
総合評価
(181件)| 36 | ||
| 62 | ||
| 61 | ||
| 8 | ||
| 3 |
powered by ブクログ[私たちは知らない。ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある。それだけではない、人のいのちを奪うことも、人に人のいのちを奪わせることも、あり得る。] [自分が大人になるまでに、ポケットベルができて携帯電話ができてパソコンができて今はみんながスマホを持っている。あのころには考えられなかったスピードで他人とやりとりできるようになった。これほど大きく世界が変わっているのに、なぜ、見知らぬ人とかかわりたいという気持ちは変わらずあるのだろう。もしかしたら、こんなふうに幼稚な罵雑言があふれかえるところを見ると、見知らぬ人に向けた悪意や憎悪や、名もないネガティブな感情は、進化した世界で人類があたらしく獲得した何かなのだろうか。飛馬はまとめサイトをくり返し読みながら、そんなことまで考えた。] ポケベルの時代からコロナ終息までを、2人の登場人物の目線で交互に追っていく。 どこで2人が繋がるのか、楽しみにしながら読み進めた。 人は自分が正しいと思うものを追い求めていく。だけどそれは、誰かにとって必ずしも正しさではない。
0投稿日: 2026.01.03
powered by ブクログ2000年代に入るまでの二人のそれぞれの物語を読んでいる間はキツかった。 私の母と不三子さんが、飛馬さんと私がだいたい同世代。母も自然派食品を仲間とまとめ買い、みたいな活動をやってたな。 「どんなに頭がよくたって、ただしいことが何かなんて、私たちにはわからないときがある。いいことをしようと心から思っていたって間違うこともある」 確かに。 消したい黒歴史の一つや二つや三つや四つ…。 その正しさを作ったのは誰だ。 最近、そんな話ばっかり引き寄せてる気がする。
12投稿日: 2025.12.17
powered by ブクログ物語は単調に進む。それは自分信じたものを伴っている。人生とは何か自分が正しいと思えるものを信じることではないか。そう振り返って思えるのが人生かなと。
0投稿日: 2025.12.13
powered by ブクログ自分で信じるものは、自分で決める。 言葉だけ聞くと格言に聞こえるけど、その「信じるもの」を間違えたり、信じすぎたりしたら、もっと大切何かを失うんじゃないかなと思った。 確かに口裂け女はいなかったし、ノストラダムスの予言は外れたし、2000年問題も起こらなかった。 でも、嘘みたいな大地震や大災害は起こったし、嘘みたいな宗教団体のテロは実行されたし、何より今この瞬間に地球のどこかで戦争が続いていて、人間の命が嘘みたいに簡単に奪われている。 信じる/信じないの判断基準て何だろう? 口裂け女はいないと本当に笑えるんだろうか。 じわじわ、ズーンと来る
2投稿日: 2025.12.07
powered by ブクログわーんけったくその悪いやつばっかりやないか!と思ったけど、何だったか誰かの書評見て、ああなるほどな、そう言うことなら許容できるわ、と思った記憶がありますが、それが何だったか忘れた。 愉快さはゼロ、こういうやついるよね、という湿度高めのオムニバスってか色んな人の人生が交錯ってやつです。特に勧めない。
0投稿日: 2025.11.24
powered by ブクログ前半は二人の主人公がどのように繋がるのか全く見通せないまま読み続けた。昭和の風景が懐かしかった。 後半、一気に全く接点がなかった二人が繋がり、こども食堂、コロナ、異常気象などといった出来事が起こってくる。 何かを「信じる」、あるいは何を「信じる」のかということがテーマとなっていると感じた。狂信的にはなりたくはないと多くの人々が思っているが、しかし、誰もが何かしらを、「信じ」て行動しているのだと改めて感じさせる一冊だった。
1投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログおっさんおばさんになると、ついうっかり自分の半生を主人公ふたりに投影して、これまでの記憶をしんみりと振り返ってしまう。 たぶんそのまま共感して自分を重ねられる人はほとんどいないが、きっと部分的には「オレは柳原飛馬だ。」「わたしは望月不三子だ。」となぞってしまうことがありそうだ。
9投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログけっこう長編で読み応えのある本だった。時間がかかったけどどうしても最後までよみきりたかった。「自分でよく考えて決める」ことが大切だというメッセージが散りばめられていた(と思う) 私には欠けていることを思い知らされた。この優柔不断な性格。
11投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ「何かを信じるということは、その分視野が狭くなることだ」と、ある人のネットの書き込みになるほどと思ったことがある。一般に「信じる」という言葉には良いことである印象があり、「疑う」という言葉にはネガティブなイメージがあるので、「信念とは視野狭窄である」という考えは、常識をひっくり返す視点があったからハッとしたのだろう。だからこそ何を正しいと信じるべきか、人が言ってることを鵜呑みにしたりせず「自分の頭で考えなければならない」と本作の登場人物たちが繰り返し語る。しかし常識を疑い自分の頭で考えれば正しいことに辿りつけるのだろうか。あることを妄信してその後それに批判的な言説は一切シャットアウトしてしまうような態度は論外としても、様々な角度からの知識や知見を得たうえで正しいことはこれと信じることはできるだろうか。本書はそんなことは誰にもできないのだ、と信じることの困難さを描いたものだと思う。限られた時代の中でしか存在できない人間は、今正しいとされることが未来でも正しいかどうか知ることができない。だから洪水で人類が滅ぶかどうかの結果を知らない人間は、洪水がくるから方舟を作れ、という神の言葉を信じ、結局は方舟を作らざるを得ない存在なのではないか。なぜならそれは私欲ではなく同胞を救おうとする行為で、人としての「理想」だからだ。利己と利他。実際に多くの場面でとられる立場は前者であったとしても、人としての理想はどちらであるべきかを問われれば、後者であるべきだという立場に立たざるを得ないだろう。人は現実を超えて理想に向かうという宿業には逆らえない。だからある時あるタイミングでは方舟を作ろうとする。でも洪水は起こらずそれは結果として間違いだったということも必ずある。それでもいいではないか、というより、それはそれでしょうがないではないか。必要がなくなった方舟は燃やしてしまって、またその先を生きて行けばいいではないか、というより、生きていくしかないではないか。そんなことを語ろうとしているように思った。
17投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ不三子の健康趣向が完全にデマかと言うとそうでもないし…良かれと思ってやることがどれも裏目に出て みんなが離れていくのが見ていて辛かった。 せめて真之輔が不三子の気持ちに寄り添ってくれれば こんな事にならなかったんじゃないの?とも思う。 狭いコミュニティで生きるとどうしても価値観が偏りがちになるし、しかも孤独が拍車をかけててさらに凝り固まっていく… 視界を開かせるためにもたくさんのコミュニティを持つ事は大事だなと思う。 子供食堂に参加した後の今までやってきたことが報われた描写はちょっと泣いた。 にしても何に対してもやりきる不三子はすごい執着だなと感心した。普通にご飯が美味しそうで食べてみたい。 あと…バブル時代の就活の内定の数を競い合ったり、内定者に旅行券を渡すとか…バブル崩壊後に産まれたのでこんな時代があったんかい…ってそこだけ羨ましくなった。
4投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログ読了後、タイトルを見るとああそういうことか、としみじみ感じた。 どの時代も人が一生を送る中で、ころころ価値観「正しい(とされている)事」が変わっていく。 その都度自分なりに情報収集して判断してきたつもりでも、年数を重ねて自信がなくなったり、はっきり誤りだったと言われることもある。 本作は、ノストラダムスから始まり、コロナのワクチン騒動まで、自分が知っている時代のこともあって思い出しながら身に沁みた。 良かったシーンは、これまでキッチリカッチリ生きてきた不三子が子ども食堂のボランティアを始めたあたり。 「〜二人の会話を思い出す。テンポが速くて、そしてなんだかいいかげんだった。あんなふうにものごとを決めてしまっていいんだろうか。〜だって私が悪い人だったらどうするんだろう。〜いやでも、もしかして世のなかってあんな感じなんだろうか。いいかげんで、てきとうにものごとが決まっていくような。〜」 「しかたがなかったじゃないか、何がただしいかなんて、みんな知らなかったんだから。神さまのような存在だって、知らなかったんだから。私たちのだれも、知るはずがないんだから。 いっさいのよろこびもたのしみも持たないよう、慎重にそれらを遠ざけて、後悔の奥底から一歩たりとも出ようとしなかった母に、今、不三子はそう言いたかった。〜」 「私だって信じることをやめることができないの。よい食べものが幸福を作るのだと、女が家庭を、世界を幸福に導くのだと、それが間違った考えだとはどうしても思えないの。〜私自身が幸福には導かれなかったというのに、〜だから後悔すらできないの。」
7投稿日: 2025.09.26
powered by ブクログ口さけ女もコックリさんもノストラダムスの大予言も信じていた。 小さい頃は、親や学校の先生の言うことは正しかった。 でもそうじゃなくて。 世の中は、予測不能なこともたくさん起きて、絶対的に正しいことなど誰にも分からない。 でも自分の信じることを探して、そうやって生きていってるんだなぁ、と実感した。
0投稿日: 2025.09.15
powered by ブクログ最初からどんどん引き込まれて読んだ。辿り着くところも、なるほど、と。特に子供時代の話がやっぱりおもしろい。
0投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ飛馬と不三子、二人の主人公の1967~2022までの人生を描いたヒューマンドラマで、なかなか読み応えのある小説でした。 飛馬の幼なじみで一時期カルトに居た美保がその後どうなったのか?最後に又再開するのかと思っていたが結局再開せずにフェードアウト、不三子が気にかけていた子ども食堂に通っていた園花が最後に母親と一緒に姿を消し何となくフェードアウトと、少し消化不良な終わり方でしたが、独特の角田光代の世界に惹き込まれるお話しでした。 代表作である「八日目の蝉」に通ずる様な大作かなぁ、、、
