
総合評価
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powered by ブクログ働きはじめると本が読めなくなる、、、拘束時間が長く、疲れ果て、じっくり物語に入り込む時間が取れない。 そこから見える現代人の悩み、社会現象に、鋭く斬り込む、、、 筆者は、本を読みたくて会社を辞めてしまうくらいの人物、ただものではない。 239ページの、労働と読書の変遷マトリックスは、秀逸。 コスパ、タイパ重視で、映画を早送りで見て、読書の位置づけが「ノイズ」とされる現代で、働き方の定義を改めて考えさせられた。 著者は、全身全霊は楽だと指摘。まさに、その通り。その先には鬱がある。 全身全霊を称賛せず、半身こそ理想だ!とみんなで言っていこうという提言も、理解できた。
3投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
半身で働く、全身全霊で働くことを美化させない、というのがとても気づきになった。著者が記載してくれた本を読むコツを活かし、自分も頑張って知識を取り入れていきたい
3投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログ年明けの「令和ロマンくんの娯楽がたり」に三宅先生が出演されているのを見て即購入。 正にこのタイトル、そして帯の通りの悩みを抱えた人は多いはず。 日本人の読書史と労働史を二本柱に現代までの変遷が分析されていておもしろかった。
13投稿日: 2025.03.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
明治時代から現代までの読書の歴史からそれぞれの時代で読書をする意味を社会情勢から分析していた。 現代の我々がなぜ本が読めないか →必要な情報以外は全てノイズとなる 読書は必要な情報以上の物を与えノイズとかする それが現代人には忙しすぎて不必要だと感じる
0投稿日: 2025.03.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働いていると本が読めなくなるのは何故なのか、ずっと疑問に思っていたことの答えが書かれていた。半身社会が、新しい文脈を取り入れられる(読書ができる)余裕のある社会を実現することができるとのことだった。巻末の方に読書のモチベーションを高める方法も書いてあり、参考になった。
1投稿日: 2025.03.29
powered by ブクログタイトルがとても共感できるもので、読んでみました。 この本のメインは 人々の読書の歴史で 働いていると本が読めなくなってしまうのは現代だけではなかったことが印象的でした。
0投稿日: 2025.03.28
powered by ブクログ花束みたいな恋をした を取り上げて、現代の人間が趣味と仕事とのバランスに悩んでいる点と本との関わり方について書かれていて勉強になった。 読書と我々の関わり方の歴史をまとめた上で、半身で働くという点に帰着。自分も半身で読書も仕事も育児もバランスよくやれるように心掛けようと思った。
0投稿日: 2025.03.28
powered by ブクログ全身全霊で働くことをやめて半身でいいのでは?との提案、私もそんな世の中になってほしいと切に願っている。本も読めないくらい疲れる日々なんて人間らしくない生き方だ。
0投稿日: 2025.03.27
powered by ブクログ労働史、読書史としては興味深い内容でした。 とくにインテリアとしての円本の普及というのはなるほどと思いました。 ただし、帯の「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」はこの本を読み出す人に誤解を与えると思います。 時間はあってもついついスマホの方に行ってしまうのをなんと改善したい(スマホ依存を治したい)と手にする人も多いと思うのですが、そこをなんとかするという目的ではないんですねえ。 言いたいことは労働に全面的に向かわずに半分労働、半分読書の世の中にしようということのようです。
0投稿日: 2025.03.27
powered by ブクログリサーチ・解釈・主張、全部面白かった。確かに自分もノイズを避ける傾向にあるなと思った。なろう系のアニメばっか見ちゃう。
9投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ社会人になって本が読めなくなった自身の経験から、日本の労働についての歴史と、労働者と本の関係を考察する。 終わりまでの労働の歴史については読みすすめられるのだが、結論が「半身」の気持ちで働こうという、至極曖昧で抽象的で一冊の弁論を終えるのが、なんとも残念。 なんだよ、半身って。 ここは、平日は捨てた気持ちでうんざりしながらも働いて、休日は遊ぼうぜイェーイっていうなら分かる。 最後の結論を読んで脳裏に浮かんだのが、ドラえもんの 「日本じゅうがきみのレベルに落ちたら、この世の終わりだぞ!!」 を思い出した。
0投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ最初に結論を読んだ方が良い。 あえて、皮肉的にノイズを紛れ込ませているのかとも思ったけど、宇野常寛さんとの対談でそんなこと言ってた。でも三宅さんのポジションからこの意地悪をするのは個人的にはハマらないやり方だったかなー。 「半身で働こう」というある種の理想はそれはそれで共感できるし、そうなりたい側ではあるんだけど。 三宅さんが半身で働いた結果として?うまくいった、半身で働ける状態であった、といういわばポジショントークに過ぎないのではとも感じる。 それにたどり着くまでが色んな文章を切って貼っての繰り返しに感じてしまったし、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」に対する問までが長い。 どちらかというと読書と労働の関係についてが大半を占めていた。まあ、それを書く必要もあるんだけど。
0投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログタイトルに惹かれて読んでみました。 内容としては、労働と読書の関係を近現代史的(近現代史風)な観点から読み解いた本、といえると思います。 自分の知らない時代の話については、「なるほど」と思いながら読めました。 が、自分が見聞きしてきた時代である1980年代以降の話は、著者にとって都合よく切り取られた話のつぎはぎ、という印象を受けたことを踏まえると、もしかしたら1970年代以前の話も、実はつぎはぎなのかもしれません。 結局は、著者自身のこれからの生き方として著者が出した解(おそらくは執筆時点での暫定的な解)である「半身で生きよう」ということが述べたかっただけでは。 著者は、とってもよく本を読んでいると思いますし、いろんなことを知っている印象を受けましたが、それらの要素が有機的に組み立てられて展開された上での「半身で生きよう」ではなく、「半身で生きよう」を言いたいがために、関係ありそうな言説を平面的に並べただけで、ロジックが粗い本に思えました。 また、「全身全霊」の安易な否定も乱暴な印象を受けました。 とはいえ、取り上げられている言説は、どれもなかなか興味深く、それらの選択にはセンスを感じました。
1投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書のタイトルに惹かれて読んだものの、冒頭から2/3は「日本における自己啓発書の変遷史」といった方が良いだろう。タイトルとのミスマッチにガッカリではあったが、良く研究されており、これだけでも充実した内容だった。 本題の「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の内容は残りの1/3に記述されているが、結局のところ著者からの「具体的」な提案は無い。 「全身全霊をやめて、半身で働くことで、本を読むゆとりが生じる」というのが著者の主張といえようか。 しかし、それでは読者にとっては救いようがない。 全身全霊で働かなければ生活できない中で、どのようにしたら本が読めるのか、ということを皆が求めているからこの本を手にとったのではないだろうか。 全身全霊で働く中で、ほんの少し読書の時間を取る工夫だったり、余計な力みを抜いて働くの大切さ等を知りたかったなぁと思いました。 著者の意図ではなく、出版社の意向なのかもしれませんが、残念なタイトルです。
3投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ興味はあったものの、論文のようで読むのが辛かったです。ただ、その結論に至るには、読書の歴史を紐解かなければならないのもわかります。第七章あたりから、やっと興味を持って読めるようになりました。結局自分も「結論なんなの⁈」と思いながら読んでいて、本が読めなくなっている理由にすっぽりはまってしまっているよなと思った。
0投稿日: 2025.03.25
powered by ブクログ作者が以前いた会社に勤めているのもあり共感の連続でした。特にこの1〜2年は全身全霊で働いていたため自分の中でも呪いのようにタイパを求めてしまい読書の意義ってなんだっけ?という疑問点から読み始めました。 でも思ってみればノイズがない人間ってペラペラの人間ですよね、、。 人間の厚みを創るのはそこだなと改めて気付かされました。そのためにどうすれば半身で働きながら成果を出せるような社会を作れるのか。みんなで考えていきたいと思いました。
0投稿日: 2025.03.25
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか。 シンプルな問いかけから思いがけない跳躍を果たすこの本が、ますます混迷に向かうこの時代にベストセラーとなり、新書大賞を受賞する意味はとても大きい。 より多くの人にこの本が届くことを願う。
0投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログどういう資格やスキルが必要なのかよく分からない部署に配属され、何が必要か分からないならとりあえず教養でも身につけておきたいと思ったものの、今度は「教養」ってなんなのか分からないなぁと思っていたときに出会った本。 いつか誰かの文脈と交わるためにいろんな本を読んでおくこと、ひいては本だけでなくいろんな趣味やアクティビティに手を出すことで、私の人生が豊かになる可能性があることに気づいた。 今後も「なんか最近余裕がないな」と思ったときに読みたい本だと思う。
