![終わりの始まり──ローマ人の物語[電子版]XI](https://ebookstore.sony.jp/photo/BT00003156/BT000031565401101101_XLARGE.jpg)
総合評価
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powered by ブクログ五賢帝のラストマルクス・アウレリウスの治世。 コモドゥス。 そして内乱の時代に入り、ペルティナクス、ディディウス・ユリアヌス、クロディウス・アルビヌス、ペシェンニウス・ニゲルの治世。 そしてセプティミウス・セヴェルスの治世になる。
0投稿日: 2025.10.16
powered by ブクログマルクス・アウレリウス治世の前からセヴェルスの治世までを描く。 ネルウァからマルクス・アウレリウスまでを五賢帝と呼び、この時代がローマ帝国の絶頂期と一般的には捉えられている。しかし実は五賢帝4番目のアントニヌス・ピウスからローマ帝国崩壊の兆しが見え始めるのではないか、というのが塩野女史の見方。 アントニヌス・ピウス治世は運良く平和に終わったが、マルクス・アウレリウス治世では、パルティアから侵攻、ゲルマニアから侵攻、ペストの流行、総督の謀反と散々な不運に見舞われる。それでも誠実に対処する皇帝の姿が描かれる。 その息子コモドゥスは皇帝としての責務を放棄。その死後ペルティナクス、ディディウス・ユリアヌスと短命皇帝が続き、内戦でセヴェルスが帝位を勝ち取る。 セヴェルスは皇帝になった後パルティアに攻め込む。滅ぼしはしなかったが、その一端を担う形となった。塩野女史曰く、パルティアはローマにとっては仮想敵国であり度々諍いを起こす相手ではあったが、滅ぼしてはいけない相手だった。それはパルティアがローマにとって他民族からの攻撃を和らげる緩衝材になっていたからだ。パルティアは大国であり、そのために周辺の蛮族が侵入する対象になり得る。パルティアを支配下に入れた場合、その矛先はローマに向かう。そうなるとこれまで以上の軍備を整える必要がある。それはローマにとって避けるべき事態だった。だから歴代皇帝はパルティアを温存した。一方パルティアにとってのローマは強大すぎて本気でやり合う相手ではない。為政者が国威発揚のために、時々攻撃を仕掛ける程度だった。 そのパルティアをセヴェルスは弱らせてしまった。その結果ササン朝ペルシアに滅ぼされる。そしてこの国はローマ帝国の真の敵となる。 セヴェルスが良かれと思ったことは結果的にローマ帝国衰退の端緒を開くことになる。パルティア攻撃後、元老院も市民も大喜びだったという皮肉。政治というのは後になってしか成否が図れないのだと思わされる。
0投稿日: 2024.02.14
powered by ブクログマルクス・アントニウスの治世は、洪水と飢饉、アルメニアを巡るパルティア戦役、ゲルマン戦役、カシウスの謀反、第二次ゲルマン戦役と問題が噴出した。マルクス・アントニウスは皇帝の職務を真摯に誠実に果たし、それまでは属州経験も軍事経験もなかったが、経験豊かな専門家の意見を公平に聞いてある程度適切に問題に対処した。しかし200年以上ぶりにリメスを破られたことも事実であり、これはアントニヌス・ピウス時代から皇帝を始めとする元老院階級で属州経験がなくなり、問題の発生を予防する打ち手がプロアクティブになされなかったためとも言える。 マルクス・アントニウスの実子であるコモドゥスの登場で5賢帝時代は終了し、ローマ衰退の時代に入る。実の姉の暗殺計画以降、疑心暗鬼になって粛清を繰り返すようになり、国政を顧みず公正で適切な人材登用が行われなくなった。結果コモドゥスは暗殺される コモドゥス死後、すぐペルティナクスが皇帝となるが近衛兵によって暗殺されてしまい、彼らはユリアヌスを皇帝に推挙する。その後、各軍団がそれぞれ皇帝を推挙するが、ドナウ川防衛線からの支持を得たセプティミウス・セウェルスが首都に入りユリアヌスが殺され、近衛兵を解散したあと、ニゲルとアルビヌスを倒し皇帝となる。セプティミウス・セウェルスは軍団を権力基盤として、給料の増額と軍務中の妻帯を認めてその地位を向上させた。 ・マルクス・アントニウスの人気には、自省録の存在と騎乗像の存在も無視できない。見えないものはないのと一緒なのだから ☆暗殺は事故のようなものだが影響は甚大。暗殺を許してはいけない
