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「わからない」という方法
「わからない」という方法
橋本治/集英社
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総合評価

52件)
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    2001年刊行。 大御所小説家・随筆家である著者による、「わからない」についての本。 「わからない」をスタート、「わかった」をゴールとして捉えて、そのプロセスと方法が説明される。 方法とは言っても、所謂「How to」ではなく、スタンスの持ち方に比重が寄っている。 著者曰く、日本人は「わからない」ことは「恥ずかしい」と感じる。故に、「わからない」と「やる」は逆接でつながる。 つまり、「わからないけどやる」ということだ。 そうではなくて、「わからないからやる」と考えることが肝要だと説く。 「わからない」ことを方法・手段として考えれば、世界が広がる。そのために必要なのは、「恥知らず」を乗り越える覚悟である。 また、「わからない」から「わかった」に至る道筋には二通りがある。 ①天を行く方法 「俺、なんもわかんないもんねー」のまんま、正面から強行突破を果たしてしまう。俺の行くところが正しいゴールであるという行き方である。当然、失敗の可能性が大きい。 ②地を這う方法 「わかんない、わかんない」とぼやきながら、ひたすら持久力だけで問題を解決する。いつかは成功するが、疲れて逃げ出してしまう可能性もある。 いずれの道を選ぶかは本人の素質・好みに依存する。 以上が本書の要約。 理論的ではなく、薄い内容の本ではある。 だが、著者の独特な語り口と気の抜けた雰囲気が特徴的な本だった。

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    投稿日: 2026.01.25
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    最初はあまりの「くどさ」にあえなく挫折。数年後、読み方を変え、再チャレンジ。今度は完読。読み方があるのだ(「くどさ」の理由を知るといいかもしれない)。 編み物のあの字も知らなかった橋本治、古文が苦手で『枕草子』をちゃんと読んだことのなかった橋本治。その彼がいかにして編み物の達人になり、清少納言になり通し、『男の編み物』や『桃尻語訳 枕草子』といった本を生み出したのか、そのメイキングについて語る。 周囲はわかっているのに、自分はどうしてもわからない。その「わからない」から出発するというアプローチ。先入観、定説や常道・常識をふり払い、ナイーヴに一から、自分が納得する形でわかることを積み上げてゆく(いわばボトムアップ方式)。すると思わぬ発見、目ウロコの連続が待っている。定説が覆ったりもするかもしれない。 徒手空拳で、知らない世界に飛び込んでゆくのに必要なのは、度胸と忍耐。でも(はっきりとは書いていないが)、基礎力も必要だ。橋本治、編み物は未経験、とはいっても、美的なセンスはもっていた(だってイラストレーターだもん)。古文が苦手、とはいっても、国文科出身だ(それに作家だもん)。 (p.s. カバーの帯には「著者初のビジネス書!?」とあるが、これはmisleading。それに、これって橋本治の一番嫌いそうなフレーズ。)

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    投稿日: 2025.05.07
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    内容は割と共感。 イライラしながらも何故か読み進めてしまうなぞの体験。 居酒屋でつまらん話を延々と聞かされたような読後感。

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    投稿日: 2022.03.13
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    再読。 読むものがない時のつなぎでパラパラ読んでいたが、 間をどれだけ開けても、スッと入ってくる橋本さんの言葉がすごい。 ものごとを知る、分かっていく、作っていく、その過程を 橋本さん流のわかりやすいくどい言葉で追っていく。 何かを生み出すことに近道はなく、ひらめいたものを確かなものにするために、あとはただ進むだけ。 作品を作り上げるという大きな話だけでなく、 日常の中にある「わからないもの」を分かるようにするための筋道は同じものだ。 身体を信じている橋本さんの言葉は、しごくまっとうで、誰にでも届く。 わかりやすく、のためにえんえんと言葉を重ねる誠実さ。 橋本治の本は、もっと読まれないといけないよな、といつも思う。

