
総合評価
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最後の番外編はなかなか背筋が冷えますが、その他は家族や好きな人などそれぞれ〜したかったひとの近くのモノにとりついて、何もできないけど見守る話。 消えるものもあればそのまま残るものもあり、これからどうするのかと心配になったりします。 短編なので、あとは想像するのみですが、余韻が残ります。
0投稿日: 2020.02.20
powered by ブクログ死を扱っているのになんだか爽やかな印象。 死んで、未練がある人が"とりつくしま"として 何かモノに取り付くことができる。 そこからはなにかに干渉できるわけではないけれど 自分が死んでしまったあとでも暖かな気持ちになれる世界が続いていました。 自分が今、死んだら…なんてこともぼんやり考えたりして。 とても読みやすく興味深いお話でした。
0投稿日: 2020.02.04
powered by ブクログ付喪神、の存在をぼんやりと考えながら、みかんの皮を剥く。かたちあるものは必ず壊れ、失われる。だから、慈しむ。そっと触れる。
0投稿日: 2020.01.12
powered by ブクログ亡くなった人が出会う「とりつくしま係」。この世に未練を残した彼らはモノになって戻ってくる。その「とりつくしま」は人それぞれ。野球部の息子のロージンバック、夫のマグカップ、妻の日記帳、孫にあげたカメラ…。人生のボーナスステージのような時間では、時に見なくてもいいものを見てしまったり、生きている間には見えなかったものが見えたりもする。すぐに役目を終えるモノ、ずっと残っていくモノ、「とりつくしま」を選ぶのはとても難しいように思うけれど、選ぶ彼らには迷いがない。その人にしかわからないそれぞれの人生なのだろう。
0投稿日: 2019.09.27
powered by ブクログ死んだあなたに問いかける。 「何か未練があるなら、 何かモノになって戻ることができますよ」 それぞれが心残りのある人の身近なモノになり、 顔を見て、声を聞き、息づかいを感じ、 触れ合いながら、そばに寄り添う。 話しかけても声は聞こえない。 絶対に話すことはできなくても、 自分の存在が伝わらなくても それでも大事な人のそばにいたい、という 切なすぎる思いに苦しくなるほど この本は、【現実】だった。 どの話も良かったけど、個人的に好きな話は、 「マッサージ」「青いの」 作者が歌人なのがよくわかる気がした。 本を開けば、優しさがほわほわとこちらに 漂ってくる感じ。 句読点が多めに感じたんだけど、 それも好きだったな。 あたしなら「とりつくしま」に選ぶモノ なんだろうな。 お父さんが選んだ「とりつくしま」って なんだろな。 そんなこと考えながら読んだ一冊。
0投稿日: 2019.09.26
powered by ブクログ「とりつくしま」(東 直子)を読んだ。 これ反則だろ。なんでこんなに泣かされなきゃいかんのだ。 そういえば「回転ドアは、順番に」(穂村弘 東直子)でも泣かされたな。 私の中で東さんの短歌といえばこれ 電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ いいなぁ。
0投稿日: 2019.09.24
powered by ブクログ昨年夏、読書仲間と交換した本を少し時間のたった今、手に取った。 この世に未練を残し、亡くなったばかりの人の前に「とりつくしま係」が現れる。 生き返ることはできないけれども、モノにとりついて、この世をもう一度体験できるのだという。 軟式野球部のピッチャーの中学生の息子のロージンバッグに「とりつく」母親。 二年前に結婚したばかり。トリケラトプスのマグカップに「とりつく」妻。 公園の青いジャングルジムに「とりつく」幼稚園生。 尊敬していた書道の師匠の扇子に「とりつく」女性。 図書館司書の女性の名札に「とりつく」ホームレスの男性。 けんかばかりしていた母の補聴器に「とりつく」女性。 交際中から文通を続けていた妻の日記に「とりつく」夫。 働き盛りの50代。妻、大学生の息子、高校生の娘を残して亡くなった男性は、リビングのマッサージ機に「とりつく」。 バトミントン部の女子中学生は、憧れの先輩の彼女のリップクリームに「とりつく」。 孫に買ってあげたはずのカメラのレンズに「とりついた」女性は、思わぬ引取り手の元に迷い込む。 母を残して亡くなる娘は、自分の髪の毛一本、裏庭に埋めるように懇願。びわの木にからみつく宿り草に「とりついた」。 死者のこの世への未練や無念の思いは様々。 生前かなわなかった思いを胸に戻った現実は、実に切ない。 優しい筆致で読み易い文体だが、読むのに時間がかかる作品集。 それは、人生の価値と、人の命の重さなのだろう。 悔いのない人生などありえない。 でも、自分なりに大切に生きていこうと、静かに深く思うことのできた美しい短編連作集。
5投稿日: 2019.05.06
