
総合評価
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powered by ブクログ図書館の貸出ランキングで上位に入っていて、かつ面白いタイトルだったので読んでみた。(缶コーヒー・ジョージアの名キャッチコピー「世界は誰かの仕事で出来ている」を思わせるタイトル。) ジャンルとしては、橘玲と土屋賢二と岡田斗司夫を足して3で割ったような、気軽に読めて、笑えて(ときどきすべって)、身も蓋もない話、が中心で、好きなタイプだ。ブクログのスコアがそうでもないのは、人によって好みが分かれる本ということだろう。 作者の経歴がとてもユニーク。中卒で陸自、高認(旧大検)で慶應大学、東大大学院で初の経営学博士、現職慶應大学准教授36才。
24投稿日: 2025.12.22
powered by ブクログpivotでは良い語り手だったのに本ではだめ。ユーモアがすべっていて読みにくいし、それぞれの章の目的を果たしていない
0投稿日: 2025.12.14
powered by ブクログこれまで読んだ中で最高のエッセイ(77ページ参照)。 貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、芸術、科学、歴史は「経営でできている」ということを述べる。 「経営」を意識的に導入することで日常、人生がうまくいくのに、それが欠けているから問題化している、と。 その「経営」とは、目的を明確化して解決方法を模索するといった意味合い、だと私は読んだ。 本書における「本来の経営」の定義は「おわりに」で詳述されていて、価値創造という究極の目的に向かうためのものだとされているけど、ちょっと込み入った印象、飛躍という印象を受ける。 本書は、昭和軽薄体ならぬ令和冷笑体という「時代の雰囲気に合わせたスタイル」で書かれている。 まあ面白エッセイといった趣なんだけど、昭和軽薄体で括られる人たちよりは土屋賢二さんに近いと思った。
1投稿日: 2025.12.03
powered by ブクログ世の中のあらゆる出来事は「経営」で出来ているという本書。だが、本書は「経営学」では出来ていない。経営という概念でいろんな事が看破できるみたいな話だ。 目次を並べていくと…貧乏も家庭も恋愛も勉強も。虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独も。老後も歴史も。全て経営でできていると。ここまで来ると、好き勝手に経営経営言っているだけに見えるが、実際その通りの内容で、最後「本書は他力でできている」で締められる。結局は、著者の日常に感じた四方山エッセイである。 そこまで言われると、気になるのは“経営とは何か“。調べると、「事業の継続的な発展を目指し、事業目的を達成するために、ヒト・モノ・カネといった経営資源を効果的に活用して、計画的に意思決定を行い、組織を管理・遂行すること」とある。 で著者の定義では、本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」のようだ。だとすれば“心労や虚栄、孤独“は本当に経営だろうか。 ー 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。 家庭や健康が経営と言われるなら分かる気もするが… 結論、本書の“経営”は、経営学ではなく人生論としての比喩概念で、実体は著者の生活エッセイ。「人生を経営する」というメタファーは、この本を経営の足しにとする商業主義的アプローチにより説得力を増し、それ故に他力本願か。他力を期待することもまた、経営の本質かも知れないが。
102投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログ後半になるにつれてどんどんおもしろかった! 最近は「社会で生きるうえで利己的なことは短期的に個人に利益を与えるけど、長期的には崩れてしまう」という点を見落とした言葉を多く見かけるから気をつけよと思った。 経営の考え方でいろんなものを振り返ると意外な発見があって楽しい! 細く長くハッピーでいた〜い
0投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
オーディブルで途中で断念。 要は目的と手段が一致しているか、目的自体が本当に正しいか、仕事だけでなく恋愛や家庭、勉強、人間関係などにおいてこれらの点を意識することで自ずと行動や結果が変わってくるはずだ。経営とは価値創造であるから、このような視点は様々な場面で活用できるものだ。 ということだろうか。 オーディブルのせいもあるかもしれないが、文体や表現がおじさんくさく、話好きの校長先生のお説教を聞いている気分になった。苦笑 例示は多いがいまいち深掘り感がなく、まぁそうだよな。としか思えなかった。立ち読みでさらーと流し読みする程度で良いかなと。
0投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ家庭や仕事、恋愛など身近な事柄について、なぜうまくいかないのかを経営の視点からユーモラスに述べた本。 様々な章を通じて共通するメッセージは、人は幸せになることが目的であり、目的を達成するために正しい努力を行おう、ということだと思う。 これは、日常生活や仕事などにおいて、気がつけば手段と目的を履き違え、相手を論破したり服従させることが目的化してしまうことが往々にしてあるが、目的は課題の解決や夫婦円満などであり、互いの意見の裏にある動機や課題を共有して解決策を考えるという、経営の視点で取り組むとうまくいくこともあるのではないか、というもの。 人間はうまくいかないと益々焦って視野が冷まくなる。そうならないよう、常に経営の視点を持ち、理論的に、冷静に考えて行動する癖をつけたいと強く思った。 著者のユーモラスな語り口に引き込まれ、あっという間に読み終えてしまった。 印象に残った箇所 ・家庭は経営でできている →家庭で安らぎたいという共通の目的にいかにコミットするか考える。夫と妻の家事の要求レベルは全く違う。 ・仕事は経営でできている →常に顧客(同僚、上司を含む)を意識する。顧客不在の仕事はしない。怒るより解決策を考え再発防止策を講じる。 ・勉強は経営でできている →初級者向けの参考書か、難しくともとにかく一度読んでしまう。その中で弱い部分を分析して勉強する。つながりとばらつきを意識する。
0投稿日: 2025.08.19
powered by ブクログ「経営」視点でさまざまなテーマを捉えた軽いエッセイ集。ちと軽薄な気もするが、筆者の言う「令和冷笑系エッセイ」の成果であろう。リーダブルではあったし、「経営」についても興味がわいた。幸い、同筆者の「経営教育」を積んであるので手に取ろうか、とは思えた。
52投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログ経営とは、究極の価値創造(自分も他者も幸福にすること)を目的とし、中間目標と手段を組み立て、阻害要因となる対立を解消してより良い共同体を作っていく作業のことであり、これが企業の事業活動だけでなく、人が動くあらゆる局面で関係してくるという。 貧乏も、恋愛も家族も、勉強も、健康も、老後の過ごし方も、芸術や科学までも、この経営の視点が欠如すると目的を忘れて手段に拘泥し、気付けば本末転倒の悲喜劇を演じることになる。そして、実際に演じている例があまりにも多い。 目的は何かを意識しよう。ほとんどが自分と他者の幸福の実現である。その実現に資さない活動は、例えブームであろうと皆がやっていようと回避しよう。そして価値は無限に創造できることを知ろう。そうすると他者は敵ではなく味方になり、活動が長期的に持続する。 軽口で、少し食傷気味になるほどにジョークを飛ばしてくる展開ではあったが、締めるところはビシッと締めてくれる、小気味良い良書だった。
2投稿日: 2025.07.28
powered by ブクログ個人的に文体も面白く、少し笑えながら読めた。 内容的には「何事も本質が何かを考えて行動しよう」という理解をした。 本質的な行動をする=経営する、といった形でしょうか。
1投稿日: 2025.07.14
powered by ブクログとてもシュール。経営という言葉の定義は難しい。それを面白おかしく身近な事柄で説明してくれる。その為にはやはり知識は必要。知っている事は武器。そのからくりを身近な事象に落とし込んでいないと気付けない。言うなればなぜ?と疑問に思えるかどうか?そもそものその心理に辿り着けるか?なぜ?にならないと始まらない。お題目を持つことへの気づきはまた別の問題だが、そういったことはこういうことだよ?と教えてくれる。目線が合う経営の本。
1投稿日: 2025.07.12
powered by ブクログ経営について書いた本かと思いきや人の判断ロジックや考え方について述べた本。判断を経営と呼べばタイトル通りだが自分の期待してた経営とは意味合いが異なる。文体も風刺に富んでいるがそれが逆に内容を分かりづらくしてる側面もある
0投稿日: 2025.07.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
すべて(世界)は経営でできているということですね。 残念ながら現在の私の読み時ではなかったようです。
1投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログ経営の概念を企業経営だけでなく日常生活全体に広げて捉え直す一冊 経営は企業だけのものではない:人生そのものを「経営」しているというマインドの転換が本書の核心。 目的を常に問い直す習慣づくり:手段に振り回されず、何のために行動しているのかを常に確認する力が身につきます。 日常に価値創造の視点を取り入れると豊かに:家庭も健康も学びも、すべてが“価値を創る経営”に変わる。 日常に経営視点を取り入れたい人、人生の選択をもっと意義深くしたい人に特におすすめ。軽快ながら深い示唆に富み、自己と周囲を豊かにできる思考のヒントが詰まっています。
0投稿日: 2025.06.29
powered by ブクログ経営を「価値創造という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げるさまざまな対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」と定義し、世の中のあらゆる事象が経営でできていると説いている本。 経営が価値創造と言う目的思考に基づいているという点で、目的と手段が入れ替わることが身の回りで多々あるという論調であり、目的思考を経営言い換えたとという印象を受けた。 ただ、最後に述べられていた、本来人間に創造できない価値は無いというのが経営の根本層にあると言う着眼点と、現代が限りあるものを奪い合う価値有限思考に陥っているという指摘は面白いと感じた。
0投稿日: 2025.06.28
