
総合評価
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powered by ブクログやっぱり、評価はしたくないな、この手の本に。 ・とはいえ、面白かった? うん。というわけで☆5つ。 小説家なるにはブックとして読むにはあまりに私的。 ただ、その私的であることで、 別の普遍性を持っているように感じた。 というわけで、毎日のスポーツを始めました。
3投稿日: 2019.07.20
powered by ブクログ実に面白かった。この世には、この筆者が好きな人と嫌いな人の2つに分かれると思うが、先入観なしにこの本を読んでもとてもためになると思う。内容も中学生でも理解できるると思うし、それで興味がもてにないということならば、この作者の本以外の本を読めばいいと思う。この本は半分は自叙伝みたいなところがあるし、それは結構、選り好みされるものだと思う。でも、ここに書いてあることは、なかなかまねのできることではないし、ここまで実績を積むのはなかなかできるものではない。でも単純に楽しみを目的にひとつの生き方の例として見ると、中学生でも参考になると思う。
6投稿日: 2019.01.24
powered by ブクログ2015.10記。 オビにもあるとおり、自伝的エッセイ。 とくにここ数年の村上春樹は、従来に比べてもインタビューやエッセイを通じて積極的に「自分について」語るようになった、その最新版。 とは言え、雑誌記事レベルまでこまめにフォローしている愛読者にとっては知っている話が大半。例えて言うならば「あ、坂本龍一またベスト出した。もう戦メリはいいよ。え、別テイク?ピアノアレンジがちょっと違う?くそーこの1曲のために買うか・・・」の繰り返し。 まあそもそも、村上春樹の小説を読むことはいわば優れたモチーフの別テイク版を延々聴く、という好きなミュージシャンの音楽への向き合い方と近い。このあたり、「いつもワンパターンじゃん」という意見とはなかなか相いれない。だって全部違うじゃん。 そんなわけで、包括的な感想よりは印象に残った部分を備忘的にメモ。 「オリジナリティー」 村上春樹の定義が分かる。私個人としては、「時間の検証を受けなくては正確には判断できない」(P.91)という部分に共感。 「文体」 物語の語り手、あるいは「一人称」か「三人称」かについて(平たく言えば、主人公が「僕」なのか「山田太郎」なのか)。これも村上読者の間では定番の論点であるが、少なくとも「ねじまき鳥クロニクル」で一人称でやれることの限界にぶち当たった、という辺りは興味深い。 「Discipline」 最後に、アンチ村上の人たちが「ナルシシズム」だといって嫌がる彼の「ストイシズム」。長く何かを続けること(小説を一つは書ける。が書き続けられるか?)、そのために体を鍛えること、40歳を過ぎて新しい挑戦をすること(海外での出版)。実際にやれているひとは少ない。彼の「Discipline」(これは誰だったかある文芸評論家が使った言葉)は彼の小説の根源を支えているものだろう。
2投稿日: 2019.01.05
powered by ブクログ村上春樹の小説ファンならずとも、創作論、 仕事論としても興味深い。 日本の、文芸の世界への複雑な感情が 随所に溢れているのも面白い。
1投稿日: 2018.12.22
powered by ブクログ小説家ならずとも、自分のミッションを見つけたら読むといい本。 閃きから苦悩、そして乗り越えるまでをシュミレーションできるし、壁にぶち当たったり批難にさらされたりしたときは、励みになる。 個人的に要再読の一冊。
5投稿日: 2018.10.30
powered by ブクログ小説家・村上春樹として自身を語るエッセイ。 村上春樹作品を網羅してから読むのがおすすめ。時代とともに変わっていく彼の細かい作風や小説をどこでどのように描いたかの背景が分かりやすいと思う。 村上春樹は私の中で一番好きな作家である。 他の作家の作品は、通り過ぎるだけのものに過ぎないが、村上春樹の作品は、心身に留まるし、貯まるし、積もっていく。 忘れないし、何度でも読み返したいと思うし、再読しても新鮮な気持ちで読めるし、新たな気付きがある。まるで、何度でも聴きたいと思うクラシック音楽のような特別な存在。 たくさんの作品を読んで、この村上春樹という人間は、どのような家庭で生まれ、どのような環境で育ち、どのような人生経験を積んだのか、誰しもが興味を持つと思う。 というのも、全ての作品において、いろんな立場の人が読んだとしても、決して「誰も傷つけない」配慮がされていると思ったから。 ブレない芯や軸がありながらも、語弊や誤解を生まないように、慎重な言葉選びを配慮している。 村上春樹氏は、特別な経験を積んだというよりも、目の前の出来事や物事の(ある時期の一面だけを)見て、早く結論を出さない(判断を下さない)人なのだということ。慎重に丁寧に観察する。白黒や善悪のジャッジをせずに、ただじっと見守る人。 このような人は、色んな意味で寛容だと思う。 「職業として小説家」になった経緯は、とても興味深いものがあった。 もともと、小説家になりたいという夢があったわけではなく、小説家になるための勉強も一切していない。 ただ小さい頃から、本を読むことが何よりも好きだったことぐらい。(ぐらいと書いたが「好き」という気持ちは、読書に限らず、一般人が一番見落としがちな、重要な生きるポイント=価値だと思う) ①ある日、ふと「小説を書きたい」と思い立ち、すぐに行動を起こす。 ②仕事を終えた後の深夜に、ダイニングテーブルに向かって、小説を書く時間がとてもわくわくして楽しかった。 ③生活のためや、お金のためや、誰かに読ませたいため、ではなく、ただ、自分のワクワクのために(自分が楽しむため)に書いた。 ④自分が書きたいものしか書かないし、自分がやりたくないと感じる他の仕事は、しっかり断っている。期限も設けず、約束もしない。(誰かのために書かない、やらない) ⑤賞賛も批判もすべてを受け入れる覚悟。(批判されたり、嫌われる勇気) ⑥日本での居心地の悪さを感じた時、小説をより集中して執筆するために、店を売却し、住まいを引き払って、海外に移住した決断力。 ⑦自分の「ワクワク」や「楽しい」や「気持ち良い」を貫いた結果、小説家1本で職業として成り立ち、不自由なく生活でき、成功している。 これって、成功者の生き方(マインド)そのもの!! 成功するための行動ではなく、まず自分の好きなことをどれだけ熱中して楽しめるかに重きを置いている。 自分自身を満たした結果が、なぜか知らないけれど、本業となり生活ができるようになり、更には世の中や誰かのためになっている。 「ワクワク楽しむ」やっぱりここに生き方のコツがあるのだなぁて思う。 ・脈略も根拠もなく「ふと」頭に思ったことを、やってみる。 ・自分がやりたいと思うことをやり、自分がやりたくないと思うことはやらない ・ワクワク・ドキドキ・ときめき・気持ちがいい・テンションの上がることを選択してそれを極めていく ・賞賛だけでなく、批判されたり、嫌われる勇気、それら全てをひっくるめた覚悟
10投稿日: 2018.09.30
powered by ブクログ以前単行本で読んだものの文庫版。 読み返すのいつぶりだろう?その後もたくさん彼のエッセイを読んできたので新しさは感じなかったのですが、その分彼自身と彼の作品がもつ一貫した強固なものが再確認できました。 だれになにを言われようが、という信念。書きたくて書いている。小説家というのはほんとうにそういう職業だと思う。頼まれて書いてるわけじゃないのだ。自分の中にふつふつと湧いたものを、わざわざペンをにぎりしめ物語にしてやろうだなんてちょっと途方もない。 物語をつくるというのは「たとえば」をえんえんと繰り返す作業だ。限りのないパラフレーズの連鎖。 そういうことを好き好んでできる人たちだけが生き残っている世界。 p76 文学賞は特定の作品に脚光をあてることはできるけれど、その作品に生命を吹き込むことまではできません。 p126 頭の中にいろんなことをそのまま放り込んでおくと、消えるべきものは消え、残るべきものは残ります。僕はそういう記憶の自然淘汰みたいなものを好むわけです。 p128 イマジネーションというのはまさに、脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーションのことなのです。あるいは語義的に矛盾した表現に聞こえるかもしれませんが、「有効に組み合わされた脈絡のない記憶」は、それ自体の直感を持ち、予見性を持つようになります。そしてそれこそが正しい物語の動力となるべきものです。 小説家的直感はやはり読書を通して培われるものだと思った。 私も今はとにかく本をたくさん読んでたくさんの物語と言葉を自分の身体に通過させよう。 そうして、潮が満ちれば必ずわかる。リングにようこそ。
1投稿日: 2018.07.02
powered by ブクログ1日で一気に読み切ってしまった。読みやすく、引き込まれる内容だった。 表層的には小説家という職業について語られたものだが、その中に彼の哲学、生きてきた軌跡が散りばめられていて、ますます彼の作品についていこうと思った。 自身の将来について見通しを立ててくれた気がする。
