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二十歳の原点
二十歳の原点
高野悦子/新潮社
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総合評価

173件)
3.6
26
47
66
7
0
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    このレビューはネタバレを含みます。

    周囲との自分との徹底的な対話と葛藤の末に凝縮される、強烈で真っすぐな生きることの「匂い」。 学生運動の時代だろうが現代であろうが、その本髄は変わらないように思える。 自分が20歳のころ、果たしてこんなに何かとぶつかり合うことはできていたのだろうか。ぶつかり合ったその感覚を、こんなにも言葉にすることができていただろうか。 久しぶりに、震えた一冊。

    0
    投稿日: 2012.05.27
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    学生運動の中燃え尽きていったのか 突き詰める様子が痛々しいほど伺える 有意義な学生生活とは何か? 二十歳とはどうあるべきか、苦悩とは何か 色々と考えさせられる

    0
    投稿日: 2012.05.10
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    生き急ぎすぎた川本真琴といった感じの印象。当時の熱感などが分からないので理解しにくい部分も多い。 アンラッキヤングメンやノルウェイの森の空気感と似て、つまりはあの時代の空気感、切迫感、閉塞感とはそういうものなのだろうか。

    0
    投稿日: 2012.04.29
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    新書の中にこの本の引用がされていて興味をひかれたので読んだ。 今年20歳になる自分としては、共感できる部分が多く、彼女が書いたさりげない一言さえもずっしりと重かった。 若くして死を選んでしまったことは残念で仕方ない。 でも、20歳になる前に彼女の存在を知り、この本を読むことが出来て良かったと思う。

    0
    投稿日: 2012.04.01
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    読んでてきついけど、共感する部分は多くある。 悩みの多い年頃だけだ。こんなに多く苦しみを味わわなければならないのは。 たくさんの人と話せて、自分の思いを誰かに表現できて、自分を客観的に理解してやっと苦しみから抜け出せる。 時間が解決することもある。なのに自殺してしまった彼女の最期はバカだな、としか言いようがない。残念で悲しい。

    1
    投稿日: 2011.12.09
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    1969年に20歳で鉄道自殺をとげた著者の死の前6ヶ月間の日記。学生運動の真っただ中で孤独を深める著者。 時代もあるのだろうけど、すでに大人の自分が読んでの感想は、ひたすら悲しいということ。

    0
    投稿日: 2011.11.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    決して、彼女は特別ではない。 確かに、彼女は心臓の病気を患っているが、大事なのはそこではない。 時代の流れの中、恋の悩みと闘争とが、絡みながら、深みへと向かっていく。 文体だけでなく心情の揺れが激しい。奮い立つ時と心折れる時。ただでさえ複雑かつ繊細な時期、持病と思想が、より一層彼女を苦しめたかもしれない。 日記は一番その人の深い感情が吐露される場だ。正直軽くない。分厚いものではないが一気に読めるようなものじゃない。しかし重いかというと、むしろ、読了後、やるせなさと、一方で少し身の引き締まる気もする。 二十代、特に、題のごとく二十歳の人が読むと、より実感というか、感じるもの、考えることがあるかもしれない。

    0
    投稿日: 2011.11.01
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    山田花子もねこぢるも自殺した。日本では年間3万人の人間が自殺している。自殺して何が悪い。何も悪くない。だって死んだら無になるんだ。善も悪もないんだぜ。

    0
    投稿日: 2011.10.10
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    女子大生の自殺するまでの日記 ただただ気持ち悪いと感じた。この人の考え方が自分には受け付けられない。刹那的でいい加減にふらふらしていただけでこの人の中には何もなく、本当にただ死んだだけに思えた。

    0
    投稿日: 2011.10.04
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    「『独りであること』『未熟であること』、これが私の二十歳の原点である。」(P14) 大学に入学した筆者は、高校まで演じてきた「成績のよい可愛こちゃん」が周囲から必要とされなくなったことに恐怖を感じます。そこで自己を確立しようとしますが、大学闘争という混沌の中で、恋に破れ酒に溺れ、失意のうちに死へと向かって行きます。 純粋すぎたために混沌を受け入れられない筆者の悲痛な叫びが、日記や叙情詩の中に描かれていて、読んでいてとても心が苦しくなりました。 大学生だけでなく、思春期で悩む学生に読んで欲しい一冊です。

