この作品のレビュー
平均 3.9 (21件のレビュー)
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本書は、単行本にこれまで未収録だったエッセイを中心にまとめた一冊で、書評集や日記などを除いては、おそらく最後の作品集になるそうで(江國香織さんの解説より)、読む順番は間違えてしまったが、その分、全方…位に広がるような様々な出来事を通して、彼女がどのようなことを感じ、思い、日々を生きていたのか、そして、そこから私は何を得たのか、より実感出来た思いでいっぱいとなった。
須賀敦子さん(1929-98年)は、慶應の大学院を中退してフランスのパリに留学し、その後、学生たちの団体旅行に参加したのがきっかけとなり、29歳の夏に、ローマのレジムナンディ大学に留学し、以後イタリアに惚れ込み、後にペッピーノさんという、最愛の人とも出会うと共に、翻訳家でもあり、その仕事の側面を映し出した、ナタリア・ギンズブルグと何度か会うエピソードでは、静かに燃え続ける、彼女の文学への確固たる思いを垣間見たようであったが、その情熱と共に、達観して見ることの出来る客観性も感じられたことが、本書に於いて、静かに紡ぎ出されながらも、どこか心を捕らえて離さない、そんな不思議な魅力が、彼女の文面に表れている気がしてならない。
そして、その不思議な魅力に色取り取りの華を添えているのが、イタリアに纏わる出来事なのは、おそらく間違いないと思われ、しかも私が心を打たれたのは、そのイタリアでの出来事と彼女自身の人生とが、たとえ僅かでありながらも確かに触れ合って交差したと思われた、そんなささやかな点にこそ、忘れられない思い出や幸せを感じさせるといった、共感を呼び起こしてくれたことで、そこには、国内や外国による相違点は関係ない、人と人とが織り成すことによって生み出された、お互いにとっての、ささやかで素敵な思い出なのである。
それは、最初の「七年目のチーズ」から、いきなり驚愕のエピソードでありながら、須賀さんと共に、私もドキドキして、最後は不快感よりも『みんなの笑い声』の温かさが強く印象に残ったことや、マナローラの入江のそそりたった岩の上に建つ、「ビアンカの家」の、30メートルほど下に見える海の上に突き出したようなヴェランダに立った時の、彼女の率直な気持ちからも感じられた、全く想像出来ないような現実からかけ離れた話ではなく、イタリアに居ながらも、同じ日本人としての率直なありふれた感情表現に、とても親しみやすさがあるように思われた。
また、それとは別に、「思い出せなかった話」の、ミラノの市電内で突然声をかけられた、上品な女性は果たして誰だったっけと思いを巡らせる、一見、シンプルなエピソードに思われても、そのかけてくれた言葉、『ご主人がなくなったんですって。うかがって、びっくりしましたわ』に込められた、女性への思いから、もし、このエピソードを書こうと思ったのであれば、夫のいない感傷が、ミラノの秋の到来を普段より早く思わせたことに加えて、その同じ時期には重病を患った母を看取るため、日本に帰国していた事も知ることによって、その市電内でのエピソードには、一種独特な須賀さんだけにしか分からない、ちょっとした戸惑いと温かさを同時に抱かせる心境にさせてくれた感覚に、彼女の中では、イタリアと日本は確かに繋がっているのだということを実感させてくれて、しかもそこには、どこか素朴で家庭的な雰囲気も内在している点に、彼女ならではの視点も感じられた、それは何時の時代に於いても大切な、光と影、表と裏を見ることの大切さなのではないかと思った。
