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世に棲む日日(三)
世に棲む日日(三)
司馬遼太郎/文藝春秋
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総合評価

88件)
4.3
33
32
11
0
0
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    長州藩の幕末の激動を高杉晋作、井上馨、伊藤博文、山縣有朋らを中心に描かれる。攘夷、開国、討幕といった思想の波が目まぐるしく変化する時代に自分ならどのように立ち振る舞えるかを考えさせられる。最終巻も楽しみ。四カ国艦隊との協議の下りが個人的には最も面白かった。ちょいちょい出てくる西郷隆盛が不気味。

    0
    投稿日: 2025.10.26
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    過激な戦略論を持ち、即実行に移す高杉晋作。吉田松陰の遺志を受け継ぎながらも、師を大きく乗り越えていく、すごみがあります。 長州藩の内部状況が、めまぐるしく変化する記述を読んでいると、自分もその中に身を置いているような切迫した気分になりました。 蛤御門の変、四カ国連合艦隊の来襲時、晋作は獄中にいたという事実。長州、薩摩、会津藩の関係性等、小説を読むことで少しずつ理解出来てきたこと嬉しかったです。 晋作は、ちょっとやそっとでへこたれない人であり恐ろしいほどタフ。時勢の波にひょいひょい乗って駆け抜けています。実は時勢の波が、晋作を迎えにいっているのかも知れない。

    23
    投稿日: 2025.08.02
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    2025/5/1読了(再読) 「狂躁の季節」――松陰から発した過激思想は、いつの間にか長州藩の“国策”となって、〈蛤御門の変〉〈下関戦争〉といった過激行動となり、藩は滅亡の瀬戸際に追い遣られる事に。そもそも、政治的実権のない書生たちが藩の重鎮と深く繋がり、政策にも影響するなんて、長州人の気質どうこうよりも、藩のガバナンスの問題だったのではないか? まぁ、此処までは晋作の思う壺だった筈だが、彼も藩命で〈下関戦争〉の講和を穏当(またはうやむや?)な所に着地させたは良かったが、“佐幕派”だけでなく“攘夷派”からも変節したと思われてつけ狙われる羽目になる。 “思想家”松陰に対し、“現実家”として描かれた晋作。塩野七生『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』で「理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するもの」と、現実主義者が憎まれる宿命を説いているが、幕末長州でも、この構図は顕著に現れていたらしい。とは言え、絶体絶命の晋作は、長州さえ動かせば反幕府の流れを決定づけられると踏み、逆転の機会を狙って最終4巻へ!

    17
    投稿日: 2025.05.02
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    3巻から松陰の跡を継いだ高杉晋作の物語になってくる。松陰とはまた違う幕末の思想家としての人間臭さを感じる。彼らの行為が成功裡に決着させるために、志を起点に多くの人を巻き込み、イノベーションを起こす姿に胸を打たれる。

    0
    投稿日: 2022.06.16
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    いよいよ更に晋作は突き抜けてくる。 攘夷方面の活躍としては、横浜でアメリカ公使がピクニックに行くところを斬るつもりだったが、事前に幕府側に警告が来て、張り込まれていたため断念。 その代わり品川に建てたばかりの英国公使館を放火し全焼させる。天皇と将軍の行列を大声でヤジる。挙句の果てに出家して山にこもる。 そんなやりたい放題やっていたら、長州は関門海峡を通る外国船を砲撃し、直ちに反撃されアメリカ艦隊に軍艦を全滅させられる。後の伊藤博文と井上馨が英国留学し西洋を知り攘夷を止めさせるために帰国したが、藩はもう攘夷の大発作を起こしており収まりつかず。挙句蛤御門の変を起こして敗北、さらに征長、加えて英米蘭仏連合艦隊からも攻撃され軍事拠点は壊滅。ここに至って攘夷中止講和開国に転換し、藩の実権は佐幕派に移り、幕府に恭順を示すため旧首脳は次々と切腹・斬首・獄中となり、身を隠している晋作と桂小五郎が頼み綱となる。 余談だがここでヤクニンの話が出てくる。諸外国はヤクニンという種族が、幕府・諸藩に関わらず、異常に責任回避能力に長けていることに驚愕していたとのこと。この能力は第二次大戦の責任問題時にも大いに発揮され、200年後の令和の現代において、更に磨きがかかり、洗練されたものとなっている事実に驚くばかりである。

    0
    投稿日: 2021.11.24
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    「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」とはよく言ったもので、高杉晋作という人物の"狂"が本格的に発現し始める本巻。激動に"身を投じる"ではなく、激動を"作り出す"のが、この人物の役割だったことがよく分かります。

    1
    投稿日: 2021.11.03
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    吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。

    0
    投稿日: 2021.08.02
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    幕末の長州を描いた司馬遼太郎作品、全四巻。後半は高杉晋作が主役。攘夷の熱に狂信的な長州藩。実現不可能な攘夷のため破滅への道を突き進む。ヒステリックなところは今の韓国を想起させる。海峡を通じて思考回路が同一であることを痛感する。苦境の藩を救うべく活動する高杉晋作、井上聞多、伊藤俊輔。 佐幕派が権力を取り戻した長州藩。尊皇派の重臣たちは粛清される。九州に逃れた高杉晋作は長州を救うことができるのか。最終4巻に続く。

    0
    投稿日: 2021.05.07
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    最高すぎるぞ。松陰先生亡き後を描いているが、長州藩の狼狽ようが当時の混乱をよく表してますね。風雲児たちの最新巻を抜いていきましたがこっちはこっちで晋作をしっかり描写しているので風雲児たちの補完としてもおもしろい。しかし、司馬先生、晋作の事好きすぎて、持ち上げすぎ感があるね。天才、雷電、まぁそうだけど。 晋作とお雅の関係がいいね。 山縣有朋が、これでもかとばかりにdisられているのも興味深い。 好きなシーンはやはり英国との敗戦交渉だね。アーネストサトーがいうには魔王のように剛然としてたらしいしね。

    0
    投稿日: 2021.01.13
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    吉田松陰とその弟子の高杉晋作を描いた長編小説。後半の高杉編では、いよいよ動乱の時代に突入する。「蛤御門の変」や「下関戦争」など大事件が次々と起こる。高杉晋作が窮地に追い込まれたところで四巻へ。最終巻の展開が今から楽しみである。

    0
    投稿日: 2020.12.08
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    吉田松陰が主役の前半は停滞感があったものの、高杉晋作が主役になってからの長州の波乱は果たして現実にあったことか疑いたくなるほど劇的です。 この孤高の天才の存在がなければ今の日本はどうなっていたことかと思いながら読みました。 余談ながら、後に初代内閣総理大臣になり、千円札の肖像にもなった伊藤博文がここまで軽く扱われているのは事実なのか、それとも司馬氏がたまに見せる好き嫌いなのか、最終巻を読めば分かるのかも興味深い。

    0
    投稿日: 2020.01.24
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    長州藩の過激派筆頭・高杉晋作の暴挙は留まる所を知らず、英国公使館焼き打ち、吉田松陰の遺骸を徳川家廟所へ強引に埋葬、箱根の関所破り、脱藩後に萩郊外で出家(東行と名乗る)など自由闊達に振る舞うも、“そうせい公〟の藩主・毛利敬親、元徳の父子ら藩政の信任を受けて奮い立つ。尊王攘夷を唱える長州藩は、薩摩・会津と敵対、蛤御門の変、英仏米蘭四カ国艦隊の強襲、幕府の長州征伐と存亡の危機に見舞われる。桂小五郎、久坂玄瑞、井上聞多、伊藤俊輔など松陰の説いた火種を継ぐ豪傑が幕末の日本を暴れまくる。

