
総合評価
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powered by ブクログ明治から令和までの日本人の働き方や読書に求めるものを整理したうえで、全身全霊で働く仕事の仕方に警鐘を鳴らす本。 自分から遠く離れた文脈に触れることが読書だが、仕事に追われていると、仕事以外の分脈を取り入れる余裕がなくなる。だから本が読めなくなる。自分にも思い当たる節がありすぎて怖い。 自己啓発書と新自由主義は相性が良い。他者の文脈に触れる「ノイズ」である読書は自分に関係のないものとして排除され、直接的に役立つ情報が求められる傾向にある。市場開放と経済発展による新自由主義が、現代の生きづらさの根源という結論には同意できる。 バーンアウトせずに本を読む時間をきちんと持つための「半身のコミットメント」が許される社会になってほしいと願う。そういう意味では、雑誌という媒体も自分から離れた存在に強制的に触れることのできる「教養」性の高いメディアなのかも。
1投稿日: 2025.05.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最後の方はちょっと難しかったかも。壮大なラストだった。言うのは簡単だけどさあ…というのはわかる。けど、まず言わないと変わらないとも思う。
0投稿日: 2025.05.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書は、「なぜ働くと本が読めなくなるのか?」という素朴でありながら深い問いに挑んだ一冊である。 働くことで読書の余裕を奪われてしまう社会そのものへの問題提起から出発し、ではどうすれば労働と読書を両立できる社会を築けるのかという問いを掘り下げている。 特に、近年の自己啓発の潮流についての考察が印象的である。すなわち、「自分でコントロール可能な領域に集中し、社会や他者、コントロールできないものをノイズとして切り捨てる」という考え方である。このアプローチは確かに合理的ではあるが、果たしてそれが健全なのかという疑問がわいてくる。 なぜなら、ノイズやコンフリクトこそが偶発的な出会いや気づきを生むこともあるからである。インターネットは、アルゴリズムによって情報が個人最適化され、ノイズが排除される世界である。一方で、本には求めていなかったノイズや余計に思える情報も多く含まれる。しかし、そうしたノイズこそが思考を刺激し、世界を広げる契機になることもあるのではないか。 本書はまた、「ノイズを受け入れる余裕がないときは、無理に全力で働くのをやめ、半身で働くくらいがちょうどよい」と提案する。これは労働を減速し、余白を取り戻そうとする試みである。ただし、個人的には、全力を尽くすことの意義も否定できないと感じた。半身で取り組めば逆に中途半端になり、結果として満足のいく成果が得られない危険もある。特に、副業などに失敗する人が多い現実を見ると、「半身」という選択は決して簡単ではなく、むしろバランスを取ること自体が大きな課題であると考えさせられた。 全体として、読書と労働の両立について多角的に考えるきっかけを与えてくれる良書である一方、終盤にかけてやや結論が急ぎ足でまとめられており、もう一歩深掘りしてほしかったという物足りなさも残る。論文でありがちな実験や分析に全力を注ぎ、そこからのインプリケーションが浅い印象である。それでも、現代の働き方や自己啓発に疑問を感じている人には、一読の価値がある一冊である
1投稿日: 2025.05.11
powered by ブクログタイトルに惹かれて手に取りました。 単に「忙しいから」「長時間労働だから」本が読めないわけではない、という指摘は新鮮でした。 これまでの「モーレツ」社員に代表されるような日本の労働の歴史と読書の歴史を照らし合わせながら分析している部分も興味深く読むことができました。昨今の「読書離れ」が「知識ではなく情報を求める社会になった」という指摘も説得力があります。 ただ、筆者の訴える「半身で働く社会」というあり方は素敵だと思いますが、それを実現することは難しいかもしれません。自分にできる範囲で、少しずつ広げていければと思います。 あとがきにある、仕事をしながら本を読むための筆者のオススメポイントも参考になりそうです。
10投稿日: 2025.05.10
powered by ブクログ明治以降の働き方と読書の関係性を元になぜ働いていると本が読めなくなるか?を解説していく本 そこからどういう社会、生き方であれば働きながら本が読めるか?までの結論を出していく過程が面白い 人間は優越の追求をするもので、社会や会社が生き方を規定してくれていた時代はそれが読書を元にした教養であった。 現代になると、それが仕事になり仕事に必要な情報のみが必要とされ、ノイズである読書は必要とされなくなる。 仕事に全身全霊を捧げるのはやめて半身のみを捧げることでノイズを受け入れる余裕が生まれるのでは
0投稿日: 2025.05.10
powered by ブクログ明治から現代まで、各時代における労働と読書(教養、修養)の関係性を紐解き、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を考察。 納得できる論理展開でした。その分、考察部分が少し弱く感じたのもある。 突如登場するフレーズが散りばめられ、多方面からまとようという意図かなと、個人的に。 まさに自分が「最近読書できてない」から共感できる部分も多々ありました。
0投稿日: 2025.05.10
powered by ブクログ結局なぜ読めなくなるのか、明快な答えが書いてあるわけではなくて、どういう社会で人がどのように働いてきたのか、その時代ときどきの読書のあり方を、歴史を遡って考察していきます。 分かりやすい答えを求めてしまっていたことに、自分も例外なく現代社会の労働者なのだと自覚しました。きっと一介の会社員としては失格なのだろうが、筆者の掲げる"半身社会"に賛同します。
0投稿日: 2025.05.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本屋で度々見かけて手に取った本。 後半になるにつれて面白くなった。 うんうんうなづきながら読んだ。 ・現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立している。 ・「パズドラ」ならできるのは、コントローラブルな娯楽だからだ。スマホゲームという名の、既知の体験の踏襲は、むしろ 頭をクリアにすらするかもしれない。知らないノイズが入ってこないからだ。対して読書は、何が向こうからやってくるのかわからない、知らないものを取り入れる、アンコントローラブルなエンターテイメントである。そのノイズ性こそが、読書を手放した原因ではなかっただろうか。 ・問題は、読書という、偶然性に満ちたノイズありきの趣味を、私たちはどうやって楽しむことができるのか、というところにある。 ・私たちは、他者の文脈に触れながら、生きざるをえないのではないか。つまり、私たちは ノイズ性を完全に除去した情報だけで生きるなんて、無理なのではないだろうか。 ・大切なのは他者の文脈をシャットアウトしないことだ。仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを受け入れること。それこそが、私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか。 ・本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在する。知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。 ・本が読めない状況とは、新しい文脈をつく余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文章をノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。働いていると本が読めない。それは仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ。 ・この社会の働き方を、全身ではなく 、「半身」に変えることができたらどうだろうか。半身で仕事の文脈を持ち、もう半身は、「別の文脈」を取り入れる余裕ができるはずだ。 ・新しい文脈という名のノイズを受け入れられないとき、そういう時は休もう。疲れたときは休もう。そして 体と心がしっくりくるまで、回復させよう。本なんか読まなくてもいい。趣味なんか離れていいのだ。そして回復して、新しい文脈を身体に取り入れたくなったとき、また、本を読めばいいのだ。 ・「働きながら本が読めなくなるくらい、全身全霊で働きたくなってしまう」ように個人が仕向けられているのが、現代社会 なのだ。 ・自らで自らを競争に参加させ、そして自分自身を搾取してしまうのだ。 ・常に、資本主義は、「全身」を求める。全身のコミットメントは、楽だが、あやうい。頑張りすぎると、人は壊れるからだ。 ・仕事や家事や趣味や、様々な場所に居場所をつくる。さまざまな文脈の中で生きている自分を自覚する。他者の文脈を取り入れる余裕をつくる。その末に、読書という、ノイズ込みの文脈を頭に入れる作業を楽しむことができるはずだ。 ・疲れたら、休むために。元気が出たら、もう一度歩き出すために。他人のケアをできる余裕を、残しておくために。仕事以外の、自分自身の人生をちゃんと考えられるように。他人の言葉を、読む余裕を持てるように。私たちはいつだって、半身を残しておくべきではないだろうか。
0投稿日: 2025.05.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「他者の文脈を知る」 たしかに。これまでの学生生活を振り返ると、「他者の文脈を取り入れる余裕」はなかったに等しい。中学校、高校に入学すると同時に部活に熱中し、すぐに受験はやってくる。大学に入っても講義、サークル、アルバイトに熱中し、余裕が無かったんだろうと思う。本を読まなきゃいけないという焦燥感も拍車をかけていたと思う。のんびりすればいいのに。本書の結論は正しく無理しないで働こう、無理しないで本を読もうというものだった。働いてものんびり少しずつでもいいから読めたらいいな。
1投稿日: 2025.05.09
powered by ブクログ全身全霊をやめませんか 言いたいことが明確 昔は仕事は生活のため、休みに楽しむだった それでよかったのに、仕事は自己実現するもの なんて仕向けられるようになった 2000年代のゆとり教育から
0投稿日: 2025.05.08
powered by ブクログp.233 1冊の本のなかにはさまざまな「文脈」が収められている。だとすれば、ある本を読んだことがきっかけで、好きな作家という文脈を見つけたり、好きなジャンルという新しい文脈を見つけるかもしれない。たった1冊の読書であっても、その本のなかには、作者が生きてきた文脈が詰まっている。 本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。 だからこそ本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れること!それが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。 自分に関係のあるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから私たちは、働いていると、本が読めない。 仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ。
