きょうの日はさようなら
一穂ミチ(著)
,宮崎夏次系(イラストレーター)
/集英社オレンジ文庫
作品情報
2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。ただでさえつまらない夏休み、面倒ごとが増えて二人ともうんざりだ。いとこの存在に、なんの楽しみも期待もない。退屈な日常はひたすら続いていく。けれど、彼女――今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの、三十年前の女子高生だった・・・。
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商品情報
- シリーズ
- きょうの日はさようなら
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社オレンジ文庫
- 書籍発売日
- 2016.01.25
- Reader Store発売日
- 2016.03.18
- ファイルサイズ
- 0.8MB
- ページ数
- 288ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (45件のレビュー)
-
あなたは、『風呂から上がって、ベッドに転がって、眠った』先に目覚めたら、そこは三十年先の未来だったとしたらどうするでしょうか?
私たち人間には睡眠は欠かせないものです。どんなに忙しくったって不眠不休…で生きていくことなど出来はしませんし、無理すれば体を壊すだけでなく、生活のクオリティ自体低下してしまいます。
OECDが世界33ヵ国を対象に実施した調査では日本人の平均睡眠時間は7時間22分と、対象国の中でダントツに最下位という結果が出ています。とは言え、そんな日本人の中でも6時間で十分という人もいれば、8時間は必要ですという人もいます。必要な睡眠時間は人によって当然に異なります。とは言え、50時間必要です!いや、100時間必要です!という人はいないでしょう。寝だめという言葉があるとは言え翌日には誰もが目を覚ましますし、誰もがそれを前提として眠りにつくはずです。しかし、強制的に睡眠状態に置かれたとしたらそんな時間は本人の意思から離れてもしまいます。
さてここに、1995年という時代から『冷凍睡眠』に入っていた少女と出会う2025年の今を生きる双子の姉弟を描く物語があります。わずか三十年にも関わらずそこに時代の大きな変化を見るこの作品。それぞれの時代に良いところと悪いところを見るこの作品。そしてそれは、『外国人と話してるみたいだ。三十年、そんな大昔でもないのに』という差を埋めていく二人の少女の交流を見る物語です。
『大事な話があるので夜は家にいるように、と父親から携帯にメッセージ』を受けたのは主人公の門司明日子(もじ あすこ)。『話ってなんだと思う?』と訊く明日子に『知らね』とそっけなく返すのは双子の弟の日々人(ひびと)。そして『厚労省の外郭団体職員、という仕事を』している父親が帰宅し、三人で食卓を囲む中、『お前たちにいとこがいる』と『何の前置きもなく』父親が話し始めます。『今まで言わなかったけど、俺には姉がいて、姉には娘がいて、だからお前たちにいとこがいる』、『彼女の家族はもういないから、あしたからうちで引き取って一緒に暮らす』と続ける父親。それに『はあ?』と返す日々人は『いやなんだけど』、明日子も『いやなんですけど』と返します。それに『お前たちと歳も近いから仲良くなれるだろう』、『彼女の名前は今日子というんだ』と言う父親は『自分の携帯を操作する』と、『今送った文書は、秘密保持の同意文書だ。デジタル拇印を押してこっちに返信しなさい』と続けます。『今日子に関しては、俺の職務上の大きな秘密を含む。だから一切外に漏らしてはいけない決まりだ…』と続ける父親は『言うことを聞かなければどっちにしろ俺の権限で携帯は止める。決済機能も家のロック解除もリモコン機能も何もかもだ』と『やけに強い口調で命じ』るため、やむなく二人は携帯を操作します。『ちなみに、今日子は一九七八年生まれだ』と言う父親に『全然歳近くねーから!んなおばさんと仲良くなれるわけないじゃん!』といらだつ明日子に、『あくまで暦年齢の話だよ』と言う父親は『一九九五年、ちょうど三十年前。今日子の家が火事で全焼した。一家は今日子以外助からなかった。彼女自身、全身にひどい火傷を負って生死の境をさまよった』、『全身の皮膚や臓器の低体温治療にそれだけかかった』と説明します。『低体温で、いわば冬眠した人間の世界最長記録になる』と続ける父親に『で、その、今日子って人、これからうちでどうすんの?』と訊く明日子。それに『生きるんだ、ここで。二〇二五年を』と力強く語る父親。衝撃的な話を聞いた二人は部屋に戻ります。そして、日々人が見つけた『古い新聞記事のアーカイブ』を携帯で見る明日子は、『きょう未明、東京都S区の民家で火事があり…』と始まる1995年7月21日の『毎巷新聞』の記事を読みます。『どうやら噓じゃなく、この火事から生き残った少女があす、うちにやってくる』と思う明日子は『あしたが来なくて、いきなりあしたのあしたのあしたの…で三十年後だったらどうしよう』と今日子に起こったことに思いを馳せます。場面は変わり、『翌日の昼過ぎ、父が例のいとこを伴って帰ってき』ました。『きのう話した、今日子さんだ』と紹介する父親の後ろに一人の女の子が佇んでいます。『黒髪おさげのセーラー服、膝下までのソックス、今時めったにお目にかかれない「純血種」って感じのJK、いや語感的には「女学生」に近い』と今日子のことを見る明日子。『今日子さん、娘の明日子です』、『分からないことがあったら彼女に訊いてください…』と言うと父親は仕事に戻っていきました。そして、三十年の時を越えて現れた今日子と、明日子の日常を描く物語が始まりました。
