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総合評価

157件)
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    堕落と聞くと聞こえが悪いが、坂口安吾の『堕落論』を読むと、その言葉は人間の弱さを断罪するものではなく、むしろ人間を人間として認めるための出発点であることがわかる。敗戦直後の混乱の中で、人々は戦争に負けたから堕落したのだと嘆いた。しかし安吾はそうではなく、人間は本来だらしなく、弱く、堕落する存在であり、戦争や国家といった枠組みがその姿を覆い隠していただけだと喝破する。戦争に負けて自由を得たことで、人間の本質的な弱さが露わになったにすぎない、という彼の論は鋭く、同時に不思議な救いを含んでいるように感じた。

    0
    投稿日: 2025.10.03
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    ヨーロッパ的性格、日本的性格が分かり良くてよかった。堕落論はもっとふざけた内容かと思ったらそうではない。真剣に自己を見つめ、歴史家を批判し、独自の主張をもたらす。2025.9.13

    0
    投稿日: 2025.09.13
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    表題作の「堕落論」他、「続堕落論」と二つの間に挟まれていた「天皇小論」を読んだ。かなり好きな思想で、個人的には、「続堕落論」よりも「堕落」することについて妥協のない無印の「堕落論」の方が好き。 全体の趣旨は結構単純で、基本的には、戦前の国家主義的なイデオロギー批判だと読んでいいのだと思って読んだ。人間の本質は、倫理的でないこと、堕落した生活や生き方をすることにあって、放っておく限り人は堕落する。だから、世界の歴史は、人間を堕落させないための「カラクリ」を生み出してきたのだという。それは、天皇制であったり、武士道であったり、形は違っているが、その本質は同じで、理想的な生き方、倫理観を示すことによって、人を堕落させずに従わせようとするものである。こうしたものの存在が、第二次大戦における未曾有の被害を生み、日本を敗戦に向かわせたのだというのが、坂口安吾の歴史認識である。 では、そういった国を破滅に向かわせた「カラクリ」から逃れるためには、どうしたらよいのか? それが「堕落」である。 だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。(p86) 「堕落」というのは、何か理想的な状態があって、その理想的な状態から堕ちることである。であるからにして、「堕落」は普通、悪いことだと考えられる。けれども、安吾はそのような「堕落」観を否定する。 敗戦後国民の道義頽廃せりというのだが、然らば戦前の「健全」なる道義に復することが望ましきことなりや、賀すべきことなりや、私は然らずと思う。(p89) 戦後の社会が教えてくれたのは、かつて「健全」であったことの方がよっぽど「不健全」だったという事実で、そのような意味での悪しき「健全」から逃れる方法が、個人の「堕落」なのである。だからこそ、「堕落」は常に、「不健全」になりうるイデオロギーからの「堕落」であり、「制度の母体(p101)」として新しい「カラクリ」を作り続けるものでなくてはならない。このあたりの主張は、無印の「堕落論」よりも「続堕落論」の方が分かりやすくなっている。その分、無印の「堕落論」が持っていた「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」という「堕落」の徹底ぶりが、やや妥協されているように感じたところで、個人的には、徹底的に堕ちきる無印の方が好きである。 それにしても一番面白かったのは、わざわざ言わなくてもいい「私は二十の美女を好む」だと思う。 その当然堕ちるべき地獄の遍歴に淪落自体が美でありうる時に初めて美とよびうるのかも知れないが、二十の処女をわざわざ六十の老醜の姿の上で常に見つめなければならぬのか。これは私には分らない。私は二十の美女を好む。(p79〜80) いや、そうなのかもしれないが、わざわざ言う必要あるかと思う。安吾は、イデオロギーが生み出す「美」を否定する一方で、「美」に惹かれてしまう人間の性のようなものは否定しない。ところどころにそれは現れて、自分自身が「二十の美女を好む」ことを一々言うところとかは、すごく好きである。しかし、一方で怖いとも思う。 私の近所のオカミサンは爆撃のない日は退屈ねと井戸端会議でふともらして皆に笑われてごまかしたが、笑った方も案外本音はそうなのだと私は思った。(p100〜101) 巷では、時代が不幸になると安吾は読まれるようになるそうだ。どんな理不尽な状況やルールの下に置かれても、それが当たり前になると、その理不尽さはいつの間にか慣らされて、その理不尽の中で楽しみを感じるようになる。これは、理不尽なルールに満ちた中学校で、楽しそうに過ごす中学生たちを見ていると、身に沁みて感じることである。 「堕落論」は、いかに「堕落」することが、人間にとって困難な振る舞いであるかを、よく教えてくれていると思う。

    1
    投稿日: 2025.07.11
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    高校の頃、失恋してこれに手をつけた。読み終えて「自分は無頼派です。」みたいなツラで学生時代を過ごした。堕落を気取っている大学生を冷笑。ポイントは徹底的な堕落ですょ。

    1
    投稿日: 2024.10.09
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    正直自分のいいまでの知識と、著者の知識の前提が違いすぎて面を食らったが、色々な視点を知ることができた。 ちょこちょこ調べながら読むことで、全く知らなかった世界を知ることができた。 いけないことにつながったからといって、その行動を禁止するのではなく、いけないことにつながらない工夫をして建て直すことが大事

    0
    投稿日: 2024.02.25
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    坂口安吾の歴史家をボロクソに言う当たりめっちゃ好き。あと太宰治の女は微妙だった、だから死んだとか容赦ない毒舌と分析に目からウロコだったし、わらった。戦争はどんなことがあっても良くない。でも繰り返す。その愚かさを人間は生き、人間は堕ちると表現するその語彙にいやはや恐れ入ったとなった。読んでいて胸が熱くなるのは戦後間もなく書かれたその熱量がそのまま伝わるからかな。でもよくこれ発行出来たと言うほど政治と天皇制を批判しててスカッとした。今の時代にも坂口安吾が必要だよ。

    1
    投稿日: 2023.11.23
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     堕落論について卒業論文を書いた。  戦前、戦時中の日本にとっての天皇制や武士道の精神は日本の体裁上必要なものであり、それらを高貴なものとしてその姿勢を守り続けていくことで支配のバランスを保っていたともいえる。ある意味日本で大事にされてきた決まり事を守って、自分たちはしっかりやれている。と、既存の物に頼りきりで堕落するのではなく、そのバランスを崩し「自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすために」は、自分自身を再発見する必要がある。  戦後の混乱している社会の中に身を置いて自分自身を見つめ直すこと。それこそが安吾の唱える「堕落」なのだと考えた。

    3
    投稿日: 2023.04.22
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    -あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。 -人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。 否定する。幻想を夢みる。それは現実逃避ではなく、そうして自分という1人の人間の、いまこの生活を見つめるための文学的な生き方

    11
    投稿日: 2023.04.08
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    生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか(堕落論・p.84) だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう(p.85) 堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない(p.86) 堕落自体は悪いことにきまっているが、モトデをかけずにホンモノをつかみだすことはできない。表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理であり、(・・・)先ず地獄の門をくぐって天国へよじ登らねばならない(続堕落論・p.96-97) 文学は常に制度への、又、政治への反逆であり、人間の制度に対する復讐であり、しかして、その反逆と復讐によって政治に協力しているのだ。反逆自体が協力なのだ。愛情なのだ。これは文学の宿命であり、文学と政治との絶対不変の関係なのである。(p.100) --感想-- 建前や欺瞞を捨て、真の人間性に孤独に向き合うことから、人間性や社会の真理が開ける。またそうしないのであれば大戦を導いた日本的風潮の繰り返しに過ぎず、また同じことを繰り返すだろう。というような、人間はどのようなものであるかを問い、また特に日本人はどういうものであるかを問い、その上で規範や憧憬は欺瞞と政治的大義に満ちたものであるからそこから道を外し、一見堕落に見える本性へと立ち戻ることから最出発しようという、励みに満ちた現代評論。 人間は強いし、底力は底知れない、堕落に見えても心配せず堕ちてみよう。その先にこそ真に人間の力強さなるものがある。っていう感じの激励に聞こえる。 戦後直後の1946年の社会に向けて書かれたものであるが、当時を振り返る現代の我々に新しい角度からの視野を与えてくれる優れた評論だと思う。どこか響くのは、何か真理の言葉を含んでいるのだろう。

