
総合評価
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
かなり集中して読まないと100%楽しむのは難しい。太宰治と行く!津軽探索、そして酒。といった感じの一冊。 内心、小説らしい物語を期待していたから、少し残念な気持ちも無くはないが、全体的に面白かった。酒を求めて歩き回り、太宰治の故郷を作者自身の目で体感できたことは面白かった。 ただ、自分が津軽に対してイメージする事が難しく、綺麗な風景や何もない長屋が並んだ村など、戦時中の津軽はこんな感じなんだと思いながら読んでいた為、感動も薄かったかもしれない。 人に慣らされた景色、人の匂いのする景色。この表現はとても秀逸だ。どれだけ綺麗な場所であっても、観光客が押し寄せ、たくさんの人の目に晒されるほど、魅力が弱まったりする事もある。穴場スポットを見つけて、自分だけが自然を体感できる時こそ、これ以上ない充実感を得られるものかもしれない。その部分には深く共感をすることができた。 郷土の話も多く出てくる為、少し難しい部分もあるが、調べながら読んだりするととても面白い一冊だと思う。
1投稿日: 2025.11.21
powered by ブクログ他所の家のお酒をこんなにも、、、とか思ってしまったけど、津軽へ行ってみたくなるし よく知って土地勘があるともっとこの作品を楽しめるんだろうなとしみじみ
1投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログ津軽の近代風土記。太宰の津軽回想録と冒険譚。 太宰自身、本書を書く上で、津軽の歴史を勉強していることが窺え、資料の引用部分が冗長に感じるほど長く、頻繁にある。故に読みづらい箇所が多く、小説として読むにはかなり時間がかかるのではないかと思う。その部分は非常に面白くない。この部分は津軽に興味のある人でないと読めないのではないかと思う。太宰の回想部分や冒険譚で、ようやく太宰節が出てくるように感じがする。 また、他の太宰の作品に比べて、本書の太宰の筆致はかなり明るい。(といっても相対的に明るいというだけではある。)太宰の精神状態は常に病んでいると思っていたが、比較的健康な状態で書いたことはすぐにわかった。いつもなら故郷の話をするにも、兄弟との会話をするにしても、常に後ろ暗いものを抱え、それを包み隠さず吐露するのが太宰文学だと思っていたが、今回はそうした後ろ暗いものすらも、自分自身軽く受け流すような余裕が見えた。 また、特に最後のたけとの再会のシーンは非常に前向きで印象的だ。太宰のこれまでの苦悩には、生家に馴染めず、隔絶し、さらに自分だけは兄弟やみんなとは違ってしまっているという異物感があった。しかし自分のルーツは生家のみでないことを悟り、孤独感から解放され、自分が異物であることは当然であり、そしてそのままでいいのだという自己肯定にまで転じている。 太宰にしては後味の良い晴れやかな終わり方でよかったが、津軽の歴史について言及する部分は非常に読みづらく時間がかかったのが読んでて苦しかった。
1投稿日: 2025.10.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
太宰治の作品をちゃんと読んだのは、これがはじめてかもしれない。 ほぼ「走れメロス」を小学生の時に読んだきりだった。 中高6年間教わった国語の先生は、あまり太宰がお好きでなかったため、太宰に対してはネガティブな印象を持っていた。 しかし、今回、青森への旅を機に読んでみて、その印象は好ましいものへと変わった。 津軽への帰郷の旅行記という体裁をとる本書は、戦時中にもかかわらず、道中始終酒を飲み、 世の中に、酒というものさえなかったら、私は或いは聖人にでもなれたのではなかろうか などと述懐するあたりの人間臭さがよかった。 最後に太宰が、自分の育ての親とも言うべき女性と再会する場面は感動的だった。 青森旅行中に現地で読み終えられなかったのは、残念。
1投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログ青森に縁があるので、、入り込みやすいし青森への愛を感じてとても好き、今まで太宰治の作品で一番すきなのは「駆込み訴え」だと言ってきたけど並ぶかも〜、そのくらい好きだった、中学生のときは挫折したけどちゃんと読み切れるようになった成長
1投稿日: 2025.09.25
powered by ブクログ斜陽館に行くにあたり、太宰が故郷について書いた『津軽』を初めて読んだ。 結論、やっぱりこの人の書く文章は本当に面白い。 卑屈さ、皮肉、悪口、故郷に対する深い愛情、友人・家族(育ての親や使用人すべて)への感謝が絶妙なバランスでミックスされていて、文章が生き生きしている。ユーモアを交えた軽快な台詞回しが読んでいて心地いい。 こんだけいろいろやらかしていても(笑)、憎めない愛されキャラだったんだろうなあと思う。 実際に斜陽館も、津軽読後だと2倍楽しめます。 このお部屋で蟹を食べたのかあ、とか、この洋室で中学生の頃寝っ転がっていたのかあ、とかとか。 ちなみに竜飛岬でN君とどんちゃん騒ぎしたお宿は、現在観光案内所として現存しているそう! ぜひ見てみたい。
1投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ太宰作品の中で一番好きかも。なんかの節目で数年ぶりくらいにあった親戚のおじさんが、酒を飲みながら自分の話をしてくれる感じがして良かった。
2投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ太宰治が愛した津軽の様子が鮮明に描かれている。故郷嫌いなのかと思いきや実は愛していた太宰治が生まれた津軽にいつか旅行に行ってみたいと思った。
7投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ3.0/5.0 津軽の歴史とか興味ないし… 生きている中での、深く共感させられるような苦悩や葛藤、逡巡… そういった類の太宰治作品を求めて手に取った分期待はずれだった。
0投稿日: 2025.06.08
powered by ブクログ津軽地方に旅に出たくなる作品でした。自分のことを素直に書いてる部分が好感持てました。『人間失格』に続いてふたつ目の太宰治作品を読んだわけだけど、やっぱりこの人は天才だと思う。
0投稿日: 2025.04.25
powered by ブクログ戦時下の昭和19(1944)年5月 小山書店の依頼に応じて、彼は故郷の津軽へ3週間の取材旅行へ出掛けた。 小説であるにも関わらず、この作品の主人公は、津島修治(太宰治) その人である。 風土や歴史、自らにも流れる津軽人気質を描いた1作。 この旅には秘められた目的があった!
