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方舟を燃やす
方舟を燃やす
角田光代/新潮社
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総合評価

191件)
3.7
36
67
65
9
3
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    このレビューはネタバレを含みます。

    良い。 格段特徴があるわけでもない登場人物の二人が、別々に話が展開して、後半接点が描かれていく。作者の展開パターン。 この時代、日本は戦争はなかったが、大きな地震、テロ、パンデミックと出来事があったんだと認識させられた。

    1
    投稿日: 2024.11.02
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    人生や世の中の無慈悲さについての物語。今年読んだ小説のベストかも。 絶対に正しいことなんて存在しないし、善意を持ってやってことが願った通りの結果をもたらしてくれるわけでもない。 昭和のオカルトブームや、バブル期の経済的繁栄の陰画としてのカルトの台頭、コロナ禍におけるSNSによるデマの拡散などのトピックが、1977年生まれの自分には身近に感じられた。 途中で登場しなくなる、中年になってもまだ自分を探していそうな不安定な女性キャラクターがいい味を出していた。 「洪水がきて、みんな死んで、乾いた陸地に降り立つのが自分の家族だけって、どう? うれしい? 私だったらみんなと流されるほうを選ぶ。信じる者だけ助けます、じゃなくて、信じない人といっしょに流されなさいっていう神さまがいたとしたら、そっちを信じるって、そう思って」 彼女は自分の思考に、子供の頃流行ったノストラダムスの予言の影響があると認める。1999年7月に世界は滅びる。俺も根っこにその影響があるような気がしているので読んでいて他人事と思えなかった。

    2
    投稿日: 2024.10.28
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    うーん、角田光代さんすごく好きなんだけどこれは刺さらなかった。 時代背景はすんなり入ってきたけれど、登場人物の思考にかな。

    13
    投稿日: 2024.10.12
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    (新潮社HPより) ノストラダムスの大予言やコックリさんなどの都市伝説から三歳児神話、医療健康系の誤情報や、カルト宗教、SNSでのデマや噂話、ゴシップネタにフェイクニュースなど、私たちは巷にあふれるたくさんの情報に常に触れて生きています。角田光代の新刊『方舟を燃やす』は、昭和からコロナ禍までをひたむきに生きた飛馬と不三子という二人を描くことで、人は何故何かを信じてしまうのか、「信じる」ことの意味を私たちに深く問う、今の時代だからこそ読むべき物語です。 気になっていた本です。ちょっと読むのに時間がかかってしまいましたが、昭和〜令和を懸命に生きた市井の人2人…方舟…大切な誰かを載せるのか、方舟なんてないのか… エンタメとして面白い!とかではありませんが、読んで良かったと思いました。人の人生の長い事、思う事、生活するために考える事、少しの哀しみ。良いんですよね、2人それぞれ一生懸命何かを信じ考えて生きてきた。

    2
    投稿日: 2024.10.12
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    2人の登場人物。印象に残るのは女性の方。彼女は子供と自分の健康のために常識的には過度な(しかしこれが真実かも)食生活、ワクチン接種を選択しないなど徹底させるが。あとで娘からの痛いしっぺ返しが。まぁこれも娘は恨んでいるわけではないのだけど。 2人の登場人物は子ども食堂で出会うのだけど、職員とお手伝いのおばさんという感じで。そしてコロナや災害時にいろんな人を温かく支える。 なんで方舟なのか。それは作品中にほのめかされるが、人類を滅ぼしてしまうほどのインパクトのある話ではなく。 自分もこれだけ人類が傍若無人に地球を傷つけているのを考えると、痛いしっぺ返しはコロナや災害にに例を見るまでもなくありそうな気がする。

    1
    投稿日: 2024.10.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    方舟といえば誰もが思い浮かべるであろう有名なあの方舟を「燃やす」とは、随分物騒なタイトルだなとまず思い。 方舟というからには宗教絡みの話?と次に思い。 宗教も全然出てこないわけではないけれども話としては直接方舟は関係なく、でも読み終えると「方舟を燃やす」というタイトルの意味はじんじんと染みてくるように理解できる。 交互に語られる二人の人生が交錯してからが俄然物語は生き生きしてくる。 それまで二人の人生の来し方をジリジリ読み進めるのは正直忍耐が必要でちょっと辛かった。多分そこで挫折する人も多いかも。 二人が交錯し、そこからの話が展開していくためには二人の人生の来し方語りが必要だっだということは後半に行くに従ってよくわかってくる。 特にクライマックスが大型台風のシーンであるのは「方舟を燃やす」ためには絶対必要な展開だったろうと思った。 直木賞作家の筆力と根気をじっくりと味あわせてもらいました。源氏物語翻訳のために小説書きから何年も離れていたというブランクを感じさせないどころか、やはり角田さんは純文学寄りの現代の日本を代表する作家の一人だなぁと感動しました。 登場人物とほぼ同世代の自分は、当時を振り返りつつどんなことを思っていたか、社会に対してどう考えていたのかなど思い出しながら読み進めました。 万人に受けいれられる話ではないと思うけれども、今読まれるべき物語たと思います。 読み終えて表紙をよく見たら、猫だったんですね。

    8
    投稿日: 2024.10.05
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    戦後すぐの生まれの女性と、高度経済成長期に生まれた男性の、コロナ禍までの人生を描いた物語。 健康志向で家族の幸せを真面目に考えていた女性は、逆にそのことで家庭不和に。一方、口裂け女やコックリさん、ノストラダムスを少し遠目にみながら育ち、バブル期でも公務員になるという選択をした男性は、震災によるボランティアにのめり込み、離婚することになる。 そんな二人が出会ったのはこども食堂だった。そこに生きがいを見出す二人だが、コロナ禍で食堂は閉鎖され・・・ いろいろな情報があふれる中で、何を信じ、選択するか。そしてそれは本当に正しいのか。時が経っても正解だったかもわからない。幸せってなんだろうとモヤモヤも残る読後感でもあった。 「方舟を燃やす」というのは、絶対的な正しさ、救いなんてないいうことだと思った。

    20
    投稿日: 2024.09.30
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    正しいと思われているもの、信頼されているもの、信じているもの、ここにいれば安心と言われているものを燃やして、自分で考えて生きていきなさいよと言われたように感じました

    0
    投稿日: 2024.09.22
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    1967年生まれの飛馬。 卑怯な行いをもっとも嫌う父親。 その教えを守り、自分をも縛り付けてしまう。 不三子は料理教室の講師、勝沼の教えに従い 家族にも玄米菜食などを作り健康に気を遣う。 第一部は、(そんなこともあったな) と、懐かしい思いで読み進める。 P411 〈信じたい現実を信じる。信じたい真実を作ることすらする〉 不三子も間違ってはいない。 一生懸命に生きているだけ。 雪崩れのように襲ってくる情報に惑わされることなく 自分を守ることなどできるのだろうか。 角田さんはインタビューで 「デマって、面白がって流すものもあるけれど、 根底に人を助けたい気持ちがあるものも多いと思うんです」と。 それを書く。 さすがの筆致でグイグイと読ませる。

    0
    投稿日: 2024.09.17
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    2人の人物の来し方が描かれる。 昭和から今に至るまで時代は変遷。物語に自分の人生も重ねて振り返った。

    0
    投稿日: 2024.09.16
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    「方舟を燃やす」(角田光代)を読んだ。 
静かに静かに(深い河ほど静かに流れるって誰の言葉だっけ?)だけどジワジワと滲み出てくる不穏な空気で息が苦しくなる。
《何かこの先嫌な予感がするぞ!》
《飛馬と不三子それぞれの物語がやがて交差する時いったい何が起きるんだ?》
そう思いながら読み進める。 
何もかもが不確かな今のこの世界に生きている我々には何が正しくて何が間違っていているのかを見極めるのはとても難しいとこなんだと思う。
『方舟=善意・希望』であったはずのものが『方舟=独善・分断』という今の世界の病巣へと堕ちてしまったのかもしれない。 
ふと思うのは誰かに手を差し伸べる勇気と誰かから差し伸べられた手を受け入れる勇気みたいなこと。
(かつてそんな時に勇気は不要な時代もあったわけだが) 
重たいけれど最後まで読まずにはいられない傑作です。