    1
    投稿日: 2023.03.25
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    堕落論 続堕落論 特攻隊に捧ぐ 太宰治情死考 ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格 上記が面白かった。 きっと安吾は中途半端が嫌いだったんだな。 堕ちることが怖いのはよくわかる。堕落論が読めない程に堕落してなくて良かった。

    2
    投稿日: 2023.01.31
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    最近、戦争(主に太平洋戦争)のことを調べるようになった。当時を生きた人が書いたものをいろいろ読んだ。自分にとっては遠い過去で想像もできなかったことが、本当にそこにあったんだなと感じるようになって、絶対にまた起きてはならないと、前とは違う感覚で考えるようになった。堕落論はそんな気分のうちに読んで、とても心に残った。

    0
    投稿日: 2023.01.14
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    本書に収録されている「戦争論」などを読むと、坂口安吾は確かに戦争を厭う人だったのだろう。「兵器の魔力が空想の限界を超すに至って……もはや、戦争はやるべきではない」とある。世界単一国家などの概念は私も賛同する。しかし、「戦争の果たした効能」を是とするあたり、読んでて苦々しく思わずにいられない。「特攻隊に捧ぐ」で特攻隊を「可憐な花」であると讃美し、「愛国殉国の情熱」を偉大と見るあたり、読んでいて薄ら寒くなる。本書には興味深い論考やエッセイも多いだけに(論旨が読み取れないエッセイもあるが)、戦争関連の項が持つ欠点が惜しい。

    1
    投稿日: 2023.01.03
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    凄いものを読んだ。今後、一生付き合っていく一冊だろう。色んな言葉が溢れ返る最中、坂口安吾なりの見解によって、取捨選択をしているな、といった印象。

    4
    投稿日: 2022.12.08
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    昔に読んだけど、あらためて読んでみるとおもしろいものだ。昔は「生きよ堕ちよ。人間は堕落する」という派手な言葉の印象はあったものの、堕落の意味がピンときていなかった。今の時代は、封建制、ムラ社会、思考停止した精神論みたいなものが昔ほどはないだろうから、堕落しきった状態が現代というところか。 「続堕落論」は、より直接的でわかりやすい。 小林秀雄も酔っぱらうという「教祖の文学」や、日本人の好奇や、抽象的で情緒的な思考を外国人との対比で記した「」ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格」もおもしろい。

    1
    投稿日: 2022.12.03
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    この一、二ヶ月、私は堕落している。元々、社会的ポジションなど無かったのだから、内々で堕落している。ほんの数ヶ月前、長年続いた精神的肉体的拘束が、突然無くなり、日常生活に制約が無くなった。(介護生活だけどね)どーしたものかと省みても、堕落中。 安吾さんは、おっしゃる。人間だから堕ちるんだ。俗物なんですよ。 堕落するとは、自分に正直に生きること。そして、それは、人間復活の条件になること。 敗戦後の堕落中の日本人に、肯定的堕落論ですよ。 そして、堕ち続けるのも、鋼のメンタルが必要で、永遠に堕ち続ける事はできないと。堕ち切って自分自身を発見して、自分で救わないといけませんって。それでは、しばらくは、堕落させていただきます。 新潮文庫は、一冊まるごと、17作評論と無頼派的?エッセイ。坂口安吾さんは小説面白いのが沢山あるので、私みたいな評論苦手読者には、混ぜて貰えると読みやすいのだけど。貸出期間ギリギリまで眺めてたけれど、スッキリわかるわけもなく。 「教祖の文学」は、小林秀雄さんについて。教祖って言ってしまう時点で、仲良しだったのか心配になってしまう。あの文章からは考えられない酒豪ですよ、酒の失敗もありますよ。なんて感じの事も書いてありました。 「太宰治情死考」は、追悼文というか、弔辞かという趣。安吾さんは、情死を認めてないようですね。好きな女であったなら、その女を書くために生きるはずだ、と。 最後は、悪あがきだから、いたわって休ませてと。 そこはかとない悲しさがありました。

    45
    投稿日: 2022.10.05
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    私たちを律しているさまざまな規範は、残念ながら怪しいものが多々紛れている。しかし同調圧力に弱い私たちはそれを疑うことが苦手だ。 ところが敗戦後の日本では、特攻隊の勇士が闇屋となり、未亡人が新たな愛に目覚める機会を得た。そういった人間は「堕ちた」ゆえに人間に戻ることができる。生きるために堕ちる、そうでないと人間は救われない。 目新しくはない。どこかで聞いたことのある議論だが、今でもよく聞く議論でもある。むしろ、私たちは、敗戦直後に筆者が論じた地点から1ミリも進むことができなかったのかもしれない。文中にある通り、「堕ちぬくためには弱すぎ」たのだろう。それでも、堕ちた人の中には自分自身を発見して救われた人もいるはずだ。 個人ではなく日本という国を見てみると、「堕ちぬく」ための千載一遇のチャンスを逸し、結局、誰かが都合よく考えた武士道や天皇をもう一度引っ張り出すしかできなかったように思える。一方、欧州のいくつかの国で多様な生き方を肯定する社会を是とする政治的・社会的な流れはすでに生まれている。筆者は政治による堕落・救済を「上皮だけの愚にもつかない物」と一蹴するが、私はこの流れが大きくなることを願っている。もちろん、それを「堕落」とみなして強硬に反対する勢力は存在し続けるだろうが。

    1
    投稿日: 2022.06.12
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    坂口安吾の代表作。戦時中の美しいものはそのまま儚く散れという価値観。戦後の堕落しきった日本。だが、安吾は本当の美しさは堕ちた先にあるという。戦時中の美しさは飾り物であると。

    0
    投稿日: 2022.06.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    約一月かけて漸く読了。 読み切ったもののどの論説も深く刺さらなくて根性だけで読んだ感じが否定できない。 面白いとか共感できるという場面は大体、宮本武蔵に纏わる逸話とその見解部分が殆どだったのでもしかすると堕落論が面白いのではなく宮本武蔵の生い立ちが面白いのかもしれない…。 あと強いて共感したのは小説とか芸術も結局は文化の一つであり商売道具の一つという考え方。 アートとかの類はたしかに何か他とは一線を画すものとされ過ぎてる気来があるような気がする。人生に於いて死んだら終わりで作品が残ろうが本人には何ら関係ないというざっくりとした考え方は非情だけどまさにその通り。