powered by ブクログ皮肉が効いてて好きでした。 経営という観点から見た時、視野を広げ、共同体の範囲を上げていけばみんなが我らであり、価値を有限として奪い合っている現在は滑稽である。 価値は想像できるものである。 全ての問題は経営の失敗と同じであり、目的と手段の逆転は特に多く見られるように感じた。 本質を見失わないということは、本当に大切なのだと再認識した。 この本の評価が低いのを見て、もしかしたら自分は賢いのかもしれないと思った。
1投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログ話題の本なのとタイトルが気になって読んでみた。 世の中のあらゆるものは、経営という考え方で見た方がうまくいくのではないか、という趣旨の本だと思う。なるほどな、と思う。あまりない切り口で斬新。 しかしながら、そもそも経営とは?みたいなことを前提として知識を持っていないと、だから何?みたいなことになってしまうので、経営を勉強してから読んだ方が良いと思った。
0投稿日: 2025.05.31
powered by ブクログ文体はとてもラフな感じで、読みやすくてクスッと笑えるものだった。 手段と目的が入れ替わることのないように、気をつけながら日々過ごしていくことの大切さを学んだ本だった。
1投稿日: 2025.05.30
powered by ブクログ慶應義塾大学の准教授である著者が人生の様々な事柄を経営に例えた比喩での持論をまとめた一冊。 お金、家族、仕事など公私様々なネタで著者ならではの深い見識からのエッセイは面白おかしいながらも考えさせられることもあると感じました。 そんな本書の中でも勉強においてははじめに全体観を把握してから最も弱い部分を補強していく必要があるというところは印象に残りました。 本書を読んで人生における様々な事柄について経営の考えが必要なことを学ぶことができました。 本書を読んで価値の有限さに囚われずに人間らしく協力して無限の価値の創造を行なっていくことが私たちにとって大事だということを数々のエピソードから感じた一冊でした。
1投稿日: 2025.05.26
powered by ブクログ日々をより良く生きるために役に立ちそうな経営の考え方の紹介。書き方・テーマを親しみやすさに振った結果、中途半端な主張の本になった印象… これはと思う斬新な発見は残らなかった…
0投稿日: 2025.05.15
powered by ブクログ世界は経営でできている。それに気付ける人は少ない。そして、その経営とは価値創造という目的に向かい豊かな共同体を作り上げること。だが、誤った認識の経営概念があらゆる人生に不条理と不合理をもたらしている。本来の経営概念に立ち返ることで、誰もが豊かな共同体を創造することができる。 ちょっと私には文章のクセが強く感じました。令和冷笑体の文体は私にはまだ馴染みがなくて。。笑
0投稿日: 2025.05.14
powered by ブクログ家族、健康維持、定年後などあらゆる生活は経営でできているというのが著者の主張で会社経営の話はあんまりでてこない。笑えるところが各所にちりばめられていて、著者の細やかなプロ意識を感じた。
0投稿日: 2025.05.07
powered by ブクログ「人生を経営する」とは、どういうことだろうか。 経営者や経営学、経営哲学といった言葉は知っていても、 それはどこか、自分とは遠い場所にあるもののように感じていた。 でもこの本では、一人ひとりが自分の人生を“経営している”という。 経営という言葉が、急に身近なものになった。 経営とは、価値を創造すること。 利害がぶつかる場面でも、相手の主張と自分の立場がかみ合わなくても、 根本の目的は「人が幸せであること」であるべきだ。 その前提さえ見失わなければ、両者にとっての幸せを導く方法はきっとある── そうした本質を、ユニークな語り口で伝えてくれる本だった。 テンポは軽快なのに、ところどころに読みづらさや変調もある。 それもそのはず、著者の岩尾さんは文学者でもあったそうで、 この本自体が“経営文学書”というジャンルで書かれているという。 なるほど、と思った。 ⸻ 印象に残ったエピソードがいくつかある。 「仕事の準備ばかりに気を取られて、肝心の仕事にほとんど手をつけていない人がいる。 つまり、仕事をしてる“ふり”をしている」 ──これは少しギクッとした。 恋愛においても、「理想の相手」を探すのではなく、「理想の関係」をつくるという視点。 パートナーに話してみたら、とても共感してくれて。 …ということは、僕は理想の“相手”ではなかったのかもしれない。笑 就活、会社、勉強、孤独、老後。 誰にとっても他人事じゃないライフステージをテーマに、 小さな問いとユーモアで“人生の経営”を見つめ直していくような一冊だった。 ⸻ 最終章「おわりに 人生は経営でできている」だけは、 これまでの軽やかさとは少し違っていた。 熱があった。怒りもあった。でも、同時に希望もあった。 たぶん著者は、世の中の“経営不振”に対して黙っていられなかったのだと思う。 だからこそ本を書き、読み手に価値を届けようとしている。 その行為自体が、経営であり、価値創造そのものなのだ。 価値を奪い合うのではなく、価値を創ろう。 そうすれば、変化にもしなやかに身を委ねられるから。
7投稿日: 2025.04.30
powered by ブクログ内容は面白かった。 目的を達成するための手段なのに、いつの間にか手段が目的になってしまう事がよくある。 本来の目的を見失うといつもおかしな事になる。 5.虚栄は経営でできているの章 「ゴリラはマウンティング行動を取らない」話は、とても興味深かった。 すごく取りそうな気がしてたから⋯ 草食動物なのに、なぜあんなに筋肉ムキムキなのかしら。 ゴリラ、ちょっといいじゃん。 終始、クセ強の文章に苦戦した。
0投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログ多くの人が誤解している「本来の経営概念」を理解してもらうべく書かれた、「令和冷笑体エッセイ」。 読み物としては面白いが、癖の強い文体(冷笑というより自虐)が私には合わず、星2つとした。 タイトルに「経営」とあるので、お金儲けに関する本かと思って読み始めた。 しかし、著者によれば、経営の本質は「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」であるという。 なるほど、私のように「経営」を誤って認識している人に向けられた本だとわかる。 ただ、それがわかったのが「はじめに」と「おわりに」を読んだ後であった。著者の言葉を借りるなら、本書の中で「熱血熱弁唾飛ばし系」の文体で書かれた部分である。 恐らく、令和の時代に受け入れられやすいように、「令和冷笑系文体」に挑戦されたのだと思うが、それがかえって読みにくさに繋がっていると思われる。 他地域から関西圏に引っ越してきた人が喋るエセ関西弁のようなチグハグ感を、この文体から感じるのだ。 とはいえ、私自身が経営に関して勉強不足なのは事実だ。 経営の勉強を少しした後でこの本を読み直すと、15編にまとめられたエッセイをより楽しめそうな予感がした。
3投稿日: 2025.04.25
powered by ブクログ2025/4/23読了 ある日、出勤の車中で聞いていたNHKラジオで紹介されていたのが気になって購入。 内容は重たくない。まずは、著者のいうところの、“経営を「企業のお金儲け」とする誤った考え”(字面でも、「経」は物事の道筋、「営」はいとなみ、物事を行うの意であり、金儲けの意は微塵も無い。確かに、お金儲けは、企業経営のいち手段でしかない筈なのだ)をブチ壊すべく(?)、貧乏、家庭、恋愛、勉強 etc. 人生の様々な局面での「経営」の(極端? 判りやすい?)例を挙げていく。メッセージ性が高かったように思うのが、最後の「人生は経営でできている」の章。現代に蔓延る誤った経営概念の下、価値や資源を「有限のもの」として奪い合うのではなく、本来の経営概念の下、新しい価値を創造し、分かち合う事で豊かな共同体を作れる筈という主張。――ん? どこかで聞いたか読んだような話だぞ、と考えたら、福井晴敏『人類資金』の《資本共生主義》に思い当たった。まぁ、著者はコレ読んで思い付いた訳でもないだろうけど。兎も角、日常の仕事から何から色々の営みで、目的を忘れた繰り返し動作のようになっているものを見直し、なにか新しい価値を見いだせないかやってみよう、という気にはなった。
29投稿日: 2025.04.24
powered by ブクログ三浦しをん風のかっこ書きの自虐ネタが書いている本 あまりに自虐が多いのでしつこさあり 東大博士過程卒で何故そこまで自虐ネタが書けるのか 理解できない (けっして自分を卑下しているわけではない) 自虐してみた 経営=価値創造というコンセプトもとに構成され 歴史は経営でできているの15章は特に良かった この15章だけは全ての人に読んで欲しい 勉強は経営でできているの章が役立つ 英語の勉強では単語・文法・長文読解が柱だが ①一つだけ勉強せず満遍なく勉強する ②ボトルネックが1・2個あるのでそこを潰す ③全体感を把握して最も弱い所を克服する ④ゴールを設定する ⑤資格試験なら出題者の意図に沿う解答を時間内に解くようにする
1投稿日: 2025.04.23
powered by ブクログおそらく、こうした「経営学」系の著書に対する カタいイメージ の先入観を払拭するために、 わざと、くだけた語り口調を使っている のだろう。 個人的には、そもそも内容自体がシンプルかつ革新的、挑戦的なので、 口調は平坦でも良かったように思った。 「人生は経営だ」 という観点をベースに、 貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、芸術、科学、歴史という、 日常的に起こるさまざまな出来事や話題について、 「経営」というアプローチで対応していくことの意義を 具体例を挙げながら示していく内容。 すべての人に、「人生は経営だ」という観点から 間違った経営をしないように呼びかける一冊。 なかなか先進的な発想だと感じるので、 ここに書かれている「経営」の定義が、今の社会的常識と符合するものか、私にはわからない。 たとえ符合しなかったとしても、著者は 「今の社会的常識になっている経営概念がそもそも間違っている」 と言いそうだ。 私個人としては、具体的で示唆に富んだ内容が多く、 荒削りながらも幅広い内容について「経営」の観点から紐解き指摘していく著者の大胆な呼びかけは、 「既存の膠着した社会に一石を投じる」 という点も含めて、 この本が街中の書店で平積みにされていること自体に大きな意義を感じた。 日ごろ、当たり前のことだと思って見過ごしていた多くのことに気付かされ、 自分の人生を自分で舵取りすることを後押ししてくれる、 全編を通して厳しくも温かみのある内容だった。
1投稿日: 2025.04.08
powered by ブクログhttps://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000385937