0投稿日: 2021.11.04
powered by ブクログ賢帝の最後の一人とその後の混乱。権力者は適切な後継者を選択しないといけない、ということなんかねえ。まあそれが実に難しい訳だけど。特に実子がいると。
0投稿日: 2019.03.07
powered by ブクログローマ人の物語は、塩野ファンのみならず、どなたにもお勧めしたいシリーズ。このころのローマはまだ元気です。
0投稿日: 2018.10.23
powered by ブクログ久しぶりに読了したこのシリーズ。面白いのは、際立っている。なのに、一巻を読んだのが院生時代だから最初に読んで20年近く、最終巻が出て12年にもなり、かつ全巻本棚に陳列していながら、なかなか読み終えられないのは、それだけ知的負荷が高いからだろう。なんて、一見知的負荷が高そうで実は頭の悪い文章を書いてしまったけど、本の中身はやっぱり面白く、読みながらいろいろ考えてしまう。だから、時間かかんだよね。この本自体、2002年発行の奥付だから20年近く前に出た本なんだけど、今まさに進んでいる事象について、読みながら照らして考えてしまう。まぁ、映画『グラディエーター』は、もはや知る人も少ないかもしんないけどさ。塩野氏のときに辛辣、ときにユーモラス、でも血の通ったところも感じさせてくれる文章はやっぱり良い。 『終わりの始まり』というタイトル自体、決して明るい印象ではないけどさ。最後の文章がまさに、もの悲しくなる。 「死ねば誰でも同じだが、死ぬまでは同じではない、という教示をもってローマを背負った、リーダーたちの時代は終わったのである。 この後にも、この種の矜持を自らの生き方の支柱にする人は、個々別々には出てくる。だが、彼らが主導権をふるえた時代というならば、確実に終わったのである。」 俺が生きている時代は、どうなのだろう。そして俺自身は、どちら寄りなのだろう、と思いかけて気づくんだ。 終わった後、後世の人が考えるなら、どちらかという問いはなりたつかもしれない。でも、いま生きている俺自身は、それを決めるべき側にいるんだよね。結果がどうなるかはわからないにしてもさ。
0投稿日: 2018.05.22
powered by ブクログなぜ優れた賢帝の時代に「帝国の衰亡」が始まったのか?が本書の主題です。本書では五賢帝の最後マルクス・アウレリウスから息子のコモドゥス、そして内乱を経てのセプティミウス・セヴェルスの治世までが記述されています。西暦でいうと紀元121年から212年までのおよそ90年間が本書の範囲となります。主題への解答は本書に任せますが、まさに賢帝の時代に衰亡への種がまかれていたことがよくわかりました。
0投稿日: 2017.11.07ローマ帝国は内からも外からも変わっていく
五賢帝でも名高いマルクス・アウレリウス帝の治世に紙数の大半をさき、コモドゥス帝の即位と暗殺、それに続く内乱時代、内乱を収束したセヴェルス帝の死までを扱ったのが、この巻です。帝国が変質していかざるを得なかった背景が書かれていて、とても読み応えがありました。 ゲルマン民族で、遠蛮族のロンゴバルト、ゴート、ヴァンダルといった強力な諸族が南下を始め、それに押し出されるように近蛮族が帝国内に決死の侵入を試みてくる。それにひたすら対応したのが、マルクス・アウレリウスの治世の特徴でした。本人は不本意だったでしょうが、戦場暮らしの日々。そして擦り切れるように死を迎えます。 帝国内部でも、コモドゥス帝の失政からの混乱により、軍の力が強くなり、ミリタリーとシビリアンのバランスが崩れ始めます。歯車が狂い出した帝国はどこにいくのか? 全部が全部、悪評高いコモドゥス帝のせいではないけれど、彼は皇帝として認めないという無言のメッセージが、表紙に彼の写真がないことでわかります。塩野さん、こういうところ容赦ないです(笑)。
2投稿日: 2017.04.15