powered by ブクログ亡くなった人がモノになって、もう一度この世を体験出来る。それを導く「とりつくしま係」思いがけない死を迎えた人が未練を断ち切れず、愛する人のモノになり見守る気持ちは分かるけど、私は嫌だな。死んだら私も残された人にも「無」で有りたい。死んでからも何かを思うなんて嫌だわ(笑)生きてるうちが花。それがいい……と、つくづく思いました。きっと感動本なんだろう……私、ひねくれてるのかなぁ。だって死んでからも悲しい思いなんてしたくないんだもん。
0投稿日: 2019.01.20
powered by ブクログ解説:大竹昭子 ロージン◆トリケラトプス◆青いの◆白檀◆名前◆ささやき◆日記◆マッサージ◆くりびる◆レンズ◆びわの樹の下の娘
0投稿日: 2018.12.28
powered by ブクログ読みたい!と思ったきっかけが思い出せないが、読んで正解でした。11の短編のどの話もよかったですが、とりわけ『ロージン』と『日記』がよかった。私も「としつくしま係り』さんに会えたらいいなぁ~~
0投稿日: 2018.09.20
powered by ブクログ亡くなった人がモノになってもう一度この世を体験する話。 全て一人称で書かれていて、その目線から色んなことがわかってきます。 心にジンと来るいいお話でした。 悲しい話なのにとても明るく清々していました。
0投稿日: 2018.09.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
死んだら、私のこのいろいろな思いはどうなるのだろう。 消えてなくなってしまうの? それとも、思いを抱えたまま、あの世みたいなところにいくのだろうか。 この連作短編小説の世界では、未練を残し亡くなった主人公達は、「とりつくしま」を探している、という。 この世のもので、生きているモノ以外になら何でもとりつける、と「とりつくしま係」と名乗る生き物が言う。 主人公達は思いを残した人のそばにいたいと願い、様々なものにとりつく。ロージンバッグ、マグカップ、ジャングルジム、扇子、ネームプレート、補聴器、日記、マッサージチェア、リップクリーム、カメラ...。 そのどれもが愛する人に触れられ、体温を感じられるものばかりなのが、切ない。そして官能的。 私だったら何にとりつくのかなあ、と考えた。 ...うーん、氷のうの氷かな。 自分だったら何にとりつきたいか、と考えることで、自分はその人をどうしたいか、何をしてあげたいか、という欲望が見えてくるような気がする。 主人公達の、それぞれのおまけのような、最後の「生」に共感したり不憫に思ったり、恐怖を感じたり。 それぞれが短めの短編なので飽きずに読めた。 あと表紙の絵がヘンリー・ダーガーみたいだと思った。
34投稿日: 2018.08.29
powered by ブクログあったかいような、嬉しいような、悲しいような、決して辛くはないんだけど、ずっと切ないような、複雑な感情に終始した。
3投稿日: 2018.08.11
powered by ブクログ今、相手に触れられる距離にいること 話したり 触ったり 目を合わせたり できるということ。 とりつくしまの 潔さ ほんわかさ 救いようのなさ 愛情の深さ 切なさ… 全てからそれを気づかせてくれた。
3投稿日: 2018.08.05
powered by ブクログいきなりこの世からいなくなることなんて 想像できないけど いつ何が起こるか分からない 。 なるべく未練がないように…とは思うけど なかなかそんな風には生きられないし。 。 死んだら何にとりつきたいかなぁーって考えながら読んでたけど、なかなか決めれないなぁ。 死んでるけど笑えるのがいいなぁ。
0投稿日: 2018.05.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
もし自分が死んだとして、その後「物」にとりつく事ができるとしたら…。私は何にとりつくだろう?そんな、もしもな物語がいくつも詰まった短編集。温かくて切ないちょっぴりファンタジー。
0投稿日: 2018.05.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
If I were a bird, I could fly to you. 「とりつくしま係」に会ったら、わたしは何にとりつくことを希望するだろうか。この世に未練のある死者は、なにかモノになって戻ることができる。ロージン、カップ、ジャングルジム、扇子、名札、補聴器、日記、マッサージ器、リップクリーム、カメラなど、登場人物は様々なモノを選んでこの世に戻るが……。すべての話が「とりつくしま係」に会うところからではないところが面白い。死者の年齢や性別、境遇も様々。まさかという結果もある。しかしどれも優しさにあふれた物語だった。「とりつくしま係」の存在、その過去(あるならば)も気になる話だった。 「白檀」ひそかに想う書道の先生の扇子にとりつく。先生のおそばに、夏だけでも。しかし先生の奥様のことも好ましく想っている。控えめな、でももう一歩踏み出せたような、じれったい想いが印象的。 「名前」居場所のない男は、生前の時間を過ごしていた図書館の、好意を持っていた「小雪さん」の名札にとりつく。設定を聞けば気持ち悪いとも思ってしまいがちだが、ほんのり温かく、最後では名札の死者と一緒に喜んでしまう。 「レンズ」孫に大枚はたいて買ってあげたカメラにとりついたつもりが、カメラは中古で売り払われていた。名も知らぬ人のものになったが、そこからの日々は。先に逝った夫への想いが、新たなカメラの持ち主への想いに重なる。 「番外編 びわの樹の下の娘」なぜ植物にはとりつけないのか、の答えかもしれない話。
