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ドリアン・グレイの肖像(新潮文庫)
ドリアン・グレイの肖像(新潮文庫)
オスカー・ワイルド、福田恆存/新潮社
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総合評価

107件)
3.8
29
31
27
8
1
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    とにかく恐ろしい。 読んでいくうちに、自分もヘンリー卿が紡ぐ言葉の虜になっていくようだった。美しく、繊細な文学。 間違いなく私の人生を変えた1冊です。

    0
    投稿日: 2025.09.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    悪に徹していれば、美しいまま「堕落の象徴」として生きられたのに、「良心」とか「贖罪」なんて人間的な揺らぎを見せたからこそ、肖像画に逆襲され、結果として「美しさの仮面を剥がされた」残念だ。

    0
    投稿日: 2025.09.03
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    消極的だった主人公が自分の美しさを認めて開き直るところは三島由紀夫の禁色っぽい。 快楽主義者に唆されて行動思考様式がまったく異なってしまうところも。 ただ、こだわりの美的意識のせいか、時折冗長で本筋から外れてしまっていて読みづらい。ラストも予想通り。

    0
    投稿日: 2025.06.15
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    中盤の、モノと逸話が延々と並ぶ章で挫折しそうだった。 読了後に振り返ってもそのあたり丸々飛ばして差し支えなかったと思うが、教養があれば、何か主題との関連性を見出だせたりするのだろうか…。 前半ドリアンを支配する気満々だったヘンリー卿、のモノローグが、後半にも欲しかった。 読了後に、より新しい訳がいくつかあったこと、さらに24年に角川文庫で挑戦的な新訳が出ていて、その注釈と解説も親切充実らしいことを知る。調べず手に取ったのが悔やまれる、、

    0
    投稿日: 2025.03.23
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    翻訳が古すぎるため、なかなか読み進められなかったが、どうにか読み終えられた。文字が小さいのも老眼には辛かった。内容は悪くないのだが。

    4
    投稿日: 2025.01.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    不思議な後味の残る小説だ。 過度に花に彩られた冒頭、これは美しいドリアンを導く演出だろう。ヘンリーの逆説もくどいほどに過剰。 ドリアンは終始利己的で、せっかく危機を乗り切ったのに自ら最期を招いてしまう。 結局何を描いたものなのか、よくわからなかった。