0投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログ本書は、働くことと読書の両立について探求している。なぜ働いていると本が読めなくなるのか。労働と文化は両立しないのか。著者は、仕事に追われる現代人が、疲れてスマートフォンに時間を奪われ、本を手にとることが難しい現状を指摘する。そして、読書法のランキングにはビジネス書や効率的な仕事を遂行するための書籍が上位に並ぶ現実にも言及している。 本書を読みながら、自分がどんな本を読んできたのかが、時代と共にあったことを痛切に感じた。なぜか、時代に翻弄されながら本を読んでいる。とにかく、ベストセラーという言葉に弱いのだ。1965年前後から、本格的に本を読み出した。 映画『花束のような恋をした』仕事をする中で、余裕が生まれない。社会的な格差が大きいと言える。読書をするという動機が社会的な格差に影響する。読書という行為を歴史的に分析しているのは、素晴らしい。 第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生―明治時代 本が読まれるようになったのは、明治になってからだ。 江戸時代から明治前期までの読書スタイルは、文章を声に出して読んでいく音読が一般的で、家族やグループといった集団で読んでいたという大きな特徴があった。森鴎外は、舞姫を家族で音読した・活版印刷が普及するとともに、ひとりで静かに黙読するというスタイルに変わっていく。一人読みが確立したのだ。 日本できちんとした句読点が使われるようになったのは、明治時代に文部省が日本語表記の基準が作られてからである。そのことで、読みやすくなった。 明治時代のベストセラーは、中村正直(サミュエル・スマイルズ著)の『西国立志編』明治4(1871)年だった。福沢諭吉の『学問のすすめ』官公庁に押し付けた。立身出世がテーマだった。 1884年(明治17)年に発表された日本の唱歌の『仰げば尊し』の「身を立て、名をあげ、やよはげめよ」と立身出世を奨励した。本も立身出世という男性のエリート層に読まれた。背景には、職業の自由化されたことだった。 第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級―大正時代 教養が大事、効率的な読書。ファスト教養。現在も強調されるが、それを遡ると大正時代となる。 中央公論が、流行った。教養主義。 図書館が、地方に至るまで増えた。再販性が決められた。客に本をねぎられることがなくなった。 大正時代は、書店が増加した。 大正時代の内省ブーム。『出家とその弟子』『地上』『死線を超えて』のブーム。暗い本が流行った。その後『親鸞』ブームが続いた。社会不安から宗教の本が流行った。大正デモクラシー、米騒動。サラリーマンの登場。『痴人の愛』の男は月給150円のサラリーマンだった。サラリーマンが増えたのは、大正後期から昭和前半だった。労働につらいサラリーマンが登場。身分より、教養が求められた。 1925(大正14)年に、『女工哀史』、1929(昭和4)年には、『蟹工船』が発表された。過酷な状況での労働。 第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?―昭和戦前・戦中 円本とは、積読本だった。本が家の飾りともなった。円本は、改造社が発行した『現代日本文学全集』。1冊1円。それを全巻一括購入というシステム。そのころは1冊2円から3円だった。予約読者は23万人だった。大成功だった。関東大震災が起こり、改造社の経営が困難な時に思いついた仕組み。現代におけるサブスクの仕組みだった。 筑摩書房が、太宰治の『人間失格』1948(昭和23)年がベストセラーに。 第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー―1950~60年代 戦前から戦後は、高度経済成長で新中産階級の誕生が生まれ、エリート階層に追いついたいということで、エリート+大衆の教養になった。背景には、大学生が増加した。 この時代に流行ったのが、パチンコ屋、競輪、碁会所だった。坂口安吾は、碁会所にいたものが、競馬や競輪に向かった。そして、パチンコは、正村ゲージによって飛躍的に増えた。 教養を求めた勤労青年が本を読み始めた。格差の変容ということ。エリートのための教養から、労働者階級にも広がった。就職組と進学組に分けられた。定時制が50万人いた。働きながら、学ぶ人が生まれた。人生雑誌が生まれた。『潮騒』『太陽の季節』『人間の条件』が、1950年代にベストセラーになった。松本清張の社会派推理小説が流行ることに。ベストセラーという言葉が使われるようになった。 松本清張や小松左京の社会が中心だった。1960年代の終わりは、安保の問題もあり、天下国家を論じた。ベトナム戦争もあり、ベ平連が活躍した。 そして、文庫が広がった。源氏鶏太のサラリーマン小説が流行った。源氏鶏太の小説が娯楽になった。娯楽としての小説、サラリーマンの小説の誕生。 第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン―1970年代 司馬遼太郎の『坂上の雲』、ビジネス教養主義、歴史を通じて、ビジネスマン、人間性の滋養。 文庫本で8冊もある作品が読まれた。乱世に活躍するヒーロー像を見た。刻苦勉励すれば、立身出世ができた。そして、『竜馬がゆく』(全8巻)が、ビジネスマンに読まれた。人格陶冶として読まれる。 高度経済成長は、坂を登っていくような社会的風潮があった。 私は、この頃、城山三郎を一生懸命読んでいた気がする。あくまでも、ビジネスが軸と言える。 そのころの娯楽は、テレビであり、テレビドラマだった。『太陽にほえろ』『必殺仕事人』『寺内貫太郎一家』などのドラマ。そしてテレビで本が売れた。 『欽ちゃんのドンとやってみよう』『8時だよ。全員集合』の土曜8時だった。土曜日の夜が休日前夜だった。日曜日は、ダラダラした。そうだ。疲れ果てていた。日曜日布団虫と言われ、昼の「笑っていいとも増刊号」を見るためにやっと起きた。週休二日制は、1980年代まで待たなければならなかった。そして 日本論が流行った。 首都圏の通勤時間が、1時間超えが半数近くいた。通勤中に本を読む習慣が生まれた。 資本主義の綻びが突きつけられた。高度経済成長と公害の広がり、1975年『複合汚染』がベストセラーに。 第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー―1980年代 バブルがあり、出版会社もバブルだった。しかし、若者の「読書離れ」が問題となり始めた。 黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』1981(昭和56)年がミリオンセラー。500万部。『ノルウェーの森』1987(昭和62)年に350万部。『サラダ記念日』1987(昭和62)年が200万部。私が主人公、私小説の本、つまり私やボクの物語が流行った。 一方で、残業が多く、労働時間が増えた。 「BIG tomorrow」は、「職場の処世術」と「女性にモテる術」の2つの軸を中心にハウツーを伝える、若いサラリーマン向け雑誌が流行った。教養から、処世術つまりコミュニケーション能力に変わった。 そして、女性たちのカルチャーセンターが流行る。料理などの花嫁講座から広がっていく。カルチャーセンターで、主婦が小説講座を受けて、1979(昭和54)年に芥川賞までとる重兼芳子『やまあいの煙』が生まれる。カルチャーセンターの女性が80%だった。 さくらももこのエッセイは、女性を対象としなかった。この著者のエッセイがベストセラーになった。女性の進出が始まった。 第七章 行動と経済の時代への転換点―1990年代 『パラサイト・イヴ』、『ソフィーの世界』がベストセラーになった。本当の自分とは何か?私とは何か?自分探しの時代となった。心の深層にスポットライトを照らした。心はどこに消えたか?心理学で分析が流行る。1990年代半ばから、内面の探求から行動に変化。『脳内革命』サンマーク出版という自己啓発書が流行る。350万部売れた。 非正規労働者の増大。自分のキャリアは自己責任で培っていく。経済などのグローバル化が進む、ITバブルへと変化していく。日本の労働の仕組みが大きく変わった。政治から、経済への大きく関心が変わった。 労働時間が長いので、本が読めないというが、日本人はずっと長時間労働だった。 1990年代後半からは、本の購入は減っている。しかし、自己啓発書が増えている。なぜか?それは、自己啓発書は、ノイズを除去している。片づけ本がなぜ流行るのか?社会を排除している。 第八章 仕事がアイデンティティになる社会―2000年代 労働で、自己実現をする。仕事で満足せよというイメージがある。好きなことを仕事にできない。 『13歳のハローワーク』2003(平成15)年がベストセラーになった。若い頃から、好きを仕事にする。夢を追いかけることが重視された。やりがい搾取の仕組みが作られた。新自由主義的思考で、やりたいことを仕事を結びつける。ゆとり教育から個性浪費時代になっている。 2003年芥川賞受賞が、『蹴りたい背中』綿矢りさ(著)19歳 130万部、『蛇にピアス』金原ひとみ(著)20歳と同時受賞。 『電車男』(2004年出版、100万部突破)、『冬のソナタ』、『世界の中心で愛を叫ぶ』、『恋空』の純愛路線がベストセラーとなった。エルメスを追いかける電車男。階級を飛び越えて恋をする。 ネットは、仮面舞踏会となっている。下級層が、社会的ヒエラルヒーを転覆する武器がインターネットである。 第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか?―2010年代 行動量を上げる。自己決定権を重視する。新自由主義とは、規制が緩和され、個人が自由にやる。競争者は多くなる。情報は、ノイズがない状態で取得する。 『下町ロケット』2011年、『コンビニ人間』『半沢直樹』今の働き方を表した。労働のあり方を提起している。2020年 スマホ所有者が80%を超えた。SNSの利用者が増大した。早送りして映画を見る。見ることではなく、知ることである。 最終章 「全身全霊」をやめませんか 半身で取り組むことが、これからの生き方。新しい、知らない知をとりいえる。他社の文脈に触れることだ。離れたところにあるものを取り入れる。仕事以外の文脈を取り入れることの余裕が必要なのだ。つまり、半身で取り組むことだ。未知というノイズを取り入れる。 いつも、考える。どんな本を今読むべきか?本を読むと、その本の中にあるノイズを見つけて、なぜそれをノイズとして考えるのか?と思って読み進む。自分の知りたいことがどんどんと広がる。ノイズに対する好奇心が、本を読ませる。それは今の世界の流れとノイズが重なっている。ますます、読まなくてはいけない本が増えていくのだ。困ったもんだ。この間、本棚を整理した、なぜか、読んでない本が実に多いことに気がついた。
1投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログ創作欲だったり、アニメの視聴欲だったりは存在するものの、仕事が終わって家に帰宅すると動画とSNSだけを見る生活を送っていた私には「まさに!」な本でした。 仕事帰りにカフェによってみても、いわゆる『教養』本は読めるけれど漫画は読めない、勉強はできるけれど創作はできない、という悩みについて、明治時代まで遡って説明されており、時代背景と日本人の働き方の変遷を辿ることで、自分の悩みがどこから来ているのかを立体的に捉えることができました。 仕事とは関係の無い新しいことを始める時に感じるハードルの高さ、それがこの本では『ノイズ』という一言で表されており、このノイズの有無を考えると普段の自分の行動に納得がいきます。 私はいわゆる『オタク』というやつですが、働き出してからイマイチ作品に触れる時間を取る気が起きないと感じており(まさに本書で語られた「花束みたいな恋をした」と同じですねw)、日々この新自由主義的な社会に嫌気が差してたのですが、この本を読んで是非半身な働き方というのを実践してみようと思えました。 自己実現について度々考えますが、この資本主義の世の中では全身を趣味にぶつけるわけにも行かず悶々としていましたが、良い答えを得られた気がします。 あと本筋とは関係ない話ですが、やはり時代の背景にあった本が売れるんだなということを改めて本書で痛感しました。もし自分で何かを書く時には参考になりそうです。
8投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログこの本はめちゃくちゃ分かりやすいし、結末に納得したけど、どうやって人に説明しようかと考えながら読むとさらに吉 参考文献の量がえげつないな。こんな同級生がいることに驚きと喜びと畏怖を禁じ得ない。この人の他の本も絶対良本だろうし、執筆を蔑ろにしてない、そんなことがわかる本だった
2投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
結局労働時間が長くなったから本が読めなくなったという結論。だが、ころまでの読書と労働の歴史変遷は面白かった。
1投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ★★★★☆テレビ番組に著者が出演されていて内容に興味を持って購入しました。読書について明治以降の流れをデータでよくまとめられていました。バーンアウトの原因などは職業によって原因は様々あるのではないかと思うこともありましたが、あとがきの働きながら本を読むコツが共感できて参考になりました。