powered by ブクログ(2016.09.09読了)(2016.08.31借入) この本では、紀元161年から紀元211年までの50年間が記されています。 全体で350頁の内の200頁ほどが、マルクス・アウレリウスに費やされています。ということでメインは、マルクス・アウレリウスです。 登場する皇帝は、以下の七名です。 マルクス・アウレリウス ルキウス・ヴェルス(マルクス・アウレリウスと共同皇帝に即位、169年に病死) コモドゥス(マルクス・アウレリウスの息子) ペルティナクス ディディウス・ユリアヌス セオウティミウス・セヴェルス クロディウス・アルビヌス(セオウティミウス・セヴェルスと共同皇帝、197年に自死) コモドゥスは、統治する気がなく、暗殺されています。その後に立った、ペルティナクスも殺害されています。 その後、ディディウス・ユリアヌスを含め4人が皇帝に名乗り出ますが、セオウティミウス・セヴェルスが他の3人を破り、内乱は終わります。皇帝になれずに敗れたのは、ペシェンニウス・ニゲルです。 皇帝コモドゥスの時代からローマ帝国の凋落が始まったように見えますが、アントニヌス・ピウスあたりから凋落は始まっていたのではないか、という印象です。 ローマの平和を守るための前線を経験していない人たちが、皇帝となったことが原因の一つだったのかもしれません。 【目次】 第一部 皇帝マルクス・アウレリウス(在位、紀元161年―180年) はじめに 育った時代 生家 子育て 少年時代 ほか 第二部 皇帝コモドゥス(在位、紀元180年―192年) 映画と歴史 戦役終結 「六十年の平和」 人間コモドゥス 姉・ルチッラ ほか 第三部 内乱の時代(紀元193年―197年) 軍団の〝たたきあげ〟 皇帝ペルティナクス 帝位争奪戦のはじまり ローマ進軍 首都で ほか 第四部 皇帝セオウティミウス・セヴェルス(在位、193年―211年) 軍人皇帝 思わぬ結果 東征、そしてその結果 故郷に錦 ブリタニア 年表 参考文献 図版出典一覧 ●哲学科(50頁) 私(塩野七生)とて大学では哲学を学んだのだが、それでわかったのは、自分は何と形而下的な人間かということであった。 ●マルクス・アウレリウス(82頁) 文献資料が極度に不足するということだ。後世のわれわれがそれでもこの人々の業績を追うことができるのは、文献資料だけでなく碑文や通貨にも関心が寄せられるようになった十九世紀からである。まったく、なにもかもがうまく行く平穏な時代は、歴史著作の立場からみれば不作の時代なのであった。 ●属州体験(99頁) アントニヌス・ピウスによって本国にいても帝国の統治は可能であるということが示されたことで、属州体験の重要性への認識が薄れてしまったことであった。 私には、アントニヌス・ピウスという皇帝は、目先のことの処理ならば見事にやってのける優秀な官僚であったろうが、晴天の日に翌日に降るかもしれない雨の準備をするという、政治家ではなかったと思えてならない。 ●ローマの神々(110頁) ローマ人にとっての神々への「祈願」とは、神々に向かって、この不幸から救い出してください、と願うものではない。この不幸から脱出するためにわれわれ人間は懸命の努力を払うことを誓うから、どうぞ神々も、このわれわれを助けてください、と願うものなのだ。 ●防衛(140頁) 防衛には、山脈よりも河川が適していることを教えたのも彼(カエサル)だった。ブリタニアの領有が、ガリアの、ひいては帝国西方の安全に不可欠であることも、彼が遠征行を試みたことで示されたのである。そして、蛮族への対応策にも、撃退だけではなく同化もあることを、具体的な例証で示した。 ●戦争(152頁) 早く終えることが、戦争という「悪」にできる唯一の「善」だ ●ブリタニア遠征(227頁) ドーヴァー海峡を渡った最初のローマの要人はユリウス・カエサルだが、このブリタニア遠征の理由を、『ガリア戦記』では、ガリアの反ローマ分子に逃げこむ先を与えないためである、と言っている。 ●ハドリアヌス帝(232頁) ハドリアヌス帝に対する同時代人の評判が悪かった理由を平易に言い直せば、次のようになる。