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白い人・黄色い人
白い人・黄色い人
遠藤周作/新潮社
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総合評価

92件)
3.6
15
24
39
2
3
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    キリスト教と人間の悪。「白い人」絶対的な神を持つ文化で生きる白人の道徳の中に沸き出す悪。「黄色い人」は信じるか信じないかの二択から解き放たれた人たちのただただ疲れた瞳、諦め、そして罪のない身軽さ。

    0
    投稿日: 2025.12.23
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    ある西洋人のキリスト教への信仰を冷めた目でみる別の西洋人を描いた前半の「白い人」 同じく冷めた目でみる日本人を描いたのが後半の「黄色い人」 後半は冷めた目というか、どこか諦めてしまったような気だるい感じ。どうだっていいんだよ、というような。 なんか崇高な感じがする小説だけれど、感想と言われると難しいな。 ただ、キリストについて、ナチスについて、日本人というものの本質について、日本人の信仰と神の違いについて、など、いろいろ興味深いテーマが浮かび上がっており、もっと理解を深めたいと感じた。 作者の他の作品を読んだり、いつかまた再読したりしてみたい。

    0
    投稿日: 2025.12.20
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    西洋(キリスト教)の「永遠」の感覚と日本(仏教)の「無常感」の対比が面白かった。 キリスト教では罪を犯しても神に懺悔して赦しを乞えば救われる、死=永遠の命への入り口っていう考え方。 対して日本では抗えない運命への静観、移ろい衰えていくものへの諦めに近い無常感が根底にある。 根本的な感覚がこんなにも違うのに、日本でクリスマスとか祝われてるのが陳腐に思えてくる。 あと日本人キリスト教徒はこの辺りの感覚の違いをどう対処しながら自分をキリスト教徒たらしめているんだろう。機会があれば当事者に聞いてみたい。 以下、読んでいて感じた疑問とchatGPTの回答 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー •なぜキリスト教では罪の意識が強いのに、日本より西洋の方が一般的に犯罪率が高い? ⇨キリスト教における「罪の意識」と法的な犯罪はそもそも別の概念。前者は神に背くこと、欲望を抑えられないこと、心の中で誰かを恨むことなど。 •キリスト教における「地獄」と仏教における「地獄」の言葉の重みが違う気がする ⇨その通り。日本での「地獄」は罪人が死後に罰を受ける場所だけれど、「仕事が辛くて地獄のようだ」など比喩的•感情的に軽く使われる事が多く、現世的な苦しみの延長線上にあるイメージ。対してキリスト教の「地獄」は単なる火に焼かれる場所ではなく、神の光に二度と触れられない「完全な孤独」。地獄に行くとその人が永遠に救われない、魂の破滅そのものを意味する。 •人種を指す「ユダヤ」の語源とキリスト教上の背教者「ユダ」の語源に繋がりがあって、そこからドイツのナチスによる迫害対象をユダヤ人にしようとなった訳ではない? ⇨背教者を意味する「ユダ」は聖書に出てくる個人名で、人種の「ユダヤ」と直接的な繋がりはなく、そこに由来してホロコーストが起きた訳ではない。ただし両者は同じ語源(ヘブライ語のユダ族=Judah)を共有しており、長い歴史の中でそれらが結び付けられ反ユダヤ感情の土台にはなった。ヘブライ語でユダはיְהוּדָה(Yehuda)、ユダヤも同じくיְהוּדָה(Yehuda)。 •教会で行われる罪の告白に対峙する神父の対応がまるでカウンセラーのように感じる(罪を責めるのではなく優しく助言するところ等)が、西洋では神父と別に心理セラピーの利用も流行っている。神父様に話を聞いてもらうだけでは不十分なのか? ⇨神父の告解はあくまでも宗教的•霊的な癒しが目的で魂の次元が中心。対して心理セラピーはより現実的•心理的な問題に焦点があてられており、PTSD、うつ、パニック障害など感情や脳の働きに関するケアを行うという棲み分けになっている。 •キリスト教において自殺も罪の1つだけど、年々西洋での自殺率が増えてるのは神の教えが抑止力になってないの? ⇨その矛盾には現代社会の価値観や孤立の変化が要因となっている。そもそも自殺が罪になるのは神への反逆とみなされるからで、「神から与えられた命を自ら奪った」「希望や信仰を放棄した」等の理由から救いようのない大罪とされていた。昔のヨーロッパでは自殺者は教会の墓地に埋葬されないほどのタブーだった。 しかし近年では信仰が形骸化•個人化していること、社会的孤立や精神疾患の増加、教会の権威の弱体化、科学的•心理学的な知識の広まりなどから、自殺に対するハードルが下がってしまっている。

    10
    投稿日: 2025.11.10
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    〝理想モデル“を持つ人間は、現実と理想の差を悔い改める事ができる。神の存在は、その理想づくりに役立つ。必ずしも神である必要はない。無神論者が、人目さえなければ常に悪事を働くという事もない。自らの道徳観に照らして善行を行おうとするのは教育だけではなく、本能でもあり、他者との関わりも善行の動機にはなるだろう。 「白い人」では、ナチス協力の過去を持つ男が、自らの罪と向き合い続ける姿が描かれ、その姿勢は西洋的な「個人の良心」の象徴として浮かび上がる。一方、「黄色い人」は戦後の日本を舞台に、集団の中で責任を曖昧にして生きる人々を描き、作者はここに日本社会に根差した構造を見たのではないか。 「白い人」は嗜虐的な性質を持ち、また無神論者として描かれた。本来であれば罪の意識や悔恨とは結びつかないような人物が、それでも罪悪感に苛まれ続ける。宗教を持たない者であっても、他者を裏切った記憶は心の中で腐り続け、人はそれに抗えない。こうした「神なき罪悪感」は、現代の宗教を喪失した社会にこそ切実なテーマである。 一方で「黄色い人」では、日本的集団主義の空気が批判的に描かれる。個人の倫理を圧殺し、責任を拡散させる構造がある。自分の物差しではなく、社会的な物差しで、自らの〝理想モデル“を形成する。この「黄色い人=集団」の構図は、現代の日本社会における同調圧力や責任転嫁の問題にも通じるものがありそうだ。 白と黄を区別する必要があったのか。もしかすると、それは無神論と信仰者を属性で大別するような、ラベリングの罠を象徴しているような気もした。

    82
    投稿日: 2025.08.04
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    2025.5.31 絶対的で目には見えない神を信じる者とそうでない者の対比 『白い人』では、神を信じる者とそうでない者の両者が「神が存在していること」が普遍的な世界の上に生きていた 『黄色い人』では、その対比が「絶対的で目には見えない神のいる世界に生きる者と神のいない世界に生きる者」 「白人である貴方は、神があるか、ないかとの間を動きまわり、罪悪とたたかい、死に挑む。」「なんまいだといえば許してくれる仏さまの方がどれだけいいか」「私は神を拒みながら、その存在を否むことはできない。」