    0
    投稿日: 2019.12.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    相変わらず最高に面白い。 1巻あたりは吉田松陰の前半生が地味すぎてぱっとしない話でしたが、高杉が出てから盛り上がって参りました。 高杉晋作はこんなにも多面性のある面白い人間だったのかと思うと、銀魂で純粋なテロリストとしてラスボス的な立ち位置に立たされるのはかわいそうだと思いました。むしろ大楽源一郎あたりがはまり役ではないのかな。 三千世界の烏を殺し、は志ん朝が枕で使う都々逸ですね。ただ、作者不明、名もない江戸っ子の唄とされるほうが夢があってわたしは好きです。 そして蛤御門の変。久坂は切腹し、桂は逃げる。逃げの桂。 井上聞多が魅力的です。癇癪持ちなところが女の人みたいで。 植民地主義の時代に侵略されたり分割されたりすることなく生き抜いてこられたのは、このご先祖様たちのおかげだと思うと感謝したくなりました。 なぜ幕末や戦国の歴史物は面白いのか。それは人は本当の窮地に立たされると何を考えるのか知るきっかけになるからかもしれません。

    1
    投稿日: 2019.07.15
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    高杉晋作をはじめとする長州志士達がいよいよ歴史の表舞台へと登場する。幕末の雄藩として歴史を飾った長州藩であるが、その内情は事なかれ主義に代表される官僚主義出会った。吉田松陰や高杉晋作などは例外であり、意外ではあるがやはり長州とて日本人の民族的な特質を例外無く持ち会わせていたという事だ。そして、その特質は太平洋戦争へと引き継がれる。 司馬遼太郎の小説で、おりに触れて出てくるこの流れは本書でも同様であった。歴史を通して日本人といものを探り、そしてどうしてあの悲惨な太平洋戦争へと突入していったのか、それは止められなかったのか、ということが著者のライフワークであったのであろう。

    0
    投稿日: 2018.10.08
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    「日本人を知ろうと思えば、幕末の長州をこまかく知ることが必要だろう」思想というものに大興奮し発狂したのが長州藩だと。日本人と思想の関係は「明るい明治と暗い昭和」という司馬史観に通低する部分であるのかも。

    0
    投稿日: 2018.10.03
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    高杉晋作率いる御楯組が御殿山英国公使館焼き打ちから、佐幕派に傾いた長州藩にクーデターを仕掛けようとする晋作の奔走までの第3巻。 前巻までに吉田松陰に惹かれた自分としては晋作による吉田松陰遺骸の改葬で幕府に一泡吹かせたエピソードが痛快事です。しかし松陰も死してなおなんども寝どころを掘り起こされ、荒らされ眠って安らかではないですね。死してなお影響力があります。 晋作の才覚によりめまくるしく変わる時勢に悉く善処する行動力、胆力に惹かれます。翻って幕府や長州藩の存外不甲斐ない態度、外国人を苛つかせた協議性は個人の決断力や責任を削ぐものとして愚たるものと感じます。 長州藩の幕末はほんとに劇的ですね。最終巻が楽しみです。

    0
    投稿日: 2018.04.29
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    【あらすじ】 狂躁の季節がきた。 長州藩は既に過激派の高杉晋作をすら乗りこえ藩ぐるみで暴走をかさねてゆく。 元冶元(1864)年七月に、京へ武力乱入し壊滅、八月には英仏米蘭の四カ国艦隊と戦い惨敗…そして反動がくる。 幕府は長州征伐を決意し、その重圧で藩には佐幕政権が成立する。 が、高杉は屈せず、密かに反撃の機会を窺っていた。 【感想】 主役が完全に高杉晋作に移った3巻目。 京での失脚や下関での戦争、蛤御門の変など、これまで勢いづいていた長州藩の落ち目が描かれている。 前巻までは大らかに見られていた長州藩内部も、過激派たちによって幕末らしくどんどん血なまぐさくなっていった。 そんな極限状況の中、高杉晋作と井上聞多、伊藤博文の暗躍が目立つ。 「疾風迅雷」と作中何度も描写されているように、高杉晋作の行動スピードや胆力は非常に読んでいて面白かった。 長州目線からの幕末物語もついに次巻で終わりを迎えるわけだが、最終巻でどういったエピソードがあるのか非常に楽しみ! 【この本から何を活かす?】 ・何事もタイミングが大事!見誤って事を成そうとしても、潰されるのがオチ。周りの状況を見ること! ・薩摩藩の冷静沈着さは見事!どんな時も落ち着いて俯瞰した物の見方が大事! 【内容まとめ】 1.井上聞多はある意味キ○ガイ。癇癪を起こした時に本領発揮する。 2.幕末は諸行無常。長州藩が過剰な攘夷などデカイ顔しすぎたせいで、各藩や天皇からも嫌われることとなった。 3.開国で世がザワついている状態で、唯一薩摩藩のみが冷静であった。将軍や各藩は我を失ってしまい、薩摩に主導権を握られてしまった。 【引用】 ・井上聞多 「銭の事なら井上に聞け」 とびきりの物知り。 新知識とあればどんなカケラでも手に入れて、それをこなれのいき胃袋のような頭で咀嚼できる。 松下村塾の門人ではない。 攘夷について後年、「あんときゃ、ああじゃなきゃならんかったんじゃ」と現実的な意見も述べている。 江藤新平いわく、 「井上という男は、彼のいう議論が間違っていても仕事はそのわりに成功させる。 伊藤は議論に間違いがないが、仕事がその割に成功しない。」と評した。 井上は理屈下手の仕事上手で、猥雑としか評しようのない度胸の良さがあった。 p88 藩は必ず滅ぶ。 防長2州は砲火で焼け、焦土になる。 (ならねばならぬのだ。) 敵の砲火のために人間の世の秩序も焼けくずれてしまう。 すべてを失った時、はじめて藩主以下の人々は狂人としての晋作の意見に耳を傾け、それにすがろうとするにちがいない。 (事というのは、そこで初めて成せる。それまでは待たねばならぬ。) 敗軍の時に出れば、敗戦の責めをひっかぶる役になり、人々は晋作を救世主とは思わなくなるだろう。 ひとに救世主と思わさなければ何事もできないことを、晋作はよく知っていた。 p107 奇兵隊のオーナーは白石正一郎 p114 「これは勅諚である」 と、天子の命令を切り札として振り回し、ときに将軍家茂すらその前に平身低頭させた。 久坂玄瑞らの長州藩士が過激公卿を操り、それらの公卿を通して勅諚を乱発して幕府やその他の雄藩(薩摩、会津など)を押さえつけた。 こういう怨念が、薩摩と会津の結託せしめることになり、この両藩は薩会と呼ばれた。 そして意外にも孝明天皇は長州藩の暴走主義に対してきわめて濃厚な不快感を持っておられた。 そこで薩会の穏健さを大いに気に入り、それが8月18日の「禁門の政変」につながった。 海峡ではヨーロッパ列強の脅威があり、京都では政局から失脚した。 p150 薩摩によって背負い投げをくらわされたのは長州だけでなく、のちの慶喜も同様であった。 長州も慶喜も、「薩摩藩」というものの性格を誤解していた。 長州藩は、晩年すでに思想藩であった。 しかし薩摩藩は、西郷その人は思想家だったにせよ、西郷の周りのものや藩そのものは思想団体では決してなく、いわば戦国期の権謀術数時代の1独立国のような意識と意思をもった体質であった。 慶喜や長州藩、また諸藩の人々は、幕末のこの時代を「思想の時代」とみていた。 尊王攘夷のイデオロギーの時代というのが普遍的な常識思考であった。 その中で薩摩藩のみが、濃厚に「政略」で動いたところに、この藩の幕末維新史における目ざましさと奇妙さがある。 p253 ・周布政之助の割腹自殺 政客というものは役者と同じで、自分の出るべき芝居に出て、その舞台の幕が降りればさっさと退くもの。