    0
    投稿日: 2022.05.08
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    「坂口安吾」のエッセイ『堕落論』を読みました。 古本屋でペラペラとページを捲っていて『天皇小論』や『特攻隊に捧ぐ』、『戦争論』、『ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格』等が気になり、読んでみる気になりました。 -----story------------- 単に、人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい―誰もが無頼派と呼んで怪しまぬ「坂口安吾」は、誰よりも冷徹に時代をねめつけ、誰よりも自由に歴史を嗤い、そして誰よりも言葉について文学について疑い続けた作家だった。 どうしても書かねばならぬことを、ただその必要にのみ応じて書きつくすという強靱な意志の軌跡を、新たな視点と詳細な年譜によって辿る決定版評論集。 ----------------------- 昭和2年から昭和29年にかけて発表された以下の17の作品が収録されています。  ■今後の寺院生活に関する私考  ■FARCEに就て  ■文学のふるさと  ■日本文化私観  ■芸道地に墜つ  ■堕落論  ■天皇小論  ■続堕落論  ■特攻隊に捧ぐ  ■教祖の文学  ■太宰治情死考  ■戦争論  ■ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格  ■飛騨・高山の抹殺  ■歴史探偵方法論  ■道鏡童子  ■安吾下田外史 買うときに興味があった『天皇小論』、『特攻隊に捧ぐ』、『戦争論』、『ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格』も、それなりに愉しめたし、『戦争論』の原爆投下以前の戦争については被害よりも利益が大きく、効能が偉大であったという主張も、戦争の側面としては正しいと思うので共感できる部分がありました。 でも、それを文章にして、戦後間もない頃(『戦争論』が発表されたのは昭和23年10月)に発表したというのは凄いなぁ… と感じました。 反発も大きかったでしょうね。 意外と面白かったのが、『飛騨・高山の抹殺』、『歴史探偵方法論』、『道鏡童子』等の日本の歴史に関する考察… これまで常識として考えられてきた、古代史家が過去の記紀を信じて構築してきた日本の古代史を覆すような主張は、とても愉しく読めました。 具体的には、 ■『魏志倭人伝』のように、たまたま日本の地を踏んだ外国人が正確であり得ないのは当然。 ■飛騨に関して古代史に全く記述がないのは不自然、飛騨の史実を巧妙に隠そうとしたのでは。 等々、読んでいると「坂口安吾」の主張の方が正しい気がしてきましたねぇ。 そして、歴史家は探偵であるべきとの主張も、尤もだと思います。 キチンとした証拠を積み重ねて、当時のことを推定し、理論的に説明する… まさに探偵の仕事ですよね。 もう少し古代史についての知識があれば、もっと愉しめたと思います。 そこがちょっと残念でしたね。

    0
    投稿日: 2022.04.26
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    引用された形で何度か読んだ坂口安吾「堕落論」。そこかしこに馴染みがあり、懐かしい文体を読んでいる間ずっと同世代だった父のことが頭から離れなかった。戦時中のことをほとんど話さなかった父だけれど、折に触れて聞かされたのは「人間は失敗するが同じ失敗をするのは馬鹿だ」と「戦争をするのは馬鹿だ」という事。 コロナや気候変動で世界全体が不安定な今こそ 私達ひとりひとりはいかに生きるべきか。改めて安吾(と父)に諭された。 八蔵読書会課題本

    1
    投稿日: 2022.01.20
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    リアリズム。面白い。 初めて読んだ時は衝撃だった。堕ちることを人間の本質だと受容する。堕ちるという言葉すら不釣り合いなほど、それで普通だと言われている気にもなる。そういうもんだよ、と。自分もこれでいいと思いたい時に読みたくなる。

    0
    投稿日: 2021.07.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    戦争があった時代、死との境界にいる方が人間は美しかったということにビックリした。私は戦争を当たり前に知らないし、知りたくもないけれど、やっぱり現代はこの堕落論の言う通りになってるんだろうな。

    0
    投稿日: 2021.02.26
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    明朗に時々の世論や時勢を斬るのがなんとも痛快。 すごく前向きである。このご時世でも堕落の意識は必要なのでは。 どうでもいいが、ちょうど中上健次『岬』も同時期に読んでいたので、岬の主人公に堕落論を勧めてたいと思う次第である。

    0
    投稿日: 2021.02.14
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    堕落とは、怠惰に非! 何らかのシステムに帰属して安堵しがちな人間こそ、社会通念に叩かれながらも追い求める道をいけと言われた気がした。 近代文学に明るいとは言えない私の中でも、 この本は別格。

    0
    投稿日: 2020.09.22
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    最後の方は歴史に疎い私にとって読みにくく、内容は全然頭に入っていないのですが、前半の評論は楽しませていただきました。『日本文化私観』は一部を高校の時に読みましたが、こうやって全体を読むとまた新しく学ぶことがあって良いですね。戦争という大きな局面を乗り越えながら、時代の移り変わりを冷静に捉えた評論が多くとても感心しました。彼の世界観が如実に表れた評論集だと思います。

    0
    投稿日: 2020.07.26
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    安吾先生、難しすぎます。 「飛騨・高山の抹殺」、「道鏡童子」は意味が分からな過ぎて読む気が起こらなかった。 おもしろいなと思ったのは次の部分。 「芸道というものは、その道に殉ずるバカにならないと、大成しないものである」 「平家物語なんてものが第一級の文学だなんて、バカも休み休み言いたまえ。あんなものに心の動かぬ我々が罰が当たっているのだとは阿呆らしい」 そんなこと言っちゃっていいのでしょうか。 坂口安吾大先生がおっしゃるのだから、まあいいのだろう。

    0
    投稿日: 2020.05.31
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    「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」 政治、歴史、宗教、戦争、人格者… 文学の極北から人間の真相を暴き、行動を分解する。 安吾の立つ座標は限り無く寒い。それが俺の人生だ。精一杯生きる感動だ。 薄っぺらな批評など、そ知らぬ孤高。

    2
    投稿日: 2020.03.28
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    「堕落論」 人は生まれながらにして弱いので、まずはその弱さを自覚する所から始めなければいけない。そこからどう対策を練るのかが大事だ、と坂口安吾氏は主張しているように感じた。自分も含めて多くの人は法律やモラルに囚われ、何故その法律やモラルが存在するのか、と言う本質的な問いについて考える余裕もなく大人になってしまう気がする。例えば”喧嘩”などがあると思うが、それ自体は”堕落”でそれが人間本来の姿。そこに足を踏み入れて初めて自分の本質的な欲求や弱さを知る。そこからより良い道に帰るにはどうしたら良いのかを考える事が大事だと。まさにその通りだと思うし、大人になり世の中の”常識”に縛られてしまう前に幼い子供たちはたくさん悪い事をしてその時にどんな気持ちになるのかを純粋な心で感じる事が大事だと思う。

    0
    投稿日: 2020.02.13
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    堕落論だけ無料の電子書籍で読んだことがありますが、紙で欲しかったのと、ほかの評論も読んでみたかったので手に取りました。 同じことを何度も言うからか話がややこしく感じ、読むのに時間はかかりましたが、坂口安吾の考え方自体はとても面白いので好きです。 この中ではとくに「戦争論」が興味深かったです。 結論については賛同しかねますが…戦争がもたらした恩恵を考えることと戦争を推し進めることとはイコールではないという考えは、とても腑に落ちました。 何にでもあてはまることですし、感覚で考えていることを言語化してくれるので、やっぱり安吾は面白いなと感じます。 考えさせない、考えられない方が政府からしたら操りやすいから、禁止や邪魔をして、そう仕向ける。 だからこそ反発が生じて、人々は自由を求める。 でも、その自由には責任が伴う。 自由を守るためには、一見非道徳的と思われる表現をするのためには、それ相応に自分やその表現のジャンルを律しなければいけない。 自由だけを訴えてもダメ。それに伴う責任を果たしてこそ、真に自由を手に入れることができる。 肝に銘じておくと同時に、幅広い人たちに知ってほしい真理だなぁとも思いました。

