
総合評価
(1445件)| 336 | ||
| 526 | ||
| 371 | ||
| 73 | ||
| 11 |
powered by ブクログ働くことに対して無意識のうちに、いろんな〇〇であるべき、という感覚が自分を縛り付けているのかもしれないなーと再認識させてくれた一冊。たとえば、働く=自己実現、成長、好きなこと、などなど。だから働くと気持ちに余裕がなくなってしまい、本来なら、ただ楽しめるはずの読書に、時間を費やすことができなくなる。全身全霊で働くことを美化せず、半身でいい。人生一度きりだ、楽しむことを優先!もっと肩の力を抜こうと思った。
6投稿日: 2025.01.02
powered by ブクログ前半は読書史が書かれていて、思ってたのと違うな〜と思っていたが、途中で辞めなくてよかった…! 「思っていたのと違う」と読書をやめることは、後半で語られていた「ノイズのある情報」を削いでしまうことなのかも。 私はまだ社会人ではないが、現代社会で生きていくヒントが書かれていたと思った。
2投稿日: 2025.01.02
powered by ブクログオーディブルで読了。 タイトルの問いには私自身も心当たりがあった。 忙しくて本を読む時間がないな〜と思いながらiPhoneのスクリーンタイムの機能を使ってみるとSNSやYouTubeに多くの時間を使っていた。 前半部分は日本の読書史と労働史についての内容。内容自体は興味深いものであったがタイトルの答えが提示されないため再生速度を上げていた。後半でファスト教養や読書にはノイズが含まれるとの筆者の考えに触れるにつれて私の心の中にタイトルにある問いの答えがあると気付かされた。 戦前戦後の労働と読書との関係から現代人のSNS、スマホゲーム、ひろゆきに至るまでいかに労働者が労働に時間を奪われながら教養を求められるまでの過程が面白かった。
0投稿日: 2024.12.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
面白かったです。 本と仕事の本です。 本は「労働」と深く関わり合ってきた歴史があること,興味深いです。 中学生ぐらいの時に初めてすごく面白い!と思った本も本書でも登場する自己啓発書でした。それ以来生きるヒントを教えてくれるものが私にとっての本でした。 SNSで話題だったことからずっと読みたいと思っていた本書を年の瀬に(仕事がひと段落し,読む余裕ができたため)読むことができました。 本好きにとってすごく楽しめる本でした!
3投稿日: 2024.12.31
powered by ブクログ○きっかけ 自分の思うように本が読めなてないという悩みがあった。まさにそこにアジャストさせてきたと思わされるタイトルに惹かれて手に取った。 ○読書史✖️労働史 明治時代から現代まで、その時代の労働について学べ、さらにその時代の読書がどうだったか学べて面白かった。 たくさんの文献をもとに評論されており、深さがあり、読み応えがあった。 ○全身全霊を辞めて半身でいること 「働いていても本が読める社会になってほしい」という著者の熱意が伝わってきた。著者も本が好きなのに働いていると本が読めなかった経緯がある。 著者が提案している働くことに対して全身全霊を辞めて半身であること、もう一つの半身で読書を通じてさまざまな文脈に触れること、を心掛けていきたい。 2024年は仕事にほぼ費やしてしまったが、この本のおかげで働くことへの新たな考え方、心構えができて、2025年いいスタートを切れそう。 自分と同じように読書したいのに忙しくてできていない人、労働に対して疑問を抱いている人や疲れている人にぜひ読んでもらいたい。
5投稿日: 2024.12.30
powered by ブクログタイトル通り「なぜ」両立できないかを考察している読み応えある本 労働を中心とする社会環境の変化と書籍のトレンドを絡めて各時代を考察しながら、今の時代は全身全霊ではなく「半身」で働き、空いた「半身」を読書に充てられる余裕を持とうと謳っている本でした。 普段は情報収集のためのザッピング読書が中心で、今回も仕事と読書両立のハウツー本を想定して手に取りましたが、予想外に論文のような読み応えある本で、のめり込んで読んでしまいました。本の中で紹介されている小説や考察本も読んでみたいです。 ちなみに、あとがきにて筆者がかつては人材業界(ググったところ激務で有名なR社)に在籍と知り、説得力が増しました。
1投稿日: 2024.12.30
powered by ブクログ著者は、読書をノイズとして称してる。 また、読書を歴史から遡り、どのような階級の人が読書をしていたか説明してる。 その中で現代はネットというノイズなき情報のみを共有してるところもあり、著者はノイズも必要と説く。 またいまの働き方にも疑問を抱いており 全身全霊というより半身くらいの方がいいと説く。 結局、余裕ある動き方の方が継続しやすく ノイズある情報の方が多面的に情報取得しやすいらしい。
0投稿日: 2024.12.30
powered by ブクログ書店にて、タイトルから興味を持ち購入。読書の歴史を明治初期?あたりから遡って解説している。いつの時代から読書が始まり、時代背景とともに読書にどう変化があったのかを知ることができる。筆者の読書愛がかなり感じられる内容になっている。平成生まれの自分にとって、前半は退屈な内容だったが、昭和あたりから興味を持ち、すぐに読了することができた。 過去は読書がステータスであり、本がインテリアの一種となっていたのは興味深かった。上流階級と一般階級の埋めるための手段として、情報を蓄えていくのは現代社会でもうなづける。 なぜスマホは見れるのに、本は読めないのか。それはスマホで自分が興味のある情報のみを取得できる社会になっているからだと思う。便利な側面もあるが、読書による自分から遠く離れた文脈を知ることも大事だと思う。それが人の深みに繋がるとおもう。自分も読書ができなくなっていると感じるなかで、なんとか読書時間を確保したいという気持ちがある。 以下の文は、書籍の中の文脈であるが、大事な考えだと感じたのでメモ。 ●本を読む事は、自分から遠く離れた他者の文脈を知ることである。しかし、それは遠く離れているとは言え、自分と完全に切り離されているわけではない。いつか自分につながってくる文脈なのかもしれない。 ● 本を読む事は、どこかであなたにつながるかもしれない。文脈を知ること。今は、働くことにつながらないように見えても。 ●この社会の働き方を、全身ではなくはな「半身」に変えることができたら、どうだろうか。半身で「仕事の文脈」を持ち、もう半身は「別の文脈」を取り入れる余裕ができるはずだ。別の文脈とは仕事だけでなく、育児や介護、勉強、プライベートなのかもしれない。
1投稿日: 2024.12.29
powered by ブクログ私の読書は情報を得るためよりは面白がる目的のことが多い。学生のころは確かに「役立つもの」を欲していたかも知れない。この本は読書論というよりは精読ができないようなライフスタイル、そう生きざるを得ない社会や労働環境ってどうなの?という提議だ。「これ一冊で全部わかる」「教養のための」「世界一わかりやすい」こんな冠のつくタイトルの本が増えたのも関係がある。読書ができないのはスマホの普及だけじゃないということだ。日本人の読書スタイルの歴史の部分はとてもおもしろかった。
2投稿日: 2024.12.29
powered by ブクログわが国の近代の労働史と読書史。仕事で忙しくてもスマホは見れるけど読書はできない理由を前者は情報を得る作業、後者は知識を得る営みであることで説明している。「働きながら本を読める社会」のために「半身社会」(何ごとにも全身全霊ではかからない)を提唱。
1投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログタイトルから軽めの内容を想像していましたが、労働史と読書の関係から深掘りされていき、読書よりも労働のあり方を考えさせられるものでした。読書の視点から時代の流れをこう捉えられるのかと興味深かったです。面白かった!
3投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログ読みやすい文章で、読み応えのある内容でした。 読書と労働を軸にして、明治時代から2010年代までの日本社会を論じています。「昔はこうだったのか」という内容から、現代に近づくにつれて「確かにこの通り!こういう背景があったのか」と、発見と納得の連続でした。ユーモアを交えて書いてくれているので、おもしろく読むことができました。 最終章では、仕事と読書を両立できる社会のための提言がありました。難しいことではありますが、皆で考えていかないといけないことだなあ…と思わされました。全体を通して引用や参考文献が豊富で、筆者の主張にも説得力がありました。 本を読むということへの愛を感じる一冊でした。本を読むのが好きであろうブクログの利用者なら、刺さるものがあるのでは。
1投稿日: 2024.12.27
powered by ブクログイメージと違った。 そういう人多いのではないだろうか。 ほとんどが近代のサラリーマン労働の歴史。 まあでも、こう書くしかないかぁと言う気もする。
2投稿日: 2024.12.27
powered by ブクログまさか新書を読んで泣きそうになるとは思わなかった。 私が普段から薄々感じていた違和感を言語化してくれていた。 なんでこんなお仕事にのめり込まなきゃいけないんだろう? お仕事を一生懸命することが正義なのかな? お仕事ができない私(現在フリーランスを目指すフリーター)は社会不適合者なのか? 誰もが何事にも「半身」で取り組む。 そんな社会の実現のために私もできることを少しずつ実行していきたい。
3投稿日: 2024.12.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書というフィルターから、働き方や社会構造の変化などを分析している本だった。 全身全霊ではなく、「半身」で関わっていくという、最後のメッセージが印象に残る。 どんなに、やりがいがある事だとしても、それに全身全霊をかけてしまうと、どこかで糸が切れてしまうのかなと思う。 半身で取り組める事が多いと、何かが辛い時も安心できるし、リフレッシュになる場合もある。 仕事が大変な時、普段の暮らしに助けられ、 家が大変な時、仕事に行く事が助けになる時があった。 働くと暮らす 本業と副業 家事と趣味 家と外 みたいに、半身で色々手を出していこう! 本も偏らずに、興味のない分野にも意識して手を出そう!
