
柳田国男の故郷七十年
柳田国男、石井正己/PHP研究所
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総合評価
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読む人に不思議な感を与える書
本書の「ある神秘な暗示」は、講演「信ずることと考えること」で小林秀雄が紹介し、蝋石の珠を見た時の柳田の感受性に心打たれた場面だが、一読した印象では彼の異常心理の経験そのものより、祠の中がどうなっているか知りたいという飽くなき好奇心の方が、後の民族学につながったような気がしてならない。 他にも彼の抜群の記憶力、特に一度見た景色を決して手放さず、ガス灯のともる夜明けの東京や、西洋人が海水浴をしていた明石の海、利根川の白帆などの回想は瑞々しいほど新鮮だ。 法制局など道々で知った珍しい話をしゃべりたくてたまらない性質も彼の学問に欠かせなかったようで、仲間の小説家に数々のネタを提供したことを明かしている。 本書のタイトルから、語られるのは故郷の兵庫県を中心にしたものかと思っていたがそうではなかった。 柳田は小さい頃から転々としているので、故郷を離れて70年の節目に自身の生涯を回顧する体裁になっていて、神戸新聞に201回に分けて寄稿された聞き語りを編者が初学者向けに抜粋編纂している。 いままで敷居が高く敬遠していた読者にも手に取りやすく、大変読みやすくなっている。 ただ、思いのまま連想の赴くままに従った語り口は、時に主旨がよく飲み込めず、先に進むこともチラホラ。 あとがきもそうだが、特に序文が変わっていて、母の思い出から序文らしく本書全体の見通しが語られるのかと思いきや、自由という言葉の伝来で話が終わっている。 読む人にこれほど不思議な感を与える書も珍しい。
1投稿日: 2015.06.10