    0
    投稿日: 2011.09.28
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    もし今も彼女が生きていたら、 普通に就職・結婚し、子どもをもうけ、 「ウフフ、若かったわね」なんて笑うだろうか。 死を選ばなかった、同年代の人たちのように。 甘すぎたのか、あるいは厳しすぎたのか。 幼稚だったのか、あるいは大人すぎたのか。 読むたびに相反する感想を持ってしまう。 ただ、私が二十歳の頃はここまで悩み多くなかった。

    6
    投稿日: 2011.09.22
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    独りであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である。 その書き出しのドラマチックさ。そして半年あまりのその日常。 高野さんが書いてた日記はこれだけではないけれど、人ひとりが生きてくのが言葉になるとこんなにも溢れてくるものだという、当たり前のような事実に吸い寄せられる。

    0
    投稿日: 2011.08.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    二十歳が終わるぎりぎりに読み終えて満足(笑) 自分とは他人にどう評価されるているかで存在している。というような分析を読んでぞっとした。それと自分を切り離して自分が幸せなら、別に良いのではないのか?自分の置かれている状況を分析して色々考えさせられました。

    0
    投稿日: 2011.08.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    立命館大学文学部の学生だった高野悦子さんが二十歳で鉄道自殺を遂げる直前まで書いていた日記をそのまま出版したもの。今からもう四十年も前の話で、平成生まれのわたしにとってはイマイチぴんとこない時代。政治闘争が激しい時代で、ゲバ棒なんて言葉が流行語になっていた時代。遠い。だけれど、そのこまごまと書かれた内容はいまどきの女の子と変わらない。バイトについて、学校について、好きな男の子について。こうした高野さんの内情がありのまま綴ってある。 わたしが最も重く受け止めたのは、彼女が自分の人生に対してとてつもなく真摯であったということ。彼女のような生き方はもう現在ではスタンダードではない。絶対的価値が崩落してしまったニヒリズムの時代に生きる今の人は、きっと彼女が馬鹿げていると言うだろう。でもわたしは重く受け止めたいと思う。

    0
    投稿日: 2011.07.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    孤独 人間が持って生まれたもの。 そしてこの子感受性の強さ。 ま、いいか、の無さ。 唯啓の根元にあるこの本。 感受性の鋭さ、ネガ感情へのとらわれを感じながら読んだ。 私の切り捨てるところも。

    0
    投稿日: 2011.06.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    初めて読んだときは18歳。読み終えた後只々驚愕した。そして恐くなった。なんで恐怖心を感じたのか自分でもよくわからない。高野さんの思考とか行動とかそういったことじゃなく、その本自体が恐くなった。急に生々しさを感じた。本の終わりに向かうにつれて高野さんの日記に綴られていく言葉がどんどん痛みを増していく。一体どうしたら彼女は救われたんだろうか。

    0
    投稿日: 2011.05.07
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    20歳で自殺を遂げた女子大生の、20歳の誕生日から自殺までの半年間の日記。 一生懸命自分を探して、もがき苦しんでいる様子が、生身の文章からひしひしと伝わってくる。 私も20歳の頃に、同じような孤独と無力感を感じていたような気がするが、あの混沌とした気持ちをここまで文章に表現できる著者を失ってしまったのは残念なこと。 今この子に会えたら、掛けてあげたい言葉が沢山ある。 そんなに考えても答えなんて見つからないってことを教えてあげたい。