0投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
望月さんが誰にも褒められなかったことを何で40年も続けられたんだろうって思う所が悲しかった。 望月さんの家族への執着が怖いと思ってたけど家族を思っての行動だからな。でも娘のこと(名前)はかわいそう。 ンマンマ食堂の名前嫌だ。ゾッとする。地道食堂の方がまし。SNSアカウントに担当者の自我が出るの嫌だ。大樹は飛馬にSNSアカウント運営の注意するし、望月さんにネットは偏った情報集まりかねないこともちゃんというし何より子ども食堂やってるからすごい。 飛馬も休日返上でやってボランティアの皆さんもみんなすごい。自分には出来ない。 区役所の人災害の時も召集されるの大変だな。望月さんが園花を、園花が猫を連れて行きたいと言った時私も腹たってしまった。 面白かった。角田光代好き。
0投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログ公務員となった飛馬が、主婦の不三子と知り合ったのは子ども食堂のボランティアでだった。 不三子は自然食に傾倒し、子供にも給食ではなく手作りのお弁当をもたせた。 コロナワクチンの接種もしなかった。 娘が成長して、そんな母親から離れていったのは当然だったかもしれない。 息子は娘ほどの反抗心は示さなかったけれど、結婚して子供が出来て母親との接触を避けるようになった。 飛馬は震災ボランティアにのめりこんで離婚。その後、区役所の職員という立場で子ども食堂に携わっていた。 交互に語られる二人の話しに、大きな出来事は無い。 不三子の食に対するこだわり、ワクチンを体内に入れることへの不安感などが書かれた部分は興味がわいた。
10投稿日: 2025.08.31
powered by ブクログ面白かった。 あの時こんなことあったなと振り返ることができた。 食べ物のことワクチンのこと、色々考えたこともあったなと思う。 今極端な考え方に偏らないようにしているけど、時代の波に流されてるところはある。 自分で考えてみることを忘れないようにしたい。
0投稿日: 2025.08.24
powered by ブクログ何を信じて生きていくのかを問うている作品だ読書思う ノストラダムス、コックリさん、オウム、当時本気でみんな信じていた コロナ禍ではワクチンの危険性、必要性についてはいろんな憶測がSNSで乱れ飛んだ 主人公の1人である女性は、食事への思い入れが強く無添加にこだわる 一見不器用で付き合いにくい人だが、信念を持っているからぶれずに自分のやりたい道を突き進むことができる 改めて自分の信念って何か考えてみたい
0投稿日: 2025.08.22
powered by ブクログ全く関係のない二人の男女。それぞれの人生の中で与えられた境遇と感じ方、考え方が描かれている。そして、やがて場面が被さっていく。女性作家らしいきめ細かな息遣いが感じられる。 ただ、我々が経験した事柄がこの本の中で二人の主人公に立ち塞がるが、我々と同じ考え方をしてると少しがっかりする。それでも、最後は流石に上手くまとめている。
6投稿日: 2025.08.21
powered by ブクログ例えば、この前の7月大災害説とか、本当のことだと信じているわけではないけど、完全にデマだと無視するわけでもない。そういう曖昧な状態に、周りがむしろ進んで身を置いているように見える時がある。 それは、どうしてだろうと思う。 たぶん、いまがより一層不安な時代であるとともに、人間は一人では弱いから。 この物語で描かれているのは、そういう人間の普遍性なんじゃないかと思う。いまがよりそういう時代ではあるけど、たぶんそれはどの時代にも言える。 それが何かのきっかけで集団同調となるとき、一滴が水に波紋するように、ある根拠不明の情報や権力の言説が正義であるかのように語られ、暴力が生まれる。 だからといって、誰も本当のことはわからないという相対的な態度に内閉することもまた違う。 たぶん、様々な他の人とのつながりの中で、コミュニケーションを取り続けるしかないのだ。 方舟を燃やすのは、どちらの主人公にとっても、それまでの生き方からのある種の解放を暗示しているのだと思う。
1投稿日: 2025.08.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主人公が生まれのは1967年 口さけ女、コックリさん、ノストラダムス、オウム事件、コロナ色々な憶測や噂話しはあった。 何かあるか期待して読み終わったが 年表を淡々と読んでる感じで退屈で終わった。
4投稿日: 2025.08.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
昭和、平成、令和…そういえば、こんなことがあったんだ、と思い返しながら読んだ。 文通、無線、ポケベル、ピッチ、携帯電話からスマートフォンへと、伝達?方法だけ取っても、めまぐるしい進歩と変化を遂げて来た、今。 世間を騒がせた事件も沢山あって、震災もコロナ禍も、確かに経験したはずなのに遠い昔のことみたいに実感がわかないのは何故なのだろう。 そんなことを思いながら、一気読み。 家族のことを思い、一生懸命に生きて来た不三子なのに、独り立ちした子どもたちは心まで遠く離れてしまう。 ふとしたきっかけで子ども食堂に携わり、共に活動することになっただけの間柄でも、災害時に老齢で独り暮らしの不三子のことを心配し、矢も盾もたまらず駆けつける飛馬。 つながりって、何なのかな。 家族とのつながりを思うと切ない。 でも決して独りじゃない、ってメッセージも感じることが出来た。
1投稿日: 2025.08.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
図書館にて。 本棚で読んだことのない角田さんの本を見つけたので手に取った。 コロナの世界の様子が後半出てくるが、その世界から角田さんは世の中の情報を信じるということの怖さをさかのぼって考えたのかなと思った。 この本で指摘されて初めて、世の中にはデマやあやふやな情報があふれていることに気づかされた。 そういう情報が多すぎて慣れてしまっていることもあるし、怖さを感じていなかった。 どっちかというと個人的には、自分自身や家族、子どもに関係のある情報についての正誤、拡散のされ方などが本当に気になるところ、怖いと思う。 正しいつもりでいても、違う角度から見たらそうではないことだっていくらでもある。不二子さんのように。 不二子さんは子供たちと完全に決別しなくて本当に良かった。 良かれと思ったこと、正しいと信じたことが他社にとっては違ったり、その情報自体が正しくなかったりする。 本当に怖い。 でもそこからは逃げられない、そういう世界にいるということを俯瞰してみていたような小説だった。
0投稿日: 2025.08.01
powered by ブクログ本の雑誌・2024上半期ベストから。同誌では著者は別格扱いに近いから、本作が特にってことではないのかもしれないけど、そこまで勧めるのならってことで。ならではの角田節で、親ガチャやらファクトチェックやらといった、近年特に話題に上る機会の増えてきたあれやこれに投じられた作者からの一石、って感じ。
0投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ読み応えがあった。 よかれと思って信じて邁進する。「自分だけは救われたい」「きちんと調べて知識を得たら報われる」 不三子はそんな風に一生懸命生きてきた。家族らとの関わりの中でも常識を持ち合わせている。責められるようなことはないはずなのに、何か歯車が噛み合わなくなった。 一方飛馬は、様々なデマと遭遇し、その都度向き合い方を考え続ける。自分が母に出したメッセージが結果的にデマだったのではないか、それによって母は命を絶ったのではないかとの思いを持ち続ける。祖父の偉業を刷り込まれていたことにも疑問を感じるようになる。 飛馬が同級生の美保の行方が気になったり、文三子に不思議な共感を覚えたりする根底に何があるのか、その思いはどこからくるのか。ぼんやりと見えるようではっきりとは見えない。「方舟を燃やす」のタイトルに込められた意味も、見えるようで言語化できるほどクリアには見えない。だから、もっと読み込んでそこを知りたくなる。 そんなわけで読み応えがある一冊だった。
0投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ柳原飛馬と望月不三子の二人が交互に主人公となる章が続いていく。なぜこの二人なのだろう?この物語はどこに繋がっていくんだろう?と訝しく思いながら読み進むうちに、結構夢中になってしまった。 1967年から2022年まで、当時の世相を交えながら、二人の人生の歩みが細やかに綴られていく。 同じ時代の体験者である私は、本当にいろんなことがあったなぁと、特別な感慨に耽る。マンガ雑誌で文通が流行ったり、超能力がブームになったり、コックリさん、口裂け女などのオカルトブームもあった。バブル崩壊、地震台風などの自然災害と人災、カルト教団、世紀末。。コロナや昨今のSNSのデマ情報。。書ききれない。 ノアの方舟伝説、家族と動物だけ乗せて方舟は難を逃れる。自分がノアだとして、そんな船に乗りたいか?と本書の中でもそんな問いかけがある。 読み終えたばかりで頭の中は混乱状態。こんな物語を飽きずに読ませる筆の力はすごいなぁと、改めて作者に尊敬の念を抱いた。
3投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログこんな人いたなあと今まで出会った人を何人も思い出した。人は不安定な状態にあるときに、分かりやすいものがぴたっと入ってきて、非科学的でもそれを信じてしまう、ということがある。そういう人たちを例示したような小説で、現代をよく捉えていると感じた。
1投稿日: 2025.07.21
powered by ブクログ予備知識無しで読んでみた。 二人を主人公に据えて話を進めていく小説。 方舟を燃やすとは、そういうことこか。 単純に面白さを追求するような自分にはハードルが高い小説でした
3投稿日: 2025.07.21
