Reader Store
遠野物語remix
遠野物語remix
京極夏彦、柳田國男/KADOKAWA
作品詳細ページへ戻る

総合評価

32件)
3.4
0
13
13
1
0
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    遠野物語や柳田國男のことを初めて知ったのはいつだろう。周りの人はほとんど知らないのに、どうして私は昔から知っているんだろう、と不思議な気分になる。 神様系の怖い話に惹かれてしまうので、遠野物語はどれだけ読んでも飽きなかった。 死にかけた人が、もう死んだ父親にこれ以上来てはいけない、と言われて目を覚ましたお話があるんだけれど、これ、私も体験したことがある。(死にかけたわけではないけど) シンプルに怖い!!!! 民俗学って、全てを解剖することができないのが魅力だな。不思議なことを、そのまま受け入れる懐の深さもすきだ。違う本も読んでみよお!

    14
    投稿日: 2025.12.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    遠野は小さなエリアなのに、こんなにも豊かな伝説が残っている。日本ホラーの原点かも 内容を知りたい場合はやっぱり現代語訳がいい。 宮本常一好きだけどきちんと柳田國男は初

    0
    投稿日: 2025.08.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    長いこと読みたいと思って、ようやく読めました。 思った以上に素朴。 例えば『今昔物語』や『宇治拾遺物語』の方が、体裁を整えようという意図が見えるほど。 ここまで、語り手の話す通りを記録するというのは、逆に難しいのかもしれない。 そこに自分の視点を加えないという、強い意志がないと無理だろう。 その分読み手としては、話が前後していたり、伝わりにくかったりするところも多かったらしく、京極夏彦がそれを整理して読みやすく書き直したのが本書。 怪異には河童とかヤマハハと名がついたものもあれば、ただ「不思議な話」として残されているものもある。 その怪異のおかげで家が栄えた人もいれば、没落した人もいれば、何の変化もなかった人もいるというのが却ってリアル。 その不思議な話も、2~3年前の出来事から、せいぜい曾祖父あたりの昔の話なので、実感が伴っているものが多い反面、不思議な出来事に対する諦念もあり、というのが正直なところなのだろう。 赤い顔の大きな河童というのは、日本に漂流して山奥に追いやられた外国人なのかなあと思った。 目が不思議な色をしているなどと書かれているし、言葉は通じないみたいだし。 遠野は山奥にあるけれども、実は城下町で、交通の要衝でもあり、栄えていたというのは知らなかった。 旧家がいくつもあり、それらは「大同」と呼ばれている。 先祖が大同元年に甲斐の国から移ってきたからなのだそうだ。 大同というのは、坂上田村麻呂の時代。 甲斐の国というのは、領主である南部家の本国。 この二つの系統の伝説がまじりあったのかもしれないと、柳田國男は考えた。 興味深い。 遠野には蓮台野(でんでらの)という変わった地名がある。 どうしても「デンデラリュウ」を思い出してしまうけど、あれは九州のわらべ歌だし、関係があるのか、関係がないのか、気になるところ。 蓮台(でんでら)野とは、60を超えた老人が追われていくところ。 「出ん出ら」の響きとは無関係とは思えないけど。 蓮台野の南側に星谷という地名があり、そこには「蝦夷(えぞ)屋敷」と呼ばれる遺構があったり、「蝦夷銭」と呼ばれる土で作った銭のようなものが出土されたりしている。 土地柄、蝦夷(えみし)と呼びそうなものなのに、蝦夷(えぞ)と呼ぶのも、いわくありげで興味深い。

    0
    投稿日: 2025.04.26
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    京極夏彦さんが編集していると知って読んでみた。色んな妖怪が出てきて興味深い。その逸話が色んなの目線から聞けるのも貴重。 それを形作っているのは人の恐怖心や、悲哀・怒りで、そこから信仰が生まれたり慣習として残っていくんだろうね。