0投稿日: 2018.05.01
powered by ブクログ今のところ、自身の死を実感をもって考えられないからかもしれないが、未練をもって他界することは想像できない者であります。しかし、こういったこともあるのかもしれないなと現実感をもって優しく迫ってくる掌編にいろいろと考えさせられた。
0投稿日: 2018.04.15
powered by ブクログこういうことがあったらいいな、と思いながら 読んだ。 良い話だけじゃないのも良かったけど 自分が日記を書くから、 日記になった夫の話で一番泣いてしまった。 うちの夫は間違いなくブラジャーになるだろうな… →本人に確認したら、女湯の鏡か電気になるらしい。 妻の元に帰って来る気ゼロ…
5投稿日: 2018.04.10
powered by ブクログ2017.10.18読了 死んでしまった人が 生き物以外のものに とりつくことが出来ますよーって言われて その思い入れのあるものにとりついた目線からのお話。 -------------------- 老若男女がね それぞれのものにね とりつくの。 ※憑りつくって書くと少し怖い感じするから あえてひらがな。 【青いの】は少し切なかった。 【マッサージ】はホロリと来た。 私、単純だから 読み終えたあと いろんなもの見つめちゃった。 いろんなもの大切にしよ。
2投稿日: 2017.10.23
powered by ブクログ本の帯に「大好きな人に今すぐ会いたくなる本No.1」「やさしさに包まれながら号泣してしまいました」と 書いてあり、即購入したけれど、期待が大きすぎたせいか、少し物足りなかった。 一度命を落としたあとに、もう一度だけ会いたい人に会えるからといって、無生命体にとりつくことがその人のためになるのかどうか… 自分がいなくなった後のことを知って、落胆することも多い 悔やんでも悔やみきれないことは もう一度という言葉は存在しないと思う
0投稿日: 2017.09.24
powered by ブクログ自分が死んだ後、何かに魂を移せるとしたら… 考えようによっては年月とか本音が出て残酷な感じだけど、これは優しい気持ちになれる話ばかりで良かった。短くて読みやすい。桃子さんの話が一番好き。
0投稿日: 2017.09.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この世に未練を残した死者がこの世にあるモノにとりついて、大切な人の元に戻る物語。 決して生き返ることはないけれど、大切な人と時間を共有できる。 11人が各々扇子や補聴器等にとりついてこの世に戻る。 どの物語も短編でも切ない余韻が後に残る。 特に「ロージン」「青いの」「日記」はラストが切ない。 この世に残した大切な人への深く温かい愛情を感じる。 もし私なら我が家の冷蔵庫かな。 「このプリン賞味期限切れだよ!」「野菜も食べなさい!」私の声が届くことはないけれど、ブツブツ文句を言いながら残した二人の娘の行く末を見守りたい。
2投稿日: 2017.08.18
powered by ブクログ死者の視点から見た、残された者たちのその後の物語。ありそうで、意外にない設定だな~と思ったのが最初。で、読んでいてとても嬉しいような寂しいような、苦しいような気持になった。 自分にとって大切な人たちは、その後の人生を歩んでいて、そこには自分はいなくて、自分の意思が介在する余地は無くて。無視されているというか、何もできないもどかしさがあって、それが辛い。 もし私が死んで、とりつくしまのチャンスが与えられても私は活用したくない。その後を生きている人の干渉をしたくないし、見たくもない。忘れてもらっても構わない。ただ、少しでも生きてほしい。読んでいてそう感じた。
0投稿日: 2017.08.14
powered by ブクログちょっとホロリとして温かい気持ちになれるような本が読みたいなと思って選びました。 しかし。一般的な感覚と私の感覚がズレているのでしょう、はっきり言ってゾッとしました・・・ 死後、モノになって言葉も発せず自分の意志で動くこともできず、ただ世界を見つめるだけの存在。 大切な人の思い出のマグカップになって生活を見守っていたら大切な人が新しい恋人を連れてきたり、母の補聴器になるも投げ捨てられたり・・・ いつまでモノでいられるって明言されてなかったと思うんだけど、モノ自体の寿命が尽きない限り永久的にだったら。怖すぎる・・・ そういう意味では一番最初の「ロージン」が私の中では一番しっくりきたかな・・・私も消耗品がいい。
