
総合評価
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powered by ブクログ鮮烈なルポルタージュ 『テロルの決算』 1.概要 沢木耕太郎氏の『テロルの決算』は、1960年の「浅沼稲次郎暗殺事件」という戦後史の暗部を抉り出した、魂を揺さぶるノンフィクションの金字塔です。 単なる事件の記録ではなく、その裏に隠された一人の17歳の少年の孤独な思想と、彼を取り巻く時代の空気が、読者に重くのしかかります。 2.事件の真相 事件の発端は、社会党・浅沼委員長が中国訪問で語った「アメリカ帝国主義は、日中共同の敵」という強烈なスピーチでした。 この言葉は当時の右翼勢力に激しい怒りの火をつけ、事件の引き金となります。 これに触発された少年、山口二矢の思考が、本書の核心です。彼は、右翼の政治スピーチに感化されながらも、右翼組織の行動や思想に徐々に幻滅を感じていきます。 書物を通じて天皇崇拝の念を強めた彼は、組織に頼らず、自らの手で「成敗はみずから」と決断を下しました。 この17歳の若さで、世界と対峙し、自らの命を賭して「決算」をつけようとした孤独なテロルの論理が、生々しく描かれます。 3.まさに映像なり。 犯行当日、日比谷公会堂の警備体制は万全とは言えませんでした。 沢木氏の筆致は、事件が起きる直前の静寂から、警備の隙を突いて山口少年が壇上に駆け上がり、浅沼氏を脇差のような刃物で刺突する発生の瞬間までを、まさに映像のように切り取ります。 あの衝撃の瞬間を捉えた写真がピュリツァー賞を受賞したことからも、その凄まじさが伝わってきます。 この緊迫感あふれる描写は、ノンフィクションの醍醐味です。 4.敬意/20代の情熱と胆力への驚嘆 何よりも衝撃的なのは、本書が沢木氏が20代で、足掛け7年間もの歳月をかけて大成させたという事実です。 「声を持たぬ者の声を聴こうとする。それがノンフィクションの書き手のひとつの役割だとするなら、虐げられた者たち、少数派たらざるをえなかった者たち、歴史に置き去りにされた者たちを描こうとすることは、ある意味で当然のことといえる。」 という後書きは、彼の取材と執筆に対する徹底した姿勢を物語っています。 生い立ちから思想、そして独房での自決に至るまで、山口二矢という一人の人間の内面を深く掘り下げたその取材力と構成力、そして書き手の胆力には、ただただ驚嘆するしかありません。 5.読みおえて 事件の社会的背景だけでなく、テロリストの人間性を描くことで、私たち自身の「政治と暴力」への意識を改めて問い直す傑作といえると考えます。 ぜひ手に取って、この重厚なルポルタージュを体験してください。
35投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ自分が生まれる前、まだ思想の熱量が高かった時代の日本。 彼は、本懐を遂げ満足だったのかもしれない。 けど、正しくはないよなあ。
0投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログ2025年3月読了。 沢木耕太郎が描く浅沼稲次郎の話だからとうの昔に読んでいておかしくない組み合わせなんだがエアポケットに入ったかのように見過ごしていた。 沢木さんの文春文庫に入っている本はいずれもタイトルを一見しただけでは中身を想像するのが難しいように感じる(一読後にタイトルが腑に落ちるかんじ)。 本書は浅沼稲次郎とその浅沼を屠った山口二矢の両方を描き思想に偏りを見せずに2人の生涯を追うもの。浅沼は刊行物が少なく事件だけがクローズアップされる人物であり、文庫で割と手に入れやすく大変に有り難い一冊だと思う。 (左っぽい人の事績を追うのに手軽に読める新書や文庫が手に入りにくいなあと思うのは、当方の読書傾向が偏っているからかしらん。) 以下備忘。 75ページ 山口二矢は愛国党員だったので愛国党の挿話が結構本書には登場する。このページは愛国党員のよくある1日の紹介をしている。「聖堂」に掲げられた「信条」がなかなか鬼気迫る感じあり。 95ページ 山口二矢が「リヤカーにハーケン・クロイツをなびかせ、荷台には軍服長靴」で疾駆していたところを不審尋問を受けたという話。うーむ、パンクすぎる。 122ページ 浅沼が属していた建設者同盟の共同生活の拠点が池袋にありそこはまさに「無産運動の闘士の梁山泊」なのだが、面白いのは隣家の住人が西条八十で西条家には絶えず美人の訪問があったとのこと。「闘士」たちはその西条家に向かって「放尿」し、「歌を忘れたカナリアは 野球のバットでぶっ◯せ」などと放歌高吟していたとのこと。対比が激しくてゲラゲラ笑った。 157ページ 浅沼と近藤日出造の座談での浅沼の独白。 「…人間としてですね、悩みを持ちつつ生きるということは尊いものだと私は思っています。悩みがない人間というのは、ウソなんじゃないでしょうか。生き方にウソがあるんじゃないでしょうか」 →こういう人間観を持っておきたい。 162ページ 1943年の東京の市制から都制への移行にあたって行われた都議会議員選挙後に行われた都長官主催の祝宴の一幕(浅沼は都議会議員であり都長官は民選ではなく官選)。芸者が呼ばれていることに1人の議員がいきり立ったが「まあまあ」となだめる浅沼。一口に「左翼の闘士」と言っても芸者を許容するような面もあったわけだ。 312ページ 浅沼暗殺後の衆議院本会議における弔辞贈呈、贈呈者は池田勇人(当時自民党総裁で首相)、衆院議長は清瀬一郎(弁護士、東京裁判で東條英機の弁護)というビッグネームが揃って壮観なものがある。
0投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログ沢木耕太郎の二矢という少年への強い思いが伝わってくる。普通の17才の「素直さ」「狂気」「儚さ」が見事に伝わってくる作品となっている。近年では安倍晋三の銃撃事件があったが、あの事件で、頭をよぎったのは、この「テロルの決算」だった。 まだ、読み終えていなかったこの小説のあとがきは、二矢が「生きていたら」という、言葉が胸を打つ。二矢を引き立てるために、他の人物を事細かく書くことで、二矢に寄り添いそして二矢を追ってきた沢木耕太郎にとってさらに思い入れの強い人物となっていたのだろう。 私にとっては、とてもいい作品であった。
0投稿日: 2024.09.05
powered by ブクログ現実に起きたこの事件は知らなかったが、小説として書き起こされた当時の情景に息を呑む思いを感じる。17歳の少年が人を殺し冷静に取り調べを受け自決する。物語終盤の以下の言葉が少年テロリストのものに思えないが、そう思って読むと様々な感情が湧き起こってくる。 「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています。自分の信念に基づいて行った行動が、たとえ現在の社会で受け入れられないものでも、またいかに罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところもないと存じます」
0投稿日: 2024.05.13
powered by ブクログ社会党委員長の浅沼稲次郎が渋谷公会堂で行われた立会演説会の演説の最中にテロリストの若者と交錯した場面はテレビ映像で何回か見たことがあった。 この本は17際の少年がなぜ暗殺に及んだのか、また、その時現場にいた多くの人たちが何を見て何を感じたのか克明に描いている。 当時の政治情勢含めて詳細に描かれた秀作だと思う。
0投稿日: 2023.12.15
powered by ブクログ社会党政治家が右翼少年に刺殺された事件がテーマとなったノンフィクション作品。二人の過去を辿りながら、社会党政治家側の視点、右翼団体の視点、そして、テロ至るまでの経緯が丁寧に描かれている。 戦争、安保闘争、学生運動、その時々の人々の考えが伝わってくる、とても学びの多い作品だった。それぞれの転換期にどちらに世の中が傾いたか。世代間の考え方の違いは、歴史の積み重ねであることを感じた
