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powered by ブクログ10年前のエッセイだけど、とても共感出き、引用されている本や写真集などにも興味津々。古い映画などは見るのが難しそうですが。 特に池部良さんのエッセイは私も昔から大好きで嬉しかった。佐野洋子さん、山田風太郎さんに触れた「すがれる」の章、我が意を得たりという感じでした。
0投稿日: 2021.06.02
powered by ブクログおもしろくも真実 固有名詞だけの会話はつまらない。何が起きたか、何を見たか、それだけじゃつまらない。何を思ってどんな気持ちになったか、あなたがどんな人なのか知りたいいつでも。 エッセイはそういう要求が満たされるから好き! 何歳になってもドタバタと新しい発見があっていい。歳をとることが楽しくなる
0投稿日: 2021.03.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
野蛮な読書とは何か。 丁寧に作られた食事を楽しんだ後、頂きものの「カステイラ」の包みを開けて、箸でそのまま食べるような読書だそうです。 ”野蛮を許しあえる関係は、余裕のないガチンコ勝負とはちがう。もちろん、ただの粗野ともちがう。いってみれば、おたがいを知ったうえでの懐のふかさの競い合い(化かし合い、含む)。” 分かるような分からないような。 とにかく著者は、他分野に渡って造詣が深い。 そして基本的に丁寧な人なのであろう、本の読み方も非常に丁寧。 新刊本ではない、何度も読みこんだ本を、丁寧に、深いところまで読み取って紹介する。 だからタイトルに騙された、と私は思った。 こういう文章を書く人だと知っていたら、このような書き方をするのであれば、明治の文豪の文章を読むような、ちょっと力の入った読み方をしたと思う。 けれど「野蛮な」読書というので、全く無防備にこの本を手に取ってしまった。 う~わ~。 野蛮なんてとんでもない。 次から次へとするすると紡がれる、本や絵画や映画に関するあれこれが、気がつくと見事に織りあわされて差し出される。 「春昼」というタイトルで書かれたエッセイ、いや随筆と言ってしまおう、で、泉鏡花に辿り着くまで16ページも費やしている。 全部で18ページなので、実質1ページ程度しか「春昼」という作品には触れていない。 室生犀星からの、小川のような文章のたゆたいが、既に「春」なのである。 んむむむ。 ”書店の棚のあいだを巡りながらほしい本を何冊も腕のなかに重ねてゆくとき、私はそっと神様に問うてみる。 (贅沢してもいいですか)” これだけは、私にもわかる!
0投稿日: 2020.10.01
powered by ブクログ日常的に読書をしている人の生活に関するエッセイ。 無理して読書をしているのではなく、自然と読書が入ってきている感じが好ましいです。 逆に、読書案内的に読むと物足りないかもしれませんね。 日常エッセイとしてはいつも通り高品質なので、読書が趣味じゃない人にもお薦め。
1投稿日: 2018.09.29
powered by ブクログ著作きちんと読むの初めてだったけど、すごく好きだったので、遡っていこうと思う。食べるように読んで、読むように食べる。そのうちどっちがどっちだかわかんなくなってくる。 そうだ私も本読むの好きだった。もっと熱狂して、本から顔を上げたらぽかんとなるような、体験をずっとずっとしてたいんだったと思い出した。 伊豆断食道場が気になった。自分の身体の事だけ考える時間。いつか行きたいなぁ。
1投稿日: 2018.06.28
powered by ブクログ優れた本読みの人。 食欲旺盛な人がもりもりと食べているのを見るのは、とても楽しい。著者の読書の仕方もそれと似ていて、すっきりする。 紹介された本のみならず、写真や映画、俳優に興味を抱いた。
1投稿日: 2018.05.20
powered by ブクログこの本は著者の日常を綴りつつ同時に、思わず読んでみたくなる珠玉本103冊の一番美味しいところを我々読む人に対して、さらりと小皿にとりわけてくれるみたいな感覚の、なんとも素敵な読書エッセイです。 著者は根っから本が好きみたいです。 ↓ 「こどもの頃、布団にもぐりこんで本を読むのが好きだった」 というところからスタートの本好き。 だからなのか、愛書家とか名著をありがたがる、というスタンスではないですね。 批評でも敬服でもなくて、こんな面白い人がいたんだよ、びっくりするような人がいたよ、みたいな感じで、いろんなジャンルの本の事を教えてくれます。 たくさんの美味しい引用もありますが、メインは著者の日常と、本からもらった多くの言葉に助けられたという、著者自身の気づきでしょうか。