0投稿日: 2017.07.28
powered by ブクログ死んでしまった後、何かモノにとりつくことができたとしたら、私は誰の何になりたいかな。 どの作品の死んでしまった人たちも、悲しいとか苦しいじゃなく、淡い諦めと共に、温かいものに包まれているような穏やかな気持ちになるところが好きだった。
0投稿日: 2017.07.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一気読み。 死んでからも愛する人の近くにいられるということで、モノにとりついてその人の近くにいる。という心のとりつくしまを与えてくれる話…だと思っていたら、だいたいのエピソードは悲しい結末で終わり、命のはかなさや死者と残された人との距離を感じる切ない話。
1投稿日: 2017.06.21
powered by ブクログ感想はブログでどうぞ。 http://takotakora.at.webry.info/201706/article_1.html
0投稿日: 2017.06.10
powered by ブクログ辻村深月さんのツナグと通じるものがあるけれど、死者側からの一方通行な想いがツナグとはまた違った切なさでした。私は、もし今死んでしまったら誰の、何にとりつきたいだろう? 1話毎が短くて読みやすいけど、ひとつひとつ大切に読みたい作品です。ちなみに個人的には「日記」と「レンズ」が特に心に残りました。
0投稿日: 2017.06.03ちょっとだけ涙、ちょっとだけ微笑み
号泣するほど悲しくはなく、静かな余韻がゆっくりと体に沁みわたっていくような読後感。 悲しみの中にも最後にふふっと笑みを洩らしてしまいそうな微笑ましささえ感じられる11編の短編集。 それぞれの死者が思い出深い物にとりついて、物視点から残された人たちを見守る。 『ロージン』『青いの』『日記』は秀逸! 家族愛が素敵すぎる。 何度でも読み返したい作品。
0投稿日: 2017.05.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「トリケラトプス」と「日記」の対比が印象的。 相手の未来の幸福より「私とあなた」が続くことに執着するマグカップの女と、相手の未来の幸福を祝福しながら煙になっていく日記の男。 命を落としてしまった以上、自分の力でパートナーを幸福にすることはできないわけで、だとしたら怨霊じみたマグカップの女の思考は、誰も幸せになれなくて、悲劇的だなぁと思う。 もしも私が「とりつくしま」を選べるなら、大切な誰かの新しい一歩を見届けて消えられるようなものがいいな。 「ロージン」のような消耗品、あーいうのがいいな。
1投稿日: 2017.05.13
powered by ブクログ「ツナグ」と似た感じのお話なので、作者は違うが、どちらか一方で十分かしら?と思いました。でも、最近どこの本屋さんでも平積みになっているんだよね。
0投稿日: 2017.05.04
powered by ブクログ取りつく島もなくてがっかりするのは、生きていればよくあること。たいていの場合は仕方ないなぁで終わりですが、本作ではその「取りつく島」をつくってくれるというのです。もっとも、取りつく島がなくてがっかりしたときにつくってくれるわけではありません。 本作に登場するのは、病気や事故で、予想だにしなかった死を突然迎えた人たち。あの世で目覚めると、「とりつくしま係」なる人というのか物体が現れて、現世の何かに取りつかせてあげると言われます。ただし、生きているものはダメ。人間はもちろんのこと、動物も植物も。命あるものに取りつくことはできません。そんな提案を受けたらどうしますか。 息子の手が触れるロージンバック、夫が毎日使うマグカップ、お母さんが連れていってくれた公園のジャングルジム、書道の師匠が持つ扇子、憧れの図書館員が付ける名札などなど。10人それぞれがそれぞれの想いを胸に、現世の何かに取りついて、誰かを見守ります。使い切ったり壊れたりしてしまった場合はそれで「本当に」その人の命は終わり。二度と現世に戻ることはできません。時にはずっと取りついたまま現世に残りつづけるのだろうとおぼしき人もいて、ほのぼのを装いつつ情念を感じて怖くなる章も。可笑しいのは、大切な人のすぐそばにあるものに取りついたはずが、自分の死の直後にそれが売り払われていて、まったく知らない人のそばにいるはめになってしまうケース。笑うに笑えない話になりそうですが、だけどそれはそれで新しい人生になったりもするわけです。 著者のあとがきに「もしも」の世界を味わっていただけたらとあるように、もしも何々だったらを楽しむことができます。私だったら、何を取りつく島にしましょうかね。
0投稿日: 2017.04.27
powered by ブクログ死んだ魂が、この世の「もの」に取り憑いて、いろいろな角度からこの世を見る。 息子を、妻を、死んだ夫によく似た知らない人を見る。 この魂はいつまでここに取り憑いたままなのだろう。 死者のこの世に残した思いが伝わるあったかい物語、でもあるんだけど、なんだか怖かった。 2018.04.24
