
総合評価
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powered by ブクログ気になってた斎藤道三の歴史物語。 油売りという話はなんとなくは知ってたものの、そこに至るまで、さらに美濃に行く経緯と、一気に国主の執事に成り上がるまで。 なにこれおもろ。 第一部で500ページ越えだけど一気読みした。 188冊目読了。
0投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログ戦国時代の梟雄ともいうべき斎藤道三と弟子たる明智光秀と織田信長を描いた長編。前半は還俗して油屋の亭主となり実験を握り更には武士になるという成り上がりストーリー。 司馬遼太郎先生の作品は余談が多く多彩な史料を使用しているので真実味があるが、実は本書における斎藤道三は虚像。油商人から大名に一代でなったというところが嘘で実は親子二代の業績である事が定説化している。そこは時代小説という事で楽しむべきではある。
11投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本当に日本史習ってた?ってくらい歴史に疎いので、斎藤道三ね〜名前は聞いたことある〜くらいの知識で読み始めた。むしろ知識ゼロだからより楽しめてると思う。笑 言葉巧みに皆を魅了し欲しいものはすべて手にしてしまう姿が、武士らしくて魅力的と思いつつ怖いなと思った。それにしても深芳野...一体どうなっちゃうんでしょうか。あと岐阜が国としてこれだけ重要視されてた場所だということも知らなかったなぁ。 司馬遼太郎は読みやすくてイメージがしやすい。さすが歴史小説の大御所(というのも憚られるが)。所々で現れる、もはや司馬さんのコメントでしょこれ、という文章にニヤつきながら読み進めてる。 次巻も楽しみ〜。
2投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログ主人公は松波庄九郎、後の斎藤道三。この方について、私は知りません。 庄九郎、名前が変わります。 法蓮坊→松波庄九郎→奈良屋庄九郎→山崎屋庄九郎→(再び松波庄九郎)→西村勘九郎→長井新九郎 僧侶から油商人ついには武士へと、名前が変わるごとにキャリアアップしています。庄九郎の恐ろしいほどの執念が、野望の青写真をどんどん現実化。この執念、女性に対しても同様です。目をつけた女性は、必ず自分のものにする。これまで読んだ司馬遼太郎作品とは違い、色恋描写が多かったのでちょっとびっくり。肉食系男子の最たるものでした。当時の女性の立ち位置を考えると、悲しいものがあります。 庄九郎、怖いぐらいに弁が立ちます。よく言えば人の気持ちをつかむのが上手い。何事にも抜け目なく完璧かと思いきや・・・・ 土岐頼芸の妾であった深芳野のお腹の子が、自分の子であると勘違い?!(いや、腹にいちもつある庄九郎、知らないはずはない) 司馬遼太郎さんの語り口に引き込まれて、あっという間に読み終わりました。
14投稿日: 2025.08.17
powered by ブクログ『国盗り物語』(司馬遼太郎) 1. この本を一言で表すと? 常識と権威を破壊し、自らの才覚と情熱だけを武器に時代を切り拓く「変革者の生き方」を学ぶための物語。 2. この本から得られる3つの核心的学び 学び①:過去の成功体験は、未来の足枷になる 本書で引用される「負けた戦法をくりかえす軍人」のように、人間や組織は一度成功した方法に固執しがちです。しかし、時代や環境は常に変化しています。過去のやり方が通用しなくなったとき、それに固執するのは敗北への道です。真の勝者とは、プライドや前例を捨て、大胆にやり方を変える「戦術転換」を断行できる者です。 学び②:常識を疑い、本質だけを追求する 油売りから一国の主となった斎藤道三の生き方は、生まれや身分といった当時の「常識」をものともしない、徹底した合理主義に貫かれています。目標達成のために本当に必要なことは何かをゼロベースで考え、無駄や建前を排除して最短距離で突き進む。この「下克上」の発想こそが、大きなことを成し遂げる原動力となります。 学び③:「激しく生きる」という覚悟が、人生の価値を決める 「生のあるかぎり激しく生きる者のみが、この世を生きた、といえる」。これは、ただ長生きすることや安定を求めるのではなく、自らの目的のために人生を燃焼させることの価値を説いています。何となく日々を過ごすのではなく、自分が何を成し遂げたいのかを常に問い、その実現に全力を注ぐ情熱的な生き方こそが、真に「生きた」と実感できる人生につながります。 3. 明日から実践するアクションプラン [具体的な行動1] 週に一度、自分の「当たり前」を疑う 普段の仕事や習慣について、「なぜこのやり方をしているんだっけ?」と問い直す時間を5分設ける。もしその前提が崩れたら、どんな新しい方法が可能になるか思考実験してみる。 [具体的な行動2] 会議や議論で「そもそも論」を投げかける 目的が見えにくい議論に陥ったとき、「そもそも、私たちが達成したいことは何でしたっけ?」と本質に立ち返る問いを投げかける。既存のルールや手順ではなく、目的達成への最短ルートを考える癖をつける。 [具体的な行動3] 半年に一度、自分の「情熱」を棚卸しする 「この半年、自分は“激しく”生きてきたか?」と自問する。もし答えがNoなら、何に情熱を注ぎたいのか、そのために明日から何を変えるべきかを考え、小さな行動計画を立てる。 4. 心に残った名言・フレーズ 歴史は、軍人どもが戦術を転換したがらないことを示している。(中略)と同時に、歴史は、戦術転換を断行した軍人が必ず勝つことを示している。 生のあるかぎり激しく生きる者のみが、この世を生きた、といえる者であろう。 5. この本は誰におすすめ? 現状維持の風潮が強い組織で、変革を起こしたいと考えているリーダーやビジネスパーソン キャリアや人生に停滞感を感じ、新しい一歩を踏み出す情熱と勇気が欲しい人 既成概念にとらわれず、ゼロから新しい価値を創造したい起業家やクリエイター
1投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログ戦国時代の初頭、織田信長が世に出る直前の時代。 後に斎藤道三として歴史に名を残す庄九郎が、持ち前の頭脳を活かしながら国主を目指してのし上がっていく物語、その前半。 人心や時世を読み、巧妙に欲しいものを手に入れていくその様には底知れぬ狡猾さを感じました。ページ数も500ページ以上でしたが、テンポ良くのし上がっていくこともあり、すんなり読み進められました。著者の作風も相まってか、女性とのあれこれは多めでしたが…。
12投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログ自らの長所を把握し、最大限活用する。 自分の得意なシチュエーション・シナリオに相手を持ち込むこと。 庄九郎の心掛けたところではないか
4投稿日: 2025.01.20
powered by ブクログダークヒーローのピカレスクロマンのようであり、チートキャラのなろう系のようでもあり、島耕作的な出世と女の物語のようでもあり。 そして司馬先生この頃絶好調だったんじゃないかと思わせる筆の乗り方。最高のエンタメ小説! 個人的には島耕作要素はもうちょっと少なめでいいけど、二巻でもまだ続くんだろうな…
3投稿日: 2024.07.18
powered by ブクログ半分くらい恋愛/官能小説の感がなくもないが、斎藤道三(庄九郎)の人間味が面白く、一気に読めた。戦国作品はほぼ触れてこなかったが、特に理解が難しいところもなく、初めてでも楽しく読むことが出来た。
1投稿日: 2023.11.15
powered by ブクログ歴史小説家の今村翔吾氏がお薦めする一冊、さっそく購入。 まぁなんと言っても主役の庄九郎こと斎藤道三の魅了的なキャラ。 狙い定めたものを確実に手に入れるという、いわば策士ぶりはスゴいを通り越して極めて気持ちいい。 頭は良いわ、武芸に通じるわ、女を口説けば必ず落とすわで、あっぱれとしか言いようがない。 主君の土岐頼芸も頼りないキャラで、より一層庄九郎の豪傑さを浮かび上がらせているなぁ、と前編を読了。
22投稿日: 2023.10.30
powered by ブクログ戦国時代は、実力本位の時代というイメージがあるが、実際には、家柄、官位が重んじられ、だから信長は異端だったという事なのだろう。斎藤道三が、美濃を手中に収める過程で当地の名家を継ぐ形で改名を繰り返す様は、現代の感覚では理解し難いが、歌舞伎役者や落語家が名跡を継ぐようなものか?
