
総合評価
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powered by ブクログ翻訳はうまい なかなか難儀な作品だ。 前半は文学協会の編集長が、謎の外国人(=悪魔)の予言どほりに路面電車に引かれて死んでしまふ。そんなドタバタで始まる。 そこが魅力的に映るかどうかは人しだいだ。私はかういったサスペンス調が平坦に感じられて、近代文学としてはかなり退屈な方だった。 要するに、この小説は通俗仕立てで、悪魔はモスクワにあらはれるし、魔法は使ふし、巨匠とマルガリータの大恋愛も街角でばったり出会った一目ぼれといふ、ラヴロマンスもびっくりの粗雑さだから、そこが問題だ。 宗教小説の側面もある。あひまあひまに、ナザレのイエスの挿話がさしはさまれるが、ただの小道具で、結局は第1部はパニック小説としての側面しかない。奇想といひつつ、予想できてしまふ。
0投稿日: 2025.11.05
powered by ブクログミハイル•ブルガーコフ著、石井信介訳『巨匠とマルガリータ(新潮文庫 ; フ-61-2)』(新潮社) 2025.10発行 2025.10.30読了 ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』は、幻想文学としての魅力、政治的風刺としての鋭さ、宗教的問いかけとしての深さを併せ持つ、まさに20世紀ロシア文学の傑作である。その中でも、私が最も心を揺さぶられたのは、巨匠とマルガリータの恋の物語だった。 彼らの愛は、体制の抑圧や現実の苦しみを超えて、幻想の中で輝き続ける。これは、ただの恋愛ではない。魂の救済であり、創造の再生であり、自由への祈りでもある。 巨匠は、イエス・キリストとポンティウス・ピラトを描いた小説を執筆したことで、ソビエト体制から迫害を受け、精神的にも社会的にも崩壊してしまう。彼は名前を捨て、作品を焼き、孤独の中で生きることを選ぶ。一方、マルガリータは、そんな彼を愛し続け、彼を救うために自ら悪魔の力を借りて魔女となる。彼女の行動は、愛のための犠牲であり、信念のための飛翔である。 マルガリータの飛行シーンは、幻想的でありながら、彼女の内面の解放を象徴している。彼女は社会の規範や道徳を超えて、愛する人のために空を舞う。その姿は、抑圧された現実からの脱出であり、愛がもたらす自由の象徴でもある。彼女が悪魔の舞踏会に参加する場面も、単なる奇想天外な描写ではなく、愛の力がいかに現実を変えるかを示す寓話のように感じられた。 この物語において、恋は単なる感情ではなく、世界を変える力として描かれている。巨匠がマルガリータの愛によって再び創造の力を取り戻し、彼女の献身によって魂の救済を得る過程は、読む者に深い感動を与える。彼らの愛は、体制の暴力や社会の冷笑を超えて、幻想の中で真実として輝く。 ブルガーコフは、この恋を通じて、創造と信念の尊さを描いている。巨匠が「原稿は燃えない」と語る場面は、創造の力がいかに不滅であるかを示す象徴的な言葉であり、マルガリータの愛がその力を再び呼び起こす。彼らの恋は、文学と信仰、幻想と現実の境界を越えて、読者の心に深く刻まれる。 また、彼らの恋は、イエスとピラトの物語とも呼応している。ピラトが2000年の苦悩の末に赦されるように、巨匠とマルガリータもまた、愛によって救済される。この構造は、宗教的な救済の物語と、個人的な愛の物語が重なり合うことで、作品に深い哲学的な厚みを与えている。 私はこの物語が、愛の力を信じることの大切さを教えてくれたと感じた。現実がどれほど冷酷であっても、創造と愛があれば、人は再び立ち上がることができる。巨匠とマルガリータの恋は、幻想の中で描かれながらも、私たちの現実に希望を灯す光となる。 『巨匠とマルガリータ』は、読むたびに新しい発見がある作品だ。そしてその中心には、愛がある。幻想を超え、時空を超え、体制を超えて、ただ一人を想う心。その純粋さこそが、ブルガーコフが私たちに託した真実なのだと思う。 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I034309361
0投稿日: 2025.10.30