0投稿日: 2025.05.08
powered by ブクログずっと前から気になっていた本。 本をじっくり読めない働き方をしている人が多い。 ネットで得られる「情報」本を読む時は「情報」「自己啓発」といったすぐさま労働に役立ちそうなものに、時代と共に変わってきている。 読書で得られる「ノイズ」が実はとても重要なもの。 労働と読書の変遷がこれほどまでに、興味惹かれるものだったとは思いもしなかった。 本すら読めていないと気づいた時、ページをめくり始めると、「ノイズ」があるものの方が、のめり込みやすく、リフレッシュできる。
0投稿日: 2025.05.07
powered by ブクログ本をたくさん読むようになったきっかけってなんだろう?そう思って思い返してみると、私が小学生の時だったかな、読書マラソンみたいなものがあって一冊本を読んだらひとマス塗りつぶしてゴールを目指す、晴れてゴールにたどり着いたら賞状がもらえるというものがあったような…。その後中学高校で自分で本を買ったり、友達と本の貸し借りをしたりして…中学でハマったのが赤川次郎さん、高校のときには吉本ばななさんとか、村上春樹さんの「ノルェイの森」とか読んでたな…。専門学校のときは、まぁ勉強がメインだったけど、ハマったのが綾辻行人さん、就職してからは山田悠介さんとか…よく読んでたかも! でも一時期、本を読むことって疲れるって思ってた時期がありました。ドラマとか映画とか映像を見てるほうがラクかなって、自然と読まなくなったことがありました。そんな私がまた本を読むようになったのは、娘が図書館に通うようになったからです。もう、図書館様々です!!図書館に通うようになってから、しばらくして、あれ?何を今まで読んできたのかわからなくなっちゃうのももったいないな…と、ブクログをはじめてみました。そしたらもっと読むのが楽しくなりました。なので、今は働いていても本は読めています! この作品って、本を読める余裕を仕事をしていても持ちましょう的な感じでした。でも工夫次第で働いていても本は読めますよね…。本を読めているから仕事も頑張れるって思っている私がいます。実際、ブクログで知り合った読書家さんは、みんな時間をやりくりして、仕事をしていても家事や育児に忙しくても本を読めてますもんね!ワクワクしながら、次は何を読もうかなって思うとき、ちょっと幸せ感じちゃいます♡
95投稿日: 2025.05.07
powered by ブクログいつか、この本の続きとか改訂版が出るときには、「なぜ働いていると本が読めなかったのか」というような社会になっているといいなと思う。 あと、本質からは逸れるかも知れないが… 坂本裕二ってすごい。
9投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書と労働の関係を、明治から現代に至るまで分析。単純に「時間がないから本が読めない」というわけではない、と感じた。 読書が好きな人への根源的な問い、読書はこれからどうなるのか?知識を得るだけで、「読書を楽しむ」ことは不要になるのか?に答えてくれる本。 読書に関わらず、いろいろなことにコミットしすぎないように、自分の生き方を考えさせてくれる本。 私は「半身社会」、大いに賛成です。
1投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログ話題の新書であり、三宅さんの本ということで、読むのを楽しみにしていた一冊。しかし全十章中、八章までは、主に、労働と読書の変遷について書かれていて、正直、私には退屈で、頭の中にあまり内容が入ってきませんでした。 でも、そこはやはり三宅さん。特に、最終章とあとがきは秀逸で、まずは、今までの内容を整理した上で、今後のあるべき社会や働き方について述べられていて、三宅さんの主張がよく伝わってきました。 「なぜ働いていると本が読めなくなってしまうのか?」という題ですが、本を読む余裕のない社会っておかしくないか、どうすれば労働と読書が両立する社会をつくることができるのか、という課題に対して論じられていました。 ●全身全霊で働くことをやめよう。つまり、半身で働こう。それが可能な社会にしよう。 全身全霊で働くことを美化していると、いつか全身全霊で働けなくなったとき、なんだか「全身全霊で働けないやつなんて、だめだ」と考えそうじゃないですか。そんなの嫌なんです。働くの、けっこう好きだからこそ、言いたい。仕事なんて、所詮仕事だよ!と。自分に言い聞かせたい。 書く仕事はとっても好きだし、ずっと続けたいし、なにより読んでもらえるなら全力でいいものを書きたい。だけど一方で、書く仕事を全身全霊でできなくなった日が来ても、自分を否定したくない。仕事は仕事だから。 【新しく知り得た知識】 ・「燃え尽き症候群」つまりバーンアウトは鬱病に至る病である。一度鬱病になってしまうと、完治することは難しい。風邪のように薬を飲めば治る、というものではなく、一生付き合っていかなければならない心の病を抱えることになってしまうことも少なくない。
38投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本を読めなくなっていたことを悲しんでいたのでちょうど良かった。 この本を読んだからといって本(主に小説・ラノベ)を読みまくる生活に戻ることはできなさそうだが、まあ読めないなら読めないで良いかと少し心に余裕ができた気がする(逆効果…?) というかやっぱり体の調子が悪い気がするのでいつか病院に行こうと思う。 話が逸れてしまったが、こういったノイズを楽しむ(受け入れる)こと自体を避けようとしがちだったため少しずつ取り戻していこうと思った。 この本の結論自体はありがちな内容に収まっていたような気がするが、この本自体が序盤中盤にノイズを含んでいる構成なのは良かった。
0投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログ共感の嵐だった!!!! 時代とともに本が買われる理由や読まれる理由、読まれない理由が移り変っていくことを知れて納得! 自分も仕事を頑張りすぎていた時はご飯食べる時間も睡眠時間も削って夢の中でも仕事をしていたので、読みたい本を見つけることすら出来ませんでした。仕事の本は必要で読むのですが睡眠をほとんどとってないので全然覚えられなかったことを覚えています。苦笑 三宅さんの言う通り、仕事をやめてからは、読みたい本は見つかるし、好きな本を読めるようになりました! 最後のあとがきはめっちゃ今自分がやってる事と被ってることが多くて嬉しかった。
0投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ最近三宅さんの発言や活動にとても興味があります。 この本もとても素晴らしいです。私は「ノイズ」を自分に入れたいと思う派なのですが、仕事によってなかなか自分の思う通りに好きな本や映画やドラマを摂取できていない悩みがあります。 そういう意味では自分もそういった社会を求めている部分があります。何かできることはないでしょうか
0投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ著者はとても広い視野で物事を見ていることを感じた。しかし、読書以外の娯楽(SNS、ゲーム、映画、アニメ)もある種のノイズだと感じる。自分は本はノイズ、義務だと割り切って読んでいる。ジェンダー格差にも触れる。
0投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ本の題名の問いが気になり購入。 明治時代〜今までの読書変遷を整理しつつ、本書のお題である問いに対して著者の考えを整理し、社会(読者)への提言が書かれている本。 後半から出てくるノイズというキーワードとともに考察が書かれているので、読み物として面白かったです。 ただその理由だけで、本当に読書ができなくなったのかな??という疑問が払拭しきれなかったので、この評価にしました。
6投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ労働と本の歴史について興味深く読むことができた。実用本=ベストセラーの印象があるが、各々の時代の特徴が反映されているのが面白い。 全身全霊でないと生きられない人もいるかもだけど、多くの人は半身社会でも良いのでは。普段本を読まない人にも読んで欲しい本。
0投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログキャッチーなタイトルだけど、労働について、わかりやすく書いてくれている本。 読書はノイズかー。なんかわかるなー。疲れてる時とか本当に本が読めない。ケータイは触れるし、YouTubeは見てるわけだから、時間が無いわけじゃ無い。余裕が少しある時は、自己啓発的な本とか、仕事に関係ある本は読めるのに、なぜか小説は読めない。疲れすぎて、自分以外の文脈に触れられないって普通に考えたらやばい状態だよな〜。日本の労働に対する考え方を根本から変えて行きたいなー。
1投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ上坂すみれも読んでるとか! 労働と読書の歴史を追うのってなかなか興味深かったな。あと本に限らず趣味にも仕事にも半身で向き合うのって大事だなって。私みたいに本に囲まれた仕事でも、就職後に読書量爆増する人、珍しいからな〜。
0投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログいやもうほんそれよ。 私はずっと昔から「半身で働きたい」と思い続けているよ。 日本人、労働時間が長いだけで効率は悪い。 あれだけ働いてこの程度?という。 氷河期世代の自分たちはこのまま色々な意味で搾取され続けて死を迎えるのだろうけれど、子どもの世代は多少は生きやすくなるといいな。
0投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログ仕事に疲れて帰ってくると、スマホばかり見てしまう。学生なら、普段から研究のために文章を読んでいるのにその他の時間まで本を読みたくないと思うかもしれない。この本では、読書は働くことのノイズになると述べている。ネットと違い、予想しない情報が本には含まれているからだ。だが、他者の文脈をシャットアウトしないことが大切である。仕事以外の文脈を思い出すこと、自分から遠く離れた文脈に触れることができるのが読書。私も、半分を研究や仕事に割いて、半分を読書や趣味につかえるようになりたい。
2投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
作者の意見に非常に共感できた。 自分なりの要約 なぜ本が読めなくなるのか⇒現代は自己責任主義⇒生活のために成長が必要⇒本(自己啓発除く)は成長に直結しない⇒読んでる余裕がない。 特に、全力で1つの物事(仕事or家事)を捧げた結果に待っているのは燃え尽き症候群や精神疲労。全力でなく半身として余力を持とう。との考え方には全面的に賛同できた。