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ緻密な計画に大胆な野望。本巻は、牢人であった松波庄九郎(後の斎藤道三)が様々な手法を用いて次々に身分を乗っ取っていく様を、スピード感ある文章で描き出している。如何なる人物を相手にしても物怖じせず相手の心を掴んでいく過程は、世渡りの上手さを物語っているなと思った。根拠のない自信は何処から湧いてくるのか。庄九郎という人物の人生観に強く興味をそそられた。司馬遼太郎の小説は幕末だけでなく戦国時代も面白い。ここから更にどのような道を辿ってのし上がっていくのかが気になり、次巻も期待の気持ちがいっぱいである。
2投稿日: 2023.08.23
powered by ブクログ斎藤道三のまだ牢人の頃の話が好きです。 特にお万阿とのやり取りが面白くて好きです。 また、登場人物の心中を表現するのに、(あっ)を使っているシーンが多々出てきて大好きです。 普通の人?が使ったらただの語彙量ない文章になるのに、司馬遼太郎だからこそ面白く深みのある(あっ)になるんだと思いました。
0投稿日: 2023.05.26
powered by ブクログ斎藤道三という名前は聞き覚えがあったが、具体的な人物像は知らないままであった。 アニメ、ラノベが流行り始めた辺りから日本史の戦国時代を対象としたものが広がり始め、ゲームとしても確立されているため、人物としての名前は知っていてもふんわりとしたものしから知らなかった。 司馬遼太郎の作品は人、それを取り巻く時代の流れを丁寧な描きと共に読むことができるため、物語として純粋に楽しむだけでなく勉強としても読むことができるのではないか。 (実際学生時代『項羽と劉邦』を課題図書として読んだ、、、)
5投稿日: 2023.03.07
powered by ブクログ司馬遼太郎生誕100周年です。 悪人と負け戦の話が好き。 斎藤道三といえば岐阜の人、と思ってましたが京都の僧だったなんて知らなかった。失うものも復讐する相手もいないので何も失敗にはならないし、からっとして明るい。 北条早雲は真面目なせいか、あんまり続きを読む気がせず放置しているのに。 そして岐阜について全然知らなかった。 地理的にかなり重要な地点なんですね。 知ってる地名や苗字が大量にでてきて面白い。 学があるので理屈をこねて正当化しても、自分の利益のために周りを巻き込んで迷惑かけまくっているので悪いやつとは言えるけれど。 江戸時代の岐阜の大名の名前を知らないって今思うと不思議なんだけど、幕府の直轄領もあったんですね。知らんかった。
0投稿日: 2023.02.12
powered by ブクログ道三編の前半。奈良屋乗っ取りから美濃への進出まで、フィクションを交えながら面白く描かれていて、一気に読んでしまいました。
0投稿日: 2022.10.16
powered by ブクログ戦国の世、牢人から国主へと成り上がっていく松波庄九郎(斎藤道三)と、その娘婿である織田信長の生き様を描いた歴史小説。 言わずとしれた歴史小説の大家司馬遼太郎ですが、読むのはこれが始めて。 第一巻は松波庄九郎(斎藤道三)編の前半ということで、金も権力もない牢人時代から始まって京の油商人となり、美濃攻略への足がかりを築き上げ……、と庄九郎が徐々に成り上がっていく過程が描かれています。 庄九郎の傲慢ともいえる自信と野心、そして一国の国主になる機会を虎視眈々と伺う様はまさに「蝮の道三」。 それでいて、人心掌握術に優れ、他者を屈服させる気迫を兼ね備えた庄九郎は、周囲の人を惹きつける不思議な魅力があり、梟雄斎藤道三とはまた違った面を見せてくれます。 ……ただ、悲しいことに、この作品自体がどうしても自分に合わなかった。 一番が文体で、地の文でしばしば作者自身が登場して論考を述べていくスタイルゆえに、作者登場の度に現実に引き戻されて小説の世界に浸れず……、残念。
0投稿日: 2022.06.14
powered by ブクログ最初の主人公は斎藤道三。 人の裏の裏をかくといった道三の才能ぶりとともに、時として強引なやり方が後の道三の人生に影響を与えるであろうと示唆するさまが描かれている。そうした司馬の描写は見事である。 所々に解説を加えている司馬らしさも健在。
0投稿日: 2022.03.05
powered by ブクログ数多の権謀術数で、戦国の世でのし上がっていく【斎藤道三】の物語の前編。日蓮宗の坊主の野望、京の油商人、美濃の国盗りへと、人も舞台も目まぐるしい展開で語られる、大人向けの痛快歴史小説。
2投稿日: 2021.12.22
powered by ブクログ斎藤動三編(第一巻、二巻)の方が、道三の自由奔放な活躍が描かれていて面白かった。 また、司馬遼太郎の仏教宗派に対する解釈にはなるほどと思った。 織田信長編(第三巻、四巻)は、信長と明智光秀の二人が主人公であるが、話が進むにつれ光秀への同情が強くなった。信長の冷淡な性格には、大河ドラマ「巧妙が辻」の信長役である舘ひろしがほんとによく似合っている感じだ。(2006.7.18HPの日記より) ※2006.6.4購入 2006.6.5読書開始 売却済み、kindleで購入
1投稿日: 2021.08.24
powered by ブクログ久しぶりに読んだ司馬遼太郎氏の長編小説。やっぱり面白かった。 本書は大ざっぱに前半と後半に分かれており、前半は美濃の斎藤道三の生涯を、後半は織田信長の生涯を追っている。どちらもなかなか興味深かった。 斎藤道三については本書を読むまでは詳しく知らなかったのだが、身分が無い生まれだったために、京都の老舗の油屋の寡婦の婿になることにより財力を得、美濃地方を治めていくストーリー。槍の技術だけでなく芸術に長けて、性格的にも人望が厚く、最後は城まで作った。ただ、彼が治めることが出来たのは美濃だけだった。 道三は娘の濃姫を当時尾張の若殿だった織田信長に嫁がせた。つまり道三は信長にとって義理の父である。道三は明智光秀と織田信長に能力を認め、可愛がった。 第3巻と第4巻は、織田信長の話と言っても、実際にはほとんど明智光秀の話になる。よく知られるように、この二人は切っても切れない縁で繋がっている。役職上は上司と部下であるが、どのようにして光秀が謀反を企てるようになったのか、その過程がとても丁寧にかかれている。ただ天下を取りたかった信長に対して、光秀が欲しかったものは何だったのか。そして本能寺の変を起こした後の光秀の絶望とは。台頭してくる秀吉や家康もよく物語に出てくる。 毎回感心するが、よく調べて書かれているな、ということ。言うまでもないが、司馬遼太郎氏はこういった完成度の高い作品を何十と残しているのがすごい。本著作は室町時代の足利将軍が力を失っていった状況や、皇族を利用しようとした信長の賢さや、当時の中部地方の状況がよくわかり、興味深かった。光秀は真面目で、秀吉のようにうまく立ち回ることが出来ないが、個人的には憎めない人物である。 司馬遼太郎氏の大作はいくつも読んだが、読みつくすことはできない。次は何を読もうか。
0投稿日: 2021.08.17
powered by ブクログ1巻、2巻は斎藤道三の物語。寺を飛び出した一人の男が、やがて京都の油商となり店を乗っ取り、美濃に進出してとうとう守護職を追い出して自分が国王になってしまう。まさに戦国時代の英雄物語である。道三の活躍する数々の戦のストーリーもすごいが、女性を次々と我が物にしていく展開もすさまじい。しかし、2巻の最後、道三編のラストでの、彼に人生を変えられた女性たちとのシーンはしみじみとしていて、それまでの道三のイケイケ物語から急にトーンが変わる。ここに道三の老いの悲しみが見事に表現されている。 司馬遼太郎の戦国物は、史実を細かく追わずに、ストーリー中心にグイグイ引っ張っていくところが魅力的だ。
1投稿日: 2021.01.26
powered by ブクログ後半出てくる明智光秀目当てに読み始めたので斎藤道三には期待していなかったけどおもしろい。読みやすい。
0投稿日: 2020.12.29
powered by ブクログ全巻読了後の感想。 素晴らしすぎる。 人間がありありと描かれている。 日本史がこんなに面白かったことに胸熱。 今まで何にもしらないで「本能寺の変」など、単語だけ覚えていたことが恥ずかしい。 というか、もったいなかった。 30過ぎて善悪の概念すら覆されるとは。 司馬遼太郎さん、ありがとうございました。 圧巻でした。
1投稿日: 2020.12.15
powered by ブクログ司馬遼太郎歴史小説の1つ 斎藤道三前編 斎藤道三の、能力抜群だが格が低いということであれやこれやと芸をこなして成り上がる姿がかっこいい。悪者として言われているが緻密な作戦、時には大胆な行動を起こすことで為すべき時に為して成り上がれるのは見習うものだと思える。 欲しいと思ったときに我慢強くするところは我慢し、手に入れられると思ったら迅速に動ける人間になりたいと感服した。 今作は斎藤道三が牢人から始まり、商人、武士、守護大名へと肩書を変えていく。人生がたくさんあるようでうらやましくも思えるが、やはり野望を抱き、行動を起こすことが自分の人生で大事なものだと感じさせられた1作でした。
0投稿日: 2020.11.22
powered by ブクログ松浪庄九郎の成り上がり劇!油商人から美濃一国を 治めていく手腕が痛快。結構色めいたシーンがあり、それも含めて楽しめました。
1投稿日: 2020.08.31
powered by ブクログこれほどまで感情移入してしまうとは。 庄九郎がとてと魅力的、とくにお万阿とのやりとりがおもしろかった。 とてもフィクションとは思えない、司馬遼太郎の人物像の作り方に脱帽です。
0投稿日: 2020.08.28
powered by ブクログ司馬遼太郎が描く戦国の世と私が価値観を同じくしているとは、決して言えないが、面白い。ひとまとめに言うと、仏教の教理を言い散らして、スムーズな対話が交わされるなどというのが私には疑問で、僧侶ならともかく、庶民がそういう会話に進んで加わったという設定は不自然に感じた。また、当時の武士として当然であろうが、一夫多妻の実際の状況はあまり好感が持てるものではない。しかし、決闘や合戦や主従のやり取りは、私が堅物なためか、血が騒ぐように爽快な気持ちだった。読む中で、斎藤道三と自分を比べてしまうが、そもそもからして、筋骨隆々たる道三には体は及ぶべくもなく、強烈な自信もない。この頃思うのが風狂と言われた芭蕉に影響を強く受けて、遊びは存分にしているなあということだ。道三のように破竹の勢いで突進していく人生には重ならないだろう。