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    投稿日: 2021.03.08
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    橋本治(1948~2019年)氏は、東大在学中に、「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」という東大駒場祭のポスターで注目され、その後イラストレーターを経て、文筆業に転じ、様々なメディアでも活躍した小説家、評論家、随筆家。 本書は、「わかる」ために、セーターの編み物の本まで書いてしまった著者が、「わからない」が全ての出発点である、ということについて、繰り返し、著者独特の(くねくねした)文体で書き綴ったものである。2001年出版。 著者も述べているように、方法論を書いたハウツー本ではない。 なるほど!と思った点をいくつか引用すると、以下である。 ◆「「わからない」をスタート地点とすれば、「わかった」はゴールである。スタート地点とゴール地点を結ぶと、「道筋」が見える。「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に描くことなのである。」 ◆「二十世紀は理論の時代で、「自分の知らない正解がどこかにあるはず」と多くの人は思い込んだが、これは「二十世紀病」と言われてしかるべきものだろう。・・・よく考えてみればわかることだが、「なんでもかんでも一挙に解決してくれる便利な“正解”」などというものは、そもそも幻想の中にしか存在しないものである。「二十世紀が終わると同時に、幻滅もやって来た」と思う人は多いが、これもまた二十世紀病の一種である。二十世紀が終わると同時にやって来たのは、「幻滅」ではなく、ただの「現実」なのだ。・・・二十一世紀は、人類の前に再び訪れた、「わからない」をスタート地点とする、いとも当たり前の時代なのである。」 ◆「この本で私が繰り返し言うことは、「なんでも簡単に“そうか、わかった”と言えるような便利な“正解”はもうない」である。・・・私が言いたいのは、「便利な正解の時代」が終わってしまったら、「わからない」という前提に立って自分なりの方法を模索するしかないという、ただそれだけのことである。・・・私は「新しい方法」を提唱しているのではなく、「人の言う方法に頼るべき時代は終わった」と言っているだけなのである。」 こうして見ると、20世紀末から、時代がモダンからポストモダンに移行しつつある中で、我々はものごとを如何に捉え、如何に解決していくべきなのかを、噛み砕いて示しているのだ。そして、これは、松岡正剛氏が『知の編集術』等で「21世紀は、20世紀に列挙した「主題」を解決する、「方法」の時代である」と表現していることと同じであろう。 21世紀に入り既に20年が経つが、閉塞感の打破できない今、再読する価値のある一冊と思う。 (2006年3月了)

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    投稿日: 2020.05.02
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    橋本治の本を読んだのは3冊目である。 1冊目は『知性の転覆』、2冊目は『上司は思いつきでものを言う』で、この2冊で橋本治のファンになった。 橋本治は面白い。 面白さの一つは「等身大」である。 橋本治は等身大でものを言う。背伸びをしていないから合点がいく。それは本書では「身体性」である。 二つ目は「地を這う」である。 ものの言い方には「帰納」と「演繹」の2種類がある。「帰納」=「地を這う」で、「演繹」=「天を行く」に対応するのだが、橋本治の書き方は極めて帰納的である。 なるほど、ここまで書いてみてようやく分かった。 橋本治の文章は帰納的であり身体的なのだ。 「分かる」には、 ①作業を通して言葉を掴む=学ぶ ②作業を通して感覚を掴む=慣れる ③作業をせずに言葉を掴む=暗記 ④作業をせずに感覚を掴む=天才 の4種類があり、③は不毛で④は一部の人間しかできないことであるから、普通は①と②で行くしかない。 その行き方は、 (a)天を行く=教え手と共に天を行く (b)地を這う=自分だけで地を這う の2つがあるが、(a)にしても事前か事後か、身体性を補完する必要がある。 要は、経験を通して身体で掴んだものは強いのだ。頭脳だけで抽象的に掴んだものは「分かった」とは言い難い。経験を通して掴んだものは、いつか役立つかもしれない。役立たないかもしれない。役立たないかもしれないから、さっさと忘れて構わない。 しかし、そのときが来たら思い出せるものなのだ。 ①言語化 学びを自分なりの言葉にせよ ②身体性 たくさんの作業をしてコツを掴め

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    投稿日: 2020.04.06
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    哲学めいた内容。前半は手編みのセーターの編み方の本をだしたことを引き合いに出している。後半は少し難しくなっている。

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    投稿日: 2019.08.12
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    おもしろかった。わからないからやる。普通、わからないからやりたくないと尻込みしてしまうが、だからこそやってみるというのはすごいなぁと感心した。自分にはそんな下地はないが、わからないけどやる、から、わからないからやるという意識に転換できればいいなぁと思い。やるしかないのだから