“明日子と双子の弟・日々人は、歳の近い従姉がいること、彼女と一緒に暮らすことを父に知らされる。 夏休みに面倒ごとが増えて二人ともうんざりだ。けれど、従姉 ー 今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの、三十年前の女子高生で…”と内容紹介にうたわれるこの作品。タイムスリップ?ファンタジー?とも思える内容に頭が疑問符だらけになる一方で、漫画家の宮崎夏次系さんが描かれた表紙が醸し出す独特な雰囲気感にも囚われていきます。
そんなこの作品は1995年!に、ある一件で結果的に『冷凍睡眠』に入り、2025年!!に覚醒して主人公の明日子の家で一緒に暮らすことになった一人の少女の日常が描かれていくというかっ飛んだ内容が展開していきます。そのあまりのかっ飛びぶりに気持ちも高揚していきますが、三つの視点からこの作品の読みどころを見ていきたいと思います。
まず一つ目は1995年に眠りについた = 1995年を生きていた少女の視点が登場するところです。数多の小説の中には過去の時代を描いたものがあります。私はそういった小説で過去の時代の描写がなされていくのを読むのが大好きです。それぞれの作家さんがその時代を表すものをどこに求めるか?という点でその作家さんの個性が垣間見えてもくるからです。その点ではこの作品はもうレベルが違います。何せ1995年を生きていた人間が目覚めたら未来だったという世界を描いているため、もう生活のあらゆることに差分が生じます。数がありすぎますが幾つかご紹介しましょう。まずは今日子が明日子の前に現れて最初に交わす会話です。いきなりですが、それが『ナプキンって全然進化してないよね』という今日子の言葉です。
『進化はしてると思うよ?きっと細かいとこで頑張ってくれてる。羽根とか吸収力とか。でももっと劇的に何とかなってないのかなーって。人類ってまだ傘差してんだ、って思ったもん』。
『ナプキン』については私はよく分かりませんが、『傘』については全く同感です。世界中で、人類の歴史の分だけ対応が求められてきたにも関わらず、『傘』はもう少し進化してくれないかなあ、と思います。そんな今日子の語りに『普通のJKだこれ』と安心する明日子というのがこの場面です。次は、とくに今年の私たちには実感することです。『すっごい暑いよ東京!』と言う今日子に『きょう最高気温が三十二度だったっけ?普通だけど』と返す明日子という場面です。
『普通じゃないよ、七月でしょ、だって夏の暑さの目安は三十度だったよ。超えたら「きょうは暑いね」って言うの… 夏休みのしおりには「宿題は涼しい午前中にすませましょう」って書いてあった…』
2023年の夏はとにかく異常気象の極みだったと思います。『三十度』が『夏の暑さの目安』、『宿題は涼しい午前中に』という時代がこの国にあったのか?と、もう別世界に来てしまったようにも感じます。私たちはそんな1995年という時代の先の時の流れをずっと体験しながら生きているからまだしも、途中を飛ばして暑い夏が当たり前の時代に目覚めればそれは驚きだと思います。次は、部屋に籠ってばかりの弟の日々人のことを話題にする場面です。『部屋から出てくるし不登校でもないよ』と日々人のことを説明する明日子に今日子は引っかかりを覚えます。『二十世紀にはいなかった?』と問う明日子に今日子はこう答えます。
『でも「登校拒否」って言ってた。「登校拒否児」とかね。今は「不登校」って言うんだよね。痴呆症は認知症って呼ぶ、っていうのも習ったよ』。
明日子の家に来るまでに最低限の差分を学ぶ機会を得ていた今日子はそんな風に当時と今の言葉の変化を説明します。そして、その印象をこんな一言で感想にします。
『二十一世紀って、いろいろマイルド』
これは言い得て妙だと思います。かつての時代と比べて同じものを指す言葉があれもこれも…とオブラートに包まれたように言い方が変えられてしまった現代社会。たった三十年の差分にも関わらず解説がないと日本語が通じなくなっている側面が多々あることを改めて感じました。