2投稿日: 2024.12.23
powered by ブクログ本が読めなかったから、会社をやめた著者。なぜ働いていると本が読めなくなるのか。 明治時代からの読書の歴史を紐解きながら、パズドラをする時間はあるのに、読書する時間がないという現代社会の状況を考えていく。 人は何のために働くのか。著者のいう通り、仕事は全身全霊でやるものではない。半身で働き、余暇を自由に使える世の中が本来ではないのかと感じた。
5投稿日: 2024.12.22
powered by ブクログ本を読めなくなる 働いていると、仮に時間があってもスマホを見てしまって本が読めなくなる 自己啓発本は西国立志編という、イギリスのベストセラーself helpの翻訳本で300人以上の成功談がひたすら書かれてい本が原点。家庭を顧みない男性的マッチョイズムが書かれており、男性たちの立身出世のための読書の源流 しかしエリートは自己啓発本を読まない。これしか目に入る本がない層との格差が現れる サラリーマンという言葉が普及したのは大正後半だが、既に長時間労働、低賃金、解雇に怯える辛いサラリーマン像だった。、 労働者階級でも新聞や講談雑誌が読まれてきたことで彼らの修養と差異化をしたいエリート、サラリーマンが読むようになったのが文藝春秋であり、中央公論でありこれが自己研鑽、見栄としての教養となっていった。 教養は常に仕事のための自己啓発である修養との距離を変え続けている。 いつの時代も教養を身につけるサラリーマンは少ないのかもしれない 円本という全集がインテリアとして教養アピールにピッタリで爆発的に売れた。 これだけ読んでおけばオッケー 昭和初期、雑誌の中に小説が載るようになり、自然に読まれるようになった。ヒットした雑誌小説が単行本になり、読書がエリート層から大衆化した。 最も日本人が働いていたのは1960年、厚労省の勤労統計調査では、平均年間総実労働時間は2426時間、2020年は1685時間なので1.5倍、高度経済成長のこの時期は時間のない、余暇も会社の人と過ごすことが多いサラリーマンに合わせて大衆向けの本が増えた。サラリーマンを題材にした本など 70年代テレビが普及し、休息の象徴が小説ではなくテレビに移った。 文庫創刊ラッシュ、通勤電車で文庫本を読む風景はこのころ強く根付いた 高度成長に翳りが見えて、社会不安が燻り、オイルショックもありという中で、人あまりから評価制度も導入され、より自己啓発が求められる中で60年代のひたすら成長していた時代へのノスタルジーからヒットしたのが坂の上の雲や龍馬が行く 80年代、大卒サラリーマンのエリート意識は薄れ、出世のための処世術が教養よりも求められ、コミュ力を求め雑誌が売れた。 文学も急速に自分の物語が増える 79年をピークに書籍購入金額は減少始め読書離れが進んだ それでも人口増加によって80年代はミリオンセラーが登場していた。 学問への欲求を大学で満たせなかった人の学ぶ場は80年台のカルチャーセンター、現代のオンラインサロンと自主大学としてあるが、それをエリート層が軽蔑する構造は繰り返されている。 90年台の自己啓発は内面のあり方を授けるところから、読んだ後何をすべきか取るべき行動を明示するようになる。 バブルが崩壊し採用数が絞られ、自己分析が流行り、キャリアは自己責任という価値観が広がっていった。 自己啓発書は、90年代移行本が売れなくなっていく中で相反して売れるようになっている。 社会と切り離しコントローラブルな自己変革を促す内容、つまり社会をノイズとして除去することを意味する 不安定な雇用、社会に適合するためには適合に必要のないノイズを除去していくことは相性が良い。文芸人文の読書はまさにノイズを提示するもの 2000年代のやりたいことを仕事にしようという風潮、労働を通じた自己実現を目指すべしという風潮 インターネットは求めている情報だけをノイズが除去された状態で読むことができる。 インターネット的情報が転覆性を帯びるように感じられるのは、社会的階級を無効化して勝者になるべく求めていたものがあるからではないか 10年代、働き方改革、市場価値、自己責任論、行動量が求められる 働いていても本が読める社会とは、働く以外のノイズが聴こえる社会 長時間労働の要因は一人当たりの固定費が重い中で残業時間を調整しろとして使ってきた雇用慣行に起因するが、昨今はもっと頑張れると考えて本が読めないくらい全身全霊に働こうとする自分自身が大きく、会社が強制しているからではなくなっている。 全身全霊を辞めて半身社会を目指しませんか。
1投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログ仕事が自分の全てだと思って心を壊しかけたこともある。自分が今もどれだけ余裕のない人生を送っているか、突き刺さる本でした。昔のように読書を楽しめるようになりたい。半身社会、実現はむずかしいかもしれないけど、そういう考え方にしたいと思うだけで心が楽になる。 歴史パートの最初のほうは読みづらかったが、たいへん勉強になった。
2投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
仕事と家庭の両立に悩んでいる人にもオススメしたい本……! 育児も頑張りたいけど、キャリアも築かないといけない、でも上手くいかない。結果、どちらも中途半端にしてしまって自己嫌悪になっていた私にはすごく刺さった。 全身で仕事にコミットメントしようとするから、出来なかったときに、私自身の居場所がなくなってしまったかのような不安感や焦りが生じる。でもそれって、別に誰にも強制されているわけではない。強制されていないはずなのに、自分で自分を搾取しようとしている……!仕事で自己実現をするべきという社会が作り出した価値観に私たちは影響されているんだって気づけた……。 読書の歴史からも、社会が個人に求めた価値観が、当時よく読まれた本と関係していることがわかった。ただ現代は、仕事がアイデンティティになる社会である。すると、自分と関係のないものはノイズと捉え、視野が狭くなっている。だから、窮屈だし、孤独と感じてしまう。 そこで半身で働くことを三宅さんは推奨し、余暇も大事であることを説いている。その余暇のなかでも、読書をして、遠い他者の文脈に触れることが、さまざまな場所に自分の居場所を作りだし、それはときに自分の心の安全基地にもなる……。そうだよね、うんうんそうだよ…!!子育てと仕事を天秤にかけて悩んでいたけど、三宅さんの本を読んで、心が救われた‥…。
1投稿日: 2024.12.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最初は歴史とか色々ノイズがあって、読むのに苦労したが、最後の方は共感しかなかった。半身で仕事する。今後そうして行くべきだと思う。どっぷり浸かってると、その分他のことに手が回らない。美化されがちだが、バーンアウトにもつながる。(経験あるし。) そういう立場だからこそ共感もあったのかなと思う、、
1投稿日: 2024.12.18
powered by ブクログ花束を取り上げながら明治時代くらいから日本人と読書の関係を分析 全身全霊にならずに 半身 のスタイルで仕事や家事に取り組むのが本と向き合えると説く
0投稿日: 2024.12.18
powered by ブクログスマホから情報を得ることと本から情報を得ることの違いは何か。 インターネットやSNSでは自分の「興味」にとことんフォーカスされる仕組みであるために、興味や価値観、思考が偏り、そのことに気付けない恐れがある。 本であれば、何を手に取るかによってある程度幅は狭められるが、それでも一定の視野角は保たれる。スマホのようにアクセス履歴などからパーソナライズ化されるわけでもなく、全員に等しく同じ情報が与えられる。つまり、偏るという恐れがスマホに比べると少ない。読書には偶然性が含まれており、全くもって予期せぬ情報との出会いもある。 得たい情報に寄り道せずに直接たどり着くことができるスピード感や端的性というインターネットならではの長所も活用しつつ、どちらをも併用することで自身を豊かにしたい。
8投稿日: 2024.12.17
powered by ブクログスマホゲームはできるのに、読書はできないのはなぜか。 それは、「ノイズ」の有無の違いだという。読書とはノイズ、自分の文脈よりも遠いものも情報と一緒に受け入れる行動。スマホゲームはゲーム会社が楽しく情報だけを渡してくれる。ノイズが受け取れないのは、仕事で全力を使い過ぎだから。 だから、半身で暮らす社会にしませんかと主張する。すべて仕事、オール家事の方が余程きついと言う。半分は仕事、もう半分は自分や家族のために使う時間。そのために週3勤務を提言。 そんなことができたらみんなハッピーだ。みんなで実現したい!
4投稿日: 2024.12.17
powered by ブクログ最終的にトータルワーク批判(&半身の推奨)をする下りは、梅田望夫「情報の高速道路」にも比肩することになるかもしれない新書ベストセラー発キラーフレーズとして支持したい。 一方で、その結論に辿り着くまでの読書世代論がどうも直結はしていないような気がしてならない。労働社会学的な視点と読書文化論を緊密に接続させることについては、まだ失敗しているのではないだろうか。
0投稿日: 2024.12.15
powered by ブクログ各時代の読書の位置付けの定義から始まり、現代の働き方に言及している そんなに目新しい話は無かった、というのが正直なところだが、ここ10数年のベストセラーに対する批判が所々に出てくるのが面白い。年齢を重ねて気が付いたけど、10年で常識ってほんとに変わるんだな 読書は出来ないのにパズドラは出来る。読書は、何が来るか分からない、ノイズ。疲れてると、なるべくノイズの少なそうな(ある程度予測が出来てしまう)本を選ぶところ、あるなあ
0投稿日: 2024.12.14
powered by ブクログ働きながら本が読める社会、これが理想です。仕事に忙しくて睡眠時間も毎日2時間で働いていた時、この状況がおかしいことにも気がつかなかった。 どんなに忙しくても半身で働いて、残りは仕事以外の読書や勉強や趣味に、もちろん家族の世話に使いたい。そんな忙しい毎日に誰か違う人の生き方に触れられるって改めて贅沢な時間だと思った。働いていても読書ができる社会は私大賛成です。
17投稿日: 2024.12.14
powered by ブクログ一気に読み終えてしまった。 明治から今日までのベストセラーになった本はどんな本か。ベストセラーは時代を写す鏡のようなもので、当時を生きた人々が何を求めてきたかがわかる。 さて、なぜ働いてると本が読めなくなるのか?それは読む前にみんな答えはおそらく分かっている。想像できている。当たり前すぎる。 私だって実際本を読むのが進むのは結局そういう時だ。 でもそれが当たり前になっているのはダメだ、とこの本は言っている。じゃあどうすれば?ということについて著者の考えを提唱してる本。 私も実はこの考えには賛成だし、一部実行してはいる。だからかろうじて読めないという状態ではない。 ただ本が読めない。。。と諦めてる人がいればおすすめしたい本だ。 みんな本を読もうぜ。
0投稿日: 2024.12.12
powered by ブクログ読書はノイズか なるほど タイトルが気になった 精神論か 技術論か 統計結果 説明なのか いずれの予想も 当てはまらず 明治時代以降の読書の形の変遷の説明のようです 教養と修養との比較 これは考えたこともなかった というより 初めて知った言葉と思う 教養も得るために読書があるまあ そうなんだろう けれども これで 現代が成り立ってるんだろうな 徳を修めることはもっと必要なんじゃないかな 最近は思うようになった AI が台頭してきた現在教養=知識は AI が勝る ネット社会の現代において アイデンティティ=自己存在の必然性に読書は必要なんだろうか
1投稿日: 2024.12.12
powered by ブクログ日本人が時代と共に読書をしなくなっていった背景が分かりました。 日本の読書の歴史から分析されているので「思ってたのとちゃう!」って人がいるかも。
4投稿日: 2024.12.12
powered by ブクログもっとビジネス本だと思って手に取ったが、労働史と読書の関わりを丁寧に紐解いてあり、期待以上の腹落ち、納得感を得られた。歴史を学ぶ醍醐味というのは、こういう現代の課題といかに結びつけて考えられるかだと改めて感じた一冊。
1投稿日: 2024.12.11
powered by ブクログ予想を裏切り、おもしろかった。 本のタイトルに惹かれなくて読んでなかったのだけど、話題になっている理由が知りたくて。 惹かれなかったのは、自分の場合と違ったから。私がたくさん本を読むようになったのは働きだしてから。 自分の時間がなくなればなくなるほど、自分の時間を欲してしまう。フルタイム勤務、育児、家事でほぼ一日が終わる。仕事の休憩時間と睡眠を削った時間に読書。うーん、不健全。わかってるんだけど、どうしようもないなぁ。 本書では、三宅香帆さんが、日本の労働と読書史を紐解きながら「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を追究される。 現代において「自分に関係ない知識」はノイズである。読書をノイズだと思ってしまい、余裕がないからノイズを受け入れられない。それが、働いていると本が読めない理由だという。 そして「働いていても本が読める」社会にするのに、全身全霊でなく「半身」で働くことを提案されている。 三宅さんの人柄に好感を持った。 特に「全身全霊で働くことを美化したくない」は刺さった。今、私が仕事に取り組めているのは、夫や両親や子どもが元気でいてくれるからで、学童や保育園が子どもをみてくれているからで、自身が健康な身体であるからで、すべてが運良く揃ってるからなんだなぁって。 働いていても読書ができる社会になったら……読書以外のことも楽しめるようになりたいかな。