    0
    投稿日: 2025.02.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    図書館。遠野物語本体を紐解きたい気持ちが前々からあったが、なかなか手が出ず、ちょうど京極夏彦がリミックスしたものを手にする機会があったので。 オシラサマやその他の怪異をよく知ることができて良かった。山の怪は動物の見間違いや動物の声の聞き違いがあることが多いけれど、理屈では説明できないことも多々。 このへんの地名も「〜ナイ」「〜ウシ」とアイヌ由来であることがよくわかった。興味深い。 願わくはこれを語りて。 平地人を戦慄せしめよ。 最高。

    0
    投稿日: 2023.07.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    もともと民俗学に興味があったので、面白く感じた。 読んでいると、自分も遠野の地に行ってみたくなった。一つ一つの話が短く読みやすかった。

    0
    投稿日: 2021.07.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    面白い。 原文と対比して読めばさらなる面白さ。クセはあるものの、京極夏彦のセンスはさすが。解説も読み応えあり。 現実と非現実、時間の狭間の朧な光景。暖かな羊水に包まれて微睡んでいた、遠い日に繋がる血の記憶のような…

    2
    投稿日: 2021.06.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    現代語訳されて再編された、柳田國男の遠野物語。 東北の薄暗くも寒々しい原風景に息づく、怪異の姿がありありと思い浮かぶ。

    0
    投稿日: 2021.02.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    怖いとも怪しいとも言いきれない、なんとも不思議なエピソードの数々。明治期の日本には、非日常が日常のすぐそばまで迫っていたのかと。

    0
    投稿日: 2020.05.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2013年刊の単行本の文庫化 柳田邦男没後50年で、著作権の切れた「遠野物語」を京極夏彦が3つの部分に分け、並べ替えて編集したもの。 元々柳田邦男が聞き取り編集したものだから、その再編集版だという解説者の論はその通りだ。 京極夏彦版にもっとおどろおどろしいイメージをもっていたが、素朴な言い伝えのままだった。

    0
    投稿日: 2019.10.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    遠野に伝わる数々の伝説の情景が脳裏に色濃く浮かび上がってくる。 原風景への憧憬もさることながら、このような話を伝える語り部たちがどれほど残っているのだろうと、少し寂しくなる。

    0
    投稿日: 2019.09.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    岩の上の肌が抜けるように白い女、川岸に足跡を残す赤い顔の河童―。岩手県遠野の古くから伝わる、不可思議な説話を集めた『遠野物語』。日本民俗学の黎明を告げた柳田國男の記念すべき名著を、京極夏彦がリミックス。

    0
    投稿日: 2019.09.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    民俗学に造詣の深いミステリ作家の京極夏彦が、柳田國男の『遠野物語』を再構成した作品です。 現代の文章で書きなおされた本書を通して原作の魅力に触れることができるという意味では、評価されてよいのではないかと思います。 解説を担当しているのは民俗学者の赤坂憲雄で、民俗学と文学の境界を侵犯する『遠野物語』のテクストに秘められた現代的な可能性が本書によって解放されることになったと述べられています。もちろん民俗学的な想像力をミステリに引き入れるという仕事は、著者や三津田信三、佐藤友哉らによっておこなわれており、さらに山岸凉子の少女マンガなども同様の試みとみなすこともできると思いますが、そうした方向から柳田民俗学に関心をもった読者にとっても、本書は手にとりやすいのではないでしょうか。

    0
    投稿日: 2019.06.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    数年前に柳田國男の『遠野物語』を読みました。 泉鏡花が好きで妖怪や怪異が登場するお話に興味があるので読んだのですが、文語体ということもあり正直良く分からず苦労して読了した記憶があります。 しかし、今回は前回の苦労が嘘のようにあっさり読了。 京極夏彦の口語訳が分かり易かったというのも勿論ですが、物語の順番を再構成していた点も大きなポイントかなと思いました。 再構成によって柳田の『遠野物語』よりも全体が繋がってる印象に。 最初から最後まで大きな流れに乗って読めた感じでした。