それはとても温かく謙虚な人生観です。 若い頃に読んで衝撃を受けたという三浦哲郎のある言葉を、23年間一緒に暮らした猫との死別の際に思い出し、その言葉の本当の意味を自分自身で体感するという一編「雪国ではね。」と名付けられたエッセイには、芯からやられました私は。 そしてラスト近くのこんな言葉も印象に残りました。 以下引用 ↓ 「生きるというのは、いつも宙ぶらりんなのだ。いつだって宙ぶらりんの状態だから、なにごとか勃発すればあたふたおたおた、そこをなけなしの経験やら知恵やら動員してどうにか波間を渡ってゆくのが人生というものだろう。あわてず騒がずスイスイ泳いでゆく人生の達人などといものはどこにもいないのだ。いなくていい。 人生の達人などどこにもいない。いないのに そんなものになろうとするから人間ややこしくなる。」 2017/01/04 13:07
1投稿日: 2017.07.04衣食「読」住
タイトルからイメージした言葉は乱読。手当たり次第に本を読みまくる話かと思いきや、そこには同じ本を何度も繰り返し、大切に読む人の姿がありました。 思わず「野蛮」の意味を調べると、「文化の開けていないこと、教養のないこと」とあります。いや、むしろ著者の教養の高さがいやらしいほどにおってくるのですが……。 本書には、読書と同じくらい食べ物の話が出て来ます。 美味しいものを貪り食うように、面白い本を貪り読む。 食べなければ生きていけないように、書を読まないと死んでしまうんじゃないかと思わせるほど、本能の赴くままに読書する、その様子を「野蛮」と評したのかな、と理解しました。
12投稿日: 2016.07.28
powered by ブクログ「野蛮な読書」、嬉しい本との出会いでした。①池部良の話。原節子や高峰秀子に見送られ軍隊生活約5年、高倉健とのあの昭和残侠伝「死んで貰います」(1970)が生まれたのか!今の肉食女子にはたまらない映画だそうですw②食の随筆、吉田健一、小島政二郎、北大路魯山人、池波正太郎など数多けれど、獅子文六(岩田豊雄)ここにありかw③三浦哲郎「忍ぶ川」「雪国ではね、寝るときなんにも着ないんだよ」女子高校生は呆然としたそうですw。読了して、数十冊の書を読んだ気持ち、とても濃密な時間を楽しみました(^-^)お薦め致します!
1投稿日: 2016.07.05
powered by ブクログところどころに面白い本が出てきて、最後まで読んだけど、すごく好みのエッセイストではないなぁ。でも、知識やっぱり興味の深さが面白く、出会えなかったであろう本に出会えるのがよかった。
1投稿日: 2016.06.30
powered by ブクログ初めて読む作家。断食1週間の体験の話題がなかなか興味深かった。断食しながら散歩、気功、ヨガをする。自分の身体のことだけに関わっているうちに1日が終わる。自分の身体であるのに現代人はなかなか自分の身体だけに関われないことを実感した。 また「お弁当」について、お弁当はただお弁当というだけでどうしてあんなに響くのかという一文に深く共感。ちくわにきゅうりを挟んだだけでも美味しいのである。 最後に「野蛮な読書」というタイトルがなぜついたのか。 読書をしているとそこから次読みたいものに繋がっていくことがある。全然脈略がないようにみえて実は繋がる。思いもかけない繋がりと広がりというワケのわからなさこそが「自分なりの野蛮な読書」の嬉しさ と書かれてあった。 そしてわたしもこの本から何冊か読みたいものを見つけた。その一冊はロランバルトの「明るい部屋」だ。
1投稿日: 2016.04.21
powered by ブクログ平松さんと言えば、『サンドウィッチは銀座で』『焼き餃子と名画座』などで、独特の食体験を端正で、かつ息遣いのある文体で表現していた覚えがあります。 この本では、旅行、映画、文学など、幅広く自身の体験を、周囲の人々の観察も交えながらつづっています。 こちらの本は、端正さよりも、より自身の失敗、迷い、感情などがストレートに出ています。もともと雑誌掲載のエッセイをまとめたものなので、幅が広すぎてちょっととらえどころがない感じもします。
1投稿日: 2016.03.21
powered by ブクログ書評集。 最初は合わなかったのか、ひとつの章の中にたくさんの本が紹介されていて、めまぐるしく話が変わるのでだんだん読み疲れてきて、途中で読むのやめよう…でももうすこしと頑張って写真集の章まで読んでみたらこれがすごいよかった…!! 重い話にぐーっと引き込まれて、その写真集がすごく見たくなった。 凄いのは、どんな写真か見なくてもその写真を想像までできたということ。 その写真を見て自分が心震えるところまで想像できた。 頑張って読んでよかった。