    4
    投稿日: 2024.09.16
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     気づけば、ほんとに久しぶりの角田さん。現在進行形の表現がひしひしと迫りますね。  自分よりほんの少し後に生まれた作者と同時代の生きざまですね。こんなに食事に気を付けてはいなかったけれど、付録で釣るだけのジャンクフードは避けていましたね。  オームとか阪神大震災とかバブル崩壊とかいろいろあったけど、たしかに食事に困るようなことはない時代を生きてきました。ノストラダムスもこっくりさんも宇宙人も今では笑い話ですが、そういう不確かなものもなんとなく共存できていた時代でした。  母親の戦争体験とかがうまくいかされなかった感はありますが、いろいろと思い起こすことの多い読後感でした。

    0
    投稿日: 2024.09.11
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    口裂け女、恐怖の大王、コックリさんは私の子供の頃と重なり飛馬と同じような子供時代を過ごしていたのだなと懐かしく思いました。 飛馬が母親の病院で聞いてしまった話を自分の母親の事だと思い込んでしまったのも、それを家族の誰にも言えないでいた為に重い十字架をずっと背負っていかなければならなかったのも辛かったです。 そして子ども食堂でいずれ出会うことになるもう一人の主人公である不三子。マクロビオティックの食事にこだわり、給食を食べさせない、予防接種を受けない選択をして子供たちを育て、その結果大人になった子供たちは自分の元を離れてしまう。自分にとって良くても子供にとってはどうなのか?子供のうちは判断出来ないですからね。 昭和から平成、令和と時代を経て今は情報がとても溢れていますね。簡単にネットで色々な事を調べられる反面、何が本当で何が嘘なのか見極めるのが大変。作中にも書かれていましたがコロナワクチンに関しては安全か安全でないかいまだにわかりません。今は大丈夫でも数年後に何か症状として現れるかもしれないと思うとこの先も打つか迷う人もいるでしょう。 何に関しても最後に決めるのは自分自身。後悔のない選択をしたいものです。

    11
    投稿日: 2024.09.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    柳原飛馬、望月不三子。二人の人生が交互に語られ、次第に交じり合う。 コロナ禍、妊婦だった私はワクチンを打ってよいものかずいぶんと躊躇い、しばらくは接種しなかった。結局、接種しないで知らずに誰かから感染し、そのまま誰かに感染させて重症化させてしまったら…という不安が拭えなかったこと、胎内の子どもにも抗体がつくと言われている、ということを理由に接種した。すっかり忘れていたけれど、あれは正しかったのか。しっかり納得いくまで考えたのか。この本を読んでハッとさせられた。 角田さん、20年くらい一番大好きな作家でい続けてくれている。途中から作風が変わったけれど、文章が肌に合うのでどの本も最後まで読める。これからも読み続けるし、応援し続ける。

    3
    投稿日: 2024.09.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一部と二部構成。 一部は飛馬が母を亡くし祖父のみんなを救ったという話を信じて人の役に立ちたいと思いながら成長する話と望月不三子の信念となる白い物を食べない自然食による子育てを描く。二部はその二人が子供食堂の活動で出会い嘘つき少女のネグレクトを通じて心を通わせていく。フェイクニュース、デマ、政府の言う正義の欺瞞。私たちは何を信じればいいのか、信じるものを自分で選ぶことの難しさ、そういったことに一石を投じた一冊。

    2
    投稿日: 2024.09.01
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    家族のために手の込んだ料理(自分の信じる物)を作り続けたけれど結局なんの役にも立たなかった、と思っていたのにそれが認められる。それが1番印象的だった。

    2
    投稿日: 2024.09.01
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    昭和、平成、令和に渡る半世紀の日本。何を信じて良いか判らない悩ましさ。それは分かる。 でもそれは現代に限ったことでなく、現代のしんどさは失敗すまいと汲々としていることではないのかなぁ。

    1
    投稿日: 2024.08.31
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    すっごく良かった。 ほぼ同世代を生きたからでけでなく 本当に身近な人の話しを聞いている感覚。 どんどん引き込まれて いつまでも読んでいたいくらい面白かった。 方舟なんて燃やしてしまえ~

    2
    投稿日: 2024.08.30
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    何を信じて生きていきますか 主人公2人の人生を その時々の世の中に起こった物事と その人の人間関係から 書かれています 男性の方が 年齢的に近いので 世の中で起こった事や それに感じる気持ちが 分かりやすい気がした 私のこれまでの人生の中で ある程度身体の中で そこそこ咀嚼できている事は 阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件 震災の時に大阪に住んでいて 少しだけ被災しました 住んでいた家から引っ越すのも 近隣には空いてる所がなかなか無かった 地下鉄サリン事件は 結婚して新婚旅行から帰国した その日のその時間頃に ニュースで大変な事が起こってる でも何が原因かも分からない 感じで伝えられていた 不安になる事が続いていたけれど 今よりも情報力が少なく 振り回される事も そんなに多く無かった 平成から令和になり コロナ禍を過ぎ 個々の選択で どういう所から情報得るか それだけでも内容が違ったり あふれかえっている 信じる気持ちは 自分を支える力になるけど 選択を間違えると 迷宮に入りこんでしまいそうで 自分で選べなくなっているかも 自分で選んでないものを 信じるのは力になるのだろうか

    1
    投稿日: 2024.08.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ノストラダムスの予言やコックリさんなど当時流行ったものや、宮崎勤事件や地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、東日本大震災…それらを年代ごとに挟み込まれ、リアルに思い出される過去。 飛馬が子供の頃、母親が入院することになり、飛馬は母親の入院の事実より自身の運動会が気になり、父親に叱られるシーンに何となく子供の無自覚な無邪気さに、哀しくなった。 そんな飛馬も大人になり、子供の頃に聞いていた「ひとさまの役に立つような立派な男」を目指さなくても、近くにいる人に手を差し伸べるという新しい生き方を見つけることが出来た。 不三子に対して、自分はどっちかというと無頓着グループなので、近くにいたらつい面倒くさいと思ってしまうかも。ただ単に「自分の頭で考える」という事を放棄していただけなのかもしれないと反省した。 最後は不三子も娘や息子夫婦ではなく、ちゃんと自分で生きる目的を見つけることが出来てよかった。 園花のその後が不明な事が心配だ。そこもハッキリして欲しかったな。

    2
    投稿日: 2024.08.16
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    主人公2人の人生が年毎に書かれていて、2人の接点はどこで生まれるのかと思いながら読んだ。 様々な経験を経て、2人とも自分のこれから進むべき道を見出したのではないかと思えたラストは良かったと思う。

    6
    投稿日: 2024.08.16
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    (2024/8/13読了) 久しぶりに読んだ角田光代さん、そしてどこを開いても字で埋め尽くされた長編も久しぶり。 主人公二人の人生が年ごとに書かれている。 第一部は飛馬が1967年から1986年、不二子は1967年から1984年、第二部は飛馬が2016年から2022年、不二子は2016年から2021年。一部二部を通して、飛馬は小学生から進学、就職、結婚離婚を経て定年前まで、不二子は独身の会社員から結婚、子育て、夫との死別でおひとり様となった老年までが書かれている。 口裂け女やノストラダムス、阪神や東日本の大震災、コロナウィルスなど、その時々の情勢の中、迷いながら自分の考えに則って生きていく二人。二人が出会うのは第二部の子供食堂で仲間として。 ふたりとも根底には、例えるならノアの方舟のような思いがある。 飛馬の方が自分の背景と近く、思い込みが激しく、そんな行動はしてはいけないのにやってしまう思考回路も似ていて共感。 それにしても角田さんの人物の描き方はすごい。その人の人となりが入ってくる。現実に飛馬や不二子がいるようだ。 読後、達成感はあるけどスッキリはしないので、星は四つ。

    4
    投稿日: 2024.08.13
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    柳原飛馬と望月不三子、二人の来し方が平行し物語は進む。飛馬が病院で、偶々耳にした噂話を母の事だと信じ込み、母の前で泣くシーン。誤信が悲劇を生む怖さを知る。時代の変遷を経た今も尚、噂の真偽は曖昧のまま、彼方此方で拡散され続けている。『信じることの意味』『ただしい真実』とは…難題、極む。

