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LGBTを読みとく ──クィア・スタディーズ入門
LGBTを読みとく ──クィア・スタディーズ入門
森山至貴/筑摩書房
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総合評価

37件)
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    2018. 広島市立大学 国際学部 国際学科 前期 小論文 2020. 岐阜大学 地域科学部 地域政策学科/ 地域文化学科

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    投稿日: 2025.07.15
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    たいへん勉強になりました 「新しいホモノーマティヴィティ」 =良き消費者としてふるまおうとする 「勝ち組」のセクシュアルマイノリティ それによる格差 既存の社会体制への迎合 以前読んだZINEで似たようなことが話題に上がっていたので、これを読んでさらに勉強になった トランスジェンダーと治療の問題 じゃあ治療すれば? という言葉の残酷さ 治療と引き換えに画一的で永続的なアイデンティティを押し付けてしまう 直すべき障害でも病気でもない、という上でそのことに基づく苦痛のみを治療の対象とする という2段階が必要 性のあり方と苦痛を切り分ける てか渋谷区のパートナーシップ制度の登録にお金かかってたのはじめて知ったんですけど!?

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    投稿日: 2024.11.20
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    性的傾向の少数派のひとたちのなかでも、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)という比較的知られている傾向のタイプから頭文字をとって「LGBT」とよく呼ばれます。しかしながら、性的な傾向、それは自身の性に対する違和感のあるひとがいますし、いわゆる男らしさのつよい男もいれば、女らしさのつよい女もいるわけですし、性愛対象も、男⇔女という異性愛に限らず、男⇔男、女⇔女があれば、肉体は男でも性自認は女で性愛対象は女という傾向の人もいるわけです。 つまり、LGBTと言ってしまえば、性的少数派をすべて網羅して言ってしまえていることにはならない。反対に、LGBTという言葉に性的少数派というバラエティの豊かさが無視され単純化されて押し込められてしまう危険性すらあります。……ということをまず考えさせられてスタートする本でした。 また、スタートラインとして踏まえておくべきこととしてもっと大切なものが以下の引用です。 __________ 意外かもしれませんが、セクシュアルマイノリティを見下す心が見え隠れする人がよく使う枕詞は「私はセクシュアルマイノリティに対する偏見を持っていませんが……」です。曲者なのは最後の「(逆説の)が」で、当然ながらその後に続くのは質問や疑問の体を取ったセクシュアルマイノリティへの否定的な言葉です。それが否定的なニュアンスを持つものだからこそ「偏見ではない」前置きで宣言するわけですが、宣言すれば「偏見」でなくなるわけでは当然ありません。文句は言いたいが自分が「善人」であることは手放したくないという本音が透けて見えている辺り、むしろ痛々しくすらあります。(p7-8) __________ →善人でありたいという希望ではなくとも、自分は模範的な人でありたいだとか、正しい人でありたいだとか、また他の分野ではそうやって自分を律して正しく生きてきてなかなかうまくやってこれた人が、この性的な分野では対応できない、ということもあるのではと思います。対応できないくらいややこしくもあるし、生まれた時点からの家庭環境や社会環境などの影響から植え付けられた鋼鉄の先入観もあると思います。セクシュアルマジョリティのひとは、だからこそかなり自覚的にならないと、意図せずとも差別してしまったり、差別意識に気付けなかったりするでしょう。僕も思い当たります。今ここで、女装をして女性らしいふるまいをする生殖的に男性の人と会話するようなことになったら、たぶんけっこう混乱してしまいます。まず、セクシュアルマイノリティの人たちの知識がなく、会った経験がほとんどないので、ここまで生きてきた社会の流れ・慣例をベースに行動してしまうようなオートマティック性が働くだろうからです。だから、やっぱり、知って、学んで、ということは大切なんですね。 また、p33に構造的差別という言葉が出てきますが、差別は人々の「心」の問題ではなく社会構造の問題だ、というのがその意味です。