5投稿日: 2018.06.16
powered by ブクログ村上春樹の小説を書くということに関するエッセイ。 村上春樹がどのような経緯で小説家になったか、そして小説家をどのような心持で続けているかが書かれている。 村上さん自体が本文で何度も言っているように、あくまで個人的な話として語られているのだが、なんだか、自分も小説を自由に楽しんでかけるのではないかと思えてきてしまう。さすがのエッセイのうまさ。 そして、やはり村上春樹はかなり頑固だなと思う。 自分らしく、心に決めた信念は貫き通す。そんな人間的な芯が小説にも表れて確固たる背骨として表れているんだろう。 小説を楽しんで書くこと。 それは、テーマを深めて堅苦しくすることではなく、(小説は死んでしまう)、いかにリラックスして、リズムをキープして、自由な雰囲気を保つか。 日本の文壇の中からの批評、風当りがかなり強かったことが、世界への挑戦へと結びついたこと。 バブルの波にのり、ノルウェイの森のベストセラー作家(まさに私の高校時代の村上春樹のイメージ)のままではいることではなく、きちんと文学、小説を極めることに進んでいけたことが素晴らしいと思った。 文学=私小説=生活の破綻 のような、日本のガラパゴス的文学観を破壊し、文学世界を広げたこと、は、私にとってはそんなに実感はなかったが、村上春樹のリアルタイムの同世代の読者にとってはどきどきする体験だったのではないだろうか。 私は「羊をめぐる冒険」が好きなのだけど、初期2作による若い筆者の社会への反逆精神(ロックな感じ)と30代に入り少し落ち着いてきて内省的、幻想的な広がりが絶妙に混ざっている感覚、季節でいうと春と秋が混じったような。そんな部分に惹かれているのだと思う。 この本を読んで、村上春樹の心の移り変わりを知って、そう思った。 最近の小説には、ある意味いい加減で正体がつかめない人物が少ないのではないか(鼠のような軽やかで重いミステリアスな人物)とも思った。それは村上春樹が成熟してしまったからかもしれない。 あまり、小説そのものを筆者とイコールで考えすぎるべきではないのだけれど。
1投稿日: 2018.05.05
powered by ブクログ20191123 再読すると色々と気づきがありました。特に、小説を書き上げるまでの流れが興味深い。 1. 計画なく、感じるままに、毎日同じ分量だけ書く 2. 全体の整合を取る 3. 1ヶ月程度寝かせて(養生)、細かい部分を直す 4. 奥さんに読ませる。指摘を受けた箇所は必ず直す 5. 編集者に渡す 1はアートの世界であり、2-3はロジックの世界。4-5はそれを読み手目線で見直すという、極めて理にかなった進め方だと思う。 長く小説家として続けること、ストレスなく自分らしく生きるためのヒントが散りばめられています。小説家を目指す人はもちろん、村上春樹のファンではない人にも進められる本だなと思います。本人が何度も断っているとおり、極めて個人的な考えかもしれませんが、非常によく考えて日々を過ごされているため、何かしら学びが得られると思います。面白い本でした。 ■印象に残った箇所 小説を書くのは、頭の切れる人に向いた作業ではない。実に効率の悪い「たとえば」を繰り返す作業。一つの個人的なテーマを、小説家はそれを「例えばこういうことなんだよ」と別の文脈に置き換えて物語として構成する 「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」 その時の感覚をはっきり覚えている。空から何かがひらひらゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分 発想を根本から転換するために、万年筆と原稿用紙を捨て、タイプライターを取り出し、英語で書いてみることにした。何か普通じゃないことをやってみようと 外国語で文章を書くと、母国語での有り余った表現が「クラッシュ」するようなことがなく、エッセンスを残して削ぎ落とすことができた 最初の小説を書いた時に感じた、文章を書くことの気持ちよさ、楽しさは今でも変化していない 新人作家から真に刮目すべき作品など、5年に一度程度しか出ない。それを年に二度選出しようとすると、どうしても水増し気味になる 肩書きがないというのは身軽でいい 極端な言い方をすれば、春の祭典を聴いたことのある人とない人とでは、音楽に対する認識の深度にいくらかの差が出てくる オリジナルであるとは、 1. 他の表現者とは明らかに異なる独自のスタイルがあり、ちょっと見ればその人の表現だと瞬時に理解できる 2. そのスタイルを自らバーションアップできなくてはならない。自発的・内在的な自己革新力を有する 3. 独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化し、人々のサイキに取り込まれ、価値判断基準の一部(reference)として取り込まれる 簡単に言えば、「新鮮で、エネルギーに満ちて、そして間違いなくその人自身のものであること」 小説家を志す人のやるべきは、素早く結論を出すことではなく、マテリアルをありのままに受け入れ、蓄積すること イマジネーションとは記憶のこと by James Joyse 村上が心がけたのは「説明しない」こと ケチをつけられた部分があれば、何はともあれ書き直す。批判に納得がいかなくても。指摘に同意できなければ、相手の助言とはまったく異なる方向に書き直すことも。 読んだ人がある部分を指摘するとき、そこには何かしらの「問題」が含まれていることが多い。どんな文章にも改良の余地はある。完璧な文章などあり得ない 大事なのは、書き直すという行為そのもの 持続力を鍛えるためにはどうすれば良いか? 基礎体力を身につけること。逞しくしぶといフィジカルな力を獲得すること。自分の身体を味方につけること 日々規則正しい生活を送ることで、作家的な能力は高まりを見せている。客観的に数値として示すことはできないが、確かな実感がある 同級生は英語の本を一冊読み通すことなどまずできないが、同級生の方が英語の成績が良かった。日本の高校の英語の授業は、生きた実践的な英語を身につけることを目的としていないことを理解した ネガティブな出来事に遭遇するたびに、そこに関わってくる人々の様子をよく観察することを心がけていた 新しい小説を書くたびに、今回はこういうことに挑戦しようという技術的な目で見える目標を置いた ケチをつけるのは簡単。思いついたことを口して責任を取らなくて良いのだから。いちいち真剣に取り合っていたら身がもたない メディアに出たりサイン会をやったりしないのは、小説を書くことにできるだけ全力を注ぎたいため 一方、海外では盛んにそれらを行うのは、日本人作家としての使命を果たそうとしているため --- 清々しいくらいに気ままに小説を書いている旨を明かされており、納得するとともに好感が持てる。登場人物に自身の考えを反映させているといった下りがあったが、そう、それこそが僕が村上春樹を好んで読む理由です。内容のスリリングさではなく、物語の登場人物の言葉に人生を通した気づきや考えを話させており、そこに面白さを感じます。 批判なぞ、言わせておけばいいのです、どうせそういう方々には批判しかできないのだから。
3投稿日: 2018.02.14
powered by ブクログ初めて村上春樹を読んだのは大学生のとき。唯一無二の存在だった。ストーリーよりも読んでいて心地よい感じが、「まるでちょうどいい感じの温泉に浸かっているよう」と稚拙な表現で周囲に訴えていたのを覚えている。 現在は村上氏の文章は、エッセイと翻訳と若干の小説しか読んでいない。今回のエッセイ(と呼んでいいのか?)は初めて読んだ頃の心地よさを味わうとともに、その後の村上氏の変遷を感慨深く受け止めた。 とにかく村上氏は文章が流れるようで心地よい。
1投稿日: 2018.01.31
powered by ブクログハルキストではないですが…。 小説も実は1冊しか読んでませんがこの本が文庫化してたのと勧められたのもあり読んでみました。 流石に文章がうまい。 でもやっぱり苦手かな。w 村上春樹は大学の時に学生結婚をし、20代はほとんど大学を卒業すること、商売で作った借金の返済で終わったと語ってました。 でもその頃でも時間があれば本を読む。 学生の頃からかなり読書好きだったみたいです。 本格的に小説を書いたのは29歳の時神宮球場で野球を見ていた時。 もっと早いと勝手に思ってたので誰でも小説を書き出すタイミングはあるかもしれないです。 小説家って本を読むようになってから感じたことですがかなり精神的にも肉体的にも厳しいでしょうね。 簡単に言えば虫歯をしても書けないということです。 文章に全てフォーカスする。そういうことです。 「どんな文章にだって改良の余地はある」 小説家という職業を素晴らしいと思うかどうかは人それぞれだと思いましたが村上春樹は合ってたということです。
0投稿日: 2018.01.26
powered by ブクログ実は氏の小説は1冊も読んだことがない。だが書店で本書を見かけ、思わず手に取った。氏が自身の職業をどのように考えているのかに興味を持ったからだ。自分自身が研究者という特殊な職にあるからかもしれない。 氏は小説家と学者は全く別物と見ている。確かにその側面はあるが、しかし富士山のくだりなどを読むと、共通点も結構あるような気がする。