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ「はじめに」を読み始めて自分の好きな文体、言葉使いでない事にガッカリしたが、どうしても「経営」という言葉が本の内容と自分の持っている感覚と合わず挫折する。ブログで読むのは良いんじゃないかな。そう言えば、ちょっと前にもそんな感想を書いた本を読んだなあ。よく読まれている本には目を通したいと思っているが、時間は有限、選択していこうと思うキッカケになった。
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ●以前から知っていた(ワイハウ株ホルダー) ▶図書館にあり。 ●2025年4月4日、SBCの相川佳之理事長のおすすめ本「トヨタの戦い、日本の未来。」についてパソコンで夜な夜な調べていたところから、ずっと1か月前の「ある人」の旅立ちのことや私自身の振る舞いについて考えてた(朝5:15)。 私は「気高い」と考えたらポジティブでは?と思ってGoogleで「気高い 女性」など調べていたら、あるサイトの記事で、「気高くあれ!」ってどういう意味かというと、あげまん女性には、あなた自身の生きたい世界を描き、あなた自身の幸せを定義して、自らがそれを実現するリーダーになる!という気持ちでいてほしいということなんだ」と書いてあるのを読んで、ふとワイハウの岩尾社長の「人生経営(=人は皆、人生の経営者)」のことを思い出した。 ●2025年4月4日、すぐ図書館で予約。 ●2025年8月2日、築地の座談会の日。丸の内・交通会館・三省堂にあり。2階。 「貧乏は経営で出来ている」気になる。
0投稿日: 2025.04.04
powered by ブクログ「経営」の意味を改めて確認しながら解釈を広げていくエッセイ。 全体に皮肉の効いたユーモアがてんこ盛りで、クスクスニヤニヤしながら読んでいたら、終盤で一気にギアが変わって熱いメッセージに心を打たれた。 最後まで読んでから、冒頭に戻ると、著者がなぜこの本を記したのか、私なりに腑に落ちた。 「何かを有限だと思う気持ちは常にそれを失う恐怖と隣り合わせだ。 金銭も、時間も、関係性も、勉強法も、問題解決も『人生において価値あるものはすべて誰かがすでに作ったもので、有限にしか存在しない』という既成概念に取り付かれると、限りあるものを守るための短期的で局所的な思考/志向に支配されるのである。」 という言葉が胸に響く。 そして同時に、この気持ちに囚われないでいられることの難しさも強く感じる。 だからこそ、本来の「経営」の概念である、 「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」 に立ち返って、信じ続ける精神力が必要なのだな、と思う。 ふだん、「経営」の2文字が出てくるだけでちょっと身構えてしまう人にこそ、おすすめしたい一冊でした。
9投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ経営を「価値創造という目的のため、手段を問い直し、課題を解消して、豊かさを生み出すこと」と定義し、生活に関わるいろいろなカテゴリを経営の視点で見るエッセイ集。
1投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログ経営とは価値創造という目的に向かい様々な対立を解消して豊かな共同体を作ること。この定義に基づいて15のテーマを経営視点で論じたエッセイ集。 価値は有限でそれをいかに奪うかということや短期的な利益追求にしばし囚われてしまいがちだ。ただ困難な課題はひとりでは解決できない。共同体で協働することや究極的な目標を忘れないことが困難な課題解決には不可欠となる。 確かに言われてみれば身の回りには課題が溢れている。それを経営思考で考えれば解決できそうな気もしてくる。
2投稿日: 2025.03.18
powered by ブクログ無能な上司にならないように、無意味な仕事を作らないようにする。 夫と妻の関係のように、相手の立場にも立って、物事を見ることで、ゴールに対し、(真逆のアプローチではなく)共通点を見出し、協働するような方策も検討する。
0投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログあら!こちらの書評↓は、別の本(「有害な男性のふるまい」)のものでした! 記入したあと、保存のやり方を間違えてしまっていたようで、確かに”あれ?せっかく書いたものは、どこへ消えてしまったのだろう?…”と思っていました。 お読み頂いた方、失礼致しました。 なお、こちらの本は、本屋で立ち読みして、私向けではないな…と思ってしまい、全体は通読していません… ーーーーー 面白く拝読していた本で、通勤の電車車中での愛読書であった。 半分ほど読んだところで、スマホのSMSでの通信に気を取られ、 網棚に放置し、そのまま下車してしまった… 中古本を、またアマゾンで購入してしまった… 続きを読み、読了したいため。(2025/02/19 AM9:20) 願わくば、目について拾ったかたが、忘れ物として届けて頂けたら それはそれで有難いが、 もし内容に興味を持たれて、読んで頂けるのであれば、 それはそれで(大変に僭越ながら)読書家でこの本の愛読者である私としては 望外の喜びでもある。 そう思える、いろいろな示唆に富む本だと思う。 多くの方に読んで頂けたら、と切望する。
1投稿日: 2025.02.19
powered by ブクログ経営の目的は価値を創造して豊かな共同体をつくること。。 限られた資源を奪い合うのではなく、価値を創り出す方法を考えることが幸福に繋がる。 これは会社だけでなく家庭や恋愛など人生全般にも適用できる。
0投稿日: 2025.02.10
powered by ブクログ久しぶりに☆1をつけたが、ここまでつまらない本は珍しい。 普通書物に期待するのは面白い物語か、新しい情報、知識、考え方だと思うが、ここにはそのいずれもない。 タイトルに「経営」を謳っているが、経営が何かの説明もないし、誰でも思いつく当たり前のことをつらつらと述べて、時々思い出したように経営というワードを絡めてくるだけで、正直何が経営なのかさっぱりわからない。 終始自虐ツッコミを入れたり、名作のタイトルをもじった章題にしたりと、面白くしようとする努力がみられるが、空回り感が甚だしい。自虐はワンフレーズだけでエピソードも何もないので共感に至らないし、やたら頻発するのでうんざりしてくる。 しつこいようだが、本書から得られるものは本当に何もない。200ページもあるのに何もない。著者には出版する理由があったのかもしれないが、読者には読む理由はない。 読者の金と時間を無駄に消費させる存在であると思うが、ただ反面、反社会的な思想や危険なノウハウといった悪い要素もないため、安全であるということは本書の良いところなのかもしれない。 ただの長文悪口で終わるというのもそれこそつまらないので、この本を駄書だという私が良書と思う本をあげておく↓ 「FUCTFULNESS」ハンス・ロスリング 「学力の経済学」中室牧子 「人新生の『資本論』」斎藤幸平 「多数決を疑う」坂井豊貴 「世界が面白くなる!身の回りの哲学」小川仁志
1投稿日: 2025.02.09
powered by ブクログ全ては経営という名の経済活動で成り立っている。このことを理解しながら相手の立場に立って物事を考えてみようと思った。
0投稿日: 2025.02.08
powered by ブクログ企業経営と聞けば、「お金儲け」の話しを想像しがちですが、著者が伝えたいことを日常の出来事にふれて記載されており、著者の主張を理解することができました。
0投稿日: 2025.02.01
powered by ブクログきっかけは確か「あの本、読みました?」の販売ランキングで目にしたこと。図書館で数か月順番を待って読みました。 著者は経営学者ですが、本書は経営学の専門書ではありません。経営学を活かした人生ノウハウ本という印象です。 クセが強い方なのが文章においても前面に出ているため好き嫌いが分かれそう。しかしながら本質だけを切り取ると良い気付きも得られました。 覚えておこうと思った箇所を書き写し、読了後にその部分だけを読み返してみると本書では繰り返し 「本来の目的を明確化し、常に意識すること」 「目的までのプロセスや手段に振り回されないこと」 と書かれているので、そこをポイントだとしているようです。 仕事、家族、恋人、就活、科学、歴史などさまざまな項目に分けてそのすべては経営でできていると著者は論じています。 なるほど言われてみれば、手段にこだわりすぎて本来の目的が二の次になってしまうことは自身の日常でも少なくありません。これって何のためにやってるんだっけ、と立ち止まって考えることも必要だと気付かれてくれました。 ちなみに後半の科学や芸術にかかる部分についてはあまり頭に入ってこなかったので流し読みしました。
19投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書はエッセイである。 経営学的なものを期待すると肩透かしを食う。 p193 人類史における本来の経営は「価値創造という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・異議・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げるさまざまな対立を解消して、豊かな共同体を作り上げること」 これを、あらゆる場面でも妥当すると、色々な例を挙げ、エッセイ風に書いている。 その中でも特に強調されるのが、パイを奪い合うのではなく、パイを拡張させる、豊かさを創造する、ということだ。単一の目標が目的であるという盲目から脱し、別の解決方法を導き出す。 「あらゆるものは創造できる」という視点を持たないと、手段と目的が入れ替わってしまいかねない。 p205 どんな問題もいったんは「幸いにも●●だ」と無理やり良い文脈に変えてしまい、その文脈を利己的なものから利他的に変えてみるだけでも価値創造が可能である。 p189 制度には耐用年数がある。その制度が壊れた後に作られる制度は前の制度の不備を補うことに重点が置かれる。そうすると、時間の経過により新たな不備も生まれる。
0投稿日: 2025.01.23
powered by ブクログhttps://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000385937 令和の会社は人のために https://www.nhk.jp/p/ts/Y5P47Z7YVW/episode/te/Y1R1X7K4W1/
0投稿日: 2025.01.16
powered by ブクログ経営学の本ではないことは分かったが、著者の言う経営が何のことなのかよく分からなかった。個々の事例で共感する内容はあったが、結局、全体テーマとして何を意味しているか掴めない。
4投稿日: 2025.01.13
powered by ブクログ途中私は一体何を読んでいるのだろうか、となったものの最後に振り返ってみれば比喩としての著者が言いたい経営とは何かを卑近にしてくれていたのだと思う。 経営とは価値創造を目的として豊かな共同体を作ること。 ①誰もが人生を経営している ②誤った経営概念により価値を有限だと思い込み奪い合い、不条理と不合理がもたらされ続けている ③誰もがほんらいの経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない
2投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログあらゆる事象を経営という視点から著者の意見を書いている。やや自虐的ネタもあり、親しみやすい。 ここで言う経営とは価値の創造を目的に向かい豊かな共同体を創り上げること、とある。全てにおいて人間関係が関与して、持論だけで考えていくと、共同体は築けない。他人から見た自分と柔軟な考えをもって生活していきたいと思える一冊です。、
1投稿日: 2025.01.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本来の経営は、「他者と自分を同時に幸せにするという価値を創造するという究極の目標に向かい、中間目標と手段の本質意義・有効性を問い直し、目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」である。 自分の行動の目的が明確化されていないため、お金や時間、知識、信頼の収支のバランスを崩してしまう。具体例として、奨学金を忌避して大学を休学して働き、新卒就職で不利になり、生涯年収をふいにしたり、SNSとゲームとカメラしか使わないのにオーバースペックのスマホを買ってしまったりする。
2投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログ本全体を通じて個人的にはあまりよかったとは思えませんでしたが、最初と最後の章はとても好きでした。それ以外の章は、言っていることも分かりその通りだなと思うことも多くありますが、意見が偏り過ぎているように思えます(意図的かとは思いますが)。あとは筆者の心の声?が少し多過ぎな気分になり、読む上で少し邪魔になります。
0投稿日: 2024.12.29
powered by ブクログ本来の「経営概念」というものを振り返って確認することができる。 【概要】 ●本来の経営とは何か。十五章の比喩で繰り返し説明 ●経営の欠如が人生に不幸をもたらす。 ●あらゆるものは創造できる。 【感想】 ●目的と手段の履き違えは常に注意しなければならない。そのことを改めて認識した。怖いのは自分が気付かないうちに履き違えていること。常に注意する必要がある。 ●「あらゆるものは創造できる」という考えをこれまでもっていなかった。価値は無限に創造できるものという視点をもつようにしたい。
7投稿日: 2024.12.15
powered by ブクログ価値は奪い合うものではなく、作り出せるものという言葉に共感した。どうしても、他の人と競り合いたいこともあるが、自分で生み出すことができ、その方がより豊かになるという考え方に納得した。
0投稿日: 2024.12.09
powered by ブクログ読みやすいエッセーですね。 経営の教科書ではない。 気鋭の大学准教授の切り口は新鮮で面白かったです。
0投稿日: 2024.12.07
powered by ブクログ家庭、就活、健康、芸術等、色々なものを経営視点から見ると上手くいくと言う啓発本。 著者は読書家のようで、文体は面白いくタイトルもオマージュが利いているところで掴みはOK。 しかし、自虐とポップなノリでの説明で切り口は面白いが、この例は的確なのか?と頭を傾げる事もしばしば。これは経営問題だとつなげるが、そもそも経営的問題とは具体的にどのような事かが不明確。 啓発本として読むより、エンタメ本として読めば面白いかも。
1投稿日: 2024.11.23
powered by ブクログなんか言い回しがいまいち 特に括弧書き部分 でもたまにいいこと書いてあるから最後まで読んだ 価値は無限に創造できるというだけで この厚さである 無駄に難しい言葉を使ってるのもなんだかなぁ
0投稿日: 2024.11.19
powered by ブクログタイトルが1番面白かった。全ては経営でてきているというオチのために、エピソードを捻り出している感じ。
2投稿日: 2024.11.18
powered by ブクログ・ある日突然に「○○対応」が業界で一大イベントになる。書店に「○○対応必携」の本が溢れお祭り騒ぎ。経理人事総務法務も八面六臂の大活躍。そして「××社流、○○戦略」の書類が出来上がる。大いに仕事をした気になるが、会社は何も進んでいない。案外、新入社員がポロッと口にしてしまうが、歳を重ねるごとに口にしなくなる処、そっち側の人になる。 ・人は無能になる職階になるまで出世する。特定の職階では優秀だったが、次の職階では優秀ではない人の集まりになる。 ・こうして、JTC日本企業は弱体化する。身につまされる話し。
0投稿日: 2024.11.07
powered by ブクログ人生における失敗のボトルネックを指摘し、発想の転換を迫る。思想的エッセンスによる読みやすい語り口で読者に指針を与える。
0投稿日: 2024.10.31
powered by ブクログ「結論を先取りすれば、本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ。 この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。」 (はじめに:日常は経営でできている P.8)
0投稿日: 2024.10.10
powered by ブクログときめきを感じられないと思うなら「相手そのもの」を変えるのではなく「自分と相手の相互作用」を変えるような手を打つ 尊敬という価値は誰もが今この瞬間から作り出すことができる。試しにまずは目の前の人を尊敬してみることだ
0投稿日: 2024.10.05
powered by ブクログひとことで言えば浅い。ここでの経営とは瞬間的一時的なことより長期的な結果、部分より全体の最適化、という意味で使われているようだが、それぞれの事例は多くかたられていることで新鮮味はなく、発見もあまり感じない。そんな事例にここでいう「経営」を当てはめて展開したような感じ。 つまり、ここで語られていることはすでに語られまくっていることであり、「経営」と言うには表面すぎて経営にまで踏み込めていない。
0投稿日: 2024.09.30
powered by ブクログ個人的には面白かった。文体が軽め、内容も身近な比喩が多く読みやすいと感じた。 凡人でもアルアルな場面を例とし「経営の目線を入れ、こう解決を試みては」という話が続く。題名とチグハグな感じもあるが、冒頭に断りを入れてあるため割とすんなりと受け入れられた。(お断りでは「冷笑系エッセイ」とあったが、どこが「冷笑系」なのかは正直最後までピンと来ず…) 続く例え話を読む内に「経営」という言葉に自分が抱いていたイメージと著者が提示する意味に乖離があるようだ、と気づいてくる。最後に著者が言語化して提示。 この方の示す「経営」が、あまねく…凡人平社員の私にも…世の中に浸透すればもうちょっと生きやすい世の中になるなぁ。いっちょやってみるかー
0投稿日: 2024.09.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本来の目的に立ち返って考えたら、方向性だいぶ間違ってるよね、っていう、 ちょっと冷笑的に、風刺的に、語られているエッセイです。 ・・・ 世界から経営が失われている。 まず著者は、経営を価値創造(自分と他者を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」と定義されています。 著者の問題意識は、現代という時代に根付いています。 ここ半世紀、手段であるはずの金銭の価値に過度に振り回されるようになった。 日本では、不換紙幣制度となったあと、平成時代の円高とデフレがあり、今は円安があり…。 その過程で、流行った価値有限思考。 私たちは、目的であるはずの人間の共同体をなおざりにしてきた時代でもあった、と。 今も争いや、苦痛の絶えない世の中。 個人も社会も豊かになるには、なぜ経営の視点が必要か。 奪い合いは限りあるものに対して発生する、と。 何かが有限だと思う気持ちは、失う恐怖と隣り合わせにある、と。 経営ー価値創造という究極の目的を持つ。これにより、価値は無限に創造できる。 創造するという姿勢で個人や社会のあらゆる側面に臨むことで、 「他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれる」。 「自分の中で、あるいは他者と、何らかの対立が起きてしまったときには『究極の目的は何か』を問いなおせばいい」。 ・・・ 家族、恋愛、仕事、就活、孤独、健康、虚栄、憤怒、歴史、芸術、科学… 皆に身近ないろいろな分野を扱っているのですが、とにかく突っ込みを入れ続けます。 本来の目的とずれてない? 手段が目的化してない? まあでも、それをわかっててどうしようもなくなってそのまま何とか生きている部分もあるかもしれないけれど、、、 先日読んだ、エッセンシャル思考の、冷笑エッセイ版みたいでした。 贈与論の本では、贈与が市場経済のすきまにある、と言っていましたが、 この本では、経営の概念をとらえ直した時に、市場経済も手段として共通の究極の目的を持っている側面が強調されます。 ・・・ 部分最適解との付き合い方、どうする? 全体としての最適解なんで、誰にもわからない気がするし、 実際に何かに取り組む際には、局所的、短期的な目的を単位として持つことがほとんど。 でも常に、その上位目標を見失わずに、ちゃんとそっちの方向に向かってるかな、って 確認する必要は絶対ありますよね、もう方向修正するのがおっくうになるぐらい違う方向に行ってしまう前に。 自分に正直になることにもつながっているし。 日々の生活の中から、よりよい社会を作るために見直すことがだくさんあるし、 これをできずして世界がうまく回るわけないよね。
2投稿日: 2024.09.22
powered by ブクログ最初は「あれ?思ってたのと違うなー」と戸惑いながら読み進めました。あとがきが一番読みやすいかも。 ただ、私自身、手段の目的化や価値有限思考にとらわれていたという気づきもありました。 できない理由探しや二者択一天秤かけで思考停止すること、お恥ずかしながらすごいありますし。 幸せを目的に価値を創造していく、そういう大人になりたいと改めて思えました。
0投稿日: 2024.09.22
powered by ブクログある時期話題になっていたので読んでみた。 最初は少し面白いかなと思って読み進めたが、著者の冗談か本気かわからない論調についていけなくなってしまった。 しかし、著者は著者なりに非常に強い思いで書いているという空気だけはなぜか強く感じることはできた。それを感じながら中身をしっかりと受け取ることができなかったのは、私の力不足で本当に申し訳なく思う。
0投稿日: 2024.09.16
powered by ブクログちょっとと思って読んだ はじめにの内容が理解できなかった 残念 読み進んでもやはり難しい 経営ってなんだろう?