1投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ著者が意図したかは不明だが、ミスリードさせての、どんでん返し。最後にこの主張で終わらせたのは、見事! ベストセラーになっているのがよく分かる。 爽快なミステリー小説を読んだようで、読後感が非常に心地いい。 最初はタイトルで内容を想像させる。 読み始めると、「こういう本か」と、頭がそちらに引きずられる。 そこに違和感はない。 昔の日本の社会では、本はきちんと読まれていたのか。 読まれていなかったとしたら、その当時は何が原因だったのか。 今の時代に本が読めない状況とどう違うのか。 そんな展開で進みながら、最後がこういう終わり方になるとは思ってなかった。 良い意味での裏切られ感。なるほど、心地よい。 詳細は実際に読んでもらって体験してもらった方がよいが、読後の感想を聞いてみたいところだ。(私の感覚がズレていたら申し訳ない) 私の個人的意見だが、読書という行為は、本当にハードルが高いと思っている。 読書を娯楽と位置づけるのか、自己成長の勉強のためと位置づけるか、その人の考え方に依るところが大きい。 著者の意図としては「もっと気軽に読書を楽しめる社会になればいいのに」ということだと思う。 著者の読者愛が伝わってくるので、私は非常に好意的だが、現実問題としては、全員が全員、読書を楽しめる訳ではないだろうと思う。 私の母はすでに80歳を超えていて、老齢であるが、昔から本を全く読まなかった人だ。 本人も「読書は嫌い」と言うほど、苦手意識があったのだろうと思う。 たまたま私も姉も読書する方だったので、実家には大量の書籍がいまだに本棚にある。 (実はこの処分もそろそろせねばと思っている) 若い頃の母は忙しく仕事もしていたが、仕事を辞めてからは家にいる時間が長くなった。 息子の私が「この本はすごく面白かった」と薦めても、一向に手にすることはなかった。 ここまで本を嫌うこともないと思うのだが、よくよく聞きだすと「そもそも文章を読むのが苦手。読んでいる内に、内容が理解できなくなってしまう」のだと言う。 エンタメ小説だったり、エッセイだったりすれば、そんなに真剣に読む必要もないからと手渡してみても、数ページでギブアップしていた。 (栞が挟んであるので、読もうとした形跡はあるのだが、後日見ても、読み進んだ形跡はない) そういう人が身近にいるために、「読書」という行為が、すごくハードルが高いものなのだと、私自身は理解していた。 しかし、世間の評価は意外と違う。 忙しく働いていれば、当然本を読む時間はないものだが、「それは努力が足りないからだ」とする風潮がある。 読書は努力してするものなのか? そもそも時間があったら、本当に読書するのか? これらの意見は捨て置かれて、主張だけが独り歩きしている感がある。 確かに本を読んでいる人は、読まない他人に対して、「もっと本を読めばいいのに」と思いがちだ。 私も「何か面白い本ない?」と聞かれることがあるが、薦めて貸してみても、実際に読まれることはほとんどない。 日本だけがこういう状況なのか、世界でも同様なのかは調べてみたいところだが、実母が訴えることもすごく分かる。 とにかく、日本語というだけでメチャクチャ難しい。 聞くのと、読むのは大違いだ。さらに言えば、喋るのと、書くのも大違いだ。 最近は「オーディブル」も定番化してきて、利用者も増えていると聞く。 これをもって「読書」と言えるかどうかは分からないが、技術の進化によって、裾野が広がっていると思えば、それもまた良しと言えるだろう。 そんなことを考えると、未来は、書籍の内容が瞬時に脳内にコピーされることが起こるかもしれない。 そうなると、紙のページをめくって文字を読む楽しみもなくなるのだが、それもまた抗ってもしょうがないことだろう。 ちなみに私個人の話で言えば、電子書籍はほとんど読まない。 端末はかつて持っていたし、色々と試してみたのだが、なんとなく離れてしまった。 「スマホ脳」ではないが、デジタルデバイスに触れ続けて疲れた時に、リフレッシュしようと電子書籍を手に取ったら本末転倒だと思ったことがきっかけだ。 Eインクは優秀で目に優しいのは分かっているが、今ではアナログに触れる時間を大切にしたいと思っている。 散歩だって同じようなもので、無理矢理デジタルデバイスから離れるためにやっている。 私のような人にとっては、紙の書籍は無くならないでほしいのだが、世の中の流れで考えると厳しいかもしれない。 書店が急激に減っているために、本を探すのも一苦労だ。 「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 おかげさまで私自身は、働いている方が、なぜか本が読める。 読書量は多い方ではないが、少ない方でもない。 最近は本を読んでも内容を忘れてしまうので、忘れないために読書記録として感想文も残すようにしている。 本を読むことが、良いことなのかどうかは私には分からない。 趣味娯楽がこれだけ多様化している中で、読書人口が減るのは当然の流れだ。 自己成長のための勉強と言っても、嫌々やっていたら続く訳がない。 そもそも勉強を好きな人なんて、学校でもごく一部の人だけだった。 勉強と思っただけで、読書なんて続くはずがない。 私は完全に趣味で読書しているだけである。 疲れたら読まないし、あまり真剣に読んでいない。 今まであまり考えてこなかったが、本書を読んで、実母のエピソードを思い出すことができた。 読書は、できるタイミングで気軽にすればいいと思っている。 しかし、本書内の著者の主張には共感する。 本当にそんな社会になれば、素敵な世の中になる気がする。 ミスリードの展開が見事。 それこそ、気軽に手に取って読んでほしい書籍だ。 (2025/1/30木)
6投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ自分のことが書いてあると思った。 半身で働くことをモットーとしたい。忙しい日々でも無理やりにでも本を読む時間をひねり出すことで、自分を見失わずにいたい。
1投稿日: 2025.03.22
powered by ブクログ2025/04/05 明治時代から今日までの「労働者と読書の距離感」について説明してくれる本でした。 全身で働きがちなところはみんなあるよね、、というかそれがやっぱり求められてるし、そういう人が評価されやすい部分もなんだかんだいってあるし、、でも私は三宅さん同様に、働きつつも読書したい!だからこそ、自分の中で仕事と趣味の時間をバランスよくとって、豊かに生きていきたいと改めて思いました。
5投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログタイトルを見てテクニック的な本かと思いきや、読書という切り口での日本の歴史解説であり働き方の提言であって、途中は挫折しそうだったが最後までたどり着くと読んで良かったなぁと思える本だった。 妻子がいる身としては最終章は心に突き刺さった。 たまには書店に行って読書欲をかき立てつつ、働き方や育児についても考えようと思わせる本だった。
1投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログタイトルのまんま疑問に思ってました。 本が好きなのに遠ざかっていくのはなぜなのか。 本屋さんに行くと決まって読みたい本がいつも見つかるのはなぜなのか。 改めて考え直すこともないまま年は過ぎていってしまってました。 私も頑張り過ぎず、半身で生きたい!
1投稿日: 2025.03.19
powered by ブクログ現代において非常に普遍な疑問を取り扱いつつも、その詳細を探るべく近代から歴史を遡る。それにしてもまさか歴史の話になるのか。でも労働環境と紐づけた読者の歴史という視点なため、私が慣れ親しんだ文学史とは違う切り口で楽しめる。現代に近い部分も徹底して書かれてるから歴史としても共感性が高くて読みやすい。 一見タイトルと関係ないような話に転がると思わせて、ずっとタイトルの内容について考えさせられる。しかもこのスタイルがすっと腑に落ちる。ずっと読者を離そうとしてくれない魔力を持った1冊だった。
2投稿日: 2025.03.18
powered by ブクログタイトルから想像する内容と違い、明治以降の日本人にとっての読書像の変遷を割と淡々と説明した歴史の本という印象でした。後半になって、忙しい時にスマホは見られてもなぜ本は読めないのか、の話になっていって、働き方を変えよう、本を読める働き方をしよう、という結論に。もう少し著者の読書愛があふれた感じを勝手に想像していたので、少し意外な印象でした。
1投稿日: 2025.03.17
powered by ブクログまさに自分だ!と思い手に取った本。働いてると本が全然読めない! 本をめぐる日本人について時代別に書かれているるが、現代日本人の働き方の頁にドキッとした。バーンアウトは自己搾取の結果だと言うのである。気付かなかったけど私の最後の店での働き方これじゃんね。一日中仕事のことが頭から離れず、いつも時間に遅れている気がして焦ってた。知らず知らずのうちに自分で自分に鞭打ってたんだな。 今度職に就いたら「半身」で働きたい。そして本をたくさん読みたい!
1投稿日: 2025.03.17
powered by ブクログ新自由主義で自分からバーンアウトしてしまうとあるが、スマホを見る時間はあるそう。だったらパズドラや動画アプリを削除したら良いと思うのだか、それは出来ないらしい。自分も興味あって手に取った本を読めない事はあるが、ある程度読み進めないと面白く感じないからで、それが億劫に思うことはある。半身で働くのは賛成。仕事は一生懸命やれば面白いものだが、自分の人生どう生きるか考える必要がある。仕事を頑張っている間はそれを言い訳に考えなくてもいいから楽だ。生きる意味とは、人生から問われている。フランクルは言っていた。
4投稿日: 2025.03.17
powered by ブクログ戦前から現在に至るまで、各時代の日本人の読書に向き合う姿勢と背景が綿密に解説してあり、そして何よりも驚いたのが参考文献の多さだ。 歴史を紐解き結論を導くためとは言え、この新書を書き上げるうえで、どれも必要不可欠な情報が詰まった文献であるのだろうが本当に感服させられた。 なぜ本が読めなくなるのか、に対する結論はさておき面白く読めた。
30投稿日: 2025.03.16
powered by ブクログ読書という行為が時代によってどのように捉えられてきたのか、変遷のイメージが掴めた。また、現代における読書の概念についても腹に落ちた。 その点においては素晴らしいが、巻末の作者の結論が稚拙であり、サラリーマンを納得させるだけの説得力がなく、蛇足に感じた。 日本国の年齢構成は歪な人口ピラミッドになり、労働力人口が急速に減少している。AIで代替できる部分とできない、又は不向きな部分が判明してきており、労働を肩代わりしてくれるAIに頼るにも限度がある。日々労働する中で、人手不足も感じている所、作者の結論は机上の空論であり、人はそれを絵に描いた餅と呼ぶ。 前半がよく纏められていただけに結論が乱暴であり、とても勿体なく思う。 結論が極端なものであるほど、その結論に至る過程を丁寧に書くべきである。そこで手を抜き、現実を無視し、述べる主張は未就学児にだってできる。欲を言えば、作者の考えるその過程を読んでみたかった。ワクワクしながらページをめくると用意されていたのは生焼けのチキンだった。だからこそ落胆している。
1投稿日: 2025.03.16
powered by ブクログ何といってもタイトルが秀逸。明治期以降の読書文化を労働という文脈の中で再定義していく。最終的には、半身で働くというのを結論としているけれど、半身で働くことを許容するほど日本はもう豊かじゃないのではないか。今あるリソースをいかに有効活用するかしか考えられない状況で、会社にも個人にも、もちろん社会にもバッファなんてあるわけがないと思うのだが。
2投稿日: 2025.03.16
powered by ブクログタイトルがあまりにも秀逸でずっと気になっていた本。明治時代から現代までの労働と読書の関係を紐解いて論じるのは「なぜ読めないか」ではなく、むしろ「なぜ読むのか」。いわゆる読書術のようなものを期待するともちろんガッカリします。 この本を手に取った人が解決したいであろう「スマホは見ていられるのに本が読めないのはなぜか」が明らかになっていくのは終盤です。 腑に落ちることもありつつ、ピンとこなかった部分もありました。それは私自身が今のところ本を読めているからかもしれません。 歴史や社会の文脈をふまえて、読書とどう向き合うかを考えるための良い手がかりになりました。
2投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログ分かりやすい文章で読みやすかった。働き方を振り返ることができました。読んでよかった。 正直、共感しづらい部分や反発してしまった部分はありました。それくらい前のめりで読んでしまったし、不思議と読んでいくうちに腹落ちしたような気もします。 今まで以上に、働きながらの読書を楽しめそうです!