    5
    投稿日: 2019.01.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    山男、山女、天狗、カッパ、ヤマハハなどの話。 夜の囲炉裏のお話だったのかな。 originalの順番を入れ替えている。

    0
    投稿日: 2018.10.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    三度目の正直で読み終わることができた。 単に怖いだけの話ではない。日本においての怖いとは、同時に切ないというものが付いてくるのかもしれない。そう思った。 遠野に行きたい。

    1
    投稿日: 2018.07.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    原典の有名な「~願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」をそのまま引いて、京極氏が編集スタンスを述べている序文が、本書のもっとも盛り上がるところではないかなと思います。 原典『遠野物語』自体が遠野出身者からの伝聞を、柳田氏の感性に基づいて編集したリミックス版であり、本書ではさらに、現代の作家が現代語でリミックス、というかリデザインする試みがされています。とりわけ京極夏彦さんという、民俗学にも明るく、長年、怪異や怪談をモチーフにした物語を書いてこられた作家さんによる仕事というのが、企画の面白さをより際立たせていていると思います。 京極さんの著書によく見られる、絡み合う複数の物語をするする淀みなく読ませる巧みな構成は本書でも存分に発揮されています。 編集のうまさは、エディトリアルデザインも多く手掛ける京極さんならではですが、本書では自然すぎるほど自然に行われているので、原典とあわせて読むとよりいっそう楽しめる内容です。

    1
    投稿日: 2017.02.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    独特な文体に目が行く。 簡潔な短い文が重ねられている。ここは読点なのでは?と思うところで句点だったり。 京極夏彦の文章を読むのは実は初めてで、これが京極調なのかどうか、わからない。多分、柳田の文章に合わせて工夫したものなのだろうとは思う。 経立(ふったち、長生きした獣)や、座敷童、山神、山人といった不思議なものたちには、心がひきつけられる。 そして、それらが土地の地形や地名と深く結びついていると感じた。 きっと遠野だけではなく、全国各地にこういった話はあったはずなのに、どうして残らなかったのだろう。 ほら、この岩にはその時の熊の爪の跡がのこっているだろう―といった形で、自分の生まれ育った土地の話として読んでみたい気がする。

    0
    投稿日: 2016.05.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2016年、17冊目、ブクログ登録200アイテム目は京極夏彦×柳田國雄『遠野物語 remix』。 現在の岩手県、内陸に位置する遠野郷。そこの出身である佐々木鏡石が語る民間伝承的、説話。それは、柳田國雄の筆により編まれ、『遠野物語』が生まれた。そして、現代、その『遠野物語』は京極夏彦の筆によりremixが施された。 山男、山女、赤い河童、経立(ふったつ)、座敷童衆(ざしきわらし)、etc。此岸と彼岸の接合点を思わせるモノ等々。世界観は大好物の部類。一方、「もぅ終わり?」「オチは?」と、話に奥行が感じられる前に終わってしまうモノも多くあったような印象。 ハードカバー出版当時から、気になっていた一冊だったので、「ハードル上げ過ぎちゃったかな?」「やはり原典を読んでから、挑むべきだったのかな?」その辺りが★評価が伸び悩んだ要因。

    0
    投稿日: 2016.05.11
  • 淡々と語られる中に潜む狂気

    購入したのは単行本版の方だったのですが、レビュを書こうとしたら公開終了になっていたのでこちらに… 現代語訳。アレンジや新解釈などは少なく、柳田國男が書いたそのままを現代語訳し並びを変えた、正にタイトル通りのremix。遠野の世界に京極夏彦氏の文章が違和感なく、すらすらと読めた。遠野の郷に古より伝えられる怪異。神仏なのか物の怪か。真っ赤な顔の河童。狼の群れ。山男に山女。淡々と語られる中に潜む狂気。嫁姑問題で母親を殺した息子の話が個人的に鳥肌が立つほどゾッとした。