    0
    投稿日: 2024.11.28
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    737 428P オスカーワイルド オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド。アイルランド出身の詩人、作家、劇作家。耽美的・退廃的・懐疑的だった19世紀末文学の旗手のように語られる。多彩な文筆活動を行ったが、男色を咎められて収監され、出獄後、失意から回復しないままに没した。 ドリアン・グレイの肖像 (光文社古典新訳文庫) by ワイルド、仁木 めぐみ 芸術家は美しいものを創造する。 芸術に形を与え、その創造主を隠すのが芸術の意図である。 批評家とは、美しいものから受けた印象を、別の手法や新しい素材で伝えることができる者である。 自伝の形をとるのは、批評の最高の形式であり、最低の形式でもある。 美しいものに醜い意味を見いだす者は汚れていて魅力がない。その行為は間違っている。 美しいものに美しい意味を見いだす者には教養があり、彼らには希望がある。 美しいものに美しいという意味しか感じない選ばれた人々なのだ。 倫理的な本というのも倫理に反する本というのもこの世には存在しない。本には、よく書けているか、よく書けていないかのどちらかしかない。 十九世紀が写実主義を嫌悪するのは、キャリバンが鏡の中に自らの顔を見て怒るのと同じである。 十九世紀がロマン主義を嫌悪するのは、キャリバンが鏡の中に自らの顔が映っていないといって怒るのと同じである。 「そうか、じゃあ教えてやろう。どうしてドリアン・グレイの肖像画を発表したくないのかを説明してくれ。本当の理由をきかせてほしい」 「本当の理由ならもう言ったよ」 「ハリー」バジルはヘンリー卿の顔をまっすぐに見つめて言った。「気持ちをこめて描かれた肖像画というのはみなモデルではなく、それを描いた画家の肖像なのだ。モデルは偶然のきっかけにすぎない。画家の筆によって描かれるのはモデルではない。カンバスに色をもって描かれるのは、むしろ画家本人なのだ。僕がこの絵を発表したくないのは、自分の魂の秘密をこの絵に描きこんでしまったのではないかとおそれるからだ」 「簡単な話なんだ」短い沈黙の後、画家は言った。「二ヶ月前、ブランドン夫人のところのパーティーに行ったが人でごったがえしていた。ご存じの通り、我々貧しい画家も時々社交の場に顔を出さねばならない。野蛮人ではないと世間に認めてもらうためにね。夜会服を着て、ホワイト・タイをすれば、いつか君が言っていた通り、誰だって、株屋だって、洗練された人間だという評判を得られる。そう、部屋に入って十分ほどしたとき、着飾りすぎている巨体の貴族の未亡人や退屈なアメリカ人なんかと話していたんだが、不意に誰かの視線を感じた。ちょっと振り返り、そして初めてドリアン・グレイを見たんだ。目が合った途端、自分が青ざめていくのがわかった。奇妙な恐怖に襲われたんだ。今目の前にいる男の魅力はあまりに強烈で、抵抗しなかったら、その魅力に僕の性格も魂も、僕の芸術そのものまでも、すべて飲み込まれてしまうだろう。それがわかったんだ。 「良心と臆病は本当は同じものさ、バジル。良心の方を看板にしているだけだ。それだけのことさ」 た。「彼女は客という客の素性をあばきたてたのだろう。以前に僕は彼女に、星章とガーター勲章に埋もれている 獰猛 そうな赤ら顔の老紳士のところへ連れていかれ、あのおそるべき部屋にいる全員にはっきりと聞こえるささやき声で、驚くほどこまごまとした身の上を述べたてられたのを今でも覚えているよ。とにかく逃げ出したよ。僕は自分に合う人間は自分で見つけたい。しかしブランドン夫人はまるで競売人が出品物を扱うみたいに客を扱う。ずばっとすべてをばらしてしまうか、さもなければ我々が知りたいこと以外のあらゆることを教えてくれる」  ホールワードは首を振った。「君には友情というものがわからないんだ、ハリー」とホールワードはつぶやくように言った。「あるいは憎しみというものもね。君は誰のことも好きだ。それはつまり、誰に対しても冷たいということなんだ」 「いや、冗談だよ。しかしどうしても身内は好きになれないんだ。人間はみな自分と同じ欠点を持つ者に耐えられないものだからじゃないかな。イギリスの一般大衆が、いわゆる上流階級の悪徳と呼ぶものに激しい怒りを感じる気持ちはよくわかるよ。大衆は飲んだくれることや愚かさや不道徳を、自分たちだけの領分にしておきたいのだろう。だから我々が笑いものになるようなことをすると、自分たちの猟場を荒らされたように感じるのだ。かわいそうなサザークが離婚裁判になったとき、大衆の憤慨ぶりといったらすばらしかったね。だからといって、ちゃんとした生活をしている者は労働者階級の一割もいないと思うよ」 すべてを知っている博識家──それが現代では理想とされている。しかしすべてを知っている博識家の頭の中ほど救いようのないものはない。まるで骨董屋みたいにほこりをかぶったガラクタばかりで、すべてに実際の価値より高い値がつけられている。やはり先に飽きるのは君だと思う。ある日君は友人を見て、彼の姿がどうも絵にならないとか、色艶が気に入らないとか思うだろう。心の中で彼を厳しく非難し、彼が君にひどくいやな態度を取ったと真剣に思うだろう。次に彼がやってきたときには、君は完全に冷淡な態度を取る。とても残念な話だろうが、君はすっかり変わってしまうのだ。君の話はまさに一つのロマンスだ。芸術のロマンスと言ってもいいだろう。そして最悪なのは、どんなロマンスにおいても、当事者は最後には全くロマンティックでなくなるということだ」 なぜなら美は何の説明も必要としない。日の光や春や、我々が月と呼んでいるあの銀色の貝殻が暗い水に落とす影のように、この世のすばらしき現実なんだ。美を疑うことはできない。美は天与の支配力を持っている。美は人を支配者にするのだ。笑ったね? ほう! 美を失ったら君は笑ってなどいないだろう……美など表面的なものにすぎないと言う者もいる。そうなのかもしれない。しかし思考よりは表面的ではない。僕にとって、美は驚異中の驚異だ。ものごとを外見で判断しないのは底の浅い人間だけだよ。世界の本当の神秘は目に見えないものではない。目に見えるものなのだ…… 「そうですね」ヘンリー卿はそう言いながらボタンホールに挿した花を直した。「そして歳を取ってから、それが本当だったと知るのです。しかし私がほしいのは金ではありません。金をほしがるのは勘定の支払いをする奴らだけですよ、ジョージおじさん。僕は支払いなどしません。信用貸しこそ次男坊の資本です。それに信用貸しさえあればけっこう魅力的な生活ができる。それに僕はいつも兄のダートムアのところに出入りしている商人と取引していますから、困らされることなんてありませんよ。お願いというのは、教えていただきたいことがあるんです。もちろん教えてほしいのは役に立つことではなく、役に立たないことです」 この世に存在する美の裏側には必ずどこか悲劇的な要素がひそんでいる。  公爵夫人はため息をつき、話を中断するという、彼女だけが持つ特権を行使した。「アメリカなんて発見されなければ、どれほどよかったでしょう! 本当に、近ごろイギリスの女の子たちには全く機会がないじゃありませんか。とても不公平ですわ」 「しかしけっきょくのところ、アメリカはまだ発見されてなどいないのです」アースキン氏が言った。「まだその存在が気づかれただけだと私は思います」 「アメリカへ行くんですよ」とヘンリー卿が言った。(解説へ戻る) トーマス卿が眉をひそめ、アガサ夫人に言った。「どうも甥御さんは、あの偉大なる国に偏見を 抱いていらっしゃるらしい。私はあの国を隅々まで旅したよ。そういうことに関してはとても親切な重役たちが用意してくれた車でね。一度行ってみるといい勉強になりますよ」 「しかし本当に勉強のためにシカゴに行く必要があるでしょうか?」アースキン氏は憂鬱そうに言った。「どうも気が進まない」  トーマス卿は手を振った。「アースキン氏のトレッドレーの書棚には世界がおさまっている。我々のような現実主義者は何事も本で読むのではなく、この目で見たいと思うのです。アメリカ人は実に興味深い人々です。どこまでも合理的だ。それが彼らの一番の特徴だと思います。そう、アースキンさん、彼らはどこまでも合理的なのですよ。アメリカ人にはふざけたところがまるでないのです」 最近はみな、ものの値段は何でも知っているが、価値については何も知ら 「ああ、ドリアン、女に天才はいないよ。女というのは装飾的な生き物だ。彼女たちの話に内容はないが、魅力的なしゃべり方をする。女は精神に対する物質の勝利を体現しているんだ。ちょうど男が、道徳に対する精神の勝利を体現しているのと同じようにね」 「ああ、ドリアン、これは真実なんだよ。僕は最近、女性を分析しているんだ。だからわかる。ことは考えていたほど深遠ではない。僕はついに発見したよ、この世には二種類の女しかいないって。地味な女と華やかな女だ。地味な女はなかなか役に立つ。尊敬に値する人間だという評判を得たかったら、地味な女を連れて食事に行けばいいのだ。華やかな女のほうは、とても魅力的だ。しかし彼女たちは一つだけ過ちを犯している。若く見せようとして塗りたくってるんだ。我々の祖母の時代は、すばらしい会話をするために化粧したものだ。口紅とエスプリが共存していた。いまやすっかりそんなことはなくなってしまった。自分の娘より十歳若く見せられるうちは、女は完全に満足している。会話のほうは話し相手にできるような女はロンドン中に五人しかいないが、そのうちの二人は上流の社交界には入れてもらえない。それはさておき、君の天才さんのことを聞かせてくれ。知り合ってどのくらいになる?」 八時半ごろ、安っぽい小さな芝居小屋の前を通りかかった。大きなガス灯の光がゆらめき、けばけばしいビラが貼ってあった。見たこともないようなとんでもないベストを着た、醜いユダヤ人が入り口に立っていて、安物の葉巻をふかしていた。男の巻き毛は油っぽくて、汚れたシャツの胸には途方もなく大きなダイアモンドが輝いてい 「ああ、バジルは自分の魅力のすべてを作品に注ぎ込んでしまっているんだ。結果として、彼の現実の生活には、彼の偏見や主義や常識しか残っていない。僕が今まで知り合った芸術家の中で、人間として面白い人物はみな芸術家としてはだめだった。すぐれた芸術家というのは自らの作品の中にしか存在していないから、実生活ではとてもつまらない人間になってしまう。偉大な詩人ほど、真に偉大なる詩人ほど詩的でない生き物もいない。しかし才能のない詩人はおそろしく魅力的だよ。その詩が下手であればあるほど、人間としては輝いてくる。二流の 十四行詩集を一冊出したことがあるというだけで、その男はたまらなく魅力的になるんだ。その男は自分には書けはしない詩を生きている。もう一方の詩人たちは、現実に実行する勇気のないことを詩にしているんだ」 人間の生活、それこそが唯一研究する価値があると思えたのだ。それに比べれば価値のあるものなど何もない。苦しみと喜びのるつぼである人生を観察するには、ガラスの仮面をかぶることはできないし、硫黄のような煙に頭を悩まされるのも、想像力をおそろしい妄想と不幸の夢に混沌とさせられるのも防ぐことはできない。その性質を理解しようとするならば、冒されなければわからないようなひそかな 疾病 もある。しかし、それでも、なんという大きな報酬を得られることか! どれほど世界がすばらしく思えてくることか! 情熱の奇妙で厳しい論理と、豊かな感情に彩られた理性を知ることは──それらがどこで出会い、どこで別れ、どんな点で一致し、どんな点では一致しないのかを観察することは、とても楽しい! そのための犠牲など何でもない。なにかの感覚を得るためなら、どんな対価も決して高すぎることはない。 自分が誰かを材料に実験していると思っていても、実は自分自身を材料に実験をしていることはしばしばある。 「お前は私を傷つけているんだよ。お前がオーストラリアから金持ちになって帰ってきてくれると信じているよ。植民地には社交界なんてものはないだろうね。私が社交界と呼べるようなものは。だから財産を作ったら、帰ってきて、ロンドンでひとかどの人物にならなければ」 「社交界!」若者はつぶやいた。「そんなもののことは知りたくないよ。俺は母さんとシビルに舞台をやめさせるために金を稼ぐんだ。嫌なんだよ」 「僕は今は何も認めないが、反対もしない。どちらも人生に対して取るにはばかげた態度だ。人間は道徳的な偏見を撒き散らすためにこの世に生まれるのではない。凡庸な人間たちが言うことを気に留めたことはないし、魅力的な人々のすることを邪魔したこともない。僕を魅了した人物が選んだものなら、どんな表現方法だって、僕には非常に心地よいんだ。ドリアン・グレイはジュリエットを演じる美少女への恋に落ちた。そしてその少女に結婚を申し込んだ。なぜいけない? 彼が古代ローマのメッサリーナみたいな淫婦と結婚したら、やっぱり面白くないだろう。 知っての通り、僕は結婚においては勝者ではない。結婚の本当のデメリットは人を利己的でなくすることだ。利己的でない人間はつまらない。個性を欠いているんだよ。それでも結婚がさらに複雑にする要素もある。ある種の自己中心癖は失わず、さらに多くの自己中心癖をつけくわえていくのだ。自分以外の人生も背負うことになる。前よりしっかりせねばならなくなるが、しっかりすることこそ人間が存在する目的なのだ。それにすべての経験に価値があるが、結婚について人が何を言っても、それは一つの経験だ。ドリアン・グレイはこの少女を妻にして、六ヶ月は情熱的に彼女を崇拝し、それから突然他の人に魅了されてほしい、僕はそう思う。彼はすばらしい研究対象になるだろう」 僕は楽観論をもっともさげすんでいる。だめになった人生について言えば、その人物の成長が止まっている人生ほどだめになっているものはない。自然を傷つけたかったら、それを矯正するだけでいい。 結婚は、もちろんばかげたことだが、男と女の間には他にももっと興味深い結びつきがある。僕はそれなら間違いなく応援する。それは当世風で魅力的だ。だがドリアン本人がやってきた。本人のほうが僕より多くを語れるだろう」 ヘンリー卿は肩をすくめた。「わが友よ、中世の美術はすばらしいが、中世的価値観は時代遅れだよ。もちろんフィクションの中では使えるがね。しかしフィクションの中で使えるものといったら、現実には使われなくなっているものだけだからね。いいか、教養のある男で、快楽を後悔する者はいない。そして教養のない男は快楽とは何かを知らない」 僕は芝居が好きだ。実生活よりもはるかに本物らしいからね。行こう。ドリアン、一緒に来たまえ。悪いがバジル、 四輪箱馬車 には二人しか乗れないんだ。 二輪馬車 でついてきてもらわねばならない」 本当に魅力的な人間は二種類しかいない。本当にすべてを知っている人間か、何も知らない人間だ。 私、舞台は嫌いよ。自分のものではない情熱ならまねできるかもしれないけど、いま私の中で火のように燃えている情熱はまねできないわ。ドリアン、ドリアン、これで理由がわかったでしょう? まだ演技ができるとしても、恋をしているときに演技をするのは 冒瀆 だと思うわ。あなたのおかげでそれがわかったのよ」 彼女はいっとき彼を傷つけた。彼は彼女を一生傷つけたかもしれないが。しかし女というものは男より悲しみに耐えるのに適している。女たちは感情のままに生きている。自分の感情のことしか考えないのだ。恋人を作るのはいろいろな騒ぎをおこす相手がほしいからだけだ。ヘンリー卿がそういっていた。そしてヘンリー卿は女をよく知っている。どうしてシビル・ヴェインのことで悩まなければいけないのだ? 自分にとって彼女はもう何の価値もないというのに。 まったくギリシア悲劇みたいな残酷な美しさがある。僕はその中で大きな役割を果たしていたのに、傷つかなかった」 我々はストレートな野蛮さを感じ、それに不快感を抱くのだ。しかしときに我々の人生に美という芸術的要素を持った悲劇が起こることもある。その美という要素が本物であれば、その悲劇全体が我々に演劇のように思えてくる。我々は不意に、自分がもはや演者ではないことに気づく。観客になっているのだ。あるいはむしろその両方といった方がいいかもしれない。我々は自分自身を見て、その見世物のすばらしさにただ魅了される。今回、起こったことは本当はなんだったのか?  宗教に救いを求める者もいる。宗教の神秘は恋の駆け引きの魅力をすべて備えているのだと語ってくれた女がいたよ。僕にはよくわかったよ。それに罪人だと言われることほど人をうぬぼれさせることはないからね。良心は人をみな自己中心的にする。そう、女が現代生活に見いだす慰めは本当にきりがない。しかし、僕は一番重要なことを言っていない」 「いや」ドリアン・グレイは言った。「何もおそろしくなんかないよ。現代で最高にロマンティックな悲劇の一つだ。演劇をやる人間はだいたいはひどく平凡な人生を送るものなんだ。よい夫や忠実な妻といった、退屈な存在だ。僕の言いたいことはわかるだろう──中流階級の道徳とかそんなようなものさ。シビルはどれだけ違ったことか! 彼女は最高の悲劇を生きたんだ。 「使用人は関係ないんだ、バジル。僕が自分の部屋の配置を人にやらせるとは思わないだろう? ときどき花は活けさせるが、それだけだ。いや、僕が自分でやったんだ。肖像画に日が当たりすぎていたから」 「日が当たりすぎていた! もちろんそんなことはないだろう? 絵を掛けるには理想的な場所だ。見せてくれ」 家の中にスパイをおいておくのはおそろしいことだ。召使に手紙を読まれたり、会話を立ち聞きされたり、住所を書いたカードを拾われたり、枕の下からしおれた花やくしゃくしゃになったレースの切れ端を見つけられたりしたせいで、生涯脅され続けた金持ちの話なら聞いたことがある。 雲ひとつなく、ただ一つの星が輝いている青銅色の空が窓の向こうにほのかに光っている。ドリアンはもう読めなくなるまでその星明かりの中で読んでいた。召使に時間に遅れると何度か言われたあと、彼は身を起こすと、隣の部屋に入り、ベッドの脇にいつも置いてあるフィレンツェ風のテーブルに本を置くと、夕食のために着替え始めた。 ドリアン・グレイはその後何年間も、この本の影響から脱することができなかった。正確には、脱しようとしなかったと言うべきかもしれない。彼はパリから初版を九冊以上取り寄せて、それぞれ違う色の表紙をつけて装丁させた。時にほとんど自分ではコントロールできなくなってきている、さまざまな気分や移り気な志向に合わせるためだった。主人公はパリに住むすばらしい青年なのだが、ロマン主義的な気質と科学的志向がまじりあっているこの青年は、まるでドリアン自身を予期して描かれたようだった。そしてこの本はまさに、生まれる前に書かれたドリアンの人生の物語のようだった。 バジル・ホールワードら多くの人々を魅了したすばらしい美しさがドリアンから去ることはないようだった。彼の生活ぶりについて、ロンドンでは奇妙なうわさがささやかれていて、今やクラブでも話題にのぼっていたが、彼についてのひどく悪いうわさをきいた人々でさえ、その姿を見ると、彼の評判を落とすような話は全く信じられなかった。彼はいつも世間の汚れに染まらぬように見えた。下品な話をしていた 輩 もドリアン・グレイが部屋に入ってくると口をつぐんだ。彼の清らかな顔に、非難されている気分になるのだ。彼がそこにいるだけで、自分たちが汚してしまった、純潔だったころの記憶がよみがえるようだった。彼らは、このむさくるしく肉欲的な時代に、彼のように魅力的で美しい人が汚されずにいることが不思議でならなかった。 そして間違いなく、ドリアンにとって、「人生」そのものが第一の、そして最大の芸術であり、「人生」の前では他の芸術は単なる準備でしかないように思えた。「流行」、これによって真にすばらしいものがいっとき普遍的になり、「ダンディズム」、これは独自の方法で美の完全な現代性を主張しようとするものなのだが、もちろんこの二つのそれぞれに彼は惹かれていた。彼のファッションや、その時々に取り入れているさまざまなスタイルは、メイフェアの舞踏会やペル・メルのクラブの窓辺にいる流行に敏感な若者たちに絶大な影響を与えた。彼らはドリアンの行動のすべてを真似し、彼が適当に編み出した優美なおしゃれの偶然の魅力を再現しようとしていた。 感覚は、その本質がいまだ理解されたことがなく、未開で動物的だ。それは世の人々が感覚を、美を求める繊細な本能を主軸にする新しい精神主義の一部にしようとせず、それどころか感覚そのものを飢えさせて服従させようとしたり、苦痛によって死に追い込もうとしたりしているからだ。「歴史」の中を動いた人物たちを振り返ると、喪失感に襲われる。なんと多くの感覚が放棄されてきたことか。しかもほとんど意味もなく! 恐怖にかられ狂気じみた頑なな自己の拒絶やいまわしい自己虐待と自己否認をし、その結果、無知ゆえに逃れようとしている想像上の退化よりもはるかにおそろしい退化を招いてしまう。「自然」はそのすばらしい皮肉をもって、隠者に砂漠の野生動物と共に食事をさせ、世捨て人に野の獣を伴侶にさせる。 人間はきわめて多面的な人生を送り、さまざまな感覚を持ち、思想と情熱を奇妙に受け継ぐ多様な姿を持った複雑な存在で、その肉体は死者のおぞましい毒によって汚されているのだ。彼は田舎の屋敷のもの寂しい画廊を歩き回っては、自らの身体にその血が流れている人々の肖像画を眺めるのが好きだった。 「きみのところの召使がずいぶんくつろがせてくれたのがわかるだろう、ドリアン。彼はほしいものを何でも用意してくれたよ。君の金の吸い口のある煙草もね。とてももてなし上手だね。前にいたフランス人よりも僕は好きだよ。ところで、あのフランス人はどうしたんだ?」 「そんなのは知りたくない。他の人間のスキャンダルは好きだが、自分自身のスキャンダルには興味がない。目新しさという魅力がないから」 「君が必ず興味を持つ話だ、ドリアン。紳士はみな自分の評判には興味があるものだ。君だって人々に堕落した卑劣な男だとは言われたくないだろう。もちろん君には地位があり、富があり、そういうものはみな持っている。しかし地位と富がすべてじゃない。きいてくれ、僕はこんなうわさは一つも信じていない。少なくとも君を見たら、信じられない。罪を犯した人間の顔には、それが表われるものだ。隠すことはできない。秘密の悪徳を語る者もいる。そんなものは存在しないんだ。 ナルバラ夫人がいささかあわてて催したささやかなパーティーだった。夫人はとても抜け目のない女性で、ヘンリー卿に言わせると、「驚くべき醜さの残骸」といった女性だった。彼女は非常に退屈な大使の妻を立派につとめあげ、夫を自らデザインした大理石の立派な墓にきちんと葬り、娘たちを金持ちでやや年配の紳士たちに嫁がせた後、今はフランスの小説とフランスの料理法と理解できるかぎりのフランスのエスプリに熱中している。 「あなたは二度と結婚しませんよ」とヘンリー卿が割って入った。「あなたは幸せすぎる。女が再婚をするのは、最初の夫がひどく嫌いだったからだ。男が再婚をするのは、最初の妻を熱愛していたからだ。女は運を試し、男は運を賭ける」 「ナルバラは完璧な夫ではありませんでしたわ」老婦人は言った。 「完璧だったら、あなたは彼を愛さなかったでしょう」というのが答えだった。「女性は男の欠点を愛するんです。十分に欠点があれば、すべてを許してくれます。知性さえもね。これを言った後は、もう二度と夕食に招いてもらえないんじゃないかと心配なんですが、ナルバラ夫人。でも全部本当です」 「僕はあの男には退屈したよ。彼女と同じくらいにね。彼女はとても頭がいい。女にしては頭が良すぎる。あの人には弱さという漠然とした魅力が欠けている。黄金の像が貴重なのは粘土の足があるからだ。彼女の脚はとてもきれいだが、粘土の足ではない。白い陶器の足といったところだね。何度も火をくぐっている。火に焼かれて、壊れないものは強くなっている。たくさんの経験をしているんだ」 「ああ、グラディス、君たちの名前は決して変えたりしないよ。どちらも完璧だからね。僕が考えているのは主に花の名前だ。昨日僕はボタンホールにさすために蘭を切った。斑点のあるすばらしい花で、七つの大罪に劣らず印象的だったよ。僕はふと何も考えずに庭師にその花の名前をきいてしまった。庭師は『ロビンソニア』とかいう花の優秀な品種だと教えてくれた。悲しい事実だが、我々はものに美しい名前をつける能力を失ってしまったんだよ。名前がすべてだ。僕は行動について争ったことはない。争うのは必ず言葉についてだ。だからこそ文学に野卑なリアリズムを持ち込むことを嫌うんだ。 鍬 を鍬と呼べるような男は鍬を使わせておけばいい。そんな男にむいていることは他にない」 「金が少しありました。たいした額じゃありません。それから六連発銃が一丁。名前が書いてあるものは何もありませんでした。見苦しくない男ですが、荒っぽい感じです。船乗りだなと我々は思いました」 「あのね、ドリアン」ヘンリー卿は微笑んだ。「田舎では誰でも善人になれる。田舎には誘惑がないからだ。だからこそ田舎に住む者は洗練されていないんだけどね。洗練はどんな意味でも簡単に身につくものではない。身につける方法は二つしかないんだ。一つは教養を得ることでもう一つは堕落することだ。田舎の人々はどちらの機会もないから、すっかり停滞しているんだ」 「そう言ったらね、ドリアン、君は自分に似合わない役を気取っているんだなと言うよ。犯罪とはみな卑俗なものだ。ちょうど、すべての卑俗さが犯罪であるのと同じように。ドリアン、君には殺人を犯す素質はない。こんなことを言って、君の自尊心を傷つけてしまったらすまない。けれど間違いなくそれは本当だ。犯罪は下層階級だけのものだ。彼らを責めるつもりはこれっぽっちもないが。彼らにとっての犯罪は、僕らにとっての芸術のようなものじゃないかと思う。普通でない感覚を得るための方法というだけさ」 「ああ! どんなことでも繰り返せば快感になってくるものだよ」ヘンリー卿は笑いながら叫んだ。「これこそ人生のもっとも大きな秘密だ。だが僕は殺人はいつも間違いだと思う。食後の話題にできないようなことはするべきではない。しかしバジルの話はもうやめにしよう。彼が、さっき君が言ったような、ひどくロマンティックな最期をとげていると思えればな。しかし無理だ。乗り合いバスからセーヌ川に転落したのを、車掌がスキャンダルをおそれてもみ消したんじゃないかな。そうだ。きっとそれが彼の最期だと思う。大きな遊覧船が行きかう川のよどんだ緑色の水の底に長い水草を髪にからませて、あおむけに横たわっているのが目に浮かぶ。バジルにはそれ以上のことはできなかったと思うよ。この十年ほど、彼の絵はだいぶ衰えていた」 「ドリアン、君は本当に説教を始めたね。君はそのうち改宗者や信仰復興論者みたいに歩きまわって、自分が飽きてしまった罪について人々に警告するのだろう。そんなことをするには、君には魅力がありすぎる。それに、そんなことをしても無駄だ。君と僕は今のままだし、これからも変わらない。本に毒されたと言ったが、そんなことはありえない。芸術には行動に影響をおよぼす力などない。行動への意欲を消してしまうんだ。すばらしく何も生み出さないんだ。世間の人が不道徳だと言う本は、世間の恥辱を示している本だ。それだけのことだ。しかし文学を論ずるのはやめよう。明日来てくれないか。十一時に馬車に乗る。一緒に行かないか、そうしたらバークシャー夫人との昼食に連れて行ってあげよう。彼女は魅力的な女性だよ、それに君にいま買おうと思っているタペストリーのことを相談したいそうだ。ぜひ来たまえ。それともかわいい公爵夫人と昼食をとるか? 君に全然会っていないと言っていたよ。君はグラディスに飽きてしまったんじゃないかな? そうなると思っていた。あの才気煥発な口ぶりは気にさわるからな。まあ、どちらにしても、十一時にここに来てくれ」  美しい夜だった。暖かかったので、ドリアンはコートを腕にかけ、首にスカーフを巻いてもいなかった。煙草を吸いながら家に向かってゆっくりと歩いていると、夜会服を来た青年二人とすれ違った。一人がもう一人にささやくのがきこえた。「あれはドリアン・グレイだ」ドリアンは以前は指さされたり、じっと見られたりすると、どれだけうれしかったかを思い出した。今は自分の名前をきくのに飽き飽きしている。最近頻繁に通っていた小さな村は、誰も彼を知らないのも大きな魅力だった。彼に惹かれて恋をするようになった少女には、自分は貧しいのだと何度も語っていて、彼女はそれを信じていた。一度、自分は悪い男だと言ってみたこともあったが、彼女は笑って、悪い人は普通、歳を取っていて醜いものだと答えた。なんと愛らしい笑い方だっただろう! まるで 鶫 がさえずっているみたいだった。そして木綿のワンピースを着て、大きな帽子をかぶった彼女がどれだけかわいらしかったことか! 彼女は何も知らなかった。しかし彼が失ったすべてを持っていた。 解説 日髙真帆 清泉女子大学専任講師  両者を比べた時、細部の訳出の違いはさておき、まず感じるのは時代の移り変わりではないだろうか。現代の読者にとって、仁木氏の翻訳の美点は、まずその読みやすさ、身近さであろう。文庫本の手軽さも手伝って、一世紀以上前にイギリスで生み出された『ドリアン・グレイの肖像』の世界を、いともたやすくパソコンの傍らに、携帯電話の隣に滑り込ませてしまうのだ。  それにしても、ドリアンの魅力は華々しい。邦訳一つを取っても、この一世紀の間、絶えず訳者、読者を惹きつけてきた。先の平井氏の訳が出版された頃には、早くも平田禿木氏、矢口達氏、西村孝次氏らによる既訳があり、その後数十年の間に、福田恆存氏、平井正穂氏、渡辺純氏、富士川義之氏を始めとする数々の先達の手による訳書が発刊されてきた。 二人は一八五一年に結婚し、翌年、長男のウィリアム・ロバート・キングズベリー・ワイルドが生まれる。その二年後に生まれたワイルドは、女児を望んでいた母親に女児用の服を着せられ、それが後のワイルドのセクシュアリティに影響を与えたという説もある。続いて妹アイソラが誕生し、兄と不仲だったワイルドの寵愛を受けたが、不幸にも幼くして病死し、少年ワイルドの心に深い悲しみを刻んだと言う。  さて、一八六四年、ワイルドはアイルランド北部ファーマナーのエニスキリン町のポートラ・ロイヤル・スクールに入学した。読書家でもあった彼は在学中に優秀な成績を収め、ギリシャ語聖書の最優秀者として「カーペンター賞」を、古典語優秀者として「ポートラ金賞」を受賞し、一八七一年、奨学金を得てダブリンのトリニティ・カレッジに入学した。そして、やはり古典で優秀な成績を収め、一八七四年には最高の古典賞である「ギリシャ学バークレー金賞牌」を受け、同年給費生としてオックスフォード大学モードレン・カレッジに入学した。  ワイルドの才能は早くから認められ、オックスフォード大学在学中の一八七八年には、同大学学生による詩を対象とした「ニューディゲイト賞」を『ラヴェンナ』により受賞した。同年、文学士学位本試験を首席で合格し、文学士の学位を得てオックスフォード大学を卒業した。

