パラソルでパラシュート
一穂ミチ(著)
/講談社
作品情報
企業の受付に勤める29歳の美雨は、人生に惑い、未来にも漠然とした不安を抱えていた。そんな中で出会った、売れないお笑い芸人、亨。彼が気になり始める美雨だったが、ままならない恋愛事情は、亨の相方との「奇妙」な三角関係に発展し……。
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商品情報
- シリーズ
- パラソルでパラシュート
- 著者
- 一穂ミチ
- 出版社
- 講談社
- 書籍発売日
- 2021.11.26
- Reader Store発売日
- 2021.11.25
- ファイルサイズ
- 4.3MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 3.8 (161件のレビュー)
-
あなたは『お笑い』が好きでしょうか?
“笑う門には福来る”ということわざがあるように私たちにとって”笑う”という行為は欠かせません。日常生活の何気ない会話の中で出る”笑い”は欠くことはできません。一…方で、”笑い”の起点を能動的に提供してくれる存在、それが『お笑い』タレントのみなさんだと思います。
私はテレビで『お笑い』番組を見ることはありますが、実際に行われている生の舞台を見たことはありません。音楽のコンサートであれば曲の合間に出演者が喋るということはあります。しかし、『お笑い』のライブはずっと喋りが続いていくことになります。それは、ずっと笑い続ける時間が続くことを意味するのか?考えれば考えるほどに興味も湧いてきます。何事も体験することは大切なのかもしれませんね。
さてここに、ひょんなきっかけから『お笑い』の世界を垣間見ることになった女性が主人公となる物語があります。『お笑い』の舞台裏が描かれていくこの作品。関西弁と大阪の描写に魅せられるこの作品。そしてそれは、『お笑い』の世界に人の泣き笑いの人生を見る物語です。
『わたしは大阪城ホールのアリーナ最前列で人知れず流血していた』というのは主人公の柳井美雨(やない みう)。『まだ馴染んでいない慣らし中のパンプスを履いている日に限ってコンサートのチケットが舞い込』み、コンサートに来たものの『右足の、かかとのちょっと上』が痛む美雨。そんな美雨の前で『セットリストは順調に進行し、テンション高めの曲が続』いていきます。そんな時、『ステージと柵の間のスペース』で『ツアーTシャツを着た男の人』と目が合い、彼の『唇が、小さく動いている』ことに気づいた美雨。『ふ、ん、す、い』とステージの『歌詞とは違う言葉が、音もなく、でも確かにわたしに向けら』れます。『ふんすい、噴水』。『心当たりはひとつしかない。城ホールを出て、石垣を横目に階段を降りたらすぐそこにある』と思う美雨は、『公演が終わると』、『丸い噴水のへりに腰を下ろし』ます。そして、『皮がずるっと剝けてはいた』ものの、『出血はほんのすこし』という自らの足を見ます。一方で、『あの人の名前も知らないのに、本当にわたしに向けて「噴水」と言ったのか』と思う美雨は『一時間以上』その場に留まり続けます。そして、『大きく伸びをし、照明を見上げ』た時、『あの人がゆっくり階段を降りて』来るのに気づきます。美雨の方に歩み寄ってきた男に『お嬢はんはどないしましてん、その足』と訊かれ『新品の靴で来ちゃって、靴ずれがひどくて』と返す美雨。『靴って、どんだけ店頭でええ感じでも、いざ本番で履くと絶対どっか痛いよな』等会話する男は『ほな行きまひょか』、『うちにええ薬がありまんねんわ』と言うと美雨の『反応も確かめずに歩き出』します。やがて、タクシーを捕まえ、美雨も乗り込むと『汐見橋線の木津川のあたりまで』と指示します。走り出した車内で『さっきのスイッチャー、あかんかったな』等さまざまに会話する男に『お名前なんて言うんですか』と訊く美雨に矢沢亨(やざわとおる)と男は名乗ります。二十分ほどでタクシーを降りた二人。亨は『侘しい住宅街の中にある一軒家の敷地に入ってい』きます。『行方不明、監禁、殺人といった物騒な単語が頭の中にちらつ』くも亨の家へと入る美雨。茶の間へと通されると『足、見してみ』と言われ『座布団に座って足をまっすぐに投げ出すと』、『痛そやな』、『今楽にしたろ』と言われた美雨は『マーキュロクロム液や』、『キズパワーパッドは優秀やで』と手当してもらいます。そして、『軽く手を振って「ほな」と言』われ、『これで終わり?』