0投稿日: 2023.11.13
powered by ブクログ沢木の処女作で代表作。最初の単行本刊行は1978(昭和53)年のことで、それからもう45年も経った。最初の文庫化も1982(昭和57)年、やはり40年以上が過ぎた。新装版も2008(平成20)年、それから15年も経った。 山口二矢という右翼少年による浅沼稲次郎暗殺事件は、1960(昭和35)年のことで、それからもう60年以上も経った。だが、内容は今なお、色褪せてないように思う。
0投稿日: 2023.10.06
powered by ブクログもともとノンフィクションは好きだが、文章が上手く、緻密で広い関係者からのヒアリングに基づきストーリーが作られた秀作。戦後に個人主義が進み、今は人間関係が薄い時代になっているが、まだまだ人間の濃さが残っていたのを感じる。
0投稿日: 2023.09.23
powered by ブクログ昨今の政治家襲撃に関連して紹介されていたので手に取った作品 恥ずかしながら全く知らない事件であり、こうも大きな事件が知られずにいたものかと自分の無知を棚に上げておもったりなどした。 テロに至る若者の頑なさと被害政治家の愚直さが辛かった 起こるべきテロなんてものはないけれど、それにしたってどうしてと思わずにはいられない。
0投稿日: 2023.05.26
powered by ブクログ読むのに時間がかかり疲れた 間違いなく読み応えはあるが 時代も古いし 正確に認識できていない言葉が出てくると 例えば 安保闘争ってなんだっけ? とググったりを繰り返した テロは誠に手前勝手な迷惑行為であるが その全てを否定することも難しいのではないかと思ってしまう
0投稿日: 2023.02.06
powered by ブクログ沢木耕太郎(1947年~)氏は、横浜国大経済学部卒のノンフィクション作家、エッセイスト、小説家、写真家。著者が1974~5年に香港からロンドンまでを旅した記録『深夜特急』(発表は1986~92年)は、当時のバッグパッカーのバイブル的存在としてあまりにも有名。本作品で大宅壮一ノンフィクション賞、『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞、『凍』で講談社ノンフィクション賞、その他、菊池寛賞等を受賞。 本書は、1978年に出版、1982年に文庫化されたものを、2008年に新装版化したものである。 私は、1980年代にバッグパックを背負って海外を旅し、沢木の作品はこれまでに、上記の各賞受賞作をはじめ、『敗れざる者たち』、『流星ひとつ』、『キャパの十字架』、『旅の窓』、『チェーン・スモーキング』、『世界は「使われなかった人生」であふれてる』、『旅のつばくろ』、『作家との遭遇』、『あなたがいる場所』など幅広く読み、最も好きな書き手は誰かと問われれば迷わず沢木の名前を挙げるファンなのだが、本書はこれまで未読だった。 本作品は、1960年10月12日に日比谷公会堂で開催された自民党・社会党・民社党3党首演説会で、17歳の右翼少年・山口二矢(おとや)が、壇上で演説中だった社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺した事件を、二人がそれまでに辿った人生を含めて描いたものである。 読み終えて、改めて沢木がなぜこの作品を書いたのかを考えてみると、あとがきに、「最大の動因は、私自身の、夭折者への「執着」に近いまでの関心にあったような気がする」と書かれているのだが、それは、二矢が、浅沼を刺し殺したときに「完璧な瞬間」を味わい、完璧な時間を生きたこと、そして、その直後に自死し、「もし生きていたら」というような仮定を鋭く撥ね返してしまう、宿命としか言いようのない人生を完結したことに、強く心を動かされたということなのである。 そして、そのような二矢の明確で直線的な人生に対し、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながらも決して歩むことを止めなかった、愚直な人生が、強烈なコントラストを為していることが、作品により明確な形を与えることになった。 私は、事件当時はまだ生まれておらず、その頃の社会主義運動の広がり(と、それに対する右翼的運動の先鋭化)についての肌感覚がないのだが、そのため、二矢に対しても浅沼に対しても、また、(当時の)右翼に対しても社会主義者に対しても、思想的・感情的な思い入れはないし、また、沢木もどちらかに肩入れしたような描き方は一切していない。 尚、このタイミングで読むと、否応なく昨年の安倍元首相銃撃事件が思い出されるのだが、沢木は、どうしたら政治テロが避けられるかという視点では、ほとんど何も書いていないので(そもそも、同事件は“政治”テロではないが)、そうした内容を期待する向きは肩透かしを食らうことは付言しておきたい。 (2023年1月了)
0投稿日: 2023.01.14
powered by ブクログ私はテロという暴力を肯定しない。しかし加害者である個人を否定しない。その尊厳を守るべき社会は、私たちが担う責任の集約でもあり為政者はその代表となる。民主主義社会の過渡期に起きた暗殺事件、被害者の政治家・浅沼稲次郎と加害者の右翼思想青年・山口二矢、ふたりは面識もなく現場となった日比谷公会堂で初めて対峙する。偶然が重なった警備の穴にするりと足を踏み入れた山口の決意はどれほど熟成されたものなのか、それとも当日の新聞朝刊に載った記事による衝動的な狂騒だったのか、夭折となった山口の本心は知る由もないが、最後の章で垣間見せる人情に感嘆する。彼は狂人ではない、思想の違いがこれほど常軌を失わせてしまう悲劇なのだ。その後の日本や世界の動向を知れば山口は嘆くのだろうか。ひとりの力で変革はできないが、声をあげる非暴力な “さざなみ” はやがて歴史を変える “濁流” へとつながるかもしれない。山口は焦った、その先の理想へ早く辿り着きたかった。答えは出なくてもいい、考える過程こそ大切であり、無関心でやり過ごすノンポリは愚行だと断言する。
0投稿日: 2022.12.09
powered by ブクログ「沢木耕太郎」が、日本社会党の党首「浅沼稲次郎」を小刀で殺害したテロリスト「山口二矢(おとや)」を描いたルポルタージュ作品『テロルの決算』を読みました。 『危機の宰相』に続き「沢木耕太郎」作品です。 -----story------------- あの時、政治は鋭く凄味をおびていた 17歳のテロリストは舞台へ駆け上がり、その冷たい刃を青ざめた顔の老政治家にむけた。 とぎすまされたノンフィクションの最高傑作! 少年の刃が委員長の胸を貫いた瞬間に社会党への弔鐘が鳴った。 テロリストと野党政治家とが交錯する一瞬までをたどる大宅賞受賞作 ----------------------- 『危機の宰相』と同じく、戦後の転換点となった1960年(昭和35年)を「沢木耕太郎」が描いたノンフィクション作品、、、 『文藝春秋』の1978年(昭和53年)1月号~3月号に掲載された作品を全面改稿し、1978年(昭和53年)9月に単行本として刊行された作品の文庫化作品です。 ■序章 伝説 ■第一章 十月の朝 ■第二章 天子、剣をとる ■第三章 巡礼の果て ■第四章 死の影 ■第五章 彼らが見たもの ■第六章 残された者たち ■第七章 最後の晩餐 ■終章 伝説、再び ■あとがきⅠ ■あとがきⅡ ■あとがきⅢ ■主要参考文献 日本社会党の党首「浅沼稲次郎」が、衆目の中で17歳の少年に刺殺された事件(「浅沼稲次郎暗殺事件」)は、知識としては知っていましたが、あまり関心を持ったことがなく詳しいことは知らなかったのですが、、、 「浅沼稲次郎」と「山口二矢」のそれぞれの生い立ちと人格形成に与えた出来事や、当時の右翼や日本社会党、そして日米安保を巡る社会情勢などの背景についても詳細に描かれており、それぞれの立場を並列に描くことにより、この事件に隠されていたものが浮かび上がり… そして、二人が邂逅する一瞬までが「沢木耕太郎」の膨大かつ緻密な取材や関係者への丁寧なインタビューにより浮彫りにされています。 