    11
    投稿日: 2018.02.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長州藩や高杉晋作が色々な出来事を経るたびに攘夷・佐幕・開国と立場がコロコロ変わっていくのが興味深い。また奇兵隊を作った高杉晋作が、自分のために奇兵隊を使わず、他の人間に運用を任せていたという点も興味深い。幕末を経て近代の日本の国家ができるまで、色々な人間が関わるため、日本の細かい歴史を知る点では非常に興味深く読むことが出来た。攘夷・佐幕・開国と揺れに揺れた長州藩が、最終巻でどうなっていくのか?。引き続き読んでいきたいと思う。

    0
    投稿日: 2017.10.11
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    「長州は長州によって立つ」 九州での3週間で高杉晋作が掴んだ、「自分のことを自分以上に考えてくれる人などいない、自身がインフルエンサーたるべし」、という感覚は、何にでも応用出来る、励みになる教えだ。 次巻で、いよいよクライマックスへ。

    1
    投稿日: 2017.08.24
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    3巻は引き続き高杉晋作中心の世界。彼と伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)の三人党が、日本を引っ張った長州をいかに引っ張ったかというお話。でも、こんなに脱藩を繰り返しても、藩の中枢に戻ってこれるというのは長州の懐の深さ故なのかなぁ。 今の山口出身の政治家に感じるものはありませんが、明治を作った長州志士には感じ入るものがあります。

    0
    投稿日: 2017.04.30
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    p.45 高杉の自己評価を受けて 「ちょうど酒をまだ入れていない瓢箪のようで、尻の据わりもわるく、またしめくくりも無い。いうならば、江戸っ子がいういわゆるゴロツキ野郎なるものか」と、おもしろおかしく自分を嘲っているが、かといって自己嫌悪でもなく、虚無思想の徒でもなく、また絶望という気分に自己愛の甘美さを見出す男でもなかった。かれには元来、絶望という感覚がなかった。なかったのは、天成なのか、または現実を大肯定する儒教によってその精神を形成していたからか、それとも前途に絶望を感ずるのは知恵のないあほうがみずから掘るおとし穴だと思っていたのか、どうやら後者らしい。かれの当時、絶望という日本語がなかった。困ったという言葉があった。 「わしは一生、困ったと思ったことがなく、口に出したこともない。」 →「それとも前途〜」以下は凄く深い意義がある。つまり自らの前途に絶望するのは対処策を思いつくことのできない阿呆がすることだと解釈。どんなに危機的な状況でも絶望に時間を使うのではなく打開策を見つけ出すのが高杉の生き方を真似ることだ。

    0
    投稿日: 2017.02.28
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    高杉晋作の長州改革の話。 読んでいて胸が高鳴るような心地よい緊張感と高揚感がある。 真剣に日本と向き合い、変革のために生きたいと考えてしまうようになった。

    0
    投稿日: 2016.11.11
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    攘夷を掲げた長州藩はどんどんと過激化。外国にも幕府にも喧嘩をふっかけては返り討ちにされる。が、高杉晋作にすれば、それも計算の範囲内。藩の敗戦処理にさっそうと登場しては、存在感を放つ。そして、晋作は長州愛はあるが、権力には極めて淡白であった。自らが作り上げた奇兵隊すら、トップの座をあっさりと他人へ譲ってしまう。 また、この第3巻では晋作以外の歴史に名を残した伊藤博文、山県有朋、井上馨ら、長州人が活躍する。この3人と比較しても晋作の独特な狂いっぷりは目立つ。 著者と吉田松陰いわく、晋作は歴史のうねりの中で自分がいつ何をすべきか、全て知っていたらしい。それゆえに、長州藩、日本がどれだけ窮地に陥ろうとも自己を保ち、時には愛人と馬鹿騒ぎもできたのだ。

    0
    投稿日: 2016.06.28
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    高杉は時勢を読む能力が高かった。後の明治の元勲が登場。中でも井上馨が劇的で印象が変わる。20代に読みたかった本。

    0
    投稿日: 2016.06.22
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    1,2巻は、松陰について書かれています。3,4巻は、高杉晋作と革命...。息もつかず読んでしまう本です。

    0
    投稿日: 2016.04.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「藩の天地は俗論が満ちている」と、晋作は言い、いきなり「やるかね」と、言った。人を説得するにしても、晋作という男は鳥の声ほどの短さでしか言わない。あとは相手の目をじっと見、その精神から立ちのぼる気のうごきをみるだけである。  山県は、天性、農民のように自重ずきで、軽快な行動力をもっていない。かんじんの軍略の才も二流で、志士であるために多少は必要な教養も歌学のほかになく、さらに歴史像をみる目も聴衆の未来を洞察するような目もなかった。ただ一つ、かれは人事の才があった。自分の隊内権力を安定させるための配慮はじつにみごとであり、この才があるがために隊士も自然この軍監こそ奇兵隊秩序の中心だとおもうようになっている。  この時期、奇兵隊氏は二百人ほどであった。山県は、わずか二百人で、全藩士を向うにまわしてのクーデター戦争ができるとはおもっていなかった。山県は、そのことを言った。 「なるほど」晋作は、さからわなかった。かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら二百人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。その点、山県と同意見なのである。ただ山県が、 ーー死に物狂いでやってみましょう と、気を動かせば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみせるつもりはあった。が、あきらめた。

    0
    投稿日: 2016.01.10
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    松陰に端を発した「狂」という思想。藩社会全体に浸透するとどうなるか。まるで社会実験を見ているようだった。理屈など通じず、まるでイデオロギーの権化となり、日本と外国を同時に敵にまわす。冷静に考えたらありえない自殺行為。なのに長州はそういう藩になってしまった。同時に、維新に向けた日本に対し、大事な2つのことを実証してくれたのは何とも皮肉であり残酷でもある↓ ①幕藩社会と諸外国との政治仕組みの違い。近代社会へ脱皮するために足りないもの。 ②戦争処理の仕組みと考え方(←かなり西洋論理ではあるが)

    0
    投稿日: 2015.12.20
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    藩主への忠誠と自分が行おうとしていることの矛盾。そこが特に表現されていたと思う。矛盾した感情の中で、他人に苛立ったりはするが、自分の考えに迷いはないという高杉晋作の人物像を見事に確立させたかと思う。

    3
    投稿日: 2015.08.29
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    吉田松陰が なくなり、その弟子の 高杉晋作の時代 となる。 この高杉晋作は とらえどころのない 人物。 まったく、行動予測ができない。 大きな潮目には登場し、世の中をあっと言わせたい と思い、その通りに行動する。 まさに、集中力 というか 狂気の人である。 その行動の急なることは 迅速である。 伊藤博文が言う 「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、 衆目駭然、敢て正視する者なし。 これ我が東行高杉君に非ずや…」 静かな時は 女郎屋にいる。 そして、風流をかなでる。 これくらいの幅の広がりが 明治維新後 なくなってしまうのですね。 長州藩が まけることで、講和の代表となるが じつに 政治的な 発言をし、演じる。 世の中が 見えていたのですね。 井上聞多が かんしゃくを起こせば起こすほど 論理的になり、藩主にまで 意見をきちんといえる。 そして、時代の流れを よく見ることができる。 彼の持つ センスが 明治の中に生きていくのだね。 先を見通す チカラ。 そして、長州人 が 日本の政治の中心をつくって行くのが 遠望されている。

    0
    投稿日: 2015.08.07
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    淡々と、晋作が長州で暴れ始めるところで終わる。 何か、どうして長州が暴発したのか、佐幕派、改革派がころころと変わっていった過程が、ほかの書ではあまり見えてこないから、今回の本でだいぶ理解できた。 先の読んだ、花神でもいまいち良くわからなかったが、今既に4巻目。 最後はどうなる?