男らしさや女らしさを求め、異性婚しか認めない、というのは、社会の構造から来るものです。そういった前提を疑うことで割を食う人が減り、社会が滑らかになっていくきっかけが生まれるのがこういったセクシュアルマイノリティの問題へのアプローチの仕方なのではないかとも思います。うまくこういった問題に取り組めれば、社会はもっと角が取れたものになるかもしれない、なんていうイメージが湧きます。 さて、この問題から生まれたクィア・スタディーズという学問分野・批評分野があります。クィア・スタディーズには三つの基本的な視座があります。それは「差異に基づく連帯の志向」、「否定的な価値づけの積極的な引き受けによる価値転倒」、「アイデンティティの両義性や流動性に対する着目」です。その解説については本書やネット検索に譲るとしますが、アイデンティティの流動性については、一言残します。 アイデンティティの流動性を保持し自由度を高めることが大事で、アイデンティティを固定化し一つところに繋ぎ止めて流動性を否定する風潮に異を唱えるのが、クィア・スタディーズの姿勢のひとつなのですが、これにはとても賛成です。アイデンティティがあってその上にイデオロギーや価値観が乗っかるのではないかと考えると、なおのことアイデンティティの流動性を認めることをつよく言っていきたい気持ちになりました。 人が変化すると、変節だとか矛盾だとかの言葉を突きつけてその人を見下したり批判したりする風潮はつよいです。それはあまりに人間を枠にはめた思考からくるんじゃないでしょうか。枠にはめておくと情報処理面で楽ができますから、もう変化するなよという抑圧といったらいいでしょうか。いやいや、そこで楽をしないことは人生に不可欠のコストではないのだろうか。ただまあ、ころころと変化する人は詭弁や欺きを用いているということがあるから、騙されたくない心理の強さが関係してるところはあるかもしれないですが。 というところで。 セクシュアルマイノリティについて知ろうとし、できるだけ理解したいという姿勢を持とうとすること。それは、個別性というものを知っていくことですし、まず人の個別性に目を向けて考えていこうという考え方のクセをつけることでもあるかもしれません。集団社会のなかで他者に無関心な姿勢で生きていると忘れがちになりそうな、「ひとりひとりは違う」という大前提を忘れないことが、マイノリティの人たちの生きづらさを軽減する方法の大きな一つではないかな、と気づかされました。「ひとりひとりは違う」というのは、セクシュアルマイノリティのことに限らず、精神医学的なパーソナリティ障害のタイプから見えてくる個人それぞれの傾向というのもありますし、パーソナリティ心理学の本を読むと知ることができるようなさまざまな心理的な部分の個性的傾向というのもあります。 こういった、人それぞれの個別性を考えていくことは、すなわち人中心、人優先で世界を考えていくことに繋がっていくでしょう、社会中心、資本主義中心、国家中心のメンタリティが優勢かもしれない今日のありかたへのカウンターとなって。現今の社会というのは、個別性を考えず、集団の構成要素としてできるだけ同じような人たちを求めるところがあります。もう少し言うと、人は皆あまり深く考えずに、作業なり仕事なりにいそしめ、という経済偏重のありかたがそれです。想像するな、というわけです。想像したり考えすぎたら動けなくなるから、想像するなというわけですけれども、それはそれでひとつの生きる方法として使える姿勢ではあります。でも他方、想像しないからこそ戦争が起こり、他者への想像を排した人間が戦闘を行えるんですよね。だから、「想像してごらん」と歌う歌が支持されたわけでして。 僕の今年はどうやらこういったあたりをよく考えるような星のめぐりのようです。深く考えずに読んだ本が、こういうかたちで繋がってゆくのでした。

    16
    投稿日: 2024.11.06
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    こういうことがマイノリティへの差別にあたると丁寧に書いてある本。 LGBTに偏見はないけど、から話始めることの差別性。 とくにトランスジェンダーの項目は知らないことが多くて勉強になった。セックス、ジェンダー、異なる性別の服を着たいかどうか、などが複合的に絡み合っていること。 もちろん全部覚えるのが一番いいけど、とりあえずこれを読んだことでトランスジェンダー=体と自認の性が違う人だ、と安直に考えなくなったので「トランスの人にはこう接するのがいいのかな」という偏見がなくなった。

    0
    投稿日: 2023.07.04
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    仕事の関係で読みましたが、基本的な知識を得るにはちょうどよい内容でした。 漠然としたイメージしかありませんでしたが、頭の中を整理しながら、読むことができました。 しかし、外国の小説で登場人物が途中でわからなくなるように、横文字の分類に苦戦し、中々読み進みませんでした。