1投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログ日本社会における労働と余暇(趣味)の関係性を歴史から紐解いた、とっても真面目な本です。しかも文章が読みやすくてスラスラ頭に入ってくる。大事なことは統計や参考文献の引用で、しっかりと根拠も示しているし、なんだか「新書」のお手本のようです。 「花束みたいな恋をして」をとても悲しい物語だと思って観たので、本書で繰り返し出てくる「麦くん」のエピソードには胸が熱くなります。 私はたまたま働きながら、読書も音楽も映画も旅行も、それぞれの「文脈」で楽しむことができた(と自分では思っている)のですが、本当に環境に恵まれていたのだな、とあらためて感謝しました。4.0
2投稿日: 2025.03.14
powered by ブクログ刺さる部分が多かった。たしかに心に余裕がない時はノイズを排除して得たい情報だけを得ていると思う。GoogleでもYouTubeでもインスタでも自分の興味に関連のあることしか出てこない。そんな日常が当たり前になって、自分に関係のない情報はいらない、というマインドになっていた。すごく寂しい時代。そういう自分になってしまっていたことに気づけて、何をこんなに生き急いでいるんだろう、と思った。 そして仕事=自己実現する場にしなきゃ、というある種強迫観念が自分の中にもあった。そうじゃなくて、ありたい生活を叶えるためにどう働きたいか?みたいな思考でもいいんだな、と思えたのが最大の気づき。
2投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログ今の私の状況に非常にマッチした本であった、最高に面白かった。 読み始めてみると、8割ぐらいは日本における書籍の歴史や時代ごとの読まれ方についてだった。それはそれで面白いのだが、「なぜ読めなくなるのか」というタイトルの答えには、なかなか辿り着かない。少し拍子抜けしながら読み進めたが、最後に気づいた。この構成こそが、著者が伝えたい“読書の本質”そのものなんだと。 最近の私は、すぐに答えを求める傾向がある。YouTubeでの要約動画、映画の倍速視聴、効率を最優先する情報の摂取が当たり前になっている。そうした時代にあって、この本はほしい情報以外のもの(ノイズ)も思考を深めるきっかけになるのだと教えてくれた。この本は自分の好きな読書の楽しさと豊かさを、改めて思い出させてくれる一冊だった。ついでに働き方についても考えを見直すきっかけにもなる一冊、できるかできないかは置いといて。
3投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログ面白かった。月30冊近く本を読む私が言いたかったことを全部言ってくれた。 序章の読書をしようと思う意思の有無に、社会の階級格差が影響を及ぼしている。という話は、身をもって共感。 第七章の読書とはノイズであるという話。 私が教養をさっと学べるみたいな本が苦手なのは、時間をかけずに読むそれが知識にも教養にもならないことに薄々気づいていたからなのかもしれない。 「就職活動や転職活動、あるいは不安定な雇用の中で成果を出すこと。どんどん周囲の人間が変わっていくなかで人間関係を円滑に保つこと。それらすべてが、経済の波に乗り市場に適合すること-現代の労働に求められる姿勢である。 適合するためには、どうすればいいか。適合に必要のないノイズをなくすことである。 本を読むことは、働くことの、ノイズになる。」 これはおっしゃる通りだ。 第八章 「人文系の教授の言うことは聞けなくても、ひろゆきの言うことを聞くことのできる人はたくさんいるのだ。」には笑った。 ここから先は1番面白いところでネタバレになるのでメモを切り取ったが、 この本を読んで、やっぱり私はこのままでいいんだと思えた。 危うくまた働きすぎる給料の良い会社に履歴書を送るところだった。
21投稿日: 2025.03.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今更だけど読んでみた。仕事に時間を取られて他に回せる時間がなくなるからなどの理由を想定して手に取ったけれどそう単純な話でもなかったなと。 本を読むことについての日本変遷がわかったのは面白かった。円本というものが流行ったことや明治時代までは読むというのは音読で、黙読がその頃普及しだしたということなどを、初めて知って驚いた。 図書館文化についても(きっと司書資格を取るときにちらとでも習ったんだろうけど全然覚えておらず⋯)知らなかったことが結構あった。 昭和に入ってからの文学全集ブームの中で、文豪同士が新聞広告欄で攻撃を繰り広げたという話も驚いた。 知らないエピソード自体の面白さもかなりあった。 自分も月から金までフルタイムで働き残業も夜中までやってて当たり前の暮らしをしていた頃は確かに本なんて読めなかった、読む気力もわかなかったことを思い出した。 今教職に就いている友人がそんな感じで「夏休みや冬休み時期の勤務時間外に少し読書ができる程度」で日常では自分のための読書など全くできないと言っていたことを思い出す。 読める時間が取れることも確かに大事だけれど、読もうと思える余裕や気力がまずあるということが確かに一番大事なことだと本書で再認識すると同時に、本書のまとめに書かれていることは、要はバランスが大事だと言うことでもあるのかなと。 何事であっでも、全身全霊と言うことは一点集中になるから危険だということなのだと思う。 第7章に読書が現代ではノイズになってしまったから出来なくなっている、という説には言い方がちょっと雑かなと感じたけれどとても共感できた。今は誰もが興味のあることしか目を向けない世の中になっている。ネットも、一つ検索すれば「これ興味あるよね」とばかりに関連情報や類似情報ばかり推されるような仕組みになってしまっている。 自分はこの仕組みに今少し食傷していて、興味ないものも目にする機会があったり、関係ない物事でもさわりだけ知る機会があることの大切さを痛感しているので(そして興味あることしか知らないで暮らしていくことに危うさも)著者の言う「半身社会」という提言は意味があるだろうと思えた。 ⋯やれるかどうかは別だけれども。 でもこれだけこの本が売れて読まれているということは、希望はあるかもしれないとも思う。 最終章の「24時間コミットメント」の部分を読んで昔のリゲインのCM思い出した(24時間闘えますか?⋯昭和ですねぇ) 本好きだけじゃなくむしろ、読書に興味のない人に本を手にとってもらえる革新的なグッドアイデアが何処かから湧いてこないものか、と読後切に思う。
9投稿日: 2025.03.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書の位置付けが歴史の中でどのように変化してきたのか、年代ごとに丁寧に著者の考えが述べられている。現代は自分が求める情報のみが重要視されており、さまざまな知識や教養が入ってくる読書はノイズになってしまう。ノイズは現代においては不要なものとされがちなため、働いていると読書はどんどんできなくなっていく。でもそもそも、そんなノイズを許容できない現代の働き方に問題があるのでは。だから全身全霊で働くのではなく、何事も「半身」で取り組むのが良い。そんな内容だった。自分の働き方を振り返ってもよく当てはまっている。半身って結構大切なことかもしれない。
0投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログいろんな意味で題名の印象から良い方向に裏切られる展開で、全体的に過去の文献をもとにしたアカデミックなアプローチが続き、なのに最後の結論やあとがきは身近なところに落ち着き、そしてその結論は反省させられる部分が多々あり、とてもおもしろい本でした。
3投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
全身全霊で物事を行わないこと→半身で働く→働きながら本を読める社会になるとしているが、作者自身は仕事が好きで、例えば全身全霊で文章を書く生活を願っている。だから「具体的に半身で働く世界をどのように作ればよいのかわからない」と述べている。読書は「ほかに文脈(ノイズ)を持つこと」、情報は「ノイズをそぎ落とした必要なものだけを抽出し利用する作業で、どちらかというとノウハウ(啓蒙)に重きを置いたもの」と捉まえ、読書の重要性(これもどちらが重要なのか実は曖昧にしている?)を説きながら、本の最後に「働きながら本を読むコツをお伝えします」などと、本を読むために自身が行ったノウハウを開示していたりする。訳わからない。社会情勢の変化とともに、時代によって本を読む意味がどのような変遷をたどったかということは理解できても、それが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」にうまく繋がっていないように思えた。
1投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログやっと読んだ 新書だもんね 昔は〜 から始まる 学術的な本であった なんか長くて 読み疲れて 結局なんで読めなくなるのか がよく分からなかった なぜ学術的な本を読むと、 よく分からなくなるのか 本末転倒
3投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログちょっと途中で脱落。 メカニズムの話かと思ったら社会的な考察ね。 映画「花束みたいな恋をした」の例はすごくよくわかるなーと思うけれど。
4投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログタイトルから、読者についてのハウツー本かと思って買ったが、日本人と読者の関わり合いの歴史を通じた考察が中心で、なかなか鋭い分析と感じた。仕事への向き合い方を考えさせられた。
18投稿日: 2025.03.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
実際に全身全霊で働いていて、SNSやゲームしかできなくなった自分には痛いほどわかる内容だった。精神的に参ってしまって労働時間を減らしたことで、趣味やそれまであまりしてこなかった読書も楽しめるようになった。 そうはいっても仕事のことばかり日常的に考えてしまったり、悩むことが多いので、そんなときは『半身で働く』というフレーズを忘れずに、自分を大切にしながら読書ライフを楽しんでいきたいと思った。
1投稿日: 2025.03.07
powered by ブクログ新しい視点は得られた。読書の歴史を学び、今当たり前に出来る環境に感謝しもうすこし読書しようと感じた。
0投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ私の期待と、本書の内容が異なっていたので低評価。それ故に、本書が売れている理由が分からないが、試し読みをしっかり行った上で買うのであれば問題ないと思う。まず、私はこのタイトルから、脳科学や社会科学などの分野から、本が読めなくなっている現状を考察するものかと想像した。例えば、脳が処理できる文章量には限界があるとか、過去と今とで労働時間と余暇の時間が変化しているとかであれば興味深いし、それを期待していた。しかし、本書では明治期から今に至るまで、日本人の読書体験がどのように変化してきたかなどについて紙面の多くをさいている。多くの参考文献や、その歴史を知ることになり勉強にはなった。しかし、それをメインに語るのであれば、タイトルを変えるか、タイトルを押し通すのであれば、アンバランスな構成を正す必要がある。どことなく集英社の商売魂を感じてしまったが、このように不誠実なことをしていることも本が売れなくなる理由なのでは?その意味では著者を批判するつもりはない。一方で、著者は本が読めなくなるほどの労働環境について疑問視している。それについては私も同感である。また、著者は仕事が好きだからこそ、現状に対して改善の余地があると考えている。皮肉なことに、出版社自体が短期的な儲けを優先してしまっている。新書は新書でも、やっぱり集英社新書だなぁと思った。書籍はどれだけ行っても所詮は書籍なのだ。下手に時代に媚びて、中途半端なスタンスをとり、劣悪な書籍となる必要は全くない。
