その話は今日はやめておきましょう【毎日文庫】
井上荒野(著)
/毎日新聞出版
作品情報
定年後の日々を、趣味のクロスバイクを楽しみながら穏やかに過ごす昌平とゆり子。
ある日、昌平が転倒事故を起こし、一人の青年・一樹が家事手伝いとして夫婦の家に通い始める。彼の出現を頼もしく思っていた二人だったが、やがてゆり子が家の中の異変に気づき......。
著者の新境地となった第35回織田作之助受賞作。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (21件のレビュー)
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人が何に興味を持つか、それは自分自身でもなかなかにわからないものです。
例えば、『誕生日のプレゼント』を『取りに行こう』と突然夫から言われて、二人で赴いた『サイクルショップ』に『夫婦それぞれのクロス…バイクが用意されていた』としたら、それまでそんなものにあなたが全く興味を持っていなかったとしたら、それは戸惑いの瞬間をそこに見る以外のなにものないでしょう。『こんな恐ろしげなものとんでもない』と思うのは当たり前のことです。しかし、『もう代金が支払い済み』と言われると諦めざるを得ません。そして、やむを得ず乗り始めたそんなクロスバイクが、『今では、サイクリングはふたりの日常に欠かせないものとなっている』、そんな未来が待っていたとしたら、誕生日の戸惑いはすっかり笑い話ともなってしまいます。そう、人は必ずしも興味がない、と思っていた事ごとの中にも自身にとってかけがえのない興味が隠れている、そんなことがあるのだと思います。
一方で明確に自身の好きなことを理解している場合はどうでしょうか?自分で自分が好きなことを理解している以上、その好きなことにのめりこめればそこには最高に幸せな時間を過ごせることになります。しかし、その好きな瞬間が、『爽快感と高揚は、一瞬後には消えうせ』てしまうものだとしたらどうでしょうか?
ここに自分が好きなことをこんな風に語る男性がいます。
『人を殴る瞬間が一樹は好きだった』。
そんな風に語る男性は、その瞬間の高揚をこんな風にも説明します。
『殴られる一瞬、相手の目に宿る不思議そうな表情、それからびっくりするほど歪む顔、拳が肉の奥の骨に到達したときの圧倒的な手応え』。
この作品は、そんな男性が消えうせた爽快感と高揚の後始末として『拳の痛みと罪悪感と、面倒な事後処理』が残ったことを感じる物語。そんな中にたまたま出会った老夫婦と繋がりを持っていく物語。そしてそれは、そんな老夫婦が『知らない人を家に入れる』ことになったその先に、『どうしてあんなことをしてしまったのだろう、あれが間違いだったのだ』と悔いる瞬間を見る物語です。
『自分の家の庭なのに盗み見るような気分になっている』と感じながら『レースのカーテンを透かして庭を』見るのは主人公の大楠ゆり子。『先週の日曜日、夫の昌平とふたりでクロスバイクで漕ぎ出したとき』、隣家に越してきた夫婦に無遠慮に見られ『挙句顔を見合わせてニヤニヤ笑』われたことを、ゆり子は『年寄りの冷や水だって思ってたのよ』と気にしています。そんな時『そろそろ行くか?』と夫の昌平に声をかけられ気分を切り替え出発した ゆり子。『昌平からの誕生日プレゼント』としてもらったクロスバイク。当初、『こんな恐ろしげなものとんでもない』と思ったものの、『今では、サイクリングはふたりの日常に欠かせないものとなってい』ました。『昌平は七十二歳で、ゆり子は六十九歳』という二人は、『娘と息子が順番に家を出て行って』『夫婦ふたりきりの暮らし』を十六年続けています。そんなある日、昌平の『前輪がパンクして』サイクルショップに立ち寄りました。修理を任せている間、昌平が興味のある『折りたたみ自転車』を見ていると、修理を終えた青年が『折りたたみは避けたほうがいいですよ』と話しかけてきました。『予想外の饒舌に』ぽかんとした二人。そして、自宅へと帰ったものの、『あっと昌平は声を上げ、買い忘れた乾電池を』買いに自転車で再度出ていってしまいました。しかし、時間が経っても戻ってこない昌平。そんな時、ゆり子の携帯が鳴り、『そちらは大楠昌平さんのご家族でしょうか』と夫でない男性が語りました。まさかの交通事故で骨折をしてしまった昌平。場面は変わり、『人を殴る瞬間が』好きだと思う一樹は、その『爽快感と高揚』の後始末をしに職場へ向かいます。サイクルショップのオーナーを殴りクビになった一樹。そんな一樹はある件で病院へと赴きました。そんなところに『松葉杖をついた老人とその妻らしい老女』の姿がありました。『見るからに危なっかしい』爺さんが転倒しかかったのを思わず支えた一樹。タクシーを呼んであげた一樹にお礼を言う老女は『あなた、自転車屋さんの…?』と目を見開きます。『ああ…』と思い出した一樹。そんな偶然の出会いから知り合った三人。やがて、一樹は昌平とゆり子の家の手伝いをするアルバイトを始めます。そして、その先に『どうしてあんなことをしてしまったのだろう、あれが間違いだったのだ、と』ゆり子が後悔をするまさかの物語が描かれていきます。
なんとも意味深な書名がとても気になるこの作品。そんな物語は三人の登場人物に細かく視点を切り替えながら展開していきます。そう、三人が主人公とも言える形で物語が進むのがこの作品の大きな特徴です。では、そんな三人をまずはご紹介しましょう。
