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僕は、そして僕たちはどう生きるか
僕は、そして僕たちはどう生きるか
梨木香歩/理論社
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総合評価

197件)
4.2
77
53
30
7
1
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    ひとりでいること、ゆるやかに繋がること。人生を歩んでいく中で、大切なこと。静かで懐かしいような物語の中で、ゆっくり、噛んで含めるように分かっていく。

    0
    投稿日: 2012.06.11
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    「群れが大きく激しく動く その一瞬前にも 自分を保っているために」扉のこの言葉が印象的でした。14歳の中学生通称コペルくん。ひょんなことからおじさんと一緒に不登校中のユージンの家にいくことになる。裏庭が森のような広い敷地にひとりで暮らすユージン。そこへいとこのショウコがやってきて、実は森に人をかくまわせてもらっていると言い出す…。読み易いけれどテーマは重い。不登校、自然破壊、性的暴力、、いろいろあるけれど一番のテーマは「集団の中での人間」ということだと思います。戦時中の日本の兵役やヒットラー・ユーゲントなどが取り上げられ、コペル君が自分自身も周りに流される人間の一人だと気が付き愕然とするシーンに共感しました。読み易いだけにさらっと読んでしまい色々なものがぐるぐるしています。私もコペル君やユージンのように少し立ち止まって考えてみたくなりました。吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」を再読してみたいです。

    0
    投稿日: 2012.06.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    皆川博子の『死の泉』を思い出し、梨木香歩『春になったら苺を摘みに』に出てくるおじいさんとの会話が結実したことを見た。 だが、正直この本から梨木さんを知った読者がこの後彼女の本を手に取るかどうかは甚だ疑問だ。 若いうちに色々読んでもらいたいとは思うけれども中学生の間に読んでおくべき本なのかどうかもこれまた疑問。 『隠者』がペット同伴で隠棲しているのもどうなのかなぁ、と。 いや、語り合う相手は必要なんだけどね。 最後の締めくくりはとても梨木さんらしくて好ましいのだが。 うーん、これは、どうなんだ??

    0
    投稿日: 2012.06.02
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    あー。これはちょっとだめだ。いくら梨木香歩さんでもだめだ。ジャンルがYAだったので手にとったけど、どうしちゃったんだろ。他の方が書いてましたけど、道徳の本でも目指してるの? って言葉にすごい頷ける。レイプとかAVとか不登校とか命の授業とか、なんか全部詰め込みすぎ。

    2
    投稿日: 2012.05.24
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    梨木さんらしい…と思った。 非常に大切な、わたし自身とても興味深いテーマが取り上げられているんだけど、もう少しユーモアを盛り込みつつ書かれているといいな、というか。 真面目すぎる、のかな。それがこの方の個性なのだけど。 普通って何なのか。大勢側が「普通」となりがちな日本。そこから外れるのはとても危険なこと。 しかし大勢で誰か一人を傷つけてもよいのか。 P227より。 「あのとき、僕らが「つぶした」のは、単なるニワトリ一羽だけじゃない。ユージンの「心」もいっしょに「つぶした」--これは、ショウコのお母さんが言っていた、「魂の殺人」とほとんど同じじゃないのか。 一人の個性を無理やり大人数に合わせようとする。数をかさにきて、一人の個性をつぶそうとする。しかも表向き、みんなになじませようとしているんだ、という親切を装って。 こういうのって、つまり、全体主義の「初めの一歩」なんだろう。けれど、だからといって、じゃあ大人数がいけないのかというと、それも話が違う。ある種の「たくましさ」や群れでやっていく能力--協調性とか、思いやりとか--は、そういう「大人数」の中でしか、獲得できないから。ことは本当にデリケートなんだ。」 主人公コペル君は、自身の裏切り行為--ユージンのニワトリ、コッコちゃんを殺して食べることに反対しなかった--、それによって親友を裏切り傷つけた自分に気づき、考え続ける。 戦争で「お国のために」という風潮が高まったときそれに異を唱えることができるか。 戦時でない今、軍国主義を笑っていても、いざその状況となったとき、自分はそうしていられる人間なのか、と。 しかしまあ自然や環境、ジェンダー、戦争、学校教育、性…等々、テーマが盛りだくさんでございます。 ところでマントルピースって何かと思ったよ。大理石のマントルピースで、そこにオニユリが入ってる…って、まったく意味不明で(笑) yahoo辞書より→暖炉の焚(た)き口の上部、周辺に設けられる装飾をいう、とのこと。 固有名詞でわかんなかったのはこの言葉くらいだけど、梨木さんは語彙が豊富でね…難しい言葉がたくさん出てきます。

    0
    投稿日: 2012.05.19
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    考えることを放棄したらだめだということ。 自分の魂を殺してはならないということ。 傷つけられそうになったら、まずは自分が自分のことを守らなくてはいけない。 自分の身に起きていることに重ねて、色々と考えさせられた。

    0
    投稿日: 2012.05.02
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    じんわりと、いい。 折良くというか、映画「ブタがいた教室」をみるちょっと前に読んだのだけど、ペットの鶏を先生が授業の教材にしてしまう、という話がでてきて、それに関わった子どもたちが、適切な言語表現を持たない故に悩んだり流されたりする様がリアルだった。

    0
    投稿日: 2012.04.30
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    ドッキリがイヤな感じに受け取れること、「普通」という言葉の怖さ、群れにいられないこと、魂が殺されること・・・・・色々な(できれば向き合いたくないような重い)ことが詰め込まれていました。 子供の頃から群れが苦手で、個になりたがった自分を思い出しました。 それでも、個ではずっとは生きていけないとも分かってきて、苦しかったこと。 小学生か中学生の時に出会いたかった本です。 初めは☆5つつけていたのですが、読後なんともいえないもやもやとするものが心にある(言葉で言い表せない)ので、☆1つ減らしました。

    0
    投稿日: 2012.04.26
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    仲良くしようとか協調性を持ってとかって、自分勝手にしないって言う意味合いが強い感じがする。けど、本当の仲良しって、温かい絆で繋がってる、いい加減な集団なんだってこの本は教えてくれてる。 梨木さん大好きです。

    0
    投稿日: 2012.04.24
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    普通や集団には縛られたくない。 けどそれって結構難しかったり、時には勇気がいたりする事なんかな? 魂を殺して生きるなんてまっぴらごめんだ。

    0
    投稿日: 2012.04.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

     コペル君 14歳  国籍=日本人  種=ヒト  どうでもいい疑問だけれど、カバーの表紙の折り返しの部分に印刷されているこの三行は、カバーを取ったとしても問題ないのかな。表紙にも印刷されてる?わたしが読んだのは図書館の本で、表紙はブッカーで保護されてたからちょっと気になってしまった。  さて。一番最後の文について。「やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。」このくだりを、わたしは既に別の場所で引用されているのを見ていたせいで知っていたんだけど、そして、引用で見た時はたいした感慨もなく流してしまっていたんだけど、コペルの視点で一緒に文章を追ってきて、その結果、この文に行き着いてみると、胸にすとんと落ちてきて、あぁそうか、そうだな、と思わずにはいられなかった。考え続けるってすごく気力がいることで、だから、14歳のコペルが「考え続けて、生きていく。」って決心したみたいには、情けないけどわたしは決められない。たぶん、これからもそうだと思う。考えることを放棄する時間の方が長いくらいかも。すぐ泣くしね。それでも、考えるってことをしないでは生きて行くことができないのも本当だ。だって、少なくともわたしは、何も考えないでは生きては行かれないから。思考しないわけにはいかないんだ。思考することを強要されているか否かは全く関係ない。考えたくないことであっても、考えないでいいことであっても、考えてしまうときには考えてしまうのだから。  「思考」以外にも、ひっかかるモチーフはいくつかあった。「戦争」「集団」あたりは、せっかく出会っても(=考える機会を得たとしても)自分の思考が浅すぎて、言葉を知らなさすぎて、いつも考えを文にまとめることが出来ないまま、与えられた他者の考え方に流されていくばかりのモチーフだ。…だからこそ、コペルみたいに考えることを続けていかなきゃいけないんだろうな、本当は。同時に、今の私はまだ、考える、ことができる段階に至っていないのかもしれないとも思う。「戦争」「集団」というモチーフからは、感じることが多い。感じたソレを考えて、言葉に代えて、発していけるようになれれば良いのだけれど、たぶん、それはまだまだ先のことなんだろうなあ。もしくは、そんな日は来ないのかも。これはネガティブに推測しているわけじゃなくて、物事を捉えるということに関するわたしのスタンスなのかもしれない。伝える努力を怠ることは悪だという人も居るかもしれないけれど、わたしは、感じたことを必ずしも言葉に代えることができなかったとしても気にしない。感じたソレが、自分の思考を感情を肉体を精神を形成する根幹的な部分で感じ取ったものだったとしたらなおのこと。無理に言葉にして伝えるより、目を閉じて、もっと深く感じて、感じたそれを自分の一部に変えた方が良いと思うから。感じとったコトたちは、作られた言葉で言い換えられたモノたちよりずっと明瞭な光を宿して在り続けているから。  そんな漠然としたことを感じた本でした。成長したら読み返したいと思う一冊でもあるかな。  表紙の椅子の意味も納得。ここが、わたしの、席。でも、一生そこに座ってなきゃいけないってわけでもない。そんな流動的な感じが、学校の椅子と上手く重なっている。