1960年(昭和35年)10月12日午後3時頃、「山口二矢」が遅れて現地に到着したことにより警備が手薄になっていたことや、入場券がなく入場できず愕然としている姿を見た係員が不憫に思い入場券を渡してくれたり、場内でビラ配りがあったことから警備の眼が右翼団体に向かっていたり… と、多分に偶然というか、運の要素も加わり、刺殺は成功します、、、 これはもう、運命というか、持って生まれた何かが、「山口二矢」を突き動かしていたとしか思えないですね… このような逸話含め、第五章以降の展開は一気に読ませる圧倒的な迫力がありましたね。 殺人という手段に訴えたことは、決して許されることではありませんが、「山口二矢」の純粋な気持ちには驚かせれました、、、 人間って、ここまで純粋になれるんですね… でも、現代の人々は、ここまで純粋に生きることはできないような気がするなぁ。 第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作品だけあって、ノンフィクションとは思えないような迫力のある作品でした… ノンフィクション作品の傑作でしょうね、、、 当初、「山口二矢」に感情移入しつつ読み進めていましたが、途中からは「浅沼稲次郎」に感情移入していました… 二人のうち、どちら側の立場で読んでいくのかによって、作品の印象は随分違うんだろうなぁ と思いました。
0投稿日: 2022.10.07
powered by ブクログ安倍元総理の死とそのテロリストの気持ち。台湾をめぐる東アジアの昨今の緊張した国際関係、ほとんど消えてしまった社会党と民社党。テロルは、それぞれについて、新たな視点で考える機会を与えてくれました。
0投稿日: 2022.08.15
powered by ブクログ本作は1960年に起きた,社会党委員長であった61歳の浅沼稲次郎が17歳の少年に刺殺された事件を描いたものです。なぜ政治家と少年の人生が交錯したのか。当時の社会情勢,政治的背景,二人の家族や取り巻く人々を通して,事件の真相に迫る長編ノンフィクション。
0投稿日: 2022.07.25
powered by ブクログ私が生まれて間も無くの事件だった。 短刀を構えた青年が、壇上の浅沼氏に襲いかかる映像も何度も目にした。 子供心に公衆の面前で浅沼氏が刺殺されるというショッキングな事件を覚えている。 この作品で山口二矢という青年を知り、彼の思考を知り、あたかも鞘を持たない抜き身の刃物のような存在に思えたこともある。 純粋さやひたむきな正義感は直情的な行動に移行すると凶器になってしまう事があると改めて感じた。 (発売当時の月刊文藝春秋で読んだと記憶す)
5投稿日: 2021.10.10
powered by ブクログ社会党 浅沼委員長刺殺事件のノンフィクション作品。 受賞作だけあり 引き込まれる。 若い世代にも一度読んでほしい。 テロでは解決できない問題 社会問題 にどう立ち向かうか。
8投稿日: 2021.05.09
powered by ブクログずっと前に買ってあったが、全く読めておらず本棚に眠っていた。さすがにノンフィクションの金字塔といわれる作品。読み応え十分。目のつけどころもすごいし、事件が事件だけに、取材するのが相当に大変だったと思われる。インタヴューを重ね丁寧に文章を紡ぐ。こんなことはなかなかできないことだと思う。この人にはかなわないと改めて思ってしまう。
1投稿日: 2020.12.07
powered by ブクログ個人的な価値観として、生命を奪ってまで成し遂げるべき理想や革命がある、という向きには賛同できかねるのだけれど、そういった個人の価値観を超越したところにある何か、何かはよくわからないけれど、何か。 そういうものの存在を強く感じざるを得ないドキュメンタリー。 沢木氏が後書きにていう、 「私は 、少年時代から夭折した者に惹かれつづけていた 。しかし 、私が何人かの夭折者に心を動かされていたのは 、必ずしも彼らが 「若くして死んだ 」からではなく 、彼らが 「完璧な瞬間 」を味わったことがあるからだったのではないか 。」 という感覚には、ある程度シンパシーを覚えた。 もし生きていたら、という仮定を鋭く撥ね返す夭折者。 なるほどねえ。
2投稿日: 2020.12.05
powered by ブクログ読むのに時間がかかったが、すごい胸に残るものがあった。1960年に起きた元社会党党首だった浅沼稲次郎氏が壇上で演説中に刺殺された事件。犯人は17歳の少年。2人の生い立ちを振り返り、あの時に2人の時間が重なり合う。最後のほうは胸がドキドキしてた。あの瞬間をとらえた写真は確かに有名。出版されたのが自分の生まれた年ってのもなんだか感慨深い。しかし、思想の違いで人を殺すのはよくないが、訪中して中国帽をかぶって飛行機から降りてくるというパフォーマンスであおった事は事実かなと思った。第10回大宅宗一ノンフィクション賞受賞作。
0投稿日: 2020.08.26
powered by ブクログ緻密な取材と描写が光る。 時代背景に無知な自分のような読者にも(未知の言葉や人物を調べつつ、という作業は必要になるが)文脈を示し、出来事を筋立てて理解させてくれる。そのくせ、沢木氏の真骨頂ともいえるドラマ性の高い筆致が、難解さや淡白さを許さず、面白く読み進めることができた。テロルを起こす側と起こされる側、主人公ふたりのXデーまでの道のりを丁寧に、ドラマチックに仕立てた構成が見事。
0投稿日: 2020.03.23
powered by ブクログもう、三十年も前に読み終えた ルポルタージュの名作、 本屋さんの棚に並んでいたので 懐かしく思い、奥付を見ると 「新装版」とある これは 今一度 と… やはり どきどき しながら 最期まで 読んでしまいました 「一瞬の物語」が その時代の雰囲気と有り様を 見事に語ってくれる あとがき、 それも Ⅰ~Ⅲまで それも また 興味深い
3投稿日: 2019.10.30
powered by ブクログ刃を持った17歳の右翼少年と、刺殺される社会党党首/ 両者を掘り下げてその悲劇をリアルにする/ 左翼活動全盛期の追い詰められた右翼がよく描かれている/
0投稿日: 2019.04.15
powered by ブクログ「凍」が面白かったので、引き続き沢木氏のノンフィクションをと思い読んでみる。社会党委員長の浅沼稻次郎を刺殺した、元大日本愛国党員山口二矢の話。 最初は学生運動盛んな時代を興味深くは読んでいたが、浅沼山口両氏の詳細な背景などは、いまいち興味が持てず、途中で読むの断念。
0投稿日: 2018.03.06歴史的背景と結果を見れば…
テロリストに対する評価を甘く下してしまうかもしれませんが、テロはテロです。そして、彼が歴史を動かしてしまったのも事実でしょう。 社会党の被害者浅沼は著者が描いているように中国へ気を遣うあまり、冷戦下で米軍基地の存在下で、”米帝との闘い”を叫んで、日本の親米左派、親米中道を完全につぶしたという評価を下さざるを得ない古い気質の典型的な社会主義、共産主義信奉の闘志ではあるわけですが、国民から信託を受けた歴とした議員であるわけです。それを暴力をもって排除した少年を英雄視することは民主主義の冒涜であると感じます。 確かに、浅沼が親米左派、中道を挫折させ、現在に山積する数々の問題を引き起こしたのは事実だとは感じます。特に彼が中国寄りの発言を行わなければ、朝鮮総連への甘い対応は右派と中道の連繋で防げたはずで、そうであるならば北朝鮮の核武装もなかったかもしれません。また、靖国参拝を行う極右のみの選択肢しか国民に残らないということもなかったでしょう。 しかし、テロルはテロルです。特に犯人に信条を吹き込んだ右翼団体への時の政権のさじ加減の甘さには幻滅します。 ポアすると言った例の団体の教祖のことを思い出します…。 内容としては非常によく取材されたノンフィクションで、読み手に歴史を教えながら、偏りのない内容でありながら、自身の主張を上手く読者に読ませてくれます。 ただ、右左問わずテロはよくない!