    1
    投稿日: 2025.06.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書会に出るために、これから遠藤周作の本を読んでいこうと思う。手始めに借りてきたのがこれなのだが、サクッと読めるのに濃くて重かった。 「白い人」は(ハーフの)フランス人でありながらゲシュタポのレジスタンス拷問に協力する斜視の主人公と、彼と正反対に神と正義の道を歩もうとする神学生のジャックの対比が描かれる。戦時中の日本を舞台にした「黄色い人」では、肉欲の罪に落ちて教会を追放された元神父のデュランが罪の意識に追い詰められている中、教会へもろくに行かず不倫をしていても罪悪感なくだらだらくらす日本人クリスチャンの主人公がやはり対比的に描かれている。主人公はデュランを、デュランは世話になっている現神父を憲兵に売り渡そうとする。 表面的には神の問題、日本人の問題を書いているように見えるのだが、実際にはもっと深く広く人間の罪、そして罪をどうしていくかについても問うているように感じる。両作とも裏切りというのが大きなモチーフになっているが、破滅的な裏切りをどこか人間に必然的なものとして書いているのが印象的だった。

    1
    投稿日: 2025.04.08
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    自分が日本人だからか、個人的には『黄色い人』の方が好みでした。黄色人種だからというよりも、日本という多神教が緩やかに生活の中に染み渡っている国で育った日本人という種族の、一神教を古来より信じてきた欧州人との遺伝子レベルでの宗教観の違いが、もしかしたら存在するのかもしれないと思いました。基督者である遠藤周作の描くこの本の主人公2人は、キリストや神への不信を抱いているわけですが、その感情や思考への解像度がとても高く驚きました。遠藤周作は基督者でありながら、この物語の主人公たちのような、教義に対するアンチテーゼみたいなものが、心のどこかにあったのではないかな。

    1
    投稿日: 2024.10.29
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    罪に対して、どう向き合うかが人種により違っていた。どちらにしろ、罪を重ねていけば、やがて死にも罪にも無感動になる。 『白い人』の主人公や『黄色い人』デュランは、いつの間にか、悪が心に入り込んできている。 サイコパスだろうと、神父さんだろうと、人間の弱さを利用する悪魔の罠だらけ。

    1
    投稿日: 2024.10.15
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    フランス人の主人公がナチのゲシュタポとなって旧友ジャックの拷問やマリー・テレーズの凌辱に絡んでいく。神のためと言いながら自己陶酔することを許さず、ひたすらに悪魔的な思想と行動、その後の疲労に支配される。 斜視・すがめで幼い頃から「一生、女たちにもてないよ。お前は」と顔立ちの醜さを宣言された父の仕打ちも影響している。クリスチャン遠藤周作の芥川賞作品、読み応えあったが、圧倒的な暴力に清々しさはない。 最後のマリー・テレーズの歌は何を伝えたかったのか。 薔薇のはなは、若いうち つまねば しぼみ、色、あせる

    2
    投稿日: 2023.09.17
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    人間はこれほどまでに神に執着しているのに、神はいつもどこにおられるんだろう?遠藤周作さんの作品を読むといつもこうなる

    2
    投稿日: 2023.09.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    拷問に耐えうる人物か、拷問の仕方に情慾を感じるか感じないかを分析しながら眺めているのが面白い。 なぜ神は人種など関係がないのに西洋の姿をしているのか、救いは無く苦しみを与える神とは何か、などなど、考えたくなる事柄が色々と出てきた。 救いのない神ならば、信仰を捨ててしまえば自由になれる。デュランにそんな選択肢など思いつかなかったが、黄色い人たちはそれゆえ自由なのだと悟る。 白い人(フランス人だが父はドイツ人であったため幾らかドイツ語を使えるため、ナチス・ドイツの秘密警察の事務官の求人に応募し、対象者を拷問し、仲間の名前や場所を吐かせる仕事に就く。過去に、病気の老犬が盗みを働いたため平手打ちしていたイボンヌの白い腿、曲芸で男の頭の上で芸をする裸の女など、主人公に歪んだ情慾を育む。神学生のジャックに縛られているマリー。ある時、ジャックが拷問対象となり、口を割らないためマリーを連れてきて、陵辱すると脅すと、舌を噛み切って自殺した。マリーは発狂した。) 黄色い人(戦争で全てを失った女・キミコと関係を持ってしまったデュラン。たちまち噂は流れ、教会を追放される。神を信仰するも、罪の意識で苦しみ続ける。解放されるために、隠し持っていた拳銃を教会に隠して警察に密告し、金銭的援助をしてもらっていたにも関わらずブロウ神父を陥れる。空襲で、デュランもキミコも倒れる。)

    3
    投稿日: 2023.09.02
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    基督教徒として生きる人々の苦悩が伝わって来る、されど掴みどころのない作品でした。さすが作者さん、違いがわかる男です。 宗教について語るには造詣が深いわけでもなく、なんとも言いようのないモヤモヤ感が残ります。聖職者は神ではなく人の子。秘める煩悩の塊を収め切ることなど可能なのか。どのような状況であれ懺悔に心からの赦しなどできるものなのか。わたくし黄色い人には高尚な世界感を受け入れる文化も経験も胆力もなく、読み進めるにつけ少々しんどくなりました。 布教も強制もなくいつの間にか「神様」と言葉にできる、畏怖と感謝でつながる八百万の神々に抱かれし国に生まれたことが、とても嬉しく感じられた次第です。

    0
    投稿日: 2023.08.25
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    人間の醜さや愚かさを否定して押さえつけるだけの宗教は日本にはなじみにくいだろう。 人間なんて、そんなに美しいものではない。 善に偏るのも、悪に偏るのも、結局は見たくないものを見ないという姿勢のように思う。 どちらも欺瞞だ。 歪んだ心は醜い。 汚い。臭い。 しかし、それも人間。 自分の正義に固執して貫くのも、人間。 人間とは、愚かな生き物だ、と思う。

    0
    投稿日: 2023.08.08
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    短編二編を収録しています。 「白い人」は、第二次世界大戦中に、フランス人でありながら、ナチス・ドイツに協力してレジスタンスの取り締まりをおこなった青年の手記というかたちの作品です。斜視だった彼は、自分以上に醜い容貌であった神学生のジャック・モンジュが、みずからの不遇な運命を、神に対する信仰にすり替えていることに反発をいだきます。そして、ジャックがたいせつに思っているマリー・テレーズをもてあそぶことで、サディスティックな歓びをあじわいます。 「黄色い人」は、宝塚の仁川の教会で牧師を務めていながら、キミコという女性を愛するという、信仰の道にはずれた行為によって教会を離れることになったピエール・デュランと、彼のもとをおとずれた千葉という青年の物語です。罪の意識に囚われながらも、自分の身に万が一のことがあればキミコが苦しむにちがいないという思いから、憶病な振る舞いにおよんでしまうデュランと、日本という地に生まれたことで、そうした過酷な罪の意識をもつことのない千葉の心境が対比的にえがかれています。 その後の著者がくり返し取り組むことになる、キリスト教の信仰にまつわる問題が、やや武骨なスタイルではありながらも明瞭なかたちで示されています。

    0
    投稿日: 2023.07.14
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    私は神を信じていないので、日本で日本人がキリスト教(どの宗教でもだけど)を信仰することに興味がある。理解したというより興味が増した。わからないことだらけ。

    0
    投稿日: 2023.01.09
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    遠藤周作は作を重ねる毎どんどん平易で読みやすい文章になっていくが、初期は通読にかなり体力が要る。 イエスとは何か・キリストとは何かという永年の主題に一歩踏み出した意欲作だが、主人公が殊更露悪的なのも本作の特徴かもしれない。