    3
    投稿日: 2011.03.21
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    1969年1月2日から、1969年6月22日までに彼女が綴った日記。 最後に日記を書いた2日後、鉄道自殺を図る。20歳6ヶ月という若さだった。 彼女は頭が鋭く、勤勉で、意志が強かった。 70年代、学生運動が激化する中、反体制を徹底しシュプレヒコールを唱え続けた。世の中に蔓延る矛盾と戦っていた。 自分は未熟であるということ。 人間は醜く、汚らわしく、矮小であるということ。 それらが彼女を悩ませ続けた。 純粋性を求めるほど、世の中と差異が生まれ、離れてゆく。圧倒的にかけ離れ、独りになった結果として、社会、体制、人間との決別に至ったのだろう。 彼女は読書家であり、様々な本を読んでいたが、その中に太宰治がある。日記の中で太宰全集を「希望を託して」購入している。 私はどことなく彼女に太宰の雰囲気を感じた。二人には「純粋で儚い」ことが共通しているように思う。両者とも自殺という手段で命を絶っているのは悲しい。 彼女は醜い人間に絶望し、無垢のまま逝ってしまった。人間は世俗の垢にまみれ大人になった星の王子様も愛せるはずなのだと、寺山修司がとある本で言っていた。 世の中は矛盾だらけで醜くいけれども、それでも何か美しいものが生まれてくることだってある。 最後まで、人生を生き抜いてほしかった。

    0
    投稿日: 2011.02.13
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    烏兎の地図――庭園案内版 https://d.hatena.ne.jp/utomin/20051027/takanoetuko

    0
    投稿日: 2011.01.21
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    結末が結末なだけに、読み進めていく手が時に躊躇したり、共感してしまう部分のあまりの多さに嫌悪感を抱く。 間違ってもさくっとは読めない。 一日数ページめくるだけで精いっぱいでかなりの精神力がいる、と思う。 彼女はあまりにも多感すぎたのではないか。 考えすぎてしまったのではないか。 とめる術を、見つけることができなかったのかもしれない。 この本を読み終えたのは電車の中だった。 しかも不思議なことに丁度人身事故が起きて止まっている電車の中、だった。 とても暗い気持ちになった。 突き落とされたような、暗い気持ち。 でもそこに希望が見えた。 自分が死を望んでいないことにはっきり気づけたということ。 死の向こうにある生を信じているということ。 脚本家・小説家の野沢尚氏が訴え続けたその言葉をふと思い出した。

    4
    投稿日: 2010.11.03
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    高野さんとの共通点が多くて、シンパシーを感じるも、結末が結末なだけに、なんだかモヤモヤしてしまう。 彼女は、日記を書き続けたから、あの結末を迎えることになったのかもしれない。日記を書く事で、自分をラベリングしていたのかもしれない。日記を書く事で、視線はどこまでも内へ向くし、書いている時は主体的に吐き出した感情も、読み返す時は客観性をも伴う、ため息、内省の繰り返しだ。日記の中の自己像にいつしか囚われて引きずられて、思考はどんどん暗い方へ落ちて行ってしまったのかもしれないと思った。 日記を書かずに、その日その日をただ過ごし、忘れて、流して、鈍感に生きていれば、ただの女の子でいられたかもと思うとまたモヤモヤ。 けど、あの時代がそうさせてはくれなかったのか。 色々と考えさせられる本。二十歳じゃなくて、色々消化出来た、今の年齢に読めて良かった。

    1
    投稿日: 2010.11.03
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    中学生の頃に自殺寸前の言葉が日記になっていると知って読んだ本。学園闘争時代の空気感、女性として、存在することへの悩み、いろんな意味で一読の価値はありかと。

    0
    投稿日: 2010.10.29
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    等身大の1969年を伝える稀有な日記。 安田講堂やあさま山荘ばかりがクローズアップされがちで、 「何を考えているのかわからない」時代、 だからこそ、こういった本の価値は計り知れない。 著者高野氏の透明感溢れる詩はそれ単体で見ても素晴らしい。 最期を自殺で締めくくった彼女の叫びが、痛い。

    0
    投稿日: 2010.10.28
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    今、私は当時の作者と同じ年齢の二十歳。 この時期にこの本と出会えて本当に良かったと思う。 一文字一文字が重く私の心にのしかかってきた。結構本を読むのは早いほうなのに、今回ばかりはなかなか先に進めなかった。 「孤独であること、未熟であること。」 これを自明のものとして物事を考えている作者は、とても二十歳とは思えない。少なくとも今の私よりは高いレベルで、本当に様々なことを考え、悩んでいる。 私も言いようのない孤独感に襲われたりする。そんな時は家族に愚痴を言ったり何かに当たったりしてしまう。 作者は強い人だから、それ故に悩みを他人と共有せず、一人で死ぬことを選んだのだろうか。 とりあえず、彼女は弱かったから自殺したわけじゃないと思う。彼女は強い人だ。 最後の日の日記に書いてある詩・・・ これが自殺する直前の人が書いたものとは思えない。