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    投稿日: 2024.10.16
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    美貌の青年ドリアン・グレイがとある人物との出会いを境に、人生が狂って行く…。 悍ましくも美しく芸術的な物語で、醜悪さと耽美さを併せ持つゴシックホラー小説。 非常に古い作品ではあるが、古臭さは無く、終始耽美的な世界観に魅了された。

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    投稿日: 2024.10.06
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    メモ→https://x.com/nobushiromasaki/status/1840211217459401030

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    投稿日: 2024.09.29
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    ドリアンの悪行はベールに包まれているがギラギラと輝いて暗い中で光る宝石のような美しさを感じさせる。肖像画はドリアンの良心で、醜くなった分だけ彼が傷ついていたのだと感じた。それにしてもヘンリー卿は無責任すぎませんか。

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    投稿日: 2024.08.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いつまでも子供の頃のように純真無垢でいたい。 とびきりの美男美女じゃなくとも、魂の清廉さを求める心は誰にでもあると思う。 そして、そんな願いを叶えたのが本作の主人公ドリアングレイ。彼は自分の肖像画に我が身にふりかかる不浄の一切を引き受けてもらえるように願い、そして叶えられた。 どう考えても悲劇的な結末しか予感させない。 なによりわたしが一番恐ろしいのは、日々頽廃するドリアングレイよりも、ヘンリー卿だ。 彼が毎度唱える逆説的な台詞には、19世紀末の暇にあかした貴族の物憂げさ、噂好き、結末のない議論好きな雰囲気がよくあらわされている。 そして彼こそ、側でドリアンが侵す悪行の数々を目にしていたはずなのにもかかわらず、登場の最初からドリアンが死ぬ最期までまったく何も(風貌以外)変わっていないのだ。 彼の論説も人の真理をつくかと思いきや、ふらりと捉えどころもなく薄気味悪い。 ドリアンに最初の穢れをもたらしたのもヘンリー卿だった。 本作を読んで、あまりに彼の台詞に共感、陶酔するのはちょっと怖い。 けれど、不思議と魅力的で、一見ねじくれて理解しにくい彼の言葉を何度も読み直し、落とし込めようとしてしまう自分がいる。 怖い。

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    投稿日: 2024.07.04
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    ヘンリー卿は時空を越えて存在する完璧な存在。 実在しなくて本当によかった。 出会った作品の中で最高ではないが、人生で最も影響を受けた物語。いまだに呪縛は取れず何度読んでもワイルドの恥美的な世界にどっぷり浸かってしまう。

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    投稿日: 2024.04.24
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    オスカーワイルド3冊目。また瘴気に当てられた…大筋のストーリーこそベーシックだと思いますが、とにかく会話と思考の逆説に次ぐ逆説。真理のようにも気取っているだけのようにもとられるけど、主要な登場人物3人こそワイルドの分身なのだろうと思います。

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    投稿日: 2023.12.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    英語学習用のリライト版を読んで、ワイルド的な耽美とか退廃とかが感じられずほぼほぼ単なるホラーだったのが訝しく、英語原典は無理だけどちゃんとした邦訳を読もうということで読了。 筋立てではなく、枝葉とか登場人物の心の動きとか思想を披瀝する会話の中とかに耽美があるのね。限られた語彙で筋を追うリライト版がホラーになったのも宜なるかなであった。 しかし原典をあたっても、ドリアンの悪徳・悪行はいかがわしい場所に出入りしているとかアヘンを嗜んでいる程度のことは書かれているものの、やはりなんとなくぼかして描かれていて、バジル殺害以前に具体的にどんな非道な行いがあったのかは詳らかではなかったのだが、解説を読んで納得。男色なのですね。そう思って読むと、ドリアンの美を純粋に賛美していたバジルとの関係に割り入ったヘンリー卿に狂わされていく三人の関係性が生々しく迫ってくる。また、「性的マイノリティ」という言葉を聞かない日がないような今日のモラルに照らしてみれば、ホモセクシュアルであるだけでこんなに肩身が狭くなって人様に後ろ指刺されるようになるのなら、そりゃあちょっとくらいはグレちゃうよねとも思い、普通に読んだだけでは感じなかったドリアンへの同情が湧き上がってきた。きっと同時代的にはこういうぼかした書き方で、ああ、男色の話なんだなとわかったのであろう。 それにしてもヘンリー卿のお題目は長々しく、読むのが大変だったので私にとってはギリギリ星三つでした。

