
総合評価
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powered by ブクログ旅行に同行した二人の男性と「誰が一番怖い話を書くか賭けをしよう」と言うことで書き始めた話は有名。当時18歳。恐ろしいモンスターの話、と単純に思ってしまうけれど、原作は詩的で悲しい痛々しくも美しい物語。 英語で読了 Mary had a bet with 2 men to see who’d write the best horror story, thus this world famous horror story written by a 18 year old girl. But it is not about how evil the monster is, it’s more a sad story about this lonely unwanted creature.
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログタイトルと人に作られた怪物が出てくる話であるってことだけは皆知ってるけど、実際に読み通したことのある人はそんなに多くなさそうな小説。自分もそうだったが、読み始めるととても面白く一気読みしてしまった。ウォルトンの姉へ向けた手紙の中でフランケンシュタインの語った内容が書かれ、その中に怪物が語る告白があるという三重構造となっていて、怪物の醜さゆえに創造主から見捨てられ、自分がどのような存在かを少しずつ知っていき、人間たちに酷い仕打ちを受け、フランケンシュタインに復讐をしながら伴侶を作ることを求めるという怪物の心理描写に引き込まれる一方で、怪物のする復讐行為は人間の立場から許されるものではなく、自分で作っておいて見捨てたフランケンシュタインの身勝手さを感じるものの怪物の言う通りにするわけにはいかない事情にも共感させられる。タイトルだけ知ってる話だったが、フランケンシュタインと怪物の複雑な心理を綿密に描写した小説だと知れて読んでとてもよかった。
0投稿日: 2025.07.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この話を19歳で書きかげたという衝撃。 特にヨーロッパのあちこちの風景、私にギリ想像できるくらいの国境移動がすごいので、これを十代の日本生まれ日本育ちの私が読んでいたとしたらピンときていなかったと思う。 フランケンシュタイン博士の無責任さにはびっくりしてしまうが。自分の創造物をとにかく怖がりすぎ。もうちょっと、ちょっとだけ愛着持ってくれよ。。 怪物の人間への期待が裏切られてしまうところの悲しみ。
0投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログあまりにも有名なフランケンシュタインの原作を。 初版は1818年という古さに驚き! フランケンシュタインって人造人間の名前じゃなくて、人造人間を作った博士の名前だと知って驚き! ホラー小説として名高いイメージがあったけど、単なるホラーというよりは、悲しきモンスターって感じで、怪物の方にもかなり感情移入させられた、可哀想だった。 どちらかというと、フランケンシュタインの方が身勝手に感じました。 あんまり驚きの展開とかではなかったけれども、古さを感じさせない古き良き作品でした!
4投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一般にはホラー小説ないし映画として認識されており、自分もそう思っていたが、むしろ18世紀ヨーロッパを舞台にしたSF小説というべきだろうか。 フランケンシュタイン氏が創造した醜悪な見た目の「怪物」が、人の愛を受けられず、復讐のために殺人を繰り返していく。しかもバッドエンド。 多くの人と同じように、自分も「フランケンシュタイン」が怪物の名前だと思っていた。フランケンシュタイン氏の「子」だと考えればおかしい訳ではないが…。
0投稿日: 2025.04.19
powered by ブクログその名を知ってる人はかなり多いと思うが、実際この小説を読んだ人は少ない。私ももちろんその中の一人だった。 この小説を読んで一番驚いたのは、実はFrankensteinは化け物の名前ではなくてそれを作った創造主の名前だってことだ。生まれつきから親とも言える創造主から恐ろしく思われ、一生をかけ愛情の欠片すら貰えなかったこの有名な化け物には名前すらいない。 この名前のない化け物はもちろん小説の物だが、実は彼のように社会に敬遠され自分や周りを苦しめる物は山ほどある。もちろんその原因が化け物にだけあるとは限らない。彼らを融和できない社会の方に問題があるかも知らない。ただ重要なのはそういう葛藤が世の中に確実に存在しているということだ。 この小説を読みながらむかし読んだことあるある記事を思い出した。敏感な話しになると思うが、韓国では東南アジアとのハーフの社会不適応が社会問題化としてる。基本的に韓国人は自分と異なった外見を持つ人を難しがる。それだけではなく、通計をみると大学などの進学率で韓国人とハーフは極めく高い差が見られる。教育現場では既に何年前からこれを警告していた。その異質的な差のゆえ社会に融和されなかったFrankensteinの化け物が苦痛を味わったことと同じことが身近で起こるかもしらない。主人公のFrankensteinは結局それを解決できず皆を不幸に追い込んでしまった。我々はそれができるか。私には知らない。 古典が古典である理由、それは何百年が経ってもそれらは読者たちにいろいろ考えことを投げてあげるからだと私は思う。Frankensteinはいい古典小説だ。
1投稿日: 2025.01.30
powered by ブクログ大学ビブリオバトル関東Cブロック(?)で紹介されていたので、読みました。 フランケンシュタインという言葉のイメージからはかけ離れた印象の作品です。全編回想録だし。
0投稿日: 2024.12.24
powered by ブクログゴシックホラーの定番を初読み。 箱物語というのか、物語が入れ子状になっている。そして、作者が若い女性だからなのか、情緒的な描写がかなり多い。ホラー小説とは思えないくらいの情景描写や家族への愛情がこれでもかと書かれていて、私はそこは飛ばしました。ごめんよ。ホラーにそういうのは求めていないのだ…でも、それが面白いという読者もいるはず! よく言われる「怪物が可哀想」という話。はい、私もそう思いました。でね、主人公が身勝手すぎるのよね。なんなんだコイツと思いながら読みました。 これもKindle Unlimitedで読めちゃうのは嬉しいね!
2投稿日: 2024.10.13
powered by ブクログ怪物とそれを生み出したフランケンシュタインという男との決闘の話。 話としては、怪物かわいそうじゃん!主人公の勝手な興味から勝手に生み出されて、最初は愛されようとするんだけど、その醜さからみんなに拒否されて、だったら自分を生み出した男を不幸にしてやれ!と悪行に手を染めざるを得ない人生。周りの人が怪物を見て恐怖を感じるのは仕方ないにしても、フランケンシュタインくん、君だけはやっぱり怪物に対する義務を果たさなければならないってことに最初から気づいてるべきだったんじゃないかね?っていうか、生き物を生み出すって、相当の覚悟がないとだめだよね… それ以外では、ネイティブアメリカンがかわいそうだとか、昔の時代でも斬新な目線を持ってる作者なんだな〜と思って、そういうとこは楽しめた。
0投稿日: 2024.08.09
powered by ブクログフランケンシュタイン あまりに有名な固有名詞でありながら それが怪物の固有名詞ではないと 全然しらなかった! この年まで、何から フランケンシュタインの自分のイメージを 作り上げてだのだろう? 手紙を通して 話は展開していく 切なく、悲しい 最後、つまらない終わり方だったら嫌だなー と思ってたけど 最後の最後まで、切なく、きれいな文章だった 強いて言えば、旅の途中の情景のへんや 繰り返される、感情表現のいくつかは 読んでいて、すこしだるくなる それを、味わって読むものと思えば 5点。 最後の解説で、作者メアリー・シェリー についての系譜も載せられていたけど お子さんやご主人を亡くしたりと 大変な人生を歩まれており 彼女自身も、興味深いと感じました。
7投稿日: 2024.05.28
powered by ブクログ1818年の作品 200年前ですよ! 圧巻! そりゃあ残るわ、200年残るわ そして間違いなくこの後の200年も残るわ 名作過ぎて震える 圧倒的に面白いのねこれに尽きます そしてとんでもなく読みやすかった 訳者の小林章夫さんの力量に脱帽です ご本人も触れていましたが、古典ものにありがちな注釈を極力廃して、本文の中で片付けようとしてるところがこの読みやすさに繋がってるんだと思う ほんともうありがとうね ありがとう『光文社古典新訳文庫』! はい、本編! やはりいろんな捉え方ができると思うんだけど、闘いよね もう「苦悩」VS「苦悩」の闘い 怪物を生み出してしまった「苦悩」と怪物として生み出されてしまった「苦悩」の闘い 途中不幸自慢みたいなことにもなっとるけども そん中で結局「人間」てなんなのよ?って考えさせられます わいはこの不幸自慢に生み出した側の天才科学者フランケンシュタインの「身勝手さ」みたいなんをずっと感じていて腹立たしかったんだけど、この「身勝手さ」こそ「人間」なんだなとも思うわけね 今世界を悩ます問題の多くは「人間」の持つ「身勝手さ」の現れであるんじゃないかな〜って この世界には多くのフランケンシュタイン博士が住んでいて、その「身勝手さ」が戦争や差別や環境破壊みたいな「怪物」を生み出している そして最後にはこの物語と同じ結末を迎えるじゃないかな〜って思ったりします 結末?知りたかったら読んでみればいんじゃね?