    0
    投稿日: 2010.08.14
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    「独りで生きてゆく。そしてみんなと一緒に生きていきたい。『お早う』と笑顔で一人一人の人間にあいさつできる人間になりたい。」そう書いてからたった三ヵ月後、二十歳の大学生であった著者は、自らの意思で命を絶った。この本は、社会に関心を持ち、理想を抱き、自己と闘い苦しみながら生きた一人の女性が、ただひたすらに自分の内面をぶつけた記録だ。鋭く繊細な感性と自分への過剰なまでの厳しさ、真直ぐさゆえに自分を追い詰めていく言葉は、約四十年間という時間を超えて読み手の心を打つ。 「どうして死んだの?」「死んでよかったと思う?」亡くなった人から、決して答えは返ってこない。でも、生きることが難しいと感じ、たまらなく孤独な時、この真摯に生死を考えた一人の自殺者の記録は、そっと心に寄り添い、気持ちを見つめなおすきっかけを作ってくれるのではないかと思う。

    2
    投稿日: 2010.06.27
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    結末は哀しい。 結末は否定したい。 でもたくさんの共感がある。 何故なら誰でも悩み恋をする。 でも誰もが違う道を歩いている。

    0
    投稿日: 2010.05.29
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    自殺する前に読む本 ニヒリストキルズ 真面目とは?迎合とは?他者を通してしか自己を見つめられないのか?

    0
    投稿日: 2010.05.23
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    最初は惹き込まれながら(?)読んでいた、のだが・・・ ‘大学に入りたての頃よくきかれたものだ。「あなたは何故大学にきたの」と。私は答えた。「なんとなく」と。勉強もできない方ではなかったし、家庭の状況もよかったから、日本史専攻に籍をおいているけれど、英語でも体育でも何でもよかった。就職するのはいやだし、大学にでも行こうかって気になり、なんとなくきた。なんとなく大学に入ったのである。[・・・]私もたまたま大学にきただけなのである。私にとって大学にくる必然性はなかった。そして私は危うくなんとなく四年間を過して、なんとなく卒業し、なんとなく就職するところだった。大教室での教授にしろ、やはりなんとなく学問をし学生の前でなんとなくしゃべっているのである。まさしく教師はなんとなく労働力商品の再生産を行なっているのである。   現在の資本が労働力を欲しているが故に、私は、そして私たちは学力という名の選別機にのせられ、なんとなく大学に入り、商品となってゆく。すべては資本の論理によって動かされ、資本を強大にしているだけである。   なんとなく学生となった自己を直視するとき資本主義社会、帝国主義社会における主体としての自己を直視せざるをえない。それを否定する中にしか主体としての自己は存在しない。外界を否定するのではない。自己をバラバラに打ちこわすことだ。なんとなく学生になった自己を粉砕し、現存の大学を解体する闘いが生れる。’ (pp. 183-184) ここ(↑)を読んだとき、違うと思った。違う。 私の母は団塊の世代だ。学生運動も経験している。高野悦子さんとは異なる、東京の私大に通っていたけど、やはり10ヶ月間講義のない時期があったそうだ。ちょっと燃えて、というかかぶれて、学生運動に肯定的な発言をした姉(私の伯母)に向かって、父親である私の祖父は、‘学費を払いながら講義をストするなど、映画館に入って後ろ向いてるようなもんだ!’と言ったらしい(爆)。 私の母は、‘なんとなく’大学に入ったのではなかった。4年制大学に行くのは彼女の(つまり私の)家では当然のことで、その点では彼女も確かに当然のように進学したわけだが、それでも当時女の子が、しかも母のように高校で1年間オーストラリアに留学して曲がりなりにも英語が得意と言えた女の子が進む道は、英文科と決まっていた(または、仏文科とかネ)。でも母は、英語はできる方でも、文学には特に興味を持っていなかった。彼女はキリスト教を勉強したかった。彼女が志望した大学にももちろん英文科はあって、偏差値的にもそちらの方が世間体は良かったが、彼女はキリスト教学科を選んだ。‘なんとなく’ではなく、まさにキリスト教を勉強したくて、大学に入ったのだ。 そうしたら、お前もなんとなく進学しただろう、自己批判しろ、と強要されたのだそうだ。母は自己批判すべきことなど何もなかった。‘なんとなく’入った人は、勝手に自己批判すればいい。でも彼女はそういう学生ではなかった。だから家に帰ると言うと、委任状にサインするまで部屋から出さないと言われた。学生運動の問題は、思想に燃えた自己の考えを他者に強要したところにある。確かに高野さんのように‘自己をバラバラに打ちこわす’必要のあった、またその必要を痛感した学生は、多かったのだろう。でもすべての学生がそうだったわけではない。すべての学生が‘なんとなく’大学に来ていたわけではない。 上で引用した'69年5月28日の日記は、続く次の段落で結ばれる: ‘大学の存在、大学における学問の存在は、資本の論理に貫かれている。その大学を、学問を、教育を、また「なんとなく学生になったこと」を否定し、私は真の学生を、それこそ血みどろの闘いの中で永続的にさがし求めていく。大学の存在は反体制の存在でなければならない。’ (p. 184) 私の母を‘真の学生’と呼べるかはわからないが(!)、少なくとも彼女のように真剣に学問したくて入ってきた学生もいたこと、自分たちとは違う人もいたことに対する想像力が、欠けていたと言わざるをえない。 まぁ彼女は二十歳だったのだ。若かった。ある意味ホンモノだった(私の母が本当に幻滅したのは、昨日まで自己批判を強要していたヤツらが、過去を不問に付し授業再開となってみると真っ先に教室の一番前に陣取って、いそいそと善き学生になり済ましているのを見たときだそうだ)。ホンモノだったからこそ、終わりに近づくにつれ発想が極端に、百かゼロの二者択一的なものになっていくのがつらい。若かったね、いっぱい考えたね・・・ほかに、言うべき言葉が見つからない ✝