    3
    投稿日: 2023.01.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2作品共、神を信じない男が主人公で、性質も振る舞いも好ましくないのが印象的だった。裏切り者として「ユダ」のイメージが示唆され重ね合わせていく。 「白い人」は拷問者側の視点が描かれているのが興味深かった。誰も好き好んでやりたがらないと思っていたが、志願する中には加虐心のある者もいたのかもしれない。この役目を担うまでは芸術を愛していたかもしれない。病のため、使い捨てのように配属されたかもしれない。 今の日本人の日常からは想像のできない拷問という行為が、拷問者を描くことで想像できるものに変わり、すぐ近くに浮かび上がってくる。 主人公がこのような性質になった理由として、家庭での抑圧された教育があったこともリアリティがある。 主人公は神を信じていないのに、ジャックを通じて神の話になっていく。ジャックに勝つことは禁欲を強いた母への挑戦でもあり、母が死してなお縛られているのが哀れだった。 驚いたのはジャックの事を「正義に酔っている」と主人公がきっぱり非難していたこと。キリスト教作家がこの意見を書くことってすごい事じゃないかと思った。 でも結果としてジャックは自殺という大罪を選んででも仲間を守り、マリーを守り、正義を守った。 誰一人幸せではない話で苦しかった。

    0
    投稿日: 2022.09.20
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    再読。 よく調べられて書かれているな、と思う。 戦後10年もしないうちに、ドイツ占領下のフランスリヨンの情景を手に取るような筆致で書かれている。 ナチス時代、ホロコーストやパルチザン、マキについて、今の情報量に達するには時間が必要だったが、 あの時代で、誰もがあの戦争で、一般市民みんな複雑性PTSDな時代、今みたいに余裕がある訳ではない、 複雑性PTSDを意識していたら、餓死するもん、即死ぬもん、皆忘れることに集中していた時代に、書かれた。 語ることにより二次被害。 戦後10年まだ語るにはつらすぎる頃に書かれた。 それも日本人がこれだけのことを書く。

    1
    投稿日: 2022.08.18
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    第一次、第二次戦後派作家に続く『第三の新人』と呼称された新しい世代の文学作家達。 遠藤周作もまた、安岡章太郎や吉行淳之介に並んで『第三の新人』の新人と呼ばれる作家の一人です。 ただ、ミスター第三の新人とでも言うべき吉行淳之介に比較すると、遠藤周作の書く作品群には"キリスト教"という明確なテーマがあり、明確なテーマが傾向が無い『第三の新人』たちとは毛色が異なります。 そのため、遠藤周作については、『第三の新人』からは除外する考え方もあります。 本文庫には、遠藤周作初期の2篇、"白い人"、"黄色い人"の2作品が収録されています。 両作品とも遠藤周作らしいテーマとなっており、元々評論家だった作者の試みが感じられる内容でした。 各作品の感想は以下です。 ・白い人... 第33回芥川賞受賞作品。 遠藤周作氏が文壇に認められるきっかけとなった作品です。 "白い人"はそのまま白人を意味していて、第2次世界大戦中のフランスを舞台に、ナチスドイツのゲシュタボの一員となった神学生が、元同級生に恐ろしい仕打ちをする作品となっています。 ただ、それを苦悩する物語ではなく、敬虔な神学生である元友人「ジャック」を苛むことに、むしろ喜びすら感じるような描写があります。 この負の感情、悪魔のような行動原理を、自身の生い立ちと、幼少期に目にした老犬を躾ける女中の白い太ももに見出します。 遠藤周作はこの物語を通じて、人間の根源と、神という倫理の象徴が存在する意味を伝えたかったのだろうかと感じました。 本作を読んで何を思うのかは読み手によって異なると思いますが、ただ、衝撃的な作品です。 ・黄色い人... 黄色い人は日本人を意味しています。 収容所にいるブロウ神父に宛てた手紙という形式になっていて、神父だったデュラン氏と、主人公の「千葉」の手記が交互に挟まる展開となります。 千葉には「糸子」という従妹がおり、糸子には婚約者がいるのですが、千葉と不倫関係にあります。 デュラン氏は神父で、私の洗礼もした人物なのですが、ある経緯からキミコという女性と関係をもってしまい、教会から追放されてしまいます。 善良なブロウ神父のはからいで生きながらえていたデュラン氏は、キリスト教の決まりで自死もできず、生きながら屍のようになっていました。 デュラン神父は一丁の拳銃を持っていたのですが、警察にマークされていた彼は、キミコの助言からこれをブロウ神父に押し付けることを考えるという内容です。 作中デュラン氏は、千葉に取引を持ちかけるのですが、罪を犯すことに対し動じるものがない千葉はその誘いに乗りません。 その出来事からデュラン氏は、この国の人々が持つ虚無感、無色感を感じ取り、キリスト教が根付かない理由を感じていたシーンが印象的でした。 日本人とキリスト教の関係性を唱える名著だと思います。

    0
    投稿日: 2022.06.15
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    文庫本解説メモ 小説の主題について 1神の問題について。キリスト教の伝統を持たない日本という汎神論的風土において、神はどのような意味を持つのか、或は神を持たない日本人の精神的悲惨ないし醜悪を描くこと 2人間の罪の意識、情欲の深淵をのぞき人間実存の根源に神を求める意志の必然性を見出すこと 3有色人種と白色人種との差別観への抗議 4非人間的なもの、例えばナチズムに対する抵抗

    3
    投稿日: 2021.11.23
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    白と黄色という色をタイトルにした意味が遠藤周作らしいと思う作品。 二作品はどちらも読みやすい分量。 白い人はフランス人なのにナチの手先となり拷問を加える側になる。 黄色い人は、第二次世界大戦に入ろうかと言う頃、日本人クリスチャンが教会や神父を売る、良心とは神とはを日記というものを通して描く。 どちらもキリスト教が下地にあり、キリストの教えを知らないものとしては一つ一つが新鮮であった。

    5
    投稿日: 2021.11.14
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    日本人とキリスト教とは。 西洋人(白い人)は、神を信じて犠牲になるか裏切るか、逃れられないのと対象に、罪を重ねて無関心に無感動になる平面的な黄色い人(日本人)。 犬を打つ白い腿。黒い汚れた考え。フランス人の父とドイツ人の母。醜い顔と贖罪。ナチスの通訳。 汚れ犯す、蛙の鳴き声。食糧難の戦時の日本。柱の陰で乞食のようにあずかるミサ。疑いと拳銃。 そのなかで神はいるのかいないのか、宗教観よりも人としての生き方、罪悪の在り方みたいな話でした。デュランの話に焦点があたり、糸子が惰性で立ち位置がいまいち最後もよくわからない。

    1
    投稿日: 2021.09.25
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    洗礼を受けた筆者がこれ程までに悪を追求する物語を書くのはsensationalな感じがして逆に魅力的にさえ思わせるところがあります。 何故ここまで書けるのかは、彼が戦時中の善悪、政治と絡めて、どこまでも人間の闇や強欲さを描こうとしていだからだと思います。 白い人だけ読みました。日本人作家なのにフランス文学を読んでいるかの様な錯覚に陥ります。

    1
    投稿日: 2021.07.18
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    初めての遠藤周作作品を読んだ キリスト教について他の作品も読んで理解を深めたい この本を読んでから自分にない信仰心について考えさせられる毎日

    3
    投稿日: 2021.06.11
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    教会も罪の苦しみも、救済の願望も、私たち白人が人間の条件として考えた悉くに無関心、無感覚にあいまいなままで生きられるのだった。これはどうしたことなのだ。これはどうしたことなのだ。