次に二つ目は、上記で触れた1995年を三十年前と説明していることの違和感です。2023年の今から数えても1995年は28年前です。そして、そもそもこの作品が刊行されたのは2016年1月のことです。つまり、1995年から三十年先 = 2025年は、一穂ミチさんが作品を執筆された時点からなんと10年も先の未来!ということになってしまいます。『生きるんだ、ここで。二〇二五年を』と本文中にもハッキリと記されている通り、『冷凍睡眠』から目覚めた今日子が日常を送ることになるのは2025年の未来の話なのです。これには驚きです。なんとこの作品はSFの世界にも足を踏み入れていくのです。ということで、そんな未来世界の描写も見てみましょう。一穂さんは2015年という今から8年も前にこの未来を想像されたということになります。まずは、違和感がそこまではなさそうなものです。
『人間が何もしないぶん、ロボット掃除機が絶え間なく巡回してくれてはいる』
『ロボット掃除機』の有無はまだまだ家庭によって差異があるとは思いますが、そこまで違和感はないと思います。一方で違和感がバリバリ出てくる表現もあります。明日子が携帯の機能を語る場面です。
『未成年だから、たとえばエロ本とか買おうとしたら警告音が鳴るんだ。十八歳以下はコンドームとか妊娠判定薬とかも親に通知がいくようになってんの』
残念ながら?ここまで時代は進歩していませんね。駅の改札を通過したら通知が届くとかはありますが、十八歳以下とはいえこのような通知が届いたとして親はどんな顔をすれば良いのでしょうか?これは、来ない未来だと思います。最後は、気象ネタをご紹介しましょう。
『夏が行ってしまう。最高気温30度超えの日が下手すると十月まで続く』
去年までだったら、何だこれは?と思ったかもしれませんが、2023年の夏を経験した身にはなんだかとてもリアルです。2025年には現実になっているのではないかと感じる未来です。他にも未来世界の描写は多々ありますが、2015年に空想された一穂さんの微妙に外されている感がある2025年の描写は、読んでいてなんだか摩訶不思議な思いに囚われます。もちろん、今は2023年なので2025年がどうなっているかはわかりませんが、それでもこれはないだろうという微妙感漂う物語が不思議な感覚をもたらします。近未来を描くことのある意味での難しさを感じました。
そして三つ目は、過去(1995年)と現在(2025年)のそれぞれを日常として生きる者たちの交錯です。2025年を生きている高校生が1995年を生きている高校生と直接会話することは当然できません。もちろん小説世界ではさまざまな手法を用いてそれを実現することができます。それがタイムスリップです。タイムスリップという考え方を使えばもうなんでもありです。しかし、同時にそれはSFど真ん中な世界です。それに対してこの作品では、『冷凍睡眠』という考え方をもって、1995年を生きていた今日子に、三十年後の2025年の今へとまるでタイムスリップしたかのように登場する余地を与えています。もちろん、今の世であってもこのようなことは実現してはいませんし、毛色の違うSFと見ることもできます。そんな先に同じ日本なのに、同世代なのにここまでさまざまな価値観が異なるのか?というギャップを垣間見るこの作品の視点はとても新鮮です。そんな感覚が明日子のこんな言葉に集約されてもいます。
『外国人と話してるみたいだ。三十年、そんな大昔でもないのに、間が抜けているだけでこうもこまごまとつまずくものか。時代劇の世界に自分が迷い込んだら、挨拶も通じないんじゃないだろうか』。
そんな物語に登場する主人公・明日子は父親から今日子のことを聞いてこんな風に思います。
『今日子と明日子、自分たちが双子みたいだ。一緒に暮らすと言われてもまだ現実感がないし、正直面倒くさい』。
弟の日々人含め、名前にもどこか繋がりを感じさせる登場人物たち。物語では、どこか関連性を帯びた名前に一つの真実を見る物語が描かれていきます。今日子と明日子という本来出会わなかったはずの二人の少女がひと夏の奇跡の出会いを見る先にそれぞれに続いていく人生を思う物語。そこには、今を共に生きる喜びが故に切なさ漂う結末が読者の中にいつまでも余韻を残すのだと思いました。
『あしたが来なくて、いきなりあしたのあしたのあしたの…で三十年後だったらどうしよう』
三十年の眠りの先に突如現れた今日子。そんな存在にさまざまな思いを巡らせていく明日子が今日子がいる日常を過ごす中に自らの人生に隠されたまさかの真実を知ることになるこの作品。そこには、二つの時代をそれぞれ生きる者たちの新鮮な出会いが描かれていました。『ポケットベル』、『ソックタッチ』、そして『スーパーファミコン』と1995年という時代を懐かしく感じるこの作品。そんな先に2025年というまさかの未来を見るこの作品。
「今日の日はさようなら」という森山良子さんの楽曲の世界観と重なる物語の先に、切ない思いが込み上げる、そんな物語でした。続きを読む投稿日:2023.11.27
図書館でふと目にして借りてきた一穂ミチさんの本。オレンジ文庫ってジュニアメインかな?と思いながら読み始めました。
高校生達の物語なのだけれど想像以上に面白かったです。投稿日:2024.05.01
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