0投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログ昭和19年の検閲下に書かれた紀行文にしては、世相の暗さがほとんど反映してこない、明るい紀行文。蟹田で旧友に遭って蟹を食べまくりリンゴ酒も相伴にあずかる太宰治、米の凶作が常態化している年表を見て津軽人の根っこをみて、バスで外ヶ浜を北上し今別と三厩に立ち寄って竜飛岬にいく太宰治、生家のある金木に行くも心中未遂の後始末をさんざんしてもらった関係でどうにも居心地の悪い太宰治、五所川原を経て木造と鯵ヶ沢に立ち寄り北国のコモヒの趣きを再度体感した後に深浦から引き戻して小泊にいる越野たけに運動会であうことができ無邪気に子供に戻る幸せな太宰治、とにかく一貫して酒ばかり飲んでいるこんな明るい彼はほんとに何度遭遇しても嬉しい。さらば読者よ、命あらばまた他日、元気で行こう絶望するな。では失敬
1投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログこの冬、津軽鉄道のストーブ列車に乗りに行く。 太宰治さんがいた弘前に泊まり、五所川原から金木に行く。 高校生の頃、太宰治さんの作品は覚えるほど読んだ。 でも流石にあれから40年ほど経ったからか、どんな作品だったか、記憶が怪しい作品も多い。 しかし、あの頃は、間違いなく太宰治さんの愛読者の一人だったと思う。 あの頃の自分なら、「場所やないやろ」と言って、青森なんかに行くことを、多分少し馬鹿にしただろうな、と思う。 それでも、50半ばの自分は、なんとなく気になって、行くことにして、行く以上はちょっと改めて「事前学習」して行こうか、と思って読んでみた。前回読んでから35年は経ってると思う。 家の使用人であり、養母である、たけ。 再会を綴るための前奏が長すぎたのは、あれだけど、それも含めて、こういう作品が好きだったんだと、確認。凄い。
4投稿日: 2025.01.09
powered by ブクログ写真の太宰治に少し息遣いを感じられるような気持ちになった。故郷へ帰りその地を取材をするのだが、この旅行の最終目的は幼少期に育ててくれたタケに会う事だった。自分を作り上げたのは旧家ではなくタケでありアヤであり、やっとできた友人T君だと。 津軽は蝦夷の流れをくみ、奥州は陸(みち)の奥(みちのく.むつ)、出羽は出端(いではし)と語る。歴史的に要領が悪いと語る。 文の締めくくりが「命あらばまた他日。元気でいこう。絶望するな」である。その四年後、自ら死を選ぶ。
0投稿日: 2025.01.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
太宰治が故郷・津軽を3週間旅をした話。 今まで読んだ作品の中で、1・2位を争うくらい好き作品。 松尾芭蕉の行脚掟(あんぎゃのおきて)を、独自の解釈で破ってお酒を飲むところ、また 「他の短を挙げて、己が長を顕すことなかれ。 人を誹りておのれに誇るは甚だいやし。」 の掟を破り、「芭蕉だって、他門の俳諧の悪口は、チクチク言ったに違いない。」と、某五十代作家(志賀直哉だと言われている)の悪口を言うシーンは、太宰治の卑屈さとユーモアある性格が現れていて笑った。 また津軽の歴史や寺社仏閣、その土地柄の人たちの性格・風土について知ることができたのも良かった。 津軽へ行く機会があったら、必ずこの本を片手に旅したい。 ラストの、たけと30年ぶりに再会するシーンの描写が好き。スッキリとした爽やかな読後感がある。
1投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログアラン・ブースの『津軽』に触発されて読んでみた。順番が逆だというのはわかっている。 この順番で読むと太宰には不利だ。アラン・ブースは太宰『津軽』の良いところ(おいしいところ)を引用しているから。 そのうえ、読んでみると太宰は津軽地域について言及した文章をあれこれ引用していて、これが面白くない。太宰が自分の言動について書いている部分が圧倒的に面白いのに、その面白さを薄めているように感じる。 まあ昭和の物書きには、字数を埋めるためにそういうことをするパターンがよくあるのだけど。 もう一つ。アラン・ブースは太宰『津軽』を読むための適切な補助線を引いてくれているので、補助線なしで読む太宰『津軽』は面白みに欠けるように感じられてしまう。 これは太宰が悪いと思う。 彼の書きっぷりは太宰治がいかなる存在かを前提にしている、言ってみればファン向けの書き方なのでそのコンテクストを共有していない者には要説明なのだ。 解説の亀井勝一郎(文庫版発行が昭和26年なので)は『津軽』を太宰文学のキーになる作品だと評しているのだけど、それも同じことを意味している。それ以前・以後の太宰作品の流れの中に置くことで意味が増す作品と位置づけて、単体での評価を置いてけぼりにしているようなものだから。 というわけで私の評価はイマイチなのだが、面白い部分はちゃんと面白い。まっさらな気持ちで読めばもっと楽しめたと思う。
2投稿日: 2024.09.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
津軽史の引用や土地の説明が読みにくい…知人とのやりとりも退屈…と思いながら無理して読み進めていたが、ラストで一気に面白くなった。 田舎の駅舎での場面の切り取りがとても綺麗だった。 たけとの再会もグッときた。 生まれ故郷について、自虐的に語る一方で誇り高く思っていたり、家族や知人との関係を悲観的に語りながらも意外に良好であったり、自身を卑下するのに無遠慮なところがあったり、理解が難しかった。読んでるこちらも不安定な気持ちになる。 太宰の生い立ちには暗いイメージを持っていたけれど、想像とは異なり色々な人からたくさん愛情を受けて育った人なのだと感じた。 「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせる事ができない」という言葉が深い。
4投稿日: 2024.07.30
powered by ブクログとても良かった。 「太宰治は暗い」というイメージを払拭してくれた。 のびのびとして明るく、くすりと笑えるユーモアに溢れている。北の故郷の風景と温かな人々が、生き生きと描かれている。 これを読んでから青森へ行ったが最高だった。ぜひ試してほしい。津軽鉄道にまた乗りたい。
0投稿日: 2024.07.28
powered by ブクログ太宰が故郷の津軽を訪れた時の紀行文。真摯に書かれていて、彼の本来の生真面目さが前面に出ている。最後、昔世話になった女中に会いに行くところが印象に残った。
0投稿日: 2024.07.03
powered by ブクログ太宰治の「家」を否定する作風とは異なり家や故郷を懐かしがりながら綴った旅行記という印象。 太宰の屑っぷり(鯛のくだりとか)が随所に垣間見えるのも魅力。 そして最後、たけに会いに行くところから急速に物語が加速していきすっきりとした読後感。
1投稿日: 2024.05.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
津軽についての説明分などは面白みがなく所々飛ばしてしまったが、「もはや風景でなかった」「檻の中の猛獣」「人間の目で舐められて軟化し」「点景人物の存在もゆるさない」という言葉が印象的で野生的な草木や大胆で棘のある海を想像して旅の良さを感じた。
3投稿日: 2024.03.13
powered by ブクログ学生時代、桜桃忌に青森を目指す友人がいた。 彼の影響もあって太宰治さんの本を手に取るようになった。金木の斜陽館も訪ねた。 ネガティブで女々しくて、、と揶揄されても私は好きだった。 大学を卒業する頃、彼と、か細い声で壊れそうな音楽を聴いた。彼女の歌の世界には太宰が息づいていた。そんな彼女の歌が、テレビから流れてくるなんて夢にも思わなかった。 森田童子さん。もう鬼籍に入ってしまったけれど。 津軽にはそんなイメージとはかけ離れた骨太でユーモラスな太宰がいる。自虐の癖は相変わらずだけど、紀行文みたいな小説だ。 金木の辺りから眺める岩木山を想像する。金木を語る太宰の体温は熱い。 でも、なんと言っても3歳から8歳まで太宰、いや津島少年を育てた「たけ」のくだりが最高だ。 金木に、いや自分の故郷に帰りたくなった。