70投稿日: 2024.01.15
powered by ブクログ200年前の作品とは思えないプロットと壮大なテーマを扱う作品ではある。怪物が科学者の下に現れ、それまでの出来事を語るシーンまでは物語にかなり引き込まれた。しかし残念ながら作品の序盤で語られている最悪の結末に向かっていく路線が完全に見えた、作りかけていた怪物の伴侶を壊したあたりから作品への興味を失う。友人クラーヴァルとの旅行シーン等話の筋から脱線する感情描写に加えてや科学者の延々続く疲弊描写に退屈した。話の核となる怪物の語るエピソードが思慮深く興味深いし、感情移入するが故、怪物に寄り添えない科学者の偏見と稚拙な行動に興ざめしてしまう。 とはいえ、悲劇的ラストにしなければ凡作に終わった気もするが。 科学者の行動に正当性をもたせると共にもう少しスピーディーな展開を望みたいところ。 良い点をもう一つあげるならとても読みやすい文章であったこと。これは訳者によるところかもしれない。
2投稿日: 2024.01.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
探検家の手紙から始まる物語。 探検家がフランケンシュタインに出会い、その話を書き記すというのが序盤だった。 正直、出だしは全く惹かれない。失敗したかなと思った。 探検して、氷に阻まれて進まない……なんだそれ。と。フランケンシュタインの語りも、最初は人が次々に出てきてよく分からない。でも、怪物が出てくるあたりから面白いと思い始めた。 最終的に怪物が、いろんな人を殺し続ける……という狂気に陥るのだけど、ちゃんと堕ちていく過程が描かれているので、共感しやすい。で、思う。 これ、毒親と毒親に育てられた子供の話じゃないか。……そーいえば、名著でも、そんな話があったような…なかったかな。 愛情を注がれない事がどれだけ人を、歪に変えていくのか。 怪物と言われるものも、最初は『何も分からない無垢なるモノ』 その見た目から、周囲に怯えられて迫害されて、どんどん狂気を育てていく。 フランケンシュタインの『生命を作りたい』という感覚には一切、共感できないケド。 でも、『生命を作りたい』は普通に考えれば、大半の人が『子供をもつことが幸せ』と考えてるのと同じものなんだろうなと思う。 それらも含めてやっぱり『毒親(親になれない親)』の話なのだろうなと。 最終的に怪物は、創造者であるフランケンシュタインを憎んで、周囲の人を殺していく。そして、最後に創造者に「自分を追いかけさせる」ことにする。怪物を追いかけて殺す事がフランケンシュタインの役目になる。 なぜ、怪物はフランケンシュタイン(創造主)を殺せないのか。というのも『親だから』の一言に尽きる。 最後にはフランケンシュタインは怪物を殺すことなく、死んでしまう。 怪物も一人で誰もいない場所へ行って、死ぬことに決めて物語が終わる。 殺し合うほど憎み合いながら、殺すことは出来ない。 怪物といわれるものを作った後悔はあっても、怪物にしてしまった後悔を持つことがないフランケンシュタイン。なんていうか……あまりにもリアルな毒親家庭の図を読まされている気分になった。最終的に怪物は『自分だけを追いかける親』を手に入れている。 子供が必死で自分だけを見てと言うのと同じだな……と思いながら読んだ。 最初に戻る。最初は探検家の話だった。 探検家の方は探検を諦めて帰る……というオチになっていた。 そして、探検家には帰りを心配している家族がいる。平和で幸せな探検家の家族と、憎しみと恨みで拗れた家族。 その対照が、ますます怪物とフランケンシュタインの影を際立たせているのかな。
1投稿日: 2023.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
⚫︎受け取ったメッセージ 人間らしさとは ⚫︎あらすじ(本概要より転載) 天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めるが、拒絶され疎外されて…。若き女性作家が書いた最も哀切な“怪奇小説”。 ⚫︎感想 いろいろなテーマが含まれている ・科学至上主義の暴走 ・外見の美醜が持つ圧倒的な力 ・内面と外面 ・創造主と被創造主のパワーバランス ・愛とは何か 非常に悲しい物語である。 本能として、似て非なるものが最も恐ろしく感じてしまうのだと思う。彼がロボットでもなく、人間でもないという見た目のみに、人は恐怖する。人の心を持つが故に悲しみは憎しみへと増大する。彼はコミュニケーションの第一歩も踏ませてもらえない。 「人を見た目で判断してはいけない」とは言うものの、情報を得る場合、五感の割合は知覚が83%であるという。いかに直感的に人が視覚で物事の判断しているかがわかる。 彼が、創造主であるフランケンシュタインにだけは愛されたいと願ったがそれも叶わず、産み出してくれるなと訴えた。まさに今、現実世界でも生きるのが苦しくて同様の気持ちを持って生きながらえている人は居るだろう。特に親に拒否されるというのは耐え難いことであろう。 フロムは「愛することは技術であり、努力である」というようなことを「愛について」で説いている。外見の良さというものは、いとも簡単にファーストステップをクリアする力がある。これは致し方ない事実である。しかし、愛することが技術であり、努力であるならば、そこにまだ希望はある。
18投稿日: 2023.12.01
powered by ブクログ2023年9月「眼横鼻直」 https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2023/0901-14682.html
0投稿日: 2023.09.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1818年に出版されたメアリーシェリーの作品で若い女性が怪物の話を書くと言うことで読んでみたかった作品でした。フランケンシュタイン博士が怪物を見出したんですが、その生み出したところが私にはよくどういった状況なのかははっきりつかめませんでした。生み出したことで博士は喜ぶんじゃなくて、醜い怪物を恐れて避けて消そうとすることで、怪物もまた博士の身の回りの人を消し去ろうとして何のために生まれてきたのかなあって言うふうに感じました。理解されないことへの悲しさやフランケンシュタインが、神様の域を超えて生物を見出したことへの罰何かが描かれているのかもしれないんですけれども、もう少し怪物と仲良くできなかったのかなあなんて考えたりしちゃいました、。
1投稿日: 2023.08.13
powered by ブクログ自分のイメージするフランケンシュタインは、漫画「怪物くん」の主人公の従僕「フランケン」である。なんの映画か覚えていないが、「フランケンシュタイン」が雷の電気を注入して生を得るというのも記憶にある。しかし、原書では怪物を指すのでなく創造した学者、しかも若い人物の名前だった。ホラー小説というより、社会性、孤独の悲しさの面を感じた。犯罪者の一部にもかような人がいて、社会に馴染めず、社会から疎外され、自暴自棄に陥る。どのように矯正させるか、受け入れるかも長年議論されてなかなか進んでいないかのようにみえる。2023.6.25
1投稿日: 2023.06.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
怪奇小説、恐怖小説ではなく、科学者の悲劇の物語でした。怪物を作った科学者は責任を感じ、自らの手での処分を追求し迷宮に入り逡巡する。一方で 怪物は社会性を獲得すべく努力するも容姿で世間から拒絶され、絶望と怨念を抱く。結果、数々の悲しい出来事が発生。科学者と生み出された怪物は分かり合えず、救われない。親子関係、科学者と科学技術の隠喩ともとれますが、お互い幸せを求めていたはずが、同じ社会には存在できなかったんですかね。
2投稿日: 2023.05.07
powered by ブクログ大学の授業のために読了。 正直読んで明るい気持ちになる本ではないが、とても考えさせられる内容だった。 この世に完全な悪は存在するのだろうか。 この物語を読むと、全てのことにはなにか理由があるのではないかと思ってしまう。 自分の考えと反した考えを持つ人を敵とみなしてしまうのは仕方がないことだが、人と人とが分かり合うには、難しくとも話し合いの後にお互いが妥協をすることが大切なのではないか。 普段の人間関係を考え直す良いきっかけにもなった。
0投稿日: 2023.04.23
powered by ブクログ小説として折々の表現方法が織り込まれており、綺麗な作品であった。怪物を産み出してしまったフランケンシュタインの苦悩も一人称で色濃く表現され、怪物自身が述懐する場面では誰にも理解してもらえない悲しみとぶつけざるを得ないどす黒い感情も表現される。怪物にも主人公にも同情心が生まれ、正義がどこにもない物悲しい物語であった。 科学技術の発展が人間の力を越えてしまうことへの危惧ともとれる。作家論に当てはめれば主人公は夫のシェリーのような部分があり、イギリス文学史の中でも一種のランドマークのような要素があるように感じている。
0投稿日: 2022.12.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
原作はこんな話だったのか、と初めて読んでみておどろいた。フランケンシュタインって怪物じゃなくて、怪物を創り出した科学者の名前だったんですね。 船長ウォルトン→フランケンシュタイン→怪物 の入れ子構造で物語が進みます。
0投稿日: 2022.11.26
powered by ブクログ読書会の課題図書に上がったので、読んでみた。誰もが指摘しているように、私もフランケンシュタインは、怪物の名前だと思っていた。しかし、本当の怪物は、彼の方かも知れない。自分を天才と驕り、神をも超える存在として、作り出した怪物を醜さゆえに捨てる。腹心の友や、心清らかな妻まで殺されるところは、なんとも悲しい気持ちになる。
0投稿日: 2022.11.07
powered by ブクログ怪物(という名前しかないのでこういうしかないが)、かわいそうすぎるな 全体を通して悲しい話 フランケンシュタインはめちゃくちゃ身勝手、 映画の感じとも全然ちがった
0投稿日: 2022.10.08
powered by ブクログ映画とは趣きがかなり違う。しかし、小説もキワモノ的な内容をかなり含んでて、そう製作されても仕方ないところがあるかも。ストーリーとしてはかなり稚拙な展開なので、そのあたりは割引いて読んだ方がよいと思う。翻訳の読み易さはさすが。
2投稿日: 2022.09.22
powered by ブクログフランケンシュタインはモンスターの名前だと多くの人が勘違いしているが、フランケンシュタインは怪物を作った人間の名前である。
2投稿日: 2022.08.12
powered by ブクログすごいストーリー展開! ラストに向かってぐいぐいと突き動かされる。 こんなに切ない哀しい物語だったとは。
0投稿日: 2022.06.09
powered by ブクログ大学の授業で映画を見て、気になったので 中盤、細かすぎるほど細かい情景描写にかなり苦戦したけど、映画とは内容がかなり違っていて面白かった!