3投稿日: 2018.01.17
powered by ブクログ職業として著者の考え方をエッセイ風に記載。仕事に対する姿勢や考え方を本書から知ることができる。小説家に限らず、自分の意志で生きる上でのあるべき姿を垣間見た気がする1冊
1投稿日: 2018.01.07
powered by ブクログ村上春樹がどうして小説を書くようになったか、何を思いながらどのように小説を書いているのか知ることができる。 小説家を目指す人にとってためになることがあるのでは。 そうでない私にとっても、なるほどなぁと思う考え方がたくさんあった。 あまり著作を読んだことがなかったけれど、読んでみたいと思った。 〜フレーズメモ〜 批判に納得がいかなくても、とにかく指摘を受けた部分があれば、そこを頭から書き直します。…僕は思うのだけど、読んだ人がある部分について何かを指摘するとき、指摘の方向性はともかく、そこには何かしらの問題が含まれていることが多いようです。
1投稿日: 2018.01.07
powered by ブクログ二回読んだ。 小説をどうやって書くのか、誰に向けて書いているのか、などなど、タイトルの表す通りの内容について言葉を割いて説明がなされている。 その説明の丁寧さに心うたれた。いかに持久力を保つか、そのための方法論がいかに確立されているかにも驚いた。 ここまで自分を冷静に見つめられるのは理想的で努力のなせるわざだと思った。 学校教育について書かれたところにも共感した。
2投稿日: 2017.11.01
powered by ブクログ村上春樹が神宮球場で感じた、エピファニー(epiphany)つまり「ある日突然何かが目の前にさっと現れて、それによって物事の様相が一変してしまう」感覚。意外とそんな、論理的でない直感みたいなものに人は突き動かされるのかもしれない。
1投稿日: 2017.10.26
powered by ブクログ著者の作品は初期のものは割と読んでます。 小説家になるということ、小説を書く作業のこと、表現としてのオリジナル性について等、小説界の最前線にいる著者の考えが正面から記されており、エンタメに関心がある人なら読んで損はない本です。 小説の役目や小説家の役目の記述も納得のいくものであり、まさに職業としての小説家が見えてきます。「少しでも優れたテキストをパブリックに提供すること」とは良い定義だと思いました。
1投稿日: 2017.10.21
powered by ブクログ20代の頃「風の歌を聴け」に出逢って以来ずっとファンです。 なぜ彼の作品が好きなのか。あれこれ読んでみたくなるのか。 さて、感想を書こうかなと言葉をさがすのですが、いろんな思いがどんどん溢れてきてとても苦労します。 そんなとりとめのないところが魅力なのかもしれない。 小説家になったきっかけも個性的ですが、逆に普通ぽくも感じられる。 この本を読んで、生き方の勉強にもなりました。 彼と同じ時代に生きていることを嬉しく思います。
15投稿日: 2017.09.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小説を書くというのは あまり頭の切れる人には向いた作業ではない。 「得体の知れないいれもの」 効率の悪い作業。 どんくさい作業。 「瓶の中で緻密な船の模型を作るような」 「風の歌を聴け」 最初に書き上げたあまり面白くない小説を 英語で書き直してみた。 言葉や表現の数が限られても効果的に組み合わせることで 感情と意思はうまく表現できる。 それを日本語に翻訳していった。 余分な装飾を排したニュートラルで動きの良い文体。 ジャズのリズムとフリーインプロビゼーション。 オリジナルの条件とは 瞬時に理解できる独自のスタイル。 時間の経過とともに成長する自己革新力。 スタンダード化し、価値判断基準の一部。 「何かを求めていない自分」 自分本来の表現 イマジネーション 脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーション。 僕の「伸びしろ」 まだ無限に残されていると思っている。 自分自身の内部に降りて行って、より深く遠くまで探っていく。
1投稿日: 2017.09.06
powered by ブクログ基本的には小説家の作品は小説しか読まないのだけど(エッセイが苦手)、村上春樹だけは別。 とても面白かった。こんな考え方するんだなぁって。 そして全体的な印象としては、作家としてけっこうな批判を浴びせられてきたのだろうということ。 自分にとっての村上春樹は、最初から有名な作家であったし、非常にどの作品も魅力的だったから、そんなこともあったんだなぁって思った。 やはり惹きつけられるものがあるな、村上春樹。
1投稿日: 2017.08.10
powered by ブクログ午前半休を取った日、本屋をぶらぶらしていたらこの本が目に留まり、つい買ってしまう。自分は文学論のような本が好きなんだなあと改めて思う。
1投稿日: 2017.08.01
powered by ブクログこの本は村上春樹さんが ご自身の仕事(小説家)の手法を 具体的に書いてくれている一冊です。 あくまでも「自分はこうしているよ」 という感覚で書かれているもので 小説の書き方教室のようなものではありません。 そのためか本書に書いてある事の中には どんな職業や生き方をしている人にとっても どこか役立つ言葉が見つかるような気がします。 なぜならこの本で書かれていることは 一人の人間が自分の仕事を 自分のやり方で丁寧に続けて 結果的にうまくいったという ひとつのケーススタディのようなものだからです。 春樹さんは今でこそ日本を代表する作家ではありますが もともとは、日本の文壇という かなり保守的な世界において ずっと異端視されていた方でもあります。 書き方、つまり仕事の仕方が その業界の今までのやり方とは かなり違っていたという事です。 その結果バッシングを受けたりもしながら 今の状態まで持ってきた。 という事はこの本から得られるであろうことは 何か物事をしようとしたときに出てくる 様々な障害に対しての戦い方というか 勇気みたいなもの それらをもらえるという意味で どんな職業や生き方をしている人にとっても 何かしら伝わるものがあるのではないかと思います。 ああ、こういうやり方もあるよな、 そんなやり方もあるよな、 つまり思っているよりも 自由に主体的に自分のやり方を 選択する事が可能なのだな、 と思わせてくれるという意味で 勇気をもらえるという事です。 印象に残った部分をここでも引用します。 ↓ 『もしあなたが何かを自由に表現したいと望んでいるのなら、 「自分が何を求めているか?」と言うよりはむしろ 「何かを求めていない自分とはそもそもどんなものか?」ということを、 そのような姿を、頭の中でビジュアライズしてみるといいかもしれません。 「自分が何を求めているか?」という問題を正面からまっすぐ追求していくと、 話は避けがたく重くなります。 そして多くの場合、話が重くなればなるほど自由さは遠のき、 フットワークが鈍くなります。 フットワークが鈍くなれば、文章はその勢いを失っていきます。 勢いのない文章は人あるいは自分自身をも惹きつけることができません』 ↓ 「何かを求めていない自分」ってどんな状態なんでしょうね。 仕事でいうとどうでしょう? 自分のエゴとか都合とかではなくて、 その仕事の本質的な必要性に乗っ取って働くというような状態でしょうか? そして春樹さんご自身の自分の仕事(小説を書く事)の 理想みたいなものも書かれていて興味深かったです。 ↓ 『もし読者が僕の作品に、温泉の湯の温かみみたいなものを、 肌身の感覚として少しでも感じ取って下されるとすれば、それは嬉しいことです。 僕自身ずっとそのような「時間」を求めて たくさんの本を読みたくさんの音楽を聴いてきたわけですから』 ↓ なるほどねー、と思いました。 じわっーと深いところから温かくなる文章。 それを目指されていたんですねえ、 そしてそれは成功してるんだよなあと 一読者して思いました。 と僕と同様に感じる読者が たくさんいらっしゃると思われるので やはり、村上春樹さんは 素晴らしい仕事人なんだよなあと 改めて思いました。 2017/01/02 18:24
1投稿日: 2017.07.04
powered by ブクログ村上春樹の職業としての小説家を読みました。 これから小説家を目指す若い人に向けた講演という形式で書かれた村上春樹の小説家論でした。 他のエッセイなどでも書かれていたことが章立てされて説明されています。 一度書いた小説をもう一度頭から書き直すとずっとよい小説になる、という指摘はプログラム言語でのコーディングなどでも実感しているところなので納得しました。 体力が充実していないと、良い小説を書き続けることはできないという指摘も同感でした。 若い頃は勢いのある面白い小説を書いていたんだけど、中年になると小説に勢いや魅力がなくなってくる小説家もいるので、ずっと質の高い小説を書き続けるために村上春樹が努力しているというのはすばらしいと思います。 村上春樹と同時代に生きて村上春樹の小説を読めるというのは幸運なことだと思ったのでした。