    0
    投稿日: 2012.04.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今この時期に読むからこそ、いろんなことが頭をよぎる。 たとえば、こんなところ。  日本人は「普通」という言葉に弱い。普通イコールみんな、ってなっちゃう。「だって、普通、そうでしょう」、みたいなことを繰り返し言われると、どうしてだか人は弱気になるのだ。(p135)  「普通」という言葉が持ち出される場面の、うさんくささについても。いざとなったら「大勢の側」についていたいという、本能的な自己防衛機能が働くんだ。一人である、異端である、ってことはものすごい危険が伴う。勇気がいることなんだ。第二次世界大戦中、迫害されていたユダヤ人たちを助けた少数のドイツ人たちのように。自分の身にどういう危険が及ぶか分からない。だから人は、本能的に大勢の側につきたい、普通でありたい、みんなの仲間だと思われたい、と思うんだ。僕だってかつてそうだった。(p135)  人は、人を「実験」してはいけないんだ。(p143)  自分は何が好きで何が嫌いか。他人がどう言っているか、定評のある出版社が何を出しているか、部数の多い新聞がどう言っているか、じゃない、他ならぬ自分はどう感じているのか。  大勢が声を揃えて一つのことを言っているようなとき、少しでも違和感があったら、自分は何に引っ掛かっているのか、意識のライトを当てて明らかにする。自分が、足がかりにすべきはそこだ。自分基準(スタンダード)で「自分」をつくっていくんだ。  他人の「普通」はそこには関係ない。(p144)  それが国のやり方だ。国が本気でこうしたいと思ったら、もう、あれよあれよという間の出来事なんだ(p184)  人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動を取ったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどう生きるのか、って考えられるようになった。そしたら、次に、じゃあ、僕たちは、って考えられたんだ(p187)  一人の個性を無理やり大人数に合わせようとする。数をかさにきて、一人の個性をつぶそうとする。しかも表向き、みんなになじませようとしているんだ、という親切を装って。  こういうのって、つまり全体主義の「初めの一歩」なんだろう。(p227)  どんな相手だって、人種が違ったって、こうやって、マークとみたいに、仲良くなれる可能性があるんだ。そんな可能性のある相手に、銃は向けられない。殺すのも殺されるのもいやだ。それは、この国が大事だって気持ちと矛盾することじゃない。偉い人たちがどんなにそれらしいことを言ったって、僕のこの「いやだ」って気持ちは絶対にたしかなものだ。(p265)  無意識のうちに相手が閉めたドアなら、ノックして入っていこう、意識的に閉められたドアなら、入る必要もないドアなんだ、って思って先を歩こう(p269) そして一番残った言葉がこの二か所。  群れのために、滅私奉公というか、自分の命まで簡単に、道具のように投げだすことは、アリやハチでもやる。つまり、生物は、昆虫レベルでこそ、そういうこと、すごく得意なんだ。動物は、人間は、もっと進化した、「群れのため」にできる行動があるはずじゃないかって・・・(p189)  そう、人が生きるために、群れは必要だ。強制や糾弾のない、許しあえる、ゆるやかで温かい絆の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな「いい加減」の群れ。(p273)  やあ。  よかったら、ここにおいでよ。  気に入ったら、  ここが君の席だよ。

    0
    投稿日: 2012.04.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    すごいタイトルだなぁ。表紙も学校の椅子の写真で何だか真面目げ。でも中身はすごく読みやすい。中学生とか小学校高学年の課題図書になりそうな感じ。すごく良かった。こういうのを思春期に読みたかった。今、自分にこれだけの繊細さというか、人生を正面から捉える真面目さがあるのか、と思う。群れの中で生きること、群れを離れて考えること。私は本に逃げるばかりで、考えることをしていないのでは。自分のことを考え、その後『僕たち』のことを考えるなんてできるだろうか。ユージンのコッコちゃんの話は切なかった。こういう教師っている。ステレオタイプだけど。そして私もついていけないタイプ。でも優等生だし、多勢に流れるタイプ。それはもう、コペル君以上だ。しかし、コペルもユージンもショウコも、周りにいい大人がたくさんいて、幸せだと思う。また読みたい作品。 今、ほかの人のレビューを読んで、インジャの話が実話を元にしているようだ、というのが分かって衝撃を受けた。しかも調べたら地元の図書館にも入っているではないか。なんてことだ。予約した。 --------------------------------------------- 2024.11.5 再読。先日読んだ本で自分たちの活動が本になった、取材とかはなかったけど、というのを読んだので。確かにインジャの部分はそうだけど、それ以外の主張もあるからな。コペル君の母のようにジェンダーフリーな大人になりたいものだ。コッコちゃんのこともちゃんととらえてたし。ほんともっと大勢に読んでほしいけどなー。

    0
    投稿日: 2012.04.04
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    こんどの「ブックマーク」に、この本のことを書いている人が2人いて、私も借りてきて読んでみた。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を下敷きにした作品らしいことは、タイトルと、ぱらっとめくって出てくる「コペル」でわかる。この本で「コペル」とよばれているのは、「僕」。 この小説は、時々ノートに向かっていろいろなことを書きつける僕=コペルが、「あの日のこと、そしてその後分かったこと等、一連の、僕の人生に重大な影響を与えたと確信している出来事」を書いたもの、というかたちをとっている。 母がやや遠方の大学に赴任してそこの職員宿舎に入り、体調を狂わせがちな母を気遣って父もそちらにいることが多くなり、14歳のコペルは、いま一人暮らしだ。こないだ読んだ『青いリボン』で出てきた高2の依子は、やはり両親が家を離れる機会に、一人暮らしではなく、友だちの家の居候になってたなと思い出したりする。 吉野源三郎のコペル君の話は何度か読んだことがあるけど、どんな話やったっけなーと思いながら、読んでいって、本の中ほどで、かなりびっくりする。「インジャの身の上に起こったこと」。これって、この小説では「世の中、セックスと関係なく生きていくことはできない」というタイトルをつけてあるが、理論社がよりみちパン!セで出してた、あの本のことでしょう。 私はあの本を読んだことがあって、理論社問題というのも知って、それでまた読みなおしてみたりもしたけれど、何がどうよくないのか、どうもぴんとこなかった。「回収・絶版」運動の側の文章も取り寄せて読んでみたけれど、あまり説得されなかった。 が、この「インジャの身の上に起こったこと」を読んで、むむむという気にはなった。また両者とも、読んでみるかと思った。 事情を知った僕は、こんなことを書く。 ▼自分は何が好きで何が嫌いか。他人がどう言っているか、定評のある出版社が何を出しているか、部数の多い新聞がどう言っているか、じゃない、他ならぬ自分はどう感じているのか。(p.143) そして、物語の終盤にいたって、もういちどびっくりした。コペルの友人、ユージンが学校へ行かなくなったきっかけのこと。「あれよあれよという間に事が決まっていく」その勢いに流されたというユージンは、自分は群れから離れて考える必要があった、と言う。 そのユージンの話を聞いて、コペルは絶望的な気分になる。 ▼僕にはもう自信がなかった。  自分が、いざとなったら親友さえ裏切って大勢の側につく人間なんだと思うと。  戦時中ナチスに逆らって、ユダヤ人たちを匿った人々や彼等を逃がした人々の記事を読んだときのことを思い出した。感動して勇気が出て、そういう人たちがいたことを同じ人間として誇らしくも嬉しくも思ったりしたものだった。当然、自分もそういう人間の一人なんだと無意識に思っていた。  でも、僕にはもう、そういう無邪気な確信が持てない。(p.243) コペルが「百パーセントの勝ちはなくても、最後の最後まで、諦めない戦い方」や、「人が生きるために、群れは必要だ」とゆるやかで加減のいい群れについて語るところで物語は終わる。 ちょっとアタマでっかちな気もしなくはなかったけど、確かに問題作ではあった。 (2/26了)

    1
    投稿日: 2012.03.10
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    学園もの?と思ってなかなか手に取らなかった作品。読んでみたら思っていなかった展開だった。 言葉巧みな権力者にいつの間にか飲み込まれてしまい、取り返しがつかなくなっている恐ろしさ。違うことに違うと示す勇気が持てるだろうか?コペル君の痛恨はそのまま読者にも突きつけられてくる。 最後の、人種や性別、年齢、などの違ういろんな人々が一つの焚き火を囲むプリミティブな風景が圧巻。人は独りだけれど群れなくては生きていけない。心地よい穏やかな群れをどうやって作り守っていくのか。これからを生きる若い人ばかりでなく年配者にも読んでほしい作品だと思った。

    1
    投稿日: 2012.03.09
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    家族、学校、友達、幾度となく様々に取り上げられてきたこれらのテーマに、今回著者は真正面に向き合いひたひたと書きあげたのだろう、ということが伝わってくる。彼女の著作の中に、性についてきちんと書かれているものはめずらしく、しかしその問題への語りかけも実に彼女らしくシンプルで良い。考えること、それは穏やかでゆったりとした方面へと人物たちを誘っていく。

    1
    投稿日: 2012.02.20
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    やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。コペル君14歳、考える。春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。そこから思いもよらぬ一日がはじまり…。少年の日の感情と思考を描く青春小説。