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    投稿日: 2019.06.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    わからない人が抱える「何がわからないかがわからない」という点をうまく使って、何もかもをスポンジのように吸収してしまう方法論。 気づきを得るためには、常にアンテナをピンと張る必要がある。加えて、これまでの蓄積とリンクさせれば、飛躍させることができる。 知性する身体という擬タイトルに痺れた。

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    投稿日: 2019.03.17
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    【由来】 ・calilcで「日本という方法」を検索したら関連本として出てきた。タイトルが「無知の技法」と似ていたので興味を持った。 【期待したもの】 ・「無知の技法」で唖然としたようなことが、すでにここに要約されていたら痛快だな、って程度なのでさらっと読めば事足りる。 【要約】 ・ 【ノート】 ・ 【目次】

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    投稿日: 2018.10.28
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    語り口がまどろっこしい。くどい。この語り口がこの本の魅力なんだろうと思う。そこを楽しめるかどうかで好き嫌いが分かれそう。「くどい」っていうのは著者自身も言っているけど、くどいと思ってしまう私は「そんなことわかってるよ」と思っているわけで、自分がわかっていることを前提にしている可能性が高い。私はこの本を簡単にわかろうとしているのかもしれない。20世紀的に答えがあると思って読んでいる可能性がある。 前半は抽象的な話が多くて流し読み。後半の古文漢文絡みの話は興味持てなかったのでほとんど流し見。ちゃんと読んだのかよ?って話になるけど、正直ちゃんと読んでない。だけど編み物の本を書いた話はおもしろかった。まさか「生き方の強制」とか「活字離れ」に繋げてくるとは思わなかった。「教える」ということの中には、単なるノウハウだけでなく生き方の強制を含んでいる、という話は納得。「教える」、「習得する」という概念の理解が耕された気がする。 「わからないという方法」は、根本敬が言うところの「でもやるんだよ!」にかなり近いのではないか。著者は「わからないからやる」のはバカのやることだと書いているけど、同様に「無意味・無駄・無理だけどやる」のもバカのやることだと思う。そこには社会とか世間の視点はない。だけどやらざるを得ない。なぜなら、その人にとってそれが生きるということだから。

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    投稿日: 2018.01.20
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     すぐ「わからん」という奴はただの卑怯者だとずーっと思い続けてきたが、本書を読み、改めようと・・・。氏独特の思想と思考が非常に身に染みた。氏のレベルを大きく下げると自分の発想に近い気がした。よってそこは都合良く解釈し、今の傾向をブラッシュアップしたい。ただし、深さが全然足りないので、時間をかける。これがつらい。すぐ次に行ったり、結論を求めてしまう。そうではないということを本書は指示している、と捉えた。何度も読み、深めよう。

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    投稿日: 2017.11.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

     内田樹の「私の身体は頭がいい」つながりで読んでみた。本人が言うように確かに話がくどいが、結論はオイラの期待を裏切らないものだったのでホッとした。でも、まさか最後のページでまとめてくるとは思わなかった。下手したら結論はあとがきになるところだったのではないだろうか。身体と経験と友人。なるほどである。  脳味噌を過大評価しちゃいけないね。情報収集は全部身体がしてるんだし、現場のことは身体がいちばんよくわかっているというのは面白い。職場を例えにしたところも納得だ。  桃尻娘シリーズをきっかけにファンになったけど、もう30年くらい前のことだ。テレビドラマにもなっていたけど、もう一度観たいなぁ。ビデオに残して残しておかなかったのがとても残念。相築あきこが可愛かったんだよなぁ。

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    投稿日: 2017.10.15
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    私が、何度も読み返してしまう本です。 出版されて結構年数が経ちましたが、内容は全く古びてありません。 それは、読者に対して、橋本氏の一連の著作のメッセージが、「現在の自分は、どこにいるか?」を 考えさせるものだからだと思います。 橋本氏は、この本できっぱりと、「正解がある時代は、終わったよ」とさらり言っています。 これは、私自身を振りかえっても、痛い一言です。 なぜなら、どこかに「正解」があると思って、 「ノウハウ」や「理論」や「考え方」を、私自身が探しているからです。 橋本氏は、「そんなのないよ」と言ってのける。 もちろん、橋本氏は、根拠がなく言っているわけではありません。 日本そして過去の歴史を振り返り、説得力ある言葉で読者に語りかける。 以下、こんな感じです(筆者推測) 君は、今どういう状況にいるの?それを正しく認識しているの? 俺はこう思うけど、じゃあ、仮に、君の認識が正しいと仮定して、君が本当にいたい状況って、 どういう感じ?それは、今の君の状態と同じ?違うなら、その状態を自分で「建設」しているみるのはどう? 結局は、自分の人生は、自分自身で建設するんだよと、何か理論とか、ノウハウとか、 どこどこの会社とか、国とか、そんなものを探したって、そして、すがったって、 自分は建設できない。 これを、橋本氏は、この著作ならびに、80年代後半に言ってのける。 橋本氏のエッセー、評論は、たくさんありますが、 今でも、時代の風化に耐えているのは、人が生きる上で、 大切なことは、何かを語っているからでしょう。

