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峠(上)(新潮文庫)
峠(上)(新潮文庫)
司馬遼太郎/新潮社
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総合評価

147件)
4.2
60
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    初司馬遼太郎。読みやすい。 河井継之助の言動の源流、幕末という時代背景、長岡の地理 継之助の行動力と先見の明に驚かされる

    0
    投稿日: 2025.12.30
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    自分の考え方と照らし合わせながら読む。共感できる部分とできない部分もあるが、やはりこの時代の小説は面白い。たまたま言志四録を併読しているので佐久間象山、山田方谷などとの関係や、朱子学、陽明学の理解が深まった。中巻も楽しみ。

    1
    投稿日: 2025.09.06
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    河井継之助はいわゆる敗軍の将であり、戊辰戦争時には小藩を率いて官軍に抵抗し一目置かれた存在である。その継之助が何者でもない、自分探しのような旅に出るのがこの上編となる。 江戸に遊学して古賀謹一郎の私塾に学び、備中松山へ山田方谷に会いに行き、長崎や横浜に逗留して海外情勢を読むといった行動をする継之助。彼はすでに幕府は倒れるであろう見通しを持っており、開国や尊王の不可逆な流れは避けられないと悟る。司馬史観における幕末アナザーストーリーとして、どこまでが史実かは不明だが、まるで坂本竜馬である。 しかし彼の立場はあくまで徳川譜代大名の家臣であり、佐幕と体制維持の圧力を公私にわたって受け続けることとなる。自分自身を客観的に評価し、小藩の能吏となるよりも家老職を目指して藩主に直言するような大胆さを持つ継之助に対して、変化の時代はやがて彼に役割を与えていくのだった。

    9
    投稿日: 2025.06.14
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    幕末の長岡藩士である奇才 河井継之助の物語。 この時代に広く長期的な視野を持ち、それを実践するためには並大抵の精神力では覚束なかったはずで、だからこそ周囲からは奇人と受け止められたであろう。 誰にも相手にされなくてもおかしくないところですが、彼の幸運は時代の空気もさることながら父親、師、藩の重役や藩主などが決して進歩的な気質ではないけれど頭ごなしに否定せず、どこか面白がって言動を封殺しなかったことじゃないかと思う。 さて、中巻ではどのような活躍を見せるのか。

    0
    投稿日: 2025.05.13
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    「竜馬がゆく」「燃えよ剣」に続き、3作目の幕末編。立場変われば、こんなにも時代や物事の見方が変わるのかぁ。中・下巻も楽しみ。

    0
    投稿日: 2025.04.04
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    長岡の記念館に行って基礎知識を仕入れてから読みました。 徳川が政権を放棄し、薩長が増長している中で、河井継之助の長岡藩は、商いで財をなし軍備を整えました。で、会津と薩長を仲裁して外国の脅威に立ち向かおうと考えていました。が、交渉は不調に終わり、薩長の大軍に攻め込まれ、傷を負って亡くなります。 侍の終焉を確信していながら、長岡藩士として戦う生き様に心を打たれます。読んでみて下さい。 高田は、人材がいなかったそうです(泣)。

    0
    投稿日: 2025.02.19
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    河井継之助の一代記。上巻では戊辰戦争の10年ほど前までの継之助の動きが前史として描かれる。 朱子学全盛の時代に陽明学を奉じ、考えることのみならず行動に移すことを重要視した。また、自他共に認める大物であり、普通の出世栄達には拘らず、自分は将来家老になる人物として遊学を希望し、江戸、横浜、大垣、津、京都、備中松山、長崎と遊学しながら山田方谷やスイス人、オランダ人と渡り合い、学び、その傍ら遊女と遊んだり、今日の公家女と昵懇になったりもした。 時代の動乱と幕府の崩壊を予言し、その中で長岡藩の立場でどう乗り切るかを考えていた。班の上役から奇人扱いされるが最後は藩主の牧野忠恭に見出されて公用方を務めることになる。藩主に幕府から京都所司代や老中という重責を負わせようとする中で、継之助はそれに反対して長岡藩としての国力を浪費しないように力を入れていく、

    0
    投稿日: 2025.02.09
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    幕末長岡藩の河井継之助という士分の人の話。 本書(上巻)の9割くらいは、陽明学を元にした継之助の考え方、行動、そして人となりを、旅や日常を通して淡々と描いているので、著者自身が本書の中で述べているように、ストーリーとしてあまり起伏がなく、少し面白みに欠ける。 ただ、このあとの継之助の活躍を理解するために、大事な導入部分であるということも理解できる。 本書の残り1割くらいから少し動きがでて面白くなってくる。歴史モノは色々と読んできたが継之助のこと知らなかった。このあとどのように活躍するのか楽しみ。 歴史モノは色々と読んできたが、この人は寡聞にして知らなかったので、このあとどのように活躍するのか楽しみ。

    0
    投稿日: 2024.10.15
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    継之助を見ていると、きっと今の時代に生を受けても大物になっていただろうと思います。 日本人は性質上、昔からステレオタイプな人種なのかなと思うことが作中でも散見される中、継之助は物事の原理・本質を見極めることが出来る人物。 幕府の非常警察である某組が有名な事件に関わることで上巻が終わりますが、いよいよ継之助が本領発揮しそうな中巻以降が楽しみです!

    7
    投稿日: 2024.10.09
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    映画になったと聞き、本棚で積読していた本を引っ張り出して拝読。 上巻の終盤になって著者から「ここからが本番である」と明言される節があるのだが、記載の通り前半は、激動の時代の中にあって淡々とした日時が流れているように思える。主人公はただの風俗好きなオッサンであるが、その中で思考や弁論において輝く才能の片鱗を見せる。ここからどうなるのかを楽しみに読み進めようと思う。

    0
    投稿日: 2024.08.27
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    激動の幕末を迎える直前に、誰よりその流れを感じていた継之助の人となりがじっくりと描かれた上巻。おそらく一時的であることを分かりながら、夫との何気ないひと時を喜ぶ妻、すがの素直な気持ちが印象的。

    0
    投稿日: 2024.01.21
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    ストーリーとしておもしろいし、対局を見たうえでの組織における動き方や駆け引き、自分の意志の貫き通すための心構えなど様々な部分で勉強になる本だど思います。 また何気ない事象に対する洞察は、頭の良い人のクセのようなものだと思いますが、それが随所に描かれているのもおもしろさの1つだと思います。

    0
    投稿日: 2024.01.08
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     ――考えてもみよ。  と、継之助はおもう。いまこの大変動期にあたり、人間なる者がことごとく薩長の勝利者におもねり、打算に走り、あらそって新時代の側につき、旧恩をわすれ、男子の道をわすれ、言うべきことを言わなかったならば、後世はどうなるのであろう。 2021/1/16読了 維新の敗者側の、しかも小藩の執政で戊辰戦争の局所戦に散った河井継之助だが、しかし司馬遼太郎という屈指の歴史小説家に見出されたお陰で、百数十年の後世の我々が、その名を記憶に留める事が出来るのである。

    0
    投稿日: 2023.10.01
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    新潟・長岡出張を契機に20年ぶりくらいに再読。上巻は家老に抜擢された河井継之助が若い藩主を擁して上洛するまでの677頁。圧倒的な刺激とおもしろさで、時が経つのを忘れるくらいなのだが、初読時から年齢を重ねたが故の“違和感”も覚えた。この点については下巻を読み終えたあとに報告することにしよう。

    0
    投稿日: 2023.07.16
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    人物描写に司馬遼太郎さんの愛を感じます。日本人は何て面白い人種なのでしょうか。身分の違いはあっても、一人一人が、各々の立場で、生真面目に生きている暮らしが、いとおしいです。

    0
    投稿日: 2023.03.02
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    ▼「峠」(上中下全三巻)、司馬遼太郎。初出1966-1968、新潮文庫。幕末に越後長岡藩の家老として官軍相手に「北越戦争」を演じた河合継之助の話。個人的には数十年ぶりの再読。 ▼司馬遼太郎さんの文章は多岐に渡って今でも商品化されていて。代表的な長編小説から短編小説集、いわゆるエッセイから、「歴史地理コンセプトエッセイ」的なもの、それから対談集に講演集…。全部は読めていませんし、再読も楽しい。司馬遼太郎さんの文章を読む、というのは最早個人的にはライフワーク…いや、というか生活習慣になっています(笑)。 ▼何かのエッセイ的なものを読んでいて、司馬さんが自作を語る中で「”峠”はけっこう自信作だし好き」みたいなことを書いていたんです。そして電子書籍でセールのときに買っていて読んでいなかった。ので、手に取りました(電子だけど)。 ▼発売当初、物凄いベストセラーになったそうですね。面白いですから。なんだけど、幕末に活躍したとはいえローカルな主人公だし、そんなに華々しい活躍無く敗北死してしまう。主人公は割と地味ですね。(竜馬とか西郷とか晋作とかに比すれば) ▼ちょこっと「胡蝶の夢」とか「花神」とかにも似ています。個人的にはどちらも凄く好きな作品。何が似ているかというと主人公が「自分探し的なさまよい方」をしている時間帯が長いこと。河合継之助さんが、言って見れば歴史の現場に躍り出てくるのは、確か中巻の後半からだったような(いや、下巻からだったかも)。それに、河合継之助がじゃあ「何を成したのか」というと、そんなに日本に刻まれるようなスケールのことは、何一つしてないんです。 ▼でも、面白い。だから小説としては非常に上手く出来ていると思いました。河合継之助という人物が(厳密に言うと、「司馬遼太郎解釈版:河合継之助」ということですけれど。小説ですから)、変人である。自己完結しているし、平気で矛盾もしている。そして最終的に「長岡藩のために生きる長岡藩の家来」という非常に小さな(こんな長い司馬遼太郎作品の主人公としては、非常に小さい)テーマの中で峻烈に人生を終わらすわけです。 ▼その人生の主題への拘り方を、滑稽に愛情豊かに描きます。そして主人公の周りが如何に、もっと大きなうねりの中で流れているかを描きます。それでいて主人公の「大きな流れに入らないもどかしさ」が上手く描かれていて、下巻で彼が「動き始める」ときに、マキノ雅弘のやくざ映画で終盤に高倉健さんが殴り込みにでかけるようなカタルシスがあります。 ▼その、自分で設定した人生の主題を完遂する美意識みたいなものが、司馬さんの考える「描いてみたかった”侍”」だったんでしょう。鎌倉時代や戦国時代の”武士”とは異なる、江戸時代を経て幕末~明治の25年間くらい(黒船来航から西南戦争まで)の間、日本史を燦然と(あるいは不気味に)彩った、"サムライ”というのは、知れば知るほど他に例がない気がします。300年の泰平の中で観念的に醸成されてしまった、一種非常に”知的な蛮族”とでも言いますか…(もちろんそれは、所謂”武士階級”の中でも10%くらいだったでしょうけれど)。