59投稿日: 2024.02.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
津軽地域を、路線に沿ってぐるりと巡る筆者の旅を描いた紀行文。田園地帯をのんびり、美味しいものを飲み食いしながら旅したくなる。最後の乳母とのシーンは心に沁み入った。
3投稿日: 2024.02.27
powered by ブクログ津軽に向かいながら読み切った 津軽の民は面白く読めると思う 知ってる地名や習慣や言葉が出てくるわ出てくるわ 思ったよりも引用が多かったな、知らない歴史も沢山 載っていた 太宰節の長文がどんどん熱量上げて、最後は泣きそうになった これが津軽か、これが太宰か 斜陽も人間失格もいいけど、こんなに色が見えるのは津軽だけなんじゃないか 津軽を知ってるから余計にそう見えたのか
5投稿日: 2024.02.16
powered by ブクログメモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1752935778643320837?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
0投稿日: 2024.02.01
powered by ブクログずっと読みたかった「津軽」をようやく読了。 ふるさとの歴史って意外と知らない。そこでの生活様式が生まれた歴史を紐解くと、新たな発見があって面白い。しかし、一地方の一地域の歴史を正確に知ることは難しく、歴史書に書いてあることは必ずしも実感として正しくないことも多い。太宰治はかような点にツッコミや自虐的な感想を入れつつも、故郷を語る口調はどこまでも温かみがある。
15投稿日: 2024.01.29
powered by ブクログ太宰の人間臭さを愛おしく感じられるエッセイ。旅行記として面白いがやはりそもそも文章が上手い…。ラストのたけとのシーンは特に良かった。
3投稿日: 2023.12.27
powered by ブクログ司馬遼太郎の「北のまほろば」を読み、そこに登場する太宰治、そして津軽に興味が湧き本著を読む。 太宰治自体読んだことがなかったので、その意味でも新鮮。 最後の「たけ」とのシーンが感動的。 この旅は、自分探しの旅。実際見る物理的な風景もそうなのだが、どのような人に囲まれて育ったのか、そして、それが人格を形成するうえでも、大切なことであることを改めて感じる。 文章も読みやすく、表現も巧い。 本著で触れられている津軽の歴史、それは日本の歴史でもあるのだが、も興味深い。 青森県は、行ったことがないので、司馬遼太郎の「北のまほろば」と、この「津軽」を携えて訪れたい。(よく調べると「津軽」をベースとしてツアーがあるようだ) 森鷗外を読み進めていることもあり、先日、三鷹の禅林寺に鷗外の墓参りにいく。 その墓の前に太宰の墓もあり、三鷹には、他にも太宰の縁の地があるので訪れる。 太宰の他の作品も読んでみよう。 以下抜粋~ ・林檎なんでのは、明治初年にアメリカ人から種をもらって試植し、それから明治二十年代に到ってフランスの宣教師からフランス流の煎定法を教わって、俄然、成績を挙げ、それから地方の人たちもこの林檎栽培にむきになりはじめて、青森名産として全国に知られたのは、大正にはいってからの事で、まさか、東京の雷おこし、桑名の焼きはまぐりほど軽薄な「産物」でもないが、紀州の蜜柑などに較べると、はるかに歴史は浅いのである。 ・二時間ほど歩いた頃から、あたりの風景は何だか異様に凄くなって来た。 凄愴とでもいう感じである。 それは、もはや、風景ではなかった。風景というものは、永い年月、いろいろな人から眺められ形容せられ、謂わば、人間の眼で舐められて軟化し、人間に飼われてなついてしまって、高さ三十五丈の華厳の滝にでも、やっぱり檻の中の猛獣のような、人くさい匂いが幽かに感ぜられる。 昔から絵にかかれ歌によまれ俳句に吟ぜられた名所難所には、すべて例外なく、人間の表情が発見させられるものだが、この本州北端の海外は、てんで、風景にも何も、なってやしない。
3投稿日: 2023.10.01
powered by ブクログ青森の風土に関する記述箇所が自分には馴染めなくてだらだらと時間をかけて読んでしまったが、太宰が故郷にかえり、彼が安心するひとたちと会う穏やかな空気感が素敵な作品。 たけと会うシーンは必見。彼が生涯さがしもとめた心の安寧はここにあったのだな。
3投稿日: 2023.09.29
powered by ブクログ「太宰治」というより、本名「津島修治」による、故郷の津軽の随筆。紀行文。道中記。 まあ、なんでもいいや。 なかなか楽しい話であった。 勝手なイメージだが太宰には暗くて人嫌いというものがあったが、見事にそれを覆してくれた。 親友と呼べる友、幼馴染、親戚たち、可愛らしい姪っ子まで大歓迎で太宰を迎える。 またこの人たちはホントに酒が好きだね。とにかく酒。とりあえず酒。戦時下であり、酒も配給制であったことから酒を出せない宿もあり、それを予想して自分たちで用意して持ち歩く。 そこまでして飲みたいものなのかと、正直呆れた。 ラストは太宰の育ての母ともいうべき、子守りのたけとの再会を果たす。 【「修治だ」私は笑って帽子をとった。 (中略) 修治だ、と言われて、あれ、と思ったら、それから、口がきけなくなった。運動会も何も見えなくなった。三十年ちかく、たけはお前に逢いたくて、逢えるかな、逢えないかな、とそればかり考えて暮らしていたのを、こんなにちゃんと大人になって、たけを見たくて、はるばる小泊までたずねて来てくれたかと思うと、ありがたいのだか、うれしいのだか、(中略)手かずもかかったが、愛ごくてのう、それがこんなにおとなになって、みな夢のようだ、——」】 心が暖かくなる。 そして、それだけに腹が立った。 俺は、太宰の入水自殺の原因は知らない。知りたいとも思わない。 だが、その一報をたけはどんな顔をして聞くだろう。どれだけ悲しむだろうか、と太宰は思わなかったのだろうか。 最後の瞬間までたけのことを思い出しもしなかったのだろうか。それは、酷い。あんまりだ。 おそらく何かに追い詰められて視野狭窄の状態であったろうとは思うのだが、それでも酷すぎる。 作品の最後の一文は来たる未来への皮肉に満ちていた。 【さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。】 いやぁ~。この二、三日、私事ですがたいへんでした。 ただの風邪かと思っていたらみるみるうちに熱が上がり39度辺りを常にキープ。咳も出始め、胸の奥に妙な違和感を感じたので、これは間違いなくコロナだろう。そう確信に近い状態で近くの病院に電話を入れて診察してもらったのですが、結果、ただの風邪でした(笑) 意外とコロナにはかからない? インフルエンザですらなかった? ま、まあ、少し複雑な気持ち。 ただの風邪であんなに苦しいならコロナになったらきっと死んでしまう(笑) 病院でもらった薬を呑んで寝てたら38度近くまで下がったのでかなり楽にはなった。 病院の薬って偉大だ。 歩くのさえキツかったのに、寝ることさえろくにできなかったのに、もうすっかり通常と変わらない。久しぶりに風呂に入ろうか。 そういえば思い出したけど、一昨年も9月に40度近い熱を出して寝込んだ。しかも間に2週間ほど空けて2回も。 だからまた、もう一度来るかもしれないな~。勘弁してほしいけど。 みなさんもお体に気を付けてお過ごしください。
51投稿日: 2023.09.13
powered by ブクログラストの、自分に文学の素養を身につけてくれたと言っても過言ではない使用人の女性との再会は、感慨深い。 蝦夷地とも言われていた頃からの津軽の歴史に言及することにも多くのページが割かれている。 辺境の地としての津軽を、そこよりも南の地域とは区別して人が都会化していないとして、時には愛情を持ってさげずむ。 古い友人と津軽半島東側をを大酒をくらって旅する姿と、後半は一人で黙々と西側を行き来する対比は対照的である。
2投稿日: 2023.09.03
