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峠(上)(新潮文庫)
峠(上)(新潮文庫)
司馬遼太郎/新潮社
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総合評価

149件)
4.2
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54
24
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    ラストサムライという単語から連想するのは、なんといっても河井継之助である。彼は、己の理想に対して真正面から立ち向かい、最後まで逃げなかった。合理・開明的で、彼一流の人事を尽くし、果てるまで幕末を駆け抜けた人であった。 しかし、あるいは、理想との心中を強要した身勝手な男にすぎなかったのかもしれない。 どちらの継之助が真実なのか、どちらも正しいといえるのか、またはどちらも正しくはないのか。 継之助によく似た男がさっきそこの峠をあるいていたので、追いかけてひとつ話をきいてみるのはいかがでしょうか。

    0
    投稿日: 2011.01.22
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    2010年で読んだ物の中では1番面白かった. 「北国は,損だ」 と言う河井継之助. 「有言実行」という言葉が1番似合うのは彼であろうと思う. 「人間の命なんて,使うときに使わねば意味が無い」 かっけー!!

    0
    投稿日: 2011.01.01
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    女郎買いがとても好きな主人公。 越後・長岡を出発して三国峠を越えてゆく場面は、 河井継之助の今後を象徴しているようで、とても印象的。

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    投稿日: 2010.12.13
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    故郷の歴史を初めて知った思いがした。それにしても、近代の長岡は傑物が多く輩出されたものだ。河井継之助、山本五十六、田中角栄。

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    投稿日: 2010.11.07
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    長岡藩士・河合継之助の物語です。 ほんの数ヶ月前、たしかドラマにもなっていたはずです。 戊辰戦争というか、この時期の東北諸藩の動きは難しくて手を出しかねていましたが、ようやく読みました。 長岡藩の奉行格の家に生まれた継之助は早くから開明論者であり、先見の明をもち、武士の世の終焉を予想していた。 時は幕末の動乱期、藩の執政にまで登り詰めると藩政を一新。 薩長と会津の間をとりもち戦争を避けるためには国力をつけ、発言力を強めなければと富国強兵策を実施し局外中立国をめざす。 しかし新政府軍との最後の会談は決裂し、維新史上最も激烈といわれる北越戦争が繰り広げられることとなった。 継之助が藩政に携わるようになるまでが長かった~。 おかげでその人となりは充分理解できましたが、まあ小説ということで。面白く読ませていただきました。 これまで長州側のお話と新撰組、最後の幕臣モノばかり読んでいたので、視点が変わるととても新鮮。 東北諸藩が時勢に遅れていた理由や流れについてとても勉強になりました。 継之助の目指したもの。本当に生まれる時と場所が違っていれば、と思わずにいられません。 小千谷談判の決裂、なんとも無念だったと思います。 余談ですが、新政府軍側の岩村精一が世良修三とカブるのですが。 気になったのは継之助とガトリング砲との出会いが劇的に描かれていたのに対して、その使用や戦争についての描写が淡々としていた点。 これは解説で解明しましたが、もうひとつ短編で『英雄児』というのがあり、そちらにダークサイドが描かれているとのこと。ぜひ読みたいと思いました。 それと、話の筋とは関係ないのですが長州の山田顕義についての描写。 司馬さん、嫌いなの!?と言いたくなるような内容でちょっと寂しかったです。 しかしやっぱり難しい!「奥羽越列藩同盟」!というか、まずは地理からですね・・・。

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    投稿日: 2010.09.29
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    出版社/著者からの内容紹介 壮大な野心を藩の運命に賭して幕末の混乱期を生きた英傑の生涯! 幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。藩の持て余し者でもあったこの男、河井継之助は、いくつかの塾に学びながら、詩文、洋学など単なる知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めるのであった。さらに、江戸の学問にあきたらなくなった河井は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学するため旅に出る。

    0
    投稿日: 2010.09.24
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    ・7/31 読了.暫くかかったけど読み始めると止まらなくて一気に読んだ.やっぱり河合継之助という人は頭が良かったんだろうな.