0投稿日: 2017.08.17
powered by ブクログ沢木耕太郎 「テロルの決算」 山口二矢によるテロル(自分と異なる政治信条は認めず、殺すことで決着を図る)の前後を再現し、被害者の浅沼稲次郎の実像も含めて 総括した本 著者が読み手に伝えたかったのは 次のことではないか *二矢が若くして、テロルを単独決行し、自決したことの是非を問うた *ニ矢伝説の真偽を検証して、伝説は 事実を粉飾している と結論づけ、粉飾意図を問うた 二矢伝説とは 「ニ矢の刀を 護衛の刑事が掴み、ニ矢は 刑事の手を守るため 刀を手放し 自決を断念したという伝説」 この伝説により 二矢は 英雄視され、浅沼は テロリストに殺された社会主義者としての栄光を手に入れた
0投稿日: 2017.06.21
powered by ブクログ山口二矢の父は、生きるため、稼ぐためにさまざまな職を転々とした 家庭用インターネットなど影も形もない時代 二矢少年は転居のたびに友人関係のリセットを余儀なくされ 新たな人脈の構築に苦労するハメとなった それでも、お父さんが働いてくれているから生きていけるんだと そんな思いで押し殺した鬱屈が やがて政治的な感情にすり替わっていったのではないか お国あってこそ我々日本人は生きていかれるというのに 左翼の連中はわがまま放題、好き勝手なこと言いやがって 許せん だがそんな二矢を、父もまた全面的に理解してくれるわけではなかった その寂しさが彼を先鋭的に駆り立てていった 二矢の幼い頃、父は農地改革や投資促進のための啓発演劇を 生業として行っていた 二矢も子役に駆り出された その頃浴びた喝采と、父に誉められた記憶を もう一度取り戻したかったというのは、ありそうな話だ そんな少年に襲撃されたことは 浅沼稲次郎にとってはまさに晴天の霹靂であった とばっちり、八つ当たりもいいとこだが しかし社会党委員長の浅沼にとって山口二矢は 運よく政治家として生き延びてきた大戦時代からの 遅れて来た死神のようでもあった 生前、なあなあ居士と揶揄されることもあった浅沼は 大正~昭和~戦中~戦後と変化する日本社会に 迎合することで生き延びた人だったが 生き延びるための変節 その無責任を通すことこそ政治の本質と考えているフシがあった そんな浅沼稲次郎もやはり、孤独な少年時代を過ごしていた まあそれはよくある偶然だろう
1投稿日: 2017.03.17
powered by ブクログ1960年に起きた、右翼少年による社会党の浅沼委員長刺殺事件、を題材としたノンフィクション作品。 物語は被害者と加害者である二人の生い立ち、事件当日の状況や現場に居合わせた人々の様子、そして事件後に残された関係者の行末を、とても鮮明に描き出している。 防衛庁に勤める父親を持つ少年が、兄の影響により右翼活動に参加し、浅沼委員長をターゲットに定めるまでの経緯、そして浅沼氏が政治家を志し、書記長から委員長へと登り詰めた時代背景など、何の接点もない二人の人生が交錯する一瞬までの模様が、非常にスリリングに描写されている。特に、浅沼氏自身も多くを語らなかった、恩師である麻生久氏との関係に触れた、第三章「巡礼の果て」は圧巻だった。 刺殺の瞬間を収めた写真は、日本人初のピューリッツァー賞作品となったわけだが、一枚の報道写真にこれほどまで、深い背景があったとは想像もできなかった。そして、この事実を鮮明に照らし出した沢木氏の洞察力は実に見事である。
0投稿日: 2017.03.11
powered by ブクログ沢木氏初の長編ノンフィクションということで良い意味で肩に力が入っている。中立的かつ硬派に、浅沼社会党委員長刺殺事件の背景を抉り出す。 「あとがき」で著者が書いているように、本書は山口二矢とともに、浅沼稲次郎へも焦点を当てたことにより飛躍的に重層感増す作品となっている。戦後混迷期の少年による野党党首殺害というセンセーショナル性だけが現代でも語り継がれているが、山口二矢という極右的思想を持った一途で頑強な極めて稀有な人物がたまたま少年だったという事実と、党内紛と熱量低下でモチーフ化しつつあった浅沼稲次郎が至極不幸な形で交叉したのがあの3党首立会演説会であった。小林日教組委員長でも野坂共産党党首だった可能性もあったが、それは浅沼氏だったのだ。 浅沼氏が奔走した戦前戦後の日本政治の特殊性と、三島由紀夫『金閣寺』の溝口の如く次第に切迫し暗示していく山口の心理考察が緻密に描かれており、厖大な文献調査と取材の形跡が伺える。 1979年の作品だがノンフィクションの名作として是非読んでいただきたい。
0投稿日: 2016.06.27
powered by ブクログ沢木耕太郎の傑作と名高いので読んでおかねばと思って読んだ。浅沼稲次郎暗殺の全貌を膨大な取材と正確な筆致で炙り出している。終戦後の日本の政局や当時の右翼・左翼のあり方についてある程度の知識がないとややつらい
0投稿日: 2016.03.21
powered by ブクログ1960年10月、社会党の浅沼稲次郎氏が刺殺されたテロ事件を、関係者への詳細な取材をもとに再現したもの。 犯人の山口二矢の生い立ちと、浅沼氏の生い立ち及び政治的思想の背景を綿密に調べ、殺された浅沼氏のそのときの状況と、殺した17歳の山口の焦燥などが詳しく語られ、非常に詳しくこの事件を再現している。 浅沼氏が殺されたときの各関係者の状況描写は、まるで映画を見ているかのような書き方で、自分もその場にいたかのように錯覚してしまう。
0投稿日: 2016.01.23
powered by ブクログ若きテロリストの儚い閃き。 老政治家を大衆の見守る中刺し殺した17歳の少年。両者がいかに交差することになったかを解き明かす、ノンフィクションの傑作。
0投稿日: 2015.12.23
powered by ブクログ社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件について、犯人山口二矢と浅沼稲次郎の両面から描く。随分、山口二矢をヒロイックに持ち上げてるけど、ありがちな思想にかぶれて視野が狭まり突っ走る若者のように見えてしまう。一方の浅沼は思想や理想があるように見えないものの地道に組織運営にあたってきたという共感したいような政治家としてはどうかと思うような、とは思うが、しかしやはり山口を持ち上げる気にはまったくなれん。そして、沢木耕太郎はほぼ同年代でこれを書いた。なんとまあ。
0投稿日: 2015.11.25
powered by ブクログ著者がまだ若いときに出版されたもので、著者が真実に迫ろうとする、真摯でまじめな姿勢がうかがえる。 まず、取材先の数が膨大である。 自分のなかの疑問を少しでも解き明かすため、著者はあらゆる関係者の声を聞きたかったのだろう。そのころはまだ大作家ではなく、おそらく自分でアポをとり、自分で取材趣旨を説明し、自分で話を1件1件聞き、自分でルポにまとめていたのだろう。全体の完成度からみれば後の作品のほうが良いだろうが、著者が構成力を、取材を丁寧かつ時間をかけて積み上げることによってカバーし、結果として読者がよりよく真実を見極められる材料を提供している。 さらに、山口二矢の関係者と、浅沼稲次郎の関係者と、二極からの取材による手法も、著者の真実に対する貪欲な姿勢を感じさせる。 あくまでルポルタージュなので、著者の視点は本来入るべきではない。しかし全体を通しての真摯な姿勢が、読者に「では著者はどう感じたのか、最後に知りたい」と思わせる。傑作。 (2006/1/24)
0投稿日: 2015.11.08
powered by ブクログ本作を書き終えた沢木耕太郎は、当時20代後半。これだけ精緻なルポをその若さで書き上げたことに驚く。 山口二矢を凶行へと駆り立てた、青年特有のパトスは誰もが持ちうるものだ。しかし、それは浅い人間観に基づいた極端なユートピア思想であって、たとえばそれは日本赤軍のそれと根っこでは繋がっているように思える。 チェ・ゲバラを無批判に支持する風潮がいまだに世界中にあるように、政治の季節に激しく命を燃やして散っていく若者をヒロイックに持ち上げるのは日本だけではない。ただ、彼らは死んでおしまい。多くは終わりなき日常に絶望しながら生き続ける。 そういう意味で、沢木耕太郎が浅沼稲次郎のもう一人の主人公に据えた意義は大きい。ヒロイズム礼賛では世の中は変わらない……と思うのも自分が年を食ったからか?