powered by ブクログ「今」に相応しい小説だった。 予備知識なしで読み始めたので、だんだんこれはどんな小説なのかと不安になってきたが、読み終えてみると、テーマははっきりしていたように思う。 何がデマなのか、デマでないのか。 そんなのデマに決まってるということも、信じる人が多数で、えっ?と思うことが多い。 選挙活動で、驚くような嘘を平気でつく候補者や政治家。無知なのか、わかってやっているのかの境目も難しい。そんな人は昔からいたのもしれないが、SNSという手段で、どんどん目立ってしまう。そして非常に広範囲な人のもとに届く。ということは騙されてしまう人も多くなる。 自分でしっかり調べ、自分の頭で考えることが大切だ。でもその情報を取る情報源を間違って、どんどん変な方向にいってしまうことも最近ではよくある話だ。信頼のおける情報かそうでないのかがわかる能力も必要なわけで、これからの人はボーッと生きてはいけない。しっかりしなきゃと思う。
2投稿日: 2025.07.16
powered by ブクログどこか苛立ちとヒリヒリした気持ちを感じながら読み進みました。 生きてきた時代、世代がドンピシャ。 読みながら自分の家族や自分がその時思っていた事やした事なども蘇ってくる。 【私たちは知らない。ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある。それだけではない、人のいのちを奪うことも、人に人のいのちを奪わせることも、あり得る。そんなことにはじめて思い至り、不三子の内にもしずけさが流れこむ。私は違うと言う言葉も、そのしずけさにのみこまれていく。私が信じてきたことはなんだったの。私が信じていることはなんなの】 信じるってある意味すごく自己中心的で盲目。 怖さを感じた。
20投稿日: 2025.07.06
powered by ブクログ一人の男性と一人の女性の生い立ちが淡々と書かれていて最初は退屈だった。読み進めるうちに不三子が娘と息子のためを思って何を選択し何を信じて育てていくか、その迷いや不安に私自身も娘と息子がいて自分に重ねて共感することができた。 p411 何がただしくて何がまちがっているか、ぜったいにわからない今を、起きているできごとの意味がわからない今日を、恐怖でおかしくならずただ生きるために、信じたい現実を信じる。信じたい真実を作ることすらある。 子ども食堂に新たな居場所を見つける不三子。人は褒められたい、誰かに頼りにされることが生きる力になるのだなと思った。
0投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログ林真理子氏が絶賛していたので、読み始める。 主人公たちとは、同じ世代、子ども時代は、ノストラダムスに恐怖を感じ、大人になると、バブルを経験し、いつの間にか2000年を迎えていた。 世の中の価値観が、どんどん変わっていった時代、器用なようで、不器用にも見える生き様が描かれている。
18投稿日: 2025.06.28
powered by ブクログ何を信じていいか。 情報や会った人の話、生い立ち、それによって信じたいものを信じる。信じたものを押しつけてしまう。宗教、食、ニュース、うわさ、信じるということは純粋な気持ちで、不安定さとも紙一重だと感じた。 区役所の青年と子育ての終わった主婦の関係性は並行して書かれているけど、あまり交わらず、でも何か刺激しあい不思議な関係。 対談で、名付けられない関係性を言葉にしたいと角田さんはおっしゃっていた。確かに実際には100%ではないけど、気になる、ふと思い出す、影響を受けた人っている。 久しぶりに角田さんの小説を読んだ。真面目で丁寧な文章だったなあと思い出した。この作品の後は、自分のペースで書きたいものを書いていく、とのこと。楽しみに待ちたい。
0投稿日: 2025.06.21
powered by ブクログ著者による『八日目の蝉』『紙の月』が代表作。原作を読まず、この二つの作品はドラマとして見た。この本を読みながら、ぼんやりと自分が生きてきた時代が浮き上がってくる。そういえば、あの時は、と思い出させる。雑誌の文通、口さけ女、ノストラダムスの大予言、連続幼女誘拐殺人事件、宗教団体のサリン事件、阪神淡路大地震、福島の東日本大震災、コロナ禍と続いていく。 日本人の精神の揺らぎをあぶり出す。信じたいものを信じることで、なんで悪いの?と問う。本書のテーマのひとつであるワクチン。子供の時にうつワクチンやコロナ禍のワクチン。ワクチンの噂だけで構成する。なぜワクチンが開発されたのか?そして、そのことによって何が生み出されたのか?短期間にワクチンができた理由はなぜか?などは、この本では追及しない。蘊蓄をたれない良さがある。というか小説の編集力が優れている。 高学歴で優秀だと思われた人が、なぜオウム真理教の信者になったのか?そして、サリンを撒くに至った経緯も明らかではない。水道水に毒物を入れるというメッセージだけが不安を煽る。ある意味では、本書は不安小説というべきだろう。また、統一教会も出てこないし、核兵器や原発も出てこない。人類の終末は、現在の核兵器で十分地球を破壊する。そして今も世界のどこかで、ミサイルが飛び、人の生活を破壊している。 本書の主人公は、柳原飛馬、1967年生まれ。山陰地方に生まれる。生まれたところは、銅山があり、赤い川が流れていた。その後、引っ越し、鳥取の砂丘の近くの小学校に通う。兄、忠士は優秀で、無線機(ハム)を自分の部屋に設置して、交信していた。父親は、おじいさんを尊敬していた。おじいさんは、地震を予言して、逃げることを勧め、本当に地震が来たのだった。人を助けて死んだ英雄だった。 「1999年に恐怖の大王が降ってきて、世界は滅亡する」という噂に、飛馬は興味を持っていた。 卒業旅行で、歩いているうちに吐いた女子生徒、美保が気にかかる飛馬。美保は、小学校では、ケロヨン、中学ではコックリさんとあだ名がつけられている。美保は、サリン事件が起きる前に、水道水を飲むなというメッセージをくれた。 飛馬の母親は病気で倒れ、入院し、手術を受ける。飛馬は、病院で噂を聞き、それが母親のことではないかと思い、母親の前で、泣いてしまうのだった。そして、母親は病気を悲しんで飛び降り自殺をする。飛馬は母親を亡くしたことの喪失感、心の空洞。さらに、自分の行動での罪悪感を抱えることになる。 1967年 高校を卒業し、製菓会社に勤め、結婚した望月不三子。子供はコト(湖都)ちゃん。ワクチンを受けたらいいのかどうかを悩む。不三子の進んでいく心の軌跡がわかりやすく丹念に書かれている。不三子は戦後生まれ、子供を授かったことで、マクロビオティックの食事を教える講師、勝沼沙苗の食養論を信頼する。不三子は「幸福のおおもとには食がある」と納得したのだ。玄米食を実践し、白い食べ物を減らし、野菜を食べ、肉や魚を減らし、保存料や着色料にも注意する。夫にも健康であってほしいと玄米食を勧めるが、ほとんど箸をつけない。義母から、息子には「白米を食べさせて」と懇願される。免疫は食事から作られると思い、ことちゃんのワクチン接種をやめる。また、ことちゃんには、小学校の給食をやめ、弁当を持たせた。湖都の修学旅行がシンガポールで、麻疹にかかった。湖都はワクチンを打ってなかった。 飛馬と不三子の心の軌跡が丹念に描かれる。 不三子は、湖都から反発を受けることで、ショックを受ける。おとなしくいい子に育ったはずなのに、ファーストフードの店の前で、ポテトを食べたいと大泣きしたり、小学校の友達の家に行ってはお菓子を食べ尽くしたりしていた。不三子は、湖都の体のためを思って、食生活をマクロビオテックを実践していたはずなのに。そして、湖都は自立し、音信不通となる。 不三子は、ワクチンに対して疑問を持っていた。色々な噂が飛び交っていた。湖都はワクチンを打ったせいで、妊娠できない体になったと訴える。 息子の亮も成長し、そして結婚するが、ほとんど不三子のところには来なかった。不三子は孤独を感じていた。そこに、子ども食堂の催しに参加することで、やっと自分の居場所を見つける。 情報が溢れ、噂や正しくない情報が乱れ飛ぶ。そして、コロナ禍となり、ワクチンの問題がクローズアップされる。不三子は「夫の給料でのうのうと暮らしてきた、世間知らずのバカだと思っているんでしょう。こういう人がころりと騙されるんだろうな。」という。この言葉が、一つの重要なキイワードとなる。自分のやっていることが、正しいのか?それとも騙されているのか?その迷いの中に、人々は生活している。非科学的なことにさえも、惹きつけられてしまう状況。なんとも、不確かな時代に生きている。自分たちの既存の生活である『方舟』を燃やすしかないのかもしれない。 読みながら、家族って何なのか?そして、どう生きていくのかを考えさせられた本だった。 不三子のこだわったマクロビオティック。白いものを食べない、そのため玄米食、肉ではなく野菜を食べるヴィーガン的食、インスタント食品やファーストフードを食べない。 マクロビオティックは、食事を通じて心身のバランスを整え、健康を促進することを目的とした哲学的アプローチであり、食の実践の体系 。マクロビオテックは、古代ギリシャ語の「macro(大きな、長い)」と「bio(生命)」に由来し、「長寿法」を意味する 。 マクロビオテックの二大原則は、自然との調和と季節に応じた食材選びを促進し、心身の調和を目指すものである。これらには、「身土不二」(その土地でその季節に採れるものを食べる)や「一物全体」(食材を丸ごと食べる)といった概念が含まれ、地域性や旬を重視する食のあり方を提唱している。 玄米食を食し、肉、卵、乳製品は、マクロビオティックにおいて基本的に使用しない食品とされている。 哲学的な理由(陰陽の観点)から、肉は強い「陽性」に分類されており、陰陽のバランスを乱すと考えられている。マクロビオティックは陰陽の調和を重視するため、極端な性質を持つ食品は避ける傾向にある。 次に、生理学的な観点から、動物性タンパク質は分解・吸収が難しいとされており、過剰に摂取すると体に負担をかけやすいと考えられている。 マクロビオティックは植物性食品を主体とするため、肉や魚、乳製品は基本的に摂取しない方針である。 不三子は、この食事をすることで、穏やかな輝くばかりの子供が生まれたことで、マクロビオティックの指導者を信頼する。そして、この食が、なぜいいのか?は、ほとんど説明できない。夫にも娘の湖都にも。成長した湖都は、有機栽培の共同体生活を実践する。なぜという突き詰めはせず、ふわふわと表層を生活する。この小説の怖さは、信じたいものを信じて生きていくということなんだね。戦後以降の日本と今の日本をうまくすくいとった作品だ。すばらしい。