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    投稿日: 2010.09.13
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    侍、武士道。 いやー、幕末はおもしろい。 「いかに美しく生きるか」という倫理の結晶において、 人間の芸術品とまでいえる域に達する。 私にもできるか。

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    投稿日: 2010.08.14
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    主人公は河井継之助。下級武士の彼が家老に抜擢され、幕末史上 最も熾烈とされる北越戦争に長岡藩を突入させていくことになる。 『峠』は毎日新聞の新聞小説としてに1年半掲載され、終了と同 時に『坂の上の雲』の連載が始まっている。河井継之助の歴史評 価には賛否両論があり司馬・継之助の人物観に批判もある... 【開催案内や作品のあらすじ等はこちら↓】 http://www.prosecute.jp/keikan/063.htm 【読後の感想や読書会当日の様子などはこちら↓】 http://prosecute.way-nifty.com/blog/2010/06/63-e91a.html

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    投稿日: 2010.06.01
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    ○陽明学とは、人を狂人にする。つねに人を行動へと駆り立てている。この思想にあっては、つねに自分の主題を燃やしつづけていなければならない。この人間の世で、自分のいのちをどう使用するか、それを考えるのが陽明学的思考法であり、考えにたどりつけばそれを燃やしつづけ、つねに行動し、世の危難をみれば断乎として行動しなければならぬという、つねに激しい電磁性を帯びたおそるべき思想であった。

    1
    投稿日: 2010.02.19
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    一般的には、ほとんど知られていないのではないだろうか、長岡藩家老河井継之助。司馬遼太郎が、武士道に生きた最後の武士と絶賛する人物である。見方によれば、西郷や、山県、勝などよりも器が大きいではないだろうか。物語の佳境で、作者が言う。「われわれ−読者やこの稿の筆者−は後世にいる。後世にいる者の権能はちょうど神に近く、事態の直面者である継之助の知らぬことまで知っている」読者であり神であったわたしは、不可能とは解っていながら継之助の夢がかなうことを、望んでいた。武士道とは、なんなんだ!地味な(世間的な知名度が低いという程度の意味)イメージの人物の物語ですが、だからこそ余計に胸がうたれます。余談ながら、先日、東大阪にある「司馬遼太郎記念館」にいってきた。住宅街の真ん中に建つ記念館、今度は、妻を連れて行こう。

    0
    投稿日: 2009.12.24
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    この小説が面白いのは、幕末の動乱期の物語でありながら、薩摩藩や長州藩のような、維新の本筋的な諸藩や人物や出来事はほとんど直接関わってこないことで、安政の大獄や大政奉還のような事件は、遠い国での話しのように、時代の中の点景として描かれているところだ。 主人公の河井継之助が属している長岡藩は、越後にあるという、土地の悪条件のせいで、江戸や京都で繰り広げられている情勢からは遠い距離にあるために、どうしても風雲の中心に加わるということが出来ない。 どちらかというと、幕府側の立場から出来事を見ているので、福沢諭吉や福地桜痴のような、幕末の江戸周辺にいる人物が詳しく描かれているというところが面白い。 河井継之助は、歴史上、それほど有名でもないし、かなり性格的にも偏りがあるキャラクターで、ちょっととっつきにくいのだけれど、そういう人物を中心に一つの物語を組み立てているところがすごい。 幕末期の話しというと、薩摩長州土佐や、新選組などを中心にした、華々しい物語の部分にスポットが当てられることが多いけれども、その影には、やはり同時代を経験した、大小様々な藩それぞれの思惑や事情があるはずで、そういう、大きな光の陰に隠れた視点から、明治維新というものを眺めることが出来るというのは、とても新鮮だった。 「人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾がむらがるように前後左右にとりかこんでくる。大は天下の事から、小は嫁姑の事にいたるまですべてこの矛盾にみちている。その矛盾に、即決対処できる人間になるのが、おれの学問の道だ」 と、継之助はいった。即決対処できるには自分自身の原則をつくりださねばならない。その原則さえあれば、原則に照らして矛盾の解決ができる。原則をさがすことこそ、おれの学問の道だ、と継之助はいう。それが、まだみつからぬ。(p.42) たとえば、継之助の問題である。人間であって、日本人である。日本人であって、武士である。武士であって、越後長岡藩で百石取りの境涯である。いま、尊皇攘夷と尊王倒幕のイデオロギーが時勢をふっとうさせているが、これにどう対処すべきか。 「おれは、越後長岡藩士という立場を、一分たりともはずさぬ。その範囲内で深く井戸を掘るように考えてゆく。やみくもに凧糸のきれた凧のような志士になって時勢を論じたところでなにになろう。おれの人間稼業をいきいきとやってゆくには、越後長岡藩牧野家の家来という立場を放さず、離れぬことだ。人はみなそうあらねば、宙に浮いたような一生を送ってしまう」(p.197) (人の世は、自分を表現する場なのだ) と思っていた。なにごとかは人それぞれで異なるとしても、自分の志、才能、願望、うらみつらみ、などといったもろもろの思いを、この世でぶちまけて表現し、燃焼しきってしまわねば怨念がのこる。怨念をのこして死にたくはない、という思いが、継之助の胸中につねに青い火をはなってもえている。(p.287) 「いずれは?」 「そう、いずれは藩のほうからおれを呼びにくる」 「来なければ?」 「酔生夢死だな。為すこともなくこの世に生き、そして死んでゆく。その覚悟だけはできている。この覚悟のないやつは、大した男ではない」(p.337)