・大楠昌平: 72歳。製薬会社でMR(製薬の営業)をしていたが定年。元同僚から吹き込まれたことをきっかけにクロスバイクに興味を持ち妻・ゆり子に『誕生日プレゼント』として購入したことで夫婦でサイクリングの日々を送るが、交通事故で骨折。リハビリの日々を送る。『定年の記念に』オメガを購入。『日活ロマンポルノ』に『風情』を感じている。
・大楠ゆり子: 69歳。専業主婦として一男一女を育てるが、二人とも家を出ている。夫からクロスバイクをもらったことでサイクリングに興味を持つが夫の骨折で中断。『このままだと、歩けなくなるどころかその前に夫はボケてしまうかもしれない』と不安になる。偶然に知り合った一樹を『すごく親切な、いい子なのよ』と気に入り、自宅にアルバイトとして雇う。
・石川一樹: 26歳。『人を殴る瞬間が』好きという先にオーナーを殴りサイクルショップをクビになる。チラシ配りのバイトの中で大楠家のポストに投函したところで ゆり子に再会、大楠家の家政婦のような立場で『一回五千円』のアルバイトを始める。『高校の同級生』の辰夫と偶然に再会。『旧交を温めたい相手でもなかった』が、関わりを持つ中に大楠家をマイナス感情に見ていくきっかけを作り出されていく。
そんな三人、昌平と ゆり子夫婦のある意味平和な日常に、赤の他人であった一樹が深く関わりを持っていく中に物語は展開していきます。”うちも夫婦二人暮らしで、週1回掃除に来てくれる男の子がいます。やめられたら困る存在なんです”と語る井上荒野さん。この物語は、そんな井上さんのリアルな日常の中に、”ふと、もしも私が置き忘れた1万円札を彼が持って行ったとしても、私はそれを言わないんじゃないかと思いました。ではもっと悪いことをしたら…”と考える先に”この小説を書きたくなりました”と続ける井上さん。そんな井上さんのリアルな日常の延長のような小説を書いて、”男の子”との関係が悪くならないのだろうか?と余計な心配もしてしまいますが、この作品の土台が全くの創作ではなくて、井上さんの日常を元にしていると聞くと、一樹が大楠家との関わりの中での細々とした記述の数々が一気にリアルさを帯びてきます。
一回五千円で、主に骨折した昌平の車の運転をする想定で雇った一樹が、結局は『「知らない人を家に入れる」ことにな』ると展開していく物語は、どんどん緊張感を増していきます。それこそが、昌平と ゆり子の視点で展開していく物語の中に唐突に登場する一文の存在です。
『人を殴る瞬間が一樹は好きだった』。
そこに続く
『腰に溜めた力を拳にのせて、思いきり相手にぶつける。殴られる一瞬、相手の目に宿る不思議そうな表情、それからびっくりするほど歪む顔、拳が肉の奥の骨に到達したときの圧倒的な手応え』。
…と展開していくのはまさかの一樹視点の物語です。”悪いことをする青年の視点は必ず入れようと、最初から決めていました”とおっしゃる井上さん。ネタバレになってしまうためこれ以上入り込むのは避けたいと思いますが、昌平と ゆり子の側からは本来見えない一樹の裏の顔が読者にだけは見えてくるというのがこの作品の何よりものポイントです。登場人物全員に視点回しをしていく作品は幾らでもありますが、ある意味での”事件”を起こす側も含めて視点回しをしていく作品は珍しいと思います。大楠家で次から次へと起こる”異変”。そんな”異変”にそれぞれに戸惑う主人公たち。その一方で、”異変”の全容が見えてしまう私たち読者という中で展開する物語。このような大胆な構成の物語が面白くないはずがありません。そこにあるのは、手に汗握る読書、ページを捲る手が止まらなくなる読書、そして読み終えないととても寝られないという一気読み必至の読書がそこにありました。
『事故以後、私を取り巻く景色はガラリと変わってしまった』。
夫の骨折をきっかけに『知らない人を家に入れる』ことになった大楠家。そんな大楠家に『一回五千円』で家政婦のごとく働き始めた一樹。そんな両者に視点を細かく切り替えながら展開するこの作品。そこには、『自分が一樹のことを、番犬のように ー 実質的なというよりは、心理的な番犬のように ー 思っていることに気がついた』という夫・昌平の心の内。『あの子がいい子だってことは、私たち、よく知ってるじゃないの』という妻・ゆり子の心の内に対して、『疑わないんじゃなくて、疑えないのかもしれないな、とふと思う』という一樹の心の内までもが同時に描かれていく。そんな三人の心の内を神様視点で知ることになる読者が一気読み必至となるこの作品。「その話は今日はやめておきましょう」という悶々としたイヤミス確定のような物語展開が、人はそれほど捨てたものでもないのかもしれないと感じさせる予想外の読後感にある意味驚くこの作品。
“誰にも過去があり、理屈があり、感情がある。小説に役目があるとしたら、それを描くことだと思います”と語る井上さんの心の機微の描き方にどこまでも引き込まれていくのを感じる素晴らしい作品だと思いました。続きを読む投稿日:2022.11.02
読みやすくてあっという間に読んだ。
老夫婦と出会った青年(一輝)がとあるきっかけで老夫婦の家事手伝いをする話。
一輝がどんどん悪い方向に染まってしまいハラハラしたが、最後は希望をもてる終わり方で安心し…た。
老夫婦の若者に対する思いや死についての考え方の描写が丁寧で、自分も将来はこんなふうに考える老人になるのかと考えさせられた。
読後感が良かった。
忘れた頃にもう一度読みたいかも。続きを読む投稿日:2024.04.24
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