    0
    投稿日: 2024.08.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    戦後生まれの昭和~令和を生きる飛馬と不三子を軸に、フェイクや噂話に惑わされ、知らずうちに自分も広めて加担してしまっている社会を描いている。不三子の母は戦争中に自身が周囲に行った動員勧誘をずっと一人悔いていた。『自分で考えなさい』と不三子に伝えるのは、その時に国から言われるがままを信じて行動した自分への戒めなんだろう。後から振り返れば間違っていたということはいつの時代でも起こっていて、やるせない気持ちになった。子供に疎まれたりなかなか評価されない不三子が少し可哀想ではあるが、信じて貫いた何か(不三子の場合はマクロビオティック料理)は自身を助けるんだなと思った。

    1
    投稿日: 2024.08.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    口さけ女はいなかった ノストラダムスの予言も当たらなかった 2000年問題も起こらなかった でも、飛行機はビルに突っ込んだ 大震災が起こり町を飲み込んだ 疫病が世界に流行し、戦争は起き続けてる 今の60代前後の2人の成長を軸に、昭和から平成、そして令和へと物語は進む 何を信じていいのか、信じたいものを信じるしかないのか、誰もがわからないこの世界を、誰もが解釈して信じて生きていく オカルト、宗教、デマ、SNS、フェイクニュース…… 信じること、生きることの意味を問う小説 がんの告知、自然食、子ども食堂、ネグレクトなどは深いテーマの素材にすぎず、狙うテーマが深すぎて凄い。タイトルも深いなぁ。 読みやすくはないし、基本重くて暗いが、傑作じゃね? 娯楽として読むならやめたほうがいい系

    1
    投稿日: 2024.08.08
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    星4.5 久々に角田光代の本を読んだが、やはり大御所はうまいなあ。最近あまりないハードカバーということもあって重厚感を感じたのかもしれない。 以下、ほとんど作品からの引用だが、これがこの本のテーマなんだと思う。 口さけ女はいなかった、ノストラダムスの大予言も当たらなかった、けど飛行機はビルに突っ込み、大災害は起こり、疫病は世界的に流行した。それらは誰も予言していない。だから、誰もが、このわけのわからない世界の解釈を試み、そこで日々生きることに意味を付加しようとし、いつだって予想不可能の未来の舵をとろうとする。 2025.3.5 追記 吉川英治文学賞。 最高峰の吉川英治文学賞なんてすごい。おめでとうございます。

    13
    投稿日: 2024.08.03
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    ノストラダムスの大予言、口さけ女にコックリさん。そんなん信じないわ、と思いながらも、みんなと一緒に怖がることで救われていたような気がしてたあの頃。そして、大震災は起こり、飛行機がビルに突っ込み、パンデミックはやってきた。自分が信じてきたものが崩れていく不安に押しつぶされそうになりながらも、信じるもの、信じたいもの、信じたい「人」を探してしまう。不安になりながら、キョロキョロと。そんな昭和、平成を別々の場所で生きる男女ふたりの思いが交互に描かれ、終盤、触れ合ってゆく。 角田さんは、なんでこうも細かい細かい心の揺れを描くのが上手なんだろう。ああ、その感情はこういうものだったのか、と的確かつわかりやすく、温かい言葉で教えてくれる感じ。人間の弱さや醜さを露わにしながら、優しく手当てしてくれる感じ。

    5
    投稿日: 2024.08.01
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    私の中に、何割かの不三子、何パーセントかの飛馬が存在すると思った。 そして人それぞれの温度差は想像以上に大きいことも実感している。 混乱してしまう小説だけれど、心をえぐられた気分。 コロナワクチンについてはまだ記憶に新しいはずなのに、もはや遠くなり始めていることに気づいた。 人は自分の考えをそう簡単には変えられないことも実感。 若い夫婦と親(姑)との関係も、描写がリアルすぎて笑うしかない。

    2
    投稿日: 2024.07.31
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    独立な2人の主人公の物語が並行に進んでいくが、読み始めてすぐに「あ~、これはどこかで交わるヤツやな」と確信(そのとおりだった)。あと、1967年生まれの飛馬は'64年生まれの自分と世代が近いので、順番に描写される時代背景には激しく共感。 表題の「方舟」が出てくるのはかなり後の方な349ページで、さらにそれが「燃える」のはもっともっと後。 何が正しくて何が正しくないのか、(コロナ)ワクチン接種の是非が象徴的に書かかれているけど、思ったのは、あの緊急事態宣言の大騒ぎはいったい何だったんだろうか、と。。平時に戻った今、思わざるを得ない。

    2
    投稿日: 2024.07.30
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    同じ時代を生きてきた人間として、あまりにもリアルに想像でき、怖く感じるところも。 何を信じ、何を疑い、何を心の支えとして生きていくのか。 昭和の時代以上に、社会の変化が早く、正しい情報、間違っている情報の振り分けがとても難しくなっている。 心の底から「良かれ」と思っていても、間違っている情報を拡散してしまうこともあり、「この人の言う事なら」と信じても、それが本当に正しいのかわからなくなることもあり。 この本では、ある部分ではAさんの立場で、そしてある部分ではBさんの立場で、というふうに、いろんな人の視点から昭和➜平成➜令和の今に至るまでを経験できた。 あまり本を集中して読めない私が、かなりの速さで読めたので、おすすめ度高い作品。

    2
    投稿日: 2024.07.29
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    久々の角田光代。面白かった。 飛馬は1967年生まれ 不三子は1951年生まれ(多分)で、1976年に娘を出産 世代が近いのは、飛馬。 今はSNSで知らない誰かと簡単に繋がることができる。だけど、そんなの最近のことなんじゃなくて、ずっと前からやってたこと。 ワタシも小学生のころ文通してたな、日本のあちこちの人と。中学では海外文通クラブなんてのもあって、外国の誰かに手紙を書いたりもらったりしてた。無線はやったことないけど、はまっている友達もいた。テレクラもたしかにあったね。 そういう誰かと繋がりたい欲求って、形を変えてずっとあるんだな。 ノストラダムスや未来人、ワタシもこういうのわりと好きだな。完全信じるわけではなくけれど、今でもまた新たな未来人が出てきたら、ちょっと反応しちゃうと思う。 コロナの話からは、こっちが本題なんだろうけれど、それほどそんなに乗れず。

    2
    投稿日: 2024.07.25
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    昭和から平成、令和までを2人の主人公の観点で描いたクロニクル的な物語 時代が変わっても世の中や流行り廃りの根本的な部分は変わっていないのかもしれないと思わされた

    0
    投稿日: 2024.07.24
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    主人公二人のそれぞれの物語がしばらく続く。どこかで交わると思い読み進めていくと、思わぬ接点がやっと生まれる。 タイトルの「方舟を燃やす」の意味を考えさせられた。家族ではない誰かのためにとか、全ての人が平等にとか、滅亡するなら一緒とか、いろいろ考えたけど、どれが正しいかわからなかった。 正解なんてきっとないんだ。

    0
    投稿日: 2024.07.24
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    2人の50年間くらいの物語。最初、なんでこの2人なんだろうとずーっと思いつつ、3分の2くらい読んでやっと繋がり始める。 昭和の懐かしい描写から、コロナ禍までの長い時間をしみじみ感じる。最初の頃のエピソードをすぐには思い出せない長さを感じる。 なので感想が直近のエピソードについてになるが… コロナワクチン陰謀説を唱える友人がいて、変な人やなとおもっていた。私自身、接種を急ぐことはなかったが、そう公言して憚らない人を変な目で見ていた。そして、周りの人の多くが接種したというのを聴いて、しょうがないのかなという意識で接種した。結果、今があり、どっちでもよかったなと思う。 菜食主義の人も、その努力がすごいね、と思うだけで、でもやっぱり変な人、と思うかも。宗教2世ではないが、子どもが気の毒…が、反抗したり順応したりしながらちゃんと育ったやん、と思うも、結局離れてしまっている。はぁ… とりとめなくなってきた。