    0
    投稿日: 2019.10.02
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    坂口安吾の『堕落論』。 新潮文庫版には表題作を含め、17編の評論・エッセイを収める。巻末には、柄谷行人による解説、初出一覧、かなり詳細な年譜が付く。 大まかには、日本文化論、戦後日本論、日本歴史異論の3種に分けられるだろうか。 いずれも常識に揺さぶりを掛け、取り澄ました予定調和には落ち着かない。物事の奥の奥まで突き進んでいくようなエネルギーがある。 加えて、この人の文章にはどこかグルーヴ感というか、高揚を誘う歯切れのよさがある。 切れ味のよい包丁でスパスパと胡瓜でも切るかのように、今まで誰も見たことのない断面図を突き付けて見せるのだ。 必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい と言い放つ「日本文化私観」。 歴史については小学校一年生レベルと言いながら、 歴史というものはタンテイの作業と同じものだ とお歴々の歴史学者に挑む心意気の「歴史探偵方法論」。 記紀と、飛騨や諏訪の(隠された)関わりを推論し、どことなく『夜長姫と耳男』の土壌にもなっているように思える「飛彈・高山の抹殺」。 このあたりもおもしろいのだが、やはり、核は「堕落論」を筆頭とする戦後日本論だろう。 「堕落論」は、戦後間もない昭和21年6月の雑誌「新潮」に掲載された小論である。 「生きよ堕ちよ」の有名なフレーズは、すなわちこの小論の真髄を表す。 戦争に負け、日本の世相は変わったという。国を守る盾として戦った若者たちは闇屋になり、戦争未亡人は夫を忘れ、別の男に走る。 しかしそれは戦争に負けたからではない。人が生きるということは、そもそも堕落することなのだ。 安吾は戦時中、周囲の勧めに反して疎開を拒み、空襲が頻発する東京に留まる。 戦時の興奮を目の当たりにし、「偉大な破壊」を愛し、その非日常性に一種の魅力を感じてもいたようだ。このあたりは、『戦争と一人の女』、『続戦争と一人の女』に描かれる戦時とつながる。 とはいえ、安吾は自身の中にある臆病さにも気づいていた。血を見るのは非常に嫌いであったし、爆撃の中で声も出ぬほどの恐怖も味わっている。 別稿で、安吾は若くして散った特攻兵を熱烈に讃美している(「特攻隊に捧ぐ」)。昭和22年2月に雑誌に掲載予定だったが、GHQの検閲で削除され、発表されることはなかったものである。 戦争を呪うべきものといいながら、殉国の情熱を賞讃する。その熱を帯びた筆致からは、自分ではなりえなかったものへの憧憬が覗く。 その憧憬が「武士道」的なるものに向けられていることには、現代的な視点から否を唱えることはできるだろうが、それはまた別の議論だろう。そこに時代背景を見ることも可能だろうし、戦争へと続いた時代の空気を感じるべきなのかもしれない。 「堕落論」の終盤で安吾はこう述べる。 人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。 ・・・自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。 と。 理想なしに生きられるほど人は強くはない。その理想がひとたび潰えた後、人はどうするのか。堕落していく自分を抱えながら、新たな理想を築いていくしかないのではないか。 生きることはすなわち堕ちることである。 崇高なものへの憧れを秘めながら、低俗な己の生を生き切ることである。 束の間の花火を美しいと感じながら、地を這う人生に執着することである。 戦前・戦中・戦後と、安吾はおそらく変節はしなかったのだろう。 理想のために散る潔さを美しいと見つつ、這いずり回って生き抜くしたたかさも肯定した。天上に咲く清らかな花と、地の底に溜まる汚泥と。 大いなる矛盾を抱え、その矛盾とともに駆け抜けた、一陣の風を見るようでもある。

    0
    投稿日: 2019.08.26
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    戦時中と戦後の日本を鋭い目で見た坂口安吾に敬意を評す。ほんとうの人間性や政治、社会のあり方まであらゆることを『堕落せよ』と説く。堕落とは人間に還ることである。個人的には本書の中で美を愛でる坂口安吾、好きだ。

    0
    投稿日: 2019.08.03
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    評論があんまり好きじゃないので読むのに時間がかかった。 安吾ってパンクだよな。すごく喧嘩腰というか若気の至りかよみたいな尖り方してる(そんなに若くはないが)。 考え方が合うのか、あーわかるよー(´;ω;`)っていうのが多かった。「文学のふるさと」大好き。「戦争論」でのエログロの禁止についてもめっちゃ共感。 でもやっぱり安吾は小説派かも。『白痴』もっかい読みたい。

    0
    投稿日: 2019.02.12
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    頭が悪いから後半の歴史考察のところはよくわかんなかったけど、前半は心の奥の奥を揺り動かされるような文章だった。 堕落の意味がわかり出すと、いかに人が愚かなものなのかを認識できるだろう。

    0
    投稿日: 2019.02.11
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    文豪:坂口安吾とは、人間の精神がどこまでも自由であることを求め、そこに宿る真実の美しさを愛した男であったのだな

    0
    投稿日: 2018.01.08
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     堕落論・・・作者の他の評論と比べると、ある程度抑制された・平静な文体だと思います。それでも作者の評論での、虚偽や虚飾を好まない性質は変わってないと思います。上記の書き方をしているためか、文体の影響で、この作品は独特の雰囲気を帯びていると感じました。 人間を、人の本性・真理とは逆の方向に向けさせたり、作者の言葉を借りれば、「武士道という武骨千万な法則は人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった」、これらは、日本と日本人だけの現象なのか、いつの時代から在るのか、変わる事はないのか等、疑問が湧きました  続堕落論・・・「堕落論」では、過去を引き合いに出しながら、同時代の現状認識と、堕落せよとのメッセージが主題でした。「続堕落論」では、これらのメッセージ、特に堕落について、具体的に書かれています。農村と都市との関係についても書かれています。作者の、ストレートな物言いの文体が、この作品には在ると思います。「機械仕掛け」で動かされ、「曖昧な言葉の網」の中で生きる、この生き方に否を唱えて、それに抵抗するには、堕落しなさい、と作者は書いていると思います。

    0
    投稿日: 2017.12.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    初出年は1927~54年。  戦前昭和~戦後直後の社会・政治・文学批評随筆。いや皮肉エスプリ満載漫談の趣きか。  一方、例えば、一見「堕落」を白眼視する如き書きぶりながら、実は「堕落ノススメ」を包含する堕落論など、読み手の思考を捻り宙返りさせ、一筋縄ではいかないと感じさせる叙述である。  もっとも人的損失の意味を無視した特攻論等、全く賛成できない箇所も多い。  さて、本書の芸風と呼ぶべきものは、立場や思想を抜きにして、大島渚や野坂昭如の怒る漫談芸に近い感じで、近畿ローカルの「イカにもスミにも」という昔の深夜TVを想起してしまった。  なお、記紀で著されない飛騨。この理由如何に関して著者の発想は新奇。なかなかの切れである。  ところで柄谷行人の解説は酷いなぁ。  2000年刊行書でフロイトを出すかねぇ…。  薬理学・脳生理学・神経科学の観点から、一部を除きフロイトの論法はそのまま妥当しない。まさか知らないわけではなかろうが、昭和40年代ならまだしも、ミレニアムに何の衒いもなくフロイトを持ち出すとは…。

    0
    投稿日: 2016.12.23
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     坂口安吾が言おうとしていることを理解できている自信はないが、面白かった。これからも自分の思うように生きていこうと思った。世の中、なるようにしかならないのだ。

    0
    投稿日: 2015.09.23
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    坂口安吾氏の代表作であり「堕落論」、「続堕落論」等含む評論集。不思議な雰囲気漂う文体でルール、慣例、風習等の存在する意味を冷ややかに論じ、人間あるべき姿というものを突き詰める。人間の弱さ故、行動を起こすため必要となる大義名分。 『人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、落ちぬくために弱すぎる』

    0
    投稿日: 2014.10.09
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    感想の代わりに引用を。 人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。-中略-だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

    0
    投稿日: 2014.06.09
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    わたしと安吾を出会わせてくれた 大学の図書館に感謝。 表題作のみならず、すべての作品に流れる 安吾イズムにしびれる。 あけすけで、真正直で。好きです、安吾。

    1
    投稿日: 2014.05.29
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    天皇制や資本主義化における労働者のあり方、また日本人としての生き方について、現代においても無視できない考察がなされており、興味深い。特に戦後間もない時代にあって、ここまで天皇制やその歴史との向き合い方を看破した姿勢には、恐れ入る。堕落論では、ひとりの人間として日々の生き方を考えさせられる。但し解説に挙げられるように、読む上ではちょっとした注意が必要な点もある。

    0
    投稿日: 2014.03.25
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    「僕は坂口安吾も知らない生徒を持ちたくない。」と当時の塾講師に言われ読了。 先生には感謝しています。 現代にも通ずる「堕落」という考え。