    0
    投稿日: 2010.05.13
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    高校生の時読みました。 今また、読みたいなと思っています。 あの頃は、20歳で自殺した人の日記だと思いながら読んだけど、今読むとまた違う感情があるかもしれない。

    1
    投稿日: 2010.05.12
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    辰木さんに倣って読んだ一冊。 なんとなくだけど、著者は死ぬ事を心から望んだわけではない気がする。 なんとなく。

    0
    投稿日: 2010.04.19
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    学生運動の真っ直中で悩みもがく20歳の日記。 始めこそ目的意識を持って活動に加わったものの 増え続ける反対勢力や人間関係の葛藤の中で少しずつ自分のポジションにぐらつきが出て居場所を見つけられない様子が重く伝わってき、終盤に近づくにつれてより一層「自分自身」と戦ってもがぐ著者に心が痛んだ。 最後の詩が印象的。

    0
    投稿日: 2010.02.02
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    ・「ひとりであること、未熟であることこれが私の二十歳の原点である 」と言う一節から始まる ・日付の進行とともに、作者のさまざまな思いが記されている ・とてもまっすぐな20歳の女性が自分自身の幸せを見つける前に亡くなってしまう ・自分ももうすぐ20歳になるので、とても良い影響を受けた

    0
    投稿日: 2010.01.12
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    シリーズ3冊の中で、最初に読んだ一冊。同じ年齢のときに読みたかったかな・・・ 自分が二十歳のとき、何考えてたっけ。 なんとも言えない気分になります。 私、のほほんとボケて生きてると思った。

    0
    投稿日: 2010.01.12
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    二十歳になるときに読みたかった・・。同じ年のころ、自分は何を考えていただろう。この時代の学生は、生きている。

    0
    投稿日: 2009.12.23
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    初めて読んだのは私自身も二十歳の時だった。 とにかく分からない。共感も全然出来なかった。 ただただ、自分と同い年のこんなにかわいい女の子が自分自身の幸せを見つける前に終わってしまったことが切なくて仕方無かった。 数年経ってまた手にしたけど、やっぱり分からない。 悦子さんは何が欲しかったんだろう。もうホントに分からない。

    0
    投稿日: 2009.09.08
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    20歳のときに読んだ。 19歳でも、21歳でもだめだったろう。 読んでから暫くの影響力があった本。