1投稿日: 2017.06.28
powered by ブクログ本を書くということには、随分と前から興味があった。 小学5年の頃から、父親が読み終わった西村京太郎や斎藤栄を読むようになったのは一つのきっかけだったし、高校の時に出会った清水義範もそういう気分を高めてくれた。 でも、今ほど読書人になったのは、大学の国文科に入って、現代文演習で課題図書を読むようになってからだ。村上春樹は、その流れで出会った作家だったし、僕を現代文学の世界にしっかりと導いてくれた作家だった。 そんな村上春樹が「小説を書く」ということをテーマに書いた、上質のエッセイ。そんな印象だ。自分が本を書くということにどれだけ寄与するか(というより、役立てるだけの素地があるか)はわからないけど、読後感はすこぶる爽快である。 「小説を書く」をテーマにした作品としては、筒井康隆「創作の掟と極意」も読んだけれど、同じテーマでここまで作風の違いが出るのかと(それは当然のことだが)思って、それも面白かった。
1投稿日: 2017.06.20
powered by ブクログ本当にこの人は、客観的に自分のことをきちんと判断し、いろいろな考察を深め、そしてそれを簡潔にわかりやすくまとめるのだなあ、と思う。 小説家になりたい人向けなのかなと思う箇所も多かった。小説を書く技術というか、進め方を説明している箇所もあり、小説家志望の人には嬉しいんだろうなあと思う。 着実に一歩一歩進んで、随分遠くまで来た村上春樹。尊敬してます。
1投稿日: 2017.06.06
powered by ブクログ著者の自伝的エッセイ。小説を書くことが好きだから、好きなことしかやらなかったから続けてこられた、と言われる。嫌ならやめろではなく、嫌々やるなという事だろう。何度も推敲して書き上げることが、読んでいて引き込まれるようになる条件なのだろう。河合隼雄さんの分析はおもしろかった。草葉の陰で笑っておられるのだろうか。2017.5.30
1投稿日: 2017.05.30
powered by ブクログ他の小説家とは一線違っていると思われる著者は、自分自身でもそのことを感じていて、それについて、なぜ小説家をやっているのかということについて語られるように書かれています。どのようにして小説家になったのかということや、どのようにして小説を書いていっているのかということについて、日々積み重ねて来られたことか、著者なりに「こういうことかな」というように書かれているように感じました。 この方の書かれる小説は、簡単に書かれているようで実はとても深いことを表現されているということを、少し歳をとったことで自身ようやく分かるようになってきたと感じています。その深い書き方について、そのスタイルを知ることで、著者の小説だけでなく、いろんな過去からの小説家の物語を理解する助けになると、本書を読んで感じました。 小説家入門書ではないと思います。小説家を知ることで小説をより深く読むための入り口を示してくださっている内容と理解しました。
1投稿日: 2017.05.21
powered by ブクログ日本を代表する小説家のひとり、村上春樹。 長編小説については、数年に一度のペースで、作品を発表しています。 その間も、短編小説集やエッセイ集が発売されるので、それらの作品も読むようにしています。 この本は、書店で見かけた、エッセイ集の文庫版。 小説を書くことを”生業にする”とは、どういうことなのか。 35年に渡る自らの経験と、そこから得られた知見が書かれています。 「あとがき」によると、前半6章は雑誌に連載された文章、後半5章は書き下ろし、最後の1章は講演原稿、という経緯を経て、まとめられているようです。 村上春樹はどのようなスタイルで、小説づくりに取り組んでいるか。 そして村上春樹は、日本の文学界そして文学賞についてどのように考えているのか。 彼の作品のファンにとって、興味をそそられる内容が盛り込まれています。 小説を書くプロセスについて書かれた部分を読んで、「小説とは何なのだろう」と、これまでモヤモヤ考えてきたことを整理してもらえたように感じました。 ファンでなくても、小説を読む人、文章を書く人、芸術活動に取り組んでいる人には、参考になる内容ではないかと思います。 村上春樹らしい文章を読んでいっとき、渇望症状が緩和されたのですが、「次の長編小説を読みたい」という思いもより、強くなりました。 作品の発表を、楽しみに待ちたいと思います。 『女のいない男たち』村上春樹 https://booklog.jp/users/makabe38/archives/1/B01LYN5VFK .
1投稿日: 2017.05.16
powered by ブクログ村上春樹さんの小説家としての捉えた方が独特であり、タイトルに職業としてのとつけている意味がよく分かった本だった。その他にも業界の人が普段気になっている事をありありとらしい表現で語っていた。冒頭の章に少し自叙伝的なとこがあり、そこが興味深かった
1投稿日: 2017.05.16
powered by ブクログ「あとがき」に書かれているような本書の執筆経緯はともかく、自分自身の経験、考え、実践していることなどが正直かつ率直に書かれている気がする。例えば、文学賞についても、他の人が言うと「本当にそう思ってるの?」と思うようなことを、気負いも衒いもなく、本音で語っているという気がする。それくらい、著者の肉声が活字になったような本だ。 それにしても、小説の登場人物で言えば、「1Q84」の川奈天吾が何かを書くときと、著者が小説家としての仕事の仕方として書かれた部分がよく似ていて興味深かった。川奈天吾に著者自身が投影されているとは思わないが、著者にとって、ものを書くときのスタイルや心得は、これが標準形なのだろう。
1投稿日: 2017.05.11
powered by ブクログヨガを習っている。スピリチュアルな世界だと色眼鏡でみる人もいる。でも、そう、スピリチュアルとフィジカルとは、車の両輪なんだ。まさに「実感」。
1投稿日: 2017.04.23
powered by ブクログ春樹ファンなら必読ではないでしょうか。それから小説を書く人にとっても。 春樹氏の半生の話(ほぼ自伝)、小説が生まれてくる過程、どれもこれも大変興味深い。春樹氏は、あくまでも自分の場合はこうだ、という書き方をしているけれど、十分参考になる。では自分の場合はどうすればベストなのだろう、と考えるきっかけや手がかりを与えてくれるし、ものごとにきちんと向き合う姿勢を見せてくれているから。
1投稿日: 2017.04.05
powered by ブクログこれこれ!私が好きな村上春樹ってこれなの!というのが読み出したときの率直な感想。不思議な物語とか 登場人物とかが好きなのかなー と今までは思っていたけど、もしかしたら基本的にめんどくさい考え方をする(ことによって出てくる文章を書く)村上春樹が好きなのかもしれない ね、という思いのもと 大変楽しく読みました。 数年前の新刊のときに、こんな終わり方はわたしの好きな村上春樹じゃない!と思ったけど、それはそれでよいのでしょう、とも なんとなくすっと受け止められた。また 新作を手にとってみよう。
1投稿日: 2017.03.30
powered by ブクログ久々に村上春樹さんの自伝的エッセイを読む。 いつも同じスタイルで肩の力の抜けた自然体でわかりやすい文体は読むのに疲れない。 有名であるが故に批評の対象となりやすい著者の数々の作品とその背景について、実に冷静に対処されていると思う。 注目される文学賞についての考え方、好きではなかった学校について、その教育方針について。 「フィジカルな力とスピリチュアルな力は、いわば車の両輪なのです。」…第七回 どこまでも個人的名フィジカルな営み。 たまには久々に長編を読んでみようかな。
1投稿日: 2017.03.20
powered by ブクログ新刊の騎士団長殺しが話題の村上春樹ですが、文庫化されるまでお預けなので、積読の中からこれ。単行本が出された時に紀伊國屋書店が9割買い切ったことで話題になった、小説を書くことについて語ったエッセイ。 エッセイではありながら、春樹の小説に出てくる一人称の主人公である僕が語っている小説のような気分でも読める。 文庫化されたのが去年の秋。ちょうど年中行事のノーベル賞受賞するかで話題になっている頃。文学賞について、興味ないよって語っている章もあったりで、それはそれでネタのようにも思えてみたり。
1投稿日: 2017.03.07
powered by ブクログ村上春樹が、いかにして小説家としてやってきたかのエッセイ。 なんか話し口調だったので、どこかで講演したのかと思ったら、このスタイルが書きやすかったからだって。 でもって、まぁ、常々日本のマスコミには変な評価されてるよねって思ってたけど、それを裏付けるというか、それだからこそきちんと海外に向けて動いたことがわかって、やっぱり春樹は真面目だよねと思ったのである。 うん、この真面目さが、日本の今まで小説家、ぽくないのがマスコミの気に入らないところなんじゃないかな。 で、タイトルだ。 <職業として> この言葉は、重い。 お仕事だから、嫌なこともあるし、ノルマも締切りもあるし、なにより責任もある。 って、大人だから当然だよね。 日本人って、どこかそういう<大人としてあるべき>ものが欠落している気がする。 そういうものに対してのアンチテーゼのように感じた。 ってもやっぱり、好きなことを仕事にできるっていうのは、恵まれてるし好きだから努力できるってことはとってもとっても大事なのだと思う。