たとえば、彼女がローマを見るとき、そこには永遠の都というよりは、『なにか暗いゲットに、そしてじっと耐えてきた、ローマの庶民といわれる人たちに、つよく惹かれた』や、『二千年もむかしから、あらゆる権力に搾取され続けてきたローマの庶民の自己防衛の表現なのかも知れない』、更には、フィレンツェやピサのあるトスカーナ地方のすぐ隣のウンブリア地方に関して、『中世そのままの姿、といっても塔や城壁やカテドラルの中世ではなくて、山羊や羊と暮らしていた遊牧民の中世が、ふいに目の前に現れることがある』等から感じられたのは、いずれも表向きの華やかな一面だけではない、その裏で確かに生き続けている者たちへの、素朴な温かさや優しさを抱いている者の眼差しなのであり、そこには、私がイメージしていたイタリアからは、おそらく想像出来なかったであろう、彼女ならではの人間性で触れ合い暮らしてきた、イタリアの一つの素顔が内在していたのである。
そして、それは旅行ガイドとは一線を画した、彼女とそこで暮らす人たちの交わる人生だからこそ、知ることの出来たものであるのならば、エッセイという本の素晴らしさというのは、その人の人生に於いて、見たもの感じたものを率直に知ることに加えて、それを通さなければ実感出来ない、海外で暮らす人たちの人生の一部を知る喜びもあるのだなと感じ、そこには貧富の差も、素朴な風景に心安らぐ感情も、お葬式でも水と縁の切れないヴェネツィアも、どうしても見てほしくてフランスの友人を連れて行って一緒に眺めた、アッシジの町を一望出来る夕焼けも、全てがイタリアでなくても体験出来そうでありながら、それは確実にイタリアならではのものなのであって、イタリアといえば、パスタやピッツァ、ルネッサンスにコロッセオ、皆陽気で明るい人だよねって、そんな訳無いでしょう、ということに、何故、私はこれまで気付かなかったのかと恥ずかしくなるくらい、世界は驚くほど、未知で身近で不可思議で温かかったのであり、そう感じさせられた点に、改めて、須賀さんの人柄が垣間見えるような気がした。
そう思わせる一つの側面として、彼女の可愛らしい部分があると書いたら失礼なのかもしれないが、それはクロスワードパズル好きの(もちろんイタリア語)彼女の、『夜、床についてから、明りを消すまでに、いっちょうやる』の言葉に加えて、イタリアのちょっと田舎ふうの煮込み料理が得意だと、自信満々の彼女の言葉の裏には、姑の料理がそうだったからという、家族の温かな絆があり、ここにもイタリアと日本との確かな繋がりを感じさせられたのは、夫のペッピーノさんの存在も大きいのだと思う。
それは、書店で働いていた本好きのペッピーノさんが、彼女に初めて贈ったプレゼント、「パラッツィ・イタリア語辞典」を、彼の死後も、彼の書斎でひとり翻訳をしていた彼女を証明するものとして、ずっと大事に書斎に置いていたことや、彼が買ってきてくれた古いイタリアの料理書「アルトゥージ」は、初版が1891年にもなる実用性の薄さながら、台所に立てなくなっても、それを小さな空き時間に読み耽る愉しみは続いていたり、はたまた、彼との最初の出会いの地である、ジェノアは、彼女が初めてイタリアに上陸した地でもあるといった、そんな因果関係までもが、俯瞰してみると、まるで最初からそう運命づけられていたかのような、ひとつの大きな繋がりを感じさせられながらも、彼女自身は悠々と自然体で、そこにドラマ性は一切感じさせない、そんな生き方には、彼女のフィレンツェから思いを馳せた言葉、『フィレンツェがつくられたころ、人々はゆっくり考えてものをつくっていたことを、忘れないほうが、いいのではないか』のような、変にきっちりせずに、ある程度の気楽さと心に余裕を持った方が、きっと人生も世界の見方も人間関係も上手くいくのではないか。そんな忙しない現代に於いて忘れかけているような、自然体が織り成す人生の不思議な美しさを、彼女は私に教えてくれた気がしてならないのである。続きを読む投稿日:2024.02.01
イタリアやフランスでの日々を追憶するエッセイ。
日本語で書かれているのに、読んでいるうちに「こんなことばがあったんだ」と感じていました。
するする入ってくるけれど、洋画の字幕を目で追っているような。そ…んな不思議な感覚です。
しかし、須賀さんの感性と視点を通して描かれる人々は、とてもリアリティがあって、"暮らしている"姿がありありと目に浮かびました。続きを読む投稿日:2023.01.20
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