    0
    投稿日: 2015.04.11
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    高杉晋作像が崩れてくな〜 いかに一方向でしか歴史を伝えられないかが分かる。教科書は、だからこそ、よくねられなきゃいけないし、当たり障りないものになるんだな

    0
    投稿日: 2015.04.04
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    高杉がいよいよ本領発揮した!と思える暴れっぷりを見せると思いきや、それを凌ぐ勢いで井上聞多の方が暴れん坊だった… あれだけ攘夷攘夷と言っていた彼らが色んなことを理解し把握していく上で西洋を認め、いよいよ自らの藩と幕府を変えようと奔走していくところにドラマを感じる。

    0
    投稿日: 2015.03.25
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    (2015.03.19読了)(2013.06.15購入) この巻で活躍するのは、井上聞多と高杉晋作といったところでしょうか。 その次が、西郷吉之助と伊藤俊輔で、重要な役回りは、来島又兵衛かな。 それにしても、高杉晋作は、出待ちが多いような感じです。不思議な人物ですね。作者の司馬遼太郎さんの書き方のせいでしょうか。 奇兵隊をどのようにつくって、どう訓練したか、というようなことは全く書かれていません。作者にとっては、興味のなかったところなのでしょうか。 久坂玄瑞もあまり出番がないですね。大村益次郎も名前がちょっと出てくる程度です。 この巻は、1860年から1864年あたりを行きつ戻りつしながら描いています。 蛤御門の変とか、下関戦争とか、長州征伐とか。 【目次】 井上聞多 焼打ち 御成橋事件 狂生 饅頭笠 砲声 出発 馬関へ 暴発 幽魂 大潰乱 灰燼 転換へ 暗殺剣 砲火 壇ノ浦 談判 ヤクニン 彦島 脱走 ともし火 海風 堺屋 山県と赤根 ●高杉晋作(57頁) 「長州藩はほろぶべきだ」 という異常な―長州人がきけばのけぞっておどろくであろう―前提を、かれはその行動や思想の底の底に秘めつづけていたからである。 ●奇妙人(63頁) 高杉晋作というこの奇妙人は、他藩とのつきあいをいっさいしなかった ●毛利敬親・元徳父子(96頁) 毛利敬親・元徳父子は、定見がないといっていいほどに大らかである。ただ藩士に対する仁愛の情がつよく、そういう点では、「思想家」である容堂や久光のようなむごいことはしなかった。容堂、久光は、その思想と政略をつらぬきとおすために、ずいぶんの反対派勢力の藩士を殺した。 ●武士の世(102頁) 「奇兵隊」の創設から、明治維新は出発するといっていい。 とはいえ、晋作は、 ―武士の世をおわらせてやろう。 とまでは口に出していったことはない。武士の世がおわることを早くから予言していたのは、のち幕府方につくはめになった越後長岡藩総督の河井継之助や土佐の坂本竜馬、長州では晋作よりのちにあらわれてくる大村益次郎らであった。 ●勅諚(114頁) 久坂玄瑞らの長州藩士が過激公卿をあやつり、それらの公卿を通じて「勅諚」を乱発し、この勅諚の権威で幕府やその他の雄藩(薩摩、会津など)をおさえつけた。当然、反撥がおこるであろう。政治は理性よりもむしろ感情が支配する。 ●「政治」(196頁) 「政治」という魔術的な、つまりこの人間をときに虐殺したり抹殺したり逆賊として排除したりする集団的生理機能のふしぎとむずかしさを、 ●上司の命令(223頁) 「上司」とは責任と姓名をもった単独人ではなく、たとえば「老中会議」といった煙のような存在で、生身の実態がないということがわかる。 ●遺伝体質(224頁) 太平洋戦争という、日本国の存亡をかけた大戦でさえ、いったいたれが改選のベルを押した実質的責任者なのか、よくわからない。太平洋戦争のベルは、肉体を持たない煙のような「上司」もしくはその「会議」というものが押したのである。 ●亡命(237頁) 「朝鮮へでもゆくか」 晋作にいわせると、毛利家の血筋だけは絶やさぬため藩主父子をひっかついで朝鮮へ亡命する、というのである。 どうせ長州藩領は焦土になる、いまのうち藩の金をひっさらって藩主父子をかついで日本海岸から逃げ出す、その手しかあるまい、と晋作はいうのである。 ●権力に淡泊(268頁) 「高杉という鳥は天を飛翔しているが、梢にとまって巣を作るということをしない」 奇兵隊総督という位置を、創設数か月で晋作はかるがると捨てた。 ●説得(270頁) 晋作はその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。 ☆関連図書(既読) 「花燃ゆ(一)」大島里美・宮村優子作・五十嵐佳子著、NHK出版、2014.11.25 「世に棲む日日(1)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10 「世に棲む日日(2)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10 「久坂玄瑞の妻」田郷虎雄著、河出文庫、2014.11.20 「青年(上)」林房雄著、徳間文庫、1986.08.15 「青年(下)」林房雄著、徳間文庫、1986.08.15 (2015年3月22日・記) (「BOOK」データベースより)amazon 狂躁の季節がきた。長州藩は既に過激派の高杉晋作をすら乗りこえ藩ぐるみで暴走をかさねてゆく。元冶元(1864)年七月に、京へ武力乱入し壊滅、八月には英仏米蘭の四カ国艦隊と戦い惨敗…そして反動がくる。幕府は長州征伐を決意し、その重圧で藩には佐幕政権が成立する。が、高杉は屈せず、密かに反撃の機会を窺っていた。

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    投稿日: 2015.03.22
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    高杉晋作や同時代の人々とともに、幕末の長州藩が描かれる。もちろん、司馬遼太郎さんの考察によるものでしょうけど。 攘夷から開国へ、佐幕へ、スローガンに先導される多くの人の熱狂と、そのからくりを感じ、奔走する晋作らと。その熱狂ぶりのそら恐ろしさ。これは、今、読んでいるからなのか。 刃を向けてくる危険な「ろうにん」とともに、交渉をしてものらりくらりで時間の無駄にしかならない「やくにん」という言葉が、外国人の間で知られていたとの話に苦笑。 それと、若き日の井上馨があんなふうだったとは。

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    投稿日: 2015.03.14
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    高杉晋作の行動を追います。 それにしても長州の志士たちの年若いこと。 ジャニーズJrのころ松下村塾に通い、 Hey! Say! JUMPのころに幕府を相手に戦争し、 嵐の頃までには大半が早世。 乱暴ですが。