1投稿日: 2017.02.17
powered by ブクログ自分は文字を書き、それを何度も改定しないと自分の意見を月並みに表現できない。という観点には共感。前半であった村上春樹の小説の書き方、一度書き上げ、2度頭からゴリゴリ修正をし、妻に見せ指摘箇所を修正、それから全体を修正し…と、一つの物語を作るのにはこんなにも修正のプロセスがあるのか…しかし、自分ももし小説を書くのであればこれと同じようにやってみた方が良いと思った。
1投稿日: 2017.02.15
powered by ブクログ村上春樹さん自身が語る「村上春樹論」。作家デビューから現在までの軌跡や文章を書くことの想いを、自らの言葉で語り尽くす。新たな村上春樹を知ることができる貴重な一冊。 肉声を聞くことがあまりない人だけに、文学への考え方や想いが十分過ぎるほど伝わる一冊だった。癒しとか優しさ、逆に非情さとか冷酷とは違う、独特な世界観がどのような過程で生まれるのかが、少しわかったような気がする。
1投稿日: 2017.02.13
powered by ブクログだいたい眉に唾をつけます 作家というのは基本的にエゴイスティックな人種 揶揄嘲笑の類を浴びせられる 白血球が体内の異物を排除しようとするかのように、そのアクセスをはねつけようとします。 概して鷹揚であり寛容 文学部映画演劇科 間口の広い表現形態 視覚化も言語化もできない種類のもの ゼロサム社会 なかなか芽の出ない新人が一人自由契約になる 活況を呈し ある種の自然淘汰は適宜おこなわれている 将来を嘱望 壮麗なテーマ・ミュージックつきで、リングに上ってきたのです。 アクチュアル現実的に 新進作家 ヴィークル乗り物 限りのないパラフレーズ置き換えの連鎖です。開けても開けても、中からより小さな人形が出てくるロシアの人形(マトリョーシカ)みたいなものです。 小説家にとって「落ち着くべき場所にすんなり落ち着く」というのは、率直に言わせていただければ、「想像力が減退する」のとほとんど同義なのです。小説家はある種の魚と同じです。水中で常に前に向かって移動していなければ、死んでしまいます。 小説を書かずにはいられない内的なドライブ。長期間にわたる孤独な作業を支える強靭な忍耐力。それは小説家という職業人としての資質、資格、と言ってしまっていいかもしれません。 リングへようこそ。 国分寺駅の南口に店を開きました。それが一九七四年のことです。 シンクロニシティー 不渡り 一国一城の主 学園闘争の嵐が吹きまくってた頃 内ゲバ ノンポリの学生が一人殺害されました 後味の悪い失望感 正しいスローガン 美しいメッセージ モラルの力 すべては空虚な言葉の羅列に過ぎない 言葉が一人歩きしてはならない。streetwise「都会を生き抜くための実際的な知恵を持った」 柄の大きな先生 人生のライトモチーフ どれだけ忙しくても、生活がきつくても、本を読むことは音楽を聴くことと並んで、僕にとって変わることのない大きな喜びであり続けました。その喜びだけは誰にも奪えなかった。 千駄ヶ谷 1978開幕戦 芝生のスロープがあるだけ デイブ・ヒルトン 赤鬼チャーリー・マニエル 何の脈絡もなく何の根拠もなく 啓示 Epiphany「本質の突然の顕現」「直感的な真実把握」エピファニー 当時はまだワードプロフェッサーもパソコンも普及していませんでした 風の歌を聴け それは実に奇跡的な、素晴らしいシーズンでした。 英語のペーパーバック 外国語で書く効果の面白さを「発見」し、自分なりに文章を書くリズムを身につけると、僕は英文タイプライターをまた押し入れに戻し、もう一度原稿用紙と万年筆を引っ張り出しました。そして机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に「翻訳」していきました。翻訳といっても、がちがちの直訳ではなく、どちらかといえば自由な「移植」に近いものです。するとそこには必然的に、新しい日本語の文体が浮かび上がってきます。それは僕自身の独自の文体でもあります。僕が自分の手で見つけた文体です。そのときに「なるほどね、こういう風に日本語を書けばいいんだ」と思いました。まさに目から鱗が落ちる、というところです。 「おまえの文章は翻訳調だ」 余分な修飾を排した「ニュートラルな」、動きの良い文体を得ることでした。僕が求めたのは「日本語性を薄めた日本語」の文章を書くことではなく、所謂「小説言語」「純文学体制」みたいなものからできるだけ遠ざかったところにある日本語を用いて、自分自身のナチュラルなヴォイスでもって小説を「語る」ことだったのです。言語の持つ可能性を思いつく限りの方法で試してみる 幾分大袈裟に言えば、日本語の再生に繋がっていくはずだと信じています。 小説を書いてるとき、「文章を書いている」というよりは寧ろ「音楽を演奏している」というのに近い感覚がありました。僕はその感覚を今でも大事に保っています。それは要するに、頭で文章を書くよりは寧ろ体感で文章を書くということなのかもしれません。リズムを確保し、素敵な和音を見つけ、即興演奏の力を信じること。 明治通りの千駄ヶ谷小学校 伝書鳩 それは論理的というよりは、殆ど直感に近いものでした。 苦役として小説を書くという考え方に、僕はどうしても馴染めないのです。 「群像」の新人賞 画期的な出来事 些か「トゥーマッチ」もっと平たく言えば「え、こんなものでいいんですか?」ということですね。 コンセンサス そういうしきたり かえって場がしらけそう 文藝春秋ぶんげいしゅんしゅうはそれを商売としてやっている 「芥川賞作家」という「肩書き」 ただの村上春樹である(でしかない)というのは、なかなか悪くないことです。 総人口のおよそ5%くらいではないかと僕は推測しています 手近にYouTubeがあろうが、3Dビデオゲームがあろうが、暇があれば(あるいは暇がなくても)進んで本を手に取る。そしてそういう人たちが二十人に一人でもこの世に存在する限り、書物や小説の未来について僕が真剣に案じることはありません。 選挙で言えば「浮動票」その窓口=ショールームのひとつを今のところ芥川賞がつとめている ワインでいえばボジョレ・ヌーボー 僕のバイアスがかかった世界観で左右 そういう努力をしないのはひとえに僕の怠慢であるかもしれません 自分の仕事に割く時間とエネルギーが奪われることを意味します 褒賞 一律に論じることはできない。だから一律に論じてほしくもない。ストラヴィンスキーの『春の祭典』 レファレンス=参照事項 ライターズ・ブロック 人々の心の壁に新しい窓を開け、そこに新鮮な空気を吹き込んでみたい。 記憶の自然淘汰 抽出 蒐集 イマジネーションというのはまさに、脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーションのことなのです。 融通無碍な状態 カフカ迷宮の悪夢 僕にとってはエッセイというのは、敢えて言うならビール会社が出している缶入り烏龍茶みたいなもので、いわば副業です。 E.T.即席の通信装置 それ以外に僕らが他の惑星と連絡を取り合うための手だてはないのです まず「説明しない」ご存知のように、ジャズにとって一番大事なのはリズムです。的確でソリッドなリズムを終始キープしなくてはなりません。そうしないことにはリスナーはついてきてくれません。 同じ88鍵のピアノ ひとつの重要な示唆 あるいは無限に近い可能性が存在 フリー・イントロビゼーション=自由な即興演奏 音楽を演奏するように文章を書けばいい 「軽量級」のマテリアル 組み合わせ方のマジックさえ会得すれば アーネスト・ヘミングウェイ 体験の与えてくれるダイナミズム 「健全な野心を失わない」 世界はつまらなそうに見えて、実に多くの魅力的な、謎めいた原石に満ちてます。小説家というのはそれを見出す目を持ち合わせた人々のことです。そしてもうひとつ素晴らしいのは、それらが基本的に無料であるということです。あなたは正しい一対の目さえ具えていれば、それらの貴重な原石をどれでも選び放題、取り放題なのです。こんな素晴らしい職業って、他にちょっとないと思いませんか? 通常営業行為=ビジネス・アズ・ユージュアル カウアイ島のノースショア 出版社の編集者は日本の場合、専門職とはいっても、結局のところサラリーマン 観測定点 「第三者導入」プロセス どんな文章にだって必ず改良の余地はある 頭の火照りを適度に冷やす 「自分がある程度正気を失っている」ということだけは自覚しておかなくてはなりません。そして正気を失っている人間にとって、正気の人間の意見は概ね大事なものです。 あなたの本を読むのは結局のところ世間なのですから。あなたが世間を無視しようとすれば、おそらく世間も同じようにあなたを無視するでしょう。 総力戦 オールアウト 出し切った 「養生する」期間 「時間によって勝ち得たものは、時間が証明してくれるはずだ」と信じている 時間を大事に、慎重に、礼儀正しく扱うことは取りも直さず、時間を味方につけることでもあるのです。