    2
    投稿日: 2022.09.16
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    良書であることに間違いはないのだが、性同一障害に関する記述はもう一段階踏み込んでほしかった。物足りない。というのも、トランスジェンダーが「障害」であることを否定する時、そこに障害者を劣った者として扱う優生思想があってはならないと思うからだ。この辺りの話は思想2022年4月号に収録されている藤高和輝氏の論考、「トランス・アイデンティティーズ、あるいは「名のなかにあるもの」について」が詳しい。文献案内は田崎英明氏の「ジェンダー/セクシュアリティ」に負けず劣らずと充実している。

    0
    投稿日: 2022.07.26
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    本書は、クィア・スタディーズという新しい学問が蓄積してきた概念や知識を用いて、性の多様性やセクシュアルマイノリティに対する差別など、性にまつわる現代的な問題を考察していこうとする。2017年。 著者が本書冒頭で強調するのは、セクシュアルマイノリティの問題を考察するうえで重要なのは「良心」や「道徳」ではなく「知識」である、という点である。性の問題というのは、誰にとっても最も身近にあり、かつ多くの者の心身をその内側から衝き動かす強い力をもったものであるため、誰もが性について何某かを語ることができるしまた語りたがってしまうものであるのだが、それゆえに性に関する語りは個々人のさまざまな予断や偏見が入り込んだものになってしまいがちである。そうした主観的な偏りを極力排して客観的に問題に向き合うためにこそ、学問という厳密な手続きに則って蓄積されてきた「知識」に基づく議論が重要である、ということだろう。と同時に、クィア・スタディーズはセクシュアルマイノリティ当事者らによる社会運動の歴史的な蓄積の上に成り立っているものでもあるため、そうした「歴史」を参照することも重要であるとされる。 マジョリティとは誰か。それは「何が「普通」であり、何が「普通」でないか」を決定することができる者のこと。マジョリティは、自己の諸属性を「普通」と規定することで、「普通」でない者を外部化=他者化=異物化する。この権力にこそマジョリティの特権性があるのであり、暴力性がある。そしてマイノリティとは、マジョリティから「普通」を強要される者であり、「普通」でないことを以て排除される者のこと。このように「普通」という観念によって作動する暴力が「差別」というものの一般形であろう。 以下、本書で取り上げられた諸概念について、本書読了後に自分で調べてみたものも含め、いくつか要約やメモを書き留めておく。 □ 身体的性/性自認/性的指向/性表現 【身体的性】とは、身体の解剖学的差異に基づく性のこと。【性自認】とは、自分の性をどのように認識しているのかに基づく自己認識上の性のこと(「自分は女である/男である/(その他)である」)。【性的指向】とは、性愛がどのような対象に向かうのかに基づく区別のこと(ヘテロセクシュアル/ホモセクシュアル/バイセクシュアル/パンセクシュアル/アセクシュアル/(その他))。【性表現】とは、外見や言動を通してどのような性を表現するのかに基づく区別のこと(「自分は女性的に/男性的に/(その他)的に自己表現する」)。 一般に「普通」=マジョリティとされてきた「身体的性/性自認/性的指向/性表現」の組合せは、「男/男/女/男」か「女/女/男/女」のみであった。というよりも、そもそもこの四つの区別がそれぞれ独立な組合せをとり得るという認識がなかった(「身体的に男なら、当然、性自認も性表現も男であり、性愛の対象は女である」)。この四つの性の区別の組合せが上記二つに固定されているとは限らないという認識が重要なのであり、そうした認識が可能になったからこそ身体的性以外の区別が考えられるようになったといえる。 LGBについて整理してみれば、【レズビアン(L)】は「不問/女/女/不問」(身体的性と性表現は不問。則ち、レズビアンの身体の解剖学的特徴が女性的であるとは限らないし、また外見や言動が男性的であるとも限らない)。【ゲイ(G)】は「不問/男/男/不問」。【バイセクシュアル(B)】は「不問/不問/男女/不問」。ここで注意すべきは、四つの性の区別において上記二つの「普通」の組合せ以外は全てセクシュアルマイノリティといい得るのであり、それはLGBTの四類型に収まりきるものではない、ということ。 □ トランスジェンダー 【広義トランスジェンダー(T)】とは、身体的性に基づいて外部から割り当てられる性別(「あなたは男である/女である」)またはそれに基づいて強要される性規範=ジェンダー(「あなたは男だから男らしくあるべきだ/女だから女らしくあるべきだ」)と、性自認(「自分は女である/男である/(その他)である」)または自身の性表現(「自分は女性的に/男性的に/(その他)的に自己表現する」)とが異なっていることに違和を覚え、それを一致させようとする人々のこと。広義トランスジェンダーの下位カテゴリーとして、身体的性が性自認と異なる人々のことを【トランスセクシュアル】、身体的性に基づいて割り当てられる容姿や服装に関する性規範が自身の性表現と異なる人々のことを【トランスヴェスタイト(クロスドレッサー)】と呼ぶ。広義トランスジェンダーのうち、トランスセクシュアルにもトランスヴェスタイトにも当てはまらない人々を【狭義トランスジェンダー】と呼ぶ。 【性同一性障害(GID)】とは、身体的性が性自認と異なっており、かつ外科的手術(性的適合手術)によってその一致を望む状態を指す医学用語であり、トランスセクシュアルの下位カテゴリーであるといえる。ただし、トランスジェンダーの当事者が、必ずしも自身の状態を「障害」「病理」として捉えているわけではないことに注意。 最近SNS上で議論となっているトランスジェンダー排除(そこにはフェミニストも加わっているらしい)の問題を考える基本的な視座が得られたような気がする。自分のなかにもトランスジェンダーの傾向がなくはないという気もしてくる。 □ クィア・スタディーズの基本的視座 【差異に基づく連帯の志向】。個々の多様なマイノリティがその多様さを抑圧されることなく多様なまま連帯していくことを志向する。個々の多様なマイノリティが多様なまま肯定される社会を目指していく。 【否定的な価値づけの積極的な引き受けによる価値転倒】。抑圧者によって否定的なイメージを付与されている語彙を敢えて自らに用いることで、自分たちのイメージを自分たちで定義する力を取り戻そうとする。 【アイデンティティの両義性や流動性に対する着目】。マイノリティはマイノリティとしてのアイデンティティをもつことで、自らが置かれた状況を自覚することができ、同じ境遇の者たちとコミュニティを形成することができ、以て力のある政治運動を展開することができる。しかし、固定化したアイデンティティに縛られてしまうと、そのアイデンティティ自体が抑圧に転化してしまうという危険性に自覚的であろうとする。 □ クィア・スタディーズの基本概念 【パフォーマティヴィティ(performative)】行為が反復されることによって生じてくる最大公約数的な意味は、あたかもはじめからある本質のように見えてくる。と同時に、反復がズレや綻びを生むことによって最大公約数的な意味は変化し得る。則ち、不変的な本質に見えるジェンダーやセックスも、実は可変的な構築物である、ということ。「セックスは、つねにすでにジェンダーなのだ」。オースティンの言語行為論をデリダが批判した議論を、バトラーがジェンダーに応用した。 【ホモソーシャル(homosocial)】 【ヘテロノーマティヴィティ(heteronormativity)】身体的性と性自認が一致する人々によって「普通」に営まれる異性愛(恋愛、結婚、出産、子育て)のみが社会的に正しい性愛の在り方である、とする思想を批判的に捉えたもの。ホモフォビアやヘテロセクシズムを深化させた概念。 【新しいホモノーマティヴィティ(homonormativity)】社会変革を志向せず、差別的で抑圧的なヘテロノーマティヴィティに無批判なまま、裕福な消費者として市場に阿り、新自由主義のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者の在り方を批判的に捉えたもの。セクシュアルマイノリティのあいだに分断を生み、「差異に基づく連帯」を否定するものとして批判される。 【ホモナショナリズム(homonationalism)】社会変革を志向せず、差別的で抑圧的なヘテロノーマティヴィティに無批判なまま、体制順応的なナショナリストとして体制に阿り、国家のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者の在り方を批判的に捉えたもの。