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    投稿日: 2023.05.08
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    昨年の『禁色』、今年の『標本作家』ときて、ようやく『ドリアン・グレイの肖像』にたどり着きました。本に関しては、読むべき時におのずと手に取ることになるという(?)運命論者なので、来るべき時が来たという感じです。 学生時代に『サロメ』にはまった時に、なぜこちらを手に取らなかったのか。福田恆存が好きだと話し合える友人がいたのに、なぜこの本を手に取らなかったのか。もう彼と話し合えることがないのに、今更彼にぴったりな本達を読むことになっているなんて、なんと残酷なのだろうと思います。でも私たちにとって、美しいものは悲劇的であるということはあまりに自明なことなので、きっとこれで良かったのだと思う自分もいます。が、一番に語るべき人物が思い浮かぶのに、彼と話し合いたい本だけが溜まっていく。このあまりにも美しい言葉でなるこの本もまさにそんな一冊でした。 読みだした最初からあまりにも『禁色』であって驚いたのですが、意外と読み終わったときには、「悠一の方が魅力的だったな…?」でした笑。だからといってこの本の満足度が下がることはないのですが。むしろヘンリー卿の方が魅力的に映った。きっと諸々の悪事が明記されているわけでもなく、それに悪魔的に酔いしれるドリアンが見られたわけでもないからだろう。BL的な観点でいうと一瞬だけ出てきた、アラン・キャンベルにもとてつもなく惹かれてしまい、ドリアンとの「18か月」詳しく…ってなりました笑 さて本編で私を酔わせた場面たち 「芸術が映しだすものは、人生を観る人間であって、人生そのものではない…有用なものを造ることは、その製作者がそのものを讃美しないかぎりにおいて赦される。無用なものを創ることは、本人がそれを熱烈に讃美するかぎりにおいてのみ赦される。すべて芸術はまったく無用である」p.8, オスカー・ワイルド(序文全てが魅力的で既に★5の気分だった) 「影響はすべて不道徳なものだー科学的にいって不道徳なものだ…他人に影響を及ぼすというのは、自分の魂をその人間に与えることにほかならないから。いちど影響を蒙った人間は、自分にとって自然な考えかたもしなければ、自分にとって自然な情熱で燃え上がることもない。美徳にしても本物でなく、罪悪だってーもし、罪悪などというものがあるとしての話だがーそれだって借物にすぎない。その人間はだれか自分以外の人間が奏でる音楽のこだまとなり、自分のために書かれたものではなく役割を演じる俳優となる。人生の目的は自己を伸すことにある。自己の本性を完全に実現すること、それこそわれわれがこの世に生きている目的なのだ。…」p.32, ヘンリー卿 「薔薇のように紅い若さと、薔薇のように白い幼さをもったあなた」p.34, ヘンリー卿 「音楽なら、いまと同じように心をゆすぶられたことがあった。一度ならず、音楽はかれを悩ました。しかし、音楽は、明晰な思想の表現ではない。音楽が人間の心のなかに創りだすものは新たな世界ではなく、むしろ、もうひとつの混沌にすぎない。言葉!ただの言葉!…言葉は無形の事物に形態を附与し、ヴィオラやリュートの音にも劣らぬ甘美なしらべを奏でることができる。ただの言葉!いったい、言葉ほどなまなましいものがほかにあるだろうか」p.34~35, ドリアン 「美というものは天才の一つの型なのだーいや、それは説明を必要とせぬゆえに、天才よりも高次のものにちがいない。美は、陽光や春、あるいはひとが月と呼ぶあの銀色に輝く貝が、暗い水面に落す影のごとき、この世のすばらしき現実に属しているのだ。美にたいして問いを発することはできない。美には天与の主権があるのだ…」p.38, ヘンリー卿 「…きみは、ずっしりとした重たげな蓮の花を頭にかざし、アドリアンの屋形船の舳に座して、緑色に濁ったナイル河を見渡し、あるいは、ギリシアの森林の静かな池に身をのりだして、その静まりかえった銀色の水面に映る自分の顔のすばらしさに見惚れたのだ。そして、こういったものこそ、芸術の真にあるべき姿なのだ、それは無意識的で理想的、かつ超絶的でなければならない。」p.172, バジル 「ドリアンは、いったい自分とバジル・ホールウォードはほんとうに会ったことがあるのだろうか、会ったとすれば、ふたりはたがいに相手のことをどう思っていたのだろうかと考え始めるのだった」p.250 おやおや…夏の日のあの庭が思い浮かぶ… 「文明というものは、容易なことで出来あがるのではない。それを達成する道はただふたつだ。ひとつは教養を高めることであり、もうひとつは頽廃することだ」p.299, ヘンリー卿 「きみは像を彫るでもなし、絵を描くでもなし、きみという人物以外のなにものをも造りだなかったのだ!人生こそきみの芸術だった。きみはきみ自身を音楽に編曲したのだ。きみの一日一日がソネットなのだ」p.310, ヘンリー卿 番外編 「自然のみならず、芸術にもまた獣的な形状と醜怪な声音をもった怪物があるのだという考えに、一種異様な喜びを感じるのだった。ところが、暫くするうちに、かれはそれにも飽き、ときにはひとりで、場合によってはハリーと連れ立ってオペラ座の自分専用の桟敷に坐り、「タンホイザー」の楽曲に恍惚とした耳を傾けては、この大芸術作品の序曲のうちに、自分自身の魂の悲劇が表現されているのだと感じるのだった」p.199, ドリアン 割と最初の方から、ワーグナーの音楽が頭に流れていたのですが、『ローエングリン』という言葉からおやっと思い、『タンホイザー』が出て、ワイルドってワーグナー好きだったんだ!と調べて知りました。だよね、わかるよ笑。同じ方向性の世界だもの

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    投稿日: 2023.03.05
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    全編通して逆説を言い続ける友達と、 気に入った本を9冊買って違う色のカバーをかけ、その日の気分に合った色のを読むというくだりが良かった。

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    投稿日: 2023.01.29
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    唯美主義に浸りたいだけの気持ちで読むには人生動かされすぎる問題作でした((汗 ここから得るものはかなり大きいので、人生で読んでおいた方がいい作品だと思うのですが、あらすじとか教養として知っていただけの大雑把な内容などから受けるイメージは軽すぎたかもしれません。 実際に読んでみたら無秩序が予想の遥か上をいっていて、とにかく怖い怖い! 怖がらせるためのホラー小説よりもずっと怖いです……。 凄く重く心にのしかかるものがあり、考えようによっては財産にもなり得ると思うので、読んでよかったというのは素直な感想ですが、ただ私は実際に読破する前の、大まかな知識だけの時の方がこの作品が好きでした。 全て含めて最終的に星4です。

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    投稿日: 2022.10.15
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    読んでいて映像が目に浮かぶような筆致。 しかし、ぐいぐい引き込まれていく展開ではなかった。 発表当時はセンセーショナルだったと思われるが、21世紀の今だと特に印象に残らない。 ワイルドの他の作品も読んでみて、ワイルドの自分なりの評価を決めたい。

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    投稿日: 2022.09.02
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    その若さと美貌と富ゆえに、純粋であった主人公ドリアン・グレイが、彼の信奉者たる画家のバジル・ホールウォードにその肖像画のモデルとされる。生き写しとされたその作品が保ち続ける若さと、重ねられていくグレイの悪徳の相反性に彼は苦しめられていく。ラストのモダンホラー的展開にしても何か彼の暗喩である肖像画に込められた芸術への皮肉が意味されているのだろうな、と浅はかな読者である僕は解釈した。作者であるオスカー・ワイルドの純粋な美と芸術の素晴らしさと恐ろしさの観念に当てられたのでした。

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    投稿日: 2022.06.25
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    「魂は恐るべき実体なのだ買うことも売ることも交換することもできる。毒することもあるいは完璧にすることもできる。われわれひとりひとりのなかに魂があるのだ。ぼくにはそれがわかっている」 魂はそもそも、物質に還元されない人間の認識様式をさすものだと私は思うが、自らの放蕩によって穢れてゆく絵姿をみたドリアングレイにとっては、魂が実体となって現れたように感じられたのだろう。 また、買うことも売ることもできるというのは、自分の魂は他者から借りる人生観により、そのありようを誘導されることも、あるいは、自身が他者を拐かし、その魂の在り方を変容させてしまうことも自身の経験から見出した言葉だと思う。 ヘンリー卿の言葉に陶酔し、快楽に身を落とし続けたドリアンも物語終盤には、善良に生きたいと願うようになり、そのようになるためには過去の自分を精算する必要を何処かで感じていた。 しかし、物語の結末では、それが叶わなかった。 このことは、穢れはたとえ借り物のであったとしても、生きかたに反映された途端に自身の血肉なるということを暗示していると思う。 純真無垢な自分を取り戻すには、穢れの染み付いた魂を浄化する必要があったが、それは自分自身だったのであろう。

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    投稿日: 2022.05.06
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    誰もが羨望する美青年ドリアンとその肖像画の話。画家が全精力を注いだドリアンの肖像画は、彼が悪行を行うことによって、醜い姿へと変貌してゆく。ストーリーとしては面白いが、主旨から反れていく場面がたびたびあるため、せっかくのところで興醒めしてしまった。

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    投稿日: 2021.09.15
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    名家で孤独に育った成人間近い美青年のドリアンは、懇意で彼を崇拝する画家バジルに肖像画を描かれている。ドリアンは彼の美貌を写しとった肖像画の出来栄えに、自身の分身だと満足する。バジルを介して知り合った妻帯者ヘンリーは、肖像の出来とドリアンの美しさを讃えながらも、いずれは誰もが醜く老い、そして老いれば何も残らないと厭世的な人生観を語る。ヘンリーの言葉に、ドリアンは自身の美貌が衰えていくことを想像して恐怖し、老いさらばえるのが肖像であってくれればと嘆く。次第にシニカルなヘンリーに感化されるドリアンは、ある日、美しい恋人のシビルをヘンリーとバジルに紹介する。しかしシビルはドリアンの友人たちを幻滅させてドリアンの怒りを買う。帰宅後に激昂したことを後悔するドリアンは、肖像画の異変に気が付く。 話の筋だけを取り出せば短かい寓話のようにまとめることも可能でしょう。主要人物も上記で触れた四人以外では、シビルの弟ジェイムズが存在する程度とわずかです。大まかな展開は『ファウスト』を思わせます。叶わない願いを抱き願をかけるファウスト役がドリアン、ドリアンを頽廃的な思想に導くヘンリーはメフィストフェレス役、そして、オカルト要素を担うのがタイトルであるドリアンの肖像です。やや怪奇がかった寓話のような物語に、富裕な生活を頽廃的な耽美さをもって描き、そこにヘンリーの饒舌で背徳的な人生観が付加されることで、十九世紀のイギリスを舞台に妖しい世界観が醸造され、ドリアンが闇深い街を彷徨う情景が目に浮かびます。通読して、教訓を考察したくなる方も多いのではないでしょうか。

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    投稿日: 2020.10.24
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    ゴシック小説第2ブームの代表作(最初のブームの代表作は「フランケンシュタイン」)。もうプロットが大天才なんじゃ...天才であると同時にかなりシンプルなんだけど、しかしその肉付けがモリモリモリ...いやあものすごいものをよんだなあ...! 「なにはともあれ有害な書物であった。あたかも香の強烈な匂いがこの本の頁にまとわりつき、頭脳を濁らせているかのようだった。」(p.247)この本もそうだと思う(笑)わたしにとっての新しい視点からの考え方をめちゃくちゃ吹き込まれた!でもそれが良いことなのかこの作品に関してはちょっぴりわからないのも事実(笑) オスカーワイルドの逆説は奇抜で常識に囚われてなくてほんと「美!」って感じで好きだけど、深くまで共感できなくてよかったってちょっと安心する部分もあるから(笑)まさに、「かれのことばは華麗にして奇抜、そして無責任きわまりないものだった。」(p.88) 「言葉!ただの言葉!その言葉のおそろしさ!明晰さ、なまなましさ、残酷さ!」(p.45)この本の中の言葉たちに何度か殴られた気がする...そしてゾクゾクもした...言葉ってすごい。本当になまなましい。 「一生にまたとないロマンスなどとは言わないほうがいい。わが生涯における最初のロマンスとでも言うのだ。」(p.102)オスカーワイルドの言葉って、"まあたしかにそうかも...たしかに当たってる...けど!本気でそれ思ってるの?!ハァ...!?"ってなることが多いんだけど、この警句?は唯一素敵だなって思った。 これもすき。「部屋のなか、あるいは朝空のなかにふと認められた色合い、昔好きだったために、いまでも嗅ぐたびに妙なる思い出を匂わせる香水、かつて眼にふれたことのある忘れられた詩の一行、弾くことをやめてしまった曲の一節、いいかい、ドリアン、こういったものにこそ、人間の生活は左右されているのだ。」 「この世に存在する精美なるものの背後には、つねに悲劇的な要素が宿っている。一輪のみすぼらしい花が咲きいでるためにも、世界は陣痛を味わわねばならない。」(p.76)まあこれも真理よなあ...こういうのがゴロゴロある...!! 総じて、ヘンリー卿ほど美男子アイドルオタクに向いている人いないと心の底から思った(笑) 2カ月前くらいから、生まれてはじめてアイドルにハマっているけれど、アイドルって偶像崇拝だから、ぐるぐる考えてしまうタイプのわたしには難しいなあって悩んでいるところ。もしわたしがこの作品の世界に生きているなら、ドリアンを偶像崇拝して身を滅ぼすうちの1人だな。しかも本文にすら載れないカットされる。まちがいないな。