0投稿日: 2015.07.22
powered by ブクログ浅沼稲次郎暗殺事件が起きたのが昭和35年だから、既に55年が経った。半世紀以上前の事件であり、既に歴史となった事件であるが、犯人の山口二矢の心情については、現代でも共通するものはあるだろう。 現代でも思いつめた末に事件を起こす少年はいるが、この時代は政治の季節だったということかもしれない。
0投稿日: 2015.07.09
powered by ブクログ著者にとって初めての長編ノンフィクション作品。初版は1978年である。社会党委員長浅沼稲次郎の演説会での暗殺をテーマに犯人である17歳の山口二矢(おとや)と浅沼のその日に至るまでの人生、経緯を緻密な取材を元にノンフィクションに仕上げている。暗殺の瞬間の写真はピュリッツァー賞を受賞、実際の事件を知らない私でも一度は見たことがある衝撃的写真である。 日本が敗戦を経て、民主主義国家を歩み始めた時期、資本主義、社会主義、共産主義が実際の世界に存在し、日本はいったいどのような国にしていくべきか、日米安保の論議がなされていた時期の出来事である。この時期の日本の政治体制の一端を知ることも出来る。 しかし小難しい政治論議を抜きにしても、当事者ふたりの人生を対比して描きながら、暗殺当日のピークまで進んでいくストーリーはまるで映画を見ているようにドラマティックで、これが沢木耕太郎の真骨頂だと感じさせる。 すでに出版されて30年以上がたっても全く色あせない作品だ。
0投稿日: 2014.12.04作者の筆致が冴えるノンフィクションです。
社会党委員長・浅沼稲次郎が右翼の少年・山口二矢に壇上で刺殺されたのは、1960年。私が1歳の時です。現代史の中の一つの事件として、衝撃的な写真ととともに記憶にはありますが、深く考えたことはありませんでした。 まず、1960年10月12日の日比谷公会堂まで、二人の人生の軌跡を丁寧にたどります。浅沼委員長、山口少年双方がどのような人物だったのか、生い立ちは?家庭環境は?学生時代は?等を詳細な調査とわかりやすい文体、そして、あたかも小説のような書きぶりで解き明かしていきます。テロリストとしての山口二矢がコトに至るまでの心象風景は言うまでもなく、それ以上に、浅沼稲次郎の戦前から社会党委員長になるまでの紆余曲折?の生き方も、とても興味深いモノでありました。また、なぜあの衝撃的な報道写真が撮ることができたのかも、解き明かされます。しかし、この本のスゴいところは、この事件の後のことに沢山のページを割いていることです。つまり、これが「決算」と言うことです。さてその決算報告は…。 考えてみれば、当然のことなのですけど、双方に仲間、友人、知人、そして家族がいるわけで、事件が起こった後のそれぞれの様子を詳細に追跡しています。さらに年を経過したごとに書かれた「あとがき」が3つも掲載されています。 この本を読む前は、一つの事件の経過をたどるモノとして手に取ったのですが、最後まで読み、3つの「あとがき」を読んだ後は、まったく印象が変わりました。これは、人としての一生を深く顧みる、示唆にあふれた、紛れもなくノンフィクションの「金字塔」であります。
2投稿日: 2014.11.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
沢木耕太郎がこんなノンフィクション書けるとは知らなかった。政治家がたくさん出てきて生半可な知識ではない。暴力のアホさ虚しさ未熟さ、愚かさをもっと否定して欲しかった。純粋な人間扱いはどうかと思う。役者に憧れる自衛官の父親を心の中まで書き、山口の人間形成に無理に結びつけようとしなかったのは良かった。短絡的でない現実こそが二人の主要登場人物に真摯に向き合うことを求めているように感じた。
0投稿日: 2014.11.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
[ 内容 ] ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストと、激しく交錯する。 社会党委員長の浅沼稲次郎と右翼の少年山口二矢。 1960年、政治の季節に邂逅する二人のその一瞬を描くノンフィクションの金字塔。 新装版「あとがき」を追加執筆。 大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。 [ 目次 ] 序章 伝説 第1章 十月の朝 第2章 天子、剣をとる 第3章 巡礼の果て 第4章 死の影 第5章 彼らが見たもの 第6章 残された者たち 第7章 最後の晩餐 終章 伝説、再び [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]
0投稿日: 2014.11.01
powered by ブクログ山口二矢が壇上で演説中の社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺するまでを描いたノンフィクション。最初に読んだとき、その鮮烈さに手が震えました。一人の男の人生にのめりこんでいき、最後の一瞬に瞬間に凝縮していく。少年の短い人生を描きながら、最後は時代を切り取ることに成功している。この本をきっかけに、私は沢木作品を読み漁り、ニュージャーナリズム的手法を研究しました。
0投稿日: 2014.10.29
powered by ブクログ私が何人かの夭逝者に心動かされていたのは、必ずしも彼らが「若くして死んだから」ではなく、彼らが「完璧な時間」を味わったことがあるからだったのではないか。
0投稿日: 2014.09.18
powered by ブクログノンフィクション作家・沢木耕太郎の初期の代表作。 日本社会党の重鎮・浅沼稲次郎と、浅沼を刺殺することとなる少年・山口二矢。あまりにも対照的な二人の思想と生き方を克明に浮かび上がらせた傑作です。 とにかく圧巻なのはその取材力。政治的な色彩の濃い、そしてそれがゆえに容易に歪められがちな事件を、著者は確かな熱意と冷静な目をもって執拗に追っていきます。一読すれば、浅沼と二矢を語るにあたって本書が未だ欠かせない理由が理解出来ましょう。 構成も素晴らしい。浅沼稲次郎と山口二矢の生涯を対比させ、また合間合間に彼らをめぐる時代を描く手腕は並大抵のものではありません。やや硬質な文体も緊張感を高めるのに一役買っています。著者の視線に導かれ、読者は二矢の狂熱に、浅沼の「闇」に踏み込んで行かざるを得ません。 一気読み保証。 お勧めです。
0投稿日: 2014.05.21
powered by ブクログ61歳の政治家である浅沼稲次郎と、 17歳の右翼活動青年である山口二矢。 この二人を掘り下げて書いていくことで、 最後の刺殺の瞬間が劇的に感じられた。 浅沼の愚直で行きつくところまで行きついた政治人生、 山口が思い切ったことをやらねばならないと決断した心境 読んで色々思うところはある。 でもそれを言葉にしようとすると非常に難しい。 あまりこのような思想に関して、私が考えて来なかったからだと思う。 ただ山口がとった刺殺という行動を私は認められなかった。それだけ。
0投稿日: 2014.03.31
powered by ブクログやはり、沢木耕太郎は凄いよ!と心の奥で噛み締められた。浅沼稲次郎の暗殺事件を扱ったルポ作品。背後関係やその時の人々の感情など、文章を形作るエッセンスの一つ一つに、綿密な取材の成果を感じた。どうやったらここまで綺麗に書けるのだろう。 長年、苦労に苦労を重ねて社会党委員長となった浅沼稲次郎と、右翼少年の山口二矢。浅沼からは普段の笑顔とその裏の悲しみが根底に感じられる。山口二矢からは、彼が夭折したこともあって、清楚な感じ、凛とした感じがする。この二人の人生を平行線で追うことで、この作品は展開している。山口はたかが17歳。だけども浅沼は戦前からの運動家。経験も何もかも違うのに、この二人の生き様からには運命的なものが感じられた。感じさせられたのかもしれないけど笑。 沢木氏はあとがきに、夭折した人間が生きていたら、今は⚪︎⚪︎歳だと想像することは出来づらいというようなことを言っていた。死ぬということは、その人を神格化することってよく言うけど、山口も浅沼もその点で同じだったのかもしれない。ただ死んで終わりじゃなくて、現実はどこまでも続いていく。面白いなあ。 ところで、山口二矢は僕の中で安重根と重なった。安重根も伊藤博文の殺害後は、凛とした佇まいだったらしい。山口と被る。思考を持つ暗殺者は皆そうやって達観するのか、はたまたただただ神格化されただけなのか。暗殺者と暗殺者に触れた人にしか分からない話ということで。