0投稿日: 2020.08.21
powered by ブクログめちゃくちゃ面白い エンタメとしての面白さもあり、歴史が学べ、人生観も身につく どこが司馬遼太郎の作った虚構か、歴史的事実かわからない それをまた調べるために、司馬遼太郎と歴史の沼にはまっていく
0投稿日: 2020.07.22
powered by ブクログ難しそうだからと敬遠してたけど、真逆だった! めちゃくちゃ分かりやすくて面白い! まぁ、ほぼフィクションなんだろうけど、 司馬遼太郎の手に掛かると斎藤道三がこんなにも魅力的なキャラになるとは。 続きが楽しみ♪
0投稿日: 2020.07.10
powered by ブクログ日本史、特に戦国時代の歴史にとても疎かったため、少しでも知りたいと思い読み始めた本。 この時代の歴史に興味を持ったキッカケは、大河ドラマ「麒麟が来る」でした… 「麒麟が来る」は明智光秀が主人公のため、ドラマが始まった時点での斎藤道三は既に成り上がった後でした。油売りの成り上がり、斎藤道三がどのように美濃の国盗りに至ったのか、その過程の前半の物語。 歴史というものは、人によっても書物によってもいろいろな解釈があると思います。多少の脚色、そして事実との相違もあるのでしょうが、わたしのような歴史に疎い人間にとっては、そんな細かな部分はどうでもよく、楽しく歴史を学べて、そしてもっと先や奥を知りたくなる、入門としてはもってこいの物語だと思いました。 早速、第二巻を読みたいと思います。
1投稿日: 2020.06.01
powered by ブクログ何という面白い小説か。史料に縛られていない、会話が中心のテンポのよい、闊達な人物描写が魅力の一編。活き活きと歴史上の人物が躍動する、こういう司馬さんの作品もまた司馬文学の魅力だなぁ。
1投稿日: 2020.05.21
powered by ブクログ大河ドラマの影響で学生時代以来の再読。 当時も面白く読んだ記憶があるが、再読してもやはり面白い。第一巻は庄九郎の成り上がりっぷりが痛快。
1投稿日: 2020.05.17
powered by ブクログ司馬遼太郎作品の中では、登場人物に感情移入しやすかった作品。道三が人間としてとても魅力的に描かれている。 信長編は信長というよりほぼ光秀が主人公として物語の軸になっているけれど、最初から最後まで光秀は可哀想な人、という印象。
0投稿日: 2020.05.16
powered by ブクログ久しぶりの歴史小説でしたが、面白く、且つ解りやすい描写で大変読みやすく、勉強にもなりました。 大河ドラマ、麒麟がくるで斎藤道三が好きになり、手に取りましたが、読んで良かったです。 実際の資料なんかがチラと掲載されていて、感動しました。 道三こと庄九郎は、かなりの策士家であり、ドラマでの 上に立つ者は正直でなければならぬ という言葉が印象的でしたが、とても正直では成り上がれないなということも教わりました。 でも、目標に対しては凄く忠実な人物でもあり、今この現代もある意味乱世のようなものなので、生きていく知恵として拝借したいなと思いました。 二巻に進みます。
0投稿日: 2020.05.14
powered by ブクログ「歴史」小説ではなく歴史「小説」として屈指の出来。美濃一国を奪い取るマムシこと斎藤道三を描いたピカレスク小説の傑作の前編。 大河ドラマ「麒麟がくる」をきっかけに約20年ぶりに再読。司馬遼太郎の作品の中でも人気の高い方だろう。昔読んだ時はのちの斎藤道三、松波庄九郎があまりにハイスペックでスーパーマン的存在、現実味がなく感情移入できなかった。今回あらためて読んで評価は一変した。 歴史として読むのではなく司馬遼太郎という作家が歴史を題材に創作した人物と割り切ればこれほど痛快、魅力的な人物はいない。 鮮やかな手並み手並みで還俗した法蓮坊は松波庄九郎と名乗り、京の豪商油屋の奈良屋を乗っ取り、やがて美濃一国を国盗りの拠点と定め動き出す。 上巻は美濃国主土岐頼芸の腹心として美濃一国を奪うところまで。下巻、その後織田信長編の上下巻の4巻構成。
0投稿日: 2020.04.23
powered by ブクログ戦国時代に油商人から大名にのし上がった斎藤道三が主人公。第1巻では、美濃に足掛かりを構築するまでの過程が、面白おかしく描かれている。一代で戦国大名の地位を築いたその人間力と行動力には驚かされる。なぜ、今までこの本を手に取らなかったのか不思議でならない。大河ドラマ「麒麟がくる」を見始めたのが、斎藤道三を根本から知ろうと思ったきっかけで、NHKには感謝したい。大河ドラマの主人公の明智光秀はまだ登場していないが、どのように描かれるかは今から楽しみ。やはり司馬遼太郎の本は面白い。新型コロナウイルスの感染拡大で、在宅勤務となって2カ月近くが経過したが、読書のペースが急減速したことは想定外だった。
0投稿日: 2020.04.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三始まりのお話。 初歴史小説。 歴史好き初心者の私には読みやすくドンドン読めた。 けど、後に斎藤道三は2代に渡ってると知って複雑な心境… この小説のように斎藤道三1代説が本当の方が夢がありますよね。
0投稿日: 2020.03.20
powered by ブクログ【いちぶん】 落ちついている。 声が、である。 その乞食は、御所の紫宸殿のやぶれ築地に腰をおろし、あごを永正十四年六月二十日の星空にむけながら、夜の涼をとっていた。 (p.9)
0投稿日: 2020.02.18
powered by ブクログ若い頃の斎藤道三が主人公。浪人だった斎藤道三が、まずは商人の後家に取り入ってその家を半ば乗っ取り、それからさらに美濃国の守護にまで食い込んでゆくあたりが描かれる。どうしても戦国時代の華やかなころに興味が行きがちなので、それより一つ前の時代の斎藤道三にはあまり馴染みがなかったが、実は非常に魅力的な面白い人物であることが、これを読んでわかってきた。真面目な歴史物語でも無く、娯楽ばかりの時代小説でも無く、その間のような感じの物語。
0投稿日: 2020.02.02
powered by ブクログ大河ドラマの予習がてらに再読開始、★評価は読了後に。 まぁ何と言うか女性の描き方がまるでダメな感じがしますなぁ、この作家は。ご本人は性の原始性を描きたい意図があるのか定かでござらんが、若干興ざめ感があるんですよね、率直に言って。 本作の軸の一つに女性が据えられているように見受けられるが故に、余計に目立つかなと。この直前に当方が読んだのが『女坂』だったのも不幸なのかも。
1投稿日: 2020.01.03
powered by ブクログ人としての倫理は崩壊しているものの、その魅力と説得力でお万阿を説き伏せる姿がすごい。化け物じみているが一方で人間臭い庄九郎が好きになってしまった。
1投稿日: 2019.09.20
powered by ブクログ斎藤道三さんの成りあがりっぷりを描いた歴史小説。 道三さんの冷静さと行動力、そして何よりも知識の豊富さが単なる成りあがりじゃないんだな~と思いました。 人間ってものをキレイごとじゃなくリアルで知っていて、相手を内心バカにしながらも自分の糧として自分の心を抑えて相手の懐に入る潔さがスゴイな。
3投稿日: 2019.06.05
powered by ブクログ【感想】 織田信長や豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信と、色んな偉大な歴史人物に溢れるこの戦国時代にて、「美濃の蝮」と称される斉藤道三にスポットが当てられた物語。 豊臣秀吉ほどじゃないにしても、牢人という立場から一国一城の主までのし上がったこの人物は本当にバイタリティと計画性に富んだ人物なのだなと読んでいて思った。 「国主になりたい」という思いを元に一歩ずつのし上がり、智恵と策略を持って名前の変化と共に自身もステップアップしていく様は、読んでいて本当に面白く、胸のすく思いがする。 スペックの高さもあるんだろうが、「人事を尽くして天命を待つ」この姿勢は、本当に見習わなくてはいけない。 2巻で斉藤道三編も終わりか・・・寂しいな。 【あらすじ】 世は戦国の初頭。 松波庄九郎は妙覚寺で「智恵第一の法蓮房」と呼ばれたが、発心して還俗した。 京の油商奈良屋の莫大な身代を乗っ取り、精力的かつ緻密な踏査によって、美濃ノ国を“国盗り”の拠点と定めた! 戦国の革命児斎藤道三が、一介の牢人から美濃国守土岐頼芸の腹心として寵遇されるまでの若き日の策謀と活躍を、独自の史観と人間洞察によって描いた壮大な歴史物語の緒編。 【引用】 「国主になりたいものだ。」と乞食はつぶやいた。 松波庄九郎。 智恵第一の庄九郎と呼ばれ、後に戦国諸大名を震えあがらせた斎藤道三の若い頃である。 p26 (いっぺんに天下は取れぬ。千里の道も一歩からだという。まず奈良屋の巨富を狙うことだ。) 庄九郎は文学をきわめ、兵書に通じ、武芸は神妙に達し、舞・音楽をやらせれば公家も及ばない。 これほどの才気体力があるにせよ、まずは神妙にしていた。 p55 「俺には志がある。余計な女は抱かぬ。抱けと言われても抱かぬ。そこもと、思い上がって侮蔑したゆえ、打擲を加えた。」 たった一度、女の秘所に触れただけで、これだけの徒労をした。 女とは、男にとってどういう存在なのだろう。 (女は魔道じゃな。) が、10歩も歩かぬうちに、庄九郎は小宰相のことは忘れてしまった。 p95 百もお万阿の思案を見抜いている。 「狐であろう」といったのは、庄九郎の軍略である。 そう決めつければ、身代大事のお万阿は「奈良屋の後家」という束縛から解放される。 (後腐れない淫楽ができると思い、裸か身になってわがひざに折崩れるであろう。) p163 「さてさて商いとは不自由なものよ。」 やはり武将になることだ。 一国一天下をとって、社寺からかような愚権を奪い、楽市楽座をしてしまわねば世が繁盛せぬ。 p180 「真の英雄」である斎藤道三は、エジプトの穴掘りどもには及ばずとも、日本人としては珍しく「計画」があった。 奈良屋の養子からたくみにすりかわって「山崎屋庄九郎」になりすましてしまったことは、重大なことである。 店もそのまま。 商売道具もそのまま。 手代、売り子もそのまま。 屋号だけが奈良屋でなくなり、山崎屋になってしまった。 p194 日本史上、足利幕府ほど愚劣、悪徳な政府はないであろう。 庄九郎のような京の町人にとっては、これほど有害な存在はない。 「わしは、国を盗りにゆく。」 「一国を奪ってその兵力を用い、四隣を併合しつつ、やがては百万の軍勢を整えて京へ押し登り、将軍を追って天下を樹立する。」 p198 庄九郎は策略の多い人間だが、その都度その都度、心に濃烈な真実を込めていた。 ただ、濃烈な真実は、次の瞬間には色が変ずるという虚しさも知っている。 p233 まだ来ぬ、というのは、美濃の実力者長井利隆からの使いがである。 来ぬとあれば、長井が庄九郎をよほど警戒したか、それともこの国の貴族社会に紹介するに足りぬ人物とみたか、どちらかである。 (待つことさ。) 庄九郎の処世観では、世の中は「やる」と「待つ」の二つしかない。 待つということも重要な行動なのである。