    0
    投稿日: 2012.02.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ユージンの身に起こったことを知ったコペルの動揺が苦しい。 等身大の自分、見たくないので無意識に見ないようにしていた自分、それが写ったカラー写真を、不意打ちで差し出されたみたいなあの瞬間。 インジャとの短いコンタクトの後、ショウコに真上からコンクリートブロックを落とされて(もちろん比喩だけど)、そこで生じたコペルの気持の移ろいの描写が、とても興味深い。 「トロくて、小心者で裏切り者の、どうしようもない人間なんだ」という言葉が含んでいたのは、ただその言葉と同等の重みと意味だけで、開き直りや、卑下や、安堵といった余計な成分はなかった。 言葉は良くも悪くも、それ以外のものを内包して伝えることが出来てしまうので、これはとても稀有なことだったろう。 その不思議な感覚が、少ない言葉でうまく表現されていると思った。 それから、これは、とても大切なこと。 この本を読み終えたとき、目からひとつ、とてもおおきなうろこが取れた。 私が、「集団」を大嫌いなのは、「集団」が、なにか自分の意に染まないことを強制してくる(気がする)からだって知った。 「集団」そのものが意思を持っているかのように、「右へ倣え」「前へ倣え」と声高に叫ぶのが、倣えない者はヒステリックに糾弾されるのが、とても怖くて厭だったんだってわかった。 中学生くらいまでは、自分は「ストレンジャー」だった。 「ストレンジャー」になるだけの理由が、(自分ではわからなくても)あったのかもしれないし、 表立っていじめを受けたことは一度しかないし(しかもいじめてくるグループ以外に優しく賢い友人たちがいた)、 トラウマになるほどの「異物扱い」じゃないと思ってた。 でも、やっぱり、怖かったんだと思う。 いつ、この群れから拒絶されるのかって。 だから少しずつ社交を覚えて、だけど群れにはなるべく属さないようにしてきた。 とっても楽になったと思っていた。 でも最近、「みんなでわいわい」してる様子を目にする機会が多くなって、そのわいわいぶりがあんまりにも楽しそうで、そこに入っていけない自分がちょっとつらくて、なんか考え込むことがしばしばあった。 群れないことが肝要だと思っていたのに、群れに入りたい自分がいて、なんだか自分のことがよくわからなかった。 でも、わかった。 やっぱり人には群れが、「いい加減」の群れが必要なんだね。 みんながみんな同じ事を考えなきゃいけない、そんな怖い群れじゃなくて、別々の、ばらばらの、ぜんぜん違う人たちの集う群れが。 だって、楽しいことをするときは、みんなで楽しむほうが、うれしい。 悲しいときやつらい時は、みんなでそっと寄り添うほうが、安心する。 これからは、そういう気持から湧き上がる「群れたい」に、ストップをかけないで、恥ずかしがらないで、行こうと思う。 なんか支離滅裂だし、個人的すぎる感想だし、文も下手だけど、そんな感じ。

    0
    投稿日: 2012.02.16
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    読んだ後、思うのはひとつ。 これからを、どう生きていくか。 考え続けることは、決してやめたくはない。

    0
    投稿日: 2012.02.06
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    読み口さわやか。 コペル君という名前が良い。 じっくり読みたい小説。 精神的に疲れてないときに読み直そう。

    1
    投稿日: 2012.02.04
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    タイトルと主人公の名前は長く読み継がれてきた本、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」からつけられたものです。思慮深く、優しく、どこか愛される14歳のコペル君が目の前の友だちとの関係やこれまで気づかなかった社会のしくみや人の心の問題と向き合い、おじさんや友だち、出会った人たちから影響を受けながら自分で考えていく、哲学することを小説したような物語。森の中を歩くように考える一冊。

    1
    投稿日: 2012.01.13
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    これはムーミンの世界観と一緒だ… 種族や考え方は違っても、それぞれの生き方を尊重し、たまにはぶつかったり、時には一緒に遊んだり、でも一人の時間も大切。 タイトルでピンとくる人がいるかも知れませんが、この本は吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)を踏まえて書かれています。主人公の名前(あだ名)も同じコペル君。 コペル君が自分をユダヤ人を迫害したかつてのドイツ人のように、周りの価値観に染められ、自分の意識すら誤魔化すほどずる賢い、「大勢」の中の一人ではないのか、裏切り者ではないのか? と悩むところはすごく共感できました。群れの中で異質であることは悪いことでも欠陥品でもない。「…傷ついていないふりをしているのはかっこいいことでも強いことでもないよ。あんたが踏んでんのは私の足で、痛いんだ、早く外してくれ、って言わなきゃ」というショウコのセリフが心に響きました。

    1
    投稿日: 2012.01.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    帯に書いている言葉のひとつに 「コペル君 14歳 考える」とあって 読み終わって、わたしも「考える」 町の中にある幼なじみユージンは ひとり大きな敷地の古い家に住んでいて その家での1日の出来事なのだけど 今日は明日の過去であるように、 その1日にその場にいた人たちの過去があってこそ 偶然か必然か一緒にいることになったのでしょう ”ホトトギスがテッペンカケタカ、 と近くのどこか、高い木の梢で叫んだ。 え?と思うけど、この小説の世界にさらにぐっと引き込まれる 圧倒される、だけど小さな自然の緑や虫の世界と 一人でいること、群れていること、両方の大切さと必然が 胸の奥に深く深く落ちていく感じ この小説を読んでいた時間がとても愛おしく幸せだとしみじみ思う

    0
    投稿日: 2012.01.08
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    内容と関係ないけど、表紙のセンスが悪いと思う 梨木香歩さんの作品の中では久しぶりに、賢くない私でも楽しめる話でした。 人と人の絆、群れで生きるということをテーマにした話。主人公が少年なので読みやすいです。 最後の三行がすごくいいメッセージになっていて、西の魔女が死んだやエンジェルエンジェルエンジェルを思い出しました。 読みやすいけど、しっかりしたテーマがあって考えさせられて、すごくいい作品

    0
    投稿日: 2011.12.22
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    一気に読み終わった。 たくさん内容があって整理しきれてない( ; ; ) 集団と個人の生き方。 人は集団なしでは生きられないけれど、 時には集団が個人の生き方や考え方を殺してしまうこともある。 無意識に。 「魂を殺す」って表現も印象に残った。

    0
    投稿日: 2011.12.19
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    やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。 コペル君14歳、考える。春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。そこから思いもよらぬ一日がはじまり……。少年の日の感情と思考を描く青春小説。

    0
    投稿日: 2011.12.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中学生が主人公でありながら、テーマが重い。 大人に傷つけれた子どもたち。親友の肩を持つことができなかった主人公。それでも本のタイトルにあるように、これから「僕は、そして僕たちはどう生きるか」と考えなければいけない。 いろんなことがあった、たった一日の話だけれど、丁寧に描かれている。

    0
    投稿日: 2011.12.09
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    おもしろかったなー。哲学が好きな人におすすめ。 個人としてどう生きるか?それを踏まえてさあ、全体としてどう生きるか。全体の流れのために個を無視していいものか?個のために全体を乱していいものか?…なんてのは、本書を読んだ私の感想なのだけど、人の生き方というものを考え直すことになる作品だった。 大衆の側にか、はたまたはぐれてしまった独りにか、読者は必ず、何か覚えのあるシチュエーションを頭に浮かべると思う。その時の自分の行動は、今客観的に見て、肯定できるだろうか… 私は多分コペルタイプ。(もっと鈍いかも) 私は割と全体主義な考えに寄りがちなのだけど、それってただ楽をしたいだけだよなぁ…。改めて気付いてしまう。 ところでショウコはまいの友達の、あのショウコらしいですよ。

    0
    投稿日: 2011.12.03
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    伝えたいことがはっきりと伝わってくる。 すごくメッセージ性が強いけれど、キャラクターがあまりに出来すぎていて、物語として入り込めなかった。

    0
    投稿日: 2011.11.25
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    一人ひとりの悪意が悪意の形をしているとは限らない、悪意と認識されているとも限らない。 直前に、瀬尾まいこさんの「温室デイズ」を読んでいて、正直、強く生きることが悪意への立ち向かい方だというのは切なすぎると感じていたから、梨木さんのこの作品を読んで更に息苦しくなった。 コッコちゃんに起きた出来事の醜悪さは、インジャが遭遇した出来事の醜悪さを超える。 前者の出来事に関わった人々が、自らの醜悪さに気づくことがないであろうことも、そして何よりも「自分」がその場にいたら、醜悪な行動をとりそうな恐れが苦しさを作りだす。 テーマは難しくて、そういう意味でも 「泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」は心に染みた。

    0
    投稿日: 2011.11.20
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    久しぶりに梨木さんの作品を読みました。やはり、いいです。この、心の機微の描写の美しさは素晴らしいです。一連の彼女の作品の中に流れている小川(僕の表現ではこういう感じ)がやはり、ここでもながれています。 14歳男の子のとある1日の話。 「そう、人が生きるために群れは必要だ。強制や糾弾のない、許し合える、ゆるやかで温かい絆の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな「いい加減」の群れ。

    1
    投稿日: 2011.11.14
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    作者の植物に関する豊かな知識をそのまま有した中学生の男の子コペル君。山奥での穏やかな一日を描いたものかと思いきや、中盤突如出てくる重い内容。とても中学生とは思えぬ冷静・明晰さでそれを受け止めるコペル君。 穏やかな日常の会話と、戦争時や現代における集団・群れに関してどう思うかとの意見交換が交互に出てきて、すごく疲れた・・・。 穏やかには読めないし、すらすらも読めない。 意外に、社会派・・・。ちょっと、今の私には合わなかった・・・。

    0
    投稿日: 2011.11.13
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    梨木 香歩   理論社 (2011/04) 題名からエッセイかと思って読み始めた 吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」のような 梨木 香歩 さんの森の描写がものすごく好きだ だけど これは ちょっといつもの作品と趣が違い 著者の主張がはっきりとでている 青春小説とあり 中学生向けともあるが 果たして 読みこなせるのかな 文は平易だけれど 大人にも厳しいテーマばかり 対立した考え・風潮の中で自分を保つこと 難しいです ≪ 泣かないで 考えること とまるから ≫

