大岡昇平
大岡昇平(著)
/河出書房新社
作品情報
対照的な二組の夫婦と復員兵の愛をめぐる心理小説の傑作『武蔵野夫人』とその創作過程に関する「『武蔵野夫人』ノート」、南方での戦争体験を元にした思索的小説『俘虜記』から「捉まるまで」等三篇、ユーモア溢れるおとぎ話の続編「一寸法師後日譚」、花柳小説の佳品「黒髪」、神話と文学の起源をさぐる評論「母と妹と犯し」、昭和天皇重篤に際して心情を綴った「二極対立の時代を生き続けたいたわしさ」など、戦争と人間の真実を、理性と知性に基づいて希求した戦後文学最高峰の多面的な魅力を示す。
解説=池澤夏樹
月報=青山七恵・大林宣彦
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この作品のレビュー
平均 3.7 (5件のレビュー)
-
230419*読了
恥ずかしながら大岡昇平さんのことを今まで存じ上げなかった。かなり多作な方。
そして、俘虜になり、戦争を生き延びた人でもあり、俘虜記等から抜粋された当時の様子は悲観すぎないのだけれど…、やはりよくぞ生き延びられたと、息を呑む。
俘虜となり、日本に戻ってこられたからこそ、数々の作品が世に出ることになったわけで、本当に良かったと思う。
「武蔵野夫人」がやはりおもしろい。昼ドラ感。
今の時代から考えると、おいおい、と突っ込みたくなる部分も多々あるのだけれど、おもしろいんだな、これが。
収録されている他の小説よりも熱中できた感。
文学論、映画論なんかは難しくて、なるほどとも思えず…。自身の無知や思考の浅さを痛感。続きを読む投稿日:2023.04.19
18巻は大岡 昇平(1909-1988年)。小説家のほかに評論家、フランス文学の翻訳家・研究者の経歴も知られる。
収録作品は次の通り
武蔵野夫人、『武蔵野夫人』ノート、俘虜記(抄)、一寸法師後日譚、…黒髪、母と妹と犯し、二極対立の時代を生き続けたいたわしさ
知的な文章だ。
全体を通じて地理とスタンダールを強く意識させされる。
地理に関しては巻頭に収録された武蔵野夫人の冒頭、舞台となる地「はけ」の説明が印象深い。一体彼は武蔵野という土地が出生の地であったのだろうかと思わせるほど、地形に関する説明は微に入り細に入る。目の前で彼が舞台の情景を思い浮かべながら諳んじているかのようだ。
地形の描写は自身の俘虜の記録を記した「俘虜記」でも活き活きとしていて、フィリピン諸島で敗戦濃厚のなか、マラリアに感染しながら撤退し、人事不省に近い状態になり、自決必死の中、末期の水を求めて山中を彷徨うシーンでも、今まさにフィリピンの地図を広げて川の場所を探すかのように饒舌に地形の状態を語る。
特に良かったのは「俘虜記」だ。これは世界大戦への参戦と日本の敗戦というあまりに大きな歴史的イベントに一兵卒として参戦し、フィリピンのルソン島周辺で俘虜として捉われるまでとその後の俘虜生活が描かれる。
どうせ負けると分かって醒めた目線で過ごす日本軍での日々と米軍襲来時の逃避、醒めた目線を持っていても俘虜となったときに自分だけが死ねなかった悔恨、一転して俘虜になると当時の日本軍に比べてあまりある待遇で過ごせることの不条理がびっしりとした細かい描写で記録のように描かれる。ときにその記述は俘虜が住む家の構造や食器洗い用の流しの構造にまで及ぶ。
俘虜団を構成する各役職者の人物像がエビソードとともに詳らかにされるが、特に狭量の狭い人間の描写は、合理主義の作者の目線と相まってエスプリが効いている。
作者自身が「列挙の退屈」として控える部分もあるのだが、ひとつひとつの事柄や人物に対する観察眼が細かく、列挙の退屈が訪れることはない。
最後にひとつ断っておかなければならないことがある。冒頭のスタンダールの件を振れていないことだ。
彼は各作品で折に触れスタンダールやフロイトを振ってくる。スタンダールやフロイトから恋愛や性愛について語ったり、登場人物たちの男女の恋愛の機敏を説明するが、浅学につきスタンダールもフロイトも読んだことがなく、また私自身が文豪が書く恋愛作品があまり得意ではなく(文豪以外の恋愛作品はかなり苦手)、感情のひだが揺れ動く描写が、まどろっこしくて読んでられないのだ。
とうことでスタンダールは意識させられるのだが、スタンダール部分については、池澤夏樹の解説を読んでいただくということで。続きを読む投稿日:2022.06.17
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