0投稿日: 2022.05.21
powered by ブクログフランケンシュタインの原作。怪物を作り出したフランケンシュタイン博士の苦しみと、知能と優しさを持ちながらも醜悪な姿のため恐れられ人間を恨むようになった怪物の悲しい話。
0投稿日: 2022.05.19
powered by ブクログ「みんな惨めなやつを嫌うのだ。」 最初のイメージの、科学が生み出した醜悪で残酷な化け物のホラーではなく、愛を求め、でもその醜さから誰からも愛されない哀れな生き物の悲劇。あの化け物は名前すらないのね。なぜか感情移入してしまう… 有名なでもストーリーを全然知らない本を読めてよかった。
0投稿日: 2022.02.08
powered by ブクログなかなか読むのに時間がかかりました(笑) しかし大学でこの話について学んだ後に思い返すとやはり面白い作品であるということがわかります。知識がないまま読むと少し退屈してしまいそうです。
0投稿日: 2021.12.24
powered by ブクログ大学2年の秋学期のある授業でフランケンシュタインについて学び、日本語訳を読みたいということで購入した。 風景描写も綺麗で、何より読みやすかった。 怪物の、人の懐にうまく入るような巧妙な話術に幾度となく同情させられたが、何より、愛情を探して苦労していた怪物が、最後の頼みの綱であるド・ラセー一家に逃げられ、絶望している姿を容易に想像でき、可哀想だとさえ思った。 書簡体小説であり、当時の思想(啓蒙主義)や産業革命に影響を受けた作品ぽい。文中によく出てきた『失楽園』『老水夫行』も読んでみたいと思った。
0投稿日: 2021.08.31
powered by ブクログシェリー「フランケンシュタイン」読了。人間フランケンシュタイン博士と彼が創り出した人工物である怪物の苦悩を対比した壮大な物語であった。AIや人工生命の研究が精力的に進む昨今において示唆に富む話でであり、また読者を強く引き込む構成で約二百年前の古典とは思えない内容で大変圧倒された。
0投稿日: 2021.08.14
powered by ブクログ劇場に駆られて取り返しのつかないことをしてしまった博士の物語。怪物が怪物として存在することの苦しさも書かれている。
0投稿日: 2021.05.04
powered by ブクログここまで救いようがなく、胸糞悪くも悲しい物語は見たことがない。途中で吐き気がするくらい重たい。あと主人公の被害者面がウザイ。でも教科書に載せるレベルの必読書だと思う。詳しい感想は数度読み返したあとに。
0投稿日: 2021.03.22
powered by ブクログ訳者曰く、「フランケンシュタインは怪物のことだと思っている人が多い」。かくいうこの私も、この本の110頁目にくるまで、ずっとそう思っておりましたぞ…。それはさておき、とっても読みやすい訳文。解説も多面的で、参考になりました。 展開には若干のぎこちなさも感じたけれど、科学者の社会的責任とか、人間の孤独とか、今日にも(今日だからこそ)十分通じるテーマゆえに、読み継がれてきたのだろう。作品自体よりも、この作品を19世紀前半に書き上げた作者メアリー・シェリーに、より興味をそそられた。
12投稿日: 2021.02.21
powered by ブクログそれまで頑張ってつくってきたものが、作ってる最中には醜くとも耐えられたものが、生命を宿した瞬間に耐えられない醜さになって逃げ出した この瞬間に全てがある この一点が素晴らしい 他は、確かに悲劇的だし、名も貰えぬ怪物の悲劇たるや同情を禁じ得ない でも、そこはもしかしたら想像力のなかでつくれるものかもしれない でも、この、命を宿した瞬間に、目の前にあったものの意味が変わる、見え方が変わる、受け入れられなくなる、というのは、命とはなんだ、ということを凄く捉えている 例えがよくないかもしれないが、例えば、最近だと人間そっくりのラブドールがあるが、それはラブドールである限り人間そっくりだけども、もし生命を宿して話し始めたとしたら、その瞬間に化け物にしか見えなくなるだろう この意味の変化を捉えたということがこの本のもっとも凄いところではないだろうか ここが一番、不自然でもあるんだけど、そのぶん、ものすごくリアルだと感じる それ以外は、ピクチャレスク、とか、美と崇高、とか、この時代らしい描写を数多くみたりするのも楽しみだし、怪物がどのように学び成長していったか、というところに、当時の人間による人間理解の仕方が反映されてたり、という面白さはあるが、展開は予想できる範囲だったりする
2投稿日: 2021.01.07
powered by ブクログ「バクダードランケンシュタイン」を読んだので、 (https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4087735044) 元祖「フランケンシュタイン」も読んでみた。 冒頭は、作者メアリー・シェリーが追加した序文と、最初出版されたときにメアリー・シェリーの夫のパーシー・ビッシュ・シェリーが書いた序文の両方が載っている。 原題は「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」となっている。これは、人造人間を造ったヴィクター・フランケンシュタインが「人間の叡智を超えてしまい持て余してしまった」というような我が身を嘆いて言った言葉だろう。 なお、夫のパーシー・ビッシュ・シェリーには「縛を解かれたプロメテウス」という著作があるらしい。夫婦そろってプロメテウスを題名にしているのか。 さて、この「フランケンシュタイン」だが、小説の構造がなかなか凝っている。 まずは、イギリス人で北極への海路を探索しているロバート・ウォルトンが、姉のマーガレット姉に出す手紙。 その手紙で「犬橇に乗った大男を見かけた」ということと、「その後を若い男が犬橇で追っていたが、疲労が激しかったので自分の船で保護した」ということが書かれる。 この保護された若い男が、スイス人の自然科学者のヴィクター・フランケンシュタインだった。 ロバートはヴィクターと話すうちのその人柄に惹かれてゆく。そしてヴィクターから怖ろしい経験を聞く。 子供の頃から自然科学に興味を持っていたヴィクターは大学に進み、死の謎に挑んで生命のないものに生命を宿す研究に没頭する。 研究の末に墓場から集めた遺体を繋ぎ合わせて一人の体を作り、その体に生命を宿すことに成功する。 だが出来上がった人造人間はそれはそれは醜くおぞましく怖ろしいものだった。 あまりの醜態にヴィクターは研究室から逃げ出す。 彼が戻った時にはその怪物は消えていた。 …いやいや、いなくなってよかった!ってそういう場合か。 この人造人間は結局名前はつかずに、”怪物”とか”悪魔”と呼ばれることになる。 現代感覚だと、造って棄てるな無責任、と思ってしまうが、 おそらく当時の感覚でのこの怪物への恐怖と嫌悪感は宗教的・哲学的なものも含まれているのだろう。命を創造するのは神。だが神に造られた人間が、禁じられた神の領域に入って命を造った。その行為が人造人間のおぞましい外見に顕れた。…という人への罰則を感じたのかと思った。 この怪物がヴィクターの前に現れるのは2年後。 この2年間怪物くん(勝手に造られて憎まれて哀しいところもあるので敬称呼びしてみます。漫画の主人公のようになってしまうが/笑)がどのように過ごしてきたかは、彼自身の言葉で語られる。 つまり、ロバートの手紙でヴィクターの語りが書かれ、さらにヴィクターが語る怪物くんの独白も入れ込まれているという構造。 この怪物くんは、気がついたら命があり、しかしはじめに見た人間のヴィクターの拒絶により部屋から逃げ出した。その後はあまりにもおぞましい外見から人目につけば憎まれる日々で、なんとか人目を避けてその日その日を暮らしていた。 辿り着いた田舎の村で、彼は慎ましく寂しげに互いを思いやり暮らす一家を見る。 自分も加わりたい、あの一家に受け入れられたい、その想いで怪物くんは彼らの役に立つことをそっと行ったり、言葉を覚えたりしてゆく。 そう、怪物くんは身を隠しながら食料調達を行いながら完全独学で言語を習得したのだ、すごい! しかしその一家に受入られるように計画を立てて姿を表した怪物くんは、一家から完全に拒絶されて恐怖と憎しみを向けられてしまった。 絶望した怪物くんは、ヴィクターの部屋から逃げ出すときにたまたま持ち出していたノートから、自分自身が誰になんのために造られたのかを知る。そしてその絶望を創造主ヴィクターに向けるために彼の故郷に向かったのだった。 造られた当初は善か悪かどっちに転ぶとも分からなかった怪物くんだが、人間たちからあまりにも拒絶されてすっかり拗ねてしまい、身も心も完全に怪物になっていた。 自分が抑えられなくなっている怪物くんは、ヴィクターに近い人間を殺したり、破滅させたりしてゆく。 この場面、怪物くんがヴィクターに訴える心情がなんとも哀切も感じる。これは女性作家ならでこそだろう。 「おれは今まで苦しんできたが、命は愛おしい。おれは何も悪いことをしていないのに喜びを奪われた堕天使のようではないか(←怪物くんの独学の教養がすごい!)。俺だってもとは善良だった、おれの願いを叶えて幸せにしてくれれば創造主であるお前に優しく従おう」 そしてヴィクターに要求を突きつける。「自分と同じように醜くおぞましい女を造って欲しい。自分とともに生きる自分だけに従う女だ。そうすれば二人で山の奥で静かに暮らし、二度と人間の元には現れない」 ヴィクターは、怪物くんを追い払える手段として一度はその要請を承知する。 だがヴィクターは逡巡する。はたしてあの怪物の言うことを信じてよいのか?もう一体怪物を造っても良いのか? そして怪物くんの目の前で造りかけの人造女性を壊すのだった。 をいこら、ヴィクター、二度も怪物くん突き放したな。しかも今回は完全に故意。 ヴィクターに願いを拒絶された怪物くんは絶望のどん底に落ちこみ、「俺が悲惨にあるのにお前だけ幸せになどさせない、どこまでもお前の前に現れ、お前を恨み復讐してやる」と宣戦布告。 そこからはヴィクターと怪物くんの追いかけっこ。 怪物くんはヴィクターの大切な相手の命を奪ってゆく。 ヴィクターは怪物くんを追う。自分が作り出したあいつを片付けることこそが自分の最後の役目だ。 この時期に北極を目指すロバートがヴィクターを船に乗せたのだった。 この物語は怪奇話なのだが、ヴィクターやロバートの辿る自然や街の描写も良い。ヨーロッパの街並み、怪物くんが潜む山、氷を割って進む探索船。 助けられたときすでに衰弱していたヴィクターは、遺言としてロバートに告げる。「私がこのまま死んだら、あの怪物を必ず殺してください」 その夜、ロバートはヴィクターの遺体を寝かせている船室に大きな体のひどく醜い男の姿を見る。 それはロバートに自らの悲壮と憎悪を告げる。そしてすべてが終わったからには、自分自身の体を葬り去ることを約束して、海へと消えてゆくのだった。
30投稿日: 2020.12.13
powered by ブクログ積ん読の中からフランケンシュタインを読む。原作がホラーではないことは知られてるが、では何なのか。驚くべきことに全編船乗りが姉宛に書いた手紙なのだ。話は見た目で仲間外れにされる泣いた赤鬼のアンハッピーエンディングであり、怪物を作ってしまったヴィクターの後悔と家族が悲劇に巻き込まれていく葛藤の話でもある。仲間に入れて欲しいという怪物側の社会的欲求と彼の存在自体がリスクと考える人間の保守思想の衝突はヨーロッパの難民問題のようではないか!メルケル首相的視点で見ればヴィクターがおかしいがそう考えるのはきれいごとかというジレンマ。これは人造人間ものの古典的SFなのだ。