62投稿日: 2024.12.09
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか? →仕事に全身全霊をかけている状態(かけなければいけない状態)では、読書は未知の世界が溢れるノイズだから。
0投稿日: 2024.12.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
労働と読書は両立しない?(序章タイトル) そもそも日本人の近代的な読書習慣は、明治以降に始まった。(P31) というところから、どういった層が読書を楽しんでいたのか、読まれる本の内容はどう変わっていったのか、日本における読書の立ち位置の歴史が書かれています。 今までどおり働いていても本が読めるようになるよ!という内容ではありません。 読書の歴史が内容の大半ですね。個人的にこの部分は面白かったです。取り上げられていた映画(花束みたいな恋をした)に関しては未視聴なのでなんとも言えず…。 やっぱり朝から晩まで働いたら脳が疲れちゃって読書は無理だよーってここ数年の体験から感じます。
2投稿日: 2024.12.07
powered by ブクログタイトルからして、私が悩んでいたことだ!と思い即購入。 読書の歴史を詳しく知ることができたが、 結局、働きながら読書を両立させるには、 余裕を持った働き方が必要なのか、、、 いまいちどう両立させたらいいか、わからずでした
2投稿日: 2024.12.06
powered by ブクログ労働と読書や出版の歴史に触れられた老作。とはいえ読みやすい。「半身で働こう」というメッセージ、半分賛同するが、半分は疑問。人生の一時期、がっつり仕事しないと背骨は作られないのよね。それは習い事でもなんでも同じだけど。
2投稿日: 2024.12.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
詰め込み過ぎではないだろうか。でも、私の期待していたこととのミスマッチによる事故かも。下にずらずらと駄文を書き散らしてしまうくらいのエネルギーが本書にはあります。 本書は読書論と現在に至るまでの労働論を述べていくものであるが、それらふたつがまぜこぜになっていって最終的なまとめが、このままの働き方だと鬱になる、ということが残念に思いました。 もっというと、うつ状態の把握だったり脳の疲労を回復させるだったりとか、そういったメンタル系の本を読んでいる人であったらおそらく目新しさは無いと思われます。 そのため、もっとテーマを本を読むことにしぼってもよかったんじゃないかなあ……と思っています。労働が積み重なってきて今に至るというのはもっとコンパクトでもよかったのでは。私が、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」じゃあどうやって読むか、がありそう!と期待してしまったことも、テーマをしぼったほうがいいのでは?という感想に繋がっていると思います。 そして、本書には危うさも感じています。それは234ページで読書とは自分から遠く離れた文脈に触れることであると断言していることです。 ここにくるまで随所で感じていた、自己啓発本を読むのだって読書では?という疑問を234ページでパンと解決してくださったことは、疑問が晴れてすっきりしていいのですが、本当にそれだけが読書でしょうか? 好きなジャンルを読んで楽しむことだって読書ではないか?と思うのです。234ページで定義した読書であると、"読書"というものへの敷居がどんどん高くなってしまうのではないかと少し怖く感じました。この読書の定義が通説にならないことを願います。極論、本を読むだけでもう読書よ。 ここで詰め込み過ぎの話にも少し戻りますが、ノイズの話であれば結局これは読書の話だけに留まらなくなってしまうのではないかと感じているのです。 これについては、新しい映画を見るとか、新作のゲームをやるとか、なんでも新しいことをやってみようとするときは本書でいうノイズが入るのでは?と考えています。 最終的に、今の働き方をしていてノイズを取り入れていない人はうつ病予備軍だ!というのであれば納得です。なぜ働いていると本が読めなくなるのか=うつになりかけているのですね。 でも、それでもやっぱり詰め込みすぎだと個人的には思うなあ……。読書史、労働史、メンタル………。うーむと思って☆2つけてるのにこれだけぐだぐだ感想書いてる時点で私も本書を結構楽しみながら読んだのは否定できません^^; なにかいいたくなるエネルギーがこの本にはあります。私がたまたまミスマッチだっただけでしょう。読書したなあ。
4投稿日: 2024.12.04
powered by ブクログ日本人の働いてきた歴史と読書 オーディブルにて あまりこうした考察本は読んだことがなかったけれど、面白かった バーンアウトはしちゃいけないし、させちゃいけないなぁ
0投稿日: 2024.12.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
仕事とプライベートに忙殺されて本が読めないなぁ、と何気なく手に取った。構成としては「労働者たちの価値観の変遷」といった内容が大半を占める(勉強になった)。求めていた解決策のようなものは無かったが、ノイズの除去された知識として情報が台頭し、現代人の読書に割く時間は減った、という主張は納得がいく。 ただ自身の中で読書の存在は、映画やアニメを観るのとほぼ同じ、娯楽として位置付けが強めなので、一般的な雰囲気としてはそうかもなぁって感想で読了。
1投稿日: 2024.12.01
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか おそらくこの本を手に取った方は、本を読みたいのに読めない、楽しめない、その原因は働き方にあると思っている人が多いと想像する。 しかし、この書籍の大部分が明治〜現代までの大人の読書事情の歴史であった。 そして肝心な現在どのように働きつつ読書を楽しむかという点で、具体的な案やエビデンスがほとんどなかったことに落胆した。 最後のあとがき部分に提案はあったが、多くの読者は実践してみたであろうことばかりで内容が薄かった。 とはいえ、明治以降から近代までの読書の立ち位置の歴史というていで見れば勉強になった。 星1にしたかったが、作者が美人だったので2にせざるを得なかった。
3投稿日: 2024.12.01
powered by ブクログ題名から働きながら本を読むための本かと思ってたけどそれとは違って 働くということと読書との関係性の変移からこれからどうしたら良いのかまで論じた本だった 「半身で働く」を意識しながら自分の余暇を大事にしていきたい
0投稿日: 2024.12.01
powered by ブクログ社会人になって6ヶ月経ち、残り40年弱仕事に没頭して生きるのかと考えていたところでこの本を読んだ。学生の時と比べたら、やはり圧倒的に読書量が減った。 全身全霊で働かないことが読書量を増やすと説いているが、今まで全身全霊で働いてきた人たちがいる以上、考え方を変えるのは長い時間がかかりそう。
1投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログうーん。。。私には合わなかった。残念。 話題になっている書籍なのと、三宅香帆さんをYouTubeの動画でお見掛けして素敵な人柄の女性だと感じていたことから、ずっと読みたいと思っており、期待しすぎてしまっていた。 この本を手に取るにあたり、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というタイトルが秀逸だと思った。読書が好きな人であれば、「働いていて(心と体の)余裕がなくて本が読めない」、と感じたことがある人は一定数いると思う。多くの人の共感と関心を得られるタイトルに、読書家としてのセンスを感じた。 この本では、日本人に読書という文化が根付いた時代から現代にいたるまでの社会的背景やベストセラーの傾向等を分析した上で、結論と提言をまとめている。 分析パートは勉強にはなったが、筆者の解釈の仕方が多少乱暴では、と感じる部分がいくつかあった。自己啓発本以外の読書を全て「教養」と一括りにしている点、読書以外の文化的行動についてはほとんど言及されていない点、インターネットから得られるものを「情報」と一括りにして「教養」と距離を置きたがる点、、等。 なぜ自己啓発本とその他の本を差別化して、自己啓発本だけは教養ではなく情報である、みたいな言い方をしているのかも謎だった。 結論部分の、働いていると「仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるから」本が読めなくなる、という主張はその通りだと思うが、この結論を導き出すために前段の長い分析パートは必要だっただろうか…と考えてしまった。 提言では、全身全霊をやめて「半身」で働こうという主張をしているが、どうすれば「半身社会」が実現するのかは、筆者もわからない、と書かれている。 そりゃあ週3勤務で食っていけたら、本でも読むか、という気分にはなるかもしれないが、、全然現実的じゃないし、浅はかではないか。。 肉体的な意味での「全身全霊」と、精神的な意味での「全身全霊」をごっちゃにして解釈してしまっている気もする。 また本書は、働いていて本を読みたくても読めない状況や、楽しみたくても楽しめない状況を問題視しているのか、そもそも本を読むことが余暇や文化的行動の過ごし方として選択されないことを問題視しているのか、筆者の問題意識の焦点がどこにあるのかが、私にはよくわからなかった。 直近10年間でも、日本の長時間労働は大分改善されていると思う。私は10年前にはブラック企業だった建築系の会社に勤めて5年目だが、昔と比べて労働時間は圧倒的に少なくなったと会社の先輩方から伺っている。まだまだ日本の労働環境に課題があることは確かだが、今の人たちが読書しないのは、週5で働いているからというのが本当に全ての原因なのだろうか。
4投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
キャッチーな内容でありながら、しっかりと日本の労働と読書の関係性における歴史を紐解いており、読み応えのある一作。話題になった理由も納得。 早速のネタバレかつタイトルの答えから書いてしまうと、近年は自己実現は仕事でこそ行うべきであり、仕事に忙殺されることが良い、という価値観のもと、読書はノイズを含む非効率な行動として排除されているから。 識字率の上昇ととともに、人々は知的好奇心から貪るように書物を読み漁り、徐々に読書というものは知識階級の崇高な趣味へと変わったかに思われたが、全集ビジネスの登場により一気に民主化した。 それまでは作家が描く文学や各専門家が書く専門書が中心であったが、ビジネス小説や主婦文学の登場でより裾野を拡大していく。 しかし、バブル期を絶頂として、徐々に書籍市場は衰退を続け、近年では情報収集のための旧態依然とした非効率な手段として位置付けられるまでに至っている。 筆者はこの非効率性をノイズと表現して非常に的確な表現だと思ったが、このノイズは普段から読書をする人は知っている知のセレンディピティであり、これがノイズと見なされてしまうのはいささか悲しくもある。 とはいえ、これまで知的エリートであった人間は本を読めることに一種の優越感を持っており、上記で記載した哀愁は、そうした歪んた見方から来ているのかもしれない。 いずれにせよ、本はノイズを含んでおり、本も読めないぐらい忙しい自分が良い、といった価値観はサステナブルではなく、半身であるべき、という筆者の主張に納得できる部分とそうでない部分があるが、全体として非常に考えさせられた名著であった。
1投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログ新自由主義の中では、手が届く自分自身の改革と、それを通じて市場の競争社会で成功することが求められる。だからこそ自己啓発やビジネス書がよく売れる。一方で、情報以外に知識も提供する読書は“ノイズ”として扱われる。なぜならそれは、自分が今求めているものではないから。
0投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログ私も働くようになって読者量が減った自覚があり、気になって読んでみた。 明治時代から現在までの社会と読書環境についての考察は、なるほどに尽きる。 全ては、最終章を読めばわかるが、要は日本の働き方に問題があるようだ。 私は少なからずスマホを見る時間が増えたことが原因なので、無駄な時間を読書に充てていこうと自分への戒めに感じた。
