この作品のレビュー
平均 3.7 (229件のレビュー)
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あなたは、嫌いな人を家に呼ぶでしょうか?
ここ数年間のコロナ禍は人と人との関わりが変化を余儀なくされた時代でもありました。従来であれば友だちを家に招くということは双方の都合が合えば問題なくできました…。しかし、コロナという目に見えない壁がその気軽さに待ったをかける状況がありました。
しかし、そもそもコロナ禍でなくても人を家に呼ぶには、招く側が来て欲しいと思い、招かれる側が行きたいと思うその両者の合意の上に成り立つものです。その一方でも思いが異なるようであれば、家に招く、家に招かれるなどという行動が発生するはずがありません。
さてここに、『こんにちは!』と友人家族総出で迎えられた主人公を描く物語があります。『こんな素敵な新居に招待してもらえて、うれしいよ』と喜ぶ主人公のその先を描いていくこの作品。そんな作品を含めた四つの短編が収録されたこの作品。そしてそれは、「嫌いなら呼ぶなよ」という言葉の先に、綿矢さんのとんがった筆致に酔う他ない物語です。
『はあ、私このままだとほんとに会社にいられないかもしれない。まさか自分がたった入社一年半でギブアップしそうになるなんて思ってなかった』と『最近異例の昇進をしたらしいタッキー』と電話するのは主人公の りな。『立場に責任が伴ったせいで、期待される成果も重くなって』と続けるタッキーに『あなたあんまりよく眠れてないんじゃない?だからマイナス思考になるのよ』と返す りなは、『タッキーと話しながらスマホのカメラを起動して』、『左手の爪の上』にくっついている『赤緑黄の三体のグミベア』『全員が愛らしく写るよう、スマホの角度を変えたり、指を動かしたりして角度を調節』します。『がさがさ音がするけど、何かしながら話してる?』と問うタッキーに『インスタにのっけるための、ネイルの写真撮ってる』、『一日に十枚ぐらいアップしてる。テレワークでスキマ時間増えたからね』と返す りな。『りなっちって相変わらず承認欲求のカタマリだね』、『りなっちのインスタみたいに、コロナ禍でもできる趣味が私にもあったら、こんなに会社の悩みごとで煮詰まらなかったかも』と言うタッキー。
場面は変わり、『私がねだるとミニーマウスそっくりのワンピースを手芸屋で買った生地で作ってくれた』と『無類の可愛いもの好きであるママ』が『本格的なミシンを使って丸えりやフリルやピンクや赤などをふんだんに使用した、糖度の高い衣装を何枚も作って私に着せた』ことを思い出す りな。『ママと同じ趣味の私は大喜び』だったものの『自分自身が着せ替え人形になって仕上げに白いタイツをはき、団地の下の公園へ飛び出して遊びに行った』時、『変な奴に滑り台付近でパンチラのいやらしい写真を撮られたあげく誘拐されそうになって』しまい『我が家は大騒動になっ』てしまいます。そして、『パパとおばあちゃんから責められ』たママは、『私のお洋服を作らなくな』りましたが『ロリ服好きなまま』だった りなは納得できません。一方で結局のところ『可愛い物好きの炎』が鎮火されなかったママが『周りの目を盗むようにして可愛いものを買って、こっそり身に着け始め』、『小学校中学年になると』、『一見可愛いとは分からない黒系の服を買い』はじめたため、『属性が甘ロリから闇ロリへ変わった』りな。やがて、『大学に入ってインスタを始めた』りなは、『予想外にフォロワーが増え』、『フォロワーを”私の信者”と呼び始め』ます。『つまらない不満が爆発してときどきSNSに病んだメッセージ書いたり、ヒステリックな配信が増え』る中に『ネット上では私は人気だった』という時代を過ごした りな。そんなある日、『ママ、あのね。お金貸して?』、『出世払いで返すからさあ、おねがーい』と言う りなに、『あらまあ、りなちゃん、何に使うの?』と返すママ。それに、『整形』、『目を二重にしたい』、『私はいま奥二重寄りの二重なのね。でも私が整形でなりたいのは平行二重』と訴える りなに、『りなちゃんの美へのこだわりは理解してるつもりだけど、さすがにこだわりすぎなんじゃない?』と答えるママ。『ちょっと切って縫うだけ。両目三十万。頼むわ』と『ゴリ押し』する りなに、ママは折れ『三十万円貸してくれることにな』りました。『りなちゃん、なんかごめんなさいね』と言うママは、『りなちゃんの気に入る顔に産んであげられなくてごめんね』と謝ります。『私ママの手作りお洋服、とても好きだったよ』、『だから反省なんかしないで』と返す りなは、『品川整形外科』へと赴き、『両目のまぶた切開手術をし』ました。『左目を先に右目を次にやったけど、腫れが引いたあとの左目は大成功で、私は有頂天になった』りな。そんな りなが社会人となった先の日常が描かれていきます。