powered by ブクログ太宰治の故郷である津軽地方を3週間かけて旅した紀行文。 津軽を魅力的に描こうとするところに、太宰の故郷への愛情を感じる。 あぁ、旅がしたいなぁ。こんな風に友人と一緒に酒を飲んだりおいしいものを食べたりして、楽しそうだなぁ。 当時は戦時中で、酒も食料も不足していたに違いない。そんな中で、酒やご馳走など、とても魅力的な描写が多い。 旅のなかで出会った人々、旧友、家族など、これまでの人生で出会った人たちを通して、自分という人間を作り上げてきたものを再認識していく。そして、時々、少年時代を振り返りながら旅は続いていく。 旅も終盤になり、太宰は育ての親たけとの再開を果たす。旅の本当の目的が達せられた瞬間だ。たけは、生家と絶縁状態だった太宰にとって母のような特別な存在。そんな2人の再会の場面にはジーンときた。
59投稿日: 2023.09.01
powered by ブクログふ〜、読み終わった。 太宰が委嘱を受けて書いたとされるらしく 津軽地方の地理と歴史が詳しく載っているのだが、この部分を理解するのに手間取りなかなか読み進むのが難しかった。 太宰の文体の方は読み慣れていたせいか、スムーズに読めた。 最後の章にあたる、五 西海岸は幼年時代の乳母「たけ」とのことを書いたもので、じんわり温まるものを感じた。 最後の解説者は「亀井 勝一郎」氏。 『津軽』は彼の解説を読んでから本文を読んだほうがよかったのかも... 太宰の津軽地方のウンチクを頭の中に叩き込んでもう一度読んでみると太宰の新たな一面を発見できるのかな?とも思った。 「解説」大事だなぁ〜と感じた一冊。
1投稿日: 2023.08.26
powered by ブクログわたしは太宰治の一読者にすぎず知り合いでもなんでもないが、この小説にあらわれているのは最も素に近い太宰ではないかと思う。不躾に他者を容赦なく批評するかと思ったら急に弱気になって自分を卑下したり、酒を飲みまくったり、だらしがないかと思えばしっかり土地のことを知っている。いつも一緒にいたくはないけどたまに旅行に行ったら楽しいだろう。しかもいく先々で暖かく迎えられるのである。 自分という存在を書くことに関しては太宰治の右に出るものはいないということがわかる。とくにたけと会うまでの気持ちのはやりや実際あったのちのなんとも言えない雰囲気には目頭が熱くなった。 この小説を読むと後ろに故郷を残してきた人間を羨ましく思う。
4投稿日: 2023.07.23
powered by ブクログ梅雨明けに東北を回ろうと思っている。津軽も行くので、本棚にあった文庫本を読み始めた。太宰治ってこんな紀行文も書いていたんだな。改めて楽しく読んだ。解説を亀井勝一郎が書いているのも懐かしかった。
1投稿日: 2023.07.11
powered by ブクログ太宰治の人間くさいボヤキが好きだけど この作品はけっこう笑える 旅の終わりがじんわりエモくて 太宰作品ではわりとレアかもしれない
3投稿日: 2023.07.03
powered by ブクログ太宰文学は延々と自虐が続いていくイメージがある。しかし本作『津軽』は中々に軽快に読み進めていくことができた(それでも時折り自己卑下の部分も見られるが…)読んでいる時、幾度も、「これはかの太宰が書いた文章か…?」と思った。平易な語彙と文から組み合わさる本作は絶妙なリズムを奏で、津軽の鮮やかな景色を浮かび上がらせる。優しく角のない丸い文体は、読み手を落ち着かせ、その心を穏やかにし、束の間の平穏をもたらす。まるで、それはまるで、ほんのりと温かみが残っているホッカイロで掌を包み込んでいるみたいだ。 是非とも、今度、津軽に足を運んでみたいものだ。太宰が見た津軽の景色を、私も、また、見ることができるのだろうか。
2投稿日: 2023.06.15
powered by ブクログ青森出張時に鞄に本を入れ忘れ、八戸の本屋さんを覗いた際、「津軽」の文字に惹かれて購入。 これまでの太宰さんの作品からは全体的にマイナーなベールを纏った印象を受けていたけれど、「津軽」では別人・・・?と疑いたくなるほど印象が一変した。この時の出張先は下北方面だったけれど、津軽地方の旅行記に自叙伝と風土記が織り交ぜられた内容に津軽地方を同時に訪ねた気分に浸らせていただいた。太宰さんの新たな一面を知るとともに、たっぷりと青森を旅することができる本だった。
1投稿日: 2023.04.29
powered by ブクログ太宰の作品の中でダントツで好き 脳内で映像が再生できるようなコミカルな人の行動の描写が読んでいて楽しい
3投稿日: 2023.04.17
powered by ブクログ昭和19年、太宰が36歳の頃、約3週間をかけて津軽地方を旅行した時の話。もうじき青森へ行き、金木町の斜陽館にも寄ろうと考えていることから、折角なので読むことにした。表紙の津軽富士見湖から岩木山を臨む景色を、私も見ることができるだろうか。 当時の津軽地方を描く様もさることながら、太宰の家族や使用人との関わり、そして津軽の風土がどのように太宰治という作家を作り上げたかの方に目が行ってしまう。 田舎の富豪の期待の掛けられない子どもとして、使用人を友と意識して、田舎の繊細さと反骨精神をその身に育んだ太宰のこの作品は、『斜陽』のような昏さのなかに際立つ明るさがあり、絶望より希望の色が濃い印象を受ける。 それだけに、こうした作品を書き上げながら太宰が自死を遂げてしまったという事実に抱く気持ちに、なんという言葉を当て嵌めればよいのか思いつかない。 風土記として読むのであれば、話の中で、青森各所から見た岩木山の山容に関するコメントが気になっている。 曰く、弘前からはいかにもどっしりとしてやはり岩木山は弘前のものかも知れないと思う。だが、金木等から眺めた端正で華奢な姿も忘れられない。そして西海岸からみた山容は崩れてしまって美人の面影も無いのだとか(p.151)。 西海岸のとあるホテル、山側に面した部屋に泊まる。太宰が「まるで駄目」といった岩木山の姿――実際にそう見えたのかも知れないし、思い出の詰まった金木を贔屓したかっただけかも知れない――を、楽しみにしている。
4投稿日: 2023.04.16
powered by ブクログまだまだ自分の読解力と昔の文体に慣れていないため、読みこなすのが大変だった。また、日本語の本でも地理的な情報が頭に入っていないと理解することが難しいこともわかった。
1投稿日: 2023.04.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本は、太宰治氏が自ら故郷を尋ねるというエッセーなのですが、津軽の歴史を知る意味でも貴重な内容。興味深かったのは、津軽のアイヌは北海道のアイヌとは根本的に異なり、大陸とつながる民族であったようだという記述がP130あたりにありますが、これなどは、民俗学的にも面白い記述なのでは、と思います。気軽に読めて発見のある本です。
5投稿日: 2023.02.27
powered by ブクログ私は太宰治ファンではないし、走れメロスしか読んだ事ない。 今日は青森旅行2日目、これからストーブ列車に乗って、金木の斜陽館に立ち寄る予定だ。楽しみだ。 この本の最後、乳母のタケに会えてよかった。 太宰治はおぼっちゃまで、酒飲みで、ナイーブな人という印象だが、郷土の方々の温かさが彼の心の拠り所だったのかなと思った。
1投稿日: 2023.01.22
powered by ブクログ何かの縁で、青森に来たからには、と手に取ってみた。太宰文学は好きでこれまで多くの作品を読んだが、この作品はまた違った趣だった。 人間失格に代表されるような、自己否定が太宰の真骨頂であり、自身を卑下する中に文学的な面白さがあった。だが、この作品はそういった暗い部分が影を潜め、陽気な雰囲気も見てとれた。 自身の故郷である、青森県の金木に帰り、昔の知人を頼りながら、津軽地方を回る。紀行文とも言えるし、自身のルーツを辿る旅とも言える。 青森に詳しいならより楽しめる、今の街の雰囲気と当時の雰囲気を比べてみるのも良い。青森を旅するなら、手元に置いて太宰の道程を辿るのもまた良い。 こういった文章も書くのだな、というのが1番の感想。
4投稿日: 2023.01.06