    0
    投稿日: 2009.04.25
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     最近、再版が世に出たようだ。情報量も選択肢も、無限といってもいいほどに増えた今日であるが、普遍的な悩みはこの本が書かれていたころから変わっていないのかもしれない。  「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」  あまりに有名なこの言葉が全てを物語っている。我々は常に迷い、壁にぶつかりながら生きている。誰も近くで寄り添っていてはくれず、成熟することは決してないのが人生なのかもしれない。しかし、それは悲劇ではない。それが「原点」である。それだけのこと。

    0
    投稿日: 2009.04.20
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    ひとりであること、未熟であること これが私の二十歳の原点である ビビッときて思わず買った。二十歳だったし…。 でも思っていた以上に暗い内容に感じて、夜中とか読めなくて、 ストップ中です。

    0
    投稿日: 2009.03.01
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    もう古いです。正直、クラクラするくらい。とはいえ、ここで描かれていることを今の二十歳はどう思うのでしょうか。聞いてみたい気がします。

    0
    投稿日: 2009.02.24
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    ドキドキしながら1ページ目をめくった。 でも、なんだか教師ぬけした覚えがある。 全共闘という時代が私からかけ離れていたせいかもしれない。

    0
    投稿日: 2008.11.25
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    ブックオフで二十歳というフレーズを見て購入。学園紛争期に二十歳で自殺した学生の日記。 ここから得るものは数え切れない。たぶんこの先もっと出てくると思う。。 ただ、いかんせん僕の好みではない。

    0
    投稿日: 2008.10.29
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    年をとったらこの人の黒歴史になるであろう日記 そこが好き。大学が同じなので登場する舞台が馴染み深くもある

    0
    投稿日: 2008.07.22
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    2008/6/7〜6/8 友人のオススメで読んだもの。 衝撃的だったというか、この本を読んで私の中の何かがはじけたような気がしました。 それはいい意味なのか悪い意味なのかはわからないんですが、 とにかく、この高野悦子さんの生き方に尊敬の意を持ちました。 私もこんな生き方をするのだろうか―と思うくらいに なんだか自分と似ているような気がしました。 よかった!

    0
    投稿日: 2008.06.23
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    中一の時、「これ、あんたと同じ名前の女性が書いた本。」と、姉がいきなり貸してくれた。 修学旅行で京都を訪れた時は、ひとり、行動班を抜け、文中に出る「しあんくれーる」という喫茶店を訪れたりした。 内容重いから読み返したくないけど、特別な本。

    0
    投稿日: 2008.05.06
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    二十歳のときにタイムリーに読んだ本。 自らも不安定だったこともあるのかもしれないけれど、重く苦しかった。 友達になにを思ってかは知らないが「お前はこの人に似てる」と言われて、怖くなったのを覚えている。

    0
    投稿日: 2008.03.05
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    20歳までに読んで良かったと思う。 同じ年代だからこそ伝わるものがあった。 大学生活のこと人生について… 同じ年代なのにここまで感受性が違うのかと唖然とした。 この本で自分を改めて見つめ直そうと思った。

    0
    投稿日: 2007.12.02
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    高校の国語の先生が、学図書だよりみたいなものに書評を書いてて、いつか読もうと思っていた本。 二十歳で自殺した高野悦子さんの日記。 グータラ生きてるあたしは、読んででチクチクきました。 「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」 そういえば私も二十歳だ!

    0
    投稿日: 2007.11.27
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    学園闘争の時代に自殺した女子大生の日記である。 私は彼女の後輩でもある。 生きることとの闘争は、生からの逃走に繋がる。私にとって、もう二十歳どころではない年月が過ぎ去ったが。

    0
    投稿日: 2007.11.07
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    20歳で自殺してしまった方の手記から起こされた本。安保紛争の頃の出来事が書かれていて、当時の世情を思わされます。10年以上も読み返していないので、これを機会に読み返そうかな?

    0
    投稿日: 2007.10.21
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    高校の図書館で偶然借りた本。 だけどこの本との出会いは17歳の私にものすごい影響を与えてくれました。

    0
    投稿日: 2007.09.17
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    自分も、きっかり二十歳の時に読みました。ちの印象が凄かった…。結局、作者は本当に自らの命を絶って…しまったのですが・・・。是非3部作で読んでいただきたいです…若い頃に!!!