    7
    投稿日: 2022.05.22
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    知識がなければ偏見や差別はなくせない、本書全て読んでさらにこの言葉が刺さる。 理解していたつもりだったことも、偏見なんて無いつもりだったことも、まだまだ知らなかったし見通せていなかったなと痛感。。。 多様な性のあり方は知識ありきの「なんでもあり」であって、クィアスタディーズの基本的な視座を使ってニュースのあり方、報道の仕方、記事の読み方をどこまでも奥深く出来ると思う。 昨今ジェンダー差別発言やらで問題になってる方とかもいるけど、これも知らないからこういう発言ができるんだろうわけで。 自分全然世の中のこと知りません!!って堂々と発言してるようなもんだし。 色々書きたいけどどれも薄っぺらくなる気がしてまとめれない! とにかくあの、色々な人にいろんなことがあって、マイノリティやマジョリティはあるけど普通なんてこの世になくて。完全な分類なんてできないしみんなが過ごしやすい世の中を作るなんてめちゃくちゃ難しいけど、作れるようにこういう学問があって、これまでの歴史やこれからの制度があるのかなと思う。薄っぺらいな。笑 クィアスタディーズの基礎のあたりは図も欲しかったな、慣れないカタカナが多くてなかなか整理できず、、、 まだまだ知らないし根付いてないから理解にも時間がかかるんだなーーーー

    0
    投稿日: 2022.04.19
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    性的マイノリティについての様々な歴史を学べるとともに、それだけに限らず差別を改善していくためには学問が必要であるということが理解出来た。

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    投稿日: 2022.04.14
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    セクシュアルマイノリティについて知った気になっていた自分が恥ずかしい。また、学問することが、差別や偏見をなくす可能性があることを知った。モチベーションの一つになる一冊。

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    投稿日: 2022.03.29
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    ( ..)φメモメモ 「普通」という暴力を解除できないアプローチ=セクシャルマイノリティについて不適格なアプローチとすると、「普通」の性を生きろという圧力に傷つく人々をセクシャルマイノリティと言い換えることができる。 暴力や差別は悪意を持つ人が行うものなので悪意を持たないようにすることが重要だと、良い人になれば良いと思いがちだが、暴力や差別を防ぐには良心や道徳ではなく知識が必要。

    0
    投稿日: 2022.03.10
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    性に関する議論は、概念の分類や問題の背景、新たな課題などが入り組んでいるため、一見するととても難解な分野であるように思える。一方で、一定の理解を示すことが求められているようにも思える分野である。だからなのか、差別をしていないことを標榜するための無知な「LGBT」言説があふれている。 本書は「何が偏見なのか自分はわかっていないかもしれない」という不安を抱えた人の、「もっときちんと知りたい」という欲求にまさに答えてくれる。バトラーを読んで挫折しかけていた私にとっては、本当にありがたかった。読みやすい。 今後、巻末の読書案内にたくさん助けられると思う。 クィア・スタディーズに入門することはできない、なぜならクィア・スタディーズの内実をどこかに位置づけることこそが、先人達が批判してきたことだからだ。

    1
    投稿日: 2022.02.02
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    第四章のトランスジェンダーの言説史の整理が特に自分にとり啓蒙的だった。単に広義トランスジェンダー(トランスセクシュアル、狭義トランスジェンダー、トランスヴェスタイト(異性装)に3区分される)を学べるだけでなく、その区分がジェンダー研究の中でいかに進展していったかを追うことは、自分自身のフェミニズム/ジェンダー論/クィアスタディーズに対する学習不足の部分……すなわち性指向と性自認の絡み合いに関する部分……をなぞり直す役に立った。第四章の概念整理をもとに同性愛の話や「オネエ」の話をみかえすと、色んな見落としをしていたことに気付かされた。 後半のクィアスタディーズ概念紹介や研究論文紹介も手堅く、硬質なLGBT議論を一冊入手したいという人には安心して薦められる本である。 ただし、半陰陽やアセクシュアルなどの議論はあまりないため、事典的な利用を期待するべきではない。あくまでこの種の議論を、初歩的なところでミスらないためのあんちょことして読んでいくことが期待される。

    0
    投稿日: 2021.11.12
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    良かった。「ふつう」は無いということをどこまでも突き詰めていくクィア・スタディーズの考え方に触れてしびれた。  現実生活のどの場面でも役に立つだろうと思う。