0投稿日: 2020.11.23
powered by ブクログ書簡体小説。ヴィクター・フランケンシュタイン(創造主/父)と怪物(子)の物語。陰鬱な読後感。怪物ができるまでの過程で、周りの誰もヴィクターの行動を不審に思わなかったのか。救いがないというよりも救いようがない。途中まで生命倫理・AI・クローンの問題に思いを馳せながら読んでいましたが、だんだん壮絶な親子喧嘩を見せられている気分になりました。風景の描写は詩的で素晴らしいと思います。
1投稿日: 2020.09.18
powered by ブクログ『批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義』を読むために読んだ。『批評理論』はまだ読みかけだが、これを読むと『フランケンシュタイン』がテクニカルな小説だということがよくわかる。 怪物(つい「フランケンシュタイン」と書きそうになってしまう)の境遇はこの上なく孤独だが、この怪物のように、誰も頼れず誰にも愛されず世を恨んだ人が現実にもいる(いた)のだろうなと思いを馳せた。
0投稿日: 2020.09.13
powered by ブクログ当時、腐敗は微生物に因ることさえ知らず(細菌自然発生説)、有機物は生体しか作れないと思われていたが、ガルヴァー二の動物電気実験にヒントを得て「生命の秘密を解いた」ヴィクターFは盗んできた遺体と動物を材料に8フィートの巨体を作成し電気で生命をふきこんだが、あまりに恐ろしい外見に近寄ることもできず、「すぐ死ぬだろう」と放置すると脱出し、ある家族を覗き見して言葉を覚え拾った本で読み書きまで覚えた。放ったらかした創造者V.Fに復讐を誓い、幼い弟を殺害し罪を下女になすりつけた。…北極圏の氷原で両者が相討ちとなる結末
0投稿日: 2020.08.20
powered by ブクログここ最近読んだ本の中で群を抜いてで面白かった。 文学の力を再認識。 好奇心に突き動かされ夢中で悪魔を作った人間の苦悩と、作られた悪魔の苦悩。 悪魔とフランケンシュタイン(以下フラン)の関係性は、不遇な状況にある子が親に「なんで自分を産んたんだ!」という怒りをぶつけるのと同じように思う。 元々心優しい悪魔は不遇な状況が故にフランに復讐心を燃やし、一方のフランは悪魔の嘆きに応えようとする程に自分を破滅に追い込み、復讐心を燃やす。 これは丁度人間を創造した神と、造られた人類の関係性にも似ている。不遇な人類はなぜ神々が我々を創造したのかを憂う一方で、神々は罪を犯す人類に禍をもたらす。 そんな二項対立が延々と続く。 親子が憎しみあい、時に生と死の狭間を彷徨いながらも復讐心を糧に生を選択し、物語が展開する。 その中でフランは何度も自殺しようとするが、その度に生を選択する。人間は何かにつけて必死に生きようとするもんなんだな、と感心した。 ところで、これまで僕は″悪魔″と言ってきたが、本当にその呼び名は適切なのだろうか? この作品を読んでいると、決してそうは思わなくなる。なぜなら″悪魔″は人間視点の言葉だからだ。悪魔からすれば醜い姿で自分を作り、また自分を排除する人間は″悪魔″なのだ。 結局、自分とは異質の存在を″悪魔″という言葉で表現しているに過ぎない。たとえそれが悪ではなく、善の性質を持っていたとしても。 『千と千尋の神隠し』のカオナシは、『フランケンシュタイン』における悪魔と同じ立ち位置にあると捉えられると思う。 カオナシは元々千尋に優しくする善の存在として登場するが、千尋に好意を拒まれるや否や暴走し、彼女を追い回す。作品の鑑賞者である我々はカオナシを″悪魔″と認識する。しかし、カオナシからしてみれば、自分を拒む存在が″悪魔″なのだ。 そして最終的には相互理解し、話は終わる。 要するに、両作品に共通して言えることは「異質な存在である他者を相互理解する前に排除してはいけない!」ってことなんだと思う。 当たり前かも知れないが、案外できないこと。例えば、日本人は外国人と相互理解する前に異質な存在と捉え、″悪魔″と思っていると言えないだろうか…? 同様の例は山ほどあるはずだ。
3投稿日: 2020.07.08
powered by ブクログミュージカルを見て、原作を読んでみた。 ミュージカルはこの原作をベースとした全く設定はちがうものだけど、怪物の誕生から成長の過程などは似たものがあるし、原作を読んでなるほどと納得できる部分も多かった。 憎しみのパワーでき生きているのは力はあるけどさびしいな。
0投稿日: 2020.05.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
創造 主 よ、 土塊 から わたし を 人 の かたち に つくっ て くれ と 頼ん だ こと が あっ た か? 暗黒 から わたし を 起こし て くれ と、 お願い し た こと が あっ た か? この言葉が印象に残った。 フランケンシュタイン博士を、よく文明の暴走のように比喩されることがある。 原子爆弾のように、それを生み出した為に人類に多大な被害をもたらした。 それは科学者のエゴであり罪であるという議論だ。怪物を生み出したため、愛する人たち、自分をも殺された博士。化学は暴走する。少し読みにくい。名作ではある。
5投稿日: 2020.01.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
フランケンシュタインは人造人間を作った博士の名前でした。ホラーというよりも愛と哀のものがたり。博士の作ったものは愛にあふれていたのに、何とか見た目を変えられなかったものか……。第一印象というのは生きていく上で危険を感じる大事な要素だけれども残酷なもの。盲目の人には少しだけ心が通じたのは救いかなぁ。 人造人間が読み感銘を受けたguardian1000のリストにもある『若きウェルテルの悩み』はすぐ読んでみよう!
4投稿日: 2019.10.31
powered by ブクログ怪物の肉体の創造主は、フランケンシュタインであるが、精神の創造主はなんであろうか。生まれた時は空っぽのこころのだった人造人間は、その醜さから創造主に捨てられて、すべての人間に忌み嫌われることによって憎悪を心中に溜め込んでいく。怪物を怪物たらしめたのは、我々人類ではないだろうか。 現代社会に置いて、虐待や育児放棄などにより愛情を受けず育った人間がいる。中には「怪物」のように殺人や脅迫を行うものもいる。しかしそんな彼らの核には愛への希求があるのではないか。 さらに創造主フランケンが自然科学の知識だけに偏り過ぎていたという点も興味深い。科学技術の発展が目覚ましく、一方文系的な知識が軽視されている昨今の社会に通ずるものがあるように思える。 21世期の読者として、愛の欠乏があるいは知識の偏りがどのような結果をもたらすのかを考えさせられた。
0投稿日: 2019.10.29
powered by ブクログちゃんと読んだのは今回が初めてでした。ホラーではなく、とても悲しい話ですね。科学者の試してみたい衝動は抑えられないものなのだろうとは思います。でもどんなに予想外のことが起ころうと神の領域に手を出したフランケンシュタインは、それによって起こったどんなことも、引き受けなければならなかったはずだと私は思います。最初からそれを理解していればきっと悲劇はこんなに大きくはならなかったでしょう。200年を経て現代では全くの空想物語と言い切れなくなってしまいました。近い将来、これに近いことが起きないと誰が言えるでしょう。
1投稿日: 2019.06.14
powered by ブクログ今年の1月に映画「メアリーの総て」を観て、俄然読む気になった本作をやっと読んだ。本当の題名は「フランケンシュタインーあるいは現代のプロメテウス」である。神話で人類を創ったプロメテウスをなぞり、今から約200年前に人造人間を造ったフランケンシュタイン博士の悲劇と、名前のない人造人間の悲劇を描く。巷間に有名なストーリーは、後々の映画によって広まったものだ。 一般イメージを忘れて人造人間を単に「怪物」とだけで読んでいくと、まるで感覚を持ち、知恵をつけ、文学を理解し、愛と憎しみに揺れる「近代的自我」に目覚めた19世紀英国人の精神史をなぞっているようにも読めるし、科学文明批判のようにも見える。女性差別は出てこないが、凡ゆる差別されるものに寄り添った悲劇のようにも見える。また、夫のシェリーについて旅した見聞を生かしたヨーロッパ旅行記のようにも見える。様々な要素を、それこそ古い映画の中のフランケンシュタインの容貌のように「継ぎ接ぎ」しながら、二重入れ子状態の小説構造を持って描く。解説子の言うように、クローン人間が現実的になった現代、更にいろいろな読まれ方が可能だろう。この長編小説を仕上げた若干19歳の才媛の存在は、確かにビックリ以外の何者でもないだろう。 一方で、人造人間の成長部分は大変面白いのだけど、そこに至るまでの導入部と、物語の閉め方は、現代の我々から見ると退屈である。ただ、あの当時に手紙形式や告白形式が流行っていたのだとしたら、若い彼女に作品の完璧を求めるのは酷なのかもしれない。 アニメの名作「人造人間ベム」は、虚心坦懐に原作を読んだ人が、もし人造人間が望んだように伴侶と息子を手に入れたならばどんな物語になっただろうか?と想像して作られたのではないかと、私は推察した。
21投稿日: 2019.06.07
powered by ブクログよく知っているタイトルこそ読んだことがなく、予想や映画とは違うものだと思っているけど、これもその一つ。スイスやイングランドの情景描写も美しい。個人的には、ヴィクターしっかりせい、と思うことも無いではなかったが。 作者が女性だったこと、バイロンやドラキュラの作者と同時代の人だったことにちょっと驚いた。ドラキュラや、作中に登場した失楽園も、いつかはと思いながらまだ読んでないけど、また興味が復活した。
1投稿日: 2019.06.03