0投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私は自分に厳しく、他人にも厳しい。特に仕事になると、『全身』で働くことを求めがちである。 この本には以下の内容が記載されていた。 『全身で働くことは危うい。精神が疲弊、崩壊する恐れがある。半身で働く余裕を持ち、他者の文脈を受け入れる余裕が必要。』 他者の文脈を受け入れる余裕を持ち、自分のキャパと教養を広げて行けるように半身で仕事、読書以外にも挑戦して、色んな文脈を受け入れていきたい。 ◼️本から得たこと * 元来、本はインテリ階級が教養を取得するためのものだった * 長時間労働により本は読みやすくなったり、労働者にも利益の生まれるものが設計されたりして読書文化が大衆に解放された * 高度経済成長期を経て自己啓発本が流行。社会はアンコントローラブルなモノへと変化。コントロールできる行動にフォーカスをあてた自己啓発本が流行る。それ以外はノイズとなる。自己啓発以外の新たな世界を見せてくれる読書はノイズではないか? * 大切なのは他者の文脈(仕事のノイズになるかもしれない知識)をシャットアウトしないこと。あえて受け入れる。それこそが働きながら本を読む一歩。 * 全身で働くことは危うい。精神が疲弊、崩壊する恐れがある。半身で働く余裕を持ち、他者の文脈を受け入れる余裕が必要。
0投稿日: 2025.05.03
powered by ブクログ日本人の読書の歴史・変遷を遡って見ていき、さらに現代人の読書への向き合い方まで解説する本。 なるほどな〜という見方ばかりで面白かった。ラストが読書論を離れて生き方(働き方)論になったとこだけおやっとなったけど、そこの主張もよくわかるし、まさに仕事を読書できてない言い訳にしてる僕にはすごく響く内容だった。 だから忘れないように。 ・読書とはノイズだ。 ・現代はノイズを排除して自分にフォーカス、それにより自分が幸せになろうとする社会 ・ノイズ=他者の文脈に触れることで人生を豊かに ・働きながら読書が(≒好きなこと)ができる社会に。幸せな社会に。
0投稿日: 2025.05.03
powered by ブクログ明治以降の出版の歴史と、労働の「忙しさ」について話した内容。 スマホを見ている時間はあるのに、本を読まなくなることに「労働にフルコミットしすぎよ、もっと重心を考えてみたら?雑音も大事よ」というのが大まかな趣旨。 13歳のハローワークの話はとても良かった。「早く知る」が強烈なアドバンテージになることは、ほんとそう。
0投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ本作で一躍新書界のスターとなった三宅香帆 本屋では常に入り口付近に平積みされていて、YouTubeでも著者を最近見かけるようにになったため、トレンドを追うべく手に取ってみた。 なぜ働いていると本が読めなくなるのか、ライフステージと共に読書習慣は驚くほど簡単に変わってしまうのは本屋に行く人なら誰もが実感したことがあると思う。映画『花束みたいな恋をした』を切り口に明治時代まで時間を遡り、読書習慣と労働との関係を紐解いていく。読書史とまでは言えないが、
0投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ読書ができなくなる脳のメカニズムの話かと思いきや この本は読書史の話。 明治から現在に至るまで日本人にとって読書と労働の関係がどう変わってきたかを追っている なぜ働くと読書をしなくなるのか。筆者曰く、読書=知識+ノイズであり、欲しい情報以外の「ノイズ」が入ってきてしまうことが原因ではないか(現代を生き抜く上では不要)という考察が興味深い まさに本書も「なぜ読書をしなくなるのか」を知りたくて買った場合、余計な情報(ノイズ)が多すぎる笑だが、それが良い。労働と読書の歴史を追うことで、現在の支配的な風潮(例えば自己責任論)がなぜ生まれたかを知ることができる。 本やテレビはこの偶然性(思いもよらぬ知識との出会い)がやはり長所だと思わされた。 現代、本を読むことが出世につながるとは言い難いが(ちなみに明治時代は立身出世のために読書が推奨されたという)、自分の興味の幅を広げるために(その方が人生豊かそう)本をもっと読みたいと思った。
1投稿日: 2025.05.01
powered by ブクログ読みやすさ★★★★☆ 面白い。あらゆる角度から「労働」と「読書」が検証されている。後半のキーワードになってくる「ノイズ」。「ノイズ」に積極的に触れて、受け入れることが大切。将来のお店の名前、「ノイズ」にしようかな。
1投稿日: 2025.05.01
powered by ブクログ近くの書店で行われた読書会でさわりの部分を読んで面白そうだったので購入しました。 読書という行為を歴史からアプローチして何故読書が出来ないのか、読書をできるようにするにはどうすれば良いのかというお話が書いてあってとても面白かったです。
0投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ過去から現在に至るまで、時代ごとに人々が読書を行う目的が変わってきている変遷が分かりやすく記されており、現代人の読書離れが起きている原因についても考察されている。最終章の「全身全霊」をやめませんかとの問いが、現代人の人生に対する向き合い方、ひいては本を読む心の余裕を持つことに繋がり、筆者いう働きながら本を読める社会になるための問題提起となっている。
0投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログタイトルから長らく気になっていたけれどどうしても小説以外の読み物が苦手で手が出なかったこちらの本ですが、作者の三宅さんが自分と同い年であることをYouTubeから知って急に身近に思えたので購入。 読み物としてとても興味深かったし、中身というよりも同年代の彼女の読んできた本の多さと、そこから引用してくる文章と、それらを組み合わせて彼女なりの持論を展開していくという進み方にひたすら感心しながら読み終えました。小説以外の本の読み方のお手本を見たような。 各年代の労働史には正直あまり興味はもてなかったけど、そこから知識を得た彼女がこんな風に本を書くのなら、私も小説ジャンル以外に手を出してみたら世界が広がるのかな、なんて淡い期待が持てました。
1投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ本と日本人の歴史を詳しく辿っていて興味深かったが、どうしても引用が多く疲れ、読むのに時間がかかった。 でも、また通勤で本を読もうと思うきっかけを与えてくれた。 読書に限らずノイズも大切に豊かに生きようと思う。
0投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ人と本との関係性の歴史について知ることができ、おもしろく読みました。 ノイズを大切にすること。 自分から遠く離れた文脈を大切にすること。 この本の先の未来ともまた、出会いたくなりました。
1投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログ購入する前は、タイトルを見て、「本を読めなくなるのは忙しいからに決まってる」と思い込んでいた。 しかし、本を手に取っていざ読んでみると、その理由は間違っているわけではないのだが、本質ではないことがよく理解できた。 忙しいのは昔も同じというか、それ以上。 じゃあ何が原因なのか。 日本の労働史と当時の労働者の価値観をなぞりながら、その理由について考察していく部分がとても興味深かった。 結論としては、これからの時代は、これまで善しとされてきた全身全霊で働くスタンスではなく、半身で働き、半身で読書を楽しもうという話だが、この意見にはとても賛同する。 一方で、全員がすぐに実行できるかというと否で、各々の置かれている労働環境によるのだろうと思うので、それは個人個人の価値観(それでも許せるのか、絶対に嫌なのか)と照らし合わせながら考えていく部分だと思う。 私は後者に分類される身だった。
0投稿日: 2025.04.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
半身で働く。 共働きで、家事育児をしながら文化的な生活を得たければ、半身で働くしかない。 半身で働く工夫を凝らし、自分の人生に必要な文化的な時間を確保する。 成長主義な世の中にモヤモヤを感じていたところだったので、腑に落ちました。
0投稿日: 2025.04.28
powered by ブクログ長時間労働により本を読む「時間」を奪われた。と思いきや、日本人はずっと長時間労働を課されている。それは現代に始まったことではない。 書籍購入は落ちているが、自己啓発本の売り上げは伸びている 『社会』は自分を傷つけてくる だから コントロール可能な『部屋=自分自身』で人生を社会から守ろうとする 自己啓発本は社会を遠ざけようとするジャンルである。 周りを変えることはできないから自分が変わろう的な バブル崩壊前の1990年代までは、消費することで自分らしさを得ることができたが バブル崩壊以降は、消費では自分探しが出来なくなったため、労働そのもので自分探しをするようになる 読書にはノイズ=偶然知る情報がある そのため 情報を知りたい人からするといらないものも含まれる コントロール出来ないものではなく コントロールできるものを求める考え方 →相手は変えられないけれど、自分は変えられる 社会そのものは、そもそもコントロールができないのに コントロールできるもので安心したい 不安定な社会だからこそ 自己責任で自分のスキルアップをしないと、、と思い込んでしまって 自己啓発を内面化して働きすぎてしまう ただノイズであったり、自分の今欲しい情報や感情そのものでなくても、それを知ることが自分を豊かにするものだとしたら ノイズを取り入れる余裕を持つべき ノイズを取り入れる余裕が生まれないのは、仕事のみに全身全霊になって、何かしら称賛されたいからなのでは? 称賛の先にあるのは 燃え尽き症候群。 そして その先にあるのは鬱病。 鬱になると治らない。 だからこそ壊れないためにも そもそも全身全霊でずっといることをやめる 色んな複雑なものに触れて バランスを取ることが大切。 仕事だけが人生ではない
0投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログ評論の本は、難しく読みにくい印象があった。 しかし、本書は「花束みたいな恋をした」や「さくらももこ」など現代の私たちにも馴染み深い話題が多く非常に読みやすかった。 また、読書の歴史から労働の歴史を紐解く切り口も新鮮で面白かった。 この本を読めば、「働いていても思う存分読書ができるようになるよ!」と言うわけではないが、本書が話題に上がっている理由を十分に分かるくらいには読んで良かったと思う。
0投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログ「自己啓発本はデノイズ、文学本はノイズ」というのは言い得て妙。気付かされました。 そして、余暇を楽しむために仕事をするという考え方を取り戻したいものです。「半身で働く社会」良いですね。 確かに余裕があった方がアプトプットの質も良い経験はあるので、上手いセーブの仕方を意識して行きましょうかね。 全身全霊で取り組むことは、ある意味楽と言えば楽なんですけどね(笑)
0投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログ私自身は最近になって読書始めました。 社会人18年目でようやく笑 本を読むことで色々な知識を吸収できるので、非常にプラスになってるかなと。 あとは読む時間をどう確保するか。 うまく自分で読書する時間を習慣化するのが大事ですね。 この本でよく出ていた映画「花束みたいな恋をした」は気になってみてしまいました。 想像以上に良かったのでおすすめです。 本を読むとこのように色々な影響をうけます!