    5
    投稿日: 2023.01.03
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    インターネットはおろか書籍すらすぐ手に届くところに無い環境では、このように情報を集めて、思考を深めていくものかと考えさせられた。 「夜は明けぬ 覚めよ起きよと つく鐘の ひびきとともに 散りし花はや」という相馬御風の詠んだ歌がある場面が印象深かった。

    0
    投稿日: 2022.11.12
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     幕末の長岡藩士河井継之助を主人公とした小説。長岡藩から出て江戸、横浜、京、備中松山、長崎などを巡り巡り識見を高めていく物語の序盤であるが、まだまだ盛り上がりに欠けているところは否めない。  ただ河井継之助という人物が、どういう下地を持っているのかということに紙片を割いているためで、中・後半にどれだけ生きてくるのかが見どころだ。  果たして描かれているように、ずけずけと遠慮もなく物事の真実を貫いていくように断乎として譲らない人物だったのかと思うが、長岡藩が、そして時代が必要としたのは間違いなかろう。

    0
    投稿日: 2022.08.16
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     河井継之助という幕末の長岡藩の武士を描いた歴史小説。実のところ全く聞いたことのない名前だったのだが、この小説が映画化されているとのことで読み始めた。最初から己にずいぶんと自信を持った自分物だったようだが、この上巻の後半でも司馬遼太郎が述べているように、ここまでのところ河井継之助は偉そうにしているだけで何も実際的な成果を上げてはいない。いつかそうするためにひたすら見聞を広めているだけのところ。ただその行動は突拍子もない。小説の前半だが、興味深く読み進める。

    0
    投稿日: 2022.07.29
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    映画化されるとゆうことで読み始めた。 まだ序章にすぎないけど、河井継之助とゆう人物がどのようにして作られていったのかが分かるものだった。 日本全国を師を求めて歩き回って、いろんな情報や知識を得ていったんだな。 もしこの人が他の地で生まれていたら、この人の人生も、もしかしたら、幕末もまた違ったかもしれないな、と思う。

    0
    投稿日: 2022.07.23
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    序章の位置付けなのか、継之助が日本中を歩き回ってさまざまなものに接しているものの、話の起伏に乏しい。その中で、継之助がやたらと色を好むことに食傷したが、それが実話だそうなのでやむを得ないか。 梟の城でも、国盗り物語でも、好色の主人公の相手をする女性との交わりが屈託なくあっけらかんと書かれていた。これは、司馬遼太郎の時代の感覚で、現代に生きる私には、やや抵抗感があることは否めない。 作者自身、この巻は何も起きない、この後の話につながるものであると説明していたことに期待したい。

    0
    投稿日: 2022.05.12
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    久しぶりの司馬遼太郎作品。 河合継之助なる人物を知らなかったが、読みやすい小説であり、次が気になる。

    1
    投稿日: 2022.05.09
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    河合継之助の一生の話らしいですが、上巻はエピローグ的だということです。 2022年の映画公開に向けて、予習がてら読んでみてます。 勉強家ではあるけれど、自分の興味のあるものにしか目を向けない、理屈っぽいけど実行力のある人・・という印象です。 始めのうちは、何をしたいのか分からない人でしたが、明治維新が始まろうとしている激動の日本を、客観的・世界的観点から見て、自分の成すべきことは何かを探している。 そんな人の気がします。 続きが楽しみ。

    1
    投稿日: 2021.11.26
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    登場人物が多く、情景が変わっていくので読むのに骨が折れるが、面白い。 倒幕寸前の時代に、日本を周遊して知識を得ている河井継之助。女郎を愛し、何でも思ったことはすぐ行動し、好きなことはとことん突き詰めるタイプのかなり独特な人物だが、こんな人だったからこそ、激動の時代に藩主に助言できたのだろうと思った。 でも、この人の助言を聞こうと思わせる背景(父や義兄の活躍?)がすごいなあと思った。 すごい人の裏にはそれを支えたすごい人がいたのかもしれない。 初めはよくわからなかったが、読んでいくうちに面白くなっていく。

    4
    投稿日: 2021.10.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    p.16 人間はその現実から一歩離れてこそ物が考えられる。距離が必要である、刺戟も必要である。愚人にも賢人にも会わねばならぬ。じっと端座していて物が考えられるなどあれはうそだ p.24 可能不可能を論ぜず、ねばならぬということのみ論ずる p.29 この人間の世で、自分のいのちをどう使用するか、それを考えるのが陽明学的思考法であり、考えにたどりつけばそれをつねに燃やしつづけ、つねに行動し、世の危難をみれば断乎として行動しなければならぬ p.176 視覚の驚愕は、網膜をおどろかせるだけでなく、思想をさえ変化させるものらしい。 p.193 歴史や世界はどのような原理でうごいている。自分はこの世にどう存在すればよいか。どう生きればよいか。それを知りたい。知るにはさまざまの古いこと、あたらしいこと、新奇なもの、わが好みに逆くもの、などに身を挺して触れあわねばならぬであろう。 p.322 「不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ」 p.487 「物事をおこなう場合、十人のうち十人ともそれがいいという答えが出たら、断乎そうすべきです。ちなみに、どの物事でもそこに常に無数の夾雑物がある。失敗者というものはみなその夾雑物を過大に見、夾雑物に手をとられ足をとられ、心まで奪われてついになすべきことをせず、脇道に逸れ、みすみす失落の淵におちてしまう。 p.497 が、日本人は未開のころから、山にも谷にも川にも無数の神をもっていた。どの神もそれぞれ真実であったが、そこへ仏教が渡来して尊崇すべき対象がいよいよふえた。さらに儒教がそれにくわわり、両手にあまるほど無数の真実をかかえこみ、べつにそれをふしぎとしなかった。 大きな出来事はこれからなのに、すでに面白かったです。苛烈な継之助がどう考え、どう行動していくのか。ワクワクが抑えられません。また、期待とともに、あらためて幕末は凄まじい時代だったんだなと感じさせられます。ついつい、抜粋してしまう場面も多くなってしまいました。

    2
    投稿日: 2021.10.02
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    いやあ、やっぱり司馬遼太郎はいい! 河井継之助。幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。

    2
    投稿日: 2021.08.21
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    トイレで読む本であったので7百ページ弱を読むのに時間がかかった。。。(HPの日記より) ※購入したのはこれより旧版  2002.9.1読了  売却済み

    2
    投稿日: 2021.08.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    私、この人嫌いです。 まだ上巻しか読んでいないので、もしかしたらこの先好きになることがあるかもしれないけれど、今現在の正直な気持ちを言うと、嫌い。 まず、この人は他人を尊重することがない。 他人の才を見切っては、多くは見下して切り捨てる。 傲岸不遜とはこのことか。 そして、武芸を習うにあたっても、基礎も奥義も興味ない。 ただ、本質だけを教えろと言い、あげく師匠から破門されるので、どれもどれも未熟なままで終わっている。 なのに本人だけが、自分は大きなことを成し遂げる男だと思っている。 佐久間象山の塾に通ったこともあるが、その人となりが気にくわなくてやめているけれど、私からしたら鼻持ちならない陽キャが佐久間象山なら、鼻持ちならない陰キャはこの河井継之助なんじゃないの? そのくせ大局を見据える目だけはあって、これもまた胡散臭い。 『功名が辻』の千代みたいに、現在を知っているからこその後付けの知識で物申しているんじゃないの? なんて思って調べてみたら、この小説の中で書かれている彼の行動はほとんど史実のようです。 彼が何をどう思ったかまではわからないけれど、すごい人であるのだけは事実。 でもね、事を起こそうとするときに、人がついてこないんじゃないの?って思う。 ”ちなみに、日本人がずいぶんの昔から身につけている思考癖は、 「真実はつねに二つ以上ある」 というものであった。これは知識人であればあるほどはなはだしい。 たとえば、 「幕府という存在も正しくかつ価値があるが、朝廷という存在も正しくかつ価値がある」 そういう考え方である。神も尊いが仏も尊い。孔子孟子も劣らず尊い。花は紅、柳はみどりであり、すべてその姿はまちまちだがその存在なりに価値がある、というものであった。” だとすると、意見を異にする人をすぐに排除しようとする流れは、長州のヒステリーから始まったってことなのかしら。

    1
    投稿日: 2021.07.03
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    今年(2021年)9月に役所広司さん主演の映画が公開予定とのことで読みだす。3巻もあるの?と思ったけど、さすが司馬さん、長さは感じさせないわ。正直、長岡藩の河井継之助って誰?の私だったが、今は次の中巻を早く読みたいと云う気持ちでいっぱい。上巻の時代は安政の大獄前後。江戸に出た継之助は勉学に励むのではなく世の流れをつかむ。そして大垣、津、京、そして備中松山から長崎でも世界を知る。江戸を再び経由して長岡藩に戻った継之助の元に京の池田屋事件の報が届く。さて、ますます動き出す世の中で継之助はどうする?