1投稿日: 2024.09.14
powered by ブクログ個人的には、まったく合わなかった。 まず、この本はビジネス書ではなく、“エッセイ”である。著者自身、この本が“エッセイ”であると言っている。 内容は、 あらゆる場面において、『論理的に考えて合理的に行動せよ』ということ。 また、『共同体を意識し、価値創造せよ』ということ。 「手段と目的を間違えるな」とか、古来からあるような話。 最後まで読んだが、 自分には合わなかった。 “冷笑系”である理由がわからず、面白いと思わなかった。むしろ、読みにくいと感じた。 また、本の表紙にデカデカと、 『上司はなぜ無能なのか?』と書かれているが、一部の切り抜きもいいところである。 これが本書の趣旨ではない。 なぜ、これをわざわざピックアップして表紙にしたのか。人の興味をひこうとして表紙に載せたのか? これが経営なのか、いや、違うだろう。 また、最後のほうで、文学の話が少し出てくる。 文学と経営を絡めて云々、ということが書かれているが、私はこの本に文学を感じなかった。 見出しタイトルを文学作品の名前からもじっているーーいやもう、それがもう全然文学ではないだろうと。 見出しタイトルは文学作品の名前からとっているって、なんでそんなことを? 私の知っている文学とは違う。 ※以上はあくまで個人の感想です。失礼しました。
14投稿日: 2024.09.12
powered by ブクログ本来の経営は価値創造(他者と自分を同時に幸せにすること)が目的で、目標、手段は問い直され、対立を解消し、豊かな共同体を創り上げること。家庭、勉強、心労、就活、仕事、健康、孤独、老後、科学、歴史も経営の枠組みで語ることができる。メタ認知を手段として問い直したセルフ経営から、他者との対立を解消し他者の力を借りる手段を問い直した共同経営まで、よくあるシーンは経営の枠組みに当てはめれば豊かな共同体を創りかえるヒントにつながるようでした。
3投稿日: 2024.09.07
powered by ブクログ経営という概念で書かれたエッセイかな?いろんな局面をとらえているが、段々とマンネリ化する。世の中の経営者が苦労しているのだから、人生を経営するのも難しい話だと感じた。頭の片隅に留めて置くことにしよう。
1投稿日: 2024.09.01
powered by ブクログ最近話題の新書です。 タイトルに経営とありますが、企業経営や金儲けのことではない、と著者が冒頭に述べています。著者は、本来の経営とは、「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だと定義した上で、それが現在失われているから、様々な問題が起きていることであり、それを取り戻す必要性を、いくつかの場面で指摘しています。 とはいえ、なかなか評価が難しい一冊だと感じます。著者の独特の言い回しに加え、章ごとに展開される内容は、本書の目的に沿っているのか、ただの著者の感想なのかとも思い、すべての章が理解できる、というものではないと感じました。個人的には歴史の章が面白かったので、ここは読む人によって感じるポイントは違うのではないでしょうか。 著者の主張である、対立を解消しながら作り上げる知恵と実践の必要性は最後で繋がったという印象でした。自分にとって関心のある、また困っているテーマを読むことができ、話題になるだけの内容だったかなと思いました。 ▼日常は経営であふれている。 仕事にかぎらず、恋愛、勉強、芸術、科学、歴史・・・などあらゆる人間活動で生じる不条理劇は「経営という概念への誤解」からもたらされる。 ▼むしろ世の中に経営が不足していることこそが問題なのである。 ▼本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ。この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。 ▼本書の主張 ①本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。 ②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。 ③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。 ▼本当の意味で政権や王朝を弱体化させる原因は国家経営の失敗である。すなわち巧拙こそが歴史を動かす。 ▼国家は国民が共同で作り上げた虚構であり、国家自体は究極の目的にはなりえない。究極の目的になりうるのは「国民一人ひとりの幸せ」のはずである。国家も、政治体制も、政治理念も、人間が作ったもの=人工物である。本来ならば、人間を幸せにしない人工物は捨てられるだけである。しかし、このことはいつでも忘れられる。そのたびに大混乱が起こり歴史に新たな一頁が足されていく。 ▼特定の王国や文明が稚拙な国家経営によって弱体化したとき、まるで狙ったかのように危機(異民族の侵略、大災害と飢饉、内乱と革命などなど)がやってくる。これは当たり前の話である。常に危機は存在していて、政権が弱体化しないと危機は危機にならないだけだ。 ▼このように、歴史を眺めてみると、国家や政権は本来の目的を忘れるか、目的に対する手段が古くなるか、あるいはその両方によって滅びていく。ローマ帝国も侵略による属州拡大という政治戦略が通用しなくなった段階で滅んでいった。 ▼世界から経営が失われている。 本来の経営は失われ、その代わりに、他者を出し抜き、騙し、利用し、搾取する、刹那的で、利己主義の、俗悪な何かが世に蔓延っている。本来の経営の地位を奪ったそれは恐るべき感染力で世間に広まった。 ▼「本来の経営」の欠如はすべての人の人生に不幸をもたらす。経営概念の誤解は個々人に実害を与え、社会を殺伐とさせる。 ▼しかし現代では、経営ときいて「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」を思い浮かべる人は少数派となった。 人間のさまざまな場面において、経営の欠如は、目的と手段の転倒、手段の過大化、手段による目的の阻害・・・など多くの数多くの陥穽をもたらす。 その理由は、「あらゆるものは創造できる」という視点をもたないと、単なる手段であるはずのものが希少に思えてしまい、手段に振り回されるからである。 ▼本当の責任は価値有限思考にこそある。特定の人間のせいではなく、私含めすべての人に大なり小なり巣くっている思考のせいである。 ▼本当は、価値は無限に創造できるものならば、他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ。 ▼人間とは、価値創造によって共同体全体の幸せを実現する、「経営人」なのである。 <目次> はじめに:日常は経営でできている 1 貧乏は経営でできている 2 家庭は経営でできている 3 恋愛は経営でできている 4 勉強は経営でできている 5 虚栄は経営でできている 6 心労は経営でできている 7 就活は経営でできている 8 仕事は経営でできている 9 憤怒は経営でできている 10 健康は経営でできている 11 孤独は経営でできている 12 老後は経営でできている 13 芸術は経営でできている 14 科学は経営でできている 15 歴史は経営でできている おわりに:人生は経営でできている 謝辞:本書は他力でできている タイトルはパロディでできている
30投稿日: 2024.08.31
powered by ブクログエッセイとは思わず購入しました。ちょっと早まった。前半はおもしろたのしく読みましたが、後半はちとマンネリ感。
0投稿日: 2024.08.27
powered by ブクログおわりに がおもしろかったし、考えさせられた 最初にそっちを読んで本文入ったほうが自分にとってはよかったかも
0投稿日: 2024.08.25
powered by ブクログこうした人は家事・育児の少なくとも一部を外注した方が仕事の生産性も上がり、外注費以上に稼ぐことができるのに、貧乏の罠にはまる。 これらのアンバランスの原因は「自分の行動の目的が明確化されていないこと」だ。 そもそも大学に行くのは何のためか、スマートフォンは何のために買うのか、自分は何をしたいのか。いつでもこれらを自問自答することで思い込みに起因する無駄遣いと優先順位付けの間違いから脱することができるだろう。反対に、目的に対して現在の手段が適正かどうか点検しなければ過大な手段を用いてしまうことになる。右隣の家に行くために、左に、左に、と、自家用ジェットで進んでいって地球を一周してようやく隣家にたどり着くような状況を想像すればよい。 「目的にに対して過大すぎる手段」も貧乏をもたらすのである。 このように勉強においては「はじめに全体観を把握してから最も弱い部分を補強していく」必要がある。さらに、最も弱い部分を補強した後には別の部分が最も弱い部分となる。こうして次々に補強する部分を変化させることで全体の理解が進む。 おわりに 世界から経営が失われている。 本来の経営は失われ、その代わりに、他者を出し抜き、騙し、利用し、搾取する、刹那的で、利己主義の、俗悪な何かが世に蔓延っている。本来の経営の地位を奪ったそれは恐るべき感染力で世間に広まった。 ここまでの十五章でみてきたように、「本来の経営」の欠如はすべての人の人生に不幸をもたらす。経営概念の誤解は個々人に実害を与え、社会を殺伐とさせる。 プラトンの時代からドラッカーの登場まで、人類史における本来の経営は「価値創造という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げるさまざまな対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だったはずだ。 そもそも人間は社会的な動物だ。他者と生きる存在である。同時に人間は理性的な動物だ。現在だけでなく過去と未来の概念を持つ。 それゆえに人間は自己の幸福を他者に左右され、他者を不幸にする刹那的で利己的な行動をとった過去は未来において罰せられる。他者と自己を同時に幸せにする価値創造でしか、個人にも集団にも恒久的な幸せは訪れない。 実際に、これまで人類は価値創造によって幸福を増大させてきた。 洞穴という限られた住居をめぐって奪い合う時代から、他者と共同して竪穴式住居という価値を創造する時代へと移行した。狩猟採集の時代から農耕牧畜の時代へと脱皮した。人類は価値創造によって都市や国家を形成し、それがさらなる価値創造を生んだ。 我々は誰しも強みと弱み/得意と不得意を持つ。そして「誰かの強みで別の誰かの弱みを補完する」という価値創造のジグソーパズルを解き続けることで、全体として/システムとして、集団がバラバラな個人として生きるより高い能力を発揮できる価値ある状態を創り出したのである。 こうして個人では不可能な価値創造も集団なら可能になった。 果たしていくべき約束:奪い合いから創り合いへの経営概念の再転換 しかし現代では、経営ときいて「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」を思い浮かべる人は少数派になった。 人生のさまざまな場面において、経営の欠如は、目的と手段の転倒、手段の過大化、手段による目的の阻害・・・・・・など数多くの陥穽をもたらす。 その理由は、「あらゆるものは創造できる」という視点をもたないと、単なる手段であるはずのものが希少に思えてしまい、手段に振り回されるからである。 日本において本来の経営が急速に失われたのも、平成時代の円高とデフレによって、ただの手段のはずの金銭の価値が高まり、金銭という手段に振り回され、目的であるはずの人間の共同体をなおざりにしたからだ。 経営を忘れた社会が発展するはずもない。その結果、不況がさらに価値有限思考を強めるという負の連鎖から抜け出せなくなってしまっていた。だが、令和時代は、円安とインフレという高度経済成長期型の経済に戻りつつある。 「金銭よりも人材の不足が経営に危機をもたらす」という実感も広がっている。経営概念の再転換はまさに今日的課題だ。 経営の欠如によって、貧乏・勉強・健康・・・・・・といった自分一人と自然物・人工物からなる共同体から(この意味で、人間が一人だけしかいない共同体もありうる)、家庭・恋人・友人といった小規模な人間集団の共同体、企業・学界・国家といった大規模な人間集団の共同体まで、不条理と不合理から抜け出せなくなる。 本書の比喩の数々を通じて、ようやくこの意味が共有されたのではないかと思う。 