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    投稿日: 2020.08.04
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    面白かったです。 ヘンリー卿の言うことは飛び飛びにしか分からなかったけれど、これはもっと頭が柔らかい時に詠んでたら影響を受けまくって、更に頽廃的な生き方してただろうと思います。 「自分の道徳的偏見を吹聴するためにこの世に送られてきたわけでもあるまいし」は、そう!と思いました。 芸術は疾病で、愛は幻想。 幻想小説だったけど、悲劇的なラストも良かったです。 いきなりのチェーザレ。。。

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    投稿日: 2020.05.02
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    ヘンリー卿の言葉が刺さる人には楽しいのかもしれない。 私はほとんどヘンリー卿の言ってることにも態度にも惹かれるところがなかったので…あまり楽しめなかったかな…。 特に、女は男は〜なんて大きな括りで語る人はどうも苦手なので…。 ドリアンも美しいは美しいんだろうけど、それ以外の魅力がイマイチ伝わってこなかった。 罪や肖像画に苦しむ様や、『過去を考える必要なんてない』みたいな部分には惹かれるものがあった。 オチは今となってはベタと思われがちな展開ではあると思うけど良い終わり方だったと思う。

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    投稿日: 2018.12.15
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    表現が難解というかまどろっこしすぎて僕には御しきれませんでした(チーン . 物語を語るために言葉があるはずなのに、言葉を語るための物語になってる作品は初めてみたなぁ。この作品をかけるワイルドマジで頭狂ってるとしか思えない。蠱惑的で憧れる。このレベルになると訳書と原作じゃ大きく解釈が違うと思われるので、原書で読んでみたいなぁ。 . その点絵画はそういうことないよねってフェルメール展行ってる時に友達が言っててハッとした。

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    投稿日: 2018.11.11
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    何度か映画化そして舞台化されており、設定自体が演劇っぽいので、小説よりも舞台や映画をみることをむしろお勧めしたい作品。  ストーリー設定はごくシンプルで肖像画に老いを閉じ込め永遠の若さを得た美貌の主人公をめぐる話。主人公以外の登場人物もせいぜいWIKIPEDIAで紹介されてる数名のうち(バジルとハリーとベイン姉弟)だけ覚えておけばよい。  友人ハリーの箴言が多すぎるのが難点であり、この作品を絶賛する人はそこにこそワイルドの真骨頂があると評価している。主人公が本当の罪を犯してからの展開は確かに面白い

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    投稿日: 2018.05.06
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    期せずして永遠に続く美貌を手に入れてしまったことによる悲劇。 老いること、醜く歪むことが、どれだけ彼を留めさせることができただろうか。 ブラックジャックの「人面瘡」を思い出した。 この本はとにかくヘンリー卿の印象が強い。 ドリアンもそこそこ警句じみたことは言うのだけれど、何故かヘンリー卿に比べて非常に薄っぺらく見えてしまう。 1つ文句を言わせてもらうなら、裏表紙の豪快なネタバレ。 確かにストーリーの行く末自体は予測しやすいし、この本の魅力の一端でしか無い。 でも裏表紙に書いちゃうのは違うでしょう……。

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    投稿日: 2017.10.21
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    ごくたまに、こう言った甘く悪い夢のような世界に浸りたくなります。 先に書いていた方が述べておられるように、今の年齢で読了して良かったと感じます。 感性の変化が、いいのか悪いのかは別として。 稀に見る美男子ドリアンが、他者の視点によってその美の価値を発見し、その持ちうる宝がもたらす恩恵を享受するという・・・始まりでしたが、この人物の欲と言ったら、病的でとどまるところを知りません。 彼に魅了された腕のいい画家がその永遠とも思われる美を画布に刻みつけ、この先老いや醜怪に自分の美しさを晒すことを恐れたドリアンは、人間の身に起こる時間の経過のすべてを、画家が表現した美しい「ドリアン・グレイ」に委ねてしまいたいと願います。 その願望は叶えられ、ドリアンは瑞々しい美しさとともに人生を謳歌していきますが・・・ 表現といい扱うモチーフといい、全体的に幻想的な雰囲気を醸していますが、人間の思考によって表現される言葉は時にその人の魂となりうること、人の心のうつろいやすさや脆さ、古典的なイギリス小説らしい文体、時代背景を巧みに織り込んだ会話。 ただの幻想譚では終わらない、オスカー・ワイルドの書き手としての手腕を感じずには入られません。 この年齢だからこそ、「ああ、いいものを読んだ」と満たされてと本を閉じられたのでしょう。 思春期だったら、少しも作者の力量に気づかず、ただ精神を揺るがすものとして恐れたかもしれません。 改めて言葉の力を感じる、いい物語でした。 どっぷり浸ったところで小説の第二の楽しみでもある解説を読みましたが、「ドリアン・グレイの肖像」は実は作者自身の経験が多分にベースにあるようです。 これを目にして作者の人柄を少なからず知ることができたのは嬉しかったのですが、個人的なわがままを許してもらえるなら・・この物語は完全な幻想譚であって欲しかった 笑 例えるなら、気に入った物を購入した翌日に同じものがセールになっていた、ような気持ち(?)。 それくらい、この世界に浸れたということなのだと思います。 恋愛や官能を匂わせるものはディテールを淡くすることで香りが増すことがありますが(登場人物たちの恋愛感情も物語に配されています)、これはワイルドの実体験が本人の脳内で爆発した結果生み出された幻想だったのか?と、要らない考えがマイ幻想世界を破壊しようとしています。 それにしてもいろんな意味で刺激的で美しい物語でした。もっとワイルドの小説を読んでみたいなと思いました。

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    投稿日: 2017.05.12
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    Sさんから借りたシリーズ。日本語難しいから思わず敬遠してて、気がつけば1年くらい積んでた。確かに日本語は難しいけど、ところどころおっと思うフレーズがあったり。まぁその分ややこしいとこも多かったけど…。 ともあれなかなかハラハラする話で、結構面白かった。慣れたらくせになりそう。

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    投稿日: 2017.03.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    美しさにとらわれたが故の悲劇。自分を美しく見せたいがために、退廃していく心。ひたむきに自分の汚い部分を隠し、美しくあろうとしている姿はあまりにも窮屈な生き方をしているように見えた。もともとは瑞々しく美しい精神の持ち主であったはずが、純粋な故にとらわれて堕ちてしまう有様は、見るに耐えなかった。

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    投稿日: 2016.08.12
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    深夜ドラマでこの作品を知って、いつか読まなきゃと思いつつ5・6年経ってしまいました。オスカーワイルドや彼の他の作品については何も知りませんでした。 肖像画が本人に代わって年をとる、というストーリーがわかりやすかったので、読みづらい文体でも読み進むことができました。特にヘンリー卿の(ワイルドの?)人生観が多すぎるくらいに散りばめられていたので、ひとつずつ咀嚼していたら時間がかかってしまいました。でも、印象に残る台詞ばかりで、納得するところも多かったのでとても興味深かったです。女性観については女性として、おや?と思う部分もありましたが。 美という芸術に捕らえられた少年が「罪」を巻き込んで「成長」していく様子が「人生の論理」とともに描かれています。 久しぶりに、読み返したい、と思う小説に出会いました。夢のような物語で、面白かったです。

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    投稿日: 2016.08.04
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    耽美と頽廃の世界。やっぱり良い。ヘルムート・バーガーもドリアン・グレイを演じたことがあるらしい。納得!

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    投稿日: 2016.01.30
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    結末とある程度のストーリーは知っていたから読めたものの、惰性で読まされていた感が強い。再読すれば魅力に気付けるのだろうか。

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    投稿日: 2016.01.23
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     類いまれなる美貌をもち一切老けないドリアンと、ドリアンの悪事によって老けていくドリアンの肖像画。美貌が重荷になり、自分の人生こそが芸術だと他人に称せられるドリアンの人生の恐ろしさは、一生共感できないと思う。そんな自分の人生に苦しんだ結果ドリアンがとった行動は、解説の方がおっしゃるようにまさに真面目なモラリストであるドリアンらしくて、小説のラストとしては好き。

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    投稿日: 2015.11.29
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    ものすごく読みたい衝動に駆られて読み始めたけど、途中、何言ってるんだかさっぱり分からなかった…。読み進めるとなかなか面白かったけど、言葉って恐ろしいよねと実感させられる話だった。ドリアンが何か罪を犯すとああだ、こうだと自分に言い訳するあたり、大なり小なり誰にでもあることだと思うと、ちょっと自分に置き換えて考えちゃうなぁ…。

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    投稿日: 2015.11.10
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    2015/9/25 オスカーワイルドの二作目。 最初、 「おお…これは個人的に、私の内面を良くも悪くも抉る作品だな…好きだけど今読むのやめようかな…」 次第に、 「描写が…少しクドいな。何というか、これはワイルド節だな」 最後に、 「これは面白かった!」 でした。 39℃近い熱のなか読んだため(苦笑) 所々曖昧な箇所はあるかと思うのですが、 恐らく、表現したい根本的な部分を、 何度も形や表現を変えて、 あるいは同じ言葉をもって、繰り返しているため、 神経質で執拗な表現のわりに、シンプルで分かりやすい気がしました。 根底に筋が通っているような印象を受けます。 何はともあれ、ワイルド節。 基本的に、女性を排除している部分に、 何となくゲイっぽい雰囲気がありますが、 それは彼の芸術観なのか歴史的背景なのか指向なのか私の勘違いなのか、 よく分かりません。 ただ、登場人物3人の人間模様に、 ゲイとしての三角関係は、あまり感じなかったかな? ラストが美しいくらい、纏まって終わったなぁと。 個人的には、醜さと美しさのコントラストが、 純粋に、一つの風景として美しいなぁと。 彼本来の実力が発揮されているらしい戯曲は、 私はまだ拝見しておりませんが。 ラストを中心に、所々にある会話の掛け合いには、 センスや面白さを感じました。 また、そこに戯曲で有名な方の力を垣間見た気も致します。 次は有名なサロメを読みたいなぁと思います。

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    投稿日: 2015.09.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分の代わりに肖像画が醜く老いていく。 自分は美少年のままで年齢を重ねる。 凡庸な善人、頭の切れる不道徳な人物 ドリアンは後者を選んでしまう。 不道徳に惹かれてしまう思春期。 ずっと思春期の中で過ごした顛末は ハッピーエンドではなかった。 幻想的な物語でした。

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    投稿日: 2015.06.14
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    自分の代わりに自分の肖像が老けていく話。自分の知っている名言がこの小説からだということで読んでみた。最初は出てくる名言にわくわくしていたが、かなりの頻度で出てきたため飽きてしまった。

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    投稿日: 2015.06.03
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    こんなに有名な本を今までなぜ読まなかったのか、それが最大の謎。特に、これだけ素晴らしい本だというのに! 高校のときに選択科目で取っていた演劇で、The Importance of Being Earnestという劇で初めてワイルドを知り、その後、同じく高校時代にスティーブン・フライ主演のWildeという映画が流行っていたのが二回目のワイルド体験。その後も、何度も彼の名前は色々な場所で見かけていたというのに、なぜかこの本だけは読んだことがなく。 「美しい」ことと「若い」ということが決してイコールだとは思えないけれど、でも、「若くて美しい」ことに意味があるというのはわかる。そこまでは、同調できる。でもだからといって、ああまで固執するものなのでしょうか。個人的には、年を取ることは若いことと同じかそれ以上に意味があると思っているので、正直、グレイの執着心には寄り添うことはできず。彼があれほどまでに追い求めたかったものも、私にはヘンリー卿に影響されて素直に動いてしまった結果であって、グレイが真実、追い求めたかったものとは少し違うような気がします。そういった意味で、彼は3人(画家、ヘンリー卿、グレイ)の中では一番精神的に弱かったのではないかと。ちなみに、一番の小心者はヘンリー卿でしょう。もしも本当にグレイが、バジルとヘンリー卿の言う通りに「完璧」であったのだとしたら、その後、グレイはその「完璧」を保持しようとしただけであって、それはつまり、「完璧」から遠ざかる行為だったのではないかな、とか考えたりしました。もしも「完璧」ならば、保持せずともグレイが存在するだけで良いわけで……。ただしその場合、ではグレイが保持するためだけでなく、ただただ快楽を追求した場合も彼は「完璧」になってしまうので、結局この論も袋小路に入ってしまいますが。 彼の肖像に彼の「祈り」(と呼ぶべきか否か)が届いたことを目の当たりにするシーンは、本当に寒気がするくらい怖ろしかった。口元に浮かぶいやらしさ、というのが目に浮かぶというよりも、もっとダイレクトに体に響くようで、読んでいた場所は電車だったはずですが、あの瞬間、私は確実にグレイと共に屋根裏部屋にいたように思います。 グレイが真に憎悪の思いをぶつけるべきはヘンリー卿だったように思えるのですが、ヘンリー卿は別格だったのでしょうね。かわいそうなバジル。バジル、ヘンリー卿、グレイの三角関係でもあるこの小説、男色であることが罪悪であった時代だからこそ、表立って描かれていない箇所が、文章の間から匂い立つようです。 ヴィクトリア朝がそうなのか、ワイルドがそうなのか、なぜか女性に対しては手厳しく、女性は必ず批判・非難の対象になっているように思えます。そこだけは、現代的な見方をしてしまい、肩をすくめてワイルドと議論したい気持ちに駆られますが、まあ、過去のことと笑って流すしかないでしょう。 描かれている心理と描かれていない心理、丁寧に描かれた箇所と端折られた箇所、感情的な箇所とぞっとするほど冷静で客観的な箇所の対比とバランスが秀逸です。 次はこれを原文で読んでみたい。美しいんだろうな。