    1
    投稿日: 2021.05.06
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    河井継之助と、山本五十六、田中角栄を生んだ長岡。雪に閉ざされている地からこのような英雄たちがなぜうまれたのでしょうか。雪を見ながら不思議におもいました。

    3
    投稿日: 2021.04.24
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    自分には、まったく世界が見えていないんだと、分かることがある。 「自分」の世界を生きていないんだと、知って、自分を見下げる気持ちがまた、むくむくと湧いてくる。 何故なんだろうか。 どうしてこんなに中途半端になってしまうのだろうか。 世の中に溢れる、その辺に転がってる「世界」に、くだらねぇと馬鹿にしながらも、いつの間にか影響を与えられ、しっかりと絡め取られて、反対的に自分の存在を位置づけることでしか、立っていることができていないんだ。 結局、自分という意識を通すことでしか現れない世界、それを手に入れてんだという夢を見ながら、勘違いをすることしかできていないだということ。 思い描くような、真ん中を持っている、どこにもいない自分を手に入れるほどの心なんて、これっぽっちも磨かれてないってことだ。 河井継之助が存在した時代は、維新という、時勢という圧倒的な、逃れることが出来ない「流れ」が全てを飲み込んでしまった時間だ。 250年という途方もない長さの安定の時代を経て、熟しすぎて腐り始めたものが、避けようもなく迎えなければならかった、徹底的な変化のための時間だったのだ。 深々と溜まり続けた淀みが、発酵し、たくさんの意思が泡となってはじけた。フツフツと湧き上がった思想の上に並べられる志というそれぞれの正義を担ぎ出して、全てをぶっ壊して、新しい希望を作り上げようとした。 たくさんの人間が、最後の「武士」たちが、その武士を終わらせるために、自分の命を引き換えにした。今の時代を生きる人間には、たぶん到底近づくことができない、英雄たちの時代だった。 そう思っていた。 でも、「峠」を読み、河井継之助というものを知って、見えるものが姿を変えた。それまでとは捉え方が変わってしまった。 河井継之助のような人間は、ほかにはいなかった。どこにもいなかった。 誰よりも、変わるべき今を、手に入れるべき未来を、はっきりと思い描く。受け入れるべき時勢とそれに向き合う自己を、静かにまっすぐ、曲げることなく立ち向かわせようとした。 その意思は、河井継之助の元にしか生まれてくることがなかった「意思」は、官軍でもなく、幕府でもなく、属するのではなく、だれのものでもなく、どこにあるものでもない、自分だけが作ることができる、自分にしか作れない未来を作り出そうとしたんだ。 変革しようとするもの、それ守ろうとするもの。抗えない時勢において、歴史の教科書に残る有名人たちも、その勢いに乗っかっただけのもの。 それが普通。それが至極当たり前のこと。 でも、河井は違ったんじゃないかと思う。 時勢が世界を作っていく。 結果が出れば、それだけが正解になって、その流れをただ上手に泳いだ人間も正解になる。あー、良い世界になったね。また良い方向に進んだみたいだね。 果たして、そうだろうか。 流れていくいくしかない、全てを、人間だものていう言い訳で塗り固めて、そうやって進んでいくしかない世界が、本当にこれでいいのか、と思えてならない。 人間らしいという言葉に胡坐をかいて、どこかの瞬間から思考することを放棄してる。それが人間の常套手段じゃないかと、疑う。 簡単に世界には拠らないで、自分というものを立ち上がることができた人。河井継之助。彼は、最後の最後まで、思考することをやめない人だった。 彼は、自分だけの答えを探す人だった。 彼という人間が作り出した未来、その心が透けだすような世界が、いまここに、手を伸ばせば触れることができる、そんなそばにあり続けてくれれば良かったのに、と思った。

    1
    投稿日: 2021.04.18
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    河合継之助が京都所司代になった越後長岡藩主に、ずばずばモノを言うという理由で取り立てられたところで終了。やたら女好きで吉原の小稲という花魁にもてたり、京都の織部という女性の公家にもてたり、横浜の福地源一郎という通詞やら岡山の山田方谷に一目置かれたり、そのくせ口ばっかりながらなぜか幕末という危機状況であるがゆえに身分にあるまじきトントン拍子で出世してしまうというお前は幕末の島耕作かという話しかまだでてきてない。

    2
    投稿日: 2020.08.17
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    とにかく面白い。 司馬ワールド炸裂。河井継之助なんて教科書でも見たことなかった人だったけど、その人が目の前で生き生きと姿を見てくれた感じ。 もっとも上巻では女遊びしてただけだけど…

    1
    投稿日: 2020.08.01
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    文章の拙さに驚きました。例えば、主人公とある人の二人の会話の場面で、それぞれが相手に対する想いを述べるシーンがあります。その想いを作者はどうしてわかったのでしょうか???途中で、思いあまったのか筆者が突然状況説明に入ります。それもしたり顔で……。こんな小説初めて読みました。結局、この小説家はとにかく主人公を他の人よりも優れた人物、すなわち「英雄」に仕立て上げたいのです。従って、主人公が活躍中、実際には農民一揆が起きているのですがこの事には全く触れていません。ほんと英雄小説はいい加減にしてもらいたい。

    0
    投稿日: 2020.04.04
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    越後長岡藩七万四千石の藩士・河井継之助 (かわい つぎのすけ) が、動乱の幕末を駆け抜けた生涯を【司馬遼太郎】により、史実と虚構を織り交ぜて語られる歴史長編小説である。〝三百年の徳川の天下がいま崩れようとしている。歴史がかわる、日本の明日をも知れぬ、譜代の長岡藩だけがその埒外に生きられるとお思いか、お思いとすればこれはまあ結構な国家老様でありますこと〟と豪語して始まった継之助の江戸出府と諸国遊歴の道中談話の痛快さに胸躍る。

    1
    投稿日: 2020.03.29
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    江戸に出てきて学び舎として、古賀塾を選ぶ時の継之助の心情を表した一節、 『学問などは、ゆらい、人から教えられるものではない。自分の好きな部分を、自分でやるものだ』 共感。

    2
    投稿日: 2020.03.27
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    R1.11.15 読了 個人的な話で恐縮だが、大学で日本史学を専攻するくらいには歴史は好きなのだが、その割には歴史小説は殆ど読んだことがなく、司馬遼太郎も小学校の図書館にあった漫画版「竜馬がゆく」以来で、小説は初めて読んだ。 割と読み応えがあるように感じるのに、スラスラ読める感じ 上手く読ませるなぁという印象 さて、本書の感想だが、 主人公継之助の考え方は、自分と正反対で、興味深く思うとともに、彼が江戸幕政300年の中で培われた事なかれ主義について痛烈に批判している様は、事なかれ主義万歳の私個人の生き方についても痛烈に批判させれている様な気がしてハッとさせられる。 人の世は自分を表現する場なのだ なんて言葉も、私個人は思ったこともない。 信念にのみ基づき前だけを見ている継之助の人柄・生き様は、ある意味でとても眩しく思え、彼が数奇な目で見られながらも人を惹きつける人物として描かれることに納得するとともに、いつの間にか、読者である自分自身も引き込まれているのであった。 中・下 でどんな展開が訪れるのか、読むのが待ち遠しい 最後に、継之助の言葉で私が気に入った一文を、開き直りながら引用したい 「そういう小器量の男に生まれたものは幸福であると言う。自分の一生に疑いももたず、冒険もせず、危険の縁に近づきもせず、ただ分を守り、妻子を愛し、それなりで生涯を過ごす。」

    2
    投稿日: 2019.11.16
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    著者の言う通り、前半は継之助の奇人ぶりと、世界を知るための女巡礼とも言うところ。 志を持って生きることは感心するが、ヨーロッパ人が日本の欠点を、好色の風俗とそれに対する道徳的鈍感さであると指摘した事、150年以上経って、やっと理解しつつあるが、まだ同じである事に、恥ずかしくも思う。

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    投稿日: 2019.06.30
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    久々の司馬小説。 竜馬がゆくとはまた違った切り口から幕末が語られるのが面白い。 この上巻を読んだ限りで、坂本龍馬と一番違うなと感じたのは、幕府・藩という組織の傘の中で考えることが多い点。いくらぶっ飛んだ思考の持ち主でもその枠から出ることは容易ではなかったんだなという辺りに、ある種自己投影しながら読める。笑

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    投稿日: 2019.04.09
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    河井継之助なる人物が主役となっている作品 そこまで有名な人物ではないですよね? 私はこの作品を読むまで知らなかったです そして、おそらくですが今後も覚えていないかも知れない というのは私だけで結構有名な人なのかも知れない Wikiを見ても結構な量が書かれている そして彼について書かれた文献もかなりあるようです ドラマにもなった事があるらしい 河井継之助は越後のお侍さん 頭が良いというよりも行動派で、知識をもって弁が立つというよりも、常に自分の頭で物事を突き詰めて考えて正しいと思う道を突き進むタイプ 知見を求めて江戸に出たいと藩のお偉いさんに相談 藩側としては河井継之助の能力はある程度認めているものの、突飛な行動を取りがちと判断 そういった人物を江戸に行かせて、有力なお偉いさんと揉め事を起こしたら藩自体の問題になると尻込みをするが、最終的には許可される 江戸ではとある塾に通うが、勉強についての考え方が他の人と違う事等から軋轢を生みつつも何人かとは上手くやりながら時を過ごす 女を買ってばかりいた事も人から低く見られる点だった とある人物に会いたくなり、別の場所に向かう そこでも勉強をしつつ女を買いつつというような感じ なんだろう ある程度の史実を小説にしているというだけなのだろうけれども面白みはあまり無いと思う ただ、河井継之助という人物の英雄感はある 中巻や下巻もあるようなので読み進める