    0
    投稿日: 2020.12.13
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    カトリック作家として若い頃の作品。宗教、人種差別など作者が作品を通して伝えたいことが解説を見てようやく分かった。 表現や深みある文章はさすがで、エッセイを見た時との印象の違いもすごいものがある。

    0
    投稿日: 2020.07.28
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     読み終えて解説を読んでみると、この作品は遠藤さんのごく初期の作品であることを知りました。内容がキリストの教えの部分が多く、後々の作品のように読者を惹きつけながらというよりも氏の考え方や伝えたいことが先にある作品だと思います。  遠藤さんの作品がそのどれもに神が隠れていて神々しい感じがします。良い作品でしたが、面白いという様子ではありません。

    3
    投稿日: 2020.04.23
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    遠藤周作氏の「沈黙」や「海と毒薬」、「深い河」等をこれまで読んだが、そこで出てくるテーマの前兆が、この本にも見え隠れしている。 肉欲(サディズム含め)、日本人の良心・罪意識のなさ、異文化で根付かぬキリスト教、そしてだれかにとってのユダ、、、 裏切りの心理描写が絶妙。 うーん。遠藤氏は良心の呵責を(少なくともはっきりとは)感じない日本人をよく描いているけれど、自分は全体的にそこまで無感覚ではないと思うなあ、、、

    3
    投稿日: 2020.02.03
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    白い人の舞台は第二次大戦中のフランス。 生まれつきの容姿に対するコンプレックスを持った主人公は敬虔なプロテスタントである母に清くあることを強いられるが、それに反する精神が芽生えていく。 黄色い人のテーマは信仰心を持たないが故の幸せ。 女性と関係を持ってしまい破門となった神父は神を裏切ってしまったことに悩むが、それに対し日本人はキリスト教徒ではないが故にそのような悩みを持つことがない。それを肯定も否定もしないが、それに気づいたという話。

    0
    投稿日: 2019.08.16
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    絶望を知る「白い人」に対し、「黄色い人」はただ疲労するだけなど、日本人はキリスト教を理解し得ないのではないか、という信仰に基づく懐疑を、感情から掘り下げている。解説の通り、初期作品であり後に遠藤文学で大きく展開されていくテーマが既にはっきり現れている。

    1
    投稿日: 2019.04.05
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    再読です。ちゃんと感想を記して​(2006年9月27日)​いるのにすっかり忘れています。感想を読み直してみるとわたしは主題(神の存在)を意識して読んでいません。同じ作家の『イエスの生涯』を読む前と後では理解度が違ってくるということだということです。 「遠藤氏のごく初期の作品であり、・・・」(文庫解説山本健吉)確かに新鮮さと勢いがあります。解説最後に「作者は小説の中で、神の存在を証明するためには、いっそう氏のこと抱懐する主題を掘り下げなければならない、・・・」(昭和35年1960年)と鼓舞するようにお書きになっています。遠藤氏の友人ならではで、ないでしょうか。 処女作『白い人』で芥川賞を受賞したのが昭和30年(1955年)それから18年後に『イエスの生涯』(昭和48年1973年)を書かれています。つまり作家は年数をかけて主題を掘り下げていって成功しているのです。作家はそういうことができれば幸せでしょうに! そんなことを確認した再読になりました。

    1
    投稿日: 2019.02.03
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    暗く重い。後の作品につながるテーマがいくつも出てくる。深すぎて消化できなかった感じだけど、山本健吉のあとがきでちょっとすっきり。

    0
    投稿日: 2018.12.31
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    「白い人」「黄色い人」に描かれるのは後発的な神への信仰心と先天的なプリミティブな本能との相反である。 「白い人」では第二次世界大戦のナチズムという異常下において主人公と弱さを持つ敬虔なカトリックとしてジャックを、「黄色い人」では「転んだ」人デュランとブロウを対比させている。文学作品としては芥川賞受賞「白い人」に軍配が上がると思うが、「黄色い人」における「中庸な」黄色い人である道子の存在がテーマを浮き立たせているように思う。「なむあむだぶつと唱えればよいものをなぜ基督に拘るのか」、遠藤周作氏が描く東洋思想と西洋思想の違い、ひいては「沈黙」のなかで語られた「根が育たない土壌」である日本人気質を言い得た言葉であろう。 「沈黙」や「海と毒薬」と比べて評価の高い作品ではないが、初期の遠藤周作作品ということもあり個人的には非常に面白かった。とにかく暗い内容ではあるが。

    0
    投稿日: 2018.05.28
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    自分にとってもカトリックとはなんなのか、神とは何なのかという事はずっと考え続ける問題だと思う。よくわからなくなるたびに遠藤周作わ手に取る。

    0
    投稿日: 2017.08.17
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    最初は、これを書いたのが日本人だというのが、なんだか信じられなかった。 今まで何冊か読んできて、海外文学と日本文学の違いを分かったような気でいたのだけれど、実の所、そんなもの、ないのかもしれない。 ただ、「どんな環境で、どう考えてきたか」が、作者の、作品の、根になるだけなのかもしれない。 「どれほど信じても、救われない」ということが、基督教徒にとって、どれほどのことなのか。 基督教徒であるということが、この日本でそれを信じるということが、どれほど困難か。 けれど、だからこそ、これほどまでに、真摯になるものなのか。 もう少し、遠藤先生の作品を、読んでみようと思う。

    0
    投稿日: 2017.06.25
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    「白い人」 遠藤周作氏はこの作品で芥川賞を獲ったのか。。。 苦く痛々しい作品だ。 あの時代だからこその受賞であったとも思う。 日本人でありながらカトリックであることの矛盾。 その葛藤が彼に筆を執らせたわけだが 信仰を持たない私には 頭ではわかっても 実感できないのでただ想像するしかない。 親ナチのヴィシー政権下のフランスを舞台に プロテスタントの母親によって 過剰なまでに禁欲を強制されたため 無神論に陥る少年。 性欲が「悪魔的」に形を変えるのは その欲を人として自然に受け止めるという 初動が欠けたり歪んだりするからで 少年の場合もそうであった。 ゲシュタポの手下となった少年は あたかも自分に挑むように ひたすら神に仕える友人兄妹を凌辱する。 作品の中で遠藤氏は神を暴力的に否定する。 そうせざるをえないほど 遠藤氏の信仰は強く重いのであろう。

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    投稿日: 2017.02.19
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    クリスチャンである著者の作品らしく、基督の慈悲と沈黙ベースに、過酷な環境下での人の狂気と背信、それと対象に信仰深い人たちに降りかかる、ユダを模した裏切りによる不幸。加えて根深い人種等差別意識による諍い。 この作品は、「沈黙」などの作品のずっと前、「海と毒薬」以前に書かれた作品なんですね。やや気負い気味ではあるが、基督信仰の在り方を問い、深い余韻を残す作品と思いました。また、どちらの作品も多くの取材のうえに成り立っており、その時代背景に没入できてよかったです。

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    投稿日: 2016.01.26
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    マリーテレーズがユダだ、というのがイマイチ飲み込めない。 汎神論的世界観の日本人がカトリシスムに近づけない、という意味ではとても「海と毒薬」に近い話。 地元図書館文庫書架Bエ お恥ずかしながら、「マジノ線」という言葉をこれで知る。