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    投稿日: 2011.11.09
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    +++ やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。コペル君14歳、考える。春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。そこから思いもよらぬ一日がはじまり…。少年の日の感情と思考を描く青春小説。 +++ 大人も、少年も少女も、出てくる人々の誰もが自分に正直で――あるいは正直であろうとして――、自分たちが生きている世界と自分自身のことを考えて、考えて、考えている。そして悔やんだり、悲しんだり、自分を嫌いになったり、喜んだり、満たされたり、さまざまな感情に翻弄され包まれている。無秩序で有無を言わさぬ開発という名の破壊に抵抗しながら亡くなったユージンのおばあちゃんの庭の野放図のように見える植生のなかで描かれることによって、繁っていこうとする年頃の少年たちの心の柔軟さが際立つように思われる。自分の頭と心で考えることの大切さが深く伝わってくる一冊である。

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    投稿日: 2011.11.08
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    私にもし子供がいたら読ませたい本だなあとしみじみと思った。うすぼんやりと思っていることをかたちにするのが本当に上手な作家さんです。 タイトルの印象とは裏腹にコペル君やノボちゃんなどのキャラクターが鮮やかだったので、牧歌的な内容なんだなと思いかけたらそんなわけはなかった(笑) タイトル通りに考えさせられる内容です。14歳のユージン、コペル、ショウコ、インジャが直面する現実が本当につらい。親だけではない素敵な大人が周囲にいることが救いかなあ。

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    投稿日: 2011.11.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    コペル君、14歳、大学で教鞭をとる母や取材と称して旅に出て行ったり、家で主夫をする父のもとに育ち、古い書物(戦中の少年もの)も好んで読み、大人顔負けの難しい言葉遣いがさらりと日常会話にでてきちゃう普通の少年。 染織家で自由人的な叔父のノボちゃんと、愛犬ブラキ氏とともに、2年ぶりに幼なじみの友人・ユージンの家を訪ねた。 ユージンは広大で奇跡のように自然あふれる敷地に、日本家屋に一人で住んでいる。ある時から学校には行かなくなり、親友だったコペルとも距離をとってきたので、会うのは久しぶりだ。 ユージンの従姉妹、ショウコもやって来て、ヨモギを取った後、山菜などで昼ご飯を作ることとなった。会わなくなって2年、コペルとユージンは自然の中で少しづつ距離を縮めてゆく。ショウコの友人のインジャ(隠者)の存在、ユージンが学校に行かなくなった理由、オーストラリアからの留学生マークの訪問、ユージンのおばあさんが自然を守ろうと土地開発に反対運動をしていたこと、戦争のこと、集団心理で、大多数の意見と自分の気持ちとのギャップをどうするのか、しないのか、 僕は、僕たちはどう生きるか なんかてんこ盛りにいろんな課題を詰め込まれた感が・・・。 そして、こんな子たち、普通には なかなかいない! (ショウコはガールスカウトをやっていた設定は、ボーイスカウトらしい。きちんと調べて書く梨木香歩さんにしてはめずらしい) 中学生〜

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    投稿日: 2011.11.05
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    難しくはないけれど読みにくい本だし、リアリティがあるわけでもない。 でも、人になじめない人間として、シンパシィを感じる部分がたくさんあった。 人を否定的に描いた描写が少ないから、みんなそれぞれ思うことがあっていいんだなと思えるのかもしれない。

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    投稿日: 2011.10.31
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    自然の中で暮らす情景描写が、読んでいてとても心地が良かった。登場人物も、それぞれの距離感も居心地が良く、みんなに紛れて一緒の時間を共有しているみたいだった。 人間、群れの中で個として生きるには考える時間が必要。ただ群れの中にいるということは、ただ流されていくということ。個人の確立には、よくよくよく、考えること。 そして自分で自分の結果を見つけること。 見つけた結果が正解とは限らないし、そもそも見つかるかもわからない。とにかく大切なのは、考えることなんだろう。

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    投稿日: 2011.10.27
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    この本の題名を知って、先ず思ったことは二つ。吉野源三郎の名作「君たちはどう生きるか」をちゃんとリスペクトしているか。もししていたならば、現代の課題に応えているか。 結果は二つともマルだった。主人公はおじさんがつけたあだなの14歳のコペルくんである。それでもう一番目の答は十分。二番目については以下に述べる。 梨木さんらしく、ガーデニングの薀蓄はたっぷり出てくるし、登場人物はちょっと14歳にしては大人びすぎているが、後半辺りからそんなことはどうでもよくなる。 僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化すほど、ずる賢いからだ。 「いじめ」の問題から、「全体主義」の問題まで通じるような「問いかけ」が、このコペル君の痛切の呟きの中に含まれている。 この小さな本の中に、性の商品化も、命の価値も、自然保護の問題も、良心的懲役拒否の問題も、言葉の両義性の問題も、ジェンダーの問題も、忍び寄る軍靴の響きの問題も、大きく小さく「問いかけ」られている。 「……泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」コペル君は決意する。 戦時中に、徴兵拒否で洞穴に隠れて暮らしていた人がいた。その人が当時を振り返って言うのである。 ずっと考えていた。 「僕は、そして僕たちはどう生きるか」 「戦時中だったからね、自分の生き方を考えるということは、戦争のことを考える、ってことと切り離せなかったんだね。でも人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動をとったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどう生きるのか、って考えられるようになった。そしたら、次ぎに、じゃあ、僕たちは、って考えられたんだ」 平成の時代に相応しい中学生、高校生向け「問いかけ」本が生まれた。今年の四月に刊行されたばかり。これからじわりと読まれていくだろう。もちろん大人にも。

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    投稿日: 2011.10.26
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    梨木香歩、素晴らしいです。この現実ではまどろっこしい人間のやりとりを的確に、明晰に描き出すその力。そして考え抜かれ、選ばれただろうと思わせるテーマたち。読み進めながら、「残りのページ数でこれだけの素材が消化出来るのか!」と思いましたが、心の底から満足な読書体験でした。

    1
    投稿日: 2011.10.26
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    子どものころ、こんなに世界を難しく考えることはできていただろうか。 世界への違和を、深くとらえていただろうか。 【熊本学園大学:P.N.ぶつのぞう】

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    投稿日: 2011.10.14
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    グイグイと惹き付けられ、一気に読破しました。実際には無理なのですが、中高生の頃に出逢いたかった作品ですね。 群れで生きることの危うさ、しかし群れで生きていくことの必要さ。群れから離れて、ひとり考える時間の意味。キズを負いながらも、キズをも自分として生きること。ひとつひとつ余りにも難しい課題です。その答えを押し付ける訳でなく、問題を煽る訳でなく、淡々とそしてゆったりと語られることにより、考える余白を与えられた気がします。そして物語自体も、これからどうするのか余白を残して幕を降ろします。そう、だからこそ中高生の頃に読みたかったんですね。

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    投稿日: 2011.10.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    良い作品だと思います。 ★4でもいい気がしますが、文章中のあってはならないことが赤裸々に書かれていたので少々、残念です。 そこまで書かなくても良いのでは・・・。

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    投稿日: 2011.10.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    梨木さん、はまりました〰 とても良かった。 若い頃、高校生くらいの頃に、この本に出会えてると、人生変わってたかもと思う。 でも、その頃にはこの本の良さをわかることができなかったかな? たった一日の間に、いろいろなことが起こり、そして、いろいろなことを深く深く考える。 登場人物は コぺル14歳、親友?ユージン、ユージンのいとこのショウコ、コぺルの伯父ののぼちゃん、コぺルの飼い犬、ブラキ氏、そして隠者・・・。 若者達の、純粋で、そして繊細で傷つきやすい心の揺れがとても心地よく読めた。 若い時代に、こんなに深く考え、傷つき、そして人を思いやることができると、大人になってから、素晴らしい人間になれるだろうなと思った。 今の時代に圧倒的に不足しているだろう、人間の素敵な性質がたくさん描かれているように感じた。 素敵な本に会えてよかったよ〰 もう一回読もうっと

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    投稿日: 2011.10.09
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    物々しい題名の本なので背筋を伸ばして読まなくてはと思っていましたが、中学生が主人公でアウトドア知識満載の取っ付きやすい本でした。 とは言え、仕掛けが仕組んであり、知らず知らずの間に考えさせられます。 群がるって訳ではなく、群が必要なんですね。

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    投稿日: 2011.10.02
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    吉野源三郎の僕たちはどう生きるかも読もうと思った。 大多数に流されない生き方を、もっと自分がどうしたいのかってとこを判断できるように、知識をつけていきたい。

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    投稿日: 2011.09.28
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    この本を読んでいる途中で、スーザン・ソンタグの若い読者へのアドバイスの一文がぽっかり浮かんできました。「二度読む価値のない本は、読む価値はありません」・・・ この本は、今の私にとって間違いなく二度読む価値のある本です。 ここのところ、ずっと私の心に引っかかっている「人が集団になり暴走した時に、それを停める方法がないのか?」という問題について、この物語がこんなに力を持っていたなんて、読み始めたときには全く気付いていませんでした。 雑誌「ミセス」の連載コラム「不思議な羅針盤」の2009年1月号に「場の自然」として書かれていたコラムが、この物語に生まれ変わっていることに気づいた時の、驚き! これから、また読み返して、自分の知識の乏しさに呆れながら 梨木さんの思考の跡を辿っていこうと思う。