“整形、不倫、SNS、老害…心に潜む’明るすぎる闇’に迫る綿矢りさ新境地!”と本の帯に記されるこの作品。真っ赤な表紙に水色のドット、そこに巨大な字で「嫌いなら呼ぶなよ」と記された表紙はインパクト絶大です。作品を読む前から叱られているようでもあり思わず引いてもしまいます(笑)。
四つの短編から構成されているこの作品は、〈眼帯のミニーマウス〉が「すばる」、〈神田夕〉と〈嫌いなら呼ぶなよ〉が「文藝」にそれぞれ掲載されたもの、そして最後の〈老は害でも若は輩〉がこの作品のための書き下ろしという構成をとっています。四つの作品に関連性はなく独立した短編となっていますが、どれもこれも「嫌いなら呼ぶなよ」という書名のキョーレツさの地平に立つ作品群という印象です。
では、そんな四つの短編の中から他誌に掲載された三つの短編をご紹介しましょう。
・〈眼帯のミニーマウス〉: 『無類の可愛いもの好きであるママ』に育てられ『ロリ服』好きなまま大人になった主人公の りな。そんな りなは、『私の信者』と呼ぶ『インスタ』の『フォロワー』を意識する日々を送っています。そして、『目を二重にしたい』と始まり、『ヒアルでデコを丸くきれいに見せる施術を朝受けてから出社してきたんです』と『プチ整形』にはまっていきますが、同僚に『馬鹿丁寧に説明』したことで社内に噂が広がっていきます…。
・〈神田夕〉: 『あそこ歩いてるの、もしかしてカンダかも』と、バイト先で同僚が指差す先を見るのは主人公の紗永恵。そんな紗永恵は『辛いもの食いや電車と競争など、くだらないことに挑戦するも『敗けが濃厚になったら「こっからが本番だな!」と叫ぶのが持ちギャグ』という『YouTuber神田』の動画を何本か見るうちに『一生懸命さに惹かれ』はじめます。そして『絶賛コメントを書き込』み、『立派なファン』になった紗永恵は、忠告含めコメントする日々に溺れていきます…。
・〈嫌いなら呼ぶなよ〉: 妻の楓と、友人の森内夫妻の家へと招かれた主人公の霜月。『こんな素敵な新居に招待してもらえて、うれしいよ…』と喜んでいた霜月でしたが、予想外なことを言われます。『霜月さん、不倫してるんだってね。楓から全部聞いてるよ。しかも楓にばれても嘘をついて、相手とはまだ続いているって。一体どういうこと?』、『ねえ霜月さん、聞いてる?…』と続く言葉に驚く霜月。そして霜月を被告に『裁判所のミニ法廷』が開かれていきます…。
三つの短編はそれぞれに炸裂した、極めて個性的な物語が展開していきます。そんな三つの短編に共通するのが非常なまでにとんがった語り口です。一節を取り上げましょう。
・『私のプライドは一風変わってて、自分の立場や権利を正論で勝ち取るぐらいなら、ぼろくそ言われてる方がましなのだ』。
『整形』しているという噂が社内に広がる中にこんな風に思う りなは『怒ったり泣いたりは美学に反する』と思います。
・『怒りは古い油の臭いがする。胸やけするドーナツを二、三個揚げ終わったあとのような、肋骨の内の油釜。自分の花道に散らかるゲロやゴミは片付けずに踏んづけてのしのし歩いてやる』。
りなの強烈な内面が吐露されていくこの場面は凄みさえ感じます。しかし、無敵なわけでもない りなの本音も語られます。
・『ウケる。ウケる。傷ついたってしょうがないから、とりあえずウケとく。とりあえずみんな楽しそうだったからよかった、私の整形をいじってるとき、放牧されて窮屈な小屋から脱出してアルプス山脈の草原で元気に跳ね回る子やぎの群れぐらい嬉しそうだったもん。職場の仲間たちの、あんな無邪気な笑顔を引き出せて幸せ。って思えるわけもない』。
どうでしょうか。綿矢さんのとんがった物語世界は全く衰えを見せていないことがこの抜き出しだけでもお分かりいただけると思います。凄いです!綿矢さん!