powered by ブクログ太宰治の新しい一面が見れる作品。 この時期は精神的に落ち着いていたのか。 三厩までの道中、勢いで買った鯛の取り扱い関しての色々に対する太宰の反応が可愛らしい。
0投稿日: 2022.07.31
powered by ブクログ津軽、太宰治という人物に寄り添うために良い本だと思う。 津軽人の「もてなし精神」や、「無言」の人々の暖かには大変共感できる。 兄家族と出かけ、金木から見る岩木山を「華奢で美しい」と表現したところに祖母の言葉を思い出した。 タケとの再会も喜ばしい。 風土史や古典の引用が多いのも特徴。
0投稿日: 2022.07.14
powered by ブクログ生まれ故郷を旧友と飲みながら巡り歩くという楽しい旅日記。 太宰というとどうしても、女性が絡みつつ皮肉なネガティブ思考といった印象が多く持たれるが、この「津軽」を読むと印象が変わるかもしれない。 太宰節もきかせつつユーモアたっぷりなのだ。 しかしながら、旅をしながら自分自身を懐かしく回想し、走馬灯のように人生は儚く過ぎてゆく。 読みごたえのあるよい1冊だ。 一緒に、新潮社とんぼの本の「太宰治と旅する津軽」を読むと、一層深みも増すのでお薦め。
14投稿日: 2022.07.12
powered by ブクログ太宰治の作品の中では比較的明るい筆致で書かれた作品。行く先々でお酒を飲んでいるのにも関わらず、二日酔い程度で1時間も2時間も歩いているシーンもあり、酒が強い印象が深く残った。 ラストシーン、幼少期に関わりのあった女中のたけとの再開のシーンが特に良かった。希望を抱くも諦めかけていた所で、展開が変わり無事に会えたシーンは感動した。 自分を全てさらけ出して、悪い癖もダサい所も書かれていて改めて人間らしさを感じた、面白い作品だった。
2投稿日: 2022.07.05
powered by ブクログ金木に行くに当たり旅のお供に持って行き読んだ。すごくよかった。こまごまとした他人にとってはどうでもいいことまで自分の感じたこと思ったことを書いている。私も紀行文めいた日記のようなものを書いたりしているが、私もどうでもいいことなども書いたりしがちなので、同様の文調にすごく親近感を持ち嬉しく思った。もう100年近く前に書かれたものなのに驚くことにすごく読みやすい。ある意味、沢木耕太郎の『深夜特急』に匹敵するほどの紀行文の名著だと思った。最後の「たけ」との再会のシーンはほんの数ページだが、感動して涙が流れた。
0投稿日: 2022.07.02
powered by ブクログ「ね、どうして旅に出るの」「苦しいからさ。」の名セリフで始まる本作品は、太宰の故郷への愛に溢れる笑いあり涙ありの何度も読み返したくなる秀作の紀行文だ。しかし、太宰は酒飲み過ぎ。
0投稿日: 2022.06.23
powered by ブクログお酒が飲みたいけど、それを言い出せない太宰さん。出してもらうと、めちゃくちゃ喜んでる太宰さんかわいい! 乳母に再会するくだりは泣けてしまいました。
0投稿日: 2022.06.19
powered by ブクログ太宰文学の中でも明るい小説だと思った。 津軽の歴史から風俗まで緻密に描かれていて、丸で目の前に津軽の風景が広がっているように感じた。 最後の乳母のたけに再会するシーンは太宰が母性を求めているように思われ、それまでの太宰のデカダンの印象とは違い、とても新鮮に思えた。
0投稿日: 2022.06.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
すっごくよかった。 太宰治の作品を読むのは、国語の教科書以外で初めてだった。 著者紹介のところに自殺したことを書くのがもったいないくらい、『津軽』の文章はおもしろかった。 「食べ物には淡白であれ」という決意を蟹と酒の前ではあっさり覆したり、子どもの頃の友人に会って、少年の心が残っていることを喜んだり… とても親しみを持った。 と思えば、納得させられるような考え方や「雪で洗われた」ような桜の花などの描写が素敵で、とても楽しかった。 解説でもあったけど、太宰は人を笑わせるのが好きだったそうで、それがこの文章に表れてるんだなあと思った。 以下印象に残ったこと 日本の風景は、人に見られすぎて人臭い感じがするけど、ここはそういう感じが全くしない…という文 「飲食に於いては何の関心も無かった筈の、愛情と真理の使徒も、話ここに到って、はしなくも生来の貪婪性の一端を暴露しちゃった」 「大人というのものは侘しいものだ。愛し合っていても、用心して、他人行儀を守らなければならぬ。なぜ、用心深くしなければならぬのだろう。その答は、なんでもない。見事に裏切られて、赤恥をかいた事が多すぎたからである。人は、あてにならない、という発見は、青年の大人に移行する第一課である。大人とは、裏切られた青年の姿である」 「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬」
0投稿日: 2022.06.08
powered by ブクログひさしぶりの太宰治 ひさしぶりに読んで読みやすさにおどろいた 微妙な空気感を感じられるおもしろさがある
0投稿日: 2022.05.13
powered by ブクログ津軽平野から見た津軽富士(岩木山)を美女に例え、銀杏の葉をさかさに立てたように。。などと表現している津軽の情景が美しい。 父の生まれた木造村を訪れその思いを馳せたり「高山帰り」の話題の際、兄はいつも孤独であると記述したりするなど、大地主の六男として生まれ育ち30歳を超え子を持つ身となった太宰治が、その近寄り難い存在であった父や長兄にやっと向き合える様になったのだろうと感じた。 乳母のたけを訪ねる事を旅の最後に定め、会えるまでの葛藤をする姿がなんとも言えずいじらしい。そして、「きょうだい中で、私ひとり、粗野で、がらっぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だったという事に気附いた」事で今まで太宰治が抱いてきたわだかまりの様なものが晴れ、救われた思いがしたのではないかと言う印象を受けました。 太宰作品を読む上で、その本質を知り理解を深めるために読んでおくべき本であると思います。
1投稿日: 2022.02.27
powered by ブクログ太宰の故郷である青森県の津軽半島を旅して回る物語。津軽の人々の温かさ、太宰治の人間味、そしてたまに感じる哀愁。水のゆらめきに似た機微のある平穏さを与えてくれる作品です。
0投稿日: 2022.02.12
powered by ブクログ青空文庫でたまに読む。 太宰作品の中で一番好き。 彼のエッセイ的な気安い描写が楽しめる。 もう一度文庫を片手に当地を歩いて回りたいが、 過去に実際に津軽を旅できたのは幸せだった。 本州の袋小路というものは、まったく彼の書いたその通りであった。
0投稿日: 2021.08.25
powered by ブクログ人のつながりを軸に、昭和の津軽を描いた風土記であり、太宰が自らのルーツを確認する私小説。 現代に生きる私の個性、ともすれば現代では没個性かとも思われる人格上のニヒリズムやナルシシズムを簡単に告白してしまうのは相変わらず。ただ、いつもは見えてこない、おそらく意図的に記述を避けられている部分、太宰の人への執着や素直さが垣間見えて、面白かった。 私も青森が好きだ。港町というのもあるし、太宰が言うように、旅行者に不親切で、そこが逆に構われていない感じがして心地いい。 ただ、それもあくまで現代の、それも既に観光地化した「風景」を見ての感想である。ここでもまた、当時の津軽が生きる姿に思いを馳せるばかりだ。
0投稿日: 2021.06.19
powered by ブクログ太宰作品を大して知らないので深い考察等はできないが、現代に比べてまだまだ前時代的とされていた津軽の様子が見てとれた。太宰の郷土愛をひしひしと感じられる。
0投稿日: 2021.06.13
powered by ブクログやっぱり太宰はいいですね。これは太宰が地元津軽を紹介しているような特にひねりのない単純で平和な話ですが、見栄っ張りだったり、他人にしっとしちゃったりする自分の悪い癖やダサいところなんかも書いちゃえるのが素敵ですし共感しました。有名なセリフですが、大人とは、裏切られた青年の姿であるというのが、最近友人に裏切られた(と、私は感じている)私に響きました。全体的にはほっこりするし太宰という人をより知れるゆったりしたお話です。