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    投稿日: 2009.12.21
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    この本は大学生の頃に友人に紹介されて読んだのですが、 人生の指針を示す本として記憶に残っています。 主人公の継之助の生き方に対する考え方が とても心に残っています。 思い出したらまた読んでみたくなりました。

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    投稿日: 2009.11.25
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    Kodama's review ㈱SYワークスの社長であり、私の師匠でもある○○さんの100選のうちの1冊です。もっと早く出会いたかったと読みながら、感動しまくりです。どんな展開になるのか、中巻、下巻も楽しみです。 (08.4.30) お勧め度 ★★★★★

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    投稿日: 2009.11.19
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    峠(上)(中)(下) 継之助の男らしさには感動。継之助は飛躍する。それも30歳を越えてから。その飛躍は、孤独に己の道を凝視することから可能になった。そんな求道者的な態度は、読んだ当時いろいろなことがこんがらがって、良くわからなくなっていた僕を惹きつけた。そんな意味で、人間・継之助の魅力が迫力を持って迫ってくる名作だと思う。 しかし、彼がしたことは正しかったのか。長岡では、彼に対し怨嗟の声をあげる民衆も多かったそうである。継之助は陽明学の徒である。陽明学は継之助の、鋭利な刃物のような思考を研磨する役には立ったろう。ただ、やはり観念論なのであって、この作品は、物事を考えるのに観念論のみを以ってする危うさ、のようなものを我々に突きつけているとも取れる。そしてそれは、司馬さんの昭和の軍部政治批判へとつながっているように思えてしょうがない。 そういうわけで、最近河井継之助がドラマになったりしてヒーロー扱いされているようだが、単純にヒーローとして祭り上げる風潮には賛同できない。 「最後の武士」の美名を、空虚な響きにしないためにも、継之助の負の部分を、敢えて僕は見ていたい。 とは言ったものの、やっぱり面白い。素晴らしいエンタテインメントでもある。僕は三回読んだ。歴史の中での位置づけや、思想の問題などの観点からは様々言えるだろうけど、継之助が男としてかっこいいことには、変わりがないのである。それでいいんだと思う。

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    投稿日: 2009.10.27
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    司馬遼太郎好きの三代目ですが、いいです。最高作品のひとつだと思います。河井継之介の武士としての悲哀を感じることが出来ました。