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    投稿日: 2015.03.24
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    大変面白かったです。確かに唯美主義的な物語でもありましたが、別の側面から見ると、「人生の目的は自己を伸すことにある」という思想の下、悪徳の限りを尽くして徹底的に自己の快楽のみを追い求め続けるという破滅的な「自己」を背負った主人公がどのように生きていくのかを追った物語でもありました。 その結果がいわゆる一般的な生き方をしていれば普通にはありえないような恐ろしい死であったとしても、各人が持つ交換不能の「自己」を存分に伸ばす生き方には、確かな魅力があります。しかし、それによって開示される「自己」が周囲の人々をことごとく不幸に巻き込むようなものであったとしたら? かなり面白いテーマだと思います。 「日常茶飯の世界では、悪人が罰せられることも、善人が酬いられることもない。成功は強者に与えられ、失敗は弱者に押しつけられる」、本当にそのとおり。きっとドリアンが日常茶飯の世界の住人であったならば、自らの良心にナイフを突き立てて死んでしまうことなどなく、周囲の弱者たちに不幸を振り撒きながら生き続けたことでしょう。しかし、言うまでもなくこのドリアンは空想の世界の住人、つまり小説の登場人物です。『ウィリアム・ウィルソン』よりもさらに手厳しく、良心と共に絶命してしまうという終幕は、この悪夢のように薄気味悪く美しい物語にいかにも相応しいと思います。

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    投稿日: 2015.03.13
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    面白かったー!イギリス世紀末よいです。「一見、純粋な審美派の説の中に、意外に根深く倫理性、宗教性が喰い込んでいる場合が多いのだ。」

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    投稿日: 2015.02.09
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    "誠実に生きろ"という教訓でありながら、 "退廃する美しさ"を破棄しないところが 作家オスカー・ワイルドの凄いところ。 本音と建て前は別!ってことなのかな。

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    投稿日: 2014.06.07
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    ストーリー的には怪奇ホラーとかいう分類にでも入れるべきなのかもしれない。超自然的要素がある。耽美主義の作品とはいえ、現象自体は写実的でなかろうが根底の思想は写実主義、自然主義へと通じているものだろうなと。まあ、主人公は耽美主義者なんですけどね。そしてこの耽美主義の撒き散らす毒と行きつく地獄が描かれる。美への執着への批判か警告か。それとも美への執着に感じる作者の内省的な罪の意識が筆に乗り移ったのか。

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    投稿日: 2014.05.27
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    azuki七さんの影響。 何も考えずにこれを読んでいたら、青春賛美とかワイルドの同性愛趣味か、などど間違って読んでしまっていただろう。 年を取るということは、肉体が衰え苦しみが増えるのではない。ヘンリー卿が言いたかった青春賛美は、その時その時しかできないこと、感じられないものを楽しむことなのだと思う。 そして、世界はいつも自分からしか開けない。どのような美しい姿をしていても、自分のしたことは、自分が一番よく知っている。肖像画は良心と呼ばれるものかもしれないが、紛れもない自分自身に他ならない。彼は良心から自分を殺したのか。いや、彼は考えることをやめ、自分で自分を否定したのだ。

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    投稿日: 2014.02.03
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    読みづれー。 正統派文学つーか、古き時代の難解な言い回しつーか、 哲学書かよってーくらい読みづらい。 文体を理解しようとして、話の全体がよくわかんない状態になってもーた。

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    投稿日: 2013.12.25
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    昔読んだ時より全然耽美感が増してた。比較対象が少ない頃に読んだので、「なにこれ、めちゃくちゃ文学ってかんじだ。とにかく破滅的でかっこいい」みたいな感想を持ってたんですが、なんかそんなんじゃあなかった。大学でちょろっとシェイクスピアとかもやって、そういう、20世紀とか以前のちょっと古いイギリスとかその文学・劇文化を若干垣間見て、そこでのイギリス民衆の雰囲気とかも若干垣間見て、他にも世界の様々な作品を自分なりに色々読んで、改めてオスカー・ワイルドの耽美的なこだわりみたいなものも分かるようになったし、異質さも感じる。と同時に、そこまで私はこれに感動みたいなものは覚えないかもといった冷めた視点もあるし、それにしてもこの物語の美しさ、ドリアン・グレイというひとりの美しい青年の人生の破滅と、身代わりに歳をとってゆくよくできた肖像画、劇的なラスト、そういうものたちにはとても心惹かれる。距離を置いて適切な見方をできるようになってきたのかなとおもいました。

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    投稿日: 2013.11.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まず最初に述べたいのはワイルドの持つ逆説の美しさ。これは幸福な王子収録の短編についても言えるが、逆説を扱わせたら彼以上に巧みな人間はそういないかもしれない。だが逆説と言うのは、単純に言葉を弄するだけのものではないという事にも気付かせてくれる。 時として真理を外れたかのように見える、ある意味『過剰な逆説』と言えるような違和感も感じないことはない。しかしそこで立ち止まって考えてみると、逆接には真理を言い当てようと言う意図のほかに、重要な役割が潜んでいる事にも気づかされる事になる。それは思考の『枠』を外す行為だ。固定観念からの解放と言うだけでも、鮮やかな逆説は十分に意味のある働きをしたといえるのではないか。 そもそも人間は常に文脈で生かされている。それはミクロにもマクロにもあって、その一番大きいくくりは歴史に違いない。人間は先人の積み上げた歴史を通してしか世界と向き合う事はできない。それ故に、そこに逆説が生まれる。 逆説が生まれる。と言うのがどういうことなのかと考えてみると、それは世界のありのままの姿と、我々の持つ、我々の歴史持つ見解とが食い違いを見せているということを証明してることに違いない。そしてそれはあらゆる事物に適応できる考え方である。逆説に至る前の『順説』なるものの存在が、そもそも歪んでいる。 本来、ある事象に解釈を加えるとき、二通り以上の解釈は両方が排斥関係におかれないことが多い。人間が一般的に思っているほど論理性は択一的でも限定的でもないからである。我々の論理性に一種の必然性を付加するのは、まさに歴史的に積み上げられてきた偏見に過ぎない。 鮮やかな逆説の応酬には、そのような事を考えさせられた。 物語の本筋としては、まずワイルドの持つ芸術への感性に大いに共感と憧憬を感じた。審美派、耽美派と言えるその方向性は作品を貫いて華やかで幻想的で、どこか不安定である種陰鬱な印象を醸している。 作品で表現されていた事の中にも、また逆説が潜んでいるように感じた。自分の実在と、魂を切り離す事に成功し、老いや罪を肖像画に背負わせる事であらゆる呪縛から解放されたはずのドリアンが、その事によってかえって逆に『肖像画』と言う存在に縛られ、不自由な生と数奇な運命を辿る事になるという逆接。肖像画により永遠を得たはずのドリアンは、最後には肖像画により人生に幕を引く事となる。 『肖像画』というものが一体何の象徴だったのか。それには『良心』と言う言葉もあてられていたが、それは『魂』でもありえて、そして『罪』でも『破滅』でも『恐怖』でもありえるし、そしてそのまま『本人』でもありえる。 自分の行為によって、世界との関わりによって自分が全く変化せず、影響を受けず、変化するのは常に肖像画だとしたら...一体本当の自分と言うのは身体か、肖像画なのか... そこからは物心二元論にも通じる深い問いかけが存在していると感じた。 何より肖像画という特異な存在を通して、我々が普段見落としがちな沢山の真理を異化し、改めて考察するのには大きな意味があったと思う。 ヘンリー卿の述べた忠実さについての言葉は、ここ最近頻繁に考えていた事と合致していたので興味深かった。 こういう連中が忠実と呼び、まことと名づけているものを、ぼくは習慣の惰性とか想像力の欠如とか呼ぶ。感情生活における忠実さというものは、知性の生活における一貫性と同様に、失敗の告白に過ぎないのだ。 忠実である。誠実であると言うことに、本当に意味があるのだろうか?と考えると、明確な答えなど得られないことに気付く。所詮は人間が、ある文脈において、ある種の人間に『有益』であると言うことから生み出した概念が、長い時間を経て人間性の中にこびりついた遺産に過ぎないのではないか?時としてその忠実さ、誠実さへの固執は、人間の機会の、価値の喪失を導く害悪ではないだろうか? これも逆説が気付かせてくれた事の一つであろう。 それから 思想の価値はそれを表現する人物の誠実さとは何のつながりもない、むしろ、人物が誠実さを欠けば欠くほど、思想の知性度は純粋となる。というのも、その場合、思想が、個人の願望、欲求、偏見といった物で彩られる心配がないからだ。 と言うのも心に残った。 昔から言っているが、思想家や芸術家に対して、高い人間性を求める民衆の心理と言うのは歪で奇怪である。そしてそれは直接、一般的な人間からの芸術、そして思想への無理解を示していると言える。 そしてこの本からは、芸術観についても大きな影響を受けたと感じる。 何よりも人間は感覚を重視するべきであろう。感覚と言うのは人間と世界との境界線であって、芸術もまた人間と世界との境界線に生まれる。 思考は違う。合理性は違う。それらを内包するような知性は違う。知性とは必ずしも世界のとの境界線で生まれる必要はなく、世界と人間のどちらか一方が欠けたとしたら成り立たなくなってしまう。 知性の終わるところに芸術が始まる。そしておおよそ芸術とは、価値がないこと自体に価値がある。つまり頭を空にしなければ真の芸術には辿り着けないし、かと言って心まで空にしてしまってもいけない。 おそらく言葉にするのはそう難しくないことではあるけれど、それを感覚的に感じるのは非常に難しい。多分今この芸術論を言葉にするだけの文章力は持ち合わせていない。 でも少なくとも、世界との触れ合い方について何か大きな、大事なものを読み取った気がする。時々ここに戻り、そしてそれを基盤にして掘り下げ、磨き上げ、確固たる感覚を成立させたいと思う。

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    投稿日: 2013.09.19
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    一時期快楽主義に入り浸っていた際に興味を持ち購入した後、久しく書棚に眠っていた作品。美青年で、純粋無垢という言葉がぴったり当てはまる容姿と魂を併せ持ったドリアン・グレイが、「逆説公」ヘンリー・ウォットン卿との出会いにより、堕落し悪徳を重ねて最後には自ら破滅する物語。 本書の最大の魅力は、何と言ってもヘンリー卿の警句にあります。「恋はつねに自己を欺くことにはじまり、相手を欺くことに終わるものなのだ。」「われとわが身を責めることには一種の悦楽がある。人間が自己非難をするとき、自分以外のだれも自分を責める権利がないと感じる。人間の罪状を消滅してくれるものは、牧師ではなく、告白なのだ。」など、ヘンリー卿の吐く台詞すべてが何か奥深く、芸術の香りを漂わせているように感じられます。 ヘンリー卿は、美とは可視的なもののうちにあるという趣旨の発言をしましたが、頭脳が作り出したもの(想念)が「行為」という動作を通じて善悪や真偽を表現する以上、各々の有する美的感覚のみならずそれぞれの正義や価値観もまた美しいものであり、卿の見解は非常に説得的なものであるように思われました。

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    投稿日: 2013.09.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ロマンチック風味な小難しい会話が飛び交いますが、読み物として軽く読めば、見過ごせない面白さがヒョイッと顔を出してきます。 美青年ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿に感化されて、背徳の生活に身を沈めるが、彼の悪行が自分の肖像画に現れ、やがて醜い姿に変わり果てる。その時ドリアンは肖像画にナイフを突き刺すー。 結末を知っていても、最後のドリアン・グレイの姿を見たら、ゾッとしてしまう。でも、何処か冷ややかな目で彼を見てしまう。快楽を知り、それに心がおかされた美青年。魅惑的な始まりです。それはいいけど結局、快楽を調教できずに、牙を向けられる。若く美しいだけで、魅力はなかった。 その代わり、ヘンリー卿が私の中では、お気に入り。なかなか魅力的な人です。変な人ですけど、揺るぎない…そんな感じです。口を開けば、危険な逆説や批判じみた事、みんなと違うユニークなことを言う。そのくせ、矛盾がない。かっこいいなぁ~。 私もヘンリー卿に会ったら最後、ドリアンのようになってしまっていたかも!あっ私、美青年…じゃない……。 おれを破壊させたのはおれの美しさだー。 こんな台詞吐ける人、世界で何人いるんだろ…。

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    投稿日: 2013.04.21
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    2013年7月、マシュー・ボーンの舞台「ドリアン・グレイ」に向けて予習。 ラストに向かっての壮絶な展開が面白い!! ダンスステージでどうなるか楽しみ!!