    1
    投稿日: 2018.12.18
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    河井継之助という歴史上の人物の行動を通じながら、その時代の政治的背景、人間の心理などを考えさせられる。ただ単に歴史小説というカテゴリーにとどまらない。 難しそうで、読みやすくしてくれている司馬遼太郎さんの文体に感謝の一冊。

    1
    投稿日: 2018.12.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長岡藩士、河井継之助の物語。 なんとしても江戸へ出府し、諸国を遊歴したいと望む継之助は、牧野家の首席家老稲垣平助に、毎日毎日しつこくその許しを請いに行く。何度あしらわれようとも、目的を果たすまで通い続け、ついに根負けさせて許しを得る。 雪深い越後長岡から、江戸へ出るのに、春までまたずにわざわざ雪の中を一人出発する。 世は朱子学が盛んであるというのに、彼だけは陽明学を行動の規範とする。 上中下の三巻のうちの上巻冒頭の描写では、偏屈者のにおいが濃厚(笑)。そういうわけでネットで顔写真の画像を検索してみたところ、思わずうなづいてしまった。 小説の中でも大変な自信家である。そしてまた強気である。相手が誰であろうと自分の主張を曲げることはまずない。また相手を睥睨するような性格も見え隠れし、手放しでは好きになれないタイプだ。 しかし、その実行力は非常に優れていると感じる。これも陽明学をよりどころとしている一つの表れのようだ。 上巻では、江戸へ出て古賀謹一郎の私塾に学び、それに飽きたりず備中松山藩の山田方谷のもとへ旅立つ河井が描かれている。彼は自ら人を求めていく。 横浜では、当時の通訳の第一人者福地源一郎との接点を作り、時世の情報を収集する。また、方谷訪問の道中に偶然出会った吉田松陰門下の吉田稔麿と対話し、美濃では大垣の財政再建で名をあげている小原鉄心を訪れ、また恩師・斎藤拙堂に会いにいく。 「拙堂先生は学者であり能吏であるが、おしむらくは思想がない。思想がないがため、将来を予言することはできぬ」と師に対しても手厳しい。が、師を超えようとする素直な思いであろうとも思える。 桜田門外の変で大老井伊直弼が暗殺され、幕府の勢力が衰えていく時勢の中で、徳川三河系列の越後長岡藩の将来を見すえる継之助が、徐々に頭角を現してきた。

    7
    投稿日: 2018.05.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「おれは知識を掻きあつめてはおらん」  せっせと読んで記憶したところでなんになる。知識の足し算をやっているだけのことではないか。知識がいくらあっても時勢を救済し、歴史をたちなおらせることはできない。(p.53上)  継之助の知りたいことは、ただひとつであった。原理であった。  歴史や世界はどのような原理でうごいている。自分はこの世にどう存在すればよいか。どう生きればよいか。  それを知りたい。知るにはさまざまの古いこと、あたらしいこと、新奇なもの、わが好みに逆くもの、などに身を挺して触れあわねばならぬであろう。(p.193上) 「いま日本は攘夷さわぎの渦中にあるが、しかし10年後にはすべてが洋式になる。それが、文明(ということばは使わなかったが)の勢いというものだ。勢いというものは山から落ちる水のごとく、なにものにも阻まれぬ」(p.419上)

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    投稿日: 2018.02.26
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    下巻まで読了。3週間くらいかな。 上巻は退屈なほど。でもだからこそ、後半の彼の行動にもついていけるのだろうなあ。

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    投稿日: 2017.12.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

     顔を少しあげ、谷の向こうの天を見つづけている。吉沢の存在を無視していた。この男の知的宗旨である陽明学の学癖のせいか、つねに他人を無視し、自分の心をのみ対話の相手にえらぶ。たとえば陽明学にあっては、山中の賊は破りやすく心中の賊はやぶりがたし、という。継之助はたとえ山中で賊に出遭うことがあっても、賊の出現によって反応するわが心のうごきのみを注視し、ついでその心の命ずるところに耳を傾け、即座にその命令に従い、身を行動に移す。賊という客体そのものは、継之助にあっては単なる自然物にすぎない。  吉沢の存在も、自然物である。いわば、そのあたりの樹木や岩とかわらない。  眼前に難路がある。これも、継之助の思考方法からみれば山中の賊であろう。継之助は、難路そのものよりも、難路から反応した自分の心の動揺を観察し、それをさらにしずめ、静まったところで心の命令をきく。 (その心を、仕立てあげにゆくのが、おれの諸国遊歴の目的である)  武士にとって最高のモラルはいさぎよさということであり、この道徳美は自分が武士であるかぎりまもらねばならぬ。この場合、家や家禄やわが身のいのちを目方にはかって行動をきめるようでは武士が立たず、その原則から考えれば、ぬく手もみせず肥かつぎの首をはねるべきであろう。  が、そうもいかぬ。別に、それとおなじ重さの原則がある。百姓のいのちということである。当然、人間の本然のあわれみという惻隠の情というのがおこるべきであり、この情こそ仁の基本であると儒教はおしえている。武士の廉潔をまもるか、惻隠の情という人間倫理の原理にしたがうべきか、その両原則がたがいに相容れぬ矛盾としてそそりたっているだけに、この場合の判断が容易にできぬ。 「人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾がむらがえるように前後左右にとりかこんでくる。大は天下の事から、小は嫁姑の事にいたるまですべてこの矛盾にみちている。その矛盾に、即決対処できる人間になるのが、おれの学問の道だ」  と、継之助はいった。即決対処できるには自分自身の原則をつくりださねばならない。その原則さえあれば、原則に照らして矛盾の解決ができる。原則をさがすことこそ、おれの学問の道だ、と継之助はいう。それが、まだみつからぬ。 「だから、おれには、たとえ汚物をかけられても、斬るべきか、生かすべきか、まだわからぬ」  説明が、むずかしい。  継之助はかれ自身、自分を知識主義ではないとおもっている。 ――知識など、生き方のなんの足しにもならない。 という側の信者であった。漢学を学ぶにあたっても万巻の書を読もうとせず、博覧強記を目標ともしなかった。知れば知るほど人間の行動欲や行動の純粋が衰弱する、という信条をもっている。どの藩にもいるあの知識のばけもののような儒者どもをみよ、と継之助は平素おもっている。それら、行動精神のない知識主義者をこの男は、 ――腐儒 とよんでいた。  継之助の知りたいことは、ただひとつであった。原理であった。  歴史や世界はどのような原理でうごいている。自分はこの世にどう存在すればよいか。どう生きればよいか。  それを知りたい。知るにはさまざまの古いこと、あたらしいこと、新奇なもの、わが好みに逆くもの、などに身を挺して触れあわねばならぬであろう。だからスイス人の招待を承諾した。 「いったい、なぜ」 と、継之助はことばをあらため、話題をするどくした。和泉式部はなぜそのように男遍歴をしたのか、ということであった。なぜか、なぜだろう、というのは、この男の思考癖である。ちょっと幼児のようだ。  これには織部は当惑した。 「なぜ……?」  と、つぶやいた。こまるな、とおもった。そうきまじめにひらきなおられてはこまるのである。和泉式部は男が好きでたまらない、それだけのことではないか。なぜもなにもないであろう。 「なにか、やむにやまれぬわけがあったのでありましょうな」  継之助は自分のいまの遍歴におもいあわせているのである。 むろんこの男は式部について勘違いをしている。和泉式部はあの歌――暗いところから暗いところへゆく人間のはかなさをせめては照らしてくれ山の端の月――という意味の歌を、ひどく深味のある厭世哲学のあらわれかとおもい、その根源を知りたいとおもった。  が、織部はこまった。この種の厭世趣味は平安朝の貴族たちのいわば美的生活の塩味のようなものであり、それほどめくじらを立てて考えこむほどのものではない。 ――式部は王朝貴族のたれもがそうであったように享楽主義でした。 という意味のことを織部はいった。現世を謳歌し、性のたのしみを香しいものとして嘆美するためには厭世主義――いのちはこの世だけのもの、楽しまばや――という、いわば慢性のやけっぱち精神がうらうちされていなければ享楽が美しさと輝きをおびて来ない、式部の場合もそういうことではなかったでしょうか、と織部は小くびをひねりながらいった。 「おのれの好むところのみをおこない、好まざるところをおこなわず、ひたすらに避ける、という河井氏の態度や生き方はどうでありましょう」 「人の一生はみじかいのだ。おのれの好まざるところを我慢して下手に地を這いずりまわるよりも、おのれの好むところを磨き、のばす、そのことのほうがはるかに大事だ」 「怠け者の耳に入りやすいお言葉ですな。それでは、良薬ハ口ニニガシ、とか、艱難ナンジヲ玉ニス、という諺はどうなります」 「貴公は、諺で生きているのか」 と、継之助はふしぎそうに相手の顔をながめた。そういう人間の単純さのほうに興味をもったらしい。 「いくつくらいの諺を、頭にのせて生きている。二十ほどか。それとも百もあれば安心するのか」 「ばかな」 相手は怒りだした。しかし継之助はしゃらりとした顔で、 「諺なんざ、死物だぜ。世界中の諺を万とあつめたところで、どうにもならぬ」 「話は百姓仕事のことです。諺のことではありませぬ。なぜ先生の開墾を手伝われませぬ。それでは方谷先生を愚弄していることになる。――いったい」 と、若い内弟子はひらきなおった。 「河井氏は方谷先生を尊敬なさっているのでありますか」 「あたりまえだ。尊敬もせずにはるばる越後から来れるか。しかしながら尊敬するのあまり、おれのきらいな百姓仕事まで手伝うとなれば、これはおべっかさ。尊敬はあくまで醇乎たるべきものであり、おべっかがまじっては相成らぬ」  ちなみに、日本人はずいぶんの昔から身につけている思考癖は、 「真実はつねに二つ以上ある」  というものであった、これは知識人であればあるほどはなはだしい。  たとえば、 「幕府という存在も正しくかつ価値があるが、朝廷という存在も正しくかつ価値がある」  そういう考え方である。神も尊いが仏も尊い。孔子孟子も劣らず尊い。花は紅、柳はみどりであり、すべてその姿はまちまちだがその存在なりに価値がある、というものであった。  一神教を信じている西洋人ならばこれをふしぎとするであろう。かれらにすれば神は絶対に一つであり、自然、真理も真実も一つでなければならない。  が、日本人は未開のころから、山にも谷にも川にも無数の神をもっていた。どの神もそれぞれ真実であったが、そこへ仏教が渡来して尊崇すべき対象がいよいよふえた。さらに儒教がそれにくわわり、両手にあまるほど無数の真実をかかえこみ、べつにそれをふしぎとしなかった。  しかも無数の矛盾を統一する思想が鎌倉時代にあらわれた。禅であった。  禅は、それらの諸真実を色(現象)として観、それらの矛盾は「それはそれで存在していい」とし、すべてそれらは最終の大真理である「空」に参加するための門であるにすぎない、だから意に介する必要はない、とした。  右は物の考え方のうえでのことだが、現実の暮らしのなかでも日本人は多神教的な気楽さとあいまいさを持ってきた。 たとえば幕府や諸藩の役職は、かならず同一職種に二人以上がつく。江戸の施政長官である町奉行は南北二人存在し、二人が交代で勤務する。大阪の町奉行も東西二人であった。すべてが二人以上であり、その点で責任の所在がどこかでぼやかされていた。  公務のための使者というのもつねに二人であり、二人でゆく。このため、幕末にオランダに留学した幕府の秀才たちは、むこうで子供からさえ軽蔑された。 「日本人はいつも二人で歩く」  それがよほどめずらしかったのであろう。そういうからかいの唄まで出来、子供たちは日本人のあとからついてきて囃したてた。  が、継之助はこの点で異風であった。 「御老中にお就きあそばすことは長岡藩の自滅を意味します。断乎、なりませぬ」  と、殿様の忠恭に説きつづけるのである。  忠恭は最初、 (へんなやつだ) とおもっていたが、次第に接触するにつれてその論旨が高層建築のように土台があり、力学があり、層々として組まれていてもゆるがないものであることを知り、その「断言」に惚れるようになった。ついで継之助のことばの絶対的な響きに一種の信仰を感ずるようになり、 (他の者はあいまいである。継之助は頼りになる) と思い始めた。