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    投稿日: 2017.06.06
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    20世紀はわかって当然の時代で、21世紀は「わからない」が原点の時代、というのはなんかこじつけくさい。そんなこと言わなくても、「わからない」のにどんどん進めていく、「わからない」からむしろそこを入り口にする、という橋本さんのスタンスはよくわかる。「わからない」ではじめるから始めは10兎くらいいっぺんに追かけ、はなはだ効率が悪い。でも結果的に出来てしまう。しかも「わかってる」人が思いつきもしないようなどえらいものが。

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    投稿日: 2016.04.24
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    読書録「「わからないという」方法」4 著者 橋本治 出版 集英社 p99より引用 “そして、初心者にとってなにが一番いやか と言えば、「基礎を確実にマスターする」の 間のチンタラした時間である。” 目次より抜粋引用 “「わからない」は根性である 「わからない」という方法 なんにも知らないバカはこんなことをする 知性する身体” 小説・評論・演出など多方面で活躍する著者 による、挫折の乗り越え方や物事の上達に対す る方法を記した一冊。 わからないことを知ることから身体を使って 覚えることについてまで、著者の実地をもとに 書かれています。 上記の引用は、わかることと納得することに ついて書かれた項での一文。 一足飛びに都合のいいところだけつまみ食い するような物のやりかたでは、その場限りの やり過ごしになってしまうのかもしれません。 自分にしっかりと言い聞かせておきたいところ です。 何かをわかろうとするならば、自分で一から 始めなければいけないということなのでしょう ね。 ーーーーー

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    投稿日: 2014.08.26
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    「わからないからやる」という方法。 21世紀は「わからない」時代。 「わからないからやる」が日本社会の膠着を突破する。 「わからない」を方法にするのは、度胸と覚悟である。「自分の体は頭が良い」 脳は信用しないが、自分の身体性は全面的に信ずる。

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    投稿日: 2014.08.06
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    20世紀は、どこかに「正解」があるのが当然であり、「わからない」というのは「正解」を知らない、恥ずかしいことだという理解が蔓延していたと著者はいいます。しかし、最初から「正解」がきまっているということが成り立たなくなったいま、「わからない」ということをスタート地点にして考える時代がやってきたと著者は考えます。 本書で著者は、「わからない」という方法にもとづいてこれまでおこなってきたさまざまな仕事振り返っています。『男の編み物―橋本治の手トリ足トリ』(河出書房新社)から、テレビ番組のために執筆されたドラマ・シナリオ「パリ物語―1920's 青春のエコール・ド・パリ」、そして『桃尻誤訳枕草子』の仕事の回想を通じて、「わからない」というスタート地点からはじめて、経験を通して身体が理解することをめざす著者の方法が語られています。 橋本治の発想術ないし仕事術といった趣の本です。自著解説のようなところもあるので、著者の仕事に興味のあるひとには、おもしろく読めるのではないかと思います。

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    投稿日: 2014.04.10
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    こないだ読んだ『わかりあえないことから』に引き続き、 「わからない」がどう方法になりえるのか、 興味を持って読んだが、それはわからなかったのだ。 しかし、新書を読みながらこんなにくすくす笑ったのは初めてだった。 途中からの内容は、正直よくわからないことが多かったが、 出だしから著者の脱力した文体に引きこまれて、最後まで一気に読んだ。 「わからなくて、これでいいのだ」 的な脱力感には、老子に通じる居心地の良さを感じた。 あとがきにあるように、著者はからだを使って思考する人である。 現代は多分に脳化しすぎていて、「俺には全てわかっている」という前提で話す人が多すぎる。 そしてそういう人の話は得てして退屈なのである。 ひさしぶりに楽しい話を読めた。 内容は今のところわからないが、それでいいのである。