0投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログタイトルのとおり、なぜ働いていると本が読めなくなるのかを考察した本。こんな「そのまんま」なタイトル、今まであってもよかったのではないかと思うが、そのタイトル(考察)がまだ世に出ていなかったことに驚くと同時に、見つけ出した著者のセンスが素晴らしい。 まとめるなら「あんまり仕事しないで読書とかしないと世の中よくならない」みたいな本です。わたし、この結論は子どもをたくさん育てている身からするとちょっと厳しいなと思った。仕事みたいに可変的なもの、インカム的なものは、「しない」ことを決めやすいだろう。でも時間割かれる&ただ金がかかる子育て(もちろん対価として幸せもらえるよ!?)においては、半身?は?と思ってしまう。 つまり、この本は働いていたら本が読めなくなった人が書いた本で、その点でリアリティがあるんだが、子育てしていたら本が読めなくなった人にとっては、どこか「ふーーーん」なのである。 しかし、その一点こそ私には響かなかったけれど、著者はいろいろと歴史を紐解きながら様々な可能性を示していて読んでて何度も興奮しました。ぜひ読んでほしい本です。 烏滸がましいことですが、子育てしていて本が読めない人には、私から以下をお勧めします。 とりあえず紙の本を買って本棚に並べて眺める。読まないでいいから開く。本を知識として愛すのではなくインテリアとして愛す。 子育てもいつかは落ち着くし、日常の中でもふとした瞬間、落ち着く。その時に側に良い本があることが大切だと思ってます。 感想から逸脱してしまったけれど、励みになる本でした。
0投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログ話題になっていたので手に取ったものの、タイトル通り、まさに「働いていると本が読めなくなる」人のひとりであるので、やっと読了しました。 明治時代からの読書と労働者との関わり方、 などをかなり調べられているんだなぁとすごい!と面白く思ったが、 急に「時間外労働」の話になっていたので「はて…?」というきになった。 そうなのかな…うーん。 私の周りに、終電まで残業しまくってる人なんてそんなにいないしな…でも読書量が落ちたという人も多いしね…。
0投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
話題になっていたので購入! タイトルに対する答えとして真っ先に 「SNSが普及したから」「仕事が忙しいから」が浮かんだが、読んでみると「労働と読書の歴史」を深掘りしながら、現代の社会問題にメスを入れる"いわゆる単純なもの"ではなかった。 昔は仕事のツールになり得た読書で得る知識が、今の時代はネットで手に入るだけではなく、ノイズも少ない。ノイズを受け取る余裕が現代人にはない。 「現代人には」というより「長時間労働が当たり前になった時代の人」にはない。 ネットが普及する前の長時間労働者も読書をしていたが、「情報を得るツールがネットか本か」というだけの違いで、本当の目的は見栄だったり、自分の不安を消すためだったり、自己研鑽だったり、そこら辺は現代と変わりはない。 なにより、著者の豊富な読書量が垣間見れる点と、小説の一節などから「時代の背景や人々の考えをそこまで読み解く!?」と驚くほどの洞察力に感嘆した。 最後のどう働くかについては、それこそ余裕を持てる範囲で個々人が働けば良い。それが全身でも半身でも規定はいらないのではないかな。
1投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログ読書の歴史は思っていたより短く、その短い間にも時代でその位置づけが変化していく。読書は娯楽や教養を身につけるツールだと思っていたが、単に情報を得るためのものと考えるのなら、ネットで知りたいことを検索するほうが早いと思うのは理解できる。 本を買うお金があるなら、本を読む時間があるなら、もっと生活が豊かになることに使おうと思う時代になってきたのかもしれない。読書が色んな意味で裕福な人しかできない時代に戻りつつあるとしたら、悲しいですね。
0投稿日: 2024.11.24
powered by ブクログ明治から現代に至る働き方の歴史から、著者の働き方の持論(結論)まで。 一部分自分と重なる部分があり、共感したものの、薄っぺらい感じの結論だったように思えた。
46投稿日: 2024.11.24
powered by ブクログ働くこと、読むこと、生活すること、時代の変化による時間の使い方。 私たちは時代と共に働き方も家庭も生活も時間の使い方も変わってきたことを1冊で手軽に時代を追えて読める良書でした。 社会人になると、本を読む時間は確かに減ります。それは、仕事に赴きが向いているから。 それは私も同意します。そして、働きながら、生活しながら本を読む大切さと、方法を教えてくれています。 私は、スマホ依存が多い時代に、スマホから本へ意識を持っていくだけでも効果はあるんじゃないかなと思います。そこから、本を1ページから読むことを始めれば、自然と本を読む習慣はいつの間にか手に入ると信じています。
4投稿日: 2024.11.23
powered by ブクログ今年はしんどい1年だった。 あるタイミングで仕事に対する考えが変わったのだけど、その考えで仕事している自分を何処かで卑下?していて、なんだか苦しい… 三宅さんの「あとがき」でコレや!となりました。 半身、賛成です!
4投稿日: 2024.11.23
powered by ブクログ本を読もうというきっかけにはなった。 筆者の考えに違和感感じることはあった。 ノイズという考えもよく分かる。 だがノイズはテレビでも入ってくるがなぜ読書はできなくなる? 半身という考え方は半分同意。 高校野球児が恋愛もしないで、日焼け止めもしないことを称揚しないことと言うのは妙に共感。自分がそうだった。それは当時70歳くらいの指導者の教えだった。 時代は変わるから、それに順応し、若い世代には、古い価値観を押し付けないということが1番の学びかもしれない。
1投稿日: 2024.11.22
powered by ブクログ長時間労働を含め社会の仕組みが悪いから本を読めないという著者の持論に強烈な違和感を感じた。 自分自身著者とほぼ同じ労働時間で家事雑事を一人でこなしながら年間70〜80冊程度の読書量は確保してきたし、例えば池上彰さんなんて連載を十数本抱えた上に本は月一冊くらいのペースで出してるし公演やテレビ出演もされてるけど年間100冊以上の本は読んでいる。 池上さんに限らず上場企業の社長などはほとんどプライベートの時間が確保されない環境ながらほぼ例外なく読者好きだし。 著者は京大卒だし処理能力は普通よりあると思うしなんでこんな考えに至ったのだろう、世代や性別の関係かな、と思いつつ読み進めているうちになんとなく感じたのは著者は仕事でも何でも手を抜く事が出来ない性分なんじゃ無いかな。完璧主義者と言うか。 例えば8時間+1〜2時間の残業も全身全霊で取り組んでしまうタイプに感じる。そりゃ一日10時間近く緊張の糸張ってれば本なんか読む気無くなるわな。 自分が社会人になって先輩から受けたアドバイスで記憶に残っているのは「仕事は7分の力でやれ。いつも全力だとピークになると潰れてしまう」。 実際周りでうまくやってる人たちはほとんどこれだったと思う。 もう一度言うけど本が読めないのは社会のせいでは無くて違う次元の問題だと思いますよ、三宅さん。
3投稿日: 2024.11.22
powered by ブクログ帯の「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」に惹かれて手にしたもの。時代背景に沿って労働環境の変化と読書の位置付けの変容が示された後、現在では余裕のなさから未知の知識より知りたい情報を得ることが優先されており、すぐに使わない知識はノイズとされやすく、後回しにされやすいように説かれていた。結論としては、働きながら本を読める社会を作るには余裕がある働き方が必要で、もっとできるという名の、自己に内面化した肯定により、競争心を煽られて自分から戦いに参加して行き疲弊することを止めるべきなのだとしている。なんとなくわかるが、読書って辛いものなのだろうか?知りたいと思うから学ぶし、読書もするのではないか。余裕がないと言いながらスマホばかり見るのは興味が学びに向いていない状態であるだけで、余裕がなくても興味が学びに向けば読書をしてスマホばかりは見ないのではないか。そんなことを考えながら読了。過去のデータを提示しているが、高い数値は流行りであるだけで、すべてではないということを忘れてはいけない。タイトルに対して批判的にいえば、働いてなくても本を読もうと思わなければ読まない。疲れて本が読めないのなら読まなくていい。読めないと悩むこと自体、もっと読めるという強迫観念に囚われているだけのような気がした。読みたいときに読めばいいし、ゆっくりでいい。読もうと思った動機を大切にしていけば自分の興味を知ることができると思った。この本を読んで刺激を受けたのは間違いない。
21投稿日: 2024.11.20
powered by ブクログ科学的な内容だと想像していたが、読書が歴史的にどのような位置付けであったかを論じているような本だった。 具体例を挙げるなどして読書が時代によってどのような役割を担っていたか詳細に分析されているなと感じた。
4投稿日: 2024.11.19
powered by ブクログ休職中初めて『ザトウムシ』の本を読んだ、読めたと言えるか。 インターネット情報というあまりにも魅力的、即物的な強力なライバルが出てきてしまった。文脈や説明、前振りに根拠、反証や補足、耳の痛い言葉が本に出てくる。この部分いるか?と思ってしまう。でもそれがノイズとなり、発見となり知見を広げ欲しいものを強請る我儘な私をそっと諭してくれる。 長時間労働でも自己啓発本が読めていた。ハウツー本も。多分これらはノイズが少なく、偶然性を含まないからこそ読めるのだろう。正直社会人の身で明日話す同僚の会話のタネにもならず、自分が生きる上で役立たない情報など何の意味になるだろうと思う。読めない人々の気持ちが痛いほどわかった。仕事自体がノイズじゃないか。仕事だけすりゃいいはずなのにくだらない人間関係や派閥のしがらみに振り回されて、家に帰ってまたノイズを摂取するというのは残酷な話だろう。リール動画みて頭空っぽにして寝る必要がある。それも必要なことだと思う。 でもやっぱり、本のノイズは仕事のノイズと違うように思える。どちらのノイズも必要だ。本のノイズが、仕事のノイズと共鳴して新しい個性を作ってくれるように思う。だから著書の言う『半身社会』と言うものがすごく魅力的に思えた。半分仕事、半分読書、ノイズ溜め込みまくって新人類になりたい。
2投稿日: 2024.11.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
内容以前にタイトル詐欺だと思う。編集者が考えたろうし、筆者を咎められないものの。 内容は読書文化の歴史なんですが、それとしては新書としては及第点と思いますが、センセーショナルなタイトルで売れて、しかも内容は題名とあまり関係ないのは商売として綺麗ではないので、もやもやします
4投稿日: 2024.11.19
powered by ブクログ明治時代から現在までの「読書」の立ち位置が歴史的に学べて面白い! その時々の時代と本のあり方が現在と変わる所もありますが、私の本に対する考え方とマッチしてる部分もありました。 私はこの本に出会って働き方、働く姿勢を少し見直して本を楽しむ余裕を増やしたいと思いました。
1投稿日: 2024.11.18
powered by ブクログ読書に関する内容は面白かったが、後半は著者の労働論(?)の暴論で一気に冷めた本。 前半はおもしろかった。歴史における読書の立ち位置の解説。読書が広がった理由をその時代の背景とともに解説されており、勉強になることが多かった。 ところが、後半になるに従ってよく分からない働き方の話になっていった。結論、「半身(0.5稼働)で働こう」と…。いや待てと、さすがにそれは暴論だろう。それを言い出したら「仕事辞めてずーっと読書をしよう」と一緒のことを言ってるよね、程度の差ってだけで。それに向けて具体的な提案があるわけでもないから、著者が好き勝手暴論振りかざして終わった感じ。すごく後味悪かったなぁ。 それにしても、著者は前田裕二に恨みでもあるのかな?(笑) 親でも殺されたのかなって勢いでこき下ろすのが気持ち悪かった。
3投稿日: 2024.11.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働きながら頑張って読んだ! この著者は、書評家・文芸評論家の肩書を名乗ってるけど、実態は研究者だと感じた。 以前読んだ『娘が母を殺すには?』も同様、アプローチ法はその時々に流行っている本や漫画・映画やドラマ等の分析なんだけど、そこから社会や世相にアプローチしてると感じる。 大学の研究室にも属してないので、論文や研究のノルマもなく、授業もないので自由に伸び伸びと研究してる感じ。 ところで、この本を読んだあと、私は深刻な「本が読めないターン」に入ってしまった……。 パズドラではないけど、ひたすら無駄にゲームばかりやってしまい、「ああ、今日もやってしまった……」という日々である。