雲ひとつない晴天が続いているというのに、いつの日か襲ってくるかもしれない洪水に備えて、首都ローマを留守にしてまで帝国の各地方の堤防の増強に専念している、である。 ●財政の健全化(274頁) ペルティナクスの主張した国家財政の健全化とは、各組織を見直し、それによって無用な出費を減らすということだった。 ●組織の強化(325頁) これは、他のいかなる組織にも共通する宿命だが、それが軍事関係となると武力を持っているだけに、走り出したら容易には止められないという悪弊を伴うのであった。 ●キリスト教とローマの宗教(328頁) ユダヤ教徒もキリスト教徒も、布教する際、私の信ずる教えのほうがあなたの魂を安らかにするから改宗しなさい、と言うのではない。私の信ずる神のほうが正しいから、あなたの信じていた邪神は捨てよ、と求めるのである。これは、他者の信ずる神を認めることで成り立っている、ギリシア・ローマの宗教観とは反対の極に立つ考え方であった。 ☆関連図書(既読) 「世界の歴史(2) ギリシアとローマ」村川堅太郎著、中公文庫、1974.11.10 「世界の歴史(5) ローマ帝国とキリスト教」弓削達著、河出文庫、1989.08.04 「ローマの歴史」I.モンタネッリ著、中公文庫、1979.01.10 「古代ローマ帝国の謎」阪本浩著、光文社文庫、1987.10.20 「ローマ散策」河島英昭著、岩波新書、2000.11.20 ☆塩野七生さんの本(既読) 「神の代理人」塩野七生著、中公文庫、1975.11.10 「黄金のローマ」塩野七生著、朝日文芸文庫、1995.01.01 「ローマ人の物語Ⅰ ローマは一日にして成らず」塩野七生著、新潮社、1992.07.07 「ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記」塩野七生著、新潮社、1993.08.07 「ローマ人の物語Ⅲ 勝者の混迷」塩野七生著、新潮社、1994.08.07 「ローマ人の物語Ⅳ ユリウス・カエサルルビコン以前」塩野七生著、新潮社、1995.09.30 「ローマ人の物語Ⅴ ユリウス・カエサルルビコン以後」塩野七生著、新潮社、1996.03.30 「ローマ人の物語Ⅵ パクス・ロマーナ」塩野七生著、新潮社、1997.07.07 「ローマ人の物語Ⅶ 悪名高き皇帝たち」塩野七生著、新潮社、1998.09.30 「ローマ人の物語Ⅷ 危機と克服」塩野七生著、新潮社、1999.09.15 「ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀」塩野七生著、新潮社、2000.09.30 「ローマ人の物語(27) すべての道はローマに通ず」塩野七生著、新潮文庫、2006.10.01 「ローマ人の物語(28) すべての道はローマに通ず」塩野七生著、新潮文庫、2006.10.01 「ローマ人への20の質問」塩野七生著、文春新書、2000.01.20 「ローマの街角から」塩野七生著、新潮社、2000.10.30 (2016年9月13日・記) 内容紹介(amazon) 五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝としても名高いマルクス・アウレリウス。後世の評価も高い彼の時代に、既に衰亡への萌芽は見えていた――従来の史観を覆す新たな「ローマ帝国衰亡史」が今始まる。 本書で語られるのは、五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝として名高いマルクス・アウレリウスから、セプティミウス・セヴェルスまでの治世です(紀元2世紀末から3世紀初)。タイトルのとおり、いよいよローマの衰亡が描かれていくことになります。 ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を初め、ローマ帝国の衰亡は五賢帝時代の終焉とともに始まったとする史観がこれまで主流でしたが、本書ではこれに異を唱えています。