    0
    投稿日: 2014.03.04
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    読み終わって感想を書こうと思ったら何年前か知らんが以前のレビューがあった。評価は変わらず★2つ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー備わった本能のままに欲に純粋に生きることこそが美しい、健全たる文化であり進歩であり繁栄である。なるほど。 本書でめちゃくちゃディスられてる「武士道」について。新渡戸稲造と国家の品格を読み直して脳内討論させたくなった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 重たく苦いなと思った。ブラックコーヒーみたいな一冊。文学のふるさととか、日本文化私観とか 面白かったけど、何にせよそこ切り込みますかーというとこに切れ味良くスパッと行っちゃう日曜昼過ぎの批評家タイプ。尖っている。このタイプに多いけど、言ってることは最もなうえオリジナルな切口で説得力もあるし至極成程と思うんだけど、対人関係が不器用で本当は認めて欲しくて仕方ないんだけど、そうならないモヤモヤも抱き合わせで厭世感をプンプン匂わすタイプ。実際に関わったら嫌な奴だろうな。でも苦味の中にコクと深みがある。そしてそれは認めたくないけどやっぱり本物で、関わる側としてはとても扱いづらそう。 あらゆることにおいて実利的でないというか本質を見極めることもせず、更にそれを潔しともしない日本人の性格を身ぐるみ剥いで丸裸にしてなお冷水を浴びせるようなところをみると、彼にとってもまた現世は生きづらいものだったんだろうなぁ。

    0
    投稿日: 2013.12.07
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    これは日本人が生きたひとつの証明である。 この中には堕落論の他に日本文化私論や、キリストと少年(?)などが入っていた。 それらの全てが安吾の見た日本人の本質を見ている。 この本は日本人がどうあるべきかという感覚を限りなく正しく、そして美しく表現した。

    0
    投稿日: 2013.12.06
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    戦後の倫理観について説いた評論です。少し古い本なので今の価値観と異なる部分も多くありますが、ありのままであれというのは難しいけれどそうありたいとねがいます。 九州大学 ニックネーム:入江良太郎

    1
    投稿日: 2013.11.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    坂口安吾の評論集。初めて手に取った時はかっこつけで、この本に書いてあることを何一つ理解していなかったように思う。久々に「堕落論」を読み返してみる。 安吾は一つの大きな目的や潮流に飲み込まれる様はある種の美しさがあると説く。そこから外れ、思考して老いることが堕落することなのか。堕落することは「自律すること」と同義なのか。堕落することとはいかなることか、はっきりとした明示がないまま論は結ばれる。 論じられている「天皇制」やら「武士道」やらは様々なものに読み換えることが可能だろう(上手い例が思いつかないけど「空気を読む」とかね)。 うーんまだ整理できてないなあ。またなんか書きます。 (たけい)

    0
    投稿日: 2013.10.25
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    純文学を始め、歴史小説、推理、文芸、エッセイと多彩な領域で活動した、無頼派と呼ばれる作家の一人・坂口安吾のエッセイ。代表作ということで読了。 日本文学や作家論、戦争理論、人間の欲まで幅広く綴っている。特に戦争に対する考え方は私にとって新しい視点のひとつで唸るものがあった。冷静な視点を持ちながらも言うべきことは強く鋭く主張する姿勢が随所に読み取れて、すごく好感が持てた。 時間を置いて、また手に取りたい作品。

    2
    投稿日: 2013.10.23
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    坂口安吾の評論、エッセイ。 本当の意味を理解したかは 分からないけれど、 純粋に面白く読めた。 悪妻論とすごく好き。 いろんな作家の名前が 出てくるのも楽しく読めた。

    0
    投稿日: 2013.09.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    武士道や天皇制というのは、日本人の弱点を克服するために整えられた。 というのはなるほど、と。 とは言え一方で、これらの基準が吹っ飛ぶとそれはそれで不自由であり、堕ちきることには耐えられないだろうと。 しかし、一歩先に行くには「堕ちる」必要があると。 また「考えない」ということほど無邪気なものはない、という。 つまり、「堕ちる」ということは「考える」ということであり、武士道や天皇制はそれら「考える」ことの手間を省くためのものであったのか。 恥じる⇒切腹、という流れも「決まったもの」である。 しかしこれらの流れが武士道としてなければ、「自分で自分の身を処理」する必要が生じる。そこの過程こそが「堕ちていく」こと? 人間、特に日本人は「堕ちきる」ことに慣れていない節がある。 一方でそれは「疑わない」ことでもあり、考えることを放棄している面もある。

    0
    投稿日: 2013.08.27
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     日本人に必要なのは堕落である、と説く坂口安吾氏の評論文。彼はまず、日本人がどれだけ心変わりを起こしやすい人種であるかを説明し、武士道などの制度は、それを防ぐために作られたのだと話す。制度を実行してきたのはある個人や一部の組織であるけれど、その方法を探り当てたのは、日本人という集団の意志だった。造られた制度は、歴史の中で戦争をも引き起こす。考えることを止め、制度に従った人間たちが戦いに没頭する場所。彼はそこに不思議な美しさを見出した。彼はその素晴らしさを肯定しつつも、やはり人間は思考して老いていく生きものであると考える。堕落を避けることはできず、むしろそれを受け入れてこそ、日本人は救われるのだ、と結論付ける。

    3
    投稿日: 2013.07.14
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    「続堕落論」にて。 敗戦という大きな事実に際し、国民の目を開かせようとした安吾。 自分自身が転換を迎えた今読み返すと、その大志に勇気を貰えた。 内田樹は、夏目漱石の『虞美人草』は、漱石が明治維新という時代の転換に人心を追いつかせようとしたのだと評していた。 時代は違えど、姿勢は同じ。凄い気概。 自分が安吾も漱石も好きなのには、そんな理由があったのかもね。

    0
    投稿日: 2013.06.24
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    FARCEに就いて、堕落論、天皇小論、続堕落論を読んだ。後ろの三つは、より良い社会を作るため、より深い境地に至るためには我慢せず、大いに堕落しなさいという内容。まあそうかなという感想。文体が小難しいのでキチンと意味がとれてない所も多いと思う。後日、改めて読んでみたい。

    0
    投稿日: 2013.05.27
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    論というかなにか。 よく読んだらそんなに難解で高尚なものではなかったわ。世間の常識を嘲笑している節はあったけど、意外と反発する感じにならない文面だったし、言うなればツイッターで他人とは違う意見をさらっとつぶやくイメージ。

    0
    投稿日: 2013.05.06
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    学生時代に初めて安吾を読んで、以来その影響が私の心にずっと尾を引いています。偉大なるガランドウ、坂口安吾。私は好きです。

    0
    投稿日: 2013.04.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    畢竟するに、言葉の純粋さというものは、全く一に、言葉を使駆する精神の高低に由るものだろう。高い精神から生み出され、選び出され、一つの角度を通して、代用としての言葉以上に高揚せられて表現された場合に、之を純粋な言葉と言うべきものであろう。p16 戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。 堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。p85-86 人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲することろを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだという、大義名分だの、不義は御法度だの、義理人情というニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この赤裸々な姿を突きとめ見つめることが先ず人間の復活の第一条件だ。そこから、自分と、そして人性の、真実の誕生と、その発足が始められる。p95-95 善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いて行くのである。悪徳はつまらぬものであるけれども、孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ。キリストが淫売婦にぬかずくのもこの曠野のひとり行く道に対してであり、この道だけが天国に通じているのだ。何万、何億の堕落者は常に天国に至り得ず、むなしく地獄をひとりさまようにしても、この道が天国に通じているということに変わりはない。悲しい哉、人間の実相はここにある。然り、実に悲しい哉、人間の実相はここにある。p97 天才は外的偶然を内的必然と観ずる能力が具わっているものだ。p120 ザヴィエルに仕えた日本人、弥次郎 p161~ 信長と黒んぼ p190 【あとがき:柄谷行人「坂口安吾とフロイト」】p302 彼の作品は、エッセイが小説的で、小説がエッセイ的である。

    0
    投稿日: 2013.03.27
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    確認したいことがあって再読。もう何回読んだかわからないけど、相変わらずテンポの良さが心地よい。愛妻家の平野謙氏はそのうち奥方と一戦交えて包帯ぐるぐる巻きになります。