0投稿日: 2016.01.19
powered by ブクログ経験も知識もものすごく豊富ですごい人なのに、飾らない、庶民感覚を忘れない、こんな私でも共感できてしまうような文を書けるのがすごい。
1投稿日: 2015.10.10
powered by ブクログ書評。前半は軽い感じで、後半は重量感のある感じで進められていく。日常的だけれどだしとかにこだわった和食を食べてる感じの書評だった。酒井順子の書評はもっと洋食な感じ。
0投稿日: 2015.09.13読みたい本が増えていく
読書エッセイ。読んだ本のレビューというよりも著者の生活の中にある読書にかかわる部分をピックアップしたような感じ。本好きとしては行為としての読書に「そうそう、あるある」と思いながら油断して読み進めていると、著者が読んで感じているあれこれに「ああ、その本私もよみたいです」と思わず読みたい本リストが長くなっていく。本を本として切り離さず、生きていくうちの要素のひとつとして同じ流れで地続きな感じが好きでした。
7投稿日: 2015.08.31
powered by ブクログ事物の価値を見極めたい。 自慢していたのが後々考えれば恥ずかしいと思うようになった 青年時代に与えられた特権 これから先 みっともない大人になりたくない 「私本好きなんです、蔵書も800冊程持ってます。 この世界{読書)のうちに入る前には憧れの対象だった人たち 読書家の分類もしていなかった。ただたくさん本を読めば賢くなれると思っていた。なんて浅はかな考えだっただろうと今では思うのだが、そのような下劣な動機でもこの世界に入れたことは、入ったことは一種の誇りでもある。やり通すこと、諦めないこと、それは取り組んでいるそのものが全部誤っているのではなく部分的であることを知り受け入れ、見落としている部分にも視野を広げ調整をしてつなげていくこと。 いいものもあれば悪いものもある。 本当があれば嘘もある。[それは本当があるから嘘があるかもしれないし、嘘があるから本当があるのかもしれない。だけれども、だけれども、そんなことは生きていくうえでは実にどうでもいい話だ。学問の上ではわからない。高尚なことをしているがゆえに己の過ちを認めたくないのはインテリの最もわるい性だ。そして自己弁解、弁護も同じく。きわめて美しくない。と言うよりも汚いといったほうがよさそうな気もする。] 読書の世界にもこの原理が全部でないにしろあてはまるはず。 悪害極まりない本読み(それもいい年した)は 自覚していなくても、むしろ自分はいいことをしているという認識でいる。 青い... みっともない.... はずかしい... そして何より美しくない...。 下種な商売して、いい暮らし。募金活動でもしやがれってんだい。 読書の世界に入る前にまず何から読み始めよう、どう読んでいけばいいのだろう?この問いから入っていった。 すでに本を読む方法がこの世界には樹立されていて、それをそのまま汲み取ろうとした。本の種類にはどういうのがあるか、どれだけあるか?さまざまの疑問への答えもこの世界にはすでに存在しているとそう思っていた。 おそらくそうであるのかもしれない。 だけど、空になった。中身を、味を、香りを吹き込んでいなかった。それは内の型・器に もう少し乱らにしていてもいいかもしれない。 ただそれは副次的なものとして、まだ事物が始まるかどうかわからない位置にいる存在である今。己のうちに秩序を作りだてて制限するのは何か後々のことを考えると口惜しい気になってくる。
0投稿日: 2015.03.29
powered by ブクログ「読みたい」力を掻き立てる、洋子さんが日常に平行して野蛮に103冊の本を紹介していくエッセイ。 フードジャーナリストなだけあって、食の描写が凄いんです。書評も秀逸…。叶恭子の本が紹介されたと思ったら官能小説を紹介したり、平松さんの気取ってない柔らかな文章、クスッと笑えるユーモア。 個人的に"わたしの断食1週間"での断食中のひもじさと断食後の食への感謝と断食中の夜に読む正岡子規が印象的だった。 自分の表現力じゃこの魅力は伝わらない…贅沢すぎて感無量!読みたい本がまた増えました。読書好きな方(そうでない方も)是非是非是非是非絶対読んでみて下さい!平松洋子さんのような母親がいたらなあ…って心から思った。何度も何度も読み返していきたいエッセイでした。
0投稿日: 2015.03.27
powered by ブクログ著者の読書エッセイ。昔の本がたくさん紹介されていた。読みたい本がいくつかあったが、昔の本なので探すの大変そう。でも、見つけ出して読みたい!