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    投稿日: 2009.10.22
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    実はこの本、今回で5回目(6回目だったかもしれない)というくらい、定期的に読み返している作品である。(これに似たポジションを占めているのは、他には「ノルウェーの森」位しかないかな) 頭脳、胆力、行動力の全てにおいて傑出したものを持っていた、主人公の河井継之助。継之助は解明論者であり、武士の時代が終わり商人の時代が到来することを見通していた。幕末の人物で彼ほど日本の将来がどこへ向かっていくのかを見極めていた人物はいなかったろうと思う。 そして彼は政治の目的は経世済民であることも理解していた。 しかし、彼は自藩を戊辰戦争の真っただ中にたたき込み、結果藩士だけでなく一般民衆を巻き込み、ぼろぼろにしてしまう。もしこの藩に河井が生まれてこなければ、きっとこうはならず、無難な結末(新政府に恭順)となっていたに違いない。(この作品では、器の合わない英雄を持ってしまったがために引き起こされた小藩の悲劇が描かれている。) しかし、このような、いわば「ごまめの歯ぎしり」のような継之助の「愚行」「暴走」に、読者は、ある種の「美しさ」を感じずにはいられないのではないかと思う。 なぜだろう。 継之助に「志」あるいは「凛とした生き方」を感じさせてくれるからではないか。日々を怠惰と多くの妥協にまみれて生きている人々に、彼の生き方は、「何か」を指し示してくれているような気がするのだと思う。(ただし、自分の大事な「志」を貫くために、彼は罪なき民を犠牲にしてしまう。この事についてもまた考えさせられるのであるが。) ところで、シリアスな事ばかり書いたが、この作品には継之助の人となりが醸し出すユーモラスな場面(例:河井はコスプレマニアであったとか、無類の女好きであったとか)も沢山あり、エンターテイメントとしても、しっかりと成立している。 「志」とか、「生き方の美学」とか、そういう難しいものを追っかけたい人も、そうではなく、面白い話を読んでみたいという人にも、幕末に散ったこの稀有な存在、「継さ」(河井のニックネーム)の物語に触れてもらいたいと、切に思う。

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    投稿日: 2009.09.14
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    河井継之助。越後の小藩長岡藩家老。長岡に住んでいたことがあり,そのときに興味を持った人物でした。 その縁でこの本を読んだのですが,黒船来航から始まる動乱の幕末をこのように激烈に生きた人物がいたことに驚愕です。 長岡藩を官軍にも幕府にも属さない対等な第三極とすることで長岡藩を維持する,という彼の考えは, 結果官軍との北越戦争を引き起こし,長岡城下を焼け野原にしますが, 力の差で蹂躙されても,その信念を貫き通したという点で,その輝きに曇りはありません。 「常在戦場」という言葉がありますが,これも長岡藩の家訓です。 なんで時代劇ドラマにしないんでしょうね? 絶対面白いと思うのですが。

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    投稿日: 2009.08.15
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    幕末好きの私が特に好きな幕末人の一人、河井継之助の波乱の生涯。 はたして、彼は長岡藩にとって有為の人材だったのか、破壊者だったのか。 自分一個の人生を一つの目的に燃やしつくした男の奇異で激しい生き方。

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    投稿日: 2009.07.16
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    上がらない腰をふと上げちゃう?って感じ。 美学とは、それを考える前に態度で示されちゃう。 わかりました!ワタシも腰あげちゃいます、動いちゃいます。 そんな本でした。

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    投稿日: 2009.06.09
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    越後長岡七万四千石という小藩の家老、河井継之助が江戸末期に官軍にも幕府にもつかず、独立の姿勢をとろうとする内容です。 陽明学の考え方を基本とする河井は、行動しない考えは無駄として、考えと行動を直結させています。 司馬遼太郎の本のなかで一番面白く、考え方としても影響を受けた本です。 インターネットに情報が氾濫するこのご時世に、私たちは行動に必要な考え、情報を取捨選択できているのか考えさせられる本でした。

    1
    投稿日: 2009.06.09
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    司馬遼太郎の言葉を集めた 「人間というもの」 を読んで、私が心躍る言葉が最も多く引用されていたため、 読むに至る。 間違いなしでした。 この後、陽明学、孟子と興味が広がっていく。 下を読み終えたのが、2007.04.18 M2の春ですね。

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    投稿日: 2009.05.10
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    I was really suprised at this book because the story was really exciting.