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    投稿日: 2015.02.27
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    『白い人』…第二次世界大戦中のフランスの町・リヨンで、ゲシュタポの手先となってレジスタンスの関係者を拷問する際の通訳となった醜い男の話。裏切りや恨み、憎しみなどの人間の部分が描かれている。 (2014.11.12) 『黄色い人』…太平洋戦争の最中、病気を患ったために大学のある東京から田舎の仁川に里帰りしている医学生と、罪を犯して教会から追放された元司祭が、逮捕された神父にそれぞれ書いた手紙の形式で進む展開。キリスト教を通して白人と日本人の違いを浮き彫りにし、追放された元司祭は日本人に近づくもなれなかった話、と理解した。 (2014.11.13)

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    投稿日: 2014.11.12
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    人の罪と業の深さと醜さ、神の存在をめぐる生々しい信仰と思考の溝の深さと暗さ。それを痛いほどの文体で表現した素晴らしい作品。 解説の山本健吉氏は「未熟な点も認められる」「氏の主題があまりに図式的な形で、概念的に示されすぎていることを、欠陥と思っています」と書いているけれど、僕にはその「未熟さと欠陥」がむしろこの作品に力を与えていると思える。 「沈黙」「海と毒薬」「深い河」といった傑作ももちろん素晴らしい。でもこの作品には荒削りで未熟だからこその血の通ったグロテスクとも言える魅力がある。

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    投稿日: 2014.10.25
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    特定の信仰を持たない私には、 ここに出てくる彼らのように信仰を持つことによる苦しみを 本当には理解できないのだろう。 キミコ達の立場の方に共感とは言わないまでも 近しいものを感じてしまった。

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    投稿日: 2014.10.12
  • 白い人・黄色い人

    戦時中が舞台とはいえ、宗教は人間を救うものでは決してないという事を、カトリックの洗礼を受けている遠藤周作が書いた2つの中編を収録。 「白い人」は芥川賞受賞作でナチスもの。「黄色い人」は白人神父から見た我々黄色い日本人を観察した箇所が興味深い。

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    投稿日: 2014.08.01
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    ものすごく後味が悪く苦いものを噛み潰した気分です。何度読んでも変わらないなぁ。卑屈な主人公の気持ちが全く分からないし、分からないうちは毎回この苦々しい気分を味わうんだろうなと思います。 自分がブサメンだからってここまで卑屈にならなくても良いだろうにと思います。 主人公もジャックもマリー・テレーズも、他の遠藤作品に出てくる登場人物の中に見出すことができるな思いました。改めて遠藤氏の作家としての原点なのかなと。 これが芥川賞。遠藤氏の描く独特の重たい雰囲気に押しつぶされそうになりました。 「黄色い人」の方も鬱々とした重たい空気がつきまとってきます。人間ってあらゆる面において、強いときもあるけど弱い生き物だよなって思いました。 主人公が同じ白い人でもデュランさんは理解できるけど、ブロウ神父の純白さは理解できないというところが印象的。白い人とか黄色い人とか、そんなこと信仰には関係ないんです。同じ人間なんだし。神に捕らわれないキミコを羨み、一緒に堕ちるのは簡単なことだけど結局はブロウ神父のその純白が眩しくて仕方ない。 主人公もデュランも人間だったんです。

    0
    投稿日: 2014.03.20
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    キリスト教をテーマにした初期の作品2作。 作者が伝えたいこと、考えていることが小説から溢れ出ていて、作品自体の雰囲気を超えて瑞々しく、読ませる文章。

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    投稿日: 2014.03.08
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    「白い人」は、1955年上半期芥川賞受賞作。リヨン留学、ジャンセニスム、サド文学―これらが見事に結実して誕生したのがこの作品。遠藤文学の原点がここにある。それは、後年まで彼が求め続けた、神への悲痛なまでの問いかけだ。物語の語り手でもある主人公は斜視として描かれるが、そのことが彼と世界との間に違和をもたらしていた。こうした違和のあり方は、三島の『金閣寺』にも大江の『飼育』にも見られ、作品個々の違いを超えた共通項が浮かび上がってくる。また、この作品の遠藤周作は『天国と地獄』の山崎努を見るようで、実に瑞々しい。

    1
    投稿日: 2014.02.17
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    遠藤周作の小説を理解するためには、やはりある程度のキリスト教的風土、知識の面ではなくキリスト教のあの雰囲気あの考え方の中に投入されたという経験が不可欠だと感じた。キリスト教にとって神はどういった存在なのかということを肌で感じたあの期間が確実に私の中で生きている感覚を、この人の本を読むと何度でも味わわされる。 白い人では本当に、キリスト教徒にとって神がどういう存在なのか、ということを。ファシズムの陰が落ちるフランス、言うならば計画的国家的殺人の淵に立たされた極限の状態においてこそ際立つ、書きがいのある、キリスト教信仰のあり方について。逆説的な主人公を置くことでより鮮烈に信仰が際立つ。黄色い人では、汎神論的風土における神の存在を。決して無神論的風土でないのが重要だと思った。なんまいだ、と唱えると汚れた人間の罪ごと救ってくれる神が治めてきた土地で、原罪や孤独などのキリスト教的価値観が真に根付く可能性の限界。この人はどうして、こんなにも否定しながらキリスト教を追及していったのか。その追及の過程に寄り添うことがわたしにとっても非常に意義深いことです。

    3
    投稿日: 2013.06.29
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    『白い人』の主人公は、ドイツ人の父とフランス人の母を持つ青年。容姿の醜いこの青年は、幼い頃から母のカトリックの影響を受けて禁欲的に育てられるが、実際は女中であるイボンヌの真っ白の足から情欲に目覚め、また神への信仰をも心の内では拒絶する。そんな彼とは対照的に描かれるのが、信仰深いジャック、そしてマリー・テレーズ。独仏間での戦争のさなか、主人公の青年はドイツ側に立ち、彼ら二人への拷問に手を貸すことになる。 一方『黄色い人』の舞台は関西・阪神間に位置する仁川。カトリックの洗礼を受けた千葉という青年は次のように言う。「p91黄色人のぼくには、〜あなたたちのような罪の意識や虚無などのような深刻なもの、大袈裟なものは全くないのです。あるのは、疲れだけ、ふかい疲れだけ。ぼくの黄ばんだ肌の色のように濁り、湿り、おもく沈んだ疲労だけなのです」と。日本人女性との不倫により破門されるデュランという西洋人、彼を援助するブロウ神父をも裏切るこのデュランという男は、自分の犯した罪を、西洋人に特有の罪の意識から自問する。一方、婚約した男性のいる女性と関係を持つという、デュランと同じような"罪"を犯す千葉はというと、激しい罪の意識に苛まれることもなく、あるのは僅かな胸の痛みだけだ。 宗教は、果たして人間の残虐な本質を、抑止する力となり得るのだろうか。キリストの信者は自己陶酔者に過ぎないのではないか。一方の日本人には、心の中にキリスト教の説く原罪を持っていない。それは果たして、人間の残虐性を加速する結果へと繋がり得るのだろうか…。 解説にもあるが、確かにとにかくいろんなテーマが詰め込まれている感じがする。キリストという慣れない、というか知識不足な分野の本だったので自分の理解が不十分なのが残念。

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    投稿日: 2013.03.23
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    私ごとき偉そうに語れる分際ではないが、解説の、まだ未熟な部分があるというところに納得した。 こういう未熟さは嫌いじゃない。