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    投稿日: 2021.10.16
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    クィア・スタディーズに関する熱い思いはわかるが、著者が力を入れてページ数を割いて書いたはずの基礎編が、初学者には難しかったように思う。かなりもやもやしている。 これより前に読んだLGBTQに関する入門書の方が明確で分かりやすかった。

    0
    投稿日: 2021.09.15
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    図示ばかりになれているので、図がない本書は整理の仕方が難しいのかもしれない。  しかし巻末に27ページほど読書案内があるので、それと関わらせて読むのがいいのかもしれない。どこから読んでもいいと書いてあったが、最初の部分は必読であろう、

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    投稿日: 2021.09.04
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    自分の性自認が定まらないので読んだ。初心者に対して優しい語り口ですらすらと読めた。差別に加担しないために、まずは知ることが大事。クィア・スタディーズ以外でも、知ることは大切だと感じた。

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    投稿日: 2021.07.21
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    性的少数者についての、これまでの歴史を知ることはとても大切だと感じた。 多様性という言葉は便利だけど、便利な言葉って怖い。多くのことを考えさせられた。

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    投稿日: 2021.06.29
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    評価が低いのは、本の内容自体に問題があるというわけではなく、内容が「クィア・スタディーズ」という学問形態に沿ったものであったり、その学問の紹介であったり、歴史的な経緯であったりして、当事者や関係者が知りたいような情報の割合が低いことによるものである。 まあ、クィア・スタディーズ入門と副題にあるのだから仕方ないが、実態からかけ離れた学問的な色が強いと感じた。

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    投稿日: 2021.06.11
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    わたしたちの性に関するリアリティが, いかに矮小化されているのか, その事実を教えてくれる本でした。 表現するとこぼれ落ちるものがあり, こぼれ落ちずに表現するのは難しいことを踏まえると, LGBTあるいはセクシュアルマイノリティだけでなく, 他者一般の理解について考えさせられるところがありました。

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    投稿日: 2021.06.02
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    著者の書き方が悪い訳ではなく、どうしても概念的な話になるので、読んでいて理解するのが難しかった。 読む前に(読みながら)LGBTの専門用語について、調べてから読んだ方が理解しやすいと思った。

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    投稿日: 2021.03.03
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    良書。セクシャルマイノリティについて、複雑な問題ではあるけど、だからこそ、何か知識を得なきゃなと思い買った一冊。1から4章までは基本的なことが書いてあり、ほぼ無知の私からしたらすごく有難い部分だった。しかし、5.6章は一気に読者を突き放すかのようにかなり難しい分野の話になっていき、正直私はついていけなく、理解出来ないまま読み進める部分も少なくなかった。 全体的に見るとかなりわかりやすく書かれているし、とてもいい本だと私は感じた。

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    投稿日: 2020.11.04
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    人間の性の在り方は、やはり奥が深い、という印象。 「 クィア・スタディーズ」という学問の存在をはじめて知った。セクシュアルマイノリティに関して、知的な好奇心で勉強しても良いのだという考え方を知って、ちょっとホッとした。 正直、基礎編よりあとは、情報が多すぎて一回では覚えられないが、歴史という観点から見ていくというのはとても興味深かった。

    0
    投稿日: 2020.10.08
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    LGBTについて理解を深めたいと思い、購入。 1章で日本における状況について書かれており、歌舞伎の女方のことなど挙げられたのを見て、はっとした。 皆がカミングアウトを望んでないなど、言われればそうだよなと思っても、まだまだ自覚が足りないと気付かされた。 またマーケティングに関する視点、事例も個人的には新鮮な話しと感じた。