0投稿日: 2021.06.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
太宰本人の郷土旅行記。 ストーリーがあるわけではないので、太宰治という人間、あるいは青森の地理・歴史に興味がなければ、あまりおもしろいくはないかもしれない。 が、終盤、乳母の「たけ」の名が登場するあたりから急激に引き込まれる。 最終的に、たけに自分のルーツを発見する。 温かい気持ちが湧いてくた。 僕もこんな旅にあこがれる。 と言っても、結婚後は故郷の近くに居を構えたので望郷の念すらわかないのだが。
0投稿日: 2021.06.01
powered by ブクログ太宰治というと「人間失格」を高校の国語で読み、その後「斜陽」なんかも読んだことはあるが、私の中では暗い、女々しい、キザな人という印象であった。 だが、この「津軽」は解説にもあるよう、太宰作品の中では、特異な位置を占め、明るさとユーモアに満ち、彼の本質を表している作品のようである。 ある出版社の依頼で太宰の生まれ故郷の津軽風土記を書くため、三週間、帰郷した時のことを書いたものである。 序編で「おのれの肉親を語ることが困難至難の業であると同様に、故郷の核心を語ることも容易に出来る業ではない。ほめていいのか、けなしていいのか、わからない」と書いているように、太宰は自分自身の核心である故郷、津軽のことを肉親を紹介するように恥ずかしがりながらも、愛に溢れた文で綴っている。 故郷でSさんという人のお宅に招待されて、お邪魔した時、入るやいなや、怒涛のように酒や食べ物を勧められ、面食らったエピソードがあるが、 「その日のSさんの招待こそ、津軽人の愛情の表現なのである。」と書いている。太宰自身も遠方よりお客さんが来たときには、どうしたら良いかわからず到れりつくせりの心づかいをして、お客さんに閉口されるだけの結果になることもあるという。普段ははにかみ屋で神経質なのに、お客さんに対しては不器用に精一杯もてなそうとするのが生粋の津軽人である、と太宰の本質、ルーツについて打ち明けている。 津軽滞在中は、太宰の実家でお金持ちの津島家に昔仕えていたT君、学生時代唯一仲の良かったN君達と心置きなく過ごすのだが、みんなが太宰の前で無遠慮に他の作家のことばかり褒めるので、太宰もついつい本音を吐く。 「僕の作品なんかは、滅茶苦茶だけど、しかし僕は、大望を抱いているんだ。その大望が重すぎて、よろめいているのが僕の現在のこの姿だ。君たちには、だらしのない無知な薄汚い姿に見えるだろうが、しかし僕は本当の気品と言うものを知っている。松葉の形の干菓子を出したり、青磁の壺に水仙を投げ入れて見せたって、僕はちっともそれを上品だとは思わない。…」 心許せる故郷の友の前でこんな本音を吐く太宰を「かわいいではないか」と思ってしまった。 しかし、実家では片身が狭いようである。実家津島家は名家で、お金持ちで、若くして父親が亡くなったあとは長兄が跡をつぎ、父親がそうであったように、長兄にも近寄り難い。解説では、太宰の暗い憂鬱の翳は、旧家の鬱で、自分の「家」から、自分の運命からいかにして逃亡するかという、抵抗と傷跡が、彼の文学に一筋の道として通っていると書かれている。実家での団欒の中で、明るさを添えているのは、血の繋がった兄弟よりも、津島家に仕える爺やである。 最後に太宰が何十年来、最も会いたかった人に会いにいく。それは子供の頃、太宰の母親に代わって彼を教育してくれた女中のたけである。このシーン、ウルウルきた。まさか、太宰治の本で、涙が出るとは思わなかった。 関西人の私からみれば外国のような津軽の人について、太宰治のルーツについて、太宰治の特異な家庭環境とそれが彼の人間形成に与えた影響について、彼自身の言葉で解説されている貴重な作品であった。
41投稿日: 2021.01.25
powered by ブクログ太宰の終活のようなお話だと思った。自分の故郷を旅する。会いたい人に会う。津軽を読んでみると、太宰はもう人生に悔いはなかったのではと思う。
0投稿日: 2020.07.11
powered by ブクログ自分のことも周囲の状況も、冷静に分析して皮肉っぽく正直に語っている。この作品では、今まで読んだ他の太宰作品に比べて、その皮肉や自虐やツッコミが明るくて、ユーモアたっぷりで、読んでて笑える部分が多かった。特に、友人と過ごしている前半は、ひたすら陽気さが感じられ、後に自殺するよう思えなかった。 しかし、最後二章を見ると、やはり太宰の纏っている暗さや、寸分の狂いでバランスが崩れ、精神が崩壊しそうな危うさが感じられて、明るさと暗さが絶妙に混じった作品だと思った。 冷静に分析しているのに、自分の本質が故の悲しい宿命に逆らえず、それを実直に文章にしちゃえるのが太宰らしいと思った。本作品では宿命を割り切っている感じがした。一方、他の作品では、やはり割り切ることができないか、宿命の終着点が死へと向かっている感じがする。それが故に後者は悲壮感や苦しみが一層強く感ぜられるような気がした。 太宰という魅力的な人間には、能力的にもその他の面においても足元にも及ばないけれど、自らの価値観に基づいて誠実で、繊細で、人が良く、それが故に苦しんで、また、自己否定から抜け出すことができない彼には、根元的な部分で共感してしまう部分が多い…。だからこそ彼の作品は慰めになるし、普段抱えているジレンマを言葉にしてもらえたりする。ただ私は私の宿命を、先入観や過去で決めずに、静かにフラットな視点から凝視して、救済のベクトルに持っていけれたらいいなと思う。うまく言えないけれど。
0投稿日: 2020.03.23
powered by ブクログ2020.2.25 15 友人から借りて読んだ。ようやく読めた。 津軽に行ってきたのを思い出し、風景が思い起こされてよかった。あの旅はよかった。太宰治のこんな文章も面白かった。 酒飲みまくってた。シーンシーンの心の動きとか共感するところが多かった。
0投稿日: 2020.02.26
powered by ブクログ津軽半島や青森の秘湯に一人旅した時のお供。 人間・太宰治に興味があるならオススメしたい。 基本的に紀行文学なのだが、エンディングが秀逸。 太宰のロマンティストな部分にグッときた。
0投稿日: 2020.02.15
powered by ブクログ解説にもあるが、第5節のとある人物との出来事が彼の根幹を表している。太宰の一片を文字通り垣間見れる文章であった。
0投稿日: 2020.02.07
powered by ブクログ2020/2/2 厚さは薄いけど内容はぎっしり。太宰治の生まれ育った街である青森を旅したときの情景とそこであった人々との交流を描いた太宰治のルーツが書かれていると言ってもいい本です。 太宰治は訪れた街についてたくさん書いてありますが、そのどれもが風景をありありと想像することができる表現がなされていることにすごさを感じます。ちょっと皮肉交じりで書かれている表現が、彼がこの地がとても気に入っていて大好きだったんだなぁということを思わせてくれます。 津軽を含め、この一帯を自分も旅してみたくなります。また、最後は、幼少期の自分の乳母と30年ぶりに再会するという結末で話が終わっています。旅をする過程で出てくる人物もかつての津島家で働いていた人だったり、関わりのある人たちばかり。 その思い出をたどる旅でもあったんだなあと思います。訪れた街を少し小馬鹿にしつつしっかりリスペクトを忘れていないあたりの太宰治のツンデレ感が否めません。
3投稿日: 2020.02.02
powered by ブクログ彼の教養の深さ、地元愛、情の大きさには頭が下がる。細やかな神経を持ち、自分を恥じ、相手を思いやる。言い続けたらキリがないほど、太宰治の温かい人間性が分かる作品。彼が今でもなお人に愛されている理由が分かった。 最初は細かく読んでいたが、途中から歴史の引用など少し飛ばしながら読む。言葉が古く難しくて読みづらいところもあるが、なかなか良い小説だと思う。有名で評価も高い「人間失格」より、この「津軽」のほうが断然良かった。最後のほうにとっておいた「たけ」との再会。情景が浮かんでくるようだった。