    0
    投稿日: 2007.05.15
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    「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」 1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。 立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。 時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。 6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。 20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。

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    投稿日: 2007.03.07
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    二十歳の誕生日に友達にすすめられて読んだ本です。鉄道自殺した彼女亡き後、下宿先から大量に発見された日記を刊行したものです。『独りであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である。』 二十歳になった自分と比較し、真剣に今を生き悩んでいた彼女の姿が心に響きました。成人式での新成人の暴挙の報道を見て、憤りを感じる人は私だけではないでしょう。あの問題を起こした新成人達にこそ、読んで欲しい一冊です。

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    投稿日: 2007.02.11
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    生まれてくるのがもう少し遅ければもっと長生きしていただろう。だが何が起こり、何がきっかけになるかなんて分からない。

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    投稿日: 2006.12.21
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    これを読んだのはずいぶん前。2年ぐらい前かな。 今のほうが読んでぐっと来るような気がします。 この本も、僕がなにか本を紹介する上では欠かせない一冊。

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    投稿日: 2006.11.06
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    高校の授業で貰ったプリントにこの本の一節が載っていて、深く共感を覚えたので借りてみた。けど、全部読むのはものすごい大変。プリント程度が丁度いいです。自分について考えていたあの頃。

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    投稿日: 2006.10.21
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    人間誰しも孤独である。そう、筆者である高野悦子さんは語る。未熟者である。大人になれない。自己の中で渦巻く葛藤と矛盾。この人は純粋すぎたのかな。それとも二十歳の時って誰しもがこういう部分を持っているのだろうか。世間に対する自分の存在価値の小ささ。それを声を上げて主張する事も難しい。心の中の自分と対話し、なんとか打ち勝とうとする。彼女の気持ちが分からない事もない。だけど、彼女の感性が敏感すぎたのかな。これほどの才能があるのに、若くして命を絶つとは、なんとも言い様がない気持ちにさせられる。違う方向に意識が向かなかったのか。二十歳をすぎて、読み直し、ふと、「生きる」という事を考え直せる作品です。

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    投稿日: 2006.09.09
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    年齢的にも近い といっても著者が2つ下で、 時代による状況も違うけれども 自分の日々考えていることや 感じているところと似ている部分が多々あって すごく共感が持てる。

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    投稿日: 2006.08.22
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    学生運動が激しさを増していた頃、20歳6ヶ月で鉄道自殺を遂げた高野悦子さんの日記。「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」この言葉に全てが集約されている気がします。二十歳になったらまた読み返すつもりです。

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    投稿日: 2006.08.19
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    二十歳の時に読みました。 彼女は、自分の居場所を常に求めていたのだと思う。 社会が変化していく中で、社会における青年達の扱いが変わっていくなかで主人公は、悩み苦しみぬいたのだということが、文章の中から読み取ることが出来る。  彼女の死から30年近く経つけれども、今なお彼女のように居場所をもとめさまよっている若者は多いと思う。 この本で一番印象になことばは、表紙の裏側に、人は孤独であると書かれているのである。人は孤独であることを自覚しなければならない。孤独は怖くないのである。一人であると人が気付きそれを自分の中で受けいることが出来たのならば、他人というものを冷静に見ることが出来るのではないだろうか・・。

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    投稿日: 2006.07.14
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    コレを読んだのはちょうど二十歳過ぎた頃だったんですけど、もの凄い衝撃を受けました。 出来れば二十歳前後に読んで欲しいです。同じ頃の年の人間としていろんな思いが流れ込んでくる気がしました。

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    投稿日: 2006.05.27
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    この本のファンがこんなにいるとはびっくり。 時代錯誤かもしれないけど、底辺は同じはず。 是非20歳までに読んでほしい作品です。 どうやら映画にもなったらしいです。

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    投稿日: 2006.05.04
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    21になる前に読めてよかった。何故か自分がこの日記を書いたかと思うような共感できる文章がいくつもあった。