と迷った美雨。そんな時、ちょお待ち』と『うすっぺらい茶封筒を』手渡されます。そして、その場を後にした美雨。場面は変わり、『え、こわ、ありえへん』と同僚の千冬に言われた美雨。昨夜の経緯を話して美雨のことを心配する千冬に『きのう知り合った人に、ライブのチケットもらって。二枚あるから千冬ちゃんもどう?』と昨夜帰りがけにもらった茶封筒の中身を見せます。『バンドじゃなくてお笑いのライブっぽいの』というチケットには『セックス・アンド・ザ・なんばシティ』という記載がありました。仕事を終えた二人は『ミナミ』へと向かい目的の建物へと入ります。そして始まった舞台。そんな舞台に『茶色いセミロングのウィッグをつけてメイク』をした亨が登場しました。『安全ピン』というコンビの片割れとして舞台に立つ亨。そんな亨の舞台を通じて『お笑い』の世界の裏側に立ち入っていく美雨の姿が描かれていきます。
“企業の受付に勤める29歳の美雨は、人生に惑い、未来にも漠然とした不安を抱えていた。そんな中で出会った、売れないお笑い芸人、亨。彼が気になり始める美雨だったが、ままならない恋愛事情は、亨の相方との「奇妙」な三角関係に発展し…”と内容紹介にうたわれるこの作品。大阪出身の一穂ミチさんらしく、大阪のお笑い芸人の世界が、リアルな関西弁の会話に載せて描かれていきます。
一穂ミチさんは放送局を舞台にした「砂嵐に星屑」でも大阪を描いていらっしゃいますが、この作品は『お笑い』の劇場のある『ミナミ』が描かれます。『「ウラなんば」とか言いますけど、わたしにとってはミナミ自体が「ウラ大阪」って感じなんですよね』というそんな街の描写はとてもリアルに大阪の街を描いていきます。『とにかく情報量が多い』という街の描写を見てみましょう。
・『看板やネオンがこれでもかと天井知らずの自己主張で競り合い、目に映るすべてが色鮮やかに輝いているのに、すこしもうっとりしないのがすごい』。
・『美しさなど求めていない、とにかく目立ったもん勝ちのPR合戦は、色彩や電飾に凝るだけでは飽き足らず、3Dの世界に突入していた。かに道楽のかにだけじゃなく、通り全体が立体看板のショールームみたい』。
『これでもかと天井知らずの自己主張』、『目立ったもん勝ち』と、なんだか言いたい放題にも思えてしまいますが現地の光景を見事に言い表していると思います。そして、面白いのが『立体看板のショールーム』としてこんな造形物を例示するところです。
『かに道楽のかにだけじゃなく、通り全体が立体看板のショールームみたい。ツルハドラッグからは鶴が、たこ焼き屋からはまん丸いたこ焼きが、回転ずし店からはすしを握った手が、こっちにおいでとでっかく飛び出している』。
有名な『かに道楽』だけでなく、さまざまなものが我こそは!と競い合うかのように通りを歩く人の前に主張し合う『ミナミ』ならではの光景を絶妙に表現してくださいます。もうこれだけで気分がハイ!になってきますね(笑)。
『ミナミは「雑」が似合う街だと思う。雑踏、雑然、雑多、混雑、あらゆる「雑」が凝縮されている』。
そんな風にまとめる一穂さん。この作品ではそんな『雑』が似合う『ミナミ』の街が舞台となってもいきます。そして、この街の様子がこの作品の雰囲気感を見事に形作っていきます。小説では物語の場所を具体的に明示しない場合、空想の地とする場合、そしてこの作品のように具体的にリアル世界を作品に落とし込んでいく場合がありますが、お笑いを描くこの作品は、この『ミナミ』が描かれるからこそ自然と滲み出てくる味わいがあるように感じました。大阪出身の一穂さんの大阪愛を強く感じるこの作品、これから読まれる方には是非その味を感じていただければと思います。
そして、この作品で一番注目されるべきは『お笑い』の舞台が描かれていくところです。主人公の美雨が偶然に出会った男性、矢沢亨は『安全ピン』というコンビを相方の椿弓彦と組んでいます。物語ではそんな二人が舞台に立つ様子が描かれていきます。そこには、漫才ならではの掛け合いが鮮やかに描かれていきます。雰囲気感を理解いただくために漫才が描かれる幾つかの場面から少し抜き出してみましょう。
ー どーもー!
ー こないだね、一年前に振られた元カノから連絡あったんですよ。
ー へえ、そうなんや。別れた時、自分めちゃめちゃへこんどったもんなあ。
ー そうですね、カラオケで先輩が鳥羽一郎の『兄弟船』歌うの聴いても思い出して泣けてくるぐらいで。
ー 兄弟船でどんな感情移入したんですか?