    0
    投稿日: 2024.07.20
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    読み終わってから気付いた、 なんて不穏なタイトルなんだ。 1950年生まれの不三子と1967年生まれの飛馬。2人の主人公の半生がダイジェストで淡々と語られる。 いったいどういう小説なんだろうと疑問を感じつつも飽きずに先を読みたくなる。 昭和の事件や流行りは、世代が違う私にはピンとこないけれど、よく知っているはずの時代になってもあまり距離感は変わらない。 同じ時代にいても置かれている状況が違っていると、こうも他人事に感じられるものなのか。 数年後にもっと若い世代がこの本でコロナ禍を読んでも、当時の騒動をリアルには信じられないだろう。 何を信じ、何を疑うのかは、 単純に頭で考えたくらいで選べるものではないと知る。 ただ、自分が信じているものの正体や、誰もが何かしら価値判断の拠り所にしているものがあることを、ときには意識してみるとよさそうだと思った。

    0
    投稿日: 2024.07.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    壮大な作品だった。時間軸が長いけれど、途中からは自分の生きた時代と重なってきて、ああそうそう、あの頃はこうだったよなあ、こんな事件あったよなあと頷きながら、一気に読んでしまった。コロナの頃の話が、つい最近なのに、こうして作品として文章化されると、物凄く昔の話で、しかもフィクションのように思えてしまう。 角田さんの作品の登場人物は、自分とは違うし、周りに同じような人がいたわけでもないのに、ああ、こういう人いるよな、知ってる。自分にもこういうところ、あるなあ、といつも思わされることが多い。

    1
    投稿日: 2024.07.10
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     大作であることは間違いない。  どうしても主人公の思いに近づくことができなかったけれど。  ただ、人は何かにとらわれてしまいがちであること。逆に、何も考えずにすましがちであること。その両方の端に立って生きてしまいがちである。そのことは深く考えてしまった。

    1
    投稿日: 2024.07.10
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    昭和、平成時代を思い起こす作品。バブル期、コックリさん、ナメ猫、ノストラダムスの大予言、オウム真理教、2000年問題、未来人、関西と東北の大震災…知ってる人はそうそう、と思ってながら、知らない人はそうだったのか、と思い起こせるかと。 角田氏の作品にしては読後があまりスッキリしないが、この令和の時代に残したい一冊。 柳原飛馬と望月不三子、初めはなんの接点もない2人の半生を描きながら、いつか重なるんだろうな、と思いつつ読む。後半の子ども食堂で重なり、互いに理解不能と思いながらも自身の過去につながる何かを感じている。 不三子のマクロビ風に傾倒して子育てする苦悩、周りの人の無理解、子どもからの強烈な反抗期…そしていつか帰ってくるわよ、と言われた師匠の言葉通りになるものの、娘の気持ちが理解できない母の感じ…素晴らしい描写だと思う。親の知らない面を見たり、天塩にかけて育てたつもりでも思うように行かない、など… 子育てが思うようになんていくはずない笑 選択できることが楽さの原因 p. 105 結奈ゆなに決まったと、…昔、銭湯で働いていた女性の名称だと… 昔っていつさ、江戸時代とかだけど… p. 277 子どもだけだと栄養偏るからと心配した近所の人が、よくおかずをもってきてくれたんですよ。当たり前すぎてことさら感謝もせず受け取ってたんですけどね。…寄合って、そう言う感じでしょ。おなか空いてるなら、うちに寄ってなんか食べていきな、って言い合えるような町づくりっていうか p.323 エコチェンバー現象、ある考えの人をフォローすると、同じ意見の人ばかりが集まってきて、それが真実だとしか思えなくなるんですよね。 p.387

    6
    投稿日: 2024.07.04
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    その時代の社会的なブームや流行りや出来事があり、それが正しいのか正しくないのか、不透明な部分がある。自分自身で見極める事が大切だけど、その流れに乗っかり良い方向に行けば良いが、間違った方向に流されてしまう場合もある。どちらにしても、見聞を広める事が大事なのかな、と。

    1
    投稿日: 2024.06.27
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    信じるということの切実さや、恐ろしさや、こっけいさや、切なさや、痛々しさを感じた。 人間とは、かくも不確かで、感情的で、愚かですらある。 気分の悪い作品だと感じた。 決してけなしているわけではなく。

    1
    投稿日: 2024.06.25
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    淡々と描かれる市井の人。 世代的にドンピシャで、あぁそうだったなぁと追体験。 ただ生きていくだけなのに人はどうしようもなく間違ったり振り回されたりする。 しかし、なにが起こるでもなく話が進んでいくのは『水車小屋のナンタラ』と同じなのに、この読ませる違いはなんなのか。 筆致の差か。

    2
    投稿日: 2024.06.18
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    自分が信じてきたことが本当に正しかったのか。 溢れる情報の中でどれを信じて進むのか人それぞれ。何が正しくて何が間違っているのか、自分で考えでいかないといけない。 信じるものしか救わない方舟はいらない。

    5
    投稿日: 2024.06.16
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    マクロビは実践しようとしてた時期があるのですごくよくわかった…理解されない感じとか。何を信じるかは個人の自由であるはずなんですけどね。

    1
    投稿日: 2024.06.14
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    昭和50年代生まれの不三子と60年代後半生まれの飛馬。昭和の時代から令和の時代を生きる2人の姿を追っている内に読み終わったが、少し疲れたという感想。 良くも悪くも劇的な出来事は起こらない。不三子については、マクロビオティックな食生活にこだわりを持っていたり、子どもとの関係性が上手く行ってなかったりしていたが、こういう家庭はよくありそうだ。今、自身が妊娠中でもあるため、食べ物に多少気を使うようにはなったが、不三子のレベルは度を超えていて私には無理だ。 本書のひとつのテーマでもある"何を信じるか?"。 そんなの自分の決断を信じるしかないと思う。ワクチン接種だって子に与える食事だって、誰かに決めて貰うわけにはいかない。 ただ、周りが余計なことを言ってきたり、やたら疑心暗鬼になったりで、自分の信じるべきものを見失ってしまうこともあるだろう。それは仕方の無いこと。 全てを完璧にやろうとするのではなく、自分が納得できるようにやることが一番だ。 本編とあまり関係ない感想になってしまった。読んでいて疲れたのは、あまりにも現実世界そのままの内容だったからかもしれない。コロナが流行していた時代のことはあまり思い出したくもないし…。ただ、遠い未来、本書を読む人が昭和から令和初期にかけての日本を知るに良いだろうな。その人(未来人)は読んだあと何を思うのだろうか。日本人は幸せだったと思うか、それとも惑わされてばかりだと思うのだろうか。

    5
    投稿日: 2024.06.14
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    2020年、“コロナ禍”は唐突に始まりあっという間に私達の社会全体を直撃し、さまざまな形で日常生活や価値観の変更を迫ってきた。私の場合、それ以前より医療機関や人混みでのマスク習慣が有り、(大袈裟に言えば)ライフスタイルと死生観に大きな変化は無いと思っていたが、同じ時を生きている以上、“身の回りの人や社会”の影響を受けていないはずはなく、当時は言葉にできなかったモヤモヤした気持ちや状況がありありと蘇って何度も息を呑む。本書の語り手の生い立ちや人生を辿るうち、置かれた立場や環境、細かい事は全然違うけれど、飛馬と不三子のふたりが身内や友人、なんなら私自身にすら思えてきてそのリアリティに圧倒された。ほんの数年前のことだけど、(今も続く)あの異常な日々をこの先も忘れないために。

    13
    投稿日: 2024.06.11
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    角田光代の新たな代表作、と帯にある。 信じてしまう、信じたい、この感情と人と人との繋がり。SNSの時代になりさらに困難な気がする。

    1
    投稿日: 2024.06.09
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    信じるとはどういうことか、何を信じるのかということを畳み掛けるように問われている気がした。 だまされまいとするあまり、べつのものにだまされているということはないか。(p.388) ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある。(p.392) 読了後、じわじわと深みにハマっていく感じ。