女性に対するのと同じことですね。 もしその語られた物語が、力の及ぶ限りにおいて最良のものでないとしたら、どうして小説なんて書くのだろう?結局のところ、ベストを尽くしたという満足感、精一杯働いたという証、我々が墓の中まで持って行けるのはそれだけである。 「時間と潮は人を待たない」 向こうに待つつもりがないのなら、その事実をしっかりと踏まえた上で、こちらのスケジュールを積極的に、意図的に設定して行くしかありません。つまり受け身になるのではなく、こちらから積極的に仕掛けていくわけです。 温泉の湯の深い温かみ 「実感」にまさる基準はどこにもありません 「キッチン・テーブル小説」と個人的に(勝手に)名付けています 普遍性があるかないかは、あなたが決めてください。 「筋肉は落ちやすく、贅肉はつきやすい」というのが僕らの身体にとっての、ひとつの悲痛なテーゼ(命題)となります。 「作家は贅肉がついたらおしまいですよ」 それが物理的な贅肉であれ、メタファーとしての贅肉であれ。 つまり肉体的運動と知的作業との日常的なコンビネーションは、作家のおこなっているような種類のクリエイティブな労働には、理想的な影響を及ぼすわけです。 ただでさえ文芸世界には、肉体的鍛錬を小馬鹿にする風潮がありました。 その文句は今でも、「僕にとってとにかくやらなきゃならないことなんだ」というのが。 ニューロンの形成についての科学記事 身体が素直に感じることに注意深く耳を澄ませるのは、ものを創造する人間にとっては基本的に重要な作業であったのだなと痛感します。精神にせよ頭脳にせよ、それらは結局のところ、等しく僕らの肉体の一部なのです。 心の闇の底に下降していくこと 大きなビルディングを建てようとすれば、基礎の地下部分も深く掘り下げなくてはならないのと同じことです。 トロロープ フランツ・カフカ 人の毀誉褒貶 一方に傾いた秤は、必然的にもとに戻ろうとします。フィジカルな力とスピリチュアルな力は、いわば車の両輪なのです。 類い稀な天才 神戸の港近くの古本屋 英語のペパーバック なにしろ好奇心がすべてです 僕より英語の試験の成績が良い生徒がいっぱいいるけれど、僕の見たところ、彼らには英語の本を一冊読み通すことなんてまずできません。 ドストエフスキー『悪霊』 巨大な脳内キャビネット アスペクト=様相 本当の意味で生きた登場人物は、ある時点から作者の手を離れ、自立的に行動し始めます。 新しい小説を書き始めるとき、僕はいつもわくわくするのです。今度はどんな人々に巡り会えるのだろう、と。 昇華 自浄作用 村上龍 中上健次 橋を焼いた 人生の正念場 店を売却 『羊をめぐる冒険』こそが、長編小説家としての僕にとっての、実質的な出発点であったわけです。 もし全員を楽しませられないなら自分で楽しむしかないじゃないか 峻烈な自己相対化作業 メインラインをヒットするというのはアメリカの俗語で、静脈注射を打つ、要するに相手をアディクト(ドラッグの常習者)にしちゃうことです。 ニューヨーカー 僕は自分の書くものが「外国文学の焼き直し」だなんてちっとも思わなかったし、むしろ自分は、日本語のツールとしての新しい可能性を積極的に追求し検索しているつもりでいたので、「そう言うなら、僕の作品が外国で通用するかしないか、ひとつ試してみようじゃないか」という挑戦的な思いは、正直言ってなくはありませんでした。 逆に貶されてラッキーだった 共産主義体制の崩壊 物語というのはもともと現実のメタファーとして存在するもの たまたまグローバルにうまく機能した 僕自身が翻訳者(英語→日本語)でもあるので、翻訳者の味わう苦労とか喜びとかは、我が事として理解できます。 旗印 新しいフロンティア ダブル・スタンダード=二重規範 コスモポリタン的な傾向が強い 僕の作品は今のところ五十を超える言語に訳されています 1994年ボストン近郊 プリンストン大学 昔の東西ベルリンみたいにまったく行き来がありません 河合隼雄『未来への記憶』さば捌かれ 敬して遠ざけ 総理大臣アイム・ソーリ 駄洒落を言うことは河合先生にとっては、いわば「悪魔祓い」のようなものだったのではないかと僕は考えています。 因みに僕にとっての「悪魔祓い」は走ることです。 講演原稿を書くつもりで 「自伝的エッセイ」という扱いを受けることになりそう その驚きをできるだけピュアに保ちたいという強い思い あらためて系統的に思考し、それなりに俯瞰する メッセージというよりは寧ろ思惟の私的プロセス
1投稿日: 2017.02.11
powered by ブクログ小説家になるつもりはないですが、村上さんの文章を久しぶりに読みたくて図書館で借りました。 小説を書き始めた頃のこと、どうやって独自の文体を作っていったのかや、アメリカ進出についてなど、村上さんの小説の裏話がたくさん書いてあり、興味深かった。 一気に読み進めたが、読み終えるのがもったいなくて最後の方はゆっくり読んだ。
3投稿日: 2017.02.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
以前にどこかで読んで知っている内容も多かったけれども、興味深く楽しんで読めた。 一番印象的だったのは、アメリカで小説を売り込んでいく過程の話。 村上さんの努力とすごさに感服します。 レイモンド・カーヴァーは私もずっと前に村上さんの訳で読んだことがあり、その仕事が重要な縁となったというくだりは本当に感動的だ。
1投稿日: 2017.02.05
powered by ブクログ風の歌を聴け を書き始めたきっかけから始まり、持続、書き方、習慣、開拓するために海外へ出ていくことなど、興味深いことが語られている。 なかでも目をひかれたのは、 「書くべきことを持ち合わせていない」 つまり、「なんだって自由に書ける」と言っていたことだ。 自分が何を求めているのかという視点ではなく、何かを求めていない自分、何かを求めていない自分とはそもそもどんなものか?それは蝶のように軽く自由。にもかかわらず、何をしたいと願うようになれば、自分の本来の姿を目にするかもしれない、、という箇所があり、なるほどそうかと思った。 なぜ、村上さんは世界で読まれるようになったのか、、それは本書の315ページから書いてあることが答えになっている。国を超えた、人間という生き物が必要としている物語…ということだろう。
1投稿日: 2017.02.04
powered by ブクログ村上作品がどのようにして紡ぎ出されているのか、その一端が垣間見れて面白い。 書かされてるのではなく、書きたくて書いている、そして物語の転ぶままに、ありのままに「筆記している」からこそ、流麗で自然体な文体、本能的な物語が書けるのだなと。 余談ですが、走ることに対するスタンスが私と酷似していて、すごく共感。笑
1投稿日: 2017.01.30
powered by ブクログ『ノルウェイの森』を読了出来なかった過去。かれこれ10年ほど経ちウイスキーを嗜む年頃になった折り、知人を介して昨年同著者の旅行記『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を知り立て続けに本書と出会った。職業論。否、素晴らしき人生論也。
1投稿日: 2017.01.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
どこかのバーとかで村上春樹の個人的な話を聞いている感じ。とても示唆に富んでいてよかった。 フィジカルと思考は実は密接に結びついていて,継続的にフィジカルをメンテナンスすることで現在になるまで思考能力(いろいろなタイプの思考能力があるとは思うが)が磨き上げられている(一般論でなくあくまで個人的な体験/感覚としてだが)といった話はとても勇気づけられた。 オリジナリティーとは等
1投稿日: 2017.01.14
powered by ブクログ村上作品をあらかた読んでいる人にとってはお馴染みのお話がメイン。けれども、一冊にきちんとまとめられていたことはいままでなかったと思うので、改めてまとまって読むと感じるところがあった。まず、以前の私はわりと盲目的に、ここで言われていることを信じていたのだなとおもう。でも今では、小説を愛するには複数の方法があると知っている。分析的なものを頭ごなしに否定する必要はないと思ってる。春樹の推奨する判断せずにただ受け取る、という営為が、もっと危ういなにかに似てしまう可能性もあると思う。春樹自身の問題ではなく、春樹の読者が、思考停止に陥る可能性はおおいにある。批評も批判も受けつけずただ感じるがままに、みたいな。でも、そんなことは彼も言われるまでもなくわかってるはずで、彼をここまで硬直化させてしまったのは日本の文芸批評だとも思う。私は柄谷のことが大好きだけど、柄谷の村上批判は不当な部分が確かにあった。厳しすぎた。ただ、柄谷にはどうしても春樹を否定しなければならない理由があったのだとも思う。それは、革命の時代の後にどう振る舞うかの差異にあったとおもう。革命の時代を知らない私には想像することしかできないけど。
1投稿日: 2017.01.14