    0
    投稿日: 2020.02.08
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    「LGBTの入門書」というよりも「LGBTを読み解くツールとしてのクィアスタディの入門書」。 LGBT、という名前そのものが、4つの言葉の頭文字を取ったものであることからもわかるように、LGBT(やそれらを含むセクシャルマイノリティ)を語るとき、いろんな言葉が出てくる。 そんな言葉そのものについての説明だけでなく、その言葉がどういう背景があってできた言葉なのか、またその背景がどう変わってきたのか含めて説明してくれる一冊。 入門書なので、そこまで難しいことは書いてない。でも、それが理解できたのか、と言われると正直疑問な本でもある。 ただ、LGBTというよりも性差やそれにまつわる社会問題を考えるとき、なんとなくモヤモヤしていただけのものを、うまく説明できるかもしれない言葉と考え方がすでにあるのかもしれない、ということは理解できた。 少なくとも、ネットでそういう言葉が出てきたとき「ほんとにそういう理解でいいのかな?」と思ったら、この本を読み返せばいいかも、というくらいには。 複数の性の人間が同じ生活圏で生きることが当たり前になった以上、性差についてまがりなりにちゃんと考えないとトラブルになるのは当たり前のこと。 それを考えるための一助となる一冊でした。

    1
    投稿日: 2019.12.06
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    入門書として、こぶりでいい。読書案内も便利。歴史だいじ。でもぜんぶに首肯しにくい。ま、それもまた、いいことだなあ、と。

    1
    投稿日: 2019.06.02
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    分かりやすくキャッチーな図説ではなく、一定の読み応えのある(けど初心者向けな)書籍を探していたところ、当事者の知人に勧められて手に取った一冊。(求めていた粒度どんぴしゃりだった!知人に感謝……!) 少し砕けた印象の語り口で、多少難解な記述(六章とか……)も大学の講義を聴く感覚でスルスルと流し読みできます。 ところどころ、「おおっ!」っと唸ってしまうような、心にズバンと響いてくるような、絶妙な記述があるので、そういったものを探しつつ、読み物として、知的好奇心をくすぐる本として、気楽に読むにも向いている本だと思います。

    1
    投稿日: 2019.05.04
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    第1章 良心ではなく知識が必要な理由 第2章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか 第3章 レズビアン/ゲイの歴史 第4章 トランスジェンダーの誤解をとく 第5章 クィア・スタディーズの誕生 第6章 五つの基本概念 第7章 日本社会をクィアに読みとく 第8章 「入門編」の先へ 著者:森山至貴(1982-、神奈川県、社会学)

    0
    投稿日: 2019.04.23
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    LGBTについて、理解したいからこそ、この本を手にしました。 たしかに、LGBTの歴史や知らない用語の意味は知れました。 しかし、理解したように思い込む危険性をこの本から教わりました。 私はこの本を読み、他人のことはわからない。わからないからこそ、わかろうと努力し続けることが大切だと感じました。

    4
    投稿日: 2019.01.04
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    副題『クィア・スタディーズ入門』の文字をもっとでかくした方がいい。クィアは調べてみるも全然ピンとこなかったけど、この本の解説でだいぶ分かりやすく頭が整理された気がするし、知れば知るほど社会のあらゆるものごとに関わってくるからすごく面白い分野だと思う。 主題『LGBTを読みとく』も、これだけパッと見るとうーん今更〜と思っちゃいそうになったけど全然今更なことはなく、むしろ知らなかったことや勘違いしてたことも多くて知ったかぶり大変失礼いたしました!!!(土下座)な本だった。 そんな歴史的、分類的あれこれを見据えてクィアという学問なのだな。 個人的には、文脈違うかもしれんけど「カップルでいることで得をする社会ってどうなのか?」て問題提起がされてることにすごく勇気付けられた…(独身アラサーの悲しき焦りを開き直らせているだけかもしれないけど)でも考えたうえでひとりの方がいいわ〜ていう結論になる人も絶対一定数はいるはずでしょ?!?! そういう、LGBTだけの問題にとどまらず、かなり直接的にわたしの問題として立ち上がってくる事柄もあって、ここに順応できないのはわたしの落ち度かなと思ってしまっていたことも実はそういうことでもないのでは?と思わせてくれたというのがとてもいい読書をしたなという感じでした。

    0
    投稿日: 2018.10.01
  • 結構真剣に読まないと、筋(=論理)を十分には追えないかも。

    この本を手に取る人は、と著者に挑発されて、若干慎重に読み進めました。基本的知識のない私には違和感をもたらす部分があるのですが、そのあとにそこに至る論理が示されていて、(多分)理解できました。理解と同意は違うのですが、多分、概ね同意できたように思います。この論理を組み立てて、一見正しいことを本当にそうなのかと検証する学問の営みが、性自認、性志向のみならず、全ての私たちが「なんとなく」正しいと感じていることに対して、必要なのでしょう。それが、日本の社会から欠落し始めているような気がしてなりません。「LGBT」についての学問を知りたい人のみならず、今日本を覆っている短絡的な思考(とも言えないもの)に違和感を持つ人は、ぜひ頭の体操に、この本を。