    3
    投稿日: 2011.09.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中学生のコペルは染色家の叔父さんノボちゃんとヨモギを貰いに久しぶりにユージンの家を訪れる。大きな農家だった広い敷地に学校へ行かず一人で暮らすユージンとガールスカウトの従兄弟のショウコと野草でご飯を作ることになり、大叔父さんの戦前の本が沢山ある屋根裏部屋へ・・・ ゆるやかで温かい絆の群れ、一人になることも離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる「いい加減」の群れ 「泣いたら、ダメだ。考え続けられなくなるから」

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    投稿日: 2011.09.24
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    中学生コペルが自分の考え方の大きな転機を迎えたある一日の物語。梨木さんの作品で男の子が主人公は初めてかも。戦争、性犯罪、学校で教師によって起こされた出来事が作中で語られています。特にインジャの巻き込まれた性犯罪の事件にはとにかく嫌悪しか感じないし、自分が同じ男であることに嫌気が差します。そして問われる集団の意味。最後の暖かい雰囲気を持った群れを作れる世の中であり続けてほしいです。

    0
    投稿日: 2011.09.20
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    こんなにも様々なことが起こっているこの世の中で、一体私はどれほどの覚悟を持って生きているのだろう? 日々流れてゆく何気ないものたちは、その一つ一つがとても大事なことかもしれない。 目に見えるもの、見えないもの。 潜んでいるもの、隙を狙っているもの。 たくさんの物事がいつだってうごめいていることを忘れてはいけない。 そして、自分の近くにいる温かい存在のことも忘れるわけにはいかない。

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    投稿日: 2011.09.13
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    私もどっきりカメラが嫌いだ。人のことをおとしいれて笑う、あの後ろ暗い感じの笑い。教室で、いじめがあったときに、くすくす笑いながら、「男子、やめなよー」っていうような嫌ぁな感じ。戦時中、徴兵制に異を唱え、一人洞穴の中で暮らした人の話が出てくる。洞穴の中で、「僕は、そして僕たちはどう生きるかについて、ずっと考えていた彼。集団から離れること、一人考えること。大事なことだと思うけれど、難しいことでもある。子供に「流される人間であってほしくない」と思うと同時に、「浮いてしまって攻撃されるになってほしくない」と思う私は矛盾していないか。私は、ニワトリのとき、ユージンをかばえるような人間だろうか。声を出すことができただろうか。小学生の頃なんて、やっぱり流されてしまっていただろうか。私がユージンだったとして、声をあげることができただろうか。正義のふりをしている人に、それは違うといえただろうか。そして、今も間違っていると声をはりあげることができるだろうか。まったくもって、自信がない。ただ、すくなくとも、人の気持ちもわからず、正義を振りかざす人間にはなりたくない。

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    投稿日: 2011.09.12
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    深いな~、それに「いい加減」の群れ。 うまいこというなー。 あとは「あれよあれよと事が運んでしまう」怖さ。 私も集団に流されがちなので気をつけないと。 いろいろ考えさせられる本でした。 あとちょっと気になったんだけど、 登校拒否の子が実は賢いっていう設定が多いなぁ。

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    投稿日: 2011.09.11
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    戦時下に徴兵を拒んで洞穴で過ごした男が数十年間考えていたのは、「僕は、そして僕たちは、どう生きるか」について、このことだけだった。 「でも人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動を取ったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどう生きていくのか、って考えられるようになった。」 人間は、特に日本人はまわりと同調して生きていく。確かにそう感じることは大学生になってから友達の発言でたまに感じるときがある。この前はこう言ってたのに今日はこの前と正反対の意見言ってるよ、みたいなこと。でも、私も他人のことを悪く言う権利はないと思う。私もその空気を壊してまで自分の意見を突き通すようなことをすることは無いから。その方が生きやすいから。でも、それでいいのかな。もっと確固たる自我を持って意見を言うべきなのかな。日本人は物事をはっきり言わないって言うけど外国人はどこまで自分の意見を突き通して、どこまでいったら妥協するのかな。 それから、著者がこっこちゃんを食べることを書いたのは、最近映画が公開された「ブタがいた教室」の影響もあるのかな。私たちは他の命をいただいて生きているわけだけど、こっこちゃんはユージにとってはペットであり、他の子にとっては初めて見るただの豚だった。授業の一環として生き物を殺して食べることの賛否両論があるわけだけだけど、私にその答えを容易に出すことはできないなぁ。 インジャが負った心の傷は経験したことのない人でしか分からないと思う。でも、実際世の中にはインジャと似た経験をした人はいるんだよな。世の中は私が思っているほど綺麗じゃなくて、汚い醜い部分もあるみたいだから、私もそういう物(者)を疑う目を持たなきゃなぁ。 そして、それでもやっぱり思うのは、人は人が必要ってこと。人に絶望したとしても人の愛がなきゃ人は生きられないよね。

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    投稿日: 2011.09.10
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    これは、読みながら、いろいろ考えました。 言葉で説明できなくても「何かおかしい」っていう感覚は大事にしたい。 そのものが持つ雰囲気にめくらまされて、底にある意図に気づかずにいることの怖さ。 などなど。 それから主人公が最後に思ったこと、すごく大切なこと。私もそうありたい、そうあるために考え続けたいって思いました。この歳でも。

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    投稿日: 2011.09.06
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    「魂が殺される」ようなひどい経験をしてしまった子供たち。コペル君やユージン達はどう生きていくのか。考えさせられた。

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    投稿日: 2011.09.04
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    14歳の少年の一人称で語られる。 みんなと同じように、同じ方向を向いて生きることに疑問を感じる人は、とてもたくさんいる。だから、人から離れ、一人で生きる人も、少なからずいる。便利な現代では、誰にも会わずに、誰とも会話をせずに、生活することは可能だ。けれども、一人で生きてい行くことが、本当にできるの?それは自然に反した姿ではないの?と作者は問いかける。 戦時中一人洞窟に隠れて出兵を免れた男、熱血な教師のお仕着せの果てに学校に行かなくなった少年、大人の甘言に騙されて心と身体に深い傷を負い一人にならざるを得なかった少女、生態系と自然保護、土中の分解者たち。 彼らの話をひとつひとつ進めながら、「人間はひとりで生きられない」という結論に達する。 群れの中で生きるのは、自分をしっかり持ち、信念がある者には生きにくいことがある。しかし、本当に確固たる自分を有する者は、そんな群れの中でも自分を見失うことはない。 という、お話。

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    投稿日: 2011.09.01
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    コペル君と呼ばれる14歳の少年が、小学6年生のある日から不登校となった同級生・ユージンの家を舞台に、人生について「生きる」ことについて考える、一日の出来事。 もってまわった言い回しをするコペルの語り口が気になるところもあったが、植物いっぱいの庭、不思議な古い家、染色を仕事とするおじさんなど、梨木ワールド健在。 それでいて、いまの若い世代が抱える問題をきっちり提起しつつ、押し付けがましくなく考えさせるようになっている。 子どもができたらボーイスカウトに入れたいと思っていたが、少し見方が変わった。 群れで生きること、そのことについて今こそ考えるときなのだと感じた。

    0
    投稿日: 2011.08.30
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    一読後、いろんな思いがグルグル渦巻いて落ち着かず、二読、三読(!)。決して出来のいい小説とは思わないが、これを支持せずしてなんとしょう。 あまりにもナマで、ストレート。小説としてどうかと思うのはそこだけど、こと本作に限ってはそれこそが強力な磁場の源となっている。「書かれなければならない」物語だけが持つ力を感じた。 まずは読者の多くがとまどい、一部の人は「よくぞ書いてくれた!」と喝采しただろう、ある作品への批判。私は「理論社問題」と名前までついている一連のことについて、恥ずかしながらまったく知らなかった。問題の本も立ち読みでパラパラしただけだが、そのとき感じたいやあな気持ちはよく覚えている。その本だけでなく「パン!セ」のシリーズには他にも同じような気持ちにさせるものがある。 それは、リベラルを標榜する人の一部に「人間性の解放」だとかいってポルノを持ち上げるむきがかなり以前からあって、それを思いださずにはいられないからだ。彼らのいう「人間」っていうのは「男」なんだよね。商品化と無縁でいられない状況の中でポルノがどういう役割を果たしているか、そこに関わる(関わらざるを得ない)女性達がどういう思いでいるかということを、ノーテンキに考えないか、わかっていてやっているか、いずれにせよ、優位な立場を振りかざしていることに変わりはなく、断じて許せない。 梨木さんが本作を理論社から出版するには、さぞ色々あっただろうと察するに余りある。まずはその気概に敬服するが、批判の内容も実に鋭い。「普通」を装って近寄ってくる黒々としたものに敏感でいなくてはとあらためて思う。 そしてメインテーマである「群れのなかの僕」。戦争という大きな渦の中で人はどう生きるかという問題が通奏低音として響いている。そして、もっとも共感するのは、この日常においてこそ私たちの姿勢は常に問われているのだ、あなたはどう生きているのかという作者の問いかけだ。無自覚に多数派の側に安住していないか――この問いが喉元に突きつけられている。 「僕」は思う。自分はナチスに抵抗してユダヤ人をかくまった人たちに心を寄せ、自分もそういう尊厳に満ちた人間に連なるものだと無意識に思ってきた。でも…。本当はどうかすると密告する側にまわってしまうのではないか、そうならないでいることが精一杯なのではないか。 これはまさに私の恐れだ。ホロコーストを扱ったものを読まずにいられないのは、どうしたら「密告者」にならないでいられるのか、何が人間の尊厳を担保するのか、その手掛かりを得たいからだ。もちろん、問題は「今」なのである。今、ここで、どう生きているか。 最後に掲げられた梨木さんの言葉が厳しくてあたたかい。今もこれからもそう言える人間でありたいし、さほど立派じゃない(私のような)人でも、そう言うことが難しくない世の中であってほしいと心から願う。