0投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
新書大賞2025ということで手に取れました。 タイトル自体はキャッチーで共感できるものですが、多くの人が想像する内容とは異なるかもしれません。 労働と読書、自己啓発といった在り方の変遷が語られ、主張は最終章に集約されています。「全身全霊」をやめ、「半身社会」が理想であるという主張は納得・共感。
0投稿日: 2025.04.26
powered by ブクログどうして自分の生活がストレスフルで苦しく感じるのか冒頭で腹落ちした。その後ライフワークバランスの話しに終始落ち着くのかと思って読み進めると、歴史を遡り格差やその時代の経済状況に触れ、最後は身近な個人の生活に落とし込む構成に感服した。そんな上手く行く?とも思うが、そこに気付き、個人個人が心の隅にでも留めておくことで少しでも豊かな人生になるといいなと思った。
0投稿日: 2025.04.25
powered by ブクログこの本は「どうして働くと本が読めなくなるのか?」という疑問に、実感ベースとデータ、さらに豊富な文献を使って丁寧に向き合っています。 (最後の参考文献だけで10ページありました、凄すぎる…) 著者は「本を読める半身社会」を目指すべきだと言っていますが、個人的には、技術の進歩で自然とその方向に進むような気がしています。 AIの導入が進めば、人の仕事は少しずつ減っていきますし、そうなれば“読む余白”が生まれるのではないかと思うからです。 私は以前、「本は人の人生を覗かせてもらえるもの」という言葉をどこかで読んで、ずっと心に残っています。 本を読むことで「その人が何を考えて、どう生きて、何を感じたのか」を体験できる。 それって、実際に自分が経験したのと同じくらいの学びだなって。 ただ、本に興味がない人にとっては、どれだけ環境が整っても読まないです。(本書にもありますが、ゲームする時間はあるけど本読む時間はない訳です) 私は社会人になって図書館という身近な存在を失ったことで、一度読書から離れました。でもまた、図書館のそばで暮らすようになって自然と戻ってきました。 “読む人”が読める環境があること、それが何より大事だと改めて感じました。 この本は、「どうすれば読めるようになるか」の話をしてくれます。でも私は、最終的には読書の価値を信じている人たちが、勝手に自分たちで新しい仕組みを作っていくんじゃないかな、と思っています。 娯楽が増えて、情報を得る手段も多様になった現代では、全員が本を読む時代はもう来ないかもしれません。というか減り続けると思います。 筆者が掲げる半身社会は、本を読む人には5年後ほぼ当たり前になり、その10年後に本を読まない人にも当たり前になっていく。 だからこそ先駆者であろう「本に価値を見出す人」がちゃんと読める社会は残ってほしい。そう思わせてくれる一冊でした。
1投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログ新自由主義、自己啓発本、コントローラブルなもの この辺りは興味をひかれたので、他の本でも読んでみたい。こうした出会いが読書の持つ「ノイズ」ということか。
0投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログ労働史を語りながら、なぜ働いていると本が読めなくなるのかを紐解いてい?。タイトル回収だけでなく、各時代の働く人に想いを馳せることができた。これこそが読書の醍醐味なのだと思えた。 生産性を追い求める現代にとって、読書はノイズなのかもしれない。だけど、いまの自分に直接関係のない、遠い誰かの文脈は、いつかの自分に役立ち、人生を豊かにしてくれる。 労働で自己実現を達成しなくてもいい。疲れたら休んだらいい。全身全霊でなくたっていい。半身で働いて、余暇時間で読書を楽しんだらいい。 終盤の提案が優しくて、心が軽くなった。
4投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログ──ノイズとしての読書と、文化的余白を取り戻すということ 「いや、そもそも本も読めない働き方が普通とされている社会って、おかしくない!?」 この一言が本書の核心を鋭く突く。スマホやSNS、ネット通販やTikTokといった“いつもの犯人探し”に本を読まなくなった原因を求めるのではなく、それらを「結果」あるいは「症状」として捉え、本質的な原因を「働き方」に見出すのが本書の切れ味である。 問題は、「全身全霊で働く」ことが当たり前になってしまった社会の構造そのものにある。情報は摂取する。なぜなら仕事に役立つからだ。しかし読書が提供するのは、すぐには役立たないノイズ。自分の人生に関係があるかどうかもわからない文脈や他者の経験が、唐突に自分のなかに流れ込んでくる。それを受け入れる余白が、今の私たちにはない。 著者は「情報」と「知識」の違いをこう語る。情報とは、欲しいことだけを選び取れる、ノイズのない知識だ。読書はその反対だ。偶然性、文脈、歴史、他者。つまり“ノイズ”を含んだ知識こそが読書によってもたらされる。 この視点に私は深く頷かされた。というのも、自分自身、特に多忙な時期には小説を読むことができなくなる傾向があるからだ。その代わりに手に取るのは、仕事のトラブル解決に役立つ本、すぐに効く情報が載っている実用書。読書が、まるで栄養補助食品のように“必要なものだけを効率よく摂取する行為”へと変わってしまっていた。そのことを、本書は見事に言語化してくれた。まさに、「ノイズを避ける読書」に、自分もすっかり慣れてしまっていたのだ。 読書が他者と出会う行為だということを思い出させてくれたのは、本書ともう一冊、西加奈子の小説『サラバ!』だった。作中、主人公の姉が彼にこう言う。「あなたは空っぽだ。だから小説を読みなさい、旅をしなさい」と。小説を読むことで他者を自分の中に取り込み、旅を通して異文化と接触し、自分を再構成していく。そのシーンは、まさに本書が言う「ノイズとしての読書」の価値と重なる。 そして本書が提唱するのは、「半身で生きる」という新しい倫理である。全身で仕事に没頭し、自己実現をすべて労働に結びつけようとする社会は、やがて私たちを燃え尽きさせる。文化に全身で没入しろという意味でもない。にわかでいい、半身でいい。だから本も、倍速で読まず、役立つ箇所だけを摘み食いせず、意味のわからない文章に出会い、自分の中の余白を少しずつ耕すように読む。その「読めない時間」こそが、文化的な人間の証なのだ。 働くことに人生をすべて明け渡す前に、もう一度、本を読むという行為に戻ってみる。本書は、そんな「文化の再起動」を優しく、しかし強く促してくれる。読書とは、偶然とノイズの中に飛び込む勇気。そしてそれは、私たちが生きのびるために必要な知のかたちなのだ。
4投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログ確かに、本を読むってけっこう能動的な行動ですし、全身全霊で仕事して満身創痍で「よし、本読もう」とはならないかも。 “半身社会“で本を手にとる余裕のある世の中、私も理想です。
15投稿日: 2025.04.22