1投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ現代人が本を読めない理由を、本や読書習慣の歴史に触れつつ言語化しており、 何となく結論や理屈はわかっていても、納得感と新しい視点を得られた。
0投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ明治期に一般化した読書習慣を通して、近代から現代までの時代に分けて、読書傾向から労働や社会のあり方を分析している。教養を得る手段としての読書や上流階層が下流階層との差別化を図るツールとしての読書、見栄えをよくする目的のための読書まで、時代ごとの読書との向き合い方を分析している。特に現代における読書離れの原因として、多面的な知識取得方法だが回り道になる読書と、無駄なく指向的に答えが返ってくるネットとを比較していて、この点をどう捉えるかは時代背景によるという考えは納得である。しかし自分は多面的に知識を得られ、匿名性がなく情報の信頼性が高い読書に強く魅力を感じる。
18投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ほぼ働いていないに等しい状況ではあるものの、リモートワーク且つ時間に余裕があるのに、気づけばyoutubeかゲームをしていて、ゆっくりと読書をしない(のに本を買うので積み本が増えていく)ことが自分でも気になっていたので、衝動買い。 内容は面白かったし、書いてあることに納得はしたものの、なんか求めていた答えではなかった。思ったより理論だったもので、本が読めないというのが個人的な問題というよりは社会が労働者に求めるものが歴史と共に変化してきたから、という文化史的な問題として語られていた。 そもそも読書そのものが、「労働のために読むもの」という謎の前提をされているように思えた。自己啓発本やハウトゥー本はそうかもしれんけど、ほんの一部だろうに。 また、娯楽の読書についてあまり触れられていない。自分の読書は9.5割くらいが娯楽目的なのだが… 何かを学びたいと思って本を読むケースはほぼない。あったとしても割と斜め読みしてしまうため、しっかりと学べたと思ったことがない!まあ、これはもちろん自己責任だけども。 でもまあ、バブル期に働き方改革とかで、本を読むことこそが価値なのでみんな読書していた、そして今は情報化社会であり、情報はネットから手に入るから読書する意味が減ったとか、そういうところは納得する。が、じゃあ自分たちはどうやれば働きながら本を読めるようになるのか?ということについては、割とふんわりした答えというか、「働きながら本を読める社会」にしよう!という自己啓発ならぬ社会啓発本だった。壮大! 本を読む余暇もないほど集中して働かされるやり方を変えよう!と言われても。そして、それを言うなら別に読書に限った話ではなく、ありとあらゆる趣味が「なぜ働いていると◯◯ができなくなるのか」になるわけで。なんかタイトル詐欺っぽさを感じてしまう。 一応、あとがきでどうしたら本を読めるようになるのかについて触れられており、ぶっちゃけここだけ読んでも良かった気はした。 SNSで気の合う読書アカウントを見つけるとか、無理やり本屋に行くとか、紙ではなく電子で読むとか。ハードルを下げたり、無理やり本に出会ったりする、と。それならわかる。働いてて心に余裕がなくて本に触れる時間も減るし、読むのはおっくうになってしまうからね。 ただ、なぜ自分は本を読むのだろうかという自問のネタにはなった。答えは出てない。楽しいし、面白いからとしか言いようがない。だって趣味だもの。趣味に理由なんてない。読書なんて目的なんて考えず、もっと気楽でええんよ。目的とか考え始めるから本を読めなく鳴るのでは? 実際自分はフルタイムで働いてたときでも、ランチタイムや休憩時間、あとは週末にも読書してたしなぁ。趣味で。 ということで、タイトルに惹かれて手に取ろうと考えていた人にとってはあまりオススメしないかもしれないな。
0投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログ読み終わった時に、三宅さんの手のひらの上でずっと転がされていたのを後から知ったように感じた。 なぜ本が読めなくなるのかを壮大なストーリーに乗せて解き明かしていくような物語のように私は感じました。あと、再三に渡り例えで出てくる花束みたいな恋をしたを観たくなりました。
1投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログタイトルがまさに私が思っていたことなので購入。 半身で働きたい人が半身で働くことのできる世の中になってほしい。生きていくために働いているだけなのに、全力で働くことを強要してくる人がいることも事実。仕事が好きな人は全力で働けばいいし、プライベートも大事にしたい人は半身で働ける、選択肢が沢山ある世の中になればいいのになと思った。 読書史は興味深かった。
1投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
過去の人々も長時間労働はしていたはずなのに、より読書時間が減っているのはなぜかというと、労働や成功に読書が寄与しない時代性が現代にあるからだ、という話。 結局、成功するための方法論を人は模索し続けているわけで、その目的自体を是とするのであれば、目的を達成できるならその手段が読書でなくてもよい気がする。なぜ結論が読書ができる社会を目指していこうになるのかがよく分からなかった。
0投稿日: 2025.03.04
powered by ブクログ"読書とは、「文脈」のなかで紡ぐものだ。" これはまさに、私の文脈だった。 書店や読書を通じて自分の気になっている「文脈」に出会う体験の気持ち良さを、私は知っていた。私は元々読書が苦手だが、この体験を知ってからは「さらに自分の気になる新たな文脈に出会いたい」と勝手に読書量が増え積読も増えた。読書を通じて自分の文脈はどんどん見つかり、繋がり、変化する。その体験こそ私が読書する理由だ。それが言語化された感覚だった。 「思考の整理学」(外山滋比古)で語られた「知的個性」を醸成している感覚も相まって「もっと読みたい!」が加速する。「なんか頭が良くなった」様な快感も娯楽として得られるからかもしれない。脳内でレベルアップの効果音が流れる快感である。 余裕がないとノイズは受け入れられない。考えてみると至極当たり前のことだが、仕事への「全身全霊」を美徳としていた時期はそんなこと気づきもしなかったなと、自身を振り返った。ノイズの生かし方や楽しみ方は人によって違うため、全身全霊状態の人にノイズの良さを説明するのは難しいのでは?と思うところだが、それを丁寧に説いているのも本書のすごいところだと思った。さらに新書大賞を受賞されたことで、どんなに全身全霊のビジネスパーソンも「これは読んでおかねば」と間口の広がりに大きく貢献しているのでは!と、どこから目線の感想を抱いたのだった。 私だけの新たな「文脈」を発見し、醸成するためにノイズは欠かせない。そのために、私はこれからも半身で生きていこうと決めた。単純な私は三宅さんが大好きになった。私も三宅さんと、そういう社会を一歩ずつ、つくっていきたい。
0投稿日: 2025.03.04
powered by ブクログ『なぜ人は働いていると本が読めなくなるのか』について、内容を整理したい。 本書では、映画『花束みたいな恋をした』の主人公・麦を例に、社会人になると本が読めなくなる現象を考察している。麦はかつて文学が好きだったが、社会人になると自己啓発書しか読まなくなり、空いた時間はスマホゲームに費やすようになる。この変化を出発点に、「なぜ働くと人は本を読まなくなるのか」という問題を掘り下げている。 著者は、明治時代まで遡り、出世を志す時代における読書の位置づけを歴史的に振り返る。そして、本を読めなくなる理由として、単に仕事が忙しくなる時間的な要因だけでなく、「ノイズを受け入れなくなったこと」が大きいと指摘する。 現代では、多くの人が情報を効率的に得ることを重視し、YouTubeや映画を倍速で視聴するなど、仕事や趣味に直接関係のない「ノイズ」を排除する傾向がある。しかし、著者はこの「ノイズ」こそが重要であり、たとえ今の仕事に直接関係なくても、将来的にどこかでつながる可能性があると考えている。そして、これからの社会では、ノイズを積極的に受け入れながら読書を楽しむことが望ましいと述べている。 最後に何事も全身全霊で取り組むことが良しとされる日本社会の風潮を問題視し、これがうつ病のリスクを高めると指摘する。代わりに「半身」で物事に取り組むことで余裕が生まれ、読書や自己成長の時間が確保できると主張し、社会の価値観を変えるべきだと提言している。
5投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログ忙しい毎日の中でどうやって読書時間を確保するか?……そういうお話かと思っていたら全然違いました。 明治維新後、活版印刷で本が大量生産出来るようになってから、日本ではどのように読書がされてきたかを時代毎に解説されていました。 忙しくて本を読む時間が無いのは今に始まったことではないってのが目からウロコ 知識と情報が違うというのは、なるほどな確かにそうだなと感じました。 ネットの調べ物は必要だから行う事。 読書は楽しみながら知識を増やすこと。
1投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログ労働環境が変遷していく中で、私たちは仕事に人生の価値を見出すことを求められ、仕事が人生における全てであるべきという考え方が一般的になっている。それってほんとに正しいの?そんな社会ってほんとに理想的?とたくさんの問いを投げかけてくれた本だった。半身で仕事に取り組む姿勢こそが、本というノイズが含まれた知識を得るという心の余裕につながるのではないかという主張に非常に共感を覚えた。
2投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログ本に興味を持ち、読み始めるようになってからでもまだ、疲れて本を読めない日がある。なぜそうなるのか、どうしたら読めるのか、を一緒に考えてくれる。 過去から現在に至るまで、読書がどういう変遷を経てきたかを知ると、今の現代社会がいかに本を読めなくしている環境かわかる。僕も仕事をするのが大好きで全身全霊で取り組みたくなるが、まずはどう生きていくかを考え、そのために本をどう読むか、どういった本を読むかを改めて考えることができた。
0投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書史かと思えば、労働問題、働き方の本でした。さまざまな本から引用して論を組み立てているので、その調査量、読書量には、目を見張ります 結局、自分が何を大事にして生きるのか、人生のポートフォリオをどうするのか、という余裕を持てるかどうかの問題ですが、結局、それができるかできないか、は各自の状況になるので、そのあたりがネックになるのかな、と感じました。 個人的には、さまざまな「ファスト化」は今に始まったことではない、ということと、これからも「ファスト化」「効率化」を追求していくのは、個人的には面白くないな、と考えています。 効率的に正解を求める社会は、結局、余白が狭くなるのではないか。 正解がない問題は、だれがどのように考えるのか。 考えることをアウトソーシングしていって、行きつく先は何なのか。 いろいろと気になることはありますね。
1投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログ仕事が忙しいときに読書に集中できなくなり、ネットの情報を漁っていることに気づき本書を手に取ってみた。 読書が日本国民にどのように浸透していったかという歴史的な内容が多くを占めるが、事実だけでなく著者の考察が散りばめられており非常に勉強になった。 現代はより効率性を重視して「ノイズのない情報」としてのネットに向かってしまうという説明は自分に当てはまる気がしたので、「ノイズのある情報」としての読書に今後はもう少し時間を割いていきたい。
5投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログこの本の内容の8割が本書で言うところの「ノイズ」という点が最大のおもしろポイント。(もちろん仕掛けなんだろうけど) 最初読み進めると、うーんなんか読みたかった内容がタイトルとは違うなぁ、と思いつつ、後半そう感じた自分はおっしゃる通り偶然性のある情報を排除し目的通りの内容を得たかったのだと気づく。 仕事もプライベートも極論アンコントローラブル。読書からもその要素を学んでいくことに意味があると感じたのでこれからも読書を続けます。