    2
    投稿日: 2024.06.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    盲信?いや、違う。不三子は自分で納得して、沙苗の提唱する食事法や生き方、ワクチン等々への考え方に賛同し、実践していたはず。良かれと信じて。この生き方こそが、方舟に残る途。周囲の愚かで蒙昧な人々には分からないだろうけど、私たちは違う。いずれ、判明する。あえて困難で煩雑な生き方を選んだ私たちだけが、祝福され、健康で幸せで文化的で、真の意味で豊かな生活を送ることができるのだ……。 できるはずだったのに、ね。不三子、尋常じゃなく頑張ってきたのに 不三子ともう一人、男の主人公がいたのですが、もう不三子しか覚えていません。 コロナ禍の頃、程度の差こそあれ、こういう人が数多く出現したものです。 正しいのは、正解はなんなのか、その時点で誰にも分からない。 リスクを取って、自己責任でどちらかに決めなければならない。 その、どうなるか分からない不確実さに耐えられない人々。 どうなってもいいや、と腹をくくれない人々。 自らの選択によって、悪い結末を招くかもしれない可能性を引き受けられない人々。 こういう人が全力で、誰かに、誰かの教えに寄りかかってしまう。 自分で選んで考えた結果のようで、全然そうではない。 「こうすれば絶対、大丈夫」といった方舟など、ないことに気づけ。 こうして不三子は、目指していた方舟を自ら燃やしました。 あの厳しい節制だらけの「自然派」生活は、何も不三子にもたらさなかった。 けど、高度な調理スキルは残ったわけで。面倒がらないマインドも。 今後の不三子に幸あれ、って言いたいです。 オススメです。

    1
    投稿日: 2024.06.09
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    時代によって変わる人々の生きづらさ。そんな生きづらい世の中で、多くの人は何かを信じることや何かに縋ることによって、自分は正しい、まともであると思いたいのではないだろうか。宗教が最もわかりやすい例だが、SNSへの他人への誹謗中傷で他人を貶めて自分を相対的に上に置くことで優越感に浸っている人や、ときには偽善と言われながらも熱心にボランティアに励む人も根底には多かれ少なかれ「自分は正しい」と思いたい欲があると思う。それゆえにどんな価値観や宗教であっても簡単に否定はできないと思ったし、それに救われる気持ちもわからなくはない。 この作品は、長い間自分が信じていた、救いにしてきたものが突然なくなってしまった2人の話である。2人がそれぞれに違う救い(方舟)と出会い、救われ、それを失うまでの55年を描いている。方舟が燃えた後、人は何を見つけるのか何を信じて生きていけばいいのか。角田光代らしいリアルな人間を描いた作品である。

    12
    投稿日: 2024.06.08
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    柳原飛馬と望月不三子という二人の人物の1967から現在までの物語。年齢、性別、生まれた場所、育った環境も全く違う二人の人生が交互に淡々と綴られていく。二人の人生は一時、交錯する。 ひとは常に正しくあることなんか出来ないのだ、ということを考えさせられた。 「何がただしくて何がまちがっているか、ぜったいわからない今を、起きているできごとの意味がわからない今日を、恐怖でおかしくならずただ生きるために、信じたい現実を信じる。信じたい真実を作ることすらする」という文でハッとした。 戦争から何十年もたった今では、戦争に積極的に協力していた人のことを政府のプロパガンダに踊らされた愚かな人々だと思いがちだ。でも、その渦中にいたならば、自分は果たして正しい行動を取れたのだろうか。 反ワクチン派、陰謀論者、嘘ばかりつく人…そうした人々にも、そうするだけの理由があり、彼らが信じる真実があるのだ。 祖父が地震を予知し多くの人々を救ったと信じたい飛馬の父や、かつて戦争に積極的に参加し良かれと思って教え子たちを危険な場所に送りこんだ不三子の母、自然派の食生活こそが身体に良いと信じる不三子…彼らも自分の信じたい真実を信じ、信じたい真実を作り上げた。そしてその真実は、人を傷つけ遠ざけることもある。 不三子の「いいことをしようと心から思っていたって間違うことがある」という言葉が重い。 夢中で読んでしまった。とても良かった。

    1
    投稿日: 2024.06.02
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    久々の著者の長編小説。心して読む。 やはり角田光代は社会の世相を映し描く社会派小説家なのだなと思う。(八日目の蝉、紙の月、森に眠る魚然り) 今回も至極真っ当な市役所職員の柳原飛馬の少年時代からと 体に良い食生活に異常に拘る主婦、望月不三子の生活が交互に語られていく。 で、中盤以降で”子ども食堂”を通して出会ってそこからも、この小説のテーマであるデマ、フェイクニュース、SNSなどに翻弄されて、いや翻弄されているわけじゃない。 ワクチン接種にしても予防注射にしてもちゃんと自分で考えてるからこその判断だし。 マクロビオティックに拘るあまり(恥ずかしながらこの言葉初めて知った)子どもに給食を食べさせず茶色ばかりのお弁当持参させるっていきすぎでしょ。 おやつも友だちの家でポテトチップスや甘いものは出されても食べちゃだめとか、湖都も亮もよくまともに育ったよ。(ことは一時荒れたけど) 私のまわりにはこれほどの(ワクチン反対派はけっこういた)人はいないけど、一定数こういう人はいるんだろうな。 時代と絡めてすすんでいくストーリー展開。 まさに時代背景が私とドンピシャでノストラダムスの大予言口裂け女、岡田有希子の飛び降り自殺、それに続く若者の自殺の連鎖、昭和天皇の崩御、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災、熊本地震、そしてコロナウイルスの席巻。 どの時代も噂話しやデマはついてまわる。 それらとどう向き合うかは個人にかかってる。 今はネット時代だから余計たちが悪いのかも。 そういえば私も会ったこともない同い年の子と文通してたな。何年か続いたけど元気でいるのかな。 手紙かぁ。もうオワコンに等しいね。 話しがずれたけどいろいろ考えさせらて今もちょっとまとまらないまま書いてしまったよ。

    4
    投稿日: 2024.06.02
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    読み進めるのになかなか時間がかかった。 何が正しいのか、あの時どうしてれば良かったのかの繰り返しなのが人生な中で、たとえば母親が自死を選んだ、たとえばあの時ワクチン打たなかったとか、その時の判断の後悔ってとんでもないんだろうな。テーマが重たすぎてなかなか進めることができなかったけれど、良作。読み手によって感じ方変わりそうな難しい本

    10
    投稿日: 2024.05.28
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    戦後まもない頃に生まれた女性と 1967年生まれの男性。 2人の主人公が同じ時代をそれぞれの場所で生き、 やがて2人が交わる展開。 私は男性と同世代であることと、 信じることの意味を問うという帯の言葉に興味を持ち、 読んでみた。 情報過多と言われる現代だろうと、 情報がまるでない昔だろうと、 結局人は自分に都合のいい情報を信じてしまいがちなんだと思う。 正しいかどうか、善か悪か、ではなく、 自分が信じたことに覚悟をもって生きるしかない。 それでも、日々あふれる情報に一喜一憂し、 振り回されるなんて、 人は弱い生き物なんだろうね。

    2
    投稿日: 2024.05.26
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    角田光代さんらしい調子の文章。何か終わりがあるわけではない2人の人物の思想と人生を書き留めている内容。

    1
    投稿日: 2024.05.24
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    宗教かも?違った。 地球が滅びるという恐怖の大王の話し、口裂け女の噂、同年代の作者が描く日々。 おもしろく読破。

    3
    投稿日: 2024.05.24
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    驚くぐらい何も起きなかった 年代か近く共感できるところも多く、自分や友達や親を投影しながらすんなりと読み進められた 何も起きないのに読ませる魅力がなんなのかは今もってわかってない

    0
    投稿日: 2024.05.23
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    「本の雑誌」で、読まなきゃ損です、と激賞していたので、どれどれ、と最初のページを読んでから、なんと、止まらない。一気読み。 何が正しいのか、正しくないのか、正しいと信じることは罪なのか、良かれと思って人に勧めるのはお節介なのか、疑うのは愚かなのか、信じるのも愚かなのか。 バランス感覚の優れた人間だけがうまく世の中を渡っていけるのか。 欠けたものがたくさんある普通の人間たちが、間違えないように一生懸命やればやるほど間違えて生きていくさまを、不器用な不三子と過去を引きずる飛馬の生き方を通して描いている。 主人公たちは、真面目に生きよう、誠実に生きようとした。世に流布している当たり前を疑い、でも、極端な陰謀論に騙されないよう用心もちゃんとした。周りに押し付けないように遠慮もしたはず。自分と自分の愛する人を「方舟」に乗せるため、頑張った。 なのに孤立し辱めを受けてしまう。 普通の真面目な人間だからこそ。不器用だけど、頑張った。 その人たちに著者は光を当てた。 久しぶりに角田光代の小説を読んだけれど、善でもなく悪でもない、グレーゾーンにこそ、リアリティがあることを、よーく知っていて、それを書ける手練れの作家になってました!前からそうだったと言えなくはないけど、今回は特にそう感じました。 確かに読まないと損!レベルでした。