ローマが絶頂を極め、後世の評価も高いマルクス・アウレリウス帝の政治を、第Ⅸ巻で扱ったハドリアヌス帝やピウス帝、さらにはユリウス・カエサルとも対比させ新たな視点で検証すると、ローマ衰退への道は既に敷かれ始めていたということが明らかになるのです。 指導者である皇帝たちの資質の変化や、国内の階層間の対立、そして帝国を外から脅かす異民族の存在など、さまざまな要因が作用して、帝国はゆっくりと没落への階段を降りていきます。ついには、マルクスは戦地で没し、その息子コモドゥス帝は怠惰に陥り暗殺され、続く時代では帝国を守ってきた将軍たちが割拠して帝位を争うという、「黄金の世紀」では考えられなかった混乱へと突入していきます。 永遠に続くと思われた右肩上がりの時代を終え、新たな時代へと踏み入ったローマ帝国。その指導者たちの迷いと奮闘ぶりから浮かび上がってくるのは、「矜持」を中心に据えた新しい指導者論です。同じように混迷と不安に覆われている現代の日本にとっても、彼らの生き方から学ぶことは多いに違いありません。 「ローマ人の物語」全15巻を時代ごとに三つに区切ると(ローマ建国からユリウス・カエサルまでの「第一期」、アウグストゥスによる帝政開始から帝国の絶頂期までが「第二期」)、この巻は「第三期」の始まりと言うことができます。第一期や第二期のローマ帝国を常に視野に入れて叙述される本書は、「ローマ人の物語」の導入篇としてもふさわしい内容であると思われます。
0投稿日: 2016.09.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
五賢帝の最後を飾るマルクス・アウレリウス。しかし、著者はハドリヤヌス、アントニヌス・ピウスの時代に遡ってとき始める。なぜマルクス帝の時代にローマが没落し始めるのか、それは彼の息子が愚帝であったためだけなのか、マルクスの時代がハドリヤヌス、ピウスの時代とどのように異なるのか、詳しく書いており納得性に富みます。そしてなぜ哲人皇帝が後継者に失敗したのか、やはり息子への偏愛に眼が曇ったのか?著者の説明はこれまでの常識に対して挑戦するように、ピウスに厳しかったり、マルクスの悩みに焦点を当てたりと極めて飽きさせない推理に富んだ素晴らしい歴史でした。映画「グラディエーター」をこの執筆のために何度も見たということ。私自身も見たことがあり、あの戦争シーンについて「確かにあのような戦争だったのかも知れない」という説明に頷けます。
0投稿日: 2013.08.24
powered by ブクログ五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝としても名高いマルクス・アウレリウス。後世の評価も高い彼の時代に、既に衰亡への萌芽は見えていた――従来の史観を覆す新たな「ローマ帝国衰亡史」が今始まる。
0投稿日: 2012.09.10
powered by ブクログまた内戦をやっている。距離が離れるほど情報が伝わるのが遅いということを学習しないのだろうか。シリアに情報が伝わるころには、近くの将は動き始めているし、抑えなくてはいけないローマにも遠い。 今回は内戦の描写が穏やかなので、まだ読むのに心理的に楽だった。 後継ぎに関しては、ある程度賢い皇帝なのだから、生前に整理しておいてほしかった。それであれば国力の衰えも少なかっただろうに。 それにしても、親が奴隷でも自身は能力と努力次第で皇帝にまでなれる社会というのは素晴らしい。身分の固定されていた国に比べれば、繁栄するのは当然と思われる。
0投稿日: 2012.09.06
powered by ブクログローマの盛隆と衰退を書いた塩野七生の本。 11巻『終わりの始まり』を読んで、衰退は国ではなく人から始まっていくと感じた。 国が最盛期の安定している頃は、戦争に行くのに観光しながら長時間掛けて向かっても問題にならなかったりもしたけれど、逆にそれにより人は衰退しても国を存続できるシステムが稼動できたという経験によって、錯覚を起こし、問題に気づきにくくなるんだろうと思う。 でも2代目で会社が潰れるなど、学べる事・気をつける事などの気づける事は身近に沢山あると思う。 先人が残した書物があり海外のものも翻訳されて沢山学べるようにはなったが、命が脅かされる事が非常識となった安定的な今は、学ぶ必要がないと錯覚しても当然かもしれない。そうなれば、その後のシステムの崩壊からの国の滅亡も自然の摂理として言えるのかもしれない。 もしそうであれば、世代を通して今日本人は衰退していっているのか。国のシステムはまだ保ったまま。 なるほど自然の摂理という考えが一番しっくりくる。