1投稿日: 2024.11.18
powered by ブクログすごく良かった。 働いているとなぜ本が読めなくなるよかを労働と読書史から紐解く。 この本の結論は、余裕がなくなると自分が欲している情報以外(ノイズ)を受け入れられなくなるからということ。 ノイズを受け入れられるくらいの余裕を残して働こうというものだった。 いつも一生懸命頑張らなければならないと思っていた。 一種の脅迫観念のように。 余裕がある生活は少し怠けているように感じてしまって、自分を責めるような気持ちにさえなった。 「休んでいいんだよ」そんな言葉を他人に対して投げかけながらも、自分はそんな気持ちになりきれなかった。 「いつも一生懸命頑張らなければならない」それは真実なのだろうか。 絶対にそうだと思っていた常識だったが、それは文化が、時代が作った概念であって、自分が思い込んでいただけだったのかもしれない。 でも、それは危険だし、その必要はないのだということを心に刻もうと思う。
12投稿日: 2024.11.17
powered by ブクログ話題の読書論×労働論。 戦前から2010年代終わりまでの状況を手際よく整理してある。 最終章p139に、きれいな図式がまとめられている。 明治期は職業が自由化され、その体制の下では読書は立身出世にとってのインセンティブとなった。 大正から昭和戦前期には、都市部を中心にアッパーマス層としてのサラリーマンが登場する。 エリート層に近づくべく、教養を身につけようと読書する。 戦後の高度成長期までは、その裾野が広がっていく。 文庫など書物が手に入りやすくなること、長距離通勤をやりすごすために、などの状況が読書を推進する一方で、娯楽も多様化していく。 オイルショック後、日本型雇用に守られたサラリーマン層は、社内での出世のハウツーを本に求めるようになる。 読者として存在感が増していくのは、かつての教養主義の中で排除されていた女性たち。 購買層が厚かったせいもあり、80年代まではベストセラーも続出する黄金期がやってくる。 が、バブルが崩壊し、新自由主義が台頭してくると、社会の中の読書の位置づけも揺らぐ。 自己責任論の中で、自分を高めていく行動が称揚される一方で、自分ではどうにもならないものは切り捨てられる。 これとインターネットの普及が重なる。 自分に必要なものは「情報」として取り入れられ、それ以外のものは「ノイズ」となる。 本はノイズを含むため、顧みられなくなる――ということだった。 こういう背景の中で、働いているわたしたちは本が読めない。 だから、「半身で働」き、本が読めるような社会にしていこう、というのが筆者の主張。 そうだなあ、と共感するが半分。 ただ、この主張の枠組みなら、本である必要はないのかもな、と思えてしまうのが半分。 「ノイズ」を含むものは、本だけではない。 人らしくあるために必要な何かであればよいのではないかと思う。 インターネットの「情報」のもつ価値転覆性の話も興味深いことではあるが、もはやすでに新たな階層を生んでいるだけとなってしまっているんじゃないか、と思うと何ともしんどい思いがする。 本書を読もうと思ったのは、やはり自分の読書体験とどれだけ重なるのかを確かめたかったことにある。 自分は働くようになってから、本を読むようになった。 21世紀に入ってからのことだ。 その意味では、本書と真っ向から対立する。 最近読めなくなりつつあるが、それは仕事が忙しいというよりも、むしろ読むものが変わってきたことと、年を取って長い時間集中して読めなくなってきたから。 その意味で、自分の経験的な部分と筆者の整理とは整合しない経験をしてきている。 仮説1 今の若者と比べると、それほど過酷な労働状況にない。 →残念ながら、若い人が職場からいなくなったことでいつまでも「最前線」。 仮説2 古い時代の読書観(例えば親世代の教養主義)を引きずっているために、本書の図式とは異なる傾向が出た。 →なきにしもあらずだが、娯楽として本を読んでいるフシもある。 自分の、「私的な読書」が、時代の中でどう位置づけられるのかを考える上で、本書はとてもよい導きの糸となったと思う。 が、一方では、「なぜ自分は働き始めてからの方がむしろ本を読んでいるのか」は、國分巧一郎さんの『暇と退屈の倫理学』を通して考えた方がフィットするような気がしてならない。
1投稿日: 2024.11.17
powered by ブクログ私自身は今現在働いているけど本は読めているので当事者意識はまったくないのだが(と言っても継続的に読むようになったのはつい最近でものすごいにわか読書家なので偉そうに言ってごめんちゃい)、おそらくこの本が言いたいのはそんなことではなく、知識・情報・教養を得るための手段として「本を読む」という手段がとられなくなってきている、ということではないだろうか。 単に各々が必要とする「情報」を得るという意味では、わざわざ読書なんかしなくてもインターネットで検索すればちょちょいのちょいなわけで、しかもそれができる端末を国民のほぼ全員が常に持ち歩いてるんだから、そりゃそうだって感じだ。 でも本当にそれでいいのだろうか。必要な情報、ただそれだけがわかればいいのか。言うなれば答えはわかったけど、そこに至るまでの計算式がわからない、ということにならないか。世の中結果がすべてで過程はどうでもいい、と言われてしまえばそれまでだが、私は計算式に当たるその過程を知ることこそ人間の知識欲を満たす最も重要なものだと思っている。なんだか答えを見ながら問題集を解いているみたいでまったく面白そうじゃない(学生時代に宿題を消化するために同じことをしていた私が言えた立場ではないが)。 本は必ずしも自分が知りたい情報だけが書いているわけではないというのは周知の事実だ。しかし、背景や雑多なものも含めた細かい情報のつながりなどを知ることこそが「本当の教養」なのではないだろうか。 冒頭に書いた通り、私は今のところ本が読めているので、この本の主題となっている「働いていると本が読めない」というところの理由付けにはあまり関心が向かず、「人はなんのために本を読むのか」「過去から現代における大衆が本を読む目的の変遷」といったところに目が行ったのでこんな感じの感想になりました。 そもそも本当に本を読めない、読まない人たちはそのことに問題意識を持っていないだろうからこの本を読まないのでは?と思うのは私だけか?
3投稿日: 2024.11.17
powered by ブクログ前半から展開される各時代背景とよく読まれた本の話,最後の著者の訴え含め面白く、共感したり、自分との違いを感じたりしながら読ませていただきました。 自分の読書遍歴、自分は読書からなにを得ているのか,どんな精神状態の時にどんな本に興味を持つのか など自分自身の趣向を考えるいい機会になりました。 ちなみに読書感想文を書くことが大嫌いだった私を読書好きに変えてくれた一冊は、「脳内革命」でしたwww 皆さんにも,そんな一冊ありませんか?
1投稿日: 2024.11.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本屋入ってすぐに目に入ったので思わず買ってしまった。 読書の歴史から振り返るのは想像と違っていたが、非常に面白かった。 何度も読み返している。 そして、作者の三宅香帆さんにハマったきっかけでもある。 最終的には半身で働こうというメッセージになっていたのも興味深い。
1投稿日: 2024.11.16
powered by ブクログ近頃通勤になったので、働いてるけど本は前より読めているのだ!電車の中ってなんでこんなに読書が進むのだろう。 この話題本、読書の歴史みたいなものが書かれていて、とても興味深かった。 自分から遠く離れた文脈に触れることーーそれが読書なのである。(P234)
1投稿日: 2024.11.15
powered by ブクログサクッと「情報」だけが欲しい人(タイトルのなぜ?の理由やどうしたら働きながらも本が読めるようになるのかetc)には不向きですが、 そんな人にこそ読んでほしい一冊 個人的には子供もいないほぼ専業主婦みたいな立ち位置なので、 「当方、現在何もかも半身どころが1/3身ゆえバリバリに本は読みます…」という感じで読んでましたが、 半身社会、大事だなと思います せっかく色んなことをデジタル化、オートマ化した社会なのに 余暇が全然生まれないのは皮肉だな〜、と その理由の一つが自分で自分を焚き付けて消し炭になるまで 自分を燃やしてしまう社会にある、という視点が面白かったです 社会的に見ると貴様のような身分のやつが何を…と言われそうですが、 あたしの中にも「頑張れば頑張る程、熱中すればする程、善」という 思想は確かにあるな、と認識させられました
5投稿日: 2024.11.15
powered by ブクログ▼本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。 だからこそ本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れること――それが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。自分に関係のあるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから私たちは、働いていると、本が読めない。 仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ。(pp.233-234) この本は、ちょっと気になっていた。めっちゃ売れているらしく、図書館では当分借りられないくらいの予約がついている。で、7月に本屋でムラムラと5冊買ったときに、店頭にあったこの本も買ってみた。帰って、ちょっと読んでみたが、そのときは乗らなかった。暑すぎたせいかもしれない。そして積ん読に。積んでいたのを忘れた頃になって、また開いてみたら、こんどは読めた。 この本の大部分は、働くことと読書や教養がどう絡み合ってきたか、どんな本がどんな層にどんな風に読まれたか――それらが、時代によって変わってきたという歴史的な話である。このあたりは、個人的にけっこう知ってる話だったので、暑すぎる中では乗らなかったのかもしれない。 そういう話を積み重ねたうえで、本を読めるように、全身全霊で働くのはやめませんか、と著者はいう。全身全霊ではなく「半身(はんみ)で働く社会」(p.234)にしようと。 ▼働きながら本を読める社会をつくるために。 半身で働こう。それが可能な社会にしよう。 本書の結論は、ここにある。(p.266) 参考文献のなかに、大学の同期が書いた論文があげられていて、こんな大学紀要の論文も見つけてきて読みはるんやなーと思った。(その同期が、いまどこでどうしているかは全く知らない。) 私が買ったのは第4刷だが、集英社のサイトによると既に10刷になっているようだ。 https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/ (本の目次もここにある) (2024年10月20日 了)
1投稿日: 2024.11.14
powered by ブクログ( オンラインコミュニティ「Book Bar for Leaders」内で紹介 https://www.bizmentor.jp/bookbar )
0投稿日: 2024.11.14
powered by ブクログ明治/大正/戦前/戦後/平成/令和と、それぞれの時代の労働や自己研鑽や教養の捉え方が変化してきたということを読んで、現在の自分の価値観やライフスタイルが社会の在り様にかなり影響されているということを自覚した。自分の価値観は現在の社会の様式に知らず知らずのうちに染まっているのだと、俯瞰して認識できた。とくに、自分も無意識のうちに自己実現を労働と結び付けている、かっこいい仕事をすることで自己実現を果たしたいとたしかに欲望している、それが今の社会の在り様に影響された価値観だったのか、そのような価値観が別に普遍的なものではなかった、というようなことを実感できたという意味で、けっこうショッキングな一冊だった。 最後に提唱されている、半身の働き方 の意義は、感覚的によくわかる。共感する。 ただ、取り違えないようにしたいのは、しょせん仕事と割り切って「静かな退職」状態で働くのではなくて、仕事を人生のすべてにはしないけど仕事している範囲においては熱意を持って楽しく働きたいということ。 そこが自分はまだまだ。楽しんでいる状態とは言い切れない。著者は仕事も充実されている様子を感じ、大いに参考にしたいと思った。
2投稿日: 2024.11.13
powered by ブクログまずタイトルに強く惹かれて(笑) 前半の日本近現代の読書史は、全く知らなかったジャンルの話で興味深く読みました。 結論とも言える「全身全霊はやめよう」は納得できるものの、現実社会での実現可能性は難しいな、とも思いました。 いつもは小説=物語がメインですが、サクサクと様々な知識を教えてくれる新書もまた楽しい!