0投稿日: 2019.11.08
powered by ブクログ声に出して笑いながら涙が出てくる、みたいな話。 一見紀行文のような私小説でありながら、普遍的なものも感じさせる。 人間失格より前に読んでいたら、太宰治のイメージは今よりもっと違ったかもしれない。 読後はなぜかすっきり。
1投稿日: 2019.11.05
powered by ブクログ10/23は津軽弁の日 生まれ育った土地から遠く離れて暮らしていた太宰治の、 津軽への3週間の旅をつづった紀行文。『津軽』。
1投稿日: 2019.10.30
powered by ブクログ太宰治の小説でも『津軽』は読んだことがありませんでした。 「金木は小石川、五所川原は浅草」と説明する彼。 そうなのでしょうか。五所川原はともかく、金木はずいぶん大きく語られている気がしますが。 東京から自分の故郷に里帰りするように津軽半島をめぐった時の様子が語られます。 かつて「ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路はない。あとは海にころげ落ちるばかりだ。」 という一文を知り、竜飛岬へ行こうと思い立ったことがありました。 そこまで人を動かす力を持つ文。 「津軽では、梅、桃、桜、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである。」 とても美しい一文。 遅い津軽の春の訪れは、それほどに華やかで恵まれたものなのですね。 一度見てみたいものです。 津軽を語る文章はとても美しいのですが、津軽の地を訪れた太宰は、現地の知人と会っては、お酒の接待を受け、とにかく飲みまくっています。 そのこともまた包み隠さずに語られています。 そうした里帰り的意味合いの強い津軽半島訪問記は、ずっと音信不通だった著者の乳母と再会したところで終了します。 「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。」 最後の文章が印象的。こんなに力強い言葉を読者に残してくれながら、自ら命を絶った太宰。 その奥深さには、まだまだたどり着けていないようです。
0投稿日: 2019.10.29
powered by ブクログ太宰の故郷、津軽を知った。 その土地に生まれた宿命かあ。故郷の歴史と、その歴史から生まれる人の性格。太宰の根幹の性格は、津軽とたけさんから形成されたのね。 太宰は津軽人の性格を時に卑しんでいるけれど、言葉とは裏腹に故郷を貴ぶ気持ちも見え隠れしていた気がする。
0投稿日: 2019.09.23
powered by ブクログ太宰文学のうちには、旧家に生れた者の暗い宿命がある。古沼のような“家からどうして脱出するか。さらに自分自身からいかにして逃亡するか。しかしこうした運命を凝視し懐かしく回想するような刹那が、一度彼に訪れた。それは昭和19年、津軽風土記の執筆を依頼され3週間にわたって津軽を旅行したときで、こうして生れた本書は、全作品のなかで特異な位置を占める佳品となった。"
0投稿日: 2019.06.18
powered by ブクログ青森の地歴を解説するところは読み飛ばしてしまったが、太宰の飾らない旅風景は何やらジーンときた。ふ、と抱いたことのおる名前のつかない感情を、太宰も感じていたことを知り、安心した。
0投稿日: 2019.06.15
powered by ブクログ前半の津軽でのゆかりのある地と人を尋ねる道中から最後のたけとの出会いの一節で一気に光が見える。この明るさは太宰作品とは思えないくらいの実に幸福な描写だった。
0投稿日: 2019.03.31
powered by ブクログ太宰自身が故郷・津軽地方を巡ってものした随筆。「~しちゃった。」という言文一致の極みのような表現があったり、読者に対する説明が気恥ずかしいほどに痛々しかったり。著者の小説ではあまり出てこない朗らかな一面が感じられる。と共に、自分に対して、また故郷についての自虐的な描写があり、このあたりは太宰だな~と思う。この紀行は、育ての親とも言える乳母・たけとの再会が最大の目的であり、そのクライマックスを最後に取っておく著者の気持ちがよく分かる。昭和19年という戦時中に、青森の地では酒食に事欠かない豊かさが興味深い。
0投稿日: 2019.03.06
powered by ブクログ太宰治が戦時中の津軽を歩く本です。 内容は津軽についてが半分、太宰治自身についてが半分といったところでしょうか。 津軽についての解説は、りんごの歴史が明治からとか、雪に吹かれず往来するためのコモヒの構造とか面白い部分もあるのですが、大半は説明調で引用も多くあまり面白いものではありませんでした。 一方で、太宰治の帰郷記としては、昔の知人に会う楽しさや気恥ずかしさが太宰治らしいひねくれた筆致で描かれており、これはなかなか面白いところがありました。 太宰治のファンや青森にいく予定のあるかたは、手にとってもいいのかもと思います。
0投稿日: 2019.02.05
powered by ブクログ青森の縄文遺跡を見に行ったので、いにしえの文学少女としては金木の斜陽館も訪ねるわけです。 その前に当然、「津軽」を引っ張り出して、もう一度読みました。 「津軽」はいい。ほんとにしみじみいい。読むたび、その年齢なりの感慨にひたれます。 斜陽館もよかったけど、行きの津軽鉄道のアテンダントさんが勧めてくださった「太宰治疎開の家」がすばらしかったです。離れを移築したもので、ガイドさんの説明がまた良くて、話を聞いてるうちに太宰治の体温が感じられて、涙がでてきました。行って良かったです。 『「私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」』 一番感動的な、女中たけとの再会シーンの、たけの饒舌な語りはフィクションらしい。実際は、二人とも寡黙だったようです。でも、虚飾は行われなかった。なぜなら、事実と真実は違うから。だから読者をだましてないんです。 でも、「絶望するな」って言っといて、この3年後に死んじゃうんだもんなあ。
0投稿日: 2018.11.15
powered by ブクログただただ、最後の会いに行くエピソードが読みたいがために最初から読んだ。だからそれ以外に何を書いていたかさっぱり頭に残ってない。読みづらかった…けどやっぱ最後のエピソードは良かったなあ。
0投稿日: 2018.09.04
powered by ブクログ読んでいて楽しい。戦争末期であり日本未曾有の非常事態に、この人はなぜこんな明るい紀行文というか自分探しの感傷旅行が書けるのかしら?不思議な作家です。序文において“愛”の専門家として津軽を旅すると述べていた。太宰がこのように自分を語るのも珍しいし、冗談なのかと思っていたが、確かにこの作品は故郷への“愛”で溢れていました。太宰の人格の負の側面が、戦前の田舎の名家に内包される闇に侵されたという見解もあるかもしれないがこの作品からはほとんど窺い知ることができない。紀行文としてみた場合、食べる事にほとんど執着しない割には食事の場面が魅力的で、酒ばかり飲んでいるのも面白い。最後の一番懐かしい人に会いにいくエピソードもとても良かった。
0投稿日: 2018.07.24
powered by ブクログ地方の片田舎の町でも人情と活気があり、どんな地域にも独特の個性のあった昔の日本へ行って、色々な土地を時間をかけて旅してみたい。時代が変わりもはや叶わないことだけれども、著者の人間味もありコミカルでもある筆致がそういう思いを自分の中に呼び覚ました模様。紀行文はもともと好きだが、本作も期待通りだった。
0投稿日: 2018.07.14
powered by ブクログ太宰治 「 津軽 」自伝的な紀行文。死と虚構の中にいる 作家 太宰治から 津軽人の津島修治 に戻り 人間の幸福を取り戻ていく姿を描いているように感じる 著者が 虚飾を行わず 伝えたかったのは *津軽の生きている雰囲気=津軽人の心の触れ合い *津軽、育ての母、家族に対する自分の気持ち 最後の文 「さらば読者よ〜絶望するな」は 読者への遺書なのか? 昭和19年だから 戦争と関係あるのか?