    1
    投稿日: 2017.12.17
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    河井継之助のことを全然知らずに読む。 薩長土側(クーデター側)を痛快に書いた作品群とは異なり、政権側(但し末端)の視点の本作は、大企業に勤める組織人として感情移入しやすく、大変おもしろい。主人公の顛末を知らないだけに中下を読むのが楽しみ。

    2
    投稿日: 2017.09.16
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    久しぶりに痛快な、作品を読んだ。幕末だから、活躍できたともいえるが、先を見る力が尋常ではない。最近の売れ筋の本と比べると凄く楽しめる作品。主人公の継之助を私が、全く知らなかったから、余計楽しめたのだろう。

    1
    投稿日: 2017.08.11
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    河井継之助の一生を描く。 「原理」という単語がよく出てくるが、この「原理」を追求すべく生きたのが継之助。 なんのために勉学をするのか、なんのために遊学するのか、その目的が非常に明確で、惹きつける。

    5
    投稿日: 2017.07.10
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    越後長岡藩の武士、河井継之助を主人公にした作品です。 リーダーとしての決断力、実行力はもちろんなのですが、魂の置き所を定めて生きる彼の潔さが非常に魅力的でした。 自分自身の立場に悩み行き詰まった時、手に取ったこの本で彼の生き様を読み勇気をもらいました。 人の立場というものを深く考えさせられます。 作中に登場する山田方谷も印象深い存在でした。

    0
    投稿日: 2016.09.20
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    越後長岡、河井継之助、陽明学、おすが。吉原の小稲、京、織部。備中松山藩、方谷山田安五郎。長崎。前半は、何事もなかった。彫るように読む。

    0
    投稿日: 2016.09.11
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    司馬遼太郎の長編作品は、2012年の1月に読んだ「項羽と劉邦」以来。おおよそ4年ぶりの長編作品として手に取った本書は、期待以上の素晴らしい作品でした。上中下の全3巻。 本書の主人公は、越後長岡藩牧野家の家臣である河合継之助。「北国は、損だ」としみじみ思う継之助は、類い稀な先見性と並外れた器量の持ち主であります。上巻では、人物としての継之助が描かれる場面がチラホラ。こういう人物描写は、司馬遼太郎作品の大きな魅力のひとつかと。気に留めた描写をいくつか抜粋。 「継之助は、色のあわい、鳶色の瞳を大きくひらいていった。人間はその現実から一歩離れてこそ物が考えられる。距離が必要である、刺激も必要である。愚人にも賢人にも会わねばならぬ」 「人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾がむらがるように前後左右にとりかこんでくる。大は天下の事から、小は嫁姑の事にいたるまですべてこの矛盾にみちている。その矛盾に、即決対処できる人間になるのが、おれの学問の道だ」 「志の高さ低さによって、男子の価値がきまる」「男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではなく、日常茶飯の自己規律にある」 「武士とは、精神の美であるという。しかもその美は置物の美ではなく、骨っぷしのたしかな機能美でなければならない」 そんな継之助ですが、幕末の大きな奔流には勝る術がなく、ついに押し流されてしまいます。これは、彼が拠点とする越後の国が時代の主流である江戸や京から離れているからかもしれません。しかし、時代に飲まれたとはいえ、彼の魅力が落ちるわけではありません。下僕に自らの棺をつくらせ、庭に火を焚かせ、病床から顔をよじって終夜それを見つめ続けた孤高の精神は、物語の最後に至るまで読者を魅了し続けるのでした。 さて、本書を読み終えて改めて感じるのは、継之助という人物の捉え難さです。物語の前半では、継之助は既存の考えに縛られず自由闊達に思想をめぐらす人物として描かれています。開明論者であり、「士農工商はやがて崩壊する」、「武士の時代は滅びる」といった発言からも、非常な先見性を感じられます。ところが、越後長岡藩の主導者として藩政を任せられる立場になると、継之助の自由人らしい言動はどこか影を潜めます。そして、結果的に幕府側に立つことになった継之助は、官軍と北越戦争を繰り広げ、そして自藩もろとも滅んでしまう。どうも前半の自由人である継之助と、後半の主導者としての継之助は、同じ人物でありながら矛盾を感じてしまうのです。 本書解説を借りると、「この矛盾に対して、司馬氏が見出した解答は河井の武士道倫理であった」とのことで、「自由人である河井継之助はいろいろなことを思えても、長岡藩士としての彼は、藩士として振舞わなければならない、そういう立場絶対論といったふうの自己規律、または制約が、河井の場合には非常に強烈だったろうと思うんです」と司馬遼太郎の文章を引用しつつ、解説しています。たびたび、継之助は「立場がひとをつくる」といったような発言をしていましたが、継之助の志を保つ自己規律には、もしかしたら「立場」という要素が含まれていたのかもしれません。そして、藩の主導者という立場となった継之助は、武士道倫理、すなわち侍として生きることに決めたのかもしれません。 侍の終焉を予期した継之助が、侍として世を去る描写は、決して皮肉なものではなく、「私はこの『峠』において、侍とはなにかということを考えてみたかった」との著者あとがきのとおり、「いかに美しく生きるか」という武士道倫理のあらわれなのでしょう。

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    投稿日: 2016.08.21
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    風変わりだが大胆かつ論理的な主人公、継之助の生き様は、自分の人生における判断に大いに役立ちそうです。 作者も文中で語っているが、前半の全国行脚の部分は特に波乱もなく淡々としているが、その後藩の役職に着いてから俄然面白くなります。 中巻が楽しみです。

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    投稿日: 2016.03.24
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    幕末の越後長岡藩の藩士・河井継之助の生涯を描いた作品。初、司馬遼太郎! おもしろい!! 幕末の歴史がすごくよく分かる。 なぜ今まで読まなかったんだろう・・・ 八重の桜、花燃ゆ、篤姫(こちらは小説も)、あさが来たと、幕末〜明治が舞台の作品をいろいろ観て読んで、すっかり幕末ブームで、河井継之助記念館にも行ったのに、なぜ峠を読んでいなかったんだろう!! 徳川幕府の終焉と明治維新って、日本にとって大きな大きな転機だったということが、今のわたしたちにはよく分かるし、きっと当時の人たちも、渦中にいるときはただただ驚いていたけど数年たって、ああすごいことが起こったんだな・・・と気付いたのだろうけど、事が大きくなる前に、どれだけの人が「こりゃ国の一大事だ」と気付けたのだろうか。自分がどういう立場で何をするべきか。それに気付くことってすごく大切なのだけど・・・それは、勤勉である、正直である、信頼がある、とは全く別の話。 震災があって、テロがあって、紛争、ミサイル、貧困、さまざまな問題があるいまの日本は、世界は、「渦中」なのかどうか。 数年後、数十年後、「いま」がどう語られるのか。 それに気付けているのだろうか。 私はどうすればいいのだろうか・・・ とまあ、そこまで大きな問題じゃなくても、 社会での立場 とか 家庭での立場 とか 置き換えて考えることは様々できるなあと思った。 ビジネスや暮らしのハウツー本を読むより歴史の本読んだほうがよっぽど腑に落ちるわー。 まだ、上ですけど(笑) まだ、何も起こってませんけど(笑) 中も下も楽しみだ・・・

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    投稿日: 2016.03.23
  • 司馬遼太郎の中で一番好きな、一番影響を受けた作品の一つ