2投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログ同年代を生きてきたので、同じような経験をしてきました。口裂け女、ノストラダムスは起こらなかったし、オウムの事件や震災など当時のことを思い出しました。 接点のなかった飛馬と不三子が出会い、特別親しくなるわけではないけど、関わっていくことで何か感じたり、影響というほどでもない関わりがあり、自分にも他の人にもおなじようなことはあり、家族やパートナーとの関係だけが重要ではないことが生きていく中ではたくさんある。 ミステリー要素のあるものを読むことが多かったので、何も起こらない小説の読み方がよくわからなかったけど、「面白かった!」で終わらないことが、ふと読後も考えていて、じわじわジャブのようにきいてきてる気がします。 私は本から何か教訓のようなことを得たいと思ってしまうけど、そんなものはなくても、ただ読んでいるときが少し楽しかったらそれだけでいい。
0投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログ1970年くらいからつい最近までに起きた真偽不明なこと。 なんとなく信じてしまい、正しいと思い込んでしまったり疑ってみる主人公の2人。 望月さんのあの勢いはすごいと思いました。良い意味では純粋、悪意のない正義かもしれません。 どちらとも決められないし決めなくていいよねと思いました。 信じるということとは何だろう?と考えさせられました。
0投稿日: 2025.06.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
二人の主人公。こどもの頃の話は同年代頃の自分を思い出したし、大人になってからの話も感情移入できる。主人公の年齢・性別問わず自分ごとのように世界に没入できる本。 一人の人間を生み育てることは、ものすごく重荷である。産後うつとまではいかないものの、かなり追い詰められて、自分がこの小さな生き物を守らなければいけないと必死だった頃を思い出した。食べるもの、着せるものにも神経質で、うまくいかないことがあるといろんな本を読んだりネットで調べたり。「自然派」や宗教っぽいもの、陰謀論めいたものに近づくことにはならなかったけど、そうなる人の気持ちはすごく分かる。娘が麻疹に罹患してしまった時の不三子の独白は沁みる。「おまえは何をやっているんだと、自分は何もせず何も考えなかったことを棚に上げて私のせいにするの違いない。なぜ悪い事は全部母親のせいで良い事は母親の手柄にならないの。」 実母にはワクチンについて「自分で考えて決めなさい」と言われ、よく考えた結果ワクチン未接種を選び、娘は麻疹にかかってしまう。実母の「よく考えなさい」という発言は世論に流されるままに戦争行為に加担してしまっていた自分への戒めであったのに、結果娘(孫)を傷つける結果になったのは皮肉に思える。 ワクチンに懐疑的になったり、デマを流布してしまったり、それらは「反ワクチン」「陰謀論者」と言い切ってしまえばそれで終わってしまう。でも実際はそんなに単純でもなくて、それぞれがそこに至るまでには物語がある。 「方舟を燃やす」の意味。 「方舟」とは、自分がすがりつきたいもの。 方舟を燃やすことで、自分がすがっていることを手放す。ひいては「方舟に乗る派」「乗らない派」の分断を無くすことなのでは?と思った。 タイトルの意味もだけど、感想や本の解釈も人によって大きく変わってきそう。 不三子が周囲から老人会への参加を勧められる場面。積読チャンネルでよく言われる「趣味を持とう」がここでも…。
1投稿日: 2025.06.09
powered by ブクログデマや噂は形を変えて永久に存在する。何を信じるか。というよりどれが真実の世界で生きるかを自分で選んでいかないといけない。 噂話をしていると、「この人ってこういう話を信じるんだなぁ」とその人の価値観がみえやすい。わりとマイナスの方向でみえる気がする。だから極力噂話をしたくないし(しちゃうけど)、SNSも最低限しか使いたくない。そういうのも一つの自分の価値観なのだと思った。 人間っていつの時代も変わらないし、面白い。
32投稿日: 2025.06.04
powered by ブクログ噂話や本当かどうかわからない情報を、信じるか信じないかはその人次第。 情報リテラシーという言葉はいつから言われてきたんだろう。でも情報自体はSNSが出てきた時代よりもっと昔からあるわけだし、自分が何を信じるべきかが難しいのは、昔も今も一緒だと思えた。 2人の主人公、幼い頃自分のせいで母が自殺したのではないかと長年疑ってきた飛馬と、無添加にこだわりすぎて家族から煙たがられてきた不三子、全く境遇の違う2人がどうやって関連付けられるのか、楽しみで読んだ。
1投稿日: 2025.06.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
縁もゆかりもない2人の経験した昭和・平成について延々と書かれた後に、2人が令和のコロナ禍で交差する。 どんな話?と思いながらも、同時代を生きてきた者の一人として、なんだか心揺さぶられました。 方舟を燃やす、ってなんのことだろう。 結局、私にはわからずじまいで、終わり方も、えっ、これで終わり?と思う。 う〜ん、方舟って、自分だけが、自分の身内だけが助かれば、っていうもの、だけど、同時代に生きててそれはないんじゃない?ってことなのかな? 、、、、わからんけど、同時代を経験した一人として、星5つにしておきます。
2投稿日: 2025.05.28
powered by ブクログその時代毎に、様々な噂話が盛り上がっては忘れ去られていく。 境遇の違うふたりが、まったく違う生活を送り、たまたま出会ったという話。 私達も、何処かでいろいろな人との出会いがあり、そんななかのひとコマひとコマにドラマがあるかもしれない。 後半にやっと出会うという設定が、そんな偶然の接点にすぎない、ひとつのドラマをピックアップしたものと思わせてくれる。 ただ、時代の噂話が、このストーリーに必要だったかは少し疑問。 評価はいろいろありそうな作品かもしれない。
1投稿日: 2025.05.27
powered by ブクログ高度経済成長期に少年であった飛馬(ひゅうま)と、その頃に社会人生活をスタートした不三子(ふみこ)。1970から2025頃まで、好景気からバブル、経済低迷を経た時期の世相や災害や事件などを辿る中での2人の姿が描かれた物語りだったと思います。私自身は淡々とし過ぎているようにも感じて、ダラダラっと長い作品という印象。星2つの評価とさせていただきました。
0投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
様々なデマをモチーフに「信じる」ことを掘り下げた長編小説 主人公男女二人の人生をなぞりながら、デマだと分かっていても笑い飛ばせないエピソードに、やるせなさというか無力感もあった 振り返れば結局あれは何だったんだろうと思うようなこと、何が真実だったのか、どうすれば良かったのか…正解の出ないこと、確かに生きていくためには信じたいものを信じるしかない時もある ある意味主人公たちの方舟は燃やすことが出来たのかもしれないけれど、ず〜っとモヤモヤが残る重めの読後感でした
1投稿日: 2025.05.13
powered by ブクログ私は角田光代ファンなので当然今作も良い。 いつもクールさを感じるのですが、今回は、最後に熱いです。 今年51歳の私よりも、ちょっと上の世代の人が主人公で、ノストラダムスの大予言から始まり、 同世代ならよく知る流言?めいたものを、 もしくは、もっと言えば、宗教や主義、思想を 信じるのか、信じないのか、 そもそも人それぞれじゃないのか…と言った話。 この世代にとって激流。
3投稿日: 2025.05.12
powered by ブクログ飛馬は伝聞をすぐ信じ、自分で詳細を調べることもない。正義感からそれを他人に広める。 対して不三子はよく調べる。でも自分の信じるもののみが正しくて、そのほかは全て正しくないと思い込む。そして子どもにもその考えを押し付ける。他人を救いたいというより、自分が間違いたくないって感じ。 二人とも問題が起こった後も、自分の何がいけなかったのか全然わかってない感じがリアル。一度信じたものを疑うことって難しい。 現代人は情報に溢れているからこそ、それが真実か偽物か疑う癖はついている。だからいかにも怪しいものは疑える。 でも、そうじゃないものは? そして、正しくない情報を信じている人は悪なのか? 情報について、特にコロナ渦のような緊急事態においての情報とのかかわり方について自分はどうだったかと考えさせられる話だった。
0投稿日: 2025.05.11
powered by ブクログつかみどころのない内容で、事件もなく、終わり方も、あまりにも普通におさまっていく感じ。それでも、なんとなく気持ちが良い。読み終わると、当たり前のことを普通にやってきた2人の人生に伴走してきた気持ちになった。自分の、今までの生きてきた場面は飛馬の時も不三子の時もあったから。角田さんの作品って、本当に普通で地味な人が主人公のことが多いのも好きだ。
1投稿日: 2025.05.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書のタイトルの「方舟を燃やす」について解釈する上で参考になるのはP413のノアの箱舟を想起させる文章でした。 聖書の描く神の世界は絶対的正義である神に導かれる秩序あるものだが、現実の世界は絶対的な神など存在せずむしろ各自が自らの信じる考え方(それが変わらないとは言及していないが)に基ずき生きる混沌とした世界であり、方舟に象徴される神の教義自体が崩壊していくこともある事を示唆している。 またワクチンや添加物といった専門家でなけれがその効能を理解することが難しい現代において不三子のように自然食を基本とした自らの免疫力を維持向上させることで健康を保つ考えは一つの見識として尊重されるべきだが、他人(家族も含む)に対しての寛容さとそれらに対する偏った情報ではない最新の知見・データ(政府のみならず国際的な)に意識的に接し判断材料を得ることは有益だろう。 また人の役に立つような人間になることの強迫観念があった飛馬にとって、身近な妻を幸福にできないでボランテイア活動に熱中する行動が矛盾し、人生の優先順位を見極める考えが浅いことに残念な印象が残った。
0投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。でも疫病が流行し、今日も戦争は続いている。オカルト、宗教、デマ、噂…。誰もが何かを信じたいこの世界で、信じることの意味を問う長篇小説。 吉川英治文学賞作。劇的な展開があるわけでもないのにズルズルと読まされてしまう。相変わらずの角田光代の筆力には脱帽するけれど、読んでいて楽しい作品ではなかった。本作は連載小説だったが、角田光代はこの小説を最後に出版社などから頼まれて描くことは止めて、今後は自分が描きたいと思ったら描くことにするそうだ。 (C)