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    投稿日: 2013.03.16
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    今日、仕事帰りにTSUTAYAに寄ったんだ。DVDを選んでいたら、近くに20才前後のカップルが来たんだ。男は向井理みたいで、女は武井咲みたいだった。俺は、何となく二人をずっと見てしまった。ニヤニヤしながら。そしたら、「何見てんだ?」みたいに見られたんだ。その時、気付いたんだ。そういうジロジロ見てるジジイやババアはたくさんいて、かなり前までは俺もジロジロ見られてたけど、彼らの気持ちが分かったんだ。確かに、女の子の方はかなりの美人でかわいくてミニスカートに白い肌がエロかったけど、俺は断じて、いかがわしい気持ちで見ていたわけじゃない。俺はその時、こう思っていたんだ。 「若さって、素晴らしいな」 は?

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    投稿日: 2012.10.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    オスカー・ワイルドのファンのアーティストがイギリスに多いので興味はあったけど、「幸福の王子」と同じ作者とは思えないほどドロドロした話だった。 それでも画の変化を絡めた人間の心と身体の若さ、及び美醜の話は現代でも通用する話だと思う。 「オチ」が必要と考えられがちな最近の風潮にも充分対応できるラストも素晴らしい。 詩的な表現が多かったけど、嫌味に感じず文学的に感じて共感できるものが多かったかな。

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    投稿日: 2012.08.10
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    話の筋はよく知られる通り。シンプルな話をよくここまでお耽美要素てんこもりに描けるものだなぁ。翻訳なので原文がどんな調子かは分かりませんが。原文にもあたってみたいな。 タイトルにもなっているのだし、ドリアン・グレイが主人公なのだけれど、ヘンリー卿もたいがいな人間だった。正直言ってることの半分も理解できてないw もっと周辺を勉強しないと理解できないかな。精進します。

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    投稿日: 2012.06.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    (読む前の印象) 熊井明子さんの「香りの花手帖」に登場。 本文が一部抜粋されているのだけど、ただ花の香りをかいでいるだけの描写がなんでこんなに艶めかしいのか。危険な香りがただようこの本を全部読みたいような、読みたくないような…

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    投稿日: 2012.04.08
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    ダークな面により一層の美しさを見出す。言葉のひとつひとつに世界が詰まっている、濃密で、描いたばかりの油彩のような名著作。

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    投稿日: 2012.02.20
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    若さが人を狂わせると言うべきか、言葉巧みに相手を誘惑してしまう人が狂っていると言うべきか…ヘンリー卿が述べた青春を取り戻す方法は確かに納得させられるところがありました。ドリアンはきっと繊細ゆえにああなってしまったんでしょうね。

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    投稿日: 2012.02.08
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    名言のオンパレード。ヘンリー卿に注目。 デカダン的な香りが強烈に漂うがそこに嫌気がささなければすらすら読めて行く。必読の書。

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    投稿日: 2012.01.26
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    刺激が多過ぎる現代社会では、頽廃的な刺激の魅力がイマイチ分からないところがあるが、当時の社会の雰囲気とかを感じられるのが面白かったです。 話の筋より登場人物たちの会話の方が物語のメインな気がしました。

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    投稿日: 2012.01.07
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    豪華な英国社交界のイメージをこれでもかと盛りつけ、逆説的な思想をずらっと並べて、それだけでも満腹になりそう。 でもその贅沢は、ドリアンの数奇な生き方を浮き彫りにするための背景。本筋はロマンチックのかけらもない。 自分に代わって肖像画が歳をとり、自身は永遠の若さを保つというドリアンの秘密と、そのために重ねていく罪。超のつく美青年ドリアンの暗部が痛いほど鋭くてどきどきする。少しSFぽくもある、社交界ダークヒーロー(?)モノ。

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    投稿日: 2011.11.25
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    冒頭から甘く澱んだ堕落して退廃的な香りがする。しかし堕落したドリアンは実在感が薄い。「さかしま」のデゼッセントのように蒐集するものの熱心ではないし退廃ぶりの具体的な描写もない。ロード・ダンセイニの「魔法使いの弟子」のように影(魂)を絵に取られてしまったからなのか。そう考えるとラストは魂を取り戻したから実体化したことになる。 様々な要素が寄せ木細工のように入り組んでいる。サロメのようにきれいに纏まらないのは長編だからなのか。会話は面白いがヘンリー郷の詳しい心理描写は欲しかった。 画家とヘンリー郷の会話はヨブ記での神とサタンの会話のパロディ、ヘンリー郷は蛇となり甘美な毒を含んだ智恵の実をドリアンに齧らせ、肖像画に写し取られたドリアンはナルキッソスになる。逆転したピグマリオンのドリアンはエロスとなり美のイデアになる。グレートヒュンであるシビルを捨てるドリアン。ファウストであるドリアンはメフィストフェレスであるヘンリー郷の影響で堕落し悪徳に染まる。美しくさえあれば全てが許されるからだ。美のイデアであるドリアンは完璧。影を壊すことは現実の世界の物を壊すことでありドリアンは自殺することになる。 ヘンリー郷の言葉はハムレットの三人の魔女。ところでシビルの醜い弟が誤って撃ち殺されるのは唯美主義、画家のホールウォードがドリアンに殺され、シビルが演技が出来なくなりドリアンに捨てられ自殺するのは芸術至上主義だからか。

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    投稿日: 2011.10.08
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    画家が書いた美青年の肖像画。肖像画は青年の代わりに年を取り…という話。当初は素直で清廉だった青年は画家の友人である伯爵(だっけか…)に遊びと贅沢を刷り込まれ、ソウルジェムが濁りきっていくわけだが、その‘情緒’‘情感’を失っていく描写が上手い。ただ、みんなセリフが長いから嫌だ。お耽美すぎる。あと女優のシビル・ヴェインが良い味出している。

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    投稿日: 2011.05.14
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    舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で、背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ、いつしか醜い姿に変わり果て、耐えかねた彼は肖像にナイフを突き刺す… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 面白かったんだが、私はすごく読むのに苦労するタイプの文章だった。 もうしばらくしてから、もう一回読みたい。

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    投稿日: 2011.04.30
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    旺文社文庫 渡辺純訳のものを読みました。 あらすじ 舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ、いつしか醜い姿に変り果て、慚愧と焦燥に耐えかねた彼は自分の肖像にナイフを突き刺す……。快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる耽美と異端の一大交響楽。

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    投稿日: 2011.04.19
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    耽美的な世界を期待していたら肩すかしをくらった。本作でいう「美」は「若さ」と近似のものであり、早熟な少年の魂の遍歴を辿った物語という印象をもった。肖像画がモデルの老と罪悪を引き受けるという突飛な設定であるが、醜く変貌する肖像画を恐怖と快感をもって眺めるドリアンの姿には説得力がある。 ドリアンを実験材料に仕立て上げたヘンリー卿は、機知に富んだ社交的な人物だが鼻持ちならない。彼や貴族たちの議論の場面が冗長で、ドリアン自身の生活が切れ切れにしか描かれず疲れてしまった。 訳は読みやすい。 コラージュ写真のような装画が現代的で美しい(商品写真には採用されていない)。 佐伯彰一解説(p.426)の次の部分に納得した。 「肖像」とは、ドリアンの‘alter ego’(もう一つの自分)であり、さらに敢えていえば、彼の良心に他ならない。(「良心」という言葉を使うのは作者自身だ)ドリアンが、いかに自由放胆な享楽家、感覚追求者をもって任じようとも、ついに内なる「良心」の支配から逃げ出すことは不可能である。追いつめられたドリアンは、最後には、彼の「肖像」に、つまりは自分の心臓にナイフを突き刺してこと切れるのである。自分の分身たる「良心」において一切の帳尻を合わせようとして、ついには良心と刺しちがえることによって生涯を閉じる――これほど「生真面目なモラリスト」的な生き方があるだろうか。

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    投稿日: 2011.04.16
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    美少年のドリアンが悪徳を重ね堕落していく様が非常におもしろい。また個人的には快楽主義者のヘンリー卿の考え方が非常に好きです。 「幸福な王子」といいこの作品といい、オスカーワイルドの作品はこれからもどんどん読んでいきたい。

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    投稿日: 2011.02.02
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    年末に購入してようやく読了。ワイルドの美意識が炸裂、芸術がある男の一生を崩壊させていくという芸術史上主義のマニフェスト。

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    投稿日: 2011.01.29
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    知り合いに薦められて読んだ一冊 オスカー・ワイルド独自の世界観・センスにただただため息 どっぷりはまり 彼自身の言葉で直接読みたくて、英語版に挑戦中 古い単語もあって読みやすくはないけど、やっぱりこっちのほうが 彼の言葉の衝撃の大きさが違う じっくり時間をかけて読み進めたい(語学力の問題でさっとは無理だけど)

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    投稿日: 2010.10.02
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    ・12/9 ずーーーっと遥か昔に古本屋で買って取っておいた本.確か福岡のBook Offで買ったんじゃないかな.当時NHKだかでやってたQueenの「Bohemian Rhapsody殺人事件」とかいう特集番組で触れられてたと思う.それで読んでみる気になったと思う.変わった小説のような気がする.ただ、こういうのは原文で読まないと本当はだめかもしれない.特に翻訳されると日本人ではありえないような表現の仕方になってると思うけど、英語でそう書いてあるからって、本当にそういう意味で書かれているのか疑わしい表現もあるだろうから.だって、日本語で書いたら不自然だと思われる表現の仕方になってるもの.ワイルドの意図とは違う意味で訳されてはいないだろうか. ・12/22 読了.最後は予想通りの結末だったけど、一種独特な文章はワイルドの特徴なんだろう.こういう物語だったのかと知っただけでも価値があった.

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    投稿日: 2010.09.13
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    この本は展開性を重要視してはいない。 神を棄て、美に溺れ、快楽の骨頂を得る為に、自身を滅ぼしていく。 ―芸術家の在るべき姿。  一言一言が美しいのだ。綴られた言葉の一つ一つが厳選された生花の様に、―それは月の蒼い光を帯び、或いは水滴を纏い陽光の下で煌めく。 全てが無機的でありながら煌びやかな七色の光を持つ、宝石の様な"生命体"だ。 之がオスカー・ワイルドの、そして訳の福田さんの「協奏曲」への印象だ。  あらゆる悲劇は美しくあれ―。其れは私が胎内から外界に触れた瞬間に、この二つの眼球を駆使して認識する世界の中で生まれた我が舞台を華やかにする、唯一の意義を齎す、究極の展開だ。  死した知己に悲嘆し絶望に呑まれ、闇を知る自己の姿が、感情が、―安易に味わえない劇的な展開によって、突如として生み出されたそれらが、最も美しいものであると―。  死んだ事実によって其の存在が最も映え、煌々と輝きを帯びて"生"を持つ。―それは何ら不思議なことでは無いではないか。  快楽の逆は倦怠だ。 あらゆる苦痛も快楽になり得る。倦怠に覆われた退屈のみが、最も忌むべき存在だ。  この本は私の中で最高傑作の「絵画」だと認識したのである。―少なくとも、私が今まで出会った本の中では逸脱した芸術品、だ。

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    投稿日: 2010.08.16
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    オチをきいた後で、ものすごく読みたくなった。 内容も結末も分かってたけどやっぱ読んで良かった…かなりおもしろい。 そして何なのこの読破後の憂鬱な気分。まあそれがこの話の魅力なんだけど。 セリフ引用したいのがありすぎて困る。全部してもいんじゃないかと思う。

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    投稿日: 2010.06.25
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    何だか、モヤモヤする話 いや、面白いんだけど、面白いんだけど。。。モヤモヤ ワイルド作だからもっと素敵な話を期待したんだけど。。。

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    投稿日: 2010.03.10
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    ドリアンの破滅していく姿に引きずり込まれた。罪に対する罰が下されなかったから取り返しがつかなくなったと悔やむ姿は考えさせられる。 何が罪なのか・・・。