    0
    投稿日: 2015.02.06
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    巻(三)は戦略的攘夷のため、狂人となった高杉晋作の幕府への挑発から始まります。まずは御殿山の英国公使館焼き討ち。この焼き討ちには井上聞多(馨)や伊藤俊輔(博文)も参加します。そして吉田松陰の遺骨を白昼堂々と掘り出し改葬する御成橋事件。いずれも幕府は長州に処罰をくだせず。京都では孝明天皇の行幸に随行する馬上の将軍家茂に「征夷大将軍!」と叫ぶが、行幸中であったため、ともの幕臣は晋作を捕らえることが出来なかった。さらに晋作は将軍暗殺を企てるが、事前に発覚して失敗。その後晋作は長州随一の美人である妻のお雅も家に置いて東行と称し山に籠る。この間に長州藩は攘夷を実行するために、下関で外国船に砲撃を開始する。しかし外国船の反撃にあい、窮した長州藩は脱藩していた晋作を許し、晋作を下関に派遣し藩の防衛を託す。ここで晋作が創設したのが身分に関係なく参加できる奇兵隊であった。この奇兵隊が明治維新の原動力となるが、そこまでの道のりは晋作でなければ絶対に不可能であったと思われます。その後の8月18日の政変、蛤御門の変、四カ国艦隊の侵攻。幕府の長州征伐。長州は滅亡寸前でした。またこんな最中に長州が行った英断は五人の若者を欧州に密留学させたことです。このなかに井上聞多と伊藤俊輔が入っていました。しかし最初の長州の外国船砲撃が始まった時に、亡国を防ぐため両名は留学を止めて帰国します。またこの両名が戻らなければ今日の日本はなかったと思えます。作者は晋作を加えた三人を三人党と称していますが、決死の三人党の活躍を知ることは現代でも意味のあることだと思います。巻(三)の最後は佐幕派の長州藩を再び倒幕派にするために、晋作が奇兵隊を動かすことを考えます。晋作は奇兵隊の創設者でしたが、他の政務に転身したため奇兵隊の実権は山県有朋が握っており、クーデターには慎重でした。巻(四)に続く。

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    投稿日: 2015.01.28
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    なんという触れ幅の大きな、そして濃い人生なのでしょうか。時代は違えど同じ時間を与えられて生きているのに、この密度の濃さの違いは何か。読んでいて幕末という時代の激しさを感じました。こういう言い方はそぐわないのかもしれませんがキャラ立ちすぎです。あと1巻で終わるのが寂しいのですが、ここまできたら最後まで読み通します。

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    投稿日: 2015.01.26
  • 世に棲む日日(三)

    高杉晋作が騎兵隊を結成し、長州征伐により九州に脱出する激動の時期を描く。中盤から重要人物である井上聞多が登場。高杉以上にエキサイティングな人物で、魅力溢れるキャラクターが好き。終盤から登場する山県有朋の今後の活躍も楽しみである。

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    投稿日: 2015.01.23
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    2015.1.17 歴史のうねり。作用、反作用を見極めながら、ただ、自分の方針は変えずに、方法を探った晋作。 長州の歴史は、日本の歴史だと捉える、著者の視点は納得。

    0
    投稿日: 2015.01.17
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    高杉晋作は革命を成し遂げるために生まれてきたと実感した。蛤御門の変や禁門の変で松下村塾の人達が亡くなるなかで、その場に居合わせなかったのは、天の差配だろう。高杉晋作はあちら此方と動きまわるが、井上聞多の大活躍ぶりや山県有朋の台頭など明治日本で権力を握った人達の動きなどもなかなか面白い。

    0
    投稿日: 2015.01.07
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    高杉の奮闘がいよいよ佳境に。長州藩の方針は幕府や諸外国の圧力によって左右に大きく振れ、翻弄される若き志士たち。この、幕末時点でもっとも進んだ考え方を持っていたとされる長州藩でさえ、その意思決定は「会議」で決まっていて、しかも世論(左右の志士達)の強い方になびいていた。「会議」という人格・実体のないところで藩の行く末に関る重大な意思決定がなされ、それが元で大きな犠牲を払うことになる姿は、太平洋戦争への猛進というかたちで繰り返される。これからも無いとは限らない。

    0
    投稿日: 2014.12.27
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    高杉晋作があちらこちらへ狂奔する章。 ほんの2〜3年の間に先頭に立ったり、隠れたり忙しく立ち回る。 合理的ではなく、誰も責任を取ろうとせず、雰囲気に流されるところは日本人の特質か? だから責任を持って動ければ英雄たりえる?

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    投稿日: 2014.07.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    高杉晋作がいよいよ真価を発揮します。意外にも井上聞多も活躍します。怒涛の勢いのまま最終巻へ続きます。

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    投稿日: 2014.05.27
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    今の自分たちの世界は、この時代の人たちの想いや血のうえに成り立ってるということを忘れたらいかんと思うのです。

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    投稿日: 2014.04.20
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    前章で反幕思想を持つ事は狂である、と述べた松陰ですがその斜め上を行く過激さを以て実践する高杉晋作こそ正に“狂人”。 人一倍藩を愛す一方、開国の為なら藩を潰すも已む無しと4ヵ国艦隊と幕府に喧嘩を仕掛け、最終的に日本全土に睨まれた長州は壊滅の危機に晒されるのです。 オセロの表と裏の如く英雄と指名手配犯を交互に復誦する晋作。この章では井上馨の株が急上昇しました。

    0
    投稿日: 2014.03.31
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    『英雄とはその個人的資質よりも、劇的状況下で劇的役割を演ずる者をいうのである』 目から鱗である。 役人(役職がある人)の、保身による事なかれ主義体質が今も昔も同じで哀しい。日本特有だという事実がさらに、哀しい。

    0
    投稿日: 2014.03.09
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    吉田松陰から高杉晋作へと受け継がれたこの作品の主人公なのだが、高杉晋作はまさに「狂」である。前巻の書評にて、彼の成長を楽しみたいと書いたのだが、前巻においては久坂玄瑞の一歩後ろを歩くように、それほど目立った動きをしていなかった高杉、本巻においては激し過ぎる動きである。その行動力は師匠の吉田松陰以上だし、まるで酔っ払いのような人生観である。まぁ、多分に司馬遼太郎氏の創作もあるのだろうが、自分に酔っている、つまりナルシスト。ただ、高杉の行動は全て史実に則ったものであるため、あながち嘘ではないのだろう。 とにかくやることなすことが規格外。そして、所属である長州藩の歴史的事件には、多少絡みがあるものの、彼独特の思想により一歩引いた立場により深くは関わらない。 例えば… 品川御殿山英国公使館焼き討ち これを主導したことにより、尊皇攘夷の波に乗ると思いきや、その後長州に帰って出家。10年の隠遁に入るため、と。あれれ、尻すぼみ。 奇兵隊 高杉の一番有名な業績は奇兵隊結成だろう。だが、初めの期間に率いただけ。 八月十八日の政変 京都での政変なのだが、この時高杉は長州にいて、その後(わざわざ)脱藩して京都に上り潜伏するも、何も爪跡を残せず長州に帰郷。そして投獄→謹慎。 禁門の変 盟友の久坂玄瑞は失敗のうえ自害するも、高杉は謹慎中。 四カ国艦隊、下関砲撃 謹慎中なので参戦せず。のち、謹慎解けて交渉役に。 などなど。物語はまだ続くが、とりあえずこんな感じで、事件の中枢にいたわけではなく、様々な立場や職も長続きしない高杉。 妻や老親を地元において、ふらふらと各地をあちこち出歩く。そんな「フーテンの寅さん」のような生き様が人気の秘訣なのかも知れない。 早いもので、次巻は最終巻。松陰と同じく花のように短い命を散らす様をとくと味わおう。

    0
    投稿日: 2014.02.22
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    尊王攘夷を唱え、急進派を中心に暴走する長州藩。やがて京都の政変で敗れ、更には4か国艦隊に戦争を挑んで敗れ、ついには幕府が長州の討伐を決定する。この歴史の大渦の中で、時には中心にあり、時には潜伏しながらも、徐々にその存在感を巨大なものにしていく高杉晋作。急進派のリーダー、革命家といわれる彼が、実際には時流を見、自らが必要とされる時を待つ目をしっかりと持っていたことに驚かされる。 それにしても、これだけの大きな流れを自ら生み出し、また激流に飲み込まれていった長州藩のエネルギーというのはあらためて凄まじい。県民性なのか、毛利家の教育のたまものなのか。考えさせられる。