powered by ブクログ流行り本なんて読んでる暇があったら、埃を被り、時の洗礼を受けた古典でも開いたほうがマシ――そんな偏屈な自負を胸に生きてきたのに誘惑に負けた。 どうせSNSでバズっただけの中身スカスカ本だろうとナメてかかったら、読書と労働の歴史を絡めて「本が読めなくなる理由」に切り込んでいて、思いのほか真っ当。ちょっとだけ反省。 最終章、急に内容がチープになった。まあそんなもんだよなー。解決策があったら既に行われているもの。
0投稿日: 2025.04.21
powered by ブクログ「働きながら働くこと以外の文脈を取り入れる余裕がある。それこそが健全な社会だと私は思う。」 明治から現代までの社会変容にともなって、読書の位置付けは変化し続けている。仕事の、人々にとっての捉え方だって大きく変化している。 そういったことを、時代を追いながら社会学的に吟味して、表題の問いに挑んでいる興味深い内容だった。 誠実に生活に向き合っているだけではない人もいて、日本人の気質を作り上げてきた思想的なこともあって、もちろん仕事のさまざまな種もあって、著者の言う半身社会が目指すべき社会で。現実的な社会になりうるか、と考えると少し理想論に傾いている気はする。ただ、働く以外の文脈に出会えるような生活を過ごす必要性は、昨今とみに感じる。そして、仕事のあり方にも目を向けるべきだとも思う。
8投稿日: 2025.04.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルをみて、「そうそう、それよそれ!」と思って借りたが、思っていたのとは全く違った内容だった。なんと、労働史で最後は働き方改革で〆られた。 タイトルの疑問に対する答えは書かれていた。「労働に自己実現を求めるナンセンスな風潮」と「働きすぎ」。ここから先はネタバレがすぎるので割愛。
2投稿日: 2025.04.21
powered by ブクログ逆に(つまり?)本を読みながら働こうってことですね。「読書とは自分から遠く離れた文脈に触れること」とは、なんてロマンチック!私なんかは読書して、その余韻に浸り(酔い)ながら働いてる有様ですから。
32投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ自分と1歳しか年が変わらないのに、ここまで分かりやすく熱意をもって、自身の考えを素直に表現できる著者に尊敬の念を抱いた。 今の自分にとって読書は癒しだが、今後もノイズにならないように、著者の提唱する半身労働を思い出して、やらないといけないことに熱中しすぎずに読書という居場所を守り続けていきたいと思った。
7投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
作者からのメッセージとして、全身全霊で働くのはやめて、半身で働く社会を作っていきましょうということに強く共感した。 新自由主義の中で、トータルワークを強いられている私たちが、本を読むため(本だけではなくノイズのある娯楽全般)には半身で働くことが重要で社会全体でそういう風潮になっていってほしいと思った。 私が日々、情報を求めているのは仕事に囚われているのだと感じた。また自己啓発本は行動にフォーカスされており、ノイズのない情報が欲しい現代人の心を掴むものであるということについて深く頷いた。 また本書では、明治、大正、昭和、平成と各時代の人々の読書への関わり方が書かれておりとても興味深かった。 明治時代でも立身出世といった現代の自己啓発本のようなものがベストセラーになっていたというのは面白かった。 円本が昭和の時代にインテリアとしてサラリーマンに買われ、積読されていたというのは、積読というのは、そんな時代から存在したんだと思った。
0投稿日: 2025.04.19
powered by ブクログYouTubeから入って三宅香帆さんを知った勢です。 素直な文体で読みやすく、人柄が出ているなぁと。 無論私も働いていると本が読めない当事者の一人ですが、仕事で精神がいっぱいな時期の「今は、心を揺らされるようなものと接触出来ないんや」という感覚を、ノイズと文脈という用語で、よく言語化されたものだと感心しきりでした。 漫画や本なら毒のないエッセイ系、映画ならSF、ゲームなら作業ゲーと、自分の日常・人間の深い感情から遠ければ遠いものほどリラックスして摂取できる。自分もノイズを避けていたかと思うと、腑に落ちる感覚だった。 そして、自分も十分物心のついた大人として過ごして来た時代を、本書を通じてマクロに振り返ってみて、個人の内面としか思えなかった何十年の読書体験が、想像以上に社会や時代の影響を受けているものだなと驚いた。その事実自体の善し悪しではなく、それを第三者の視点で認知し直すことが、自分を社会と同化させすぎない、自己の意思を取り戻すために重要な工程だなと思い出させられました。 いいなぁ、読書って。
0投稿日: 2025.04.19
powered by ブクログこの人は本当に本が好きなんだな〜。そしてたくさんの本を読んでるな、が第一の感想。 次第によって読書の嗜好は変化する。 「半身」で働いて本を読める社会にしよう!!
9投稿日: 2025.04.17
powered by ブクログ労働と読書の歴史が多く語られています。 江戸時代の読書は黙読ではなく朗読。家族の前で朗読するものだったとか、 全集ブームとか、 70年代の司馬遼太郎ブームとか、 そんなこんなの読書と労働の関係性。 働き方について、全身全霊ではなく、半身くらいの感じで働けば、趣味も楽しめるよ的な…いや、わかりますよ、そんなんねw 私は今まさにそんな働きかたをしてるから、読書やら映画やらの趣味を楽しむ時間を確保できております。余裕があるって心も体も落ち着きます。 パズドラしかやる気がしない麦くんの件もまぁわかる。私もそんな時期もあった。ノイズ受け入れるほど余裕ないのよね。それはノイズって言い方しちゃうくらい疲れてるのよねきっと。 仕事だけじゃないよ、家事育児に追われる時期も全然読書に辿り着けない。そんな時期は仕方ない、育児はいつか落ち着くから大丈夫! でも、読書はいいよね、ほんとに一冊一冊が自分の考えを広げてくれると思う。ちなみに私はコントロールできない小説とかの方が楽しめるタイプなんだよな。 今、仕事に全集中してる人も、いつか余裕が持てる日が来ることを願います。
16投稿日: 2025.04.17
powered by ブクログ「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!」 いきなり良いですねー。 ん、 あれ? 思ったよりなかなか高尚な論文だなぁ。書名の解決策を知りたいのだが、、、 、、、 あー、これこそ三宅さんが述べている『ノイズ』なんですね。自分に関係ない知識はノイズだと。欲しい「情報」以外はノイズだと。一応自分も現代人らしい。 膨大な参考文献からの引用による論理展開は圧巻でした。 ・全身ではなく半身で。 ちょっとできてる気がしてホッとしたかな。 あとがきでコツをちゃんと教えてもらったので、もっともっと読書でノイズ込みの知を得よう。幸せな事だ。
43投稿日: 2025.04.17
powered by ブクログ「読めないのはなんで?」を その時代の価値観や流行り等の 時代背景から分かりやすくてとてもなっもくできました! 三宅さんの文は優しくてとても好きです!