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    投稿日: 2011.08.25
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    2011.07.09. 梨木さんらしい、とても真摯な小説。私も、中学生の頃母に勧められて吉野さんの「君たちはどう生きるか」を読んだんだけど、こちらの方が、よりしっくりときました。生きることは悩み続けることなのかもしれない。何度も立ち止まり、蹲るものです。それが、生きていく力になるんだと思う。 中学生の課題図書とかにしたら、いいなぁと思う。私が中学生の頃、出会いたかった本です。

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    投稿日: 2011.08.19
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    いろんなことを考えさせられる作品。 14歳が語っているから、難しくもない。 私は、そして私たちはどう生きるか。 どう生きていけばいいのか。 中学生に読んで欲しいと思った。

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    投稿日: 2011.08.16
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    14歳のコペルが、ノボおじさん、ユージン、ショウコ、インジャ、マークと1日を過ごした。コペルはいろいろなことを思い出したり、話をしたりしながら、どう生きるかを考える。 人が生きるためには、群れは必要だ。だが、いい加減な群れ。 やあ、よかったらここにおいでよ・・・・・・・

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    投稿日: 2011.08.04
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    14歳の僕(あだ名はコペル君)は、親の仕事の影響で犬のブラキ氏とともに親元を離れて生活することになりました。叔父のノボちゃんと一緒に、ヨモギをもとめて幼なじみのユージンの家を訪れます。ユージンは小学校のときに傷つき学校に行けなくなり、森の中にある家で暮らしています。ユージンの家には、同じく心に傷をもったユージンの従姉のショウコの友人も住んでいることが、物語が進むにつれて分かってきます。物語の最後に登場人物たちが交わす会話がとても印象に残りました。傷ついたとき、傷ついた人を見つけたとき、どうすべきか考えさせられる本。(2011.7.25)

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    投稿日: 2011.08.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中学生に随分難しいことを云わせたり考えさせたりしていて無理があるけど,やっぱり中学生じゃなければ駄目なのだ~僕にコペルという名を付けたのは叔父さんのノボちゃんだ。小学校入学後に両親の口調を真似して「世界って,そもそも物に名前を付けようとしたから」と云ったのを「コペルニクス的『反』展開だ」と評価したことから始まった。母は大学教員,父は専業主夫だが取材と称してどこかへ出掛けている。小学校では語録を先生達が作っていたらしいが,大きくなると発言には気をつけるようになった。唯一の友達とも云えるのが古い大きな敷地を持つ家に住むユージンだったが,小学校6年からポツポツ休み始め,中学校には全く来ていない。彼は両親が離婚し,母が妹を連れて出て行き,自然保護の活動をしていたお祖母ちゃんが亡くなって,父親が仕事でドバイに行ってから一人暮らしだ。僕も日帰りできない距離ではない場所に母の勤務地が変わってから,14歳にしてブラキ氏というゴールデンリトレーバーと暮らしている。今日は連休初日,染織家のノボちゃんが山小屋に籠もるお供にブラキ氏を連れて行って,散歩の必要もない。簡単な朝食を終え,自転車に乗って,土中生物の観察に出掛けたが,出掛けた筈のノボちゃんが,イタドリは手に入ったが,良いヨモギの生えている場所はないかと聞きに来た。僕が思い出したのはユージンの家の庭,ノボちゃんも虫取りに一緒に出掛けた事を覚えている。電話を掛けて門を開け,池の方から玄関のチャイムを押すとユージンが出てきた。ヨモギの場所まで案内して,刈り取ると,従姉のショウコが来るという。ヨモギ団子パーティーの事を思い出し,沼地で長靴が填ってしまい,ショウコに負ぶって貰ったことも思い出した。イタドリを置いたら迎えに来るとノボちゃんは車で立ち去り,さて腹が減ったので何か作って食べようと相談がまとまり,何を作るか考えているとショウコが登場し,ユージンの家の屋根裏の古い本に,食べられる草の載っている雑誌があるに違いないと気が付いた。ウコギの葉っぱご飯を作ろう,5合炊くのはショウコのアイデアだ。おかずはスベリヒユだ。味噌和えではなく,油炒めにする。裏の水道で洗おうとするとショウコは慌てて,その役を買って出た。洗い終わって帰ってくると,ユージンにも内緒で,この庭にインジャを住まわせているという。女の子らしいが,壁のある家にはいられないそうだ。ガールスカウトの友人だという彼女にも葉っぱご飯とスベリヒユの炒め物を持っていき,礼を言われたと話す。さて,食べようと云うタイミングで,ノボちゃんが届いたばかりの鰹のタタキを持って現れた。僕がインフルエンザで高熱に魘されていた時に,開発前の谷間のイワナ屋で上手いイワナの塩焼きを食べたこと,ユージンが行方不明になって直ぐにイワナ屋の主人が洞窟だろうと当てたこと。その洞窟には兵役を拒否した人物が隠れ住んでいたことなど思い出が蘇っているようだ。ショウコは駅までオーストラリア人を迎えに行かなくてはならないのを思い出し,運転手はノボちゃん。僕とユージンだけの時間がやってきた。思い切って学校に来なくなったわけを訊くと,両親の離婚が決まって,卵から孵した雄の鶏を学校に預けることになった時に,担任が『命の繋がり』の授業をやると云って,鶏の首を絞め,毛を毟って,様々な鶏料理にしてしまった。ユージンは周りの雰囲気に圧されて断ることができなかったのだ。それを漸く思い出した僕は何と鈍いのだろう。立ち直れない状態の中で,テンションの高いオーストラリア人マークは,ユージンの庭を褒め,焚き火でダンパーを作ると宣言する。立ち直りのきっかけを与えてくれたインジャを森の妖精に見立てて話をすると,マークもノボちゃんも自然に迎え入れていた~ 「やあ。よかったら,ここにおいでよ。気に入ったら,ここが君の席だよ。」最近の梨木さんは説教臭くて,植物に対する思い入れが強すぎて,うんざりさせられるんだけど,自分の本を読んでみたいと思う人に,強烈なメッセージを送る機会は,この先,多くはないのだろうから,仕方ない。もう50を過ぎてチャンスは多くない。インジャの語る「泣いたらだめだ。考え続けられなくなるから」も一面の真理を突いている。藪蔭からも,こうして語りかけてくれる相手がいると良いなあとは思うよね。それも純粋さを多少残してる中学時代に周囲にいたら,生涯に亘って心強いだろう。その中学生だって,否応なく,世間に放り出されるのだから

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    投稿日: 2011.07.29
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    続きが気になって、というよりは腹が立って一晩で読み終えた本。遠まわしに梨木さんが言いたいこととか 具体的な事例とかがグイグイくる。ここまでするのだったらこんな導入みたいなお話わざわざつけなくてもいいのに。ぐるりのことを読んだ後にこれは読むべきじゃなかった。私の専門分野にかぶっているから余計嫌だ。確かに、分かりやすいし、大事なことだし、知らない人は知るべきことだし、これから も 私たちが気を付けていかなければならないことだ。でも、感情論と現在の理性だけで白黒つけていいほど 過去や世界は単純なものじゃないと思う。だからどうってわけじゃないけど、とにかく私の好きなお話ではなかった。今更衝撃もない。私は間違っていない人なんか嫌いだ。かれだから、こうで、素晴らしくて、醜いのに、そう全てが上手くいくことはないよ。かれが弱い人だとしたら、ほかの人も皆弱いから こうなっていることに言及してほしかった

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    投稿日: 2011.07.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    梨木さん新刊、である。 ストレート、ど真ん中なメッセージがどんっときた。 ちょっと重い。 自分が中学生の時ってここまで大人じゃなかったよなーと思う。 とゆーより今の段階でもユージンやコペル君より子どもかも・・・。 インジャの「泣いちゃだめだ。」がかなりきた。 そうだよなー。一度吐き出すのはいいとしても そこで涙をただ流し続けてるのはダメだ。 考えないと。 家守奇譚系を期待するとちょっとがっかりかな。 でもこれは言っとかないと、とゆー梨木さんの意志、みたいなものが すごく強い。 どーもいいにしても悪いにしてもこの国の人間は私も含めて、 一度できた流れに乗りやすい。そのことを自覚しとかないと。 震災や原発や、なでしこジャパンも。なんか一面しか報道されてない感じ。 いい流れならいいんだけど、最初いいと思っていたものが いつの間にかなにやら違うものに変貌していたっていうことあり得るし。 だから1人1人がしっかりと自分の頭で考えるってことが 本当に必要なんだろう。 でもそうは思うものの、その自分の頭で考えるってゆーことが どーゆーことなのかイマイチ分からないので困る。 とりあえず足踏まれたら、痛いといおう。