0投稿日: 2014.01.31
powered by ブクログ高校生だった。 当時ファンだった歌手が、歌番組で「沢木耕太郎」の名を口にした。 歌手が「読んだ」と言っていた本は、この本ではなかったが、当時高校生だった私には単行本を買う金銭的余裕はなかった。 「沢木耕太郎」の本で自分の財布の中身で買える本、その中から私は「テロルの決算」を選んだ。もちろん「テロル」のなんたるかも知らずに。 難しかった。 政治的なことも思想的なことも何もかもに無知であった高校生の私にとって、この本はひどく難しかった。 ページを行きつ戻りつしながら長い日数をかけて読んだ。 子どものころから本を読むことは好きだったが、当時の私は両親と兼用で、西村京太郎や山村美沙といった推理小説を読んでいた。2時間程度で読めてしまうそれまでの本と違い、なかなか読み進めることができなかった。 それまで途中で読むことをあきらめた本はない。意地で読んでいたといってもいいだろう。 私には「テロルの決算」の文章がひどく「冷めて」いるように感じられた。 そしてその「冷めた」文章がそれまで読んでいた本との違いだったように思う。物語のどの登場人物に対しても等分に冷たい温度で書かれていると感じた。 私が感じる温度が変わるのは、終章を読み終える頃だった。 「冷めて」いた文章が暖かく私に触れてきた。 ずっしりとした手ごたえ、ただ読んでいただけなのにずっしりと重いものが胸にのしかかってきたような感覚。初めてのノンフィクションだった。 「テロルの決算」を読んだことで、それ以降の読書の傾向が激変した。 読める限りの「沢木耕太郎」の本を読み、ノンフィクションに目を向けるようになった。 それまでより真面目に新聞を読むようになった。自分の無知を埋めたいと切実に思った。 その後数年、就職面接などで本について訊かれるたびこの本の名前を出していた。感銘を受けた本として。それは25年以上を経過しても変わってはいない。
0投稿日: 2013.12.23
powered by ブクログ冒頭の山口二矢の読売新聞と浅沼稲次郎の背広、運命の必然とは確かに存在するのかもしれないと思った。決行当日の僥倖も運命の必然が導いたものだったのかもしれない。渾身のノンフィクション、そんな言葉がぴったりの作品だと思う。
0投稿日: 2013.08.24
powered by ブクログノンフィクションは大好きだが、沢木耕太郎氏の著書を読むのは実は 初めて。 1960年に起きた浅沼稲次郎暗殺事件 http://p.tl/kP5C の犯人17歳の山口二矢と 政治家浅沼稲次郎の生涯と事件、その後を追ったノンフィクション。 沢木氏はこの著書を書き初めたのが私と同じ20代後半。 正直よくもまぁここまで調べたもんだと本当に感嘆した。どうやって調べたんだろう? 犯人、被害者の生い立ちはもちろん事件当日の動きまで 本当によく調べている。 17歳の山口がその純粋性ゆえにテロを決断した考えの推移や、当日いとも 簡単にテロを完遂してしまう偶然、17歳でありながら落ち着き払ってテロの完結、 自殺にまで流れていく様がよくわかる。 個人的には人の決断とはこうあるべき、というのが一番の学び。 山口の、行為については一切の後悔もなく、穢れなく、ただ事件としての被害者や 関係者に詫びを入れる様子は本当に17歳か、と思う。 今はどうかわからないが、当時の右翼では山口は神格化された存在になったそう。 その理由もよくわかるような内容になっていると思う。 沢木さんのファンになりそう。
0投稿日: 2013.05.14
powered by ブクログ普段読まないジャンルだったが、興味があったので気にしてみました。 自分の中にも、原理主義とゆうか潔癖主義なところがあり、この本を読むことがきっかけで右とか左とかに興味を持ってしまうのではないかと言う恐れがありました。結論としてはきれいなだけで正しいのか、きれいなだけで世の中を変えられるのかということをに強い興味を持ちました。 今、水滸伝も読んでいる途中なので、志の綺麗さと、実行していくことの難しさについて考えさせられました。
0投稿日: 2013.04.18
powered by ブクログ浅沼稲次郎がヤマグチオトヤに刺される映像を子供の頃のテレビで決定的瞬間とかなんとかで見た記憶から、この本に至ったが、両者の人物像に迫り、残された世界を追求して描かれた内容に深く引きずりこまれた。 あとがきも素晴らしい。
0投稿日: 2012.12.27
powered by ブクログ事件としては一瞬で終わる話なのに、全ての登場人物の背景を深掘りしていって、ここまでの話にまとめたのはすごいと思う。 当時の世相などもわかって良かった。
1投稿日: 2012.12.27
powered by ブクログ政治家の浅沼稲次郎さんと、その浅沼さんを殺害した山口二矢の物語ですが、それぞれの心理的情景と行動、そういう行動を生み出す時代背景がとてもよくかけていると思いました。 まだ自分が生まれる前の時代になりますが、戦争が終わり、戦後の高度成長に移る時代で、国民が政治というものをいまよりもずっと真剣に考えていた時代であると感じます。 ソ連と米国の冷戦、それに中国という強大な国が日本をとりまくなか、国が左にいっても右にいってもおかしくない時代の雰囲気がよく伝わります。 今の若者が読むとどう感じるのだろうか?と、思わせる本でした。
1投稿日: 2012.12.01
powered by ブクログ若きテロリストと、その対象となった者の双方を、等しく取り上げ、理解しようとする。それによって、この一瞬の出来事を立体的に描くことに成功している。 素晴らしいドキュメンタリー。
0投稿日: 2012.11.23
powered by ブクログ1960年、左翼の運動が盛んだったころの話。17歳の少年・山口二矢(やまぐち・おとや)は、共産主義(左翼)が日本を滅ぼすものだと断定し右翼活動に没頭する。そして、社会党委員長であった浅沼稲次郎を演説中に刺殺するという前代未聞のテロ事件を引き起こす。 この作品では、山口二矢が事件を起こすに至った心理描写や浅沼稲次郎の政治人生が克明に読み取ることができる。山口二矢という少年は、おそらくとても純粋な少年で、当時流行だった左翼の偽善や暴力性がどうしても許せなかったのだろう。また、右翼団体の腰の重さにも次第に絶望し単独での凶行に踏み切る事になる。その凄まじいまでの行動力。 その後次第に左翼が勢力を失っていった事を考えれば、この17歳の少年が少しは歴史を動かしたと言えるかもしれない。
1投稿日: 2012.11.19
powered by ブクログ刺す方、刺される方、両者に等しい眼差しをあて、イデオロギー的に立場を取らず、クールに、しかし情熱的に文章を編んでいく。実に素晴らしいドキュメンタリーだ。ちょっとした一文が優しく、かつ重い。 浅沼は幼少の一時期を除いて、血のつながった人間との「狎れ合った」関係の中で生活したことがなかった。義母という他人、友人という他人。結婚しても子供が生まれなかったから、彼の身の回りには妻という他人、幼女という他人、秘書という他人しかいなかった。234ページ。 みたいな、ちょろっとでてくる、どきりとする文章が。
2投稿日: 2012.08.18