    10
    投稿日: 2015.09.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    読み終わりました! ちょっと読みにくかったなぁ・・・ だけど、ずっと気になっていた本が やっと読めたので良かったです(〃^^〃) 最初。。色んな妖怪さんのお話がぎゅっと詰め込まれた本なのかなと思っていたら、 予想と違っていてビックリしました! 遠野では昔話の終わり「コレデドンドハレ」なんですね! 最後のお話『百十七』は、 ドンドハレじゃないでしょ!?と突っ込んでみたりしてました(^_^;)笑 狐とか河童とか知っている妖怪が出てきたのは嬉しかったです♪♪ 妖しに化けて人間の前に出てくるエピソードが 夏目友人帳に似ていたのも嬉しかった//// 知っている人が妖怪さんになって現れる… 折角現れたのに怖がるところは、 ちょっと切なかったなぁ(;ω;) 九十七のラストは。。おそろしを思い出しました… どのお話も不思議な話でした! 冬に怖い本を読むのもいいですね〃^^〃

    1
    投稿日: 2014.12.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    意外と読みにくいというのが印象。出来るだけの意訳をさけてるせいなのかな? 遠野物語という世界が、その分複雑で深い世界なのだと示しているのかもしれない。

    0
    投稿日: 2014.12.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    遠野郷で見聞きされる風土、風習、怪奇を物語る柳田國男の有名著書を現代語で。 原書も読みたい読みたいと思いつつ、なかなか手がでなかったのでとっつきやすい企画とてもありがたいです。 原書よりも読みやすいと思われるので入門には良かったかと。 文化的かつ幻想的でとても素敵な読み物ではありますが、いかんせん淡々とした記録語りのため結構眠くなります。電車でちょっとずつ、には向いてるかも。ということで原書はさらに先延ばしになりそうな予感・・・

    0
    投稿日: 2014.12.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ついつい一気読みしてしまった。 「遠野物語」は簡潔で読みやすく、既に作品として完成されていると思うのだが、京極夏彦氏の手によって、更に読みやすくなっているとは……。 怪異にあったからといって、その後変わったことは何もなかったというオチもいくつかあった。 やはり、遠野では頻繁に起こっていたことなのかな……。

    0
    投稿日: 2014.11.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    現代の大御所が、自らが影響を受けた過去のカルトバンドのインディーズの1stをほぼ完コピしたカバーアルバム(但し曲順入れ替えてます)、という印象。狙いもリスペクト度合いもよく分かります。読みやすいし、遠野物語の特異性がよく分かり、意義も大きいでしょう。但し京極夏彦ファンとしては、いいから京極堂シリーズの新作早く出せや!!!という気持ちの方が大きい。毎回同じこと言ってますが。

    0
    投稿日: 2014.10.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「遠野物語」を現代語訳して分類、並べなおしたものなので分かりやすかった。巻頭に明治時代当時の地図も載ってて興味深かったけど、地名がけっこう難読で^^; 「遠野物語」というくらいだからもっとこう、ちゃんとしたストーリーかと思ってたんですがまったく違うんですね…原典読んだことないので驚きでした。そして、Remixということで京極らしい、もっとおどろおどろしたものかとも思ったのに…そういう意味でちょっと期待外れだったかなぁ。

    0
    投稿日: 2014.10.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    似ている項目ごとにまとめてあって、かつ現代語訳されているので読みやすい。 ただ、もちろん原典を読んだことがあるので、知っている話ばかりなのだけれども。あのとき、具体的にイメージできなかったものが、しっくりときて、なんとも不思議な感じ。 あーもう一度遠野に行きたいなぁ。