ー いや、元カノもお兄ちゃんと弟おったなーって
ー うっす!ほいで、どんな用件やったん?
ー んふふ、それがねえ。
ー うわ、笑顔きっしょ。
いかがでしょうか?抜き出しではなかなかその味が伝わらないかと思いますが、物語ではこのような感じで漫才の掛け合いが描かれていきます。そんなお笑いの世界について一穂さんはこんな風にその笑いの根源を記されています。
『漫才やコントは生き物で、活きのいい日もあればぐったりしている日もある。その日の本人たちのコンディション、お天気、客層、ほかの出演者とのかね合い、いろんな目に見える要素と見えない要素が複雑な化学反応を起こして笑いを生成する』。
『お笑い』を冷静に分析する一穂さん。『漫才やコントは生き物』という表現にとても納得させられます。そんな舞台を初めて見た美雨はこんな感想を抱きます。
『今舞台にいる人たちからは「好きなことをのびのびやっている」雰囲気を感じる』。
自らの仕事である『受付嬢』と比較する中での正直な思いではあります。だからこそ、そこに惹かれる美雨の姿があり、物語は成り立ってもいくわけですが、一方でお笑いを提供する側には思った以上に自らを冷静に見る言葉も綴られます。登場人物の会話の中にお笑いの厳しい現実をこんな風に表現します。
『頭で考えて用意した笑いって、結局、人格からにじみ出てくるもんには勝たれへんのよな』
人を笑わせるということを成し得ていくための苦難の数々。それを見る側、見られる側それぞれの思いを物語は語っていきます。この作品は、『お笑い』の”お仕事小説”としての側面を描く物語でもあるのだと思いました。
そんなこの作品は、主人公の美雨が亨という存在をきっかけに垣間見ることになった『お笑い』の世界の舞台裏が描かれていきます。そこには、自らの『受付嬢』としての人生に思い悩む美雨の揺れ動く胸中を映しながらさまざまな人間模様が描かれていきます。活き活きとした関西弁がテンポよくストーリーを引っ張っていく物語は予想外な人物の予想外な行動などを織り交ぜながら展開していきますが、基本的には特別に大きなことが起こるわけでもない日常が描かれていきます。そこに見え隠れする大阪ならではの泣き笑いの人生を描く物語がこの作品の魅力でもあるのだと思います。そんな中に美雨は、こんな思いを抱きます。
『人に見せたいものも、見せていいと思えるものも何もない、そんな人間だからこの人たちに引き寄せられてしまうのだろうか』。
『お笑い』の舞台裏、そこで関わる人たちの人生に入り込んでいけば行くほどに見えてくる思い。『三十というタイムリミットは、多くの男の人にとっての「賞味期限」』、そんな思いに苛まれながら生きてきた『受付嬢』としての人生を思う美雨は舞台というものに魅せられてもいきます。
『舞台は生き物だから。音楽でも演劇でもきっとそう。客席とステージ、この空間の誰ひとり何ひとつ欠けてもきょうの空気は生まれていないという熱。いくらでもどこにでも代わりはいる、取るに足らないわたしたちに、ひとときかけられる魔法』。
この作品では、『お笑い』の世界の外側にいた主人公の美雨が『お笑い』の世界に出会うことで体得していく人としての成長と、そんな美雨と関わりを持ったことで影響も受けていく『お笑い』の側の人間模様、そこにある人の泣き笑いの物語が描かれていたのだと思いました。
『今舞台にいる人たちからは「好きなことをのびのびやっている」雰囲気を感じる』。
『お笑い』の世界を知った主人公の美雨が、『お笑い』に生きていく人たちと触れ合っていく様が描かれるこの作品。そこには、泣き笑いの人生を生きる人たちの物語が描かれていました。大阪の街の描写がとても魅力的なこの作品。『お笑い』の舞台裏に”お仕事小説”を見るこの作品。
まさしく悲喜交々なストーリー展開と、物語中に登場するネタの塩梅に一穂さんの上手さを見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.11.29
受付嬢の仕事をしている美雨は来年30歳になる。
一緒に受付の仕事をしている友人とお笑いのライブを見に行き、お笑い芸人の亨と知り合ったことで、美雨の人生は変わり始める。
面白いと思い始めたのは物語も中…盤を過ぎて、亨の義母(父の後妻)が登場したあと。
人生は捨てたものじゃない。続きを読む投稿日:2024.06.13
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