1投稿日: 2025.04.15
powered by ブクログ2025/04/15読破 教育の歴史的背景からみた読書について 読書の歴史的背景や、未知と既知の違いによる読書の大変さについて勉強になりました。 以下まとめと、感じた点です 歴史的背景 明治時代から戦後にかけて、読書は教養を深め、社会的地位を向上させる手段とされてきました。しかし、1990年代以降、インターネットの普及により、必要な情報を即座に得られるようになり、読書の価値が相対的に低下しました。これにより、読書は「今すぐ役立たないノイズ」と見なされるようになったのです。 ⸻ 「全身社会」から「半身社会」へ 著者は、仕事に全てを捧げる「全身社会」から、仕事と個人の時間をバランスよく配分する「半身社会」への転換を提案します。「半身社会」では、週4勤務やフレキシブルな働き方を通じて、読書や趣味、家族との時間を大切にすることが可能になります。  ⸻ 読書の再評価 読書は、即効性のある情報収集とは異なり、多様な価値観や思考に触れることで、想像力や創造性を育む行為です。著者は、読書を通じて「ノイズ」に触れることの重要性を強調し、それが新たな発見や視野の拡大につながると述べています
2投稿日: 2025.04.14
powered by ブクログインターネット検索に加え、ビジネス書や自己啓発本は読めるのに、小説や物語などの本が読めなくなる理由について、非常に納得できた。 著者曰く、インターネット検索やビジネス書を経て手に入れる知識はコントローラブルなもの(自分が手に入れようとして手に入れる情報)であるのに対して、小説や物語から得られる情報はアンコントローラブルなもの(自分から望んで手に入れようとしたわけではない情報も含まれてしまう)であるため、その居心地の悪さから、余裕のない時には遠ざけてしまっている部分がある、とのことである。 確かに、自分も働き始めてから、アニメや映画・漫画など、先の展開が予想できないものを自然と遠ざけ、気づけばビジネス書や自己啓発本など、読んでいることでなんとなく満足感が得られるものや、自分の知りたい情報だけを提供してくれるものを好んで読むようになってしまった。それが悪いことだとは思わないが、やはり「文化的な趣味」(小説・映画・漫画など)を億劫に感じてしまうのは残念なことだと感じた。 著者からすれば、「片づけ本」が流行ったのも同じ理由だという。片付け本の趣旨は、断捨離によって、自分の部屋という「コントローラブルな空間」の居心地を良くすることで、人生を豊かにするところにある。これは、自分の部屋以外の外部環境(会社や人間関係)がアンコントローラブルな居心地の悪いものであることの反動である、という捉え方もできる。現代の日本人は、アンコントローラブルな居心地の悪いものに支配されて生きているからこそ、小説のようなアンコントローラブルなものを遠ざけてしまっている、と著者は結論づけている。 私個人としては、これは良い意味で驚いた。この本を手に取った当初、私は働いていると本が読めなくなる理由を、読書はセロトニンやドーパミンなどの快楽物質の分泌がスマホに比べて相対的に少ないため、疲れている時に自然と遠ざかってしまうから、程度の理由だと思っていた。新たな理由を発見させてくれたこの本に感謝したい。
1投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログスマホはずっと見てられるのに、本が読めないのは何で?そういわれればそうだな、と思って購入。求める情報だけを読めるのがネット的情報ということに納得。本には、自分には関係ない「ノイズ」が混じっている。読書すれば自ずと「ノイズ」に触れることになり、多分、それが読書の面白さなんだろうな、と思った。確かに、ネットの情報を読んだ後には読書後のような気持ち(上手い言葉が見つからないけど)にはならないです。
2投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログ時間管理術の本ではない。あとがきに働きながら本を読むコツがまとめられている。日本における読書の歴史的変遷。特に労働者勤労者女性にとって読書がどのような位置づけにあったのか,時代ごとにその特徴を解説していく。日本の勤労者は昔から長時間労働ではあったが,読書が立身出世やコンプレックス解消,ファッションと位置付いていたときは,読書する時間があった。現代は,人生における仕事の割合が高くなり,仕事につながる情報を求め,役に立つか立たないか分からない情報はノイズとなり,ノイズ多めの読書は避けるように。それでいいのか?
1投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログなぜ自分が最近本を読めていなかったか腑に落ちた。ノイズのないものばかり選んでたんだな。ノイズの文脈に触れることで新たな発見があるんだなー。
1投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
後半近くまでは明治時代からの日本人と読書の歴史、ラスト辺りが現代社会への提起。 全身全霊の労働はやめませんか、には大変共感する。 私も学生時代はかなり読書家だったはずだが、正社員として終電近くまで働いていた時は本が全く読めなかった。 後に子供を産んだ時もほぼワンオペで目まぐるしく本も雑誌も読めなかった。 読む気が起きない、読もうとしても目が滑る、雑誌の1文でさえも頭に入らないという状態だった。 振り返って一種の鬱状態だったか(産後はマミーブレイン)とも思っていたが、スマホでダラダラは出来ていたので、この本の言うように仕事や育児に全身をかけすぎて読書がやはりノイズになっていたのだと思う。 働いていた当時から終電まで働く意味なんてないのでは、家に帰って好きなことをしたい、こんなにたくさんの仕事をなぜ上司は持ってくるのか?(働き方改革がなされる前でした)とはなはだ疑問だったのでもう子どもが生まれる前に退職はしたが、これからを担う若い著名人が、半身で働こうという提案をこのように提案することを大変好意的に受け止めている。 若い人の理想論的な感想も見かけるが、全身をかけすぎた世代としてはいやいやこちらのほうに絶対賛成。 よくぞ言ってくれた、ようやくこの言葉が世に出てきたかの気持ち。 著者が経験されてないのでこの本には言及がないが、育児だって、共働き夫婦もしくは激務の旦那さんが全身全霊で労働するのでなく、半身で仕事をし残りの半身で夫婦で家庭と育児を回すのがどう見てもいいはずですもん。半身で十分収入が得られるのか?については政治や社会制度の変革も必要になってきちゃうけど。まずは気付いた当事者が声を上げて行かないとだもんね。
2投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今の自分は何気なく読書しているが、時代によっては読みたくても読めない人もいたのだと思うと、今の本を手に取りやすい時代に有り難さを感じた。 時代の流れとともに、読書に対する考え方も変遷していると勉強できた。 【以下、自分なりのまとめ】 読書の始まりは明治時代以降。文明国として教育水準を高めたいという政府の思惑によるものであった。 読書は当初「教養を得るための読書(立身出世のために教養を身につけるためには本から情報を得る必要がある)」という位置付けであった。それから時代の移り変わりとともに「自身が知りたい情報以外の知識[ノイズ]が混じっている読書(新自由主義により個人競争が激しくなり、自分が必要とする情報をいち早く得る必要がある)」という位置付けになってきている。 筆者はこのノイズがあるために、現代では働きながら読書をする人口が減っているとの見解。働いて余裕がない中で、自分が知りたい情報以外[ノイズ]が入ってきてしまうのは疲れるからだ。 では、働きながら読書をする、つまりこの余裕の無さの解消を目指すには、全身全霊を称揚せず、半身で物事に取り組める社会を目指すことが望ましい。労働に半身で向き合うことで、他の物事にも半身で向き合う余裕ができる。
1投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログベストセラーの本書をついに読んだ。前半は、読書がらみの日本の歴史でそこのボリュームが少々多過ぎやしないかと思ったが、そこの理解を経て、なぜいま読書する時間が、人が、減っているのかの理解にスーッとつながった。 三宅香帆さんのいう読書は、あくまで比喩であり(いや実際に本好きな三宅さんはみんなに読書はして欲しいと思っているのだが)、仕事だけの人生ではなく、他のこともする余裕を持てる生き方をしようよ、というのがこの本の提言だった。 私も全身全霊で働いてきた20〜30代を過ごしてきた一員だ。今後の働き方を考えると私も、半身の生き方をできるように、どうすれば良いのかを考えたい。
1投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログ面白かった。今はそういう時代なんだろうなと感じてはいるものの、"全身全霊"世代からすると、それで良いのかなと思うところもある。ただ、現実問題として、仕事や人間関係のストレスによる体調不良、バーンアウト等があるので、家族や部下を持ち一責任者として社会にいる以上は"半身社会"という考え方も受け入れて行かないといけないと感じた。
0投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログ数ヶ月、読み切ることが出来ないままでいたところだったが、ついに読了。読書史と労働史を同時に読み解くスタイルは斬新で、日本の風俗史や芸能史、SNSの勃興と発展とも絡めてなぜ読書習慣が廃れていったのかを豊富な資料とともに解説していく。個人的に、新自由主義が自己啓発ブームを引き起こし、ノイズなきファスト知識至上主義が読書習慣を駆逐していったという論説に首肯するところ大だった。そんな自分もひと頃、自己啓発に傾倒していただけに耳の痛い思いも…現代資本主義への批判も併せ、意欲的な一冊。ぜひ、半身で手に取ってみて頂きたい。
0投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「花束みたいな恋をした」で彼氏がパズドラばっかりしちゃうシーン、わかるわかる〜!なんでだろう!って思っていた。そこをうまく言語化してくれた本だった。読書の歴史をわかりやすく書いた本だと思う。この方の文章は、堅苦しくなく読みやすいなぁってのが率直な感想。 どんな本が売れるのか、その時代によって流行りがあるんだなぁ〜と知った。今度からそこを意識して本屋の棚を見てみようかな。 「ファスト教養」は賛否両論あると思うが、わたしは良いと思う。学びたいという気持ちは素敵だし、時間は有限だしね。ビジネスマンとして役立つから、という理由で教養を学ぶのはあまり理解できないけど。 教養とは何か?今までぼんやりしてたけど、」いつかどこかで役に立つ知識」と思うことにした。 半身で働こうという作者の提唱には大賛成!母としても社会人としても一個人としても、うまく適当に生きていきたいな。改めてそう思わせてくれたし、そう思っていいんだ!と励まされた本でした。
0投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログ元々読書が好きだったはずなのに、最近ではスマホばっかり見てしまう。 過去の時代背景から現代までの労働と読書の関係性を紐解きながら、その原因を探っていくのが今のスマホでSNSばかり見てしまう自分にとても刺さった。