2投稿日: 2024.11.13
powered by ブクログ明治時代には都会のエリートしか読書ができず、上流階級の象徴 だった読書が、令和ではノイズとして扱われるまで、日本人にとっての読書が どのように変わってきたのか?この変化の考察がおもしろかった。この考察を通じ、自分がなぜ本を読みたいのか、どうして読書を人に薦める のかについて考えるきっかけになり、言語化するための良いヒントになった。 働きながら本を読むテクニックについては、本書の本題ではないため、その点を期待する人にとっては注意が必要だ。
1投稿日: 2024.11.13
powered by ブクログタイトルを見て、自分も学生の頃は読んでたけど、社会人になって読まなくなったなぁと思い購入。 自分史のなかで読書のブーム変遷と生活観や、価値観の変化を振り返りながら読み進めると、気づきがあって面白い。 同世代の筆者の言語化力の高さに尊敬の念しか生まれません!応援したい執筆者さんです。
1投稿日: 2024.11.12
powered by ブクログ初めて、新書を制覇できました。 三宅さん、ありがとうございます。 修養と教養 自己啓発本が売れる=コントロールできる場所を聖域化するため=アンコントロールな場所は排除する=社会からきり離れていく 現代の労働=経済の波に乗り市場に適合すること。知らなかったことを知る=アンコントロールなものを知る=人生においてノイズ コントローラブルな娯楽=スマホゲーム アンコントローラブルな娯楽=読書 1990年代 政治・内面の時代 →読書は知らなかったことを知るツール=社会参加や自己探索の欲望、社会や自分を変えることができる 2000年代 経済・行動の時代 →社会のことを知っても自分には関係ない、自分自身でコントロールできることに注力を注ぐ=市場適合、自己管理の欲望 すごく勉強になりました!
1投稿日: 2024.11.12
powered by ブクログ図書館の歴史は勉強したことあったけど一般の読書の歴史は初めて知る内容ばかりで興味深かった。読書と労働は意外と結びついていると感じたしおもしろかった。
1投稿日: 2024.11.11
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか そりゃ、働いているからだろって、そうなんです でも、たとえ仕事に対しての時間や熱量を減らしたとしても(もともとそんなに働いていないし)読書に対する情熱が今ひとつ湧いてこない気がする なぜか? 脳科学的な問題なのか? こんなに本を読むのが好きなのに「好きだった」で終わらせたくない 誰か、「なぜ、ただ生きてるだけなのに本が読めなくなるのか」 って題で書いて教えてください
2投稿日: 2024.11.11
powered by ブクログ自分の中のネガティブを殺すために、仕事、スポーツに没頭することを良しとしていたけど、ニーチェはそれを肯定しなかったらしい。 そこまでしなければならない社会構造を疑うことがなかった。
0投稿日: 2024.11.10
powered by ブクログ素直にタイトルに興味を持って手に取ったが、その中身は良くも悪くも期待を裏切るものであった。読書と労働の関係を、歴史を振り返りながら紐解き、その理由を探ってゆく。ここまで深く、かつ詳細に解説するにはおそらく膨大な作業が必要であろうことが推測され、著者の知識や情熱にも頭が下がるも思いであった。現代の一読書人として興味深い話も多く、勉強になったことも多い。 ただ一方で、(上記の裏返しとなるが)タイトルイメージからはかなり遠い、マニアックな解説もやや多かったように思う。もう少しシンプルに表現できるのでは?と感じる、回りくどいような、敢えて難しい語句を選んでいるような文章もあり、タイトルありきで読み進めた読者にはそれなりの労力を強いる。 歴史的経緯の解説にかなりのページが割かれ、どちらかと言えばやや後者の印象が強い。「適度に働き、適度に読書できる社会がいいよね」というメッセージ(この点は大賛成)に向けて具体的に何が必要か、何ができるかという面にもう少し切り込んで欲しかったし、著者の意見がもっと知りたかった。願望で止まってしまっているのが少々残念。 全体として、購入時に自分が本来期待していた内容からはゴールがズレているように感じたことは否めない。 本のタイトルは作者それとも編集者の意図なのか、興味を持たせる→手に取らせる→購入させる、という一連の目的には合致しているのだろうが、読後に振り返ると、正直うまくやられたな、と思ってしまうのは私だけではあるまい。
8投稿日: 2024.11.09
powered by ブクログこのタイトルを読んだとき、そんなの当たり前じゃん、忙しくなった言い訳をしたい社会人に対し代わりに言い訳をしてくれる本なんだろうな、と思っていました。 でも、話題性が高く長く続いていたのでだんだん気になってきて(笑)読んでしまいました。。 単なる言い訳の本じゃなかったです! 長時間労働は今に始まったことではないので、本が読めなくなるのは労働時間が理由ではありませんでした。。ってことで、まずは近現代日本の読書と労働の歴史を丁寧に解説してくれています。 それがとにかく面白過ぎて、結論の前にそこだけでも満足しちゃうくらいによかった。 面白かったから忘れないように細か~く書いておきます。 明治時代に初めて黙読による読書がはじまり(それまでは読書と言えば音読だったそう!)活版印刷の普及で書籍が大量に印刷される時代に突入。ただ、当時の読書層はエリート学生をはじめとするインテリ層の男性のものでした。明治時代最大のベストセラーは西国立志編。これは、ニュートン、ナポレオンなどの欧米の成功者たちの伝記を教訓と共に収録した翻訳本です。(学問ノススメよりも断然売れたって) 大正時代に入り、日露戦争の後、国力向上のため全国で図書館が増設されることによって読書人口は爆発的に増えました。 そして大正時代は労働階級でも富裕層でもない、新中間層であるサラリーマンが誕生した時代でした。彼らは教養を身に付けるために読書を、地方に住む労働者階級も修養(努力・勤勉)して自己鍛錬し、社会の一員として認められるようになろう、という思想から読書に励みました。 昭和初期は円本ブーム。円本とは日本名作文学全集とか思想全集とかの全集のことです。うたい文句は、全集があれば他は買わなくてよい、月賦払い、選書の必要なし、一冊の本として考えると破格の安さ、装丁が豪華で室内インテリアに映える、といったものです。新中間層のサラリーマンとニーズが合致し大ブーム。ブーム後も古本屋に出回り、労働層や農村にも読者が増える。今までのベストセラーは自己啓発書のような実用書だったが、昭和に入って文学が初めてベストセラーになりました。 戦後進学率が上がり、サラリーマンが増え、彼らが読む娯楽会社小説が誕生し、パチンコや競輪、映画やダンスやテレビといった娯楽を楽しむ時代がやってきて、その中に読書も入っていました。一方で彼らは労働の歴史史上一番長時間労働をしていた高度成長期の時代で、時間のない労働者達は、手っ取り早く役に立つ新書も求めるようになりました。 70年代にはいると、司馬遼太郎の坂の上の雲がブームに。オイルショックのさなか、意気揚々と坂を上っていくことのできた古き良き時代のノスタルジーの結果だそうです。オイルショックによって不景気になりますが、それを乗り越えた経験から終身雇用、年功序列、企業別労組が日本企業の基本になり、政府もこれを支えるため解雇を避ける補助をしたりして支援したそうで、みんなで我慢して歯を食いしばって乗り越えようという文化は、坂の絵の雲や竜馬がゆくのような懐古主義の本が支えていたみたいです。 80年代はバブル経済の時代で出版業界もベストセラー連発。であるにもかかわらず、ここへきてはじめて若者の読書離れ、というコトバが定着し危惧されていたそうです。なんと40年前から!!驚きです。出版バブルを支えていたのは雑誌だそうで、職場の処世術と女性にモテる術の二大柱を書いておけば売れたんですって。 80年代はバブル期なので、今まで一流企業の入社に必要だった学歴や教養より、その後の会社生活に必要なコミュ力が一番重要という価値観で、そういう本が求められていったそうです。一方で今まで男性の間で閉じられていた教養が女性に開かれた時代でもあり、女性作家、それを読む女性が増えた時代でした。 90年代は、自分とはなにか、生きる意味は、といった内面に価値を見出すようになってきたそうです。 実際、自分探しの旅に出ることがカッコよかった時代だし、心理テストの番組が流行った時代でもありました。 90年代前半は内面に目を向ける時代だった一方で後半は行動する時代に突入します。内面を探す、から、実践的技法によってコントロールしようとする時代です。 脳内革命をはじめとする脳ブームや7つの習慣などで具体的に行動を即す自己啓発本が売れるようになりました。今までも自己啓発本のブームはありましたが、知識や心構えを授けることがメインだったので、この傾向ははじめてです。 自分が行動することで事態を好転させていく、という世界観ができたのです。 これはバブル崩壊後、終身雇用が崩れることによって労働環境が激変し、自己責任が叫ばれる時代になったからです。 また、これまでは自分が頑張れば、会社が、社会が、国が変わる、という希望を持てていたのが、バブル崩壊を機に社会と自分が分断される感覚が芽生えてきました。自分が頑張っても波の動きは変えられない、でも、波にうまく乗るために仕組みを知って、行動を変えていけばいい、という考え方に変わったのです。 2000年代以降、読書離れが更に加速します、が、自己啓発書の市場は伸びています。 今の自己啓発書の特徴は、ノイズを除去する姿勢にあり社会を遠ざけようとするジャンルなのです。社会は変えられない、だから他人や社会といったアンコントローラブルなものは捨て置き、自己のコントローラブルな行動の変革を促して自分の人生を変革する、これが現代の自己啓発書のロジックです。現代の労働環境は不安定な雇用の中で成果を出すこと、周囲の人間が変わっていっても関係は円滑に保つことが求められています。コントロールできない他人のこと、知らなかった世界を知って社会や感情に揺さぶられることはノイズであり、労働には邪魔なものになります。 だから、本を読むことは、働くことのノイズになる、だから、自己啓発書しか読めなくなる、これが現代人の読書との関係性です。 また、好きを仕事に、と言った仕事で自己実現することが称賛されたのもこの時期からです。これは、13歳のハローワークという本や、国策として行われたゆとり教育の一環で、好きなことを重視するキャリア教育を取り入れたことにあります。が、高校生が想像できる楽しそうな進路は、低収入であることも多く、知らないうちにリスクの高い進路を選んでしまったり、やりたいことが見つからず、フリーターやニートになる若者が増えていきます。仕事への過剰な意味付けが若者を非正規や長時間労働にのめりこませてしまっていたのです。 その後情報化(インターネット)時代に突入し、若者は更に、文脈や歴史の教養も知らなくていい、ノイズのない情報で勝てる本を求めるようになります。最先端の情報を持つ情報強者であれば、一発逆転を狙えるからです。 読書はノイズ性が高く、自分に不必要なものを知ることになり(それが教養となるのだが)それを受け入れる心の余裕がないのが現代なのです。 余裕がないから娯楽のはずの映画でさえも、結論だけ要領よく知りたいという考え方を持つ現代人が、非効率の権化である読書を楽しめるはずはなく、更に仕事に全精力を注がなければ勝ち残れない、生きていけない環境下がそれに拍車をかけています。 という、労働と読書の歴史を踏まえ、著者が出した答えは「半身社会」 サラリーマンが無理をして徹夜で資料を仕上げることを称賛しない、アイドルが恋人も作らず常にファンのことだけを考えて仕事をすることを称賛しない、お母さんが日々自分を犠牲にして子育てをすることを称賛しない・・・こういった全身全霊を信仰する社会をやめるべきではないか、という提案でした。 タイパやコスパが叫ばれる現代、仕事や家事や育児や趣味なんかのいろんなことをやるより、仕事だけに没頭した方が実はラクというの、すごくわかる。 仕事だけ邁進するから他のことは気にしていられない、時おり無料のYouTubeを開き、ホリエモンとかひろゆきが言う結論だけを聴いて分かった気になって満足するのもわかる。 でも、それじゃあ心のバランスが保てないよね。すごくよくわかる。 ライフワークバランスという言葉は前からあるのだから、理想論と投げ出さずに考えていきたいと思いました。 と締めましたけど、何度も言うけどこの結論より、結論に至るまでの前半の労働史と読書(教養)の関係がとにかくよかった。 過去の名著や流行本について、こういう文脈で出版されていたんだー、なんて振り返ったり、社会情勢とあの本の流行はこう繋がってたんだ、と思ったり読書好き人間としてはそんな楽しみ方でも読めました!!めっちゃおススメ!!