powered by ブクログ「フランケンシュタイン(の怪物)」は、吸血鬼、狼男と並ぶ古典的な三大モンスターとして世界中で浸透し、今も〝娯楽の素材〟として流通している訳だが、唯一伝承や宗教的な典拠を持たず、一作家の創作から誕生したという点で、独創性に富み、尚且つ汎用性に優れている。 1818年、シェリーが若干20歳の時に発表したゴシック小説。まさか後世に残る作品になるとは、作者自身も想像していなかったことだろう。実際、若書きのために小説としては拙い。構成が粗く、人物造形も浅い。往時には主流だった書簡体のスタイルもテンポが悪く、含蓄のある修辞も少ない。ただ、素人じみたまとまりのない恣意性は、逆に何でもありの発想で奇抜な世界を創り出し、連続する予想外の展開で読者を振り回す。 〝原典〟の内容は、現在流布する「フランケンシュタイン」のイメージとは遠い。そもそも、幕開けの舞台が北極圏で、逃走する怪物をその創造主が追い掛けている、という異常なシチュエーションから始まるのだから。 物語は、北極点に向かう英国人冒険家の船に、遭難しかけていたフランケンシュタインが救助されたのち、自らの過去を回想/告白する形で進行していく。野心に突き動かされた若い科学者による人造人間の創造。怪物を生み出すまでの過程が曖昧なのは止むを得ないとして、墓場から掘り起こした死人を繋ぎ合わせ、再び生命を吹き込んだ動機を明確にしていないのは、多少の倫理観に絡め取られた結果なのだろうか。物語は、人間の業に焦点を絞り、寓話的なエピソードを重ねていく。 怪物を生み出した直後、恐怖に駆られた科学者は全てを放り出し、その場から逃げ出す。この時点で既に男の身勝手さに呆れ返るのだが、次々と近親者らが怪物に襲われる段になっても、自責の念に一切駆られることがない。中盤で、フランケンシュタインが怪物と語り合う長いシーンがあり、本作での山場ともなっているのだが、切々と創造主の独善、無責任を饒舌に非難する怪物に対して、科学者は何一つ悪びれることなく糾弾し、身内の不幸は己の狂気が引き起こした因果応報であることに思い至らない。遂には物別れとなり、互いを狩ることに没入するのである。恐らくこの辺りで、怪物は「犠牲者」であり、フランケンシュタインこそが「加害者」である、という逆転現象が起こる。 不条理極まりない己の境遇に同情を求め、理解と幸福を得ようと虚しく〝生きる〟怪物は、醜悪な生体故に差別され虐げられていく。一方、〝人にあらざるもの〟に対して全責任を負うべきフランケンシュタインは、どこまでも利己的に罪過を否定し、暴力を用いて復讐に赴いた怪物の必然性を遺棄する。深層に於いて両者は表裏一体だが、最後まで互いを理解し合うことなく、未来に対して希望を灯すこともない。同様のテーマとして、後のスティーヴンソン「ジキル博士とハイド氏」で、怪物と人間が同一の身体を持つという、より怪奇性を強めた形で継承している。 シェリーは、無神論者/無政府主義者の父親、フェミニストの母親という特異な家庭環境に育ったらしい。深読みすれば、その思想的なバックボーンが本作に影を落とし、〝異形〟の存在への畏怖、科学主義/信仰への警鐘を、内包していたと捉えることもできる。何れにしても、怪物と対比することで、人間の卑しさが生々しく浮かび上がるという〝怖さ〟は、作者が意図せずとも本作に刻み付けられていると感じた。
5投稿日: 2019.05.08
powered by ブクログ知っているようで、きちんと読んだことがなかった有名な作品を 光文社古典新訳文庫で。 アルベルト・マンゲル『図書館』での言及がきっかけで購入。 先にメアリー・(ゴドウィン)シェリーが いかにして『フランケンシュタイン』を書いたか――を 描いた映画『メアリーの総て』を観てしまったが、 特に問題なし。 さて、ここはあくまで小説『フランケンシュタイン』の 感想を述べるということで、 『メアリーの総て』の印象は切り離します。 三層から成る枠物語で、 一層目【A】は北極探検を目指す青年ロバートが 姉マーガレットに宛てた手紙。 ロバートが指揮する船の乗組員は、 砕けた氷に載って漂う橇の主を救助した。 その男ヴィクターが語った身の上話が二層目【B】、 【B】の中に織り込まれた「怪物」の独白が三層目【C】。 ヴィクターは錬金術に興味を持ち、 生命の原理を探究しようと考え、創造主になろうと目論んで、 人間や動物の死骸の断片を集めて新しい命を生み出そうとした。 しかし、出来上がった生命体の醜さに衝撃を受けて、 それを見捨て、結果、報復を受けることになる。――【B】 翻案作品などのイメージから、人造人間製造のプロセスが 事細かく描写されているものと思い込んでいたが、 実はその辺りは非常にアッサリしていて、 何だか簡単に「出来ちゃった」みたいな感じ(笑)。 作者が詳述したのは、 人間が神の領域に踏み込んで被造物を生み出すことの是非であり、 生み落としてしまったなら、 その後はどうするべきか、といった問題。 親になったら、誕生した子供が大人になるまでは、 きちんと養育しなければいけないし、 物事の善悪を教える必要がある。 AIについても然りで、 暴走しないように制作者及びユーザーが「倫理観」を 刷り込むべき。 外枠の語り手ロバートは 孤独な探究者という立場が自らと重なるせいか、 ヴィクターに同情的だが、 読んでいて「それはおかしくね?」と思ってしまった。 何故ならヴィクターは、自身の頭のよさを誇示するために 暴挙に及び、しかも、責任を放棄したから。 作者はそんな、独善的で綺麗事を並べる割りに 行動が伴わない男を批判するつもりで書いたのか、どうか。 ところで、ヴィクターの自分語りを読んでいると、 ナルシスティックで熱に浮かされた調子なので、 ひょっとして実験云々は全部妄想じゃないのか? などと疑いたくなってしまった。 いや、最終的にロバートと怪物が対峙するので――【A】 小説内現実として怪物は確かに実在したのですがね……。
10投稿日: 2018.12.29
powered by ブクログ「怪物くん」レベルの知識で読んのだけど、思ってた以上に壮絶な話だった。博士と怪物のそれぞれが、派手に罵り合いながら絶望へつき進んでいくイメージ。強面だけど心優しい、みたいな怪物像は完全に上書きされた。語り手としての博士に共感し同情しつつも、諸々の責任の所在はどう考えてもやっぱり博士にあるよなーと思った。
0投稿日: 2018.10.20
powered by ブクログゴシックホラーの古典。 生命の秘密に興味を持つフランケンシュタインは、研究の結果、人造人間を造り出すことに成功する。だが造り出された「怪物」の不気味さに怖れをなし、これを放棄してしまう。どこへともなく消えた怪物だが、フランケンシュタインの身近で不幸な出来事が立て続けに起こり、彼は怪物の仕業と確信する。 創造主であるフランケンシュタインは、被造物である怪物に付け狙われる立場となる。 怪物がそこに至った理由は何か。フランケンシュタインは怪物の手から逃れることができるのか。 あらすじは比較的よく知られている物語だ。 ボリス・カーロフが怪物を演じた映画の造形から、ボルトが刺さりつぎはぎだらけの異様な姿として怪物を思い浮かべる人も多いだろう。 だが原作はそれほどは読まれていない物語でもある。 「フランケンシュタイン」はよく怪物自身と誤解されているが、怪物を造った「科学者」の名前であり、怪物自身には名前は与えられていない。 本作は枠物語の構造を取る。 最初の語り手は極地探検を志すウォルトンで、北極近くでフランケンシュタインを発見する。 次の語り手はフランケンシュタインで、出自の説明から怪物を造り出すまで、そしてなぜ北へとやってきたのかを回想する。 その回想の中で、フランケンシュタインと邂逅した怪物自身の語りが挿入される。 おどろおどろしいだけの物語かといえばそうではない。 美しい自然描写もあれば、欧州各地の旅行記のように読める部分もある。 怪物はかなり高い知能を持つ存在であり、赤子のように知識を吸収していくさまも詳細に描かれる。怪物がかかわった人々のエピソードも興味深い。 物語の構造ががっちり計算されつくされているとは言いにくいが、ほとばしる才能のみずみずしさを感じさせる。 メアリ・シェリー弱冠20歳の作品である。 前回読んだときには、怪物を生み出しておきながらその不気味さにさっさと逃げ出してしまうフランケンシュタインの無責任さに苛立った。ともかくも彼が踏みとどまって怪物の面倒を見ていれば、のちの悲劇はすべて起きずに済んだのではないかとも思えた。 彼を「科学者」と見るならば、己の知りたい確かめたいという欲望に身を任せ、結果が思いもよらぬものとなったら逃げだすとは何事か、というところだ。 だが、今回、読み返してみて、フランケンシュタインが感じた恐怖や不安が少しわかるような気もした。 本作はそもそも、仲間内で、それぞれ「幽霊物語」を書いてみようという余興から生まれたものである。 メアリ・シェリーが思いついたのは、「青白い顔をした科学者」が「呪われた作業」によってつくりあげたものの物語だった。おぞましいものを作ってしまったと彼は逃げ出す。だが、ふと気づけば、月明かりにぎょろりと光る黄色い眼が窓からこちらを覗いている。 放っておけば死ぬと思ったのに、自分の為したことは想像を超えたものを生み出してしまった。 その一線を越えた感覚。禁忌を犯したのか、神を冒涜したのか、ともかく入ってはならぬ領域に彼は入ってしまったのだ。 怪物は結局のところ、殺人を犯してしまうのだが、もとから悪辣だったわけではない。彼はただともに語らい安らげる仲間がほしかったのだ。そういう意味では怪物は非常に「人間的」ですらある。その一方、怪物をただただ忌み嫌い、まったく理解しようともしないフランケンシュタイン自身が「怪物」であるようにも見えてくる。 神と人の境界。人と怪物の境界。そんなことも思う。 さまざまなことを考えさせ、多様な解釈の余地を許す。 古典というものの懐の深さを改めて感じる。
12投稿日: 2018.05.13
powered by ブクログ様々な物語の原点ともなる作品。 誰からも望まれず、誰からも愛されない。醜悪な容貌をした怪物。誰からも恐れられる怪物は幸せな家族を覗き見て知性を得る。最大の理解者となる人生の伴侶を求めるも、創造主フランケンシュタインの返答は…? 話くらい聞いてやれよ…とは思うがうまくいかないのがホラーというものだ。なぜなら登場人物は恐怖にとらわれているのだから。ままならぬ物語がホラーなのだ。 だからこそ、ifの作品が世界中に造り上げられたのかもしれない。そういえば、読んだことのあるオマージュ作品は花嫁がいることが多いなぁ。別の世界線で、愛を渇望する名無しの化物に愛の手をさしのべられている。
0投稿日: 2016.12.31
powered by ブクログ初めて読みました。大体のストーリーは知っている つもりでしたが、まったく、シナリオ・イメージが 異なっていました。 とても感動的で哲学的な内容の話でした。 やはり古典・名著は面白いと思います。 ただ、この本を読むと、怪物のイメージが あの有名なフランケンシュタインの絵とは異なる気がします。
0投稿日: 2016.09.15
powered by ブクログフランケンシュタインは人間を作る。しかし、それは怪物であり、見捨てられた恨みからフランケンシュタインの家族や友人を殺害していく。怪物の葛藤と、フランケンシュタインの内省が読みどころ。
0投稿日: 2016.06.18
powered by ブクログあえてこの作品を抽象化してレビューを書いてみる。 人間は何か目の前のことに注力をしていると、その先のリスクについての警戒心がほぼ無効となることを示している。 そういった意味で近代の短期的利潤を求める企業体質の在り方などに対する一種の風刺として捉えることもできよう。
0投稿日: 2015.12.11
powered by ブクログモンスターの代名詞ともいえるフランケンシュタイン。実はフランケンシュタインは怪物の名前ではなく、怪物を作り上げた博士の名前。怪物には名前はない・・・。200年も昔に現代の人間の猛威を予見させるこの話を書き上げたのは若干19歳の女性だった。というプレゼンを聞いて興味が沸いた本。 読んでみたらとてつもない悲劇。でもきっといい影響を得られると思いました。
0投稿日: 2015.06.30
powered by ブクログフランケンシュタインとは怪物の名前だとばかり思っていたけど、“怪物”を生み出した科学者の男がフランケンシュタインとは。勝手に恐怖小説っぽいイメージを抱いていたけど、いい意味で期待を裏切られた。なんて切ないんだ。その醜い容姿ゆえ想像主はおろか誰にも受け入れられることができなかった怪物の復讐劇。一度読んでみてほしい。自分の中の怪物のイメージが大きく変わるはず。2012/443
0投稿日: 2015.04.21怪奇小説?いやいや、これは哲学小説だったのだ!