    賊軍と呼ばれても、勝てないとわかっていても、理屈を超えて守らなければいけないものがある。義を通すこと、民を守ることに信念を燃やした男の生き様は、損得で生きる現代から見るとあまりに尊い。あげく、守った民にまで誤解を受けるほどの壮絶な人生をまっとうした河井継之助という人物の大きさに震える。 明治の長き渡り、長岡にある河井継之助の墓は地元の民に荒らされ続けたようです。

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    投稿日: 2015.11.13
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    視覚の驚愕は、思想さえも変化させる 世の中は万事、味のわかった大人と、食い気だけの若衆の戦いだ 大老は非常の職で、井伊家か酒井家に基本的には限られている

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    投稿日: 2015.03.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    幕末の開明家:長岡藩士 河井継之介の物語。行き詰った幕藩体制を終わらせることを選んだ男の物語。ニッチ!!!   _____ p30 大塩平八郎  継之介が心入れしたのが大塩平八郎。彼は大塩のように自分の命の使いどころを見つけた人にしびれる、あこがれるぅ! p54 知識を熔かす  継之介にとって、知識とは貯めるものでも、ひけらかすものでも、売り物にする物ではない。  知識はそれを精神に熔かして生命エネルギーに昇華する。そういう生きる燃料としてみていた。どんなに知識をため込んでも、それを生かさなければ意味がない。実用主義者だった。   p76 志  男子の人生の苦渋とは、その志をいかに高く守り抜くことができるか、そこにある。という。  日常茶飯の自己規律を守ることは困難である。あらゆる煩悩が誘惑して志を貶めようとする。男とは、志に生きるものであれ。 p96 大名の娘  幕末には貧困殿様がけっこういた。仕事のない御家の娘が売りに出されることも多々あったようだ。お稲もその一人で、だから教養と気品があった。  それほど、幕府の農本主義が無実化していたのである。 p236 己という道具  河井継之介曰く「自分と自分の生命は同じではない。生命は自分の道具にすぎない。」道具なればこそ鍬は土をよく耕す。自分も自分を道具として、この世の中を耕したい。それが本懐である。  しかし、そこに女というのは道具を鈍にする。だから、女は好きでもいいが、惚れてはいけない。 p281 西に埋めよ  家康は死ぬとき「我が屍は西に向かって埋めよ。」と言ったという。西国大名の長州毛利氏と薩摩島津氏、これらが蜂起して関東に攻め込んでもそれを食い止める怨霊になろうと…。  だから伊豆に大権現として奉納されたのか。 p287 日本人はH❤  スイス人ファブルブランドは言う、日本人はヨーロッパ人よりも淫靡であると。しかし、日本人は西洋人はその巨躯から性欲強力と思っている。  しかし、確かに日本人は公にスケベかもしれない。宴会の場に娼妓を当然置くとしているし、東海道の各駅には女郎小屋が完備されている。 p304 スパイ藤堂高虎  藤堂高虎は織田、豊臣、徳川の三大を渡り歩いた強かな戦国武将であった。  最初は浅井家に仕えたが、織田勢力に鞍替えした。本能寺で織田が討たれると、豊臣秀長に仕えるようになる。そして、高虎は豊臣家の将来を見越して早くから家康に近づいていた。関ヶ原の前夜、西国の大名の内情が家康に筒抜けになっていたのは、高虎の暗躍だった。  藤堂高虎は城作りもうまかったはず、実に興味深い。 p312 種痘館  藤堂藩の斉藤拙堂に遭いに行った。  藩には種痘館という藩校があった。天保十二年(1841)には種痘法は伝道されていたが、世間では受け入れられていなかった。拙堂はそれを導入し、藩民に予防接種を施した。  開明的! p327 京人のちがい  京人は本音を言わない。それは長年の京都で育ってきた文化である。回りくどい。  しかし、継之助は単刀直入、論理的な男である。そんな男が京都では浮いてしまってしょうがない。 p353 朝廷メシ  家康の代に宮廷に配分される予算は決められ、それ以降変更はなかった。時代の変遷による物価の向上に変更されることはなく、時代を経るごとに朝廷の財政は困窮した。  酒は水を入れた酢のようなものを飲んでいたという貧困さよ。 p371 親鸞の妻は菩薩様  抑えきれない性欲に悩んだ親鸞は禁欲の修行に臨んだ。その修行の満願の日に親鸞の目の前に観世音菩薩が舞い降りる。「そなたが女人への想いが断てないのなら、いっそ自分が女人になってやろう。」ということで、親鸞は妻帯した。その妻は菩薩の化身ということで! p436 井伊直助という男  井伊直助は日米修好通商条約を勝手に締結したりしたが、決して開明主義ではなかった。むしろ超保守派で、洋化思想を嫌い、軍隊を旧式に戻し、幕府の外国方を仕分けした。  井伊直助の死を喜んでいるのは尊王攘夷家よりも、幕府内の外務官僚だろうという。 p447 酔生夢死  河井継之助曰く「藩の方から俺を呼ぶのを待つ。それが無ければ、酔生夢死、為すこともなくこの世に生き、死んでいく。その覚悟はできている。覚悟のできないヤツは大した男ではない。」  男は志に生きよ。それができないなら自分に嘘をついてまでして生きようとするな。出来なければ、何もせず腐っていく勇気も持て。  かっこいいんだかなんなんだか。かっけぇんすよ。 p510 法治の限界  幕府は新撰組と会津藩士による、暴力による統治を京都で実行した。これは法治主義の終焉である。幕府は自らその法治の仕組みの限界をあらわにした。  暴力は法治主義の限界突破のシグナルである。これは現代社会でも同じである。だから暴力はいけないのである。世紀末への第一歩。 _____  司馬遼太郎先生の本にちょいちょい出てくる河井継之助。幕末の戊辰戦争で新政府軍を苦しめた長岡藩の開明主義者。  ニッチ!!!  こういうニッチな人を通して当時を覗く歴史小説、おもしろい。司馬先生の著作の中でもかなり読みやすい本で、サクサク読めた。続きをすぐ読もう。

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    投稿日: 2015.03.01
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     越後長岡藩の藩士、河井継之助は幕末の時勢をいち早く察知し、幕藩体制崩壊と予言するのだった。もちろん譜代大名である長岡藩家老一同、継之助の戯言などには耳もかさないのだが、いよいよ歴史が動きだそうとしている、そんなとき継之助が藩主の相談役に抜擢される。同じ上士でありながら方や、外様大名藩士、長州の高杉晋作と行動、理念がかさなる。中巻では京都を去り、幕府の家老職を辞した長岡藩主と継之助はいよいよ自藩の生き残りにかける策にでる。

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    投稿日: 2015.02.05
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    江戸時代後期、大政奉還後の権力争いに巻き込まれた小藩、長岡藩を時代の濁流から守ろうとした老中、河合継之助の生涯を描いた小説です。 恥ずかしながら、この小説を読むまで、長岡という土地にもなじみが無く、河合継之助という人物がいたことも知りませんでした。 彼が目指したものは、長岡藩、西軍(薩長による官軍)にも旧幕府軍にも依らない独立した藩を作ることでした。その志の為に彼は命を尽くしました。理想の藩を作るために洋式武装をし、独自にシステムを変えようとしますが、否が応でも時代の流れに巻き込まれてしまいます。 上巻はゆったりとした流れで、河合が日本各地を遊学した様子が描かれ、笑いを誘う箇所もあります。後半から切迫感が出て、継之助が追い詰められ苦しいです。秀でた能力がありながら、視点がきわめてローカルで、他の優秀な人たちは「国」に目が向いているのに、彼は長岡藩づくりにこだわりました。長岡藩にとっても、継之助にとっても不幸だったと筆者は言います。 歴史上の有名人ではないですし、他の司馬の小説に比べて派手さはないですが、継之助の無念が心に迫ります。オススメの1冊です。

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    投稿日: 2014.11.03
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    またひとり尊敬する人物を見た。河井継之助。 学ぶことにより自分の中の原理を磨く、見つけるという。迷わず、原理に従って行動する。 生きていく上で参考にしたい行動指針が詰まっていると感じた。 真似できるかどうかは分からないが、こうありたいと感じた。

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    投稿日: 2014.10.14
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    どこからが脚色であるかはともかく、突き抜けてる人シリーズでなかなかの中身。 花神の逆側のようにも見えて、そういう部分は実際にもあったんだろうけど、結末と熱さの印象は大違い。 やや記憶の薄れた花神を思い出して並べると、 世界を見る目がよくて、 独自の世界を持っていて、 熱い/常温 活動家/技術者 割と恵まれた立場/当分不遇 負けても立場上の信念を貫く人/信念を貫くというより、そこにあるパズルを常に上手に解いた人 結果的に幕軍/官軍 退路で戦死/跳ねっ返りに斬られてゆっくり看取られる 花神は、科学、自然(法則)、牧歌 峠は、革新、意志、情熱 てな感じ。 陽明学おそるべし。 今の日本は平和です。 「侍」がテーマとあとがきにあったけど、結局、実質的には巧妙でタチの悪い暴力装置と化していた官軍に対し、予測可能な結果を度外視して、降伏して仲間(会津)やかつての主人(慶喜)を滅ぼす先鋒になるのは嫌だと明確に回答した、芯のある人の話。という意味で、侍がどうこうという以前に、シンプルに、人間として取りたい行動を貫いた人の話。 もし明治後に生きて、武士と藩の枠が外れたら、どこまでやってくれただろう?? 歴史を読むと、中でも司馬さんを読むと、ヒトに期待したくなる。 そりゃあ事実はもっとラフでザラザラしたものだろうけど、それを包んで、説得力があって暖かいインパクトを産み出す、物語の力。語ることの力。