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    投稿日: 2013.01.07
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    (1995.09.17読了)(1979.11.18購入) 内容紹介 amazon フランス人でありながらナチのゲシュタポの手先となった主人公は、ある日、旧友が同僚から拷問を受けているのを目にする。神のため、苦痛に耐える友。その姿を見て主人公は悪魔的、嗜虐的な行動を取り、己の醜態に酔いしれる(「白い人」)。神父を官憲に売り「キリスト」を試す若きクリスチャン(「黄色い人」)。人間の悪魔性とは何か。神は誰を、何を救いたもうのか。芥川賞受賞。 ☆遠藤周作さんの本(既読) 「沈黙」遠藤周作著、新潮社、1966.03.30 「死海のほとり」遠藤周作著、新潮社、1973.06.25 「イエスの生涯」遠藤周作著、新潮社、1973.10.15 「キリストの誕生」遠藤周作著、新潮社、1978.09.25 「スキャンダル」遠藤周作著、新潮社、1986.03.05

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    投稿日: 2013.01.04
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    白色人と黄色人の考え方の違いをキリストを軸に描き分けられた作品。あまり馴染みのないテーマなので、読むことに疲れたが最後の解説で気持ちよく読み終われた。普段無意識の底にある感情を意識させられた気がします。神と信仰、罪、告解。本当の意味では分からないということが、黄色人ということか。と思い、幸せだと感じるか不幸せと感じるかは、いろんな意見が出るのではないかと思います。たくさんの意見を聞きたいなぁ。良心の呵責、悪夢、そんなものを考え直されました。

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    投稿日: 2012.08.16
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    白い人これすごく良い!と思った、が本の評論でデビュー作でまだ未熟、テーマも多くを取り上げすぎていると書いてあった。主なテーマは神の不在か神への信仰、挑戦だと感じたが他にも考えればあるだろう。しかし100ページもなしにこれを書いた。恐ろしい才能だ。

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    投稿日: 2012.07.24
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    「白い人」:読んでしばらくしても忌わしく甘美なイメージがシーンごとにフラッシュバックするような、印象的な一節がいくつもあります。高校生の時に初めて読み、ゲシュタポという言葉を知りました。

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    投稿日: 2012.02.18
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    作中に、ほとんど同じ記述が2回出てくる。以下の2つである。 (p45) 悲しみというよりは疲労に、非常に深い疲労にちがいなかった。埋めるべき空間を埋めたあと、もはや、なにを為していいのかわからない。 (p83) かなしみというより、非常にふかい疲れに似ていた。埋めるべき空間に埋めた後、もはや、なにをしてよいのか、私にはわからなかった。 前者はマリー・テレーズを屈服させたあと、後者はジャックが舌をかんで死んだあとの主人公の心境であり、この虚しさが、サディスティックな無神論者である主人公の敗北を示している。 しかし、現代を生きる平凡な日本人である私は、ここから何を学ぶことができるのだろう? 実のところ、このような虚しさは物心ついた頃からの日常であり、それは当たり前のこと、世界とはそういうものなのだ。その救いようのないニヒリスティックな事態がどれだけ理不尽であろうと、現実の私にとって、今から基督者として生きるという解はない。では、どうすればこの虚しさから逃れられるのか? それは個々人の実存の問題であり、今後の読書人生で、それに答えてくれる運命の一冊に巡り会うこともあるのかもしれない。

    0
    投稿日: 2012.01.25
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    他の作品も読んでみたい。 私は、幸いにも戦争を身近に感じたことがない。だから、戦時中の辛さや過酷さは、主に映画による影響が強いんだけど、この本を読んで、その当時の鬱屈した疲労感を感じた。全編において、処女の描写、肌の色に対する偏見を。また特に、「黄色い人」では、日本人の精神風土(無神論)に対する悲惨さと醜悪さを感じた。神を信じることに対し、偏見なく考えられるという点において、面白い本だと思う。

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    投稿日: 2012.01.19
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    読んでいるときは、真剣に背筋を伸ばすように真面目な気持ちで読んだはずなのに、今となっては何も頭に残ってない。だから成長しないんだなぁ。

    0
    投稿日: 2011.12.29
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    「白い人」は胸が痛くなるほど残酷なストーリー。祖国を裏切ってゲシュタポに入隊した男が拷問によって神学校時代の優等生に復讐を遂げる。キリスト教信者の英雄主義・自己陶酔を突きつつも神を求める必然性にも触れている、5つ星! 「黄色い人」は唯一神を持たないが故に罪悪感に無関心な日本人を描いたもの。不倫で教会を追放された破戒僧は悔い改めでなく、そうした日本人の宗教観に身を委ねることによって罪から逃れようとする。遠藤周作は戦時中の鬱屈した空気を描くのがホントに上手い!

    0
    投稿日: 2011.12.10
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     『海と毒薬』、『沈黙』、『イエスの生涯』に続いて『白い人・黄色い人』を読んだ。遠藤周作の初期の作品ということらしい。  簡単に言えば、『白い人』はSMのSの側の話で、『黄色い人』は、『沈黙』と主題が同じ(日本人にキリスト教の神は理解できるか)作品だった。既に『海と毒薬』や『沈黙』を読んでいるので、それほど強い読後感は覚えなかった。  『白い人』はナチのフランス人拷問に加わる斜視のフランス人、という設定は面白いと思った。主人公は『沈黙』のイノウエのような感じだろうか。  『黄色い人』は、阪急とか阪神とか、宝塚とか川西とか魚崎とか、実家が尼崎のおれにはなんとなく馴染みのある地名が出てきたのが読みやすさを高めていたが、他の作品を読んでいた後では、特に深い味わいもあまり感じなかった。(11/11/23)

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    投稿日: 2011.11.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いつもどおり、神の不在がテーマです。神がいるのかは私にわかることじゃないけど、いるとすれば、きっともう人間に興味がないんだと思う。 2010年06月13日 19:49

    1
    投稿日: 2011.11.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大好きな遠藤周作先生の本。 キリスト教というテーマはかわらずですが、初期の作品と言うことでかなり荒削りな感じがした。言いたいことがたくさんあって、詰め込まれてる小説だなと思った。 「沈黙」や「海と毒薬」にも通じるところとして、日本人が神を持っていないということは何なのか?という問題が出てくる「黄色い人」の方がより印象的でした。

    0
    投稿日: 2011.11.10
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    結構きつい。 白い人、黄色い人。 白い人はフランス人の話で黄色い人は日本人の話。 変な話。 昔の人って、皆こんな感じなのかと思う。 暗い感じ・・・。

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    投稿日: 2011.09.02
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    遠藤周作が問いかける神が存在することによる 白人世界のありようと神が存在しない日本という国の 有り様を描いた作品です。 作者のいうことは分かるけど、キリスト教の悩みって 逆に人生の不幸なときに神がなぜ自分を見捨てたか? に関する回答が不在なのでそれも寂しいですよね。 遠藤周作の本では、「イエスの誕生」や「沈黙」 「反逆」のほうがおもしろいです。