13投稿日: 2018.12.25
powered by ブクログ人生、自分の才能を発見するほどの愉悦はない。(稲葉山城設計) 名前といえば信長は自分の子供の名もこの男らしい傾斜を帯びたものをつけた。 長男信忠は「奇妙」といい、三男信孝は「三七」といい、九男の信貞にいたっては、人、という名だった
1投稿日: 2018.12.09
powered by ブクログ坊主上がりの松波庄九郎が、京の油売りの豪商奈良屋の御料人お万阿をたぶらかして、婿に収まる。更には、奈良屋を廃業に追い込み、場所と手代は全く変わらずして、体よく山崎屋として再興し完全なる乗っ取りを遂げる。
1投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三という人はもちろん名前は知っていましたが 何をしたかとかどんな人だったかなどは全く知りませんでした。 しかし、物語の最初からお万亜を手に入れるための駆け引きで 非常に魅力ある人物として描かれており、交渉術の指南書としても 非常に参考になるのではと感じました。 そして美濃の国でも自身の仕える主君の妾を手に入れたり クーデターを起こしたりといったところの計画性について ただただ感心するばかりでした。 次巻以降で自身が一国の大名になるまでが 描かれていくのだと思いますがとても楽しみです。
0投稿日: 2018.07.20
powered by ブクログ「国盗り物語 (1)」(司馬遼太郎)を読んだ。思えば、『大きな志(夢)を抱いてそれに向かって努力しなきゃ』的な説教臭さに反発して「偉人伝」とか読まない子供だったし、そのまま歳とって、やっぱりそういう小説をあまり読んでこなかったな。 しかしまあ、「斎藤道三」、とんでもないやつだな。
0投稿日: 2018.07.06
powered by ブクログ禅僧より還俗し、油商から美濃の領主に登り詰めた梟雄・斎藤道三。松波庄九郎と呼ばれた若き日を描いた第一巻。 史実に基づいているかは置いといて娯楽小説として抜群の面白さ。庄九郎という規格外な男の立身出世が存分に描かれている。 切れ味鋭い頭脳と自らの才覚を全く疑わない自尊心。そして好機を逃さない実行力。人を道具として利用しながらも風流を愛する文化人。女たちは戸惑い恐れるが次第にその魅力に溺れていく。 間違いなく悪人、しかし小悪党ではなく途方も無いほどの唯一無二の大悪党。 神仏すらも家来と考える高慢な姿は危うさと清々しさが同居する不思議なオーラに溢れている。
1投稿日: 2018.02.11
powered by ブクログ斎藤道三のことは殆ど知らなかったので、非常に楽しんで読める。(小学生の頃、横山光輝の「片目猿」は読んだことがあったけど。) まだ、1/4しか読んでないけど、絶対お勧め。 やることなすこと全て当たるのは、周到な計算があってこそ?
1投稿日: 2018.01.27
powered by ブクログ司馬遼太郎原作、さらには大河ドラマにもなったことがあります。 前半は斎藤道三が主人公であり、後半に信長が登場する構成。当初は信長まで描く予定はなかったそうで、好評だったからでしょう。 それだけに、斎藤道三がめちゃくちゃ魅力的に描かれています! 貧しい油売りから立身出世。美濃国の国盗りへと乗り出します。女性にはモテるわ、成りあがるための策は当たるわ。とにかく痺れます。ちょっと後半の信長が霞むくらいでした。 そして、道三、信長、さらには明智光秀、この三者の物語でもあるんですね。道三は、信長と光秀に戦国で生き抜く術を教えました。 さらに信長の妻である濃姫は、道三と小見の方の娘。小見の方の甥である光秀と、濃姫は血縁関係にあります。 道三の意志を受け継ぐ信長と光秀、この2人の対決だったというわけです。
0投稿日: 2018.01.11
powered by ブクログ斎藤道三、織田信長、明智光秀の物語。信長はむしろ脇役で、天下を取れなかった道三と光秀が中心。司馬遼太郎の作品によくある敗者に対する思いやり溢れる作品。相変わらず読み始めると止まらない。道三と信長と光秀がこのように関わっているということを初めて知ったし、今まで大河ドラマで何度も取り上げられている人物達なのに、イメージが全く変わった。特に光秀については、ここまで有能でここまで信長に嫉妬していたとは知らなかった。まあ、あくまで司馬視点なので真実かどうかは分からないが、人間ドラマとしては明らかにこの作品の方が、今までの大河よりも深い。読んで損はない一冊。
0投稿日: 2017.12.28
powered by ブクログ蝮の道三こと、斎藤道三の物語。司馬遼太郎らしい書きぶりで、豪傑・天才・達人・人たらしぶりが描かれていて、読んでいてワクワクする。司馬本は読んでいて本当に楽しいし、圧倒的な取材に基づいて書かれているので真実味を帯びているが、あくまでもフィクションとして読まないと人物像を見誤ることがある。
0投稿日: 2017.12.02
powered by ブクログ2017.9.23読了。 戦国時代を知りたくて読み始めた本。堅苦しくなくサラッと読み終えることができた。 道三といえば「織田信長の前の人」くらいしか認識していなかったけれど、この人も波乱万丈な人生だったよう。 今後どのようにして後の人達と繋がっていくのかが楽しみ。
0投稿日: 2017.09.28
powered by ブクログ久しぶりの司馬さん。 戦国時代の復習開始。 道三。自信が凄い。やる事なす事全てうまくいってますが、後半はどうなることやら、、、。
0投稿日: 2017.08.17
powered by ブクログ久しぶりに再読。戦国時代は好きなので。道三も信長も、新しい時代を築くのにはパワーと悪名を恐れない強さと先例に縛られない柔軟さが必要です。藤孝の優雅な世渡りがさりげなく怖い。藤孝の小説を読んでみたい。
0投稿日: 2017.06.22
powered by ブクログ幕末に少し飽きたので戦国時代へ。 織田信長を読もうと思ったのが、ちょっと前から読んだ方が 理解できるかなと…この本に行き着いた。 斎藤道三の話ですが…こりゃー面白い。 楽市楽座って信長が初めて行ったと思っていたが違った。
3投稿日: 2017.06.12
powered by ブクログいつか見た歴史のバラエティ番組で、日本史の悪人ベスト10みたいなものをやっていた。 斎藤道山は、悪名高い道鏡とか、松永久秀とかと共に、ランク入りしていた気がする。 これは、そんな斎藤道三という男が、悪の限りを尽くして出世していくお話。 日本史よりも中国史に興味があるせいか、司馬遼太郎先生の作品は、「項羽と劉邦」くらいしか読んだことがなかった。 なので日本史を描く先生の筆致に触れるのは人生で初めて。 第1巻は、若かりし頃の道三。 着実に出世していく。 率直にいうと、僕は道三のように、どんな手段を使っても目的を遂げる、というような人物はあまり好きではないです。 でも、あまりにうまくことが進んでいくために、読んでいて気持ちが良かった。 作中で道三にたぶらかされる多くの人物と同じように、マムシの手にかかってしまったようです。 悪人(あえて言い切ってしまいますが)でも、目的のために揺らぐことなく一貫していれば、かっこいいもんだと思った。
0投稿日: 2017.03.22
powered by ブクログ以前にこの「国盗り物語」、三、四巻は読みました。 斎藤道三を知らなくて、でも織田信長のことはもちろん知っていたので、じゃあそっちだけ読も、と思って。 今回司馬遼太郎さんの本を何か読みたくなって、一巻から購入。 実は司馬さんの本は「燃えよ剣」も持ってるんだけど、なぜか全然進まない。新選組好きなのに、進まない。 だけど国盗り物語はスラスラ読めました。 なんでだろ? どんどん出世していって、すごいなあと思うけど、お万阿とか深芳野の立場だったら嫌だなあ。 まあ、これって今の感覚なんだろうけどね……。
0投稿日: 2017.03.05
powered by ブクログ斎藤道三~織田信長を描いた歴史小説4巻中の1巻。道三の若き日が描かれている。 考え抜けば明日はわかるなど、緻密な戦略に基づき国盗りを目指す姿は現代社会においても大変参考になる考え方である。このあと如何に国盗りを実現するか、その後の展開が気になる。 坂の上の雲に続き司馬作品を読んだが、こちらは坂の上の雲に比べてポップな展開で気軽に読める内容。
0投稿日: 2016.11.22
powered by ブクログ一国を盗るとはこんなに簡単なのか・・・ほとんど計算通りいく、こんなにうまくいくものなのか 後半が楽しみ
0投稿日: 2016.05.29
powered by ブクログ斎藤道三〈前編〉読了。 まさに戦国ドリーム。面白いです。 庄九郎(道三)の狙い通りに事が進みすぎる感がありますが、その展開にグイグイ引っ張られるように読み進みました。 女性の扱いがアレなのは、司馬作品では割とお馴染みなので、気にしないようにしてます(苦笑)。 さ、次巻へ。
2投稿日: 2016.05.16
powered by ブクログ20160430 読むのに時間がかかる(笑)でも面白い‼︎2人の女性がとても繊細にかつ魅力的に書かれてるのが印象的!