    40
    投稿日: 2024.05.23
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    感情のひだをじっくりとなぞるように書かれた作品でした。時に共感し、時に嫌な過去と重なり、複雑な気持ちになりました。良くも悪くも心を揺さぶられる作品だと思います。 本当の事を伝えることの難しさ、本当の事を知ることの難しさ、なんとも切なくなる作品でした。

    38
    投稿日: 2024.05.20
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    大きな事件は特に起きないけど 主人公2人の人生が気になって 一気読み〜 この2人が最後の章で出会って 関わりを持つのも面白かった

    1
    投稿日: 2024.05.20
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    方舟を燃やす=自分が信じているものを手放すことなのではないかと思った。 噂話やオカルト話に踊らされ、そんな話よりも斜め上を行く出来事が実際に起こって、強く信じていたことが正しかったのか、自分は何をしたいのか、どうしていきたいのか、わけがわからなくなってしまう感覚がよく表現されている。 自分の選択が正しかったのかは誰にもわからないし、後悔することもあるかもしれないけれど、それでも自分で考え決断することはやめたくないという感想を持った。 方舟を燃やしても、本当に正しいと思うところに戻ってくるだろう。一方で自分が正しいと考えるものや信じていることは必ずしも自分以外の誰かとイコールにはならない。行き過ぎてしまうと押しつけになってしまう。その辺の塩梅が本当に難しい。 何かを結論づけようとしない結末はそういうところの表れのような気がした。

    8
    投稿日: 2024.05.19
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    1967年〜コロナ禍までの飛馬、不三子それぞれの身の上に起こった出来事で話しが構成されている。 その間の世の中の変化はやはり凄まじいものだったと思う。そして 今流布している情報量は昔の比ではない。 正しいと思っていたはずの真実が覆ってしまうことがある。そしてそれが重大な事になってしまう事もある。 人は 信じるに値する物事や情報をその都度正確に選択できるとは限らない。 信じることの尊さと それに伴う危うさは誰もが持ち合わせているものなのだろうなと思った。

    1
    投稿日: 2024.05.19
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    2024年 28冊目 1960年代〜今日のコロナ禍において男女2人が、信仰や噂に翻弄され、苦しみもがきながらも正解を求めて生きる姿が描かれた1冊。家族のためを思って尽力するが、結果として結びつかない歯痒さが、フィクションだがリアルに感じられた。

    1
    投稿日: 2024.05.19
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    角田光代の方舟を燃やすを読みました。 柳原飛馬と望月不二子の1967年から2021年までの出来事が、実際の話を織り交ぜながら作られていますが、半分読んだところで挫折しそうになり、何とか読み終えましたが、結局この本は何を言いたかったのだろうと思いました。 角田光代さんの著書ということで期待していた分失望が大きかったです。

    5
    投稿日: 2024.05.15
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    私も飛馬より少し下の世代だが、ノストラダムスはひょっとしてと信じたし、コックリさんもしたし、コロナの時は情報に翻弄されまくった。何を信じて何を信じないか。かなりの難問。人は信じたい物だけ信じるという単純なことではなく、まだ内容をうまく咀嚼できないでいる

    1
    投稿日: 2024.05.12
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    柳原飛馬1967 山あいの村で生まれる 鉱山で働いて祖父が地震予知したまわりの人達に 逃げるように言うが誰も逃げず 65人が死んだ。助かった人もいたので祖父を称えた記念碑は父からきいた 県庁所在地に引っ越す。 望月不三子1967 国立大学進学を目指していたが、父休死 高卒で製菓会社に就職 お見合い結婚 1980柳原飛馬 母がガンで死んだ 実は余命半年ときいて飛び降り自殺 少女との文通。ハム通信。 1976望月不三子 子育て、ジャンクフード好む娘 1986柳原飛馬 東京の私大進学。サークルに入らずバイト 区役所に勤める 地元の同級生達と集まる やばい宗教にはまっている女子がいた 水道の水を飲まない方がいいと言われる 1984望月不三子 子供のワクチン接種 二人めを出産、男子 柳原飛馬1999 婚約者を父に会わせにいく 昔住んでいた場所に慰霊碑を見に行く 望月不三子1991 料理教室の先生、85才が逝去 柳原は震災のボランティア活動にせいを出す 家をあける時間がふえ離婚 望月は大事にしていた娘が反抗 高校卒業後、音信不通 ボランティアの炊き出しで柳原と望月は知り合いになる シングルマザーの母、毎日、子供食堂にくる子供 の面倒を望月がみる 長女から20年ぶりに連絡、九州で仲間と暮らしている。息子と嫁と会いに行く 時速時給生活 コロナで会えなくなる 大型台風が近づいて、柳原が望月を非難させにいく次にシングルマザーの子を望月と助けに行く 母親が迎えにくると怒鳴られる うちの子、つれさるつもり

    0
    投稿日: 2024.05.09
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    1967年生まれの飛馬が小学生の頃に母を亡くし、父と兄と暮らしていた時代にはみんなノストラダムスの大予言を信じていて、コックリさんに夢中になったオカルトブーム真っ最中だった。 東京の大学を卒業してからは公務員となり区役所に勤めたが、それまでに昭和から平成になり、震災ボランティアで高揚しては、妻の捨て台詞に価値観の相違で離婚。 子ども食堂の手伝いをしている頃には、令和になりコロナ禍を経験する。 一方で戦後すぐに生まれた不三子は、結婚後退職し専業主婦となり二人の子どもをマクロビオティックの食事で育て、ワクチンも打たせず神経質なほど気を遣ってきたが、娘は大学卒業後に就職もせず家を出て行き、息子も結婚してからは孫も連れて来ず疎遠になっていた。 飛馬と不三子の様子が昭和から平成、令和へと続き、どこで繋がるのかと思っていたら… 飛馬と不三子が出会ったのは、子ども食堂だった。 時代の流れとともに共有できる部分が多いのは、同じ年代に生きてきたからかもしれない。 飛馬と同じように小学生の頃はコックリさんをしたし、ノストラダムスの大予言も多少気にしてはいた。 そして、不三子と同じように二人の子どもを育ててきたが、彼女ほど神経質だったわけでもなく、では無頓着だったのか?と考えてみたが自分では答えは出せない。 多分、子どものほうが明確に判断するだろうが…。 高度成長期の日本に育ち、数々の予測不能な震災や疫病を経験し、今もフェイクニュースやSNSに何を信じていいのかわからない不安さはこれからもあるのだと感じた。

    75
    投稿日: 2024.05.07
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    角田さんらしい人の洞察力をこちらの作品でも感じて一読の価値はあるものの、 後半までが鈍長で、もう少しテンポよく話を進められなかったかなぁと思いました。 なかなか主人公の幼少期までの物語が長く感じられて成人になるまでの価値観を確立するまでの過程とは理解するものの読み進めることが疲れました。

    2
    投稿日: 2024.05.05
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    この作品を読んだきっかけは、作品を手に取った時に、参考にされた地方の町、協力された方のお名前を知っていたからです。 実際に読み終えて、本作品の著者角田光代さんが、いかにして田舎町の観光担当者と縁があり、本作を思い付かれたのか、読み終えてもその疑問は解決しませんでした。なぜか不思議な感覚だけが残っています。 けれど、新型コロナウィルス感染症COVIO-19の蔓延時は、1日に何度となく耳にした言葉「コロナ」ですが、最近はほとんど聴くことなく、その影響は文学作品においてのみ影響が残っているようだと、出版された作品を通して感じています。 「信じる」ことの意味も、田舎だからこそ噂の広がるのも早く、信じる人も多くて、影響が大きいことは私も実感しています。著者もその辺りで作品の背景にちっぽけな田舎町をと、考えつかれたのかなと想像しました。 この年齢になっても未だ「信じる」ことの意味に対して、腑に落ちる回答を持ち合わせていない私にも、作品を読んだからこそ、まだまだと背中を押されているようにも感じました。