0投稿日: 2025.03.03
powered by ブクログ読書の歴史を初めて知ったので興味深かった。なんとかこの本は読了できたけど、どうしても結局読書する心の余裕がない毎日だ………
2投稿日: 2025.03.02
powered by ブクログ雑誌の新発売のコーナーで見つけた、book 1stで購入。読書の楽しさにハマりつつも平日に全く読書の時間が取れないのはなぜ…と思ったため
0投稿日: 2025.03.02
powered by ブクログこの本のタイトルは 「普段、本を読めていない私でも、本を読めるようになるのだろうか!?」 とワクワクした。 実際の本の内容はいかに読書というものが、 「切羽詰まっている人間、豊かではない人間などにはできない」 と再確認するものだった。 本書前半は本のこれまでの歴史を知れてとても楽しめた。 円本というものを知れた。 この時代からサブスクのシステムはあったのだなぁと感心した。 道中、私が見たこともない映画の話題を、ずっと聞かされたようで退屈だった。 昔の本の引用は流暢に出てくるのに、最近の著作物はずっと「花束」の話だけで この時代の作品はこれしかないのかと落胆。 そして引用が多すぎる、著者の言葉で聞きたかった。 ある程度ゆるく生きようと言ってくれた。 本を読めないのは個人のせいではなく社会のせいなのだ。 これからの生活、これからの仕事、これからの社会。 いろんなことを考えさせられた。 私も半分に変わりたいなと願った。 本が苦手な人でも最終章だけ読めば、欲しい分の合点は得らるはず……と勧められる。 良い本でした。
0投稿日: 2025.03.01
powered by ブクログ忙しい中でもルーティーンを作って、日々少しでも本に触れたいと思った。また、他者の文脈に触れられる、という読書の新たな魅力に気づくことができた。読書を通して教養が身につくというのは、より客観的に物事を考えたり、他者に寄り添う視点を持てたりすることなのかなと思う。
0投稿日: 2025.03.01
powered by ブクログタイトルの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という疑問に対する答えにいたるまでに、近代以降の日本社会と読書の歴史がわかりやすく書かれていて、得るものが多い本だった。 教養とは、本質的に自分から離れたところにあるものに触れること。 読書とは、自分から遠く離れた文脈に触れること。 映画「花束みたいな恋をした」で、疲れて本を読めなくなってる菅田将暉に「分かる!」と思ってしまった理由を、見事に解説してもらえた。 現代において自分と関係ない、遠くにある知識はノイズでしかなく、ノイズの多い文章に触れることは疲れるけど、でもやっぱりそれは大事なことで、それができないときは疲れているから休んだ方がよろしい。 「半身で働く」ことを目指していきたいです。
8投稿日: 2025.02.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
確かに、「パズドラ」の箇所はかなり気持ちが分かる… パッと手軽にできて"理解"不要だから ぼーーーっとできてしまう点も要因だよね。 個人的に、読書は大好きなんだけれど、 集中して読みたいからこそ通勤電車で読むのは 結構気が削がれるというか… そもそも座っていればまだ良いが それだと眠ってしまうのよねぇ〜 頭を使いに行って、使い終わって、 読むという行為よりも疲れがきてしまうのもある。 自分が働きすぎとはあまり感じたことないけれど、 今までの体験から顧みてみると 働きすぎだったのかなぁと改めて感じる。 実際に"読む"より"寝る"がくる時点で やはりそうだったのかもしれない……苦笑 働き方についてはかなり同感だなぁと思いつつ、 給料面が不安になってしまうのは言うまでもない。 近年の物価高が大きく影響して、 「働く」云々よりも「生きる」ということ自体に 疲れを感じてくる人が少なからずいるのではないか…とも肌見にヒシヒシと感じている。 私も仕事自体は好きな方なのであるが、 いかんせんそもそもの体力がなく、 残業して通勤何時間もかけて帰って家事をして…… というルーティンのなか気絶するように寝ていた。 老後の資金を貯めなければ、のような漠然とした不安もあるなかで、本書のような働き方を実現可能にできる国の土台が必須になってくるのだろうなぁと改めて考えるのであった。 とはいえ、本書のような働き方ができる環境があれば、実践してみるのも良いのではないかなぁと思う。要は、自分の中の許容範囲と現実を擦り合わせた後に、ベストな働き方へ調整してみて、 それぞれ個々の納得のいく働き方に なっていれば良いなぁと思うのであった…!
1投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ日本人と読書の歴史を紐解きながら、その時代と読書の立ち位置を明示していく。 花束みたいな恋をした、のモヤモヤ感(嫌なものではなく)の正体が言語化された。
2投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ半身で働ける未来が、くるといいなぁ。 今は育休中だからこんなに本が読めているけど、 育休が終わったら仕事に育児に家事に。 きっと本を読む時間が少なくなる。 どうしたらほんをよめるようになるのか、、と思って手に取った本。 昔に遡って、社会の変化を学びながら読書の歴史を辿ることができて、あんまり新書は読まないからゆっくりゆっくり頭に入れながら読んだ。 全身全霊の人を5人よりも半身の人を10人。 そのほうがバーンアウトとかはなくなるよね、 という香帆さんの意見にそうだなぁ。と納得。 そして全身全霊の方が楽。という言葉になるほど、と。 いろんなことを半身でやること、 そしていろんなことをやったおかげで、 繋がる未来があることを実現してくれるいる人だなと思った。 世の中のみなさんが、自分が生きたいと心から思う生き方を 選びながら幸せに暮らせるようになるといいなぁ。 とりあえずわたしは、フルタイム復帰をするけれど 次があれば最初は短時間とかにしてみたい!!
1投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ働いていると、本を読むよりもついついスマホの 動画やSNSで何も考えずボーとしているのが 楽だけど、本を読む機会を無理に作るのではなくて 読みたくなる環境や状況を作るのが大事なんだなと 思った。 著者は全力で働くのではなく、半身くらいで ほどほどにするのがいいと語っている。 そういうほどほどに〜な価値観が少しでも 浸透していけば、もう少し気楽に生きれるのかな と感じた。 本では読書をめぐる考え方の変わり方などを 明治、大正、昭和、平成、そして今にわたって 書かれていて考え方の変化を知れてよかった!
49投稿日: 2025.02.25
powered by ブクログ新書苦手だけど、これはとってもおもしろかった!後半になるにつれて筆者の気持ちがノッてきてるのが伝わってきた。「全身全霊」ではなく「半身」で何事にも取り組む。余裕がないと自分以外の文脈と触れ合おうと思えない。 働いているとなぜ本が読めないのか。それは、現代日本の働き方や時代の傾向、読書歴の変遷、教養の必要性が情報の必要性に変わったことなどなど、いろんな要因があることがわかった。でもその中で、結局いちばん大切なのは「自分を見つめること」。自分だけにとらわれずに、没頭して忙殺されて自分を見ないんじゃなくて、自分と、世界のノイズ(本の中で、世界や他人の文脈のこと)を受け入れていくこと。 本を読み続けていたい。それはノイズを楽しめる人間であり続けることになるから。 以下メモ AIが人間の仕事を奪う世の中で、人間が生きている意味。AI時代における、人間らしい働き方。 それは「労働」と「文化」を両立させる働き方。 自分の余暇の時間を使って文化を享受しようとする姿勢 好意を重視する修養と、知識を重視する教養。 大正時代、前者はノンエリートが実践するもの、後者はエリートが身につけるもの、になっていった。 円本=文学全集 エリート目指し階級が買い、飾りとして積読されることが多かった。その子供が円本を読んで読書習慣がついたり、古本屋に流れて労働者階級に渡ったりした 70年代 教養の延長上にある学歴こそ必須条件 80年代 学歴ではなくコミュニケーション能力 自己啓発本はノイズを除去する。 コントロール可能な「自分」をコントロールする方法。アンコントローラブルなものは捨て置き、自分の行動というコントローラブルなものの変革に注力することによって、自分の人生を変革する。 読書的人文知→自己や社会の複雑さに目を向けつつ、歴史性や文脈性を重んじようとする知的な誠実さが実存している インターネット的情報→自己や社会の複雑さは考えず、歴史や文脈を、重んじず、人々の知りたい情報以外が出てこない ノイズがない からこそポピュリズムの強さがある ひろゆき的知性は、陰謀論や差別的感性にきわめて近くなりやすい。それは同時に、陰謀論や差別的感性が、自分の外部にある文脈や社会を共有せずに「今」ここの知識のみで成立する、ということの証左になる。 倫理や教養は、常に過去や社会といった、自分の外部への知識を前提とする。しかしそのような外部への知識を得るには、そもそま持っている文化資本が必要である。 読書と情報の最も大きな差異は、知識のノイズ性 自分の好きな仕事をして、欲しい情報を得て、個人にカスタマイズされた世界を生きる。働いていると本が読めなくなる理由は、ただ時間だけが問題なのではない。 問題は、読書という、偶然性に満ちたノイズありきの趣味を、私たちはどうやって楽しむことができるのか、というところにある。 読書とは、自分から遠く離れた文脈に触れること。 新しい文脈を知ろうとする余裕がない時、知りたい情報だけを知りたくなる。 遠く離れた他者もまた、いつかなあなたとつながる文脈にいるのかもしれない。
0投稿日: 2025.02.25
powered by ブクログ面白い考え方だし、半身という捉え方がすごいいいと感じたが、現実的ではないと感じた。 読書の歴史と現代の歴史を紐解いて考えていって、書かれている本で、なんで働くのかという問いにも直結しているのかなと思います。 壊れるのはそのことにおいて全身つかっているからであるということはすごくそう感じた。全身全霊をかけて仕事に取り組むことによって、仕事でミスをしたり、何も無くなった時に人は壊れてしまうのではないか。だからこそ二足の草鞋を履くことの大切さがあるのではないかととも思いました。 正社員で働きつつ、育児や色んなことをやりつつ自分のやりたいことをやるためにはどうすればいいのかということに関して、自分の趣味の時間や自分の時間を持つことの大切さが大事で、読書を趣味として考えると仕事後の読書時間の確保や、本屋によく行くこと、SNSを追うことなど、趣味の時間や空間をしっかり持つことが重要だと改めて認識しました。
9投稿日: 2025.02.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本がこれだけ売れたのは、本書のタイトルのように感じている人が多いからだろう。 しかし、本当に本が読めない状態の人には、この本は読み通すのはなかなか難しいのではないか、と思う。 読書と朗読の歴史。時代によって、読書の目的や位置づけが変わるのは興味深い。 でさ、私は、何のために、何を求めて読書をしているのだろうか。読んでいる時間が楽しいからだし、自分以外の人生を生きる楽しさがあるからだし、知識が増えたら嬉しいし、本を読んでいる自分が好きだったりもする。 じゃあどうして、どういう時に本が読めなくなるのか。 本書で書かれた、内容を予測できない読書はノイズに感じるから、というのもわかる気もする。自分が苦手なジャンルや雰囲気の本は読まないよう慎重に選ぶし、好きな本を読み返すのは安心できる。 私としては、心に余白がない時に本が読めなくなる気がする。仕事や心配ごとで頭がいっぱいの時に限らず、楽しくて胸がいっぱいのときにも読めない。 今回は少し流し気味で読んでしまったので、もう一度ちゃんと読んで、考えてみたい。 しかし、結末の「半身で働こう」はなかなか難しいのでは?