0投稿日: 2012.05.08
powered by ブクログ夏休みに塩野七生久々のシリーズもの「十字軍物語」を読み始めたこともあり、以前、途中で読むのをやめてしまった第11巻を再度読み始めた。前回読んだときは、ローマ全盛期のダイナミズムが失われ、あまりおもしろさを感じず、読み切ることができなかったが、今回は一気に読み込んだ。 というのも、ローマの「終わりの始まり」は、成長期を終え、成熟期に入った日本の状況に酷似している点があったからだ。拡大した領土(日本でいえば成長した経済)を維持する難しさ、実戦経験がなく現場をしらない統治者(特に2世、3世)、骨肉の争いなどなど。「成長、反映している時に、次の課題に向けた対策を考え、講ずるのが真の指導者」という言葉はローマだけでなく、今の日本の状態にも通ずるところがあるだろう。
0投稿日: 2011.09.03
powered by ブクログ文庫本が3巻出てたのですかさず読破。。 最初のページに国が衰退する際にはコインの 1.金含有量が減る 2.次に鋳造技術が劣化する らしい。。今の日本って1だよね。 財政赤字の拡大でお金の価値は相対的に へってんだから。
0投稿日: 2011.08.26
powered by ブクログ・副題「終わりの始まり」の通り、ローマに衰退の陰が忍び寄る様子が描かれている。 ・この間の最後、カラカラ大浴場の名でしか知らない皇帝カラカラは弟と不仲で、母親の面前で弟に斬りつけ殺害している。なんともはや、カラカラはダメな人だったんだね。 ・巻末の「魚は頭から腐る。ローマも…という」という言葉は、この後の鬱展開を予想させる。(日本も頭から腐ってるのかな。
0投稿日: 2011.07.16
powered by ブクログ13巻「最後の努力」を読んだ後、11巻の「終わりの始まり」に戻ってみた。 時代はまだローマ全盛期とされる五賢帝の時代。しかし塩野さんは五人目のマルクス・アウレリウスを「賢帝」とは評価していないようで、この前の時代にあたる「賢帝の世紀」とは別巻にしている。ただ3世紀から2世紀に戻ってくると、まだローマ社会にもローマ軍にも随所にローマらしさ、ローマらしい強さやしなやかさがちゃんと残っていることに気付く。 ゲルマン民族大移動の予兆ともいえる動きが始まり、東方ではパルティアが衰退していったこの時代、マルクス・アウレリウスは弱き心を叱咤しながらドナウ河畔で戦い、そして夜には一人自省する。現代で言えば、ブログやツイッターを書き連ねるようなものだろうか。良き心は充分に持っていたのだろうが、残念なことに武将としての資質には欠けていたようで、10年かけてもドナウ河戦線を収めることができなかった。そして何より、資質を冷静に推し量ることがないまま長男を後継者にし、死後10年の混乱の結果、軍人皇帝時代を導くことになった。それらがローマ帝国の「終わりの始まり」とされる所以だろうか。 中国では秦漢王朝の最後、後漢の滅亡期にあたる時代。ローマ帝国はまだ充分に力を保っていたが、セヴェルス帝期以降は随分と違った色合いになっていく。その責任を軍人皇帝たちに押し付けることは簡単だが、根底にはローマ本国人たちの気力の低下があったことは、塩野さんも本文中で指摘している。この先を読み進めていくのは、ちょっと気が重い。
0投稿日: 2010.11.06