    1
    投稿日: 2014.09.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ・京極夏彦・柳田国男「遠野物語remix」(角川文庫)は 紛れもなく京極の作物である。だてにremixと付したわけではない。それなりの理由と京極の意志がここにはあつたのである。冒頭に「remix序」といふ序文がある。これは所謂旧漢字、歴史的仮名遣ひの文語文である。「遠野物語」のごく簡単な説明と、それを現代語訳するについての決意を述べたものと言へよう。そこにかうある、「柳田先生は文学者にはあらざれども名文家として識られる碩学の人なり。自分もまたその端正なる美文に因り喚起せらるる感動を損なはぬやう、一字一句をも加減せず、時に補い時に意訳し、順序を違へて、拙き筆なれど感じたるままを伝へらるるやう努め書きたり。」(13頁、原文の正字体 は新字体に直した。)この引用の口語文くさいところは気にせずとも、しかしやはり気になるところがある。それは「遠野物語」序文の次の一節を直ちに想起させるからである。「鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。」(青空文庫本、ただしルビ 削除。)基本は同じ、京極が少し足しただけである。柳田は佐々木鏡石の話し言葉を書き言葉とし、京極はその文語文を現代語(口語)訳した。つまりは同じやうなことをしたわけである。この一文が使はれるのは当然と言へる。しかも、京極の序はかう終はる、「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」(13 頁)この有名な柳田の一文を己が序の末文とする。この序の最後には京極夏彦とある。これは京極なのである。この序の先の引用以降が、つまりは大半が、実は柳田の書き換へであつたとしても、やはりこれは京極の作物なのである。たぶん京極のここでのremixとはかういふことである。 ・remixとはある楽曲に手を加へて別の楽曲に仕上げることであらう。京極には柳田を極端に改変する気は全くないが、しかし、ただ訳せば良いとはしなかつた。それが、例へばこの序であつた。これ以下の本文の構成には大幅に手が入つてゐる。柳田は内容は気にせずにバラバラに置いた。京極はそれをほぼ分類別にした。分かり易い。同種の話が並ぶのだから比較もし易くなる。柳田の注は本文に組み込んだりした。簡潔さを欠くことになりかねぬものを、そこは京極、さすが手練れである。うまくさばいて、うまく本文に組み込んである。その時も、当然のことながら、いつもの改行の多い文体を使ふ。個人的にはこれは好きではないが、整理された文章にするといふ点では案外役だつてゐるのかもしれない。柳田の序文も、「これから語る話は、すべて遠野の人である佐々木 鏡石君より聞いたものである。(原文改行)去年ーー。(原文改行)明治四十二年の二月頃から、折々に聞いた。」といふやうに、見事に京極の文体である。しかも、ここには先の「一字一句をも加減せず」あたりもきちんと現代語訳されてある。当然のことではあるが、こんな二度手間も厭はないのである。使へる材料 は何回も使ふなどといふのはむしろ合理的な判断であらうが、普通の現代語訳ではたぶん行はれない。正確に訳したことにならないからである。そこが remixのremixたる所以、京極はそれをためらはない。のみならず、柳田の序文は分断された。さうして最後に、といふより鹿踊りの詞章の前に、「序 (二)」が置かれる。これが先の「願わくはこれを語りて。(原文改行)平地人を戦慄せしめよ。」(238頁)で終はる。ここは分かち書きである。いかにも京極らしい処理と言ふべきであらう。そんなわけで、私はこの序の処理だけでremixを堪能したのであつた。

    0
    投稿日: 2014.09.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    興味はあったものの手を出してはいなかったのですが、文庫化ということで読んでみました。 実家が物凄い田舎なので、なんとなく親近感みたいなものを抱いたりもしつつ。 外から見たら不思議な風習だとか、独特の閉鎖された空気感みたいなものってほんと田舎独特というか。そこだけで完結していて時間が止まっちゃってる、なんとも言えないあの感じが蘇ってきちゃいました。

    0
    投稿日: 2014.08.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    遠い昔の話ではなく明治時代の話を、こうやって並べられると、静かにそろりそろりと身に迫って怖くなってくる。 最後の「××ほめ」という遊び?は、怪異譚との対比もあり、遠野の人々の暮らしぶりやその心の余裕が見えて面白い。

    1
    投稿日: 2014.07.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    巻末の解説が中身なさ過ぎて草。 話自体はどこかで聞いたこともある民話を集めたものだけど読む人を引き込む力がある。