また、冒頭の〈眼帯のミニーマウス〉には嬉しいサプライズが用意されています。それこそが、海松子というなんと読むんだろう?とまず思う人物がこの短編には登場します。『みるこ』という読みがふられているこの人物、綿矢さんの前作「オーラの発表会」の主人公です。”自分探しってなぜこうも、探せば探すほど、玉ねぎを剝いてゆくがごとく芯が見つけられないんだろう”と悩む先に”やっと、一人で生きるっていうことが分かったんです。同時に誰かと共に生きることの意味も少しずつ分かってきました”とひとつの気づきを得ていく海松子。この作品では彼女のそれからの姿が語られていきます。これは同作を読まれた方には是非期待いただきたいと思います。
そんなこの作品ですが、実はその本当の読みどころは上記した三編にはありません。この作品を読む価値は、と言ってしまうと言い過ぎかもしれませんが、それは最後に書き下ろされた〈老は害でも若は輩〉にあります。これも読めるようで読めない章題ですが、『ろうはがいでじゃくもやから』と読みます。『雑誌インタビュー記事の作成の場』を舞台にした短編はその前提がこんな風に記されています。
『四十二歳の女性ライターと三十七歳の女性作家、そして二十六歳の男性編集者が件の記事の作成に関わり、都内の出版社にて作家へのインタビュー取材が行われた』。
『三十七歳の女性作家』という点に引っかかりを覚えるその物語は、『フリーライターの書き起こした記事を、作家が気に入らず全文書き換えしたところ、フリーライターが激怒』という中に困惑する編集者という視点で展開していきます。そんな中にいきなりこんな手紙が登場します。
『綿矢様 CC: 内田様 お世話になっております…どうしても一言言いたいことがあり、綿矢さんに直接連絡させていただきたく存じます。先日、綿矢さんが修正された私の原稿を拝見いたししました…。 シャトル蘭より』
(*˙ᵕ˙*)え?
『シャトル蘭様 CC: 内田様 シャトルさん、メール読みました、よくもまあ。ごめんなさい、片腹痛いです…でもめちゃくちゃ傷ついたのは事実です。謝罪を求めます。 綿矢より』
(;゚д゚)エエーッ!!!
はい、なんと『三十七歳の女性作家』= 綿矢さん!と、まさかのご本人が登場!する中に物語は展開していきます。まあ、たまたま綿矢という名前にしただけ?とも思いますが、そうでもないようです。
『…一応現時点では芥川賞最年少作家といえばこの私なんですけど?!』
なんていう一文も登場します。これって、綿矢さんのリアルなの?それとも???ともう一気読みする他ない笑劇の物語がそこに展開していきます。女性ライターと綿矢さんの板挟みに苦しむ編集者さん、この書き下ろしを受け取られたリアル世界の編集者さんの複雑な胸中をお察しいたします。ということで、もうこの書き下ろしを読むためだけにこの作品を手にしても損はありません。これから読まれる方が羨ましいこの作品、よくぞ書き下ろしてくださいました!と綿矢さんにお礼を言いたくなるそんな短編でした。
『純文学の作家とはこんなにもめんどくさい生き物なのだろうか』。
そんな自虐的な言葉が踊る書き下ろしの短編を含めた四つの短編が収録されたこの作品。そこには、毒々しいまでにとんがった物語世界が描かれていました。コロナ禍を痛烈に見る視点が新しいこの作品。極めて読みやすい物語の中に、とんがった表現が際立つこの作品。
どこまでも吹っ切れた切り口の先に、世の中を鋭く見据える綿矢さんの凄みを見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.01.24
一章ずつ主人公が異なり、最後の章には
綿谷さんが出てきて、人となりを知らないから
より面白く感じた
コロナ禍の出来事、時事性もあり
読みやすく、辛辣な言葉遣いや
人の内面で起きることを言葉にしている…
事件性のあることにはドキドキし
盛り返しもよかった続きを読む投稿日:2024.05.06
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