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    投稿日: 2010.02.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    前々から読みたいと思っていたものをついに読んだ!友人が貸してくれました。 昔ロシア文学に挑戦してあえなく散った苦い思い出があり、絶対読めないと思っていたけれど、読めてしまいました。 ドリアングレイがどんどん変わっていくのが怖いなあと思いつつ、最後までバジルがかわいそうだった。 はっきり言って話の筋には関係ない描写が大量すぎて、要訳したら数ページで終わる気がしたけど、嫌いではなかった。 むしろ、ここ線引たい!というセリフがいくつかあった。 日本の文学(漱石とか森鴎外とか)はまだ日本人が書いた話なので、いくら時代が違うとはいえ感性的な部分で理解できるところはいくらでもあるけれど、海外の作家はやはり生まれ育った環境や文化が全く違うし、文字も違うわけだから、とても難しい。 でも今回読み切れたのは自分の中で大きな自信になったと思う。 何が良かったかというと、大体のあらすじを知っていたことではないかな。 ドリアングレイという人がいて、自分の美貌を失いたくないが故に肖像画を描かせる。 すると歳をとるのはその肖像画で自分は一向に老けない。 でも最後は絵とともに自分も滅びる・・というあらすじを前もって知っていたので、今どのへんか、というのがわかってもういいかなと思ってもいやもうちょっとと頑張れたような気がする。 幸いなことに今は漫画で世界文学が読める時代なので、そのようなものであらすじをあらかじめ予習しておいて、本を読むときはサイドストーリーとか表現を楽しむというのもひとつの方法かなと思います。 少なくとも私には有効みたいです(笑)

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    投稿日: 2009.11.28
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    さすがワイルドというか、冷酷で鼻持ちならない最悪の美しい男の話。女性蔑視ここに極まれりという内容なんだけど、ここまでくるといっそ気持ちいいというか、自分の中にはこのドリアン的なものがあるというか。。。 「残酷? いったい自分は残酷だったろうか? あれはあくまでもあの娘のせいだ、自分には責任はないはずだ。自分はあの娘を偉大な芸術家と想像し、偉大と考えたからこそ愛情を捧げたのだ。それなのにあいつは俺を失望させた。浅はかで取るに足らぬ女だった」 「たとえ俺があの女の一生を傷つけたにせよ、あの女もまた俺の一瞬間を損ねたのではないか。それに、だいたい女というものは男よりも悲しみに耐えるのに適している。女は感情一本槍で生きる。考えるとしても、自分の感情のことしか考えない。恋びとをつくるにしたところで、ただ泣いたりわめいたりのひと騒ぎをする相手を見つけるためでしかない」

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    投稿日: 2009.05.21
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    ワイルドの本も宮部みゆきの本もマーヒーの本も 読んだあとにおもしろかった、良かったということしか言うことの出来ない貧弱な語彙を 本気で恥ずかしいと思った。 前半にくらべると後半がちょっと、作者飽きちゃったのかな?と思った以外はとても言葉も思想も発想も豊かな本。 前半の天気の印象と後半の天気の印象がそのまま筋に反映されてて、雰囲気というのはこういうものかと思った。

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    投稿日: 2009.04.02
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    【090315】陰裏の豆もはじけ時 ::::::::::::::::::::::::: メールが届いていたことに気付いた。 ― 最後のわがまま聞いてくださって ― どうもありがとうございます。 ― 本当にありがとうございました。 もうすぐ また桜の季節だ。

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    投稿日: 2009.03.14
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    耽美がうんぬんとかナルシズムがうんぬんとか以前に 三人のどろどろした関係にドキドキしちゃう私はふじょし。 バジルかわいそすw

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    投稿日: 2009.01.09
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    少年の姿から老いないグレイ、反対に彼の犯す罪を受けて悪魔と化していく肖像。生々し過ぎて転寝中に夢に見てしまいました。バジルいいやつだったのに。彼から始まるので主人公かと思っていたよ。 「物事を外観によって判断しない人間こそ、浅薄なのだ」 こんなことをもし言われ続けたら洗脳されちゃうよね。 何が正しくて間違っているかなんて分からない。 自分でも気付かないうちに価値観が変わってしまうのは恐怖だ。 気味が悪く身の毛もよだつ醜悪さ。グレイのようにならない為には少しずつ老いを受け止めていったほうがいいのかい。というか受け止める以外ないんだろうけれど。 ヘンリー卿も容姿至上主義っぽいしな。ある意味ではこの本が、私にとってのヘンリー卿がグレイに読ませた一冊かもしれない(ホラー的な意味で)。トラウマになりそ。

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    投稿日: 2008.12.15
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    11月3日読了。 映画「リーグ・オブ・レジェンド」に登場したドリアン・グレイなる人物が主人公である原作の本。 人生の美、「若さ」と「美しさ」に惚れ込み、多くの罪を犯して、やがては破滅に向かっていってしまう、ある美青年の物語。 難というかものすごく哲学的で、小難しい本だったと思う。ただ、分からないわけではない難しさといったところか。 割と面白い本。

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    投稿日: 2008.11.03
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    構造的倒錯、感覚的倒錯…その悦びと、美なるものへの傾倒。 ナルキッソスは、水面に写った自分を見て、その美しさに恋をしてしまう。 水面から離れられなくなった彼は、次第に衰弱し、水仙の花に姿を変えたという。 ナルシズムは美なるものに至る。

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    投稿日: 2008.08.27
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    美しい青年、ドリアン・グレイ。 映画リーグ・オブ・レジェンドにも登場するこの青年は、美しいだけが取り柄で知性も才能も持たないただの青年です。 そのただの青年が、悪い友人と出会い、快楽・刹那的な生き方に溺れていく。 でも、行動は顔に出るもの。悪事を行えば人相は悪くその美貌も歪んでいく・・・だが、彼の場合は歪んだのはその顔じゃなかった。 醜く歪んでいくのは、彼の肖像画。 おまけに年を重ねていくのまで肖像画の方。 肖像画に罪を押し付け、堕落していくドリアン・グレイはどんな結末を待ち受けるのか。 不気味で、怖い作品です。

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    投稿日: 2008.07.06
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    愛されしドリアンの、無垢な性質がヘンリー卿の魅力によって変質していく過程にゾクゾクしました。 ワイルドのゴテゴテした描写もはまります。唯美主義。快楽主義。19世紀ロンドン。萌えないでか。 映画「オスカー・ワイルド」に出てくるジュード・ロウはドリアンを彷彿させます。

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    投稿日: 2008.06.29
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    善きことをしようなんてココロも悪徳の一つか。 身代わりが真実 外面美を支えることとなった画家と 内面を動かすことになった男と「永遠の」美少年。 耽美、退廃は金持ちがやってナンボ。 悪行、退廃、堕落が具体的に描かれるわけではないので 想像も妄想も入り混む余地がある。 きっとヘンリー卿の肖像画はまっすぐ素直な目をした青年

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    投稿日: 2008.03.26
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    若さと妖しさ。 それは罪なのか。 グレイは自らの影に恐れ、自らを失う。 それは若さ故の過ちであろうか。 永遠の意味がここに記される。

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    投稿日: 2008.01.14
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    今年はこの本に大きく読書時間を取られましたw 「幸福の王子」という美しい童話を残したオスカー・ワイルドですが、この「ドリアン・グレイの肖像」は同じイメージで読むとびっくりするくらい、挑戦的で、逆説的な文言も多く、刺激に満ち満ちています。 まあ、読もうと思ったきっかけは、金子光晴さんが若年の時に影響を受けていたからなんですが、これに20代前から(だったと思う)陶酔していたら、そりゃああれだけの人生経験もしましょうよw 今は読み終えた達成感でいっぱいですw

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    投稿日: 2007.12.22
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    オスカーワイルド色男。なんてゆうかそういうことだよねこの3人とドキドキしながら読んでたら、最後の解説で見事打ち明けてくれました。中身は勿論素晴らしい。2007/11/6

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    投稿日: 2007.11.12
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    言葉と音楽と絵画とみっつの表象が芸術の基礎表象だろうと思っています。ヨーロッパの感覚ではおそらくこのみっつ。ドリアン・グレイの中で、ドリアンはヘンリー・ウォットン卿の弁舌を称揚し、音楽のあいまいさに比べて、明晰な言語のすばらしさをわめいている。けれど本当にそうなのかは疑わしいことこの上ない。ドリアン・クレイを誘惑し陥落させるものこそ、ヘンリー卿の弁舌なのだし、その意味で言葉は強烈だけれど堕落を秘めている。ワイルド自身のおもかげがヘンリー卿にあるかどうかはわたしは知りませんが、言葉を使うものとしての彼の矜持、威信はこめられているはずだと思っている。もっともワイルドは、作品を通してセンセーショナルな話題を提供し続ける自分を悪だとは規定しないだろう。それは善悪の問題ではなくて、挑戦だろう。言語がもっとも芸術に尽くすとは、私は思っていない。それでも、強烈であることは認める。その強烈さにくらむほどの魅力があることも確かだ。けれど、それはやはり、近現代においては善悪ではない。

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    投稿日: 2007.08.27
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    快楽主義者のヘンリー卿の影響で悪徳に染まっていく青年ドリアン。快楽主義におぼれた頽廃的な小説なのかと思っていたが、読んでみると意外にもドリアンの良心との葛藤が一貫して描かれる。でも個人的にはヘンリー卿の逆説的な警句の数々がやっぱり楽しめた。

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    投稿日: 2007.07.21
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     オスカー・ワイルドという創作家は、すぐれた芸術家なのかどうなのかよくわからん人間である。その代表作とされるこの小説にかぎって言えば、少なくともわたしにとっては、(おそらく18〜19世紀以来)古今を通じて数限りなく世に生み出されてきたであろう、凡百の怪奇文学・お耽美文学の域を大きく出るものではない。  ワイルドはこの小説を通じ、美しく、自己崇拝に満ちた、悪魔的で、かつ息の詰まるほど魅惑的な人物を作り上げようとしたのだろう。だが、残念なことにドリアンの美しさも残酷さも、際だった印象を読み手のなかに刻印しない。それはドリアンが底知れない彼岸的存在としてではなく、自愛のなかにも自分が背いた倫理への恐れをかいま見せる、妙に人間くさいキャラとして描かれてしまったせいではないか。それも書き方によってはすぐれた題材になったのであろうが、この小説においては、その葛藤と背徳性についての描写がどちらも中途半端なまま、ドリアンの卑屈さと破滅だけが印象に残ってしまった。結果、小説全体がどこか大衆文学的なエンターテイメントの一作品に墜ちてしまったような気がする。

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    投稿日: 2007.07.16
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    究極の耽美の世界。…正直な感想と言えば、「ナルは嫌い」に尽きますが。 なんつーかさ、自分のことが一番好きで仕方がない人間ってーのが自己保身に走ったら手ぇつけらんないなーと。 更に言うなら、ワイルドの書く同性愛の世界は退廃的過ぎて怖い。つか、嫌い。題材はそうでもないのに…。

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    投稿日: 2007.06.24
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    禁欲的モラルの抑圧下、シニカルなウィットとスキャンダラスな言動で世紀末倫敦寵児となったワイルドの唯美主義をもっともよく反映した作品。美貌の青年ドリアンは、快楽主義者ヘンリー卿の手引きによって、サロンで阿片窟で、背徳の享楽に身を委ねてゆく。ドリアンの美貌も然ることながら、読めば読むほどに、ヘンリー卿に夢中なのです。ドリアンとヘンリーの男色な雰囲気にもドキドキします

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    投稿日: 2007.05.13
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    舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ、いつしか醜い姿に変り果て、慚愧と焦燥に耐えかねた彼は自分の肖像にナイフを突き刺す…。快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる耽美と異端の一大交響楽。

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    投稿日: 2007.05.07
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    古典に手を出してみました。芸術論。芸術至上主義です。共感が出来る考えでは無いにしても興味深い論の展開が、目を引きました。

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    投稿日: 2007.02.17
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    愛読書……とは違うんだけど、読んでみたらずっしり残ったので。ジャンルとしては耽美? 物語の骨格は5分でオチまで説明出来てしまうくらい単純ですが、「美」に対する表現と反語的だったり皮肉っぽかったりする会話が、これでもかーってくらいに出てきて長いです。主な登場人物は美少年と画家と貴族の3人で、ここの関係も何やら同性愛的。最初の庭の表現だけで圧倒。

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    投稿日: 2006.12.09
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    快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる 耽美と異端の一大交響楽。

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    投稿日: 2006.12.08
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    とある美青年が肖像画を描いてもらう。青年は悪事を働く度に肖像画は醜く変貌していく。青年は何も変わらぬまま。ついに、肖像画の醜悪さに見かねた青年は……! っという話。あらすじ読んで読みたくなった作品。

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    投稿日: 2006.11.09
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    読んでる間時間が確実に止まっていた。そして最後はドリアンと同じように時間が一気に駆け巡る。ワイルドにはまっちゃう一冊。

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    投稿日: 2006.10.29
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    題名がキレイだなぁと読んでみたら、中身もえらく厚い耽美で好みでした。オチの付け方にゾクゾクする。会話が好き。

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    投稿日: 2006.08.03
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    結末は知っていたんだけどそれでもドキドキしながら読みすすめてしまった作品。描写がいちいち(失礼)耽美で素敵。

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    投稿日: 2006.05.10