    0
    投稿日: 2011.08.26
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    遠藤周作の創作の原点である2作品。どちらにおいても「イエスとユダ」の関係が重要なファクターとなっているのが興味深い。これが後に『イエスの生涯』のユダ像につながっていくのだろうか。 遠藤周作のユダ像を知る上ではすごく面白かったし、そもそも遠藤周作の最初期の興味の中で「ユダ」が大きなウエイトを占めているとわかったのは収穫だった。 でも、『黄色い人』の方は、解説の山本さんが言っているように、あまりに図式的すぎると思った。ブロウはあまりにもイエスそのものすぎるし、デュランはあまりにもユダそのものすぎる。あまりにもこの2人が聖書のテンプレートにはまりすぎている。解釈の必要もないほどに。 まだ『白い人』の方が、聖書の写しそのままではない、複雑な人間の姿が描かれている気がする。

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    投稿日: 2011.07.14
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    汎神論的な日本人にとってのキリスト教とは、という作者のテーマを汲み取ることができた。「白い人」「黄色い人」どちらかだけでも短時間で読めます。前者の方は、正義と悪という概念を用いて人物の対立などの構図がわかりやすい。後者は、フランス人(元)牧師は「無感動」な日本人の「幸せ」に気付く。どちらも戦争のさなかが舞台であり、性(セックス)がキリスト教的規範と対立する概念として存在する。 僕はキリスト教という世界観と日本人という世界観を知りたく、この本を読み始めたのだが、それについて感じたことが半分、小説としての面白さ半分で、専門書ではないということは前提にあったので、とても満足している。

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    投稿日: 2011.06.19
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    芥川賞受賞作の『白い人』はサディズム漂うフランス文学色の濃い読み味で、展開力の弱い『黄色い人』より物語として楽しめた。カトリック作家として晩年まで続くテーマの一貫性は、この初期2作品が出発点。

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    投稿日: 2011.06.04
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    どちらかといえば「白い人」の方が、話の展開に抑揚がありおもしろかった。「黄色い人」は高校2年で読んだ「沈黙」に近い雰囲気が一貫して流れている気がする。解説より「黄色い人」は「神を持たない日本人の精神的悲惨、あるいは醜悪を描く」とあり、確かにその通りであったと思う。しかし、カトリックであると同時に日本人でもある作者の遠藤氏は、本当にコレを批判的に描いたのだろうか、と考えると疑問が残る。遠藤氏が「白い人」と「黄色い人」のどちらの立場でこの小説を執筆したのかも興味深い。 ところで、これを読んでいた時、太宰治の「人間失格」における「もしドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものだとしたら?」を思い出した。「白い人」は罪で「黄色い人」は罰であり、確かに「絶対に相通ぜざる者」らしい。同じ人間なのにこの違いはなんだろう。

    0
    投稿日: 2011.03.21
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    神を信じ抜く者、神を裏切る者、傍観者、十字架、醜さ、美しさ、、、 こんなに短い物語の中で描かれているものの深さに驚かされました。 場面設定も、人物の描き方も、時代や風景や背景も出来事も、 計算し尽くされていて見事! ストーリーとしても面白く、ぐんぐん惹き込まれまれていって、 予想外の結末に驚き、考えさせられました。 無宗教者にも(むしろそれだからこそ)考えさせられる部分の多い、 素晴らしい作品だと思います。 * * * * * (カバーより) 『白い人』は、醜悪な主人公とパリサイ的な神学生との対立を、第二次大戦中のドイツ占領下リヨンでのナチ拷問の場に追いつめ、人間実存の根源に神を求める意志の必然性を見いだそうとした芥川賞受賞作。 『黄色い人』は、友人の許婚者をなんらの良心の呵責も感じずに犯す日本青年と、神父を官憲に売った破戒の白人僧を描いて、汎神論的風土における神の意味を追求する初期作品。

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    投稿日: 2011.02.28
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    著者の「海と毒薬」が気に入って読んだけど、ちょっと期待はずれだったかなあ。自分が宗教がよくわかってないからかもしれない。

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    投稿日: 2011.01.30
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    これは主題が盛りだくさん過ぎてちょっとわかりにくく、海と毒薬はまっすぐすぎた。やっぱり沈黙が私の中では一番だなぁと思いました。けだるい文体というか、スモーキーな文体が印象的です

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    投稿日: 2011.01.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    …難しかった… キリスト教の考え方とか、そもそも宗教というものに疎いため、おそらくほとんど自分は分かっていないと思います。。 遠藤周作を読む順序としたら、「白い人・黄色い人」「海と毒薬」「悲しみの歌」でしょうか。 この流れで来ると、最後に遠藤周作が何にたどりついたか…分かったような、分からなかったような(だめじゃん) 遠藤周作の初期の作品ということもあり、そして悲しみの歌を読んだ後だったということもあり、とても鋭くとんがったものを感じた作品だった。 何か正解を出したくて暴れているような… 私としては…「今ここに神はいない」なのかなぁとか…(硫黄島を経験した米海兵隊隊員の言葉ですが) 遠藤周作が、もし戦場に行き、内地における地獄とは別の地獄を見ていたらどんな神を見たのだろうか。

    0
    投稿日: 2010.12.25
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    読みやすかったけど、どこに重点を置いて楽しめばいいのかよく分からない。 なんで文学賞をとる作品って、キャラが変態だったり鬱だったりするのが多いんだろ?

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    投稿日: 2010.12.09
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    無神論者の西欧人成年が信仰心の厚い学生を追い詰める話と、日本人キリスト教徒の青年がキリスト教や神父への猜疑心を吐露する話の二部作。心理描写が素晴らしすぎる。そして、神は所詮白人であり、キリスト教の罪の考えは日本人には馴染まない、そもそも日本には無い考えであるという主張に心打たれた。

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    投稿日: 2010.11.11
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    再読。 遠藤周作に出会ったのは、高校1年生の時。 海と毒薬で衝撃を受けた。 彼はキリスト教を小説に交えながら、 そこに存在する「事実」を突きつける。 まるで読者に答えを迫っているように。 海と毒薬のラストシーンはあまりにも衝撃的で しばらく遠藤周作の本を欲しても、 わざと遠ざけていた。 でも、もう一度読んでみようと思う。 作品内に関西学院や聖母が出てきたので、 少し驚きました。 遠藤さんの言葉ではないけれど、 人間の成り立ちのところが印象深かった。 神が人を焼いた時、 焼けなかったのが白人。 焼きすぎて焦げたのが黒人。 ちょうどよく焼けたのが黄色人種。 人は決して外見や肌の色で判断してはいけないけれど、 どこか中途半端さが残る黄色人種の人間としては、 神の言葉の「何事もちょうどいいのがいい」という発言に 少し救われました。 この作品は、人種とは何かや 遠藤さんの最大のテーマである神は何かを問いかけている作品。 黄色い人では、神父が最後まで神を捨て切れなかったところが、 やはり日本人との違いである、と感じました。

    0
    投稿日: 2010.09.07
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    『白い人』・・・フランス人とドイツ人とのハーフでありながら、第二次大戦中にナチの拷問の場に立ち会う主人公。 『黄色い人』・・・特攻隊である友人の許婚者と良心の仮借なく寝る日本青年と友人の神父を官憲に売った白人神父。 2つのストーリーとも私にはむつかし過ぎてわかりませんでした。何が言いたいのかも良くわかりませんでした。ただクリスチャンって色々と悩み事が多そう、なんて思ったけど。