powered by ブクログこれを読んでさすがに村上さんだ、尊敬に値する人だとつくづく思いました。小説を書き始めてから35年余り、その年月を職人とも言うべきスタンスで真摯に向き合ってきた村上さん。真面目で誠実な生き方をしてきたからこそ、日本だけでなく世界中の人に読まれる作家になったのだと思います。これを読むと自然に快い気持ちにさせられます。オリジナリティーについて語ってくれる章で、その人にとって必要でないものを見極める時のコツをこう言っています。「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」… 今まで書いた小説の裏話なども沢山あり、楽しみながら小説を書いていると言う村上さんの物語は、この後どんな風になるんだろうと楽しみです。
1投稿日: 2017.01.12
powered by ブクログ村上ファンである職場の同期から借りて読んだ一作。 社会人一年目、組織人として生きることの辛さについて考えるようになった私は、生きたいように生きればよいと村上春樹から励ましをもらった気がする。 とはいえ、やはり勤め人の身であるから、どこまでは自分らしさを持ったままでよいのか、どこからはマナー違反となってしまうのかわきまえる必要があるのだが…。もしも彼が私の立場にいたらどう行動するのだろう。 また、河合先生との関係について述べた「たびたび会って話をしたが、何を話したのかよく覚えていない。でもそれでいいんじゃないか。いちばん大切なものはむしろ、我々がそこで何かを共有したという物理的な実感だったという気がするんです。」(忠実な引用ではない)という言葉に共感した。 親しくしてもらっている人々と、そういう実感をもってながく接し続けていけたら幸せだなあ。
2投稿日: 2017.01.10
powered by ブクログ言葉には力があるから、正しく使わなければいけないんだよ、ということをしっかりと言葉を尽くして、この人が語ることによる、深い安心感。
2投稿日: 2017.01.08
powered by ブクログここ数年ノーベル賞発表の時期になると繰り返される喧騒にうんざりしつつ、作家さんの本音を知りたくなって手にとった随筆。ご本人の賞に対する冷めた視点に拍子抜けするも、後進へのアドバイスの的確さには感心させられる。小説を書くきっかけに関する部分もかっこよすぎて「らしさ」が滲み出ている。
1投稿日: 2016.12.31
powered by ブクログ彼の著作群が異様な深みを湛える様になってきたのは、いわゆる'青春3部作'の終わりからだったように記憶しているが、この本を読む限りでは村上氏自身もこれらの本を執筆する過程で小説家としてのルーティンを確立したようだ。 本文中で彼が述べている通り、そのルーティンは私達が一般的に想像する'作家'のイメージとは大きく異なる。それは、わたしにとっては新鮮な驚きであると同時に、どこか納得する部分もあった。彼の著作群-長編小説の場合が多い-では主人公は身体的な移動と共に、自らの心の深淵へと潜り込んでゆく精神的な移動を行っている。この彼の本を他の作家の作品群とは異なるものにしている独特の部分が、本書で述べられている彼のルーティン化された創作スタイルと深く連動性を持ったものとして相対的に生み出されている・・ということを伺い知ることができた。 本書で述べられる村上春樹氏自身の思想を自らの生きてゆく指針と対照し、参考にする・しないを含めて考え直してみることで、あなたのこれからの人生を立体的に組み立てる大きな助けになってくれるかもしれない。
5投稿日: 2016.12.30
powered by ブクログ村上春樹って愛すべきめんどくさい人で、自分のことは自分で面倒を見ることができる稀有な人だと思う。 すごいひとだ。 107ページから引用したが、加算するより、マイナスしていく必要がある、ってところ、今読んでいる『コミュニティ難民』でアサダワタルが引用している菊地成孔の、何を知っているかとか何をしたことがあるかということではなくて、どのような知らないこと、したことがないことから構成されている存在かということに注目されるべき、みたいな内容とリンクしてて興味深い。
1投稿日: 2016.12.26
powered by ブクログ著者が小説を完成させるまでの過程で何をしてきたのか、又何をしているのかが具体的に記されている。小説を書くことに対する彼の向き合い方は、題名にある通り「職業的」であると感じた。 大げさな表現だがこの本の社会的意義は、小説家というロールモデルを提示していることだと思う。すこしでも小説を書こうと思ったことがある人、または書こうとしている人に対して、この本は小説を書くことを勇気づけてくれたのではないだろうか。
0投稿日: 2016.12.22
powered by ブクログ村上春樹の職業観や人生観を知ることができ楽しく読めた。 他人の人生観を知ることは自分の中にある漫然とした人生観を浮き上がらせてくれるんだなとしみじみ思った。
0投稿日: 2016.12.10
powered by ブクログ走ることについて語るときに、、、と同時に読んだ。変わらないんだなーと。エッセイ読んでると会話してるような気分になる。こちらの質問が先読みされてる。
0投稿日: 2016.12.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
再読。初めて読んだ感想に「そしてちょっとだけ涙ぐむ。(ま、そんな人いないと思うけど。)」って書き込んでた。今回またもや「なんでこんなところで目頭がアツク・・・?」と思うところがあった。だいぶやられてるんでしょうな、村上春樹という作家に。これを読んでるときに来年2月に新作長編が刊行されるニュースが出た。その新作も、ここに書かれているような方法で生み出されたんだろうなあ。待ち遠しい。
0投稿日: 2016.12.01
powered by ブクログ村上さんの文章には独特のリズム感があり、一度そのリズムに体が慣れるとギアが入って一気に読まされる。本書のようなエッセイでも、小説でも、翻訳書でも同じ感覚なのが不思議だが、徹底した校正作業の成せるわざなのかもしれない。 周囲に流されず自分の考えを貫く姿勢、何歳になっても表現の幅を広げようとするフロンティア精神は、自分も見習っていきたい。
0投稿日: 2016.12.01
powered by ブクログ小説家としてのスタンスを詳細に記載している。 はしること、訳すこと、書くこと、 すべてを習慣にする。
1投稿日: 2016.12.01
powered by ブクログ村上春樹が小説家としての作業や思考のルーティーンについて語っている本書は、実際に本人が書いている通り、他のエッセイなどでも読んだことのある内容が多いのだけれど、その首尾一貫した落ち着いた姿勢は読んでいて心地よいものなので、ファンである自分にとっては、やっぱり本書は面白い。というか心地よい。 目新しいものは無いのですが。
0投稿日: 2016.11.30
powered by ブクログ普段はあまり見聞きできない、村上春樹氏の日常や思いの一片を知ることができる良書。あらゆる意味で普通であること、日常をできるだけ損なわないこと、などは自らの生活にも参考にしたい。
0投稿日: 2016.11.27
powered by ブクログ2016/11/23 読了 共感できるところがあって、自分も小説家になりたいという意思を改めてかき立てられた。
0投稿日: 2016.11.23
powered by ブクログ1 小説家は寛容な人種なのか 2 小説家になった頃 3 文学賞について 4 オリジナリティーについて 5 さて,何を書けばいいのか? 6 時間を見方につけるー長編小説を書くこと 7 どこまでも個人的でフィジカルな営み 8 学校について 9 どんな人物を登場させようか? 10 誰のために書くのか? 11 海外へ出て行く。新しいフロンティア 12 物語のあるところー河合隼雄先生の思い出
0投稿日: 2016.11.17
powered by ブクログ何よりも、真っ直ぐな本だと感じた。 真っ直ぐな言葉で、真っ直ぐな気持ちが述べられているな、と思った。 そして、読んでいくうちに、真剣に小説を書き上げてゆく、真っ直ぐな村上さんの姿が浮かび上がってきた。それは、歪みなく周りを見つめて、自分が感じたことに正直にあろうとした村上さんの生き方の一部なんだな、と感じた。 うまく言えないけれども。
0投稿日: 2016.11.14
powered by ブクログ村上春樹はどこまでいっても村上春樹だった。すごく謙虚で視野が広くて、だけどまっすぐ生きていて、小説に対しては真摯。物語と人を繋ぐ媒介になるのがとても上手な、普通のおじさんだった。でも多分、頭の中は普通じゃないんだろうなー。誰にでもあるものを深いところまで覗く。深海のさらに深く。地盤を掘削して、地球の深淵に到達すると、村上春樹のような小説が書けるのかもしれない。でも、息継ぎも上手。
0投稿日: 2016.11.06
powered by ブクログ小説家,という職業に対する一個人としての考察.小説家になりたい人への一般性があるかは不明だが,創造を伴う仕事をする者が参考にすべき点は共通する(曰く,落ち着くと創造力は減退する.曰く,長い仕事には規則性が大切な意味を持つ等).自分の思想に対してストイックであることがよく理解できる.