読むきっかけは、Eテレ「100分de名著」であります。勿論、映画やドラマ等で名前は知ってましたし、フランケンシュタインとは怪物の名前ではなく、それを作り上げた人物の名前ということも知ってはいました。しかし、まさかこんな内容の話だとは思ってもいませんでした。 メアリー・シェリーという、あのバイロンとも交流があったという美しい女性が19世紀に書いた小説なのですが、とても怪奇小説などと言うカテゴリーに当てはまるものではありはまりません。ヨーロッパ各地の様子、大自然の描写はまさに純文学ですし、その内容は、読み手の意識によって、いかようにも解釈することが出来る、とんでもない小説でありました。 まず、構成が凝ってます。語り手という人が最初に登場しますが、この人は探検家で、北極探検に向かう途中、故郷イギリスにいる姉に書いた手紙の内容が小説になってます。 曰く、北極探検の途中で、おぼれかけているフランケンシュタインを救助した。そしたら、この男がとんでもない話をしだした。という形で話が始まります。なにしろ、なかなか怪物は登場しないし、また、怪物を作り上げてしまった後、フランケンシュタインは、その場からすぐ逃げ出しますので、これまた、ず~と怪物は登場しない。そして、本筋である、知恵も知識も何も与えられなかった怪物が、どのように自我を芽生えさせ、成長し、狂気に到ったかについては、後にフランケンシュタインと怪物が対峙した際、怪物がフランケンシュタインに語り出した告白を、フランケンシュタインが探検家に話したことで初めて明かされます。つまり、物語の内容は、すべて又聞きの又聞きというスタイルなんですね。 怪物は、自分の醜さに悩み、そのために、人と交わることが出来ません。それで狂気に陥るわけですが、人間は誰しもコンプレックスを持っていますから、この怪物には容易に感情移入できてしまいます。また、19世紀という、おそらく輝かしい科学の発展と産業革命で世間が沸いていた時代の最中に、科学者が作り上げてしまった造形物の悲劇という内容には、核兵器を開発してしまった20世紀の世界を予言しているかにも見えます。 また一方、フランケンシュタインは、自分が作り上げたモノがあまりに醜いため彼を見捨てたわけですが、もしそれが、この世に二つとない、とてつもなく美しいモノだったら、どうなっていたのでしょうか。そして、フランケンシュタインの言うことだけを無条件に受け入れる様な怪物だったら……。それはそれで、とんでもなく恐ろしい話になりそうです。 この本は古典の部類に入りますので、様々な人の訳で出版されています。是非、そのうちの一つでも手にとって読んでみてはいかがでしょうか。きっと何か考えさせられる部分があると思います。
3投稿日: 2015.04.11
powered by ブクログ美しい情景描写と細やかな心理描写、特に怪物の世界の認識の描写には、こんな表現ができるのかと驚く。本当に誤解されている作品。怪物とは何なのか。名著をみていなかったらこんなに怪物について読み込めなかったと思う。
0投稿日: 2015.04.10
powered by ブクログ北極を目指し航海する青年の手紙。天才科学者フランケンシュタインの語り。そして、フランケンシュタインによって生み出された怪物の告白から物語は成り立っている。流麗な文体に呑まれ、読後には、何とも云えぬ感慨が押し寄せた。
0投稿日: 2015.03.25
powered by ブクログ「フランケンシュタイン」といえば、四角い頭に半月型の眼が不気味に輝き、縫い目のある肌は青白く、首元にはごっついボルトが突き刺さった巨躯の怪物…おおよそそんなイメージを抱くでしょう。しかし、正確にはそれは誤り。フランケンシュタインとは、そんな怪物を生み出した博士の名前であり、怪物自体に名はないのである。 さて、本書は1818年(今からおよそ200年も前!!)に発表され、ブライアン・W・オールディス曰く「SFの起源」とも評される小説です。 天才科学者フランケンシュタインによって生み出された人造人間。しかし、その姿が醜悪に満ちていたため、創造主のフランケンシュタインを含めた人間から忌み嫌われてしまう。やがて知性と感情を獲得した怪物は、人間の愛情を求めるが… とてもとっても悲しい物語です。 誰が悪いのかと問われると、読んだ人によって答えが異なりそうなところですが、個人的にはフランケンシュタインがただの無責任糞野郎に思えてなりませんでした。物語の大半がこの創造主による開陳で占めるのですが、その思いの吐露がどうも自己弁護の固まりのように感じられて、最後には聞き手であるウォルトンに仇討ちをお願いする始末。醜悪なのはお前の心の方じゃないかと、非難を浴びせたくなるほどでした。 一方、いわば敵である怪物の心情を垣間見れる場面も多々あり。このため、物語をフランケンシュタイン側から一方的に見ることができなくなります。この怪物の心情を察する限りは、可哀想としかいえません。もちろん、だからといって暴力が認められることはないのですが… さてさて、本書を読み終えて驚きがひとつ。この歴史的にも価値のある一作を生み出したのが、弱冠19歳の少女であったということ。まじか!