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    投稿日: 2009.05.01
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    久しぶりに司馬遼太郎を読んだ。 さすがに、大学生の頃のような体力がないので、 一気に読んでしまえないなぁ。 やっぱり、司馬遼太郎は、戦国時代と幕末が面白い。 これは、幕末の話。 長岡藩の河井継之助の話。 上巻では、知見を広げるために、無理やり江戸留学をする話がメイン。 この先の展開が楽しみだ。

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    投稿日: 2009.04.26
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    幕末から明治維新にかけて、長岡藩の家老であった河井継之助の生涯を書いた歴史小説です。 晩年は、長岡藩を中立の立場にするという理想を掲げ、当時の最新兵器を導入・武装したものの、結局北越戦争を起こし、自らもそれが元で命を落としました。一部の人にはヒールとして扱われているという話もある人です。でも、私から見れば、時代の流れがあまりにも急速すぎたため対応できなかっただけであり、彼のものの見方、考え方はとても的確であると思うし、とても気高く美しい男であったと感じます。 彼の青年期の生き方や考え方が自分の人生や理想にとても近いので、共感を持てました。「うん、うん、自分もそうしたいんだよ」「そういう生き方を自分もできたらいいなぁ」と何度も思いました。長岡から離れ、諸国を漫遊して、いろいろな人と出会いました。そこで、自分の思想と他の思想を比べ、自分の理想をより高めていったこと。どんなことがあっても自分の理想のために意思を曲げなかったこと。周りの人間や世相を冷静に分析すること、当時の日本としてはいち早く外国とのつながりを重要視し、また、情報収集の重要性をつかんでいたことなど、これからのヒントになることがたくさん書かれていました。 ただし、最後は彼の自尊心が自分も周りの人をも苦しめる形になったのは残念でした。「ついている人はそう簡単に非業の死をとげない」という観点で本を読んでいたのですが、42歳で亡くなった河井継之助は果たしてついている人だったのでしょうか?理想を果たすことができなかったという観点からだと「ついていない人」なのかもしれませんが、これだけ自分の意思を自分の生き様として貫くことができたということを考えたら「ついている人」なのかも知れません。

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    投稿日: 2009.04.04
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    言わずと知れた長岡藩家老・河井継之助のお話です。 もともとは河井さんの友人・大野右仲が出ているってんで読みはじめたんですが、内容が濃くて面白くて、面白くて、長岡藩を調べたくなっちゃいましたよ!! そして私、長岡にホントに行っちゃいましたvvv河井さんに本当に惚れてしまいました。 勤王でも佐幕でも無く、中立を理想とした河井の考えが、切なかったです。 ガトリング砲や近代兵器を買い求めて独立国の為に兵の強化を進めたり、産業をするべきであると藩の財政を立て直したり、そういう意味では現実を理解していたのに、戦の駆け引きでは、理想は無力でしたよね。 奥羽列藩同盟に長岡藩が最初っからいたら、仙台もあんな決定(恭順のこと)はしなかったんじゃないかなぁ。会津の戦いも変わっていたでしょうね。 なにはともあれ、長岡藩はキーマンだったと思います。 あ、最後になりますが、大野さんの台詞は格好良すぎて、男前でした!! 大野さん好きには堪らない、そんな大野さんが見られますよvvv そして、全編通して、河井さんの魅力に参りました。

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    投稿日: 2009.03.13
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    散ってゆく美しさ。 現実的に理想を生きる。 時代に押しつぶされるってこうゆうことをいうのかと思います。

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    投稿日: 2009.03.10
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    “上巻”であるが、作者はさり気なく入れた“地の文”で「なだらかで物語的起伏のすくない前半の風景」と綴っている内容に該当するものが大半を占めている。確かに、余りにも地味ではあるかもしれない。しかしこれが私には、些か俗で、またデジタルな言い方で恐縮ながら「無茶苦茶に面白い!!」と思えたのだ。本作の継之助は、「揺れる時代、それも考えれば考える程に揺れの大きさを案じなければならないような時代にあって、真っ正直に“自分探し”に邁進する」ことで、「自分が活きる世界を創ろう」というようなことを考えているような気がした。その継之助の“自分探し”が妙に面白いのだ!!