2投稿日: 2024.11.09
powered by ブクログタイトルにひかれて購入。まさに私だ、と思って手に取った。読書術?あるいは働き方についての本?と思って読み進めた。労働と読書の歴史を紐解きつつ、ではどうしたら本が読めるようになるのか、を提言する名著だった。 「花束みたいな恋をした」を起点に、読書やパズドラ、麦と絹の関係性や格差に着目し、展開していくのが見事だった。改めて映画としても、現代の若者の描写として優れていた作品だったなとも思った。先に映画をみておくことをおすすめする。 まだ本書の参考文献の多さにも驚く。本当に本を読むことが好きな人なんだろうなと思った。
0投稿日: 2024.11.09
powered by ブクログ著者の本を読むのは2冊目。1冊目の“「好き」を言語化する技術”も本書も、文体がとても好きで、柔らかくも力強く、著者の性格が滲み出てるし、伝えたい思いが文章にしっかり乗っている。あと、たとえば「売れすぎである。」とキートン山田ばりに、それも2回も言っちゃうところや、語り口調で感想を言っちゃうところなど、くすっと笑える語り口がたまらない。 内容自体も読み物としてとても面白かったが、本書のタイトルを見た時に、本を読めない人は、この本自体に辿り着けないのでは?この本を見つけられないのでは?と思ってしまったし、内容としてもあくまで本を今しっかり読めている人がターゲットとなる読者なのでは?と思ってしまう。 そういう意味では、たまたま私が今この本に出会えて手に取り読み切れたというのがとても運が良く、感謝の気持ちが出てくる。
0投稿日: 2024.11.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・読めなくなるのは働きすぎているから ・偶然性の情報を受け入れられなくなるから ・snsをみて自分を自分で頑張らせてしまう この本を読みたかった理由は、本当に読めなくなる理由が「時間不足」なのか知りたかったからだ。 私は通勤時電車に乗っているサラリーマンがほとんど誰も本を読んでいないのか気になっていた。 考えたのは、 ・睡眠不足で眠いから寝たい ・sns、スマホゲームが面白い ・本を読む習慣がない このような理由だった。 本書の中では「ノイズ」という言葉が使われていた。 読書はノイズ。自分に必要のない情報も入ってくるから読みたくない。自己啓発は必要な情報があるから読める。 結局は「余裕」が大事なのかもしれない。 時間もお金も気持ちも余裕が必要だ。 ただ大人になってもやることに追われているから余裕がなくなるのか? 中学高校大学も毎日部活動や勉強に追われていたはずだ。 大人が「余裕」を生み出すにはどうすればいいか
2投稿日: 2024.11.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
労働と読書の歴史についてまとめてくれています。 読書はノイズ含めた情報で、それを受け入れる余裕の大事さについて記載しており興味深く読みました
0投稿日: 2024.11.07
powered by ブクログ普段はこの手の教養書は読まないのだが、タイトルに惹かれてつい手に取った。 日本人の労働と読書の変遷を明治時代から遡って振り返り、考察している構成は面白い。立身出世を追求し教養を重視する傾向が生まれた明治時代。日露戦争後、国力向上のために全国で図書館が増設され読書人口が爆増した大正時代。紙が高騰しベストセラーを生もうと出版社が奮闘した末に生まれた「全集」と「文庫」が普及した戦後。読書がテレビと連動して売れる娯楽となり、書籍購入のピークを迎えたバブル期。情報社会が到来し、働き方が変化した結果、自己啓発書が急増した平成時代。「やりたいことを仕事にすべきだ」という風潮が生まれ、ニートをつくり出したバブル崩壊後。などなど、膝を打つ点もあり勉強になった。 タイトルの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」について、著者は以下のように主張。 「情報」=知りたいこと 「知識」=ノイズ+知りたいこと 自分から遠く離れた文脈に触れることが読書。本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がないということ。仕事以外の文脈(ノイズ)を取り入れる余裕がない状況。 私自身の読書史を振り返ると、確かにその主張も頷ける点はある。学生時代にミステリにハマり、毎日貪るように読書したものだが、社会に出て仕事を覚えることや周囲から認められるのに必死で余裕が無くなり、いつの間にか読書から遠ざかってしまった。 時が経ち、今では会社でもベテランの域に達し、家族の支えもあって時間的精神的な余裕が出来たから、こうやって落ち着いて読書ができるようになったのかもしれない。ついつい見てしまうYouTubeやSNSから少し距離を置いたのも良かったのかも。ブクログとは距離が縮まったけれど(笑) 著者が理想とする「半身社会」。それで経済が上手く回る世の中になってほしいとは思うけど実際は… キノベス! 5位 書店員が選ぶノンフィクション大賞2024 受賞 新書大賞2025 1位
33投稿日: 2024.11.06
powered by ブクログ最近忙しくて中々本が読めていなかったから、本屋でたまたまサイン本を目にして購入。思っていたより内容が充実しており、とても面白かった。
0投稿日: 2024.11.06
powered by ブクログ働いていてもこの本なら読めるだろう...と軽い気持ちで手に取ったが思ったより骨太な内容。 『本の中には、私たちが欲望していることを知らない知が存在』していて、2010年代以降の働き方ではこれを「ノイズ」として排除する傾向にあるという指摘がしばらく読書から離れてYouTube をダラダラ見ていた自分のことを言われているようで恥ずかしい限り...。
3投稿日: 2024.11.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルの内容を脳科学的に解明するものではなく、読書の歴史から社会的に論ずるものだった。 読書がどのようにして社会に溶け込んでいたかを時代ごとのベストセラーなどを通じて解説しているのがかなり面白かった。最初から最後まで映画『花束みたいな恋をした』の麦を引き合いに出しており、ある意味この映画を読書の観点から解説しているようで、もう一度映画を観直して確かめたいなとすら思った。 ただ肝心の主張「半身で働く」ことについては、例えば医療従事者など他者を支える(人手不足の)エッセンシャルワーカーに対しての言及が無く、この著者の文脈から抜け落ちているような気がした。様々な職種があるのでこういうことを言っていたらキリがないが、医療従事者が「半身で働く」を実践したら、患者さんが普通に生活することすらままならなくなってしまうケースがある。こういった視点も考えつつ、議論の余地のある主張だなと感じた。
0投稿日: 2024.11.03
powered by ブクログ労働史と読書史の対応には概ね同意できる。 働きながら本が読める社会にするために、半身労働社会を目指そう、という提言も多くの人の同意を得られるだろう。 ただ注意が必要なのは、ここで言われる「本」「読書」という言葉は「文化的な趣味」に置き換えて理解した方が良い。仕事に直接役立つ読書、いわゆるビジネス書などは、取り入れやすい「情報」の範疇に入るだろう。 自分のいまの仕事・労働に直接関わらない、「ノイズ」となりうる本(文芸書・人文書等々)を読めなくなるのはなぜか、文化的な趣味を続けられないのはなぜか、という問題意識を持つ人にとっては、役に立つ論考です。
0投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働きながら本が読めなくなっていた。 本をちゃんと読まなくなって少なくとも2年は経っていたと思う。先週から会社を休み、布団の中か冷凍パスタの前かみたいな生活を過ごし、病院ついでに書店に寄ったら平積みされていて目を引いた本だった。 特にここ1年間はダラダラYouTube観るのが辞められず、かといってその時間で本を読む気は全く起きなかったので、まえがきからマジでそうなんだよな〜と共感して入れた。 それこそ度々引用された『花束みたいな恋をした』も公開当時ぶっ刺さっていたから、同じ時間を経験している本というか、とっつきやすかった。 時代による社会の変化と読書の捉えられ方の関係性の考察のところは、あまり興味を持ってこなかった領域だったので面白く読めつつ、これを時間をかけて追えたのが本書でいう「知識」にあたるってことかと思うと、本当に久々に本が読めた実感がある。 第9章と最終章にある現代の働き方には心当たりがありすぎて苦しくなったが、疲労社会とメンタルヘルスへの言及もされていたのは助かった。働き方を省みるきっかけになる。 本当にもう仕事だけを全身全霊の承認のありかとして捉えるのは辞めようと思っているが、「情意考課」の極まった(?)相互監視環境の息苦しさはどうにかなってほしい。 全身全霊から半身への転換は責任の背負い方に対しても認識を改めないといけないんだろうけど、ここがめちゃくちゃ難しいんじゃないか。 これ普通に今の職場環境でやる人が出てきたら“バグった”と思われる。だったらみんなでバグって、本が読みたい。 とにかくこの本は読書記録アプリ入れてこれくらいの感想を書こうと思わせてくれたし、これからまたちくちく読書して記録できたら記録しようという気にさせてくれた。いいタイミングで手に取れてよかった。ありがとうございます。
1投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログ専門職として社会人になって以降、職場の同僚などから「忙しいから勉強できない」「論文や書籍が読めない」という話を繰り返し聞いてきた。私自身の経験と教訓から、多忙になると物理的(時間の制約)や(脳)疲労もあり、本が手につかない。しかし、一方で「忙しい」からこそ、読書を通じて知見を深め、自然と必要な情報が集まってきて、資料や書籍を読まざるを得なくなる。忙しいからこそ読書をするというのが、私の持論でもある。 本項では、隙間時間にスマホ、及びスマホゲーム興じて、いつしか読書離れを起こしている現代人の課題に一石を投じる。一方で、明治以降の時代に応じた読書の位置づけを検証する。明治期から大正期のエリート教養としての読書。戦前から戦後のエリートと大衆教養としての読書。オイルショックからバブルショック期の娯楽としての読書。バブル崩壊以降のノイズとしての読書と位置づける。ファスト映画、短時間読書などコスパとタイパを意識した「消費」としての読書から、読書によって起こる頭とこころに起きるハレーション(ノイズ)としての読書の重要性を指摘する。働きながら本を読める「半身社会」の重要性を投げかける。尽忠報国、滅私奉公、社畜、ワーアカ-ホーリックな生き方から、仕事も読書も「半身社会」で心豊かな生き方の提言であり、休日の補償と労働時間の短縮こそ、今求められている社会のあり方なのだと理解した。