3投稿日: 2015.02.20
powered by ブクログーー怪物には、名前がありません。 ーー隣の家には、ドラセー一家が、暮らしていました。 なかでは、フィリックスの恋人、サフィーが、フィリックスから、言葉を習っていました。 怪物は、その様子を盗み見ながら、人間の言葉や、様々な知識を身に付けていきました。 使っていた、教科書は、『ヴォルネーの諸帝国の廃墟』。 頭が抜群によかった怪物は、この本のおかげで、歴史の知識を身に付けていきます。 今、世界に存在するいくつかの帝国のこと。 さまざまな国々の風習や政治、宗教についての見識。 こうして、様々な話を聞きながら、怪物は、奇妙な思いに誘われました。 (……どうして、人間は仲間を殺そうとするのか……。そもそも、なぜ法律や、 政府などというものがあるのか……) しばらく、理解できませんでしたが、 悪徳と、流血の話を、詳しく聞いているうちに、驚きはなくなり、 怪物は、嫌悪感のあまり、むかついて顔をそむけました。 ーー……怪物は、人間らしくあるために、励んだのは読書でした。 森で拾った、プルタルコスの『英雄伝』や、ミルトンの『失楽園』などを、熱心に読み込み、 なかでも、怪物が夢中になったのは、ゲーテの名著、『若きウェルテルの悩み』でした。 読むと、まず、その単純で、感動的な物語に心を引かれました。 何といっても、ウェルテル自身が、これまで怪物が見たり、想像したりした人間よりも、崇高な存在に思えました。 (……彼の、性格には、ひけらかすようなところがなく、 それが深く、心に染み入った……) ーー英語だけでなく、フランス語もすぐにマスターした怪物は、 語学が好きになり、雄弁になっていきます。 そして、ますます、ドラセー一家と親しくなりたいという想いを、募らせていきました。 しかし、かつて、村で、人間と遭遇したときに、醜い姿ゆえに、迫害された経験があるため、 受け入れてもらえないかも知れないと、悩んでいました。 そこで、怪物は、盲目の老人が一人きりの時を狙って、ドラセー一家を訪ねます。 「通りすがりの旅人」と名乗る怪物を、老人は、優しく、招き入れてくれます。 怪物は、孤独に悩んでいること、 そして、心から慕っている「友達」に、嫌われそうだという悩みを、告白しました。 老人は、言います。 「あなたの、風貌はわからないが、あなたの言葉には、何か誠実だと思わせるものがある。 私はこの通り、貧しく追放の身だが、何かの形で、人の役に立つことがあれば、 こんなに嬉しいことはない。」 『立派なお方。寛大なお申し出を、ありがたくお受けします。 いまのあなたのお情けのおかげで、これから会おうとしている友達とも、きっとうまくいくような気がしています。』 「……そのお友だちの名前と、お住まいをうかがえますか?」 ……幸福が、永遠に奪われるのか、それとも与えられるのか。 気力を奮い起こして、返事をしようともがきましたが、その努力が、残っていたなけなしの力を崩していき、 とうとう、怪物は、椅子にくずおれ、声をあげて泣き出しました。 ーその瞬間、庇護者たちの足音が聞こえ、 怪物は、老人の手をつかんで、叫びました。 『いまです! 私を助けて、守ってください! あなたがた一家こそ、私が求めている「友達」なのです。 この試練のときに、私を見捨てないでください……。』 「……、あなたは、誰なのですか?」 『………』 その瞬間、家の扉が開き、 フェリックスとサフィー、アガサが入ってきました。 ーー ・怪物には、名前がありません。 なので、この老人の問いに、答えようがないわけです。 文学作品としてのフランケンシュタインで忘れてはならないのは、 その怪物が、存在としての苦しみを、まさに人間としての苦しみを苦しみ抜いたということです。 容姿にたいして、人から疎外されるのではないかと恐怖をもっていた怪物が、一時、老人に、認められたということは、自分の本質を認められたような、本質は間違ってないんだという喜びになっていたはずです。はじめて、人間として、人間の共感に出会えるのは、本当に嬉しかったのだろうと思います。 そして、老人が盲目であったということは、怪物の醜さが、人の目を偏見で曇らせる徹底的な要因になっているということを、皮肉な形で露呈しました。 つまり、怪物が、見られる存在である限り、他者の理解や共感を得るのは不可能だということを、裏返しの形で表現しているのです。 その後、ドラセー一家にも拒絶され、希望を失った怪物に残されたのは、ヴィクターへの強い怒りでした。 なぜ、生き長らえたのか。無数の人間が存在するのに、怪物を哀れみ、支えてくれる者は、 そのなかにひとりもいない。 怪物は、その瞬間、戦うことを決意します。とりわけ、怪物を創り、こんな耐えがたい目に合わせた人間、ヴィクターの故郷へと旅立ちました。 旅の途中、川で溺れかかっている少女を見つけ、助けますが、傍にいた父親らしき男から、鉄砲で打たれます。痛みを我慢しながらも、今度は、ウィリアムという少年に出会い、少年のウィリアムとなら、友達になれるかもしれないと、近づきますが、拒絶され罵られてしまいます。 絶望のなか、そのウィリアムが、ヴィクターの弟だということを知り、怪物は、とうとう殺人を犯してしまうのです。 善良で、優しく、頭の良かった怪物が、なぜ、凶悪化したのかというのは、そこへ行きつくまでのプロセスがあったということを、改めて考え直すべき非常に重たい問題じゃないかと思いました。 小説では、怪物自身が一人称で語られていて、怪物の内面を知ることができました。 また、文学的な効果で「異化」というものを、使っていて、普段、見慣れたものから、その日常をはぎ取って、まるではじめて見るかのように話す供述方法が、見事です。 こういった斬新さが、今まで数多くの「翻案作品」が作られ、文学研究においても、評価されていることの理由だと思いました。
2投稿日: 2015.02.18
powered by ブクログフランケンシュタインの身勝手によって作られた怪物が可哀想に感じた。 信念を貫かないフランケンシュタインに、怪物の何気ない様子を全て悪と取るフランケンシュタインに腹が立ってしまう。
0投稿日: 2014.12.01
powered by ブクログ廣野由美子『批評理論入門』(中公新書)に取り掛かる前に読んでみました。感想は…普通ですかね。特に面白くもなくつまらなくもなく。訳者解説にもありましたが、ヨーロッパ各国の風景描写が印象的でした。 なお、翻訳はなかなか良いと思います。冒頭部分を創元社推理文庫の森下訳と読み比べてみましたが、小林訳の方が文体がよりやわらかい印象で読みやすく感じました。
0投稿日: 2014.11.23
powered by ブクログフランケンシュタインにより創り出され置き去りにされた生き物は、知識と感情を得て「怪物」へと変貌していく、、、、 だれもが○○で、世界一平等なクライマックス!
0投稿日: 2014.07.03
powered by ブクログフランケンシュタインは怪物を作り上げた自分を卑下する割に、復讐心を燃やし、憎しみを抱く。その身勝手さについいらいらしてしまった。対立すると決心しても、常に後手後手で読んでいる方としてはもどかしい。一方、怪物によって語られる自然の移ろいや感情の変化はあまりにも豊かで哀しくなってしまう。一度は美徳や愛情に夢を抱いた。それ故に後の悪行を後悔していたことを、怪物の最後の決断をフランケンシュタインは知らぬまま憎しみ続ける。だから余計に怪物に感情移入したくなる。余計に人間の勝手さが身にしみてくる。
0投稿日: 2014.04.03
powered by ブクログフランケンシュタインとは博士の名前で、怪物に名前はない。ということを初めて知った。読む前は”つぎはぎの肌の頭にコイルの刺さった大男”のイメージがあったが、読むと遠くはないが違うものだとわかる。人間よりも強くとても醜い怪物が知性をもってしまう、それが悲劇へと繋がるのだが、読みすすめるにつれて怪物が可哀想に思えて仕方が無い。小林章夫氏の訳が個人的に読みやすかった。
0投稿日: 2014.03.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
科学者ヴィクター・フランケンシュタインと、彼が研究に没頭した結果誕生させてしまった怪物の悲しい物語。 「フランケンシュタイン」と聞くと、怪物、ホラーといったイメージを抱きがちだが、訳者が指摘する通り、原作を読んだ人は少ないのかもしれない。実際はフランケンシュタイン≠怪物であり、ホラーというより、悲しい復讐と後悔が中心に据えられた文学のように感じた。 物語中盤の怪物の語りの中の、愛情を求めながらもその風貌から拒絶され、孤独・憎しみの感情に苛まれる様子には、同情すると同時に自分と共通する要素に共感。
0投稿日: 2013.05.14
powered by ブクログ「孤独」という名の怪物 スイスの科学者ヴィクター・フランケンシュタインはその研究を極めた末についに一人の人間を造り出すことに成功する。知性と感情を持ち、人を愛し愛されることを望んだ怪物は、その醜悪な姿ゆえに全ての人間に恐れられ拒絶された。絶望の果てにその復讐の刃は創造主であるヴィクターに向けられてゆくのだが… 古典的なお化けとしてあまりにも有名な「彼」だが、彼には名前がない。「フランケンシュタイン」は彼を造った科学者の名前であり「彼」の名前ではない。孤独の最たるものはこの「名前が無いこと」だと初めて知った。名前が無いのは呼ぶ必要が無いから、即ちその存在が認められていないということなのだから。 ヴィクターの造り上げたこの怪物がもし醜悪な姿そのままに、単に凶悪非情に暴れるだけの怪物であったならいっそのことどんなに楽であったことだろう。本書の悲劇はヴィクターが「彼」の心を人間としてきわめて全うにつくりあげたことにある。結果として全うに出来てしまったというべきか。 醜悪な姿で生まれたままの彼は、ヴィクターのもとを逃げ出し一人アルプスの山中をさまよいながらその自然の中で生きるための知識を身につけ、人里で不幸ながらも優しい一つの家族に密かに共感することで豊かな感情を育てていく。彼らの友人になりたいというかれの切望が絶望に変わるまでの件は身につまされる。孤独はつらい。こんなにもつらい。「彼」がその無限の地獄からはいあがるため自らの創造主であるヴィクターに「求めたこと」は、だからそのいじらしさに絶句する。 20歳の女性作家のペンは止まらない。全ての望みを絶たれてなお「彼」に残されたヴィクターへの父性の渇望、「彼」を受け入れることをしなかったために愛する者をすべて奪われたヴィクターもまた、その創造主として「息子」と刺し違える覚悟でその行方を追った。孤独という怪物に追われた親子の運命が氷原の彼方に消えて行く。
0投稿日: 2013.03.16
powered by ブクログ雨もわびしい冬の夜、 若きフランケンシュタインが生みだした名もなき怪物。 「呪われた、呪われた創り主よ! なぜあの瞬間に、お前が浅はかにも与えたこの生命の火花を消してしまわなかったのだ?」 創り主には狂気と苦悩を。 創造物には孤独と絶望を。 依然として現代に名を遺すフランケンシュタイン。生命を創り出すことを深く追及したゴシックロマン。 *** 私はいちいち白黒つけたがる性質ですが、何につけても善悪の判断というものは難しく、世の中の色は白と黒だけじゃないなあと思います。 現代ではフランケンシュタイン=怪物になってしまっているほど近しい存在の両者。物語では描かれる前に終わってしまいますが、最後、怪物が自分への弔いの炎をあげる光景は絶対に美しいだろうと思います。