0投稿日: 2025.04.10
powered by ブクログ多少引っかかるところもあったけど、すらすら〜っと読めておもしろかった 「花束みたいな恋をした」の、パズドラしかできなくなっちゃった麦くんの恐ろしさは、やはりみんなが共有してるものなんだな、と 自己啓発本をうっすら下に見てるような自分の意識って、無意識に人文系のエリート意識が染み付いているものなのかな、とも気がついた 働きながらでも本を読みたいよね
0投稿日: 2025.04.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
疲れてスマホばかり見てしまう人へ、という帯に惹かれて読んでみた。 明治時代まで遡って、働きながら読書していた人達の、社会背景や読書への向き合い方の変化を解説しており、想定していたよりも内容は難しかったかなと。最後の筆者の主張には共感できなかったので、読後感はやや悪いが、全体的には学びが多めかと思う。 修様と教養の違い、自分自身が努力することで社会が良くなるという考えの下、読書をしていた昔の人。 現代は新自由主義であり、自分のコンパスは自分で握っている状態。自己研鑽を常に求められ、自分から長時間労働をしてしまう状況。ゆえに余裕がなく、自分が求める答え以外の情報はノイズとして除去したい、だから読書できない。 頑張りすぎない、半身で働けば読書できるようになる、という筆者の主張。 最後の結論はなんとも理想論で、現実感はないように感じた。全身全霊で働く人がいるから新しい技術が開発され、どんどん人間社会が発展しているのでは。半身で働いたとしても、今の人は文脈を読み取る能力自体が弱くなってるから、他人の文脈は読めないのでは?まさにエコーチェンバー現象。 心が疲れきっている人には響く結論かと思うが。 学びになったのは、自己啓発本が売れるようになった現代社会の状況の解説。常に変化する市場に適合しなければならない社会。コントロールできない社会よりもコントロールできる自分自身をよりよくしようとするために、片付け本や自己啓発本が売れる。昔と今を比較することで、今の社会の大きな流れが分かったように感じた。
0投稿日: 2025.04.10
powered by ブクログ帯の「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」という言葉に惹かれて読んだが、スマホばかり見るのをやめる方法ではなく、働き方を変えなければならないという結論で、残念ながら自分の欲していた答えは得られなかった。日本人の働き方の変遷を当時のベストセラーから読み解くという切り口は、本好きにはそれなりに面白く読めた
0投稿日: 2025.04.09
powered by ブクログとことんおじさんをむかつかせる机上の綺麗事。 著者は、会社就職したんだが本を読めなくなっていることに気がついて退職、今は文芸評論家をされている。 そうして、なぜ働いていると本が読めなくなるのかについて、日本の経済、働き方の変化から考察を進める。 なんでこう、文学屋って、なんでも頭の中で評論できると思うんかね。 経済について語ると言っても当然ルポライターではないので取材はしてないし、誰かの書いた本に基づいて私はこう思うなあ、を展開する。 別にいんだけどね。 全身全霊をやめましょう。 半身で行きましょう。 やりたいことが出来なくなったから会社辞めるわあ、で通用する社会を作って来たのは、そうやって全身全霊で、それこそ家庭も家族も自分すら顧みず生きて来たおじさんおばさんたちの屍の上にあるのを忘れてもらっては居心地悪い。 全身全霊で働けたのは、全身全霊で家事をしてくれた人がいたからじゃないですか。 なんで得意げやねん。そんなもん当たり前やんけ。それが社会や。 なんでみんな同じことせなあかん前提やねん なんでみんななりたい自分になれると思ってんねん。 俺だってね、好きなことやりたかったですよ。 だけど、良し悪しではなく、そういうものを後回しにしないと仕事にありつけない社会だったんですよ。 それでも、お金を稼いで家計と言う経済を維持しないと、生きていけないからですよ。 弊害はあります。わかってますそんなもの。個人ではね。 だけど結果として社会インフラは、今に至っている。 情報と知識は違う。 教養と修養は違う。 この辺の論は、とても良かった。なるほどなと思った。 教養は、自分から遠い文脈、歴史を知ることで、他者のノイズを受け入れること。その通りだろう。 ただ、結論が全部違ってると思うのは、今の若造は仕事をするためにノイズを受け入れないんではなく、正解がある環境しか知らず、傷つくことを嫌がり、自分の力で解決する努力ができない。情報に取り残されることが不安で堪らない。 こいつら、仕事がなくたって、絶対に、ノイズを拾おうとはしないよ。 気持ちいい情報だけに包まれていたいんやから。 働いてたって本は読む。 読んでたし、大体、仕事をすると言うこと自体がノイズと向かい合うことだった。 お前、人をバカにするなよ。 そう言いたくなる一冊。 なのだが、いいんじゃないの、こう言うの。 俺だって、こう言う働き方がしたかった。 いんじゃないの。 苦労は歴史になる。 歴史の上に未来がある。 そうなるといいね。 だけど、屍に敬意を払っていないのは、お前だ。 あ、違う。 そう言う青臭い議論が堂々と出来る社会になって来て、良かった。
1投稿日: 2025.04.08
powered by ブクログ本好きが本を中心に、日本の労働の歴史を丁寧にまとめたような本。 まずは全身全霊への信仰をやめて、半身の働き方を目指していくことが、働きながら本を読める社会への第一歩。 とはいえ、半身の働き方が大事だと理解しながら、作者も会社勤めではそれができなかったように、難しいことなのだと思う。やっぱり意識が変わっても、実現まで道のりはまだまだ遠そうだ。 まず政治家が長時間労働を美徳としている限りは、当分そんな社会は来ないのだろうなあ。 半身で働ける社会に早くなりますように
0投稿日: 2025.04.08
powered by ブクログ私は過去に「無職になったら思う存分本が読めるぞ」と思ったのに仕事を辞めた途端に先行き不安で本が読めなくなり、「本を読むには安心や余裕(仕事)が必要」という悟りをえました。 タイトルとは逆の悟りを得たにもかかわらず、本書の最後にある「本を読むコツ」は私が現在実践していることで、とても興味深かったです。 引用されてる作品も読みたくなるような本が多く(難しそう)、とりあえず映画『花束みたいな恋をした』は見ました(すべてが新鮮ですべての場面が色鮮やかで寿命が短い若い頃の恋) 本を読むにはそのための計画と行動が必要です。 ネットもいいんですけど、本の中にあるノイズを思い切り楽しんでいきたいですね。
1投稿日: 2025.04.08
powered by ブクログ2025年新書大賞作ということで、読まねばという強迫観念交じりに購入。 日本の労働史、読書史を織り交ぜて、日本の全身全霊の労働スタイルからの脱却を謳う意外と骨太な内容でした。 昔の方が企業戦士、モーレツ社員(あってる?)という呼称から仕事一本で余暇など一寸たりともありはしないだろうと思っていたが、社会への参画という文脈から読書をする選択肢が今よりもあったという。 翻って、現代のサラリーマンたちは労働=自己実現という紐づけが社会通念になっており、仕事に直接活かせない「情報」はノイズとして排除するというスタイルが一般化されている。読書は社会背景など多様なバックグラウンドを共有する前提があるため、現代人の求めるものとは異なってしまう。 著者の最終的な提言は、従来の日本的労働を変革させ人々を本質的に豊かにするための希望に満ちる。仕事に全力に取り組む末のバーンアウトが美化されるという潮流は、あながち理解できなくもないと思っている自分が怖い。まずは今の生活を振り返って、微視的になっていないか・仕事に入れ込みすぎていないかを時々立ち止まって考えてみよう。
1投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログつい目がとまってしまうようなタイトル。実際ここ数年まともに本が読めていないし、評判にもなっているのでミーハー魂で読んでみた。 日本人の労働と読書について、著者が評論家らしく様々な書籍をもとに持論を呈した本。 評論家って普段こんな考えを持って本を読んでいるんだなぁとちょっと的外れな感想を抱きながら読みました。 さて、実際読み終えてタイトルの答えを自分なりにも考えてみる。 答えは、著者も言っているが、余裕がない。の一言に尽きる気がする。 時間がないと言う割にYou Tubeは見て、酒は飲んで、自己啓発本は読む。 余裕がなくて読書=仕事の情報を入れるための作業、になっていたのかも。 思えば何にしても余裕がない生活になっているのかも。テレビは情熱大陸とか自分を鼓舞させるような番組をしかも早送りで見る。まるで義務のように。 久しぶりにゲームをしてもすぐに攻略サイトを見て効率がいいようにやろうとする。 読書に限らず、自分の労働だったり環境を見直す機会になったと思う 他にも色々思うことはあったけど、とりあえずもう自己啓発系は卒業してもいいかな、と思える本だった。読むとしても娯楽として、ぐらい。
0投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログ・「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いを通してよりよい働き方を提言している本。 ・なぜ本が読めなくなるのか? 明治時代以降長時間労働はあった。しかし、本は読めていた。 明治から戦後1980年代以前は本や雑誌を読むことは労働や社会的地位の上昇に役立つ知識を得るという位置づけだったので、読書はできていた。 しかし、1990年代以降は情報社会、新自由主義により労働や成功に必要なものは自分に関係のある情報、それをもとに行動すること。読書は関係ない、むしろノイズだということで遠ざけられた。 インターネット的情報、自己啓発書…安直、大雑把、ノイズがない、必要な情報のみ、今 ここのみ 、コントロール可、労働にとって必要 ↔読書…複雑、過去や社会、ノイズがあり、偶然の出会い、労働に不要 という特徴 ・全身全霊で働くのではなく、半身で働く社会、働きながら本を読める社会にしようという結論。 全身で働くのは楽だが危うい。 全身…メンタルヘルスを壊す、疲労社会、うつ、燃え尽き症候群で持続不可 半身…複雑、持続可能、本を読める 残りの半身をどう使うかは自由。趣味、ケア、休息、余暇、文化など… 半身社会にするために自分自身が全身で働かないこと、他人の全身の姿勢を賞賛しないことが大事。 「花束みたいな恋をした」をみて、「パズドラしかできないんだよ!」というセリフが印象に残っていたので、本書を読んでみた。 花束…の麦と絹の読書に対する貪欲さ?熱心さ?が出身地、親の職業から考察されていておもしろかった。 確かに私もフルタイムで働いているときはインターネットはできるけど、読書は全くできなかったな…と思い返した。 今は週4勤務の契約社員で、こんな本も読める。著者がいう半身で働いているから。 色々考えることもあるし、未来のことを考えると心配もあるけど(複雑)、フルタイムよりこの生活が好きだなぁ。 半身で働いても食べていける世の中(収入的にも、自分の中での折り合いでも)になることを私も望む!!