0投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
たくさんの文献から引用があり、近現代の社会と読書との関わりから、なぜ働いていると本が読めなくなるか、そして本を読める社会への提言が書かれている。 引用されている文献だけで、その時代その時代の社会を語れるものなのか疑問だった。また、肝心の働きはじめると本を読めなくなる現象についての解説が、あまり納得できないというか、結論がよくわからなかった。 ただ、働きはじめると本を読めないという現象、読むという行為は同じなのにTwitterみたいなクソみたいな駄文は読めるのに本は開けない現象は確かに自分にも当てはまる。みんなが不思議に思ってる事象についての問題提起で、とても目の付け所がいいと思った。これからの三宅さんの活躍に期待
1投稿日: 2024.11.01
powered by ブクログ労働史と読書史をミックスさせた興味深い内容。P239のマトリクスがよくまとまっており理解しやすい。線引きが難しいのが「読書とは何か?」という点で、著者は自己啓発書は「情報」扱いし、「読書」からは除外している印象を受ける。 では「ビジネス書」はどうなのか?カーネギーは「自己啓発書」扱いされているようだが、ドラッガーは「ビジネス書」?ドラッガーには「知識」があるように思えるが、なら「ビジネス書」からも「知識」は得られる?で、そこにはノイズがあるのか? さらに言えば、新書である本書はどうだろう?そもそも新書は「ファスト教養」なので、本書のようなキャッチーな題名で欲しい「情報」を手軽に得るという要素が大きいように思えるが、歴史を語っていれば「知識」なのか? つまり、「情報」や「知識」を「ノイズの有無」で線引きするのは中々難しいし無理があるのではないのかと。ちなみに「小説」は「物語」なので明らかに「情報」や「知識」とは線引きは可能だが。ちなみに斉藤孝は「司馬遼太郎が教養と娯楽の境界線」だと言っていたが、この辺の見解も興味深い点でもある。松本清張はきっと娯楽なんだろうが。 よって「本が読めなくなる」の「本」って何を指しているのかが最後までよくわからなかった。「本」≒「小説」と限定すれば確かにそうだと言えるが、ビジネス書や所謂「専門書」ではない「概説書」の類はどうなのか?政治や経済や経営に関しては「専門書」はハードルが高いとしても「概説書」ぐらいは仕事上の必要性(&興味関心)で読む労働者もそれなりいるとは思うがそれらの扱いはどうなるのだろうかというのが疑問として残った。簡単に言えば佐藤優あたりから出口治明・池上彰ぐらいまでが労働者ターゲットのメジャーゾーンだとは思うが、これらは「概説書」ですらなく「教養書」なのか?ともと思ったり・・・。
2投稿日: 2024.10.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この人の文章はいつでも僕の隣にいるような感覚にしてくれます。 働く前から1年で一冊も本を読まなかった自分が、逆に本を読むようになってから読みたくなった。 世の中の人は思ったよりも本を読んでおらず、電車で周りを見渡せばみんなスマホを見ている世の中が大嫌いです。 なぜみんな本を読まずにスマホを見るのか?その疑問を歴史に沿って解説してくれました。 ノイズ ですよねぇ
0投稿日: 2024.10.30
powered by ブクログ半身で働く この言葉がすごく印象に残った 全身全霊で働く必要はない。 自分がやりたいことを少しずつやる。 どれもやりたいことをやればいい。 そんな社会になるように、残業をたくさんしている人を称賛しないような社会にしていきたい。 無理しなくていい。 家庭も仕事も読書も。 全てができるようになるといいな。
2投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログこの本を買ってから読み終わるまでに2ヶ月くらいかかった。まさに「働いていると本が読めなく」なっていたからだ。時間がなかったわけではない。仕事以外の時間はだらだらスマホを見たり、YouTubeを見たり、何もしたくなかったりして、なかなか本を手に取ることができなかった。本を読むことは大好きなはずなのにどうしてだろう、と思いながらこの本を(少しずつ)読み進めた。 労働と読書の歴史を丁寧に掘り下げていく過程ももちろん面白かったのだけど、後半の「読書はノイズになる」という話になるほどなあと思った。働いていると今すぐ役に立つ情報を仕入れることのほうに重きを置きがちで、今すぐ役に立つとは思えなかったり、今の自分とは関係が薄かったりする情報は疎ましく思うことすらある。知ることがむしろストレスになる。でも、ノイズだと感じるような「他者の文脈」に触れることを、昔はもっと楽しめていたんじゃないだろうか? 最終章では「どうすれば働きながら本が読める社会になるのか」という提言もなされている。そこに書かれている「全身全霊を称揚することをやめる」という言葉がじわじわと傷口に沁みた。たしかに、仕事に限らず、何かに全身全霊になるって楽だ。長くオタクをやっている身として、好きなアイドルのことだけ考えて生きていくのがどれだけ楽なことかはよくわかっている。オタク界ではオタクに没頭している人ほどかっこいいとされ、にわかはダメだ、そんな軽い気持ちで応援するくらいならやめちまえ、みたいなことを言う人すらいる。実際私はその価値観に身を置くなかで燃え尽きてしまったこともある。 著者が提案する「半身でコミットメントする社会」について、私も考えてみたいなあ。ひとつのことに全力になるのではなく、にわかとしてあれもこれも手を伸ばしながら、さまざまな文脈が入り混じった複雑さを楽しんでいくのって、難しそうだけどおもしろそう! 【読んだ目的・理由】タイトルが気になったから 【入手経路】買った 【詳細評価】☆4.2 【一番好きな表現】教養とは、本質的には、自分から離れたところにあるものに触れることなのである。(本文から引用)
1投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書と労働との関係性を歴史を遡って辿って行くのは面白かった。社会の移り変わりと共に読書の位置づけが変わり、たしかに現代ではコントローラブルな部分(自己啓発)に焦点が当たっている。こういう社会構造を読み解くのも面白いなと感じた。 半身の姿勢での働き方は理想だが、自分はやはり全身での取り組みを称賛はしてしまう。かっこいいから。でも自分が全身をできないことも何となくわかっている。どんな生き方を目指すのか恥ずかしながら自分はまだわからない。おそらく今まで通り全身と半身の間でやって行きそう。でも少なくともこの本は「ノイズ」として新しい観点を与えてくれた。
0投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書欲はあるはずなのに読書量が激減していると感じていた春先、書店で衝動買いした一冊。ようやくアウトプットに辿り着けた。 前半は江戸から令和に至る読書史。 読書史はその時代の社会情勢・大衆心理・労働環境を強く反映。その時代のベストセラーがなぜヒットしたか、時代背景や読者のニーズを紐解く過程では成る程と唸らされる箇所が多い。著者の書評家としての参考文献量にも圧巻。 労働と読書との距離感が時代とともに変化していく過程として、社会的意義がインテリ層の教養→一般大衆の社会参画のための修養→他者・未知への恐怖としてのノイズと変容した末路。 読書が正直億劫と感じる理由をストレートに指摘された気分。 終章のまとめとして全身全霊ではなく半身で頑張るというスタンスは分からなくはないが、実際自分自身は中途半端な環境に身を置いており、強いストレスを感じている。全身全霊はある意味楽というのは全く同意。 著書を通じて、読書という行為を客観的に見つめ直す契機となった。未知との遭遇にワクワクし、読書に肩の力を抜いて臨みたい。
2投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログタイトルへの答えだけじゃなく、日本人が読書をどう取り入れてきたのかも分かりやすくて良い 最終的な作者の提言もかなり良い 育児中読書したくなるのも、わりと単調な毎日なのでノイズが欲しくなるからかもな
0投稿日: 2024.10.28
powered by ブクログ大正時代あたりから時代系列に沿って労働と読書について述べられていたが、あまり昔のことには興味が湧かなかったので現代の部分だけを流し読みした。 今自分が労働しながら本が全く読めなくなった理由が、この本で述べられている通り、「他者の文脈というノイズを自分の中に入れる余裕がなくなったから」という論にはかなり納得した。本から得る知識は自分ではコントロールできないため、ノイズを享受する可能性がある。それに対してインターネットや自己啓発本から得る情報は、基本的には自分で得たいものを選んでいるため、ノイズが入ってこない。 日々自分の生活を仕事で埋め尽くしていると、そのようなノイズが邪魔で仕方がなくなる。だから本を避けてノイズを避ける。なるほどなと。 学生の頃はたくさん聴いていたラジオが聴けなくなった理由もこれと近いだろうなと思った。ラジオから得る情報は基本アンコントローラブルだしランダム性が強い。なんの情報が突然飛び込んでくるか分からないところに自ら飛び込むにはある程度の心のスペースが必要。だけど余裕がないから避ける。なるほどなと思った。 この本の結論は一貫して、「詰め込んで働くのやめようよ」という感じだったが、そもそも心のスペースを空けながら仕事をするのと、仕事で埋め尽くすのと、どちらが自分にとって良いのかは考える余地があるなも思った。
0投稿日: 2024.10.27