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    投稿日: 2013.11.15
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    わからないことは恥知らずである。 日本人は元来、恥の文化があり、分からないということは恥であるとされてきた。であるので分からないことを分からないままでいることが多い。日本人は分からないけどやるという文脈である。しかし、変人、外人は分からないからやるである。 分からないことを分かるには地を這う方法と天から行く方法がある。 例えば編み物の場合、一目見ても分からないものはだめ。女ではないという偏見が出来ている。そこで筆者が一つ一つ写真などを用いて説明する編み物本がとてもウケる。

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    投稿日: 2013.09.28
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    フォトリーディング後、高速を交えて熟読。 「桃尻娘」と言う小説を書いた作家の、自分の幅を広げる方法についての書。「わからない」と言う事を原動力に進む事を示している。 著者を知っている人はもっと楽しめたのだろう。なるほどと納得する部分も多くあったが、著者を知らないので「セーターの本」について半分くらいを割いて説明されてもちょっと戸惑ってしまう。 その他には「エコールドパリ」のなんたるかを知らずにそれをドラマ化するに至った話や、「枕草子」を桃尻語訳(現代少女訳)した話。 それぞれの中に著者の世界観があって面白かった。ただ、著者を知っている人向けなのでは?と思わされた。 星は三つ。

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    投稿日: 2013.07.15
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    さっぱりわからない。 この本は「わからない」ことを肯定的に捉えて、行動を起こす原動力にすることについて述べた本である。 それは良くわかる。 理系(に限らないのだろうが)の美談には、必ずその手のエピソードが含まれる。 時には偉大な発明・発見に繋がることもある。 だが、この本に登場する「わからない」エピソードは、筆者の「男性向けセーターの本を書いたこと」「エコールドパリをドラマ化したこと」「枕草子を翻訳したこと」が、なぜそのエピソードに繋がるのかがどうもわからない。しかも本の6〜7割はセータ本の話である。はっきり言って筆者のエッセイである。 ただ、それらエピソードを通じて、「わからない」を利用して、一見まとまらなさそうな話をまとめる方法を述べている。 筆者によれば、企画がまとまらないのは、「全体像が見えないから」である。 情報が少なかったり、自分が知らない分野では、企画を組み立てる材料がない。だから全体像が見えてこない。 そのため、企画をまとめるにあたり「わかる」状態にしなくてはいけない。 だが、情報が無い、材料が無い状態を「わからない」状態と定義づけてやれば、ひとまとまりになる。全体像が見えてくる。 「わからない」を「わかる」ためのスタート地点にすれば、地図を描けるのである。 「わからない」ことは恥ではない、むしろ情報を簡単に手に入れられるこの時代、積極的に「わからない」を活用しよう、な姿勢の1冊。

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    投稿日: 2013.06.29
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    【動機】新古書店で見かけて買い、『「読み」の整理学』や『 人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』から連想して読んだ。 【内容】わからないということにどう向き合って仕事にしてきたか、ねっとりじっとり書かれている。 【感想】「わかる」と「できる」と「する」をつなぐ言葉に悩む自分への応援に感じた。脳を中間管理職に喩える発想に驚いた(p.107)。

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    投稿日: 2013.04.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    生徒が、初めにマスターするのは、教師という「他人のやり方」なのである。それが「基本のマスター」であって、学ぶ側の人間は「他人のやり方」を、自分の特性に見合ったものとして変えて行かなければならない。「自分とは違う他人のやり方から自分に見合った個性的なものへの転換」なのである。「学ぶ」とは、教える側の持つ「生き方」の強制なのである。「その生き方がいやだ」と思わせてしまったら、その教育は崩壊する。ただそれだけのことである。学ぶ側は、手っ取り早くノウハウだけを学びたい。

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    投稿日: 2013.04.21
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    当たり前だけど、ただ分からないといえばいい、という主張でなく、分かると勘違いもしくは分かったふりなどはせずに、分からない部分を確実に自覚しながら、それを分かるための手段を考える内容。丸暗記は確かに非常に非生産的な行為で、その都度自分の血肉にする=身体が覚える、ってのがあるべき姿だと思う。それをしてこなかった後悔ってのもかなりあるし。作者はそれを実践してきたからこそ、体が頭がいい、って言えるのですね。