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    投稿日: 2011.07.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2011年31冊目。 275頁。 書店で購入。 ≪本文引用≫ p.8  「世界って、そもそも物に名前を付けようとしたことから始まるんじゃないか・・・・・・でもその前からも、名前なんて関係なしに世界はあったはずだよなあ」 p.21  「自分が本当に怖がっているものが何なのか、きちんとそれを把握する。そしたらもうその恐怖からは半分以上解放されている」 p.32  不思議な感じだ。自分の生まれる前にも世界はあって、それぞれ「譲れぬ一線」を抱えた人たちが皆それぞれの「前線」で闘い、その言わば「夢の跡」が、今、僕らの生きる世界なんだ。考えてみれば当たり前のことなわけだけれど。 p.143  人は、人を「実験」してはいけないんだ。 p.187  人生って、そういうことなのか。  いくらいろいろ計画したって待ったなしなんだ。いつまでもあるもんじゃないんだ。  僕はそんな当たり前のことが、なんかこのときものすごくリアルに感じられた。 p.191  「でも、それって安定した生活には結びつかないんじゃないかなあ」  「好きなことをやってるんだから、それは覚悟の上さ。精神が安定していることの方が、いいんだ」 p.223  僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは、「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化すほど、ずる賢いからだ。 p.226  あのとき、僕らが「つぶした」のは、単なるニワトリ一羽だけじゃない。ユージンの「心」もいっしょに「つぶした」-これは、ショウコのお母さんが言っていた、「魂の殺人」とほとんど同じじゃないのか。

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    投稿日: 2011.07.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ネタばれあり。 西の魔女のイメージがすっかりついてしまっている梨木さんの本。今回はラストで魔女ではなくて妖精さんが登場しました。 普通ってなに?ってはじめに感じた時は保育園なり幼稚園に通って他の人間と密に接した時。自分のコミュニティ(家)と違う世界、違う価値観を持った同級生にあったとき。 次に感じるのはいわゆる中2病世代。この本はこの辺りを狙ってますね。 その次は大学あたりのいわゆるモラトリアム。 別に世の中を批判するつもりもないし、民主党とか現内閣がいいとかわるいとか批判するつもりはありませんし、そもそもよくわかっていないのですが、少なくとも私が違和感を感じている事はなんか、いまの総理大臣が悪いとか、いまの政権が悪いってなにかにながされている気がする事です。悪いって批判する理由がよくわかりません。ってかそもそも(昔からそうですが)すげー頭いい人の中のすげー頭いい人の中のすげー頭いい人あたりが総理やってるのに、なんでそう簡単に文句いえるのか、、、ry

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    投稿日: 2011.07.22
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    主人公はコペル君という愛称の日本人、14歳の男の子です。ストーリーはコペル君がおじさんと友人の家に行って、アウトドアな料理を食べるだけ(と書く身もフタもないけど)なんですが、その過程でタイトルの「僕は、僕たちはどう生きるか」を、びっくりするくらい濃密に考えさせられます。当たり前だと信じていた価値観が、簡単にひっくり返される瞬間、それをコペル君の心情に寄り添って、疑似体験させられる感覚は、なかなかに怖いモノがありました。けれど、それを知っているというのは、大切なことなんですよね。

    0
    投稿日: 2011.07.19
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    ヤングアダルトに一応カテゴリー入れましたが、すべての人に読んでもらいたい。ストーリー的にも登場人物的にも特筆すべき盛り上がりなどは特に無いのですが、(ネタバレになるので内緒)どう生きるか?と問われてこれからの生き方、人への優しい接し方など改めて考えることが出来る。漠然としたレビューしか、言葉足らずで表現できませんが。

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    投稿日: 2011.07.18
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    表紙が印象的。学校のいすって絵になると思う。 庭(森のような)の描写が、梨木香歩だなーというかんじ。 草餅の描写やごはんをつくっている描写も好き。 主人公が14歳という設定。 図書室で借りた。

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    投稿日: 2011.07.16
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    伝えたい部分のわかりやすさは、十代の少年・少女にも十分伝わる丁寧な書き込み。自分の頭で考えて判断・選択することの意味がどれだけ重要なことかを伝えるため、小説というツールを使って教材用に書かれたよう。一方で、日常、無難・追従という枠に収まることで自己肯定しているいっぱしの大人達への警鐘でもある。

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    投稿日: 2011.07.13
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    今、この時期にたくさんの方に読んでいただきたいと思います。 自分の思考をあいまいにせず。出会う出来事に対してどう対応していくか。自分がマイノリティな立場になってしまった時も、信念を持って生きていく強さを持つ事の大切さ等。登場人物のエピソードを通じて10代の頃の自分を思い出しながら読みました。西の魔女~もとても良い本ですが、もう一歩進んで世界を捉えていこうとする10代の方たちに手にとってもらえたらいいなあ。私もその頃に読んでみたかった。全員ではないだろうけど、少し大きく呼吸が出来る様になる人もいるはずです。

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    投稿日: 2011.07.13
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    2011/7月 梨木さんの世界観は好き。すごい深い話だと思った。小説なのに、いつかまた読み返したいと思う。

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    投稿日: 2011.07.12
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    タイトルからはストーリーがまったく想像つかなかったけど、読んでみて納得。 大人はもちろん、中学生、高校生にも読んでほしいなと思った。 心が錆びつく前に読んでほしい1冊。 にしても、レビュアーの評価がすごく高くて「ほんとに?」と思う人もいるかもしれないが、この本はレビューどおりの“良作”だと思う。

    0
    投稿日: 2011.07.12
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    良心的兵役拒否とは、あの戦時下においてどのような思索のもとに実行したのか・・。 世捨ての隠遁生活の中で、「僕はどのように生きるのか、そして僕たちはどう生きるか」について考えていたそうだ。 人間はひとりで生きているのではなく、群れが必要だ。そして、生きていることに迷いや悲しみやどうしようもない分からなさに直面した時、「泣いたらだめだ、考え続けられなくなるから」との言葉をインジャは発したのだ。 14歳のコペル、秘密の花園のようなユージンの邸・・。 本当に自然と共に人間は暮らしてきたのだよね。涙が流れた。

    0
    投稿日: 2011.07.10
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    これは、読み手を意識しないと書けないですよね。。。こんな繊細なことを、本の向こうにいる読者にメッセージとして伝えようとして本を書いているのかと思うと、本当にすごいことだと思います。 深いです。また読み直すと思います。

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    投稿日: 2011.07.08
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    この著者の子供に対する視点は限りなく誠実で優しい。 泣くことで無かったこと、終わったことにしてはいけない。 そして人は確かに他人との交わりを必要としている。

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    投稿日: 2011.07.04
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    14歳のコペル君と友達のユージン、ユージンの親戚のショウコ、その友達のインジャ。不登校のユージンの家の庭で再会したショウコ。そして、そこに密かに住んでいたインジャ。この生きにくい現代を、確かな自分を持って生き抜く中学生たち。そして、ちょっと浮世離れしたおじさんのノボちゃん。今を生きる若い世代へのメッセージ。  コペル君とおじさんと友人たちとくれば、当然「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)が下敷き。私にとって吉野さんの本は座右の書。なので、当然この本は読みます。そして、感動!!  うれしくて、なんだか紹介文になってませんが、現代の「君たちはどう生きるか」になっていると思いました。

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    投稿日: 2011.07.01
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    題名になんか慕わしいものは感じていたのですが、読み始めてびっくり! コペル君とおじさんが出てきてるし、なんか古風な言い回しと落ち着いた文体・・。 とくれば、これは、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」の梨木版じゃないですか。\(^o^)/ 時にうんうん、時にドキっという感じで、とても嬉しく読みました。引用しておきたい文章もたくさん。 舞台は平成の現代。 コペル君は14歳で1人暮らし。大学で教えているお母さんの異動に専業主夫のお父さんが同行してしまったから、という導入からして面白い・・・。 コペル君は小さい時からものごとをよぉ~~~く(*^_^*)考える子で、今も考え続けているという、あはは・・私の大好きなタイプの男の子なんですね。 そんな彼が、ずっと不登校の友だち・ユージンの家をおじさんのノボちゃん、犬のブラキ氏と一緒に訪ねた一日の話なんだけど、ユージンの従姉妹のショーコ、ショウコのガールスカウトの先輩であるインジャ、ショウコの家のお客さんであるオーストラリア人のマークとあれこれ語りながら、また、考えることが増えていく・・。 一番の話題は、多数派と少数派との関係。 ジェンダー、生態系、学校、戦時中の“洗脳”、徴兵制IN現代、などを題材に、みんな、とても穏やかに(そして全然、説教臭くない所が凄い!)語る内容が面白くて、面白くて。 特に、コペル君がこれまでの自分を振り返り、彼の「適応力」に対して価値観がひっくり返るほどの衝撃を受けた場面では、私も愕然とし、でもそこでまたプラスの気持ちになれたところが、梨木さんの力量ってことなんでしょうね。 多数派が悪くて、少数派は報われなくて、という単純な扱いじゃないところが、またよかった。 ある種の「たくましさ」や群れでやっていく能力・・協調性とか思いやりとか・・は、「大人数」の中でしか獲得できない、とか、だからこそ、時には群れから離れて生きることも大事だ、とか、足を踏まれたら痛いって言えばいい、踏んでいる方はそのことに気づいてないかもしれないから、とか、なんか、こんな風に書きだしちゃうと、誰でも言ってる陳腐な内容になりそうなのがもどかしいんだけど、一つ、一つが、すっごく腑に落ちたんだよね。 うん、私は常々「みんなと同じ」という流れがとてもイヤで、その意味でちょっと突っ張らかった自分、みたいな感じを持て余したり、ちょっとは好きだったり(汗)してたのが、また、違った角度からも見れるんじゃない?と教えてもらった気分。 アラフィフのお母さんが、YAを読んでこんなに感動するなんて!と、笑ってしまうこともできるけど、ここは素直に、梨木さん、参りました!と言いたいです。