    0
    投稿日: 2013.03.01
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    常識を疑え。枠を取り払って(堕ちきって)、純粋に自分自身が感じることに目を向けよう。みたいなメッセージを感じ取り、気持ちの自由度、妄想の飛躍度が高まりました。

    0
    投稿日: 2013.01.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。どんな立派な人間も墜落する。墜落することによって救われる。赤穂浪士が切腹なったのは、もし、生き延びて堕落した生き方をしたら仇討ちに禍根を残すことになるだろう。こんな見方もあったのかな。

    0
    投稿日: 2013.01.23
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    とても面白く知的好奇心をくすぐられるエスタブリッシュメント向けの堕落論。難書だった。知識がないとついていけない短編もあり、特に歴史。小田嶋氏のコラムに似た印象。素養を付けて、もう一回読みたい。

    0
    投稿日: 2012.09.09
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    日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。 生きよ堕ちよ、その正当な手順のほかに、真に人間を救い得る便利な近道があるだろうか。 堕落論、なんだか難しそうだから、ずっと敬遠していました。 でも、読んでみたらおもしろい!! もっと早く読んでもよかったかも!! 恋愛論がすごい好きです。 「恋なしに、人生は成りたたぬ。 所詮人生がバカげたものなのだから、恋愛がバカげていても、恋愛のひけめになるところもない。」 この文章にすごい勇気づけられました笑 恋愛は、人生の花 こんな風に言い切れる坂口安吾のファンになりました。 他の短編を見ても、なんだろー文体? が投げやりなおっちゃんって感じですごい好き。 歯に絹着せぬものいいがすごい好きになりました。 今の時期に出会うべくして出会った本なのかもしれない! 読んでよかったーー♪ 白痴ももちろん読みます!!

    0
    投稿日: 2012.08.09
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    今後の寺院生活に対する私考(1927/昭和2年) FARCEに就て(1932/昭和7年) 文学のふるさと(1941/昭和16年) 日本文化私観(1942/昭和17年) 芸道地に堕つ(1944/昭和19年) 堕落論(1946/昭和21年) 天皇小論(昭和21年) 続堕落論(昭和21年) 特攻隊に捧ぐ(1947/昭和22年) 教祖の文学──小林秀雄論──(昭和22年) 太宰治情死考(1948/昭和23年) 戦争論(昭和23年) ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格(昭和23年) 飛騨・高山の抹殺──安吾の新日本地理・中部の巻──(1951/昭和26年) 歴史探偵方法論(昭和26年) 道鏡童子──安吾史譚(その二)──(1952/昭和27年) 安吾下田外史(1954/昭和29年) 坂口安吾とフロイト(柄谷行人) 初出一覧 年譜 坂口安吾(1906-1955)

    0
    投稿日: 2012.07.11
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    生きながら目的を高々と掲げ続けていた僕に救いの手を差し伸べてくれた作品。汚くも、貪欲に生きるとはこういうことであろうか。

    0
    投稿日: 2012.06.17
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    この本は坂口安吾が60年以上前に書いた作品であり、終戦間もない当時の世の中に衝撃的なインパクトを与えたと言われている。作品自体は古典的な古臭さは感じられず読み終えた後に何とも言い難い不思議な余韻を残す本である。この作品の主題である「生きよ堕ちよ」とは、「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない」彼のいう堕落とは、社会の常識やシステム、そしてあらゆるしがらみから自由になり、本来の自分の姿を鏡に映し深く考え抜く必要があると教えている。そして、さらに言わせて貰えば、混迷の度を深めるこの国のもまた、人間同様に現在の社会システムをもう一度きちっと壊し堕ち切る必要があると言えるのではないのか。その為には私達が長年に渡り脳に染みつき固めてしまった思考回路の垢を、この切れ味鋭い刃物を使い、きれいさっぱりと削ぎ落としてみる必要があると思うのだが…

    1
    投稿日: 2012.06.09
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    坂口安吾は、誤読されることが多い。つい最近も、「坂口安吾は反戦だった」「堕落論でそれは述べられている」という文章を目にして、ハテそうだったかと再読してみた。        本当に久しぶりに堕落論を読んでみた。学生時代以来、20年以上経つだろうか。      読んでいるうちに、反戦云々はどうでもよくなった。むしろ、安吾にとって「堕落」が何を指すのか。そして、「堕落した先にあるものが何か」の方が興味深く思われた。      「人間は可憐であり、脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」(堕落論)               そもそも「堕落」という言葉は佛教用語である。  【堕落】仏教の語。法心を失いて、俗心に落ちる。 とのみ『言海』に記述されている。つまり、明治の御代には「堕落」とは、宗教用語であったのだ。         印度哲学をノイローゼになるまで懸命に勉強した安吾が、この語源を知らぬはずがない。つまり、堕落とは、そもそも「聖なるもの」がなければ存在しえない行為である。ならば、安吾にとって「聖なるもの」がなんであるのか。これは今後の考察のテーマになるだろう。           そしてもうひとつ気づいたこと。             安吾のいう「堕落」と浄土真宗の教義との方法論的親和性である。「聖なるものから乖離することが『堕落』であるのに、なぜ真宗の教義と親和するのか」「真宗の教義は『堕落』を勧めてはいない」と訝しく思われるかもしれないが、不思議なことに堕落論を読んでいて、そう感じたのだ。       浄土真宗の革命的なところは、「南無阿弥陀仏の6字を唱えれば極楽浄土に行ける」との簡易性にあるのではない。それは真宗を徒に誤解させるものだ。真宗の革命的なところは、「南無阿弥陀仏の6字に絶対的に帰依せよ」と迫ったところにある。つまり、すべてを捨てよと迫ったのだ。     これが、財産を捨てよ、名誉を捨てよ、果ては命を捨てよ…といった喜捨を意味するのではないことは何となく理解できる。「何となく理解できる」というのは、残念なことに真宗門徒の身でありながら絶対的に帰依した経験をもたないからだ。おそらく……絶対的な帰依の先にあるものは、鈴木大拙が主張した「東洋的一」に行きつくのではないかと想像だけはしている。 話を戻す。安吾の言う「堕落」と真宗の教義に方法論的に親和性があると主張したのは前述のとおりである。私の興味が向かうのは、すべてを削いでいったときに残るものは果たしてなんなのか。安吾はどのように考えていたのか。ここである。 ここも今後のテーマになるだろう。 いずれにせよ、20年ぶりに読んだ本書はとても貴重な体験になった。ありがたい。

    3
    投稿日: 2012.04.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    堕落論…私は、正直一回では頭に入らなかったため、2回読みました。 人間は、堕落する。響く何かを感じましまが、まだもやもやしてます。もう一度しばらくしたら読みたいです。 この本の中の、日本文化私観は、びひっと来ました。自由を我等について、言及しているところはぐっと、心に響きました。

    0
    投稿日: 2012.04.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「戦争中はかえって平和であった」というような逆説を堂々と唱えられて、しかも納得させられてしまう、そんな新鮮な驚きの連続だった。 物事を逆説的に見ることで、新しく得られる価値観があるのだなあと改めて思った。

    0
    投稿日: 2012.03.17
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    「戦争」を間近でみて生きた作家の生み出す文章はあまりにも生生しくて、あるいは洗練されていて、どれだけ「戦争」の社会へ、あるいは個人へと与えた影響が大きいのがわかる。戦時中に生きてみたかったとある意味羨望するくらいだ。そういった意味でも、坂口安吾はとても好きだ。

    0
    投稿日: 2012.02.28
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    人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。 私への安吾の影響は大きい

    0
    投稿日: 2012.02.08
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    敗戦後、国民が意気消沈しているなか堕落論は発表されベストセラーになる。いま読んでもドキッとさせられる天皇に対する記述を始め、内容はぶっ飛んでいる。人は思考をする限り元々堕落するものだ、と安吾はキッパリと言い切る。考えることがなければ、全てのものは美しく感じることが出来る。しかし、我々は人間だ、人間を演ずる限り、人間は堕落し、考える。そこにしか人間の救済の道はないように思える。言葉を使い思考することは不幸なことかつ救われる唯一の手段だ。

    0
    投稿日: 2012.02.08
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    生きることを考えた時、語ろうとする時、 いつも土台にあるのがこの本。 この本からはじめたし、この本でおわる。

    0
    投稿日: 2012.02.02
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    人間の本質をとらえていて、気づかされることが多々ありました。 堕落論 ★「人は正しく堕ちる道を、堕ちきることが必要なのだ。 堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、 救わなければならない。」 恋愛論 ★「恋愛は、人生の花。 いかに退屈であろうとも、この外に花はない。」

    0
    投稿日: 2012.01.29
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    堕落論、日本文化私観、文学のふるさとなどを含むエッセイ集。怜悧な視点でありながらある種奇妙な熱を帯びた語り口が印象に残った。

    0
    投稿日: 2012.01.17
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    11月24日 井本くん紹介 まず,堕落ありき.堕落してこそ社会的規範がたち現れる. 堕落なき社会規範に盲目的に従ってはならない.