0投稿日: 2018.05.17
powered by ブクログ晴子三部作が津軽・木造の筒木坂という地で描かれたのに触発されて、久しぶりに太宰治を再読。 生まれ故郷である津軽の各地を巡りながら、さまざまな善良なる人たちと行き会い、最後に乳母であった越野タケさんと再開するストーリーを小説と呼んでいいのかためらいますが、戦時下に別天地のような生活が営まれていた津軽は、まさに小説のような地であったと、地元民は誇りに思います。
1投稿日: 2018.04.17
powered by ブクログ作者自身が故郷の津軽へ里帰り中の紀行文。生まれた家柄にコンプレックスを抱えたまま生涯を閉じる彼だが、この作品を書き上げるに辺り津軽の歴史や気質を調べ新たな発見をしたのか土地、すなわち津軽人としての誇りを持ったようである。作者の人格的な部分が見られる作品。
0投稿日: 2017.11.07
powered by ブクログ長いこと読みたい、読まなければ、と思い続けていた『津軽』を遂に読了。 「汝を愛し、汝を憎む。」 故郷に贈る言葉としてのこのフレーズが印象的であり、長年私が故郷に感じていた気持ちにぴったりと当て嵌るラベルを見付けたような心持ちだった。 同じ東北人として、とでも言ったら良いのだろうか。故郷への言いようのない愛憎が形にされている文章に共感してばかりだった。 旅に出たくなる小説であり、故郷を訪ねたくもなる小説だった。また近いうちに、自分の故郷と、そして太宰の故郷を訪ねたい。
1投稿日: 2017.09.09
powered by ブクログ本棚整理のため、11年ぶりに再読。評価変更☆4→3 津軽(生家と知人)紀行。生家がでてきてクライマックスで”たけ”に会うシーンを中心に太宰にしては爽やかな印象を与える作品。
0投稿日: 2017.08.28
powered by ブクログ津軽の地理、文化、歴史、人全てが愛おしく感じられる描かれ方で、太宰らしく無いくせにとても太宰らしい作品。
0投稿日: 2016.11.26
powered by ブクログ太宰のお国自慢紀行記。隣県に住んでいるし深浦や鰺ヶ沢にも数回行ったことがあるので、まあそんな感じかなという感想。巻末に書かれた初期短編「思ひ出」の女中たけさんとの再会のところがいい。この作品、この部分だけまた読み返したくなった。
0投稿日: 2016.07.08
powered by ブクログこんなのずるい。惚れちゃう。影を背負った作家太宰ではなくて、津島修司としての、人を楽しませるのが大好きで、人好きのする男の姿がここにはある。鯛の姿焼きを眺めて贅沢な気持ちになりたかったのに切られてこれじゃただの焼き魚だ、って拗ねる30代とか可愛すぎか。 今まで読んだどの太宰作品とも違って、すごく新鮮で、彼の文豪としての力を思い知った。 「どうして旅に出るの?」で始まる冒頭。卵味噌で終わる津軽人の怒涛の接待。そして、なんとも美しい岩木山の描写。 素晴らしいの一言に尽きる。
9投稿日: 2016.06.22
powered by ブクログ太宰作品としては異色の作品ですね。津軽人としての郷土愛や誇りのある、素直な一面を覗かせる紀行文風小説です。蝦夷に三種あり、近きを熟蝦夷、次にあら蝦夷、遠きを都加留(つがる)という。津軽北端の景色は、風景ではない。竜飛は点景人物の存在さえ許さない。荒涼とした海、吹き荒ぶ風が目に浮かびました。本書を読もうとする方は、太宰らしくないと途中で止めないこと。ラストがいい、とてもいい気持ちになります。
0投稿日: 2016.06.13
powered by ブクログ薄い本だがじっくり味わいながら読んだ。昭和19年、津軽風土記の執筆を依頼された太宰が故郷の津軽を3週間に渡って旅をしたという太宰の著書でも異色の旅行記。これがとても心に沁みる。太宰が安定していた時代を感じることができる。紫に変色した国民服を着て旅に出た太宰に笑った。作中はのびやかなユーモアに満ちており、戦時中でありながらふしぎな安らぎさえ漂っている。旧友との酒盛りで珍道中を繰り広げ、クライマックスの乳母だった「たけ」との再会では泣かされた。太宰がこの本から数年後に入水してしまうなんてあまりにも悲しい。
0投稿日: 2016.05.21
powered by ブクログ風土記の執筆を依頼された太宰が津軽を旅行して書いた作品です。 津軽の歴史などについても少し書かれていますが、やはり津軽にいる人たちと出会って会話しているところが一番読んでいて楽しかったです。思い出がある場所や懐かしい人と一緒に行く場所は、良く見えるんだろうなと思いました。 私は津軽と全く関わりがないのですが、太宰と関わりのある場所と考えたら、訪れたとき胸が躍りそうです。
0投稿日: 2016.03.17
powered by ブクログ太宰の作品は『斜陽』しか読んだことがなくその時の印象、また一般的なイメージにより太宰文学は暗く重いという考えを持っていました。しかし、今回この『津軽』を読んで彼の新たな一面をみた気がします。最後、たけの言葉ひとつひとつに強い愛情がこもっているのが感じられ、思わず泣きそうになってしまいました。
0投稿日: 2015.08.30
powered by ブクログ太宰治が自身の生まれの地に帰省した時の出来事を綴った自伝的小説。 青森旅行を前に、青森繋がりで読んでおこうと思い手に取りました。 冒頭でのしっとりとした津軽への到着を経ると旧友との再会へ。友人たちとお酒を嗜むシーンは無礼講なやりとりや文学界への風刺の効いたセリフに笑いを堪えるのに必死。ラストでのたけとの再会に向けて少しづつ距離を詰める展開は胸が高まると同時にぐっとくるものがあります。 以前『津軽 抄』は読んだものの、全編を通して読むと更に様々な表情を見せられ、爽やかな読後でますます好きな作品となりました。 「元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」 印象的なセリフで締められた本作の4年後に太宰が入水自殺を完遂させていると思うと、切なさも過ります。
9投稿日: 2015.08.23
powered by ブクログ太宰の作品を読んだのは、高校生の時に『羅生門』を読んで以来である。『人間失格』を始めとして僕の中では「負」のイメージが強かった太宰であるが、この作品で彼の印象は変わった。自分の故郷である津軽を訪れ、過去の思い出に浸ったり、久しぶりに大切な人にあったりする中で、彼の持つ温かい「愛」を感じた。数年前、僕が一人で津軽を旅し竜飛岬に経った時には、かつて太宰もこの風景を見たのかとなんとなく思いを馳せてみた。どんな人にも心の何処かに温かいところがあるのだと、安心させられた作品であった。
0投稿日: 2015.07.17
powered by ブクログラストシーンが好き。希望を抱くからこそ、絶望の闇も鮮明になるのだ。ユーモアを言わなければならないのはさみしいからなのだ。太宰はめんどくさいからこそ愛おしい。
6投稿日: 2015.06.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
太宰は晩年(短編集のことではない)に向かうにつれ、「泣かせる系」が多くなってくる。その中でも、代表的なのがこの『津軽』だろう。 主人公は久しぶりの帰郷によって「過去の再認識」を繰り返し、最後に乳母との再会を果たすことで、「救い」というカタルシスを得る。 この時期、著者のテーマでもあったであろう「新しいアイデンティティの確立」を想起させる小説だ。もし、それすらも著者一流の「演出」だったとしたら、彼を越える「私小説家」は他にいない。
0投稿日: 2015.05.10
powered by ブクログ中学の修学旅行の直後だから34年ぶりの再読。旧装丁のが未だ実家に在るはず。旧城下町なのに県庁を青森にとられて弘前は情けないだの、序編からグダグダしている。本編に入って、30代後半で死んだ作家の名前を列記して"俺もそろそろ…"って言い置いて旅に出て、最後は"元気でいこう。絶望するな。では、失敬。"で終わるこの文章を、中学生の自分はどう読んでいたのか。ホタテ貝のカヤキが美味そうで、丁度この太宰と同じ年で青森を一人旅したとき、ホタテばかり食べた。自分の事を書くと途端に女々しいが、客観的描写は流石に大作家だね。
0投稿日: 2015.05.08
powered by ブクログ実に、愉快に読んだ。「さらば読者よ、命あらばまた他日。 元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」で終わっている。それなのに、入水自殺。本編冒頭は、「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村磯多三十七」。「たけ」に会えたのは神様の計らいだ。きっと。
0投稿日: 2015.04.28