10投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
めちゃくちゃ「花束みたいな恋をした」の話するじゃん… 人々の労働と読書への関わり方の変遷を描きつつ、タイトルの答えを提示してくれた。 ノイズを除去して最短距離で情報を取りに行くことが良しとされるこの時代で、たくさんのノイズを吸収して楽しいと思える読書をしていきたい。
0投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログオーディブル。 本買ったんだけど、通勤中にオーディブル。 巻末の読書ができるようにこうするといいよーってことは私も思ってるところと同じだった。 一時期、ブクログでがんがん読書してたけど、ここ1年ぐらい下火。 またぼちぼち始めてて、読書量増やしていきたい。
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ以前はとても読書が好きだった私が2年以上スランプになりました... そのスランプから脱出させてくれた感謝すべき一冊。 自分自身だけでなく親の世代かから引き継いだ読書史を作りたくなるほど面白かったです。
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログこのキャッチーなタイトルへの回答を貰うには、後半まで読み終わらなくてはならない。 それは端的にまとめると下記のような話だ。 ・読書とは自分の知らない/予測できない情報=「ノイズ」を受け入れることである ・それには余裕が必要である ・現代の新自由主義では市場原理が重要視されるため、金稼ぎに直接繋がらないことは価値が無いとされる ・新自由主義に迎合して全身全霊かけて働くのではなく、半身で働く(=余裕を残しつつ働く)ことを提案したい 第1〜6章までは戦前からの日本の読書文化がどういった人々にどのように根付いていたかという歴史を整理するため、なかなか答えを教えてもらえないもどかしさを感じることもあったが、事例としての面白さや後半の説得力のために重要な前提をくれる。 それらをまとめた図は239pに載っている。 後から内容を思い出すために要所だけこのようにメモしているが、こうした「知りたい情報だけ」しか取り入れず、ノイズを避けることこそ本書でも言われている現代の余裕の無さなので、興味を持った人は通読をおすすめしたい本だなと思った。
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ読書はノイズであるという考え方は共感できました。そのノイズを面白く思うか、鬱陶しく思うかで読書ができる、できないが決まる気がします。自分は読書を通じて得られる体験(知らない情報や自分の考えと違うもの)を大事だと思ってるので、ノイズだとは思っていません。ただ、全身で仕事に取り組んでる時は読書はできないです。本書で主張されている半身の考え方に100%同意はできませんが、賛成はできます。本書をきっかけに、SNSや本との向き合い方を再考したいとおもいます。
1投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログ「読書」はノイズが含まれる。ノイズを除去したのが「情報」。現代は情報を求める。 でも、自分としてはいつ役に立つか分からないけど色んなきっかけをくれる「ノイズ」が好きで、それが何かに繋がった感覚が好きなんだよなぁ。
0投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログ筆者がいいたいことは半身で働けば、みんな本読むようになる。みんな働きすぎて時間が取れないこと、ネットが普及して知りたい情報が得られるが、本はそうはいかない。だから本を読まなくなったのではないか、と私はとらえました。 どちらかというと、最後のページに重要な点が多くあったと思います。特に最後の本と労働の両立法が書いてあったのはよかった! 無理して読まない、SNSをフォローする、違うジャンルを読んでみるなど、すぐに実践できそう。
5投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログ忙しくて本が読めないのって、「自分と遠い文脈」に触れる心の余裕がないからなんだって。教養って本来そういうものらしい。つい目先の情報ばかり追っちゃうけど、たまには自分と関係ない世界に触れる時間も大切にしたい。
4投稿日: 2025.04.04
powered by ブクログ半身の社会って今の日本に不足している部分だと思う。 なんでも全身全霊、まっすぐみたいなことをしていると中途半端が許されない。
13投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログまだ読んでいる途中だけど感想をちょこっと。 明治時代〜現代まで、読書=修養、教養、エンタメ…と変わっていった流れが書かれている。どの時代も(戦争や復興で)忙しかったから、昔の方々も本を読めなかったのだろうか?と疑問を投げかけるのがメインの話 最後のほうに、作者の結論が書いてあるみたいだが…
1投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ半身で生きます。ほどほどに働き、嗜むようにお酒を飲み、そして読書できるように。 本の歴史も知れる良き本です。
2投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ本は雑音、スマホは見たいとこだけ。なるほどなぁと思いながら読んだ。昔から若者って本読まないんだね。ところで筆者パズドラ好きなんか?
0投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ本を読む時間が取れなくて、毎朝のルーティンに10〜15分の朝読書を導入してみた。たったの数ページしか読み進められないけど、それでもいつか読み終わる。そんな朝読書3冊目。 発売当初から気になって、まさに自分。教養よりのエンタメに手を伸ばせるほどの余裕がない!みんなそんな共感で本書を手に取ったのではないだろうか。 日本人はやっぱり働きすぎなのよ。 進路選択をする時に迫られる、「今まで一番頑張ったこと」そんなに頑張ることが美徳なのかな? ゆっくり生きているだけでもすんばらしいのにね。 読書の歴史と労働の歴史を絡めながら、なぜ、ノイズになりやすい読書は、人の生活と離れてしまうのか。を論じる。 正直、行き着く結論は想像通りだけれど、納得ができた☺︎
2投稿日: 2025.04.01
powered by ブクログ読みやすかった。労働と読書の関係を、各時代ごとに分析されており、現代の有名作品なども引用されていることで、より興味を持って読めた。
0投稿日: 2025.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働いていると本が読めない、これは私も経験したことがある。今でこそ読書をはじめ趣味に費やす金と時間はあるが、しかしあの頃はどうにもならなかった。そんな自分を振り返るために(あとは話題書ということで)読んでみた。 読書行為と労働についての歴史を分かりやすく説明し、最後は「この現代で本を読むには」を提示する。この歴史の掘り下げがなかなか面白かった。 最後の「半身」については、自分で言うのも何だが無意識に実践できていたように思う。それこそ「全身全霊」で一つのことに浸かるのではなく、私であればSNS、仕事、手芸、読書、語学、ストレッチと日々少しずつ摘んでこなしていくような。いつだか「依存先を増やすべき」といった言説をSNSで見かけたが、まさにそのとおりであると思う。 あとがきの〈働きながら本を読むコツ〉で真っ先に書かれていた「趣味の合う読書アカウントをSNSでフォローする」は、正直どうかな……、まず私には合わなかったなあ……。そもそもああいう趣味アカウントの類は「その趣味のことしか呟かない」ことがほとんどなので、そのアカウントを見る度に「また新しい本を紹介している」「もう一冊読み終えたのか」と感じ、いつの間にか、「自分で自分を搾取」する流れになるのではないか。コレはちょっと私には向かないな。やはり本屋へ飛び込んでしまう(これは4番目に挙げられていた)のが手っ取り早い。
1投稿日: 2025.03.31
powered by ブクログ前半は日本読書史、後半は癒しの自己啓発書。私が本読めないのは新自由主義のせいダ(^^)。情報とノイズの定義がちょっと曖昧じゃないかと思ってしまった。
0投稿日: 2025.03.31
powered by ブクログ新書大賞作品。自分自身、ここ数年本がガクンと読めなくなってしまうという同じ状況だったため、読み始めました。 見事に言語化してくれていると感じたのは、「読書=ノイズ込みの知を得る」という部分です。確かに読書はしていませんが、SNSやネットを通じて活字(と言っていいのかわかりませんが)は見ているんですよね。 ここ最近の風潮として感じていたものを見事に表してくれていて、非常に納得感がありました。 自分のライフスタイルの振り返りによい読書体験でした。
0投稿日: 2025.03.31