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    投稿日: 2018.06.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この分野多少の興味はあるのだが詳しくなく、そして読んだら、ここ10年20年でもすごい変化しているもよう。多少整理できた気がして良かった〜 ・LGBTと言う言葉はもはや差別隠蔽の指標として重要になっている あー…分かる…(^_^;)かく言う私もこのタイトルだから気軽に電車の中でも広げて読んでたけど、ゲイとか同性愛とかって単語だとちょっとためらうところある… ・ホモソーシャルな絆はホモフォビア(嫌悪)を伴っている そうそう、これ気になってたやつ。男の人たちがキャッキャたわむれているのを好む人の中に、ホモなんかじゃないから!!みたいに同性愛を見下す発言する人多いよな〜ての… 不快感感じるのは分かるのだが、差別意識表明しなくても良くない?て思っちゃう…ビミョーなところで私自身覚えがあるのでな… そして時々「やおい」と言う単語が使われてたのに違和感なんですがw 私の感覚ではその単語は高河ゆんデビューあたりで盛んに使われてた印象…そしてその後すたれた気がしてたんだけど。 現役大学生がチェックしたそうだから、今も一般的に使われてんのかな…?

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    投稿日: 2018.06.20
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    2017/05/19 差異を認識した上での連帯、価値観の内側からの転倒、 「差異に基づく連帯の志向」 「否定的な価値づけの積極的な引き受けによる価値転倒」 「アイデンティティの両義性や流動性に対する着目」

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    投稿日: 2017.05.20
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    マイノリティの味方だと明言し、様々な論拠、意味を声高に叫んで来たが、本書を読んで、そこにどれほどの落とし穴があったか気付かされた。 ・ローレティスはジェンダーとセクシュアリティの問題を区別すべきだと主張した。 ・クィア・スタディーズの5つの基本概念。パフォーマティヴ、ホモソーシャル、ヘテロノーマティヴィティ、新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム ・クィアスタディーズの基本的な視座。差異に基づく連帯の志向、否定的な価値付けの積極的な引き受けによる価値転倒、アイデンティティの両義性や流動性に対する着目。

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    投稿日: 2017.04.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「良い新書は大学1セメスター分の講義である」 最近の口癖。講義をベースに書かれている新書もあるのだから当たり前といえば当たり前である。 読みやすいのに重要な点がちゃんと抑えられていて、復習を提供してくれると同時に、いつでも戻って参照できる基本が詰まっていた。巻末読書ガイドも丁寧でありがたい。こういう本に出会えるかが学びでは重要なのかもしれない。

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    投稿日: 2017.04.01
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    LGBT等の基本的な説明の前半はわかるしすぐれていると思う。でも「クィアスタディーズ」の説明にはいってオースティン、デリダ、バトラー様という例の流れになるといきなりわからなくなる。クィアスタディーズというのはこういう感じでしかできないのだろうか。 この本の印象では、クィアスタディーズなるものは主にもっぱら「概念」やひとびとの思い込みをめぐる研究であるという印象を受けてしまうのだが、それでいいのだろうか。もっと豊かな実証的・経験的研究があるんではないのか。 フェミニストとLGBT(特にMtFトランス)のあいだの政治的・哲学的意見の対立のようなのを紹介しているのは貴重。ここらへんあんまり語られないんよね。 「パフォーマティブ」に関しては、optical frog先生がよいエントリを書いてくれた。

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    投稿日: 2017.03.24
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    1〜2章、余裕あれば4章までは基礎理解の文章として、事始め的に広く読みやすい内容。5章からはクィア・スタディーズという今の”LGBT理解”のさらに一歩先にあるような視点なので、少し小難しいかもしれないけど、「なんでもあり、十人十色、みんな違ってみんないい」的な収められ方に対抗する論考として、あえてここから始めるというのもありか。いずれにしても学部生・教養的な新書として読みやすく。蔵書入り。

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    投稿日: 2017.03.18