0投稿日: 2025.04.29
powered by ブクログとっても久しぶりの作家さん。 久々の長編小説だった。 飛馬と不三子という、二人の登場人物を通して、それぞれの時代の中で、世の中の出来事が走馬灯のごとく蘇った。 あ~、そんなことあったな~、とか、 その気持ちわかる~、とか、 自分の過ごした時代を思いだしながら読んだ。 新型コロナでのワクチン接種、記憶に新しい分、特に考えてしまった。 「方舟」とは、ある意味、力のあるものが自分の思うように閉じ込めようとしている空間。 溺愛する我が子を縛り付けて、全ての悪から守っているような錯覚を持つことに似てる。 誰かを助けようとする気持ちが、単なる自己満足で、その誰かにとって迷惑なこともある。 本来なら、全ての人や動物を救うのが「神」のはずが、なぜ選ばれたものだけが方舟に乗れるのか? 善も悪もあっての世の中なのに。 よく、ボランティアは余力ですべき、と聞く。 人の力でできることには限界があるし、全てをなげうって、例えば命がけで手を伸ばしたことが、された側にとって、逆に心の負担になることもある。 何事も、ほどほど・・・に
53投稿日: 2025.04.22
powered by ブクログああ、字が小さい、読み終えることができるかなと思いながら読み始めたけれど…。 いつもの如く、読み始めの数行で角田ワールドにあっという間に引き込まれてていった。 ココロの何処かがヒリヒリと痛む感じのまま読み進めていく。切ない…とも何か違う。イタい?それは登場人物に対して抱く感情なのか。 とにかく角田さんの小説は、次に次にとどんどん読んでいってしまう。
0投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ昔から人は予測不可能な未来を少しでもコントロールするために、何かを信じてそれに縋ることで、不安定な気分を落ち着けてきたのだと思う。 その信じる対象がデマと呼ばれるようなものではなく、科学的に証明されたと言われるものでさえ、後から間違っていたことが判明することもある。 月並みな言い方だが、この世の中に絶対的に正しいものはないとなると、人はそれがたとえでっちあげだとしても自分自身に信じ込ませるしかなくなってしまう。 本作の主人公の女性のように、はじめから何かを疑ってかかることは、時には何か別のことを危険なまでに信じ込むことにもつながるうえ、そのような姿勢で日々を過ごすと精神的にも疲弊してしまうように思う。 そのような世の中で正しい姿勢というものもないが、何か生きやすくなるような考え方があるとすれば、人間は小さな存在であり、他者と助け合うことでしか生きていけないのだという謙虚な姿勢なのではないかと思う。
8投稿日: 2025.04.18
powered by ブクログ1960年代から2021年までの世相を背景に、二人の主人公が時代に翻弄されながらも信じるべきものは何なのかと問う作品。400ページを超える作品だけど、400ページぐらいまで淡々と二人の生活が描かれています。最後の20ページぐらいでやっとこの本のテーマが見えた気がしました。
11投稿日: 2025.04.09
powered by ブクログ交わることのなさそうな鳥取出身の男と玄米菜食を信奉する専業主婦の生きた軌跡を描きながら、後半2人が交わることにより、それぞれ影響を受けて癒されていくといった話。 ほんとうに丁寧に、どうしてこうなっていったのかが描かれており、物語への求心力は相変わらず強い。 『タラント』でも描かれていたが、人が人を救済することの是非、ボランティアの罪悪感といったテーマが根底にある。(2作品ともキリスト教を題材のタイトルだし) この情報量の多い時代に何を信じて、何を信じないのか、戦争中の軍国主義を信奉して生徒を死に追いやったことの後悔から死ぬまで離れられなかった実母と対比させて浮かび上がらせている。 個人的には、人が人を助けて、そしてそのことに快感を覚えるのはホモサピエンスの本能というのもであると思うし、何を信じるかは、その時々によって変わって当然のものだと思う。ここで描かれているのは信仰といってもいいほどの思い込みに囚われている人。どんな情報、体験をもってしても考えを曲げられない人。こんなに頑固な人、本人も周りも苦しいだろうな。
9投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログ人は 自分がいいと思うことに対して 努力することができるし それを良いと信じているから 人にも勧めたくなる 誰かからほめられたいし 誰かの役に立ちたい それが自分の大切な人ならなおさらで だけど それを自分以外の人もまた それを良いと思うか ということを 踏み出す前に立ち止まって 考えることはなかなかしない 〇〇って体にいいんだってよ! ↓ 試したくなる ↓ 人にも言いたくなる (でも本当にいいのかはわからない わかりようもない) これ誰でも経験してるよね〜 自分のせいで母は死んだのかもしれない 自分を犠牲にして人を救った祖父のように 人を助けなくてはいけない 愛する子どものために 良いものだけを与えなくては そういった鎖に縛られて 身動きできなくなっていっている気がする 歳を重ねるとなおさら その鎖の重さにも慣れてしまって 縛られていることにも気づけなくなる この登場人物たちは 間違っているのか? 嫌われても仕方ないのか? 自分はどうだろう?
0投稿日: 2025.04.02
powered by ブクログ嘘、デマ、ブーム、健康にいいこと、私たちの周りに溢れているそれらを浴びて生きてきた二人。一人は1967年生まれ、鳥取育ちの飛馬。一人は1951年生まれ(多分)の不三子。二人の生きざまが交互に語られる。これが、特になにも起こらないのに引き込まれる。どちらにも少しずつ共感し、反発する。飛馬は母が小学校の時に亡くなり兄と父とで過ごし成長するが、いつも危ういものに心惹かれる(だいたいぎりぎりで向こうに行かない感じ)。不三子は妊娠していたころ地区センターの料理教室でマクロビオティック的な食事の思想と出会い、ひたすら邁進するのが読んでいて危うさしかない(子どもの給食やおやつ、ワクチン等々)。425ページのうち、第一部が半分くらいの230ページ、1984年くらいまでで、だいたいここまでで二人の生き方や信じるものの選び方、接し方が入ってくる感じ。第二部は一気に飛んで2016年から。二人が出会い、生き方が交差してくる。 ハラハラしながら最後まで読んで、その印象のまま終わって、まとめは自分の中でって感じでした。途中で眠くならなかったから面白かったんだろうけど、うーーん、重かった。私も吹き出物が出やすいとか、皮膚が荒れやすいとかあって、極力添加剤の入っていないものを作ったり石鹸っぽいものを選んだりしているけど本当に大変なんですよ、これが。石鹸洗剤も子が小さいうちしか使わなかったし。だから、自分の信義とはいえ不三子ほど徹底できるのはすごいことだと思います。そんな私でも不三子のやりすぎ感半端なくて、読んでいて胸が苦しくなった。周りとの寄せ方が問題なんだよね。 問題となるような表現はないとは思うけど、これを小学生に読ませて読書が好きになるとは思わない。高校以上かな。中学校でも興味があれば読ませていいと思いました。
7投稿日: 2025.03.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1人の鳥取県の田舎町の少年の成長の中で、田舎特有の閉鎖的な雰囲気、母親の死、父親と兄のこと、薄暗く苦しいイメージ、高校に行って光がさす世界、大学、社会人と人生が進む中での人との距離感がとてもリアルに感じられた。 自然派の食事にこだわり、子供達から距離を置かれて、地域のボランティア活動に生きがいを見出していく女性の話は、誰が正しい間違っているとか言うことは書かれておらず、私はこの立場から見てしまう、この立場の気持ちもわかる、と思いながら読んだ。 全編に渡り実際にあった噂や事件と世間の様子(ノストラダムスの大予言、日航機事故、ミレニアム問題、震災やオウム真理教事件など)が年代の軸になっていて、当時の雰囲気がありありと思い出され、とても自分との距離が近い小説だった。 面白かった。
0投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ角田さんと同世代なので感慨深いです。 食育、ワクチン、パンデミック、自然災害から子供をまもる。 子育てとは、うまれたその日から、氾濫した情報を模索しながら考え悩み、日々ぶっつけ本番の毎日。クタクタのフラフラ。そして成長すれば思い通りになんかなってなく、気がつけば年老いた自分が世の中からも置き去り。 でも不三子には信じて全うしたマクロビオティックがあった!美味しいと言ってくれる人教えてほしいと言ってくれる人がいたじゃないか。子育てで、得たものがあったじゃないか。羨ましい!わたしもやっておけばよかった(笑) 大きくて分かりやすい記録ばかりもてはやされるが無私の精神で家族を送り出すことも大きな偉業ですといってくれた飛馬の言葉は心に刺さりました。
13投稿日: 2025.03.22
powered by ブクログ何を持って、噂を信じるのか。子供の頃の「口裂け女」なんて今思うと笑い話だけど、当時は真剣だったし。2000年問題の時は正月出勤してたし。ワクチンの話も、私が子供の頃のことだし。それが過日のワクチン話。なるほどね。
0投稿日: 2025.03.18
powered by ブクログ角田さん、大好きだったけれどこの作品は全くの空振りです。きっと面白い展開があるだろうととうとう最後まで読んでしまいました。丘を上がったら大きい山があると思っていたのに何もなくってそのまま終わってしまった残念な感じです。 全く抜け殻の面白くない作品です。角田さんを辞めたくなるような…通勤時間の楽しい時間を返してくれ〜っと言いたくなるような。でも、きっともうひとつくらいは大好きな角田さん、ワタシは読んでしまうのでしょう。
2投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログ本の雑誌1月号の2024年度エンターテイメントベスト10の1位の作品で高頭佐和子さんが「角田光代の最高傑作だ!」と、かなり推してました。 作品としては、戦後昭和の高度成長期という時代を背景に2人の主人公を交互に描きながら「象徴すべき何か」を浮き彫りにする雰囲気を醸し出して時代を描いて行きます。残念ながらその「象徴すべき何か」は私にはくみとる事が出来ませんでした。 男性の主人公がほぼ同じ歳なので自分と平行して過去の世情を振り返って懐かしむ事は出来ましたし、その時間を一冊の本で描くくらいの歳を取ったのかとも実感致しました。 しかしながら何処が傑作なのかは理解が出来ませんでした。