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    投稿日: 2006.04.06
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    二十歳の誕生日からはじまる日記は、その半年後、鉄道自殺を遂げる直前まで書き続けられる。 高野悦子が、誰に見せるともなくぶつけた生の感情、混乱する思想と行動、その一遍が窺い知れる一作。 例えば彼女が生きた時代に俺がいたならば、酒飲み友達くらいにはなれたんだろうか。

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    投稿日: 2006.03.20
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    20歳という若さで鉄道自殺でこの世を去った著者の日記。とりわけ政治社会に興味を持ち、学生デモなどにも積極的に参加していた著者。日記には、その現実社会に対する怒りから、勉強や進路や恋愛に関するプライベートな悩みまでが赤裸々に綴られており、彼女の強さの中に常にあった寂しさに心が痛くなる。彼女が歩んだ人生はあまりにもインパクトが強すぎた。もう少し肩の力を抜いて、ワガママに生きても良かったと思う。私はこの本を、著者が自殺した時と同じ20歳に読んだが、同年代とは思えない彼女の社会に対する思いの強さに感心したと同時に、自殺という人生の終え方を選んでしまった彼女の弱さに幻滅さえもした。死んで伝わるメッセージなんてない。生きて伝えて欲しかった。読むと心が暗くなってしまうが、人生について真剣に考えさせられる。

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    投稿日: 2006.02.15
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    著者と同じ年齢の頃手にして、ショックと安堵と両方を得た。生まれてくることは誰にも選べない。けれど死は選べると思った時、本当に嬉しかった。当時の私には学生運動もないし恵まれた時代だったが、魂は虚ろだった。「醜い人間は美を求めることができるのだ」という一文に彼女の感受性そのものを見て、私はなぜか嬉しかった。もう一冊別の「序章」のほうにこういう言葉ある。「旅に出れば引きさかれるし、家に居ればボロボロになる」。すごくわかる。泣きたいほどわかる。

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    投稿日: 2005.11.08
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    お母さんが持ってた本。 二十歳で自殺した女性の日記が元らしい(?)。 とてもリアルだった。 読んでから何ヶ月もたっててあまり覚えてないけど 彼女の詩は、寂しく、てらてら輝いてるようだった。 私の好きな本NO1に輝くこと間違いなしですね(・ω・)b

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    投稿日: 2005.09.26
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    人は誰しも演技者であるとして、自らに真摯に向き合い続けた高野悦子。その一生はあまりに痛々しく、鮮烈である。

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    投稿日: 2005.09.20
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    大学一年〜二年生の亡くなるまでの日記。彼女は詩人になりたいと言っていたが彼女の各詩はなりたいという枠を超えている。素晴しい

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    投稿日: 2005.09.18
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    この本は1970年代(だと思う)立命館の学生だった女性の日々をつづった日記。 高野悦子は二十歳にして鉄道自殺でこの世を去る。 その彼女の恋愛、青春時代特有のジレンマなど感受性の強い彼女の書く日記は 激しくとても痛い。 確か二十歳の時に私も読んだけど 当時はよくわからなかったけど でも何かを感じたのは確か。 何度も何度も読んだ。 死ぬ直前に書いた詩が幻想的で美しく悲しげで でも大好きだった。 青春の青臭さを感じたくなったら読んでみて下さい。 30歳を過ぎた私が読んだらまた違うものを感じるに違いない。

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    投稿日: 2005.05.16
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    わたしの学生運動への興味と確執はこの本から。初めて読んだのは小学生の時(たぶん4年くらい)でした。 この人の言葉から本の何もかも全てが、物凄い衝撃だったことは今でも鮮明に覚えています。 書籍版の初版も持ってた筈なんだけど一体どこ行っちゃったんだろう・・・。

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    投稿日: 2005.05.16
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    「孤独であること」「未熟であること」それが二十歳の原点 立命ワンゲル出身、二十歳で鉄道自殺した著者の日記

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    投稿日: 2005.05.12
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    思春期真っ只中に読んで 「ああ、ワタシが急死したらこうやって手紙やら書いたものやらが肉親の目に触れてしまうのだ」と思った生きることに前向きになった一冊。 死んだものの気持ちは残されたものには、決して分かることはないでしょう。

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    投稿日: 2004.10.16