実は、「経営概念と世界の見方そのものを再・転換する」という本書の目的を達成するには、現在では経営だと見なされなくなったものに経営を見出していく「センスメーキング」を採用する必要があった。「言葉(概念)を言葉で変える」という矛盾に挑戦しているからである。だからこそ、本書は次々と比喩を紹介していくという構成をとっていた。 こうしたセンスメーキングの後であれば、本来の経営の代わりに現代社会の王座に君臨しているものの正体も明らかになるだろう。それは「経営ならざるもの」「有限な価値を巧妙に奪い取るための交知をめぐらすこと」「価値有限思考」とでもいうべきものだ。こうした非・経営の狡知が金儲けや投資の知恵として喧伝されているのである。 立ち止まって考えてみれば、金銭、時間、歓心、名声など、人生における悲喜劇は「何かの奪い合い」から生まれることが分かる。そして奪い合いは限りある価値に対して発生する。価値がないものや限りなく創り出せるものは奪い合う必要がない。 このとき、限りあるものを奪い合う発想は短期利益志向と部分最適志向をもたらす。なぜならば「限りあるものはもたもたしているうちになくなるかもしれない」と思うからだ。加えて、「回り道なんかしているうちに、それを誰かに取られてしまうかもしれない」という不安に駆られてしまうからである。 何かを有限だと思う気持ちは常にそれを失う恐怖と隣り合わせだ。 金銭も、時間も、関係性も、勉強法も、問題解決も「人生において価値あるものはすべて誰かがすでに作ったもので、有限にしか存在しない」という既成概念に取り付かれると、限りあるものを守るための短期的で局所的な思考/志向に支配されるのである。 こうして「自分にとって本当の目的、究極の目的は何か」を問いなおす余裕がなくなる。「長い目でみれば遠回りする方が良いかもしれない」という考え方ができなくなり、最善手を探索することも、本質を追究することもできなくなる。 価値あるものはすべて有限だと思い込むからこそ、究極の目的を忘れて目の前の手段を守ることに必死になってしまう。その結果、幸せになる(=価値を創り出す)という究極の目的を忘れ、ただの手段に振り回される。 経営・この劇的なるもの:人類史における無限の価値創造 本書は、経営概念の再転換を目指して、日常に潜む経営欠如の悲喜劇に光を当ててきた。その意味で、個々人の「人生経営」について本格的に光を当てた最初の経営教養書だと自負する。 しかも、本書の主張は、企業をはじめとする大組織においてもそのまま当てはまる。なぜなら組織は「人間の共同体」だからだ。金銭や機械も重要ではあるが、それらは人間がいないと活用できない。本来の経営を忘れた組織は永続できない。 価値を有限だと錯覚してしまうと(価値有限思考では)、顧客に粗悪品を掴ませ、従業員を搾取し、株主を上手に騙し、他社を蹴落とす以外に企業を成長させる道はないと思い込むようになってしまう。そうした錯覚がいかに社会を翻弄してきたか、そしてそうした組織がいかに短命だったか、振り返るまでもない。 価値有限思考を、経営によって価値は創造できると考える「価値無限思考」に転換すれば、顧客から他企業まですべてが「価値創造をおこなう共同体内の仲間」に変わる。 理想論が現実論になる。そんな世界が実現できるのだ。みこの本は文字が書かれた紙束だ。紙魚にとっては食物にすぎない。 だが、この本を理解して下さる読者のおかげで、この本を一緒に作って下さった編集者のおかげで、この本を流通させて下さる書店のおかげで、この本が一定の価値(誰かにとっての幸せ)を持つかもしれない。 紙束が価値に変化する過程では、現にすべての関係者は大切な仲間となっているではないか。 このように、「有限の価値を奪い合う発想」は端的に間違いだ。綺麗ごとや御託ではない。それは人類史に対する単純な無知なのである。 有史以来、地球の質量はほとんど変わっていない。それどころか、最近百年をみてみれば、大量の人工衛星を打ち上げている分、地球の質量は減ったはずだ。しかし、その間に人類はどれだけ経済発展したか。推計方法は色々あるが最低でも数百倍だ。千年前の王族より、現代の先進国における一般市民の方が豊かな生活を送っている。 地球という資源は有限だ。だが人間社会の発展はその有限の資源を「組み替える」ことで成し遂げているのであって、資源を消滅させて実現しているわけではない。 たとえばレアメタル/レアアースをみてみよう。レアメタル/レアアースの消費量は現代に入って急激に増加した。「このままではそうした資源はなくなるのではないか」という悲観論も聞かれる。 しかしここで一度冷静に考えて欲しい。レアメタル/レアアースは「消えて」はいない。岩や土の中からスマホや電気自動車の中へと「移った」だけだ。経済活動の根幹をなす、貨幣に使われる資源さえ、増えても減ってもいない。貝殻、布、金、紙、電子など、地球のどこかに眠っていたものが貨幣として使われ、その流通速度が上がっていっただけだ。そうして人類は無限とも思えるほどに発展していったのである。 このように人類は地球の資源から何らかの機能を取り出し、別の資源から取り出した機能と組み合わせ、人間の幸せにつながる(=価値ある)新たな機能を創り出してきた。これこそが人類の発展の歴史だった。昆虫からみた地球は千年前からなにも変わっていない。変わったのは気温と人間の多さと・・・・・・数えるくらいだろう。 さらば経営嫌いのオトナ:日本社会を蝕む自己責任論の欺瞞 日本には「価値は有限でしかありえない」という誤った観念が普及した。 原爆を落とされ、戦後の焼け野原から、石油等の資源もない中で、たった二十数年で世界第二位の経済大国になった、価値創造大国の日本がこうした諦念に支配されること自体が不合理極まりない。もちろん、不合理を後押しした世界情勢もあった。 資本主義と国際化と不換紙幣制度が出会ってまだ半世紀である。この半世紀で、人類は初めて通貨の価値が国際的に極端に変動する社会を経験した。その結果として、手段であるはずの金銭の価値に過度に振り回されるようになった。国際政治によってつい最近まで円高・デフレ誘導されてきた日本はなおさらである。 価値は有限だとする思い込みが流行するとともに、「価値を誰かから上手に奪い取る技術」を売り歩く人々が跋扈した。いかにして価値を掠め取ったかを自慢するだけの書物が街に溢れた。多くの人は経営の概念を誤解し経営を敵視するようになった。そうするうちに本来の経営の概念は狡知の概念と入れ替わってしまった。 もし価値が一定で有限ならば、誰かが価値あるものを得ているのは別の誰かから奪っている以外にありえない。善人に対しても「我々に気づかせないほど巧妙に、我々の価値を奪っているのでは」という疑念がよぎることになる。 こうした誤った推論により、日本の現状を誰かのせいにする言説が流行した。若者が悪い、高齢者が悪い、男性が悪い、女性が悪い、労働者が悪い、資本家が悪い、政治家が悪い、国民が悪い・・・・・・。現代では誰もが対立を煽る言葉に右往左往している。自己責任論という名の、責任回避の詐術に全ての人が疲弊させられてきた。誰もが別の誰かのせいにし、自ら責任を取る人はどこにもいないかのようだ。 まるで日本の戦争責任問題である。 国民は官僚が悪いといい、官僚は軍部が悪いといい、軍部は政治家が悪いといい、政治家は国民が悪いといって元に戻ってしまい、責任の所在が消えてしまう。そのうちに「空気が悪い」「時代が悪い」ということになる。総・無責任体制と表現できるだろう。 だが、本当の責任は価値有限思考にこそある。特定の人間のせいではなく、私含めすべての人に大なり小なり巣くっている思考のせいなのである。もちろん、政治家や経営者など、多数の人生に影響を与えてしまう職業であれば思考に対する責任はより大きい。 価値有限の言説を得意げに吹聴する人も、価値あるものは無限に創り出せるのに、自分には無理だと思い込んでいるだけだ。だが、人間を捨ててはいけないが、思考は捨てられる。 本当は、価値は無限に創造できる。 そして価値が無限に創造できるものならば、他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ。 人本論:人間の本質は価値創造にある ここで、一例として日本社会の大きな問題として頻繁に取り上げられる超高齢社会について、価値創造を目指して再考してみよう。価値有限の発想に捉われると、現役引退後に高額な医療を消費する高齢者の存在は、若年者から金銭を奪っているだけだということになる。これが高齢者と若年者の極端な対立につながるわけだ。 私は綺麗ごとを言わない。現状はその通りだろう。 だが、価値創造によってそうでない状況を実現できる可能性があるのも確かだ。そのことを考えてみることすらしない社会状況こそが閉塞感を生む。超高齢社会においては、「幸いにも」高度な医療を大量消費する高齢者が無数に存在する。だとすれば、もしかしたら彼らの大量の医療データを宝の山に変えられるかもしれない。たとえば、クラウド型電子カルテに診療データを集約して、このビッグデータを解析して医薬品開発・治療法開発する手がある。希少疾患・難病の治療法が日本のデータから見つかるかもしれない。こうしたデータから生まれた医薬品・医療機器等を、あるいはデータ自体を有力な貿易財にできれば医療費に充当できる(個人情報を完全匿名化するのが前提だ)。 この例は私が十年前に学生起業した際の社会問題解決の方策だった。クラウド型電子カルテを通じて「仮想上に世界一大きな病院兼研究所ができ、日本の医療費を補填できる」というビジョンだった。なお十年前には、セキュリティ問題をクリアできない可能性が浮上し、実用化を断念したという失敗談でもある。 だが、重要なのは失敗か成功かではない。価値有限思考によって「社会問題は解決できない」と思い込むと、こうしたアイデアはひとつも出てこなくなるということだ。 他にも、そもそも高齢者の方々が若年層と変わらないくらいに活躍できるような健康技術を開発してもいい。高齢者の方々が遊び感覚で一生働きたくなるような産業用遠隔操作ロボットを開発する手もある。介護にしても「自分で遠隔操作したロボットで自分を介護する」という未来もありうる。 超高齢社会の問題以外にも、格差や環境の問題など日本には問題が山積みだ。 しかし、無限の価値創造を目指して、価値創造の障害となるさまざまな対立を取り除いていけば、そうした社会問題の数々にも少なくとも解決の糸口が見つかる。 先ほどの例のように、どんな問題も一旦は「幸いにも○○だ」と無理やり良い文脈に的に(誰からも応援されるようなものに)変えてしまい、その文脈を利己的なものから利他えてみるだけでも、価値創造が絶対にできない対象などないことが分かる。 その上で、自分の中で、あるいは他者と、何らかの対立が起きてしまったときには「究極の目的は何か」を問いなおせばいい。 十五章の比喩で繰り返したように、究極の目的に立ち返り、対立する手段、対立する意見がそれぞれどう目的に寄与しているのかを考えればいい。手段自体ではなく「手段の目的への寄与・役割」に着目すれば、思ってもみなかった解決策が思いつく。 どんな人にとっても、人生の究極の目的は幸せ(=価値)にあるのだから、解消できない対立は本来ないはずだ。 本書の主張は極端だが単純明快だ。 それどころか、いまや当たり前だとすら思っていただけるかもしれない。 ①本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。 ②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。 ③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。 サルと比較すれば分かるように、人間が人間として生きるためには経営が必要だ。 サルは道具を上手に使う。ブロックを積み上げて高いところのエサをとることもできる。太めの木の枝を地面に立てて飛びつき、跳躍力を大幅に増して遠くまで移動する曲芸もこなす。人間よりも得意なことは沢山ある。 だが、サルは他者と協力するのは苦手だ。 サルは他のサルにエサを分け合う約束をして共同体を創ることはできない。一匹のサルが別のサルの背に乗って高所のエサを手に入れると、次からサルたちは互いに背に乗ろうと延々と喧嘩を続ける。 我々人間はこうした状況を滑稽だと思う。 お互いに交代で背に乗せ合えばいいのにと笑うだろう。もっといえば、農耕によってエサは栽培できるし、狩猟・漁労によってエサをより楽に獲得する方法だって人間ならいくらでも見つかるのにと、サルを憐れむ。 しかし、一歩引いてみれば、経営を忘れた人間はサルの群れと大差はない。人間が人間として生きられるのは価値創造ゆえだ。 人間とは、価値創造によって共同体全体の幸せを実現する、「経営人」なのである。