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    投稿日: 2012.12.01
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    【概要】 「わからないからやらない」は「わからない=恥」という認識や,一度「わかった」ゴールに辿り着いた経験から面倒臭さを感じているから. しかし,「わからない」時,人はそれまでの肩書き・虚栄心を捨て,何事かに立ち向かわなければならない.「わからない」を方法にするとは,何も有効な方法がなく「仕方なし」の状態であって,つまり,「覚悟する」ということである. 「わからない→わかる」というプロセスは「わからない」を掘り起こし,「できない自分」を探し,「至るべきゴール」を明確かつ具体的に把握すること.決して「わかる・できる」を拾い集めることではない. しかし,脳は「知っているができない」レベルまで来ると「わからない・できない自分」を排除しようとする. 「わかる・できる自分」は身体が「自分のやるべきことはいかなることか」を理解することである.脳は身体を「無能」呼ばわりするが,それは「わかる・できる自分」になるには時間がかかるためであるので,脳がするべきことは「自分の無能を認めて許す」ことである. 【感想】 本書はわからない問題をどのように分割し,解決していくか,といったハウツー本ではなかったという意味で期待はずれだった. ただ,「わからない」に対する私の今までの姿勢が間違っていたとわかり, 「わからない→わかる」のプロセスは「自分がどうわからないのか?」頭に問うことで方向性を定め,「行動できるかどうか(目標設定やアウトプット)」まで落としこむことだと解釈した. 私のせいで,とても当たり前の主張に落ちてしまったが,「脳に頼らず身体の知性に頼る」考え方や,「わからない」という覚悟や挫折は自分で切り開くしか無いという現実を受け入れることは筆者のおかげて楽観主義に受け入れられ,新鮮だった. しかし,筆者も認めた「くどさ」のため,とても読みづらく,大変だった.

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    投稿日: 2012.07.08
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    「多才」なひとはその才能数だけ挫折を知っているという。 そう、たくさんのことにチャレンジするのは、移り気なのではなく自分自身を手さぐりで探求し続けているから。いい評価をもらおうがけなされようが本人の意志にはあまり関係ない。 しかしまぁー新書は読みにくい。ホットであることやサプライズであることが売りだから(と私は思っている)、文章は洗練されていなくて読みにくいことばかりだし内容もザラザラしてる。ひとつ言いたいことが見いだせただけでもめっけもんかも。 それに著者の、自己・他己評価がしつこ過ぎて目ざわりなレベル。たとえ話はとてもわかりにくい。140字にまとめる習慣のついてる現代人には、好まれるタイプの読み物ではないだろう。 タイトルにのような「方法」が見つかるわけではない。この著者が「わからない」を口癖としていることだけはわかったが…

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    投稿日: 2012.03.08
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    「わからない」を方法にしてしまう、という考え方は衝撃的だった。恥や失敗を恐れず、「わからない」という手段で新たな可能性に挑む姿は前向きで明るい。21世紀をどう生きるべきか考えさせられる。新しい視点を得られる内容だが、全体的に話が冗長だと感じた。

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    投稿日: 2012.01.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    タイトルに惹かれて購入. 教育に携わりたい身としては「わかる」や「わからない」といった言葉に対して鋭敏でありたいと思うし,こういう本は読んで損はないなと感じた.別に教育云々が書いてあるわけではないが.

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    投稿日: 2012.01.17
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    どこかに正解が存在していて「わかる」ことが当たり前だった20世紀とは異なり、「わからない」が前提となった21世紀にどのように立ち向かうかについて著者独特の語り口で述べられている。一度読んだだけでは、何となくわかったような気になっていたが腹に落ちていなかったので再読。「わからない」という前提に立って自分なりの方法を模索するしかない。知らないことを恐れない。知らないのなら、それを改めて知ればいい。という辺りにこの時代における著者からのヒントがあると思う。

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    投稿日: 2011.12.15
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    いわゆる伝統的なマニュアルが失われた二十一世紀という時代の新たなマニュアル。つまり、とにかく自分の頭で考えて、自分の体で体験する、という著者自身が体現している信条がこの時代にいかに有効かを説明しています。この考えは、著者の著書にも貫かれ、自分の言葉で自分の考えを語っているという姿勢にも反映していますので、説得力も十分あります。ただ、独特のクドイ口調に好き嫌いが分かれるかもしれませんね。