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    投稿日: 2014.06.30
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    越後長岡藩士河合継之助の生涯を描いた司馬遼太郎の著作。幕末から明治維新に至る激動期に、サムライとしてどうあるべきかを突き詰め、藩の存亡をかけた戦いに身を投じてゆく姿を描いている。早くから封建制度の崩壊を予見し新たな社会制度の建設に向かっていきながら、最終的に倒幕側である西軍を敵に回して戦う。歴史的には長岡藩は会津や桑名と同じ命運をたどっており、その責任の一端は河合にあるという説もある。ただ、日和見的に態度を変えた藩が後々それで良かったのかを考えると、やはり決断と言うのはとてもとても重い。河合に関しては、ここまで純粋かつ強烈な自己を律する姿勢こそがサムライと言うに相応しいものだと感じる。サムライの矜持をまざまざと見せつけられた。現代、サムライを標榜する方々は本書を一度読んでから考え直したほうが良い。司馬遼太郎の著書は調査が念入りに行われていて説得力がある一方、本書でいえば河合と福澤が酒席で大議論するところなどは一種のファンタジーを感じて、重たいテーマを読みやすくしている。

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    投稿日: 2014.03.11
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    河井継之助という少し風変わりな武士を主人公にしている。尊皇攘夷が流行った時代に己の考えに基づいて行動する姿は読んでいて清々しい。とても面白く、中巻以降も期待できそう。

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    投稿日: 2014.03.07
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    人間の美しさのひとつは、老いるにつれて自分の過去が美しくみえてくる。 書物に知識を求めるのではなく、判断力を研ぎ、行動のエネルギーをそこに求める。 人の世は自分を表現する場なのだ。 世を動かそうとすれば、人に使われねばならず、人に使われるためには、温厚で謙虚であらねばならぬ。

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    投稿日: 2013.12.23
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    幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸へ 学ぶ姿、旅路のふるまいから河井継之助の姿勢が見えてくる。 芯になるものを信じまっすぐに進む姿が心地よい。

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    投稿日: 2013.09.21
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    西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の蔭にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑河井継乃助。 維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く長編小説。

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    投稿日: 2013.08.26
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    内容紹介 壮大な野心を藩の運命に賭して幕末の混乱期を生きた英傑の生涯! 幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。藩の持て余し者でもあったこの男、河井継之助は、いくつかの塾に学びながら、詩文、洋学など単なる知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めるのであった。さらに、江戸の学問にあきたらなくなった河井は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学するため旅に出る。

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    投稿日: 2013.07.30
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    なにこの陽明学かぶれで女郎屋通いの偏屈侍 と最初は思ったが、諸国漫遊後の桜田門からいよいよ物語が動き始める。 風雲急を告げる維新前夜。 陽明学かぶれで女郎屋通いで偏屈なコイツから目が離せない。

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    投稿日: 2013.07.25
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    河井継之介の生き様。人は立場で生きている。ということを熱く思い、学問は道具であると説く。 仕事は薦められてするものだと言い切ってしまう痛快な人が世の中にいたと思うと感慨深い。

    0
    投稿日: 2013.07.23
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    幕末に新潟長岡藩の家老を務めた河井継之助の藩政改革等えを描いた長編。上中下三巻にわたる長編であり、読み応えイッパイです。 上巻はまだ、これといって長岡藩への改革を語りあげるような場面もなく、継之助が江戸へ出て歴史を肌で感じ世界の動きを知りたくて努力し、後半には備中松山の藩の財政を改革した山田方谷のもとへ留学するための旅に出る。

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    投稿日: 2013.05.22
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    中二の息子が宿題で江戸時代以降の人物について歴史新聞を書くという。いろいろ候補は挙がったが、新聞記事を書くという視点で薦めたのが河井継之助。記事にするなら、やはり八町沖を突破しての長岡城奪還作戦だろう。継之助率いる長岡軍は前線の薩摩軍を迂回して長岡城に突入、虚を突かれた長州軍、真田軍は一溜りもなく潰走した。しかし、事態の急変に気付いた薩摩軍も取って返し、城下で激烈な市街戦が展開される。継之助は、当時一個連隊に匹敵すると言われたガトリング砲を自ら操作して防戦に努めたといわれるが、転戦中に左膝下を撃ち抜かれて後送、会津への敗走途上で戦傷死した。思えば、私が本書を読んだのは中学生の頃。息子は河井継之助の最期を書きながら、彼の生き様にどのような感想を抱いたのだろうか。

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    投稿日: 2013.03.16
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    同い年で始まるので、読まないといけないと思い買いました。 原理主義、学問を極めてどうなる? 学問は事を成す為の道具である。 継乃助の考え方、自分に染み渡らせようと思いました。

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    投稿日: 2013.02.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    越後長岡藩士河井継之助。 『 涙という。どちらかと言えば、自分に甘ったれた感情で難事を解決できた事は、古来ない。』

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    投稿日: 2013.02.16
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    継之助を通して幕末の別の視点が見えた。継之助の印象は勝海舟と坂本龍馬を足した様な印象だったが、上巻では大業を成す予感を感じさせながらも、豪放磊落で破天荒なパーソナリティがよく描かれ、どんどん継之助に惹き込まれた。

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    投稿日: 2012.11.28
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    ○最高に面白い小説です。 ○人生における「立ち位置」=帰属意識の重要性の大きさについて考えさせられる小説であった。人の運命を決定する要因を運や環境といった外的な要因を差し引いて内的な要因に焦点をしぼって考察した場合、能力や人間性の高さに加えて「立ち位置」が重要になってくると考える。  「立ち位置」は帰属意識の所在であり、「自分は誰か?」という問いに対する答とも言える。同じ日本人でもこの問いに対する答は多様である。(例:自分は自分、○○○家の人間、○○藩の人間、○○社の人間、日本人、アジア人、地球人etc...)  成功や不成功といった二元論的においては成功と能力•人間性等はある程度相関するという結論は得られるであろうが、同じ成功者、失敗者であってもその運命すなわち「何を成すか?」は「立ち位置」によって変わってくる。人間の目標は立ち位置によって定義されるからだ。 人間の中には与えられた立ち位置の中で最適な目標設定を行い事を成すタイプの人間と、自らは「何者でもない」視点から設定した目標に対して実行しやすい「立ち位置」に身を置くことで事を成す人間タイプの人間がいると思う。前者の例は河合継之助、土方歳三、後者の例は吉田松陰、坂本龍馬、福沢諭吉らが挙げられると思う。  

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    投稿日: 2012.10.22
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    人として、何を大事にして生きていくかという事を深く考えることができる小説でした。 福沢と継之助のやりとりで、互いの大事にするものが 明確になっていく。 しかし時勢が福沢の方向と解りながらも 継之助が選んだものは自分の藩だった。 それで命を落とすことになっても 自分の一生を、「自分」として生きることが出来た と思います。

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    投稿日: 2012.08.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

     越後長岡藩士河井継之助を描いた物語。  貨幣制度の流入による封建制度の崩壊。それにより武士の時代の終わりを即座に見抜く。  「時代が変わっていく。」  継之助は彼の信条とする陽明学の哲学のもと、江戸、横浜、京、長崎、備前岡山…と自らの足で、学び、これからの生き方を模索する。  模索の中でスイスの永世中立国の政治を横浜の外国人を通して知る。山田方谷から政治を学ぶ(というか観察を通して感じる。)これらを長岡藩の政治に取り入れ、長岡を武装中立国にしていく必要性を感じ、これを志とする。  はじめは突飛な考え故、受け入れられないものの、継之助の熱意によって、それが変わっていく。  やがて舞台は大政奉還、鳥羽伏見の戦いを経た戊辰戦争へ移っていく。  佐幕か、倒幕か。二者択一の選択を迫られる中、継之助率いる長岡藩は武装中立を貫く。しかし、迫り来る官軍の中で、継之助は戦う選択をとることになっていく。「最後の武士として。」  高く理想的な志(ビジョン)を持っていても、それが時代ないし現行の制度にあわなければ無惨にも散っていくものなのか。坂本龍馬や福澤諭吉と考えは似ていたにも関わらず、立場や道が違うだけでその後の運命が変わってしまう。  そしてそれが良かったか悪かったかの判断は百年後の後世にゆだねられる。  幕末が現代の人々を魅了するのはこの儚さなのであろう。

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    投稿日: 2012.08.19
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    この本を読んで、初めて「河井継之助」という人物を知った。 まだ、上巻を読み終わったばかりなので、最終的にどのような業績を残したものか把握していないが、江戸や諸国での遊学を通して鍛え上げた本質を見抜く力を以って、長岡藩のために尽くしたのではないかと思う。 中巻・下巻とまだ先は長いが、早く読み進めたい。

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    投稿日: 2012.07.26
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     幕末を生きた長岡藩士・河井継之助の生涯を描いた作品。 幕末、時勢に乗って徳川家に対して無理難題を押し付ける薩長に真っ向から対立。長岡藩を武装独立させ、薩長と奥羽連合の仲介役たらしめようとした男。  本来は徳川家に忠義を尽くすべき彦根藩など多くの譜代・親藩が徳川家を裏切り、強きものになびく中、己の信念と美学、正義に従い行動した河井。欧米からいち早く最新の兵器を仕入れわずか一藩で天下を敵にまわすという挙に出た。  河井の行動は一貫性があり、筋が通っているが自らの藩を滅亡に導いたとして批判も昔からある。  河井をどう評価するか、というのは読者自ら判断すべき。

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    投稿日: 2012.06.03
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    社会人になりたての頃、たまたま研修の移動バスで隣になった同期と話してみたら、卒論のテーマが司馬遼太郎だったという。 彼に、一番のおすすめは何かと聞いたら、峠だ、というのでその日のうちに最寄のブックオフへ行ったら置いてあったので、読んだ。 上中下でかなり長く、どんどん状況は転がっていくが、とりあえず最初のうちはからっとしていて、豪快で、愉快で、明るくて、情熱的で、前向きな雰囲気で、なんだか「考え、学ぶことを、いつまで経ってもあきらめない」ことを応援されたように感じた。 僕は、人間は生きて何かをし続けることがすべてだ、ということをこの作品から学んだ。 最後はちょい悲劇的になってくるけど、ほんの150年前の日本の実際の歴史だからね。 ちなみに上記の彼とは以来ほとんど顔を合わすこともなく、もちろん司馬遼太郎がどうこうという話もするべくもない。