    0
    投稿日: 2011.11.29
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    生きよ堕ちよの意味を理解できる人すごいと思っていた堕落論。少しは読めたが、堕ちきる、のしっくりした解釈が難しい。

    0
    投稿日: 2011.11.17
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    「敗戦後国民の道義退廃せりというのだが、しからば戦前の『健全』なる道義に復することが望ましきことなりや、賀すべきことなりや、私は最もしからずと思う。」

    0
    投稿日: 2011.11.16
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    ・堕落論 "堕落"という意味を取りちがえてはいけない。 書かれたのが戦後直後で、坂口は天皇なり貞操なり理想を追い求めてばっかりの時代から、現実を直視した生活に移行しろ(=堕落)、と主張している。 戦中は大欺瞞 でもいくら戦後とはいえ、ここまでずけずけ書いて大丈夫だったのかとびっくりした。 何しろ戦後直後だからモロに反動で書いてて、過激すぎるとか現代では納得しにくい個所も多々。 ・デカダン文学論 日本の文化は実質的な便利を下品としてきたのを、奇天烈と一蹴。 便利に生活できるのが最高じゃないか。プラグマティズムか。 でも、形式美っていうのもある。と私は思う。 形式を愉しむ、それが茶道だったり祭事だったりする。 美味しいお茶を飲めればいいってわけじゃなくて、 どういう風に振る舞うと、お茶だけでなく心を落ち着かせて一期一会を感じて……というのが考えられた末のあの形だ。 西洋料理のマナーが例で出てくるけど、 あれもマナーを守って上品に食事することに場を愉しむ意義が含まれてる。 "特別感"は美につながるものだ。 ・青春論 一般に、青春=失われた美しさ だという。即ち過去。 坂口は、現実の中に奇蹟を追う(=現実の中に美を見出す) という。 私は、生きてる実感があるその時 だと思う。 坂口はこれを書いてる時点(たぶん40歳ぐらい)で いつ自分に青春があったのか分からないし70なってもそんなに変わってないんじゃないか と言ってる点で私とは異なる。 面白かったのが、 「女の人には秘密が多い。男が何の秘密も意識せずに過ごしている同じ生活の中に、 女の人は微妙な秘密を見出している。~このような微妙な心、秘密な匂いをひとつひとつ 意識しながら生活している女の人にとっては、一時間一時間が抱きしめたいように大切であろう。」 あらよく分かってる(笑) 男の方がよっぽど受動のように見える。 まぁでもいつもこんな風なわけではなくて、 こんな風に生きているときには生きてる実感があって青春と呼べる時期。 * ほかにもいろんな小論が入ってます。 全体的に現代とは相容れないので★3つにしました。 でも面白い個所はいろいろあった。

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    投稿日: 2011.11.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読み物としてどれも楽しく読めるうえに、兎に角、気が小さくて鋭敏な著者なので、 何を言っても鋭いけれど、それを自ら嫌うように、どことなくユーモラスに筆を運ぶ。大変正直な人だったと思える。 嫌味な誇張や戦略的なヘンなものを感じないので、共感するところは多かい。 個人的には「堕落論」より「続堕落論」が痛切に共感できた。 「特攻隊に捧ぐ」というのは、太宰治の小編「散華」と合わせて、本当の反戦ものだと思う。 キザったらしい啓蒙臭いところは皆無で、ただ同時代人として、体験し、感じたことを素直に書いているのだが、 それが却って戦争はあってはいけないことだ、と真摯に思わせるのだ。 流石は大作家だと思う。 「教祖の文学」は小林秀雄論としては個人的には一番だと思う。 痛いところを突いているけれど、どこか滑稽で、愛情と優しさがあって、批評とはこうするものだな、と思う。

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    投稿日: 2011.11.02
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    人は誰もが堕落していき、それを防ぐ手段方法は無い。しかし、その堕落こそが人を救うことのできる唯一の手段なのである。正しい道で堕落してゆくことが、人生で最も重要なことなのだ。 人間の堕落について考えるきっかけをくれる良書。

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    投稿日: 2011.10.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    はじめて読んだのは中学生の頃。 正直、意味などまったくわからなかった。 私の頭の中に残ったのは、「しこのみたてといでたつわれは」という、印象的な冒頭の文章だけだった。 後日、続けて読んだ「桜の森の満開の下」のほうが、ストーリーがある分印象が強くのこった。 大人になってから再読した。 堕落論もいいけれども、個人的には「不良少年とキリスト」がとても好きです。 歯痛の作者と奥様とのコミカルなやり取りから始まる太宰論は、こっけいで、悲壮感を感じさせないけれども、でもどこか、確かに悲しい。 これは作者の本意ではないのだろうけれども、確かな論調の裏側に隠れている、「死にやがって、馬鹿やろう」という太宰への思いが、ひどく響いてくる気がするのです。 太宰や安倍貞や、誰か人間に関する文章を書くときの坂口安吾の筆は、対象への愛がことさら感じられるように思います。

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    投稿日: 2011.10.20
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    この本を何年来、幾度となく読み返している。 安吾を初めて手に取った日の事は、もう覚えていない。 けれど、記憶も曖昧なその日より、脈々と安吾の言葉が わたしの中に在り続ける事実。是非、若い人にも読んでほしい。 それは共感を促す行為ではなくて。どう思っても構わないんだよ、 と言いたい。安吾の強靭な説得力が、それでいいと教えてくれる。

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    投稿日: 2011.10.19
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    読書メモ ・「人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。」(堕落論) ・「人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。」(続堕落論) ・「天皇制だの、武士道だの、耐乏の精神だの、五十銭を三十銭にねぎる美徳だの、かかる諸々のニセの着物をはぎとり、裸となり、ともかく人間となって出発し直す必要がある。」(続堕落論) ・「人間孤独の相などとはきまりきったこと、当たり前すぎる事、そんなものは屁でもない。そんなものこそ特別意識する必要はない。」(教祖の文学) ・「現実に即して、今までに無かったが、然し、必要なる当然の組織や方策を、工夫し、発明して行かねばならぬ。文化とは、そういうものだ。政治とはそういうものだ。」(戦争論)

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    投稿日: 2011.09.11
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    ただのエッセイには留まらない坂口安吾の深い考察は日本史、芸術など幅広くふむふむなるほどね、と読める本でした。時代が違うからか、ちと難しく頭に入らない感もぬぐえなかった。僕だけかもしれないけど。堕落とは孤独である。そういうものだ