67投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログ家族全員コロナワクチン接種をしなかった、という知人の話を最近になって聞いて驚いたが、この本を読むと、当時、「一年足らずで出来上がったワクチンなんて危険だから接種しない」と考える人も多くいたのだろうな、と想像は出来る。 逆に、なぜあの時私は何も疑わずにいられたのか?なぜ家族全員が一刻も早く接種できるようにと望んでいたのだろう?何を信じて…?と怖くなった。 昭和から令和の時代まで、人類に起こった災害や事件やパンデミックなど様々な出来事に触れられていて、完全に消化するには再読も必要かと思う。それくらいずっしりとした巨木の幹のような物語だった。 ここには、「食」についても多く描かれているが、メニューではなく、“メニュウ“と表記しているのがけっこう気に入っている。
0投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2人の男女の人生とその時代を見届けたようで、本当に圧巻の1冊でした。 「正しさ」に正解はなくて、過去を振り返って初めて判断できるものだと思った。 色々な情報が蔓延る現在は、正しい判断をすることが本当に難しいと常々感じる。 自分が正しいと思えることを貫くことも、芯は通ってはいるが側から見れば異質なものと捉えかねられない。 個人的には、過去に囚われることなく、自分が信用できる情報機関からの情報を適度に受け取り、時代の流れに身を任せて生きていけたら…と思いました。
1投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ大なり小なりさまざまなデマが私たちの周りにはあふれている。時にデマが人生に影を落としたり、生き方に大きく関わったり。時代の様相を描きながら、まったく違う場所で生まれ生きてきた年齢も性別も異なる2人の人生が途中から交わり出す。以前「タラント」を読んだ時にも思ったが、一人一人の人生のリアリティがすごい。デマに翻弄されながらも、そのデマによって生き方の指針を得たり、デマの中に真実を見出したり…人間はややこしいけど強くしなやかだなと思わせてくれた。「得体の知れない新型ウイルスも、異様なスピードでできたワクチンも、だれかの思惑によるもの。そうであれば、どんなにいいか。理不尽の理由があったら、どんなにいいか。何がただしくて何がまちがっているか、ぜったいにわからない今を、起きているできごとの意味がわからない今日を、恐怖でおかしくならずただ生きるために、信じたい現実を信じる」
0投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログ身近にいる困っていそうな人に手を差し伸べる。 差し伸べられた手に、申し訳なさを感じながらもすがる。 そんなことが、いつからこんなに難しくなってしまったのか。 自分が何を信じているのか、自分が大切にしていることは何かを認識すること。そしてそれを俯瞰し、時には疑う目を持つこと。 何より、これだけいろいろな情報があふれるなかで、自分が信じるものは何かを自分の頭とこころでちゃんと考えること。 それができないと、本当の意味で人とつながることはできないのかもしれない。
1投稿日: 2025.03.04
powered by ブクログ何を信じるか、誰を信じるかが人生を大きく左右する。 二人の主人公、飛馬も不三子さんも真面目なだけに妄信的になり、そこまでしなくても、そこまで前のめりにならなくてもという危うさを抱えている。 でもこの二人は経験から色々なことを学んでいる。 不三子さんの「どんなに頭がよくたって、ただしいことが何かなんて、私たちにはわからないときがある。いいことをしようと心から思ったって間違うこともある」という言葉がその証しだ。 思い込んで突っ走るのは止めよう、時々立ち止まって考えてみよう、とこの本を読んで思った。
0投稿日: 2025.03.01
powered by ブクログ●読前#方舟を燃やす 『八日目の蝉』で知った角田光代さん、さすがに一歩抜き出た有名さだからその後著作を読まずとも存在を忘れることなく気になってはいた。『八日目の蝉』を読んだのはだいぶ前、今の角田作品は楽しめるのか確認するために読みたい https://mnkt.jp/blogm/b240229a/ ●読後#方舟を燃やす うーん、残念な読後感。なんとなーく「こんなことについて考えて!」的なメッセージを感じるのだけどなんか深みがなく、その感じが400ページ以上続くのは辛かった。半分のページでもう少し焦点が絞られた内容だったらよかった https://mnkt.jp/blogm/b240229a/
6投稿日: 2025.02.12
powered by ブクログ噂やデマなど今でも世の中氾濫していますが 何を信じて何を信じないか??? 中々難しい……………… 2人の世代が違う男女を通して色々考えさせられました それにしても昭和って笑える噂多いですよね(^^)
7投稿日: 2025.02.06
powered by ブクログあぁ、あったそんなことと思いながら読んだ。他人の意見に惑わされることなく、自分でしっかり考えて行動できるといいな。
0投稿日: 2025.02.04
powered by ブクログどこにでもいそうな老婦人と熟年男性の半生、現在を描くことで、価値観が多様化する現代に生きることの難しさを表現している作品。 大きな事件やスリリングな展開はなく、誰にでも起こりうる日々の生活を丹念に描くことで物語に深みを与えている。そのため、得に前半冗長に感じる。結論も曖昧ではあるが、確実に作者の意図は伝わってくる作品。
0投稿日: 2025.02.02
powered by ブクログ時代背景は身に覚えがある懐かしいものばかり、、うんうん、そうだった、、しかし、読み進めるうちに色々な考えの人がいるよな、と分かりつつもだんだんこの2人にむかついてきてしまいました。私は何も考えずワクチンを打つ凡人だからかもしれませんが。絶対に友達にならないタイプだな、面倒臭いな、この2人。ということで共感できず。
0投稿日: 2025.02.01
powered by ブクログ飛馬と不三子の昭和平成コロナ禍を描く。 ということで、ほぼ自分と同世代の2人の物語で、「そう、それあった。」と思うところは良いのだが。 もっと盛り上がりを期待したが、それほどでもない、それでどうした?っていう感じ。 正直言って、読み疲れた。
0投稿日: 2025.02.01
powered by ブクログ主人公の女の人が、信じたものを子供に強要する姿が腹立たしく仕方がなかった。悪いことではないのかもしれないが、子供が寄り付かなくなって当たり前。読んでいてイライラした。 信じることを問いかける 本らしいが、自分と違うことを受け入れることが出来ない私が間違ってるのか?
0投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログ始めは時代も古いから言葉遣いもあって読みにくい印象だったけれど途中からどんどん引き込まれた。噂、が本当かどうか、誰にもわからない。本当に正しい事ってなんだろう。最後の方のコロナの話は記憶に新しい。ワクチンを打つ派打たない派のような動きもあったなぁ。なんていうか、人間って、、、大変だ。 最後まで謎は残されたままの部分があって少し消化不良。
2投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログ情報が溢れる現代に、何を信じて生きるのか。 私の母も自然派だった。 ポテトチップスやチョコレートも食べさせてもらっていたけど、コンポストを作ったり、玄米を炊いたり、茶色いお弁当派だったから、自分の母の語りを読むみたいな気持ちになった。私は湖都ちゃんより少し歳下だけれど。まだ日本が豊かになっていく過程であった時代の事は、知識として知ってはいたが、時代が個人の考えや生き方に及ぼす影響がこんなにも大きいものなのかと圧倒された。 幸せになると自然食を信じた事と、戦時下で母が戦争讃歌を信じて疑わなかった事を重ね合わせているのには、ドキっとした。信じる事はそんな危うさを孕んでいるのかと。 現代ではコロナウィルスのワクチンへの様々な情報をどう受取り判断していくか、記憶に新しい出来事。真実なんてものはなく、人間はただ信じたいものを信じるだけだと筆者は語りたかったのか。 社会から取り残されたように感じてしまう専業主婦の気持ち。災害が起こってボランティアとして人の為になれる事を嬉しく思う気持ち。それを不謹慎だと後ろめたい気持ち。SNSを巡る人と繋がりたい気持ち。共感し考えさせられ引き込まれる1冊でした。
1投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログ角田光代さんは、私より少し年下ながら、 ほぼ同じ世代。 この小説に出てくる、高度成長期も、公害も、ノストラダムスも、オウムも、 阪神淡路震災も、良く覚えている。 読みながら、ああ、そうだった・・・と記憶も蘇る。 そんな昭和から令和、パンデミックの時代を描く、大河小説だ。 主人公は、飛馬と不三子。 生まれも年齢も全然接点はなかった二人が、やがて出会い・・・ といって恋愛関係や友情を結ぶのではなく、なんとなく互いの存在が 自分と似ているような似ていないようで、気になるだけ。 書評には「信じる」ことを問いかける云々、とある。 たしかに「信じる」ってなんだろうと考えさせられる。 戦中のエピソード、そしてパンデミックのエピソード、 自分自身はどうなのかを考えることになる。 ネットの登場により、かつては考えられなかったほどの 爆発的な情報量の中、何を信じるか、は、身につまされる。 二人の主人公は、他人からみたら羨まれる存在ではない。 むしろ、ああはなりたくないと、思われ方が多いだろう。 でも、どこか身につまされるのは、私自身も同じように危うさを抱えているから。 だから何かが変わるわけではないけれど・・・ これからも折に触れて、ふっと思い出し考えてしまうのだろうな、 そんなセリフや場面が満載なのは、角田光代ならではだろう。
2投稿日: 2025.01.28
powered by ブクログ読んでて怖かった〜 コックリさんもノストラダムスの予言もなんだか当たり前に信じていたような気がする。 だってみんなそうだったから。 周りが信じていることをそのまま信じていることで楽に生きられる、そんな子ども時代だった気がする。親の価値観をそのまま信じていたというか。 結婚して子どもを育てていく中で、とても悩んだ。なにがいいのか、なにを信じればいいのか、そんな気持ちを思い出して夢中で読み進めた。 『本当のことなんかわからないし、人は信じたいものを真実だと思うだけ』 確かにそうだなと思った。