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    投稿日: 2014.01.20
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    晋作は生涯,人を説得するというようなことがなかった。相手に気がなければしょうがない。このような風であった。

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    投稿日: 2013.12.20
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    吉田松陰と高杉晋作を中心に書かれた幕末を舞台にした歴史小説。全体を通して、松陰の弟子を1人の人間として尊重し、絆を大切にする姿勢に感服です。会社も教育現場も、何らかのコミュニティの上に立つ人に必要なものではないでしょうか。

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    投稿日: 2013.10.07
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    どんどん盛り上がってきます。井上聞多にも惹かれました。けど高杉晋作の行動力はすごいです。まさに疾風雷電。

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    投稿日: 2013.10.03
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    話の中心は松陰から高杉晋作へ移ります。 かれほど行動的な人物も珍しいかなぁと。革命の中心人物とは、じつにいろいろな個性強き人が登場するなと思います。思想を行動に移す迅速さ、タイミング。強烈でした。

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    投稿日: 2013.06.26
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    突然船乗りになってたり、脱藩して投獄されてしまったり、奇兵隊をつくったかと思えば出家してしまって、でも「家老」として下関戦争の講和をしたり、そののち命を狙われる身になって・・ と、何と振れ幅のすごい人生。ですが、本人的には一本の筋が通っていて。その生き様が、激しく動かされていくその時代の混沌としたかんじをあらわしているような、そんな風に思いました。 下関戦争の講和次第で彦島が香港になっていたかも?そうすっと下関が九龍?の件は、なんかすごいですね。ほんとにそーなってたら・・どうなん。 個人的には、この巻にでてきたパトロン白石さん、すごすぎ!!と思いました。平尾山荘のおばちゃんも。面白い人がたくさんいるなぁ。

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    投稿日: 2013.05.27
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    蛤御門の変の時、高杉は脱藩の罪で幽閉状態だったのか それにしても、松陰の骨を運んだり 将軍を呼び捨てにしたり、よくまあ殺されなかったものだ 長州藩が雰囲気に流されて、 歯止めが効かなくなる状態を 後の大東亜戦争に絡めて書いている 23 晋作、他藩嫌い 28 味方の活路を作り、敵の逃げ道も開く 50 長州独走、薩摩は嫉妬。大久保、魔術師のように暗躍 63 晋作の評価、他藩から低い。久坂が遥か上 71 100日も同居しなかった 95 そうせい候、お人よしの藩主、 山内容堂、独裁者的性格、容赦なく刑殺 島津久光、偏執的保守思想家 121 蛤御門後に長州藩士、新撰組に追われる 125 薩会の罠 152 攻め入るまで20日 159 井上(名家)伊藤、仲いい。女好き 173 サトー 182 77年後の世界大戦争 194 講和説、井上癇癪 219 賠償金は幕府→明治政府 221 幕府の役人ダメ 224 ヤクニン 246 彦島、香港化を回避、晋作の機転 270 山県、自重好き。晋作、生涯人を説得したことなし 300 大名は植木 303 西郷どんの名望好き、島津久光の嫉妬 高杉は恬淡、権力欲なし 奇兵隊創設に財産を傾けた下関の豪商 長州ファイブ密航を手助けする横浜の番頭 そういう機運が満ちていた時代  

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    投稿日: 2013.04.11
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    ひとりの男がテロ決行の発覚を怖れ 爆発物を火薬ごとチビチビ胃に隠蔽する作業からはじまる世に棲む日日第三巻

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    投稿日: 2013.02.14
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    書きかけ ―井上という男は、かれのいう議論がまちがっていても、仕事はそのわりに成功させる。伊藤(博文)は、議論にまちがいがないが、仕事がそのかわりに成功しない。 「ひとが折角の苦心をかさねて百両の金を算段してきたのに、諸君はなにごとぞ、酒を食らい、酔い狂うばかりか、愚にもつかぬ、争論をしおって」 「事はこれからだ」 と、晋作は胸中べつな企画を秘し、さしあたってこの禁足仲間を中心に藩内で攘夷結社をつくろうとした。事をなすにはまず組織が大事だ、と晋作は言った。 本来、隠密行動であるべきであるのに、晋作は逆に出た。が、ここまで来れば逃げ隠れするより、逆に敵に対し威嚇行動に出たほうがいいと晋作は思ったのである。 「で、いつなさるのです」 と、伊藤俊輔はきいた。 「あすよ」 晋作のいうことは、つねに足もとから鳥が飛びたつようにいそがしかった。

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    投稿日: 2013.02.04
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    高杉の男気や行動力は好き。 おうのやお雅は…時代と高杉に会ったことで、自分の運命を決めてしまった切なさがある。

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    投稿日: 2012.12.21
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    高杉晋作メイン。 井上や山県も出てきて、盛り上がってきた感じ。 英国大使館焼き討ち~クーデター手前くらいまで。

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    投稿日: 2012.11.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    わがままで負けん気が強くてえらそう。周りにいる人間は大変だったろう。そんな高杉晋作が何故かかっこいい。

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    投稿日: 2012.05.03
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    吉田松陰亡き後、高杉晋作がメインで話が流れて行きます。高杉晋作は脱藩したり、捕まったり、釈放されたり、坊主にしたり気ままですね。そして、それを許しちゃう長州藩も穏やか。

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    投稿日: 2012.03.25
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    かなり盛り上がってきた!!単純に面白い。自分が知ってる歴史上の人物が多数登場してきて、それが面白い(^^)歴史の追体験的な。 松陰が仲間を大事にし、仲間に慕われたのに対して、晋作が仲間から能力は認められていたが、慕われてはなかったのが印象的であった。 人生は友で決まる、といったことをシリーズのどこかで松陰が述べていたことがずっと印象に残っている。

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    投稿日: 2012.02.17
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    高杉晋作の動きとともに、歴史はどんどん動き始める。まさに歴史を動かす革命家です。 それにしても、この時代の男は格好良すぎます。 自分の信念を通す為、戦術的ではなく、戦略的そして政治的に動く。 少しは見習わなくては。

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    投稿日: 2012.02.11
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    高杉晋作がついに藩内で、クーデターをおこし、肺結核で亡くなるまで。長州藩を欧米列強と同じレイヤーと位置付け(日本全国をまとめて、同じレイヤーとするのではなく)開国路線にしていく。圧巻。一度読んだはずなのに初めて知ったと思うことばかり書いてた(^^;; だんだんディテールじゃなくストーリーが気になる感じになって来た!早く4を読みたいのに手元にない! この当時の日本では(武士階級だけ?)心情や決意をすぐに詩にして相手に書いて渡す風だと書いていて、自分でも不思議なくらいその習慣にささった。なんか、教養と清潔な心持ちが美しい文章になって相手に伝わるのはとてもいい。共通の知識がないと伝わらず、伝わると言葉以上の内容がわかる。 そういう奥ゆかしい感じはギュンギュンするなあ。 小学生?中学生の頃に知った平安のころの後朝の文の習慣にもギュンギュンしてたし、大学は一番楽チンという理由で選んだと思ってたけど英米文学詩専攻だし、実は詩が好きなのかも。

