げてみたいと思います。まずは比喩の表現です。綿矢さんというと、「蹴りたい背中」の冒頭の『さびしさは鳴る』という圧巻の表現に、いきなり感じ入ってしまったのが未だに強く印象に残っています。芥川賞作家さんとしての綿矢さんの凄さを垣間見ることができるのがこの独特な比喩表現。そんなこの作品の冒頭は『京都の空はどうも柔らかい』と始まります。『頭上に広がる淡い水色に、綿菓子をちぎった雲の一片がふわふわと浮いている』と続くそんな空を『清々しくも甘い気配に満ちている』と、主人公の凛は鴨川から見上げます。空を形容する時どんな言葉が思い浮かぶでしょうか?”よく晴れ渡った空”、”澄み渡った空”、そして”高い空”といった表現は思い浮かびますが『柔らかい』という感覚は独特です。そんな『空』に対する表現は、その時々の凛の心の有り様を描写するかのように『どこまでも広がる空』、『のんびりした薄い空』といったように幾度か登場します。そんな空のことを『どの土地で見上げようとも、空は世界じゅうで一つにつながっているはずだが、やっぱり周りの景色が違うと、同じ空には見えない』と思う凛。京都から見える空を『柔らかい』と冒頭に語った凛の京都への想い、この比喩表現には、そんな彼女が育った京都という故郷に対する愛着の強さが感じられるようにも思いました。
次は、この物語の舞台ともなる京都についてです。「細雪」と同じ時期に川端康成さんの「古都」も読んで、『現代の京都で暮らす姉妹ならどんな話になるんだろうと思った』という綿矢さん。そんな綿矢さんはこの作品にこれでもか!という位に、魅力溢れる京都の街の風景を描いていきます。それは、京都に住んでいない人間でも良く知っているようなメジャーなものでもその光と影の部分を必ず対にして登場します。まずは、京都最大の祭りである『祇園祭』です。『だれか連れといっしょに行ってこそ楽しいもの』というその祭りは逆に『運悪くあぶれたら大人しく家に引きこもる』という側面があると書く綿矢さん。そんな場に『なぜいま私はたった一人で祇園祭を目指しているんだろう』と『四条目指して足早に歩』く綾香。単なる背景ではなく物語と一体化した京都が上手く描かれます。また、幾度も登場するのが、京都と言ったら、という有名な川・鴨川です。美しい描写の一方で『夜はやはり恐ろしい』という側面が描かれます。『かつて合戦場であり、死体置き場であり、処刑場であった歴史を、ふとした瞬間に肌で感じ、戦慄する』というその描写。京都に長く暮らす者だからこその長い歴史に基づく感覚が物語に深みを与えてもいきます。そして、そんな京都の描写は、言葉にも登場します。京都出身の綿矢さんだからこその自然な京言葉で満たされた作品ですが、特徴的にこんな言葉も登場します。『母親は語尾に”知らんけど”とつけるのが口ぐせだ』というその言葉。『断定した物言いを避けたがる、いかにも関西風の口ぐせ』というそんな背景を説明した上で以降の母親の会話にこの言葉が度々登場する巧みな演出は、母親の性格が言葉を通じて上手く伝わってきます。そして、最後にご紹介するのが『京都の伝統芸能』と皮肉をもって紹介される『いけず』です。『ほとんど無視に近い反応の薄さや含み笑い、数人でのターゲットをちらちら見ながらの内緒話』によって『ターゲット』を芸術的なほど鮮やかに傷つけるというその行為。『いけずは黙って背中で耐えるものという暗黙のマナーがある』というそんな行為の標的にされる羽依。そんな場面でまさかの行動を取る羽依が描かれていく物語中盤。イベント事だけでなく、こういった人間関係の描写など、この作品が兎にも角にも京都と切っても切り離せない、京都を舞台にしか描けない作品に仕上がっていると感じました。
そして最後は、この作品が三人姉妹を描いた作品であるということです。姉妹を描いた作品は多々ありますがこの作品では、その三人にランダムに視点を移動させ、その思いの違い、見えている相手と内面の姿を上手く対比させながら描いていきます。『私は、自分のなかにある現代の姉妹像、今を生きる20代初め、20代半ば、30代初めの三人姉妹を書きました』と綿矢さんがおっしゃる通り、同じ一つ屋根の下に暮らす姉妹であっても、その年代によって見えてくるものが違ってくる、そんな視点が上手く描かれていきます。『それぞれ悩みを抱えつつ和気藹々として、本音でぶつかってるけどあまり喧嘩しないという』三人姉妹。その一方で、どこか京都という街に閉塞感を感じ『飛び出すきっかけは、自分で作るしかない』と東京での就職にこだわる凛。『自分のモテに対して自信があ』り強気で鳴らす一方で『学校よりも複雑な力関係、上下関係が働いている』会社の中で『いけず』の対象ともなってしまう羽依。そして、長女として頼り甲斐のある側面を見せながらも『子どもを作らなきゃ、でもその前に結婚しなきゃ』と焦りを隠さない綾香、と三者三様の姉妹の描写は、物語の中から飛び出してリアル世界にその姿を感じるほどに活き活きと描かれていきます。そんな姉妹のやりとりを追っていくのもこの作品の読みどころです。お互いのことを深いところで想いあっている、仲の良い姉妹ならではの気遣いの妙を見せる三人姉妹。そんな”姉妹もの”の面白さを存分に楽しめる、そんな物語でもあるように思いました。
『少し高いところから見ると本当に街全体が山に埋もれているみたい』という京都の街。そんなイメージが『手のひらに乗っているよう』とおっしゃる綿矢さんならではの比喩表現の魅力満載なこの作品。京都の街、言葉、そして習慣についての描写が単なる物語の背景でなく物語と一体化して雰囲気感豊かに伝わってくるこの作品。そして、年代の微妙に離れた三人姉妹がそれぞれに思い悩む一方で、お互いのことを深く思いやる、そんな姉妹の細やかな感情の機微を感じることのできるこの作品。
三人姉妹それぞれの目から見える京都の街を通して、京都に始まり京都に終わるという位に、京都を、そして綿矢さんの京都愛を強く感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.10.02
綿矢りさのダークサイド感が好きな私としては、4姉妹ともダークサイドが不足し、ものたりぬ。いい娘じゃん。いそうじゃん。筆者にしては珍しい(と私は思う)平和的なストーリー。でも何だろう、京都という地域性を…抜きにしても、何の変哲もない良い娘たちの、それぞれの思いが、恋が、家族愛が、読者に「そーなるよね」と言わせる。普通の生活のなかにある平和でない、平和なストーリー。続きを読む
投稿日:2024.06.17
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