2投稿日: 2025.01.26
powered by ブクログ飛馬と不三子の昭和から令和にかけての人生を通して「信じる」とは何かが問われる。オウム事件や震災等実際の出来事を絡める事で2人が実在していたかのようにリアルに感じられる人物造形が素晴らしい。デマやフェイクに溢れるネット時代の今こそ読むべき一冊。
0投稿日: 2025.01.24
powered by ブクログ久々夢中になって読んだ。 世代が違う田舎出身の公務員と子どもに良いものをと信じてやってきた専業主婦の話が、ノストラダムスやオウムらしき宗教団体、ワクチン、コロナでのデマなどにからめて書かれている。 角田さんじゃなかったと思うが、物書きとしてコロナ禍を書いて振り返るのは避けられない、というようなことを言ってた作家さんがいたのを思い出した。 今作はもっと幅広く、自分の頭で考えるということ、信じることについてがテーマだったが。 正月、実家に帰って母の狭量さに辟易した後だからか、周りに誰もいなくなっても信念から離れられない高齢女性が興味深かった。 うちの母も周りに人がいなくなってると言うが、それと自分の言動を結びつけられない。というかそれ以上に感情を優先させていて、本人的には自分は間違ってない!という信念なんだろうけど、普段離れててよかったと心から思った。 これだけでなくもちろん展開があって話として面白かったし、何よりこういう悩みというほどでもないけど引っかかってることをすくいあげて書いてくれる力量にもはや感謝の域。
5投稿日: 2025.01.16
powered by ブクログ人間なんて無責任な生き物。様々な情報が錯綜している世の中。何を信じるかもその人次第。何が真実かも、本当の所は誰にも分からないから。信じたいものを信じるしかない。時に惑わされながらも。
0投稿日: 2024.12.30
powered by ブクログさすが角田光代。同世代なので、ウンウンと頷きながら一気読み。「信じる」について俯瞰して考えることができた。
2投稿日: 2024.12.22
powered by ブクログいろいろな噂やデマ。 本当なのか嘘なのか。 自分で多方面から見て判断するしかない。 自分の信じてきたものが実は間違っていたかもしれないというのを感じた時、恐ろしくなるだろう。自分が崩れるような。 一部の切り取られた言葉で判断してないか? 偏った考え方をしてないか? 他の側面から見た時に何が見えるか? これは疑り深くなるということだけど、そうやって考える癖をつけることが、自分を助けることにもなるのではないかと思う。 信じたいものを求めるとそればかりになってしまう。騙されることもあるだろう。 後半になるにつれて畳み掛けるように追い込まれていくような感覚になるストーリーだ。サスペンスでもなんでもないのに。角田光代さんらしさ。 誰もが似たような経験をしたことがあるだろうし、似たような感覚を持ったこともあるかもしれない。
0投稿日: 2024.12.20
powered by ブクログ久しぶりの長編小説、創作された世界、の中に没頭する事ができた。この感覚は最近読了したどれかの作品の読後感に似ている…とふと思ったのだが、奇妙にもコロナ禍で外出がままならない時節に読み始めた、リチャード・パワーズ著(木原善彦訳)、「オーバーストーリー」(2019年10月30日発売)、がそれであった。 その作品も私がこの作品に感じたのと同じように、複数の主人公がそれぞれの主義主張のもとに、時に反社会的に、時に(昨今流行りの)sdg‘sの流れに則って、物語を紡いでいく内容だったように記憶している。 話をこの作品に戻すが、複数の主人公に焦点を当てた、その幼少期(あるいは成人して)からの「主に昭和を背景とした」半生、そして1995年頃から(コロナ禍を経た)現在に至るまでの人生、を時代背景とともに緻密に描写された作品である。(前半1部、と後半1部、計2部に分かれていたように記憶している。) 私が特に印象に残った、感情を揺さぶられたのは、前半1部での、男性主人公の幼少期、ありがちな思い込みやいたずら心、友人たちとの交流、恐怖を感じるもの…などについての記述である。時に頷き、時に悲しみを共有して、感情移入することができた。 そのような感情があったからこそ、長編の本作品を、後半に入っても飽きる事なく読み進める事ができた。また後半(1995年頃から)の時代背景は、どれも自分にとって身近な、記憶に残る、抗うことのできない、歴史的な事実の数々であったこともあるかもしれない。 また、前半1部で記されてきた主人公たちそれぞれの幼少期、成人前後の記憶、が昨今のそれらの歴史的事実(決してなだらかなものではなく、災害や事件、世界的な伝染症の蔓延、であるのだが…)に対峙するための「準備」であったようにも思われる。すなわち本書のタイトルである「方舟」に引用される事実であるかとも思うのだが、「を燃やす」と言う不吉な述語表現がまさに当てはまるとも言えるかもしれない。 思いついたままを支離滅裂に書き出してしまい汗、少々恐縮してしまうのだが、実に読み応えのある、不快感の残らない、またそれぞれが自分の半生に照らし合わせて感情移入する余地の大いにある、良作品であると思う。
6投稿日: 2024.12.14
powered by ブクログ世代は違うけど、不三子さんと自分の考え方が凄く似ていて、共感どころか別の自分のような気持ちで読んでいました。何を信じるかによってものの見え方は変わってくるし、自分でよく考えて決めることの大事さを描かれた小説な気がして、そういう小説ってあまりないのでとても貴重だし多くの方に読んで何かを感じてもらいたいなと思うお話でした。
13投稿日: 2024.12.05
powered by ブクログ図書館で予約して、かなり待って順番が回ってきたので、どうしてこの本が読みたかったのか忘れていました。 読み始めると生きてきた時代がほぼ同じなので、まるで自分史のよう。 みんなが打つからと何も疑うことなく子供にワクチン接種していた自分。 身体に良いからと健康食品に夢中になった自分。 子供たちとの付き合いが他の家に比べて薄いんじゃないかと寂しく感じた自分。 コックリさんもやったし、ノストラダムスも心配したし、2,000年問題も… 今さらながら時が経っているのを感じました。 年末にきて、今年1番の本だったんではないかと思いました。
6投稿日: 2024.12.03
powered by ブクログ人が何を信じるかは育った環境や経験したことが礎となりつつも、一度信じたことを生涯疑う事もなく信じるとは限らない。 貧しい幼少期を経験したからこそ、我が子には身体によいものを与えたいという思いで自然食をまるで信仰のように盲信していた不三子。 祖父のように人のためになる人になれという呪縛と母の死の原因が自分にあるのではという疑いを持ちながら、信じるべきものがわからない飛馬。 自分の母や自分自身の経験に重なることも多く、不三子にも飛馬にも共感しながら読み進めた。 「私たちは知らない。ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある。それだけではない、人のいのちを奪うことも、人に人のいのちを奪わせることも、あり得る。」 私が信じてきたことはなんだったの… と不三子が思ったように、このコロナ禍は何を信じればいいのか混乱するようなまさに戦時下だったと思う。 母親達は「無頓着」と「神経質」に分けられると不三子が言うように、この世の中には何が真実か知ることに無頓着な人と神経質な人がいる。 そしてさらに神経質な人は信じたものに絶対的信頼を置いていることが多い。 コロナ禍はそんな人達を分断していったけれど、溢れる情報の中から真実は何かを見つけ出そうとする人も確実にいたと思う。 自分が信じていたことが正しかったのか、わからなくなって不安になることもある。 でも、不三子のように自分が信じることを選んだのだと気付くことができれば、例え間違っていたとしてもいくらでもやり直せばいい… 子育てだけでなく、自分のこれからの生き方についてもヒントを頂いたように思う。
28投稿日: 2024.11.30
powered by ブクログ昭和から現在まで。年齢の異なる男女の様子を、それぞれの視点で描いていた。 ああ、こんなことあったなあと懐かしく思いながら読んだ。 心が壊れないよう守るために嘘の世界を信じる、みたいなことが書かれていて、なるほどと思った。
22投稿日: 2024.11.30
powered by ブクログ2人の語り手 ずっとどこか不穏な空気が漂い続けていました 予想されるとおり、2人の人生が交錯するのですが・・・ 私がこの世で最も恐ろしいと感じているもの、それが描かれる作品でした 信じたいものを信じる それは昨今の選挙などでも感じられることです 自分で選択している気なっていても、流行を追ったり、多勢に乗ることを重視していませんか? 自分で判断したと思っていても、そう導かれていたのかもしれない ネットの噂の裏取りが自分でできる人は、どれだけいるのだろうか? この作品の内容を読み誤る人がいないことを祈ります