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    投稿日: 2011.11.15
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    ■この本を知ったきっかけ  本屋でみつけて ■読もうと思ったわけ  前から著者の本をよんでみたかったのと、帯の「初のビジネス書」というのに興味をもって

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    投稿日: 2011.01.27
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    著者本人も認めているが、くどい文章に疲れて前半で諦めモードに・・・。しかし!ブクログのレビューを読んで、後半もしっかり読まないともったいないと思い直し、読み進めたところ、確かに面白かった。脳がいかに司令塔的な存在か、みたいなことを説く本は多いけれど、ここでは「つまらないことで威張りたがる中間管理職に絶対の権限を与えてしまう」として、身体の重要さと経験主義が主張されているところが興味深かった!私も最近、脳バンザイみたいな感じだったので・・

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    投稿日: 2010.09.12
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    最初の方は何を言っているのかわけわかめだけど、後半まで読んでいくと作者が何を言わんとしているのか大分わかってくる。 そこで「あ、最初はそういうことが言いたかったのね」ということに気づく(わかる)。 それでいいのである。 作者は自ら言わんとすることをこの本の構造そのものから示してみせた。 飾らない橋本治はとても魅力的。 随筆の傑作。 (2007年02月17日)

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    投稿日: 2010.08.02
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    [ 内容 ] 「わからない」ことが「恥」だった二十世紀は過ぎ去った! 小説から編み物の本、古典の現代語訳から劇作・演出まで、ありとあらゆるジャンルで活躍する著者が、「なぜあなたはそんなにもいろんなことに手をだすのか?」という問いに対し、ついに答えた、「だってわからないから」。 ―かくして思考のダイナモは超高速で回転を始める。 「自分は、どう、わからないか」「わかる、とは、どういうことなのか」…。 そしてここに、「わからない」をあえて方法にする、目のくらむような知的冒険クルーズの本が成立したのである。 [ 目次 ] 第1章 「わからない」は根性である(「わからない」という恥 「わからない」を「方法」にする方法 ほか) 第2章 「わからない」という方法(私はなぜ「セーターの本」を書いたのか 「わかる」とはいかなることか ほか) 第3章 なんにも知らないバカはこんなことをする(基本を知らない困った作家 天を行く方法―「エコール・ド・パリ」をドラマにする ほか) 第4章 知性する身体(この役に立たない本のあとがき 知性する身体) [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2010.05.08
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    「わからない」ということを機軸にして、自分の世界を作り上げていく、これこそ、弁証法の極意ではないかと思ったです。彼は、「真の哲学者」と呼んでも良いのではないでしょうか?

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    投稿日: 2010.04.11
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    まえがき 第1章 「わからない」は根性である 第2章 「わからない」という方法 第3章 なんにも知らないバカはこんなことをする 第4章 知性する身体 (目次より)

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    投稿日: 2010.02.06
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    わかったふりをすることはよくない。 わかったつもりになることも同様。 「わからない」から始めること。そこから始まる。それがスタート地点。 わかるのは自分なので、自分が納得するまで考えなければいけない。 効率が悪い方法かもしれないが、上っ面をなでてわかったつもりになっても無意味。 地に足をつけて、ひとつひとつわかっていくしかない。 考えるのは頭ではなくて身体。ハラにおちるまであがく。 そうすることで「わかった」ことが自分のものになる。 その意味では主体的に生きることについて語った本であり、実存主義の本。

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    投稿日: 2009.10.01
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     物事を自分で考えることを教えてくれる本です。 橋本さんの本は一貫して「自分で頭を使えるようになろう」 みたいな感じを受け、自分もそうなれたらいいなぁ〜と 思う日々です。