0投稿日: 2016.05.01
powered by ブクログ斉藤道三について 僧から商人を経て武将ってすごいなと思いながら。 実際には商人やってたのはお父さんだというのも別の本で読んだけど。 まぁ、この本はドラマチックだ。
0投稿日: 2016.04.02
powered by ブクログ全4巻の第1巻 司馬遼太郎の小説は20年位前に卒業したと思っていたが、没後20年を機に、これまでに読んでいなかった小説を読み始めた。 復帰第1弾は「酔って候」、この本が第2弾。 改めて司馬遼太郎の小説を読むと、説明が多いし、作者が直ぐに顔を出したり、難しい言葉が思いのほか多く散りばめられているのだが、リズムがよく、何故か小説のの中に引き込まれてしまう。これは、何なんだろう? 「楽市・楽座」という言葉は中学頃?に教科書に出てきたが、言葉としての記憶だけで、それがどういうものかは、理解できていなかった。 「松波庄九郎」から京の油屋の婿になり「奈良屋庄九郎」、そして油の営業権の許諾を握っている大山崎八幡宮の神人に奈良屋が打ち壊され、それがきっかけで「山崎屋庄九郎」と名前が変わって行く過程で、この時代の神社・寺院が持っている市や座の許諾権の本質が理解できた。 この時代の神社仏閣というものは、中世の停滞そのものの感じがした。 更に、奈良屋打ちこわしの経験があったので、後の斎藤道三が美濃の国で、我が国で初めて「楽市・楽座」を開いたというのを知り、やはりこういう改革者(あるいは革命家)で出ないと、時代の変化というものが生まれないのだろうと思った。 この小説の中で、史実として裏付けのあるものと、司馬がフィクションとして膨らませた部分を考えてみると、この第1巻は圧倒的にフィクション部分が多いと思う。また斎藤道三の美濃に来る以前の油屋の経歴などは恐らく記録に残っていないので、司馬が縦横無尽に書きまくった感じがする。 また、司馬の小説で過去に濡れ場の場面は読んだ記憶がないが、この本ではかなり多い。司馬がまだ大衆作家という時代の作品の匂いがする。 大衆作家としての司馬も、これまた楽し。
0投稿日: 2016.03.31
powered by ブクログ嗚呼、程君房の墨の話はこの本でしたか! たまたまとはいえ金華山に登ったから、この本へのご縁がついたのでしょうか。1巻だけでも、登った年に読み終えられて良かった。 【読了メモ】(151231 5:00) 司馬遼太郎『国盗り物語』第一巻 斎藤道三 前編/新潮文庫/1971 Nov 20th/九十一刷 2008 Mar 10th/面白すぎて徹夜してしまった/未プレイながら『刀剣乱舞』が気になる今日この頃、三条小鍛冶宗近(P25)、数珠丸恒次(作者 青江恒次)(P55)、刀鍛冶で有名な「長船(おさふね)村」(P87)を目に焼き付けたでござる。
0投稿日: 2015.12.31
powered by ブクログ人生に目的を持とう。目的のために生きよう。 斎藤道三、織田信長の生き方からこんなに学ぶものがあるとは思わなかった。過去から学び、そして実行すること。 乞食になっても、将来に望みをもって生きる 自ら考え、工夫する。戦術転換をしたものが必ず勝つ 野望があるためだ。男の男たる所以は、野望の有無だ。 人の世は明日がわからない。というが、こういう、わけのわかったようなわからぬような、その実、生きるためになんの足しにもならない詠嘆思想はない。あす、何が来るか、ということは、理詰めで考え抜けばわかることだ 小九郎の人生には目的がある。目的があってこその人生だと思っている。生きる意味とは、その目的に向かって進むものだ。 人間の動きというものには、心理の律がある。この律の勘所さえ握ってうまく人の群れをあしらえば、労せずしてこうなるものだ。 事が起こるのではなく、事を起こす 人間、大事をなすには義が肝要 義と信 人生、自分の才能を発見するほどの愉悦はない 人の君主たる者は、家来に物の好きこのみを見せてはならぬ 人間五十年 下天の内にくらぶれば 夢幻のごとくなり ひとたび生をうけ 滅せぬもののあるべしや 死なうは一定 忍び草には何をしよぞ 一定語りおこすよの 暗夜に霜の降りるが如く静かに自然に引き金をおとせ 自分の先例を真似ない 運はつくるべきものだ 何を好む? 英雄とは、我が食禄を思わず、天下を思うものを言うのだ 人はわが身の生まれついた性分性分で芸をしてゆくしか仕方がございませぬ
0投稿日: 2015.11.08
powered by ブクログ飲み屋で知り合った人と司馬遼太郎トークで盛り上がって国盗り物語がおもしろいと薦められたので読んでみた。司馬遼太郎の本は親父が全部持ってるから読みたいときにすぐ読めるのがいい笑 司馬遼太郎の本って歴史上では有名かもだけど、教科書レベルだと載っていない人物だから、中学でしか歴史を学んでいない自分としては知らない人が多い。今回の斎藤道三然り、峠の河井継之助然り。 今回の話は応仁の乱後の戦国時代の話。 主人公は後の斎藤道三だけど、1巻ではまだ斎藤という姓は名乗っていなく、最初は松波庄九郎という浮浪者(元は妙覚寺の僧侶)から始まる。京都の油屋の女主の婿になり財を得て、その後美濃の国へ渡り美濃の家臣になり、ゆくゆくは美濃を乗っ取る計画だが、1巻はまだその途中段階。一つ一つがすごい緻密に計画しているし、舞とか武芸とか色々多才ですごいな~と思う。あと名前変わりすぎ笑 戦国時代って幕府の力はないに等しいんだなほんと。今まで座の特権ってあんまりピンとこなかったけど、油屋の奈良屋を見てたらすごくしっくりきた笑 この本は燃えよ剣や峠よりもすごいサクサク読めてしまうので、2巻も早く読んでしまいたい笑
0投稿日: 2015.11.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
日本史のことは詳しくないが、「司馬遼太郎なら何がお勧めですか」と読書家で歴史好きの方に聞いたらこのタイトルをあげられたので、読んでみることにした。 斎藤道三<前編> 斎藤道三<後編> 織田信長<前編> 織田信長<後編> と、四巻に分けられたうちの第一巻である。 小説なのに著者視点の解説が入る事に最初は戸惑ったが、それにはすぐに慣れたし、そういうものと楽しめるようになった。 勧められると同時に「さも本当のことのような口ぶりでフィクションを書く」という批評も耳にしていたから、鵜呑みにはしないようにと肝に銘じつつ読み進める。 道三が次々と職と名前を変え、身一つの状態から智謀・策略によってのし上がっていく様は小気味よい。面白いとも思う。 しかし1巻については★3つ以上つける気にならない。 お万阿(実在の人ではなくオリジナルの設定のようである)を言いくるめるやり口も、深芳野に対する扱いも、八歳の那那姫への態度も、女性たちへの振る舞いが(同時に女性たちの馬鹿みたいな反応も)率直に言っていちいちちょっとずつ不快である。色っぽいシーンに至っては、いかにも「おじさんが書いた官能小説」という感じで、ねちっこくて下品で直截的で、ただただ、げんなりしてしまう。 そしてそういうシーンが「こんなに必要なの?」と疑問に感じるくらい、とっても多い。 男性読者は気にしなくても、女性読者はエロスとか情緒よりも嫌悪と違和感を抱く人の方が多いんじゃないかなぁ? 最終的には「この1巻でめげて読むのを辞めてしまわなくて良かった!」というのが全体を読み終えた感想になる。 一巻だけの評価としては★3つ。
0投稿日: 2015.10.08
powered by ブクログ斎藤道三の事は、名前を聞いたことがある、くらいの知識しかなかったし、戦国時代の事について全然知識がないので、難しかったらどうしようと思って読んだ。 おもしろかった! 竜馬がゆくと同じぐらいわかりやすくて、もともとの知識がなくても小説として楽しめた。 こんな悪魔的なカッコいい人だとは知らなかった。
0投稿日: 2015.09.10
powered by ブクログ斎藤道三が主人公の歴史小説。 第1巻は、斎藤道三がただの浪人から油売りに転身し、さらに美濃の国の武士として身を立てていく話。 もちろん、小説だからフィクションの部分があるのは百も承知なんだけど、それでも十分歴史の勉強にもなると思う。 斎藤道三の魅力はこれを読めばわかるのかも。 次巻も早速購入して読み始めております。
0投稿日: 2015.07.19
powered by ブクログ秀吉の話と勘違いしていたかな。再読してみようと思い手に取るが、斎藤道三(織田信長の義父)の話だった。 レビューは最終巻で。
0投稿日: 2015.05.22
powered by ブクログ今、斎藤道三が主役の2巻まで読み終えたところ。 なんだか、ワクワク感が小さかった。 死ぬほど前に大河ドラマの「信長」で見た斎藤道三が素敵だったから、興味があったんだけど、いまいち。。。 なんだろう。戦いシーンは有るし(人が死ぬのはどちらかと言うと嫌いだけど)、鮮やかに勝って野望に近づいて行くのだけれど、前身が僧侶や商人だからなのか、剛気さが低い気が。。。どこか、説法くさいし、口で人を丸めこんでいる感が。。。 この生い立ちも含め、既成概念を打ち破り、続く戦国時代へと繋げる新しい人なんだと思う。自分も考えが古いのか、最初は既存の体制を崩すことに心のもやもやを感じてしまうが、それだけではなく、なんだか魅力的じゃない。。。 私にはよく分からない事だけれど、この本の中で道三が語る法華経は、人生に一度経文を唱えたら、人の望みがかなうという宗派しく、常に道三はここにみる人間のあさましさを利用している。 「人間は、つねに名分がほしい。行動の裏づけになる「正義」がほしいのである。慾ぼけで移り気で臆病な人間ほど、いざ新奇な行動に駆りたてられようとするときー頼むからおれの行動は正しい、といってくれ。という護符を指導者に請求するのだ。という言葉が印象的。人間とは弱いものである。 2巻後半から出てくる、織田信秀、信長親子の方が魅力的に映る。信秀は小さい事にこだわらない、明るい性格で描かれているが、確かに、問題のある信長をあるがままに放置している点で大らかな人だったのかも。 信長の登場シーンがかわいい。「パイレーツオブカリビアン」のジョニー・デップの登場シーンと同じ位のインパクトはあるかも。 父親信秀も魅力的な人で、後半の信長編を楽しみに読み進めたい。 人の因果の不思議を感じる。斎藤道三に影響を受け、同盟を結び、娘を正室にしたのが明智光秀の父。そして才能を見込んで正室にやったのが信長。明智光秀に銃を教えて、その腕を確かなものにしたのが道三。これらが絡み合って、戦国時代を彩っていく。