0投稿日: 2013.02.05
powered by ブクログ読み終わるのに珍しく2か月もかかってしまいました。 こんなに読んでいてしんどくなるのは久しぶり。 この話の中で、善も悪も無いのだと私は思う。 ただ、自分が良いと思ったことを信じた結果が悪い方向へ行ってしまっただけで、誰が悪いとか一概に言えないのではないだろうか。 名前も付けてもらえない怪物が愛されない苦しみ、理解してもらえない痛み、そしてフランケンシュタインの後悔している気持ちが痛いほど伝わってきた。 素晴らしい作品でした。是非、他の翻訳でも読んでみたい。
0投稿日: 2012.12.13
powered by ブクログストーリーや、怪物とフランケンシュタインの心情描写は素晴らしいのに、訳が悪すぎる。根気強く読んだけど1ヶ月もかかったのは初めて。この訳本はおすすめしません。他の訳本を読んでみたい。 フランケンシュタイン=頭にねじとかが刺さってる怪物ではありません。怪物の創造主である、天才科学者ヴィクタ―・フランケンシュタインのことです。 (※「フランケンシュタインの花嫁」や「怪物くん」などが世間に怪物=フランケンシュタインという方程式を作り上げてしまったと思う。) つまり、合理的な動物を創造した人間を描いた作品。人間と怪物の曖昧な境界線(グレーゾーン)、利己的欲求を満たすために倫理的過ちを犯す人間、「現代のプロメテウス」を危惧したメアリーシェリー、メアリーシェリーのジェンダー観など、謎が多い。 フランケンシュタインの狂気と、怪物の狂気。 この2点を比較考量しながら読むと面白いと思う。
0投稿日: 2012.11.23
powered by ブクログ数多のメディアに露出しているフランケンシュタインですが固有名詞が先走り、きちんとお話を読んだことが無かったので図書館で借りて読みました。フランケンシュタインって怪物を作った博士(?)の名前だったのか!!と初めて知りました。そうしたら解説にこの頃の人は怪物の方をフランケンシュタインと思っている人が多いとお小言があり、恥ずかしく思いましたが…まあ仕方ないですね。 個人的にはフランケンシュタイン氏に終始腹を立てていたので彼の生み出した生命にはあまり恐怖も憎しみも感じませんでした。大体、造っておいて怖くなったから放置するって…だったら責任持ってきちんと命を奪う所まで行え、と言いたい。そして創造物に周囲の愛する人を奪ったからあれは悪魔だと説明されてもそもそも創造するだけで居場所も存在価値も与えなかった彼の方に全ての非はあるだろうとしか思えない。まあどちらかと言えば他の人よりは創造主を手にかけて頂きたかったですがまあそこは複雑な感情があるんだろうと理解しました。まったくもって創造物の方が話すことも理路整然としているし、感情も理解できるなあと読んでいて思いました。
0投稿日: 2012.06.22
powered by ブクログ「フランケンシュタイン」とは、怪物の名前ではなく、怪物を作り出した科学者の名前である。現代の多くのホラーやファンタジーでは、怪物にフランケンシュタインと名付けられているが、原作を読んでいるとそれはただの間違いでもない気がする。怪物の醜悪な姿を嫌悪した科学者の心が、怪物を孤独にし、悪行に走らせてしまったのだ。怪物の悪行の全ては科学者に責任があり、悪意の塊となったその存在に、フランケンシュタイン、と科学者の名前が冠されるのは致し方がない。 また、科学者と怪物を同時に目にした人物がいないことから、怪物の正体は科学者の負の感情だったのではないかという見方もできると思う。
0投稿日: 2012.06.16
powered by ブクログ結局名づけられることさえなかった怪物の運命が哀しい。完成したその瞬間に生理的嫌悪感で見捨てるほどなら、作っている途中もう少し我に返れなかったのか…。
0投稿日: 2012.05.23
powered by ブクログフランケンシュタインを読んで、はたして博士が作った怪物がすべていけないのだろうか?人を殺し凶悪な犯罪を起こしたが、私はこれを作った博士の方が悪いのではないかと思う。なぜ人間は簡単に作った物を捨ててしまうのだろうか。もっと何か他にすべはなかったのだろうか?と私は感じた。また今の発達している科学だからこそ、これを読んで簡単に生命を作って否かどうかという問題点も生まれた
0投稿日: 2012.02.22
powered by ブクログ評価:★★★★★(5/5) 大筋は知っているけども、改めて読んでみて深く人の心をえぐる物語だと感じた。 「フランケンシュタイン」というとホラーの色が濃いと思われるかもしれないし、実際にその要素が強くもあるのだけども、これは哀しみの物語だ。 そして、いつの時代も科学の進歩が世の中を発展させているのだけども、そこで、ふと立ち止まり考えることも必要だという警鐘の物語でもある。 この物語では特に、フランケンシュタインの後戻りできない破滅、というのか消滅への道筋が大きく3部構造の物語で記されている。 読むものをグイグイと惹き込む展開 作者はメアリー・シェリーという女性作家だと、本を手に取ってから気がついた。 (意味もなく、何となく男だと思っていたのだ) 冬にこの物語を読んでよかった。 この季節が、もっともこの世界に入り込みやすいのではないかと感じた。
0投稿日: 2012.02.20
powered by ブクログ原題『FRANKENSTEIN;OR,THE MODERN PROMETHEUS』 フランケンシュタインっていうと安っぽいホラー映画というイメージが先行して、興味なく過ごしていた。 が、実際に読んでみたら、200年近く前の作品に関わらず、深淵なテーマを取り扱い、物語構成も秀逸で飽きのない、古典なのに斬新な作品だった。 何が特に凄いって、人間VS怪物っていう「善と悪」のシンプルな二向対立の筋立てなのに、実は両方が善にも悪にも、あるいはどちらでもないものとしての疑念を抱かせる。 そして、どちらかといえば人間を支点に置いているが、「悪」と見なせる、その怪物も人間の産物であるということが物語を重厚にしている。 どっちの側にも共感をさせられてしまう話の運びが凄い。メアリー・シェリーさんは天才だ。 この物語はフィクションだと、わかっているが、いつの間にか本当の手記を読んでる錯覚に陥る。こんな名作に出会ったのは久々だ。 名前すら持たない怪物を憐憫耐えざるえないのは、なぜだろう。 それは、彼自身が傲慢で悪であるという自覚を持ちながら、実は言葉で語られる以上に良心の呵責に喘いでいることを、読者に知覚させるからかもしれない。
0投稿日: 2011.10.14
powered by ブクログたんに小説としておもしろいということなら★★くらい。江戸時代の作品なので、この作品が与えた影響も含めて読めないと、主人公フランケンシュタインの支離滅裂な行動ばかりが目立ってしまう。ただし、「積極的に読む機会」に恵まれ、人と感想を共有し合えるのなら、これほど読んで損をしない作品はないです。教養の一環として。
0投稿日: 2011.08.19
powered by ブクログ古典名作ホラーですね。名前は有名ですがちゃんとお話を読むのは初めてです。フランケンシュタイン博士が勝手すぎです。作った以上責任取りなさい、と言いたい。知性と素直な感性を持っていた「怪物」を受け入れるには人間は未熟すぎたのか。可能性を追求する姿勢は悪ではないですが…。
0投稿日: 2011.06.30
powered by ブクログみんなが知っているフランケンシュタインですが、その小説は読んだ人は少ないかもしれません。天才科学者フランケンシュタインは、新たな生命を生み出した。ところが、生み出した生命のあまりの醜さに、彼はその生命を見捨ててします。新たな生物は、回りからの厳しい対応にされされながら生き延び、とある一家の納屋で隠れて生活を始める。言葉や文字を習い、その一家の優しさにひかれ、彼らなら自分を受け入れてくれると感じる。しかし、彼がその一家に勇気を出して会いに行くと、その姿に驚き受け入れてくれない。自分を醜良い姿に生み出した、フランケンシュタインを恨み、復讐が始まる。科学者フランケンシュタインや生み出された生命の心の動きが精密に記述された一冊。
0投稿日: 2011.01.10
powered by ブクログ青年科学者のフランケンシュタインは自己顕示欲、挑戦のために、人間を創り出す。しかし、完成した人間は、人間と呼ぶにはあまりに醜悪な怪物だった。フランケンシュタインは結果に失望し、研究に興味を失う。しかし、怪物は知識を身につけ、フランケンシュタインへ自分を創ったことの責任を果たすように迫る。 あまりにも有名すぎて読まれることが少ない名作の一つだ。 著者が20歳の女性ということ。「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく、怪物を作った青年学者の名前であること。などの意外な発見。 さらに、人間が自分で創り出したものに支配されるという設定やクローン技術の想像。この作品があまりに時代を先取りしていることに驚いた。
2投稿日: 2010.12.01
powered by ブクログフランケンシュタインて、実は人造人間の名前じゃなくて、怪物を作った博士の名前ってしってた?? 怪物くんとかでフランケンて呼んでたから、すっかり騙されてた! これはホラーじゃなく、悲しい物語と思う…
0投稿日: 2010.11.08
powered by ブクログ特に印象的だったのは、怪物(とここでは表記する)が最後まで罪悪の念を抱いていること。彼がやったことの是非は置いておくとして、彼のように虐げられた者が相手に復讐したくなる気持ちは分かる。 しかし、彼はその場面場面で自分がとろうとしている行動を省みているのだ。相手の大切な人を奪うという、極めて残酷な手段を採ってなお抱く良心の呵責・・・いかに彼が善良な人間としての心を持っていたか、ひしひしと伝わってくる。 解説では、「すでにクローンが次々とつくられている今日では、人間を人為的に生み出すことも夢ではなくなっている」というように、クローンに関する問題をこの小説と結び付け論じている。 重要な問題であることは間違いないが、この小説に「造られた人間の話」としてだけのイメージを抱いてしまうのは避けたいところだ。 ヴィクターはともかくとして、その先の登場人物たちが怪物を恐れたのは、必ずしも怪物が人造人間だったからではないだろう。怪物が残酷な行動をとったのも、怪物が人造人間だったからではないだろう。というか、人造人間だということを知らない人がほとんどだ。極端なことを言えば、彼の容貌が不気味だったからではないか? もしそうだとすると、怪物の容姿が一般人と同じであれば、彼はあんな行動に走ることも無かったのかもしれない。ということは・・・ 「あるいは現代のプロメテウス」という副題からも見られるように、この小説に人が人を作ることへの忌避や、行き過ぎた科学技術への批判が込められていることは疑いの余地が無い。確かに、怪物を生み出したのは間違いなく科学技術によるものだが、怪物が持つ残忍な心を生み出したのは、一体何だったのだろうか。
2投稿日: 2010.10.17