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    投稿日: 2009.06.06
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    橋本氏の話は、廻り諄い。 「わからない」とは、どういうことか?を何パターンも考えだして話をする。 気が短いヒトは「だからなんなんだ?」と言い出すだろう。 この本の中には<『橋本にとって』わからないとは、こういうことだ>、でその<わからない>をどうしたらよいか?の解決法は、ビジネス本やハウトゥ本ではないので明確にはされていません(少なくとも、この本を読んですぐ実践出来る訳ではない)。 その点を不満に思う方も多いみたいですが…でも。氏には…自分で考えろって、ずっと言われてる気がします。 他人から与えられる『一定の説』ではなく、自分が持っている知性と経験で導きだしてこいと。 そのための<思考の方法>というか、手掛かりを示してくれてはいます。 その方法っていうのはさ、早いとこ自分で見つけて、さっさと自立してくれよ…読者を甘やかさない作者は希有な存在だと思う。 この本を読んだ後<あなた>はどうするか?  本の中に答えはなく、それは宿題として読者一人一人に突きつけられた挑戦なのです。

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    投稿日: 2009.03.11
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    橋本治さん、二冊目に挑戦した本です。 なんのためにやるのか。という目的意識に縛られすぎた 現代の私たちを戒めるかのような一冊。

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    投稿日: 2009.02.01
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    自慢してるんだか謙遜してるんだかわからない口調が好感度が高い。 延々と同じことを書いてるし、愚痴愚痴愚痴愚痴という感じなのだが、書いてることにはハッとさせられる。 大変面白く読めて、新しい視点が持てるいい本。

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    投稿日: 2009.01.24
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    「わからない」から「わかる」までもって行く作者の方法を懇切丁寧に説明しているので、確かにまどろっこしいのですが、「わからない」という返事の背景が思考の停止か、延々とした思考の継続かでずいぶん最後に出せる答えが違ってくるなあと思いました。

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    投稿日: 2008.10.19
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    「わからない」という方法は 「分からないことを分からないと伝える」方法ではありません。 それでは編み物を教えることに挑戦した男の話からご堪能ください。

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    投稿日: 2007.10.06
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    タイトルが好き。個人的には特に目新しい感覚でもなかったせいか、半分読み進めた時点でも本題が始まっていない感じがして読みにくかった。でも176頁「3.地を這う方法―桃尻語訳枕草子」から急に面白くなった。ということで、もし私同様に読み進めるのが苦痛に感じたとしたら176頁から、、、や、話のまとまりを考慮して146頁「天を行く方法と地を這う方法」から読んでみるのもいいかもしれない。前半で詰まって読むのを辞めてしまうのは勿体無いので。[2007年1月読了]

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    投稿日: 2007.02.15
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    [簡単に”わかった”と言えるような便利な”正解”はない」という一言が最初から最後まで言いわれ続けている名著です。 本を読んで「わかった」気持ちになってる自分は、「知ってるけどできない」頭でっかちの人間だよ、とマニュアルを探す人には読みたくなかった本ではないでしょうか。

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    投稿日: 2006.08.13
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    世の中わからないことばかりだし、「わからない」ということからスタートすることで、プロの人には出来ない視座に立てるという話。

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    投稿日: 2006.04.21
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    私はいつの日からか、気づいたら「経験主義」だったのだ。でもそれをexactllyにうまく理解できてなかったと思う。彼の考え方は、まさしく私のやり方だった。私は彼ほど極めてはいないけど。頭じゃなくて、体で、身体で「分かる」「理解していく」ことって大事だと思っていたし、なぜそれが「変」という概念になるのか、そりゃもうしっかり言ってくれちゃってる。読み進めていて嬉しくなった。橋本さん(=筆者)、ありがとう。と言いたい。

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    投稿日: 2006.01.24
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    眼からウロコです。 この薄さで 人生観変わるのかぁ と。 厚さ薄さじゃないんだよな。 当たり前だけど。 主体がどこにあるのかってことを ごくごくフツーに見直してみるきっかけになったな。

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    投稿日: 2005.10.15
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    ジェンダーに関する理解が甘い気はする。ただその点に目をつぶれば、新書として上出来。「わからない」って、素直な理解度を認めるところからはじめなきゃね。

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    投稿日: 2005.08.17
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    要旨は前書きで語られている。それを250頁にわたって執拗に敷衍して行く。第三章に、何故今の若い女の子が乱暴な言葉を使うのか、のヒントがある。

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    投稿日: 2005.07.06
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    「正解」を追い続ける20世紀病を過去のものとし「わからない」現実をどう生きるのか、そんな本。問題意識は僕も同じ物を持っていたので特に目新しさがなかった。なんかの新書で推薦されてた。

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    投稿日: 2005.01.28