    1
    投稿日: 2014.06.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「遠野? 行ったことはありますよ」 葉月は、ソファで本を読んでいる蛹の前にコーヒーを置きながら、彼の手元を覗きこんだ。 「ああそうか、地元から近いんだっけ」 「近くはないです。関東のノリで言わないでくださいよ。東北は、『ちょっとそこまで』のノリで県境越えられないです」 葉月はいつものように、蛹の向かい側に座る。 「遠野に行ったのは割と小さい頃だったので、遠野物語なんて知らなかったんですよね。まあ資料館みたいなトコには連れていってもらって、『昔話が有名なのか』程度のことは分かったんですが……携帯のCMで遠野の河童が話題になったのはもっと後ですし」 「遠野の河童は、他の地域と違って赤い顔をしている、って書いてあるけど……同じ河童でも地域差があるということよりも、それらが皆、河童として伝わっているということの方が不思議なんだけど」 「確かに、ゾウガメと人間のハーフだと伝える地域があってもよさそうですね」 「いや、それはさすがにないと思う」 日本の農村でゾウガメと出会う機会は、残念ながら中々ない。 「マヨイガや座敷わらしなんかを読んでいると、こういうのは、もしかしたら『他人をそっとしておくための知恵』という気もするよね」 蛹は、ふと思い付いたというような顔で、そんなことを言った。 「そっとしておく?」 そう、と蛹は頷く。 「よく、都会は冷たい、に対して、田舎は過干渉だって言ったりするだろ」 「あー、そういうのほんと苦手です。近所の人に生活サイクル把握されてたりするアレですよね。洗濯物の干し方くらい好きにさせてくれっていうか」 葉月は都内のアパートで暮らしているが、それでも近所の人とは色々あるらしい。 「まあ一概に悪いことでもないのだろうけれど、人の好奇心は際限がないからね。歯止めが必要になる」 「それが物語、ってことですか」 「ふと、そんな気がしたんだ。金持ちや、仕事がうまく言っている人に対して、なぜだろう、何か秘密でもあるのかーーーいや、マヨイガに行き当たったんだ、あるいは座敷わらしがいらっしゃるんだ、ってさ」 「それ以上詮索しない、という、一種のマナーみたいなものかもしれないですね」 「人の好奇心が過剰に働くのは、田舎だけじゃない。何でも暴き出そうとするだろ」 成功している人がいれば、私生活から人間関係まで暴き出して、どうやったら同じように成功できるか探る。一方でどん底にある人がいれば、どうやってそこまで落ちていったのか、その経歴から何から詮索して回る人間もいる。 なるほど、と葉月は思わず小さく笑った。蛹は、放っておかれるのが好きな人間だ。 遠野物語の大半は、土地の人には世間話と同じくらいのレベルの話で、具体的な名前が登場するものも多い。それを、互いのプライベートに踏み込まないための、ある種の知恵のようなものだと解釈したのは、いかにも蛹らしいと思った。 「そういえば、マヨイガって、百鬼夜行抄にも登場しますね」 「あれは恐ろしい話だったけど、元はありがたい話だったんだね。山を歩いていると立派な屋敷がある。中に入ると食事の膳が用意されているが、人の気配はない。その家から何かひとつ持ち帰ると、その人は富むという。もちろん、あとから同じ場所に行っても、そんな屋敷はない」 「膳が用意されているというのは、もしかしたら、山の神様に招かれたのかもしれないですね」 「マヨイガで富を受けたのは、無欲な女性だった。強欲なものが罰を受ける話も多い。あるいは、良くない行いから座敷わらしが出ていってしまう話もある」 それを教訓と呼ぶのは、いささか味気ないようにも思える。 「それが、彼らの生き方を映しているっていうか、まあ大袈裟に言えばそういうことじゃないのかな」 蛹はそう締め括り、本を閉じると、冷めかけのコーヒーに手を伸ばした。

    6
    投稿日: 2014.06.28