0投稿日: 2015.01.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
どちらかというと食にまつわるエッセイで知られた平松洋子さんのジャンルにとらわれない書評集『のようなもの』。 のようなもの、というのは正統な書評集とはいいにくいからだ。 普通、主題の本を決めたらそれにまつわる感想やエピソードなどで構成するのが、普通の書評ならこの本は一冊から五冊十冊と広がっていく連想ゲームのようなエッセイなのだ。 たとえば冒頭、向笠千恵子さん(この人も有名なフードライター)が『日本の朝ごはん』で紹介されているさかもとという民宿に宿泊し、そのすばらしい経験を書きながら読んでいる本の内容にふれていくのだけれど、無理が無い。 これはかなり難しいテクニックの書評…というより読書日記だ。 一冊の本を読みながら十の本を思い出し、それを織り込みなおかつ日常のスケッチをいれ、なおかつ芯にしている本に最後は帰結していく。 だんだん読みたい本が増えてきてしまうのは、それぞれを的確においしいところを引っ張り出しているから。 俗物の極みと評されそうな叶野恭子お姉さまの著作と山下清の本の内容を同じ章につづる強引さ、しかもそれがしっくりくるという。 一冊読んで、別の本のことを思い出して取りに行くタイプの本読みならこの本はわかるわかるのかたまりだと思う。
0投稿日: 2015.01.13
powered by ブクログ読書にまつわる少し長めのエッセイ。読書だけでもないし、生活だけでもない。平松洋子さんの文章は初めて読んだけれど、構成と比喩がダイナミックで迫力がある。「わたしの断食一週間」で子規の『仰臥漫録』を読むっていうのはよーくわかる。私はやたら恋愛ものが読みたくなった、断食中。食を意識せざるを得ないからストレートに食の本に走るか別の欲求で埋めるかは性格が出るところだろうと思う。あと、「クリスティーネの眼差し」!写真集についての章が素晴らしい。実際写真見たことあるのは森山大道ぐらいだけど、恐ろしい鴉の写真を、是非見たいと思いました。宇能鴻一郎って芥川賞作家だったのか、知らなかった。
0投稿日: 2015.01.11
powered by ブクログ武田百合子、池澤夏樹、森茉莉、沢村貞子、宇能鴻一郎、小山清、開高健、獅子文六、室生犀星、古屋誠一などなど、気になる本がたくさん。メモしながら読んだため時間がかかった。平松さんの生活に本が溶け込んでいて、とてもうらやましく思った。特に好きなのは沢村貞子についての章。
0投稿日: 2014.12.14
powered by ブクログうむ。 私にはまだ早すぎたようです。 最初のうちはスラスラ読めて、おいしそうな食べ物のこともたーくさん出てくるので、お腹空いたなー、あ、これも読んでみたいなーなんて、巻末の一覧にチェックつけてたりしたのですが、途中から全然読めなくなって断念……。 もうちょっと年をとったときにまた読んでみたい。
0投稿日: 2014.12.06
powered by ブクログ読書エッセイだけど、文章の味わい方が食エッセイでちょっと驚いた。 “味の記憶”のような“感覚”を文字で説明するのように、本や作家の風味を分析していく共感しやすい読み心地。
0投稿日: 2014.11.13
powered by ブクログ読書エッセイを読むと、自分では興味を持たないような本の存在を知れるし、本の読み方を知れます。 ”本は本を連れてくる”という表現に共感を覚え、この本は次にどんな本を連れてきてくれるのだろうかと楽しみに思いました。
2投稿日: 2014.11.06
powered by ブクログ第28回講談社エッセイ賞受賞作。 最初のエッセイ『能登とハンバーガーと風呂上がり』の冒頭、京都土産のカステイラを箸で食べるくだりで、平松洋子流の野蛮の定義を披露し、そこからのサラサラと流れる小川のように読者を読書の世界に誘う手腕は見事である。衣食住や日常に絡めながら、紹介される本は103冊。この103冊のジャンルは様々であるが、いずれも旧作であり、実にお洒落な本ばかりである。相変わらず、食べ物の描写もお見事であるが、今回は平松洋子の知の世界というのも味わうことが出来た。 平松洋子作品を最初に読んだのは、谷口ジローとの共著『サンドウィッチは銀座で』であり、この一冊で、平松洋子の美味しい文章の虜になった。もちろん、同じコンビの『ステーキを下町で』も読み、さらに平松洋子への興味が強くなったのである。
10投稿日: 2014.10.30