0投稿日: 2015.04.01
powered by ブクログ斎藤道三の話で、第一巻は主君土岐頼芸を美濃守護にするまでの話。一介の寺坊主から還俗して京都の油屋の店主になり、さらに美濃土岐氏の家臣にまでなるという、まさに知恵と才覚でランクアップしていっている。 1ページ当たりの文字数が少なくとても読みやすい。あと所々に官能小説的な描写あり笑
0投稿日: 2015.01.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
司馬遼太郎の代表作。 群雄割拠の戦国時代に美濃の蝮と呼ばれた怪物、斎藤道三の半生を描いたその前半。 京都の法華経の仏僧だった庄九朗は文武両道の天才だったが思うところあり還俗し、こじき同然の生活から物語は始まる。 そこから用心棒をし、商人になり、やがて武将として美濃に入っていく。 この物語の凄いところは、庄九朗を通して大成するための処世術や自分の思い通りにするためのチャンスを作り、ものにするのがいかに大事でまたいかにそれが困難なことか感じられる点でもあると思う。 人心を如何に掌握し、人を動かす。それができねば大事はならぬと思った。 ただこの庄九朗の賢さは聖人というよりは悪魔的。 めちゃめちゃ面白いです。 1巻は斎藤道三が美濃へ行き、ある程度の地位に登り始めたところまで
0投稿日: 2015.01.10
powered by ブクログ一介の油売りから身を起し美濃一国を手に入れた「斎藤道三」とご存知「織田信長」の物語。特に斉藤道三の方が面白い。あらゆる手を使って成り上がっていくところが逞しい。
8投稿日: 2014.10.13
powered by ブクログ斎藤道三、織田信長、明智光秀を主役にした戦国時代のはなし。 あとがきの細川藤孝が面白い。足利から徳川までを生き抜くしたたかさ。勝ち組すぎて憎たらしい。
0投稿日: 2014.07.07
powered by ブクログ個人的には道三がすきでなく、武士の戦術にも興味はないが、司馬さんの書き方に魅力があり、面白く読みすすめた。小説仕立てにしていながら(そのため、アタリがやわらかい)、歴史考証の説明が多々入り、著者の見解も入るところがとっても面白い。「下」を読むのがたのしみ!
0投稿日: 2014.06.28
powered by ブクログ相変わらず、司馬遼太郎の描く主人公はスーパーマンで魅力的だ。こんな天才、本当に実在したのだろうか。 すっごくおもしろい。
0投稿日: 2014.06.08
powered by ブクログ「美濃のマムシ」こと斎藤道三の前半生を描く。 法連房と名乗り寺で修行をしていたが還俗。油屋となり巨万の富を得ると、美濃に「国盗り」に旅立つ。 その強烈な自信と行動力。大胆さに度肝を抜かれた。 男は、周りに何と言われようと自分の信じた道を進むべき、そう思わせてくれる一冊。
0投稿日: 2014.04.16
powered by ブクログ戦国時代が舞台になる大河ドラマで必ず出てくる斎藤道三。 どんな人なんだろうなーと思ったのが読むきっかけ。 読みやすかったです。続きも読んでみよう。
0投稿日: 2014.03.11
powered by ブクログ斎藤道三・織田信長・明智光秀の物語。道三が独創的な手腕で美濃国を手に入れるも天下統一の道半ばで倒れ、その道三の性質をそれぞれ対照的に受け継いだ信長と光秀が離合集散しながら天下統一へ向かっていくという大局的な描き方がかっこいい。
0投稿日: 2014.02.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
悪とは無能であること。 戦国時代の命題は「悪とは何か」なのかな。仏教的な観点があるからとてもとても奥が深い。 あと、エロい。 直前に読んだ黒田官兵衛の本でも、戦乱の世を生きるには悪者になれと竹中半兵衛に言われていた。ここでいう悪者っていうのは「賢しいもの」ってことなんだろうな。 自分が生き抜くためには、他人を出し抜く悪知恵を働かせなくてはいけない。ということだろう。 初志貫徹のためなら手段を選んでいるようでは一流ではない。 一方、斉藤道三に出てくる悪者は無能な領主のことである。どんなにいい人でも、その無能ゆえに他人に迷惑をかける者こそ、根っからの悪者なんだと。 そんなんだったら、悪知恵を働かせて、他人を出し抜いてでも自分の領民を守る者こそよい領主であると。 これを読んでいた時期はちょうど猪瀬の次の都知事選だったんだが、次の知事はどっちの悪者だろう。 無能な天然極悪人か、悪知恵の働く善人か。 枡添じゃあなーーー。
0投稿日: 2014.02.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
前2巻が斉藤道三編で後2巻が織田信長編の物語。 斉藤道三は元、京の西郊、西ノ岡の生まれで、かつては妙覚寺本山で智恵第一の法蓮坊といわれていた。舞いも出来、鼓も打て、寺では教わりもしない刀槍弓矢まで神妙無比の腕に達している。それが、還俗し、松浪庄九郎と呼ばれていたころ、京の東洞院二条の奈良屋という畿内有数の油問屋に目を付けた。 油やなら小さな大名ほどの富がある。これを利用して天下に名を轟かせてやろうと考えたのだ。 奈良屋のあるじは亡くなり、お万阿という若後家が差配していた。このお万阿を様々な手段を用い、篭絡・懸想させ、奈良屋を手にいれ、まずは、それを元手に城持ち大名になろうとした。 『1国を奪い取ってその兵力を用い、四隣を併合しつつ、やがては百万の軍勢を従えて京へ押しのぼり、将軍を追って天下を樹立するのだ。庄九郎の天下にあっては、徳政などの暴政はなさず、商人には楽市・楽座(自由経済)の権を与え、2里ごとに取られる通行税などは課さず、関所を廃止し、百姓には一定の租税のほかはとらず、天子公卿には御料を献上して暮らしが立つようにする』、これが庄九郎の考えだ。 まず手始めの1国は、美濃と決めた。美濃の米の取れ高は65万石はくだらない。その上、京に近く、かつ街道は四通八達し、隣国の尾張に出れば東海道、関が原からは北国街道、東山道、伊勢街道が出ており、天下の交通の要所で、兵馬を用いるのに都合がよい。美濃を制するものは、天下を制することになると考えたのである。庄九郎が美濃を選んだのは天才的な眼識と言ってよい。美濃に天下分け目の戦いが行われたのは、古くは壬申の乱があり、のちには関が原の戦いがある。徳川時代には、美濃に大大名をおかなかった。つまり、この国を制せられることを恐れ、一国のうち11万7千石を幕府直轄領とし、あとの60余万石を大名、旗本80家に細切れに分割して互いに牽制させたほどの要国である。そして、今の庄九郎の時代、遠く鎌倉時代から、美濃は土岐家が封ぜられており、その土岐家が腐敗しきっており、内乱が絶えず、奪い取るにはよい時期であった。美濃土岐家は、当主政頼の時に、血の出るような相続争いがあり、これに庄九郎が入り込む。庄九郎は、長男政頼に負けた次男頼芸側の実力者長井利隆を手づるに、長井氏と同族で絶家していた名族西村家を継ぐことになり、名を西村勘九郎と改めた。庄九郎は、生涯のうちで13回も姓名を変えている。変えるごとに身分が上がり、後世、最も有名となった斎藤道三という名は、その晩年のものである。 そもそも奈良屋は神人どもの打ちこわしにより一旦潰れたが、すぐ山崎屋として再興し、以前にも勝る繁盛をしている。しかしそんな繁盛している商人でも武家には弱い。権と兵を持たないからだ。折角、財をためても将軍は一つ覚えのように借銭帳消しの徳政令をふりまわし、ときには窮民が一揆を組んで市中を羅刹のように荒れ狂い、われら油屋に対しては、上は大山崎八幡宮があり、その神権を笠に着て神人どもが暴威をふるう。それをなされるままに見ておらねばならないのが庄九郎には耐えられなかった。それで武家になり、商人に自由な国づくりを行おうと考えたのだ。 斉藤道三編では、お万阿や深芳野との恋物語が描かれているが、おなごをモノにするのが、城を盗るのと同じように庄九郎は戦略を用いて盗っている。 まるで盗っ人の大悪者のような庄九郎のように思えるが、庄九郎自身はそうは思っていない。美濃を自分の力で征服し、新しい秩序をつくることこそが庄九郎の正義なのである。庄九郎の道徳では、そのためにはいかなることをしてよいのである。旧来の法を守り、神仏に従順な者が、旧秩序をひっくり返して統一の大業を遂げられるはずがない。庄九郎とほぼ同じ時代に生まれたルネッサンス期のマキャヴェリも言っている『力こそが世の静まりをもたらすものである』と。かつ、このフィレンツェの貧しい貴族の家に生まれた権謀思想家マキャヴェリは、能力あるものこそ君主の位置につくべきだ、と言った。能力こそが支配者の唯一の道徳であると。 