    4
    投稿日: 2024.05.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1967年、昭和42年、鳥取で生まれた飛馬と、東京の高校二年生不三子。 歳も、環境も、ちがう2人の、昭和平成令和とつながる人生。どこまでも重なる所のないようなそれぞれの人生が、子ども食堂、という接点で繋がる。 世界は嘘や、デマで覆われている。悪意のあるもの、善意に基づくもの、意識的なもの、無意識に生まれるもの。その嘘、あるいはデマに私たちは日々さらされている。 SNSを流し見ているとその嘘とデマの波の激しさと息苦しさと一緒に、ある種の心地よさも感じる。 本当のことかどうかなんて関係なく拡散されていく。信じるか信じないかは自由だから、個人の判断だから、そして誰かの役にたつかも知れないから。 口裂け女やこっくりさん、UFOやスプーン曲げ、そして誰もが震えた恐怖の大王の降臨。そのひとつひとつが懐かしさとともに甦る。周りの友だちと一緒に「恐怖」を味わう、一緒に震える、そこにある共感と共振。 それは戦中の「日本は負けない」という妄信と何が違うのだろうか。 不三子を、働いたことのない無知な女で、自分の信念を人に押し付けて回る迷惑なヒトとして描かないところに、角田さんの誠実さを感じる。そう描けばわかりやすいだろう。愚かな女として、まっすぐ方舟に乗り込むヒトとして。でもこの世に生きるその他大勢の人々はそのほとんどが不三子なのだろう。 自分が得た情報で、自分の頭で考えて、自分でよいと思った道を行く。それが隣にいる誰かにとっては間違ったことであったとしても、それは自分の世界では正しいことだから。でもそれを他人に押し付けはしない。 子どもを産み育てるとき、情報というのは諸刃の剣だ。無知は危険だが、なんでもかんでも情報を仕入れるとただただ混乱する。今日の正は明日の誤かもしれないのだから。 飛馬の間違った情報を誰かに伝えてしまうかもしれない、という恐怖もよくわかる。母親の死の、その本当の理由がわからない限りは、多分どこまでも取りつかれていくのだろう。それでも、そうであったとしても、行動しようとする飛馬の明日はきっと明るいはず。 読みながら感じる寄る辺なさ。この心もとない感覚はなんだろう。 何を信じ、何を疑うか。あるいみ妄信できるものがある人は幸せなのかもしれない。 疑うことなくひたすら救いを来世を信じ方舟に乗りこめる人は、幸せだろう。 方舟を燃やすことで私たちは何を手に入れるのだろう。 私たちは方舟を必要としているのだろうか。自分が方舟に乗る、と、どうやって決めるのだろうか。

    3
    投稿日: 2024.04.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    飛馬と不三子の二人の物語がいつ絡んでくるのか不思議に思いながら進んでいった。後半に差し掛かるあたりでやっと二人の物語が絡み合っていく。 物語の人物たちが実在した出来事(サリン事件、ノストラダムスの予言など)の中で生きているので、人そのものが歴史なんだなと当たり前なことでいて普段思わないことを読みながら思った。 不三子の母親が戦争時代をインタビューで振り返る場面で「お国のために」と言って多くの生徒を工場に派遣していて、「吹き込まれた言葉を何も疑わず」「自分のあたまで考えたことでもないのに、それがただしいと信じて、ひと筋だって疑わずに」という言葉が、不三子の娘に行っている行為(自然派主義)そのものを問いかけるようにみえるところがさすが角田光代だなと。 この言葉は現代のSNSにも通じる部分があると思う。この一文に出会えて良かった。 大きな出来事や心揺さぶられるといった話ではないが、読み手に何かしら振り返るような問いかけを与えてくれる本だった。

    0
    投稿日: 2024.04.24
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    なんでこんな面倒な人を描いているんだろう?常識という概念に疑いを持つことは是であるのか非であるのか? 自らの勘違いで母親を自殺に追い込んだと、飛馬は真実という事に拘りを強く持っていた。 自分の信じるものしか信じない。まるで洗脳されたかのように執拗に自然素材に拘る不三子。 この交わる事のないはずの2人が子供食堂で出会い、その場所で自分の存在を少しづつ肯定してゆく。 この肯定への道のりがやたらに長いので、苛々しながら読む場面が多々あった。 たしかにキャラクターを際立たせるための設定にしても、不三子の生き方には納得できないものがある。 もう一度時間を置いて再読すれば評価が変わるかもしれない。

    0
    投稿日: 2024.04.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1967年生まれの飛馬と、戦後すぐの生まれの不三子の二人の人生を通して、日本や日本人が経験してきた戦後から令和の現代までの出来事を描いている。 特に不三子のキャラクターが、実に妄信的で、読んでいて痛々しくもあったのだが、彼女なりに信じてやってきた事がそうではないかもしれない、とわかった瞬間の心情が自分自身にも重なるところもあって、苦しくなった。 私とあの人と何が違うんだろう。よかれと思ってやってきたことが否定された、という絶望に近い感情はよくわかる。 戦後も令和の時代も、人間が抱く感情や行動心理はなにも変わっていないのだな…。 自分はこれからどんな風に生きていけばいいのかな、と思いを巡らせた作品でした。

    6
    投稿日: 2024.04.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2024/02/29リクエスト17 平成、令和と世の中の流行、事件や災害が出てきて、自分のその時と重ね合わせ懐かしい気持ちにもなった。 杉並区役所勤務の飛馬と不三子が物語をすすめていく。 杉並区役所というのが土地勘があるため読んでいて親近感が湧く。 不三子が義母だったら確かに疎遠になる。悪い人ではないと思うが自分の正当性を一番声高に叫んでいる。そして私は鬱陶しい義母にはならない、息子夫婦とはいい距離を保っている、と思いこんでいる。 その母親に子供時代にワクチン接種を受けさせてもらえなかったために家出していた娘は、どうして氷解したのだろう。私ならそのまま離れる。 登場人物誰にも共感できなかったが、全員が自分の意志、意見を持ち行動しているのでその点には好意を抱く。 評価に悩むかな…

    0
    投稿日: 2024.04.14
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    角田さんらしいなぁと思いつつ読む。 昭和、懐かしい… というか、すでに昔感あり過ぎでヤバいwww

    0
    投稿日: 2024.04.13
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    世代の違う男女2人の人生を時代とともに、1人称で語られていく。 飛馬の年代に近いので、どうしても現実との対比をしてしまい同感と思うところもあるものの、なぜか違和感を抱きながらもどかしい気持ちで読んでいた。 タイトルの意味を最後まで理解できず、消化不良のまま読了。また、違う時期に読めば印象も違うのかもしれない。

    9
    投稿日: 2024.04.12
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    昭和、平成、そして令和を跨ぐ、なんとスケールの大きな傑作。 第一部は、1967年に生まれた柳原飛馬と、1967年に女学生だった谷部不三子という二人の主人公の生い立ちから、1990年代終盤までの約三十年間を描く。 彼らがこれまでどのように生きてきて、何を考え、どのように信じるものと出合ってきたか。 第二部は2016年という現代にうつり、地域の子ども食堂を通じて知り合った二人が、やがてコロナ禍に呑み込まれ、SNSでの反ワクチンをはじめとした様々な噂や言説、SNSのデマに翻弄されるさまを描く。 そしてノアの方舟を彷彿とさせる大型台風の襲来を通じて、信じることのなんたるか、その本質を鮮やかに紐解いてみせる。 終盤で畳み掛けるようにやってくるカタルシスを、決してそれがカタルシスだと悟らせずに極自然に読者に突きつけてくるのは角田光代の文才の凄まじさ。ぜんぶ書いて完璧に私たちの心に直接届けてくれる。ほんっとに骨太な小説。 口さけ女はいなかった。恐怖の大王も来なかった。地球は滅亡しなかった。 でも新興宗教団体による兇悪なテロが起き、甚大な被害をもたらす未曾有の大震災が起き、世界を脅かすパンデミックが起き、私たちは今なおこうして誰も予測できていない未知の災厄の前日にいる。 その真偽も正誤も分からぬまま、日々あらゆる情報が加速度的に溢れる現代で、私たちは何を信じればいいのか。 信じたい現実を信じていればそれでいいのか。真実や正義はその時代によって簡単に変わる。 不確かで曖昧な現実を、どうしたって何かを信じずには生きていられない私たちは、これからの未来を生きる子どもたちは、何を信じるかというその判断力をどうやって培っていけばいいのか。 予言者はいない。誰も予言することなんてできない。方舟は、自分の手で燃やしていかなければいけない。