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    投稿日: 2011.08.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    作者の考えに共感できるできないは別として、一つの読み物としてとても面白い。「FARCEに就て」ではずいぶんまどろっこしく書くなあこいつとイライラしたものだが、後半になるにつれ歯切れがよくなってくる。「文学のふるさと」なんかは結構好き。  しかし、過去の慣習にとらわれないことは果たして大切なのか?昔から受け継がれているものは、それなりに意味があるゆえに受け継がれ続けているように思う。倫理観とか。  とにかく戦争やら天皇やら興味深い話がたくさん出てくる。いつかまた読むかもしれないなーと思った珍しい本。 私達人間は、人生五十年として、そのうちの五年分くらいは空想に費やしているものだ。 美しくするために加工した美しさが、一切ない。 それが真に必要なものならば、必ずそこに真の美が生まれる。 人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして考えるからだ。 そういった、実践の目標の判っきりしている宗教の前へ出ますというと、禅宗のごとき宗教は、全然意味をなさないのであります。

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    投稿日: 2011.07.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    文学者の評論を読むのはひさしぶりだったが、心が躍ったというのが本音。「新しい自分をみつけるために堕落しろ」(意訳)人間が持つ固定観念や柔軟性がなくなった価値観に対する痛烈な批判である。文学者は普通の作家と違って、言葉の使い方がうまく、真に迫るものがあると再実感。小説は現代しかコンテクストになじめず読まないが、こういう評論っぽいのは読んでいこうかなと思った、例えば小林秀雄とか。夏休みには5冊くらいは読もう、うん。

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    投稿日: 2011.07.10
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    素敵なタイトルで心惹かれるが、そーんなにオモシロくはないんじゃないか? 言いたい放題で偏った意見だけど、なにより悲観的になってる世の中でこの『言いたい放題』なところがスゴイのかもしれない。 堕落論はどんな話?堕落してこそ本当の生があるってこと?そんな『悲しみを知ってるから本当に笑える』的なチープな結論? 正直、表題作より後半の歴史うんぬんの方が面白かった。

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    投稿日: 2011.06.17
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    もったないなくて全部は読めない! 安吾の表現の的確さ、っていうか素敵さに惚れた! 芸術論の当たりなんかもう、頭あがりませんわ

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    投稿日: 2011.06.07
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    「堕落論」 3.11 の地震後、自宅待機になっていた期間に偶然読む。 暗い気持ちでただただNHKを見ていた私に、奮い立たせる何かを与えてくれた気がする。

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    投稿日: 2011.05.29
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    戦後日本の原点。堕ちろ、そして生きろ。日本文化の「嘘」を暴きまくった著者による、「本音」の日本人論。一見すると酔っぱらいの壮言大語にも聞こえますが、その背景には確固たる信念と考察が幾重にも重ねられ、強烈な説得力を持つ評論となっています。

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    投稿日: 2011.05.11
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    最低にして最強の傑作。逆の発想というか、少し先の時代人として、敗戦国日本へエールを送った。人間というのは、そう容易くドン底を見れるものではないのだろう。「生きよ、堕ちよ」。はい、先生!どっからこんな言葉が出てきたんだよ。きっと神が書かせたのだろう。

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    投稿日: 2011.05.07
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    戦後、誰もが「日本とは何か」深く考えたと思う。同じく 3.11大震災以降多くの人が抱えてるであろう心の問いに対するヒントが、終戦直後(1946)に書かれた本書に潜んでいるのではないかと思います。堕落というタイトルですが、根底にあるのは「生に恋々とした」私たち自身の生き方への問いかけではないでしょうか。

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    投稿日: 2011.05.03
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    短編だった。 とくに『堕落論』は堕落について書きながら、いつのまにか生についてのことになってる! 堕落とは堕落ではない。 堕ちても尚生きよ、ということで、いったん堕ちきることでそこから先が開けてくる。 だからたとえ堕落しても、醜くとも生きることを主張する。 んー難しい。 やっぱ文学だから、文章が難しくて何度か読まないと理解できないところもあるけど、意外とおもしろい。 でもだから、読むのに時間がかかる。

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    投稿日: 2011.04.04
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    言ってるのは合理的で正しい事、だからこそ物凄くきつい。 そのバイタリティを維持するための自己肯定が不可能な場合、言葉通り地の底まで堕落しても赦されますかね。

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    投稿日: 2011.02.08
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    独自の視点で時代や社会を論じた短編集のようなもの。 少し偏った視点だったりもするが、読んでいて目から鱗な部分も。 ただ話があちこち飛んだりするのでちょっとつかれた。。

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    投稿日: 2011.01.09
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    古い作品であればあるほど、胸にずばっとくるような表現が多くて 単純にすごいと思う。 登録した本を読んだわけではないけど、短編集で読みやすい。

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    投稿日: 2010.12.13
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    残念ながら挫折。 だいたい、どんなに合わない本でも最後まで読みきるのに・・・。 複数の論考からなる随筆なので、確かにと合点のいくところもあったけど、 どうも、こう、なんというか、偏屈すぎる。 論評、論考を展開するのだから、 せめてもっと読み手の身になってほしい。 素直に書き進めるところは書き進めて欲しい。 謂わんとしていることは分からんでもないけど、 独自性なのか自尊心なのか、ひねりすぎている。

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    投稿日: 2010.11.23
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     表題作の「堕落論」を含む、評論集。  安吾は「堕落論」において、とてもワイルドな人生観を提示してくれるが、ただし「堕落」という言葉を誤解してはいけない。生きていくのに、大義名分は要らない。ただ、好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いと言って、生きよう、そこからすべてが始まるのだと、教えてくれる。  読んだあと、今までとまったく違う考えを抱いている自分がいるかもしれない、そんな一篇。無人島で、心も体も裸になって読めたら、素敵だなぁと思う。  他、「日本文化私観」なども収録された、とてもぜいたくな一冊。 (九州大学 大学院生)

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    投稿日: 2010.10.13
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    戦争が終わってすぐなのに、この思想はすごい。とても先駆的な人だと思う。 戦後の日本にはパワーがある。この人は、筆の力で近代化を説いたのだと感じた。

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    投稿日: 2010.10.02
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    *ブログ関連記事あり* http://blog.livedoor.jp/marine0312/archives/51658885.html

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    投稿日: 2010.10.01
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     坂口安吾の代表作。古代から天皇は政治利用される存在であり、神聖にして侵されないけれども、藤原氏を始め、幕府、尊王攘夷派、軍部の不敬なる企みに使われた。そしてその者達が先頭を切って崇拝することにより、奴らは強大な権力を振りかざしたと斬り捨て、東京裁判に雁首揃えて生き恥をさらす将軍達を痛烈に批判している。

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    投稿日: 2010.06.12
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    浦野所有。 「堕落論」は敗戦から1年も経たない昭和21年4月に発表された評論で、文庫にしてわずか12ページの小品です。地にある考え方は、「大戦に敗れ、日本人は堕落したというが、その見方は間違っている。なぜなら、人間は生まれつき堕落するようにできているものなのだから。だけど人間は弱い存在だから、とことん堕落することさえもできないのだ」というものです。(解釈が間違ってたらすみません)。 安吾はこう指摘します。日本人は自ら泥水をすすることを避けるため、大義名分としての天皇制を発明した、と。けれども、何につけても大義名分にすがって責任をのがれていては、人として生きることはできない。大義名分なんか捨てちまえ、堕ちるところまで堕ちちまえ。これが「堕落論」の主張ですね。 ちなみにこの「堕落論」、これまでたくさんの人に衝撃を与え続けてきたことはいうまでもなく、人生で出会った最も印象的な本にあげる人もいるほどです。 新潮文庫版には、「堕落論」も含め17の評論・エッセイが収録されています。個人的なオススメは「日本文化私観」。日本に亡命し、日本文化・美術に大きな影響を受けた建築家ブルーノ・タウトに真っ向から対峙しているのがおもしろいです。 「人はやがて死ぬから人生水の泡の如きものだというのは『方丈記』の思想で、タウトは『方丈記』を愛したが、実際、タウトという人の思想はその程度のものでしかなかった」なんていって。 ほかに印象的だったのは次の部分ですね。 「京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは『生活の必要』だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである」 現代であれば、歴史遺産を保存・活用することで地域活性化にもなるわけですから、必ずしもこの指摘は当たっているとは思えませんが、にしても、モノより精神を求める安吾の指摘は痛快です。

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    投稿日: 2010.06.04