晩夏 少年短篇集
井上靖(著)
/中公文庫
作品情報
「敵はおみかん食べている」
男と女が二人だけで山の中で蜜柑を食べている以上、きっと何事か始まるに違いないと思った――。(「白い街道」より)
若い男女を「敵」と見なして偵察するたわいない遊び、美しい少女への憧れ、そして覚えず垣間見た大人の世界……。誰もが通り過ぎるが、二度と帰れない〝あの日々〟の揺らぐ心を鋭敏な感性でとらえた、叙情あふれる十五篇。表題作ほか「少年」「帽子」「赤い実」など教科書名短篇を含む、文庫オリジナル・アンソロジー。〈巻末エッセイ〉辻 邦生・椎名 誠
【目次】
少年/蜜柑畑/滝へ降りる道/晩夏/投網/帰郷/黙契/白い街道/颱風見舞/ざくろの花/ハムちゃんの正月/馬とばし/帽子/魔法壜
〈巻末付録〉赤い実/少年に与える言葉(随筆)
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商品情報
- シリーズ
- 晩夏 少年短篇集
- 著者
- 井上靖
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公文庫
- 書籍発売日
- 2020.12.25
- Reader Store発売日
- 2021.01.29
- ファイルサイズ
- 0.6MB
- ページ数
- 288ページ
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この作品のレビュー
平均 5.0 (3件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
作中には、伊豆の景色や子どもたちの遊びなど、共通点のある光景が多く登場する。
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小学生時代を伊豆で過ごしていた作者の記憶が、元になっているのだろうなと思った。
どの作品も視線が優しく、懐かしい感じがした。
田舎に住む少年の感情の動きが瑞々しく、私にとっては眩しさのようなものも感じた。
好きな作品ばかりだったが、特に好きだった作品の感想を書き留めておく。
『少年』
語り手は、自分が田舎の村の小学生だった頃を思い出していく。
村にやって来た都会の子どもたちへの憧れや羨ましさ、反抗的な気持ちを、否定せずに一つ一つ言葉にしていく姿に優しさを感じた。
息子たちを一ヶ月間田舎で生活させた際、東京で生まれ育った息子たちが、もしかしたら昔の自分と同じような感情を抱いているのかもしれない……と考える語り手は、彼らの姿から懐かしさや愛しさのようなものを感じているのだと思った。
眼差しが優しい作品だった。
『蜜柑畑』
孝次が抱いている兵太郎への感情が、複雑でとても良かった。
幾子が兵太郎と結婚した時に彼女への恋心を自覚したこと、それによる兵太郎への憎悪、それでも捨てきれない親しみ……。
それらが混ざり合って揺れ動いている孝次の感情は、不安定だが根っこの優しさのようなものを感じた。
『晩夏』
冒頭の夏の終わりの描写がとても好きだった。
風景がありありと想像でき、この時期特有の哀愁を感じさせられた。
避暑のために村へやって来たきぬ子への特別な感情が、夏の終わりとともに思い出になっていく様子がたまらなく切なく感じて良かった。
最後のシーンで、きぬ子が乗ったバスを追いかけて走る主人公たちの姿がとても眩しく、切なさをより強く感じた。
『投網』
巽辰吉に対する主人公の複雑な気持ちが、文章から表れていて大変良かった。
辰吉に恨みなどは持っていなかったが、投網をしている時の鋭く閃く彼の目を主人公はたまらなく嫌に感じており、似たような目の人物と会うと憎悪を抱き、自分自身もその目をしないよう努めていて、辰吉の存在、そして彼の鋭い目が、主人公の中に深く入り込んでいるのだと分かった。
嫌なものだと思っているのに考えるのをやめられない、それなのに辰吉の成功を聞くとほっとするような気持ちにもなる……。
それらの入り混じった感情を否定せず、懐かしがるような目で語られていたのも好みだった。
本の中で一番心に残っている作品。
『馬とばし』
記憶の中の景色を何度も思い出し、心の中で描くにつれて、それがより大きく、美しく、華やかに色づいていくということが、私たちにもあると思う。
今の自分の目で見たら「なんだ、こんなものだったのか」と思ってしまうような景色でも、思い出となって感情が乗ることで、変化し育っていく。
そういうことが作品の中で描かれていて、共感するとともにとても切なくなった。
とても好きな作品だった。
巻末付録の随筆『少年に与える言葉』も大変良かったので、ぜひ読んでもらいたい。投稿日:2021.08.11
自身が経験した夏ではないのに懐かしいと感じるのはなぜだろう。少年時代の感覚が鮮やかに蘇る。ノスタルジア溢れる名作。
投稿日:2021.08.05
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