余談を言うと、庄九郎は波が好きで、この頃から自分の紋所を自らが考案した『二頭波頭(にとうなみがしら)』に変え、後年は旗にもこれを用いた。波こそ用兵の真髄である。怒涛のごとく打ち寄せて、引く時は静かに引く。寄せては引くと。 そんな庄九郎だが、美濃土岐家を乗っ取るべく、行動に移る。その第1段階が、土岐家の小守護である長井藤左衛門利安を謀反の疑いで誅殺したことである。ただ、それがために、地侍衆達から目の敵にされ、城も所領も家来も全て捨てて出家を余儀なくされる。その時、名を改め、道三と名乗った。道に入ること(出家・入道すること)3度ということらしい。一度目は、京の妙覚寺本山で法蓮坊と称し、顕教・密教の奥義を窮めた時であり、2度目が今回である。それでは、道二となるはずだが、3度目の死ぬときのも含めて、道三と称した。 道三の考えとして、次のことがある。人の世にしくじりは無く、全ては因果に過ぎない。今回の出家についても、道三のこれまでの悪因が今日の悪果となったが、それを悪因悪果と見るのは愚人の考えだ。絶対悪というのは存在せず、悪と言い、善と言うものは、モノの片面ずつに過ぎない。善の中に悪があり、悪の中に善がある。悪因悪果を翻して、善因善果にするものこそ、真に勇気・知力ある英雄というのだ、と。革命家というのは幕末にも多数出現したが、それらの革命家と庄九郎の違いは、庄九郎は革命を一人でやったという点に尽きる。 前半の2巻では、庄九郎が斎藤道三になってゆく物語だが、斎藤道三の1代では、国盗りは終わらない。道三の主題と方法は、二人の弟子に引き継がれる。道三が実際に弟子を取ったわけではないが、明らかに道三に私淑し、道三の考えを継いでいる。道三が娘をもつ。その娘の婿となるのが織田信長である。信長と道三の交情というのは、細やかなものであり、道三がもっている新時代へのあこがれ、独創性、権謀術数、経済政策、戦争の仕方など、世を覆して新しい世を作っていく全てのものを信長なりに吸収した。さらに道三には、妻に甥がいる。これが道三に私淑し、相弟子の信長と同じようなものを吸収した。しかし、吸収の仕方が違っていた。信長は道三が持っていた先例を無視した独創性を中心に学んだが、このいま一人の弟子は道三が持つ古典的教養に憧れ、その色合いの中で道三学を身に付けた。この弟子が、明智光秀である。本能寺の変は、道三の相弟子同士の戦いである。 庄九郎は、悪党ではあったが、約束に対しては生涯物堅く、絶対と言っていいほど、約束を守った。約束したことは守ると言う信用だけが人を寄せ、次第に心を寄せる者が多くなり、最後には大事が成就できると思っている。孟子が100年隔てて私淑していた孔子は、仁が大事だと言った。人への思いやりである。しかし、孟子は信義だと言った。乱世の世に、仁など持ち合わせている人間は無く、あったところで生まれつきの御人好しだけだ。そこで孟子は、信義と言ういわば誰でも真似のできる戦国むきの道徳を提唱した。信義とは裏切らないことであり、約束を守ると言うことである。 道三となり出家した庄九郎だが、美濃が尾張に攻められたり、美濃に起こった洪水を利用し美濃になくてはならない人物へとのし上がる。庄九郎は、洪水を利用し、農民には施しを与えてその心をつかみ、土岐頼芸は安全な山側へ体よく追いやり、遂に、金華山、いわゆる稲葉山に居城を作るべく動き出す。また、洪水で功を為した庄九郎に、頼芸は長井家とともに美濃きっての名家である斎藤家を継ぐよう進め、庄九郎はそれを受け入れる。斎藤左近大夫秀竜が次の庄九郎の名前である。 それから斎藤道三と名乗っていくわけで、美濃の蝮とも呼ばれた。しかし、実際の庄九郎は、自分の家来を篤く遇し、領民に他領よりも租税を安くし、堤防を築き、灌漑用水を掘り、病にかかった百姓には医者を差し向け、かつ、領民のための薬草園をつくった。美濃始まって以来の善政家と言ってよい。道三は遊蕩にふける頼芸を追い、嫡男の義竜を領主に据えた。と言っても、この義竜は、頼芸の子供であったと言われている。 道三は尾張の織田信秀が度々美濃に攻め込んでくるのを交わしていたが、あまりにも五月蝿いので、娘の濃姫と信秀の嫡男の信長を結婚させた。 信長は、服装、行動、日常生活の全てが尋常でなかった。信長には、”世間では普通はこうなっているから”とか”それが慣例、習慣だから”というような常識感覚を最も嫌った。平素は山賊の子のような格好をしている。小袖はいつも片肌を脱ぎ、下は小者のはくような半袴をつけ、腰の周りには小石や火打石を入れた袋を5つ6つぶら下げ、大小は品の悪い朱鞘をさし、まげは茶筅髷で、元結は真っ赤な紐でまいた。見た目は奇妙奇天烈だが、ひどく身動きに便利なのである。 うつけと噂高い信長だが、戦上手の信秀が廃嫡もせずに今まで来たことに何かを感じ、その行動・考えが自分の若い頃に似ていることに嬉しくなっていった。道三の嫡男の義竜とは一触即発のような間柄となっており、義竜も薄々自分は頼芸の子供であると気づいていたので、いつかは道三を追い落とし、自分が美濃の権力を一手に握ろうと策略し、仕掛けてきた。道三も隠居の身であったので、兵を集めようにも集まらず、窮地に陥る。道三は、攻め寄せてくる義竜を前に信長に対し手紙を送った。美濃と自分の考えを継ぐのは信長しかいないと。美濃一国の譲り状を送ったのだ。それを手にした信長は、亡き父信秀以外に誰も理解してくれなかった自分を舅の道三がこれほどまでに愛してくれていたことを知り、玄関を飛び出し、馬に乗るや飛び出していった。蝮を連れて帰る、と濃姫に言い残して。信長はその生涯、出陣の号令を下したことがなかった。常に、自ら一騎で飛び出し、気付いた者が後を追うやり方であった。 ここで、信長のことを語るには、明智光秀も同じように紙面を割かなければならず、というか、後半の3、4巻は、光秀を通して信長の生き方について語られている。信長と光秀の関係だが、道三の娘であり信長の妻の濃姫こそ光秀の若年の頃の理想の女性で、しかもいとこ同士であることがある。濃姫はゆくゆくは光秀と縁談をと言う話もあったし、光秀も望んでいたようでもある。それが、尾張の”たわけ殿”のもとへ輿入れしてしまった。以来、信長は光秀にとって、ある種の感情、嫉妬やら闘争心やら、を抜きにしては見れなくなったといえるだろう。濃姫が信長の妻になったと言うことが、つまりは、本能寺の変を起こした根本的・潜在的な原因になったと言えると思う。そんな信長は、次第に美濃を侵略し、美濃を追われた浪人光秀とはかなりの差がついている。そんな信長に追いつくには、将軍に取り入り、その側近となり、将軍を動かすことによって、天下の風雲に臨むという方法しかなかったのである。 光秀は最後には信長を本能寺で弑逆することになるのだが、その理由はいろいろ語られている。私が思うには、結局、光秀は自分が天下取りをしたいと思っていたのではないかと。ただ、信長の圧倒的な強さ、魅力に太刀打ちできないと覚悟したのではないか。そのきっかけが、長篠の戦であったように思われる。ここで、光秀はただのうつけ殿と思っていた、いや、思い込もうとしていたものが、非常にまでの劣敗感になり、それが、ひいては信長を殺さなければ自分は天下が取れぬ、信長に勝てぬと思ったのではないか。信長は自分より魅力も智恵も下だと思っていたものが、そうではないと悟った。それが本能寺の変へと進んでいったのではないか。それから先の光秀、信長の運命は語るに及ばない。 全4巻
0投稿日: 2014.02.08
powered by ブクログ「将来は、栄耀栄華を見せてやるわ」 「すえのことよりも、いまの一椀のひえがほしいわい」 「乞食め」 「これは心外。お前様も乞食ではござりませぬか」 「物乞いはするが、将来に望みはもっていきておる。一椀の望みで夢をうしなうようなやつを、乞食とはいうぞ」 九州大学:たけ
0投稿日: 2013.11.18
powered by ブクログツワモノドモの夢の跡 かつてこの国に天下統一の野望を抱き、自らの燃えるような情熱をこの一事にかたむけたツワモノ達がいた 美濃の蝮と恐れられた斉藤道三こと松波庄九郎 物語の前半では彼の意外な人間性が描かれる 数々の裏切りを行いながらも乞食同然の身から美濃の大名までのしあがった道三 その芸術といってよい鮮やかなまでの権謀術数には清々しさを覚え、彼の天下統一への熱い思いは蝮の悪名でさえも魅力的にしてしまう そして、道三の意志は次の世代へと受け継がれて行く 織田信長と明智光秀 道三の後継者と云われた二人をもって物語は完結する 結末は誰でも知っている、歴史の授業のとおりだ ただ、この戦国時代というエネルギーのかたまりのような時代の熱気を教科書は教えてくれないだろう その楽しみを味わう初めの一冊として 本書のタイトルが、なによりこの物語にふさわしい 「国盗り物語」 なんてロマンあふれる響きだろう
0投稿日: 2013.11.06