0投稿日: 2017.04.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
これは、死者と生者(読者)のための物語。 この世に未練がある。自分の死に納得がいかない。どうしても会いたい人がいる。見ておきたいものがある。そんな思いを抱える死者を瞬時に見分けるとりつくしま係。なんといってもその風貌がユニークだ。 とりつくしま係はそんな死者のために、とりつくしまを一つ用意してくれる。 死者は、とりつくしまとして、この世にあるなにかのモノにとりつくことができる。ただし、とりつくしまは非生命体でなければならない。などルールもある。とりつくしまになっても、生者には話しかけることはできないので、せいぜい見守ることしかできない。でも、時間を共有することならできる。 どの話も良かったが、とりわけ「日記」は最後に向かうにつれ、涙が止まらなかった。 遺された家族には幸せになってもらいたい。いつまでも悲しい、と泣いたり暗い顔をして生きてほしくはない。けれど、新しい一歩を踏み出すために、自分とのことがすべて過去として葬られるのは、やはり相当なショックだろう。肉体は失ってしまっても、魂は傷つく。心から愛していたならば、それも当然のこと。だからこそ夫の最後の言葉は、ああ、愛だなあと思った。 もしかしたらわたしたちの周りにも、とりつくしまになって戻ってきた死者がいるかもしれない、と思うとどんなものでも大事にしたくなる。
0投稿日: 2017.03.31
powered by ブクログ死後の世界で思い残しがあった人が とりつくしま としてモノに取り憑き 現世を体感する物語。 短編が1つの箱に閉じ込められたような作品集。 どれから読んでも楽しめ また一気に読むのはもったいない そんな時間をあたえてくれる 2017.3.12
0投稿日: 2017.03.19
powered by ブクログ死んだ後の心残りを何か生き物以外にとりつくことにより亡くなった方のその後を少しだけ描いている。とりつくしま…結局その時間は短い。そういう分からない面を上手く書いてあると思う。 歌人として大好きだけど、物語も上手いことに驚いた。
0投稿日: 2017.03.12死んだあの人の近くにいれるとしたら、あたなは何に取り憑くか。
“とりつくしま”は、頼りにするところが何もないことや、相手の態度が冷たくてきっかけがつかめないことのたとえとして使われることわざ“取り付く島もない”から取られた言葉。ただ、ひとつ違うのは、取り“付く”ではなく、取り“憑く”だということ。 「とりつくしま係」と名乗る人物が声をかけるのは、死んでしまったけれど、“とりつくものを探している気配を”させている人(霊?)。何かその人の身近な“モノ/物”にだけとりつくことができるという「とりつくしま係」の言葉に、人々は思い思いのモノへに成っていきます。 野球をやっていた息子が試合で使うロージンバッグになろうとする母をはじめ、亡くなった人と残された人との極個人的な関係のなかで見えてくるモノを通じた関係と大切な時間が描かれます。
4投稿日: 2017.03.06
powered by ブクログ特にどんでん返しとか面白いストーリーがあるわけじゃないけど、言葉のひとつひとつがとても綺麗。ほんとに同じ人が書いてるのかなと思うぐらい、話ごとに口調が違って、ことば選びが上手だなと思った。
2投稿日: 2017.03.02
powered by ブクログすっぴん!高橋元一郎さんの コーナーで紹介されていた。 藤井綾子アナウンサーの朗読でロジンを聴いた。洗濯物干しながらだったのに不覚にも涙が、ワタシは何になりたいのか? 読みたい。
0投稿日: 2017.02.24
powered by ブクログ亡くなった両親も、もしかしたら何かに宿って、じっと見守っていてくれるのでは… と信じさせてくれるようなお話でした。
0投稿日: 2017.02.08
powered by ブクログずっと、この死んでしまった人たちはもう一度死ぬのだな、若しくは、死ねないのだな、と思ってヒヤッとしていた。自分は何をとりつくしまにするのか、全然想像できなくて、誰かに会いたいと言う気持ちよりも、死ぬ/死ねないことへの恐怖の方が強くて。物を大切に、人を大切に、生きていこうと思った。
0投稿日: 2017.01.30
powered by ブクログなんらかの心残りや未練を残して死んでしまったら・・・この物語はそのようなあの世にいってしまった人たちが「とりつくしま係」の計らいで思う人の回りにある「物」になれるという願いを叶える。それぞれが大切な人のそばに戻るが「物」であるだけに何も出来ない。相手の行動を見るのみである。 「番外編」をいれ11作の短編であるが、残された者の姿や思いを感じることが出来る、また身近な「物」になったあの世の人の辛く、悲しい思いも感じさせる。しかし悲しい物語の連作ではない。生きている者、死んでしまった者の「愛」「優しい気持ち」等が読む物の心に浸みる作品だ。