powered by ブクログ気がついたらすっかりローマ贔屓になっていた身にとって、衰退していくローマは切ない。だが、衰退する芽のところからじっくりと書いてくれる本書は、ある意味とても「優しい」。 よかれと思って行うことが、結果的に致命傷になっていく姿、ほんの小さな安心がじわじわと健康体を腐食していく姿は、実に迫力があるし、痛々しいと言うよりも生々しい。これが「終わりの始まり」であるとしたら、日本などという国はとっくに終わりの終わりなんじゃないだろうか? 9巻までのかっこいい人たちに比べ、ここで描かれるリーダーたちは苦しそうだ。しかし、多かれ少なかれ人は逆境の中で努力するしかないわけで、そういう意味でとっても共感しながら読んでいた。 読み進むにつれて、もっともっと切なくなるんだろうな。 2007/9/7
0投稿日: 2010.09.05
powered by ブクログブログにレビューを書きました。 http://yo-shi.cocolog-nifty.com/honyomi/2003/03/11__210c.html
0投稿日: 2010.06.24
powered by ブクログ2010/06/02 5冊かかって滅びに向かうかと思うと読むのがつらくなってくる。対比に出てくるカエサルやアウグストゥスの時代の輝かしさは、筆者の愛の深さだろうが、カエサルのことばを読むだけで涙が出そうになる。
0投稿日: 2010.06.04
powered by ブクログこれから下り坂に入っていくローマ帝国。 五賢帝の時代にすでにその兆しがあったという解説は興味深かった。しかも他に有効な手がなかったしたら。しかも彼らにはそのこともわかっていたとしたら。 人を育てることの難しさを感じながら読み進めています。
0投稿日: 2010.01.21
powered by ブクログ帝国の終りに向かう様なんてどう考えても面白いはずがない。しかし、塩野さんは視点が違う。なぜ終わってしまったのかを冷徹に物語っていく。面白い。 間違った選択、その上塗りの間違った選択。そうして衰退に向かう理由が生まれ、それが重なって…という時代の流れを実に冷徹に描いていく。やはりこの人の文章はすごい力があると、物語として盛り上がらないところだけに強く感じた。
0投稿日: 2009.11.10
powered by ブクログ紀元161年、第16代皇帝マルクス・アウレリウスから、紀元211年、第20代皇帝セヴェルスまで。 「パンテオン・・・すべての神々に捧げられた神殿、優れた建造物は必ず、それを建てた人間の哲学を体現している。パンテオンでは、守ってくれる神々に囲まれて立つ、人間が主人公になる、多神教古代の精神を具象化したローマ帝国の哲学でもある」 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという格言があるが、両方ともが不可欠である」 「思考も筋肉と同じで、絶えざる鍛錬を必要とする、思考怠慢が続くとカンも鈍ってくる」 「一神教の神は人間に生きる道を指し示す神だが、ギリシャ人やローマ人の神々の役割はその人間の努力を援護するところにあると考えられていた」 「マルクス・アウレリウス 自省録・・・大王アレクサンドロスも彼の馬の世話をする馬丁も、死んだ後では同じように灰になった」 「コモドウス帝60年の平和・・・20年間の実戦体験が、戦争状態が終わった後からの60年もの間、抑止戦力として機能し続けた」 「人間とは、崇高な動機によって行動することもあれば、下劣な動機によって行動に駆られる生き物でもある」 「実力主義にはプラス面も多いが、人間社会の他のすべての事柄と同じでマイナス面もある。実力主義とは、結局実力でカタをつけるしかない解決法」 「善意が必ずしもよき結果につながらないという人間社会の真実。人類の歴史は、悪意とも思える冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機で始められたことによる失敗例で大方埋まっている」 「ユダヤ教徒もキリスト教徒も、布教する際、私の信ずる教えのほうがあなたの魂を安らかにするから改宗しなさい、と言うのではない。私の信ずる神のほうが正しいから、あなたの信じていた邪神は捨てよ、と求める」
0投稿日: 2008.11.22
powered by ブクログ家内はこの巻で挫折した。それまでは3分の1税を取り立てていたのだが。挫けそうなときには読んではいけない。
0投稿日: 2007.02.14