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    投稿日: 2011.06.28
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    「僕は、そして僕たちはどう生きるか」、この問いに答えることが今の私には出来ない。 主人公のコペルは14歳。 知的好奇心豊かな少年。とても素直な心の持ち主。 物語の最後に書かれる彼の決意が、タイトルにもなっている問いに対する彼の答え。 素晴らしい答えだと思う。 「私も!」と言うのは容易いけど、私もコペル達を見習って自分基準の答えを見つけないといけないなと思う。

    0
    投稿日: 2011.06.27
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    こんなに直接的なタイトルに驚きつつも、購入。私にとっては、タイムリーなトピックがこのお話の核だったと思う。結局、私たちはなんだかんだいっても群れでしか生きていくことしかできない。ただし、その群れの中で、どう個を維持するか・・・そういうようなことを考えていかないと、またいつの間にか大きなものに流されてしまっていることに気付けずに過ちを犯してしまうことになるのかもしれない。今は、焦らず、じっくりとゆっくりと立ち止まって考えてみることがとても大切な時なのかもしれない。

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    投稿日: 2011.06.26
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    中学生が主人公だから、文体は非常に軽いけれど、最後はしっかりと考えさせられる。「僕」と「僕たち」。「僕たち」という言葉に、本当に「僕」がいるのか、「僕たち」といいつつ、別のだれかを閉め出しているのではないか。僕は、僕たちはどう生きれば良いのかと主人公は悩むけれど、最後にたどり着く答えは、とても現実的なものだと感じた。「僕たち」の中で生きるには、つらいこともたくさんあるし、かといって「僕」だけでも生きていけないのだ。

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    投稿日: 2011.06.20
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    思慮深く聡明な14歳のコペル君が生きることについて、考える物語。 良い年をした私でさえ、自分の思惑と違っていても、安易に集団に染まってしまいがちだ。 欧米諸国の影響で、個性を尊重する、という風潮が生まれてきたにもかかわらず私たちの根底には、目立つことを恐れる心が未だ根強く。 人との違いを恐れ、簡単に右倣えをする。 それは、何よりラクちんだし、傷つくのが、傷つけられるのが怖いからに他ならない。 人とは違ってて当たり前なのにね。 集団心理の残酷さを、客観的に教えてくれる物語。 児童書のカテゴライズだけれど、私たちのような、成人も読むべきだと思う。

    0
    投稿日: 2011.06.17
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    梨木さんの小説を読んでいると、とても「安心」できる。 この小説は、タイトルから既に期待していた。 年齢の割にコペルくんがちょっとしっかりしすぎ?(そういう家庭環境だということだけれど、それでも…)。 でも、そんなことは抜きにしても、良い本だったと思います。 登場人物がそれぞれ個性的で魅力があり、この中の誰か一人でもいいから巡り合いたいわーと思った。

    0
    投稿日: 2011.06.17
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    救われた 毎日這うように、生きていて、 どう生きたらいいんだろう、どうして僕が生きているだろう なんて どこにも行き着かない、気持ちばかりぐるぐる、抱えて。 今も、それは変わらないけれど どっか、救われた。 生きなくちゃ。 これから何度も、この本に向き合うだろう。 できるなら今よりほんの少し、ましな自分になれるよう 生きていたい

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    投稿日: 2011.06.13
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    14歳のコペル君が、久し振りに訪れた不登校気味のユージンの庭での、とある一日という、読みやすい文章、わかりやすい舞台。 でも、か、だから、か。うっかり気軽に読んだら、今だからこそ、しっかり感じたり、考えたり、動いたり、考えたりしたいことがてんこもりなのに、レビューの言葉が見つからない。 なにか言いたいけれど、まとまらない、まとめてしまえば、この作品がポイントにしている”違和感”と相いれなくなりそうで。 いろいろとわかっている子がその時期を無事に生きのびた後で「自分の本だ!」と思うかもしれない、とは思う。でもこの本のタイトルは「どう生きるか」なんだよなぁ…きつい。

    0
    投稿日: 2011.06.13
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    すぐに吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を思い出した。現れている今をどう見るかという思考法はコペル君にも引き継がれている。 一番考えさせられたのは本の功罪についてだ。問題提起されたシリーズは私も愛読していて、件の本も読んでいる。http://booklog.jp/edit/4652078293 このようなことがおころうとはとショックだったが、その指摘はもっともなものに思えた。

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    投稿日: 2011.06.12
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    十四歳のコペルは叔父のノボちゃんとよヨモギ探すために学校に来なくなった友人の古い屋敷をたずねる、そこで起こった一日の出来事の物語。 ユージンの家の屋根裏で古い本をいっぱい読んだこと、ユージンのいとこのショウコとヨモギ団子を作ったこと、インジャの身の上に起こったこと、兵役を拒否して洞穴に隠れてた男のこと。そして友達だったユージンが学校にこなくなった本当の理由とは? 人は群れから離れて生きていけるのか?コペルはいろんなことを考える。 ゆるやかな群れの必要性を感じながら考え続けて生きていく。 「やあ。よかったら、ここにおいでよ」 青少年向きと言ってもいいような内容ながらすごく哲学的でいろんな問題を提起させていく。まったく関連性はないんだけど川上美映子さんの「ヘヴン」を読んだときのような衝撃感があった。 読み終わったあと、いろんなことを考えさせられ深いものが心の奥にずっしりと残る、そんな作品でした。

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    投稿日: 2011.06.11
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    提起されるたくさんの問題の、ひとつの答えも出せぬまま読み終えてしまった。そして「どう生きるか」というしごく純粋な問いと向かい合っている。わたしは考える。わたしはひとりで考える。わたしはひとりで、わたしのとなりを考える。正解はなかなか見つからないけれど、そこへ近づく一歩先を、この本はしめしているのだろう。

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    投稿日: 2011.06.02
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    やっぱり 自分は マイノリティーだなぁ 自信を持って、 しみじみと思う、 そんな 人には 特に お薦めですね 登場する そして 登場しない すべての 人物が なんと魅力にあふれているか ちょっとしたことで 人間不信になってしまっている人なんかには 特に お薦めです 

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    投稿日: 2011.06.01
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    中学生の少年の、初夏の連休の一日のできごと。「君たちはどう生きるか」へのオマージュがはっきり感じられるが、内容は現代に切実な問題をとらえている。「君たちはどう生きるか」ともども、その魅力は要約や感想では伝えがたい。どちらも、老若男女問わず、とにかく読んでみてください、そして一人でも多くの人の心の糧としてもらえることを祈るばかり。

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    投稿日: 2011.06.01
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    梨木作品としては、久々にインパクトのある刺激的な作品。理論社からの出版ということで、主にヤング・アダルト向けに発信されたものだろうけれど、生きることについて深く考えている人に強く訴えかける内容だ。また、現代のやや右傾化した保守的ムードへも一石を投じている。何の予備知識も、先入観も無しに読み始めたので、最初のおだやかな自然描写シーンを読んでいるうちは、著者お得意の自然科学的な博物記かと思いこんでいた。しかしながら、自然科学好きでそれまですくすくと素直に育ってきた14歳の少年・コぺル君(単なる愛称で文中では本名は明かされない)の人生観を変える一日の出来事が記録されている。また決して群れないこと、たとえ群れてもその中で自分を考え続ける存在であることの大切さが強調されていることに感銘を受ける。読後に深い感動と自分自身と人間社会との係わり合い方、生き方を考えさせられる本だ。

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    投稿日: 2011.05.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    難しいテーマを扱っているのですが、分かりやすく美しい文章で描かれています。中学生の男の子の一人称で話は進みます。これが非常にテンポがよくて心地良い。たった一日の出来事で成長する心。コッコちゃんのあたりは本当に切なかった…。梨木さんらしい物語。

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    投稿日: 2011.05.29
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    5月14日読了。僕(コペル)が再会と出会いの話。14歳の僕の心のあり方、大人と子どもの境界線の危うさが心にしみた。

    3
    投稿日: 2011.05.14
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    読み終えて本を閉じて、表紙の椅子を見る。そして、まっすぐに書かれたタイトルを読み返す。 「僕は、そして僕たちはどう生きるか」 この本は「そこから」の本だ。 人生というやつは、なかなかどうも、生き辛い。子供や学生にとって、学校はしんどい場所になっているらしいけど、大人にとっても社会は結構そうなんだよ、コペル君。人間というのは、わざと生きにくい世界を作ってしまうんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。 でも、正直面倒くさいから、とりあえず自分の楽な場所だけを確保して、後は見えないふりしてやりすごす。いろんな理不尽や不幸を、ちゃんと感じているっていうのに。 「魔法の杖はなかった」原発事故を書いた新聞の記事に踊ったタイトルだ。 人の生き方にも「魔法の杖」はないんだ。だから面倒くさくても、ひとつづつ考えていくしかないんだろうね、一生。 「君たちはどう生きるか」吉野源二郎著。コペル君のあだ名の元はこの本らしい。彼が小難しい英単語を使うのもその影響なのかしらん。読んで確かめてみなくては。

    0
    投稿日: 2011.05.06
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    “コペル君”を下敷きにした物語。ジャックナイフ的な挿話が多く、果たしてラストに待つものは何だろうか、と読み進んでいきましたが、いまだに「西の魔女~」を期待されているわけではないと思うのですが、うーむです。

    0
    投稿日: 2011.04.29
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    途中、あれって、思うところがあり、 重い気分にはなるが、 すっきりとした読後感。引き出し 西の魔女が、ボロボロならば、 この本は、ポロリ。 そんな涙です。

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    投稿日: 2011.04.22