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前半は「美濃の蝮」斎藤道三の話。そして、後半は織田信長・明智光秀の話。ただ、後半は、光秀視点で話が進んで行った。 斎藤道三の一生は、まさに、波乱万丈の人生と言えるのではないだろうか。一介の僧侶が還俗し、油屋の商人となる。そして、土岐家の家臣となり、最後は下剋上によって大名にまでなり上がる。お万阿の道三への信頼や側室を持つことへの割り切りといったさっぱり性格がとても格好良かった。道三の大名になること、そして、天下を取るということへの執念には、すごい気迫を感じた。ただ、のちに信長が述べているように、稲葉山城を堅守に作ってしまったが故に、その気迫が減じてしまったのであろう。そこが、天下を取れるものとの違いなんだろう。 織田信長・光秀編には少し驚いた。私が想像していた光秀の性格とは違うものだったからである。たとえば、信長の事を最初は見下す、ないし、同格に思っており、室町将軍を復興させるために信長の配下に下ったことである。このような経緯で家臣となったからこそ、最初から信長に対する不信感を抱いていたのだろう。その不信感が、本能寺の変の前で一気に膨れ上がってしまい、本能寺の変という短慮を起こしてしまった。このような光秀像を司馬先生が最初(?)に描いた、ということを知らなかったので、前述のとおり、とっても驚いた。 『国盗り物語』に出てくる人物は、一人一人性格からしっかり描かれており、好きな人物に感情移入でき面白かった。また、物語の合間に、著者の歓談が描かれており、それもまた面白さを引き立てる一因なのであろう。
0投稿日: 2013.10.21
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【Impression】 なんか、自分への権威付けへの行動が凄いな。情報が伝わるスピードが遅いことと、真実かどうかを確かめる正確な手段がないから、一時おお法螺ぶちかましても大丈夫という。 ただ今もこの種の権威付けはSNS上であるけどな。あまりやると露骨やけど、その点は過去も一緒か。 とにかく演出というか手段に拘る傾向がある気がした。 なんにせよ、斉藤道三、行動力が半端ではない 【Synopsis】 ●坊主から還俗し、半ば乞食状態となっていた後の斉藤道三の成り上がりストーリー ●とはいえ当時、いかに戦国近辺といえ何のバックグラウンドも持たない者には厳しかった。そのため、名家の系図の端に名前を加えてもらったり、京において名家である油屋を自分のものにし、こつこつと階段を上がっていく ●そして「国盗り」の地を美濃に定めた。そして美濃で地盤を固め主人から信頼を得たところで、遂に主人を担ぎ謀反に成功。道三は一国守護大名の2番手近辺まで上り詰めてしまう
0投稿日: 2013.10.19
powered by ブクログ今年は、私の大好きな『国盗り物語』の「サンデー毎日」誌上での連載が始まってから50年(1963年8月11日号~)の記念の年です。
0投稿日: 2013.09.08
powered by ブクログ庄九郎こと斎藤道三の立身出世物語。第一巻は乞食坊主だった庄九郎が、油屋主人となり、土岐頼芸を国主に挿げ替えるまで。 権謀術数に生き、まさに下克上という表現が相応しい。『龍馬がゆく』や『坂の上の雲』のような爽やかさはなく、金と女と策略により如何にのし上がるかという、庄九郎のギラギラした男らしさはなかなか楽しい。他方、「法蓮房」時代の同志への純朴で人間味溢れる感情など、司馬遼太郎氏の筆の巧さが光る。
0投稿日: 2013.06.24
powered by ブクログマムシの道三と呼ばれて美濃を治めた斎藤道三という人物の事は、織田信長の話の中には漏れなく出てくるので知ってはいましたが、こんなに何度も名前を変えて最終的に斎藤道三と呼ばれるようになったという事を初めて知りました。 ようやく美濃を治める下地づくりが完成した頃ではありますが、将軍(くぼう)様になるという夢に向けて着々と進んでいます。 結果は知っているのですが、思わず期待してしまうところがありますね。 歴史小説であるので史実には沿っていると思いますが、どこまでが実際なのか、本人がそう思っていたのかどうかはわからないものなのですが、こんなふうに自身の思い描いたことを実現するために、まっすぐに進んでいるのは興味深い。 司馬遼太郎の国盗り合戦は全4巻で第1巻、2巻が斎藤道三、第3巻、4巻が織田信長の話のようなので、これから益々面白くなりそう。
0投稿日: 2013.05.11
powered by ブクログずっと読まずにいたが、すごく面白い!戦国時代ものをさけてきたがきっかけになる本との出会いかもしれない。
0投稿日: 2013.04.28
powered by ブクログ斉藤道三といえばこの小説を思い浮かべる人も多いというので読んでみた。個人的に司馬先生は好きではないが、若き日の道三のお話は面白いし引き込まれる。が、割と男性向けかなと思う。女性には好き嫌いの差が多く出そう。
0投稿日: 2013.04.24
powered by ブクログ司馬遼太郎の斎藤道三。 独特の、見てきたように歴史を語るやり口に感銘を受ける。 金と、手回しと、人材と、自分の実力と、欲と、自己肯定。 いかにも道三、という感じを受ける。
0投稿日: 2013.04.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
油売りから美濃国主になった斎藤道三、その相弟子と言える織田信長・明智光秀、そして作者本人も言っている通り付け加えるなら、足利・織田・豊臣・徳川の四代に仕えた細川幽斎を描いた長編小説。 登場人物の人物描写に焦点を当てて描かれているのだが、変に熱くなることもなく、様々な出来事の際の人物像としての描かれ方がシンプルですんなりと頭に入ってくる。 作者は明智に思い入れがあるようなことを言っていたわりには、ここでの明智像は慎重過ぎで小心者で個人的には嫌いになってしまう描かれ方だったなぁと思う。 信長のただひたすら高効率を求めての描かれ方や、驚くように成り上がりながらも結局は一国しか治めることができなかった道三の描かれ方など、司馬のシンプルな人物描写は冲方のキャラ立たせた人物描写とはまた違い非常に面白かった。
0投稿日: 2013.03.25
powered by ブクログ斎藤道三の出世物語。 1巻の前半ではまず道三が乞食である頃から始まり、油屋である奈良屋の女主人に取り込みそこで商人として大成功をおさめる。更に後半では、美濃土岐家の参謀として弟頼芸を担ぎ謀反を成功させ戦略家としての才能に触れている。 信長による楽市楽座前の世の中では、油の専売権を大山崎八幡宮が握っており彼らは法律にも勝る絶対的な存在である。そんな歪んだ世の中のシステムに不満を持ち、実力による公平な世に変えようとする思いが主人公の底流にある。
0投稿日: 2013.03.07
powered by ブクログこの前の太閤記がめちゃめちゃ面白かったので、司馬遼太郎の戦国物を読破しようと思い購入。 秀吉よりも馴染みがないぶん、入り込むのに時間はかかるも気づけばどっぷり戦国時代。 蝮の道三というあだ名とそれに付随する裏切り者的なイメージくらいしか知らなかったが、巧緻な策略家であるとともに純粋無垢な青年である姿が親しみを生む。 2巻以降が楽しみ、早く信長が出てこないかな。
0投稿日: 2013.02.02
powered by ブクログ国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 司馬遼太郎 初、歴史小説。初、司馬遼太郎。 自分じゃ絶対手にとらないジャンルだけど、薦められて読んでみたら超面白い!! 主人公庄九郎は良い意味でも悪い意味でもとんでもない奴で、でもだからこそ魅せられてしまう。 「漢」ってこんな感じ? 内容(「BOOK」データベースより) 世は戦国の初頭。 松波庄九郎は妙覚寺で「智恵第一の法蓮房」と呼ばれたが、発心して還俗した。 京の油商奈良屋の莫大な身代を乗っ取り、精力的かつ緻密な踏査によって、美濃ノ国を“国盗り”の拠点と定めた! 戦国の革命児斎藤道三が、一介の牢人から美濃国守土岐頼芸の腹心として寵遇されるまでの若き日の策謀と活躍を、独自の史観と人間洞察によって描いた壮大な歴史物語の緒編。
0投稿日: 2012.12.23
powered by ブクログ全4巻、読み終わりました。 人から勧められて読んだのですが、思っていた以上に面白く。 前半の斎藤道山の変幻自在な生き方も興味深かったですが、 後半の明智光秀の報われなさも、非常に刺さりました。 どちらも日本史(学校の授業)ではあまりスポットの当たる人物ではないように思いますが。 特に明智光秀は単なる裏切り者というイメージしかないのですが、 そこに至るまでの過程が丹念に描かれており。 歴史に対する認識が新たになりました。 というか、自分の勉強不足を思い知らされたというか。
0投稿日: 2012.10.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
斎藤道三に興味を持ったので購入。 本作の道三は思い切りがよく、行動力のある人物として描かれている。 自分なりの考えや信念を持っており、それを自分自身で信じきっているし、他人にもそれを納得させてしまうような、所謂カリスマ性を持っている。 策謀めいたこともするがあまり狡猾な印象はなく、どちらかというと快活で豪胆。下剋上を成した人物としての風格を、乞食、商人の頃から既に持ち合わせている。 ただそのカリスマ性に物言わせて、ややご都合主義的に物事が進みすぎているという印象もあった。周囲がことごとく道三に信服しているのには多少違和感を覚えた。 個人的に司馬遼太郎の小説には「いかにも本物風」系統と、「いかにも創作風」な系統があると思っているのだが、本作は後者の「いかにも創作風」に分けられると思う。 特に一巻では道三と各種女との話が大半なので、その分創作色も濃い。本物風を求めている人は、物足りなさを感じるかもしれない。 まだ大きく活躍する前段階の話なので相対するのは基本的に個人、それもほとんど女だった為、あまり戦国ものとしてのスケール感はなかった。 だが最終盤で大きく行動に出てようやくらしくなってきたので、続きに期待したい。
0投稿日: 2012.09.17