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    投稿日: 2009.02.03
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    高校生の頃から経営者を志す中で「経営者は?人間力?がなければ務まらない」と気づきました。歴史小説から人間の生き方を学ぼうと、徹底的に読みあさり、司馬作品からは「激動の時代、人間はどう処するべきか」を学びました。中でも『峠』は『聖書』『論語』に次ぎ、私の生き方に影響を与えたと言えるでしょう。幕末の時代に自分の生き方を貫き通した(主人公)河井継之助のような生き方を学びたい方に、ぜひ読んでいただきたいですね。

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    投稿日: 2008.12.09
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    越後の小藩に生まれた開明論者、河井継之助を描いた時代小説。 西洋化の必要性に気づいた人物は多数いるが、小藩を独立国ならしめる、とまで考えたのは継之助だけであろう。開明家でありながらも『侍』として主君のために藩を守り、命を捨てる覚悟で生き抜いた彼は最後に「自分が死ねば武士はいなくなる」と言い残して死ぬ。河井継之助とは、武士としての生き様を全うしながら、政治経済に対する眼力と実行力があった非常に稀有な存在である。

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    投稿日: 2008.08.18
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    越後長岡藩、河井継之助。三十歳を過ぎても自藩で役職に就くでもなく各地を回っていろいろなものを見聞きしている。詩文、洋学など単に知識を深める学問は全くせず、世界の動きなど、物事の原理を知ることにひたすら努める。 最初のほうはただふらふらしているだけのようで、それを生かす機会が彼の人生の中で巡ってくるのか確信が持てなかったけど、次第に時代が彼を必要としてくる。 情勢を見る眼、行動力、決断力など日本を背負えるかと思えるほどの実力を持ちながら最後まで越後長岡藩の人間として生きた武士。 生き様はとても興味深い。

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    投稿日: 2008.06.08
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    時は幕末。 新撰組や、薩摩長州の維新志士の有名な時代、もっとも時代を先どった人物が、越後長岡藩にいた! 時代を先取り過ぎた男が歩む栄光の道と、その末路を描く。 新潟県では有名な人です。 もっと評価して良い。

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    投稿日: 2008.04.26
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    幕末の小藩、長岡藩士・河井継之助のお話。龍馬達のように洋学や経済感覚を持ち合わせているが、藩という枠組みからは抜け出せなかったり、どこか見通しの甘さがある・・・。そこが美しくもあり人間味を感じて愛さずにはいられない。

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    投稿日: 2008.03.27
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    大学時代のゼミの教授に薦められて読んだ本。幕末、越後長岡藩の河合継之助は、知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めていた。そして江戸や松山を遊学する。

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    投稿日: 2008.01.29
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    長岡藩家老河井継之助という幕末の武士を描いた歴史小説。幕末という時代の流れに翻弄され、先の未来を見つめながらも武士の時代は終わると予見していたにもかかわらず長岡藩士として武士道を貫いた英傑。河井継之助。その内面を書いた力作。

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    投稿日: 2007.11.26
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    越後長岡藩の牧野家七万四千石の家老、河井継之助の自らの思想のために生きて戦い、そして死んだその姿を浮き彫りにした名著。 スイスのような永世中立を願いながら、それが拒否されると官軍に徹底抗戦。 激しい長岡城攻防作戦の最中に戦傷を得て敗退。戦病死した継之助は、長岡では恨まれていたが、この司馬の小説で、その名誉を回復したともいえる。 歴史の大きなうねりが、その時代の人々を呑み込んでゆくが、そうした激動の時代にあって、「人間としての矜持心」をしっかりと保ちながら、己の信念の命ずるままに、命を賭して炎となって燃えつくしてゆく主人公を描かせれば、司馬遼太郎の筆は、いっそう冴える様に思われる。

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    投稿日: 2007.08.15
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    <07/4/28〜7/11>すみません。私には合いませんでした。幕末ものには食傷気味だった+河合継之助があまりにもスーパーマン過ぎる

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    投稿日: 2007.07.13
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    「瓦全は、意気ある男子の恥ずるところ。よろしく公論を百年の後に俟って玉砕せんのみ 」 長岡藩を滅亡に追い込んだ河井継之助。 幕末期を迎えた藩と藩主をどうすべきか、行動することによってその活路を見出していった、幕末の英雄。 幕末は、薩長土、新撰組だけではないですよ。