powered by ブクログ1960年10月12日。東京の日比谷公会堂では自民党・社会党・民社党の 3党首による立会演説会が行われていた。 民社党委員長の西尾末広の演説が終わり、社会党委員長の浅沼稲次郎 が壇上に立つ。 会場の右翼からは凄まじい怒号とヤジが飛ぶ。警戒する警備陣の 隙をつくように、ひとりの少年が壇上に駆け上がった。その手には 鈍く光る刃物が握られていた。 演説中の浅沼委員長に体当たりするように、手にした刃物で刺殺した 犯人は山口二矢。当時17歳。 60年代安保の国会突入の際に亡くなった樺美智子が学生運動の象徴に 祭り上げられたように、二矢はこの暗殺事件を起こしたことで右翼の なかで英雄として祀られることになる。 本書はテロの対象とされた浅沼稲次郎と、テロリストとなった山口二矢 のふたりの生い立ちから事件に至るまでを綿密に描いている。 「万年書記長」と呼ばれた政治家と右翼少年。立場も思想もまったく 異なるふたりだが、根底には愚直なまでの信念があったのではないか。 何故、殺されなければならなかったのか。何故、殺さなければならな かったのか。61歳と17歳の人生は、「死」によって交錯した。 テロは憎むべきものである。しかし、本書で描かれている二矢には 少年期特有の青臭さはあるもの、憎しみが湧かない。それは彼が彼 なりに、この国を思った真っすぐさが感じられるからだろう。 そして、一方の浅沼稲次郎には救われなさを感じる。私を滅し、庶民の 為、党の為に尽くした政治家。与党からも、右翼からも個人としては 「善人」と評価された人は、その死によって惜しまれるどころか党内 からは死んでくれてよかったとまで思われる。 弾圧の時代の浅沼の軌跡は壮絶である。加えて2度にわたる発狂を経て、 やっと手にした委員長の座にありながら凶刃に倒れなくてはならなかった とは。これが「運命」と言うならば、浅沼の運命は哀し過ぎる。 どちらがいいとか悪いとか、著者は一切の判断を下していない。 ふたりの人生を積み重ね、事件の背景を描き出したノンフィクションの 名作である。
0投稿日: 2012.08.10
powered by ブクログ「深夜特急」のイメージで読み始めてはいけない。これはまったく異なる種類のもの。細かく調べてはいるのだけど、まったくもって単調な「記録」。
0投稿日: 2012.08.05
powered by ブクログこれまた、読んでいそうで、実は読んでいない名作を読んでみようシリーズの一環で読んでみた。 沢木耕太郎の本は、好きな本と嫌いな本に分かれるのだが、この本は好き。ちなみに嫌いな本は、一言で言うとカッコ付けているやつ。 好きなのは、深夜特急とか。 恐らく50年程度前の話なのだが、真剣に政治活動をしている人々の姿を見て、今の自身の姿を反省した。 蟹工船のレビューにも書いたのだが、 今の人たち(一般人も政治家も)は、少しでも自分が得する事しか考えていない。精神的には乞食のようだ。 ほんの数十年前の話なのに、今と精神構造が大きく変わってしまったようだ。とても幼稚な方向に。 生活保護の不正受給なんて最たる事例だ。卑しさを感じるからニュースを見ていても気持ちが悪いのだろう。
0投稿日: 2012.07.01
powered by ブクログ山口二矢に焦点をあてた作品であるかのように思えたが、 著者があとがきで記している通り、浅沼稲次郎の作品でもあった。 60年代という時代世相がどういうものであったか、 それを少しでも垣間見るための作品でもある。 山口と浅沼の両者を比較した場合、どうしても山口には共感できない。 浅沼のほうがより人間臭さが感じられてしまう・・・
1投稿日: 2012.04.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
日本もかつては多くのテロがあった。幕末、明治、戦前、戦後と、一人の要人を暗殺することで、何かが変わると思っているのか。 このノンフィクションは、テロによって殺した側と殺された側をそれぞれ描いたものだ。あとがきのところで、作者は、若い二矢が、もし若くして命を絶つことがなければ生きたであろうその後の姿を想像を出来ないという。彼は自らその生涯を終わらせてしまったわけで、自らも将来のことは考えていなかったのだろう。若者は夢を持ち、自らの将来を描くのだが、それは全くなかったのだろう。今の世の中もそういう夢がない若者が多い。
0投稿日: 2012.03.24
powered by ブクログノンフィクションってこんなにドラマチックに描けるんだ!と感動した本。 私は沢木耕太郎さんの本は深夜特急から入ったけど、この本を読んでその力強さに驚いたことを覚えています。 その力強さと丁寧さ、そしてわかりやすさで描ききっており、この本を読んだ後、私はしばらくフィクションが読めなくなりました笑 私とノンフィクションを本格的に出会わせてくれた大切な一冊です。
0投稿日: 2012.02.27
powered by ブクログ山口二矢について皆さんはどう思っただろうか。私は今まで右翼の手先としか思っていなかった。しかし読んでみてどうだろうか。私は二矢少年は普通の学生だったのでは思った。ただ趣味が思想が右翼に片寄っただけなのではないか。 浅沼稲次郎は現代をどう思うだろうか。今の世の中は浅沼氏にとって物足りない世の中にと感じるのではないか。庶民のための政治家がいないだけでなく、変わろうとする庶民すらいなくなったからだ。 この二人が日比谷公会堂の舞台上で人生が重なり合うまでの刻一刻と迫りくる時間には手に汗を握ってしまう。当時の関係者や親族にかなりの時間割いたのだろう。とても生々しい会話、情熱が伝わってくる。 作者はあとがきで本は歳とらないと書いていた。現代の状況も考えるととてもよく分かる。 ノルウェーでもテロルにより多くの方が亡くなった。そして日本でもそんなに遠くない昔、テロが起こったことを忘れてはいけないはずである。しかし、この事件に関してはあくまでも過去の一件としか思われてない。ノルウェーにしろ、浅沼刺殺事件の当時は似ている部分がある。それは大衆の混乱なのである。ノルウェーは移民が多い国である。犯人はこう言った。「これからはグローバルと保守の戦いである」と。まさに日本も含めどこまでグローバル化していいのか思考している時代である。そして浅沼刺殺事件の当時は安保闘争であり、これからアメリカと一緒に生きていくことを決める日本の分岐点であった。 このように大きく時代が変わっている現在なのでこれから必要、心構えとしてこの本を読むべきなのでは思う。
0投稿日: 2011.11.07
powered by ブクログGWで読み終わろうとしたらピンポイントでちょうど のニュースが。 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090503k0000m040074000c.html 平和とか進化とかいろいろ考える今日この頃です。
0投稿日: 2011.08.27
powered by ブクログ日本社会党委員長浅沼稲次郎と、テロによって浅沼を刺殺してしまった山口二矢の物語。17歳の二矢の純粋過ぎる生きかた、社会主義者として生きた浅沼稲次郎の苦悩の人生…、はっとさせられる描写の連続です。そして悲しい結末…。 沢木耕太郎20代最後の作品。ノンフィクションとしての内容と完成度(まとめられかた)もさることながら、20代でこの描写の巧みさ!というところがまた衝撃的です。
0投稿日: 2011.07.13
powered by ブクログ山口二矢烈士と、老政治家浅沼稲次郎双方の人生が交錯した「一瞬」を細かく描いたノンフィクション作品。 烈」という漢字には烈火、烈々というように激しさ、勢いの良さがこめられている。烈士とは、「激しい気性をもって、自分の信念を貫きとおす男子」を指すらしい。山口二矢烈士は十七という若さで、野党政治家である浅沼稲次郎を討った。そこには、純粋な国を愛する気持ち、憂える気持ちが交錯した結果だと思う。罪を起こした彼に賛同することはできないが、そこまでの行動力や純粋に国を思う気持ちには頭が下がる思いがした。山口二矢烈士の左翼への怒り、それとは同時に右翼への絶望はどのようなものだったのか。自分を奮い立たせ、起こした行動の結果残ったものは一部右翼、保守派からの賛美だけなのか。守りたかった国の未来はこんなものでいいのか。そこまでして残したものは何か私にはわからなかった。 読んでいて苦しかった作品でした。それは、私もまたこの国を憂えているからだと思う。今となっては、山口烈士のような人間は現れることはない。時代も変わった。なんだかなぁ、こんなもんかあ、と思う世の中だ。今は亡き若き志士に心から同情する。