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    投稿日: 2012.01.04
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    歩みは遅くゆっくりとした足取りながら、着実に時代が動く、第三巻。 要するに、読むのが遅いってことです。お恥ずかしい。 なんだかんだで三巻目。 高杉晋作という青年の思想と行動から、長州、ひいては日本そのものを揺るがす大革命に至るまで、時代がうねうねと蠕動している。 歴史の客観的記述者であった筆者の筆は、高杉晋作の行動に伴い、ますますその文学性を高め、一人の舞台役者としての過激で華々しい舞台を描き出す。 「晋作は、一個の芝居作者であった。舞台というかれ自身の人生が、それである。それへ筋を書き、演出までし、しかも役者はかれ自身であった。筋ははげしく劇的であらねばならぬと思っていた」 「歴史が緊張するとき、きわめて高度の劇的状況を現出するものだが、その劇的状況下で劇的そのものの帰り方で帰着したかれら(私注:伊藤俊輔(のちの博文)、井上聞多(のちの馨)のふたり)は、当然、英雄たらざるをえない。英雄とはその個人的資質よりも、劇的状況下で劇的役割を演ずる者をいうのである。かれらは本来、無名志士にすぎなかった。しかしこの瞬間から英雄の座へかけのぼるのである」 「大緊張下の政治は、政治そのものが痛烈な喜劇性と悲劇性を持っている。その上におどろうとすれば、深刻な悲劇役者であるとともに、場内を沸かせる喜劇役者であらねばならず、そのためにはよほどの奇妙人であらねばならない。  晋作はそういう奇妙人である資格を持っていた」 「政客というのは役者とおなじで自分の出るべき芝居に出て、その舞台の幕がおりればさっさとしりぞくというものであった。退くとは、死のことである」 「晋作の出るべき幕はおりた。晋作にいわせれば幕がおりているのに舞台にぼんやり立っている必要はないということであろうし、つぎの舞台をつくるために劇場そのものを飛び出さねばならぬということであろう。このあたりの機敏さは、 『動ケバ雷電ノゴトク、発スレバ風雨ノ如シ』  と、伊藤博文が晋作のために書いたとおりであった」 歴史上の人物をフィクションの世界に持ってくることは、今日特段珍しくもないが、その描き方には、様々なメリットとデメリットが混在している。 仮にも作劇をするものとして、それは現実の問題として、心に留めておきたい。 メリットは、歴史上の人物そのものに焦点を当てることで、その功績を後の世にまで知らしめること。 デメリットは、その描き方を英雄視すればするほど、本来の人物像とはかけ離れたものになっていくこと。 特に、昨今はやりの戦国・幕末ブームでは、マンガ・アニメ等で「かっこよく」描くことが前提となりすぎているのは、実はちょっといただけない。(あくまでも余談だけど、某『龍馬伝』において、幕末の英雄坂本龍馬を、会う人会う人がすべて「こいつはただ者じゃない」「こいつは英雄だ」と特別視・特別扱いをしすぎるのを見て、さすがにそれはちょっとなあ、と思った。幕末当時の日本において、坂本龍馬は異端児でありすぎ、だからこそ、ごく少数のわかる人にはわかるが一般人にはただの変人にしか見えない、という人物像があり、時が経た後に、幕末の志士を再考再評価する段に及んではじめて、坂本龍馬は一般人にとっても「特別」たりえたわけであり、あの国民的ドラマのように、登場人物のほぼすべてが坂本龍馬に好意を抱いていたら、そもそも幕末の動乱はもっと違った顔を見せただろうし、そもそも暗殺すらされなかったかもしれない、と、妙な据わりの悪さを感じてしまう。のだけど、歴史を題材にした、たかがフィクションなので、あくまでも余談で。余談) 司馬遼太郎は、まさしくその時代にそこにいたかのように、歴史を記述する。 その際、極力、英雄であろうと奸物であろうと、一個の人間として、できるだけ等身大に描こうとしているように思う。 決して、幕末の志士はヒロイックな存在ではない。 英雄ではあるかもしれないが、コミックヒーローではない。 泥をすすり、地にまみれ、次々と積み重ねられていく先人たちや敵味方の死屍累々。 その中で、ただただ必死に生きた若者たちを、丁寧に、そしてみずみずしく描き出す。 だからこそ、司馬史観というものには、どこか一種、超然とした雰囲気があり、且つ、ファンが多く付くのだろう。 その筆者が、ここぞとばかりに「英雄」として描き出す、高杉晋作、そして、晋作とともに幕末を奔走する、伊藤俊輔と井上聞多。 彼ら三人の、なんと活き活きとしたことよ。 劇的状況はさらに続く。 長州の命運はいかに。 高杉晋作の命運は、いかに。

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    投稿日: 2011.12.09
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    1巻~2巻の主人公が吉田松陰、3巻~4巻の主人公が高杉晋作。性格は対照的だが共通しているのはその行動力。共に若くしてこの世を去ったのが惜しい。 本作を読んで、「竜馬がゆく」を読んで、「燃えよ剣」を読めば、幕末の大まかな流れはつかめるだろう。それは司馬遼太郎の世界で、史実とはズレてしまう部分もあるが(笑)

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    投稿日: 2011.11.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい」 前半は吉田松陰、後半(大半?)は高杉晋作の話。 司馬さんがこの2人をすきなのが伝わる。 そして、これを読んだらきっと2人をすきになる。 そして日本人であることを誇りに思う。 私は時世の句よりも、この都都逸に晋作の性質が出てるような気もする。

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    投稿日: 2011.10.02
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    高杉に続き、井上聞多(後の井上馨)や伊藤俊輔(後の伊藤博文)も海外渡航し、攘夷の無謀さを知る。京都の政変や、四カ国艦隊の攻撃、幕府による長州遠征など死地に追いやられた長州藩。 高杉、井上、伊藤の3人は命がけで長州藩を、そして日本を救うために奔走する。 高杉らの生き様がよく描かれているだけでなく、なんとなく(責任者が曖昧なまま場の空気で決まる)物事が決まってしまうという日本の悪しき体質まで踏み込み、現代の政治に対する教訓となるような内容も多い。そんな日本の体質とは真逆のような高杉の、英国人との講和交渉の場面は非常に痛快。今の時代にもこんなに堂々と外国人と交渉できる人物がいればと思う。

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    投稿日: 2011.09.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    藩主に対する忠誠と奇兵隊などの実際の行動の矛盾。 思いと行動の矛盾は人間の本質のような気がする。

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    投稿日: 2011.08.04
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    幕末のバイブル的書籍。歴史を変えようとする熱き思いを育んだここ山口にて、松陰の足跡を描く・・・ 読むたびに、又萩を訪れる度に思いは募る。

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    投稿日: 2011.08.02
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    【48/150】幕末、長州藩というのがいかに特異というか、藩主も含めて、その藩の持つ風土というか、土地柄というか、なんとも不思議な藩だったのだなーということがよく分かる。

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    投稿日: 2011.04.30
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    この時代の、スピードの速さは改めて凄いと感じる。 藩を動かす為に狂人となって攘夷を説き、それが大きなうねりになって藩全体が狂となり、列強の脅威に気付き開国に目覚めるときには、そのうねりにのみ込まれてしまっている。 それにしても、漠然と「すごい人」というのはあるが、晋作の魅力は実はよく判ってない。。だけど、読み入ってしまう面白さはある。

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    投稿日: 2011.03.05
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    伊藤博文が高杉晋作をたとえた 「動けば電雷のごとく、発すれば風雨のごとし」が発揮され出した。4巻が楽しみ。