4投稿日: 2024.11.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・ラストだけ少し細切れで読む羽目になってしまい、いまいち良いテンションで読みきれなかったけど、まあ……そうか。と思った。2人ともある種呪縛から解放されたような、もんやりと明るい、しかし不穏さの残るエンドだなと思った。 ・不三子の自然食への傾倒っぷりは怖いものがあったし、今でもああいう神経質な母親はいるものだと思うけど、あの時代に生きる女性は特に影響を受けやすかったんじゃないだろうかと思う。女性が仕事で何かを期待される世代ではなく、家庭や子どもを守るのが第一義となれば、必然的に「良い家庭、良い子どもに育てねば」という大きな責任感を抱くことになると思う。その点、あの先生のエンパワーメントっぷりと言ったらすごかった。早口で捲し立てある種考える暇を与えず、「女が守るんだよ!」という言葉に対し、バカで非力と思っていた自分でもできることがあるんだ!と、身体に力がみなぎるような思いをするのはなんとなく想像がつく。私も大学時代フェミニズムを勉強して同じような気持ちになったことがあったから。結果的に、「まあ社会においては上手に乗っかっていった方が楽になる部分もあるし、世の中そこまで悪意に満ちているわけでもないな」と気づいて、今は離れているけれど……(かと言って、学んだ知識たちは誤りだったとも思わない。ただ初めての知識を得て、今目覚めたような万能感を抱く、みたいなことは実際あるよなと思う)。 そういう意味では、父親からの「英雄になれ」というエンパワーメントと師事した先生からの「良い母親になれ」というエンパワーメント、その二つからの解放の話だったんだなと思う。 ・しかし湖都も側から見れば同じ自然派だけど不未子的にはデマを信じる愚者みたいに思っているのは不思議なように思えるが、確かにあり得ることだなと思った。知らない人からしたら大別して「自然派の人」に思えても、実際の思想が全部合致しているわけではないし。確かに飛馬にしろ不未子にしろ、強制していないのはそうだけど、"特定の思想"を匂わせることは相手に負担を与えるよなーって思うんだけど、そういうのは言ってる側はあまり思わないものなのかな。自分で振り返ると、まあ気づけない、あるいは「言いたい」が勝つんだろうなって感じもする。 ・また「人は信じたいものを信じている」というのは本当にそうだなと思った。自分が陰謀論を信じないのは怖いからかもしれないし、自然派にならないのはマックを食べたいからかもしれない。自炊してるとたまに食べるジャンクフードがとてもしょっぱく感じるし、食べ続けてると身体が重く感じるから、あれらが身体に良くないのは当然のことだとは思うけど……。 ・しかし「笹の船で海をわたる」もそうだったけど、角田光代は厄介な母親を描くのがうますぎて、なんか……あったん?と思う。でもなあ、好きな人の子どもを産んで、それを大事に育てようと思ったら色んなものに狂う可能性は多大にあるよなー。ましてどう育つかも、いつまで生きるかもわからないし。母親をターゲットにしたそういう商売もたくさんあるんだろうし。子どもの生育は環境と運次第だろう……と私は思うから、なるべく色んな機会を与えて、あとは運に任せるほかない、死んでも生きてもそれも運だって努めて思おう……って思った。
1投稿日: 2024.11.24
powered by ブクログ昭和から令和までの走馬灯みたいな物語。 飛馬と不三子、ふたりの主人公が生きたそれぞれの時間。 オカルト、宗教、デマ、フェイクニュース、SNS。 不確かで曖昧な情報が溢れる世界。 世代は違えど自分も同じ時代を生きてきた。 今も昔も人は信じたいものを信じる。 信じているものを他者に押し付けることで生じる軋轢。 信じるものは救われる? 幸せになれる? 何を信じて何を選んでいくのか、 自分自身に問いながら、 ただただ角田さんの凄みに圧倒された。 2024年個人ベスト小説。
3投稿日: 2024.11.14
powered by ブクログ聖書に記されるノアの方舟について詳しくもないんだけど、台風での洪水警報と避難に掛けてこの本が伝えんとしていることはボヤッと届いた。飛馬は歳の頃が近いし、生まれは山陰のまちだしってことで、生きた時代の世の中の出来事が重なる。もちろん様々な環境は異なれど、自分史を振り返ってるような懐古をもって読んだ。ネットやスマホが普及するまではアマチュア無線をかじってたことやら、職業やらも一緒だから。かといって、それじゃあこういう話だったってなインパクトはないのよねぇ。不三子さんときたら信念あるのにじれったいし。73&88
2投稿日: 2024.11.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
良い。 格段特徴があるわけでもない登場人物の二人が、別々に話が展開して、後半接点が描かれていく。作者の展開パターン。 この時代、日本は戦争はなかったが、大きな地震、テロ、パンデミックと出来事があったんだと認識させられた。
1投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログ人生や世の中の無慈悲さについての物語。今年読んだ小説のベストかも。 絶対に正しいことなんて存在しないし、善意を持ってやってことが願った通りの結果をもたらしてくれるわけでもない。 昭和のオカルトブームや、バブル期の経済的繁栄の陰画としてのカルトの台頭、コロナ禍におけるSNSによるデマの拡散などのトピックが、1977年生まれの自分には身近に感じられた。 途中で登場しなくなる、中年になってもまだ自分を探していそうな不安定な女性キャラクターがいい味を出していた。 「洪水がきて、みんな死んで、乾いた陸地に降り立つのが自分の家族だけって、どう? うれしい? 私だったらみんなと流されるほうを選ぶ。信じる者だけ助けます、じゃなくて、信じない人といっしょに流されなさいっていう神さまがいたとしたら、そっちを信じるって、そう思って」 彼女は自分の思考に、子供の頃流行ったノストラダムスの予言の影響があると認める。1999年7月に世界は滅びる。俺も根っこにその影響があるような気がしているので読んでいて他人事と思えなかった。
2投稿日: 2024.10.28
powered by ブクログうーん、角田光代さんすごく好きなんだけどこれは刺さらなかった。 時代背景はすんなり入ってきたけれど、登場人物の思考にかな。
13投稿日: 2024.10.12
powered by ブクログ(新潮社HPより) ノストラダムスの大予言やコックリさんなどの都市伝説から三歳児神話、医療健康系の誤情報や、カルト宗教、SNSでのデマや噂話、ゴシップネタにフェイクニュースなど、私たちは巷にあふれるたくさんの情報に常に触れて生きています。角田光代の新刊『方舟を燃やす』は、昭和からコロナ禍までをひたむきに生きた飛馬と不三子という二人を描くことで、人は何故何かを信じてしまうのか、「信じる」ことの意味を私たちに深く問う、今の時代だからこそ読むべき物語です。 気になっていた本です。ちょっと読むのに時間がかかってしまいましたが、昭和〜令和を懸命に生きた市井の人2人…方舟…大切な誰かを載せるのか、方舟なんてないのか… エンタメとして面白い!とかではありませんが、読んで良かったと思いました。人の人生の長い事、思う事、生活するために考える事、少しの哀しみ。良いんですよね、2人それぞれ一生懸命何かを信じ考えて生きてきた。
2投稿日: 2024.10.12
powered by ブクログ2人の登場人物。印象に残るのは女性の方。彼女は子供と自分の健康のために常識的には過度な(しかしこれが真実かも)食生活、ワクチン接種を選択しないなど徹底させるが。あとで娘からの痛いしっぺ返しが。まぁこれも娘は恨んでいるわけではないのだけど。 2人の登場人物は子ども食堂で出会うのだけど、職員とお手伝いのおばさんという感じで。そしてコロナや災害時にいろんな人を温かく支える。 なんで方舟なのか。それは作品中にほのめかされるが、人類を滅ぼしてしまうほどのインパクトのある話ではなく。 自分もこれだけ人類が傍若無人に地球を傷つけているのを考えると、痛いしっぺ返しはコロナや災害にに例を見るまでもなくありそうな気がする。
1投稿日: 2024.10.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
方舟といえば誰もが思い浮かべるであろう有名なあの方舟を「燃やす」とは、随分物騒なタイトルだなとまず思い。 方舟というからには宗教絡みの話?と次に思い。 宗教も全然出てこないわけではないけれども話としては直接方舟は関係なく、でも読み終えると「方舟を燃やす」というタイトルの意味はじんじんと染みてくるように理解できる。 交互に語られる二人の人生が交錯してからが俄然物語は生き生きしてくる。 それまで二人の人生の来し方をジリジリ読み進めるのは正直忍耐が必要でちょっと辛かった。多分そこで挫折する人も多いかも。 二人が交錯し、そこからの話が展開していくためには二人の人生の来し方語りが必要だっだということは後半に行くに従ってよくわかってくる。 特にクライマックスが大型台風のシーンであるのは「方舟を燃やす」ためには絶対必要な展開だったろうと思った。 直木賞作家の筆力と根気をじっくりと味あわせてもらいました。源氏物語翻訳のために小説書きから何年も離れていたというブランクを感じさせないどころか、やはり角田さんは純文学寄りの現代の日本を代表する作家の一人だなぁと感動しました。 登場人物とほぼ同世代の自分は、当時を振り返りつつどんなことを思っていたか、社会に対してどう考えていたのかなど思い出しながら読み進めました。 万人に受けいれられる話ではないと思うけれども、今読まれるべき物語たと思います。 読み終えて表紙をよく見たら、猫だったんですね。
8投稿日: 2024.10.05
powered by ブクログ戦後すぐの生まれの女性と、高度経済成長期に生まれた男性の、コロナ禍までの人生を描いた物語。 健康志向で家族の幸せを真面目に考えていた女性は、逆にそのことで家庭不和に。一方、口裂け女やコックリさん、ノストラダムスを少し遠目にみながら育ち、バブル期でも公務員になるという選択をした男性は、震災によるボランティアにのめり込み、離婚することになる。 そんな二人が出会ったのはこども食堂だった。そこに生きがいを見出す二人だが、コロナ禍で食堂は閉鎖され・・・ いろいろな情報があふれる中で、何を信じ、選択するか。そしてそれは本当に正しいのか。時が経っても正解だったかもわからない。幸せってなんだろうとモヤモヤも残る読後感でもあった。 「方舟を燃やす」というのは、絶対的な正しさ、救いなんてないいうことだと思った。
20投稿日: 2024.09.30
powered by ブクログ正しいと思われているもの、信頼されているもの、信じているもの、ここにいれば安心と言われているものを燃やして、自分で考えて生きていきなさいよと言われたように感じました
0投稿日: 2024.09.22
powered by ブクログ1967年生まれの飛馬。 卑怯な行いをもっとも嫌う父親。 その教えを守り、自分をも縛り付けてしまう。 不三子は料理教室の講師、勝沼の教えに従い 家族にも玄米菜食などを作り健康に気を遣う。 第一部は、(そんなこともあったな) と、懐かしい思いで読み進める。 P411 〈信じたい現実を信じる。信じたい真実を作ることすらする〉 不三子も間違ってはいない。 一生懸命に生きているだけ。 雪崩れのように襲ってくる情報に惑わされることなく 自分を守ることなどできるのだろうか。 角田さんはインタビューで 「デマって、面白がって流すものもあるけれど、 根底に人を助けたい気持ちがあるものも多いと思うんです」と。 それを書く。 さすがの筆致でグイグイと読ませる。
0投稿日: 2024.09.17
powered by ブクログ2人の人物の来し方が描かれる。 昭和から今に至るまで時代は変遷。物語に自分の人生も重ねて振り返った。
0投稿日: 2024.09.16