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ花束みたいな恋をしたの映画から始まり、明治からの働き方と読書について読み解いていく。 難しく書こうと思えばいくらでも難しく書けそうなテーマだけれど、軽妙な語り口とツッコミ力によって笑いながら読むことができる。 それこそ明治の頃から、いわゆるビジネス本みたいなものってあったんだなあ、思った。 と思うけど、結論部分の半身の社会の到来は難しいだろうなあ、と思う。著者の祈りのようなものだけれど、これまで、それこそ技術が発展してきても人間の余暇は増えずに(産業革命やらIT革命やらなんとかかんとか)、ただ人手だけが減らされて労働は過密になっているし、AIが発達しても大して変わらないんだろうな、と。 とは言え、著者の他の著作も読んでみたくなるくらいには面白かった。
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログタイトルに惹かれて新書を久しぶりに読んだけど面白かった。 私は読書が好きだけどたしかに自分が余裕がある時にしか読めないなあと感じた。 その理由が言語化されててよかった。 昔から全身全霊ができない自分だけど この本によると良いのだなと思った。
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ思っていたよりかなり日本の労働史に比重が置かれていた 明治まで遡る必要あったかな? 結論はそりゃそうだよねって感じでした
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ●私にとっては、読書が人生に不可欠な「文化」 人生に必要不可欠な「文化」は人それぞれ異なります。 ●自己啓発書はノイズを除去する 自己のコントローラブルな行動の変革を促す アンコントローラブルな外部の社会は、ノイズとして除去される ●読書は、何が向こうからやってくるのか分からない、知らないものを取り入れる、アンコントローラブルなエンターテイメント ・芸術ー鑑賞物ー鑑賞モード 娯楽ー消費物ー情報収集モード ・「観る」と「知る」は違う体験 ・読書ーノイズ込みの知を得る 情報ーノイズ抜きの知を得る ●シリアスレジャー ・自分の生きる意味となる、シリアスレジャー ●自分から遠く離れた文脈に触れること、それが読書 ・社会の働き方を、全身ではなく「半身に変える」 ・半身で「仕事の文脈」を持ち、もう半身は「別の文脈」を取り入れる余裕ができるはず ・未知の他者と会って仲良くなるには、自分に余裕がないといけない ●「半身で働く」ことが当たり前の社会に、なってほしい。 ・働いていても、働く以外の文脈というノイズが、聴こえる社会。 ●個人が「頑張りすぎたくなってしまう」ことが、今の社会の問題点 ・働きながら本が読めなくなるくらい、全身全霊で働きたくなってしまう ・「もっと自分が輝ける好きな仕事ができるのではないか、そのための努力が足りないのではないか」、と自ら感じてしまう ・自らで自らを競争に参加させて、そして自分で自分を搾取してしまう ・バーンアウト、「密かな自画自賛」「自分は悪くないという気分」、うつ病に至る病。一生付き合っていかなければならない心の病 ・トータル・ワーク、生活のあらゆる側面が仕事に変容する社会 ・全身、コミットメントするのは、楽である、 全身全霊のコミットメントは、何も考えなくていいから、楽 ・「全身」でひとつの文脈にコミットメントすることは、自分を忘れて、自我を消失させて、没頭すること ・人生を信じることができれば、いつか死ぬ自分の人生をどうやって使うべきか、考えることができる。 ●働きながら本を読める社会。それは半身社会を生きることに、ほかならない。
1投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ仕事で疲れていると推しに癒しを求める事があるけれど、疲れすぎている時は新しい映像がなぜか見れないとはこういう事だったのか!と納得。 感情を揺さぶられるノイズを無意識に拒絶していたのかもしれない。 読書に限らず、マンガやNetflixのドラマや面白そうなイベントなど、人にオススメされて面白そうなこと、私もハマるだろうとわかっているのに手を出せない時がある。 そんな時は仕事との距離感をちょうど良い案配に整える作業が必要だな。 半身で働きながら読書ができる社会、私も賛成。
11投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ読書や映画の情報はノイズであって、働いているとそのノイズを避けるようになる。全身全霊で仕事をするのではなく半身でいこうよ、という提言にはすごく納得できた。ただ映画好きな私は、逆にノイズを求めているようにも思えた。ただやっぱり全身全霊で仕事をするのは、馬鹿らしく、何かを達成するのに必ずしも仕事という環境が必要ではないということも、非常に腑に落ちた意見だ。どんなにtiktokやYouTubeが世に溢れ返えろうとも、私は映画館で映画に冒頭する行為でリフレッシュしてしまうし、桐野夏生の小説を夢中になって読んでしまうだろう。
0投稿日: 2025.02.23
powered by ブクログ読み始めると、明治以降の労働者が、どんな本をどんなふうに読んでいたのかが、時系列で語られている。読書の歴史書のようだった。その点は、一瞬キョトンとなったw その中で労働と読者の関係が語られ、今の本が読めないのがなぜなのかを、解明していっている。 労働に全身全霊ではなく、半身で働き、仕事じゃないことにも時間を配分できる方が、持続可能な社会を維持する上でも大切だと語られていると、神崎は汲み取りました。
5投稿日: 2025.02.23
powered by ブクログ仕事をするとき、「自ら」仕事を頑張ろうとしてしまう。てっきり、これは私個人の性質なのかと思っていたが、どうやら、社会がそうさせているらしい。そして、全身全霊仕事に打ち込むことは称賛されるべきこととも思っていたが、それは、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がない状態を産み出し、本が読めない状態になる、と著者は言う。 なるほど、確かに今私は育休中で、会社勤めをしていた頃よりも余裕がある。だから、今私は本が読めていて、自分からは遠く離れたところにある文脈にふれようとすることができているのか。 休職前、そこそこ忙しい仕事をしていたが、なんだかんだその忙しさが好きで、働くことは嫌いではなかった。でも、がむしゃらに頑張ってしまうことでなんとかなっている状態というのは、あまりよろしくない前例を作っているかもしれないし、私自身がどこかで疲弊しきって動けなくなっていたかもしれない。 復職後は、以前の全身全霊の働き方ではなくて、仕事以外のノイズも受け入れられるような働き方をしていこう。そういう前例を作っていこう。そして、本をたくさん読みたい。 今後の生き方の方向性が示された気がした。三宅さん、ありがとう。 ****** 第一章で引用されていた漱石の「門」については、三宅さんと見解が違った。 三宅さんは、宗助がエリート階級にいるから、立身出世を目指す男性たちに向けた自己啓発的な雑誌をひややかな目で見て伏せたのでは、と記載している。 私としては、宗助が雑誌を伏せたのは、他者に対するひややかな目ではなく、過去の自分の過ちに対する後ろめたさから、自身は幸せになる資格はなく、すなわち、猛進したとて希望はない、立身出世が憚られる、できるだけ人目につかず生きていく他ないための行動と思う。
10投稿日: 2025.02.22
powered by ブクログまさに働いていると本を読めなくなる「ときもある」という状況がここ数年続いている。 花束みたいな恋をしたも何度か鑑賞した映画だったので非常に興味深く読めた。 明治以降の読書の歴史、修養→教養への流れから司馬作品がサラリーマンに愛された経緯はなかなか当時の時代性を加味し納得性があった。 自己啓発の伸長も本書を読むとすんなり入ってくる。 筆者は半身で働くことで働きながらも読書ができる世の中が良いと主張する。 花束みたいな〜の絹ちゃんはまさに半身で働きながら文芸作品にゆるゆると触れ続ける一方、麦くんはイラストレーターを諦めてサラリーマンになった結果、全身全霊で営業マンモードになる。 ただ絹ちゃんのあのスタンスは親が広告代理店でバリバリ働いているという背景なしに成り立たない。 読書(自己啓発ではない、教養としての読書)が上流階級の特権だとしたら、やはり上流であるための一定数の資本力(一部の富裕層を除くとそれは労働から生まれる)が必要になる。 半身で働きながら教養に浸れる層というのは、非常に器用なマイノリティだと思った。 そしてノイズを拾う本(文学)とノイズを防ぐ本(自己啓発)の違いも言語化してくれて面白かった。 確かに端的に自分の成長のためのヒントをくれる自己啓発は成長を求められる現代に相応しい。一方でタイムパフォーマンス重視の世代にとって自分に刺さらない作品を読むのは時間のムダという考えが普及するのも理解できる。 文中でもあったように、今は関係のない物語がいつかどこかで繋がってくる可能性がある。 それこそが文学(もちろん、音楽でも映画でもいいが)に触れる楽しさであるし、繋がったときの別趣の感度へと繋がる。 だから筆者のいうとおり、休み休みしながらも読書に触れることを忘れないようにしようと思った。
1投稿日: 2025.02.21
powered by ブクログ本屋大賞が何かを受賞された本。 時系列的に本と人間との関係性が変化するという視点が新鮮だった。 世間は生成AIにより意識する前にノイズが排除された情報のみが手元に運ばれる段階。 再びノイズを求めて読書に回帰する運びとなるのではないか。
0投稿日: 2025.02.20
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか(趣味に時間を使えなくなるのか)を考察した本。 結論は日本社会の長時間労働のせいなんだけど、そもそも昔の日本人は読めていたのか等、日本人の読書の歴史からも紐解く本。 ちょうど読んでる時に上司からクソみたいな社内資料を過剰なクオリティで作るように指示された上に、理不尽にブチ切れられて「会社辞めて〜」ってなった時だったから共感しかなかった。 1年間本社で働いてみて、口では「無駄な業務を無くそう・残業を無くそう」と理想論を語る癖に大量の社内資料をいちいち丁寧なプロセス(担当で作成のうえ上長で確認・修正)で作成する状況を見るに、日本人の生産性の向上・ライフワークバランスの改善は無理だろうなーと思った。 今年は労働しながら無理にでも本読みまくる。
1投稿日: 2025.02.20
powered by ブクログ明治以降の日本人の働き方と読書への考え方の変遷を通して、今の日本人が「労働のせいで本が読めない」と感じる理由を探る1冊。働きながら、無理をしなくても本を読めるような社会になればいい。
0投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログタイトルは読書に関するものだが、実際には働き方に関する内容だった。 半身でという論旨には共感できる部分もなくはないが、まぁそうだろうなくらいの感想。 そこそこのおもしろさという感想かな。