0投稿日: 2011.04.29
powered by ブクログ山口二矢の名前は聞いたことがあったけど、事件も含めた詳細は殆ど知らなかったので非常に興味深く読めた。政治家に対する命を賭したテロルに時代を感じるが、被害者浅沼稲次郎もきっちり描かれているので読んでいて切なかった。 資料的な感じで最後まで読んだので、あまり高揚する感じでは無かった。
1投稿日: 2011.02.24
powered by ブクログ「若さ」が「純真無垢」であるからといって、自らのなした行動に対してそれが、いかなる意味においても「免罪符」になるとは必ずしも言えないでしょうよ、と一般論として本書を読んでふと浮かんだこと。彼にとっての「最高の瞬間」は、その時のその場所でのそれでしかなかったわけで、筆者の言う、彼の「生きていたら」は全く想像しえない、は思うに説得的。
0投稿日: 2011.01.29
powered by ブクログ昭和35年10月12日、社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の少年、山口二矢に刺され死亡する事件を追求したノンフィクション。 浅沼、山口の双方の生い立ち、背景が丹念に描かれている。最後まで読み終わってから序説を改めて読むと、その意味がわかる気がした。人が信念を持つということについて考えさせれる。
0投稿日: 2010.11.20
powered by ブクログテロルの決算・目次 序 章 伝説 第1章 十月の朝 第2章 天子、剣をとる 第3章 巡礼の果て 第4章 死の影 第5章 彼らが見たもの 第6章 残された者たち 第7章 最後の晩餐 終 章 伝説、再び
0投稿日: 2010.10.04
powered by ブクログ昭和35年10月12日、日比谷公会堂の演壇に駆け上がった少年は弾丸のようなスピードで、演説中の社会党委員長浅沼稲次郎に突っ込み、刺殺した。驚くべき行動力と確固とした信念を持つ17歳のテロリスト山口二矢と壇上で息絶えるまで走り続けた人間機関車浅沼の一瞬の交錯を描いた本書は、日本のノンフィクションの歴史に燦然と輝く金字塔である。筆者は2人のどちらにも肩入れしていない。しかし、だからこそ2人の愚直で圧倒的な人生のドラマに胸を打たれる。 (九州大学 学部生)
0投稿日: 2010.09.27
powered by ブクログ浅沼委員長暗殺事件は歴史の教科書の一項目としての認識がありませんでした。この本を読んで事件の詳細、そして山口二矢のことを知りました。山口氏も生きていれば2010年で67歳。罪を償ったとしても、余りある人生が待っていたのではないかと思います。それにしても、17歳の少年がテロに真剣に向かっていった狂気というものを感じます。時代の空気もあったのでしょう。でもテロに走る感覚が分からない。 沢木耕太郎氏がこの事件にスポットを当ててくれたことで、事件が風化せず、語り継がれていることを考えると、作品の重みを感じます
0投稿日: 2010.08.02
powered by ブクログ日比谷公会堂の演壇に立った社会党委員長の浅沼稲次郎を右翼の少年山口二矢が両手で握った短刀で刺した暗殺事件を描く。 61歳の野党政治家と17歳のテロリストのそれぞれの生い立ちから事件の一瞬までを生々しく描き出す。 自分がその事件現場にいるように感じるほどの刺殺の一瞬一瞬の描写に息を飲む。 テロは反社会的・暴力的な手段であり何の解決も生まないと僕自身は思っています。しかし山口二矢少年の国を思う熱い気持ちには心揺さぶられるものを感じずにはいれませんでした。 現在の堕落しきった政治に批判するひとはいてもここまで熱く行動に移せるひとはいないような気がします。 そしてその少年以上に庶民のための政治に全力を傾けていた浅沼稲次郎が刺されたのが何ともやるせない気持ちになります。
0投稿日: 2010.07.16
powered by ブクログ声なき者の声を聞く しびれます。 めっちゃめっちゃおもしろかった! 沢木と言えば、「テロルの決算」でしょう、といわれる理由がわかります。
0投稿日: 2010.05.13
powered by ブクログ第10回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。 テロルとはドイツ語でテロリズムのこと、wikiでテロをさらに調べると「特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力・・」とある。1960年、社会党委員長の浅沼が17歳の山口二矢に刺された事件の前後を詳細にわたり書いている。小説と違い事実を丁寧に時系列で追っている、事件当時の様子などは物凄く緊迫感がある、これがノンフィクションの醍醐味なのだと思う。
0投稿日: 2010.02.27
powered by ブクログ新装版が昨年出ました。 この本の紹介を読むまで、浅沼暗殺事件なんて知りもしなかった。 もともと政治への興味が薄いのもあるが。 こうやって現在の日本に憤って、暗殺を企ててる人がいるというのは新鮮な驚きでもある。 暗殺なんて、遠い過去のことにしか思えていなかったから。 現代の若人こそ読むべきノンフィクション。
0投稿日: 2009.07.23
powered by ブクログ「しかし、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながら決して歩むことをやめなかった愚直な一生には、山口二矢のような明確で直線的な生涯とは異なる、人生の深い哀しみといったものが漂っている。」 主だった登場人物は2人。閃光のように駆け抜けていった17歳のテロリストと61歳の野党政治家。 17歳のテロリストはマスコミでも頻繁に取り上げられただろうけど、浅沼氏をただの被害者政治家としてじゃなく、生の人間として記してくれたのはとても嬉しい。 日本の歴史を知ることができた。
0投稿日: 2009.07.17
powered by ブクログ登場人物をリアルタイムで知らないものですから、ペースを掴むまでは読み辛く。 でもインプットできてからは一気に読めた。 結構エキサイティングでおもしろかった。 政治関係って、迂闊に手を出すとハマっちゃいそうで踏み込めないんだよねぇ。 小林よしのりとかさ。(あれは異色すぎる気もするが)
0投稿日: 2009.06.11
powered by ブクログ浅沼稲次郎、山口二矢を描いた名作。 折しも、刺殺場面の写真を撮ったピューリッツァー賞写真家が5月初旬に亡くなっていて、感慨深い。 社会党の歴史を知る上でも勉強になる。
0投稿日: 2009.05.19
powered by ブクログ浅沼稲次郎を刺殺した十七歳の少年、二矢(おとや)と、浅沼の物語。若く純粋であることは、同時に張り詰めた凶器のような危うさも孕む。十七歳という年齢が、自立した考えをもつには十分すぎる年齢であることを、ひとはその地点から離れ老いゆくごとに忘れていく。
0投稿日: 2009.03.23
powered by ブクログ殺られる側と殺る側 この両者を巧みに対峙させながら、物語は絶え間なく、つき進んでいく ここには飾られる言葉はなく 野に生き生涯清楚でありつづけた政治家と 蒸留水のように、無垢な若い魂の苦悩とが描き尽くされている。 ある意味救いようがないくらいに残酷な事件なのではあるのだけれども。 この事件が、この本を介在とし、世に問う意味はあまりにも清廉潔白なことが不思議なのだ。
0投稿日: 2009.02.18
powered by ブクログ1).目次 省略 2).筆者の主張 省略 3).個人的感想 ・17歳の若者が浅沼稲次郎を刺すまでの過程をまとめたものである。浅沼が選ばれた理由は偶然であり、人生の悲哀を感じる。 ・若者が暗殺者になるまでに、両親は止めることができなかったのかという点にも虚しさやさみしさを感じる。特に父親は息子のことを考えた行動をしており、うまく愛情表現できなかったのではないかと思う。
0投稿日: 2009.01.03