0投稿日: 2017.01.28
powered by ブクログ死んでしまった後、愛する人の近くのモノになれたとしたら…。切なさと温かさが同居する不思議な11話の奇跡を紡ぐ短篇小説集。 著者は短歌の歌人でもあるということで、一見簡易な文体ながら、言葉のひとつひとつに深みがある。死者の想いが直接的な表現ではないのに、読み手の心に染み渡ってくる。こういう視点で物事を見ることができる人って素敵だなぁ。
0投稿日: 2017.01.19
powered by ブクログ亡くなった人が大切な人の何かに取りついて、それは一瞬だったり、一生だったり。淡々としていて特に涙を流したりなどもなかったけど、心があったまる本ではあった。2017.1.12読了
0投稿日: 2017.01.15
powered by ブクログ死後の世界をのぞくことできないかというのは古代からの夢であった。そしてそれは決して果たせない。だからこそ、宗教の力を借りて人は死後の世界をいろいろと考えてきた。 この小説の主人公たちはそれを簡単にやってのけてしまう。死後、自分の選んだものにとりつくことによって、現世に意識だけを残すことができるのだ。しかし、憑依できるのは無生物だけなので、自分の意識を他者に伝えたり、影響を及ぼすことは一切できない。 その不自由さがが読者に感傷的な思いを引き起こす。死者の考えと、残された人々の思いが寄り添うこともあれば、まったく別の方向に向かうこともある。その関係がまた切なさを導く。 今日、物と人との関係は短期的だ、使い捨てが当たり前の時代に私たちは生きている。もし自分が何かに憑依して死後の世界を見守るとしたら何がいいのだろうか。
0投稿日: 2017.01.05
powered by ブクログ死んでしまったあとに、なにか物になって大切な人のそばにいるとしたら.…。 マグカップになったり、日記になったり、名札になったり。 わたしなら、何になるだろう。
0投稿日: 2017.01.04
powered by ブクログひとつひとつの話を読み終えるごとに、「わたしは何を"とりつくしま"に選ぶだろう」と考えた。それは、自分の死後まで寄り添いたいと願う人は誰か、ということである。 思い出の品や身の回りの物にとりつくということは、わたしたちが「あの人は亡くなったけれど、今もわたしたちの中に生きている」と思うことと同じなのかもしれない。
2投稿日: 2016.12.26
powered by ブクログ死んでしまった後、物に取り付いて残された人を見守ることができる。それが「とりつくしま」。 自分だったらなにに取り付くかな、と思いながら10人の"死後"の日常を覗き見した。
0投稿日: 2016.12.14
powered by ブクログすごく読みやすかったです。 どの話にもスッと入り込めました。 私は「マッサージ」がお気に入りです。 ウルっときてしまいました。 誰の何になろうかなって考えてしまいます。
0投稿日: 2016.12.07
powered by ブクログ概ね綺麗なようだが、なんとも狂気というか、寒々しい部分もあり、、まあ、それもよいか。 わたしはもっとあっけらかんとしたいと思ってるのかもなあ。
0投稿日: 2016.11.24
powered by ブクログ悲しかったり、暖かかったり、怖かったり、気持ち悪いかもと思いきや愛おしく思えたり…どれも素敵な物語。著者が最後の言葉から考えたと書いていたが、短い話に本当に綺麗におさめられている。
0投稿日: 2016.11.21
powered by ブクログ悲しみも 愛しさも 悔恨も 切なさも すべてを さらりと描いて あとには何も遺さない。 そんな潔さすら感じる ショートストーリーたちでした。
0投稿日: 2016.11.16
powered by ブクログ渉のお気に入りのトリケラトプスのマグカップになれて、よかった。 ー〔トリケラトプス〕 とりつくしま係は死んだ者の魂を この世のモノにとりつくことができる。 夫のお気に入りのマグカップになった妻。 いつも遊んでいたジャングルジムになった男の子。 敬愛する先生の扇子になった女性。 妻が綴る日記になった夫。 もしかしたら身近にあるものは 誰かが見守ってくれてるのかも。
0投稿日: 2016.11.12
powered by ブクログライアルワトソンのシークレットライフ。 無機物のものにあたかも意思があるような時がある。 あれは、としつくしま係によるものなのかもしれない。 「青の」は、切なく悲しい。雪の日の空気の冷たさが、なお切ない。
0投稿日: 2016.10.24
powered by ブクログ私の大好きなヘタレ野郎の穂村弘との恋愛問答歌で東直子を知ったんだけど、小説も書くんだ。 時折怖さのあるエロっぽい歌で心臓凍るけどほんとは優しいんだと思う。 現世に未練がある死者がモノとなって戻って愛しい人を見守る短編集。 そんな事あってもいいよなぁ〜と思えるお話。 時々、壊れかけの家電品に「まだまだ頑張れ!」なんて話しかける事あるけどひょっとしたらひいばあちゃんがとりついてんのかもね(笑) 彼女の歌で好きなのがこの2首↓ 命がけでねこのおうち作るのが しおりちゃんとの明日の約束 花子さんがみかんをみっつ買いました お釣りはぜんぶ砂にうめます。