0投稿日: 2024.08.24
powered by ブクログ経営学ではない。その点を留意して読めば、まあまあ読めるけど、噛み砕いているだけだ。 途中からなんでこの本を読んでいるのか、自分の目的やモチベーションがなくなっていることに気づいてしまった。 書いてあることはその通りということだが面白いとか為になるというものは薄かった。
34投稿日: 2024.08.24
powered by ブクログ経営というとなんか難しそうだけど、そんなことはなくて身近な事象の仕組みの話。家庭や老後、恋愛科学歴史、そういったものを本質をかみ砕いて説明し、失敗例から学ぶ解決法を「経営」と称している感じ。 「価値は無限に想像できる」という考え方は建設的でとても好きです。
2投稿日: 2024.08.22
powered by ブクログタイトルに騙されてはイケナイ。経営手法の指南書だと思ってはいけない。帯に「思考法」と書いてあるのも頂けない。かの、茂木健一郎のテレビ発言について、伊集院光は「脳漫談」と名付けた「それって脳にスゴク良いんですよ」って言って、全ての話題に割り込むことが出来る手法、これを倣って1項目から最後まで漫談を続けている。けっして本書で何かを得られると思ってはイケナイ。漫談だから。
0投稿日: 2024.08.21
powered by ブクログお茶の水の土屋先生の焼き直し? と途中で読むのをやめかけた。 が、念の為「終わりに」と「謝辞」を読み、そういう意図なら、やっぱり読んでもいいかな、と思った。 「経営学は文学の力を借りないと進歩できない。 なぜなら「経営について語られないことについて語る」必要があるからだ。これは私が以前から抱いていた思いであった。しかしこれは、簡単には叶えられることのない思いでもあった。」 文学、が正しい表現なのか、言葉が正しいのか分からないが、誰かに伝える力をどう備えようとするのか、ということは、なにをするにせよとても大事な視点だと思う。
1投稿日: 2024.08.19
powered by ブクログ価値創造という究極の目的の為に手段を講じて対立を解消し豊かな共同体を作る。分かってはいても人は近視眼的になりがちで、手段が目的化している例も本当に多々ある。文中様々な例や比喩が可笑しくエッセイとしてもとても楽しく読めた。本当に世界は経営でできていた。
2投稿日: 2024.08.14
powered by ブクログこの本を読むだけでなく、とAbemaで岩尾さんがおっしゃっていることを聞くことでよりお伝えしたいことが明確になりました。 経営とは人を豊かにすることを目的としたものであって、手段とは切り離して考える必要がある。 本はエッセイテイストであり読みやすかったです。
1投稿日: 2024.08.06
powered by ブクログ「はじめに」を読みはじめて「令和冷笑系文体」読みにくっ!とやめそうになったけど、他の人のレビューを読んで、諦めずに最後まで読みました。結果、だんだんこの文体に慣れてきた…。 内容はよかったです。特に私には2章の家庭は経営でできている、が目から鱗。夫が赤ちゃんなのは、自分の存在そのものが妻への価値提供になっていると思いたがるからなのか…。 定期的に読み直したい本。
1投稿日: 2024.08.01
powered by ブクログ経営は、価値創造という目的を通して共同体を幸せをもたらすもので、決して、有限の資源やお金を奪い合うことではない。 この間違いの原因の一つとして、目的と手段の転倒があります。 本来は幸せのために働いお金を稼いでいるのに、お金が目的になっていたり。 家族が幸せになるためのルールが、ルールを守らせるために怒鳴り散らし険悪になったり。 人望が欲しくて自慢をしてしまい、逆に人望を無くしたり。 経営を通して、自分なりの幸せを掴みたいものです
0投稿日: 2024.07.28
powered by ブクログ正直、この文体を令和冷笑体と呼ぶのはどうなのか?一番近しいのは週刊文春連載の土屋賢二氏による平成自虐体ではないかと思うのだが。 軽い調子ですぐに読めるが、各章だいたいパターンは同じなので途中で飽きてきた。
1投稿日: 2024.07.20
powered by ブクログビジネス書の顔をしているが、おもしろエッセイである。ベストセラーになったのも頷ける。冷笑体エッセイというらしい。(初めて知った言葉)まず「経営概念」を明確にし、ここでの主張をはっきり箇条書きにしているのでわかりやすい。「●●は経営でできている。」という章立ては。●●に孤独、家庭、恋愛、健康などを当てはめ、見出しは有名な文学や映画などのタイトルを文字っているので笑いながら読む。一章ずつ読み進めていくと今の社会や将来への不安がうまく書き出されていると思った。
2投稿日: 2024.07.16
powered by ブクログ「上司はなぜ無能なのか?」を知りたくて読み始めた。 最後まで飽きずに読めるフレームが散りばめられている。 ワードセンスが面白くユーモアに溢れている。 内容が色々な知識を寄せ集め薄くした感じで、読み終えた後に「ためになる知識を得た!」とは、なりづらいと思う。 表紙に書いてある「上司はなぜ無能なのか?」を知りたければ、『ピーターの法則』を読んだ方が良かったか…。 楽しめる1冊ではある。
0投稿日: 2024.07.07
powered by ブクログあらゆるものを経営に結びつけて考える思考法について表されています。 とっつきやすくする手法と思いますが、括弧と軽いジョークを多用されているので、一般的なビジネス本を多数読まれている方からすると違和感があるかもしれません。 論理的思考で参考になる部分がほとんどですが、若干、屁理屈的に感じた部分もありました。
0投稿日: 2024.06.29
powered by ブクログ冒頭に書かれている「本来の経営」の定義が全て。その説明が繰り返しなされるので、具体的な解決法を求めている人には向かない。けれど、この概念は本当に素晴らしく己と世の中の為になるとおもうのでなにがしか上手く行かないと思っているときに再読したい。 本文から引用。 仕事も組織も人生の目的にはなりえない。人間の幸せこそがそれらの目的なのだ。 組織、のなかに家庭も恋愛も友情も含まれているのがこの本の特色。 ブルシット・ジョブという言葉もあるけれどもなんの価値も産まない(誰も喜ぶ顧客のいない)仕事をしてないか、身を引き締めよう…
0投稿日: 2024.06.28
powered by ブクログ上司はなぜ無能なのか というサブタイトル 全てにおいて、経営的な思考が必要という話。 著者のカッコ書きの皮肉や自虐、遊び心が読み物として面白い。 要するに恋愛や勉強、何事においても、理論的に目標に向けて進めるかどうか。 これは仕事であっても難しいこと。 マウンティングには敗北しかない。 ごもっともだが、モチベーションを保つという意味ではゼロでもダメでバランスが大事だと思う。自分を見失わないように。
0投稿日: 2024.06.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ジャンルが「スキルアップ・キャリア・自己啓発・マインド」として紹介されていた。 「経営」と聞くと小難しそうなイメージがあり、迷ったが、自己啓発系と紹介されていたので、手に取った。 世の中のあらゆることは「経営」でできている。経営とは本来「価値創造(幸せ)という究極の目的に向かい、豊かな共同体を創り上げること」だという。 本来の経営概念を持てば、個人も社会もより豊かになることができる。 一見「経営」とは関係なさそうな個人の人生や社会のあり方をより良きものにするためにも役立つと主張し、恋愛など15のテーマについてユニークな「経営論」を展開する。 15のお題は世界中の伝統的宗教で人間の苦しみと幸せの源泉とされるものを参考にしている。 ①貧乏②家庭③恋愛④勉強⑤虚栄⑥心労⑦就活⑧仕事⑨憤怒⑩健康⑪孤独⑫老後⑬芸術⑭科学⑮歴史 タイトルはパロディでできているも読者の知識度を測るようで面白かった。 「令和冷笑体エッセイ」と称する。令和の文化人は冷笑系?冷静に、論理的に、傍観者として社会を分析し冷笑する人が人気…?たとえば?どんな著名人かなあと思い至らなかった。 現実世界に最適解は存在しないのだから、心労だけに結実させないためには「生活や仕事における最終的なゴール=目的を常に意識する」必要がある。というのは、前向きな考え方だと思った。 どの章でもあてはまるが、価値の「奪い合う」社会からの脱出をどうすべきかを考える。 人生における悲喜劇は「何かの奪い合い」から生まれる。そして奪い合いは限りある価値に対して発生する。短期利益志向や部分最適化志向から、「自分にとっての本当の目的、究極の目的」から遠ざかってします。立ち止まることができ、気づけばいいが「自分の行動の目的が明確化されていないこと」が多いのだろうと感じた。思い込みを取り払い、手段に振り回されないようにしたい。そう思えた。 読後、経営関係?抵抗感があったのに、「令和冷笑体エッセイ」とご本人が書かれているようにエッセイとして読み終えたので、各章がエッセンスを抽出した感じだったので重くなく読み終えた。 -人間が人間として生きるために「経営」が必要。人間たらしめるのは、価値創造ゆえだから。共同体全体の幸せを実現する意識が必要- ----気になったフレーズ------------------------ ②家庭 夫婦の問題は、相手に「親」を求めてしまうため引き起こされる。夫婦は価値提供のマインドを持って、主体的に問題を解決しなければならない。 P43結婚して家族を持てという古い価値観を押し付けたいのではない。そうではなく仕事や首位や学業などを通じて、親代わりの存在、兄代わりの存在、妹のような存在、このような存在を得ていく道があるということだ。 誰も理想の疑似家庭を創り出せる。血縁を必要以上に重荷に感じて絶望しなくて済むかも ③恋愛 p48 「短期志向近視眼による経営の失敗」 ④勉強 p.65勉強においては「はじめに全体観を把握してから最も弱い部分を補強していく」必要がある p.76尊敬の奪取から尊敬の創造へ p.79友情とは相手の中に自分の分身を見つけ、自分の分身を愛することを通じて、自己愛から他己愛へと至る感情 ⑥心労 p.89仕事も組織も人生の目的にはなりえない。人間の幸せこそがそれらの目的だということを忘れてはいけない。 心労を抱えやすい人は「ゴールに到達できればいい」と考え、細かいプロセスを気にしないようにしよう。 ⑧仕事 p107 人は無能になる職階にまで出世する ①組織はピラミッド状であり、複数の階層(職階)が存在すると仮定 ②ある職階において最も成績がよかったものがより上位の職階に就く(成績が悪い場合も降格・解雇はされないと仮定 ③複数の職階において求められる能力はそれぞれ異なると仮定する ④個々人がもつ能力値はランダムに割り振られれ、異なる能力間に相関関係はないと仮定する ⑨憤怒 p.120 自分の中の怒りは自分で作り上げている。自分で怒りの火をつけて自分で燃料を投下して燃え続けているのだ。このことに気が付くと怒りに左右されづらくなる。 ①怒る ②怒らない 選択肢を思い浮かべる:アンガーマネージメント ⑪孤独 p.136他人が自分を尊重してくれない、理解してくれない、あるいはこれまで自分を尊重し理解してくれていた人を失う。 自分が求める他者との関係の質と量に対して、現実に得られていると感じている田里のかn 孤独を克服するためには、絆と共感と連帯を自ら創り出す必要がある。 ⑫老後 p.152「目的と手段の不整合」「目的と手段の転倒」 おわりに 人生は経営でできている P195「経営」とは・・・ 「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」 p.203価値は無限に創造できる。そして、価値が無限に創造できるものならば他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ。 p.205究極の目的に立ち返り、対立する手段、対立する意見がそれぞれどう目的に寄与しているのかを考えればいい。手段自体ではなく、「手段の目的へ寄与・役割」に着目すれば、思ってもみなかった解決策が思いつく。 ↓ ①本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない ②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている ③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない →人間が人間として生きるために「経営」が必要。人間たらしめるのは、価値創造ゆえだから。共同体全体の幸せを実現する意識が必要