    0
    投稿日: 2010.08.15
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    浦野所有。 遠藤周作の作品ってなんだかわかりにくい…。 『白い人・黄色い人』では、無神論者は無道徳で無気力ということがやたらに強調されています。「自分さえよければ他人のことは知ったことではない」という人間の行動は、信仰心の欠如がもたらすものなのでしょうか?? ちょっと納得のいかない部分もあって、素直に読めない作品でした。 (つか、キリスト教的な思考が、私の肌に合わないだけかも。三浦綾子著『塩狩峠』も素直に楽しめなかったし)。 ちなみに、「白い人」は芥川賞受賞作品です。

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    投稿日: 2010.05.11
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    祈っているよ、君、たとえ君が神を問題にしなくても、神は君をいつも問題にされているのだから。 人間世界が文明や進歩の仮面を剥いで、真実の面貌を曝け出す非がやってくる。 神はひとたび彼を裏切ったものは永遠に苦痛と責め苦とを味あわねばならい。祝福も希望も与えない。 なんだか読んでいてつらくなる。

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    投稿日: 2010.03.07
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    キリスト教圏で生きる白い人、無宗教で生きる黄色い人。なにかが決定的に違う。果たしてどちらが幸せなんだろう。

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    投稿日: 2010.01.26
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    【白い人・黄色い人】 遠藤周作さん 遠藤周作さんの初期作品。 時代は1930年代後半から40年代 ナチスがポーランドへ侵攻しユダヤ人を迫害し いま、まさにフランスに攻め入ろうとしている。 フランス人の父とドイツ人の母を持つプロテスタントの 家庭に生まれた主人公 自分の快楽しか顧みない父親と、その夫への反動から 清教徒として厳しい戒律を幼い息子に押しつけた母親 そして息子は母への反感から無神論者になる。 戦争が始まり、ドイツ軍がパリへ攻め込んだとき 彼はゲシュタポの手先となり、同胞を責めさいなむ道を選んだ。。 人の中の「悪」というものと、キリストを信じたくない しかし、心のどこかでキリストに期待している彼の ジレンマを感じました。 「黄色い人」もキリストを裏切った神父と友人を裏切り しかも罪の意識を感じない青年の話が書かれていました。 この本を読むのは久しぶり(十年ぶり以上)です。 借りた本ではなく、自分で買った本。。 何度も読み返さないと、いまいちよく分からないのは わたしが無神論者だからでしょうか? (一応仏壇もお世話になっているお寺もあるのですが・・) キリスト教の人、仏教の人、神や仏を信じる人が 読むと、また違った目線で読むことが出来るのかな。

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    投稿日: 2010.01.14
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    「沈黙」「海と毒薬」と同様、人間の弱さというものが描かれています。 作品全体の陰鬱な雰囲気が好きです。

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    投稿日: 2009.09.04
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    少しだけ暗い話が読みたかったんだけどね、軽い気持ちで読みはじめたら、ズドーンと突き落とされて這い上がるのが大変だった。 暗いというより黒い。 人の心の闇をこれでもか!と執拗に描く執念。

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    投稿日: 2008.09.02
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    人間の弱さを宗教がどう克服していくのか。遠藤周作が考える西洋と日本におけるキリスト教と信者の姿が見えて面白い。日本人であるわたしには白い人たちの考え方はわからないなと思った。

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    投稿日: 2008.07.14
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    『白い人』も『黄色い人』も信仰を捨てきれない人間の葛藤を、信仰を捨てた人間冷めた視線で描く。 日本人の俺としては捨てた側の人間に共感できる。

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    投稿日: 2008.05.15
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    白人と黄色人種はそんなに違いますか? これ白人が書いた物だったら明らか人種差別だ何だ非難轟々だろうけど、 フランス留学してた著者が書いた物だから説得力がある。 そんなに違うのかな。

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    投稿日: 2008.05.13
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    遠藤周作ってカトリック作家だったんだね。思った以上に重かった。 俺にはキリスト教でいう罪悪感やら贖罪っていう倫理観がはわからない。

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    投稿日: 2008.03.05
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    僕の聖典。五つ星★★★★★。 神の存在を否定する白い人と、神の存在を知らない黄色い人。そして戦争。「信じるものは救われる」という言葉があるけれど、ナチスの暴虐を目の当たりに、拷問され、死ぬまで苦しめられる運命だと知りつつ、それでも、神を信じられる?全て神の意思なのだと、認められる?分からない、分からない。遠藤周作のこの神の問題、彼の執着が私にとり憑いた。分からない地獄。いっそ、「知らぬが仏」と決め込んで、神・キリストを知らなければ、仏になれますか? <白い人>神はいるのか?このナチの暴虐を何故黙って見ている?神を信じたらもっと辛い。悪になれば楽になれるから。この最悪の状況の中でそれ以外に方法が無い。 解説の山本健吉、「今日において、まだかなり未熟な点も認められるこれらの作品」だと!?バカヤロー!!!!!最高傑作じゃないか!!完璧な作品だ! と書き殴ってやった。

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    投稿日: 2008.02.26
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    信仰とは・・ 極限で生き残るもの、諦めるもの。 生命の目的は理性の幸福なのだとトルストイは言う。 07/12/-

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    投稿日: 2007.12.17
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    「海と毒薬」に通じる、遠藤周作らしさがつまった作品だと思った。誰にでもある弱さや残虐性などをえぐりだした文章はある意味恐怖だ。

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    投稿日: 2007.06.27
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    白いだとか黄色いだとか、黒いだとか…。 なぜ、それがタダの入れものだと気づけなかったのでしょう? 例えば私がどんなでも、私は私なのにね。

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    投稿日: 2006.11.23
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    『白い人』については省略。 『黄色い人』 神、罪、罰。 大戦中のカトリック教会が舞台。 敬虔な信者であると同時に立派な志を持つ神父。 信者と姦淫を犯してしまった元神父。 出兵中の友人の許婚と性的関係を持つ日本人青年。 「なんまいだ」と唱えることで罪意識から逃れる日本人。 「神」の存在を「神たち」の中に見出すことで抽象化する日本人。 一方、原罪を生まれながら自らに課す基督教信徒。 「神」の存在と罪意識を常に持つ基督教信徒。 その宗教と思想風土の対比を問題提起している。

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    投稿日: 2006.08.10
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    高校時代に読んでそのS加減に夢中になった遠藤センセ……狐狸庵サイドのおちゃらけ加減はどこへやら。遠藤センセの書く闇はやっぱり最高……!!

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    投稿日: 2006.05.04
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    遠藤周作入門。人種や信仰が絡んだ、人間の深いところにずるずると入ってゆく、じとっとした作風だなあと思った。戦争を通じてか、荒んだ登場人物の荒みっぷりが印象的。白い人はナチスに寝返るハーフの人が、神を信仰する者を残酷に試す話。黄色い人は、白人と日本人の感覚の違いを、空襲を受ける近畿を舞台に描かれている。

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    投稿日: 2006.04.09
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    「神様どうか」宗教を持たざるものである私にとって、それは精神安定のための呪文でしかない。苦しみから開放されるための宗教に縛られる、宗教を持つ人。いずれにせよ、生きていることは必ず苦悩することにつながる。心、平静にあることは難しい。それでも人間は生かされている。

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    投稿日: 2006.02.16
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    定価90円なのに、古本屋で100円で売っているのはなんでかな〜、買いましたが。 日本脱出前に買った本の一つ。 日本人のあいまいな点が、外国人に理解できないのはよく体験しますね

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    投稿日: 2006.01.02