2投稿日: 2016.10.23
powered by ブクログ手軽に読めて、染みる話でした。 あまりこの手の作品は手にすることがないのですが、バッタリ遭遇。何となく惹かれてレジへ。 ロージン、白檀、日記、くちびるの4本が気に入ってます。 トリケラトプスと、少し似た「びわの樹の下の娘」がゾワッとして印象的でした。 誰かを想う、そんな一時を。
0投稿日: 2016.09.24
powered by ブクログ短編集。突然の死に心残りな人たちに、モノにとりつくという選択肢が与えられたなら。すべり止めの粉。マグカップ。扇子。 さらっと、死んだ人と残った人のつながり、やさしい世界を描いています。
0投稿日: 2015.06.21
powered by ブクログすごーく期待してアマでポチッたんだけど、読んでみたら、そこまでではなかったかも。最初の期待値が高すぎたかね。 設定がねー、すごーく好みだったんです。未練残して死んだ人は、とりつくしま係に見つけてもらえて、とりつくしまを選ぶ権利を与えられる。非生物なら、なんにでもなれる。私なら、何になるかなぁって考えたり。 みんな、いろんな思いで、しまを選ぶのですが、生きている人の時間は絶えず動いて行くんですよね。 昔、大好きだったのに、生活に忙しくてあまり会わなくなっていた祖母が、12年の闘病生活に幕を閉じた時、祖母はいなくなったのに、私の時間は続いてくし、お腹も減るし、いとこたちは何もわからない子供で、私が世話しなくては葬式でじっとしててくれなくて、ろくに泣けもしなくて、私ったら何してるんだろーって、ぼーっと思ってました。 あれから、身近で亡くなった人は多くいますが、その度に、あの時のスコーンと何かがすっこ抜けたような喪失感を味わっている気がします。 とりつくしまが、本当にあったなら、私たちきっとすごく救われるだろうな、という思いと、すごく怖いだろうなって思いがせめぎ合ってる感じがします。 必要な時だけ、見守っててくれるから…なんて、生きる人間は傲慢で、自分勝手ですよね。でも、きっとそれが生きるってことなんだろうとも思うんですよ。そうじゃなきゃ、人は生きていかれないんじゃないかな。私たちはとても弱い生き物なんだな。
0投稿日: 2014.02.14
powered by ブクログ幼稚園児⇒ジャングルジム 中年男性⇒図書館の名札 女子高生⇒リップクリーム あなたは何にとりつくしま?
0投稿日: 2013.04.17
powered by ブクログ『日記』と『白檀』がとてもすき。 死んだあと、とりつくしま係に声をかけられる。 物体になら、とりつくことができるのだ。 わたしだったら・・・。わたしだったら・・・って考える。 大切な家族のところだったり、とても好きなひとのところだったり。 じわっと心があったかくなって、涙腺が緩みます。
0投稿日: 2012.12.20
powered by ブクログ「とりつくしま」とは、死んだ後に乗り移れるもののこと。ただし、それは生命のない「モノ」でなければならない。物語の死者たちは、夫のマグカップや、公園のジャングルジムや、ひそかに思いを寄せていた人の名札や、孫のカメラを「とりつくしま」に選び、そこから世界を眺め、独りごつ。徹底的に受け身なのだから、何が起こっても手出しはできない。淡い光につつまれて、大切な人の日々を、ただ見守るしかない存在になる。 生きている私たちが、時に、死んでしまった身近な人たちに支えられているような、自分の中にいるような感覚をおぼえるのは、私の眼鏡や本棚やお茶碗を「とりつくしま」に選んだ誰かに、じっと見守られているからなのかもしれない。
0投稿日: 2012.11.03
powered by ブクログとりつくしま係、というのは、非現実的な設定なのに、それ以外では、奇跡も例外もない、そこが貫かれていたのが良かった。 死んでしまったら、どうにもならない。 触れられない、話せない、『今日』が止まってしまう。 このどうしようもなさ、悲しさ、を悲観的ではなくそのまま、明るく柔らかく描いていて、だからこそ。読んでいてすうっと沁みこんできた。 「ロージン」「白檀」「ささやき」が特にすき。
0投稿日: 2012.09.13
powered by ブクログ後悔を抱えて死んだ人はモノにとりつくことができる。それを斡旋するとりつくしま係。 そのシステムの与える希望と、そして絶望を優しく描く。 一番好きなエピソードは「白檀」。 愛した先生の白檀の扇になって夏の間だけ再会するという、その嬉しい悲しさ。 作者は歌人として活躍しているが、古典にも似た匂い立つ奥ゆかしさにどきどきさせられる。
0投稿日: 2012.08.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