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    投稿日: 2007.05.31
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    【生き方】 自分がどのように生きるかを、「体制」という現在ならば軽視されがちなものに殉じた人の物語。 「人は体制の役割を果たす以上のことはできない」という、会社人間ならば一度は悩む究極の命題に対して、一つの究極の答えを示す生き方をした話。 どっちが良い悪いではなく、自分の道を信じて生きた人間がドラマチックに表現されていて感動的。 --- 【mixiに書いてた感想】 この人、滅びる側の立場に立たされるわけですが、 そこで何に苦しむかといえば 「事なかれ主義で何もしない人々」 「意思が無い人々」 「やる気がない人々」 しか仲間にいない、ということのようです。 どっかの会社を見ているようでした。 そういう人々を罵るだけでは芸がないので、 何でそうなってしまうのか考えてみました。 でかい組織は、とにかく人数が多い。  ⇒ 大人数を統一ルールで縛ろうとすると 「しきたり」じみた物が多くなる。  ⇒ 「しきたり」は形骸化する  ⇒ 形骸化しても、それにさえ従えば誰にも文句は言われない。 逆に正しいことをしても「しきたり」に逆らうと お飯食い上げになる。 よって皆「しきたり」だけを守ろうとする。  ⇒ 世の中の状況が激変するとき、しきたりが邪魔になる。  ⇒ 組織内部のほとんどは「しきたり」の守護者となっている。 朝起きて服を着替えるのと同じくらい、 体が「しきたり」に馴染んでしまっている。  ⇒ 外部に組織を解体される。 内部の人、最悪の結果に。うわーん≡/;´Д`)/ ・・・気をつけよ! 歳とったら他人事じゃないや。 今から気をつけよ。

    0
    投稿日: 2007.05.19
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    河井継之助を知っているか!? 幕末と言えば薩長の志士や、会津藩や新選組が有名だし人気です……が、私は声を大にして云いたい!河井継之助が好きだーっ!!!

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    投稿日: 2006.11.13
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    幕末時代に生きた、長岡藩家老河井継之助の生涯。結構読むのに時間がかかったけど、生き様に脱帽!絶対に1回は読むべき作品です。

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    投稿日: 2006.10.16
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    ラストサムライ河井継之助。特に前半のマインド面の描写が好きです。志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかに守り抜くかというところにあり、それを守り抜く工夫は格別なものではなく、日常茶飯の自己規律にある。

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    投稿日: 2006.06.22
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    長岡藩家老の河井継之助が主人公。陽明学をもとに行動し、長岡藩を独立国にするために奔走。読み終わって本当にこんな人物がいたんだと驚きました。

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    投稿日: 2006.06.05
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    私的な感情から言えば幕末No1の英雄だと思う。動乱の幕末を飄々と悠々と我が道を行く長岡藩家老河井継之助に憧れる。最期まで飄々とした感じがある意味清々しい。

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    投稿日: 2005.12.03
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    河合継之助を詳しく知りたくて読んだが、生き様に脱帽した。 この英雄の生き方、あくの強さは現代の人間にも通じるものがあると思う。

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    投稿日: 2005.10.31
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    上中下巻。河井継之介という人は、小説だからすごいのか、実際すごかったのか。尊敬するけど近くにはいてほしくない。

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    投稿日: 2005.10.28
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    幕末時代に生きた、長岡藩家老河井継之助の生涯。無条件にカッコいい。 「人間は立場で生きている」斉藤孝が最近言ってる、「人は能力ではなく、ポジションによってできる仕事が決まる」に通じる。最近それを実感する。

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    投稿日: 2005.09.26
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    ともすると幕末好き、しかもコアな方にしか注目されない北越戦争。 この小説はその北越戦争を引き起こした長岡藩の家老・河井継之助の話。 この人の名前は知っててもどんな人物だったかは今まできちんと知りませんでした。 この上巻では波乱に満ちた後半生を迎える以前、自分に後々課せられる使命についてただひたすらに奔走する内容です。

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    投稿日: 2005.09.15
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    この物語は、現在の新潟県、今、地震の被害に困窮なさっておられる地の“長岡藩”家老・河井継之助の生涯を通して、当時の日本人の“決断”はどのようになされたのか、司馬氏の調査・理解・解釈・推論・選択・・が余すところ無く描かれている。 この物語りを貫くキィーワードがある。「人が拠って立つ基盤・基軸」のようなもの、として表現される【立場】という語である。この【立場】という語の重みが読む人を感動させずにおかない、という「頭」の書。“日本男児に”ゼッタイお薦め!

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    投稿日: 2004.12.24