0投稿日: 2016.11.04
powered by ブクログ小説を書くと言うことはすごいことなのだと思う。自分の中の暗く、深い部分へ日常的に降りていく勇気や探求心が必要だ。私は、作品を通してそういう体験を比較的楽に、例えば通勤電車の中でもさせてもらっているということなのだと思う。
0投稿日: 2016.11.01
powered by ブクログ村上春樹の長編小説以外の著作を読むのは初めてだったが、とても読みやすく面白かった。彼が30歳でデビューして、それまでは自分が小説家になるなんて考えたこともなかったというのは意外だった。また自身のことを頭の回転が遅く「ふつうの」人と捉えていて、地に足の着いた実際的な考え方をするんだなあというのも今まで知らなかった一面が垣間見られてよかった。
0投稿日: 2016.10.30
powered by ブクログさすがに文筆業を職業としているだけあり、文章に淀みがなく、流れるように読めます。 しかし、もともとは出版するつもりで書いたものではなかったと述べているように、個人的には伝わってくるものが(期待していたよりは)少なかったです。 時間をおいて再読してみたい。
0投稿日: 2016.10.26
powered by ブクログ読むのにフィジカルが疲れた。集中して読んだためだろう。 実体感がある、心からそう思っているのだろうという信頼感を文章の中から感じる。そこから生まれる緊張感が疲れを呼ぶのだろう。 アウトプットすることで、人の価値、現在と未来への貢献が可能だと信じているので、アウトプットするために必要な根本の考え方の整理に役立った。 激しく同意したいのは、アウトプットする行為における、準備としてのフィジカル面の重要性。超健康体のフィジカルにこそ、健全な思考、アウトプットが生まれるのだと思う。
0投稿日: 2016.10.23
powered by ブクログ自分のリズムでとりあえず前に進む。 当たり前のことだけれどもそれが1番大事。 自分のリズムとやり方を早く確立したいものです。 もう35歳なんだけどね。。
0投稿日: 2016.10.17
powered by ブクログこの本を読んでよかった。言葉にしてしまうと軽く思えるが、本当にその通りなのだ。 小説家として、小説に真摯に向き合う姿に感銘を受ける。小説家は常にノートやメモをとって思いついたことを書き留め、その中からいい題材をチョイスし、構成を考え、小説としての形を作り上げていくものだと思っていたら、そういう訳でもなく頭の中に残ったものを大切に小説を作り上げていくというものだった。その小説についても構成を考える訳ではなく(ある程度はあるだろうが)文章を決まったペースで書き続け、そのなかで登場人物であり、物語自身が自ら動き出すという。それを具現化、文章化するのが小説家であるという。また出来上がった文章は書きっぱなしではなく、時間を置き、寝かし、再考していき、時の最高傑作を世の中に出す。ストイックな姿勢ではないとこの仕事は無理だなと思う。これからも期待しています!
0投稿日: 2016.10.15
powered by ブクログカバーに顔写真。良かったのだろうか。紀ノ國屋でゆっくり買い物ができないのではと心配。この本は単行本で買っておかなくては手に入らないのではと思っていたら、1年で文庫になった。こういうエッセイを読んでいるといつも思うのだけれど、村上春樹はどこでそんなに批判されているのだろう。それは初期のころの話なんだろうか。毎年10月になるとノーベル賞云々と新聞にも出るし、河合隼雄さんとも小澤征爾さんとも付き合いがあるし、何よりも出す本出す本ベストセラーだし、批判する人間がいるとしたらそれは単なるひがみ根性ではないのかと思ってしまう。心に響いた話二つ。「ノートをいつも持ち歩くのも面倒ですし、いったん文字にしてしまうと、それで安心してそのまま忘れてしまうということがよくあるからです。頭の中にいろんなことをそのまま放り込んでおくと、消えるべきものは消え、残るべきものは残ります。僕はそういう記憶の自然淘汰みたいなものを好むわけです。」「もし全員を楽しませられないのなら自分で楽しむしかないじゃないか」驚いた話。「沙羅がそう言うまで、多崎つくるがその四人に会いに行くことになるなんて考えもしませんでした。」本当かよ、と思ってしまうけど、きっと本当なんだろう。笑った話二つ。読者からの手紙。「新しく出た村上さんの本を読んでがっかりしました。残念ながら私はこの本があまり好きではありません。しかし、次の本は絶対買います。がんばってください。」河合先生との思い出の中から。「うちの家内は河合先生のファンで、先生の書かれた本を熱心に読んでいたみたいですが、うちの夫婦の本棚というのはくっきり二つに分かれていて、内容もぜんぜん違いますし、昔の東西ベルリンみたいにまったく行き来がありません。ですから彼女が河合先生の本をそんなに読んでいるなんて、そのときまでまったく知りませんでした。」
0投稿日: 2016.10.06
powered by ブクログいや~、面白かったです。一番好きって訳ではないけど、でも重要作品が多いこともあって、その著作は結構な割合で読んでいる作家が、創作活動について語った作品。とりあえず、森博嗣とは向き合い方が全然違うんな、と(笑)。自身も書いている通り、どんなやり方が正しいとかいうことじゃないんでしょうが、心象的に、ここまで苦労した末に出来上がった作品の肩を持ちたくなりますよね。個々の作家に合った方法で、ちゃんと読者に届くものを仕上げてもらえるなら、受け手の側としては過程はどのようでも結構、とは思いつつも、こうやってその実際を開示されると、実に興味深い内容が盛り沢山でした。とりあえず、僕も走ろうと思いました。
0投稿日: 2016.10.05
powered by ブクログこのようにして村上春樹がある.ということがわかる.真摯で妥協しない,媚びないところなど,どこか職人としてのあり方に近いような気もする.
0投稿日: 2016.10.05
powered by ブクログ柴田元幸が編集するムックMONKEYに連載されていた春樹のエッセイ。文庫になりました。長年、春樹を読んでいる身としては書かれている内容はむかし村上朝日堂に書かれているエピソードとかぶっていることも多くあまり目新しいことも無いが、いまさら朝日堂が再開されるわけでもないし、晩年の気楽なエッセイか。初期の春樹は自分の少年性を全面に出していたが、年々作品を世に出すたびに若い読者も獲得し、翻訳も世界中で読まれ、ずいぶん成功した国民的作家となってしまった。 春樹がデビューして間もない頃に芥川賞の候補からはずれたこと、そもそも日本の文壇から最初から距離をおいていることも既に今まで春樹によって語られていることではあるが、おそらく長編小説『1Q84』によって「若い女性」による「書き換えられた作品」で「芥川賞を狙う編集者」が描かれることで(揶揄することによって)春樹のわだかまりは昇華されたことだろう。……というようなことはこの本には書いてありません。そういうことを長年の読者が想像して楽しむ本かもしれない。 賞なんてどうでもいいアピールは毎年話題になるノーベル文学賞の騒動に対する布石でもあるか。
3投稿日: 2016.09.28