無念を残して死んでしまった魂に、『モノ』にならとりついて良いですよと、とりつくしま係が案内する・・・。 中編の小説ができそうな設定ですが、一遍は10ページくらいの超短編で、だからこその寂しさや清々しさが際立ちます。 一番最初のお話『ロージン』では、 死んでしまった母親は、息子が甲子園行きのかかった試合で使うロージンバッグにとりつきます。 ロージンバッグは消耗品ですから、ほんの少しのあいだしか息子のそばにいることはできないのに、母親はそれをとりつくしまに選ぶのです。 自分だったら何を選ぶのでしょうか・・・。寿命が長い物を選んで後悔してしまいそうです。
0投稿日: 2012.07.21
powered by ブクログ死んだ人が、何かにとりつけるというおはなし。ほのぼのした気持ちになる。死んでからでは何もできない。生きているうちに悔いのないようにしなきゃ。でも自分は死んだら何にとりつくんだろう。
0投稿日: 2012.05.28
powered by ブクログ「とりつくしま」の定義が、独創的。 (だから、ひらがななんだね、なるほど)。 それが、全短篇を貫いている。 いつか感じたこと、いつの日か感じるであろうこと、……、此岸・彼岸のことも思われて思い当たる節があったりもして、ひとつ読むごとにひとつため息をついた。
0投稿日: 2012.04.21
powered by ブクログ死んで“とりつくしま”を探せるなんて、 なんだか夢があって好き。 死者が物にとりついて、物からこの世を眺める。 素敵。
0投稿日: 2012.03.07
powered by ブクログ自分がいま、この世から命を失ったら、何をとりつくしまにするだろう。そんなことをふと考えてしまった。 すべての物語に登場人物の深い深い愛を感じる、優しい一冊。
0投稿日: 2012.03.04
powered by ブクログ死んだ後に何かに取り憑けるとしたら.... 人の想いはとっても寂しくて切なくて儚くて。でもとっても暖かくて優しい。 心にじんわりくる本*
0投稿日: 2012.02.21
powered by ブクログ心が温かくなる本。 トリケラトプスと白檀が良かった。 物になってしまったら、自分ではどうしようも出来ない。 でも、物にならないとわからないことも・・・ 青いのは今後のことを想像するととても切なかったな。
0投稿日: 2012.02.19
powered by ブクログ死んだ後、「とりつくしま係」によってモノに乗り移り、残された人たちを見守ることになった人々。 死んでしまった人の時間はそこで終わる、残された人たちは変わっていかざるをえない。霊とかじゃなく、「モノ」に乗り移るのが独特。 死んだ人の一人称で語られるから、切ないのだけど、意外とあっさりしていたり…モノに乗り移ってるという設定だからこそどこか、あっけらかんとしているのかも。 消耗品じゃないものに乗り移った人は、壊れたり捨てられたりするまでずっと乗り移ったままなんだろうか?
0投稿日: 2011.12.05
powered by ブクログこういう視点からの小説もありか、と感心させられた。 透明感と爽やかな読後感は好印象。 ただあまり印象に残るものもなかったかも。
0投稿日: 2011.11.07
powered by ブクログ〝とりつくしま〟とは、少しばかり未練を残して亡くなった人が、この世に戻って魂を宿すモノのことです。それは家族や恋人、ちょっと気がかりだった人の身の回りにあるモノ・・・例えば夫のマグカップになった妻や、憧れの恩師の扇子になった教え子や、母親の補聴器になった娘などなど。魂を宿すモノは人それぞれ。けれど、モノはモノでしかありません。気になる人のそばにいて見守るだけで、何かの方法を用いて働きかけることなどできません。それぞれ主人公たちは、自分が望んだモノになりきり、モノの視点で世の中を眺めます。ちょっぴり切ないけれど、安らかな心持になれる短編集でした。死を否定的に捉えるのではなく、あっさり受け入れているところが良いですネ。
0投稿日: 2011.09.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
死後、もし何かにとりつくことができたら…という、これまでも何度も取り上げられていそうなテーマだけれど、著者の視点が独特なのか、とても新鮮に読める。死者の目で語られているが、読んでいるとそのことを忘れてしまう瞬間もあった。それだけリアル…というか、普通の日常がうまく描かれていたからだろうと思う。亡くなった者が残された者へ語りかけたいことは何か…というよりも、残された者の未来を感じさせてくれる作品…のように、今の僕は感じている。
0投稿日: 2011.06.26
powered by ブクログ死後、なにかに取り付けるとしたら。 野球少年のロージン(滑り止めの粉) よく行った公園のジャングルジム 師匠の扇子 誰の何になってどんな物生をおくりましょうか? どの掌編も、生きてた頃の自分を振り返りつつも、物として残した想いや人が先に歩くのを見る。 ”死後、XXXになる。”ってのは よくあるけど、ちょっと角度が違った暖かい話です。
0投稿日: 2011.06.08