0投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読む人によって評価の分かれる本だと思う。 まず、読む前に認識のすり合わせをする必要がある。エンタメとしての読書を楽しむ人は1度その考えを捨てて、フラットに読まなければ飲み込めないのではないか。著者が読書好きなら同じ視点で読めば答えが得られると思って読むと論点がよくわからないまま再読することになってしまう。 特に、本著の大部分を占める読書史・労働史は読者が読書に対してどういう印象を持っているかによってはテーマを逸脱していると感じるのではないか。エンタメとして読書をする層など、文学・文芸を好んで読む層ではなく世間一般のビジネス・専門書・自己啓発本などの「情報を得るために読む、役に立つ読書」について書かれているように思える。そのため、タイトルの「本」というのは少し主語が大きいように思う。(p.223に「本書は冒頭から、「勉強・学問」と「娯楽としての本・漫画」を区別していない」とあるが、それは本当に正しかったのだろうか?)娯楽を情報として楽しむ人(映画を早送りで観る人)には刺さる内容だと思う。労働史をいきなり導入する前に娯楽を情報として楽しんでいないか問題提起があればそういった人に対し明確で読みやすかったと思う。 しかし、後半は読書を別の趣味と置き換えて読むことも可能であり、こちらのほうはテーマに合っていると思った。 結論は著者も自覚しているように理想論だが、こうなってほしいと切実に思う。 (書きかけ)
1投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログタイトルに惹かれ購入したものの、自分は本を読むコツを知りたかったため、結局はあとがきのみ読めば済む本だった。本を読めない理由を知ってもどうにもならないため、そこに興味がある方は読んでみてもいいかもしれません。
1投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
たいへん面白く読ませていただきました。 このタイトルがまさに、「そうそう!!」。そしてじっくり読了。 すごいなと思ったのは、著者の読書量です。引用多数。そして労働と読書の歴史を細かく解説。 前半の、自分が生まれる以前のことについての部分は少々怠惰に思ってしまったものの、自分が本を読み出した70年代あたりからは、これまた「そうそう!!」と共感する部分が多く、そしてちらりと登場してくるベストセラー本などは、あまりにも有名すぎて、今までの私なら逆に意識から遠ざけていたものも、これを機会に読んでみたいなと思ったり。 後半は一気読みでした。 どうすれば読書の時間が取れるのか。 著者は半身で働く世界を推奨しているので、なるほど、生活に余裕を持ちたいなと感じた次第です。 半身で働くとなると、金銭面では苦しくなるのが現状なので、この点をどうクリアするかが問題点かな。 あとがきで、読書のコツを述べてくださっています。 そういえば、学生の頃は、通学時間、友達との待ち合わせ、ちょっとした隙間時間、たとえ5分でも、時間があれば本を開いてたな。また、そういった環境にあったんですよね。 さて、現在、娘が半端ない読書家に育っていて、何かといえば本を開いています。 自分も少しそれに感化されて、一日5分でいいからという軽めの気持ちで、本を読むようになりました。
1投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログ読み物として非常に面白かったです。 「半身で生きる」、「全身全霊を美化するのを止める」という点には、読んでる最中はあまり共感できませんでした。私は趣味も仕事もやはり全力で成しせるようになりたいと思ってるから。 しかし、後から考えてみると、仕事に全力を捧げるのは趣味の時間を作るためであると気づきました。業務後に趣味の予定がない時やどうやっても夜遅くまで仕事をしなければならない時などはだいぶ怠けた働き方をしているんです。思うに僕は半身で働くために限られた時間に全身全霊を捧げてるようです。そう考えると著者さんの考え方はあながち自分と真逆とも思えないような気もします。何はともあれ少し頑張れば趣味の時間を作れる今の自分の環境に感謝しなければならないんでしょうね。 余談ですが。 歴史が好きなので近代以降の日本の読書の歴史について学べてとても良かったです。
1投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログ読書が歴史的にどう普及されていくのかをなぞって行く。 中々難しい内容で読み進めるのに苦労した。 最終的には、現代の労働環境に対してどうすれば、働きながら読書ができるのかと言うところに行き着く。 著者の理想とする社会を実現する のは難しいなと感じた。
0投稿日: 2025.02.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
オーディブルで聴いた。 本や読書と、労働の歴史。 本の読める社会、みんながもっと全身全霊ではなくゆとりを許容できる社会になれればいいな。 それと、好きなことを仕事にすることを現代の病のように言ってて、なるほどなと思った。
5投稿日: 2025.02.18
powered by ブクログ2025.02.01〜2025.02.18(オーディブルにて視聴) 今後目指す働き方を読書を軸に提案。日本人と読書の関係と読書をするため、いや、よりよく生きるために必要な働き方について語りかけてくれる一冊。 結論から言えば、全身全霊を仕事に向けるのではなく、読書などの余暇を過ごせるよう半身の生活をしようという論調。 最後に触れられているが、別に仕事を好きならそれでも構わない。ただし、仕事に全身全霊を注ぎ込むと、万が一バーンアウトしてしまったらその後の人生は辛いでは済まない。だこらこそ、どこかで仕事は仕事として考え、それ以外のところにも拠り所を作ろう(その結果著者の場合は自分の好きな読書もできる!)という趣旨。 前半、というより本書の多くは日本人と読書の関係に触れられている。 明治や大正では立身出世のための読書、昭和になると次第に読書はエリート層から大衆にも広がり、高度経済成長期にはテレビメディアと連動した娯楽としての読書、そして、平成期から今に至ると啓蒙、自己啓発のための読書と変わっていく。 娯楽が多様化する中、読書のウエイトが単純に少なくなるのはもちろんだが、特に近年「ノイズのない情報」が求められると、人々は読書ではなく、インターネットやSNSなどで情報を集めるようになる。逆に読書はノイズを多く含むことから、コスパタイパが悪いものとなってしまった。 そうなってしまったのは、多くの人は時間がないからというが、労働時間は増えているかというとそうでもない。働き方が変わっているのだ。 新自由主義が横行する昨今、やればやるほど成果につながるメリットはあるが、逆に言えばいくらでも頑張り続けられるようになった。そうなると、仕事のための情報はなるべく効率よく取れるようにしたい。その結果、読書に費やす時間が減っていく。 でも、それは一歩間違えればバーンアウトや鬱病につながってしまう。だからこそ、著者は全身を何かにぶつけるのではなく、半身になって色々な文脈に身を置く働き方を提唱している。 と、なるべく要点をまとめてみたが、これや他の人のまとめを読んで必要な情報を手に入れたとするのは、まさに現代のノイズのない情報のみを求めて、余裕のない生活を送っている証かもしれない。ぜひ時間をとって、ノイズも含めてゆっくりとこの本を楽しんで欲しい。 また、花束みたいな恋をしたを未視聴で、今後見る予定がある人は先にそちらを読む、または、観ることを強くお勧めします(笑)
0投稿日: 2025.02.18
powered by ブクログ本が好きだったのに最近本を読んでない、時間もない、そんな人に手に取ってほしい…!!!!! もう1年近く本を読んでない元読書の虫が、2025年は本を読む年にするぞと意気込んで手に取った記念すべき1冊目!本当にこの本が1冊目で大正解! 明治時代以降の各時代の読書と労働の関係を丁寧に整理、解説しながら、現代はなぜ働いていると本が読めない社会なのかを紐解く。各時代の労働とは人々にとってどういうものだったのか、読書とはどういうものだったのか。なんのために人は読書をするのか。 まさにタイトルの状況下に置かれ、本を読むなにかのきっかけになれば、ヒントが知りたくて読み始めた私にとって、内容の大半を占める読書の歴史なんて「ノイズ」のはずなのに、新たな見識や発見にワクワクしながら一気に読み進め、この感覚が読書が好きだった理由だったと思い出しました。 私にとって読書が楽しいことだった時代、今よりもっと知らないと誰かの世界の中で、読書は新しい知識や自分じゃ思いつかない素敵な表現、知らない世界との出会いに夢中だったのに、社会人になって5年。本を読むことはめっきりなくなり、まさに著者と同じ状況でした。 2025年は本を読む年にする!と手に取った1冊目。本当にこの本でよかった。運命! そして結論の、「半身で働く」。仕事フルコミット、仕事大好きだけど仕事漬けの日々にちょっと疲れてきたなと思ってたところだったのでドキッとしました。読書然り、気づけば無意識に我慢してたり存在自体忘れてたり見えないフリしてたやりたいことってたくさんあったなと。仕事以外は何もできない状況を、仕事忙しいから仕方ないで片付けずに、うまく気持ちも時間もコントロールしてやりたいこと全部やってやるぞ!って気持ちになりました。
1投稿日: 2025.02.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
圧倒的な引用の量に読書愛を感じる。 喰らったので星5です。 ゆるふわに「半身」を表現してくれたらゆるく相槌を打てたはずなのに、言語化うますぎのため、自分の背骨に「全身」が通っている事に気がついてしまった。 俺は、推しを愛している。 推しは、高校生活の大半を捨てて芸能界へ来た。 後輩たちに、捨てられるかの覚悟を問うた。 ノースキャンダルで卒業を迎え、 舞台の千秋楽の翌日には別の作品の稽古が入っているという過密スケジュールを、 望んで入れている。 俺は、推しの「美徳」を愛している。 推しに恥じない生き方をしたいと思っている。 半身で回る世界がいい、 本を読んでいたい、 推しをたまには見ていたい。 本当はそう思いたいのに、 推しは全身捧げて生きてる。 どうしようもない内なる引力にさいなまれながら、それでも半身をどうにか願えるように。
1投稿日: 2025.02.17
powered by ブクログ結論部分だけをピックアップすると、以下の通り。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 本を読むための余裕を残せるように、全身全霊で働くのではなしに、「半身」で働こう。 個人がそうすることが、社会の働き方を全身的なものから半身的なものに変えていく第一歩だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 結論に至るまでには、明治時代から現代までの読書と労働をまつるエトセトラがふんだんに盛り込まれている。 著者は、現代の読書を自分とは離れたところにあるものと向き合うための「ノイズ」であると定義している。 だからこそ、余裕がなくなると実生活とは無関係なものとして切り捨てられてしまうらしい。 自分は、半身的な働き方ができているような気がした。 だって好きな本を読む余裕を失ってないもの。 職場でもちょちょいと本を読むようなアソビのスキマ時間もある。 この本も、仕事が終わった後によみおわりました。 最後の方で、著者が「本が好きなんだろうなぁ」というのが伝わってきました。 読了後、いい気持ちになりました。
2投稿日: 2025.02.17