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    投稿日: 2011.01.19
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    高杉晋作をはじめとする長州志士達がいよいよ歴史の表舞台へと登場する。幕末の雄藩として歴史を飾った長州藩であるが、その内情は事なかれ主義に代表される官僚主義出会った。吉田松陰や高杉晋作などは例外であり、意外ではあるがやはり長州とて日本人の民族的な特質を例外無く持ち会わせていたという事だ。そして、その特質は太平洋戦争へと引き継がれる。司馬遼太郎の小説で、おりに触れて出てくるこの流れは本書でも同様であった。歴史を通して日本人といものを探り、そしてどうしてあの悲惨な太平洋戦争へと突入していったのか、それは止められなかったのか、ということが著者のライフワークであったのであろう。

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    投稿日: 2010.12.08
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    「狂」の思想、松陰から引き継いだ「狂」の思想の時代が終わり集団の時代が来た。「動けば電雷のごとく、発すれば風雨のごとし」と伊藤博文に言わせた高杉晋作も、密かに反撃の時を待っていた。

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    投稿日: 2010.12.05
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    松陰の思想が行動へと飛翔する巻。 高杉晋作はもちろんだけれど、私は井上聞多という人物がとても面白く感じた。のちに、井上馨となり鹿鳴館をつくったりする人物だ。怒れば怒るほど論理的になっていき、殿様であろうとも(べた可愛がりされていたとはいえ)筋を通そうとする姿勢がすごい。 また、毛利の殿様も人間味あふれている。"そうせい候" っぷりが、井上とはまた違った意味ですごい。藩をあげて狂った長州で、暗殺されなかったというのは、司馬さんも何度も書いていたけれど、本当にすごい。

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    投稿日: 2010.10.15
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    高杉晋作の、才気が溢れる。歴史の歯車がどんどん噛み合って(見方によったら外れてしまって)、晋作さんの決起の舞台が整ってゆく。勢いに乗って読んでしまった。

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    投稿日: 2010.09.29
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    高杉晋作は天才すぎて行動がよう分からん。 周りはよほど大変だったに違いないけど、偉人ってこんなもん?? 俺的には井上聞多が筋通っていてアツくてカッコいいと思う。 後の外相・井上馨だけど、こんな人だったんだなあ。 反対に長州藩の首脳陣の優柔不断ぶりがビックリだわ。 この人たち、明治になったらどうなるんだろう。。。

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    投稿日: 2010.09.26
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    いよいよ本格的に高杉晋作が表舞台に出てくる話にはいる。私は高杉晋作の話を読むのははじめて。正直ドラマの世界でしか知らず、よく知らなかった。何かを変えるには、一度壊滅状態にならないと難しいという高杉の考え方は共感できる。特にダメな組織はそうおもう。坂本龍馬は非常に人気があるが、私は高杉晋作のこのようなところと別視点でいい加減な性格が魅力を引き出していると思われる。これからどのように活躍しちってゆくのか、次の4巻がたのしみ。 高杉晋作が表に出てくるところと、吉田松陰が死刑になるところの歴史的順番が工作するところが少しややこしいので注意。

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    投稿日: 2010.07.14
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    狂躁の季節がきた。長州藩は既に過激派の高杉晋作をすら乗りこえ藩ぐるみで暴走をかさねてゆく。元冶元(1864)年七月に、京へ武力乱入し壊滅、八月には英仏米蘭の四カ国艦隊と戦い惨敗…そして反動がくる。幕府は長州征伐を決意し、その重圧で藩には佐幕政権が成立する。が、高杉は屈せず、密かに反撃の機会を窺っていた。

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    投稿日: 2010.06.06
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    維新前夜の鼓動を描いた全四巻の三巻目。 四カ国連合、薩摩、会津、幕府から徹底的に弾圧され、四面楚歌の状態になっていく暴走する長州藩が描かれている。 井上馨の筋を通そうという姿勢、高杉晋作の雷鳴の如く動く性格があまりに雄々しい。 長州・日本の為を思って行動すればするほど、周囲の抵抗は強まるばかりだが、その中で一時は九州に逃げるも、決して諦めない高杉晋作に感服した。 最終的に長州藩から助けを請われたことが、良かったと思う反面、藩の上層部の体質に情けなさを覚えた。 20代前半の若者が日本を動かしていく激動の時代に、自分の故郷の先祖が貢献できたと思うと感動するし、自分も頑張ろうという気持ちを貰えた。 生涯のバイブルになるに違いない名著。

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    投稿日: 2010.04.29
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    1853年に黒船が来航してから1867年までの14年間に徐々に幕末(明治維新)が繰り広げられたのではなく、この革命は1865年には一度鎮火している。 「功山寺挙兵」晋作と俊輔、それに俊輔が従えるわずか80名の力士隊によって明治維新は起こったのが始まり。 「長州男児の肝っ玉をお目にかけます」と馬上から叫ぶ晋作 一人でもやるんだ、それは亡き松蔭が描いた草莽崛起の精神 この2年後に晋作は「おもしろうことなき・・・」の時勢の句を残します 27年と8ヶ月の短い生涯で・・・ 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然、あえて正視するなし・・・」

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    投稿日: 2009.11.16
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    吉田松陰先生と、その弟子高杉晋作の死までを描く…えーとすいません。ネタ本として読みましたすみません。 この3巻の後半、晋作が九州へ落ちて潜伏している時の話。外出する時演出に、近所の子供を借りて連れてた…ってシーンがどうしてかすごく大好きで何回もそこだけ読み返してます。ほんの数行なんですけど。

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    投稿日: 2009.07.18
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    長州は滅んじゃってもいいと思いつつ、 長州への忠誠は人一倍な彼が好きです。 それにても時代の狂気って恐ろしいね。

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    投稿日: 2009.06.19
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    正直、面白い!! 最初の松陰先生が主人公の話は、ある意味、喜劇でしたよ。 なんなんですか!?あの、アイドルっぷりはッ!!! 長州の重臣どもは皆、寅ちゃんにメロメロでどんな悪いことをしても許しちゃってます。それで、いいんですか???と、ツッコミを入れたくなる。 主人公が代替わりして、晋作が登場。 自分の中にあったイメージより晋作がまともでした。ちょっと驚き。 もっと突飛でとんでもない考えのひとなのかと思っていたのですが、意外に普通の考えを持ってる優しいひとでしたね。 司馬さんの書かれる晋作だからかな?  朝起きて、「藩が潰れる」と不意に思いが込み上げて涙をこぼすシーンがすごく印象にあります。藩を、家族を、一番愛している晋作だから回天にかける想いの強さに説得力がありました。 聞多の癇癪が可愛いかったですね。 あと、三巻後半に出てきたガタの四巻での活躍にも注目です。P94、P95はガタ好きの私には珠玉のページでございます

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    投稿日: 2009.03.13
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    人それぞれに思想があり、思惑があり、正しいことの基準も人それぞれに違います。一つのことに囚われない柔軟な思想を持つこと、自分の眼で見て肌で感じることが大事です。

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    投稿日: 2008.07.13
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    伊藤博文が評したように「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し」のような機知に富んだ戦略的な行動をとり、倒幕から日本一新を目指す高杉晋作が描かれている。これほどの決断力・判断力は幕末という時代が生んだものだろうと思うけど、それにしても高杉晋作の大器ぶりには驚くほかない。

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    投稿日: 2008.01.31
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    高杉晋作中心の話へと移りますー。 思想云々もあるけど、3巻は行動が多かったから読んでいて楽しかった。し、展開が気になった。 『歴史が緊張する時』 長州の暴走が始まる

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    投稿日: 2007.07.08
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    攘夷しまくりな3冊目はなんといっても品川英国公使館焼き討ちが熱い!(自分的に) 時代が二転三転して、たくさん周囲の人が死んだり敵になったりする中高杉が逃げ回ったり、時に外から時代を見つめている様が印象的。

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    投稿日: 2004.10.17