    6
    投稿日: 2024.04.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    飛馬と不三子の2人の人生。 子ども食堂を通じて2人が知り合うのがなんだかすごく自然だった。 ノストラダムスの予言、ワクチンやコロナ、オウムの事件など実際にあった出来事が書かれているので2人が実在する人物のようにリアルに感じた。 著者は、なんだか読んでいて心がヒリヒリする話を書くのが上手いなーと改めて思った。

    4
    投稿日: 2024.04.05
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    大きな事件は何も起きない。 どこにでもいるような 少年Aと主婦Bの55年間が 昭和、平成、令和の 3つの時代の出来事を交えながら 淡々と描かれていく。 出会いや別れ、成長と挫折 家族との確執… 結局、この世の中は 誰かが適当に作り出したまがいもので あふれていると言いたかったのかな? それでも人は何かにすがり 何かを信じ、何かを選んで生きていく。 ありふれた人生のようでも 一人ひとり特別なものなのだと思う。

    0
    投稿日: 2024.04.04
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    1967年に生まれた飛馬と戦後すぐに生まれた不三子の二人の視点が交互に語られていく。飛馬の子供時代にはノストラダムスやコックリさんが流行り、不三子は自然食を知りそれに傾倒していく。真偽のわからないものがたくさんあって、そのなかから何を選び信じていくのか。それが本物だとどう確かめればいいのか、誰が教えてくれるのか。その迷いや不安感に襲われていく過程にとてもリアリティーがある。それがコロナ禍に入ってさらに加速していく様子の終盤にはただただ圧倒されてしまう。この先何が起こるのか誰にもわからない世界と、デマやフェイクの溢れた世界のなかで何を選び信じていくのかを問われているような作品。角田さんの凄さを改めて感じた一冊。

    1
    投稿日: 2024.04.04
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    久しぶりの角田光代 表紙の黒猫が不穏 黒い帯も不穏 最後まで不穏 〈 予測不能な世界を生きる私たちに切実な問いを投げかける新たな代表作〉 二人の主人公 飛馬と不三子、その人生が交互に語られる そして、コロナ禍の子ども食堂で出会う 年齢も環境も違う二人 (子ども食堂で、今、ボランティアをしている私だけれど) 時代に翻弄される様子は読んでいて辛い すべてリアルだけれど、不穏 著者は何が語りたかったのだろう? 今まさにこの時代を激写しているようにも思えるのだが なぜか私との隔たりを感じてしまう 不三子と同世代なのだが 何を信じて生きていけばいいのか 示唆に富む言葉がたくさんあるけれど、 ちょっと薄紙を張られているようで 時間が流れ、特に解決もせず、読者に委ねられる ≪ 方舟は なかったほうが よかったか ≫

    28
    投稿日: 2024.04.04
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    昭和・平成・令和と三時代を経てきたが「この時代が一番良かった」なんて一概に言えやしない。いつの世も不安はつきまとい、人々を煽り、何を信じて何を疑えばいいのか。そんなことが浮かんでは消える複雑な心境となった。物語は不三子と飛馬という男女を軸に成り立つ。不三子は料理教室をきっかけに自然派ママになり、家族の健康を願うあまり空回りする。飛馬は常に「人を助けたい」と漠然と考えていたがそれも空回りする。平凡な人の平凡な人生と思いきやそこは流石角田さん、読ませます。コロナ禍への切り口も既読の小説では初で興味深かった。

    0
    投稿日: 2024.04.03
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    柳原飛馬と望月不三子。 世代が異なる二人の1967年から2022年までの人生が描かれる。 口裂け女の噂やノストラダムスの大予言、オウム真理教によるテロ事件等、デマで終わったものから実際に起きた事件まで絡めながら物語は進む。 終始淡々と描かれている事で二人の人物が実在しているかのようなリアリティを感じた。 病院内で入院患者が話していた内容を母の病状だと勘違いし、その後起きた悲劇により後悔に苛まれる飛馬。 度を越した食への拘りが親子の亀裂に発展する不三子。 闇雲に信じる事の危うさと、自身で考えぬく事の重要性を強く感じた。

    10
    投稿日: 2024.04.03
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    2人の登場人物から見る戦後からコロナまで。塩田さんも似たような小説書いていたが、より個人的。「私は吹き込まれたんじゃない。きちんと聞いて、この人は正しい、この人の言うことは本当だと自分で判断して、従うと決めたのだ」「私たちは知らない。ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある」「理不尽の理由があったら、どんなにいいか。私たちの誰だってそうだ。何がただしくて何が間違っているか、ぜったいにわからない今を、起きている出来事の意味がわからない今日を、恐怖でおかしくならずただ生きるために、信じたい現実を信じる。信じたい真実を作ることすらある」「なんでもいいから何かを信じないと、何が起きるかまったくわからない今日をやり過ごすことができない」戦争もコロナも。やっぱり人は歴史には学べないのか…。

    1
    投稿日: 2024.03.30
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    長い長い話だが、これといって盛り上がる場面もなく、淡々と話が進み、淡々と話が終わる。 ノストラダムスの大予言やオウム真理教、神戸の 地震や東北大震災、コロナ下での生活など、その時代の世相を反映させようとしているが、単発的なものとなっている。 少なくとも、話のヤマ場のない小説は読んでいてつまらない。

    0
    投稿日: 2024.03.28
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    懐かしい昭和の世界から平成へ令和へとの物語。劇的なドラマは無くも引き込まれて行く。同時代の生きることを考える。

    1
    投稿日: 2024.03.27
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    切なかった  昔からラジオやTVそして今はネットで いろいろな情報が溢れていている中、 どれが正しいのかデマなのか? 自分できちんと決めて生きなさいと言われても  誰かや何かに「一緒に・・・」って言って欲しい気持ちがあります  それは弱さじゃないんだって 教えてもらったような気がします 

    2
    投稿日: 2024.03.23
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    戦後生まれの女性と昭和40年代の初めに生まれた男性。二人の生き抜いた昭和と平成、令和。それぞれに信じたものは形を変え、そして自問自答し続ける。これは正しかったのか、と。過ぎてみて「懐かしさ」だけが残るのならそれはとても幸せなことなのだと思う。悔いてみてもそれも自分の人生。昭和や平成の出来事に懐かしさを感じ、その時代の自分に郷愁を馳せながら読んだ。面白かった。

    1
    投稿日: 2024.03.20
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    全体的に暗い雰囲気。昭和、平成、令和と生きてきた私には 懐かしいニュースや情景が広がり、当時の自分を思い出して 現在までのおさらいをしている感じで読めたけれど。 情報に振り回されたり、自己決定できずブレながら生きている人は多いのかもしれない。経験を重ねながら、自分の信じる道を歩きたい、そう思った。

    5
    投稿日: 2024.03.17
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    前半を我慢して読めばストーリーは悪くないのですが、全体通して話が暗く、じんわりとイヤな気持ちが残りました・・・

    2
    投稿日: 2024.03.16
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    人は、自分の価値に応じた事柄を 選んで信じている。 どんな根拠が正しいかさえも、 自分で選んで判断している。 人の暮らしの中には、 何が正しくて。間違っているかなんて、 数学の答えじゃない限り、人の数ほどあるんじゃないかと思ってしまった。 こんな世界で生きてる私は この主人公たち?!みたいに信念持って 生きられなくて…。 実際は、迷うことばかりなんだなぁ。 最後にため息、一つ。

    2
    投稿日: 2024.03.13
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    アナタは何を信じていますか? 信じる事の強さと壊さ みんなそれぞれ信じるものがある 宗教だったり信念だったりSNSだったり 人によってどれも本当でどれも嘘になる 昭和、平成、令和を生きた人達ならあの出来事全て覚えてるだろう そんな歴史的系列に沿いながら進む2人のお話にとても引き込まれた

    10
    投稿日: 2024.03.07