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    投稿日: 2012.04.29
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    本当に本当に久しぶりの司馬遼太郎作品。 継之助の遊歴を通して、 その思考、思想、ひととなりをうまく周知させている。

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    投稿日: 2012.04.03
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    幕末、思想は先進的ながらも、精神は武士であった河合継之助。 彼が小藩に生まれたことも、大きく運命に関わってくる。 脱藩した坂本龍馬とは対称的だが、勝るとも劣らない隠れた英雄だろう。「竜馬がゆく」と双璧をなすと言える小説。 こんな面白い人物も幕末にはいたのだな。

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    投稿日: 2012.03.04
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    維新のとき、長岡藩で官軍と戦った人、ということしか知らなかった。 名前しか知らなかった人をこういう形で深く知ることは面白い。 同時に、記号のように覚えていた『河井継之助』という名前に、やけに愛着が湧く。 しかし司馬遼太郎の作品はどれも、導入部分の辛辣さが最高だと思う。 「この人がどんだけ変だったか」という事をひたすら綴っているように見えて、笑いごとではないのに笑えてしまって仕方ない。

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    投稿日: 2012.01.09
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    司馬遼太郎による、長岡藩の河井継之助の物語。上巻は、継之助が活躍し始める前の鬱々としていた時期を描いており、相変わらずの司馬さんの女性描画が多い。人間、力を持て余すとこういうことになる、ということが言いたいのか。 桜田門外の変が起こってから、幕府も世間も動揺する中で、継之助が長岡藩の真ん中に近づいていく、というところまで。ここだけで500ページ超えているので、離反する読者もいるかもね。中巻は結構いけるけど。

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    投稿日: 2012.01.07
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    【MM279 mylibrary マイライブラリ・アウォード!2009 2010/1/27】 【第6位】『峠(上)(中)(下)』(司馬遼太郎著、新潮文庫、2003年)      http://tinyurl.com/y9sasfb  (コメント)司馬遼太郎の幕末史小説の中でも隠れた名作として名高い作品。戊辰戦争で激戦地となった長岡藩出身の河井継之助を主人公に、新政府軍に追い詰められる長岡藩の様子とともに、その生涯を追っています。明治維新の陰に、このような悲劇があることを忘れてはいけません。ちなみにここ数年は幕末維新の歴史小説を読んでいましたが、その延長線上で、天皇制について       も少し関連の書籍を読んでみました。   参考:『竜馬がゆく』http://tinyurl.com/y66dce →マイライブラリ・アウォード!2006【第1位】      『翔ぶが如く』http://tinyurl.com/3dt4ry →マイライブラリ・アウォード!2007【第8位】      『天皇家誕生の謎』http://tinyurl.com/ycg87yp      『ジミーの誕生日』http://tinyurl.com/y8cfhrm

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    投稿日: 2011.12.19
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    幕末維新が舞台だが、通でないと知らないような河井継之助が主人公。 謙信公の再来と言われた人物らしい。

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    投稿日: 2011.12.18
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    図書館で借りて読んだ本、実は司馬遼太郎はあまり好きではない。 幕末 長岡藩の家老河井継之助の人生を書いた本

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    投稿日: 2011.11.14
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    司馬文学の中でも有名な本。幕末の奇才の行動記だが、経営の書としても読める。「竜馬がゆく」でもそうだがストーリー展開が小気味よく、すらすらと読めてしまう。次の巻にすぐ手を出してしまう飽きさせない内容。

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    投稿日: 2011.11.13
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    河井継之助の歴史小説。 幕末は好きだけど、なぜか敗者(幕府側)に心引かれる。 やっていることは無茶苦茶だけど、無茶苦茶かっこいい。 そんな男、最近はいないよね。 いても、友達になってくれなさそうかね。

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    投稿日: 2011.10.21
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    歴史上の人物「河井継之助」を題材にした小説。私が最も尊敬する人物です。幕末は薩長に隠れがちですが、発掘していただいた司馬遼太郎氏に感謝!です。

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    投稿日: 2011.10.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    幕末、越後長岡藩家老 河井継之助の物語。 越後の弱小長岡藩がガトリング砲を装備して官軍を迎え撃つ、歴史に埋もれた明治維新。河井継之助程の男をなぜ薩軍は殺したのか、西郷隆盛がその場にいたら歴史は変わっていたかもしれない。

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    投稿日: 2011.09.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    高校時代に読んだ本だが読み返してみてる。 上巻は書生(といっても結構な年だが)時代。 改めて読むと気に入った本を繰り返し熟読する勉強の姿勢、 家柄も低く何の根拠もないが将来は家老になって 藩を背負って立つと言うつもりでその立場からものを 見ようとする姿勢、陽明学者らしい思い立ったら即行動の行動力、 いろいろと考えさせられるところがある。 先生が推薦していた理由はこの辺にあるのかなと根拠はないが、 思ったりする。 中巻以降は家老になっての活躍も出てくるから ファイナンス的な学びもあるか? なにはともあれ、読み返しても面白い本ではある。

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    投稿日: 2011.07.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    陽明学を志す河井継之助の物語。継之助の言葉をとおして司馬遼太郎の陽明学をどのように見ているかがわかる。「陽明学とは、人を狂人にする。つねに人を行動へと駆りたてている。この思想にあっては、つねに自分の主題を燃やしつづけていなければならない。この人間の世で、自分のいのちをどう使用するか、それを考えるのが陽明学的思考法であり、考えにたどりつけばそれをつねに燃やしつづけ、つねに行動し、世の危難をみれば断乎として行動しなければならぬという、つねに激しい電磁性を帯びたおそるべき思想であった」「おれは知識を掻き集めておらん、せっせと読んで記憶したところでなんになる。知識がいくらあっても時勢を救済し歴史をたちなおせることはできない、おれは知識という石ころを心の炎でもって溶かしているのだ」

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    投稿日: 2011.07.09
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    長岡藩、河井継之助を世に知らしめた名作。 ものすごい美意識で武士道を示され、強烈な印象が残ります。 小千谷談判で山縣か黒田との会談が実現していれば、違う意味でも名を残せた人だったのではと思わすにはいられません。違った歴史を見てみたかった。

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    投稿日: 2011.05.15
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    【42/150】1冊目はほとんど展開がない奇妙な小説。著者も自ら書いてあったが、その後につづく布石ばかりの内容がつづく上巻であった。中巻、下巻にはどうなるのやら。

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    投稿日: 2011.04.20
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    主人公はたぶんB型だな~度:★★★★★ 日本人の気高さを感じるね度:★★★★★ 何でそこで愚直になるの?度:★★★★★ (上)(中)(下)巻があります 江戸時代→明治時代への変遷期の、越後は長岡藩士の物語。 この時代にこんなやつ居んだ!って楽しくなりました。

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    投稿日: 2011.02.26
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    徳川譜代である長岡藩士の河井継之助。幕末の志士や新撰組等からは距離を置きつつ、ただ幕府が滅びることを予期している。この巻ではまだ時代の風雲には乗らず、江戸の吉原から京での女の遍歴を経て備中松山の山田方谷のもとに遊学へ。学問から知識を得るより、行動する学問を必要とする考えを持ち、時勢を見極める力を持っているが、藩政を守り抜く姿勢を見せる。また違った幕末の世界を楽しめそうだ

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    投稿日: 2011.02.22
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    幕末の越後長岡藩執政、河井継之助の生涯を描いた歴史小説。なにしろ幕末には英雄・豪傑が多いので、地元ではともかく全国的にはそれほど知名度がない河井継之助だが、なかなかユニークな人物だったようだ。そんな人物を発掘してきて、ここまで面白い読み物に仕立て上げる司馬遼太郎の眼力と筆力には感服する。 史料や史実を踏まえながらも、人物描写がとても活き活きとしていて、かなり書き込んでいる。実際の河井継之助がどういう人物だったのかは知るすべもないが、読者にはまさにここに描かれているような人物が実在していたかのような錯覚を覚えさせる。多分この辺が歴史小説の醍醐味なんだろうと思う。 実はこの作品を読むのは、数回目くらいになる。数年ごとに読みたくなる深く印象に残る作品だ。こういうのを愛読書というんだろう。読む側も年月を経るうちに様々な経験を積み、読み方も受取り方も変わってくるものだが、この作品は毎回いろんな示唆を与えてくれる。 http://fionfion.seesaa.net/article/185510123.html

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    投稿日: 2011.02.12
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    長岡藩、河井継之助の一生を描いた傑作。 彼の開明的な発想と義を貫く心。戊辰での敗者の側にも傑出人物がいた、という事実。 特に彼の行動力、実行力は、現代でも学ぶべきところが多い。

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    投稿日: 2011.02.06
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    ラストサムライという単語から連想するのは、なんといっても河井継之助である。彼は、己の理想に対して真正面から立ち向かい、最後まで逃げなかった。合理・開明的で、彼一流の人事を尽くし、果てるまで幕末を駆け抜けた人であった。 しかし、あるいは、理想との心中を強要した身勝手な男にすぎなかったのかもしれない。 どちらの継之助が真実なのか、どちらも正しいといえるのか、またはどちらも正しくはないのか。 継之助によく似た男がさっきそこの峠をあるいていたので、追いかけてひとつ話をきいてみるのはいかがでしょうか。

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    投稿日: 2011.01.22
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    2010年で読んだ物の中では1番面白かった. 「北国は,損だ」 と言う河井継之助. 「有言実行」という言葉が1番似合うのは彼であろうと思う. 「人間の命なんて,使うときに使わねば意味が無い」 かっけー!!

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    投稿日: 2011.01.01