10投稿日: 2024.06.22
powered by ブクログなんとも不思議な新書だ。 下記のコラムが半分おふざけのような語り口で、 これでもかこれでもかと、それぞれのテーマについて 「分析」?する。 はじめに で結論を書いていたことなど忘れてしまい、 「こいつは何がいいたいんだ?何が経営だ?」 と半ばいらいらしながら、でもどこかで相槌を打ちながら、 読み進める。 そして最後にあらためて「経営」の意味が書かれているのを読み、 ゼロサム社会、パイの奪い合い、自分さえよければではなく (著者はゼロサムとかパイとかの言葉は使ってない) 価値創造し、自分も他人も幸せになろう、と叫ぶ。 そう、 この、貧乏やら家庭やらをちゃかすようにシニカルな目で見、 分析していたのは、自分さえよければで生きているから こんなことになっているんだよ。 そうじゃなくて、新たな価値を作ろうよ。 といいたいがためだったのだ。 納得。 はじめに:日常は経営でできている 1 貧乏は経営でできている 2 家庭は経営でできている 3 恋愛は経営でできている 4 勉強は経営でできている 5 虚栄は経営でできている 6 心労は経営でできている 7 就活は経営でできている 8 仕事は経営でできている 9 憤怒は経営でできている 10 健康は経営でできている 11 孤独は経営でできている 12 老後は経営でできている 13 芸術は経営でできている 14 科学は経営でできている 15 歴史は経営でできている おわりに:人生は経営でできている 謝辞:本書は他力でできている タイトルはパロディでできている 【本書の主張】 1 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。 2 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。 3 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。 「結論を先取りすれば、本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という 究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、 究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること』だ。 この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。 幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他者と関わらない人間も存在しないからだ。 他者から何かを奪って自分だけが幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、 どちらも間違いである。『倫』理的な間違いではなく『論』理的な間違いだ」 ――「はじめに:日常は経営でできている」より
3投稿日: 2024.06.21
powered by ブクログあらゆる物事に経営の視点を入れることで幸福を手に入れることができる。目から鱗ではあるが、各章のエピソードにピンとこないものが散見される。最終章の文体で通した方が読み易いし、理解し易い。
3投稿日: 2024.06.15
powered by ブクログなんか文体が読みづらく、頭に入らなかったです。相性が悪いんですかね。いろいろと例えを挙げてくれるんですが、筆者の実体験からではないので、響かない…読んでいて頭に入ってこない…内容も薄っぺらく感じました。タイトルと内容も合致しているとは思えない。副題の映画、小説の元ネタを推察するのは面白かったです。
4投稿日: 2024.06.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
なにごとも「経営」という視点を取り入れれば、みんながあくせく、必死で取り組んでいることのうち、間違っているところに気づける、というような趣旨で、家庭、勉強、恋愛、就活、仕事、健康、歴史、などなどの例を挙げて解説。 例えば、「家庭」を経営する目的は「家族みんなが幸せになること」のはずなのに、妻が夫に「片付けなさいよ」とか小言を言うことでお互いに幸せにはならない例とか。片付けてほしい理由は、家庭での時間を快適に、幸せに過ごしたいからだ、ということがちゃんと分かっていれば、他のやりよう(言いよう)がある。「他のやり方」については、著者はあえて極端な、あほっぽい例を挙げて面白おかしく述べている。 健康のために何かをやり始めて、それが行き過ぎになって逆に自分が追い込まれるとか、就活でたくさんの会社にトライしすぎて、本来の目的を忘れるとか、就職先を選ぶときでも、自分の人生を良くするために就職する(仕事に就く)はずなのに、同級生より世間的に良いとされる企業に入ることが目的になっていたり、競争率が高い企業に入ることが目的になっていたりする例が多々ある。 で、1「貧乏は経営でできている」から15「歴史は経営でできている」までは長い前置きと言える感じで、最終的にはつまり人生が経営でできているのだ、という結論に至る。すごく納得できるし、ためになる本だと思いました!15の「歴史」も、中学校で社会科を教えている私としては、「国家とは何か」という概念が言語化されており深くうなづけました。 「国家」でさえも、あくまでも一人ひとりが幸せになるための手段でしかないはずだ。「国家」や「政治体制」「政治理念」のために国民が不幸になる・犠牲になるなら、そんな国家はいずれ滅びる。なぜ、気づかないのだろう?という趣旨だ。 この考えでも、戦争がいかに間違っているかがわかる。「いのちが大切だから」という説明よりもよほど説得力がある。 最近この本、本屋さんの新書コーナーの目立つところにあるし、話題になっているみたいだけど、納得しました!
12投稿日: 2024.06.10
powered by ブクログ軽妙な語り口でちょびっとトゲのあるところが小気味いい。その堂々とした文体から老練な昭和イズムと若者への傾聴する姿勢を持ち合わせたナイスミドルを思い浮かべたたが、なんと同い年の30代。敬服いたします。 それぞれの章のテーマで比喩されている例が、そのまんま身近な環境に当てはまる。多くの読者がそう思うのじゃないでしょうか。そこに経営という武器をもって、解決の糸口を提示してくれている。全てに通貫するのは、手段と目的の倒錯から目を覚ませ!という主張かと。 経営と聞いて人間味のない冷酷なゼロサムゲームを想起する人(私もその一人)に対して、共同体としての人間の価値観、究極の目的への無限価値創造こそが本来の経営であると説く。そこには血の通った温かみと希望が読み取れる。 とは言っても目先の短期利益や部分最適化に囚われる、人間なんてものは愚かな生き物よとある意味諦観した立場から、それでも自分が陥穽にはまりそうだなと感じた時は適宜以下の提言を思いだそう。 「本来の経営は「価値創造( =他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」」P7
4投稿日: 2024.06.09
powered by ブクログ2024年度の新書部門第1位候補。(私的ランキングです) 本書における経営の定義は以下の通り。 「価値創造(他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立するを解消して、豊かな共同体を創り上げること」 定義は硬いが、文体(曰く、令和冷笑体)は戦略的にふにゃふにゃである。通奏低音の定義(=著者の信念)と文体のギャップが非常に面白く、折に触れて読み返す本になりそうだ。娘に一読を勧めるつもり。 気づき①:定義に「お金」の概念はない。お金は手段であって目的ではないからだ。 気づき②:「きちんと経営できているか」の自問自答はどんな場面でも有効
6投稿日: 2024.06.09
powered by ブクログ答えが書いてあるようで書いていない。色々挫折とか失敗を繰り返して心の余裕のなさを思い知って沢山悩んだ人ほど、これを読んだらふと気づいて立ち戻る?省みることがある内容な気がする。
1投稿日: 2024.05.26
powered by ブクログ前半は面白かったのですが、後半は何となく失速か。経営、すなわち価値創造。各分野で話題になった本や説のエッセンスをまとめた感。人生の「目的」は幸せになること、即ち、価値を創り出すこと。究極の目的に立ち返り、対立する手段、対立する意見がそれぞれどう目的に寄与しているかを考える。行き詰まった時は、一歩引いて、「目的」を再認識し、周辺の拘りを捨てて、目的への違う道を探っていく、と理解しました。
1投稿日: 2024.05.22
powered by ブクログ面白かった。でも経営系の本を読む人はこういう内容を求めていなさそう。語り口が小田嶋隆を彷彿とさせる。
0投稿日: 2024.05.19
powered by ブクログ家庭の日常で起こることも含めて、色々な問題の解決策の考え方が提案されています。手段が目的化したせいで余計な対立や葛藤が生まれているような事例が多いです。いったん最終目的を再確認し、自分が、もしくは対立する双方が納得できる解決策を考えだしましょう、という弁証法的でシンプルなメッセージです。そこに皮肉たっぷりの文体が良い味付けになっていて、とても面白く読めました。この本の著者は人生相談に向いてそうだと思いました。そういう本も出して欲しいです。 帯にも書かれている「上司はなぜ無能なのか」に対する説明がすごいです。明快かつ目から鱗。案外この視点で人事の仕組みの問題が語られているのは今まで見たことありませんでした。
3投稿日: 2024.05.18
powered by ブクログ読みやすく、わかりやすく、クスっとなる文体で読ませる経営学の本。経営の本質をたくさんの例を示すことで繰り返し主張している。例の表現が面白く、身近に感じる。経営の本質を知ることで未来への期待もできると感じた。
0投稿日: 2024.05.14
powered by ブクログ幸せをつくる価値は有限ではなく、無限に創造できるとは、発想が転換された。個々一人一人の幸せを追求することが、経営だと知った。頭が柔らかくなった気がして、面白かった。
6投稿日: 2024.05.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルにつられて購入するも、例え話が古臭くてウソ臭くて気持ち悪くて内容がまったく頭に入らず、途中でリタイア。 ビジネス本ではない。おじさんのサムい駄話。
0投稿日: 2024.05.09
powered by ブクログ「令和冷笑系エッセイ」と言いながらめちゃ熱い想いが溢れている新書です。『経営とは「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」であること』が忘れられている、と憤り「経営概念と世界の見方そのものを再・転換する」という壮大な意図を持って生まれた本。どんなに軽妙を装ってもこぼれ落ちる熱血。一見、経営と結びつかないテーマを経営視点で語ることを積み上げて、最終的には「人生は経営でできている」にたどり着きます。この想いの前には、企業業績を短期間上げるというプロ経営者という存在が胡散臭く感じてしまいました。なにせ著者の論の前には日本には1億2000万人の経営者がいて世界には81億人の経営者がいるということですから。経営という言葉は資本主義の付帯物に思えてしまいますが、むしろリベラルアーツで語っていかなければならないもの、として「センスメーキング」(この言葉、初見!)を重要視しています。「はじめに:日常は経営で出来ている」と「おわりに:人生は経営で出来ている」の迫力は尋常じゃなく著者のバッグボーンと信念はこの2章で充分伝わります。しかし、リベラルアーツ観点で各章の最後に記載されている参考文献は、それぞれのテーマについてのブックガイドとして非常に魅力的でした。文学は経営でできている…じゃなくて経営は文学でできている、という本を書いて欲しいと思いました。章のタイトルのパロディはどうかと思うけど…
3投稿日: 2024.05.08
